内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ドン・ペドロ2世125年
2016-12-05 Mon 17:58
 ブラジル帝国最後の皇帝、ドン・ペドロ2世が1891年12月5日に崩御してから、今日でちょうど125年です。というわけで、今日はストレートにこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ドン・ペドロ2世(1866)

 これは、1866年7月1日、ブラジルで発行された皇帝ドン・ペドロ2世の肖像を描く10ヘアイス切手です。

 ドン・ペドロ2世は、1825年、初代ブラジル皇帝ドン・ペドロ1世の長男として生まれました。

 1822年のブラジル独立に際して、ドン・ペドロ1世はポルトガルの王位継承権を放棄しないまま、初代ブラジル皇帝として即位しました。このため、1826年にポルトガル本国でジョアン6世が崩御すると、ドン・ペドロ1世はポルトガルの王位継承権を主張しましたが、本国では、保守派がドン・ペドロの継承権を無効として弟のドン・ミゲルの擁立を主張します。

 このため、両者の妥協として、ドン・ペドロ1世はブラジルを離れずにポルトガル王ペドロ4世として即位を宣言するものの、直ちに、長女マリア・ダ・グロリアに譲位し(マリア2世)、マリアとドン・ミゲル(マリアとは叔父=姪の関係)と結婚させ、ミゲルを摂政とすることで決着が図られました。

 ところが、1828年、ドン・ミゲルがこの約束を破棄してポルトガル王ミゲルとして即位を宣言したため、ポルトガルにはマリア2世とミゲルの2人の王が併存する異常事態となります。このため、1831年、ドン・ペドロ1世は1825年に生まれた長男のドン・ペドロ2世にブラジル皇帝の地位を譲位し、ポルトガルに帰国して長女マリアの王位を主張しました。ちなみに、ポルトガルの混乱は、1834年にミゲルが退位し、王位はマリア2世に統一されることで決着します。

 即位当初のドン・ペドロ2世は幼少であったので摂政がつけられましたが、1840年、14歳で親政を開始。1843年には両シチリア王国の王女テレサと結婚し、1846年には皇女イザベルが生まれました。

 さて、ドン・ペドロ2世は、国教のカトリック教会の権利を制限したり、黒人奴隷制の廃止にも尽力したりするなど、リベラルな君主でした。また、コーヒー栽培のための乱開発でリオデジャネイロの裏山が荒れ果てていたことに心を痛め、コーヒー農園を奥地に再配耕し裏山の再植林を命じています。さらに、電信・電話、鉄道の導入などの近代化に尽力し、1865-70年の三国同盟戦争を勝利に導いてブラジルの国土を拡大しました。

 ところが、教会と地主の権利・権益を制限したことで有力者の反感を買い、1889年、軍部のクーデターにより、皇帝は廃位され、ブラジルは共和制に移行しました。

 これに対して、一般国民の間では、“名君”としてのドン・ペドロ2世の現在なお人気は高鋳物があります。
 
 たとえば、1858年に開業したリオデジャネイロの鉄道中央駅は“ドン・ペドロ・セグンド(ペドロ2世)駅”と命名されましたが、この駅名は共和革命後も維持され、1925年のドン・ペドロ2世生誕100周年には、駅構内に国王の銅像(下の画像)は建立されています。

      ドン・ペドロ2世像(リオ中央駅)

 この銅像は、1943年に現在の駅舎が完成した際には、旧駅舎から移設され、現在まで構内に置かれています。また、1988年には、中央駅の駅名は、現在のセントラル・ド・ブラジル駅に改称されましたが、それから20年近くが過ぎた現在でも、中央駅のことを旧称の“ドン・ペドロ・セグンド”と呼ぶ人も多く、彼が現在なお、ブラジル国民の敬愛を集めていることがわかります。

 なお、現在のブラジルに残るドン・ペドロ2世時代の痕跡については、拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』でもいろいろご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 
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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

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 全日展、本日最終日です!
2016-07-24 Sun 00:16
 はやいもので、22日から、東京・錦糸町のすみだ産業会館で開催中の全日本切手展2016(以下、全日展)は本日が最終日となりました。今回は、8月5日開幕のリオデジャネイロ五輪直前の開催ということで、会場内では“オリンピックとブラジル切手展”も併催しています。というわけで、きょうは入場券やポスターにも取り上げているこの切手について、この切手についてご紹介します。

