内藤陽介 Yosuke NAITO
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 インド独立70年
2017-08-15 Tue 15:26
 1947年8月15日にインドが独立して、きょうで70周年です。というわけで、ストレートにこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      インド・独立記念(アショーカ王柱)

 これは、1947年11月21日にインドが発行した独立記念切手のうち、アショーカ王柱を取り上げた1アンナ半の切手です。インド独立の日付は、今回ご紹介の切手にも示されているように1947年8月15日ですが、記念切手の制作は正式独立を受けてからのことでしたので、発行日は11月21日までずれ込みました。

 アショーカ王柱は、西暦の紀元前3世紀、歴史上初めてインド亜大陸をほぼ統一したマウリヤ朝のアショーカ王(在位・紀元前268-232頃)が、釈迦が最初の説法(初転法輪)を行ったとされるサールナートの地に建てた柱で、切手に取り上げられているのはその先端部分です。

 アショーカ王が仏教の信仰を示すために各地に立てた柱の先端部分には、それぞれ、東西南北に4匹の獅子が配されており、円柱の冠板に帯状装飾として象と駿馬、雄牛と獅子が彫られ、それぞれの間にハスを模した法輪もしくはアショーカ・チャクラの車輪が彫られています。

 現在のインドでは、アショーカ王柱は、仏教のシンボルとしてというよりも、インド統一の象徴として、国章に取り上げられています。また、インド国旗の中央の法輪も、同様の理由から、アショーカ王柱にちなむものとして取り上げられています。
 
 なお、アショーカ王柱を取り上げた切手については、拙著『切手が伝える仏像』でもいろいろご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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      タウンミーティング in 福山

  2017年9月17日(日) 14:00~、広島県立ふくやま産業交流館で開催の「日本のこころタウンミ-ティング in 福山」に憲政史家の倉山満さんとトークイベントをやります。お近くの方は、ぜひ、ご参加ください。なお、イベントそのものの詳細は、こちらをご覧ください。
      
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 国旗を足元に置くべからず
2017-01-12 Thu 12:50
 アマゾン・ドット・コムのカナダのウェブサイトで、インド国旗をデザインした玄関マットが販売されていた問題で、同社は、きのう(11日)までに、インド政府の抗議を受けて、問題の商品の販売を中止しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      インド・独立記念切手(国旗)

 これは、1947年11月21日にはインドが発行した独立記念切手のうち、インド国旗を取り上げた3アンナ半の切手です。インドの独立は、今回ご紹介の切手にも表示されているように1947年8月15日ですが、記念切手の制作は正式独立を受けてからのことでしたので、発行日は11月21日までずれ込んでいます。なお、3アンナ半という額面は外信用の基本料金に相当しており、新生インドの国旗を広く国際社会に周知したいという意図を込めて、このデザインが選ばれたのではないかと考えられます。

 さて、現在のインド国旗は、1921年、マハトマ・ガンディーがインド国民会議に対して“スワラージ(民族自決・自治獲得)運動”の象徴として提案したデザインが元になっています。ガンディーの提案したデザインは、白・緑・赤のストライプにインドの伝統的な糸車を配したものでした。糸車は、英国の機械文明に対抗する意図を示すものとして、ガンディーらの主導したスワラージや英貨排斥・スワデーシー(国産品愛用)の象徴として用いられていたものです。これをもとに、1931年、国民会議は、現在のインド国旗と同じサフラン・白・緑のストライプに、青の糸車を配したデザインのスワラージ旗を制定します。

 1947年8月の独立を前に、同年6月23日、ラージェーンドラ・プラサード、 アブル・カラーム・アーザード、チャクラバルティー・ラージャゴーパーラーチャーリー、ビームラーオ・アンベードカルらの国旗制定委員会はスワラージ旗を元にした新国旗を策定。その際、国旗のシンボルは特定の共同体や運動を代表するものであってはならないという判断により、糸車のかわりに仏教のダルマ(法)を意味するアショーカ・チャクラ(法輪)を配したデザインが提案されます。

 これに対して、当初、ガンディーは新国旗でもスワラージ旗の糸車を継承することを主張していましたが、最終的に、国旗制定委員会の案を受け入れ、7月22日、制憲議会で原稿のインド国旗が満場一致で採用されました。ちなみに、国旗の3色のうち、サフランはヒンドゥー、緑はイスラム教、白は両宗教の和解とその他の宗教を表しています。

