内藤陽介 Yosuke NAITO
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 49歳になりました。
2016-01-22 Fri 10:16
 私事ながら、本日(22日)をもって49歳になりました。「だからどうした」といわれればそれまでなのですが、せっかく年に1度のことですから、現時点で僕の手元にある“1月22日”関連のマテリアルのうち、最も年代の古いものをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ビショップ印カバー(1685)  ビショップ印カバー(日附部分)

 これは、1685年1月22日、イングランドのヘイスティングスからロンドンのブルームスバリー宛の郵便物です。差し出しの日付は内部の書き込み(右側の画像)によるもので、郵便史的には、到着時に押された1月25日付のビショップ印の方が重要なのですが、いずれ、1月22日付のビショップ印のカバーを入手できたらご紹介することにしたいと思います。ちなみに、宛先のブルームスバリー地区は、ビーフィーターをはじめとするロンドン・ドライ・ジンの発祥の地というのも、ジントニックが好きな僕としては嬉しいところです。

 英国での王政復古に伴い、1660年、クロムウェル時代の郵便長官だったジョン・サーローは解任され、ヘンリー・ビショップが年間2万1500ポンド、7年契約で郵便事業を請け負い、新長官に就任しました。ちなみに、当初、ビショップの任期は1660年6月25日からの予定でしたが、議会での郵便憲章の討議が遅れたため実際の任命は9月29日までずれ込んでいます。この間、制度の間隙を突くかたちで、一部の民間業者が郵便物を取り扱っていたことから、ビショップは、3ヵ月任命が遅れたことで500ポンド以上の損失が生じたと主張しています。

 郵便の官業独占を犯して民間業者が活動をしていた背景には、利用者側からすれば、官営郵便は値段の割に配達・輸送が遅いとの不満が根強くありました。じっさい、郵便長官に就任早々、ビショップは利用者から郵便の遅れについて多数のクレームを受けることになります。

 このため、ビショップは、さまざまな改善策を打ち出しました。

 たとえば、郵便の輸送手段を充実させるため、中継地点の郵便局に常駐させておく駅馬の拡充、郵便局間の距離を示す郵便地図の作成(実際に第1版の地図が完成したのは、ビショップ離職後の1669年のことでしたが)、宛先方面ごとの郵袋の活用、などです。

 しかし、彼が打ち出した改善策のうち、郵便史上、最も画期的だったのが、“ビショップ・マーク”と呼ばれる日付印を導入でした。

 ビショップ・マークは円形で、その中央から2分割して、アルファベット2文字の月の略称と日付を上下に配した構造になっています。ビショップは、郵便局に持ち込まれたすべての郵便物に、この日付印を押すことを義務付けました。押印場所は、原則として裏面です。

 日付印が押された後、郵便物は同じ場所に30分以上留め置いてはならず、4-9月は時速7マイル(約11・2キロ)、10―3月は時速5マイル(約8キロ)で次の拠点まで運ぶこととされ、その遵守が各地の郵便局長に徹底されました。

 日付印の導入により、担当者の怠慢で郵便物が郵便局に滞留した場合にはそのことが明らかになります。逆に、郵便はきちんと機能していたにもかかわらず、差出人が郵便を差し出しそびれていたり、使用人が受け取った手紙を主人に渡すのを忘れていたりするなど、利用者側に原因があるケースも、日付印を確認すれば確認することができます。

 ビショップ・マークは、1661年4月19日、ロンドンの中央郵便局使用されたのが最初で、順次、ダブリン、エディンバラ等の主要都市で使用されたほか、ニューヨークをはじめとする北米植民地やインドの郵便局でも使用されました。

 当初、ビショップ・マークの大きさは直径13ミリでしたが、1673年になると、直径13-14ミリと若干大きくなります。この時期の消印の表示は、今回ご紹介の郵便物のように、原則として、上段が月名、下段が日附となっていました。なお、当時の慣例で、日付印の表示ではJの代わりにI の文字が使われているため、このカバーにみられる“IA”とある月名の表示は、1月(January)の略号であるJA の意味になります。

 その後、1713年になって、日付印の大きさは14-20ミリとさらに大型になり、月名と日附の上下も逆転しますが、この形式のものは、1787年まで使用されました。

 なお、 昨年11月に刊行の拙著『英国郵便史 ペニー・ブラック物語』では、ビショップ印の歴史やビショップ印が押された郵便物などもいろいろご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。


