内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 本家フライドポテトはどっちだ?
2017-05-28 Sun 12:02
 米ファストフード大手のバーガーキングが、同社とベルギーのフィリップ国王と対比し「どっちがキングかな?」と問う広告をインターネット上に掲載(下の画像。以下、画像はクリックで拡大されます)。広告では、どちらか選ぶよう促したうえで、“フィリップ国王”を選ぶと「いいのか?  この男はフライドポテトを作れない」と問い掛けてくるようになっていました。

      バーガーキング

 これに対して、昨日(27日)、ベルギー王室は「国王のイメージを利用するには許可が必要だ。この特殊な件に関し、王室は何も聞いていないし、商業目的なのは明白で、許可することもない」と強い不快感を表明しました。というわけで、今日はこんな切手を持ってきました。

      ベルギー・フライドポテト

 これは、2015年にベルギーが発行した外信用無額面永久保証切手で、同国発祥の料理としてフライドポテトが取り上げられています。

 現在のフライドポテトは、1600年頃、(ワロン地域)のナミュールで、農民たちが作り始めたフリッツ(Frietjes)が起源とされています。当時、ナミュールを含む南ネーデルランドはスペインの支配下に置かれていましたが、その後、ハプスブルク(1713-94年)、フランス(1794-1815年)、ネーデルランド連合王国(1815-30年)の支配を経て、1830年、ベルギー王国として独立しました。このため、ナミュールが属する国ということで、現在、ベルギーはフライドポテト発祥の地とされているわけです。

 もともと、ナミュールにはムーズ川で釣った魚をフライにして食べる習慣がありましたが、冬の間は川が凍結して魚が獲れないため、魚の代わりに細く切ったジャガイモをヘット(牛脂)で揚げて食べていました。これがフライドポテトの原型です。ただし、当時のヨーロッパではジャガイモは主として家畜の飼料にされ、人間の食用とされることは稀でしたので、ナミュールのフリッツが広く普及することはありませんでした。

 その後、フランス革命の混乱でパンおよび原料の小麦が不足すると、革命政府はその代用としてジャガイモを配給。これを機に、ジャガイモ食がヨーロッパで広まり、フリッツも普及します。

 一方、米国では、1802年、トマス・ジェファーソンがパリからフリッツのレシピを持ち込みましたが、民間の家庭料理としてはあまり普及しませんでした。しかし、第一次大戦中、多数の米兵が欧州戦線に派遣されると、彼らを通じてベルギーの国民食となっていたフリッツが米国でも普及するようになります。なお、現地でフリッツに出会った米兵たちは、地元の住民がフランス語を話していたため、これを“フランスのポテト”と誤解。それがし“フレンチ・ポテト”の由来となったといわれています。

 第一次大戦後、“フレンチ・ポテト”の可能性に目を付けたクラレンス・バーズアイは、1920年代に急速冷凍の特許を取得し、冷凍ポテトの販売を始めましたが、当時は冷凍庫の普及率が低く、商品としてはほとんど売れませんでした。その後、1950年代に冷凍庫が家庭にも普及するようになると、第二次大戦中に乾燥野菜を米軍に納入して巨額の利益を上げたジョン・リチャード・シンプロットがバーズアイの技術に着目。1950年代にアイダホ州でジャガイモの大農場と巨大な加工工場を使り、大々的にフライドポテトを販売。さらに、1965年にはマクドナルドがシンプロットの冷凍ポテトを導入したことで、フライドポテトは全世界的に普及していくことになりました。

 ちなみに、今回、問題となった広告を出したバーガーキングがフロリダ州マイアミのハンバーガーレストランとして創業したのは1954年のことですから、当初から現在と同じようなフライドポテトを作っていたとしても、ベルギーのフリッツからは300年以上も後発ということになります。したがって、僕だったら、今回の同社の広告への対抗措置としては、「どっちが本家かな?」のタイトルで同じデザインのサイトを作り、バーガーキングを選ぶと「いいのか? こちらのフライドポテトは“元祖”の味じゃない」と国王陛下の声で流れるような仕掛けにしてやりたいですな。


 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” 次回 は1日! ★★★ 

 6月1日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第3回目が放送予定です。今回は、5月26-27日にG7サミットが行われたシチリアにスポットを当ててお話をする予定です。みなさま、よろしくお願いします。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。

 ★★★ 内藤陽介 『朝鮮戦争』(えにし書房) 重版出来! ★★★ 

      朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

スポンサーサイト
別窓 | ベルギー | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 ベルギーのムスリムと“寛容”
2017-04-21 Fri 16:56
 パリのシャンゼリゼ通りで、現地時間20日午後9時ごろ(日本時間21日午前4時ごろ)、警官が銃撃され、1人が死亡、2人が重軽傷を負う事件があり、実行犯はその場で射殺されました。過激派組織ダーイシュ(自称“イスラム国”。IS)傘下の通信社AMAQは、射殺された実行犯はダーイシュの戦闘員でベルギー人(ベルギー出身)のアブー・ユーセフ・ベルギージーであると報じています。というわけで、今日はこんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ベルギー・寛容(2016)

