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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 スロヴァキア初の女性大統領誕生へ
2019-04-01 Mon 01:35
 先月30日に行われたスロヴァキア大統領選挙の決選投票で、31日、同国統計局は、弁護士で環境活動家のズザナ・チャプトヴァ氏が58.40%の票を獲得し、欧州委員会のマロシュ・シェフチョヴィッチ副委員長(エネルギー同盟担当)を下して当選したことを発表しました。1993年のチェコとスロヴァキアの分離以来、スロヴァキアでは初の女性大統領となります。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます。以下、敬称略)

      スロヴァキア・ペジノク

 これは、2003年にスロヴァキアが発行した風景切手のうち、新大統領の地元、ペジノクを取り上げた1枚で、彼の地のランドマークとなっているキリスト変容教会とマリア像を戴く円柱が描かれています。

 チャプトヴァは、1973年6月21日、スロヴァキアの首都となっているブラティスラヴァの労働者の家庭に生まれ、近郊のペジノクで育ちました。1996年、ブラティスラヴァのコメニウス大学法学部を卒業後、ペジノク町役場の法務アシスタントしてキャリアをスタートさせ、最終的に副町長にまで昇進。その後、民間の非営利組織に転職しました。

 2001年以降、ペジノクの廃棄物埋め立て処分場建設計画に対する反対運動の先頭に立ち、弁護士として計画の法的不備を追及して計画を中止に追い込んだことで全国的に知られるようになりました。

 2017年12月、新たなリベラル政党として“進歩スロヴァキア”が結成されると、中央政界でのキャリアがないにもかかわらず、副党首に就任。その直後の2018年2月、スロヴァキア政界とイタリア系マフィアの癒着疑惑を追求していたジャーナリストのヤン・クツィアク氏とその婚約者が殺害されると、翌3月、他の反政府系活動家とともに、内閣の辞任を求め、ヴィロード革命後では最大規模となる反政府デモを行いました。その結果、フィツォ首相が辞任し、ペレグリニ政権が成立しましたが、方向党-社会民主主義(スメル:Smer-SD)、スロヴァキア国民党(SNS)、架け橋(Most-Híd)の3党連立の枠組はそのまま維持されたため、国民の不満が高まっていました。

 今回の選挙期間中、チャプトバ候補は“悪に立ち向かう”をスローガンに、「検察や警察から政治的影響力を剥奪する構造改革に着手」する方針を明らかにするとともに、高齢者福祉や環境保護にも力を入れると公約していました。

 なお、スロヴァキアの大統領は国家元首ではあるものの、大半の権限は形式的なものとなっています。ただし、最高裁判所判事の任命権に加え、議会が可決した法案に対する拒否権もあるため、新大統領が政界浄化に一定の役割を果たすことが期待されています。


 ★★ 4月5日、文化放送「おはよう寺ちゃん 活動中」 出演します!★★

 4月5日(金)05:00~  文化放送で放送の「おはよう寺ちゃん 活動中」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時のスタートですが、僕の出番は6時台になります。皆様、よろしくお願いします。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。


 ★★★ メディア史研究会で発表します! ★★★

 4月20日(土)14:00から、東京・水道橋の日本大学法学部三崎町キャンパスにて開催のメディア史研究会月例会にて、拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』の内容を中心に、「メディアとしての“英雄的ゲリラ”」と題してお話しします。

 なお、メディア史研究会はまったく自由な研究会で、会員以外の方でも気楽にご参加いただけますので(もちろん、無料)、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。

      
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 飼獅子に咬まれる
2019-03-07 Thu 14:37
 チェコ東部の村ズジェホフで、おととい(5日・現地時間)、無許可で雌雄のライオンを飼っていた男が、ライオンに襲われて亡くなったそうです。というわけで、チェコのライオン切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      チェコ軍団の切手

 これは、1920年、シベリアの第1チェコスロバキア狙撃連隊(以下、チェコ軍団)の将兵用に発行された切手で、チェコスロヴァキアの国章“ボヘミアのライオン”が描かれています。

 第一次大戦以前、チェコとスロヴァキアはハプスブルク帝国の支配下にあり、チェコおよびスロヴァキア人将兵はオーストリア軍の一員として大戦に参加し、ロシア軍と戦っていました。しかし、もともとハプスブルクからの独立を強く望んでいたチェコ人たちは、ヨーロッパ諸民族とドイツ人との戦いとしての第一次大戦を民族独立の好機とみなすようになり、“敵の敵”であるロシアに投降する者が後を絶ちませんでした。

 このため、ロシア帝国は、チェコ人とスロヴァキア人捕虜によってチェコ軍団を結成。彼らは義勇兵として独墺と戦い、1917年7月のガリツィア攻勢において3000人以上の捕虜を獲得するなどの戦果を挙げています。1918年の時点で、チェコ軍団の規模は約15万人で、帝政ロシアを打倒して独墺と単独講和を結んだボリシェヴィキ政権はドイツの手先であると考えていました。

