内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 東京でソメイヨシノ開花
2017-03-21 Tue 16:41
 気象庁は、きょう(21日)、全国のトップを切って「東京の桜(ソメイヨシノ)が開花した」と発表しました。東京の桜が全国一番乗りで開花するのは、2008年以来、9年ぶりのことですが、3月21日の開花は去年と同じで、平年(3月26日)より5日早いそうです。というわけで、今日は桜を取り上げた切手の中からこの1点です。(画像はクリックで拡大されます)

      スリランカ・日本との国交60年

 これは、2012年にスリランカが発行した日本との国交樹立60周年の記念切手で、両国を象徴する花として、桜(日本)と蓮(スリランカ)が並べて取り上げられています。

 スリランカは、1948年にセイロンとして英国から独立1951年のサンフランシスコ講和会議には戦勝国の一員として参加しましたが、セイロン代表として出席したジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナは、「日本の掲げた理想に独立を望むアジアの人々が共感を覚えたことを忘れないで欲しい」と述べ、また、「憎悪は憎悪によって止むことはなく、慈愛によって止む」という法句経の一節を引用して、対日賠償請求を放棄する旨の演説を行い、日本が国際社会への復帰を後押ししました。

 その後、翌1952年4月の対日講和条約の発効を受けて、スリランカとわが国との国交が正式に樹立され、そこから60周年になるのを記念して、今回ご紹介の切手が発行されました。

 その後も、スリランカは一貫して親日的な立場をとっており、2011年の東日本大震災に際しては、着任まもなかった駐日スリランカ大使は「こんな時こそ日本との結束を示すために、私は送られてきた」との声明を発表し、在日スリランカ人に「日本にとどまり日本人を助けるように」と伝え、福島の被災者を見舞ってくれました

 こうした友好国の切手に、日本の象徴として桜が取り上げられるというケースはほかにもいろいろありますので、これから毎年、桜の開花時期には、そうした切手の中から、何かご紹介していくことにしましょうかね。

 
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 ジャヤワルダナ没後20年
2016-11-01 Tue 11:52
 スリランカの第2代大統領で、1951年のサンフランシスコ講和会議にはセイロン代表として出席し、対日賠償請求を放棄する旨の演説を行ったジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナが、1996年11月1日に亡くなってから、きょうでちょうど20年です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      スリランカ・ジャヤワルダナ

 これは、2004年にスリランカで発行されたジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナの肖像切手です。

 ジャヤワルダナは、1906年9月17日、英領セイロンの最高裁判所判事の息子として生まれました。ロイヤル・カレッジ・コロンボ在学中には、セント・トーマス・カレッジ マウント・ラビニア校とのクリケットのロイヤル=トミアン(1879年開始の世界で2番目に古い対抗試合)、に選手として出場したこともあります。

 コロンボ法科大学を卒業後、法曹界を経て、1938年、独立運動組織、セイロン国家機構 (CNC) の活動家となり、1948年のセイロン独立とともに初代蔵相として入閣しました。1951年のサンフランシスコ講和会議にセイロン代表として出席した際、「日本の掲げた理想に独立を望むアジアの人々が共感を覚えたことを忘れないで欲しい」と述べ、また、「憎悪は憎悪によって止むことはなく、慈愛によって止む」という法句経の一節を引用して、対日賠償請求を放棄する旨の演説を行い、日本が国際社会への復帰を後押ししました。

 1972年、仏教を準国教扱いにする新憲法が発布され、セイロンはスリランカ共和国となりますが、1977年の選挙でジャヤワルダナ率いる統一国民党が勝利を収め、首相に就任して、資本主義の導入、経済の自由化を開始します。その後、1978年に議院内閣制から大統領が執行権を行使する大統領制に移行し、国名がスリランカ民主社会主義共和国となると、首相を辞して大統領に就任しました。ただし、大統領制への移行当初は、スリランカ共和国時代の儀礼的な国家元首であったウィリアム・ゴパッラワが大統領職にあったため、ジャヤワルダナは、形式的には、第2代の大統領ということになります。なお、大統領の任期は1989年1月2日でしたが、任期中の1983年にはスリランカ内戦が勃発しています。