 これは、2016年にベルギーで発行された“(多宗教間の)寛容”の切手で、ベルギーの主要宗教であるユダヤ教、カトリック、イスラムの各宗教指導者(左からラビのアルベール・ギギ、アントワープ司教のジョアン・ボニ、ヘントのイマームのハリド・ベンハッドゥ)が伝統的な装束に身を包み、互いに手を携えた写真と、その下に「誰もが平等で、誰もが異なっている」との文言が入っています。

 異なる宗教に対する寛容性をアピールするための切手を発行しようという企画は、2014年5月にブリュッセルで発生したユダヤ博物館襲撃事件(死者4名)の後に持ち上がり、2015年11月、Bポスト(ベルギー郵政)が、2016年に“寛容”と題する切手を発行する計画を発表。3人の宗教指導者に対して、彼らが一緒に並んだ切手を発行したいとのオファーがなされ、3人がこれを快諾したことを受けて、フラマン語圏出身の女性写真家のリーヴァ・ブランカートが、切手の原画写真を撮影しました。ちなみに、中央にカトリックのボニ司教が立っているのは、ベルギー国内では3宗教のうち、カトリックの人口が最も多いためです。

 切手に登場したギギは、イスラエル紙のインタビューに答えて「この切手が示そうとしているのは、ベルギーでは、何が起ころうと、人々がどのようなニュースを聞こうと、それぞれの宗教の関係は良好だということだ。この写真で、我々は共に手を取り、連帯して、共に働いていることを示している」と述べています。ちなみに、ギギはインタビュー時には70歳で、30年以上にもわたってベルギーでチーフ・ラビとして活動してきた人物です。

 現在、ベルギーにおけるユダヤ教徒はブリュッセルとアントワープを中心に4万人いるとされていますが、近年、ガザ地区をめぐるイスラエルの強硬姿勢に抗議するというかたちをとって、彼らに対する圧力が強まっています。また、ベルギー国内のムスリム人口は70-90万人とされており、その大半はモロッコ出身者もしくはその子孫です。その背景には、1960年代、安価な労働力として、ベルギーが国策としてモロッコおよびトルコからの移民を大々的に受け入れたという事情があり、現在、ブリュッセルではムスリムが人口の25%以上となっているほか、アントワープとシャルルロワにも相当数のムスリムが生活しています。

 この切手が企画されるようになったきっかけは、ユダヤ博物館に対する襲撃事件でしたが、実際に切手が発行されたのは、昨年3月のブリュッセルでの連続テロ事件の後のことでしたから、圧倒的多数の善良なムスリム市民への不当な差別や攻撃を抑え、ムスリムと非ムスリムの共存を訴えるものとして、この切手を受け止める人も多かったのではないかと思われます。

 その一方で、ベルギー経済の停滞もあって、移民2世・3世のムスリムは実質的な就職差別にさらされることも少なからずあり、彼らの不満は鬱積しています。

 また、ベルギーでは、国内のフランデレンとワロンの対立から、総選挙後に連邦政府に長期間の政治的空白が生じることが常態化しており、たとえば、2010年の総選挙では連立交渉がうまくいかず、政治空白が540日も続いたほか、2014年5月の総選挙後も新政権発足までに4ヵ月半かかっています。

 こうした政治的空白は、かつては、地方政府の自治権が強いため、それによってカバーされる面もあったのですが、欧州統合を優先し、連邦政府が国民の生命・財産を守るという意識に乏しい(ように見える)という隙を突くかたちで、テロリストが流入したり、あるいは、現状に不満を持つベルギー人ムスリムの若者が“ホームグロウン・テロリスト”になるという構図が生まれることになりました。特に、ブリュッセル西郊のモレンベーク地区(9万の人口のうち、8割がムスリムとされる)は、2015年のパリ同時多発テロ事件でもテロリストの出撃拠点となっており、ダーイシュへの戦闘員供給地ないしはテロの温床として、その悪名をとどろかせているほどです。

 今回のパリでの襲撃事件は、AMAQの報道が事実だとすれば、またしても、テロの背景には“ベルギー”があったということになります。もちろん、ベルギー国内に居住するムスリムの圧倒的多数は善良な市民でしょうから、彼らに対するいわれなき差別や攻撃があってはならないのは当然で、その意味で、今回ご紹介の切手に見られるような“寛容”の精神は非常に重要なわけですが、そのためにも、十分な治安・テロリスト対策により国民の生命・財産がきちんと保存されなければならないことは言うまでもありません。要は、両者のバランスということなのですが、だとすれば、この切手と並行して、“反テロ”を訴えて、インパクトのある切手が発行されても良いような気がします。


