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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 島原に行ってきます!
2018-09-08 Sat 08:05
 きょう(8日)は(公財)日本郵趣協会の全国会員大会に参加するため、これから朝食を済ませたら、長崎県の島原に向かいます。実は、別件の用事があって、現在、長崎市内おり、島原へは、JRの長崎本線と島原鉄道を乗り継いで移動しますので、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      SLシリーズ第5集・150

 これは、1975年6月10日にSLシリーズの第5集として発行された“150形蒸気機関車(一号機関車)”の切手です。

 150形蒸気機関車は、1872年の鉄道開業に際して英国から輸入された蒸気機関車5形式10両中の1形式で、1871年、バルカン・ファウンドリー社が製造しました。同時に発注された10両のうち、最も早く日本に到着した機関車として“一号機関車”とも呼ばれ、開業時に新橋=横浜間を走ったのもこの機関車です。

 開業後は客貨問わずに京浜間で約8年使用された後、1880年11月に東海道線神戸地区へ転用されました。その後、1884-85年に、運転台直前にあった蒸気ドームをボイラー中央部に移し、元のドーム位置には汽笛を設ける大改造を施し、半田に送られ、中山道幹線の建設資材輸送用に使用されています。

 1911年4月1日付けで島原鉄道の開業用に譲渡され、客貨牽引に用いられていましたが、昭和の初めごろ、元鉄道記者の青木槐三が貴重な1号機関車として当時の鉄道省への返還・保存のための運動を開始。これを受けて、1930年7月3日、諫早駅で盛大な惜別式を行ない、「送国宝一号機関車」と書かれた幟を飾って鉄道省に引き渡されました。また、その際、島原鉄道創業者の植木元太郎の自筆による「惜別感無量」のプレートが側水槽に取り付けられています。

 国鉄返還後、この機関車は大宮工場での整備を経て、1936年からは東京・万世橋の交通博物館で静態保存されていましたが、同館の閉館後は、2007年に開館したさいたま市大宮区の鉄道博物館に展示されています。

 ちなみに、今回ご紹介の切手を含むSLシリーズの切手については、拙著『(解説・戦後記念切手Ⅴ)沖縄・高松塚の時代』でもご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 *昨日(7日)、アクセスカウンターが196万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。 

★★★ 近刊予告! ★★★

 えにし書房より、拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』が近日刊行予定です!
 詳細につきましては、今後、このブログでも随時ご案内して参りますので、よろしくお願いします。

      ゲバラ本・仮書影

(画像は書影のイメージです。刊行時には若干の変更の可能性があります) 
 

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      パレスチナ現代史・表紙 本体2500円+税

 【出版元より】
 中東100 年の混迷を読み解く! 
 世界遺産、エルサレムの“岩のドーム”に関連した郵便資料分析という独自の視点から、複雑な情勢をわかりやすく解説。郵便学者による待望の通史!

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 犬吠埼マリンパークあす閉館
2018-01-30 Tue 11:19
 銚子市犬吠埼の水族館、犬吠埼マリンパークは、きのう(29日)、来館者の減少や施設の老朽化を理由にあす(31日)で閉館すると発表しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      第28回国体

 これは、1973年10月14日に発行された第28回国民体育大会(国体)の記念切手で、女性ランナーの背景に、銚子市の東突端に立つ犬吠埼灯台が描かれています。

 1973年の秋季国体は、千葉県の県政百年の記念事業の一つとして、10月14日から19日までの日程で、千葉県下22市6町の64会場で実施されました。大会名称は“若潮国体”で、スローガンは「輝く心 輝く力 輝く太陽」。競技数は28(うち、山岳と芸術の2競技は公開競技)で、参加者は1万6531名でした。

 今回ご紹介の切手に描かれている犬吠埼灯台は、日本に5つしかない最大の第1等レンズを使用した第1等灯台で、灯塔高 (地上から塔頂までの高さ)は、煉瓦製の建造物としては尻屋埼灯台に次ぐ、日本第2位の31.3 mです。英国の灯台技師、リチャード・ヘンリー・ブラントンの設計・施行により、1874年に竣工・初点灯しました。

