内藤陽介 Yosuke NAITO
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 アサド政権がアレッポ制圧宣言
2016-12-23 Fri 19:05
 2011年から続くシリア内戦で最大の激戦地となってきた北部のアレッポで、昨日(22日・現地時間)、反政府勢力の撤退と市民の避難が終わり、アサド政権は全域の制圧を宣言しました。これにより、シリア内戦は大きな転換点を迎えることになります。というわけで、シリア内戦に絡んで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      オーストリア・ユニセフ(2016)

 これは、今年(2016年)2月18日、オーストリアが発行した「ユニセフ:すべての子供に公平なチャンスを」と題する寄附金つき切手で、雪中のレバノンのベッカー高原に避難するシリア難民の少女(2015年撮影)の写真が取り上げられています。額面68セントに対して寄附金の2ユーロ32セントを加えて3ユーロで販売され、寄付金はユニセフに寄付され、シリアおよび周辺地域の難民支援のために使われます。

 さて、アレッポは2012年夏に反体制派が市の東部を制圧して以来、政権側と反体制派が市街地を二分して激しい抗争を続けてきました。しかし、今年9月、政権側は反体制派支配地域を包囲して食料や医薬品の補給を断つとともに、ロシア軍の支援を受けて空爆を実施。11月には大規模攻勢を開始して反体制派の防御線を突破し、今月12日までにアレッポ全域をほぼ制圧していました。

 このため、市内の一角で包囲されていた反体制派は重火器を放棄して市外に撤退することで合意。反体制派支配地域の民間人も政権側の迫害を恐れて市外への避難を希望する人が多かったため、今月15日以降、3万4000人以上がアレッポ県西部や隣接するイドリブ県に逃れていました。

 そして、22日、反体制派と民間人を乗せた最後の車列がアレッポ市東部を去ったことを受けて、政権側は「殉死者らが流した血、そして勇猛なわが軍と同盟部隊が払った犠牲のおかげで(…中略…)アレッポがテロリズムとテロリストから解放され、同市に残っていた人々も退避したことを受け、政府軍総司令部は同市に安全が戻ったことを宣言する」、「アレッポの治安の回復は重要な転機となる勝利だ」との声明を発表し、アレッポ全域の制圧を宣言しました。

 反政府勢力は今後も戦闘を続けるとしていますが、政権側の優位はもはや動かし難い状況ですから、いずれ、シリアの内戦は政権側に有利な停戦で終わるということになるのでしょう。

 まぁ、アサド父子のバアス党独裁体制には問題が多々あることは事実ですが、それでも、切手の少女を含め、長年の混乱に疲れ切ってしまった人々からすれば、西洋風の“民主化”より、かつてダマスカスで大法官を務めたイブン・ジャマーアが残した有名な言葉、「40年間の専制は1時間の無政府状態より良い」の方が、結局は得心の行くものということなのかもしれません。


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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

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 ハンガリーからオーストリアへの難民
2015-09-06 Sun 10:22
 中東や北アフリカから多数の移民や難民がハンガリーに流入している問題で、オーストリアのファイマン首相は、きのう(5日)、ドイツとオーストリアがハンガリーに流入した難民らを受け入れると発表。これを受けて、5日夕までにハンガリーからオーストリアに6500人が入国し、オーストリアから特別列車でミュンヘンに到着した難民は1000人に達したそうです。というわけで、きょうはこんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      オーストリア・ハンガリー難民

 これは、1956年、いわゆるハンガリー動乱(1956年革命)で発生した難民救済のため、オーストリアが発行した寄附金つき切手です。

 第二次大戦後、ソ連に占領されたハンガリーは、1949年にソ連の衛星国として共産化され、スターリンの意向に忠実なラーコシ・マーチャーシュが首相兼ハンガリー勤労者党(共産党)書記長として、スターリン路線を推進することになりました。

 1953年にスターリンが亡くなると、後継のフルシチョフはスターリン批判を行い、スターリン時代の政策を修正し始めます。ハンガリーでも、ソ連の意向を受けてスターリン路線に批判的な改革派のナジ・イムレが首相となり、経済改革を進めようとしましたが、書記長の座に留まったラーコシは1955年にナジを追放します。そのラーコシも1956年7月にソ連の圧力で権力の座を追われますが、後継書記長となったのは、ラーコシ以上に強硬なスターリン主義者のゲレー・エルネーでした。

