内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 シンガポール独立50年
2015-08-09 Sun 10:31
 1965年8月9日にシンガポール共和国がマレーシアから分離独立してから、きょうでちょうど50年です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      シンガポール・5ドル(1948)

 これは、1948年に英領時代のシンガポールで発行された5ドル切手です。

 第二次大戦以前、英国支配下のマレー半島は、①ペナンマラッカ、シンガポールを中心とした直轄の海峡植民地、②スルタンを通じて間接統治を行うマレー連邦州(ペラ、スランゴール、ヌグリ・スンビラン、パハン)と、③マレー連邦への加盟を拒否したスルタンの非連邦州(ジョホールクランタンクダトレンガヌ)に分かれていました。

 第二次大戦中、これらの地域は日本軍に占領されましたが、戦後、日本軍が撤退すると英国は植民地支配の再開にあたって、シンガポールを除くマレー半島をすべてマラヤ連合として統合しようと考えます。このときのマラヤ連合の構想では、スルタンの権限を縮小し、各州に配置される英国人知事が行政を担当することになっていたほか、中国系やインド系を含むすべての人種に平等な市民権を与えるなどの方針となっていました。

 このため、人口的には多数派を占めていながら、経済的には少数派の華人の後塵を拝し続けてきたマレー人は、英国の提案した“平等”に猛反発。このため、一応、1946年にマラヤ連合は発足したものの、イギリスは翌1947年にマラヤ連合との間でマレー人の特権を認める連邦協定を結び、1948年に英領マラヤ連邦が正式に発足します。この過程で、海峡植民地は解体されてペナンとマラッカは英領マラヤ連邦に吸収され、シンガポールは同連邦とは別の英領植民地となりました。

 今回ご紹介の切手は、こうした英領マラヤの再編に対応して、1948年に発行された普通切手のうちの最高額面で、“シンガポール切手”としては最初の1枚です。

 その後、以後10年間の独立運動を経て、1957年8月31日にマラッカでマラヤ連邦の独立が宣伝されると、翌1958年、シンガポールは英連邦内の自治州となり、外交・国防を除く内政自治権を獲得。1959年にシンガポール自治政府が発足します。

 さらに、1963年、シンガポールは、英領サラワク、同サバ、マラヤ連邦と合流して、マレーシア連邦の一部になりましたが、華人とマレー人の対立から、2年後の1965年8月9日、シンガポールは追放同然の形で分離独立を余儀なくされました。これが、現在のシンガポール国家の直接のルーツです。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

スポンサーサイト
別窓 | シンガポール | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 小さな世界のお菓子たち:アイスの切手
2015-07-10 Fri 16:31
 ご報告が遅くなりましたが、大手製菓メーカー(株)ロッテの季刊広報誌『Shall we Lotte(シャル ウィ ロッテ)』の第28号(2015年夏号)ができあがりました。僕の連載「小さな世界のお菓子たち」では、今回は、こんな切手を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

      シンガポール・アイスカチャン(耳紙つき)

 これは、2009年にシンガポールが発行した「伝統的なスイーツ」の切手のうち、アイス・カチャンを取り上げた1枚です。耳紙に印刷された模様が良い感じなので、今回は、耳紙つきでご紹介しました。

 常夏の国、シンガポールではさまざまな種類の冷たいスイーツを楽しむことができますが、中でも定番というべきものが“アイス・カチャン”です。

 アイス・カチャンは、英語の“アイス”とマレー語で“豆”を意味する“カチャン”を組み合わせたもので、直訳すれば“冷豆”という意味ですが、単なる豆入りのかき氷に留まらない華やかな外見が魅力です。
 
 現在のシンガポールがマレーシアから分離・独立したのは1965年のことですが、この時代は、日本のかき氷同様、削った氷に色つきのシロップをかけただけの“アイス・ボール”が一般的で、街角の屋台などで盛んに売られていました。

 アイス・カチャンはアイス・ボールの進化形ともいうべきスイーツで、器に具を入れてから、その上に削った氷を乗せ、さらに具の一部をトッピングとして氷の上からまぶして、シロップや練乳などをかけるというのが基本的な構造です。