      牛の目・30ヘアイス

 これは、1843年8月1日に発行されたブラジル最初の切手“牛の目”のうち、30ヘアイス切手です。

 1822年に独立したブラジルの郵便制度は、当初、ポルトガル植民地時代のものをそのまま継承していましたが、1829年、それまで州ごとに定められていた郵便規則が統合され、1831年以降、ブラジル国内の郵便料金は、2オイタバス(約7グラム)まで・15リーグ(約72キロ)までの書状は10ヘアイス、以後、2オイタバスごとないしは15リーグごとに10ヘアイスずつ比例計算で上がっていく体系に整理されました。

 ところで、当時のブラジルは、経済的には旧宗主国のポルトガルよりも、英国の影響下に置かれていましたが、その英国では、ウィリアム4世統治下の1833年8月以降、郵便改革が急速に進められ、1840年1月から、1/2オンス以下の書状基本料金を全国1律1ペニーとする統一1ペニー郵便がスタートし、同年5月には、新たな郵便の料金前納の証紙として世界最初の切手ペニー・ブラックが発行されていました。

 これを受けて、ブラジルでも、枢密顧問兼内務大臣のカンディド・ジョゼ・デ・アウラージョ・ヴィアンナを中心に、英国に倣って切手を用いた近代郵便制度の導入が準備されます。そして、1842年11月、ブラジルでも勅令によって、国内統一料金制を導入し、郵便料金前納の証紙として切手を発行することが決定されました。

 同年12月には、ブラジル造幣局が、英国でペニー・ブラックの製造を請け負ったパーキンス・ベーコン社に切手製造に必要な器具・機材を発注。翌1843年2月に機材が納入されるのを待って、切手の製造が開始されました。

 パーキンス・ベーコン社は、紙幣の背景などに使われる彩紋彫刻で、当時、世界最高の技術を誇っていましたから、ブラジル造幣局は同社の機材を用いることで、切手にも彩紋を取り入れて偽造対策としています。また、英国のペニー・ブラックはヴィクトリア女王の肖像を描いていましたが、ブラジルでは、君主の威厳を損なわないようにとの配慮から、切手には皇帝ドン・ペドロ2世の肖像はいれず、実用本位に額面数字を大きく入れることなりました。

 こうして、1843年8月1日、30ヘアイス、60ヘアイス、90ヘアイスの3種の切手が発行されました。

 これら3種の切手は、古くから切手収集家の間では“牛の目”のニックネームで親しまれており、しばしば、“切手の切手”の題材にもなっています。ただし、“牛の目”のニックネームは、もともとブラジル人がポルトガル語で命名したものではなく、英語で“Bull’s Eye”と呼ばれていたものの和訳です。

 英語の“Bull’s Eye”には、文字通りの“(動物の)牛の目玉”の他に、丸窓、半球レンズ、的の中心、白い筋のある黒くて硬いハッカ飴、などの意味がありますが、このうち、特に興味深いのは“的の中心”を意味するというもので、これは、英国で行われていた“牛攻め”に由来するといわれています。

 牛攻めというのは、闘犬を雄牛にけしかけて、その勝敗に金銭を賭けるという賭博で、1835年に禁止されるまで、英国では貴賤を問わず大いに人気を博した娯楽だった。人々は犬・牛のいずれに賭けるかを判断する場合に各々の動物の面構えをじっくり観察したが、牛に賭ける場合には“牛の目に賭ける”という表現が用いられていました。

 また、賭金としては、1クラウン、すなわり5シリング貨が多かったことから、いつしか、5シリング貨そのものを“牛の目”と呼ぶ俗称が生まれ、そこから、5シリング貨とほぼ同じ大きさの円形のものを“牛の目”と称する習慣があったといわれています。たしかに、ブラジル最初の切手は、19世紀の切手としてはかなりの大型で図案の中心は楕円形ですから、上述のようなバックグラウンドがあれば、英国人収集家がこれを“牛の目”と呼びたくなったというのも、十分に理解できます。

 さて、今回の全日展では、“オリンピックとブラジル切手展”の枠で、世界切手展で大金賞を受賞した正田幸弘さんのブラジル郵便史のコレクションが展示されています。ポルトガル植民地時代のスタンプレスカバーや、“牛の目”の使用例など、貴重なマテリアルが目白押しの見ごたえのあるコレクションですので、ぜひ、会場で実物をご覧いただけると幸いです。