 さて、今回問題となった玄関マットについては、以下のような魚拓画像がネット上に残されていました。

      インド・国旗デザインの玄関マット
 
 日本の一部報道では“インド国旗に類似した模様の玄関マット”と説明されていましたが、商品の説明には、しっかり“Indian flag”と記されています。

 この玄関マットが販売されていることが明らかになると、インドのスワラジ外相はツイッターで「アマゾンは無条件で謝罪しなくてはならない。わが国の国旗を侮辱する全製品を直ちに撤去すべきだ」と抗議し、「これが即座に行われなければ、アマゾン関係者には一切ヴィザを発給しない。またこれまでに発給したヴィザも取り消す」と発言しました。国旗を踏みつけるということは、それ自体、どこの国でも非礼な行為ですが、特に、インドでは足は左手とともに不浄なものとされており、靴や足が他人に触れることもタブーとされています。そういう文化的背景を考えると、外相の怒りも(少なくともインド社会においては)至極当然のことです。

 そういうインド国民やスワラジ外相からすると、ソウルでしばしば行われる反日デモで日章旗が踏みつけられたり、北京の“中国人民抗日戦争記念館”ではガラス張りの床の下に日章旗を埋め込み、参観者は日章旗を踏みつけなければ一巡できない構造となっていることが報じられても、われらが日本政府は、さしたる抗議もせず、これを事実上黙認しているようにも見える事態は、明らかに異常なものと映るんでしょうね。情けない限りです。


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 インドで大規模な脱線事故
2016-11-21 Mon 12:41
 きのう(20日)、インド北部インド北部のウッタル・プラデーシュ州カンプール近郊で20日未明、急行列車が脱線し、この記事を書いている時点で、少なくとも120人が死亡、220人以上が負傷する大惨事となりました。在インド日本大使館によれば、日本人を含め外国人が死傷したとの情報はないそうです。というわけで、亡くなられた方々のご冥福と負傷者の方の一日も早い回復をお祈りしつつ、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      インド・鉄道100年

 これは、1953年4月16日にインドで発行された鉄道100年の記念切手で、1853年の創業時の蒸気機関車と、1953年の機関車が並べて描かれています。

 インドはアジア最古の鉄道国で、1853年、ボンベイ(現ムンバイ)=ターネー間の約40km で開業しました。鉄道建設の主目的は、綿花・石炭・紅茶の輸送で、建設に際して英植民地当局は在地のインド人を酷使したため、民族運動などで破壊の対象にされたこともありました。

 独立後の1951年以降、インドの全鉄道は国有化され、現在はインド政府の鉄道省の監督下に置かれています。その総延長は6万3327キロ(米に次いで世界5位)、駅の数は6909にも及び、1日あたりの乗客は約1800万人、貨物は200万トンというのも相当な規模で、160万人が働いています。

 その一方で、インフラの不備や老朽化などから鉄道事故が頻発。ムンバイでは1日に平均10人が鉄道の事故で亡くなっており、2013年のインド全体での鉄道事故での死者数は3506人を記録しましたが、その後も状況はほとんど改善されていません。インドの鉄道事故の大半は人為的ミスによるものが大半で、今回の事故についても、詳細は不明ながら、線路が損壊していたとの情報もあり、そうだとすると、またしても杜撰な管理が大事故を招いたということになります。

 昨年(2015年)12月、インド政府はムンバイとアーメダバードを結ぶ高速鉄道の建設に日本の新幹線システムを導入することで日本政府と合意。今月11日の安倍=モディ会談で、2016年中に設計を完成させ、2018年着工、2023年に開業というスケジュールが決められたことは記憶に新しいところです。この合意を機に、日本側は、インド国鉄の他の路線にも日本の鉄道技術の採用を働きかけていくそうですが、その際には、ぜひ、日本が誇る鉄道の安全性についても、そのノウハウがインド側に伝わると良いですね。


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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

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 38年ぶりにインパール作戦の遺骨調査
2016-02-23 Tue 13:45
 先の大戦中、旧日本軍の“インパール作戦”の激戦地となったビルマ(ミャンマー)の山岳地帯で、あす(24日)から5日間、日本政府による戦没者の遺骨の調査と収集が38年ぶりに行われることになり、昨日(22日)、調査団が現地入りしました。22日、ミャンマーに到着しました。というわけで、インパール作戦にちなんで、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ボース生誕67周年