 具材としては、名前の由来となったゆで豆やスイートコーン、アタップ・チー(食感がナタデココに似たニッパヤシの果実)、グラス・ゼリー(仙草から作られる苦みのある黒色のゼリー)などが定番ですが、最近では、フルーツやアロエゼリー、チョコレートやドリアンなどを用いる店もあります。上からかけるシロップは、合成着色料を使った緑や赤のもののほか、パーム・シュガーから作られる茶色のグラメラカと呼ばれるものもありますが、いずれも、日本のかき氷シロップに比べると甘さ控えめです。また、具材が容器の底に入っているため、食べ進めて行くと色々な味が楽しめる仕掛けになっていますが、氷の溶けるスピードが速いため、次第に、かき氷というよりも、溶けた氷水に浸した具材をレンゲですくいながら飲むという食べ方になることが多いようです。

 ちなみに、今回ご紹介の切手に取り上げられているアイス・カチャンは、具材としてゆで豆とスイートコーン、グラス・ゼリーなどを使い、緑・赤・黄色のシロップがかかっています。なお、切手には額面数字の代わりに“1st”と入っていますが、これはファースト・クラス(優先配達郵便)の郵便料金相当を意味していて、料金が値上げされても、永久にファースト・クラスの郵便に使えることを意味しています。

 なお、同種のスイーツは隣国のマレーシアにもありますが、こちらでは、アイス・バトゥ・チャンプルという名前でも呼ばれています。これは、マレー語で“氷”を意味する“アイス・バトゥ”と“混ぜる”を意味する“チャンプル”からなる言葉ですが、ちょっと長いので、現地の人たちは“ABC”と略して注文するのだそうです。そういえば、昨年のマレーシア展でクアラルンプールに行ったときも、なんどか現地で“アイス・カチャン”(当時はマレー語の名前を知らなかったので、僕はこう呼んでいました)を食べましたが、事前にこのことを知っていたら、現地の屋台で“ABC サトゥ(ひとつ)”とやってみたかったなぁ。

       
 ★★★ 全日本切手展+韓国切手展のご案内 ★★★ 

 7月17-19日(金ー日) 東京・錦糸町のすみだ産業会館で全日本切手展(全日展)ならびに日韓国交正常化50周年記念・韓国切手展が開催されます。詳細は、主催団体の一つである日本郵趣連合のサイト(左側の“公式ブログ”をクリックしてください)のほか、フェイスブックのイベントページ(全日展はこちら、韓国切手展はこちら)にて、随時、情報をアップしていきますので、よろしくお願いいたします。

      全日展チラシ  全日展チラシ(裏)

 *画像は全日展実行委員会が制作したチラシです。

 なお、内藤は、会期中の18日(土)11:00より、韓国切手展の展示解説を、16:00より「切手と郵便に見る韓国現代史と日本」と題する記念講演を行いますので、皆様、是非、遊びに来てください。

 
 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | シンガポール | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 リー・クアンユー元首相死去
2015-03-23 Mon 17:37
 “シンガポール建国の父”とされるリー・クアンユー(李光耀)元首相が、今朝(23日未明)、亡くなりました。享年91歳。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       シンガポール独立1周年

 これは、1966年8月9日に発行された“シンガポール共和国1周年”の記念切手です。

 第二次大戦以前、英国支配下のマレー半島は、①ペナンマラッカ、シンガポールを中心とした直轄の海峡植民地、②スルタンを通じて間接統治を行うマレー連邦州(ペラ、セランゴール、ネグリ・スンビラン、パハン)と、③マレー連邦への加盟を拒否したスルタンの非連邦州(ジョホールクランタンクダトレンガヌ)に分かれていました。

 第二次大戦中、これらの地域は日本軍に占領されましたが、戦後、日本軍が撤退すると英国は植民地支配の再開にあたって、シンガポールを除くマレー半島をすべてマラヤ連合として統合しようと考えます。このときのマラヤ連合の構想では、スルタンの権限を縮小し、各州に配置される英国人知事が行政を担当することになっていたほか、中国系やインド系を含むすべての人種に平等な市民権を与えるなどの方針となっていました。

 このため、人口的には多数派を占めていながら、経済的には少数派の華人の後塵を拝し続けてきたマレー人は、英国の提案した“平等”に猛反発。このため、一応、1946年にマラヤ連合は発足したものの、イギリスは翌1947年にマラヤ連合との間でマレー人の特権を認める連邦協定を結び、1948年にマラヤ連邦が発足し、シンガポールはマラヤ連邦とは別の英領植民地となりました。

