内藤陽介 Yosuke NAITO
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 切手に描かれたソウルと韓国:高木正雄切手
2017-07-30 Sun 10:28
 『東洋経済日報』7月21日号が発行されました。月一で同紙に僕が連載している「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、9月に予定されていた朴正煕生誕100周年の記念切手が発行中止になったことを受けて、こんなモノをご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・高木正雄切手

 これは、今回の“朴正熙生誕100周年”の記念切手発行中止を受けて、韓国の左派活動家が作った“高木正雄生誕100周年記念切手”と称するラベルです。

 7月12日、今年9月15日に発行の予定だった“朴正熙元大統領生誕100周年”の記念切手(以下、朴正熙100年)の発行中止が発表されました。

 韓国の記念切手発行スケジュールは前年のうちに決定されるのが慣例で、今回の“朴正熙100年”に関しても、その他の切手とともに、昨年(2016年)5月に発行予定が発表されていました。

 朴正熙に対する評価は立場によってさまざまでしょうが、“漢江の奇跡”と呼ばれる経済成長を実現した功績は誰にも否定できないでしょう。現在の韓国が、曲がりなりにも“先進国”の一角を占めている(*)原点は、間違いなく、“漢江の奇跡”にあるわけですから、その立役者である朴正熙の生誕100年に記念切手を発行する企画が持ち上がったとしても不思議はありません。

 * 日本の内閣府が毎年2回発表する「世界経済の潮流」では“先進国”の定義を「OECD加盟国。ただし、一人当たりGDPが1万米ドル以下の国(チリ、トルコ、メキシコ)を除く」としており、韓国はしっかり“先進国”に分類されています。

 ところが、2017年の記念切手発行計画が発表された後の2016年10月、朴正熙の長女である朴槿恵大統領(当時)の個人的な友人・崔順実による国政介入問題(崔順実ゲート事件)が発覚したことで、政権の支持率が急落します。12月9日には国会が大統領の弾劾訴追案を可決し、2017年3月10日にはこれを妥当とする憲法裁判所の判断が下され、朴槿恵は大統領を罷免されて失職。さらに、同月31日、収賄容疑などで逮捕されました。

 その後、5月9日の大統領選挙で、急進左派の文在寅が当選すると、9月に発行予定だった“朴正熙100年”の雲行きがにわかに怪しくなってきます。

 朴正熙を“暗黒の軍事独裁政権の首魁”と位置づけている左派リベラル陣営は、もともと、朴正熙100年の記念切手には否定的でしたが、上記のような背景の下、記念切手の発行計画を審議した“切手発行審議委員会”の委員に、朴槿恵前大統領の側近、金淇春元大統領秘書室長(現在、職権乱用罪などで公判中)の元秘書が含まれていたことから、記念切手の発行中止を求める声が高まり、その圧力に屈するかたちで、7月12日、郵政事業本部は「再審議した結果、朴正熙100年の切手は発行しないことに決まった」と発表しました。

 さらに、切手発行の中止が報じられた翌日の7月13日、ソウル・昌徳宮の近くに“盧武鉉センター”を建設する計画が発表されたこともあり、記念切手の発行中止は韓国内の保守派の強い反発を招いています。

 たとえば、保守系・正しい政党の朱豪英院内代表は、「朴正煕切手発行計画の取り消しは(政権の)“見えない手”が作用したとの疑惑を持たれるのに十分だ」と発言。保守系最大野党・自由韓国党の全希卿報道官も「政権が変わってから100日もたっていないのに、前政権が決定した事業だという理由だけで手のひらを返すように白紙化したのは納得できない。元大統領の業績をたたえることすら放棄する、非常に後進的かつ退行的な行動だ」と批判しています。

 一方、左派リベラル側では、朴槿恵前大統領を批判するビラをまき、名誉毀損罪で拘束された経験のある環境活動家のパク・ソンスが、「記念切手の発行が撤回され、これに挫折した守旧保守派の姿に限りない憐憫を感じ」たとして、独自に“高木正雄(朴正熙の日本名)誕生100年記念”と銘打ち、今回ご紹介の切手状のラベルを制作しました。

 ラベルでは左側に日本軍の軍服姿の朴正煕を、右側に囚人服を着た朴槿恵を配し、中央には、馬(崔順実の娘で馬術選手の鄭維羅が崔順実ゲート事件の主役の一人であったことを風刺)と洋酒(1979年の朴正煕暗殺事件が酒席の場で起きたことを風刺)を描いています。さらに、左下には「日本天皇に血書で忠誠の誓いをした日本軍人朴正煕、いわゆる高木正雄誕生100年記念、18ウォン」と記されている。パクはこのラベルを1万枚製作し、フェイスブックなどを通じて申請した人たちに、期間限定で無料で配ったそうです。

