内藤陽介 Yosuke NAITO
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 トルクメニスタン大統領3選
2017-02-13 Mon 19:20
 中央アジア・トルクメニスタンで、きのう(12日)、大統領選挙が行われ、独裁体制を強化してきた現職のグルバングル・ベルドイムハメドフ大統領が(中央選管の発表によれば)得票率97.69%で最多の票を得て3選されることになりました。というわけで、きょうはこの1枚です(画像はクリックで拡大されます)

      トルクメニスタン・馬(1992)

 これは、1992年にトルクメニスタンで発行された“黄金の馬”ことアハルテケの切手です。

 アハルテケはトルクメニスタンが原産で、現存する最古の馬種のひとつとされています。水や食料の不足しがちなトルクメニスタンの過酷な自然環境にも対応しうる頑健な馬で、1935年には、トルクメン人の騎手団がアシガバート(トルクメニスタンの首都)からモスクワまでを84日で走破した際には、途中の砂漠地帯を水なしで3日で横断したというエピソードもあります。また、フォームと優美さでも知られており、“黄金の馬”として、トルクメニスタンの誇りとされ、同国の国章にも描かれています。

 クリミア戦争後の1869年、ロシアはカスピ海東岸に上陸し、1873年にザカスピ軍区を設置しました。その後、ヒヴァ戦争や2次にわたるアハル・テケ遠征を経て、1881年、現在のトルクメニスタンの首都アシガバートがロシアに占領され、翌1882年、現在のトルクメニスタン国家の領域とウズベキスタンのカラカルパクスタン共和国、カザフスタンのマンギスタウ州の一部に相当する地域をあわせて“ザカスピ州”が創設され、カフカス総督の管轄下に置かれます。

 第一次大戦を経てロシア帝国が崩壊すると、1921年、地元のムスリムの反乱を制圧した赤軍は、ザカスピ州をトルキスタン自治ソヴィエト社会主義共和国内のトルクメン州に再編。さらに、1924年には、中央アジアの民族境界画定工作が行われ、トルクメン州については、その一部をウズベク・ソヴィエト社会主義共和国に割譲したうえで、同州をベースにしたトルクメン・ソビエト社会主義共和国が成立。これが、現在のトルクメニスタン国家の直接のルーツとなりました。

 その後、ソ連時代末期の1990年8月22日に主権宣言を行い、10月27日には直接選挙による大統領選挙でサパルムラト・ニヤゾフが98.8%の得票率で当選。1991年10月26日の国民投票を経て、ソ連からの独立を達成しています。

 初代大統領となったニヤゾフは2006年に急死するまで独裁者として君臨しましたが、ニヤゾフ政権下のトルクメニスタン国内では、①首都と大学を除く図書館の廃止(ニヤゾフいわく「田舎の人はどちらにしても字が読めないのだから」)、②バレエ、オペラ、サーカス、映画などの禁止(ニヤゾフいわく「白鳥の湖の男性ダンサーの衣装が気に入らない」)、③首都を除く地方の病院を閉鎖(ニヤゾフいわく「ちゃんとした医師は首都にいる。病人は首都に行けばよい」)、④女性の金歯を禁止(ニヤゾフいわく「女性には金歯が似合わない」)、⑤高齢者向け年金の停止など、かなり無茶苦茶な政策が行われていました。

 ニヤゾフの死後、2007年2月14日の大統領選挙を経て、ニヤゾフ政権下で副首相を務めたグルバングル・ベルドイムハメドフが第2代大統領に就任。ベルドイムハメドフは、ニヤゾフ時代の荒唐無稽な政策を撤廃するとともに、天然資源の好調な輸出を原資に公共料金を無料化したり、インターネットの利用を解禁したりするなど、一定の脱ニヤゾフ化政策を展開しました。その背景には、豊富な天然ガスをテコにした資源外交を活発化させていくなかで、ニヤゾフ時代に定着した“中央アジアの北朝鮮”との国際イメージを払拭したいという現政権の意図があるとされています。

 しかしながら、ベルドイムハメドフ政権による脱ニヤゾフ化政策も、完全な民主化とは程遠く、秘密警察による監視は続いており、体制批判は現在なおタブーです。また、街中ではベルドイムハメドフの肖像が増加するなど、個人崇拝は年々強化され、昨年(2016年)の憲法改正では、大統領任期は5年から7年に延長されただけでなく、70歳までとの年齢制限も撤廃されました。この結果、ベルドイムハメドフは、制度的には、ニヤゾフに次いで終身大統領となることが可能になっており、独裁体制の強化はむしろ進んでいるとも見られています。

 ちなみに、2015年、大統領への個人崇拝を強化すべく、首都アシガバートには、高さ6m で金色のベルドイムハメドフ騎馬像が建立されましたが、“黄金の馬”ことアハルテケならぬトルクメニスタン国民が、いつまで、過酷な環境に耐え続けられるものなのか、気になるところです。


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 安倍首相、トルクメニスタン訪問
2015-10-23 Fri 16:20
 中央アジア諸国歴訪中の安倍首相は、けさ未明、トルクメニスタンに到着しました。日本の総理大臣がトルクメニスタンを訪問するのはこれが初めてだそうです。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      トルクメニスタン・地図(1992)

