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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 タイの商業施設で兵士が銃乱射
2020-02-09 Sun 02:14
 タイ東北部のナコンラーチャシーマー県で、昨日(8日)、国軍の兵士が軍施設で上官らを銃撃した後、市街地の商業施設で買い物客ら市民に発砲。この記事を書いている時点で、タイ国防省の発表によると20人の死亡が確認されたそうです。というわけで、亡くなられた方の御冥福をお祈りしつつ、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      タイ・ターオ・スラナーリー(1955)

 これは、1955年4月15日にタイで発行された、ナコーンラーチャシーマーのターオ・スラナーリー(モー夫人)像の切手です。

 ラーマ2世の時代、タイの宗主権下にあったラーオ諸国のうち、ヴィエンチャン王国ではアヌ王が自らの子をチャムパーサック王として送り込んだほか、ヴェトナムの阮朝とも関係を結ぶなど、バンコクに対して挑戦的な姿勢を示していました。

 こうした中で、1824年にラーマ2世が崩御すると、その葬儀に参列したアヌ王はラーオ人の人質を解放するよう求めましたが、タイ側はこれを拒否。このことを不満に思ったアヌ王は、ビルマを破った英国が次はタイを攻撃するとの噂を聞き、1827年、ナコーンラーチャシーマーの領主ならびに副領主が不在になった隙をついて、同地を経由してバンコクへ向かうべく、兵を進めました。

 しかし、ナコーンラーチャシーマー副領主の妻、ターオ・スラナーリー(モー夫人)が機転を利かせ、アヌ王の軍隊に酒を提供して兵士たちを泥酔させ、バンコクからの援軍が来るまでアヌ王の軍勢を足止めし、それにより、タイはアヌ王の“叛乱”を撃退することに成功。翌1828年、アヌ王は再びバンコクへの攻撃を試みたものの捕えられ、1829年に処刑されています。その結果、ヴィエンチャンは完全に破壊されて廃墟と化し、ヴィエンチャンとチャムパーサックはバンコクの直轄支配下に置かれることになりました。

 時代は下って、1932年の立憲革命の後、革命に反対するボーウォーラデート親王は、ナコーンラーチャシーマーの駐屯部隊を叛乱軍の主力部隊として、鉄道を使ってバンコクに侵攻しました。叛乱そのものはすぐに鎮圧されましたが、国内の亀裂を修復するため、革命政府は、ナコーンラーチャシーマーに対する宥和姿勢を示す必要に迫られます。

 そこで、その一環として、当地出身の(王族・貴族出身ではない)平民女性にして、外敵を撃退し、国家に貢献したターオ・スラナーリーは、絶対王政を廃して新たに誕生した立憲国家の理念に照らしても、格好のシンボルとして大いに称揚されるとともに、国民の浄財を集めてナコーンラーチャシーマーにターオ・スラナーリーの像が建設されました。ちなみに、タイにおいて、公共の場所に平民の銅像が建てられたのはこれが最初のことで、以後、そのレプリカが各地に相次いで建てられています。また、彼女の姿は、下に示すように、現在のナコーンラーチャシーマー県の県章にもデザインされています。

      タイ・ナコーンラーチャシーマー県章

 さて、今回の事件ですが、この記事を書いている時点で、犯人の男は人質とともにショッピングモールに立てこもったままで、警察が周囲を封鎖する状況が続いているのだとか。一刻も早い人質の解放と犯人の確保を願うばかりです。


★★ イベント等のご案内 ★★

 今後の各種イベント・講座等のご案内です。詳細については、イベント名・講座名をクリックしてご覧ください。

東アジア歴史文化研究会
 2月13日(木) 18:30~ 於常圓寺祖師堂ホール
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 参加費 2000円
 詳細は、主催者(東アジア歴史文化研究会)まで、メール(アドレスは、e-asia★topaz.ocn.ne.jp スパム防止のため、ここでは、★を@に変えています)にてお問い合わせください。

・よみうりカルチャー 荻窪
 宗教と国際政治
 毎月第1火曜日 15:30~17:00
 3/3(1回のみのお試し受講も可)

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      日韓基本条約・表紙 本体2000円+税

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 丁寧に読むといろいろ々発見があります。

 本書のご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

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 泰国郵便学(59)
2020-01-23 Thu 02:50
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、公益財団法人・日本タイ協会発行の『タイ国情報』第53巻第6号ができあがりました。というわけで、僕の連載「泰国郵便学」の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      タイ・農業センサス(1978)

 これは、1978年3月1日、“農業センサス”の周知宣伝を兼ねて発行された記念切手です。

 タイの近代統計事業は、1914年4月、大蔵省内に経済予測局が設置されたことから始まり、1916年には最初の統計年鑑が刊行されました。その後、何度かの組織改編を経て、1963年5月、総理府に現在の国家統計局(NSO)が設立され、人口センサス、農業センサス、工業センサス、商業・サービス業センサスが実施されています。

 このうち、農業センサスは1950年に実施されたのが最初で、以後、1963年、1978年、1993年、2003年、2013年に本調査が、1983年、1988年、1998年、2008年に中間調査が実施されました。調査項目は、土地所有、土地利用、契約農業、作付面積、収穫面積、肥料、農薬、農機、農村世帯状況等です。