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 2月9日(火)から、毎月第2火曜の19時より、東京・竹橋の毎日文化センターで新講座「宗教で読む国際ニュース」がスタートします。都心で平日夜のコースですので、ぜひ、お勤め帰りに遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。


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 オックスフォード・ガゼット450年
2015-11-07 Sat 18:16
 現在の『ロンドン・ガゼット』の前身で、 現存する世界最古の新聞とされる『オックスフォード・ガゼット』が1665年11月7日に創刊されて、きょう(7日)で450年です。というわけで、今日は英国の新聞に関連するマテリアルの中から、こんなモノを持ってきました(画像はクリックで拡大されます)

      英国・新聞印紙

 これは、新聞税を支払ったことを示すスタンプが押された英国紙『ベリー・アンド・ノリッチ・ポスト』の断片(本来の意味での“印紙”といえばよいでしょうか)です。

 日本人の感覚では、新聞は毎朝自宅に配達されるもの、もしくは、駅やコンビニで買うものということになっていますが、かつての欧米社会では、郵便で送られるものというイメージが強くありました。

 たとえば、英国の『デイリー・メール』や米国の『ワシントン・ポスト』といった新聞の名前を聞いたことがある方は多いと思いますが、それらはいずれも、新聞が郵便で送られることに由来した命名で、今回ご紹介の紙片に記された『ベリー・アンド・ノリッチ・ポスト』という紙名は、郵便で運ぶことを前提としたものです。

 英国では、17世紀の清教徒革命や名誉革命などの社会の大変革の時期にニュースの需要が高まり、新聞が盛んに発行されるようになっていましたが、18世紀半ば以降、産業革命が本格的に進んでいくと、富を蓄えたブルジョアジーが続々と誕生し、新聞の読者も急速に拡大していきました。

 ここに目をつけた英国政府は、新聞に新聞税を課すかわりに、その代わり、新聞社への懐柔策として、官営郵便で新聞を送る場合の郵送料は無料としていました。

 当時の英国政府の認識では郵税(=郵便料金)も税の一種ですから、結果的に国庫全体が潤えばいいわけで、官営郵便の負担増よりも、新聞の読者が増えたことによる新聞税の増収が上回るのであれば、それで良いという考えだったのです。

 このため、新聞の読者が増えれば増えるほど郵便事業の経営は圧迫されることになります。もちろん、新聞だけが原因というわけではないのですが、新聞を含む無料郵便物の存在は郵便事業に大幅な赤字をもたらす要因となり、1830年代には、その改善のため、さまざまな改革が試みられることになります。その最終形が、1840年の統一1ペニー郵便の実施とペニーブラックの発行となるわけですが、このあたりの事情については、拙著『ペニー・ブラック物語』で詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 * 本日開催の切手市場での拙著の行商は、無事、終了いたしました。お客様各位ならびにスタッフの方々には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。ありがとうございました。

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 グラスゴーで37年ぶり金メダル
2015-10-30 Fri 11:26
 英国グラスゴーで開催中の体操の世界選手権で、きのう(現地時間28日夜)、男子団体総合の決勝があり、日本は1978年のストラスブール大会以来、37年ぶり6回目の優勝を果たしました。というわけで、これを祝してグラスゴー関連のマテリアルは何かないかと思って探してみたら、こんなモノがありました。(画像はクリックで拡大されます)

     5条郵便

 これは、1822年10月3日、ニューキャッスルからグラスゴー宛の郵便物で、ニューキャッスルで5条郵便の適用を受けたことを示す朱印が押されています。

 1801年、英国では官営ペニー・ポストの料金を1ペニーから2ペンスに値上げする法律(ジョージ3世治世第41年法律第7号)が施行されましたが、同法の第5条に基づく“いわゆる5条郵便(5th Clause Post)”と呼ばれる地域の集配制度が制度化されます。

 かつての英国の官営郵便の配達先は原則として宿駅までで、戸別配達は行われていませんでした。このため、ロンドンでは1680年にドクラのペニー・ポストが創業され、1682年にそれが官営化されるというプロセスをたどったわけですが、その他の地方都市では、郵便局長が私的にスタッフを雇い、宿駅周辺の各戸から手数料を取って戸別配達を行ったり、各戸から郵便局まで郵便物を運んだりすることが行われていました。