 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” 次回 は27日! ★★★ 

 4月27日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第2回目が放送予定です。今回は、23日のフランス大統領選挙の第1回投票と5月7日の決選投票の間の放送ということで、フランスの初代大統領と切手についてのお話をする予定です。みなさま、よろしくお願いします。番組の詳細はこちらをご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介 『朝鮮戦争』(えにし書房) 重版出来! ★★★ 

      朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

別窓 | ベルギー | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 世界の国々:ベルギー
2016-11-02 Wed 11:20
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年10月26日号が発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はベルギーの特集(2回目)です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ベルギー・ポールデルヴォー

 これは、1997年に発行されたポール・デルヴォー生誕100周年の記念切手です。

 ベルギー現代美術の巨匠、ポール・デルヴォーは、1897年、リエージュ州生まれ。1920-24年ブリュッセルの美術アカデミーに学び、初期は新印象派と表現派の様式で描いていましたが、その後、デ・キリコやマグリットに影響を受けシュルレアリスム運動に接近。1935年以降は、運動には直接参加しないままシュルレアリスム展にしばしば出品するようになりました。

 理想化された美しい裸婦が遠近法の建物や庭園、人工的な夜の中にたたずむ作品や、骸骨をモチーフとした作品など、幻想的な世界を描き続けたことから、“幻想画家”と称されています。今回ご紹介の切手に取り上げられているのは、1948年に制作された裸婦像です。

 さて、『世界の切手コレクション』10月26日号の「世界の国々」では、ベルギー・チョコレートの歴史をたどった長文コラムのほか、小便小僧、ダミアン神父、ワーテルローの戦いフライトアテンダントのナターシャ、ムール貝の切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、「世界の国々」の僕の担当回ですが、ベルギーの次は、26日に発売され11月2日号でのキルギスの特集(2回目)になります。こちらについては、近々、このブログでもご紹介する予定です。


★★★ 講座のご案内 ★★★

 11月17日(木) 10:30-12:00 
 毎日文化センターにて、1日講座、ユダヤとアメリカをやりますので、よろしくお願いします。(詳細は講座名をクリックしてご覧ください) 
  

★★★ ブラジル大使館推薦! 内藤陽介の『リオデジャネイロ歴史紀行』  ★★★ 

       リオデジャネイロ歴史紀行(書影) 2700円+税

 【出版元より】
 オリンピック開催地の意外な深さをじっくり紹介
 リオデジャネイロの複雑な歴史や街並みを、切手や葉書、写真等でわかりやすく解説。
 美しい景色とウンチク満載の異色の歴史紀行!
 発売元の特設サイトはこちらです。

 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

       リオデジャネイロ歴史紀行(東京新聞)


 ★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインよろしくポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ベルギー | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 小さな世界のお菓子たち:チョコレートの切手
2016-09-25 Sun 22:39
 ご報告が遅くなりましたが、大手製菓メーカー(株)ロッテの季刊広報誌『Shall we Lotte(シャル ウィ ロッテ)』の第33号(2016年秋号)ができあがりました。僕の連載「小さな世界のお菓子たち」では、今回は、こんな切手を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

      ベルギー・チョコレート(2013)

 これは、2013年にベルギーが発行したチョコレート切手です。

 ヨーロッパ諸国のうち、チョコレートが重要な輸出産業となっている国は、たいてい、自国のチョコレートを広く諸外国に宣伝するための切手を発行しています。数多くのチョコレート工場を有するベルギーの場合も例外ではなく、過去にも何度かチョコレートを題材にした切手を発行しています。その中でも、今回ご紹介の1点は、こだわりの1品として発行当時は大きな話題となりました。

 切手シートには、溶けたチョコレートがしたたり落ちる背景の中に、スプリンクル、製菓用のブロック、ハート形のプラリーヌ、パンに塗られたチョコレートスプレッド、板チョコが取り上げられています。

 このうち、スプリンクルは、チョコレートを細かい麺状に絞り出して冷やし、回転釜で粉砕して細かい棒状にしたもので、日本ではチョコレート・スプレー(スプレー・チョコレートとも)とも呼ばれる。スプリンクルは“ふりかけ”、スプレーは“しぶき”という意味です。アイスクリームやクッキー、縁日のチョコバナナなどのトッピングに使われるのは、カラフルなものが主流ですが、切手では、チョコレートそのものを見せるため、着色されていない状態で描かれています。

 また、プラリーヌは、一口サイズで、中にクリームやリキュール、アーモンドと砂糖をペースト状にしたマジパンなどを詰めたものです。もともとは、1912年にベルギーの薬剤師、ジャン・ノイハウスがナッツ類に飴をからませ、ペースト状にしたものをチョコレートの中に包み込んだのが始まりとされています。ベルギーでは欠かせないチョコレートといえましょう。

 実は、この切手シートには、ダークチョコレートの味と香りが付けられています。裏面の、糊の部分にカカオエキスが含まれていて、舐めるとチョコレートの味がします。さらに、印刷用のインクには香料が混ぜられているので、香りも楽しめるのです。

