内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 フランス軍兵士の戒律
2015-06-04 Thu 23:43
 2013年12月から2014年6月にかけて治安維持のため中央アフリカに展開していたフランス軍兵士14人が、避難民施設で複数の子供に対して、食料を与える見返りに性行為を強要した疑いが発覚。さらに、PKOを派遣していた国連が問題を把握していたにもかかわらず対応を怠った可能性があるとして、潘基文事務総長は、きのう(3日)、外部チームによる独立した調査を行うと発表しました。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      フランス軍・慰安婦絵葉書(黒人と遊ぶな)

 これは、1920-30年代にフランスで作られた軍事郵便用の漫画絵葉書(私製)「兵士の10の戒律」シリーズの1枚で、アフリカ系女性と戯れる絵の下に、直訳すると「6.愛の喜びは白い雌鶏にだけ与える」という文言が印刷されています。ここでいう“雌鶏”というのは、娼婦を指す隠語ですので、文言の意味としては、「遊びの相手は白人娼婦だけにしておけ」ということになります。

 軍隊生活を戯画化した絵葉書は各国でさまざまなヴァージョンが作られていますが、フランスの場合、兵士と若い女性の交歓風景をコミカルに扱ったモノ(その多くは明らかに、女性を娼婦と思しき外見で描いています)が多いのが最大の特徴で、それらを見ていると、フランス兵というのは、酒とセックスにしか関心がないのではないかと錯覚してしまうほどです。

 今回ご紹介した1枚は、アフリカの仏領植民地に駐留するフランス軍兵士に対して、性病や機密漏洩等を防止するためにも、不用意に現地の女性と関係を持つのではなく、“きちんとした娼館(=公的機関から正規の営業許可を受け、女性の性病検査や衛生管理を充分に行っていることが保障されている娼館)”を利用しなさいという趣旨で作られたものと思われます。

 いわゆる日本の“慰安婦問題”を持ち出すまでもなく、戦場というのは身体頑健な若者たちが兵士として集まる場所ですから、彼らの性欲をどう処理するかというのは深刻な問題です。もちろん、人権派の方々の主張するように、全員が「理性をもって我慢する」ということでコトが収まれば、それは理想なのでしょうが、どれほど現実味がありますかね。

 もちろん、性犯罪があれば、その犯人が厳しく処罰されるべきなのは当然です。ただし、人間の生理的欲求を、制度や法律、ましてや理性などで抑え込めると考えるのは、(あえて言いますが)きわめて浅はかな発想で、それらをある程度満足させつつ、社会に害悪を及ぼさないようにコントロールするためには、やはり、“必要悪”の存在を無視することはできないでしょう。

 まぁ、今回ご紹介の葉書などは、現在の感覚からすると、人種差別の上に、女性の人権を軽んじているとして轟轟たる批難を浴びることになるのでしょうが、問題となっている14人のフランス兵が、葉書に印刷されている“戒律”を守っていたら(あるいは、“戒律”を守れる環境にあったら)、今回のような事件も起こらなかったんじゃなかろうかと、ついつい考えてしまいますな。少なくとも、現在でこそ、左派・リベラルの強いフランスですが、わずか数十年前には、この葉書のほうが社会通念に適ったものだった(だからこそ、絵葉書が作られ、郵便にも使われていたわけですが…)ということは、記憶にとどめておいてもよいように思います。

 
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        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


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 世界の寄附金つき切手②
2015-01-23 Fri 23:29
 雑誌『キュリオマガジン』2015年2月号ができあがりました。僕の連載「世界の寄附金つき切手」は、今回はこの切手を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

      フランス・サモトラケのニケ(55c)

 これは、1937年8月、フランスがサモトラケのニケを描く慈善切手です。

 ミロのヴィーナス、モナリザとともに、ルーヴルの三大至宝に挙げられる“サモトラケのニケ”は、1863年4月15日、アドリアノープル(現トルコ共和国エディルネ)駐在のフランス副領事だったシャルル・シャンポワゾが発見しました。