 そうした私的な集配サーヴィスは、地域や時代によって差はありますが、1通あたり官営郵便の正規料金に1ペニー上乗せして受取人が支払うというケースが一般的で、1ペニーは局長の収入になります。

 その後、1765年の法律(ジョージ3世治世第5年法律第25号)では、郵政長官が必要と認めた市町村に官営ペニー郵便を設置できることになりましたが、その一方で、官営のペニー・ポストが設置された地域には局長が許可なく私的な戸別集配を行うことが原則として禁止されます。

 この新制度の下で1773年、アイルランドのダブリンで官営ペニー・ポストがスタートしましたが、事業としての収益を挙げることはできませんでした。このため、官営ペニー・ポストは他の都市には広まらず、1793年になって、ようやく、イングランドでもバーミンガム、ブリストル、マンチェスターの3都市にペニー・ポストが導入されましたが、3都市の局長は、それまでの私的な戸別集配による収入を失ったにもかかわらず、ペニー・ポストの配達員の賃金を負担しなければならなかったため、補償を求める声が上がります。

 そこで、1801年の法律では、“5条郵便”というかたちで、人口の少ない村などが自ら集配員を雇い、料金を取って村と宿駅の間を往来する郵便サーヴィスが認められたわけです。

 5条郵便の最大の特徴は、官営郵便の正規料金については無料の特権を持つ政府関係者や議員や、郵便料金としては無料の扱いだった新聞郵便などからも、きっちり、宿駅と宛先の間の料金を徴収できるようにしていたことにあります。
 郵便料金の無料特権を持つ有力者や新聞社などへは相当な数の郵便物が発着しますから、そこからもきっちり手数料を徴収できれば相応の収入が見込めます。
 
 したがって、1801年の法律が施行されると、増収を見越して5条郵便を導入する地域が相次ぎ、英国内の郵便網は拡充していきました。今回ご紹介の郵便物も、そうした5条郵便の実例です。

 しかし、5条郵便が広がっていくことに対して、郵便料金無料の特権を有する勢力が黙っているはずもなく、1806年、5条郵便が彼らから料金を徴収することは禁じられてしまいました。その結果、各地の5条郵便の収益は悪化。新たに5条郵便を導入する地域もほとんどなくなってしまいました。

 そこで、1808年以降、各地の5条郵便を官営のペニー・ポストに転換したり、あるいは、5条郵便のなかった地域には新たに官営のペニー・ポストを導入したりするなどして、産業革命の時代に適合した郵便網の拡充が図られていくことになります。

 さて、本日から開催の全国切手展<JAPEX>会場内で、一般書店に先駆けて先行発売となる拙著『英国郵便史 ペニー・ブラック物語』では、今回ご紹介した5条郵便をはじめ、世界最初の切手、ペニー・ブラックが発行される以前の英国の郵便制度の変遷についてもわかりやすくまとめております。また、あさって(1日)には、刊行記念のトークイベントも行いますので、なにとぞよろしくお願いします。


 ★★★ <JAPEX> トークイベントのご案内 ★★★

   アウシュヴィッツの手紙・表紙  ペニーブラック表紙   

 東京・浅草で開催される全国切手展<JAPEX>会場内で、下記の通り、拙著『アウシュヴィッツの手紙』ならびに『英国郵便史 ペニー・ブラック物語』の刊行記念のトークイベントを予定しております。よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。なお、詳細は主催者HPをご覧いただけると幸いです。

 ・10月30日 15:30~ アウシュヴィッツの手紙
 ・11月1日  14:00~ 英国郵便史 ペニーブラック物語

 ★★★ イベントのご案内 ★★★ 

 ・11月7日(土) 09:30- 切手市場
 於 東京・日本橋富沢町8番地 綿商会館
 詳細は主催者HPをご覧ください。新作の『アウシュヴィッツの手紙』ならびに『ペニー・ブラック物語』を中心に、拙著を担いで行商に行きます。 会場ならではの特典もご用意しております。ぜひ遊びに来てください。

 ★★★ 内藤陽介の新刊  『ペニー・ブラック物語 のご案内 ★★★ 

       ペニーブラック表紙 2350円+税

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 英議会にビッグベンがなかった頃の郵便
2015-10-20 Tue 12:25
 英議会は、18日、議事堂の時計台・ビッグベンの老朽化に伴う修理に必要な費用について、時計の針に不具合があるなど大がかりな作業になる場合、最大で4000万ポンド(約74億円)に上る見込みとする報告書を発表しました。また、修理期間は4ヶ月から1年が必要だそうで、その場合、ビッグベンも時を刻むのを止めることになるそうです。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      英議員宛の無料郵便(1835)