 心ならずもソ連の衛星国にさせられたハンガリーの人々は、ナジの失脚とスターリン主義者の復活に反発。首都ブダペストでは、1956年10月23日、市民の大規模デモが発生し、反ソ感情が高まるなか、ゲレー退陣を求めるデモ隊と警官隊との衝突を機に、大規模な暴動が発生し、ハンガリー全土に波及します。これが、いわゆるハンガリー動乱です。

 動乱当初、ソ連は懐柔策としてナジの復権とゲレーの辞任を決め、ナジによる平和的な事態の収拾を期待していました。しかし、脱ソ連化を求める市民の声に押されたナジが複数政党制の導入と(=共産党一党独裁の否定)ハンガリーの中立国化(=ワルシャワ条約機構からの脱退)を打ち出すと、ソ連は軍事介入してハンガリーの“革命”を武力で鎮圧。ナジも逮捕されました。

 動乱の終結後、ソ連の支援により成立したカーダール・ヤーノシュ政権は、ナジを含む政府・議会の指導層の約1200名を処刑。戦闘によって亡くなったハンガリー国民は1万7000人にも上り、20万人が難民となって亡命しました。今回ご紹介の切手は、こうした経緯で、隣国ハンガリーから大量の難民が押し寄せてきた状況に対応してオーストリアが発行したものです。
 
 日本国内でも、西尾末廣や芦田均らが、オーストリアの難民キャンプを訪問し、救援物資や義捐金を届ける活動を行いましたが、ソ連と社会主義を信奉する進歩的知識人の多くは、そうした活動には極めて冷淡な態度を取っていました。たとえば、野上弥栄子が「事件が起こるまで“ハンガリー”がどこにあるかすら知らなかった者がにわかに地球儀を買いに走り、またにわかに募金活動をはじめだす光景に複雑な思いがする」と発言しているほか(外交官としてトルコ駐在の経験があり、ローザンヌ条約を題材とした論文で博士号を取得した芦田が、ハンガリーの位置を知らなかったということはありえないわけですが…)、ハンガリーを“百姓国(大内兵衛)”、“社会主義の進歩性にそぐわない遅れた国(山川均)”などとして、ソ連の軍事介入を正当化する者も少なくありませんでした。まぁ、このあたりは、現在でも、いわゆる平和運動をしている人々の大半が、中国や北朝鮮の軍事的脅威について、ほとんど批判することがないのと同じ構造ですな。

 さて、ハンガリー動乱によって生じた20万人の難民は、当時のオーストリア、ドイツにとって深刻な問題となり、今回ご紹介の切手が発行されるまでになったわけですが、現在の欧州の難民問題では、ドイツ政府は今年の保護申請者数が最大80万人になると予測しています。さらに、一部では、最終的に難民としてドイツで保護申請を行う人は100万人に膨れ上がるとも見られています。その数は、ハンガリー動乱時の難民の実に4-5倍。そう考えると、あらためて、事態の深刻さに慄然とするばかりです。
 
 
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 10月から毎月1回(原則第1火曜日:10月6日、11月 3日、12月1日、1月5日、2月2日、3月1日)、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で下記の一般向けの教養講座を担当します。(下の青い文字をクリックしていただくと、よみうりカルチャーのサイトに飛びます)

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 初回開催は10月6日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


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 サライェヴォ事件100年
2014-06-28 Sat 12:10
 1914年6月28日に第一次世界大戦の発端となったサライェヴォ事件が起こってから、きょうでちょうど100年です。というわけで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      墺太利・サライェヴォ事件100年

 これは、ことし(2014年)5月14日にオーストリアが発行したサライェヴォ事件100周年の小型シートで、オーストリア=エステ大公のフランツ・フェルディナンドとゾフィー妃の暗殺場面を背景に、在りし日の夫妻の肖像が取り上げられています。