 切手では、灯塔に小さく窓が見えますが、犬吠埼灯台では灯塔の窓は敷地入口のある陸側にのみありますので、陸側から見た姿とわかります。今回、突然の閉鎖が発表されたマリンパークは灯台から西へ約200mのところにありますので、画面の左手前方向に切手の外側にあるイメージとなりましょうか。

 犬吠埼マリンパークは、1954年、銚子市により銚子水族館として開館し、当初は、銚子市観光協会が運営していました。その後、1963年に京成電鉄が銚子市から譲渡されて“京成マリンパーク犬吠埼水族館”となりましたが、1984年、(昭和59年)に、京成電鉄が撤退したため、水族館内にテナントとして出店していた富士食品が6億円で水族館を買収。富士食品の出資する子会社として“犬吠埼マリンパーク”が運営することとなりました。

 その後、富士食品は2002年2月に民事再生法の適用を申請して倒産しましたが、これに先立つ同年1月、マリンパークの経営は富士食品から分離され、営業が続けられていました。

 水族館の運営会社、犬吠埼マリンパークによると、ピーク時は来館者数が年間30万人ありましたが、2011年の東日本大震災後、銚子市内の宿泊施設は無事で、地元で採れる魚や農産物からは国の基準値を超える放射性物質は検出されていないにもかかわらず、根拠のない風評被害が広がったこともあり、犬吠埼の観光客が激減。マリンパークの来館者数も、現在は4-5万人にまで落ち込んでいました。

 こうした中、マリンパークも建物の耐震化工事や老朽化した設備を更新するための資金繰りのめどが立たなくなり、今月31日での閉館にいたったそうです。

 ちなみに、犬吠埼の地名の由来は、諸説ありますが、源義経の愛犬“若丸”が岬に置き去りにされ、主人を慕う余り、7日7晩鳴き続けたことから犬吠(犬が吠く)と名付けられたという説が有力だそうです。水族館の閉鎖後、せめて、置き去りにされた魚が鳴きつづけるということにはならないようにお願いしたいですね。


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 埼玉県勢として初優勝
2017-08-23 Wed 18:24
 夏の甲子園(全国高等学校野球選手権)は、きょう(23日)、決勝が行われ、花咲徳栄(埼玉)が14-4で広陵(広島)を破り、春夏通じて初優勝を果たしました。夏の甲子園での埼玉県勢の優勝は初めてのことです。というわけで、きょうはこの1枚です(画像はクリックで拡大されます)

      自然保護・サクラソウ

 これは、1978年4月12日に発行された自然保護シリーズの“サクラソウ”です。

 サクラソウはサクラソウ科に属する多年草で、日本各地の川原や山地の湿地などに自生しているほか、朝鮮半島、シベリア東部などにも分布しています。葉は楕円形で薄く、長さ約10センチ、表面にしわが多く長い柄があります。葉の間から15-40センチの花茎を伸ばし、その先に濃紅色の花を数個つけます。花は直径2-3センチの5花弁で上から見ると桜の花に似ていることからこの名があります。

 江戸時代から観賞用として栽培されていましたが、埼玉県さいたま市の田島ヶ原はサクラソウの大自生地として知られ、特別天然記念物に指定されています。また、田島ヶ原のサクラソウにちなみ、埼玉県ではサクラソウを県の花に指定しています。

 さて、1974年から発行が始まった自然保護シリーズは、哺乳類鳥類爬虫類両生類魚類昆虫とテーマを変えてきましたが、1978年4月12日発行の第18集からから最後の第20集までの3回は、植物がテーマになりました。
 