 これは、1835年10月24日、イギリス・ノーフォークのアイルシャムからロンドンのホレイショ・ウォルポール議員宛に差し出されたカバーで、郵便物を無料で受け取ることのできる議員の特権を示す“MP”の書き込みと、王冠のついた“FREE”の印が押されています。

 1840年に料金前納制の1ペニー郵便がスタートするまでは、英国の郵便料金は受取人払いが原則でしたが、国会議員や政府高官などは、今回ご紹介のカバーに示すように、無料で郵便を受け取ることができました。このほかにも、新聞は新聞税を収める代わりに郵送料は無料とされていたこともあって、無料で配達される郵便物が膨大な量にのぼっており、そのことが郵便事業の収支を大きく圧迫していました。

 このため、ウィリアム4世統治下の1833年8月、庶民院(いわゆる下院)の新人議員、ロバート・ウォーラスが郵便制度改革の必要性を議会で訴え、これを受けて1835年、ダンキャノン卿を長とする“郵政省に関する管理運営調査委員会”が院内に設置されます。以後、郵便改革が進められていく中で、1837年、ローランド・ヒルが『郵便制度の改革――その重要性と実行可能性』と題するパンフレットを発行し、1840年のペニー・ブラック発行につながっていくことになります。

 ちなみに、今回のカバーの名宛人となっているホレイショ・ウォルポールはオルフォード伯爵の称号を持ち、1822年、父親の跡を継いで貴族院議員となりました。今回ニュースの話題となったビッグベンの完成は1859年のことですが、彼は、その鐘の音を聞くことなく、1858年に亡くなっています。

 なお、この時代の英国の郵便事情については、11月刊行予定の拙著『英国郵便史 ペニー・ブラック物語』でもいろいろとご説明しております。同書の奥付上の刊行日は11月15日ですが、10月30日から東京・浅草で開催の全国切手展<JAPEX>および11月7日に日本橋で開催の切手市場では先行販売を行います。また、<JAPEX>会場内では、下記の通り、刊行記念のトーク・イベントも行いますので、なにとぞよろしくお願いします。


 ★★★ <JAPEX> トークイベントのご案内 ★★★

   アウシュヴィッツの手紙・表紙  ペニーブラック表紙   

 東京・浅草で開催される全国切手展<JAPEX>会場内で、下記の通り、拙著『アウシュヴィッツの手紙』ならびに『英国郵便史 ペニー・ブラック物語』の刊行記念のトークイベントを予定しております。よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。なお、詳細は主催者HPをご覧いただけると幸いです。

 ・10月30日 15:30~ アウシュヴィッツの手紙
 ・11月1日  14:00~ 英国郵便史 ペニーブラック物語


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『アウシュヴィッツの手紙』  予約受付中! ★★★ 

       アウシュヴィッツの手紙・表紙 税込2160円

 【出版元より】
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 11月上旬刊行予定ですが、現在、版元ドットコムamazonhontoネットストア新刊.netの各ネット書店で予約受付中ですので、よろしくお願いします。

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 ペニーブラック物語(1)
2014-05-02 Fri 07:12
 ご報告が遅くなりましたが、雑誌『キュリオマガジン』2014年5月号ができあがりました。今月号から、「ペニーブラック物語」という新連載を担当することになりました。初回の今回は、“前史”の話として、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       コーヒーハウスカバー(1756)

 これは、1756年、プリマスからロンドン経由でエジンバラのコーヒーハウス宛に差し出された書簡です。

 王室や政府高官、軍隊などが公用の書簡をやり取りするための駅逓制度は、近代国家成立の以前から自然発生的に行われていたのでしょうが、それらは一般大衆には開放されていませんでした。もっとも、近代以前の英国では(じつは英国に限りませんが)、識字率そのものが非常に低く、一般庶民が手紙を出すという需要も多くはありませんでしたが…。