 フェルディナンド大公は、ハプスブルク皇帝フランツ・ヨーゼフの甥で、当初は、帝国の皇位継承とは無関係とみられていましたが、皇太子のルドルフ1世が1889年に亡くなったため、皇位継承者として急浮上します。

 大公にはボヘミアの伯爵家出身でテシェン公家の女官であったゾフィー・ホテクという恋人がいましたが、皇室は、チェコ人の女官のような身分の低い女性と結婚するのに反対し、大公と激しく対立します。結局、ゾフィーが皇族としての特権をすべて放棄し、将来生まれる子供には皇位を継がせないことを条件に2人の結婚は承諾されるのですが、結婚後もゾフィーに対する冷遇は続き、劇場などでも大公との同席は許されませんでした。

 一方、当時のハプスブルク帝国においては、ボスニア・ヘルツェゴヴィナの情勢不安が深刻な問題となっていました。

 オスマン帝国の支配下に置かれていたボスニア・ヘルツェゴヴィナは、1878年のベルリン会議でオーストリアに占領されることになり、1908年からは正式にオーストリア=ハンガリー二重帝国領に編入されました。これに伴い、1879年以降、この地域ではハプスブルク家の紋章を取り上げた切手が使用されています。

 これに対して、セルビア人をはじめとするこの地域のスラブ系住民は、ハプスブルク家の支配に反発し、セルビアや他の南スラヴ諸国への統合を望んでおり、社会的に不安定な状況が続いていました。

 こうした中で、1914年、ハプスブルク帝国は大公夫妻にボスニア・ヘルツェゴヴィナの中心都市であったサライェヴォを訪問させ、セルビア人に対する宥和姿勢を演出しようとしました。その日程は、大公夫妻の結婚記念日にあたる6月28日に設定されましたが、この日はセルビアにとって重要な祝日である聖ヴィトゥスの日であるとともに、1389年にセルビアがオスマン帝国に敗北を喫したコソボの戦いの日でもありました。このため、ハプスブルクの支配を嫌うセルビア民族主義者は、“侵略者の手先”である大公のサライェヴォ訪問に憤激。この機会をとらえて、秘密組織黒手組のガブリロ・プリンチプ(小型シートの余白・左下の人物です)が夫妻を暗殺したというわけです。

 さて、7月18日・8月29日・9月19日の3回、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、第一次大戦100年の企画として、「切手を通して学ぶ世界史」と題する講座を行います。講座では、今回取り上げたサライェヴォ事件のみならず、ハプスブルク帝国・ロシアのロマノフ朝・ドイツ帝国の欧州三大帝国の崩壊についても、当時の切手や郵便物等を使ってわかりやすく解説いたします。名古屋エリアの方は、ぜひ、遊びに来ていただけると幸いです。 


 ★★ 講座「切手を通して学ぶ世界史:第一次世界大戦から100年 」のご案内 ★★ 

       中日・講座チラシ    中日・講座記事

 7月18日・8月29日・9月19日の3回、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、第一次大戦100年の企画として、「切手を通して学ぶ世界史」と題する講座を行います。

 講座では、ヨーロッパ、中東、日本とアジアの3つの地域に分けて、切手や絵葉書という具体的なモノの手触りを感じながら、フツーとはちょっと違った視点で第一次世界大戦の歴史とその現代における意味を読み解きます。

 詳細は、こちらをご覧ください。

 * 左の画像は講座のポスター、右は講座の内容を紹介した5月20日付『中日新聞』夕刊の記事です。どちらもクリックで拡大されますので、よろしかったらご覧ください。
 

 ★★★ 『外国切手に描かれた日本』 電子書籍で復活! ★★★

      1枚の切手には 思いがけない 真実とドラマがある

    外国切手に描かれた日本(表紙)     外国切手に描かれた日本(ポップ) 
    光文社新書 本体720円~

 アマゾン紀伊国屋書店ウェブストアなどで、6月20日から配信が開始されました。よろしくお願いします。(右側の画像は「WEB本の雑誌」で作っていただいた本書のポップです)