 当初、植物の最初の切手としては、国の特別天然記念物に指定されている日光の杉並木が有力視されていました。しかし、この杉並木をはじめ、原始林や植物の群落の全景を描く切手では、木や花の単体は貴重種ではないことも多く、そうした題材を取り上げると植物切手ではなく風景切手になってしまうという懸念がありました。こうしたことから、題材選定の作業は相当に難航し、当初、1978年1月ごろの発行と発表されていたシリーズ第18集は、昭和52年度中には発行できず、1978年2月13日になって、ようやく、4月12日に「サクラソウ」の切手を発行することが発表されたという経緯があります。ちなみに、今回ご紹介の切手の原画作者は江守若菜でした。

 さて、高校野球も無事に終わりましたので、あす(24日)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第7回も無事放送の運びとなりました。今回は、明日が独立記念日のウクライナにスポットを当ててお話をする予定です。みなさま、よろしくお願いします。


 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  次回は24日★★★ 

 8月24日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第7回が放送予定です。今回は、放送日が独立記念日のウクライナにスポットを当ててお話をする予定です。みなさま、よろしくお願いします。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。


 ★★★ トークイベントのご案内  ★★★ 

      タウンミーティング in 福山

  2017年9月17日(日) 14:00~、広島県立ふくやま産業交流館で開催の「日本のこころタウンミ-ティング in 福山」に憲政史家の倉山満さんとトークイベントをやります。お近くの方は、ぜひ、ご参加ください。なお、イベントそのものの詳細は、こちらをご覧ください。
      
 ★★★ 内藤陽介 『朝鮮戦争』(えにし書房) 重版出来! ★★★ 

      朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

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 茨城県出身の横綱は何処?
2017-01-26 Thu 09:00
 日本相撲協会は、きのう(25日)、東京・両国国技館で臨時理事会と春場所の番付編成会議を開き、初場所で優勝し、横綱審議委員会から推薦された稀勢の里の第72代横綱昇進を正式に決めました。新横綱は2014年春場所後に昇進した鶴竜以来で、日本出身横綱の誕生は1998年夏場所後の若乃花以来、19年ぶりです。というわけで、稀勢の里と同じ、茨城県出身横綱に絡んでこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      相撲絵・当時英雄取組

 これは、1978年11月11日に発行された相撲絵シリーズ第3集のうち、初代歌川国貞の「当時英雄取組の図」を取り上げた連刷切手です。

 「当時英雄取組の図」は、シリーズ第1集に取り上げられた「秀ノ山雷五郎土俵入の図」の作者、三代豊国が豊国を襲名する前の国貞時代の作品で、小野川喜三郎の引退以来およそ30年ぶりに誕生した横綱・阿武松緑之助と稲妻雷五郎を英雄として描いた3枚1組の錦絵です。このうち、切手には、能登国(現石川県)出身の阿武松と行司の木村庄之助の部分が取り上げられていますが、常陸国(現茨城県)出身の稲妻の部分はカットされています。ただし、稲妻はそのまま無視されたかというと、そういうわけではなく、切手の発行日に用いられた絵入りハト印(下の画像)に取り上げられています。

      相撲絵・第3集特印

 さて、阿武松緑之助は、1791年、能登国鳳至郡七海村(現・石川県鳳珠郡能都町)に生まれ、1805年に江戸に上り、武隈に入門しました。最初の四股名は小車で、1822年、小柳の四股名で入幕。次第に頭角を現して昇進を重ね、1827年、四股名を阿武松と改めました。谷風、小野川に続く3代目の横綱を免許されたのは、翌1828年のことです。1835年に引退するまでの幕内通算成績は140勝31敗24分8預かりでした。

 一方、稲妻雷五郎は、1795年、常陸国河内郡阿波崎村(現・茨城県稲敷市)に生まれ、1820年、巻の島の四股名で佐渡が嶽に入門しました。入幕は1824年の冬場所で、翌場所には小結に昇進。1830年に吉田家から横綱を免許されました。阿武松との対戦成績は4勝5敗5分1預かりと阿武松に1番負け越していますが、1839年に引退するまでの幕内通算成績は、130勝13敗14分3預かりで、勝率的には阿武松を圧倒しています。