 こうした状況の下、1918年4月、シベリア経由でヨーロッパ戦線に向かおう途中のチェコ軍団のメンバーが、移送中のドイツ・オーストリア軍の捕虜と小競り合いを起こしたのをきっかけに、チェコ軍団による反乱が勃発。チェコ軍団はシベリア鉄道に沿って、当時、無政府状態になっていたサマラ=イルクーツク間の地域を占拠しました。

 これに対して、ボリシェビキ政権は連合国に対してチェコ軍団の武装解除を要求しましたが、連合国側はこれを拒否。逆に、「チェコ軍団がシベリア各地で殲滅されかかっている」として、チェコ軍団救出を大義名分に、ボリシェビキ政権に対する干渉出兵を行うこととします。ボルシェビキ政権を打倒し、連合国に立って戦うロシア政府を樹立することによって、東部戦線にドイツ軍を釘付けにするためでした。これが、列強諸国によるシベリア出兵の基本的な構図です。

 さて、今回ご紹介の切手の台切手は、1919年9月、プラハで製造されたもので、“ボヘミアのライオン”の紋章の周囲に軍隊を示す各種の武器を散りばめたデザインになっています。周囲には“シベリア・チェコスロバキア軍郵便(POSTA CESKOSLIVENSKE ARMADY SIBIRSKE)”の文字と発行年を示す“1919”の表示があり、1920年以降は、今回ご紹介の切手のように、1920の年号や各種の額面を加刷して使用されました。

 なお、この切手が発行されたときには、すでに、大戦は終結してハプスブルク帝国は崩壊しており、チェコはスロヴァキアとともにチェコスロヴァキアとして独立していました。


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 チェコスロヴァキア独立100周年
2018-10-28 Sun 12:57
 1918年10月28日にチェコスロヴァキアが独立して、きょうで100周年です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      チェコ・スカウト切手(1918)

 これは、1918年11月、独立当初のチェコスロヴァキアで暫定的に行われていたスカウト郵便用の切手で、“ボヘミアのライオン”の紋章が描かれています。

 第一次大戦以前、チェコとスロヴァキアはハプスブルク帝国の支配下にあり、チェコおよびスロヴァキア人将兵はオーストリア軍の一員として大戦に参加し、ロシア軍と戦っていました。しかし、もともとハプスブルクからの独立を強く望んでいたチェコ人たちは、ヨーロッパ諸民族とドイツ人との戦いとしての第一次大戦を民族独立の好機とみなすようになり、“敵の敵”であるロシアに投降する者が後を絶ちませんでした。

 このため、ロシア帝国は、チェコ人とスロヴァキア人捕虜によって第1チェコスロバキア狙撃連隊(チェコスロヴァキア軍団)を結成。彼らは義勇兵として独墺と戦い、1917年7月のガリツィア攻勢において3000人以上の捕虜を獲得するなどの戦果を挙げました。

 一方、トマーシュ・マサリクやエドヴァルド・ベネシュ、ミラン・シュテファーニクら独立運動家たちは、1916年、パリで“チェコスロバキア国民委員会”を設立していましたが、チェコスロヴァキア軍団の活躍もあり、1918年年6月29日、協商国は同委員会を“将来のチェコスロヴァキア政府の基礎”として承認。ハプスブルク帝国の敗戦がほぼ確実になった同年10月18日、同委員会が“ワシントン宣言”を行い独立を宣言し、マサリクを初代大統領とするチェコスロヴァキア暫定政府を設立すると、10月28日、チェコスロヴァキア国内の国民委員会も独立を宣言してプラハの政庁を占拠しました。

 その後、11月3日にハプスブルク帝国が降伏し、11月11日、皇帝カール1世が退位して帝国は崩壊しますが、そうした混乱の中で、チェコスロヴァキア国民委員会支配下のプラハでは、ボーイ・スカウトの組織を利用して郵便物の配達が行われていました。今回ご紹介の切手は、そうしたスカウト郵便の料金を納付するため、11月7日に発行されたもので、11月25日、国民委員会が旧ハプスブルク帝国の郵政機関を接収するまで使用されていました。

 なお、旧ハプスブルク帝国の切手は、チャコスロヴァキア領内では1919年3月15日まで有効とされていましたが、1918年12月18日には、新国家の最初の切手として、アルフォンス・ミュシャのデザインしたプラハ城切手の発行が始まり、チェコスロヴァキア郵政が本格的に動き出すことになります。


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 本日、トークやります。
2018-07-21 Sat 00:35
 昨日(20日)から、東京・錦糸町のすみだ産業会館で全日本切手展2018(以下、全日展)がスタートしました。今回は、チェコスロヴァキア独立100周年ということで、会場では“チェコ切手展”も併催しており、本日(21日)は僕も14:30から「アウシュヴィッツとチェコを往来した郵便」と題するトークイベントをやります。というわけで、きょうはこんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ヘジュマヌーヴ・ムニェステツからアウシュヴィッツ宛