 ジャヤワルダナは訪日経験が豊富で、1989年の昭和天皇の大喪の礼にも前大統領の肩書で、プレマダーサ大統領(当時)に代わって参列ました。また、1991年には日本の仏教関係者の招待で広島市を訪れ、広島平和記念資料館を見学したほか、1996年に亡くなった際には、「右目はスリランカ人に、左目は日本人に」との遺言により、角膜が日本に贈られました。

 ちなみに、今回ご紹介の切手にもあるように、ジャヤワルダナのファースト・ネームとミドル・ネームの“ジュニアス・リチャード”の略号はJRですが、スリランカではジャヤワルダナのサンフランシスコ講和会議でのスピーチが広く知られているため、日本を訪れて電車に乗ったスリランカ人の中には、「日本人は講和会議での恩義を忘れないために、すべての電車にジャヤワルダナのイニシャル“JR”を打ち込んでいる」と勘違いする人もいるというジョークもあるのだとか。それだけ、スリランカの人にとって、ジャヤワルダナは日本との友好のシンボルということなのでしょうが、その反面、日本では必ずしも彼の知名度が高いと言えないのはちょっと残念ですな。


★★★ 講座のご案内 ★★★

 11月17日(木) 10:30-12:00 
 毎日文化センターにて、1日講座、ユダヤとアメリカをやりますので、よろしくお願いします。(詳細は講座名をクリックしてご覧ください) 
  

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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

       リオデジャネイロ歴史紀行(東京新聞)


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 世界の国々:スリランカ
2016-04-20 Wed 10:06
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年4月20日号が先週、発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はスリランカの特集(2回目)です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      スリランカ・プレマダーサ

 これは、スリランカ内戦時の1993年に暗殺されたラナシンハ・プレマダーサ大統領の追悼切手です。
 
 英領時代のセイロンでは、セイロン島の北部・東部を中心に居住し、総人口の2割ほどを占めていたタミル人(主にヒンドゥー教徒)が優遇されていましたが、1948年の独立後はその反動として、多数派のシンハラ人(主に仏教徒)が優遇され、タミル人は不満を募らせることになりました。

 こうした状況の下、1972年に発足したスリランカ自由党(SLFP)のシリマヴォ政権はシンハラ民族主義を掲げ、「仏教に至高の地位を与える」と規定した新憲法を制定して国名を“セイロン”から“スリランカ”に改称。これに対して、ヴェルピライ・プラバカランらはタミル人国家のスリランカからの分離独立を唱えて、武装組織の“タミルの新しいトラ (TNT)” を結成します。TNTは1975年にジャフナ市長を暗殺した後、より急進的な“タミル・イーラム解放のトラ (LTTE)”に改組されました。

 急進化するLTTEに対して、シンハラ人の反タミル感情も高揚し、1977年と1981年には大規模な反タミル暴動が発生します。

 こうした中で、1983年7月23日、LTTEの地雷攻撃によって政府軍兵士13人を殺害。これを機に同月25日、コロンボで大規模な反タミル暴動が発生し、スリランカは内戦に突入しました。

 当初、政府軍は劣勢でしたが、政府側は首都をコロンボからスリジャヤワルダナプラコッテへ遷都して徹底抗戦の姿勢を示し、LTTEは次第に北部地域に追い詰められていきます。

 これに対して、国内にタミル人を抱えるインドが介入し、LTTEの支配地域に支援物資を投下するとともに、1985年、LTTEに有利な条件での和平の調停に乗り出しました。

 当然のことながら、スリランカ政府はインドの介入に不快感を示しましたが、最終的にインドの調停を受け入れ、タミル人には武装解除と引き換えに自治権が与えられました。また、1987年7月以降、停戦監視のためにインド平和維持軍が派遣され、スリランカは和平を回復したかのように思われました。