 シャンポワゾは、エーゲ海北東のサモトラキ島北岸の“大いなる神たちの聖域”で考古学調査を行っていた際に、地面から大理石の一端がはみ出しているのに気付いて発掘を開始。女神像の堂々としたボディー、翼や衣服の断片、そして大きな灰色の大理石のブロックを掘り出し、フランスに持ち帰ります。

 発掘の現場は、海を臨む丘の岩を削って建てられた神殿跡で、この神殿は、船員達の守り神であるカベイロイ神に捧げられたといわれています。同時代の文献による記録がないため、その来歴等については推測するしかないのですが、一般には、紀元前190年頃、ロードス島の島民が海戦の勝利を記念して奉納した“勝利の女神(=ニケ)”の像と考えられています。

 さて、ニケ像はルーヴルに持ち込まれた当初、下半身のみで、カリアティードの間に展示されていました。

 その後、1875年、サモトラキ島に調査に出掛けたオーストリアの考古学者たちによって、現地に残っていた大理石のブロックが女神像の台座だったこと等を明らかにします。これらのブロックは、1879年11月、ルーヴルに到着。1880-83年に行われた大規模な修復作業では、像と同じ大理石製の右胸部と左翼が取り付けられ、欠損部分は、石膏で補充されるとともに、船形の台座部分が組み立てられました。この結果、船形の台座と女神像の全体からなるモニュメントが復元され、1884年、新しく完成したばかりのダリュの階段の踊り場に設置されます。

 さらに、1932-34年に行われた3回目の修復により、セメント製の台が女神像と船形の台座の間に入れ込まれて全体の高さがより強調され、ニケ像はルーヴル三大至宝としての地位を確立しました。

 今回ご紹介の切手は、同じデザインの刷色違いで30サンチームと55サンチームの2種1セットが2フラン50サンチームで販売され、その差額1フラン65サンチームがルーヴル博物館を支援するための募金にあてられました。このため、切手上には寄附金つきを意味する“+”の表示はありませんが、収集家の間では寄附金つきの慈善切手として扱われています。力強い凹版印刷によって再現された、躍動感あふれるニケ像は、まさしく、額面に比べて大幅な寄附金を上乗せして販売するにふさわしい見事な出来栄えと言えましょう。

 なお、ニケ像は2013年9月から2014年7月までおよそ10ヶ月かけて大規模な修復作業が行われ、この間、非公開となっていましたが、現在では本来の白く輝く姿を取り戻し、多くの参観者を魅了しています。


 ★★★ イベント「みんなで絵手紙」(2月8日)のご案内 ★★★

      狛江絵手紙チラシ・表     狛江絵手紙チラシ・裏

 2月8日(日) 10:00-17:00に東京・狛江のエコルマホールにて開催のイベント「みんなで絵手紙 見て、知って、書いて、楽しもう」のトークイベントに内藤陽介が登場します。内藤の出番は13:30-14:15。「切手と絵・手紙」と題してお話しする予定です。是非、遊びに来てください。主宰者サイトはこちら。画像をクリックしていただくと、チラシの拡大画像がごらんになれます。


 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

       ミズーリの消印

 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は2月3日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『朝鮮戦争』好評発売中! ★★★ 

        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 自由の女神、閉鎖解除
2013-10-13 Sun 17:28
 米国で新年度暫定予算が期限までに成立しなかったために連邦政府の機関が一部閉鎖されている問題で、ニューヨーク、アリゾナ、コロラド、ユタ、サウスダコタの各州政府が世界的に有名な観光地の当面の運営費を負担することが決まり、自由の女神やグランドキャニオン、ラシュモア山、ロッキーマウンテン国立公園などの閉鎖が解除されることになりました。というわけで、きょうは自由の女神がらみでこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       フランス軍事郵便用はがき(WWI・自由の女神)

 これは、第一次大戦中にフランスで作られた軍事郵便用の葉書で、「自由と正義のための団結」との文字が書かれた地球と自由の女神像のイラストが描かれています。

 米国の象徴ともいえるニューヨークの自由の女神像は、米国の独立100周年を記念してフランスから寄贈され、1886年に完成しました。その返礼として、パリ在住の米国人がフランス革命100周年を記念してニューヨークの像のレプリカを寄贈し、セーヌ川のグルネル橋のたもとに設置しました。こちらの除幕式は1989年に行われました。なお、ニューヨークの女神像の準備作業のために作られた像は、1900年にパリのリュクサンブール博物館に寄贈され、1906年にリュクサンブール公園内に設置されています。