 これは、1942年3月17日、ヘジュマヌーヴ・ムニェステツからアウシュヴィッツの収容者宛に差し出されたものの、収容所側の通信制限を理由に差出人に返送された郵便物です。

 第二次大戦勃発前年の1938年9月29-30日に行われたミュンヘン会談の結果、対独宥和政策を取る英国のネヴィル・チェンバレン首相、フランスのエドゥアール・ダラディエ首相は、「ズデーテンラントは我々の最後の領土的要求であり、チェコスロヴァキアの独立を侵害するつもりはない」と主張するヒトラーに譲歩し、ズデーテン地方のドイツ編入を容認。同年10月1日には、ズデーテンラントでのドイツによる軍政が施行されました。その後、ヒトラーは前言を翻し、1939年3月、チェコスロヴァキア国家を解体。ドイツはチェコ地域の主要部を併合して、ボヘミアとモラビアの主要部分にベーメン・メーレン保護領(ボヘミア・モラビアのドイツ語読み)を設置します。今回ご紹介の郵便物の差出地であるヘジュマヌーヴ・ムニェステツは、現在のチェコの領域にありますが、上記のような事情でベーメン・メーレン保護領に編入されたため、切手も同保護領のモノが貼られています。

 さて、1940年、ポーランド南部に開設されたアウシュヴィッツ収容所は、もともとは、ポーランド人の政治犯・捕虜を収容するための施設でした。ところが、1941年6月の独ソ戦勃発を経て、1942年1月のヴァンゼー会議で「ユダヤ人問題の最終解決」が決定されると、ドイツ勢力圏下の欧州各地からユダヤ系の人々がアウシュヴィッツに移送されてくるようになり、アウシュヴィッツとベーメン・メーレン保護領との間でも郵便物の往来が始まります。

 アウシュヴィッツの収容者宛の通信に関しては、差出地のいかんにかかわらず、収容者の名前・誕生日・収容者番号・収容棟番号を記して、アウシュヴィッツ郵便局気付で送られました。そして、収用所に到着した郵便物は、まず、収容所当局によって名宛人が収容所にいるか否か、1ヶ月に2通という受取可能な通数の制限内に収まっているか否かをチェックしたうえで、内容の検閲を受け、収容者に渡されるという段取りになっていました。

 このため、収容者の死亡や別の収容所への移送により名宛人が不在となった場合や、受け取り可能な通数を超えた場合には、そのことが明らかになった時点で、事情説明の印を押して差出人に返戻されています。今回ご紹介の郵便物では、下から、名宛人がすでに1ヶ月2通までの制限を超える郵便物を受け取っていたことを示す“schon post erhalten(郵便物受領済)”、郵便検閲を受けたことを示す“Postzensurstelle/ K.L. Auschwitz/ geprüft:…………..(郵便検閲/アウシュヴィッツ収容所/検閲担当者…)”の3行印、“zurück/ Annahme verweigert(差出人戻/受取拒否)”の2行印が押されています。

 今日のトークイベントでは、第二次大戦中のチェコスロヴァキアについての基本的な状況や、アウシュヴィッツからベーメン・メーレン保護領宛の郵便物、テレジーン(ドイツ語名テレジエンシュタット)収容所からアウシュヴィッツに移送された収容者に関して行われた郵便物の偽装工作などについてもお話しするほか、時間に余裕があれば、今年5月、エルサレムでの世界切手展に出品したPostal History of Auschwitz 1939-1945 (審査員出品として会場に展示しています)についても、簡単に解説したいと思っています。

 つきましては、ぜひ、14:30から全日展会場の8階イベントスペースでのトークにご参加ください。また、アウシュヴィッツとその郵便物の概要につきましては、拙著『アウシュヴィッツの手紙』も併せてご覧いただけると幸いです。
 
 
★★★ 全日本切手展のご案内  ★★★ 

 7月20-22日(金-日) 東京・錦糸町のすみだ産業会館で全日本切手展(全日展)ならびにチェコ切手展が開催されます。主催団体の一つである全日本郵趣連合のサイトのほか、全日本切手展のフェイスブック・サイト(どなたでもご覧になれます)にて、随時、情報をアップしていきますので、よろしくお願いいたします。

      全日展2018ポスター

 *画像は実行委員会が制作したポスターです。クリックで拡大してご覧ください。


★★★ 近刊予告! ★★★

 えにし書房より、拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』が近日刊行予定です!
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 きょうからチェコ切手展(+全日展)
2018-07-20 Fri 00:19
 かねてご案内の通り、きょう(20日)から、東京・錦糸町のすみだ産業会館8階で、チェコスロヴァキア独立100周年を記念して、在日チェコ共和国大使館のご後援の下、チェコ切手展(全日本切手展2018=全日展と併催)がスタートします。というわけで、きょうは、チェコ関連の展示の目玉のひとつとして、この切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      チェコスロヴァキア・プラハ城FDC

