内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 世界の国々:ベルギー
2016-11-02 Wed 11:20
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年10月26日号が発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はベルギーの特集(2回目)です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ベルギー・ポールデルヴォー

 これは、1997年に発行されたポール・デルヴォー生誕100周年の記念切手です。

 ベルギー現代美術の巨匠、ポール・デルヴォーは、1897年、リエージュ州生まれ。1920-24年ブリュッセルの美術アカデミーに学び、初期は新印象派と表現派の様式で描いていましたが、その後、デ・キリコやマグリットに影響を受けシュルレアリスム運動に接近。1935年以降は、運動には直接参加しないままシュルレアリスム展にしばしば出品するようになりました。

 理想化された美しい裸婦が遠近法の建物や庭園、人工的な夜の中にたたずむ作品や、骸骨をモチーフとした作品など、幻想的な世界を描き続けたことから、“幻想画家”と称されています。今回ご紹介の切手に取り上げられているのは、1948年に制作された裸婦像です。

 さて、『世界の切手コレクション』10月26日号の「世界の国々」では、ベルギー・チョコレートの歴史をたどった長文コラムのほか、小便小僧、ダミアン神父、ワーテルローの戦いフライトアテンダントのナターシャ、ムール貝の切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、「世界の国々」の僕の担当回ですが、ベルギーの次は、26日に発売され11月2日号でのキルギスの特集(2回目)になります。こちらについては、近々、このブログでもご紹介する予定です。


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 11月17日(木) 10:30-12:00 
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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

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 小さな世界のお菓子たち:チョコレートの切手
2016-09-25 Sun 22:39
 ご報告が遅くなりましたが、大手製菓メーカー(株)ロッテの季刊広報誌『Shall we Lotte(シャル ウィ ロッテ)』の第33号(2016年秋号)ができあがりました。僕の連載「小さな世界のお菓子たち」では、今回は、こんな切手を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

      ベルギー・チョコレート(2013)

 これは、2013年にベルギーが発行したチョコレート切手です。

 ヨーロッパ諸国のうち、チョコレートが重要な輸出産業となっている国は、たいてい、自国のチョコレートを広く諸外国に宣伝するための切手を発行しています。数多くのチョコレート工場を有するベルギーの場合も例外ではなく、過去にも何度かチョコレートを題材にした切手を発行しています。その中でも、今回ご紹介の1点は、こだわりの1品として発行当時は大きな話題となりました。

 切手シートには、溶けたチョコレートがしたたり落ちる背景の中に、スプリンクル、製菓用のブロック、ハート形のプラリーヌ、パンに塗られたチョコレートスプレッド、板チョコが取り上げられています。

 このうち、スプリンクルは、チョコレートを細かい麺状に絞り出して冷やし、回転釜で粉砕して細かい棒状にしたもので、日本ではチョコレート・スプレー(スプレー・チョコレートとも)とも呼ばれる。スプリンクルは“ふりかけ”、スプレーは“しぶき”という意味です。アイスクリームやクッキー、縁日のチョコバナナなどのトッピングに使われるのは、カラフルなものが主流ですが、切手では、チョコレートそのものを見せるため、着色されていない状態で描かれています。

 また、プラリーヌは、一口サイズで、中にクリームやリキュール、アーモンドと砂糖をペースト状にしたマジパンなどを詰めたものです。もともとは、1912年にベルギーの薬剤師、ジャン・ノイハウスがナッツ類に飴をからませ、ペースト状にしたものをチョコレートの中に包み込んだのが始まりとされています。ベルギーでは欠かせないチョコレートといえましょう。

 実は、この切手シートには、ダークチョコレートの味と香りが付けられています。裏面の、糊の部分にカカオエキスが含まれていて、舐めるとチョコレートの味がします。さらに、印刷用のインクには香料が混ぜられているので、香りも楽しめるのです。

 チョコレートの香りがついた切手には先例がいくつもありますが、この切手シートは、よりリアルな香味を再現するため、ベルギー国内のみならず、ドイツ、オランダ、スイスなどの専門家を集めて仕上げています。これまでの切手よりもはるかに完成度の高い1枚となりました。


