内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 サウジアラビア国王来日
2017-03-12 Sun 14:33
 サウジアラビアのサルマーン国王が、きょう(12日)から15日までの日程で来日されます。サウジアラビア国王の来日は、1971年のファイサル国王以来、46年ぶりですが、今回の国王来日は、王族や企業幹部ら随行団が“1000-1500人の規模”、持ち込まれる荷物の総重量が450トン超という桁違いとなっていることでも話題になっています。というわけで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      サウジ・サルマーン国王(2015)

 これは、2015年4月27日、サウジアラビアで発行されたサルマーン新国王(中央)とムクリン皇太子兼副首相(右。肩書は切手発行当時)とムハンマド・ビン・ナーイフ副皇太子兼内務大臣(左。同)の3人が取り上げられています。

 サルマーン国王は、1935年12月31日、初代サウジアラビア国王イブン・サウードの25番目の男子で、イブン・サウードが最も寵愛したスデイリ家出身のハッサ妃との間に生まれた7人の男子、“スデイリー・セブン”の1人です。

 1954年にリヤード州の副知事に就任し、1955-60年、1963-2011年にリヤード州知事を務めました。2011年10月、スデイリー・セブンの一人で兄のスルターン皇太子兼副首相兼国防大臣が死去すると後継の国防大臣に就任。さらに、2012年6月、やはりスデイリー・セブンの一人で兄のナーイフ皇太子兼副首相兼内務大臣が死去すると、国防大臣と兼任する形で王位継承順1位である皇太子兼副首相にも就任しまし。

 2015年1月23日、第6代のアブドゥッラー国王の崩御に伴い、第7代国王として即位し、首相を兼任しました。

 これに伴い、王位継承順第2位だったムクリン副皇太子兼第二副首相が皇太子兼副首相に、王位継承順第2位となる副皇太子兼第二副首相にナーイフ元皇太子の息子のムハンマド・ビン・ナーイフ内務大臣が任じられました。しかし、即位後間もない2015年4月29日、ムクリンを解任し、ムハンマド・ビン・ナーイフを内務大臣と政治・安全保障評議会議長に兼職のまま皇太子兼副首相に昇格させ、息子のムハンマド・ビン・サルマーンを国防大臣と経済開発評議会議長に兼職のまま副皇太子兼第二副首相に昇格させました。

 解任されたムクリンは初代国王イブン・サウードの子ではありますが、スデイリー・セブンではなく、イエメン出身のバラカが母親です。

 1945年生まれで、英国・米国の空軍大学で学んだ後、1965年にサウジアラビア空軍に入隊。1980年の除隊後は、マディーナ州知事として医療・教育改革で実績を上げ、2005年10月、サウジアラビア総合情報庁長官に就任。国内のイスラム過激派排除に辣腕をふるったほか、パキスタンのパルヴェーズ・ムシャラフ、ナワーズ・シャリーフ、ベーナズィール・ブットーの政治的和解のために尽力しました。こうした実績が認められ、2012年7月、アブドゥッラー国王の顧問・国王特使に任じられ、2013年2月1日には第二副首相に、2014年には、サウジアラビア史上初の副皇太子に指名されました。

 このように、スデイリー・セブンの一員でないにもかかわらず、アブドゥッラー前国王に近い政治的実力者だったムクリーの存在は、スデイリー・セブン派を重用したい国王とその周辺にとっては厄介なもので、そのことが、彼の解任につながったとみられています。ただし、ムクリーに関しては、彼に何らかの非があって皇太子兼副首相から解任されたわけではなかったことは明らかでしたから、ムクリー派に対する一定の“配慮”として、息子のマンスールが国王顧問に任じられました。

 いずれにせよ、今回ご紹介の切手の3人の組み合わせは、国王の即位からわずか3ヵ月間しか続かなかったわけですが、その後、この切手がサウジアラビア国内でどういう扱いになっているのか、そのあたりについては調べきれませんでした。どなたか、詳細をご存じの方がおられましたら、御教示いただけると幸いです。

 
★★★ ブラジル大使館推薦! 内藤陽介の『リオデジャネイロ歴史紀行』  ★★★ 

       リオデジャネイロ歴史紀行(書影) 2700円+税

 【出版元より】
 オリンピック開催地の意外な深さをじっくり紹介
 リオデジャネイロの複雑な歴史や街並みを、切手や葉書、写真等でわかりやすく解説。
 美しい景色とウンチク満載の異色の歴史紀行!
 発売元の特設サイトはこちらです。


 ★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインよろしくポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

スポンサーサイト
別窓 | サウジアラビア | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 預言者のモスク
2016-07-05 Tue 11:07
 サウジアラビア西部のイスラムの聖地メディナの預言者のモスク付近で、現地時間の4日夕(日本時間5日未明)、自爆テロが発生し、治安当局者4人が死亡、5人が負傷しました。サウジでは同日、東部カティフで自爆テロがあり、西部ジッダ(ジェッダ)の米総領事館近くでも自爆テロで2人が負傷するなど、近年では異例の連続テロとなっています。亡くなられた方々のご冥福と負傷者の方の一日も早い回復をお祈りしております。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      サウジ・預言者のモスク(1971)

 これは、1971年にサウジアラビアで発行された“預言者のモスク”を取り上げた普通切手です。

 622年、メッカからメディナへのヒジュラ(聖遷)を行ったイスラムの預言者ムハンマドと信徒たちは、メディナ到着後、まずモスクを建設し、ムハンマド本人はそこを住まいとしました。

 当初の建物は、約35×30メートルの長方形で、モスクの東側にはムハンマドの妻たちのための居室(当初は2室でしたが、最終帝に妻の数が増えたことから9室になりました)がありました。ちなみに、ムハンマドは632年に亡くなりますが、彼の遺体は、死後、このモスクにあった妻アーイシャの居室に埋葬されています。“預言者のモスク”と呼ばれるのはこのためですが、さらに、ムハンマドの遺体の傍らには、アブー・バクルとウマルの2人の遺体も埋葬されています。

 ムハンマドの存命中から、 信徒の増加に伴い、預言者のモスクは増改築されていましたが、ウマイヤ朝のワリード1世の時代にムハンマドの墓所を覆うように建物が作られ、4本の尖塔が付けられました。さらに、マムルーク朝時代の1279年にはムハンマドの墓所の上の屋根にドームが付けられています。このドームは、当初は青色でしたが、1837年に緑色に塗りかえられています。今回ご紹介の切手でも、モスクの建物部分が緑色で印刷されているのは、こうした事情を踏まえたものでしょう。