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 小さな世界のお菓子たち:キャンディの切手
2014-04-09 Wed 10:32
 大手製菓メーカー(株)ロッテの季刊広報誌『Shall we Lotte(シャル ウィ ロッテ)』の第23号(2014年春号)ができあがりました。僕の連載「小さな世界のお菓子たち」では、今回は、こんな切手を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

       エングルホファー

 これは、昨年(2013年)、エンゲルホファー社のポスターを取り上げたオーストリアの切手です。

 エングルホファー社は、1851年、ウィーンに次ぐオーストリア第2の都市、グラーツでフランツ・エングルホファーがコーヒー店として開業したのが始まりで、1909年には“エンゲルホファーキャンディ工房”をスタートさせ、本格的にキャンディの販売を開始しました。その製品は、オーストリアから南ドイツにかけての伝統的なスタイルのキャンディが中心です。

 切手に取り上げられたポスターは、この地域の伝統的な民族衣装のディアンドルを着た少女が同社のキャンディを両手に持って差し出している絵柄になっており、“創業1851年”の表示もあります。

 ディアンドルは、襟ぐりの深いブラウスの上に、前開きで襟ぐりの深い短い袖なしのボディスを着て、かかとまでのロングスカートにエプロンを着けた姿で、もともとはアルプスの農家の女性の日常着だったものが、都市部に出稼ぎにきたメイドさんたちを通じて、広まったものです。切手に描かれている感じだと、少女の着ているボディスとスカートの素材はベルベットなど厚手の素材のようですが、夏には薄手の木綿で仕立てられます。エプロンが青緑色で描かれているのは、伝統的なディアンドルの色彩を忠実に再現したものですが、結果的に、彼女の掌の上のキャンディの包み紙が同系色となりました。なお、少女はエプロンの腰ひもを自分の左側で結んでいますが、これは未婚者であることを示しており、既婚者は右側で結ぶ習慣になっています。

 ポスターの原画を書いたのは、1909年生まれの漫画家のテヤ・アイヒャーです。アイヒャーは1948年から1976年まで雑誌『ヴンダーヴェルト』を中心に活動し、「小人のブムスティ」、「ピフとパフ」、「ペリーとジラ」等のヒット作を生み出しました。当時の子供たちは、エンゲルホファーのキャンディを頬張りながら、そうした漫画を読みふけっていたのかもしれません。


 ★★★ ポスタル・メディアと朝鮮戦争 ★★★

 4月19日(土)14:00から、東京・水道橋の日本大学法学部三崎町キャンパス本館2階 第2会議室(以前ご案内していた会場から変更になりました)にて開催のメディア史研究会月例会にて、昨年(2013年)夏、バンコクで開催された世界切手展<Thailand 2013>に出品した“Korea and the Cold War 1945-1953”の内容を中心に、切手や郵便物などによって朝鮮戦争とその時代を再構成しようとする試みについてお話しします。

 なお、メディア史研究会はまったく自由な研究会で、会員以外の方でも気楽にご参加いただけますので(もちろん、無料)、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


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 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

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 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 “直訴”の葉書
2013-11-02 Sat 11:24
 おととい(31日)行われた秋の園遊会で、参議院議員の山本太郎が陛下に直接手紙を手渡すという“直訴”事件があり、多くの国民から批判を浴びています。というわけで、きょうは、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       オーストリアからラーマ9世宛葉書

 これは、1985年8月、オーストリアからタイのラーマ9世国王陛下宛に差し出された葉書です。内容は、不敬罪で逮捕されたタイ人の釈放を求める嘆願書で、当時、アムネスティの呼びかけで同種のものが世界各国から差し出されています。タイでは、現在でも王室に対する不敬罪が残っていますが、この葉書が差し出された1985年当時、タイは軍事政権下にありましたので、政権批判を展開した人物が“不敬罪”で逮捕されることもあったようで、アムネスティもそのことを問題視したのでしょう。外国の例ではありますが、“陛下”と呼ばれるお立場の方に、直接、その国の政府に対する批判的な意見を伝えるために差し出された“手紙”ということで、ご紹介しました。