 農業センサスの結果によると、1960年にGDPの約30%を占めていた農業生産額は、1978年の調査では約20%に落ち込んでいます。また、同年の輸出額に占める農業の割合は30%強、製造業は60%弱でした。

 ただし、このことは農業生産そのものが落ち込んだことを意味しているのではなく、1960年代以降、タイの農業は年平均3%の成長を続けており、1961年に500万米ドルに達しなかった農業生産額は1978年には1000万ドルに到達し、1978年のコメの生産は1962年の約1.5倍、ゴムの生産は約2.5倍、砂糖は12倍に増大しました。

 ところで、農業センサスの切手に描かれている稲作に関していうと、1978年は、香り米(ジャスミン・ライス)の品種として“ゴーコー153(KKH15)”の栽培症例が開始された年でした。

 KKH15は、1959年以降、生産が推奨された香り米の“カーオ・ドーク・マリ105(KDML105)”の改良品種で、KDML105とともに、香り米の中でも特に香りと形状が良いとされています。このため、2001年タイ国商業省の輸出規則では、これら2品種のみが、政府の認定するタイ産高級香り米とされており、その認証マークも特別に作成されました。

 KDML105およびKKH15の産地としては、従来、塩分濃度が高くい砂地のような土壌で、乾季と雨季の差が激しく、米作に不向きとされてきた東北タイのローイエット県、 マハーサラカーム県、ヤソートーン県、シーサケート県、スリン県にまたがる “トゥン・クラー・ローンハイ(クラー族も涙する乾燥の平原)”が有名で、結果として、東北タイの農民の生活向上に寄与することになりました。

 また、同じく切手に描かれている耕耘機に関しても、1978年はタイの農業にとって画期的な年でした。

 1960年代以降、タイでは中古の耕耘機を輸入して使用していましたが、故障が多かったうえ、交換部品の入手も困難で、さらに、修理技術を持つ技術者も少なく、農業の機械化は遅々として進みませんでした。

 そこで、タイ政府投資委員会(BOI)は農業用エンジンの国産化を優先課題として取り組むことを決定。王室財産管理庁を筆頭株主とするサイアム・セメント社が、タイに対する耕運機の輸出とメンテナンス・サービスの提供実績のあった日本企業のクボタをパートナーに選び、1978年7月、合弁会社の“サイアム・クボタ・ディーゼル(SKDC)”を設立。同社は、1980年から耕耘機に搭載する横型水冷エンジンを中心に、農業用ディーゼルエンジンの製造販売を開始します。

 一方、クボタのライバル企業ともいうべきヤンマーも、同じく1978年7月、タイに現地法人としてヤンマーSP社を設立。国内生産部品を使って1981年から横型水冷エンジンの製造を開始しました。

 こうした日系企業からの技術移転により、現在、タイではディーゼルエンジン部品の80%で国産化に成功していますが、その原点は1978年にあったといえましょう。

 さらに、農業センサスの切手には水牛も描かれていますが、この時期は、JICAによるプロジェクト方式技術協力「タイ国家畜衛生改善計画」が進行仲でした。

 同計画は、センサス前年の1977年から開始されましたが、その拠点となったパクチョンの口蹄疫ワクチン製造センターとツンソンの南部地域診断センターのうち、口蹄疫ワクチン製造センターでは、JICAからの約20億円の無償資金協力によって、1978年2月、BHK細胞を用いた組織培養ワクチン製造施設が完成しています。

 同プロジェクトでは、①流行株の抗原性状を疫学的に監視する診断部門、②ワクチンの効力評価を行う検定部門、③ワクチンを安定的に大量生産する製造部門の3部門に高度な技術を導入することを目標としており、日本から延べ44名の専門家が派遣され、タイからは延べ30名の技術者が研修のために日本を訪れました。

 ワクチンの製造部門ではBHK細胞の回転培養による豚用ワクチンと2トンと3トン容量の培養タンクを用いたBHK細胞の浮遊培養によって牛および水牛用ワクチンが製造されましたが、9年間にもわたるこのプロジェクトの終了時には、ワクチン製造量は当初目標の約2倍、年間生産量延べ1000万頭分に達し、タイの家畜衛生の改善と畜産振興に大きく貢献しています。

 * 昨日(22日)、アクセスカウンターが214万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。
      
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東アジア歴史文化研究会
 2月13日(木) 18:30~ 於常圓寺祖師堂ホール
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       (増補改訂版)アウシュヴィッツの手紙・表紙 本体2500円+税
 
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 初版品切れにつき、新資料、解説を大幅100ページ以上増補し、新版として刊行。独自のアプローチで知られざる実態に目からウロコ、ですが淡々とした筆致が心に迫る箇所多数ありです。

 本書のご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

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 泰国郵便学(58)
2019-09-30 Mon 11:38
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、公益財団法人・日本タイ協会発行の『タイ国情報』第53巻第4号ができあがりました。というわけで、僕の連載「泰国郵便学」の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      タイ・国連の日(1977)