 切手が発行された後の1985年から1994年にかけて、サウジ政府はモスクの大々的な拡張工事を行い、現在のモスクの総面積は9万8326平米、屋上を含めての収容人員は26万8000人で周囲に新旧あわせて10本の尖塔を有する巨大な規模となりました。ちなみに、モスク周囲の礼拝用の広場は面積13万5000平米で、43万人が礼拝可能です。

 預言者のモスクでの礼拝は一般モスクでの礼拝の1000倍の価値があるとされていることもあって、事件発生時は1000人を超す信者が夕刻の祈りをささげていたそうです。一歩間違えたら大惨事になっていた可能性もあるわけで、犠牲者がごくわずかで済んだのは不幸中の幸いだったと言えるかもしれません。

 今回のテロ事件は、聖地メディナの最も重要な場所のすぐ近くで発生したわけで、メッカ・メディナの2大聖地の守護者を称するサウジ政府にとっては面目丸つぶれの事態です。なお、ことしは5日がラマダン明けですが、ともかくも、これ以上、大きなテロが起きずに済んでほしいものです。

 今回の自爆犯はおそらく(自称)ムスリムなのでしょうが、理由はどうあれ、聖地でのテロは一般の信徒からすれば絶対に許容はできるものではありません。犯人とその背後にいる連中は、殉教作戦の名の下に自爆テロを行っているわけですが、彼らではなく、今回の事件で殉職された治安当局の方々こそが、モスクを守って命を落とした殉教者なのだということは強調しておかねばなりますまい。

 
 ★★★ 講座のご案内 ★★★

 下記の通り、各地のよみうりカルチャーで公開講座を行います。ぜひ、ご参加ください。

 ・切手でたどる東京五輪とその時代
 よみうりカルチャー荻窪 7/9(土) 13:00~14:30

 詳細につきましては、それぞれの会場・時間をクリックしてご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 全日本切手展のご案内 ★★★

 7月22-24日(金ー日) 東京・錦糸町のすみだ産業会館で全日本切手展(全日展)ならびにオリンピックとブラジル切手展が開催されます。詳細は、主催団体の一つである日本郵趣連合のサイト(左側の“公式ブログ”をクリックしてください)のほか、フェイスブックのイベントページにて、随時、情報をアップしていきますので、よろしくお願いいたします。

       全日展2016チラシ

 *画像は全日展実行委員会が制作したチラシです。クリックで拡大してご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『ペニー・ブラック物語』  好評発売中! ★★★ 

       ペニーブラック表紙 2350円+税

 【出版元より】
 若く美しい女王の横顔に恋しよう!
 世界最初の切手
 欲しくないですか/知りたくないですか

 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

 発売元の特設サイトはこちら。ページのサンプルもご覧いただけます。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインよろしくポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | サウジアラビア | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 岩のドームの郵便学(34)
2015-10-22 Thu 22:04
 ご報告が遅くなりましたが、『本のメルマガ』586号が先月25日に配信となりました。僕の連載「岩のドームの郵便学」では、今回は、1980年のサウジアラビアについて取りあげました。その中から、この1枚をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      サウジ・岩のドーム(1981・エンブレム)

 これは、1981年1月25日からメッカで皆済された第3回イスラム諸国サミットの記念切手の1枚で、切手に取り上げられたサミットのエンブレムには、両聖都と並んで、第3の聖都としてのエルサレムを象徴するものとして岩のドームもデザインされています。

 いわゆるイスラム暦(ヒジュラ暦)は、預言者ムハンマドがメッカからメディナへ聖遷(ヒジュラ)した年の第1月ムハッラム月1日(西暦では622年7月16日)を紀元とする完全太陰暦ですが、そのイスラム暦15世紀の幕開けとなる1401年は、西暦では1980年11月9日にスタートしました。今回ご紹介の切手の題材となったサミットは、この機会をとらえて、メッカ・メディナのふたつの聖地を管轄するサウジアラビアが主催したものです。

 エルサレムがイスラムにとっても聖地である以上、イスラム暦15世紀の幕開けを祝う切手にメッカやメディナと並んで岩のドームが取り上げられてもおかしくはないのですが、この時期、他のイスラム諸国で発行されたイスラム暦15世紀の記念切手の多くは、メッカのカアバ神殿は取り上げているものの、岩のドームを取り上げてはおらず、その意味では、サウジの切手は他と比べて異質な存在ともいえましょう。

 その背景には、1979年11月に発生したハラーム・モスク襲撃事件の影響で、“イスラムの(聖地の)守護者”としてのサウジの威信が大きく揺らいでいたという事情があったと考えられます。

 ハラーム・モスクはカアバの周りを保護し、カアバに礼拝するためのモスクで、日本語ではしばしば“聖モスク”とも呼ばれています。

 1979年11月20日、聖モスクに巡礼者に交じって輿を担いだ若者の集団が現れました。ムスリムの中には、遺体を埋葬する前に聖地を巡礼させてほしいと願う人も珍しくはなく(メッカ巡礼はムスリムにとって、一生に一度は果たしたい宗教的な義務ですが、実際には、巡礼できないまま生涯を終える人も多いのです)、この若者たちもそのためにやってきたと多くの人々は考えていました。

 ところが、遺体を載せていると思われた輿には、人型に包まれた武器が乗せられており、若者たちはその武器を手に聖モスクを襲撃。礼拝のために集まっていた信徒約1000人を人質に立てこもり、その過程で、抵抗した法学者が殺害されます。

 サウジ政府は、犯人グループの鎮圧を直ちに決意したものの、神聖なモスクの中での武力行使、ましてや、そこに流血が伴うことは、イスラム法に照らして許されるものではありません。したがって、まずは、高位の法学者から、イスラム法に照らしても「聖モスクへの突入やむなし」との見解(ファトワー)を得る必要があり、このため、サウジが犯人グループの鎮圧に乗り出すまでに半日が空費されました。

 翌21日、モスクへの被害を最小限にするとともに、人質の生命を守り、犯人も生け捕りにするようにとの国王の命令の下、サウジの陸軍、国家警備隊、治安警察を計5万人動員しての鎮圧作戦が開始されましたが、武装集団は激しく抵抗し、作戦は遅々として進みませんでした。24日になると、鎮圧側は地上部分を制圧することには成功したものの、武装集団は200以上もの部屋があるモスクの広大な地下に逃げ込み、事態は長期化する様相を見せはじめます。

 ここにいたり、サウジ政府はパキスタン陸軍の特殊部隊に応援を要請。さらに、フランス国家憲兵隊治安介入部隊の隊員から作戦計画の指導を受け、12月4日、ようやく、鎮圧に成功しました。