 これは、1918年12月18日、チェコスロヴァキア最初の切手“プラハ城”の発行日に、プラハ城切手を貼ってドイツ・ワイマール宛に差し出した書留便で、今回のチェコ切手展に展示されている高久健一さんのコレクションの目玉の逸品です。

 第一次大戦以前、オーストリア=ハンガリー二重帝国の支配下に置かれていたチェコとスロヴァキアは、1918年10月18日、チェコスロヴァキアとして独立を宣言します。当初、新国家はオーストリア時代の切手を接収し、“チェコスロヴァキア共和国”などの文字を上から印刷するなどの暫定的な処置で急場をしのいでいましたが、これと併行して、独立国としてオリジナル・デザインの新切手を発行すべく準備を進めました。

 新国家は自国出身の巨匠であったミュシャ(チェコ語の発音だと“ムハ”)に切手のデザインを依頼。これを受けて、ミュシャは、独立後まもない祖国のためにプラハ城を大きく描き、右手に小さく聖ミクラーシュ教会を配した切手のデザインを無償で作成します。

 ミュシャのデザインした切手は、1918年12月18日、最初の3額面(3ハレル、5ハレル=今回ご紹介のカバーに貼られている切手、10ハレル)が発行されたのを皮切りに、1920年までさまざまな額面のものが発行されました。これが、いわゆる“プラハ城切手”です。

 プラハ城切手は、当時の混乱した状況の中で製造されたことから、一見、同じに見える切手でもさまざまなバラエティに分類することができます。また、当時は、わずか2年5ヶ月の間に3回の郵便料金の値上げがあったため、さまざまな種類の郵便物が残されることになりました。今回、チェコ切手展に招待展示されている高久さんのコレクションは、それらを丹念に分類・研究したもので、これまでにも、2011年に横浜で開催の世界切手展<Philanippon 2011>で金賞を受賞したのをはじめ、世界最高水準のコレクションとして知られています。

 なお、今回のチェコ切手展では、ご来場者先着300名様に、プラハ城切手をおひとり1枚、プレゼントしておりますので、切手もさることながら、“ホンモノのミュシャ”を手に入れてみたいという方はぜひ、会場にお運びください。

 
★★★ 全日本切手展のご案内  ★★★ 

 7月20-22日(金-日) 東京・錦糸町のすみだ産業会館で全日本切手展(全日展)ならびにチェコ切手展が開催されます。主催団体の一つである全日本郵趣連合のサイトのほか、全日本切手展のフェイスブック・サイト(どなたでもご覧になれます)にて、随時、情報をアップしていきますので、よろしくお願いいたします。

      全日展2018ポスター

 *画像は実行委員会が制作したポスターです。クリックで拡大してご覧ください。

 なお、会期中の21日には、内藤のトーク・イベントが以下の3件あります。
 13:00 【セミナー・9階会議室】 「国際切手展審査員としての経験から テーマティク部門」
 14:30 【講演・8階イベントスペース】 「アウシュヴィッツとチェコを往来した郵便」
 16:00 【新刊紹介8階イベントスペース】 『世界一高価な切手の物語』(東京創元社)


★★★ 近刊予告! ★★★

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 ヤン・フスの日
2018-07-06 Fri 09:30
 きょう(6日)は、チェコでは“ヤン・フス”の祝日、昨日の“聖キリルと聖メトディウスの日”に続く連休です。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      チェコ・ヤン・フス(2015)

 これは、2015年にチェコが発行した“ヤン・フス処刑600年”の記念切手で、フスの肖像が大きく取り上げられています。

 ヤン・フスは、1369年頃、プラハの南南西75kmの地点にあるフシネツで、貧しいチェコ人の家庭に生まれました。1380年代半ばにプラハ大学で学び、1398年には同大教授、1401年に哲学部長、1403年には学長となりました。英国で教会を批判し、聖書による信仰を回復することを説いたウィクリフの教説を知ってその影響を受け、カトリック教会の世俗化を厳しく批判するようになり、1402年からはチェコ語で説教をするようになりました。ちなみに、フスは、一つの記号でそれぞれの音を表すため、チェコ語の綴りに特殊記号(特にハーチェク: č, š, ž, ř, ěなど)を使用し始めた人物でもあります。

 フスの説教と教会改革の主張は、ベーメン(ボヘミア)の貴族や民衆に広く受け容れられ、影響力を持つようになりましたが、1411年、対立教皇ヨハネス23世が、ナポリ王ラディズラーオ1世を制圧するための十字軍派遣にあたって、その遠征費用を賄うため、免罪符の売買を始めると、1412年、フスはこれに反論する論文を発表。フスは同論文で「教会の名のもとで剣を挙げる権利は教皇にも司教にもなく、敵のために祈り、罵るものたちに祝福を与えるべきである」「人は真の懺悔によって赦しを得、金では購うことはできない」と主張し、これに刺激を受けたボヘミアの民衆の一部が教皇の教書を焼き捨て、教会の説教の途中で説教者を否定し免罪符を欺瞞と罵ったため、3人が逮捕・斬首される騒擾事件が発生しました。