 これは、1977年10月24日、に発行された“国連の日”の切手で、バンコクの国連ビルが描かれています。

 バンコクに設置された国連の常設機関は、国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)が最初です。

 ESCAPは、1947年、戦後のアジア地域の経済復興を支援するため、国連経済社会理事会の地域委員会の一つとして設立された国連アジア極東経済委員会(ECAFE)がその前身です。当初、ECAFE本部は上海に置かれていましたが、国共内戦で中国の国民党政権が上海を撤退したことを受けて、1949年、バンコクに退避。1953年、正式にバンコクへの移転が決議されました。

 なお、この間の1950年、ECAFEは所蔵資料が当初予想をはるかに超える勢いで増加してきたことを踏まえ、専門の司書を雇い入れ、図書館(一般の利用も可)の整備を本格化しています。また、1952年には日本が準加盟国としてECAFEへの参加を認められ、1956年の国連加盟に先立ち、1954年にECAFEの正式加盟国となりました。

 ECAFEは、1959年には加盟各国の高速道路網を活用した“アジアハイウェイ”構想を提唱し、1968年からその運営事務局となったほか、アジア・太平洋における経済成長及び経済協力を助長し、開発途上加盟国の経済発展に貢献することを目的とする国際開発金融機関として、アジア開発銀行の設立を提唱しました。なお、同行は、1965年にマニラで設立協定が採択され、翌1966年11月、東京で設立総会が開催された後、マニラに本部を置いています。

 ECAFEは、その活動領域が、アジア太平洋地域全般に拡大したことに加え、経済のみならず社会開発政策に深く関与するようになったことを踏まえ、1974年、ESCAPに改称。これに伴い、1975年、バンコク中心部のラーチャダムヌーン・ノーク通りとクローン・パドゥン・クルンカセム通りの角に、切手にも取り上げられた国連ビルが建設され、ESCAP本部がその本館1階に入居しました。

 国連ビルは敷地面積1万8600平米で、15階建ての事務局棟とその前面に扇形に配された会議場で構成されています。事務局棟には、ESCAP本部以外にも、国連開発計画(UNDP)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)国際労働機関(ILO)、国連環境計画など、国連専門機関のタイ・オフィスが置かれています。なお、会議室やカフェテリアなどは一般の利用も可能です。

 1975年に完成した国連ビルに関しては、1975年中は無理にしても、翌1976年の“国連の日”の切手に取り上げることは十分に可能だったはずですが、1976年の“国連の日”の切手には、1975年にワット・タムクラボークがマグサイサイ賞(社会奉仕部門)を受賞したことを踏まえ、“依存症患者への国連の支援”のイメージが取り上げられています。この結果、国連ビルの切手への登場も1977年にずれ込んだのでしょう。


★★ 講座のご案内 ★★

 10月からの各種講座のご案内です。詳細については、各講座名をクリックしてご覧ください。

・よみうりカルチャー 荻窪
 宗教と国際政治
 毎月第1火曜日 15:30~17:00
 10/1、11/5、12/3、1/7、2/4、3/3(1回のみのお試し受講も可)

・武蔵野大学生涯学習秋講座
 飛脚から郵便へ―郵便制度の父 前島密没後100年―
 2019年10月13日(日) 
 (【連続講座】伝統文化を考える“大江戸の復元” 第十弾 全7回)

 切手と浮世絵
 2019年10月31日 ー11月21日 (毎週木曜・4回)


★★ 内藤陽介の最新刊 『チェ・ゲバラとキューバ革命』 好評発売中!★★

      チェ・ゲバラとキューバ革命 表紙カバー 本体3900円+税
 
 【出版元より】
 盟友フィデル・カストロのバティスタ政権下での登場の背景から、“エルネスト時代”の運命的な出会い、モーターサイクル・ダイアリーズの旅、カストロとの劇的な邂逅、キューバ革命の詳細と広島訪問を含めたゲバラの外遊、国連での伝説的な演説、最期までを郵便資料でたどる。冷戦期、世界各国でのゲバラ関連郵便資料を駆使することで、今まで知られて来なかったゲバラの全貌を明らかする。

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 泰国郵便学(57)
2019-05-16 Thu 01:24
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      タイ・文通週間(ケーオ・ナー・マー)

 これは、タイの民話を取り上げた1977年の国際文通週間の切手のうち、「ケーオ・ナー・マー(馬面の娘)」の1場面を取り上げた1枚です。

 主人公のケーオ・ナー・マーは、母親が神から不思議な石を授かる夢を見て身籠った子供で、頭が馬という怪異な容貌ながら、降雨の時季を当てるなど不思議な力を持ち、村人からは愛されて育ちます。

 当時、ミティラー国には若く凛々しいピントーン王子がいました。

 あるとき、王子は凧揚げを楽しんでいたが、凧は糸が切れてケーオの住む村まで飛ばされます。それを拾ったケーオは、凧を探しに来た家臣に対して、凧の持ち主に出なければ凧は返せないと応じたため、王子は自ら凧を受け取りにケーオを尋ねました。すると、王子の姿をみたケーオは一目で王子に恋し、凧を返してほしければ自分を妻として娶るよう、王子に要求します。