 ただ、遅くとも15世紀のロンドンでは、すでに、ヨーロッパ大陸から渡ってきた外国商人たちがロンドンと大陸諸都市を結ぶ通信網を確保していたことが確認されています。
 
 駅逓制度が王室などの公用便に限られていた時代には、郵便料金を徴収するという発想はありません。ところが、17世紀前半、国王チャールズ1世(在位1625-49。いわゆる清教徒革命でオリヴァー・クロムウェルに処刑された王様です)の時代になると、国家財政が苦しくなってきたことで、王室は、既存の王室駅逓(ロイヤル・ポスト)を活用し、料金を徴収して民間の手紙を運ぶことで収入を得ようと考えました。

 かくして、1635年、ロイヤル・ポストは“官営郵便”として民間人でも利用が可能となり、それに伴って郵便料金が設定されることになります。

 郵便料金というものが設定されると、次に問題となるのは、その納入方法と、料金徴収済みであることを示す方法です。その最終形が切手というわけなのですが、切手の誕生は19世紀の話。それまでの約200年間は、封筒の上に手書きで料金や支払済み(paid)の文字などを書いたり、スタンプを押したりするなどして処理されていました。

 ところで、民間に開放された当初の官営郵便は、ロンドンと主要都市間を結ぶネットワークとして機能していたものの、ロンドン市内の郵便は取り扱っておらず、ロンドン市民はそのことに不満を持っていました。

 そこで、1680年、税官吏のウィリアム・ドクラが出資者を募り、ロンドン市内での戸別配達、ペニー・ポストのサービスを開始します。

 ドクラのペニー・ポストは、料金は前納で一律1ペニー(それがペニー・ポストの名前の由来となります)。重さ1ポンド(約453.6グラム)以下、価格10ポンド以下のものに限って受け付けるということになっていました。書状の受付場所は、カフェやホテル、商店などで、現在の感覚でいえば、コンビニが宅配便を受け付けるのと近いのかもしれません。

 さて、ドクラのペニー・ポストは創業から2年後の1682年には軌道に乗り、利益も出始めますが、同年、政府は「官営郵便の独占を犯した」との理由(というよりも、ほとんど難癖に近いものと言っていいと思いますが)をつけ、ペニー・ポストを強引に国有化してしまいました。

 こうして、一応は国内の郵便ネットワークを構築した英国政府でしたが、その経営は次第に逼迫し、19世紀に入ると、その赤字は莫大な額に膨れ上がってしまいました。

 その理由はいくつかあげられます。

 まずは、無料で配達される郵便物が膨大な量にのぼっていたことが挙げられるでしょう。

 当時、国会議員や政府高官は、無料で郵便を受け取ることができました。

 日本では、なにかのサービスを受ける際に料金前払いということが珍しくありません。これは、まともな店であれば、料金に見合う真っ当なサービスが受けられるのが当たり前だという信頼関係が社会の前提になっているからですが、残念ながら、こうした日本の常識は、世界的に見れば極めて例外的なケースでしかありません。

 このため、多くの国では、“やらずぶったくり”を防ぐためにも、納得のできるサービスを受けた後で、初めて、そのサービスに対する対価を支払う(=サービスに不満があれば満額払う必要はない)というシステムになっています。いわゆるチップの習慣は、この発想によるもので、多くの日本人が海外旅行などの際に面喰うのもそのためです。近代以前の郵便配達も同様で、ロンドン市内のペニー・ポストのような例外を除くと、郵便物がきちんと宛先に届けられたことを確認したうえで、受取人が料金を支払うという仕組みになっていました。

 ところが、相手が国会議員や政府高官のような権力者だったりすると、手紙が無事に届かなければ、国家権力を使って配達人を処罰することが可能です。このため、彼ら宛の郵便物は無料であっても無事に配達される仕組みになっていました。

 とはいえ、相手がだれであろうと、郵便物を運ぶためには一定のコストがかかるわけで、その分は有料郵便の収入によって賄わなければなりません。当然のことながら、一般庶民の利用する郵便料金は割高になります。

 実は、こうした特権を見直そうという動きはヴィクトリア女王の即位以前にも何度かあったのですが、ことごとく失敗しています。それどころか、地位や立場を利用して無料郵便を濫用しようとする輩は増えるばかりでした。