 これは、1964年にインドが発行したスバース・チャンドラ・ボース生誕67周年の記念切手で、ボースの背後には、進撃するインド国民軍が描かれています。

 インド国民軍は、第二次世界大戦中の1942年、日本軍占領下のマレー半島で、白人支配からアジアを解放するとの大義名分の下、捕虜となったインド人兵士から志願者を募って、日本軍によって創設されました。当初、指揮官はモハン・シン大尉でしたが、1943年にインド国民会議派元議長のボースがドイツからドイツ潜水艦U180と伊号第二九潜水艦を乗り継いで来日し、インド国民軍はボースを国家主席とする自由インド仮政府(在シンガポール)の指揮下に入ります。

 さて、日本軍の内部では、ビルマから国境を越えてインドへ進攻しようというプランは戦争の早い段階から検討されていましたが、1943年11月の大東亜会議に出席したボースの要請や、首相の東条英機がこれを強く支持したこともあって、1944年3月8日、実行に移されました。

 作戦では、日本軍は、ボースのインド国民軍とともに、ビルマとの国境に近いインドの都市インパールを4月29日の天長節までに攻略することを目標としていましたが、その作戦計画は補給面を軽視するなど杜撰なものでした。このため、日本軍はいったん、インパール近郊のコヒマを占領したものの、ジャングル地帯での作戦は困難を極め、空陸からのイギリス軍の反攻が始まると前線は補給路を断たれて餓死者が大量に発生。最終的に、インパール作戦での日本側の損害は、戦死3万、戦傷4万2000を数え、ガダルカナルの4倍以上の被害を蒙った大惨敗となっています。そればかりか、ビルマでは日本軍の能力を見限ったアウンサンらが反ファシスト人民解放連盟を組織し、結果として日本軍がビルマを失陥する原因ともなりました。

 ところで、今回ご紹介の切手では、ボースの指揮下で進撃するインド国民軍の兵士たちの背後に戦車が描かれていますが、インド国民軍は基本的に歩兵部隊だけでしたので、これは日本陸軍の戦車第十四連隊のイメージではないかと僕は思っています。

 戦車第十四連隊は1939年11月10日に編成され、1941年7月には南部仏印進駐作戦に参加。大東亜戦争の開戦後は、仏印国境を通過してバンコクに移動し、マレー半島での戦闘に参加した後、1942年4月、北部ビルマに転戦し、ビルマ方面軍唯一の戦車部隊として活躍しました。

 インパール作戦時にも参加し、1944年5月にはインパール平地に侵入しましたが、当初参加した66両が4両にまで激減するほどの壊滅的な打撃を受けて後退。ついで、1945年2月のイラワジ河南岸の戦闘を経て、同年3月、マンダレー街道を後退してラングーンに向かうすべての車両を失っています。

 切手に描かれている戦車が第十四連隊のものだとすると、搭乗していた旧日本兵の方々の多くが帰らぬ人となっているでしょうから、その中には、今回の遺骨調査・収集により、ようやく祖国に帰れる人もあるのではないかと思います。

 今回の遺骨調査・収集は、昨年、ビルマ政府と対立していた少数民族武装勢力(16組織)との間で停戦合意が成立したことを受けてのことで、厚生労働省の職員3人からなる調査団は、あすから5日間、少数民族がすでに掘り出した遺骨の鑑定を行うとともに、現地の情報に基づいて遺骨の収集を進める予定だそうです。これをきっかけに、今後、本格的に遺骨の調査・収集が進み、遅ればせながら、英霊となられたすべての方々の御霊が祖国で安らかに眠っていただけるようになると良いですね。


 ★★★ 講座のご案内 ★★★

 3月8日(火)から、毎月第2火曜の19時より、東京・竹橋の毎日文化センターで新講座「宗教で読む国際ニュース」がスタートします。都心で平日夜のコースですので、ぜひ、お勤め帰りに遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 内藤陽介の新刊  『ペニー・ブラック物語』 のご案内 ★★★ 

       ペニーブラック表紙 2350円+税

 【出版元より】
 若く美しい女王の横顔に恋しよう!
 世界最初の切手
 欲しくないですか/知りたくないですか

 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

 発売元の特設サイトはこちら。ページのサンプルもご覧いただけます。


 ★★★ 内藤陽介の新刊  『アウシュヴィッツの手紙』 のご案内 ★★★ 

       アウシュヴィッツの手紙・表紙 2000円+税

 【出版元より】
 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。

 出版元のサイトはこちら。各書店へのリンクもあります。

 インターネット放送「チャンネルくらら」にて、本書の内容をご紹介しております。よろしかったら、こちらをクリックしたご覧ください。


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 インドの共和国記念日
2014-01-26 Sun 23:27
 きょう(26日)は、独立後のインドで1950年1月26日に憲法が施行され、正式に共和制が発足したことを受けて、“共和国記念日”とされており、恒例のニューデリー中心部での軍事パレードをはじめとする政府主催の記念式典には、わが国の安倍首相が主賓として参加しました。日本の首相が式典に参加するのは初めてのことです。というわけで、きょうはこの切手です、(画像はクリックで拡大されます)