 武装集団を率いたジュハイマーン・ウタイビーは、1936年、サウジアラビアのカスィーム州の出身。彼の祖父は、もともと、サウジ王制の祖であるアブドルアズズィーズ(イブン・サウード)の組織した屯田兵でしたが、国家建設の過程で国王が異教徒の外国と和平を結んだばかりか、屯田兵たちからも徴税を始めたことに反発。1929年に武装蜂起した結果、シビラの戦いで殲滅されていたという経緯があります。

 そうした父祖の恨みがどの程度あったかは定かではありませんが、ジュハイマーンも当時のサウジ王制に対して、口ではイスラムの盟主を自称し、パレスチナ解放のためのアラブの連帯を唱えながら、実際には、イスラエルの庇護者(とムスリムたちが考える)米国と緊密な関係を保ち、石油収入の莫大な富を独占しているとして、大いに不満を持っていたことは間違いありません。

 また、1979年という年は、対岸のイランでイスラム革命が起きた年でもありました。

 襲撃事件に関与した犯人グループは基本的にはスンナ派で、イランの国境であるシーア派との直接の関連はありませんでしたが、“西でも東でもないイスラム共和国”を標榜して国際秩序に対して根本的な異議申し立てを行い、イスラムに基づく公正な社会の実現を主張する革命イランに感化されている者も少なくありませんでした。そうした犯行グループからすれば、サウジの現王制は、イスラム国家とは名ばかりの腐敗・堕落した存在にしか見えなかったということになるのでしょう。

 結局、ジュハイマーンを首謀者とする犯人グループのうち捕えられた67人は、翌1980年1月9日、公開処刑され、その模様はテレビ中継されています。

 一連の事件に衝撃を受けたサウジ政府は、特殊部隊の育成をはじめとする国家安全保障体制の整備を急ぐ一方で、“反イスラム的”との批判をかわすべく、たとえば、アフガニスタンでの反ソ闘争に対して積極的な支援を行うようになります。特に、サウジ王制に対して潜在的な不満を持っている“原理主義者”たちに、ある程度の資金を与えてアフガニスタンに義勇兵として送り出すことは、サウジ政府にとっては、彼らの批判を封じた上に、自国の領内から彼らを“厄介払い”できるという一挙両得の面がありました。

 いずれにせよ、事件で傷ついた“イスラムの(聖地の)守護者”というイメージを回復するためには、あらゆる手段を使いたかったサウジ政府にとって、イスラム暦15世紀の開幕というタイミングで開催されるイベントやその記念切手に関しては、あらためて、広範なアラブ・イスラム世界との絆を強調するデザインを考案する必要がありました。その際、単にメッカのカアバを取り上げるだけでなく、メディナの預言者のモスクに加え、イスラムにとっての第3の聖都であると同時に、パレスチナとの連帯やアラブの大義の象徴でもある岩のドームを並置させることが、政治宣伝としてはより大きな効果を上げるものと判断されたのも、当然の成り行きだったといえましょう


 ★★★ <JAPEX> トークイベントのご案内 ★★★

   アウシュヴィッツの手紙・表紙  ペニーブラック表紙   

 東京・浅草で開催される全国切手展<JAPEX>会場内で、下記の通り、拙著『アウシュヴィッツの手紙』ならびに『英国郵便史 ペニー・ブラック物語』の刊行記念のトークイベントを予定しております。よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。なお、詳細は主催者HPをご覧いただけると幸いです。

 ・10月30日 15:30~ アウシュヴィッツの手紙
 ・11月1日  14:00~ 英国郵便史 ペニーブラック物語


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『アウシュヴィッツの手紙』  予約受付中! ★★★ 

       アウシュヴィッツの手紙・表紙 税込2160円

 【出版元より】
 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。

 11月上旬刊行予定ですが、現在、版元ドットコムamazonhontoネットストア新刊.netの各ネット書店で予約受付中ですので、よろしくお願いします。

 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインよろしくポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | サウジアラビア | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 メッカの聖モスク
2015-09-12 Sat 11:57
 昨晩(11日)、イスラムの聖地メッカのカーバ神殿を囲んで建てられている聖モスク(マスジド・ハラーム)に向かって、工事中のクレーンが倒れる事故が発生し、この記事を書いている時点で、少なくとも107人が死亡、238人が負傷したそうです。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、負傷された方々には心よりお見舞い申し上げます。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      サウジ・メッカ聖モスク拡張紀念

 これは、1989年にサウジアラビアで発行された“メッカの聖モスク拡張”の記念切手で、拡張後の聖モスクの全体像が描かれています。切手の右側に見える黒い箱型のものが、いわゆるカアバ聖殿で、報道写真(下にアップしました)などを見ると、クレーンはその周囲を囲むように建てられている2階建ての建物部分に倒れ込んでいるのがわかります。

      聖モスクのクレーン事故

 さて、メッカの聖モスクは、西暦630年、預言者ムハンマド(メッカの出身ながら、イスラムの戦況を開始したことでメッカの支配層と対立し、622年にメディナに逃れ、ここを拠点にメッカと戦っていました)がメッカを制圧した後、義理の息子のアリーとともに、カアバ神殿の周囲に祀られていたイスラム以前の偶像を破壊し、かわりに、カアバを囲むように礼拝施設を建てたのが始まりです。

 当初の建物は木造でしたが、8世紀末に拡張された際に大理石造りとなるとともに、ミナレット(尖塔)が設けられています。1570年、オスマン帝国のスルターン、セリム2世は聖モスクの大掛かりな改築をおこない、このとき、ドーム型の屋根のある建物が作られました。なお、現在の聖モスクに残っている最も古い部分は、この時代につくられたものです。

 その後、1621年と1629年には大雨と洪水のためモスクの建物は大きな打撃を受けたため、1629年、オスマン帝国のムラド4世によって再建・拡張工事が行われました。なお、メッカを含むアラビア半島で大雨と洪水というのは、通常ではイメージしにくいのですが、今回の転倒事故も激しい雷雨と強風が原因でしたし、意外と侮れない危険性があるものだということは留意しておいた方が良さそうです。

 毎年、イスラム暦ズー・ル・ヒッジャ月(巡礼月)8日以降、全世界からムスリムが数百万人規模でメッカ巡礼に訪れますが、それゆえ、これまでにも、巡礼者が将棋倒しになるなどして死者が出る事故が何度も起きています。比較的最近に限っても、1990年に1426人、1998年と2004年には数百人規模、2006年には363人が、巡礼中の事故で亡くなっています。