 当初、王子はケーオをまともに相手にしませんでしたが、どうしても凧を取り戻したかったため、最終的には、凧と引換にケーオとの結婚を約束しました。

 ところが、凧を受け取った王子はケーオを王宮に連れ帰ったものの、その後は彼女を相手にせず、そのまま一室に幽閉して放置していました。

 これに対して、母である王妃は、将来の王たる者、約束は守るべきだとして王子を叱責しましたが、国王はケーオの馬面を見て驚き、ケーオに対して、7日以内に須弥山の霊験あらたかな岩を持ち帰るという実現不可能と思われる難題を課し、それができたら王子と結婚させようと約束します。ちなみに、ラオスに伝わる同じ題名の民話だと、ケーオが要求されたのは須弥山の岩ではなく、霊獣パスメーンの角とされています。

 そこで、ケーオは須弥山に向けて出立。道中、彼女は隠者に出会って霊力を授かり、その力で馬の頭を取り外せるようになり、馬の頭をはずすと、その下からは美しい人間の顔が出てきました。今回ご紹介の切手に取り上げられているのは、この場面です。さらに、仙人は任務を果たすための魔法の船を彼女に与え、彼女は無事に須弥山の霊岩を持ち帰ることができました。

 馬の頭に戻って王宮に岩を持ち帰ったケーオに会った王は、彼女が只者ではないことを悟ったものの、それでも、馬の頭の彼女を王子の后として迎えることはためらい、王子にロムヴィティ国の王女、タサマリー王女を娶ることを勧め、王子はロムヴィティに受けて旅立ちます。

 そこで、ケーオは王子を追ってロムヴィティへ向かい、馬の頭を外して美しい村娘に姿を変えて王子の前に現れました。王子は瀧にいた彼女を(ケーオとは気づかぬまま)見初め、彼女は王子の子を身ごもります。

 その後、王子とケーオがミティラー国に戻る途中、彼らを乗せた船が難破し、洋上の孤島に漂着。その島には人肉を食らう巨人がおり、ケーオは再び馬の頭に変化して巨人と戦い、王子を救いました。

 王国に戻ると、ケーオは乳飲み子を見せて王子との子であると主張しましたが、馬面のケーオとロムヴィティの瀧で出会った美女が同一人物とは知らない王子は自分の子ではないと頑なに否定。そこへ、巨人の一味が復讐のためにミティラー王国を襲撃すると、ケーオは再び戦い、巨人たちを斃しました。

 ここに至り、王子もケーオの人間性に深く感じ入り、ケーオを愛することを誓うと、ケーオは美女に変化し、二度と馬の頭に戻ることはありませんでした。


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      チェ・ゲバラとキューバ革命 表紙カバー 本体3900円+税
 
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 泰国郵便学(56)
2019-01-20 Sun 10:14
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      タイ・民族舞踊(ケーンダンス)

 これは、1977年7月14日に発行された“民俗舞踊”の切手のうち、ケーン・ダンスを取り上げた5バーツ切手です。切手上には表示がありませんが、装飾の布を肩にかけた民族衣装のスタイルから、プータイの男女が描かれているのではないかと思われます。

 民族としてのプータイは、もともと、シップソーンヂュタイやシップソーンパンナーと呼ばれる地域(現在のラオス北部やヴェトナム)に住んでいました。伝承によると、ヴィエンチャン王国に叛乱が起こったとき、プータイの長はその鎮圧に貢献し、その功により王の娘を与えられ、彼の息子が民族の長となり、本人は多くの地方都市を統治し、ヴィエンチャン王国の南部からサワンナケートにかけて勢力を拡大したとされています。

 ラーマ3世の時代、ヴィエンチャン王国はタイと戦って敗れましたが、これを機に、プータイやその他の民族は、ヴィエンチャンに加勢させないよう、メコン川の対岸、イーサーン(タイ東北部)に移住させられました。これが、現在、タイ東北部に多くのプータイが住むようになった由来ですが、その後も、ラオス北部のフアパン県サムヌア郡、南部のサワンナケート県などにはプータイの集落が残っています。

 メコン川を挟んでのタイ=ラオス関係ということでいえば、切手の発行された1977年は、ラオスからの逃亡者をめぐるトラブルから両国軍の発砲事件が頻発した年でもありました。

 1975年末のラオス人民共和国成立を契機に、ラオス国内から元閣僚らのエリート層、富豪層やタイ人や華僑などの国外逃亡が相次いだ結果、1974年に5万人ほど居住していたヴィエンチャンのタイ人は、1978年には7000-8000人にまで落ち込みました。このため、混乱の波及をおそれたタイはラオスとの国境を封鎖し、米国をはじめとする西側先進国の援助打ち切りと農業の大凶作も重なって、ラオス国内は深刻な物資不足に陥ります。

 このため、ラオス政府は、1977年、ヴェトナムと友好協力条約を締結し、ヴェトナムから資金援助や専門家派遣などを受け入れたほか、ソ連・中国との関係も強化しましたが、そのことはタイの警戒感を一層強める結果となりました。一方、旧王党派によるラオス共産政権に対する反政府活動はタイ国内に拠点を置いていましたが、ラオス側は、その背景にはタイ王室があり、タイが“反動分子”を煽動しているとの理解から、タイに対しては強い反感を抱いていました。

 さて、現在でもプータイは独自の言語・文化を維持していますが、なかでも、“ラム・プータイ”と呼ばれる独自の様式を備えた音楽と舞踊はタイで広く知られており、プータイ以外のタイ人による演奏も珍しくありません。

