内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 世界漫郵記:リオデジャネイロ⑩
2016-12-03 Sat 19:57
 『キュリオマガジン』2016年12月号が発行されました。僕の連載「郵便学者の世界漫郵記」は前回に続き、リオデジャネイロ篇の第10回目(最終回)。今回は、コパカバーナ海岸にフォーカスをあてました。その記事の中から、この1点をご紹介します。(以下、画像はクリックで拡大されます)

      ボリヴィア・コパカバーナ

 これは、1939年7月19日にボリヴィアで発行された“コパカバーナの聖母像”を描く航空切手です。

 コパカバーナというと、現在では、リオデジャネイロのビーチを連想する人が圧倒的多数だと思いますが、もともとは“美の女神”を意味するアイマラ語(ボリビアとペルーの公用語の一つ)の“コタ・カワニャ”が転訛したもので、ティティカカ湖に面したボリヴィアの地名でした。

 ボリヴィアのコパカバーナは、かつてのインカ帝国時代、ティティカカ湖に浮かぶ“太陽の島”への巡礼の拠点で、聖地として太陽神の神殿が置かれていました。ところが、16世紀にこの地を征服したスペイン人はインカ時代の神殿を破壊し、その跡にカトリックの教会を建立。先住民の職人、ティト・ユパンキに幼いイエスを抱いて葦船に乗った聖母像を作らせました。これが、今回ご紹介の切手に取り上げられた“コパカバーナの女神”です。

 こうして、地元の先住民も、やむを得ず、この聖母像に祈るようになりますが、聖母像の霊験はあらたかで、祈りをささげた善男善女は病気が治ったとか、船が難破しても助かったなどの噂がボリヴィアの領域を越えてラテンアメリカ全域、さらにはスペイン本国にも広まり、17世紀初めにはかの地で大規模な聖堂も建立されました。

 その“コパカバーナの聖母”の霊験にあやかろうと、18世紀半ば、サコペナパンと呼ばれていたリオの岬の突端に彼女を祀る礼拝堂が建てられ、いつしか、その周辺一帯はコパカバーナと呼ばれるようになりました。

 当初の礼拝堂は、1908年、岬の突端に首都防衛のための要塞が建設された際に取り壊されてしまいましたが、要塞の敷地内には新たな礼拝スペースが設けられ、現在も下の画像のような聖母像が安置されています。

      コパカバーナの聖母像(リオ)

 ちなみに、コパカバーナ海岸の要塞と礼拝堂については、拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』でも詳しく取り上げておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 なお、雑誌『キュリオマガジン』の連載、「郵便学者の世界漫郵記」ですが、2016年3月号からスタートしたリオデジャネイロ篇は今回で終了し、次回・2016年1月号からは新たに泰国篇がスタートします。ぜひ、ご期待ください。

  
★★★ ブラジル大使館推薦! 内藤陽介の『リオデジャネイロ歴史紀行』  ★★★ 

       リオデジャネイロ歴史紀行(書影) 2700円+税

 【出版元より】
 オリンピック開催地の意外な深さをじっくり紹介
 リオデジャネイロの複雑な歴史や街並みを、切手や葉書、写真等でわかりやすく解説。
 美しい景色とウンチク満載の異色の歴史紀行!
 発売元の特設サイトはこちらです。

 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

       リオデジャネイロ歴史紀行(東京新聞)


 ★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインよろしくポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

スポンサーサイト
別窓 | ボリヴィア | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/