 一方、インドの介入による停戦に対しては、シンハラ人の間には不満も強く、一部の過激派はテロ活動を展開。その報復として、LTTEも武装闘争を再開します。

 これに対して、1988年5月、インド平和維持軍は5万5000の部隊をスリランカに派遣しましたが、スリランカ政府は自国がインドに併呑されるのではないかとの恐怖を抱き、1989年に大統領に当選したラナシンハ・プレマダーサは、インド軍を撤退させるためにLTTEとの交渉を再開して休戦を実現。同時にプレマダーサ政権はシンハラ人過激派のスリランカ人民解放戦線(JVP)への掃討作戦を展開し、JVPは武力闘争を放棄します。この結果、存在意義を失ったインド平和維持軍は1990年3月に撤退しました。

 しかし、インド軍の撤退を好機ととらえたLTTEはテロ活動を再開。1991年5月21日にはインドの元首相ラジーヴ・ガンディーを、1993年5月1日にはプレマダーサを暗殺します。

 プレマダーサの死後、大統領に当選したチャンドリカ・クマーラトゥンガはLTTEとの交渉を再開したものの決裂。このため、政府軍は大攻勢を展開して1995年にLTTEの拠点ジャフナを奪取しましたが、決定的な勝利を収めることはできず、LTTEはテロ活動を継続しました。

 2000年代に入ると、ノルウェーの調停により何度か断続的に停戦が成立したものの、LTTEは2001年7月24日にバンダラナイケ国際空港襲撃事件を起こすなど情勢は安定しませんでした。

 このため、2005年に大統領に就任したマヒンダ・ラージャパクサは、中国及びパキスタンの支援を受けて、2006年以降、LTTEの殲滅を目指して、彼らが拠点としていた北部の空爆を開始。最終的に2009年5月17日、LTTEは敗北宣言を出し、スリランカ政府はプラバカラン以下LTTE幹部の死亡を確認したうえで、同19日、内戦の終結を宣言しました。

 26年にも及んだ内戦により、スリランカ国内では28万人のタミル人が難民となりましたが、内戦終結後、彼らの帰還は順調に進展。2013年には95%の地域で地雷の撤去が完了したほか、かつてのLTTEの拠点である北部州でも無事に選挙が実施されるなど、治安は急速に回復しています。

 さて、『世界の切手コレクション』4月20日号の「世界の国々」では、今回ご紹介の切手を含むスリランカ内戦の記事に加え、世界的に有名な文化遺産のシギリヤ・レディ、セイロン・ティーの収穫、スリー・マハー菩提樹、タミル暦元日の行事“タイ・ポンガル”の切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、僕が担当する「世界の国々」は、次回は本日(20日)発売の4月27号でのヴァティカンの特集になります。こちらについては、4月27日以降、このブログでもご紹介する予定です。


 ★★★ 講座のご案内 ★★★

 ・よみうりカルチャー荻窪 「宗教と国際政治」
 4月から毎月第1火曜の15:30より、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で講座「宗教と国際政治」がスタートします。ぜひ、遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。
 

 ★★★ 内藤陽介の新刊  『ペニー・ブラック物語』 のご案内 ★★★ 

       ペニーブラック表紙 2350円+税

 【出版元より】
 若く美しい女王の横顔に恋しよう!
 世界最初の切手
 欲しくないですか/知りたくないですか

 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

 発売元の特設サイトはこちら。ページのサンプルもご覧いただけます。


 ★★★ 内藤陽介の新刊  『アウシュヴィッツの手紙』 のご案内 ★★★ 

       アウシュヴィッツの手紙・表紙 2000円+税

 【出版元より】
 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。

 出版元のサイトはこちら。各書店へのリンクもあります。

 インターネット放送「チャンネルくらら」にて、本書の内容をご紹介しております。よろしかったら、こちらをクリックしたご覧ください。


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 世界の国々:セイロン
2015-08-26 Wed 12:05
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2015年8月26日号が先週刊行されました。僕が担当しているメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はセイロンの特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      セイロン・茶摘み

