内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 ザヴィエルのミイラ公開
2014-11-21 Fri 13:36
 10年に1度のフランシスコ・ザヴィエルのミイラ公開が、あす(22日)からインド・ゴアの大聖堂で始まります。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ザヴィエル・ミイラ(インド葉書)    ザヴィエル・ミイラ(インド葉書絵面)

 これは、いまから50年前の1964年12月から1965年1月にかけてのミイラ公開に際してインドで作られた絵葉書で、印面には、公開記念の特印が押されています。

 ザヴィエルは、1552年9月、中国の上川島で病没。その遺体は、当初、彼が亡くなった地で埋葬されましたが、全く腐敗する兆しが見えなかったため、1553年3月、ポルトガル領マラッカの聖パウロ教会に移され、さらに、同年12月11日、ゴアへと運ばれました。

 現在、“ゴアの教会と修道院”の中核をなしているボム・ジェズ教会の建設が始まったのは、それから約40年後の1594年のことで、1605年に教会が完成すると、遺体もそこに移されました。なお、遺体の右腕は分割されて日本に運ばれる予定でしたが、1619年に右腕が日本に持ち込まれた時には、すでに、徳川幕府の下でキリシタンの弾圧が本格化していたため、マカオに戻されています。ちなみに、ザビエルが“東方の使徒”として聖人に列せられたのは1622年のことでした。

 現在、ボム・ジェズ教会には、主祭壇の右側に暗い壁龕の中に銀製の柩を戴く霊廟があり、ザビエルの聖遺体が安置されています。

 柩は、1665年、トスカーナ大公フェルディナンド2世の命を受けて、フィレンツェの彫刻家、ジョヴァンニ・バティスタ・フォゲッティが10年の歳月をかけて作ったもので、ザビエルの生涯を表現するブロンズのパネルが嵌め込まれていますが、かなり高い位置にあるため、参拝者が遺体を間近にみることは不可能です。

 じつは、その昔、ザビエルの遺体は、原則として、常に善男善女に公開されていましたが、参拝した熱心な信者の女性がザビエルの遺体から右足の指2本を噛み切って逃走するという事件がありました。彼女の死後、指は返還されたものの、事件を機に公開は10年に一度に制限されることになったわけです。

 なお、遺体の公開は、ふだん棺が置かれているボム・ジェズ教会ではなく、大聖堂に移して行われます。公開は年明けの1月3日までの予定だそうです。
 

 ★★★ インターネット放送出演のご案内 ★★★

      チャンネルくらら写真

 毎週水曜日、インターネット放送・チャンネルくららにて、内藤がレギュラー出演する番組「切手で辿る韓国現代史」が配信されています。青字をクリックし、番組を選択していただくとYoutube にて無料でご覧になれますので、よろしかったら、ぜひ、ご覧ください。(画像は収録風景で、右側に座っているのが主宰者の倉山満さんです)

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:1月6日、2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は1月6日(都合により、12月はお休みをいただきます)で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『朝鮮戦争』好評発売中! ★★★ 

        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。
スポンサーサイト
別窓 | インド:シャーストリー時代 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 タタ財閥の総帥交代
2012-12-29 Sat 10:37
 インド最大の財閥タタ・グループを20年以上率いてきたラタン・タタ会長が、きのう(28日)、75歳の誕生日を迎えたのを機に正式に引退し、元大手総合建設会社経営のサイラス・ミストリーが後継のグループ会長となりました。インドの財閥で“脱世襲”のトップとなった。

        タタ(1965)

 これは、1965年にインドで発行されたタタ財閥の創始者、ジャムシェトジー・タタの切手です。ちなみに、今回引退したラタン前会長は、ジャムシェトジーの曾孫にあたります。

 ジャムシェトジー・タタは、1839年3月3日、グジャラートで生まれました。一族はペルシャからインドに渡ってきたゾロアスター教徒(パールシー)です。ジャムシェトジーは1868年、ボンベイ(ムンバイ)で綿貿易会社を興し、その利益をもとに1870年代には綿紡績工場を建ててインド有数の民族資本家へと成長しました。

 その後、彼は民族資本家として、世界的な教育機関、大ホテル、水力発電所をインドに建設しようと考えました。1904年に亡くなるまでに実現されたのはタージマハル・ホテルのみでしたが、彼の計画は、死後、タタ・スチール、インド理科大学院、タタ・パワーなどとして実現され、現在のグループ企業は100以上、2011年度の売り上げは1000億ドルという巨大財閥になっています。

 1991年に叔父から会長職を引き継いだラタンの実績といえば、やはり、英高級車のジャガーとランド・ローバーを買収し、世界最安価格車“ナノ”を開発したということになりましょうか。ちなみに、動物としてのジャガーの北米大陸南部から南米大陸にかけて棲息していますが、インド亜大陸には棲息していないそうです。まぁ、そのあたりはご愛嬌ということで。

 【世界切手展BRASILIANA 2013のご案内】

 僕が日本コミッショナーを仰せつかっている世界切手展 <BRASILIANA 2013> の作品募集要項が発表になりました。国内での応募受付は2月1―14日(必着)です。詳細はこちらをご覧ください。


 ★★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★★

         『喜望峰』表紙画像
 
  『喜望峰:ケープタウンから見る南アフリカ』

  いままでなかった喜望峰とケープタウンの物語
  美しい風景とウンチク満載の歴史紀行!!     

 アマゾンセブンネット版元ドットコム楽天ブックスe-honhmvhontoJBOOKlivedoor BOOKSなどで好評発売中!
 
 なお、本書をご自身の関係するメディアで取り上げたい、または、取り上げることを検討したい、という方は、是非、ご連絡ください。資料を急送いたします。

 
 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。
別窓 | インド:シャーストリー時代 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/