 ローマ教会は一連の騒擾事件を不快とし、教皇代理で大司教のアルビックは、フスに対して教書への反対を止めるように説得を試みます。また、ボヘミア王のヴァーツラフ4世はフス派と反フス派の調停を試みたものの失敗。このため、1414年、神聖ローマ皇帝のジギスムントはコンスタンツ公会議にフスを召還。フスは自説を主張する機会と考えてそれに応じたものの、審問では一切の弁明も許されず、一方的に危険な異端の扇動者であると断じられ、1415年7月6日、焚刑に処せられました。

 フス自身は、あくまでもローマ教皇の権威を尊重し、免罪符などの誤りを質して、教会が聖書に基づく信仰に戻ることを求めただけでしたが、彼の思想が“危険思想”として排斥され、フス自身も処刑されたことは、封建領主としての教会やドイツ人に対するチェコ人の不満に火をつける結果となり、1419-36年には、“フス戦争”と呼ばれる大規模な農民一揆が発生しました。

 その後、フス戦争がフス派の敗北に終わり、三十年戦争もフス派とプロテスタントの敗北に終わった後、チェコではカトリックが優勢となったため、フスの名も長らく忘れられていましたが、19世紀以降、チェコ人のナショナリズムが高揚する過程で、フスはチェコの民族的英雄とされるようになり、彼の最後の言葉“真実は勝つ(Pravda vítězí)”がチェコ・ナショナリズムを象徴するスローガンとなります。その結果、処刑から500周年の1915年7月6日にはフスとフス派の群像がプラハ旧市街に建立されたほか、チェコスロヴァキアの独立後の1920年、“真実は勝つ”は国の標語に採用されました。

 さらに、社会主義体制下の1977年1月1日、改革派の知識人らが人権回復を求めて発表した宣言『憲章77』には、フスの言葉を意識したとみられる「真実に生きる者のために真実は勝つ」という標語が掲げられていたほか、1989年のビロード革命では、ヴァーツラフ・ハヴェル大統領がフスの言葉を踏まえて「愛は憎しみを、真実は虚偽を征服しなければならない」というスローガンを唱えています。

 こうした経緯を経て、冷戦終結後の1990年、ローマ教皇ヨハネ=パウロ2世がプラハを訪問し、教会改革者としてのフスを再評価。1999年には、ヴァチカンは「フスに課せられた過酷な死と、その後に生じた紛争に対して、深い哀惜の意を表明する」との声明を発表し、彼に対する完全な名誉回復が行われています。

 なお、7月20-22日に東京・錦糸町で開催の全日本切手展では、ことし(2018年)がチェコスロヴァキア独立100周年であることにちなみ、“チェコ切手展”を併催します。同展では、チェコスロヴァキア最初の切手として知られるプラハ城切手の世界的なコレクションの展示をのほか、チェコ美術に関する講演などのプログラムもご用意しております。僕も21日(土)14:30から、8階イベントスペースで「アウシュヴィッツとチェコを往来した郵便」と題するトークイベントを行いますので、よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。
 

★★★ 全日本切手展のご案内  ★★★ 

 7月20-22日(金-日) 東京・錦糸町のすみだ産業会館で全日本切手展(全日展)ならびにチェコ切手展が開催されます。主催団体の一つである全日本郵趣連合のサイトのほか、全日本切手展のフェイスブック・サイト(どなたでもご覧になれます)にて、随時、情報をアップしていきますので、よろしくお願いいたします。

      全日展2018ポスター

 *画像は実行委員会が制作したポスターです。クリックで拡大してご覧ください。

 なお、会期中の21日、内藤は、以下の3回、トーク・イベントをやります。
 13:00・9階会議室 「国際切手展審査員としての経験から テーマティク部門」
 14:30・8階イベントスペース 「アウシュヴィッツとチェコを往来した郵便」
 16:00・8階イベントスペース 『世界一高価な切手の物語』(東京創元社)


★★★ 近刊予告! ★★★

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      ゲバラ本・仮書影

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 聖キリルと聖メトディウスの日
2018-07-05 Thu 00:18
 きょう(5日)は、チェコとスロヴァキアでは“ 聖キリルと聖メトディウスの日”の祝日です。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      チェコ・聖キリルと聖メトディウス(2013)

 これは、2013年にチェコが発行した“聖キリルと聖メトディウスの大モラヴィア到達1150年”の記念切手で、天使を従えたキリストの前に跪く聖キリル(左)と聖メトディウス(右)を描くフレスコ画が取り上げられています。フレスコ画はローマのサン・クレメンテ教会のもので、両聖人の肖像画としては最古のものです。なお、“聖キリルと聖メトディウスの大モラヴィア到達1150年”のテーマでは、今回ご紹介のチェコのほか、スロヴァキア、ヴァティカン、ブルガリアで同じフレスコ画を取り上げた切手が共同発行されています。