 これは、1935年、英領時代のセイロンで発行された茶摘み風景を描く9セント切手です。

 1815年に英領となったセイロン島では、1825年にコーヒーの栽培が開始され、主としてスコットランドから多くの開拓者が移住し、1857年までには3万2000ヘクタール以上のコーヒー農園が開拓されていました。この間、1839年には、カルカッタ(現コルカタ)植物園長のウォリックがアッサム種の茶の苗をキャンディに送っていますが、当時はコーヒー栽培のほうが利益が大きかったため、茶の栽培は普及しませんでした。

 1866年、セイロンのコーヒー農園で働いていたジェームズ・テーラーは、雇用主の命を受けてインドに渡って茶の栽培を学び、翌1867年、ルレコンデラ茶園での栽培を開始。インドでは中国から茶が導入されてから栽培に成功するまで15年かかりましたが、テーラーは2年ほどで栽培に成功します。

 時あたかも1869年、キャンディでサビ病(サビ菌がコーヒーの葉の裏側に付着して葉肉を浸食し、樹木本体を枯らしてしまう病害)が蔓延し、島内のコーヒー農園が壊滅的な出揚げ機を受けたため、テーラーの成功もあって、セイロンでは急速に茶の栽培への転換が進んで行くことになりました。

 1872年、テーラーは本格的な製茶工場をスタートさせます。彼は、揉念機を導入するとともに、交配による品種改良も行い、茶葉の品質向上に力を注ぎ、1875年には、満を持して製品をロンドンの茶市場に送り、高い評価を得るなど、セイロンにおける茶産業の基礎を築きました。その結果、1883年には、コロンボでも最初の茶の取引市場がオープンするまでに成長します。

 その後、セイロンの茶葉の品質に目をつけたスコットランドの商人、トーマス・リプトンは、1890年、セイロンの茶葉の欧米向けの輸出を開始。さらに、1892年にテーラーが亡くなると、みずから、ウバのハプタレー地域に広大な紅茶農園を開業し、インドのアッサム種の本格的な生産に乗り出しました。リプトンは、ブレンディングの技術を導入することで、紅茶の風味を向上させます。彼の農園の紅茶は「茶園から直接ティーポットへ」との宣伝文句とともに、英国を始め各国で人気を博し、“紅茶王”リプトンとセイロン・ティーは世界中にその名をとどろかせることになりました。

 さて、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』のメイン特集「世界の国々」は、これまで、僕が一人で担当してきましたが、さすがにしんどくなってきたので、今週発売の9月2日と9日号の2週、お休みをいただくことになりました。次回の僕の担当は、9月9日発売の9月16日号(特集はタジキスタンです)になりますので、よろしくお願いいたします。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 10月から毎月1回(原則第1火曜日:10月6日、11月3日、12月1日、1月5日、2月2日、3月1日)、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で下記の一般向けの教養講座を担当します。(下の青い文字をクリックしていただくと、よみうりカルチャーのサイトに飛びます)

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 初回開催は10月6日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


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 スリランカで10年ぶり政権交代
2015-01-09 Fri 20:58
 昨日(8日)、スリランカで大統領選挙があり、即日開票の結果、現職のマヒンダ・ラジャパクサ大統領に対抗して出馬したマイトリパラ・シリセナ前保健相が初当選を果たしました。新大統領は、ラジャパクサ政権時代の過度の対中依存を改め、外交は、伝統の非同盟主義に立ち返る方針を明らかにしています。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      スリランカ非同盟50年

 これは、2011年にスリランカで発行された非同盟運動50年の記念切手です。

 非同盟運動は、ユーゴスラビアのチトーらの主導により、1961年9月にベオグラードで第1回非同盟諸国首脳会議が開催されたのを起点としており、原参加国はセイロン(当時)を含む25カ国でした。現在の参加国は120ヵ国です。中国は、いわゆる中ソ対立後はソ連からは距離を置いているとして、オブザーバー参加の扱いとなっています。

