内藤陽介 Yosuke NAITO
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 サントメ・プリンシペ、台湾と断交
2016-12-22 Thu 10:59
 台湾の外交部は、きのう(21日)、西アフリカの島国サントメ・プリンシペとの断交を発表しました。5月に民主進歩党の蔡英文政権が発足して以降、台湾と断交する国は初めてです。というわけで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      サントメ・プリンシペ(1869)

 これは、ポルトガル領時代の1869年、サントメ・プリンシペで発行された最初の切手です。

 ギニア湾沖合のサントメ島とプリンシペ島は15世紀まで無人島でしたが、1469年、ポルトガル人が初めて到来し、アフリカ本土への中継地としてポルトガル領となりました。

 西洋人の入植がはじまったのは1490年代以降のことで、初期には主としてユダヤ人の流刑地として用いられていましたが、後にサトウキビ栽培が行われるようになり、フェルナンド・ポー島とアフリカ大陸から黒人奴隷が導入され、16世紀後半には世界有数の砂糖の産地となりました。

 1800年にブラジルからコーヒーが、1822年にカカオが導入されると、主にポルトガル人の不在地主と外国資本による大規模なプランテーション経営が行われ、1842年に約18コントに過ぎなかった両島の輸出額は、1910年には8000コント以上に急増しました。この間、1869年には、ポルトガル帝国全域で奴隷制を即時廃止する法律が制定されましたが、奴隷制によるプランテーションが経済の根幹となっていたサントメ・プリンシペ両島では、奴隷制度の廃止は1876年にまでずれ込んでいます。さらに、奴隷制廃止の前年の1875年には、実質的に奴隷制を温存する“奉公人”制度を定めた法律が制定され(施行は1878年)、現地住民に重労働が強制される体制は維持されました。

 こうした強制労働制度は、第二次世界大戦後も維持されていたため、1953年、黒人労働者による抗議の暴動が発生。これに対して、ポルトガル人が労働者を多数虐殺する“バテーパの虐殺”が起きたことで、反ポルトガルの独立運動が本格的に始まります。1960年9月には、対岸に位置するガボンの首都、リーブルヴィルにてサントメ・プリンシペ解放委員会(CLSTP)が結成されます。CLSTPは、後にサントメ・プリンシペ独立運動(MLSTP)に改組され、ガボンとリベリアを拠点として独立運動を展開しました。

 1974年4月25日、ポルトガル本国でカーネーション革命が発生し、革命後の新政権は全てのポルトガル領植民地を放棄する方針を表明。これにより、サントメ・プリンシペも独立が認められ、1975年7月12日、“サントメ・プリンシペ民主共和国”として独立。MLSTPの指導者マヌエル・ピント・ダ・コスタが初代大統領に就任します。

 独立後のサントメ・プリンシペでは、MLSTPによる一党制が敷かれ、アンゴラやキューバなど旧社会主義陣営と密接な関係にあり、その文脈で、台湾ではなく中国と外交関係を持っていました。その後、MLSTP政権は、経済立て直しのため1980年代から親西欧・親米政策に転換。東西冷戦終結に伴い1990年8月の国民投票で複数政党制に移行しますが、中国との外交関係は維持されていました。

 しかし、1996年の総選挙では、現職大統領のミゲル・トロボアダが新政党の独立民主行動(ADI)を結成して再選。MLSTPが野党に転落すると、翌1997年、中国と断交して台湾との外交関係を樹立しました。

 ところが、独立以来、慢性的な財政難にあったサントメ・プリンシペに対して、中国は“経済支援”を武器に再接近を図り、2011年7月の総選挙で初代大統領のマヌエル・ピント・ダ・コスタが勝利して大統領職に復すると、2013年には両国間の貿易推進の合意を取り付けます。これに対して、サントメ・プリンシペ側は、中台双方の支援額を比較する“天秤外交”を展開し、最近も台湾に対して巨額の支援要請を行いました。その要請が台湾側としては受け入れられる内容ではなかったため、台湾外交部はこれを拒否。すると、サントメ・プリンシペは、台湾に対して断交を通知してきたということです。

 今月に入り、トランプ次期米大統領が蔡総統と電話協議したことや、トランプが“一つの中国”に疑義を唱えたことから、危機感を強めた中国は台湾と国交を有する国々の切り崩しにかかっており、今回の一件は、その一つの“成果”となりました。これで、台湾と国交を有する国は21になってしまいましたが、なんとか日本が22番目になれないかと思っているのは僕だけではないと思います。


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