       インド共和記念日2アンナ

 これは、1950年1月26日にインドで発行された共和国成立の記念切手の1枚で(発行日の日付がしっかり入っているのもうれしいところです)、ネルー首相による共和国成立の演説を周知するための街頭スピーカーと、国旗を振ってパレードする国民が描かれています。インドの共和国成立記念の切手は4種セットで発行されていますが、今回は、安倍首相が記念日のパレードに主賓として招かれたということでもありますし、パレードの場面を取り上げた1枚をご紹介しました。

 さて、インドの憲法は、1947年8月の独立に伴い法務大臣に就任したアンベードカルが取りまとめたもので、全395条からなっています。憲法起草の中心人物であったアンベードカルがいわゆる不可蝕民階層の出身であったこともあり、社会的弱者を保護するための条項が、憲法の随所に設けられていることが特徴的とされています。

 また、憲法の規定では、国権の最高機関は国会(議会)ではなく裁判所であり、裁判所には議会の動きを監視できる権限が与えられているのも大きな特徴です。裁判所が選挙の際の一票の格差を是正するように求めても、国会がなかなか動かないどこかの国とは大違いですな。

 ちなみに、インドでは独立以来現在にいたるまで100回以上も憲法を改正しており、必要に応じて憲法を社会の実態に沿うように修正するという姿勢は徹底しています。そういうインド人の目から見れば、現実との乖離が大きくなっているにもかかわらず、60年以上も、全く憲法を変えてこなかった日本人というのはさぞかし不思議な国民に見えるんでしょうねぇ。


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は2月4日(原則第1火曜日)で、ついで、3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 ブッダガヤで爆弾テロ
2013-07-08 Mon 11:54
 きのう(7日)、釈迦が悟りを開いたとされる仏教の聖地、インド・ブッダガヤの大菩提寺(マハーボーディー寺)で爆弾テロが発生し、僧侶2人が負傷しました。歴史的寺院には被害はなかったとのことです。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ブッダガヤ大菩提寺FDC

 これは、1949年8月15日にインドで独立記念日に合わせて発行された3.5アンナ切手(普通切手)のカナダ宛初日カバーです。この切手に描かれているのが、今回のテロ事件があった大菩提寺の仏塔です。独立記念日のボンベイ局の記念印に描かれている象の顔が、ちょっととぼけた感じで愛嬌がありますね。

 さて、紀元前530年頃、釈迦はガヤー村(ちなみに、現在のブッダガヤという地名は、釈迦がブッダとして悟りを開いたことにちなんで命名されました)の菩提樹の下で瞑想にふけっていた際に悟りの境地に達しましたが、後にその場所を示すために建立されのが大菩提寺です。切手には、そのうちの本堂に相当する高さ52mの大塔が描かれています。

 西暦5世紀以降、インドでは仏教が衰退したため、15世紀には大菩提寺も放棄されてしまいましたが、英領時代に入ると、寺院の文化的な価値を認めた英国の関係者による修復作業が始まり、19世紀末、ビルマの仏教徒による大改修で現在の姿となりました。その後、インド独立後の1949年には、ヒンドゥー教徒と仏教徒の各4名と政府要員1名による管理となり、現在にいたっています。

 ブッダガヤは、釈迦の生誕地 (ルンビニー)、初転法輪の地 (サールナート)、涅槃の地 (クシナガラ)とともに仏教の4大聖地の一つとされていますが、その中でも最も重要なものとして、世界各国から多くの仏教徒が巡礼に訪れる地域です。今回のテロ事件も、一歩間違っていたら大変な大惨事になっていたかと思うと、ぞっとしますな。

 ちなみに、ガヤー村の菩提樹の下で瞑想にふけっていた釈迦は、悪魔による妨害をことごとく調伏し、苦心の末、悟りの境地に到達しました。その様子を表現した仏像が、右手指を下に向け地面に触れた降魔印(触地印)の印相を取る降魔像です。もし、釈迦が現在に生きていたとしたら、かならずや、地面に手を触れてテロリストを調伏してくれることでしょう。