 なお、稲妻を描く絵入りハト印の初日印指定局は福岡中央局でしたが、これは、切手発行の翌日が九州場所の初日だったためです。この時の九州場所では、全勝優勝した横綱の若乃花に、今回の切手の額入りのシートのほか、記念切手3年分があわせて贈られています。

 ちなみに、今回ご紹介の切手を含む相撲絵シリーズについては、拙著『(解説・戦後記念切手Ⅴ)沖縄・高松塚の時代』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


★★★ ブラジル大使館推薦! 内藤陽介の『リオデジャネイロ歴史紀行』  ★★★ 

       リオデジャネイロ歴史紀行(書影) 2700円+税

 【出版元より】
 オリンピック開催地の意外な深さをじっくり紹介
 リオデジャネイロの複雑な歴史や街並みを、切手や葉書、写真等でわかりやすく解説。
 美しい景色とウンチク満載の異色の歴史紀行!
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 都心で初雪 11月は54年ぶり
2016-11-24 Thu 12:45
 きょう(24日)は東京都心や横浜市などで初雪が降り、11時頃には都心で積雪も観測されました。都心での11月の初雪は、1962年以来54年ぶり、積雪は初のことだそうです。というわけで、今日は雪景色の切手の中からこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      与謝蕪村・鳶烏図

 これは、1976年の国際文通週間の切手で、与謝蕪村の「鳶烏図」が取り上げられています。

 与謝蕪村は、1716年、摂津国東成郡毛馬村(現・大阪市都島区毛馬町)に生まれました。20歳の頃、江戸に出て早野巴人に俳諧を学び、1742年に師が没した後は松尾芭蕉に憧れてその足跡を辿り東北地方を周遊。1744年から蕪村と号し、丹後、讃岐などの歴遊を経て、京都に定住し、1784年、68歳で亡くなりました。

 松尾芭蕉、小林一茶と並び称される江戸俳諧の巨匠の一人で、江戸俳諧中興の祖として独創性を失った当時の俳諧を憂い『蕉風回帰』を唱え、絵画用語である『離俗論』を句に適用した天明調の俳諧を確立させた中心的な人物として評価されています。また、宋・元・明の画を学んで独自の画境を築き、俳句と絵画を融合させた俳画をといわれる新たなジャンルを確立し、文学史・美術史に大きな足跡を残しました。なお、第一次国宝シリーズに取り上げられた池大雅の「釣便図」 は、清の李漁(李笠とも)の「十便十宜詩」に基づき、山荘での隠遁生活の便宜を表現した画帖『十便十宜画冊』の中の一点ですが、この画帖は大雅と蕪村の合作です。

 今回ご紹介の切手に取り上げられた「鳶烏図」は蕪村の晩年の水墨画で重要文化財(北村美術館蔵)。雪中樹木にとまる二羽の烏を描いたものと、風雨の中で樹にとまる鳶を描いたものの対幅で、両者で動と静の対称が表現されていますが、切手にはそのうちの雪中の烏の幅が取り上げられています。


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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

       リオデジャネイロ歴史紀行(東京新聞)


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 切手歳時記:ゲンジボタル
2016-06-20 Mon 10:42
 ご報告が遅くなりましたが、公益財団法人・通信文化協会の雑誌『通信文化』2016年6月号ができあがりました。僕の連載「切手歳時記」は、今回はこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ゲンジボタル

 これは、1977年5月18日に発行された自然保護シリーズの“ゲンジボタル”の切手です。

 日本の蛍といえば、ゲンジボタルとヘイケボタルですが、このうち、ヘイケボタルはゲンジボタルとの関連で、ゲンジボタルよりも小ぶりで光も弱いホタルということで、ゲンジボタルの後から命名されたようです。

 これに対して、今回ご紹介の切手にも取り上げられたゲンジボタルの名前の由来には諸説ありますが、ここでは、平安時代の武将、源頼政に由来するという説を紹介したいと思います。