 さて、この葉書では、宛先の住所は、エメラルド寺院(ワット・プラケオ)のある“王宮”宛になっていますが、この“王宮”は、現在では、儀式などでは使われるものの、実際に陛下が住んでおられるわけではありません。このことは、“王宮”が連日観光客でにぎわっており、王宮前広場では深夜に及ぶロックコンサートもしばしば行われていることを考えると、容易に想像つくことと思われます。

 それでは、陛下の実際の御座所はどこにあるのかというと、チャオプラヤー川沿いの“王宮”から3キロほど北東にあるドゥシット地区のチットラダー宮殿(1913年建設)です。この葉書も、おそらく、そちらへ転送されたのでしょうが、“直訴”するなら、きちんと調べてから送ればいいのに、とついつい思ってしまいます。

 さて、今回の件に関して、山本は「園遊会のルールを知らなかった」という趣旨の釈明をしているようですが、請願法の第3条には「請願書は、請願の事項を所管する官公署にこれを提出しなければならない。天皇に対する請願書は、内閣にこれを提出しなければならない。」との規定がありますので、今回ご紹介の葉書の差出人同様、宛先をきちんと調べていなかった頓珍漢な行動というしかありませんな。(まぁ、そういう人だからこそ、“直訴”なんかするんでしょうが)

 なお、タイの王宮(旧王宮・ドゥシット地区とも)については、拙著『タイ三都周郵記』でもいろいろとご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 
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 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は11月5日(原則第1火曜日)で、以後、12月3日、1月7日、2月4日、3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 HAPPY HALLOWEEN!
2012-10-31 Wed 16:30
 きょう(31日)はハロウィンです。というわけで、ストレートにこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

         オーストリア・ハロウィン

 これは、2005年にオーストリアで発行されたハロウィンの切手で、ハロウィンのかぼちゃ(ジャック・オ・ランタン)と箒に乗った魔女が描かれています。

 ハロウィンは、キリスト教の諸聖人の日(万聖節:11月1日)の前の晩(10月31日)に行われる伝統行事で、もともとは、11月1日を新年とするケルト人の収穫感謝祭がキリスト教世界に取り込まれたものといわれています。

 他のヨーロッパ諸国同様、オーストリアの万聖節は、日本のお盆にあたるお墓参りの日だそうで、その前日を祝うという習慣はもともとはありませんでした。しかし、1990年代に入り、我々がイメージするアメリカ風の習慣が広まり、ついには切手が発行されるほどになったというわけです。もっとも、この時期は秋の収穫シーズンでもありますので、ハロウィンとは別に、秋らしい飾りとしてカボチャを家の前に飾るという習慣はオーストリアでも昔からあったそうで、その意味では、アメリカ風のお祭りとしてのハロウィンが受け入れられやすい素地はあったということなのかもしれません。

 さて、本日午後、僕が生出演したTBSラジオ「たまむすび」の放送は無事終了いたしました。お聞きいただきました皆様には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。なお、放送内容は、きょうから1週間、こちらにて無料でお聞きになれます。また、放送中の写真等はこちらでご覧いただけます。よろしかったら、チェックしてやってください。


 ★★★ イベントのご案内 ★★★

 ・11月3日(土) 10:15- 切手市場
 於 東京・池袋 東京セミナー学院
 詳細は主催者HPをご覧ください。新作の『喜望峰』を中心に、拙著を担いで行商に行きます。 会場ならではの特典もご用意しておりますので、ぜひ、遊びに来てください。

 ・11月10日(土) 11:00- 全国切手展<JAPEX>
 東京・池袋で開催される全国切手展<JAPEX>会場内で、拙著『喜望峰』刊行記念のトークイベントを予定しております。よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。なお、詳細は主催者HPをご覧いただけると幸いです。


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  『喜望峰:ケープタウンから見る南アフリカ』

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 スキー100年
2011-01-12 Wed 14:37
 1911年1月12日、新潟県の高田(現・上越市)で、 オーストリアのフォン・レルヒ少佐が高田陸軍歩兵連隊の青年将校にスキー指導を行い、日本に本格的なスキーが伝えられてから、きょうでちょうど100年です。というわけで、きょうはこの切手です(画像はクリックで拡大されます)