 このように、自由の女神像はフランスと米国の友好を象徴するものとして、両国がドイツを筆頭とする中央同盟諸国を共通の敵として戦った第一次大戦の軍事郵便はがきのデザインに取り上げられました。ちなみに、葉書の周囲には、同盟諸国として、フランス語のアルファベット順に、ベルギー、中国、米国、フランス、英国、イタリア、日本、リベリア、モンテネグロ、ポルトガル、ルーマニア、ロシア、セルビア、シャム(タイ)の国名が列挙されています。

 このうち、米国の参戦は1917年4月6日ですが、それ以降、同年7月22日にはタイが、翌8月4日にはリベリアが、同月14日には中国が参戦し、葉書にあげられた国が出そろいました。ところが、ロシアは、1917年3月に帝政が崩壊した後、11月に発足したボリシェヴィキ政府が翌1918年3月に単独講和に応じて戦線から離脱しています。したがって、この葉書が制作されたのは、1917年秋のことと考えるのが妥当でしょう。

 そういえば、来年(2014年)は第一次世界大戦勃発から100周年ですな。この機会を逃さず、「切手でたどる第一次大戦」といった類の仕事ができないか、いまから準備しておかないといけませんな。


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 10月17日19:00より、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店ふらっとすぽっとにて、おくればせながら、拙著『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークをやります。

 入場無料でプレゼントもご用意しております。今年の11月は世界切手展<Brasiliana 2013>へ参加のため、ブラジルに行っており、恒例の<JAPEX>でのトークはできませんので、この機会に、ぜひ遊びに来てください。

 なお、出版元の告知ページもあわせてご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 * 出版元特設ページはこちらをご覧ください。

 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は11月5日(原則第1火曜日)で、以後、12月3日、1月7日、2月4日、3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 ルーマニアのジプシー
2009-12-13 Sun 15:31
 今月22日の拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の出版記念パーティーまで、あと10日を切りました。当日は、日本におけるジプシー・バイオリンの第一人者、古館由佳子さんの生演奏もお楽しみいただく予定ですが、ここで、ルーマニアとジプシー(ロマニ)についてあらためてご説明しておきましょう。(画像はクリックで拡大されます)

      ルーマニアのジプシー

 これは、1905年にフランスで作られた広告ラベルで“ルーマニアのボエミアン(ロマニ)”が描かれています。いわゆる郵政機関発行のオフィシャルなものではないのですが、綺麗なうえにわかりやすいので、もってきてみました。

 タロット占いやクマの曲芸、歌舞音曲などで知られる移動民族、ロマニについては、ロマ(日本のマスコミ等での一般的な表記)とかジプシー(英語)、ツィゴイナー(ドイツ語)、ボエミアン、ジタン(フランス語)、ヒターノ(スペイン語)など国や地域によってさまざまな呼び名がありますが、ルーマニア語ではツィガニと呼ばれています。

 彼らの祖先は、西暦1000年頃に、インドのラジャスタン地方から放浪の旅に出て、ギリシャからバルカン半島を経てヨーロッパに辿り着いたと考えられています。

 15世紀、中央ヨーロッパに現れた彼らは、エジプト出身の巡礼者と名乗り(これが“エジプシャン”に由来するジプシーの語源となりました)、神聖ローマ皇帝ジギスムントから帝国内の自由な通行を認められた特許状を与えられたと称していました。このため、当初、各地の人々は彼らを歓待しましたが、“巡礼者”であるにもかかわらず故郷へ帰ろうとしない彼らに対して不信感を持つようになります。特に、当時のキリスト教世界は“5つの修道院”の壁画にもあるように、トルコやタタールの脅威にさらされていましたから、オリエントからやってきた得体のしれない連中に対しては、現代でいえば、敵のスパイないしは不法入国の犯罪者集団という嫌疑がかけられるのも無理からぬところがありました。