 このため、メッカの管理責任を追うサウジアラビア政府は、モスクの収容能力を向上させるため、これまでにも3次にわたる拡張工事を行って(ちなみに、今回ご紹介の切手の題材となっているのは、1983-88年の第二次大拡張です)を行っており、現在も2020年の完成を目指して第4次拡張工事が進められている最中でした。

 なお、今年のズー・ル・ヒッジャ月は9月14日から始まり、22日からは大巡礼の各種儀式が本格的に始まりますので、今回の事故やその原因となった悪天候が、全世界から集まる巡礼者の方々に悪影響を及ぼさないことを祈るばかりです。


 ★★★ 講座「アウシュヴィッツの手紙」(10月16日)のご案内 ★★★ 

     ポーランド・アウシュヴィッツ解放30年   アウシュヴィッツの労務風景

 10月16日19:00~20:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「アウシュヴィッツの手紙」と題する講座を行います。

 第二次大戦中、ポーランド南部のアウシュヴィッツ(ポーランド語名・オシフィエンチム)は、ナチス・ドイツの強制収容所が置かれ、ユダヤ人を中心に150万人以上が犠牲となった悲劇の地として知られています。今回の講座では、収容者の手紙を中心に、第二次大戦以前の状況を物語る郵便物・絵葉書、アウシュヴィッツを題材とした戦後の切手などもご紹介しつつ、さまざまな角度からアウシュヴィッツを考えてみたいと思います。

 申込方法など詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、ポーランドが発行したアウシュヴィッツ解放30周年の記念切手、右側は収容者による労務風景を取り上げた戦後作成の絵葉書です) 

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 10月から毎月1回(原則第1火曜日:10月6日、11月 3日、12月1日、1月5日、2月2日、3月1日)、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で下記の一般向けの教養講座を担当します。(下の青い文字をクリックしていただくと、よみうりカルチャーのサイトに飛びます)

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 初回開催は10月6日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | サウジアラビア | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 ナジュド州という州はない
2015-06-27 Sat 12:01
 きのう(26日)、イスラムの断食月であるラマダン(今年は6月18日ごろからスタート)最中の金曜日(週に一度の集団礼拝の日)を狙ったとみられるテロが、フランス・リヨンのガス工場、テュニジア・スースのリゾートホテル、、クウェート・首都のシーア派モスク、ソマリア南部レゴのアフリカ連合平和維持部隊基地で相次いで発生。現在までに確認されているだけで、少なくとも、計80人以上が亡くなり、200人以上が負傷しました。このうち、クウェイトの事件に関しては、ダーイシュ系のテロ組織“イスラム国・ナジュド州”が犯行声明を出しています。というわけで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ナジュド加刷・鉄道税印紙

 これは、1925年、現在のサウジアラビアの前身にあたるナジュド政権が発行した加刷切手です。

  第一次大戦中の1916年に起こったアラブ反乱以来、メッカとメディナの両聖地を含むアラビア半島の紅海沿岸地域は、オスマン帝国時代、メッカの太守であったシャリーフ・フサインのヒジャーズ政権の支配下に置かれていました。しかし、1924年8月、ナジュド(アラビア半島中央部)のスルタンであったイブン・サウードの軍がヒジャーズに侵攻。ヒジャーズ側は敗退を重ね、翌1925年12月には、最後まで残っていたメディナとジェッダが相次いで陥落し、イブン・サウードはヒジャーズをも支配下に収めます。

 イブン・サウード政権が基盤としていたナジュドは、アラビア半島の中央部にある高原地帯を指す地域名で、現在のサウジアラビアの首都であるリヤドもその一部です。


 さて、ナジュドの地域では、オスマン帝国時代の1902年から1916年にかけてオアシス都市のフフーフに郵便局が設置されましたが、この郵便局は周辺地域におけるオスマン帝国のプレゼンスを示すことを目的として設置されたもので、その後も、ナジュドにおいて近代郵便制度が本格的に導入されたとはいいがたい状況が続いていました。また、第一次大戦中の1917年11月、この地に派遣された英国の軍事使節団が野戦郵便局を設置したこともありましたが、この郵便局も翌1918年7月には閉鎖され、以後、ナジュドでは近代郵便制度は全く行われていません。

 このように、1924年にヒジャーズの主要部分を制圧した時点でのイブン・サウード政権は、郵政実務の体験はほぼ皆無でした。このため、当初、彼らはヒジャーズの占領地域に郵便サービスを提供することができず、旧シャリーフ政権の郵政機関の接収が本格的に行われるようになったのは、戦闘による混乱がひとまず落ち着いた1925年3月以降のことです。

 当初、イブン・サウード政権には独自の切手を発行するだけの余裕がなかったため、彼らは接収した切手類に“ナジュド・スルタン郵政:1343年”との加刷を施したものを発行しました。ただし、イブン・サウード政権の担当者は、各郵便局などに残されていた在庫を全て接収し、それらに対して無作為に加刷を行ったため、加刷の台切手には旧シャリーフ政権の切手のみならず、各種印紙やはなはだしくはオスマン朝時代の切手も用いられています。おそらく、当初、郵政実務の経験がなかった彼らは、旧シャリーフ政権とオスマン朝の切手や各種の印紙を区別するという認識はなく、あくまでも現実的かつ暫定的な措置として、こうした加刷切手を発行していたのでしょう。

 今回ご紹介の切手もそのうちの1枚で、旧ヒジャーズ政権時代の鉄道税印紙に加刷した暫定切手ですが、蒸気機関車の素朴なデザインで、昔から人気があります。

 ちなみに、今回、クウェートの事件を起こしたダーイシュ(彼らの自称は“イスラム国”)系のテロ集団は“ナジュド州”を名乗っていますが、地域概念としてのナジュドは、現在のサウジアラビアの行政区画でいうと、ハーイル州、カスィーム州、リヤド州の全域と東部州の一部に広がっており、“ナジュド州”という州は存在しません。まぁ、彼らとしては、サウジアラビアという国家の枠組を認めないという意思を込めて、あえて“ナジュド州”を自称しているのでしょうが、父祖の故地を僭称されたサウジ王家としては腸が煮えくり返る思いでしょうな。


 ★★★ 全日本切手展+韓国切手展のご案内 ★★★ 

 7月17-19日(金ー日) 東京・錦糸町のすみだ産業会館で全日本切手展(全日展)ならびに日韓国交正常化50周年記念・韓国切手展が開催されます。詳細は、主催団体の一つである日本郵趣連合のサイト(左側の“公式ブログ”をクリックしてください)のほか、フェイスブックのイベントページ(全日展はこちら、韓国切手展はこちら)にて、随時、情報をアップしていきますので、よろしくお願いいたします。