 ついで、新聞の郵送料が無料であったことも、経営を圧迫する要因となっていました。

 日本人の感覚では、新聞は毎朝自宅に配達されるもの、もしくは、駅やコンビニで買うものということになっていますが、かつての欧米社会では、郵便で送られるものというイメージも強かったのです。たとえば、英国の『デイリー・メール』や米国の『ワシントン・ポスト』といった新聞の名前を聞いたことがある方は多いと思いますが、それらはいずれも、新聞が郵便で送られることに由来した命名です。

 英国は、17世紀の清教徒革命(1641-49)や名誉革命(1688-89)などの社会の大変革の時期にニュースの需要が高まり、新聞が盛んに発行されるようになりました。さらに、18世紀から19世紀にかけて、産業革命が進むと、富を蓄えたブルジョアジーが続々と誕生し、新聞の読者も急速に拡大していきます。

 ところで、当時の英国では新聞には新聞税が課されていましたが、その代わり、官営郵便で新聞を送る場合の郵送料は無料とされていました。したがって、新聞の読者が増えれば増えるほど、国家に入る新聞税は増加していきますが、その一方で、官営郵便の経営は圧迫されてしまうのです。

 さらに、当時の英国政府は郵便料金を税金の一種として扱っていたため、財政事情が悪化すると、政府は打ち出の小槌のように郵便料金を値上げしており、このことが、さらなる料金高騰の原因となっていました。

 たとえば、1812年のシングル・レター(1枚の紙を折って封筒と便箋を兼ねたもの)の料金は最高1シリング5ペンスでしたが、これは、当時の日雇い労働者一日分の労賃に匹敵する金額です。現在(2014年)の日本に置き換えてみると、平日昼間のコンビニの時給は全国平均で800円前後ですから、8時間働いたとして6400円。この値段を払ってまで手紙を出したい(出さなければならない)用事など、そう滅多にあるはずがありません。

 このように現実離れした高額の料金が設定されていれば、不正利用や不正ギリギリの方法で料金の支払いを免れようとする者が続出するのは当然です。その一例として、たとえば、古い新聞の余白に手紙を書いて無料の新聞郵便として差し出すことなどは、当たり前のように行われていました。

 今回ご紹介の書簡も、まさに、そうした不正な郵便の実例で、本来は料金無料ではない民間人の通信なのですが、政治家のコネでも利用したのか、料金無料の特権(Privilege)を示す“P”の文字が封書の中央に大きく書き込まれています。なお、当時の英国は喫茶の風習がさかんになりつつある時代で、各地のコーヒーハウスを郵便物の受け取り場所に指定する常連客も少なくありませんでした。

 また、料金が受取人払いになっていることを利用して、届けられた手紙を開封せずに配達人に返し、料金の支払を免れることも横行しています。

 中学校や高校の英語の教科書で、「封筒をかざして丸い紙が入っているのがわかれば息子が元気な証拠だから、手紙を受け取る必要はない」と言った老女のエピソード(物語の細部にはさまざまなヴァリエーションがあるようですが)を読まされた記憶があるという方も多いのではないかと思います。

 いずれにせよ、1837年にヴィクトリア女王が即位した頃には、こうした要因がいくつも積み重なって、英国の官営郵便事業は危機的な状況に陥っていたのです。

 さて、雑誌『キュリオマガジン』は、先月号(4月号)から紙面が大幅にリニューアルされ、僕も「郵便学者の世界漫郵記」に代わって「日本切手の名品」と「ペニーブラック物語」の2本の新連載を担当することになりました。ちなみに、今月号の「日本切手の名品」では見返り美人の切手をご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ雑誌を手に取ってご覧いただけると幸いです。
 

 ★★★ 切手が語る台湾の歴史 ★★★

 5月15日13:00から、よみうりカルチャー北千住にて、よみうりカルチャーと台湾文化部の共催による“台湾文化を学ぶ講座”の一コマとして、「切手が語る台湾の歴史」という講演をやります。

 切手と郵便はその地域の実効支配者を示すシンボルでした。この点において、台湾は非常に興味深い対象です。それは、最初に近代郵便制度が導入された清末から現在に至るまで、台湾では一貫して、中国本土とは別の切手が用いられてきたからです。今回の講演では、こうした視点から、“中国”の外に置かれてきた台湾(史)の視点について、切手や郵便物を題材にお話しする予定です。

 参加費は無料ですが、事前に、北千住センター(03-3870-2061)まで、電話でのご予約が必要となります。よろしかったら、ぜひ、1人でも多くの方にご来駕いただけると幸いです。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


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 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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