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 ・よみうりカルチャー荻窪 「宗教と国際政治」
 10月から毎月第1火曜の15:30より、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で講座「宗教と国際政治」がスタートします。初回は10月4日です。ぜひ、遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。

 ・毎日文化センター
 それぞれ、1日講座をやりますので、よろしくお願いします。(詳細は講座名をクリックしてご覧ください)

 10月11日(火) 19:00-20:30 リオデジャネイロ歴史紀行
 11月17日(木) 10:30-12:00 ユダヤとアメリカ 
  

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 男子4×100mリレーで銀
2016-08-20 Sat 14:39
 リオデジャネイロ五輪15日目(現地時間19日)は、レスリング・フリースタイル男子57kg級の樋口黎と陸上男子4×100mリレーが銀、男子50km競歩の荒井広宙、シンクロナイズドスイミング団体、バドミントン女子シングルスの奥原希望が銅のメダルを獲得しました。というわけで、きょうは陸上のリレーを描いた切手の中から、この1点です。(画像はクリックで拡大されます)

      ベルギー・ヨーロッパ陸上(1950)

 これは、1950年7月1日、ベルギーが発行した1950年ヨーロッパ陸上競技選手権大会の寄附金つき切手の小型シートで、リレーのバトンの受け渡し場面を描く切手1枚が収められています。1950年のヨーロッパ陸上競技選手権大会は、同年8月23-27日、ブリュッセル近郊のエゼル競技場(現ボードゥアン国王競技場)で行われました。

 大会の開催に先立ち、ベルギー郵政は費用捻出の一手段として5種セットの寄附金つき切手を発行。今回ご紹介のシートに収められているのはそのうちの1枚で、単片切手としては額面1フラン75サンチームに対して25フランの寄附金が上乗せして2フランで販売されましたが、シートの状態では、さらなる寄付金をえるために20フランで販売されました。

 しかし、さすがに単片切手の10倍もの販売価格であったため、シートは大量に売れ残ってしまいます。このため、1951年4月、周囲の文字部分を切り落とし、黒枠内に“25フラン スポーツ基金のために/ 第25回ブリュッセル国際フェア”と加刷したシートが作られ、4月21日から5月6日までの会期中、国際フェアの会場で販売されました。この時の加刷文字にはフランス語版とフラマン語(オランダ語)版がありますが、とりあえず、下にはフランス語版の画像を貼っておきました。

      ベルギー・ヨーロッパ陸上切り取り
 
 ちなみに、今回ご紹介のシートが発行されたのは、ベルギー国内が国王の処遇をめぐって騒然とした状況にあった時期です。

 第二次大戦中のベルギーはナチス・ドイツに全土を占領され、政府はロンドンに亡命していましたが、国王レオポルド3世は首都ブリュッセルに残り、ドイツ、オーストリアでの軟禁生活を経て、終戦後はスイスで亡命生活を送っていました。国王は対独協力者ではありませんでしたが、亡命政府に同行しなかったことで反逆罪を問う声が上がり、ベルギーへは帰国できない状況が続いていました。

 1946年、ベルギー政府の査問委員会は国王を反逆罪に問わないと決定しましたが、異論が続出したため、1950年に国民投票が実施されます。投票はベルギー国内の南部・フラマン語地域のワロン(復帰反対)と北部・フランス語地域のフランデレン(復帰支持)の地域間対立も絡んで、復帰支持は57%にとどまりましたが、ともかくも、国民投票で過半数が復帰を支持したことで、1950年末、国王は帰国します。
 
 ところが、国王の帰国に際して、反対派は抗議のストライキを敢行し、暴徒化したスト参加者と憲兵隊の衝突で死傷者が発生。このため、国家の分裂を避けるため、1951年7月16日、国王は退位し、息子のボードゥアンが新国王となりました。