 ところで、パクの作ったラベルは、全くのゼロからの創作ではなく、1972年に発行された“第8代大統領就任記念”の切手をベースにしており、元になった記念切手の背景などはラベルでもほぼ踏襲されています。(下の画像)

      韓国・第8代大統領就任

 1972年の記念切手は、朴正熙政権下での“漢江の奇跡”の成果を強調するため、朴正熙の肖像と並べて高速道路工場群を描く定番のデザインです。

 ラベルを制作したパクは深く考えることなしにデザインしたのでしょうが、韓国に未曾有の経済成長をもたらした朴正熙を風刺(というより“罵倒”といってよいでしょう)するラベルの背景に、朴正熙政権の功績であり、“先進国”としての韓国の原点を象徴するような風景が広がっているというのは、いわば、親のすねをかじる革命家と同じで、僕などから見れば、たちの悪いブラックジョークにしか思えませんな。

 なお、朴正煕と、その時代の切手に刻まれた歴史の痕跡については、拙著『韓国現代史』でもいろいろご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 7月30日(日)22:00~ 拉致被害者全員奪還ツイキャスのゲストで内藤が出演しますので、よろしかったら、ぜひ、こちらをクリックしてお聴きください。なお、告知のツイートはこちらをご覧ください。

 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  ★★★ 

 7月27日(木)に放送の「切手でひも解く世界の歴史」の第6回は無事に終了しました。お聞きいただいた皆様、ありがとうございました。次回の放送は、高校野球があるため、少し間が開いて8月24日(木)16:05~の予定です。引き続き、よろしくお願いいたします。 

 なお、27日放送分につきましては、8月3日(木)19:00まで、こちらの“聴き逃し”サービスでお聴きいただけますので、ぜひご利用ください。

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 切手に描かれたソウルと韓国:跆拳道
2017-06-24 Sat 08:34
 『東洋経済日報』6月23日号が発行されました。月一で同紙に僕が連載している「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、本日(24日)から茂朱で開幕の世界跆拳道(テコンドー)選手権大会にちなんで、この切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・世界跆拳道選手権(2017)

 これは、今回の世界跆拳道選手権に先立ち、6月16日に韓国が発行した大会の記念切手です。

 跆拳道については、高句麗時代の壁画に跆拳道の型と似たような姿勢をとる人物が見られることから、韓国などでは、その歴史は2000年前にまでさかのぼると主張する人もありますが、これはいささか牽強付会な説で、実際には、解放後、近代スポーツとして体系化されたと考えるのが妥当です。

 すなわち、日本統治時代に学徒出陣した崔泓熙は、1946年に軍事英語学校(現韓国陸軍士官学校)を卒業し、陸軍少尉として、武術を教えはじめました。

 崔は、日本統治時代の1918年、北朝鮮・咸鏡北道に生まれ、少年時代に朝鮮の伝統的な武芸であるテッキョンに親しんだほか、青年時代には日本に渡り京都で空手を学んでいます。その経験を活かして、陸軍の武術教官となった崔は、解放後の祖国にふさわしい、民族独自の新しい武道を考案すべく研究し、テッキョンや空手をベースに、1954年までに、新しい武道の基礎的な技術を完成。この武道は、1955年、正式に“跆拳道”と命名され、1959年には崔が主催していた“大韓空手道協会”も“大韓跆拳道協会”に改称されました。ちなみに、跆拳道の“跆”は、踏む、跳ぶ、蹴る、という足技を、“拳”は、突く、叩く、受ける、などの手技を、“道”は、礼に始まり礼に終わる人の道、精神を表しているとされています。

 その後も崔は陸軍の将官として勤務していましたが、1962年、陸軍を退役し、マレーシア大使に転出。これが跆拳道国際化の端緒となりました。

 崔は1964年に韓国に帰国しますが、1966年、跆拳道のさらなる国際化を目指して、ソウルに本部を置く“国際跆拳道連盟(ITF)”を設立し、自ら総裁に就任。しかし、当時の韓国の武道家の中には崔の創設した跆拳道が脚光を浴びることや跆拳道の国際化に不満を持つ者も多く、同年、崔は内部対立から協会の会長を辞任に追い込まれてしまいます。

 さらに、世界跆拳道本部総本部道場国技院が設立された1973年、崔は東ベルリン事件(東ベルリンの北朝鮮大使館と接触した韓国人が一斉摘発された事件)への関与が疑われ、カナダへの亡命を余儀なくされました。

 これに伴い、ITFの本部もカナダ・トロントに移されたため、同年、韓国内ではソウルに本部を置く“世界跆拳道連盟(WTF)”が設立され、跆拳道の国際団体が並立する状況が生まれました。