        オーストリア・スキー選手権

 これは、1933年にオーストリアで発行された国際スキー連盟・世界選手権大会の記念切手です。

 テオドール・フォン・レルヒは、1869年、プレスブルク生まれのオーストリア=ハンガリー帝国の軍人で、日露戦争で勝利を収めた日本陸軍の研究のため、1910年11月に交換将校として来日しました。彼のスキー技術に注目した日本陸軍は、新潟県高田の高田歩兵第58連隊(堀内文次郎連隊長)のスキー指導を依頼します。なお、フォン・レルヒが伝えたスキーは杖を1本だけ使うスタイルで、現在のように2本の杖を使うスキー術は、1930年のハンネス・シュナイダーが日本にもたらしました。ただし、フォン・レルヒ自身は第二次大戦後の1945年12月24日まで存命でしたから、この切手が発行された当時は、自分でも2本の杖を使ってスキーを滑っていたかもしれません。

 ちなみに、第一次大戦を経てオーストリア=ハンガリー帝国は崩壊し、彼の生まれ故郷のブレスブルクはチェコ・スロヴァキア領ブラスチラヴァとなりました。その後、ブラスチラヴァは、ナチス・ドイツによって蹂躙され大戦の終結によって解放された後、共産主義世界に組み込まれ、共産主義体制の崩壊後はチェコとスロヴァキアの分離によりスロヴァキアの首都になっています。こうしてみると、郵便史的になかなか面白そうな場所で、ちょっと興味をそそられますな。


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 シュワルツェネッガー知事退任
2011-01-04 Tue 21:28
 日本ではきょう(4日)から官公庁などの仕事始めですが、アメリカ・カリフォルニア州ではアーノルド・シュワルツェネッガー知事が2期7年余の任期を終えて退任し、新知事の就任式が行われました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        シュワルツェネッガー

 これは、2004年にオーストリアが発行した“シュワルツェネッガー知事”の切手です。発行当時は、オーストリアのようなお堅いイメージの国が存命中の(元)芸能人の切手を発行したということで、かなり話題になりましたので、ご記憶の方も多いと思います。

 シュワルツェネッガーは、1947年7月、オーストリア・グラーツの近郊で生まれました。1968年に渡米する以前からボディービルダーとして活躍。その肉体美を武器に、1970年には「SF超人ヘラクレス」で映画デビューを果たし、アクション映画で活躍しました。

 政治家としては、2003年10月、380億ドルの財政赤字の責任を問われリコールされたデービス前知事に代わり、州の財政再建を公約に掲げて選出され、知事就任の翌日に「満期を迎える140億ドルの州債を償還するため、新たな州債150億ドルを発行しなければ、財政破綻の危険がある」と警告し、話題になりました。この州債は2004年3月、有権者に承認されましたが、そのうちの70億ドル以上がまだ償還されていません。

 また、知事の任期2期目には、世界恐慌以来最長の景気後退により、2007年以降の州の税収は8%減少。2009年7月には知事が財政非常事態宣言を発し、州政府は現金の不足を補うため“借用書”を発行することまで行われました。結局、知事が就任した2003年に340億ドルだった州の債務残高は、昨年(2010年)6月末には910億ドルと7年間で約3倍に増加。州の財政状況を好転させるという公約は達せられないどころか、事態は大きく悪化し、知事は退任することになりました。

 まぁ、財政再建はタレント知事には荷が重かったと言ってしまえばそれまでですが、わが国の場合は、アメリカ以上にタレント議員やタレント知事が跋扈していますからねぇ。彼らを当選させてしまう我々有権者が悪いとはいえ、これじゃ世の中良くなるわけないですな。

  ★★★ イベントのご案内 ★★★

  1月9日(日) 切手市場  
  於・東京・浅草 台東区民会館 11:00~20:00 

 拙著『マカオ紀行』の即売・サイン会(行商ともいう)を行います。僕は午前中から会場にいる予定です。入場は無料で、当日、拙著をお買い求めいただいた方には会場ならではの特典をご用意しておりますので、よろしかったら、遊びに来てください。詳細はこちらをご覧いただけると幸いです。