 こうした中で、当時の首相ジョゼフ・フォリアンは、国王復帰反対運動には少なからぬ共産主義者がかかわっていたこともあって、東西冷戦下での共産主義の台頭に強い警戒感を抱き、西側陣営としての旗幟を鮮明にするとともに、戦後復興のための支援を米国から獲得するためにも、朝鮮戦争への国連軍の派遣が決定されると、直ちにベルギー国連部隊の派遣を表明しています。このあたりの事情については、拙著『朝鮮戦争』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 ブリュッセル空港、出発ロビー再開
2016-05-02 Mon 12:11
 3月22日のテロ事件で閉鎖されていたブリュッセル国際空港の出発ロビーが、きのう(1日)、約6週間ぶりに一部再開されました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ベルギー・ナターシャ

 これは、1993年にベルギーで発行された“青少年のためのフィラテリー”の切手で、ベルギーのバンドデシネ(ベルギー・フランスを中心とした地域で好まれる形式のコミック)作家、フランソワ・ワルテリーのキャラクター、フライト・アテンダントのナターシャがブリュッセル国際空港を歩いている姿が描かれています。

 ナターシャは、ベルギー・フランス語圏のコミック誌『スピルー』1970年2月26日号に掲載された初めて登場したキャラクターで、1971年の『フライト・アテンダント、ナターシャ』以降、『スピル―』の出版元であるデュピュイ社から多くの単行本が刊行されています。物語は、若くセクシーなナターシャと同僚たち、そして恋人のワルターとのくっついたり離れたりの恋を軸に展開されており、彼女のキャラクターは、ストーリー作家のゴスと作画担当のワルテリーによって生み出されたものですが、その後、ストーリーに関しては、ゴス以外にも、ペヨ(スマーフの作者)、モーリス・ティリュー、ラウル・コーヴァン、マルク・ワステレンが担当しています。

 作画担当のワルテリーは、1946年、リエージュ近郊のアルジャントー生まれ。リエージュのサン・ルク美術学校の学生だった1962年に最初の作品を発表。翌1963年からスマーフで知られるペヨのアシスタントとして研鑽をつみ、1967年以降、後にナターシャを生み出すことになるゴスとのコンビで作品を発表するようになりました。代表作は、何と言っても、一連のナターシャ・シリーズですが、他にも、ルビーヌを主人公とした作品群も高い評価を得ています。


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       ペニーブラック表紙 2350円+税

 【出版元より】
 若く美しい女王の横顔に恋しよう!
 世界最初の切手
 欲しくないですか/知りたくないですか

 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

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       アウシュヴィッツの手紙・表紙 2000円+税

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 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。

 出版元のサイトはこちら。各書店へのリンクもあります。

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 ブリュッセルで連続テロ
2016-03-22 Tue 22:26
 ベルギーの首都、ブリュッセルの近郊にあるフラームス=ブラバント州ザベンテムのブリュッセル国際空港と市内中心部の地下鉄マールベーク駅で、22日朝(日本時間同日夕)、連続してテロとみられる爆発が起き、この記事を書いている時点で、空港では11人、地下鉄駅で15人が亡くなったほか、2カ所で130人以上が負傷しました。というわけで、きょうは、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ベルギー・サベナ40年

 これは、1963年にベルギーが発行したベルギー・サベナ航空40周年の記念切手で、今回の事件現場となったブリュッセル空港の上空を飛ぶサベナ航空機が描かれています。サベナ航空は、1923年、ベルギー本国とベルギー領コンゴとを結ぶ国営航空会社として設立されました。実際にブリュッセル=コンゴの間の運航が始まったのは1935年ですが、切手は会社設立から起算して発行されています。なお、サベナ航空は、経営の悪化により、2001年11月7日、全ての運航を停止。その後、同社の機材や路線の一部は、SNブリュッセル航空が引き継いだものの、2007年、同社はヴァージン・エキスプレスと合併し、現在はブリュッセル航空となっています。

 さて、ブリュッセルの空港は、当初、ブリュッセル首都圏北東端のハーレンに置かれていました。第二次大戦中の1940年、ベルギー全土を占領したナチス・ドイツは、ハーレンの空港が手狭だったため、ザベンテムとメルスブロークにまたがる600ヘクタールの土地を接収し、メルスブローク側に3本の滑走路を建設しました。