 聖キリル(キュリロス)は、827年、テッサロニキの富裕な家庭に生まれました。誕生時の名前はコンスタンティノスでしたが、コンスタンティノポリスで哲学を学んだ後、修道士となり、キュリロスと称しました。

 ギリシア語、ラテン語、ヘブライ語に熟知した文献学者、またユダヤ教やイスラムに反駁する哲学者として知られ、9世紀後半、モラヴィア王国(現在のチェコ東部に相当)が東ローマ帝国にキリスト教宣教師を要請すると、布教のためモラヴィアへ兄メトディオスとともに派遣されてモラヴィア王家に洗礼を施し、キリスト教に改宗させました。また、新たに考案したグラゴル文字(現在のキリル文字のもとになったとされる文字)を用いて古代教会スラヴ語への聖書の翻訳を行うなど、スラヴ世界におけるキリスト教伝道に努めたため、キュリロスとメトディオスの兄弟は、ともに“スラブの(亜)使徒”と称され、スラヴ圏のキリスト教会では崇敬の対象となっています。

 しかし、兄弟によるモラヴィアへの布教に対しては、彼らが翻訳したスラヴ語聖書を使用することの是非をめぐってザルツブルク司教ティトマールが兄弟を攻撃したため、867年、ローマ教皇ニコラウス1世は兄弟をローマに招聘。これを受けて、兄弟は、聖クレメンス(第4代ローマ教皇l)の聖遺物を携え、弟子たちとともにローマへ上り、教皇に謁見。その学識と人格はローマの人々を魅了し、教皇は2人にモラヴィア伝道の許可を確認するとともに、スラヴ語による奉神礼に公式の許可を与えました。

 その後、キュリロス869年2月14日に亡くなり、彼の死後、モラヴィア伝道とスラヴ語奉神礼の整備は兄メトディオスと弟子たちに引き継がれました。しかし、彼らのモラヴィア布教は最終的に東フランク王国の圧力で失敗に終わり、モラヴィアは後にカトリック圏に組み込まれていくことになります。

 なお、7月20-22日に東京・錦糸町で開催の全日本切手展では、ことし(2018年)がチェコスロヴァキア独立100周年であることにちなみ、“チェコ切手展”を併催します。同展では、チェコスロヴァキア最初の切手として知られるプラハ城切手の世界的なコレクションの展示をのほか、チェコ美術に関する講演などのプログラムもご用意しております。僕も21日(土)14:30から、8階イベントスペースで「アウシュヴィッツとチェコを往来した郵便」と題するトークイベントを行いますので、よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。
 
★★★ 全日本切手展のご案内  ★★★ 

 7月20-22日(金-日) 東京・錦糸町のすみだ産業会館で全日本切手展(全日展)ならびにチェコ切手展が開催されます。主催団体の一つである全日本郵趣連合のサイトのほか、全日本切手展のフェイスブック・サイト(どなたでもご覧になれます)にて、随時、情報をアップしていきますので、よろしくお願いいたします。

      全日展2018ポスター

 *画像は実行委員会が制作したポスターです。クリックで拡大してご覧ください。

 なお、会期中の21日、内藤は、以下の3回、トーク・イベントをやります。
 13:00・9階会議室 「国際切手展審査員としての経験から テーマティク部門」
 14:30・8階イベントスペース 「アウシュヴィッツとチェコを往来した郵便」
 16:00・8階イベントスペース 『世界一高価な切手の物語』(東京創元社)


★★★ 近刊予告! ★★★

 えにし書房より、拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』が近日刊行予定です!
 詳細につきましては、今後、このブログでも随時ご案内して参りますので、よろしくお願いします。

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(画像は書影のイメージです。刊行時には若干の変更の可能性があります) 
 

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 中東100 年の混迷を読み解く! 
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 スプートニクとガガーリンの闇(8)
2018-06-05 Tue 02:06
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、4月25日、『本のメルマガ』第679号が配信されました。僕の連載「スプートニクとガガーリンの闇」は、前回に続き、スプートニク1号および2号を題材に、国際地球観測年の期間中に東側諸国で発行された切手を紹介していますが、今回はチェコスロヴァキアについて取り上げました。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      チェコ・ラジウム記念印はがき

 これは、ヤーヒモフ(ドイツ語名ヨアヒムシュタール)でのウラン抽出100周年の記念標語印が押された葉書です。今回は、チェコのウランとソ連の宇宙開発という話でしたので、その“チェコのウラン”に絡めて使ったマテリアルです。

 チェコスロヴァキアでは、1948年2月の政変で共産党が実権を掌握。同年6月、チェコスロヴァキア共産党の創設メンバーだったクレメント・ゴットワルトが大統領に就任します。

 ゴットワルトは純然たるスターリン主義者で、すべての生産設備を国有化し、農業集団化を強行しただけでなく、議会制度を完全に放棄し、体制に批判的な人物は容赦なく粛清しました。1953年3月14日、スターリンの葬儀から帰国して5日後に亡くなったのは、“小スターリン”として本家のコピーに徹しきった彼の生涯を象徴するような幕引きだったといえましょう。