 頼政は、1104年生まれの摂津源氏で、若い頃は、国守に任じられた父の仲政にしたがい、下総国(現在の千葉県北部)で過ごしたこともあります。1136年には、天皇の秘書官ともいうべき蔵人となり、従五位下に叙せられました。

 若い頃から弓の名手として知られ、近衛天皇(在位1142-55年)の御世には、帝を悩ませた鵺(サルの顔、タヌキの胴体、トラの手足を持ち、尾はヘビで、気味の悪い大声で鳴く)を退治したという伝説があり、その褒美として下賜されたという名刀“師子王”も残されています。

 1156年の“保元の乱”では後白河天皇に従い、1159年の“平治の乱”でも平清盛に味方し、ともに戦功を上げたことから、平氏政権下でも中央政界に留まり、源氏の長老として、1178年12月、清盛の奏請により、源氏の武士としては過去最高の従三位に叙され、公卿となりました。そして、1179年11月、家督を嫡男の仲綱に譲って出家します。

 一方、清盛は“平治の乱”の後に正三位となり、その後も昇進を重ねて1167年には従一位・太政大臣になっており、1170年代には「平氏に非ずんば人に非ず」という状況でした。

 こうした中で、清盛と後白河上皇の対立が先鋭化し、1179年、清盛は反平氏的とされた公卿らを全て解任とし、代わって親平氏的な公家を任官。後白河上皇の院政を停止して上皇を幽閉します。さらに、1180年2月、清盛は高倉天皇を譲位させ、高倉帝と清盛の娘・徳子との間に生まれた三歳の安徳天皇を即位させました。

 これに不満を抱いた後白河上皇の第三皇子、以仁王は、頼政らの兵力を頼りに、平氏政権打倒の挙兵を計画。1180年4月、以仁王は諸国の源氏と大寺社に平氏追討の令旨(本来は皇太子の命令を伝えるための文書)を発します。

 頼政はこれに呼応するかたちで、5月25日、園城寺に隠れていた以仁王と合流し、王を擁して興福寺へ向かいましたが、途中、宇治の平等院で休息中、平知盛・重衡ら率いる六波羅の大軍に追撃されます。

 翌26日の合戦で、頼政軍は宇治橋の橋板を落として抵抗したものの、平氏軍は宇治川を強行渡河し、頼政も辞世の句を残して平等院・扇の芝で切腹して果てました。

 無念の最期を遂げた頼政の霊は夜空の蛍に喩えられ、そこから、頼朝の亡霊が蛍となって平氏と戦ったという伝説が生まれます。ゲンジボタルの名前は、ここに由来するとされています。

 ちなみに、頼政が自害した治承4年5月26日は、西暦では1180年6月20日。ゲンジボタルの成虫が発生するのは6月中旬から7月上旬(ヘイケボタルは少し遅れて7-8月頃)ですから、戦の後、屍累々の宇治川には、きっと、夥しい数のホタルが群舞していたにちがいありません。この光景を見た人々が、そこに頼政の霊を感じたというのも、うなずける話です。


 ★★★ 講座のご案内 ★★★

 下記の通り、各地のよみうりカルチャーで公開講座を行います。ぜひ、ご参加ください。

・イスラムを知る―ISはなぜテロに走るのか
 よみうりカルチャー荻窪 6/26(日) 14:00~15:30
 よみうりカルチャー横浜 7/2(土) 13:00~14:30

・切手でたどる東京五輪とその時代
 よみうりカルチャー荻窪 7/9(土) 13:00~14:30

 詳細につきましては、それぞれの会場・時間をクリックしてご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 内藤陽介の新刊  『ペニー・ブラック物語』 のご案内 ★★★ 