 1944年9月3日、ベルギーは連合国によって解放され、ドイツ軍が建設したメルスブロークの空港施設は英軍の管理を経て、ベルギーに引き渡されます。これを受けて、ベルギー当局は首都の空港機能をハーレンからメルスブロークに移すことを決定。新たな空港建物の建設と滑走路の拡張を経て、1948年7月20日、メルスブローク空港に国際空港が開港しました。

 しかし、1948年の新空港開港後も空港関連施設の建設が相次ぎ、メルスブローク空港も手狭になったため、ベルギー政府は、1956年4月、隣接するザベンテム側の敷地に新空港を建設することを決定。工事は1957年4月に始まり、翌1958年にブリュッセルで開催された万国博覧会にあわせて、同年7月5日に開港しました。これが、今回の事件現場となった現在のブリュッセル国際空港です。ちなみに、ブリュッセル万博の会期は1958年4月17日から9月19日まででしたので、ザベテンテムの国際空港は万博初日には間に合わなかったものの、なんとか、会期中には開港を間に合わせたという格好となりました。

 なお、ザベンテムでの空港開港に伴い、メルスブローク側の滑走路と空港施設は、ベルギー空軍の基地として利用されるようになり、現在に至っています。また、ザベンテムとメルスブロークは隣接していることから、この地域一帯の空港開発が始まったことをもって、現在のベルギー国際空港のルーツとする考え方もあり、その場合、ブリュッセル国際空港の開港をナチス占領時代の1940年とすることもあるようです。

 現在、事件の影響でブリュッセル国際空港は閉鎖されていおり、運航再開のめどは立っていないようです。あらためて、亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、負傷された方々には心よりお見舞い申し上げ、一日も早い運航再開をお祈りしております。


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 ワーテルローの戦い200年
2015-06-18 Thu 15:24
 1815年6月18日のワーテルローの戦いから、きょうでちょうど200年です。というわけで、今日はこの切手をもってきました。画像はクリックで拡大されます)

      ベルギー・ワーテルロー

 これは、1990年にベルギーで発行された“ワーテルローの戦い175年”の記念切手で、タブとあわせて戦闘場面がパノラマ式に描かれています。

 1814年、いわゆる諸国民戦争で英国、オーストリア、ロシア、プロイセン、スウェーデンに敗れたフランスのナポレオン1世(以下、ナポレオン)は、4月6日に退位させられ、エルバ島に流されました。その後、同年9月1日から、戦後処理のためにウィーン会議が開催されましたが、各国の思惑が複雑に絡んで会議は停滞。この間、フランスではルイ18世が即位して王政復古が宣言されましたが、革命を体験した国民はその復古的な政策に不満を抱いていました。

 こうした状況を見たナポレオンは、1815年2月26日、エルバ島を脱出してフランスに上陸。ルイ18世は逃亡し、国民の歓呼の中、3月20日、ナポレオンはパリに入城して、再び帝位につきました。

 これに対して、各国は第7次対仏大同盟を結成。ベルギー方面にウェリントン公率いる英蘭連合軍とブリュッヒャー率いるプロイセン軍が展開します。一方、ナポレオンはフランス軍主力を率いてベルギーへ向かい、6月15日、リニーの戦いでプロイセン軍を破り、プロイセン軍の追撃はグルーシーの別働隊に任せ、自身はブリュッセル南東のワーテルローでイギリス・オランダ連合軍と対峙します。

 こうして、6月18日、ワーテルローでフランス軍と英蘭連合軍の激戦が始まりましたが、その途中、グルーシーの追撃を振り払ったプロイセン軍が戦場へ到着し、フランス軍の側面を攻撃。これが決定的な打撃となってフランス軍は潰走します。6月22日、ナポレオンは再び退位し、セントヘレナ島へ流されます。なお、第2次パリ条約の締結により、ナポレオン戦争が完全に終結したのは、1815年11月20日のことでした。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


