内藤陽介 Yosuke NAITO
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 聖母被昇天の日に昇天
2017-08-16 Wed 12:16
 北大西洋のポルトガル領マデイラ島フンシャルの植物園で、昨日(15日)、聖母被昇天の祝日の祭典に信徒が集まっていたところ、樹齢約200年の巨木が倒れ、下敷きになった13人が死亡、約50人が負傷しました。というわけで、亡くなられた方々の御冥福と負傷された方々の一日も早い御快癒をお祈りしつつ、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ポルトガル領マデイラ(1868年)

 これは、1868年1月1日に発行されたマデイラ加刷切手です。

 “マデイラ・ワイン”で知られるマデイラ諸島は北大西洋上のマカロネシアに位置するポルトガル領の火山群島で、住民のいるマデイラ島、ポルト・サント島と無人のデゼルタス島、セルヴァジェンス島から構成されています。主島のマデイラ島は、木々に覆われていることから、ポルトガル語で“木”を意味する“マデイラ”と命名されました。中心都市は、首都でもあるマデイラ島のフンシャルで、人口は約14万人です。

 マデイラ諸島の存在は古代ローマ時代から知られていましたが、1419年、ポルトガル船がポルト・サント島に漂着し、翌年以降、ポルトガル人の入植がはじまり、黒人奴隷によるサトウキビのプランテーション栽培がおこなわれていたこともあります。また、ながらくポルトガルの流刑地としても利用されており、ハプスブルク帝国最後の皇帝、カール1世はマデイラ島に亡命して、この地で亡くなりました。現在は、ポルトガルの自治州となっています。

 今回ご紹介の切手は、当時のポルトガル切手に“MADEIRA”の地名を加刷したもので、マデイラ諸島の切手としては最初の1枚となります。その後、1881年までは同種の地名加刷切手が使用されましたが、1881年から1892年までは無加刷の本国切手が持ち込まれて使用されます。その後、1892年から1905年までは、主要都市フンシャル(FUNCHAL)表示の切手が発行されていましたが、この間、1898年にポルトガル領で発行されたオムニバス形式の“ヴァスコ・ダ・ガマ400年”の記念切手については、例外的に“マデイラ”表示となっています。その後、1905年には再び、切手の表示は“フンシャル”から“マデイラ”に戻され、現在に至っています。


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