 その後、1973年にはWTFがソウルで第1回世界大会を開催すると、翌1974年にはITFも第1回世界大会を開催するなど、両団体の競合が続きます。さらに、1980年、IOC総会が韓国公認の国際組織としてWTFと跆拳道種目を承認すると、同年10月、ITFは北朝鮮への跆拳道の普及を開始。以後、跆拳道はITFを通じて(旧)東側諸国に急速に広まり、ITFの運営に北朝鮮の関係者も深く関与していくことになるのです。

 2002年6月、「生涯の最後は故郷で終えたい」と述べた崔は北朝鮮に入国し、現地で死亡。すると、彼の「遺言」を根拠に、北朝鮮国籍のIOC理事、張雄が臨時特別総会でITF総裁に選出されます。しかし、これに反発する旧来の韓国系師範は、北朝鮮での新総裁選出はITF憲章に違反しているとして、従来の規則通りの定期総会で選出されたトラン・トリュウ・クァン8段師賢(カナダ国籍)を総裁とし、張雄派と袂を分かちました。また、これとは別に、崔泓熙の息子、崔重華を総裁とする分派もあり、現在のITFは3派に分裂しています。

 さて、今回の世界選手権では、そうしたITF3派のうち、北朝鮮が主導権を握る張雄派の張雄国際オリンピック委員会(IOC)委員・国際跆拳道連盟(ITF)名誉総裁、李勇鮮ITF総裁ら32人が10年ぶりに訪韓し、演武を行うことになっています。韓国内では、彼らの訪韓は、文在寅政権発足後、初の南北スポーツ交流として大きく報じられています。

 親北姿勢が鮮明な文在寅政権としては、まず、韓国内の北朝鮮に対する反発・反感を和らげるため、“朝鮮民族”のアイデンティティを強調するプロパガンダ攻勢を展開していくのは当然の措置なわけで、その文脈からすると、“国技”である跆拳道の国際大会は南北スポーツ交流の場として格好の機会といえます。

 実際、今回の大会開催じたいは朴槿惠政権時代に決まっていたことですが、韓国政府高官によれば、北朝鮮選手団の訪韓は「WTFの招請を北朝鮮が受け入れる形で、すでに1ヵ月以上前に決まったこと」なのだそうです。政府高官の発言が、“前政権の時代から”ではなく、あえて“1ヵ月以上前から”となっているのは、5月10日の文在寅政権発足当初から話が具体的に動き始めたことを意味していると理解するのが自然でしょう。また、ITF3派のうち、最大の会員数を擁するのはトラン派ですが、報道などではその存在は意識的に無視されており、北朝鮮が主導権を握っている張雄派を“ITF”として紹介しているあたりにも、政治的な意図が滲み出ているのは明らかです。ちなみに、今回の北朝鮮演武団の航空運賃や宿泊費などの“滞在費”は、韓国側の南北協力基金から約7000万ウォン(約684万円)が支給されており、文在寅政権の考える“南北交流”の性格を考えるうえで、きわめて示唆的なものとなっています。

 さらに、今月20日には、韓国の都鍾煥・文化体育観光相が、来年2月の平昌冬季五輪について、北朝鮮の馬息嶺スキー場の利用や韓国が出場権を得た女子アイスホッケーの南北単一チームの結成、聖火リレーの北朝鮮通過などについて検討する考えを示しており、今回の世界跆拳道選手権にあわせて訪韓しているIOCのバッハ会長も交えて、北朝鮮の平昌五輪への関与について協議したいとの考えを示しています。冬季五輪の競技の一部を北朝鮮内の会場で行うというプランは非現実的ですが、南北単一チームの結成や聖火リレーの北朝鮮通過などはありえない話でもありませんし、仮に、それが実現しなかったとしても、民族アイデンティティを強調することで、北朝鮮に対する宥和的な世論を盛り上げることができれば、文政権としては、最低限の目的は達したことになるとの自己評価を下すことになるでしょう。

 いずれにせよ、もともとは朴槿惠前大統領が引退の花道に利用するための政治ショウとして企画された平昌五輪ですが、親北派の文在寅政権の登場により、その意味付けが根本的に変質したことは間違いないわけで、今後の推移にも注目していきたいところです。

 なお、このあたりの事情については、文在寅政権の発足に合わせて5月11日に配信した「チャンネルくらら」も併せてご覧いただけると幸いです。


 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  次回は29日!★★★ 

 6月29日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第5回目が放送予定です。今回は、7月1日の香港“返還”20周年を前に、香港にスポットを当ててお話をする予定です。みなさま、よろしくお願いします。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。

 ★★★ 内藤陽介 『朝鮮戦争』(えにし書房) 重版出来! ★★★ 

      朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

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