 一方、リー・クアンユーは、1923年、海峡植民地時代のシンガポール生まれ。1942-45年の日本軍占領下では、タピオカを利用して作った接着剤を闇市で売って生計を立てる一方、1943-44年は昭南特別市の報道部で翻訳業務に従事していました。日本軍による占領体験から、リーは、外国人によるシンガポール支配への疑問からナショナリズムに目覚めるとともに、「日本軍は恐怖を広めることによって統治した。罰があまりにも苛烈なために、1944年の窮乏のとき、人々が飢えの中にあってすら、犯罪率は驚くほど低かった。その結果、私は罪と罰についてのソフトなアプローチというものを信じなくなった」との認識を持つようになり、そのことは、後に彼が首相として強権的な統治を行う原点となりました。

 大戦後の1945年、リーは英ケンブリッジ大学のフィッツウィリアム・カレッジで法律学を学び、1949年に首席で卒業。帰国後は弁護士資格を取得し、法律事務所に勤務します。その事務所の上司ジョン・レイコックが親英政党・進歩党の候補者として立法審議会選挙に立候補し、リーはその運動員を務めたことから政治との接点が生まれ、その後、労働組合や学生自治会の法律顧問となったことで、政治に深くかかわるようになりました。

 その後、1954年に人民行動党(PAP)を創設。翌1955年にシンガポールに対して大幅な自治権が付与され、立法議会選挙が行われると、これに立候補、当選します。

 1957年、マラヤ連邦が英国から独立すると、翌1958年、シンガポールは英連邦内の自治州となり、外交・国防を除く内政自治権を獲得。1959年にシンガポール自治政府として初の総選挙でPAPが圧勝すると、リーは35歳の若さで首相に就任しました。

 1963年、シンガポールはマラヤ連邦と合流して、マレーシア連邦の一部になりましたが、華人とマレー人の対立から、2年後の1965年、シンガポールは追放同然の形で分離独立を余儀なくされました。このとき、リーは「私にとっては苦悩のときだ。二つの地域(シンガポールとマレーシア)の統一を信じてきたのに…」と涙ながらに苦衷の心境を訴えています。今回ご紹介の切手は、“独立”から1年を経て、そのショックがようやく癒えつつあるなかで発行された1枚です。

 その後、リーは、PAPに権力を集中させ、政府批判は厳しくチェックする一方で、経済成長を追求する“開発独裁”路線を展開し、シンガポールの経済水準を先進国並みに引き上げることに成功しました。その一方で、1990年には首相から退いたものの、上級相、顧問相として政権内に居続けたことに加え、2004年からは長男で現首相のリー・シェンロンが政権を担当するという“王朝化”と、PAPによる強権的な統治手法に対しては、国際社会の批判も少なくありませんでした。

 このため、2011年の総選挙では、国会定数87議席のうちPAPは過去最低となる81議席となり、閣僚経験者の有力候補が落選する一方で、野党・労働者党が6議席を獲得。これは、PAPの実質的な敗北とされ、ようやく、リーも政界から完全に引退。それから、約4年後のきょう、91年におよぶ波乱の生涯を閉じました。

 リーの歴史的な評価についてはいろいろな見方があるとは思いますが、とりあえず、一番しっくりするのは「長い間、お疲れさまでした。どうぞやすらかに」という言葉ではないかと思います。

 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:3月31日、4月7日、6月2日、7月7日、8月4日、9月1日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(下の青い文字をクリックしていただくと、よみうりカルチャーのサイトに飛びます)

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は3月31日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』 3月25日発売! ★★★ 

         日の本切手 美女かるた・表紙 税込2160円

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 本書のご注文はこちら(出版元の予約受付サイトです)へ。内容のサンプルはこちらでご覧になれます。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | シンガポール | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 マーライオン40年
2012-09-15 Sat 22:03
 シンガポールを代表する観光スポットのマーライオン像が、1972年9月15日に設置されてから、きょうで40年になりました。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       マーライオン消印カバー

 これは、1973年8月1日、シンガポールからパキスタンのカラチ宛に差し出されたカバーで、マーライオンのイラストと「シンガポール 東洋が西洋を丁重に歓待する地」のスローガンの入った標語印が押されています。