 プータイが多く住むナコーンパノム県のレヌーナコンでは、1997年、西洋文化の流入により伝統文化が廃れていくことへの懸念から、毎年2月14日(西洋文化の象徴としのヴァレンタイン・デー)を、あえて“プータイの日”とし、伝統文化を維持・継承するための各種イベントが行われていますが、切手に取り上げられたケーンの演奏とダンスもそのひとつです。

 なお、ケーンは日本の笙の原型にもなったとされる楽器で、吹き込んだ息でリード板(真鍮や銅、銅と銀の合金などでできていることが多い)を振動させ、竹の管で拡声する仕組みです。息を吹いても吸っても音が出ますが、一つの管は一つの音しか出せず、竹の管の指穴を塞いだところだけ音が出ます。また、竹管の数により、ケーンペーット(8対16本)、ケーンガオ(9対18本)、ケーンチェット(7対14本)、ケーンホック(3対6本。ケーンサームとも)などの種類に分けられます。


 昨日(19日)の昭和12年学会・第1回公開研究会は、無事、盛況のうちに終了いたしました。お集まりいただいた皆様、スタッフ・関係者の方々には、この場をお借りしてお礼申し上げます。


★★ 内藤陽介 『朝鮮戦争』(えにし書房) 3刷出来!★★

      表紙帯つき 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。


★★★ 近刊予告! ★★★

 えにし書房より、拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』が近日刊行予定です!
 詳細につきましては、今後、このブログでも随時ご案内して参りますので、よろしくお願いします。

      ゲバラ本・仮書影

(画像は書影のイメージです。刊行時には若干の変更の可能性があります) 

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 これから帰国します
2018-12-05 Wed 01:34
 早いもので、今回のバンコク滞在も今日で最後となりました。きょうは早朝の飛行機でバンコクを発ち、成田に向かいます。というわけで、無事の帰国を祈願して、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      タイFFC(バンコク→東京1960)

 これは、1960年5月2日、バンコクから東京(羽田)宛のタイ国際航空の初飛行カバー(FFC)で、同年4月に発行された世界難民年のキャンペーン切手が貼られています。

 タイ国際航空のルーツは、1947年3月1日に発足した国内航空会社のシャム航空で、同年12月に開設されたバンコク=ソンクラー=ペナン路線が最初の国際路線となります。その後、1951年11月1日、 タイ政府は、シャム航空をパシフィック海外航空 と合併させて、タイ航空株式会社と改称。1959年、その国際線部門を担う別会社として、スカンジナビア航空から資本金の3割、200万バーツの出資を受けた合弁事業として、タイ国際航空が設立されました。タイ国際航空は、1960年に国際線の運航を開始。これに伴い、バンコク=羽田路線が就航し、その第1便で運ばれたのが、今回ご紹介のFFCです。

 さて、今回の世界切手展<Thailand 2018>では、セカンド・コミッショナーの大沼幸雄さんご夫妻、審査員の井上和幸さん、JPの信田篤室長、足立修一課長、ご出品者の安藤源成さん、伊藤純英さん、伊藤文久さん、岩崎善太さんご夫妻、江村清さん、川辺勝さん、菊地恵美さん、斎藤環さん、立川賢一さん、吉田敬さん、ブースの落合宙一さん、原口三四郎さん、山本誠之さん、参観者の山本勉さんをはじめ、多くの方々にいろいろとお世話になりました。おかげさまで、いろいろと実りの多い滞在となりました。その成果につきましては、追々、皆様にもご報告して参りますが、まずは、現地滞在中、お世話になった全ての方々に、この場をお借りしてお礼申し上げます。

 なお、成田到着は本日午後の予定です。内藤の不在によりご不便・ご迷惑をおかけしている皆様におかれましては、今しばらくお待ちくださいますよう、伏してお願い申し上げます。
 

★★ トークイベント・講演のご案内 ★★

 以下のスケジュールで、トークイベント・講演を行いますので、よろしくお願いします。(詳細は、イベント名をクリックしてリンク先の主催者サイト等をご覧ください)

 12月9日(日) 東海郵趣連盟切手展 於・名古屋市市政資料館 
 午前中 「韓国現代史と切手」

 12月16日(日) 武蔵野大学日曜講演会 於・武蔵野大学武蔵野キャンパス
 10:00-11:30 「切手と仏教」 予約不要・聴講無料


★★ 内藤陽介 『朝鮮戦争』(えにし書房) 3刷出来!★★

      表紙帯つき 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。


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 えにし書房より、拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』が近日刊行予定です!
 詳細につきましては、今後、このブログでも随時ご案内して参りますので、よろしくお願いします。

      ゲバラ本・仮書影

(画像は書影のイメージです。刊行時には若干の変更の可能性があります) 
 
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 <Thailand 2018>終了
2018-12-04 Tue 09:28
      バンコク展・王女の椅子

 早いもので、28日から、タイ・バンコクのサイアムパラゴンで開催されていた世界切手展<Thailand 2018>は、昨日(3日)、無事にすべての日程を終了し、日本からの出品作品の撤去作業も完了しました。きのうは、事実上の閉会式として、15:00から、マハー・チャクリー・シリントーン王女殿下が会場にて切手展主催者ならびにグランプリ受賞者を謁見し、会場内をご覧になるセレモニーが行われました。殿下が会場におられる間は、携帯電話およびカメラの撮影は一切厳禁されていましたので、殿下御来臨の前に、殿下のお座りになる椅子と切手展のロゴを移したスクリーンの写真を撮り、冒頭に掲げてみました。

 というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      シリントーン還暦

 これは、2015年にタイで発行された殿下の還暦記念の切手です。

 シリントーン殿下は、1955年4月2日、先代の国王ラーマ9世とシリキット王妃の間の次女(第3子)で、兄上で現国王のラーマ10世陛下の王位継承者の1人です。

 1973年、王室として初めて、国内の大学であるチュラーロンコーン大学文学部に進学。1977年のご卒業後、王位継承権を与えられました。

 東南アジア地域の古典語としてサンスクリット語、パーリ語、古代クメール語、欧米の言語としては英語、フランス語に通じておられるほか、中国文化には特に関心を抱いており、中国語もおできになるそうで、学問・文化への御造詣の深さから、タイの学術施設には殿下のお名前を冠したものが多くなっています。

 じつは、殿下は切手収集家としても知られ、これまでタイで開催された国際切手展の際には多大なご支援をなさっておられるほか、かならず、会場にお見えになっています。今回の御来臨もその先例に倣ったものです。

 さて、セレモニーとご視察は16:00過ぎに終了し、その後、17:30から会場の撤去作業が始まりました。作品の搬出は、当日帰国予定のコミッショナーが優先で、日本は19:30から作業開始。ご出品者の伊藤純英さん、伊藤文久さん、岩崎善太さんご夫妻、斎藤環さん、立川賢一さんのご協力もあり、2時間ほどですべて完了しました。(下の画像は、撤去作業完了後、作品並びにメダル類の入ったスーツケースを前に、日本出品者の皆さんとセカンド・コミッショナーの大沼幸雄さんご夫妻で撮った記念写真です)

      バンコク展・撤去後

 なお、帰国はあす(5日)午後の予定です。内藤の不在によりご不便・ご迷惑をおかけしている皆様におかれましては、今しばらくお待ちくださいますよう、伏してお願い申し上げます。


★★ トークイベント・講演のご案内 ★★

 以下のスケジュールで、トークイベント・講演を行いますので、よろしくお願いします。(詳細は、イベント名をクリックしてリンク先の主催者サイト等をご覧ください)

 12月9日(日) 東海郵趣連盟切手展 於・名古屋市市政資料館 
 午前中 「韓国現代史と切手」

 12月16日(日) 武蔵野大学日曜講演会 於・武蔵野大学武蔵野キャンパス
 10:00-11:30 「切手と仏教」 予約不要・聴講無料


★★ 内藤陽介 『朝鮮戦争』(えにし書房) 3刷出来!★★

      表紙帯つき 本体2000円+税

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 <Thailand 2018>受賞速報
2018-12-01 Sat 01:14
      タイ・グリーティング(2010・おめでとう)

 11月28日からタイ・バンコクのサイアム・パラゴンで開催中の世界切手展<THAILAND 2018>は、すべての作品の審査が終了し、現地時間30日午後、下記の通り、受賞結果の掲出が始まりましたので、速報としてお伝えいたします。リストのうち、出品者名は日本語表記(敬称略)、文献を除く作品名は英文でリスト記載のとおり、カッコ内は点数です。ただし、速報ゆえ、誤りなどがありましたら、後日訂正いたしますので、ご容赦ください。

<チャンピオンクラス>
・大沼幸雄 L.V.Beethoven - His Life in a Historical Context and His Legacy
<一般競争クラス>
・岩崎善太 Siam 1883-1895 (Previous title: Siam Classic) LV(88)
・菊地恵美 Japan Definitives 1937-1940 V(80)
・吉田敬 Japan Definitives 1922-1937 LV(87)
・伊藤純英 Japan: Showa Series, 1937-46 G(92)
・丹羽昭夫 Japan Definitives Issues 1914-1925 (Previous title: Japan: Tazawa Series "Taisho" Watermarked Granite Paper Old Die) LV(86)
・斉藤環 Austria and Lombardy-Venetia the 1850 Issues G(90)
・吉田敬 Kingdom of Prussia 1850-1867 G(92)
・佐藤浩一 Republica Argentina: Sitting Liberty Series 1899-1903 G(90)
・伊藤純英 Foreign Mail in Nagasaki, Japan 1865-1905 LV(87)
・伊藤文久 Hungarian Inflation 1945-1946 LV(88)
・正田幸弘 Postal History of Brazil 1795-1877 (Previous title: Postal History of Brazil 1809-1877) G(93)
・和田文明 The U.S. Return Receipt Requested & Avis de Reception 1866-1945 V(83)
・安藤源成 Japanese Foreign Mail Postcards LV(86)
・立川賢一 South America Airmails by Graf Zeppelin (Previous title: Airmails Carried by Graf Zeppelin) LS(78)
・嘉ノ海暁子 Floriculture - Its History of Development Viewed Through Europe LS(78)
・江村清 The History of Artist's Portraits - Traces of 600 Years Hand in Hand with Muses (Previous title: The History of Artist's Portrait-the-transition of western art over 600 years) LV(88)
<文献>
・(公財)日本郵趣協会 Suomi Finland 1856-1875 V(80)
・正田幸弘 『紙の宝石』 S(73)
・Stampedia Inc Stampedia Philatelic Journal 文献未着のため審査対象外
・(公財)日本郵趣協会 『日本普通切手専門カタログ』vol.1、vol.2 LV(86)
 ・―― 『沖縄切手総カタログ』 V(83)
<ワンフレーム> 点数のみでメダルの授与はなし
・菊地恵美 1943 Malay 4C Postal Card 78点
・川辺勝 Entry of the Crusaders in Constantinople by Delacroix (Previous title: Liberty Leading the People by Delacroix) 80点
<モダン>
・須谷伸宏 Japan Definitives: 1980-1988 V(82)
<オープン>
・荒井照夫 The Life of Richard Wagner S(73)