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 切手に描かれたソウル:韓国とベルギー
2014-07-16 Wed 18:42
  ご報告がすっかり遅くなりましたが、『東洋経済日報』6月27日号が発行されました。僕の月1連載「切手に描かれたソウル」では、今回は、掲載日がサッカーのW杯で韓国とベルギーの試合が行われた日だったので、韓国とベルギーの歴史的な関係についてまとめてみました。で、その記事には間に合わなかったのですが、記事の内容に関するものとして、こんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      朝鮮戦争派遣・ベルギー軍

 これは、朝鮮戦争時に韓国に上陸したベルギー軍の写真絵葉書に、ベルギー切手を貼って消印を押した記念品です。

  韓国とベルギーとの関係は、1901年10月17日、両国間の国交が開かれ、総領事としてレオン・ヴァンカールがソウルに着任したところから始まります。その後、大韓帝国は1905年11月に結ばれた第2次日韓協約によって外交権を失いますが、その後も、日本による韓国併合まで、韓国皇室とベルギー王室との関係は事実上維持されていました。

 そのことを物語るのが、現在、江南の舎堂駅(地下鉄の駅番号は226、433)近くのソウル市立美術館・南ソウル分館です。

 この建物は、もともと、1905年に竣工したベルギー領事館の建物で、当初は、南大門市場に近い会賢洞にありました。地下1階、地上2階建て。外壁は赤レンガと花崗岩で造られた古典主義様式の建物です。

 その後、ベルギー大使館が現在の龍山区漢南洞に移転したため、1970年、韓国商業銀行(1998年に韓一銀行と合併して、現在はウリ銀行)が払い下げを受けて保存・管理することになり、1977年には国の指定史跡第254号に選定されました。そして、ソウル都心の再開発事業のため、1983年、現在の場所に移築され、2004年以降、ソウル市に無償で借り受けて、現在は市立美術館南ソウル分館として利用されています。

 ところで、1901年以来の韓国・ベルギー関係において、特筆すべきは、やはり、朝鮮戦争に際して、累計3171名のベルギー軍が国連軍の一員として参加し、101名が戦死したことでしょう。

 第二次大戦中のベルギーはナチス・ドイツに全土を占領され、政府はロンドンに亡命していましたが、国王レオポルド3世は首都ブリュッセルに残り、ドイツ、オーストリアでの軟禁生活を経て、終戦後はスイスで亡命生活を送っていました。国王は対独協力者ではありませんでしたが、亡命政府に同行しなかったことで反逆罪を問う声が上がり、ベルギーへは帰国できない状況が続きます。

 1946年、ベルギー政府の査問委員会は国王を反逆罪に問わないと決定しましたが、異論が続出したため、1950年に国民投票が実施されます。投票はベルギー国内の南部・オランダ語地域のワロン(復帰反対)と北部・フランス語地域のフランデレン(復帰支持)の地域間対立も絡んで、復帰支持は57%にとどまりましたが、ともかくも、国民投票で過半数が復帰を支持したことで、1950年末、国王は帰国します。
 
 ところが、国王の帰国に際して、反対派は抗議のストライキを敢行し、暴徒化したスト参加者と憲兵隊の衝突で死傷者が発生。このため、国家の分裂を避けるため、1951年7月16日、国王は退位し、息子のボードゥアンが新国王となりました。

 朝鮮戦争が勃発した1950年6月のベルギーは、このように、国王の処遇をめぐって国内の対立が先鋭化していた時期にあたっていました。当時の首相、ジョゼフ・フォリアンは東西冷戦下での共産主義の台頭に強い警戒感を抱いており(国王復帰反対運動には、ワロン以外からも、少なからぬ共産主義者がかかわっています)、戦後復興のための支援を米国から獲得するためにも、国連軍の派遣が決定されると、直ちにベルギー国連部隊(Belgian United Nations Command)の派遣を表明したのです。