 
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 <JAPEX 09>こぼれ話
2009-11-02 Mon 11:46
 <JAPEX 09>はきのうで閉幕しましたが、そのこぼれ話ということで、きょうはこんなモノをもってきました。(画像はそれぞれクリックで拡大されます)

 コステューム・ブラックプリント   コステューム・凹版カード   コステューム・ブルテン表紙

 いちばん左の画像は、1948年にオーストリアが発行した通常切手“コステューム・シリーズ”の最高額10シリング切手のブラックプリント(黒一色の試刷)です。もっとも、実際に発行された切手も黒一色なので、印面部分の画像は変わり映えしないといわれればそれまでですが…。

 第2次大戦後、米英仏ソ4ヵ国占領下のオーストリアで発行された最初の普通切手は、1945年から発行が始まった“風景シリーズ”ですが、1948年からはオーストリア各地の伝統的な服装の女性を描く“コステューム・シリーズ”の発行が始まりました。シリーズの原画は、ウィーン・アカデミーの若手教授(当時40歳)で画家のヨゼフ・ゼーガーが作成しています。

 コステューム・シリーズはカタログのメインナンバーで37種あり、21の額面については白紙と灰味紙のバラエティがあります。1955年にオーストリアが永世中立を宣言し、独立を回復した後も使用され、1957年から発行の“建物シリーズ”がその後を継ぎました。

 さて、シリーズのうち、最高額の10シリングは唯一の凹版切手(他はグラビア)で、1850年のウィーンの女性が取り上げられたもの。当時、オーストリア随一の凹版彫刻家であったハンス・ランツォーニ(ウィーン州立グラフィック美術大学凹版学科主任教授)によるシャープな画線は、デザインの美しさとも相まって、“オーストリア切手の華”と呼ぶにふさわしい逸品といってよいでしょう。

 さて、<JAPEX>では、毎年、記念の凹版カードを作っていて、今回は企画展示の“日本オーストリア・ハンガリー交流140周年記念「ハプスブルグ帝国展」”にちなみ、中央の画像に示すように、1948年の10シリング切手が題材として取り上げられています。カードはタトウに収められ、切手についての解説文がつけられているのですが、今回の解説記事(上の文章とほぼ同内容です)も僕が書いています。

 昨年までは実行委員長という立場もありましたので無償で無署名の記事を書いていたのですが、今回はそういう立場ではありませんので、売文家の“仕事”としてお引き受けしました。といっても、実際には謝礼は現金ではなく、コミュニティ通貨(?)の2000フィラですから、実質ボランティアといってよいでしょう。ただ、文筆は僕の生計の手段でもありますので、特別な事情がない限り、完全な無償で文章を提供するのは勘弁していただきたいという点はご理解ください。

 このため、タトウにも執筆者として名前も入れていただくようにお願いしたのですが、主催者側では昨年までの習慣が抜けなかったためか、無署名記事になってしまったのが残念なところです。まぁ、雑誌『郵趣』や『全記録』(ブルテン2)の基金協力者名簿には、“お詫び”というかたちで、タトウの解説記事を僕が書いたことを記載してくれるとのことですから、現実の問題としては、それで良しとするしかないでしょうな。

 とはいえ、僕の書いた記事をいつもチェックしていただいている読者の方もおられますので、一応、この場でご報告申し上げる次第です。なお、本来であれば、もっと早くにタトウの解説が僕の記事であることをブログに書くべきだったのかもしれませんが、主催者側の不手際にクレームをつけた格好になり、そのことが、結果的に基金募集の妨げになってしまうのは本意ではありませんので、会期終了を待つことにしました。あしからずご了承ください。

 ところで、凹版カードを彫った職人さんが実際に資料として手元においていたのは、僕のブラック・プリントではなく、使用済みの単片だったそうです。そこで、主催者側スタッフの方から、ブルテンの表紙(右の画像)や屋外に設置のバナーなどに使えるような綺麗な未使用はないかとお問い合わせをいただきましたので、今回ご紹介のブラック・プリントをお貸しししました。(僕自身はまだチェックしてないのですが、ブルテンのどこかに所蔵者の名前が出てるだろうと思います。)