 * 昨日の全日展会場でのトーク「リオデジャネイロ歴史紀行」は、無事、盛況のうちに終了いたしました。ご参加いただいた皆様には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。


 ★★★ 全日本切手展のご案内 ★★★

 7月22-24日(金ー日) 東京・錦糸町のすみだ産業会館で全日本切手展(全日展)ならびにオリンピックとブラジル切手展が開催されます。詳細は、主催団体の一つである日本郵趣連合のサイト(左側の“公式ブログ”をクリックしてください)のほか、フェイスブックのイベントページにて、随時、情報をアップしていきますので、よろしくお願いいたします。

      全日展2016チラシ

 *画像は全日展実行委員会が制作したチラシです。クリックで拡大してご覧ください。


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 あさって開幕
2008-10-30 Thu 11:29
 凹版カード(牛の目)

  毎年恒例の全国切手展<JAPEX>は、今年も東京・池袋のサンシャイン文化会館をメイン会場として、あさって11月1日から(3日まで)開催されます。

 切手の面白さ・奥深さを一人でも多くの方に知っていただくためは、僕が毎日このブログに記事を書いているだけではダメで、やはり、しかるべき場を用意してきちんとした内容のソフトを社会に向けて発信することが必要です。日本最大の切手イベント<JAPEX>は、まさに、そのための絶好の機会なのですが、こうしたイベントをやるには巨額の資金が必要です。そこで、いろいろな方に“基金”というかたちでご寄付をお願いしております。(もちろん、ブースをご出店いただいている切手商の方々にも、足を向けて眠れません。)

 僕は、昨年に引き続き、今年も実行委員長という立場で<JAPEX>に関わっていますが、とにかく、多くの方から頂戴した浄財を有効に活用することと、そのために運営面を可能な限り効率化すべく精一杯努力しているつもりです。

 さて、<JAPEX>実行委員会では、毎年、基金にご協力いただいた方へのささやかなお礼として、精巧な凹版印刷によって切手を複製した記念カードを準備しております。

 今年は、日系ブラジル移民100周年記念の日伯交流年ということで、会場内で“ブラジル切手展”をを行うのですが、それにちなみ、ブラジル切手の名品“牛の目”を再現した凹版カードを作りました。なお、今回のカードは渡辺勝正さんのコレクションに含まれている90レイのペアを元にしたもので、その実物の画像(雑誌『郵趣』から取りました)は以下のようなものです。

牛の目(90レイス)

 以前の記事でも書きましたが、ブラジル最初の切手は1843年8月1日に発行されました。これは、1840年のペニー・ブラック以来、国としては世界で2番目(州などを入れると4番目)で、このとき発行された切手は“牛の目”の名で親しまれています。

 額面数字のバックには、紙幣の偽造防止にも使われる機械彫刻の模様、彩紋が使われています。画像ではわかりにくいかもしれませんが、実物の切手の大ぶりで楕円形の彩紋を見ていると、たしかに、動物の目を覗き込んでいるように見えます。なお、原版の彫刻はブラジル造幣局、印刷は輸入したばかりの新機材で有価証券印刷局が担当しました。

 “牛の目”には、30レイス、60レイス、90レイスの3種の額面がありますが、その残存数は決して多くはありません。というのも、当時のブラジルでは手紙の封緘代わりに切手を貼っていたことから、開封時に多くが破られ、捨てられてしまったことに加え、1846年3月30日には売れ残り在庫が焼却処分になったからです。ちなみに、凹版カードに取り上げた90レイスの発行枚数は、わずかに34万1125枚。当然のことながら、残存数となると、はるかに少なくなります。

 ホンモノと比べていただいても、今回の凹版カードの出来栄えは遜色のないものと思いますが、いかがでしょうか。

 なお、<JAPEX>基金について、詳しいことを知りたいという方がおられましたら、是非、こちらをクリックしていただき、<JAPEX>基金のページをご覧いただけると幸甚に存じます。

 以上、<JAPEX>実行委員長としての内藤からのお願いでございました。


 イベントのご案内

 11月1日(土)-3日(月・祝) 全国切手展<JAPEX>

 ことしも、東京・池袋のサンシャインシティ文化会館と目白の切手の博物館の2ヶ所で開催します。今年の目玉は、何といっても“満洲・東北切手展”ですが、トーク関係での僕の出番は、以下のとおりです。