 かくして、1500年、神聖ローマ皇帝マクシミリアンはロマニが主張していた“皇帝ジギスムントの特許状”の無効を宣言。以後、西ヨーロッパの多くの都市ではシャトラ(ロマニの幌馬車、または幌馬車で移動するロマニの一族)に対して門戸を閉ざすようになります。

 これに対して、ドナウ川北岸のワラキアおよびモルダヴィアでは、ロマニを貴重な労働力とみなして、貴族の家内奴隷ないしは農奴として定住させる方針を取りました。現在、全ヨーロッパで約700-850万人とされるロマニのうち、国別では第1位の180-250万人がルーマニアの地で生活するようになったのは、こうした歴史的背景によるものです。

 近代ルーマニア国家成立後の1864年に行われた農奴解放を経て、ロマニとルーマニア人社会との融合が進み、第一次大戦後の農地改革によってロマニとルーマニア人農民は法的には同等の権利を持つようになったとされています。しかし、現実には、ルーマニア社会との同化を拒み、満足な教育も受けず、その結果として経済的に困窮し、物乞いや犯罪者の予備軍となっているというイメージをロマニに対して持っているルーマニア人も少なくありません。実際、ヨーロッパ各都市の地下鉄などでは、集団でスリを働くロマニも少なからずいますから、彼らのロマニに対する警戒心や差別感情というのも、まったく故なきこととも言い切れないのですが…。

 その一方で、芸能などの文化面ではロマニがルーマニア社会に与えた影響力というのは非常に大きく、良くも悪くも、ルーマニアを語る上でロマニの存在は無視できないものとなっています。

 こうしたこともあって、22日のパーティーでは、ロマニ文化の華ともいうべき“ジプシー・バイオリン”の名手、古館由佳子さんに生演奏をお願いいたしました。本格的なルーマニア料理&ルーマニア・ワインとあわせて、お楽しみください。なお、パーティーの詳細については、下記の“出版記念パーティーのご案内”をご覧いただけると幸いです。
   

 ★★★ 出版記念パーティーのご案内 ★★★

 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の刊行を記念して、ルーマニア民主革命20周年の記念日にあたる12月22日、下記のとおり出版記念パーティーを開催いたします。当日は、僕のトークのほか、日本におけるジプシー・バイオリンの第一人者、古館由佳子さん(当日は彼女のCDも販売します)による生演奏もお楽しみいただけますので、ぜひ、遊びに来てください。

      トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行      古館由佳子 古館由佳子さん

 ・日時 2009年12月22日 18:30~

 ・会場 レストラン・ルーマニア(本格的ルーマニア料理のレストランです。)
     *東京都中野区本町1-32-24(東京メトロおよび都営地下鉄中野坂上駅1分)
      tel: 03-5334-5341 地図などはこちらをご覧ください。
      料理は下の画像のようなイメージで、ブッフェ・スタイルです。
      ルーマニアのワイン(もちろん飲み放題)も出ます。

       ルーマニア料理

 ・会費 7000円(『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』1冊つき)
     *当日会場にてお支払いをお願いいたします。

 ・参加ご希望の方は、12月18日までにキュリオマガジン編集部まで、電子メール(info@fujimint.com)にてお申し込みください。たくさんの方々のお越しを心よりお待ちしております。

 
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  総項目数552 総ページ数2256  
  戦後記念切手の“読む事典”(全7巻) ついに完結!

       昭和終焉の時代  『昭和終焉の時代』 日本郵趣出版 2700円(税込)

 2001年のシリーズ第1巻『濫造濫発の時代』から9年。<解説・戦後記念切手>の最終巻となる第7巻は、1985年の「放送大学開学」から1988年の「世界人権宣言40周年年」まで、NTT発足や国鉄の分割民営化、青函トンネルならびに瀬戸大橋の開通など、昭和末期の重大な出来事にまつわる記念切手を含め、昭和最後の4年間の全記念・特殊切手を詳細に解説。さらに、巻末には、シリーズ全7巻で掲載の全記念特殊切手の発行データも採録。