 チョコレートの香りがついた切手には先例がいくつもありますが、この切手シートは、よりリアルな香味を再現するため、ベルギー国内のみならず、ドイツ、オランダ、スイスなどの専門家を集めて仕上げています。これまでの切手よりもはるかに完成度の高い1枚となりました。


★★★ 講座のご案内 ★★★

 ・よみうりカルチャー荻窪 「宗教と国際政治」
 10月から毎月第1火曜の15:30より、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で講座「宗教と国際政治」がスタートします。初回は10月4日です。ぜひ、遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。

 ・毎日文化センター
 それぞれ、1日講座をやりますので、よろしくお願いします。(詳細は講座名をクリックしてご覧ください)

 10月11日(火) 19:00-20:30 リオデジャネイロ歴史紀行
 11月17日(木) 10:30-12:00 ユダヤとアメリカ 
  

★★★ ブラジル大使館推薦! 内藤陽介の『リオデジャネイロ歴史紀行』  ★★★ 

       リオデジャネイロ歴史紀行(書影) 2700円+税

 【出版元より】
 オリンピック開催地の意外な深さをじっくり紹介
 リオデジャネイロの複雑な歴史や街並みを、切手や葉書、写真等でわかりやすく解説。
 美しい景色とウンチク満載の異色の歴史紀行!
 発売元の特設サイトはこちらです。

 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

       リオデジャネイロ歴史紀行(東京新聞)


 ★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインよろしくポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ベルギー | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 男子4×100mリレーで銀
2016-08-20 Sat 14:39
 リオデジャネイロ五輪15日目(現地時間19日)は、レスリング・フリースタイル男子57kg級の樋口黎と陸上男子4×100mリレーが銀、男子50km競歩の荒井広宙、シンクロナイズドスイミング団体、バドミントン女子シングルスの奥原希望が銅のメダルを獲得しました。というわけで、きょうは陸上のリレーを描いた切手の中から、この1点です。(画像はクリックで拡大されます)

      ベルギー・ヨーロッパ陸上(1950)

 これは、1950年7月1日、ベルギーが発行した1950年ヨーロッパ陸上競技選手権大会の寄附金つき切手の小型シートで、リレーのバトンの受け渡し場面を描く切手1枚が収められています。1950年のヨーロッパ陸上競技選手権大会は、同年8月23-27日、ブリュッセル近郊のエゼル競技場(現ボードゥアン国王競技場)で行われました。

 大会の開催に先立ち、ベルギー郵政は費用捻出の一手段として5種セットの寄附金つき切手を発行。今回ご紹介のシートに収められているのはそのうちの1枚で、単片切手としては額面1フラン75サンチームに対して25フランの寄附金が上乗せして2フランで販売されましたが、シートの状態では、さらなる寄付金をえるために20フランで販売されました。

 しかし、さすがに単片切手の10倍もの販売価格であったため、シートは大量に売れ残ってしまいます。このため、1951年4月、周囲の文字部分を切り落とし、黒枠内に“25フラン スポーツ基金のために/ 第25回ブリュッセル国際フェア”と加刷したシートが作られ、4月21日から5月6日までの会期中、国際フェアの会場で販売されました。この時の加刷文字にはフランス語版とフラマン語(オランダ語)版がありますが、とりあえず、下にはフランス語版の画像を貼っておきました。

      ベルギー・ヨーロッパ陸上切り取り
 
 ちなみに、今回ご紹介のシートが発行されたのは、ベルギー国内が国王の処遇をめぐって騒然とした状況にあった時期です。

 第二次大戦中のベルギーはナチス・ドイツに全土を占領され、政府はロンドンに亡命していましたが、国王レオポルド3世は首都ブリュッセルに残り、ドイツ、オーストリアでの軟禁生活を経て、終戦後はスイスで亡命生活を送っていました。国王は対独協力者ではありませんでしたが、亡命政府に同行しなかったことで反逆罪を問う声が上がり、ベルギーへは帰国できない状況が続いていました。

 1946年、ベルギー政府の査問委員会は国王を反逆罪に問わないと決定しましたが、異論が続出したため、1950年に国民投票が実施されます。投票はベルギー国内の南部・フラマン語地域のワロン(復帰反対)と北部・フランス語地域のフランデレン(復帰支持)の地域間対立も絡んで、復帰支持は57%にとどまりましたが、ともかくも、国民投票で過半数が復帰を支持したことで、1950年末、国王は帰国します。
 
 ところが、国王の帰国に際して、反対派は抗議のストライキを敢行し、暴徒化したスト参加者と憲兵隊の衝突で死傷者が発生。このため、国家の分裂を避けるため、1951年7月16日、国王は退位し、息子のボードゥアンが新国王となりました。