 『マレー年代記』に記されているシンガポール発見の伝承によれば、かつてスマトラ島南部で栄えたシュリヴィジャヤ王国の王子が、本拠地のパレンバン以外に、新たな町を建設する場所を求めてビンタン島の岩山の上から海上を眺めたところ、現在のシンガポール島を発見。当時、この島一帯は“海”を意味するタマセクと呼ばれていました。この島に上陸した王子は、シンガポール川の河口付近でライオンと思しき動物を見かけたことから、この地を“ライオンの都市”を意味するシンハープーラと名付けました。これが、現在のシンガポールという名前の由来とされています。

 マーライオンは、この故事にちなみ、上半身がライオン、下半身は魚(人魚)という組み合わせで作られた想像上の動物で、もともとは、現在のシンガポール国家が成立する以前、マレーシア連邦の自治州だった1964年に、フレイザー・ブランナーが、シンガポール観光振興局(現シンガポール政府観光局、STB)のエンブレムとしてデザインしました

 1965年8月9日、現在のシンガポール国家がマレーシア連邦から独立すると、新生シンガポールのシンボルとして、マーライオンを立体化し像を作るというプランが浮上。ブランナーのデザインをもとに、彫刻家のリム・ナンセンが、1971年11月から約10ヵ月かけて高さ8.6メートル、重さ70トンの像を制作。1972年9月15日、旧マーライオン公園で除幕式が行われました。なお、このマーライオン像は、現在、2002年5月8日に新設されたマーライオン・ピアに移設されています。

 なお、1987年以降のシンガポール切手に入れられているライオンのマークは、1986年にシンガポール政府が制定したもので、マイケル・リーがデザインを制作しました。


 ★★★ 内藤陽介、カルチャーセンターに登場 ★★★
   
 10月から、下記の通り、首都圏各地のよみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で8月の韓国取材で仕入れたネタを交えながら、一般向けの教養講座を担当します。詳細につきましては、青色太字をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。(掲載は開催日順)

 T-moneyで歩くソウル歴史散歩 
・よみうりカルチャー荻窪
 10月2日、10月30日、12月4日、1月29日、2月5日、3月5日 13:00-14:30

 * 10月2日は公開講座として、お試し聴講も可能です。
 
・よみうりカルチャー北千住
 10月17日、12月19日、1月16日、2月20日、3月20日 13:00-15:00


 ★★★★ 電子書籍で復活! ★★★★

 歴史の舞台裏で飛び交った切手たち
 そこから浮かび上がる、もうひとつの昭和戦史

         切手と戦争

   『切手と戦争:もうひとつの昭和戦史』
    新潮社・税込630円より好評配信中!
    出版元特設HPはこちらをクリック

 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | シンガポール | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 残暑お見舞い申し上げます
2009-08-07 Fri 18:53
 きょう(7日)は立秋。暦の上では、きょうから秋ですが、実際には残暑厳しき折、皆様もご自愛ください。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 アイス・カチャン

 これは、今年7月17日にシンガポールで発行された“アイス・カチャン”の切手に発行初日の消印を押したもので、友人の劉裕仁さんから送っていただいた葉書の一部です。劉さん、ありがとうございました。

 常夏の国、シンガポールでは一年中冷たいデザートが楽しめますが、その代表ともいうべきなのが、アイス・カチャンです。名前は、英語の“アイス”とマレー語の“豆”を意味するカチャンを組み合わせたもので、直訳すれば“冷豆“ということなのですが、まぁ、豆入りのかき氷と訳すのが妥当でしょう。かき氷の中には、コーンや米でできた緑色のゼリーが入っているほか、いろんな色のシロップがかかっていて、いかにも南洋らしい雰囲気です。

 日本でも、夏のグリーティング切手として、かき氷やスイカの切手なんかを出してくれませんかねぇ。

 ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★  
   
 異色の仏像ガイド決定版 
 全国書店・インターネット書店(アマゾンbk17&Yなど)・切手商・ミュージアムショップ(切手の博物館ていぱーく)などで好評発売中!