 国連部隊には2000人以上の志願者の中から選抜された700人が国内で訓練を受けた後、アントワープから釜山へ向けで出発。1951年1月31日、釜山に到着しています。彼らは、英第29歩兵旅団の指揮下で、1951年4月の臨津江の戦闘に参加し、共産側の攻撃に対して国連軍が撤退する際の退路を確保したほか、“鉄の三角地帯(半島中部の鉄原・金化・平康を結ぶ激戦地域)”で勇敢に戦い、中国人民志願軍に大きな損害を与え、1953年の休戦協定を経て、1955年6月15日、韓国からは完全に撤退しました。

 さて、以前のブログでも少し書きましたが、現在、『朝鮮戦争』と題する拙著を今夏に刊行すべく、準備を進めています。すでに、本文の原稿はできあがっており、現在、粛々と編集作業を進めているところで、8月の全日展の前にも見本ができあがってきそうです。正式なタイトルや刊行日などが決まりましたら、随時、このブログでもご案内していきますので、よろしくお願いいたします。 

      
 ★★ 講座「切手を通して学ぶ世界史:第一次世界大戦から100年 」のご案内 ★★ 

       中日・講座チラシ    中日・講座記事

 7月18日・8月29日・9月19日の3回、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、第一次大戦100年の企画として、「切手を通して学ぶ世界史」と題する講座を行います。

 講座では、ヨーロッパ、中東、日本とアジアの3つの地域に分けて、切手や絵葉書という具体的なモノの手触りを感じながら、フツーとはちょっと違った視点で第一次世界大戦の歴史とその現代における意味を読み解きます。

 詳細は、こちらをご覧ください。

 * 左の画像は講座のポスター、右は講座の内容を紹介した5月20日付『中日新聞』夕刊の記事です。どちらもクリックで拡大されますので、よろしかったらご覧ください。
 

 ★★★ 『外国切手に描かれた日本』 電子書籍で復活! ★★★

      1枚の切手には 思いがけない 真実とドラマがある

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    光文社新書 本体720円~

 アマゾン紀伊国屋書店ウェブストアなどで、6月20日から配信が開始されました。よろしくお願いします。(右側の画像は「WEB本の雑誌」で作っていただいた本書のポップです)


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 ベルギーの新国王が即位
2013-07-22 Mon 14:56
 ベルギーで、昨日(21日)国王アルベール2世が高齢を理由に退位し、長男のフィリップ皇太子が新国王として即位しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ベルギー赤十字切手(1963)

 これは、1963年にベルギーで発行された赤十字100年記念の寄附金つき切手の1枚で、当時のベルギー王室ご一家が取り上げられています。切手に取り上げられているのは、左から国王アルベール2世、当時3歳のフィリップ皇太子、母親のパオラ王妃、そして1962年6月に生まれたばかりのアストリッド王女です。ベルギーのロイヤルファミリーには、このほか、1963年10月に生まれたロラン王子がいるのですが、切手が発行されたのは同年9月28日ですから、まだ王妃のお腹の中ですな。あるいは、切手の元になった写真が撮影された時点では、影も形もなかったのかもしれません。

 さて、新国王のフィリップ陛下は、1960年4月15日生まれ。公立学校でベルギーの2大言語であるオランダ語とフランス語の両方の教育を受け、士官学校で戦闘機パイロットの訓練を受けました。

 今回の新国王の即位で、特に注目されているのが、1999年に結婚したマティルド王妃です。彼女は、フランデレン(北部オランダ語圏)にルーツのあるデュデケム・ダコ伯爵家の出身ですが、同家の邸宅はワロン地域(南部フランス語圏)にあり、このため、フランス語とオランダ語のバイリンガルとして育ちました。

 ベルギーでは、建国以来、フランデレンとワロンの対立が絶えず、しばしば国家分裂の危機に見舞われていることもあり、フランス語とオランダ語を平等に扱うということについて、非常に神経質です。それゆえ、新国王と王妃がともに、オランダ語とフランス語の双方に同じようにアクセスできるようになった(ちなみに、先代のアルベール2世のパオラ王妃は英仏伊の3ヶ国語はできますが、オランダ語はほとんどできません)ことは、同国の国家統合という点で歓迎すべきことであり、今後の国王夫妻の役割に期待が寄せられています。