 こうした中で、当時の首相ジョゼフ・フォリアンは、国王復帰反対運動には少なからぬ共産主義者がかかわっていたこともあって、東西冷戦下での共産主義の台頭に強い警戒感を抱き、西側陣営としての旗幟を鮮明にするとともに、戦後復興のための支援を米国から獲得するためにも、朝鮮戦争への国連軍の派遣が決定されると、直ちにベルギー国連部隊の派遣を表明しています。このあたりの事情については、拙著『朝鮮戦争』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


★★★ 内藤陽介の最新刊 『リオデジャネイロ歴史紀行』 好評発売中!★★★ 

       リオデジャネイロ歴史紀行(書影) 2700円+税

 【出版元より】
 オリンピック開催地の意外な深さをじっくり紹介
 リオデジャネイロの複雑な歴史や街並みを、切手や葉書、写真等でわかりやすく解説。
 美しい景色とウンチク満載の異色の歴史紀行!
 発売元の特設サイトはこちらです。

 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

       リオデジャネイロ歴史紀行(東京新聞)


 ★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインよろしくポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ベルギー | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 ブリュッセル空港、出発ロビー再開
2016-05-02 Mon 12:11
 3月22日のテロ事件で閉鎖されていたブリュッセル国際空港の出発ロビーが、きのう(1日)、約6週間ぶりに一部再開されました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ベルギー・ナターシャ

 これは、1993年にベルギーで発行された“青少年のためのフィラテリー”の切手で、ベルギーのバンドデシネ(ベルギー・フランスを中心とした地域で好まれる形式のコミック)作家、フランソワ・ワルテリーのキャラクター、フライト・アテンダントのナターシャがブリュッセル国際空港を歩いている姿が描かれています。

 ナターシャは、ベルギー・フランス語圏のコミック誌『スピルー』1970年2月26日号に掲載された初めて登場したキャラクターで、1971年の『フライト・アテンダント、ナターシャ』以降、『スピル―』の出版元であるデュピュイ社から多くの単行本が刊行されています。物語は、若くセクシーなナターシャと同僚たち、そして恋人のワルターとのくっついたり離れたりの恋を軸に展開されており、彼女のキャラクターは、ストーリー作家のゴスと作画担当のワルテリーによって生み出されたものですが、その後、ストーリーに関しては、ゴス以外にも、ペヨ(スマーフの作者)、モーリス・ティリュー、ラウル・コーヴァン、マルク・ワステレンが担当しています。

 作画担当のワルテリーは、1946年、リエージュ近郊のアルジャントー生まれ。リエージュのサン・ルク美術学校の学生だった1962年に最初の作品を発表。翌1963年からスマーフで知られるペヨのアシスタントとして研鑽をつみ、1967年以降、後にナターシャを生み出すことになるゴスとのコンビで作品を発表するようになりました。代表作は、何と言っても、一連のナターシャ・シリーズですが、他にも、ルビーヌを主人公とした作品群も高い評価を得ています。


 ★★★ 講座のご案内 ★★★

 ・よみうりカルチャー荻窪 「宗教と国際政治」
 4月から毎月第1火曜の15:30より、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で講座「宗教と国際政治」がスタートします。ぜひ、遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。
 

 ★★★ 内藤陽介の新刊  『ペニー・ブラック物語』 のご案内 ★★★ 

       ペニーブラック表紙 2350円+税

 【出版元より】
 若く美しい女王の横顔に恋しよう!
 世界最初の切手
 欲しくないですか/知りたくないですか

 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

 発売元の特設サイトはこちら。ページのサンプルもご覧いただけます。


 ★★★ 内藤陽介の新刊  『アウシュヴィッツの手紙』 のご案内 ★★★ 

       アウシュヴィッツの手紙・表紙 2000円+税

 【出版元より】
 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。

 出版元のサイトはこちら。各書店へのリンクもあります。

 インターネット放送「チャンネルくらら」にて、本書の内容をご紹介しております。よろしかったら、こちらをクリックしたご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインよろしくポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ベルギー | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 ブリュッセルで連続テロ
2016-03-22 Tue 22:26
 ベルギーの首都、ブリュッセルの近郊にあるフラームス=ブラバント州ザベンテムのブリュッセル国際空港と市内中心部の地下鉄マールベーク駅で、22日朝(日本時間同日夕)、連続してテロとみられる爆発が起き、この記事を書いている時点で、空港では11人、地下鉄駅で15人が亡くなったほか、2カ所で130人以上が負傷しました。というわけで、きょうは、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ベルギー・サベナ40年

 これは、1963年にベルギーが発行したベルギー・サベナ航空40周年の記念切手で、今回の事件現場となったブリュッセル空港の上空を飛ぶサベナ航空機が描かれています。サベナ航空は、1923年、ベルギー本国とベルギー領コンゴとを結ぶ国営航空会社として設立されました。実際にブリュッセル=コンゴの間の運航が始まったのは1935年ですが、切手は会社設立から起算して発行されています。なお、サベナ航空は、経営の悪化により、2001年11月7日、全ての運航を停止。その後、同社の機材や路線の一部は、SNブリュッセル航空が引き継いだものの、2007年、同社はヴァージン・エキスプレスと合併し、現在はブリュッセル航空となっています。