 なお、会場の展示を見ていたら、会場には10シリング切手の実物は展示されてませんでした。そういうことなら、僕の手元にあるコステューム・シリーズのコレクション(時間的な余裕がなかったうえに、非常に貧弱な内容なので出品は自粛してしまいました)でも出品しておけばよかったかもしれません。気の利かないことで失礼いたしました。


 ★★★ 出版記念パーティーのご案内 ★★★

 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の刊行を記念して、ルーマニア民主革命20周年の記念日にあたる12月22日、下記のとおり出版記念パーティーを開催いたします。ちょっと変わったオフ会あるいは忘年会としていかがでしょうか。当日は、僕のトークのほか、楽しいアトラクションを予定しております。

 ・日時 2009年12月22日 18:30~

 ・会場 レストラン・ルーマニア(本格的ルーマニア料理のレストランです)
     *東京都中野区本町1-32-24(東京メトロおよび都営地下鉄中野坂上駅1分)
      tel: 03-5334-5341 地図などはこちらをご覧ください。

 ・会費 7000円(『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』1冊つき)
     *当日会場にてお支払いをお願いいたします。

 ・参加ご希望の方は、12月18日までにキュリオマガジン編集部まで、電子メール(info@fujimint.com)にてお申し込みください。たくさんの方々のお越しを心よりお待ちしております。
  
 
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 IAEA次期事務局長決定
2009-07-03 Fri 21:54
 きのう(2日)、国際原子力機関(IAEA)の次期事務局長を選出する特別理事会が開かれ、日本の天野之弥ウィーン国際機関代表部大使が当選しました。天野氏の当選は日本人・アジア出身者として初めてのことです。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

 ドナウパーク国際センター

 これは、1979年8月24日にオーストリアが発行した“ドナウパーク国際センター開館“の記念切手です。

 ドナウパークは、ウィーンのフローリッツドルフ区とドナウシュタット区の間、ドナウ川と旧ドナウの間にある長大な中洲に建設された公園施設です。この一帯は、かつては練兵場でしたが、ナチス時代には処刑場として用いられ、第二次大戦後はゴミ捨て場として用いられていた時期もあります。その後、1964年に開催された国際ガーデンショーWIG64の一環として公園施設に生まれ変わり、その公園内にIAEAおよび国連工業開発機関(UNIDO)の本部が入る国際センターが建てられました。今回ご紹介の切手には、その国際センターの全景と、IAEAおよびUNIDOのマークが描かれています。

 IAEAは、原子力の平和利用を促進し、軍事転用されないための保障措置の実施をする国際機関で、2005年には、現職のエルバラダイ事務局長とともに組織としてノーベル平和賞を受賞するなど“核の番人”として知られています。その意味では、“唯一の被爆国“の金看板を掲げて、核兵器の廃絶を強く主張してきた日本人がトップを務めるのがふさわしいといってもよいでしょう。

 ただし、現実問題として、世界の大半の国は、究極的には核兵器を廃絶すべきとしながらも、現実に自国に脅威を与える国が核兵器を保有している場合には、(実際に核武装するか否かはともかく)みずから核武装する権利はあるはずだというのが本音です。したがって、北朝鮮の核の脅威にさらされている日本が対抗措置として核武装の可能性を模索するというのは、国際社会からは十分に理解を得られる行動のはずなのですが、さすがにIAEAのトップが日本人となると、そういうわけにもいかなくなりますな。

 もちろん、日本人のトップを仰ぐことになったIAEAは、これまで以上に北朝鮮に対して厳しい姿勢を取ることになるでしょうから、当然、北朝鮮は強く反発することでしょう。その一方で、核ミサイルの照準を東京にも合わせている中国としては、当面、日本が自ら核武装の絶好の機会を完全に放棄したことに内心ほくそ笑んでいるのではないかと思います。一部報道によると、中国は今回のIAEA事務局長選挙で、途上国の票をまとめて日本人局長の実現を妨害すべく様々な工作を行っていたとされていますが、案外、その実態は、今回の結果を見越して嫌がらせをしていただけだったのかもしれません。

 とまれ、今年12月から就任という新事務局長には、難局を乗り切り、真の国益に資する成果を上げていただくことを期待してやみません。


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