      全日展チラシ  全日展チラシ(裏)

 *画像は全日展実行委員会が制作したチラシです。

 
 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | サウジアラビア | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 サウジのアブドラ国王崩御
2015-01-24 Sat 11:42
 きのう(23日)、サウジアラビアのアブドゥッラー・ビン・アブドルアジズ国王(以下、アブドラ国王)が崩御され(享年・推定90歳)、新国王には異母弟のサルマ-ン皇太子が即位しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      サウジ・アブドゥッラー国王即位

 これは、2005年に発行されたアブドラ国王即位ならびに異母弟のスルタン皇太子(王太子)の立太子記念切手で、右側に国王、左側に皇太子の肖像が取り上げられています。なお、スルタン皇太子は、2011年10月に薨去され、異母弟のナエフ元内相が皇太子となりましたが、ナエフ皇太子も2012年に亡くなり、その後は、異母弟のサルマン元国防相が皇太子を務めていました。

 亡くなったアブドラ前国王は、1924年、サウジアラビア初代国王イブン・サウードの37人の息子の1人として生まれました。1963年にはサウジ国家警備隊の長官に、1982年6月に皇太子となり、第一副首相に就任。1995年、異母兄のファハド国王が脳卒中で倒れた後は、事実上の摂政となり、2005年、ファハド国王の死に伴い、第6代国王(兼首相)として即位しました。
 
 摂政・皇太子時代の2002年にはいわゆるアラブ和平構想を提唱。イスラエルのと和平条約とイスラエルの国家承認、さらにはアラブ諸国とイスラエルとの国交樹立の代償として、イスラエル側に、パレスチナ自治政府占領地区のほとんど全部を返還し、パレスチナ自治政府を承認することを求めるという内容で、アラブ連盟の首脳会議が全会一致で可決し、イスラエルのシャロン首相からも歓迎されました。ただし、例によって、具体的な交渉に入ると、総論賛成・各論反対で議論はまとまらず、構想の実現には至っていません。

 また、2001年の米国同時多発テロで実行犯の多くがサウジ出身者だったこともあり、その後の米国による“テロとの戦い”では米国と緊密に協力。イスラム過激派の台頭を警戒し、昨年は“イスラム国”掃討に向けた有志連合の空爆作戦に加わっています。

 国内政治では、石油依存型経済からの脱却をめざし、科学技術研究を推進するため2009年にアブドラ国王科学技術大学を開校。2013年には国の諮問評議会にはじめて女性評議員を登用するなどの穏健改革派として知られていました。

 なお、サルマーン新国王は、長年にわたり首都リヤド知事を務めた人物で、石油政策や穏健外交、緩やかな社会改革などの路線はおおむね継承されるものとみられています。

 謹んでご冥福をお祈りいたします。


 ★★★ イベント「みんなで絵手紙」(2月8日)のご案内 ★★★

      狛江絵手紙チラシ・表     狛江絵手紙チラシ・裏

 2月8日(日) 10:00-17:00に東京・狛江のエコルマホールにて開催のイベント「みんなで絵手紙 見て、知って、書いて、楽しもう」のトークイベントに内藤陽介が登場します。内藤の出番は13:30-14:15。「切手と絵・手紙」と題してお話しする予定です。是非、遊びに来てください。主宰者サイトはこちら。画像をクリックしていただくと、チラシの拡大画像がごらんになれます。


 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

       ミズーリの消印

 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は2月3日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『朝鮮戦争』好評発売中! ★★★ 

        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。
別窓 | サウジアラビア | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 サウジ、非常任理事国を辞退
2013-10-19 Sat 22:23
 国連安保理の非常任理事国に立候補し、おととい(17日)当選したばかりのサウジアラビア(以下、サウジ)の外務省が、昨日(18日)、二重基準の存在やパレスチナ和平交渉の失敗などを理由に非常任理事国への就任を拒否するとの声明を発表しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       サウジ・国連40年

 これは、1985年にサウジが発行した国連40年の記念切手です。国連の創設は1945年10月24日のことで、サウジの加盟は翌10月25日ですので、“原加盟国”ではありませんが、それに準ずる立場といってよいでしょう。

 さて、サウジ外務省が指摘している国連批判のポイントは

 ①パレスチナ問題解決の見通しが立たない。すなわち、1947年12月のパレスチナ分割決議いらい、65年間にわたって国連はパレスチナ問題を解決できなかった。それどころか、1967年の第3次中東戦争以来、国連決議を無視してヨルダン川西岸とガザ地区の占領地に居座り続けるイスラエルに対して、実効性のある制裁を課していないのは、国連決議に従わないことを理由に制裁を受けている国があるのに対して、著しい不公平である。(いわゆる二重基準問題ですが、かつて、このことを大々的に主張していたイラクのサダム・フセイン政権に対して、サウジはきわめて批判的でした)

 ②中東地域で核兵器を含む大量破壊兵器の拡散を阻止できていない。(名指しこそしていませんが、宿敵イランに対する“弱腰”を非難する内容です)

 ③現在のシリア内戦に関しても、毒ガス攻撃で数百人の民間人が殺害されたにも関わらず、アサド政権を罰していない。(ちなみに、サウジはシリア内戦で反政府勢力を支援しています)

 ということのようです。

 まぁ、賛同するかどうかは別として、サウジの指摘にはそれなりの理があることも事実なのですが、それなら、なぜ、そもそもサウジは国連安保理の非常任理事国に立候補したのか、理解に苦しむところです。

 もっとも、サウジ外務省の声明では「安保理の改革が行われるまでは理事国にならない」との文言もありますので、裏を返せば、安保理“改革”が行われれば理事国になると主張しているとも解釈できます。換言するなら、「パレスチナ問題はともかく、イランやシリアのアサド政権に対する圧力を強める方向に安保理が傾けば、予定通り理事国にも就任するので、なんとかしてほしい」ということですから、一種の条件闘争といってよいでしょう。

 とはいえ、安保理の理事国になりたくて仕方のない国というのは山のようにありますからねぇ。「サウジが辞退するなら、我々が…」という国に対して、国際社会が無碍にノーというとも思えませんので、今後、事態がどのように動いていくのか、注目したいですな。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 * 出版元特設ページはこちらをご覧ください。

 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は11月5日(原則第1火曜日)で、以後、12月3日、1月7日、2月4日、3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | サウジアラビア | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 <SAUDI 2013>のご案内
2013-07-24 Wed 10:03
      サウジ・切手発行50年