 なお、釈迦と仏像にまつわる切手については、拙著『切手が伝える仏像』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。
 

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 エべレスト征服60年
2013-05-29 Wed 12:03
 今月23日に世界最高齢の80歳で世界最高峰エべレスト(標高8848メートル)登頂に成功した冒険家の三浦雄一郎さんが、けさ(29日早朝)、羽田空港着の全日空機で帰国しました。くしくも、きょうは1953年5月29日にエドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイが人類初のエべレスト登頂を果たしてから60周年という日でもありますので、エべレスト切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       エベレスト征服(1953)

 これは、1953年10月2日にインドが発行した“エべレスト征服”の記念切手で、エべレスト頂上付近の風景が取り上げられています。“1953年5月29日”の日付が入っているのも良いですな。

 さて、エべレストの初登頂に成功した2人のうち、ヒラリーはニュージーランド人ですが、テンジンの身元はちょっと複雑です。

 テンジンは民族的にはチベット人ですが、正確な出生日は不明、出生地についても、エべレスト山麓のネパール・クンブ地方とする説が有力ですが、一部には、1914年の出生当時は中国の統制が及んでいなかったチベットのツェチュという説もあります。

 少なくとも、幼少期にはクンブ地方で過ごしていたことが確認されていますが、その後、ネパールの首都カトマンドゥに行き、さらに、インド・西ベンガル州・ダージリンを拠点とするようになりました。なお、1940年代には一時、現在のパキスタンに相当する地域で生活していたこともあるようです。

 1930年代以降、英国隊によるチベット北麓からのエベレスト挑戦にポーターとして参加したほか、インド亜大陸のさまざまな登山に参加していた経験を買われて、1953年5月、ジョン・ハント卿の探検隊に同行したことで、人類初のエべレスト登頂者となりました。
 
 さて、登頂成功後、ヒラリーとテンジンは一躍世界的な英雄になりました。特に、テンジンの居住地であるインドでは、1947年の独立から間もない時期でもあったため、インドを植民地支配していた英国人ができなかった偉業をインド人(テンジンはネパールとインドの二重国籍です)が達成したということが大々的に喧伝されました。今回ご紹介の切手も、そうした観点から、登頂成功のニュースを受けて急遽制作され、10月2日の発行という段取りになったものと思われます。

 ★★★ イベントのご案内 ★★★

 ・6月1日(土) 11:00- 切手市場
 於 東京・浅草 台東民会館 9階ホール
 詳細は主催者HPをご覧ください。新作の『マリ近現代史』を中心に、拙著を担いで行商に行きます。 会場ならではの特典もご用意しておりますので、ぜひ、遊びに来てください。


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 世界漫郵記:コーチン②
2012-04-30 Mon 17:54
 『キュリオマガジン』2012年5月号が出来上がりました。僕の連載「郵便学者の世界漫郵記 インド西海岸篇」は、前回に引き続き、コーチン(コーチ)の2回目です。その記事で使ったモノの中から、こんなモノをもってきてみました。(以下、画像はクリックで拡大されます)

      クリシュナ・ブランコ表     クリシュナブランコ(裏)

 これは、1952年に差し出されたインドのカバーで、ブランコに乗るクリシュナのイラストが入った絵封筒が用いられています。今回の記事では、もともとは、1668年にオランダ東インド会社がフォート・コーチンに建てた歴史的建造物で、現在はホテルとなっているフォート・ヘリテッジなどをご紹介したのですが、そのホテルの一室には、下の画像のようにブランコのあるスイート・ルームがありましたので、その流れで、インドとブランコの話も少し書いてみたというわけです。

        フォートコーチン・スイート

 ブランコの起源は、古代インドの儀式“プレンカ”で用いられていたものだといわれています。

 西暦の紀元前2000年頃のインドでは、ブランコは太陽の象徴で、女性がブランコに乗ることは太陽との結婚を意味していました。このため、冬至の時期には太陽の力が復活することを願って女性がブランコに乗り、豊作を祈ることが行われていたのだそうです。

 現在の祭礼では、毎年9月2日のクリシュナ・ジャナマーシュタミー(ヴィシュヌ神の化身、クリシュナの生誕祭)に登場するベビー・クリシュナのブランコが有名です。

 すなわち、生誕祭の前日は断食の日で、断食を解くにあたっては、日付が変わる頃、ベビー・クリシュナの像を沐浴させ、新しい服や宝飾品で飾り、ブランコに乗せて儀式を行います。また、各地のヒンドゥー寺院では、ベビー・クリシュナが載せられた境内のブランコを揺らすとご利益があるということで、善男善女が数多く集まってくるという。