 さて、スリランカ前大統領のラジャパクサは、1970年にスリランカ(セイロン)史上最年少で国会議員に当選。閣僚を歴任した後、2004年に首相に就任し、2005年に大統領に就任しました。スリランカ内戦では、タミル人武装組織のタミル・イーラム解放のトラ (LTTE) に対する強硬姿勢を貫いて2009年にはLTTEを滅ぼしてスリランカ全土の実効支配を回復。その実績をもって、2010年の大統領選挙で再選されました。

 しかし、2010年10月、大統領の三選禁止などを撤廃する憲法修正案を可決させてからは、独裁的な傾向を強め、親族の不正な登用や大統領への権力集中、政権の汚職体質等が問題になっていました。

 特に、2010年以降、経済支援を受ける見返りとして、いわゆる“真珠の首飾り戦略”として、インド洋への侵出を強める中国は、ラジャパクサ政権に対して港湾整備や道路建設事業への“支援”として巨額の借款を提供していますが、その借入金の大半は政権に近い一部の人間が横領。スリランカ国家としては、巨額の外債を抱えて、土地を担保として中国人に差し出さざるを得ないという状況になっていました。

 今回の選挙では、強権的な体制を維持すべく、3選を目指したラジャパクサに対して、シリセナ候補は、政権による文字通り売国的な対中依存を批難。「スリランカは浅はかな外交政策、戦略によってイメージが破壊され、急速に国際社会からの孤立を深めていた」との認識の下、今後は「アジアの主要国であるインド、中国、パキスタン、日本との友好関係を強化し、新興国との関係も区別せず促進する」として、中国依存を改めてバランス重視の外交を展開する方針を明らかにしていました。

 シリセナ新政権は、今後、野党・統一国民党のウィクラマシンハ元首相を首班とする挙国一致内閣を組織し、大統領の3選禁止条項の撤廃、最高裁長官や検事総長の大統領による任命などの規定を廃止し、強大になりすぎた大統領の権限を縮小して、民主化を進めることになっているとのことで、今後に期待したいところです。


 ★★★ イベント「みんなで絵手紙」(2月8日)のご案内 ★★★

      狛江絵手紙チラシ・表     狛江絵手紙チラシ・裏

 2月8日(日) 10:00-17:00に東京・狛江のエコルマホールにて開催のイベント「みんなで絵手紙 見て、知って、書いて、楽しもう」のトークイベントに内藤陽介が登場します。内藤の出番は13:30-14:15。「切手と絵・手紙」と題してお話しする予定です。是非、遊びに来てください。主宰者サイトはこちら。画像をクリックしていただくと、チラシの拡大画像がごらんになれます。


 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

       ミズーリの消印

 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は2月3日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『朝鮮戦争』好評発売中! ★★★ 

        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 シギリヤ・ロックは飲酒不可
2013-06-07 Fri 13:22
 スリランカ中部の世界遺産で王宮の遺構がある“シギリヤ・ロック”の頂上で、出演者の長瀬智也さんら男女が発泡酒を手にパーティーを楽しんでいるという設定のアサヒビールの発泡酒のCMに対し、スリランカ国内で「文化遺産の冒涜だ」との批判が高まり、アサヒグループホールディングスは、きのう(6日)、CMの放映中止を決めたそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       セイロン・シギリヤ

 これは、英領時代の1938年、セイロン(スリランカの旧称)で発行された10セント切手で、シギリヤ・ロックが描かれています。

 シギリヤ・ロックは、火道内のマグマが硬化して出来た岩頸で、高さは約195m、全方位が切り立った崖になっています。

 西暦477年、シンハラ王朝では、ダートゥセーナ王の息子カッサパ1世がクーデターで政権を簒奪。その後、カッサパ1世は、旧勢力の影響を断ち切るため、それまでの首都であったアヌラーダプラからシギリヤへと遷都しました。カッサパ1世の治世下で、シギリヤは王都としての建設が進められ、484年には、シギリヤ・ロックの頂上に王宮が完成しました。