 さて、ブリュッセルの空港は、当初、ブリュッセル首都圏北東端のハーレンに置かれていました。第二次大戦中の1940年、ベルギー全土を占領したナチス・ドイツは、ハーレンの空港が手狭だったため、ザベンテムとメルスブロークにまたがる600ヘクタールの土地を接収し、メルスブローク側に3本の滑走路を建設しました。

 1944年9月3日、ベルギーは連合国によって解放され、ドイツ軍が建設したメルスブロークの空港施設は英軍の管理を経て、ベルギーに引き渡されます。これを受けて、ベルギー当局は首都の空港機能をハーレンからメルスブロークに移すことを決定。新たな空港建物の建設と滑走路の拡張を経て、1948年7月20日、メルスブローク空港に国際空港が開港しました。

 しかし、1948年の新空港開港後も空港関連施設の建設が相次ぎ、メルスブローク空港も手狭になったため、ベルギー政府は、1956年4月、隣接するザベンテム側の敷地に新空港を建設することを決定。工事は1957年4月に始まり、翌1958年にブリュッセルで開催された万国博覧会にあわせて、同年7月5日に開港しました。これが、今回の事件現場となった現在のブリュッセル国際空港です。ちなみに、ブリュッセル万博の会期は1958年4月17日から9月19日まででしたので、ザベテンテムの国際空港は万博初日には間に合わなかったものの、なんとか、会期中には開港を間に合わせたという格好となりました。

 なお、ザベンテムでの空港開港に伴い、メルスブローク側の滑走路と空港施設は、ベルギー空軍の基地として利用されるようになり、現在に至っています。また、ザベンテムとメルスブロークは隣接していることから、この地域一帯の空港開発が始まったことをもって、現在のベルギー国際空港のルーツとする考え方もあり、その場合、ブリュッセル国際空港の開港をナチス占領時代の1940年とすることもあるようです。

 現在、事件の影響でブリュッセル国際空港は閉鎖されていおり、運航再開のめどは立っていないようです。あらためて、亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、負傷された方々には心よりお見舞い申し上げ、一日も早い運航再開をお祈りしております。


 ★★★ 講座のご案内 ★★★

 ・よみうりカルチャー荻窪 「宗教と国際政治」
 4月から毎月第1火曜の15:30より、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で講座「宗教と国際政治」がスタートします。ぜひ、遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。
 

 ★★★ 内藤陽介の新刊  『ペニー・ブラック物語』 のご案内 ★★★ 

       ペニーブラック表紙 2350円+税

 【出版元より】
 若く美しい女王の横顔に恋しよう!
 世界最初の切手
 欲しくないですか/知りたくないですか

 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

 発売元の特設サイトはこちら。ページのサンプルもご覧いただけます。


 ★★★ 内藤陽介の新刊  『アウシュヴィッツの手紙』 のご案内 ★★★ 

       アウシュヴィッツの手紙・表紙 2000円+税

 【出版元より】
 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。

 出版元のサイトはこちら。各書店へのリンクもあります。

 インターネット放送「チャンネルくらら」にて、本書の内容をご紹介しております。よろしかったら、こちらをクリックしたご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインよろしくポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ベルギー | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 ワーテルローの戦い200年
2015-06-18 Thu 15:24
 1815年6月18日のワーテルローの戦いから、きょうでちょうど200年です。というわけで、今日はこの切手をもってきました。画像はクリックで拡大されます)

      ベルギー・ワーテルロー

 これは、1990年にベルギーで発行された“ワーテルローの戦い175年”の記念切手で、タブとあわせて戦闘場面がパノラマ式に描かれています。

 1814年、いわゆる諸国民戦争で英国、オーストリア、ロシア、プロイセン、スウェーデンに敗れたフランスのナポレオン1世(以下、ナポレオン)は、4月6日に退位させられ、エルバ島に流されました。その後、同年9月1日から、戦後処理のためにウィーン会議が開催されましたが、各国の思惑が複雑に絡んで会議は停滞。この間、フランスではルイ18世が即位して王政復古が宣言されましたが、革命を体験した国民はその復古的な政策に不満を抱いていました。

 こうした状況を見たナポレオンは、1815年2月26日、エルバ島を脱出してフランスに上陸。ルイ18世は逃亡し、国民の歓呼の中、3月20日、ナポレオンはパリに入城して、再び帝位につきました。

 これに対して、各国は第7次対仏大同盟を結成。ベルギー方面にウェリントン公率いる英蘭連合軍とブリュッヒャー率いるプロイセン軍が展開します。一方、ナポレオンはフランス軍主力を率いてベルギーへ向かい、6月15日、リニーの戦いでプロイセン軍を破り、プロイセン軍の追撃はグルーシーの別働隊に任せ、自身はブリュッセル南東のワーテルローでイギリス・オランダ連合軍と対峙します。