 なお、ベルギーの原語事情と切手については、拙著『事情がある国の切手ほど面白い』でも1章を設けてご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。開催日は7月30日、9月3日(原則第1火曜日)で、時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 ダットサン復活
2012-03-21 Wed 14:18
 日産自動車は、きのう(20日)、1981年に廃止した“ダットサン”ブランドを、新興国向けの低価格車として2014年からインドネシア、インド、ロシアで生産と販売を再開すると発表しました。というわけで、きょうはこんなマテリアルを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        ベルギー広告葉書(ダットサン)

 これは、ベルギーで発行された“ダットサン”の広告つき葉書です。ベルギーというと、国内の言語対立からフランス語とオランダ語のどちらかに偏るのはまずいというイメージがあるのですが(このあたりの事情については、拙著『事情のある国の切手ほど面白い』をご覧いただけると幸いです)、今回ご紹介の葉書の広告文は全文オランダ語です。別にフランス語バージョンのものがあるのかどうかは、残念ながら、チェックできていませんので、ご存知の方はご教示いただけると幸いです。

 さて、日本人による純国産車の開発は、1914年設立の“改進社自動車工場”によって始められました。同社は1924年にダット3/4トントラックを軍用保護自動車として生産していますが、この“ダット”の名称は、同社の創業者に関わった田健治郎のD、青山禄朗のA、竹内明太郎のTの頭文字と、脱兎のごとく早く走ることをかけた命名でした。

 改進社自動車工場は1926年に実用自動車製造株式会社と合併してダット自動車製造となり、1930年に試作車を完成させました。翌1931年、同社の自動車は“ダットの息子”を意味する“DATSON(ダットソン)”と名付けられましたが、のちに、ダットソンのソンが損につながるというゲン担ぎから“DATSUN(ダットサン)”と改名されています。これが、“ダットサン”ブランドの直接のルーツとなりました。

 その後、ダット自動車製造は石川島自動車製作所に吸収合併され、東京自動車工業株式会社に改称されますが、1933年、日本産業株式会社総帥の鮎川義介が経営する戸畑鋳物株式会社が旧ダット大阪工場を買収して自動車製造株式会社を設立。鮎川は、東京自動車工業株式会社からダットサンの製造権を譲り受け、自動車製造株式会社を日産自動車と改名し、アジア、中南米などに向けてダットサンの輸出が開始されました。

 以来、1981年に日産自動車が輸出ブランド名を“NISSAN”に統一するまで、ダットサンは日本車を代表するブランドとして海外で広く認知されてきました。

 ところで、私事で恐縮ですが、現在、僕が自家用車として使っているのは、日産のマーチです。もっとも、海外旅行の際に成田空港まで乗っていく以外には、近所の買い物と家族の送り迎えくらいにしか使いませんので、年間走行距離は3000キロに遠く届きません。消耗品以外の部品が壊れるというトラブルもなく、維持コストの面からも全く不満はありませんし、総走行距離もようやく4万キロといったレベルですから、新しい車に買い替える必要性を全く感じず、結果的に、1995年以来、17年間乗り続けています。

 まぁ、昨年末に18歳になった娘が近々免許を取るでしょうから、彼女の初心者マークが取れるまでは車を買い替えるということもないでしょうな。この調子だと、2014年にダットサンが海外で復活する頃まで、日産車とのお付き合いも続きそうです。


 ★★★ イベントのご案内 ★★★

 国立市〈歴史講座〉“もの”が語る戦争の歴史

 3月27日(火) 19:00-21:00 於・国立市公民館3階講座室
 *お問い合わせ・お申し込みは、国立市公民館(電話 042-572-5141)までお願いいたします。

 ★★★ 内藤陽介、カルチャーセンターに登場 ★★★
   
 3月下旬から、下記の通り、首都圏各地のよみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で一般向けの教養講座を担当します。詳細につきましては、各講座名(青色)をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。(掲載は開催日順)