 さらに、クリシュナとブランコというモチーフに関しては、成人した彼が最愛の恋人であるラーダーと仲睦まじくブランコに乗っているという場面も絵葉書やポスターにしばしば取り上げられています。

 ホテルのブランコがぶら下がっている室内は、完全に洋風のしつらえなのですが、ベビー・クリシュナの像を上に載せて揺らしてみてもあまり違和感を覚えることもなさそうな雰囲気でした。ただし、ブランコを吊っている鎖はあまり丈夫そうには見えませんでしたから、ラーダーと一緒に乗るためには、僕の場合は、かなりダイエットしないと無理でしょうな。

 さて、今回の記事では、歴史的建造物でもあるホテル、フォート・ヘリテッジのほか、近くのサンタ・クルス聖堂のことについてもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 無事帰国しました
2011-02-23 Wed 16:31
 けさは8時前に成田に到着し、昼ごろ、無事に帰宅いたしました。というわけで、きょうはインドからの到着便をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

        ボンベイ=東京FFC

 これは、1955年5月7日にボンベイから差し出されたエア・インディアのボンベイ(ムンバイ)=東京線のFFC(初飛行カバー)です。エア・インディアの作成した記念封筒に描かれているのは、和服を着たターバン姿のシーク教徒とこけし風の顔立ちの和服女性が互いにお辞儀しているイラストが描かれています。

 今回のインド滞在では、<INDIPEX>コミッショナーの山崎好是さんをはじめ、多くの方にお世話になりましので、あらため感謝の意を表すため、お辞儀のイラストが描かれているカバーとして選んでみました。ちなみに、エア・インディアはキャラクター化したシーク教徒にいろいろなコスプレをさせて、ポスターなどに使っているので、そうしたイラストのFFCをいろいろと並べてみると楽しそうです。

 データを記しておくと、ボンベイ以降の経由地は、カルカッタ、バンコク、香港、と順に進み、最終的に東京に到着するというルートです。ボンベイの消印は5月7日ですが、東京の着印は5月9日朝ですから、2泊3日の日程になります。今回の僕のフライトは、機中泊1泊、実飛行時間6時間でデリーから東京まで来ましたので、半世紀の間にかなりの時間短縮になったわけです。

 さて、インド滞在中は、出発前にパソコンに取り込んでいた画像をもとに記事を書いていましたので、激動の中東情勢やニュージーランドの地震など、普段だったら、真っ先に取り上げたいネタを取り上げることができず、お気楽インド旅行記(もどき)のような内容が続き、退屈された方も多かったのではないかと反省しております。追々、いつものペースに戻していくつもりですので、またお付き合いください。

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 エアメール100年
2011-02-18 Fri 10:57
 1911年2月18日に世界最初のエアメールがインドのアラハバード=ナイニ間を運ばれてから、きょうでちょうど100年です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        エアメール50年(インド)

 これは、1961年にインドで発行されたエアメール50年の切手のうち、最初のエアメールを運んだ複葉機と最初のエアメールに押された記念印を描く1ルピー切手です。

 1903年のライト兄弟の初飛行以来、プライベートに飛行機で郵便物を運ぶことは行われましたが、郵政当局の承認を得て、公式のエアメールとして逓送されたのは、1911年2月18日のインドの事例が世界初とされています。

 この日、フランス人パイロットのアンリ・ペケは、約6000通の郵便物を彼の複葉機に載せて、アラハバートのポロ競技場からヤムナ川を超えて約10キロ先のナイニまで運びました。この飛行は、アラハバードのトリニティ教会の牧師の提案により、アラハバードで行われたイベントのデモンストレーションとして行われたもので、航空郵便用に徴収されたお金は、教会付属の宿泊施設建設資金の一部に充てられました。なお、このとき運ばれた郵便物に押されている記念印は、飛行機と山を描くもので、ペケとともにイベントのデモンストレーション飛行に参加していた英国人パイロット、ウォルター・ウィンダムがデザインしました。

 さて、世界切手展<INDIPEX 2011>も、きょうがいよいよ最終日です。今回の切手展は、そもそも、世界最初のエアメールから100周年になるのを記念して開催されたものですから、我々の感覚からすると、きょうからスタートという方がしっくりくるようにも思うのですが、このあたりが彼我の感覚の違いということなのでしょうか。

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