 本年12月、サウジアラビアの首都リヤドで、アジア国際切手展<SAUDI 2013>(以下、サウジ展)が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不詳・内藤がお引き受けすることになりましたが、同展の公式サイトに、その特別規則ならびに出品申込用紙のフォーマットがアップされましたので、以下、出品に関する事項を抜粋し、その概要をお知らせいたします。正式な特別規則の文言などは同展ウェブサイトをご覧ください。

 なお、特別規則は7月14日に発表されましたが、その時点で特別規則の文言には7月1日が出品の申し込み締め切りとなっています。このため、現在、組織委員会ならびにFIAPコーディネーターに問い合わせておりますが、ラマダン中ということもあってか、7月22日現在、先方からの回答はございません。

 そこで、8月上旬にバンコクで開催される世界切手展<Thailand 2013>には内藤も出品者として参加いたしますので、現地で関係者に直接会って事情説明を求めるとともに、日本からの出品希望があればエントリーを受け付けるように交渉する予定です。

 つきましては、出品をご希望の方は、書類が受理されるか否かはわかりませんが、とりあえず、内藤が帰国する8月12日までに、サウジ展のサイトの“Application”のページよりエントリー・フォームをダウンロードしていただき、内藤までお送りください。

 なお、印刷・製本された状態のブルテン等は7月22日現在、制作されていません。

 また、今後の同展に関する連絡は、昨年の<SHARJAH 2012>、本年の<Brasiliana 2013>同様、原則として全て電子メールにて行います。電子メールをお使いになれない方で関係書類をご希望の方は、データをプリントアウトしてお送りいたしますので、実費として500円(送料込・切手代用不可)をコミッショナー宛、ご送金ください。以後の連絡などに関しても、別途、送料等の実費をいただく可能性があります。ただし、内藤は8月1日から海外出張に出かけますので、以後の到着分については、12日の帰国後の対応となりますことを、あらかじめご了承ください。

 1.開催時期 2013年12月11日 – 15日(5日間)

 2.開催場所 Kingdom Shopping Mall (Address: Olaya District, King Fahad Road,
Riyadh, Saudi Arabia)

 3.運用される諸規則
- The General Regulations of the FIP for Exhibitions (GREX)
- The General Regulations of the FIP for the Evaluation of Competitive Exhibits at FIP
Exhibitions (GREV)
- The Special Regulations of the FIP for the Evaluation of Competitive Exhibits at FIP
Exhibitions (SREVs)
-SAUDI 2013 特別規則

 4.出品申込と結果の通知
 出品申込に際しては、所定の書式(こちらでダウンロードできます)に必要事項を記載の上、作品の内容を説明するページ(タイトルないしはプランのリーフ。英文で記載のこと)のコピーを添えて、ナショナル・コミッショナーの内藤陽介(ないとう・ようすけ)宛にお送りください。連絡先は文末に記載しております。
 
 なお、繰り返しになりますが、7月14日に発表の特別規則の文言には7月1日が出品の申し込み締め切りとなっています。このため、現在、組織委員会に問い合わせておりますが、本日(24日)現在、先方からの回答はございません。そこで、8月上旬にバンコクで開催される世界切手展<Thailand 2013>に内藤も参加いたしますので、現地で関係者に直接会って事情説明を求めるとともに、日本からの出品希望があればエントリーを受け付けるように交渉する予定です。

 つきましては、出品をご希望の方は、書類が受理されるか否かはわかりませんが、とりあえず、内藤が帰国する8月12日までに、サウジ展のサイトの“Application”のページよりエントリー・フォームをダウンロードしていただき、内藤までお送りください。

 お申込みいただいたご出品の可否は、組織委員会の検討を経て、2013年9月1日までにコミッショナーに告知されることになっています。出品が受理された場合、正当な理由なく、出品をキャンセルすることはできませんのでご注意ください。

 5.出品クラス:今回はテーマティクやオープン、ワン・フレームの募集はありませんのでご注意ください。ステーショナリーと航空郵趣に関しては、それぞれ、伝統・郵便史部門での受け付けになることと思われます。

競争出品
― Class 1:国別伝統
 1) 中東
 2) アジア・オーストラリア
 3) その他
― Class 2:郵便史 1) 中東
 2) アジア・オーストラリア
 3) その他
― Class 3:ユース
 1) 2013年1月1日時点で10歳から15歳
 2) 2013年1月1日時点で16歳から18歳
 3) 2013年1月1日時点で19歳から21歳
― Class 4:文献
 1) 2008年1月1日以降に出版された書籍
 2) 2011年1月1日以降発行の雑誌
 3) 2011年1月1日以降に出版されたカタログ
 *文献の出品には、通常の出品申込書に加え、文献専用の申込書も提出してください

― Class 5:現代郵趣
 現代郵趣の最高水準の作品を展示して、この分野の収集を促進するとともに、郵政当局に対して21世紀に発行されたマテリアルを収集・研究しているフィラテリストが相当数存在していることを示すためのクラスで、国別伝統、郵便史、郵便ステーショナリーの各分野での出品が可能です。作品は21世紀以降に郵政当局によって発行されたマテリアルで構成されることが原則ですが、20世紀のマテリアルを若干、含んでいてもかまいません。審査はそれぞれ当該部門の審査基準に従って行われますが、稀少性の評価などについては、現代郵趣としての特殊性が考慮されます。また、審査の結果により、FIAPのメダルが授与され、その結果はFIAPの受賞記録に登録されます。

 コミッショナーの推薦を受けた作品を組織委員会が検討したうえで、出品の可否を決定します。過去に他のクラスへの出品履歴がある作品の応募は認められません。なお、割り当てられるフレーム数は3または5フレームです。

 なお、組織委員会は理由を開示することなく、出品作品の展示を拒否する権限を有します。

6.リーフのサイズとフレームの割当数
・フレームの大きさは1リーフ最大で23cm x 29cmで、1フレームは16リーフ構成です。A4またはレターサイズのリーフは問題ありません。通常より大きなリーフについては、一部、重ねての展示となります。(大型マテリアルを展示するためのダブル・リーフについては、過去の先例からして、おそらく受け付けられるものと思いますが、展示不可となる場合もあり得るとご理解ください。)
 *黒色ないしは濃色のリーフは受け付けません。

・フレームの割当数
 8フレーム:チャンピオン・クラスならびに一般競争出品のうち、過去にFIP展/FIAP展で大金銀賞以上を受賞した作品
 5フレーム:過去のFIP展/FIAP展で金銀賞以下を受賞した作品
 ユース部門:
  1-3フレーム (3.1)
  2-4フレーム (3.2)
  3-5フレーム (3.3)
 現代郵趣:3または5フレーム