 しかし、495年、カッサパ1世の弟で、兄の弾圧を逃れて南インドに亡命していたモッガラーナが軍勢を率いてシギリヤを攻略。カッサパ1世は自害し、王位についたモッガラーナは都をアヌラーダプラに戻し、シギリヤは仏教僧に寄進しました。その後、シギリヤは13世紀から14世紀頃まで修道院として存続したものの、次第に衰退し、忘れられた損沿いになっていましたが、英国統治下の1875年、英国人によって岩山に描かれたフレスコ画である"シギリヤ・レディ"が発見されたことで世界的に注目を集めるようになりました。

 ちなみに、シギリヤ・ロックの入口から徒歩3分の場所には、2009年、JICA(国際協力機構)の援助で建てられたシギリヤ博物館があり、つい先日、5月31日には館内に新しくカフェがオープンしたのだとか。アサヒビールのCMも、シギリヤ・ロックの頂上で酒を飲むのではなく、ふもとのカフェで発泡酒を飲みながら、シギリヤ・ロックを眺めるという内容だったら、あるいは、放送中止にならなかったのかもしれませんね。

 PS 
 この記事を書いた後で明らかになったことですが、スリランカでは法律で酒類とタバコの広告が禁止されており、制作スタッフは“栄養ドリンク”として撮影許可をとっていたそうです。まぁ、かの国で流すCMではないとはいえ、結果的に相手を騙すような格好になってしまったわけで、問題の商品は、どうやら「後味すっきり」とはほど遠い印象を視聴者に与えることになりそうですな。


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 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。開催日は6月4日、7月2日、7月30日、9月3日(原則第一火曜日)で、時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 スリランカの“プリズナー”
2012-11-11 Sun 21:31
 スリランカ・コロンボにある刑務所で9日、麻薬や携帯電話などの持ち込みがないかを警察が調べようとしたところ、反発した受刑者が暴動を起こし、刑務所内の武器庫から武器を奪って激しい銃撃戦を繰り広げるという事件が発生。これまでに少なくとも27人の受刑者が死亡、警官ら42人が負傷したそうです。というわけで、きょうはスリランカの“プリズナー”ということで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        ラガマ・キャンプ

 これは、ボーア戦争中、コロンボ郊外のラガマに置かれていた捕虜収容所からトランスヴァール宛に差し出されたカバーです。

 1899年10月に始まったボーア戦争は、当初、ボーア軍が圧倒的に優位でしたが、1900年2月、英本国からの増援部隊が到着。2月18日から27日にかけてのパールデベルグの戦いでイギリス軍がボーア軍を破ったことで戦況は逆転し、3月13日にはオレンジ自由国の首都ブルームフォンテーンが、6月5日にはトランスヴァール共和国の首都プレトリアが陥落します。さらに、イギリス軍は、6月11日から12日にかけて、プレトリア近郊のダイアモンド・ヒルでボーア軍の残党を掃討し、正規軍同士の戦いは事実上終結しました。

 ボーア戦争の捕虜収容所は、南ア域内はもとより、遠くセイロンやインド、セント・ヘレナにも設置されており、捕虜となった約2万8000人のアフリカーナーのうち、2万5630人が海外の収容所に送られました。今回ご紹介のカバーもそうした捕虜収容所のうち、正論のコロンボ郊外に置かれていたラガマ収容所から差し出された通信の一例です。

 ちなみに、ボーア戦争時の捕虜郵便については、拙著『喜望峰』でもいくつかの実例をご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 なお、本書をご自身の関係するメディアで取り上げたい、または、取り上げることを検討したい、という方は、是非、ご連絡ください。資料を急送いたします。

 
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 おかげさまで2500回
2012-04-04 Wed 19:16
 2005年6月からスタートしたこのブログですが、毎日1回ずつ更新していたら、今日の記事がちょうど2500回目になりました。日頃、このブログを応援していただいている皆様には、あらためて、この場をお借りしてお礼申し上げます。というわけで、“2500”に絡めて、こんなモノを持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