 これは、1992年にトルクメニスタンが独立国として発行した最初の切手の1枚で、トルクメニスタンの地図に資源・産業の分布が示されており、世界第4位の輸出量を誇る天然ガスと石油の象徴として、西部には櫓も描かれています。

 クリミア戦争後の1869年にロシアはカスピ海東岸に上陸し、1873年にザカスピ軍区を設置しました。その後、ヒヴァ戦争や2次にわたるアハル・テケ遠征を経て、1881年、現在のトルクメニスタンの首都アシガバートがロシアに占領され、翌1882年、現在のトルクメニスタン国家の領域にウズベキスタンのカラカルパクスタン共和国、カザフスタンのマンギスタウ州の一部に相当する地域はザカスピ州として、カフカス総督の管轄下に置かれます。

 第一次大戦を経てロシア帝国が崩壊すると、1921年、地元のムスリムの反乱を制圧した赤軍は、ザカスピ州をトルキスタン自治ソヴィエト社会主義共和国内のトルクメン州に再編。さらに、1924年には、中央アジアの民族境界画定工作が行われ、トルクメン州については、その一部をウズベク・ソヴィエト社会主義共和国に割譲したうえで、同州をベースにしたトルクメン・ソビエト社会主義共和国が成立。これが、現在のトルクメニスタン国家の直接のルーツとなりました。

 その後、ソ連時代末期の1990年8月22日に主権宣言を行い、10月27日には直接選挙による大統領選挙でサパルムラト・ニヤゾフが98.8%の得票率で当選。1991年10月26日の国民投票を経て、ソ連からの独立を達成しています。

 初代大統領となったニヤゾフは2006年に急死するまで独裁者として君臨。彼の死後は2007年2月14日の大統領選挙を経て、グルバングル・ベルディムハメドフが第2代大統領に就任し、現在までその地位にあります。

 ニヤゾフの時代、トルクメニスタン国内では、①首都と大学を除く図書館の廃止(ニヤゾフいわく「田舎の人はどちらにしても字が読めないのだから」)、②バレエ、オペラ、サーカス、映画などの禁止(ニヤゾフいわく「白鳥の湖の男性ダンサーの衣装が気に入らない」)、③首都を除く地方の病院を閉鎖(ニヤゾフいわく「ちゃんとした医師は首都にいる。病人は首都に行けばよい」)、④女性の金歯を禁止(ニヤゾフいわく「女性には金歯が似合わない」)、⑤高齢者向け年金の停止など、かなり無茶苦茶な政策が行われていましたが、ベルディムハメドフは、こうした制限を撤廃。天然資源の好調な輸出を原資に公共料金を無料化したり、インターネットの利用を解禁するなど、比較的まともな政策を進めているとされています。ただし、現在なお、トルクメニスタン国内では秘密警察による国民生活の監視は続けられており、強権的な独裁体制が続いていることには変わりありません。


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 独裁者死して
2006-12-26 Tue 00:57
 中央アジア・トルクメニスタンで旧ソ連時代から20年以上にも渡って独裁権力の座に君臨していたサパルムラト・ニヤゾフ大統領が21日に急死し、その葬儀が24日に行われました。というわけで、今日はこの切手を持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

 ニヤゾフ

 これは、1992年にトルクメニスタンが独立国として発行した最初の切手の1枚で、国旗をバックに、同年6月に晴れて初代トルクメニスタン大統領に就任したばかりのニヤゾフの肖像が取り上げられています。

 生前のニヤゾフは、とにかく、とてつもない独裁者で、トルクメニスタンは“中央アジアの北朝鮮”とまで言われていました。

 たとえば、首都のアシガバードでは、ほぼ50メートルごとに大統領の肖像や銅像が設置されており、肖像や銅像を清掃する担当者がいるほか、全ての生活必需品を網羅するニヤゾフ・ブランドの商品が売られています。まぁ、これくらいなら、他の独裁国家にも例がないわけではないのですが、大統領の一存で、①首都と大学を除く図書館の廃止(ニヤゾフいわく「田舎の人はどちらにしても字が読めないのだから」)、②バレエ上演の禁止(ニヤゾフいわく「白鳥の湖の男性ダンサーの衣装が気に入らない」)、③首都を除く地方の病院を閉鎖(ニヤゾフいわく「ちゃんとした医師は首都にいる。病人は首都に行けばよい」)、④女性の金歯を禁止(ニヤゾフいわく「女性には金歯が似合わない」)、⑤口パクの禁止(ニヤゾフいわく「歌や音楽の発展に負の効果をもたらす」)…といったトンでも系の規制がまかり通っていたとなると、やっぱり、ただ事ではないでしょう。ちなみに、ニヤゾフが肺がんの療養中ということで、トルクメニスタン国内は禁煙が義務化されていましたが、彼の死で、国民はタバコを吸えるようになったんでしょうか。

 まぁ、トルクメニスタンが何もない国だったら、辺境の独裁国家もお笑いネタですんだのでしょうけれど、なにせ、かの国は天然ガスの世界第4位の埋蔵量を誇る資源大国ですからねぇ。カマドの灰の下まで自分のモノにしていた独裁者の“遺産”をめぐって、これから一波乱も二波乱も起こるのは避けられないでしょうなぁ。

 収集家目当てのインチキ切手が多いといわれるトルクメニスタンですが、ひょっとしてひょっとすると、今後の政情次第ではいろいろと面白いマテリアルが登場することになるのかもしれません。しばらくは要チェックですな。

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