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 ピエール・キュリー150年
2009-05-15 Fri 09:21
 キュリー夫人ことマリ・キュリーの夫で、物理学者のピエール・キュリーが1859年5月15日に生まれてから、きょうでちょうど150年です。というわけで、きょうはこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 キュリー夫妻

 これは、1938年にフランスが発行した“がん制圧”の寄附金つき切手で、ピエールとマリーのキュリー夫妻が描かれています。夫妻が放射性元素のラジウムを発見したのは1898年5月12日のことで、彼らはこのほかポロニウムも発見し、1903年にはノーベル物理学賞を受賞しました。なお、切手上には夫妻のラジウム発見は“1898年11月”との表示がありますが、これは、ラジウム発見が論文として発表された日付によるものです。

 ラジウムとポロニウムの発見はキュリー夫妻の共同作業によるものですが、ピエールは個人としても優れた業績を数多く残しています。なかでも、磁性の研究では、彼が、磁性体は温度を上げるとその性質を失うことを発見したしたことにちなみ、強磁性体が常磁性体に変化する転移温度のことを“キュリー温度(キュリー点)”と呼ぶのだそうです。これは、マリーとは無関係に、純粋にピエールの業績によるものです。

 もっとも、妻のマリーが独立以前のポーランド出身で、女性初のノーベル賞受賞者。さらに、夫が亡くなった後の1911年にはノーベル化学賞も受賞する(ちなみに、物理学賞と化学賞のダブル受賞は彼女だけです)など、経歴としてはかなり派手ですからねぇ。起伏に富んだマリーの生涯は伝記として読んでいても面白いでしょうけれど、地道な研究者であるピエールの生涯というのは、たしかに、ドラマ性には乏しいですな。彼の能力や業績というものとは全く無関係に、ピエール先生イコール“キュリー夫人の夫”というイメージが強くなってしまうのも、しかたのないことなのかもしれませんね。

 そういえば、学問・芸術の世界では、夫婦や親子での勲章受賞という例もしばしば見受けられるんですが、切手の世界では、親子で国際展のゴールド・メダリストになったという話は(少なくとも日本人では)あまり聞きませんねぇ。スタートからして2代目というのはかなり有利だと思うのですが、親父の道楽につきあわされてきた家族としては、切手なんかこりごり、というパターンが多いということなんでしょうか。まぁ、我が家もそうなりそうな雰囲気ではありますが…。


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 ラ・マルセイエーズ
2008-10-17 Fri 09:31
 14日にパリで行われたサッカーのフランス対チュニジアの親善試合(3-1で仏勝利)で、試合前の「ラ・マルセイエーズ」の斉唱に対し、チュニジアのサポーターから口笛などが吹かれたことに対して、フランスのバシュロナルカン保健・青少年・スポーツ相が、サッカーなどの国際スポーツ試合でフランスの国歌斉唱が口笛などよって侮辱された場合、「即刻、試合を中止する」と発表しました。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

 ラ・マルセイエーズ

 これは、第1次大戦中の1917年、フランスが発行した戦災孤児救済のための寄附金つき切手の1種で、パリの凱旋門に飾られている彫刻“ラ・マルセイエーズ“が取り上げられています。このセットの5フラン(+寄付金5フラン)の切手は、青と黒の2色刷りで、デザイン的にはそちらの方がずっと格好良いのですが、はるかに“良いお値段”なので、僕の懐具合ではなかなか手が出ません。なお、寄付金が高額すぎたためか、1922年には寄附金の金額を下げる加刷が施された切手も発行されているのですが、こちらの方が無加刷のものよりもカタログ評価は低いので、ニセ加刷が存在しえないという点でも興味深い切手です。

 ナポレオンが凱旋門の建設を始めたのは1806年のことでしたが、その際、メインのアーチを飾る彫刻の依頼を受けたのはフランソワ・リュードでした。

 1792年、リュードはプロイセンのフランス侵攻を食い止めた義勇軍を記念する群像彫刻を制作しました。その上部には擬人化された“自由”が翼をつけて兵士たちを鼓舞し、裸のまま、あるいは古代ローマの甲冑姿を身につけた義勇軍の兵士たちが突撃する場面が表現されています。この彫刻はフランス人の愛国心を大いに掻き立てたことから、同じく1792年に作られた国歌「ラ・マルセイエーズ」の名で知られるようになりました。