       ペニーブラック表紙 2350円+税

 【出版元より】
 若く美しい女王の横顔に恋しよう!
 世界最初の切手
 欲しくないですか/知りたくないですか

 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

 発売元の特設サイトはこちら。ページのサンプルもご覧いただけます。


 ★★★ 内藤陽介の新刊  『アウシュヴィッツの手紙』 のご案内 ★★★ 

       アウシュヴィッツの手紙・表紙 2000円+税

 【出版元より】
 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。

 出版元のサイトはこちら。各書店へのリンクもあります。

 インターネット放送「チャンネルくらら」にて、本書の内容をご紹介しております。よろしかったら、こちらをクリックしたご覧ください。


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 北海道新幹線開業
2016-03-26 Sat 14:15
 北海道と本州をつなぐ北海道新幹線の新青森―新函館北斗間(149キロ。なお、新青森駅で東北新幹線と接続して直通運転)が、きょう(26日)、開業しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      SLシリーズ・D52

 これは、1975年2月25日に発行されたSLシリーズ第2集のうち、北海道・函館本線の七飯=大沼間を走行するD52(切手の元になった写真は宮沢孝一が撮影)を取り上げた切手の見本です。函館本線のこの区間は(函館側から)七飯=渡島大野=仁山=大沼の各駅がありますが、このうちの渡島大野は、今回の新幹線開業にあわせて新函館北斗に改称され、(現時点での)北海道側の新幹線の起点となりました。北海道新幹線の車窓からも、こんな感じの風景が見えるのでしょうかね。

 さて、切手に取り上げられたD52は、戦時中の1943年から使用が開始された貨物用テンダー式蒸気機関車です。戦局の悪化に伴い海上輸送が困難になったことをふまえ、長大列車を牽引するためのものとしてD51を改良して作られたもので、工程も簡略化され、鋼鉄資材の代わりに木やコンクリートの代用品を用いている箇所もあります。当初は492両が製造される計画でしたが、1943-46年の間に実際に製造されたのは285両です。

 戦後、D52は標準形に改造されて国鉄最高の1660馬力の蒸気機関車となり、東海道・山陽本線ならびに北海道の函館・室蘭本線に配置され、後に東北本線にも進出。1972年12月、函館・室蘭本線での使用をもって引退しました。

 D52から改良された機関車は数多くあり、1950年に製造されたD62は動輪の重量軽減を図り、元の使用線区より軌道の弱い路線に使用されました。また、1947-48年に製造されたC61、C62は、D51とD52のボイラーを使用したものです。


 ★★★ 講座のご案内 ★★★

 ・よみうりカルチャー荻窪 「宗教と国際政治」
 4月から毎月第1火曜の15:30より、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で講座「宗教と国際政治」がスタートします。ぜひ、遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。
 

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       ペニーブラック表紙 2350円+税

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 鬼の前で踊る
2016-02-03 Wed 14:51
 きょう(3日)は節分です。というわけで、例年どおり、鬼の登場する切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      こぶとりじいさん・踊

 これは、1974年9月9日に発行された昔話シリーズ第5集「こぶとりじいさん」のうち、鬼、妖怪の前で踊る善良な“じいさん”を描いた“踊”の切手です。

 昔話シリーズの「こぶとりじいさん」の原画は日本画家の片岡球子 が担当しましたが、片岡は、今日伝えられている物語のさまざまなバージョンのなかから、岩手県和賀郡黒沢尻町に伝わるものに独自の解釈を付け加えて、原画を作成しました。このうち、今回ご紹介の「踊」は、報道資料によると、「恐ろしい妖怪、鬼の奏でる曲に貧しい爺さんは心を動かし、生命の危険も顧みず座の中心に躍り出て、貧しい爺さんの純朴さ、内面の豊かさが表現された場面」を表現したものだそうです。

 昔話シリーズの「こぶとりじいさん」は、片岡の独特の画風が賛否両論を巻き起こしたことに加え、八幡様にお参りする2人を描いた1枚が政教分離原則に反するとして切手の発売停止を求める者が出てきたほか、今回ご紹介の切手についても、踊っている“じいさん”の左足の指の並びが通常とは逆ではないかとの物言いが一部からつくなど、何かと話題となった切手です。まぁ、それだけ切手が世間の耳目を集めていた時代だったということなのでしょうが…。