 11月1日(土)
  13:00 “満洲・東北切手展”特別シンポジウム(池袋会場)
  16:00 特別対談「満洲における写真、絵葉書、郵趣」(池袋会場)
 11月2日(日)
  13:00 “戦後日本切手展”ギャラリー・トーク(目白会場)
  15:00 中公新書ラクレ presents 『大統領になりそこなった男たち』刊行記念トーク(池袋会場)
 11月3日(月・祝)
  11:00 “戦後日本切手展”ギャラリー・トーク(目白会場)

 トークそのものの参加費は無料ですが、<JAPEX>への入場料として、両会場共通・3日間有効のチケット(500円)が必要となります。あしからずご了承ください。皆様のお越しを心よりお待ち申しております。


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 アメリカ史に燦然と輝く偉大な「敗者たち」の物語    
 『大統領になりそこなった男たち』 中公新書ラクレ(本体定価760円+税)
 
 出馬しなかった「合衆国生みの親」、リンカーンに敗れた男、第二次世界大戦の英雄、兄と同じく銃弾に倒れた男……。ひとりのアメリカ大統領が誕生するまでには、落選者の累々たる屍が築かれる。そのなかから、切手に描かれて、アメリカ史の教科書に載るほどの功績をあげた8人を選び、彼らの生涯を追った「偉大な敗者たち」の物語。本書は、敗者の側からみることで、もう一つのアメリカの姿を明らかにした、異色の歴史ノンフィクション。好評発売中!

 もう一度切手を集めてみたくなったら 
 雑誌『郵趣』の2008年4月号は、大人になった元切手少年たちのための切手収集再入門の特集号です。発行元の日本郵趣協会にご請求いただければ、在庫がある限り、無料でサンプルをお送りしております。くわしくはこちらをクリックしてください。
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 『郵趣』今月の表紙:牛の目
2007-10-27 Sat 09:44
 (財)日本郵趣協会発行の『郵趣』2007年11月号ができあがりました。『郵趣』では、毎月、表紙に“名品”と評判の高い切手を取り上げ、僕が簡単な解説文をつけていますが、今月は、こんなモノを取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

牛の目

 これは、1843年に発行されたブラジル最初の切手の1枚です。ブラジルの切手発行は、1840年のペニー・ブラック以来、国としては世界で2番目(州などを入れると4番目)で、このとき発行された切手は“牛の目”の名で親しまれています。

 1822年にポルトガルから独立したばかりのブラジルは急速な近代化政策を進め、はやくも1829年には郵便事業を国営に一本化しました。そして、1842年にはイギリスに倣った料金前納制が布告され、これに対応すべく、パーキンス・ベーコン社のリオ代理店に切手の製造と印刷機材が発注され、翌1843年8月1日に最初の切手が発行されました。原版の彫刻はブラジル造幣局、印刷は輸入したばかりの新機材で有価証券印刷局が担当しています。

 額面数字のバックには、紙幣の偽造防止にも使われる機械彫刻の模様、彩紋が使われています。画像ではわかりにくいかもしれませんが、実物の切手の大ぶりで楕円形の彩紋を見ていると、たしかに、動物の目を覗き込んでいるような錯覚にとらわれてくるから、不思議なものです。

 なお、初期のブラジル切手のパターンは、この切手のように彩紋と額面数字を組み合わせたものですが、1843年発行のこの切手が“牛の目”と呼ばれているのにあわせて、1850年発行の切手は“山羊の目”、1854年発行の切手は“猫の目”と呼ばれています。

 さて、今月号の『郵趣』では、目前に迫った<JAPEX>の事前予告として、池袋会場の企画出品の“外国郵便”ならびに“25~協会財団化25周年”、特別出品の“日本切手の銘版”、目白会場の“船の郵便展”をカラーで特集しています。ぜひ、<JAPEX>を参観していただく際のガイドとしてご活用いただけると幸いです。

 【トーク・イベントのご案内】  
<JAPEX>期間中、池袋会場内の特設スペースで以下のトーク・イベントを行います。 ぜひ、遊びに来てください。
 
 2日(金・初日) 15:00~
 『香港歴史漫郵記』を題材にしたトークを行います。会場内には、オープンクラス作品“A HISTORY OF HONG KONG”も展示する予定です。

 3日(土・祝日) 13:30~
 『タイ三都周郵記』を題材としたトークを行います。なお、同書の奥付上の刊行日は11月15日ですが、会場では先行発売を行います。

 会場で一人でも多くの皆様にお会いできるのを楽しみにしております。
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