 凱旋門は、ナポレオンの存命中には完成せず、彼の死とともに第一帝政時代の“忌まわしい過去”を連想させるものとして建設が一時中止されます。しかし、1830年にルイ・フィリップの7月王制がスタートすると工事は再開され、1836年に完成。“ラ・マルセイエーズ”の彫刻も、凱旋門に飾られることになったというわけです。

 さて、フランスの刑法では国旗や国歌を集団で侮辱した場合、6カ月の禁固刑および7500ユーロ(約100万円)の罰金刑に処せられるとの規定がしっかりあります。実際、今回の事件を受けて、スタジアムを管轄するパリ郊外のボビニー検察庁は、アリヨマリ内相の指令を受け、「国歌侮辱」で捜査を開始しており、もはや、単なる“悪ふざけ”では済まなくなっています。

 さて、日本では、入学式や卒業式で生徒や保護者に国歌斉唱での不起立を呼びかける公立学校の教師がいて、処分された(といっても、たいていは懲戒処分の中では一番軽い“戒告”ですが)という話が、ときどき、新聞沙汰になります。

 個人の好みとして「君が代」が嫌いだという人がいてもそれは否定されるべきではないのでしょうが、自ら「君が代」を歌い、生徒にも歌わせることが仕事の一部になっている職業(=公立学校の教師)を自分の意志で選んだ人間が、その職務をまっとうせず、妨害行動を取れば、相応のペナルティを受けるのは当然のことです。

 国歌を侮辱するという行為は、国によっては、逮捕・投獄の危険もあるわけですから、彼らだって、それなりのリスクを背負って「君が代」反対を唱えているんでしょう。きっと。だったら、彼らの名誉のためにも、戒告をなんてちんけな処分ではなく、堂々と懲戒免職にしてあげるくらいの“温情”があってもいいように思うんですがねぇ。


 イベントのご案内

 以下の通り、トークイベントを行います。よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。

 10月17日(金) 在日本大韓民国民団記者懇談会
  「韓国現代史:切手でたどる60年」(福村出版)をめぐって
  18:30~ 於・在日本大韓民国民団中央会館8階会議室
  (地図などはこちらをご覧ください)

 激動の韓国現代史は、切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。切手や郵便物を通じて国家と歴史、時代や社会を読み解く“郵便学者”内藤陽介が、今年7月に刊行した『韓国現代史:切手でたどる60年』を題材に、切手というモノから見える韓国現代史のリアルな諸断面についてお話しします。参加は無料で、どなたでもご参加いただけます。なお、会の終了後、懇親会(会費5000円)を実施予定。


 10月18日(土)  「大統領になりそこなった男たち」刊行記念トーク
  18:00~ 於・日本郵便文化振興機構(東京・用賀)
  資料代として500円(ワイン・ソフトドリンク・軽食含む)を申し受けます。あしからずご了承ください。
  詳しくは、主催者の告知ページをご覧ください。


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 アメリカ史に燦然と輝く偉大な「敗者たち」の物語    
 『大統領になりそこなった男たち』 中公新書ラクレ(本体定価760円+税)
 
 出馬しなかった「合衆国生みの親」、リンカーンに敗れた男、第二次世界大戦の英雄、兄と同じく銃弾に倒れた男……。ひとりのアメリカ大統領が誕生するまでには、落選者の累々たる屍が築かれる。そのなかから、切手に描かれて、アメリカ史の教科書に載るほどの功績をあげた8人を選び、彼らの生涯を追った「偉大な敗者たち」の物語。本書は、敗者の側からみることで、もう一つのアメリカの姿を明らかにした、異色の歴史ノンフィクション。好評発売中!