7.出品料:出品作品の決定後、所定の出品料に送金手数料(人数割り)加算した金額をご請求いたします。

 ・ユース、文献を除く各部門の出品料は1フレーム40米ドル
 ・ユースの出品料は無料
 ・文献の出品料は1件につき40米ドル

8.作品のセキュリティ
 組織委員会は会期中の作品のセキュリティについて相応の対策を講じますが、作品の輸送時、会期中の展示・撤去の際のマテリアルの紛失・汚損などについては責任を負いません。出品物の保険については、出品者個人の責任と負担においてかけるものとします。

9.作品の搬入と返却
 作品搬入の期日は2013年12月9日です。なお、作品の搬入に関しては、コミッショナーによる持込みが強く推奨されておりますが、作品をお預かりする際には、別途、コミッショナー(内藤)の指定する条件をご承諾いただくことが前提となります。詳細はコミッショナーまでお問い合わせください。

 文献出品は2013年11月25日までに各タイトルにつき2部ずつ、組織委員会に送付してください。組織員会の所在地は別記の通りです。

 〆切を過ぎて到着した作品は審査の対象外となります。作品未着の場合、出品料は返金されません。

 出品物は取り外し可能な保護カバーをつけ、各リーフの表面左下に展示順の番号を記してください。また、出品物は組織委員会の支給する指定の封筒に入れて搬入してください。

 作品の受領後、組織委員会はしかるべき受領証を発行します。コミッショナーの持ち込んだ出品物はその受領証と引き換えにコミッショナーに返却します。それ以外の出品物については、搬入時と同じ方法で返却します。

10.関係連絡先(スパム対策のため、メールアドレスは★を@に置き換えてください)
・組織委員会 SAUDI 2013 Organizing Committee
 Address PO Box 240 Riyadh 11411 Saudi Arabia
 Telephone 966 505474269
 Fax 966 14648952
 Email saudistamps★gmail.com

・ゼネラル・コミッショナー Mr Usamah M Al-Kurdi
 Address PO Box 240 Riyadh 11411 Saudi Arabia
 Telephone 966 505474269
 Fax 966 14648952
 Email saudistamps★gmail.com

・FAP コーディネーター Mr Abdulla M T Khoory
 PO Box 4664, Dubai, UAE
 Tel 971-50-4526345
 Fax 971-4-3479981
 Email akhoory★yahoo.com

・日本コミッショナー 内藤陽介(ないとう・ようすけ)
 ご連絡は本ブログ右側、プロフィール下のメールフォームをご利用ください。

 なお、本日の記事の冒頭に掲げた切手は、1979年にサウジアラビアで発行された“切手発行50年”の記念切手で、現在のサウジアラビア王国の前身、ヒジャーズ=ナジュド時代に発行された“記念切手50年”の小型シートで、国王の肖像と“イブン・サウードのヒジャーズ王位即位(4周年)記念”の切手が取り上げられています。ただし、取り上げられている切手は西暦の1930年に発行されたものですから、この切手もイスラム暦(西暦よりも1年がおおむね11日短い)でカウントして50年記念ということなのかもしれません。

 とまれ、1人でも多くの皆様のお申込み・お問い合わせを心よりお待ちしております。


 ★★★ 内藤陽介の次回作(予告) ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告


 ★★★ 内藤陽介の最新作 ★★★

       マリ近現代史
         『マリ近現代史』

 北アフリカ・マリ共和国の知られざる歴史から混迷の現在まで、
 切手・絵葉書等で色鮮やかに再現したオールカラーの本格的通史!
 
 amazone-honhontoネットストアHonya ClubJBOOK7ネット・ショッピング紀伊國屋書店版元ドットコムブックサービス文教堂丸善&ジュンク堂書店楽天ブックスなどで好評発売中!


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。開催日は7月30日、9月3日(原則第1火曜日)で、時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | サウジアラビア | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 リヤドで洪水
2013-05-02 Thu 11:55
 先月26日から25年ぶりの豪雨に見舞われているサウジアラビアで、昨日(1日)までに、首都リヤドをはじめ複数の都市で洪水が起き、13人が死亡、4人が行方不明となっているそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        リヤド・50年間の発展

 これは、2008年にサウジアラビアで発行された“リヤド、50年間の発展”の記念切手で、切手発行当時のリヤドの風景が取り上げられています。

 アラビア半島中部、ディライーヤの支配者だったサウード家は、18世紀の半ば、イスラムの純化を主張するムハンマド・イブン・アブドゥル・ワッハーブと盟約を結び、ワッハーブの宗教改革運動の保護者としてアラビア半島で勢力を拡大し、第1次サウード王国を建国しました。しかし、いわゆる原理主義的な性格を持つワッハーブ派の勢力拡大は周辺諸国の脅威となり、エジプトの太守、ムハンマド・アリーは討伐軍を派遣し、首都ディライーヤを攻略。第1次王国は崩壊します。

 このため、サウード家は拠点をディライーヤから近隣のリヤドに移し、1824年に第2次サウード王国を再興しましたが、同国は、1892年、ナジュド北部を支配していたラシード家に攻略され、国王はクウェートに亡命。リヤドもラシード家に占領されてしまいます。

 その後、クウェートのサバーハ家とサウード家はラシード家を共通の敵として戦い、1902年1月、サウード家のプリンスであったアブドゥル・アズィーズ・イブン・アブドゥル・ラフマーン(通称イブン・サウード)は少数の手勢を引き連れてリヤドに潜入。マスマク城を奇襲して総督のアジュランを殺害し、リヤドの奪還を果たしました。その後、イブン・サウードはリヤドを拠点として、アラビア半島で勢力を拡大し、1932年に現在のサウジアラビア王国を樹立しました。

 これにより、リヤドは正式に王国の首都となりましたが、当時のリヤドは、依然として中世の都邑といった色彩が濃厚で、近代国家としてのインフラ設備は無いに等しい状況でした。リヤドの都市開発が急速に進むのは、1940年代に入り、本格的な油田開発が進められるようになってからのことで、潤沢なオイルマネーを背景に、現在では、今回ご紹介の切手にあるように、高層建築が建ち並ぶ近代都市へと変貌を遂げました。

 ただし、急激な都市開発の一方で、サウジアラビア全体が通常は雨がほとんど降らない砂漠地帯ということもあって、都市部の排水施設(普段はその必要性が認識されることはほとんどありません)の整備は遅れており、そのため、ちょっとした雨でも洪水が発生するという事態が繰り返されています。2009年にはジェッダで洪水が起きて100人以上が死亡しているほか、2010年にはリヤドで洪水が起き、少なくとも2人が死亡しているのは、そのごく一例にすぎません。