 切手が伝える仏像  『切手が伝える仏像:意匠と歴史』 彩流社(2000円+税)       

 300点以上の切手を使って仏像をオールカラー・ビジュアル解説
 仏像を観る愉しみを広げ、仏教の流れもよくわかる!
別窓 | シンガポール | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 シンガポールのスタンプレス・カバー
2009-06-03 Wed 21:06
 現在のシンガポール国家のルーツともいうべき“シンガポール自治州”が1959年6月3日に発足してから、今日でちょうど50周年です。というわけで、今日はシンガポールがらみのマテリアルの中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 シンガポール・無料郵便

 これは、第2次大戦後の1945年10月、シンガポールでの暫定的なスタンプレスカバーです。

 1945年9月、日本の敗戦に伴い、イギリスはマレー半島に再上陸し、軍政が施行されました。その後、イギリスは1946年4月1日に戦前の英領マラヤと海峡植民地による“マラヤ連合”を発足させ、直轄支配下におきましたが、このとき、シンガポールは連合からは分離されています。同連合は、1948年には“マラヤ連邦”に移行しますが、このときもシンガポールは連邦とは分離されてイギリスの直轄支配下に置かれつづけました。その後、1957年にマラヤ連邦は英連邦の一員として独立を達成しますが、シンガポールは英領にとどまり、1959年になってようやく自治州となりました。

 その後、1963年には、マラヤ連邦はシンガポール、サラワク、英領北ボルネオ(サバと改称)と新たな連邦を結成し、マレーシアが誕生しますが、華人とマレー人との対立から、1965年8月9日、シンガポールはマレーシアから追放される形で分離独立し、現在にいたっています。

 今回ご紹介のカバーは、第2次大戦の終結直後、イギリスの支配下で郵便物の取り扱いが再開されたものの、必要な切手の配給が間に合わなかったため、切手の代わりに、料金を収めたことを示す印を押して対応した暫定的なケースで、オーストラリア宛のモノです。なお、ペナン島での似たような使用例については、以前の記事でもご紹介したことがありますので、よろしかったら、ご覧ください。
 

 イベントのご案内 

 下記の日程で、拙著『切手が伝える仏像:意匠と歴史』の即売・サイン会(行商ともいう)を行います。いずれも入場は無料で、当日、拙著をお買い求めいただいた方には会場ならではの特典をご用意しておりますので、よろしかったら、遊びに来てください。

 6月6日(土) スター☆オークション+バザール 於・全国町村会館 13:00~17:00

 6月7日(日) 切手市場 於・桐杏学園(東京・池袋) 10:15~16:00
 

 ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★  
   
 異色の仏像ガイド決定版 
 全国書店・インターネット書店(アマゾンbk17&Yなど)・切手商・ミュージアムショップ(切手の博物館ていぱーく)などで好評発売中!

 切手が伝える仏像  『切手が伝える仏像:意匠と歴史』 彩流社(2000円+税)       

 300点以上の切手を使って仏像をオールカラー・ビジュアル解説
 仏像を観る愉しみを広げ、仏教の流れもよくわかる!
別窓 | シンガポール | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 春節愉快
2009-01-26 Mon 12:33
 きょう(1月26日)は春節です。というわけで、ストレートにこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 シンガポール年賀(2009)

 これは、シンガポールで発行された今年の年賀切手が貼られた年賀状で、切手発行日の1月9日の記念印が押されています。友人の劉裕仁さんから送っていただきました。ありがとうございます。

 太陽暦での新年を祝う習慣が定着している日本と異なり、歴史的に中国の影響力が圧倒的に強かった東アジア・東南アジア地域では、現在でも春節をもって(真の)新年を祝うケースが多数派のようです。僕が愛用しているカレンダーは、アジア太平洋地域の各国の祝日が網羅されているのですが、それによると、春節が休みになっているのは、韓国、中国、香港、台湾、ベトナム、マレーシア、シンガポール、インドネシアの各国となっており、旧大東亜共栄圏のかなりな部分を占めています。ちなみに、1月26日ということであれば、インドの共和国記念日、オーストラリアの建国記念日、ニュージーランド(オークランド)のアニバーサリーデーということで、これら各国も祝日でお休みです。

 さて、シンガポール郵政のHPによりますと、かの地では春節の今日まで、郵便料金の特別割引期間だそうです。どのくらい安くなるのかというと、通常は国内基本料金が50セント(シンガポールドル。以下同様)のところ、割引期間に差し出されるグリーティングカードに関しては、20グラムまで26セント、20~40グラムが32セントだそうです。また、マレーシアとブルネイを除く外国宛の基本料金(40グラムまで)は、通常、宛先によって1ドル15セントから1ドル80セントまでとなっていますが、割引期間中は一律55セントになっています。ただし、マレーシアとブルネイ宛に関しては、通常通り、20グラムまでは45セント、20~50グラムは55セントで割引はありません。

 今回の葉書に貼られている切手は26セントで発売されました(65セント切手、1ドル10セント切手との3種セットで2ドル1セントです)が、額面表示は“1st Local”となっていますから、いちおう、国内便基本料金に相当する50セント切手として使ってもよいということなのでしょう。26セント切手2枚分と考えると、合計52セントになって割引料金の55セントに満たないことになってしまいますからね。もっとも、収集家の心理としては、3セント不足で不足料を徴収された葉書にも興味をそそられるのですが。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★  
   
 誰もが知ってる“お年玉”切手の誰も知らない人間ドラマ 好評発売中!
  