 ゴットワルトの死後、共産党第一書記に就任したアントニーン・ノヴォトニーはゴットワルトの路線を継承しつつ権力基盤を固め、1957年には大統領職も兼務しました。

 ときあたかも1956年2月のフルシチョフによるスターリン批判を機に東欧諸国ではソ連支配への反発が強まっており、同年10月には隣国ハンガリーで大規模な反ソ暴動(ハンガリー動乱もしくはハンガリー1956年革命)が発生しましたが、ノヴォトニーは国内の反ソ世論を封じ込めることに成功。ソ連の軍事介入を積極的に支持しました。

 こうした状況の下で、1957年10月、ソ連が世界最初の人工衛星、スプートニク1号の打ち上げに成功すると、チェコスロヴァキア国内では、「スプートニク号の仕組みは?」という質問に対して「1.チェコのウラン、2.ドイツの技術、3.ソ連の犬」と応えるという共産圏ジョークが流行します。

 チェコ・ボヘミア地方のヤーヒモフ(ドイツ語名ヨアヒムシュタール)は、神聖ローマ帝国マクシミリアン2世統治下の16世紀以来、銀山の開発が行われていましたが、当初から、銀以外にも、輝く黒い鉱物の存在が知られていた。それらは“ピッチブレンド”と呼ばれており、鉱山労働者に健康被害をもたらす一方で、関節炎などの病気の治療にも使われていました。このピッチブレンドから、1789年、化学者のマルティン・クラプロートが新しい元素を抽出し、天王星(ウラヌス)を発見したヴィルヘルム・ハーシェルに敬意を表して、“ウラン”と命名します。

 1938年、ドイツがチェコスロヴァキアを併合すると、ヤーヒモフ鉱山もドイツ領となり、同年、オットー・ハーンがここから産出されたウランの研究をもとに、ウランの核分裂を発見。ヨアヒムシュタールは、原爆開発の観点から、注目を集めます。

 第二次大戦後、チェコスロヴァキアはソ連の衛星国となり、1946年以降、ヤーヒモフ鉱山で生産されるウランは、すべてソ連に輸出され核開発及び原子力発電所用核燃料として使用されていました。

 さて、実際のスプートニク1号の打ち上げに使われたR7ロケットの燃料は液体酸素とケロシン(石油を分留して作られる液体の炭化水素。ナフサよりも重く軽油よりも軽い)であって、チェコのウランが重要な役割を果たしたわけではありません。しかし、ノヴォトニー政権は事実と異なるジョークが流布していても、あえて訂正しませんでした。それにより、自分たちが東側諸国の“優等生”としてソ連の宇宙開発を支えており、自分たちに敵対する者に対してはソ連によって鉄槌が下されるであろうことを暗示させる効果を狙ったのです。

 ただし、ノヴォトニー体制下での硬直化した国家運営や西側諸国との経済格差の拡大は、次第に、チェコスロヴァキア国民の不満を鬱積させ、1962年5月1日には、プラハ大学の学生が「我々はスプートニクをもっているが、肉をもっていない。我々はスプートニクより肉が欲しい」とのスローガンをかかげてメーデーに参加しています。これに対して、ノヴォトニーは、学生たちの要求を徹底的に弾圧。その後も“プラハの春”が始まる1968年1月まで党第一書記・大統領としてチェコスロヴァキアの“小スターリン”の座を維持し続けました。

 なお、毎月25日に配信の「本のメルマガ」での僕の連載、「スプートニクとガガーリンの闇」ですが、5月は、イスラエル出張中ということで1回お休みをいただきました。次回は、6月25日配信号での掲載になりますので、あしからずご了承ください。


★★★ 近刊予告! ★★★

 えにし書房より、拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』が7月刊行予定です!
 詳細につきましては、今後、このブログでも随時ご案内して参りますので、よろしくお願いします。

      ゲバラ本・仮書影

(画像は書影のイメージです。刊行時には若干の変更の可能性があります) 

 なお、当初、『チェ・ゲバラとキューバ革命』は、2018年5月末の刊行を予定しておりましたが、諸般の事情により、刊行予定が7月に変更になりました。あしからずご了承ください。


★★ 内藤陽介の最新刊 『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』 ★★

      パレスチナ現代史・表紙 本体2500円+税

 【出版元より】
 中東100 年の混迷を読み解く! 
 世界遺産、エルサレムの“岩のドーム”に関連した郵便資料分析という独自の視点から、複雑な情勢をわかりやすく解説。郵便学者による待望の通史!