 ちなみに、僕のパソコンでは、“こぶとりじいさん”と入力すると、最初に出てくる変換は“小太り爺さん”です。明らかに、僕自身の体型を見透かされているようで、一寸鬱々たる気分になりますが、ここは、「この切手の“じいさん”のように、一生懸命踊っていれば、お腹周りの“こぶ”も少しは軽くなるかもしれないよ」という天の声だと思って、現実を甘受するしかありますまい。


 ★★★ 講座のご案内 ★★★

 2月9日(火)から、毎月第2火曜の19時より、東京・竹橋の毎日文化センターで新講座「宗教で読む国際ニュース」がスタートします。都心で平日夜のコースですので、ぜひ、お勤め帰りに遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。


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 アホウドリの産卵・孵化に成功
2016-01-15 Fri 22:26
 環境省と山階鳥類研究所は、きょう(15日)、国の特別天然記念物で絶滅危惧種のアホウドリについて、人為的な繁殖計画を進めている小笠原諸島・聟島で、1組のつがいが初めて産卵・孵化に成功したと発表しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      アホウドリ

 これは、1975年1月16日に発行された自然保護シリーズの“アホウドリ”の切手です。切手の原画は、鳥類を中心とした動物画で知られる薮内正幸が制作しました。

 アホウドリはミズナギドリ目アホウドリ科に分類される大型の海鳥で、翼を広げると2-3mにもなります。翼の先が黒く、くちばしはピンク色。成鳥は頭から首にかけて黄色で胴体は白色です。名前は、助走なしには飛び立てず、地上では鈍重で捕獲しやすいことに由来していますが、地上で鈍重なのは海鳥の一般的な特性でアホウドリに限ったことではありません。

 明治以前、アホウドリは日本近海に多数生息していましたが、明治以降、羽毛布団の原料として乱獲され、1887-1902年までの間に、鳥島(伊豆諸島)を借り受けた玉置半右衛門らによって約500万羽が殺されました。アホウドリ猟は、1902年の鳥島の噴火で島民全員が死亡したことで中断しますが、1927年に復活。1933年まで捕獲が続けられたものの、乱獲がたたり、1949年にはいったん、日本国内でのアホウドリの絶滅が宣言されましたが、1951年、鳥島にごく少数が生存しているところを再発見され、その後は保護の対象となり、鳥島と尖閣諸島が国内の繁殖地となっていました。

 しかし、鳥島は火山活動が起これば絶滅の危険性がありますし、中国による侵略の危機にさらされている尖閣諸島は軍事的な緊張状態にあることもあって、日本人スタッフによる継続調査が困難な状況が続いています。このため、環境省などは、2008年以降、70羽のひなを鳥島から聟島へ移送するなどして繁殖活動を進めてきました。

 今回、産卵・孵化に成功したつがいは、2008年に聟島に移送した雄と、尖閣諸島生まれとみられる雌のペアです。これまで、2012年から3年連続で孵化に失敗していましたが、今月9日に調査員が現地を訪れたところ、孵化後5-10日と見られるひなを確認し、今回の発表となりました。

 ときあたかも、きのう(14日)は、1895年1月14日に日本政府が尖閣諸島の日本領編入を閣議決定したことにちなむ“尖閣諸島開拓の日”でしたが、尖閣諸島が沖縄県に属する日本の領土であることを、あらためて内外にアピールするためにも、こうしたニュースはもっと大々的に報じられても良いのではないかと思います。


 ★★★ 展示イベントのご案内 ★★★

 第7回テーマティク出品者の会切手展 1月17-20日(日ー水。ただし、18日は休館)
 於・切手の博物館(東京・目白)