 もう一度切手を集めてみたくなったら 
 雑誌『郵趣』の2008年4月号は、大人になった元切手少年たちのための切手収集再入門の特集号です。発行元の日本郵趣協会にご請求いただければ、在庫がある限り、無料でサンプルをお送りしております。くわしくはこちらをクリックしてください。
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 『郵趣』今月の表紙:病院船と野戦病院
2008-01-28 Mon 15:42
 (財)日本郵趣協会の機関誌『郵趣』の2008年2月号ができあがりました。『郵趣』では、毎月、表紙に“名品”と評判の高い切手を取り上げていて、僕が簡単な解説文をつけていますが、今月は、こんなモノを取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

 フランス赤十字(1917)

 これは、1918年8月にフランスが発行した赤十字切手で、病院船と野戦病院が描かれています。

 人類史上初の総力戦となった第1次世界大戦は、切手にもさまざまな影響を与えましたが、赤十字関連の切手が本格的に発行されるようになったのもその一つといってよいでしょう。

 フランスが最初の赤十字切手を発行したのは1914年8月のことで、まさに、第一次大戦の勃発と時を同じくしています。このときの切手は、10サンチームの通常切手に加刷したもので、赤十字をプラスの記号に見立てて附加金額の5サンチームの文字を加刷したものです。この加刷パターンは、このブログで以前ご紹介したものだと、第1次大戦末期の1918年10月に発行された英領北ボルネオの赤十字加刷切手なんかにも見られます。
  
 今回『郵趣』の表紙でご紹介のものは、大戦末期の1918年8月に発行されたもので、中央の赤十字を挟み、左側に赤十字のマークをつけた病院船を、右側に瓦礫の中の野戦病院で働く白衣の天子を配した凸版2色刷です。抑制の効いたトーンながら戦争の悲惨さを見る者に訴えかけてくる一品といってよいでしょう。

 この切手が発行されてから3月後の11月11日、第1次大戦はドイツの降伏によって終結します。すでに、前年(1917年)のアメリカの参戦により戦局の帰趨は連合国有利に大きく傾いていましたが、それでも、戦争そのものは1919年に入っても続くと見ていた人は少なからずいました。

 たとえば、欧米との不平等条約の改正を目指していたタイは、なんとか勝ち馬に乗ろうとして、ドイツの敗戦を確信してからドイツに宣戦を布告し、義勇兵を派遣していますが、義勇兵たちのマルセイユ上陸は1918年7月30日、彼らの実際の出陣は10月17日のことでした。タイとしても、半年くらいは戦わねばなるまいと考えていましたから、結果として1ヶ月弱の参戦ですんだのは予想外のことだったようです。(この辺の事情については、拙著『タイ三都周郵記』でも少し触れていますので、よろしかったら、ご一読下さい)

 もっとも、赤十字の活動というのは、戦時のみならず、戦後の復員や傷病兵たちの看護といったことにも及んでいるわけですから、戦争が終っても赤十字の活動資金を集める必要がなくなるわけではありません。その意味では、今回の切手によって集められた資金も、戦後の赤十字の活動にとって有用なものとなったのではないかと思われます。

 いずれにせよ、イタリア統一戦争でのソルフェリーノの戦いをきっかけに生まれた赤十字の歩みは、そのまま、戦争の歴史と重なっているわけですが、今回の切手もまた、そうした歴史の証言者といってよいでしょう。
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 欧州の悲願
2007-07-21 Sat 10:44
 フランス・イタリア国境の欧州最高峰モンブラン(4808m)の頂上近くに、このほどトイレが設置されました。1786年8月8日に、ジャック・パルマとミッシェル・ガブリエル・パッカールが初登頂に成功して以来、およそ220年目にして初のことだそうで、ある意味では、欧州登山者の悲願がかなったといってよいでしょう。

 というわけで、今日は、モンブランがらみということで、この切手を持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

モンブラン・スキー大会

 これは、1937年1月18日、モンブランの麓にあるスキーリゾート地、シャモニー(正確にはシャモニー・モンブラン)で開かれた国際スキー大会を記念して、開催国のフランスが発行した切手です。

 スキーのジャンプの場面が描かれていますが、現在とは異なり、両手を大きく広げているのが目を引きます。以前、1949年に日本で発行された冬季国体の記念切手をご紹介しましたが、この切手は1936年のオリンピックの写真を元にデザインが作られています。ということは、やっぱり、当時のジャンパーたちは、現在のような“気をつけ”の姿勢ではなく、手を広げて飛ぶのが一般的だったということなんでしょうね。