 なお、冒頭に掲げた画像は、2010年1月28日にタイで発行されたグリーティング切手のうち「おめでとう」を意味する1枚です。受賞者の皆様、あらためて、おめでとうございました。


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 以下のスケジュールで、トークイベント・講演を行いますので、よろしくお願いします。(詳細は、イベント名をクリックしてリンク先の主催者サイト等をご覧ください)

 12月9日(日) 東海郵趣連盟切手展 於・名古屋市市政資料館 
 午前中 「韓国現代史と切手」

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 きょうから<Thailand 2018>
2018-11-28 Wed 06:44
 かねてご案内の通り、きょう(28日)から、タイ・バンコクのサイアムパラゴンで、世界切手展<Thailand 2018>(以下、バンコク展)がスタートします。(下の画像は展覧会のロゴマーク。以下、画像はクリックで拡大されます)

      Thailand 2018 ロゴ Thailand 2018 ロゴ(部分)

 今回のバンコク展のロゴには、自由の女神リオのキリスト像、インドのタージ・マハルなど、世界各地のランドマークがデザインされていますが、その中で、タイの代表として右上にデザインされているのが、ワット・サケートの“黄金の丘”(プーカオ・トーン)です。ちなみに、プーカオ・トーンを取り上げた切手としては、1980年に発行された“国連の日”の切手(下の画像)があります。

       タイ・プーカオ・トーン(1980)

 ワット・サケートはバンコクのバーンランプー・オンアーン運河沿いに位置する古刹で、チャクリー王朝によってバンコクが都となる前から存在していたといわれています。ただし、現在の寺院の直接のルーツはラーマ1世時代に再建されたものです。

 もともと、この場所は、貧者と罪人の火葬場として利用されていたところで、コレラが流行したときには境内に死体が積み上げられたこともあり、かつては、ワット・サケートの地獄絵図に描かれている悪鬼は、実際に屍を食い漁っていると信じる善男善女も少なくなかったと伝えられています。じっさい、プーカオ・トーンへ向かう斜面には現在でも墓石が並んでおり、この場所が死者の土地であった時代がしのばれます。

 ワット・サケートの眼前を流れるバーンランプー・オンアーン運河は、もともと、バンコク防衛のために掘削されたもので、運河沿いに城壁がめぐらされていました。旧アユッタヤーに倣ってバンコクの都市開発を進めてきたラーマ3世は、この運河沿いに、ビルマ軍によって破壊されたアユタヤのワット・ヤイ・チャイモンのコピーを作ることを思い立ち、その土台として人工の山を造成することを思い立ちます。ラーマ3世の時代に始まった工事は、運河沿いという場所柄、地盤が軟弱で作業が難航し、次のラーマ4世の時代にようやく完成。1863年、頂上には沙弥山をイメージした黄金の仏塔が建立されました。仏塔は近くで見るとこんな感じです。

      プーカオ・トーン仏塔実物

 1960年代まではバンコク市内には高層建築はなかったため、プーカオ・トーンはバンコク市街を一望できる場所であると同時に、市内のあらゆるところから見える道しるべの役割も果たしており、運河を航行する船のターミナルにもなっていました。

 また、こうした立地のゆえに、プーカオ・トーンは、しばしば、首都バンコクの防衛上、重要な拠点としてクローズアップされています。

 たとえば、19世紀半ば、インドシナ全土の植民地化を企てるフランスはタイ領への領土拡張を狙い、1893年7月13日、フランスの砲艦2隻がチャオプラヤー川をさかのぼってバンコクのフランス領事館前に停泊し、「ラオスの宗主権は(すでにフランスが植民地化していた)ベトナムが持っていた」と主張してラオスの割譲を要求する砲艦外交を展開しました。いわゆるシャム危機です。

 結局、フランスの砲艦外交に屈したタイはメコン川東岸のラオス全域をフランスに割譲することになりますが、このシャム危機に際して、タイ側にはプーカオ・トーンの頂上に砲台を設置してフランスの侵略者を攻撃しようというプランもありました。

 その後、タイは東南アジアにおける英仏の緩衝地帯として独立を維持しましたが、1899年、英国のインド植民地政府はカピラヴァストゥから発掘した仏舎利をタイに分与し、仏舎利はプーカオ・トーンに収められました。英国としては、仏舎利を分与することによって、フランスという共通の敵を前にタイとの連携を強めようという意図があった考えられます。