        セイロン・法輪

 これは、1956年にセイロン(現スリランカ)で発行された仏暦2500年の記念切手のうち、法輪を背景に国章の獅子が描かれています。

 釈迦が入滅した年代は一般に西暦の紀元前544年とされており、ビルマやスリランカでは、この年を起源とする仏暦が用いられています。ちなみに、タイラオス・カンボジアの3国では、入滅翌年の西暦紀元前543年が元年とされているため、1年のズレがあります。

 このため、西暦1956-57年にかけて、上記の各国では、仏暦2500年ないしは釈迦入滅2500年の記念イベントが行われました。今回ご紹介したセイロンの記念切手もその一環として発行されたもので、切手の中央上部に“2500”の文字がしっかり見えるので、持ってきました。

 獅子の背後に描かれている法輪は、もともとは仏教の教義(四諦・八正道)のことで、釈迦がブッダガヤの菩提樹の下で悟りを開いた後、バラナシのサルナートで5人の修行仲間に初めて仏教の教義を説いた出来事は「初転法輪」と呼ばれます。その後、法輪は8方向に仏の教えを広める車輪形の法具としてシンボル化され、寺院の軒飾りにも使用されるようになりました。

 一方、法輪の前に描かれた、右前足で剣を持つ獅子は、もともとは、15世紀から19世紀初頭にかけて存在したカンディ王朝の旗のモチーフで、現在のスリランカの国章にも受け継がれています。

 スリランカの旧称であり、同国の主要部分を占める島の名前でもある“セイロン”は、紀元前5世紀、古代スリランカ最初の王にとされるウィジャヤが獅子(シンハ)と人間との間に生まれた子であるとの伝説から、その子孫をシンハラ(獅子の子孫)、彼が収めた島の名をシンハ・ディーパ(獅子の島)と呼んだことに由来するとされています。国章に獅子が使われているのも、このためです。

 なお、法輪は仏教のシンボルとしてさまざまな形で切手にも取り上げられています。それらについては、拙著『切手が伝える仏像』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 ★★★ 内藤陽介、カルチャーセンターに登場 ★★★
   
 下記の通り、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で一般向けの教養講座を担当します。

・よみうりカルチャー柏
 4月24日、5月22日、6月26日、7月24日、8月28日、9月25日
 (毎月第4火曜日)13:30~15:30

 切手でたどる昭和史

 詳細につきましては、各講座名(青色)をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。

 *よみうりカルチャー荻窪での講座のお申込み受付は終了いたしました。

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 スリランカ大使、福島へ
2011-04-03 Sun 23:44
 スリランカのカランナゴダ駐日大使らが3日、福島県田村市の避難所を訪れ、福島第1原発の半径20キロ圏内などから避難してきた人たちに、カレーを振る舞ったそうです。というわけで、きょうはスリランカ海軍出身の大使閣下に敬意を表して、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        スリランカ海軍50年

 これは、2000年にスリランカで発行された海軍50年の記念切手です。
 
 現在のスリランカ海軍の前身は、英領時代の1937年に創設されたセイロン海軍義勇軍で、これは、第二次大戦後、セイロン王立海軍義勇予備隊としてイギリスの王立海軍に吸収されました。1948年、セイロンが英連邦内の自治領として独立すると、正規の海軍としての組織の整備がすすめられ、1950年12月9日、王立セイロン海軍が発足しました。今回ご紹介の切手は、ここから起算して50周年になるのを記念して発行されたものです。その後、王立セイロン海軍は、1972年の共和制移行に伴い、スリランカ海軍と改称され、現在にいたっています。

 さて、今回、福島入りしたカランナゴダ大使は元スリランカ海軍の司令官で、2004年のスマトラ沖地震による津波で 同国が大被害を受けた際に、国内西部地域を担当する軍幹部として救援活動にかかわった経験があります。福島第一原子力発電所の事故を受け、国によっては東京から退避した大使館もある中で、大使は予定を変えず3月下旬に着任し、「こんな時こそ日本との結束を示すために、私は送られてきた」との声明を発表。さらに、日本在住のスリランカ人には「日本にとどまり日本人を助けるように」と伝えたそうです。そのうえで、今回の大使の福島入りですから、本当に頭が下がります。