よみうりカルチャー柏
 3月23日(金)13:00-15:00(公開講座)
 「ご成婚切手の誕生秘話――切手でたどる昭和史」
 *柏センター移転、新装オープン記念講座です。

 4月24日、5月22日、6月26日、7月24日、8月28日、9月25日
 (毎月第4火曜日)13:30~15:30

 切手でたどる昭和史


・よみうりカルチャー荻窪
 3月27日(火) 13:30~15:30(公開講座)
 「ご成婚切手の誕生秘話——切手でたどる昭和史」

 4月10日、5月8日、6月12日、7月10日、8月7日、9月11日
 (毎月第2火曜日)13:30~15:30

 切手でたどる昭和史


・よみうりカルチャー錦糸町 
 3月31日(土) 12:30-14:30(公開講座)
 皇室切手のモノ語り

 4月7日、6月2日、7月7日、8月4日、9月1日
 (毎月第1土曜日) 12:30~14:30

 郵便学者・切手博士と学ぶ切手のお話
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 1年半ぶりの暫定政権解消
2011-12-06 Tue 16:08
 昨年6月の総選挙以来、フランデレンとワロンの対立により連立政権樹立の交渉が難航していたベルギーで、きのう(5日)、フランス語圏社会党のディ・ルポ党首が国王アルベール2世に自身を首相とする6党連立による組閣を報告。540日ぶりに正式な政権が発足し、政治空白が解消されました。というわけで、きょうはこんなものを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        ベルギー亡命政府(WWI)

 これは、第一次大戦中、ベルギー亡命政府のあったルアーヴルで使用されたベルギー切手のオンピースです。

 第一次大戦が勃発した際、ベルギーは中立を宣言していましたが、1914年8月2日、ドイツ軍はフランス攻撃のためにベルギーに対して通行権を要求。これを、ベルギー国王アルベール1世が拒絶すると、8月4日、ドイツ軍はベルギーに侵攻しました。

 その後、ベルギーの国土の大半はドイツ軍によって占領され、国王アルベール1世率いるベルギー軍はイギリス遠征軍(BEF)の支援を受けてアントワープを脱出。政府をフランスのルアーブルに移し、連合側にとって僅かに残ったベルギー領であるイープルを拠点に、ドイツ軍と戦うことになりました。

 さて、亡命政権は、自らの存続を内外に示すため、亡命先のルアーヴルにも切手を持ち込み、郵便を行いました。その際、亡命政府ならびにベルギー軍の郵便物には、フランスのモノと区別するため、局名表示が“LE HAVRE (SPECIAL)”および“SEINE INFRE”(セーヌ下流地区)となった消印が押されています。

 今回ご紹介のモノはその一例で、切手は1912年に発行されたアルベール1世像の10サンチーム、消印の日附は1914年11月22日です。まぁ、亡命政権も暫定政権の一種といえないこともないので、1年半ぶりにベルギーの暫定政権解消というタイミングに合わせて取り上げてみました。

 なお、ベルギーとその切手については、拙著『事情のある国の切手ほど面白い』でも1章を設けてご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


  ★★★ ラジオ出演のご案内 ★★★

 ・12月10日(土) 鈴木おさむ 考えるラジオ
 
 TBSラジオ(954kHz )で19:00から放送の番組に『年賀状の戦後史』の著者として内藤が生放送出演します。ぜひ聞いてやってください。なお、放送番組の常として、諸般の事情により、急遽、内容が変更となる可能性もありますが、その場合はあしからずご容赦ください。


  ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★
   
         年賀状の戦後史(帯つき)
         年賀状の戦後史
     角川oneテーマ21(税込760円)

    日本人は「年賀状」に何を託してきたのか?
    「年賀状」から見える新しい戦後史!

 ★ TBSラジオ・ニュース番組森本毅郎・スタンバイ(11月17日放送)、11月27日付『東京新聞』読書欄、『週刊文春』12月1日号、『週刊東洋経済』12月3日号、12月6日付『愛媛新聞』地軸、同『秋田魁新報』北斗星で紹介されました。

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   ★★★ 好評既刊より ★★★

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