 さて、現在、ロシアと中東を歴訪中の安倍首相は、きのう(現地時間30日)、サウジアラビアのサルマン皇太子と会談し、日本の原発輸出を可能にする原子力協定締結交渉入りに向け、事前の事務レベル協議を開始することで合意するとともに、海上自衛隊がサウジアラビア海軍に掃海技術の向上で協力することを想定した“安全保障対話”新設でも一致したことが話題となりましたが、その会談場所は首都のリヤドではなく紅海沿岸のジェッダでした。もちろん、ジェッダもサウジアラビアの重要都市であることには違いないのですが、今回は、首都のリヤドが洪水被害に見舞われたという事情もあったのでしょう。これを機に、原発のみならず、都市の排水システムなどのインフラ整備についても、わが国の技術が輸出できるようになると良いですな。
 
 なお、末筆ながら、今回の洪水で亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、一日も早い復旧をお祈りしております。

 
 ★★★ 内藤陽介の最新作 ★★★

       マリ近現代史
         『マリ近現代史』

 北アフリカ・マリ共和国の知られざる歴史から混迷の現在まで、
 切手・絵葉書等で色鮮やかに再現したオールカラーの本格的通史!
 
 amazone-honhontoネットストアHonya ClubJBOOK7ネット・ショッピング紀伊國屋書店版元ドットコムブックサービス文教堂丸善&ジュンク堂書店楽天ブックスなどで好評発売中!


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 4月から、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。開催日は5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日(原則第一火曜日)で、時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | サウジアラビア | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 サウジで女性参政権容認へ
2011-09-26 Mon 23:53
 サウジアラビアのアブドラ国王が、きのう(25日)、将来の地方選挙で女性に参政権を認めるとの方針を明らかにしました。というわけで、きょうはこの切手です(画像はクリックで拡大されます)

        サウジアラビア・社会福祉協会25周年

 これは、1987年にサウジアラビアで発行された社会福祉協会25周年の記念切手で、掌の上で保護される女性と子供たちが図案化されて描かれています。同国の切手で、女性がそれとわかるようにはっきりと描かれているケースは非常に少ないのですが、これはその例外的な1枚といえます。

 コーランでは、女性は保護されるべき存在であるとされています。この“保護”の考え方は、たとえば、戦争などで男女の人口バランスが崩れた場合などに経済的に余裕のある男性が“平等に愛する”との前提で複数の妻をめとることが認められるというロジックや、未婚女性の純潔を守ることが一族の名誉となるという考え方に結びついています。

 ただし、現実には“保護”の名の下に男性が女性を恣意的に扱ったり、女性の権利が著しく制限されていたりすることも珍しくありません。たとえば、未婚女性の純潔を守ることが一族の名誉であるということは、裏を返せば、未婚女性がセックスを体験したことが明らかになると一族の名誉が失墜するという発想につながります。このため、かつてのエジプトの農村では、新婚初夜に花嫁が処女でなかったことが判明すると、翌朝、ナイル川にウェディング・ドレス姿の死体が浮かんでいるという悲劇も少なからずあったようで、そうしたことを防ぐためと称して、未婚女性を男性の目の届かない環境に置く、すなわち、一般社会から隔離して、学校にも行かせなければ、町への買い物にも行かせない、それゆえ、お金もほとんど渡さないというようなことも珍しくありませんでした。

 かつてアフガニスタンのほぼ全域を支配していたタリバン政権下で、女性の権利や教育、社会進出が極端に制限されていたのは、こうした発想によるものです。

 当然のことながら、こうした女性の“保護”は西側世界の人権感覚からすると非難の対象となるわけですが、それでは、イスラム社会のすべての女性が抑圧の下で苦しんでいるとみなしうるかというと、ことはそう単純ではありません。

 たとえば、イスラム教徒の女性が公衆の面前で髪を隠すのは、髪を男性に見せると男性の劣情を刺激し、貞操の危機につながりかねないとの考えによるものですが、ベールの着用を疎ましくいる女性がいる半面、イスラム教徒であることを強く自覚し、公衆の面前で髪を見せることを“恥ずかしい”と感じているがゆえに、自らの意思でベールを着用したいと考える女性も少なくありません。こうした状況を無視して、一方的にベールの着用=女性の人権侵害と短絡的に非難しても、結果的に、いわゆる人権屋さんの自己満足にしかならないということも十分にあり得ます。

 ただし、世界の多くの国や地域において男女に等しく認められている権利を、“保護”を理由に女性には与えないままにしておいてもよいということにはならないのは当然で、そのあたりをどのように伝統的な価値観と折り合いをつけて行くかはなかなか難しい問題です。

 今回のサウジ国王の方針については、諸外国からも「女性の権利拡大へ向けた重要な一歩」として歓迎されているようです。

 ただ、サウジアラビアにおける地方選挙は1963年に初めて実施されてから2005年まで行われず、当初2009年に予定されていた3回目の選挙も延期が繰り返され、近々、ようやく実施にこぎ着けるというありさまで、女性の参加が実現する4回目以降の選挙がいつになったら行われるのか、現時点では全く先が見えない状況です。

 まぁ、サウジアラビアの国名は、アラビア語の正式国号を直訳すると“サウード家のアラブ王国”ですからねぇ。“将軍様”の支配する独裁国家でさえ、表向きは金王朝ではなく朝鮮民主主義人民共和国という立派な名前を名乗っていることを考えると、まさに、かまどの下の灰までサウード家のモノと堂々とうたっている国ですから、女性の参政権がどうのこうという以前の問題として、国民の政治参加が制度的に保証され、民意がきちんと反映されるシステムが確立されるには、まだまだ相当の時間がかかるんでしょうな。


  ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★

    5月29日付『讀賣新聞』に書評掲載
  『週刊文春』 6月30日号「文春図書館」で
  酒井順子さんにご紹介いただきました !

        切手百撰・昭和戦後
         切手百撰 昭和戦後
       平凡社(本体2000円+税)    

  視て読んで楽しむ切手図鑑!
  “あの頃の切手少年たち”には懐かしの、
  平成生まれの若者には昭和レトロがカッコいい、
  そんな切手100点のモノ語りを関連写真などとともに、オールカラーでご紹介

  全国書店・インターネット書店(amazonboox storeconeco.netJBOOKlivedoor BOOKSYahoo!ブックスエキサイトブックス丸善&ジュンク堂楽天など)で好評発売中!
別窓 | サウジアラビア | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
| 郵便学者・内藤陽介のブログ | NEXT
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/