 ところで、今回、モンブランの山頂に設けられたトイレはくみ取り式で、排せつ物を入れた袋は夏の登山シーズン終了後、ヘリコプターで麓へ下ろされて処理されるそうです。ってことは、シャモニーあたりがその処分場になるんでしょうか。切手のジャンパーが飛んでいる下の辺りは雪に隠れているものの、実は…なんてことになったら、ちょっと厭だなぁ、と思ってしまった内藤でした。
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 『郵趣』今月の表紙:ランスの微笑み
2007-07-03 Tue 01:12
 拙著『香港歴史漫郵記』の刊行があったり、香港展があったりしてご報告が遅くなりましたが、(財)日本郵趣協会の機関誌『郵趣』の2007年7月号ができあがりました。『郵趣』では、毎月、表紙に“名品”と評判の高い切手を取り上げていて、僕が簡単な解説文をつけていますが、今月は、こんなモノを取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

ランスの微笑み

 これは、1930年3月15日にフランスが公債の減債を目的として発行した寄附金つき切手で、“ランスの微笑み”と呼ばれる天子像の顔の部分が大きく取り上げられています。

 パリの東北およそ130キロの位置にあるシャンパーニュ地方の古都、ランスには歴代のフランス王が戴冠の秘蹟を受けたゴシック様式のノートル・ダム大聖堂があります。“ランスの微笑み”は、その大聖堂ファサード西正面扉口の左側にあり、1245-55年ごろの制作と考えられています。

 今回のマテリアルは、その“ランスの微笑み”の寄附金つき切手を4枚収めた切手帳ペーンで、完本の状態の切手帳は、このペーン2枚をガッター部分でつないで、表紙をホチキス止めして発売されました。

 ところで、ヨーロッパ王室御用達というアンリ・アベレのシャンパンのラベルには、今回の切手とほぼ同じ構図でトリミングされた“ランスの微笑み”が印刷されています。高級シャンパンなので、僕の懐具合では普段気軽に飲むというわけにはいかないのですが、『香港歴史漫郵記』の重版が決まったら、版元の大修館書店さんから、わが家にも1本、祝杯をあげるために差し入れしてくれたらいいなぁ…と密かに思っています。
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 『郵趣』今月の表紙:サモトラケのニケ
2006-07-28 Fri 00:28
 (財)日本郵趣協会の機関誌『郵趣』の8月号ができあがりました。

 『郵趣』では、毎月、表紙に“名品”と評判の高い切手を取り上げていて、僕が簡単な解説文をつけていますが、今月は、この1枚を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

ニケ

 これは、1937年8月、フランスが発行した慈善切手で、ルーブルの名品として名高いサモトラケのニケ像が取り上げられています。ニケ(Nike)とは、ギリシャ神話の勝利の女神のことで、英語風にいうとヴィクトリアと同じ意味です。

 切手は、同じデザインの刷色違いで30サンチームと55サンチームの2種1セットが2フラン50サンチームで販売されました。その差額1フラン65サンチームがルーブル博物館を支援するための募金にあてられたため、切手上には付加金つきを意味する“+”の表示はありませんが、収集家の間では付加金つきの慈善切手として扱われています。

 切手に取り上げられたニケ像は、大理石製で高さは328cm。紀元前190年、シリアのアンティオコス3世との海戦に勝利したロードス島の人々がそれを祝って制作し、船の舳先に立てられていたといわれています。1863年、フランス領事のシャルル・シャンポワーゾがまず胴体部分を発見し、その後、118の断片と砕けた翼が見つかりました。それらの断片は復元され、1884年にルーブル美術館のダリュの階段踊り場(切手の背景はその壁です)に展示され、現在にいたっています。

 なお、全くの余談ですが、大手スポーツメイカーのナイキはNikeの英語読みで、アメリカの会社です。ところが、僕にとっては、ナイキの靴はオニツカタイガー(現アシックス)のパクリ商品だといわれて裁判にもなったことの印象が強かったこともあって、長い間、ナイキは“内記さん”という日本人がつくった会社だとばかり思っていました。お恥ずかしい話です。

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