 年賀切手   『年賀切手』   日本郵趣出版 本体定価 2500円(税込)       
 
 年賀状の末等賞品、年賀お年玉小型シートは、誰もが一度は手に取ったことがある切手。郷土玩具でおなじみの図案を見れば、切手が発行された年の出来事が懐かしく思い出される。今年は戦後の年賀切手発行60年。還暦を迎えた国民的切手をめぐる波乱万丈のモノ語り。戦後記念切手の“読む事典”<解説・戦後記念切手>シリーズの別冊として好評発売中!

 1月15日付『夕刊フジ』の「ぴいぷる」欄に『年賀切手』の著者インタビュー(左の画像)が掲載されました。 こちらでお読みいただけます。また、日本郵政本社ビル・ポスタルショップでは、『年賀切手』の販売特設コーナー(右の画像)も作っていただきました。 *写真はいずれも:山内和彦さん撮影

 夕刊フジ(イメージ)   日本郵政特設コーナー 
 
 
 もう一度切手を集めてみたくなったら 
 雑誌『郵趣』の2008年4月号は、大人になった元切手少年たちのための切手収集再入門の特集号です。発行元の日本郵趣協会にご請求いただければ、在庫がある限り、無料でサンプルをお送りしております。くわしくはこちらをクリックしてください。
別窓 | シンガポール | コメント:0 | トラックバック:1 | top↑
 ハリラヤ・プアサ
2006-10-25 Wed 01:49
 イスラム世界では、ラマダン(イスラム暦9月)の断食が終わり、各地でそのことを祝うさまざまなお祭りが行われています。というわけで、今日はこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

ハリラヤ・プアサ

 これは、1996年にシンガポール郵政が発行した印面つきの絵葉書で、マレー系(イスラム教徒)の最大のお祭りであるハリラヤ・プアサ(断食明けのお祭り)が取り上げられています。なお、シンガポールは多民族・多宗教国歌ですから、それぞれの民族・宗派間のバランスを取るため、このハリラヤ・プアサと同時に、中華系の春節、ヒンドゥー教徒のディーパバリ、キリスト教徒のクリスマスを題材とした絵葉書も発行されました。

 イスラム暦は閏月等の調整を行わない完全太陰暦(このため、我々の使っている太陽暦とは、年に11日程度のズレが生じます)であることにくわえ、断食の開始と終了を特定するための新月の判定が人間の目視によって行われるため、地域によって断食明けの日付は若干異なる場合があります。

 シンガポールとマレーシアの場合、今年は昨日(10月24日)が断食明けとなりました。現地のムスリム(イスラム教徒)たちは、新しい服でモスクを訪れ、1年を反省して年長者に許しを請い、その後、豪華な食事を楽しみます。また、断食明けからしばらくの間(シンガポールでは、今年は10月31日まで)、夜間のライトアップが行われ、街全体が華やいだ雰囲気になります。こうしたことから、ハリラヤ・プアサを日本の“お正月”になぞらえる人も少なくないようです。

 その昔、学生の頃にマレー系の人と話をしていて「ハリラヤ・プアサは日本にもあるか?」と聞かれたことがあります。その頃の僕は、ハリラヤ・プアサをただ単に、辞書的な意味での“断食明けのお祭り”としてしか理解していなかったので、「日本人は(圧倒的多数はムスリムではないので)断食をしないから、ハリラヤ・プアサもない」と応えてしまい、怪訝な顔をされて会話が途切れてしまったことがあります。

 いまにして思えば、彼は日本のお正月のことを詳しく聞きたかったんでしょうね。今日の記事を書きながら、そんな昔の失敗談(?)をふと思い出してしまいました。

 *11月3日(金・祝)16:00より、東京・池袋で開催の<JAPEX>会場内にて『満洲切手』刊行記念のトークを行います。よろしかったら、是非、遊びに来てください。(『満洲切手』については、こちらもご覧ください)
別窓 | シンガポール | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/