 こうして、6月18日、ワーテルローでフランス軍と英蘭連合軍の激戦が始まりましたが、その途中、グルーシーの追撃を振り払ったプロイセン軍が戦場へ到着し、フランス軍の側面を攻撃。これが決定的な打撃となってフランス軍は潰走します。6月22日、ナポレオンは再び退位し、セントヘレナ島へ流されます。なお、第2次パリ条約の締結により、ナポレオン戦争が完全に終結したのは、1815年11月20日のことでした。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ベルギー | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 切手に描かれたソウル:韓国とベルギー
2014-07-16 Wed 18:42
  ご報告がすっかり遅くなりましたが、『東洋経済日報』6月27日号が発行されました。僕の月1連載「切手に描かれたソウル」では、今回は、掲載日がサッカーのW杯で韓国とベルギーの試合が行われた日だったので、韓国とベルギーの歴史的な関係についてまとめてみました。で、その記事には間に合わなかったのですが、記事の内容に関するものとして、こんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      朝鮮戦争派遣・ベルギー軍

 これは、朝鮮戦争時に韓国に上陸したベルギー軍の写真絵葉書に、ベルギー切手を貼って消印を押した記念品です。

  韓国とベルギーとの関係は、1901年10月17日、両国間の国交が開かれ、総領事としてレオン・ヴァンカールがソウルに着任したところから始まります。その後、大韓帝国は1905年11月に結ばれた第2次日韓協約によって外交権を失いますが、その後も、日本による韓国併合まで、韓国皇室とベルギー王室との関係は事実上維持されていました。

 そのことを物語るのが、現在、江南の舎堂駅(地下鉄の駅番号は226、433)近くのソウル市立美術館・南ソウル分館です。

 この建物は、もともと、1905年に竣工したベルギー領事館の建物で、当初は、南大門市場に近い会賢洞にありました。地下1階、地上2階建て。外壁は赤レンガと花崗岩で造られた古典主義様式の建物です。

 その後、ベルギー大使館が現在の龍山区漢南洞に移転したため、1970年、韓国商業銀行(1998年に韓一銀行と合併して、現在はウリ銀行)が払い下げを受けて保存・管理することになり、1977年には国の指定史跡第254号に選定されました。そして、ソウル都心の再開発事業のため、1983年、現在の場所に移築され、2004年以降、ソウル市に無償で借り受けて、現在は市立美術館南ソウル分館として利用されています。

 ところで、1901年以来の韓国・ベルギー関係において、特筆すべきは、やはり、朝鮮戦争に際して、累計3171名のベルギー軍が国連軍の一員として参加し、101名が戦死したことでしょう。

 第二次大戦中のベルギーはナチス・ドイツに全土を占領され、政府はロンドンに亡命していましたが、国王レオポルド3世は首都ブリュッセルに残り、ドイツ、オーストリアでの軟禁生活を経て、終戦後はスイスで亡命生活を送っていました。国王は対独協力者ではありませんでしたが、亡命政府に同行しなかったことで反逆罪を問う声が上がり、ベルギーへは帰国できない状況が続きます。

 1946年、ベルギー政府の査問委員会は国王を反逆罪に問わないと決定しましたが、異論が続出したため、1950年に国民投票が実施されます。投票はベルギー国内の南部・オランダ語地域のワロン(復帰反対)と北部・フランス語地域のフランデレン(復帰支持)の地域間対立も絡んで、復帰支持は57%にとどまりましたが、ともかくも、国民投票で過半数が復帰を支持したことで、1950年末、国王は帰国します。
 
 ところが、国王の帰国に際して、反対派は抗議のストライキを敢行し、暴徒化したスト参加者と憲兵隊の衝突で死傷者が発生。このため、国家の分裂を避けるため、1951年7月16日、国王は退位し、息子のボードゥアンが新国王となりました。

 朝鮮戦争が勃発した1950年6月のベルギーは、このように、国王の処遇をめぐって国内の対立が先鋭化していた時期にあたっていました。当時の首相、ジョゼフ・フォリアンは東西冷戦下での共産主義の台頭に強い警戒感を抱いており(国王復帰反対運動には、ワロン以外からも、少なからぬ共産主義者がかかわっています)、戦後復興のための支援を米国から獲得するためにも、国連軍の派遣が決定されると、直ちにベルギー国連部隊(Belgian United Nations Command)の派遣を表明したのです。

 国連部隊には2000人以上の志願者の中から選抜された700人が国内で訓練を受けた後、アントワープから釜山へ向けで出発。1951年1月31日、釜山に到着しています。彼らは、英第29歩兵旅団の指揮下で、1951年4月の臨津江の戦闘に参加し、共産側の攻撃に対して国連軍が撤退する際の退路を確保したほか、“鉄の三角地帯(半島中部の鉄原・金化・平康を結ぶ激戦地域)”で勇敢に戦い、中国人民志願軍に大きな損害を与え、1953年の休戦協定を経て、1955年6月15日、韓国からは完全に撤退しました。