 テーマティク出品者の会は、テーマティクならびにオープン・クラスでの競争展への出品を目指す収集家の集まりで、毎年、全国規模の切手展が開催される際には作品の合評会を行うほか、年に1度、切手展出品のリハーサルないしは活動成果の報告を兼ねて会としての切手展を開催しています。僕も、昨年の香港展に出品した香港の歴史のコレクションを展示します。入場は無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。(詳細はこちらをご覧ください)

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 切手歳時記:オリオン
2015-12-22 Tue 10:47
 ご報告が遅くなりましたが、公益財団法人・通信文化協会の雑誌『通信文化』12月号ができあがりました。僕の連載「切手歳時記」では、今回はこの切手を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

      東京天文台100年

 これは、1978年に発行された“東京天文台100年”の記念切手です。

 冬の星座の代表格と言えば、なんといってもオリオン座でしょう。なにしろ、中島美嘉のヒット曲『ORION』でも、歌詞の中に星座の具体的な名前が一回も登場せず、ただ“冬の星座”とあるだけで、数多の冬の星座を押しのけて、それがオリオン座以外にはありえないことを誰も疑問に思わないほどですから。

 ギリシャ神話に登場する海神ポセイドンの息子、オリオンは狩りを得意とする美丈夫でしたが、自信過剰になって「この世に自分が倒せない獲物はいない」と放言したため、怒ったガイア(大地を象徴する神)がサソリを放ち、その毒針に刺されて亡くなりました。死後、オリオンはサソリとともに天にあげられて星座となりましたが、さそり座を恐れるオリオン座は、さそり座が西へ沈んでしまうまでは決して東から顔を出さず、サソリ座が東の空へ現われると西へ沈んでしまうとされています。

 オリオン座を構成する星の中で最も明るい星は、オリオンの左の膝の上にある青白い星のリゲルで、2番目に明るいのが右肩にあたる赤色のベテルギウスです。日本では、青白色のリゲルを源氏の白旗に、ベテルギウスの赤色を平家の赤色になぞらえ、それぞれ、源氏星、平家星という呼名がありました。

 この点で、今回ご紹介の“東京天文台100年”の記念切手は、三つ星をはさんで白いリゲルと赤いベテルギウスがしっかりと描き分けられているのが嬉しいところです。

 東京天文台のルーツは、1878年に設置された東京帝国大学理学部観象台です。観象台は、東京の本郷元富士町の文部省用地で天文・気象の観測を行っていましたが、1882年に気象台が分離されて天象台となり、さらに、1888年には海軍水路部観象台を合併して東京天文台となりました。そして、それに伴い、文部大臣の管理下で、海軍水路部位観象台のあった麻布飯倉町に本拠地を移し、天象観測と暦書調整、報時事業を行う機関となります。

 その後、1909年、東京府北多摩群三鷹村(現・東京都三鷹市大沢)への移転が決定され、1924年9月に三鷹での活動を開始しました。この間、1921年には東京帝国大学理学部から分離して東京帝国大学附属天文台となり、以来、ながらく“東京天文台”の愛称で親しまれていましたが、1988年、大学共同利用機関として文部省(当時)直轄の国立天文台(三鷹キャンパス)となっています。

 今回ご紹介の切手は、1878年の観象台設置から起算して100周年になるのを記念して発行されたもので、東京・三鷹の施設ではなく、東京天文台付属岡山天体物理観測所の188センチ反射望遠鏡とオリオン座を描いています。

 この望遠鏡はグラブ・パーソンズ製で、主鏡が左下に、副鏡が筒先にあり、いったん主鏡で空の方角に反射された光を副鏡で下の方に送る構造です。切手の両側にはドームの内壁が見えていますが、ここには、60センチクーデ型大洋望遠鏡があり、大型分光器や磁場測定装置で太陽の詳しい研究が行われています。

 ドームから見える冬空を描いた寒色系の切手の中は、ポツンとひとつ、平家星が赤く揺れているのが良いアクセントになっていて、結果的に、「つながった冬の星座 この空に消えてかない様に 見つめていたんだよ」という『ORION』の歌詞にもマッチした1枚になっているのではないかと思っています。
 
 
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