 また、スリランカ政府は義援金8000万円と特産の紅茶のティーバッグ300万個を提供してくれましたが、これは、スリランカ国民の平均年収が50万円以下であること、さらに、今年1月には同国で大規模な洪水があり、日本政府がJICAを通じて災害救助隊と2000万円相当の緊急援助物資を送っていることを考えると、彼らにとって、以下に大きなことであるかがわかろうというものです。

 ちなみに、セイロン時代の1951年、サンフランシスコで開かれた対日講和条約に同国代表として出席したジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ蔵相(後に大統領)は「日本の掲げた理想に独立を望むアジアの人々が共感を覚えたことを忘れないで欲しい。憎悪は憎悪によって止むことはなく、慈愛によって止む」という仏陀の言葉を引用して、対日賠償請求を放棄する演説を行っています。

 同盟国として米軍を大規模に投入して必死に支援してくれている米国や、その米国の10分の1以下の人口でありながら、4月1日現在、米国の1億2000万ドル(98億9000万円)を上回る37億3833万台湾ドル(106億9000万円)の義捐金を寄せてくれた台湾などに比べると、いまいち、日本ではなじみのないスリランカですが、まさに、米国・台湾にも劣らぬ真の友好国として、我々はその厚情を忘れてはならないと思います。


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 僕が日本コミッショナーを仰せつかっているアジア国際切手展 <China 2011> の作品募集要項が発表になりました。くわしくはこちらをご覧ください。


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 スリランカの弥勒菩薩
2010-02-10 Wed 11:43
 先月、内戦終結後初の大統領選挙が行われたスリランカで、一昨日(8日)、大統領選の野党統一候補だったフォンセカ前政府軍参謀長が逮捕されたのに続き、きのう(9日)はラジャパクサ大統領が議会を解散するなど、反対派への弾圧が強まっています。というわけで、きょうはこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      セイロン・ミロク菩薩

 これは、1977年にスリランカが発行した“国立博物館100年”の記念切手のうち、弥勒菩薩像を取り上げた1枚です。

 サンスクリットで“マイトレーヤ”と呼ばれる弥勒菩薩は、釈迦の次に仏陀となることが約束された最高位の菩薩で、釈迦の入滅後、56億7000万年後の未来に姿を現し、多くの人々を救うとされています。

 長年に及んだ内戦が終結し、新大統領も無事に選挙で決まり、いよいよ国民の融和と国家の再建が進むものと期待されていたスリランカですが、ここ数日の報道を見ると、真の平和はまだまだ遠い状況のようです。スリランカ国民に心の平安をもたらす弥勒菩薩は、釈迦の入滅後、56億7000万年後なんて悠長なことを言わず、すぐにでもあらわれてくれないものですかねぇ。

 ところで、わが国では弥勒菩薩といえば広隆寺や中宮寺などの半跏思惟像(椅坐して左足を下ろし、右足を上げて左膝上に置き、右手で頬づえをついて瞑想する姿)のイメージが強いのですが、世界的にみると、必ずしも半跏思惟像ばかりではなく、どっかりと腰をおろした座像立像もあります。拙著『切手が伝える仏像:意匠と歴史』では、そうした弥勒菩薩のさまざまなバリエーションについても、各国の切手を使ってカラーでご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。

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  総項目数552 総ページ数2256  
  戦後記念切手の“読む事典”(全7巻) ついに完結!

      昭和終焉の時代  『昭和終焉の時代』 日本郵趣出版 2700円(税込)

 2001年のシリーズ第1巻『濫造濫発の時代』から9年。<解説・戦後記念切手>の最終巻となる第7巻は、1985年の「放送大学開学」から1988年の「世界人権宣言40周年年」まで、NTT発足や国鉄の分割民営化、青函トンネルならびに瀬戸大橋の開通など、昭和末期の重大な出来事にまつわる記念切手を含め、昭和最後の4年間の全記念・特殊切手を詳細に解説。さらに、巻末には、シリーズ全7巻で掲載の全記念特殊切手の発行データも採録。

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