 さて、以前のブログでも少し書きましたが、現在、『朝鮮戦争』と題する拙著を今夏に刊行すべく、準備を進めています。すでに、本文の原稿はできあがっており、現在、粛々と編集作業を進めているところで、8月の全日展の前にも見本ができあがってきそうです。正式なタイトルや刊行日などが決まりましたら、随時、このブログでもご案内していきますので、よろしくお願いいたします。 

      
 ★★ 講座「切手を通して学ぶ世界史:第一次世界大戦から100年 」のご案内 ★★ 

       中日・講座チラシ    中日・講座記事

 7月18日・8月29日・9月19日の3回、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、第一次大戦100年の企画として、「切手を通して学ぶ世界史」と題する講座を行います。

 講座では、ヨーロッパ、中東、日本とアジアの3つの地域に分けて、切手や絵葉書という具体的なモノの手触りを感じながら、フツーとはちょっと違った視点で第一次世界大戦の歴史とその現代における意味を読み解きます。

 詳細は、こちらをご覧ください。

 * 左の画像は講座のポスター、右は講座の内容を紹介した5月20日付『中日新聞』夕刊の記事です。どちらもクリックで拡大されますので、よろしかったらご覧ください。
 

 ★★★ 『外国切手に描かれた日本』 電子書籍で復活! ★★★

      1枚の切手には 思いがけない 真実とドラマがある

    外国切手に描かれた日本(表紙)     外国切手に描かれた日本(ポップ) 
    光文社新書 本体720円~

 アマゾン紀伊国屋書店ウェブストアなどで、6月20日から配信が開始されました。よろしくお願いします。(右側の画像は「WEB本の雑誌」で作っていただいた本書のポップです)


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ベルギー | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 ベルギーの新国王が即位
2013-07-22 Mon 14:56
 ベルギーで、昨日(21日)国王アルベール2世が高齢を理由に退位し、長男のフィリップ皇太子が新国王として即位しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ベルギー赤十字切手(1963)

 これは、1963年にベルギーで発行された赤十字100年記念の寄附金つき切手の1枚で、当時のベルギー王室ご一家が取り上げられています。切手に取り上げられているのは、左から国王アルベール2世、当時3歳のフィリップ皇太子、母親のパオラ王妃、そして1962年6月に生まれたばかりのアストリッド王女です。ベルギーのロイヤルファミリーには、このほか、1963年10月に生まれたロラン王子がいるのですが、切手が発行されたのは同年9月28日ですから、まだ王妃のお腹の中ですな。あるいは、切手の元になった写真が撮影された時点では、影も形もなかったのかもしれません。

 さて、新国王のフィリップ陛下は、1960年4月15日生まれ。公立学校でベルギーの2大言語であるオランダ語とフランス語の両方の教育を受け、士官学校で戦闘機パイロットの訓練を受けました。

 今回の新国王の即位で、特に注目されているのが、1999年に結婚したマティルド王妃です。彼女は、フランデレン(北部オランダ語圏)にルーツのあるデュデケム・ダコ伯爵家の出身ですが、同家の邸宅はワロン地域(南部フランス語圏)にあり、このため、フランス語とオランダ語のバイリンガルとして育ちました。

 ベルギーでは、建国以来、フランデレンとワロンの対立が絶えず、しばしば国家分裂の危機に見舞われていることもあり、フランス語とオランダ語を平等に扱うということについて、非常に神経質です。それゆえ、新国王と王妃がともに、オランダ語とフランス語の双方に同じようにアクセスできるようになった(ちなみに、先代のアルベール2世のパオラ王妃は英仏伊の3ヶ国語はできますが、オランダ語はほとんどできません)ことは、同国の国家統合という点で歓迎すべきことであり、今後の国王夫妻の役割に期待が寄せられています。

 なお、ベルギーの原語事情と切手については、拙著『事情がある国の切手ほど面白い』でも1章を設けてご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 内藤陽介の次回作(予告) ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告


 ★★★ 内藤陽介の最新作 ★★★

       マリ近現代史
         『マリ近現代史』

 北アフリカ・マリ共和国の知られざる歴史から混迷の現在まで、
 切手・絵葉書等で色鮮やかに再現したオールカラーの本格的通史!
 
 amazone-honhontoネットストアHonya ClubJBOOK7ネット・ショッピング紀伊國屋書店版元ドットコムブックサービス文教堂丸善&ジュンク堂書店楽天ブックスなどで好評発売中!


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。開催日は7月30日、9月3日(原則第1火曜日)で、時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ベルギー | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
| 郵便学者・内藤陽介のブログ | NEXT
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/