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 羽生が金、宇野が銀
2018-02-18 Sun 01:34
 現在開催中の平昌五輪は、9日目のきのう(17日)、フィギュアスケート男子シングルの羽生結弦が金、宇野昌磨が銀のワンツー・フィニッシュとなりました。羽生は前回ソチ五輪に続けての連覇で、この種目での連覇は1948-52年のサンモリッツ-オスロ大会のディック・バトン以来66年ぶり、冬季五輪での日本人選手の金銀独占は1972年の札幌五輪以来46年ぶりのことです。というわけで、きょうは、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      チェコ・札幌五輪(フィギュア)

 これは、1972年の札幌五輪に際してチェコスロヴァキアが発行した記念切手で、フィギュアスケートの男子選手が取り上げられています。

 フィギュアスケートの切手の女子選手を描くものが圧倒的に多く、男子選手が描かれている場合でも女子選手とのペアで描かれることが多いのですが、そうした中で、チェコスロヴァキアが男子選手の切手を発行したのは、当時の欧州を代表するスケーター、オンドレイ・ネペラの存在が大きかったのではないかと思います、

 オンドレイ・ネペラは、1951年1月22日、ブラチスラヴァ(現スロヴァキア)生まれ。1964年のインスブルック五輪に初出場した時には22位でしたが、1966-68年の欧州選手権では連続2位と急成長を遂げました。1968年のグルノーブル五輪こそ8位と不調でしたが、1969-73年までは欧州選手権5連覇を果たし、さらに、1971-73年には世界選手権で3連覇を達成。全盛期で迎えた札幌五輪では、下馬評通り、金メダルを獲得しました。これは、チェコスロヴァキアにとって、冬季五輪初の金メダルだったというだけでなく、ソ連のセルゲイ・チェトベルヒンを下しての勝利だったため、彼は一躍国民的な英雄になりました。

 引退後の1973年から13年間、ヨーロッパのアイスショーで活躍した後、西ドイツでコーチに転身。1984年のサライェヴォ五輪と1988年のカルガリー五輪で西ドイツ代表となったクラウディア・ライストナーを育てるなど、指導者としても実績を残しましたが、1989年2月、エイズによる合併症のため38歳の若さで亡くなりました。


★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” 次回は22日!★★

 2月22日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第16回が放送予定です。今回は、前日の21日が国際母語デーということで、この国際デーの由来となったバングラデシュとベンガル語についてお話する予定です。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。


★★★ 世界切手展< THAILAND 2018>作品募集中! ★★★

 本年(2018年)11月28日から12月3日まで、タイ・バンコクのサイアム・パラゴンで世界切手展<THAILAND 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不肖・内藤がお引き受けすることになりました。

 現在、出品作品を3月12日(必着)で募集しておりますので、ご興味がおありの方は、ぜひ、こちらをご覧ください。ふるってのご応募を、お待ちしております。


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 チェコの赤鬼
2018-02-03 Sat 11:31
 きょう(3日)は節分です。というわけで、例年どおり、鬼に関連する切手の中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      チェコ・赤鬼

 これは、1981年7月2日にチェコスロヴァキアが発行したアマテュア人形劇団フェスティバルの記念切手で、左側に赤鬼の姿をした悪魔のあやつり人形が描かれています。ちなみに、チェコでは、毎年12月6日の“聖ミクラーシュの日(聖ニコラスの日に相当)”前日の5日、悪魔(に扮した人)が子供たちの家を周り、“よい子”にしていたかどうかを尋ね、「はい」と返事をして歌を歌えた子にはキャンディーなどのお菓子を配り、「いいえ」と答えた子どもには、ジャガイモや石炭が与えられるという風習があります。

 第一次大戦以前、チェコとスロヴァキアの地はハプスブルク帝国の支配下に置かれていましたが、ハプスブルク帝国は公の場でのチェコ語の使用を禁じていました。ただし、例外として、庶民の娯楽である人形劇だけはチェコ語での上演が認められていたため、チェコ人にとっての人形劇は、単なる娯楽ではなく、母国語を絶やさぬための“文化の命綱”として、また、公には許されぬ体制批判の手段として、重要な意味を持っていました。

 チェコの人形劇は、19世紀前半には名手コペツキーが出現し、1930年以降、スクパ率いるプロの人形劇団の活動により芸術として完成。現在、プラハだけでも数十軒の人形劇場があるなど、伝統文化として定着しています。

 さて、ことし(2018年)は1918年のチェコスロヴァキア独立ならびにミュシャがデザインしたプラハ城切手発行から100周年、1993年のチェコ・スロヴァキア分離から25周年にあたっており、8月にはプラハで世界切手展も予定されています。これにあわせて、7月20-22日に東京・錦糸町のすみだ産業会館で開催予定の全日本切手展2018でも、プラハ城切手の特別展示を行う予定です。同展の詳細につきましては、今後、このブログでもご案内していきますので、よろしくお願いします。


★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” 次回は8日!★★

 2月8日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第15回が放送予定です。今回は、平昌五輪の開幕前日ということで、平昌のある江原道にちなみ、金剛山の切手についてお話する予定です。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。


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      パレスチナ現代史・表紙 本体2500円+税

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 中東100 年の混迷を読み解く! 
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