 その後も、第二次大戦中、タイに駐留していた日本軍は、この丘に高射砲を据えて連合軍の空襲に応戦しようとしましたし、1985年の軍事クーデターの際にもプーカオ・トーンの近くから砲弾が発射されるなど、プーカオ・トーンは軍事的な要衝としてしばしば歴史に登場しています。

 さて、タイで世界切手展が開かれるのは、2013年に開催された<Thailand 2013>以来5年ぶりのことで、日本からは、文献を除き、21作品・133フレームが出品されており、審査員兼コミッショナーとして不詳内藤が、セカンド・コミッショナーとして大沼幸雄さんご夫妻、審査員として井上和幸さんが参加しています。なお、日本からの作品の搬入は、昨日、出品者の伊藤純英さんのご協力も得て無事に済ませました。下の写真は、以前、チェンマイで買ったモーホームを着て、作品の展示を行っているところです。

      Thailand 2018・設営作業

 きょうは午前9時から審査員のミーティングがあり、会場そのもののオープンは午前10時ですが、オープニング・セレモニーは午後3時からの予定です。なお、受賞結果につきましては、公表可能な状況になりましたら、このブログでもご報告する予定ですので、しばらくお待ちください。


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 泰国郵便学(55)
2018-11-17 Sat 06:40
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、公益財団法人・日本タイ協会発行の『タイ国情報』第52巻第5号ができあがりました。というわけで、僕の連載「泰国郵便学」の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      タイ・チュラーロンコーン大学60年

 これは、1977年3月29日に発行されたチュラーロンコーン大学創立60周年の記念切手です。

 1871年、ラーマ5世(チュラーロンコーン)は、近代化政策の一環として、王宮内に近習団学校を開設します。1882年、国王はこの学校を拡充して、スアンクラーブ学校と命名するとともに、陸軍士官学校、測量学校、仏教学院、王族養成学校などを創設しました。これらの学校は、後に一般庶民の子弟にも門戸を開くようになり、行政学の他に法学、国際関係論、商学、農学、工学、医学、教員養成などの分野を包含しつつ、内務省から独立した教育機関として発展します。

 一方、1899年、ラーマ5世の異母弟で、当時、内務大臣だったダムロン・ラーチャーヌパープ親王は、内務省付属の官僚養成機関として“文官研修所”の創設を国王に建議して認められました。研修所の学生は、卒業前の3年次に、1年間、官吏見習いとして勤務することが義務づけられていました。

 1902年、同研修所は内務省から独立し“近習学校”と改称されましたが、1910年に即位したラーマ6世(ワチラーウット)は、自らの英国留学経験を踏まえ、総合的な高等教育機関の設立を推進。1911年1月1日付でスアンクラーブ学校を“チュラーロンコーン官吏養成専門学校”に改組しました。なお、専門学校は、当初は行政官養成コースのみでした。

 専門学校の開設・運営資金は、ラーマ5世騎馬像の建設剰余金(1908年、国王在位40周年の記念事業として騎馬像を作る際、国民からの浄財が集められましたが、その金額は当初の予定を大きく上回り、像の完成後も80万バーツが残り、財務省に預けられていました)とその利息を原資とし、将来的に学校の研究教育内容を拡大することを考慮して、亡くなった異母兄親王の屋敷跡地と王宮に隣接する土地520エーカー(約210万m2)の土地が国王から下賜されました。

 その後、専門学校には、法学、国際関係、商学、農学、工学、薬学、教育学などの課程が加えられていき、1917年3月26日、文部省大学局の管轄下に、医学部、行政学部、工学部、文理学部からなるチュラーロンコーン大学へと昇格します。ちなみに、初代学長はプラヤー・アヌキヴィトゥーンが就任し、ダムロン親王が大学運営委員会の委員長となりました。また、当時の学生数は4学部あわせて、約380人でした。

 今回ご紹介の記念切手は、ここから起算して60周年にあたるのを記念して発行されたもので、同大学の講堂が取り上げられています。

 ラーマ6世は、1886年に英国人のロバート・モラント(20世紀初頭の英国の教育行政で重要な役割を果たした人物です)を家庭教師として教育を受けたほか、英国に留学し、サンドハースト陸軍士官学校およびオックスフォード大学クライスト・チャーチで法学と歴史学を学んだ経験もあり、新大学は制度・教育内容は英国を強く意識したものとなり、教師の多くは英国人で英語による授業が行われました。

 切手に取り上げられた講堂は、1938年、当時のピブーン・ソンクラーム首相の命を受け、卒業式の会場として建設された建物です。25.60m×54.60mの長方形の敷地に建てられており、最大1754人が収容可能な講堂部分と、宴会および会議室で構成される部分に分れています。

 なお、講堂の周辺は、かつては数多くのレイン・ツリーが生えていましたが、1957年までにかなりの本数が伐採されてしまいました。このため、1962年1月15日、国王ラーマ9世はフア・ヒンの離宮から5本のレイン・ツリーを講堂前に移植し、「この5本の木は永遠の記念樹とする」と宣言。その枝の一部が切手の左側に描かれています。

 * 昨日(16日)の<JAPEX>でのトーク・イベントは、無事、盛況のうちに終了しました。ご参加いただいた皆様には、この場をお借りしてお礼申し上げます。


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