内藤陽介 Yosuke NAITO
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World Wide Weblog
 カジノ法案成立
2016-12-15 Thu 09:09
 カジノを含む統合型リゾート(IR)を解禁する法案(IR推進法案、通称カジノ法案)が、けさ(15日)未明、前日の参院本会議に続き、衆院本会議で可決され、成立しました。というわけで、カジノといえば、やはりこの切手でしょうか。(画像はクリックで拡大されます)

      マカオ・カジノ(ルーレット)

 これは、1987年にマカオで発行された“カジノ”の切手のうち、ルーレットを取り上げた1枚です。

 マカオのカジノは、1860年頃、十月初五街の康公廟前の露店で開帳されていた賭場を管理するため、マカオ政府が賭場開帳の権利を特定の組織に独占的に与えるようになったのが起源とされています。

 マカオ政庁は競争入札によって賭博場の権利を特定の業者に独占的に販売し、賭博場の経営者から莫大な税を徴収し、財政基盤としていましたが、1937年から61年までの24年間、当時のマカオにおける最高級ホテル、セントラルの賭博場開設の権利を独占していたのは、高可寧と傅老榕が共同で経営する泰興娛樂總公司(泰興公司)でした。同公司がマカオ政庁に毎年収めていた賭博税の金額の180万パタカは、当時の税収全体の40%を超えていたといわれています。

 これに対して、1960年、長年にわたって泰興公司の経営を取り仕切ってきた傅老榕が亡くなると、1961年、葉漢、葉徳利、何鴻燊、霍英東の4人は、マカオのカジノ経営権独占を実現すべく、澳門旅游娯樂有限公司(以下、娯楽公司)を設立。ポルトガル人の妻を持つ何はポルトガルに渡り、植民地を監督・経営する海外省などをまわって泰興公司とマカオ政府の癒着を告発するとともに、次期マカオ総督(任期は1962年4月から)に内定していたロペスとも面会し、カジノの収益をマカオのために使い、大戦後、香港の復興とともに経済が停滞していたマカオを再建してほしいと訴えました。

 はたして、1961年10月に行われた入札では娯楽公司が年316万7000パタカでカジノの経営権を獲得。政府はこの金額の10%をマカオの慈善事業に使い、残りの使途は娯楽公司との協議のうえで決めるということになります。このとき、娯楽公司はマカオ政府に対して、①カジノを世界的な水準のものとする、②一流のホテルを3件建てる、③新しい船着場を得建設する、④マカオ=香港間に水中翼船を就航させる、⑤港湾を含めマカオの交通事情を改善する、⑥毎年、港の底の100立方メートルの土砂を浚渫する、ことなどを約束しました。

 1962年、娯楽公司はまず、新花園に最初のカジノを開業した後、各地に小規模なカジノを次々に開業し、年末には内港の16号埠頭に“澳門皇宮”と名付けた大型カジノ船を係留しました。

 これに対して、何ら新興勢力の台頭を喜ばない有力者たちは何に対して脅迫状を送り付けたほか、マカオ船籍の船の香港との往来を妨害するなどの抵抗を試みましたが、何は脅迫状の内容を公開して世論の同情を集めるとともに、香港籍の船を確保。さらに、自分に対する暗殺指令が出ていることを察知すると、24時間以内に自分を狙っている暗殺者を発見した者には100万パタカの報酬を支払うとの新聞広告を大々的にうち、旧勢力を追い詰めていきました。

 さらに、それまでのマカオ経済の中心は内港エリアにありましたが、何は外港に新たなフェリーターミナルを建設。1975年には香港=マカオ間のフェリーの定期運行化を実現し、香港からの日帰りカジノ旅行を可能としました。また、場内で俳優や歌手を招いてショウを行うなど、ラスベガスに倣った最新式のカジノを備えたホテル、リスボアなどを外港エリアに相次いで建設し、外港との間に無料のシャトルバスを運行させるとともに、カジノ税の使途は娯楽公司と政府の協議によって決めるという条項を利用して、公共工事・公共事業の支出は外港エリアに集中させ、内港エリアへはほとんど支出しないようにすることで、内港地域を拠点としていた旧勢力を徹底的に干し上げました。

 かくして、マカオの繁華街は急速に外港寄りのエリアへとシフトし、セントラルを中心とする内港エリアは急速に衰退。新たなカジノが集中する外港エリアが繁栄するようになりました。

 なお、このあたりの事情については、拙著『マカオ紀行』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 発売元の特設サイトはこちらです。

 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

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 <CHINA 2016>開幕
2016-12-02 Fri 11:57
 きょう(2日)から、中華人民共和国広西チワン族自治区南寧市の南寧国際会展中心で開催のアジア国際切手展(FIAP展)<CHINA 2016>がスタートしました。中国大陸でのFIAP展開催は、1996年の北京、2003年の綿陽、2011年の無錫についで、今回の南寧が4回目。本来なら、今回の切手展の記念切手をご紹介したいところですが、日本出発までに手配できませんでしたので、過去の“南寧での切手展”に関するマテリアルということで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      マカオ・南寧展加刷

 これは、1999年4月、同年末のマカオ返還に先立ち、南寧で開催された“中葡友好切手展”に際して、会場内のマカオ郵政ブースで販売された記念加刷の小型シートです。台切手は、1999年、己卯の年のマカオの年賀切手の小型シートで、ウサギの顎の下に金色で “ Amizade Luso-Chinesa 中葡友好/Transferência de Soberania de/MACAU 1999 澳門/回歸年/Guangxi Nanning 廣西南寧/04/1999”の文字が加刷されています。なお、小型シートの切手は目打の部分までウサギの身体が印刷されていますが、通常のシート切手は目打の内側にマージンがありますので、単片でも区別ができます。

 1984年12月19日、香港返還を決めた英中共同声明が署名されたことを受けて、マカオ問題に関する中国とポルトガルの交渉が開始されたのは1986年のことで、翌1987年4月、マカオは中国の領土であり、ポルトガルは1999年12月19日までマカオの行政管理責任を有し、中国は翌20日にマカオに対し主権を回復することを定めた中葡共同声明が署名されました。中華人民共和国の特別行政区なったマカオが、以後50年間、ポルトガル領時代の社会・経済制度が維持される建前は、香港の場合と同様です。

 なお、マカオ返還とその前後の状況については、拙著『マカオ紀行』でもいろいろご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 安倍首相、ポルトガル訪問
2014-05-03 Sat 10:53
 安倍首相が、2日(日本時間3日未明)、日本の首相として初めてポルトガルを訪問し、コエリョ首相と会談しました。というわけで、日葡交流がらみの切手ということで、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

       ルイス・フロイス400年(マカオ・信長)

 これは、1997年、ポルトガル領時代のマカオで発行された“ルイス・フロイス神父没後四百記念”の切手のうち、信長に謁見するフロイスのイメージを取り上げた1枚です。

 フロイスは1532年、リスボン生まれ。9歳でポルトガルの宮廷に仕えましたが、1548年、16歳でイエズス会に入会し、インドのゴアで聖職者としての訓練を受けました。語学と文筆の際に恵まれており、1561年に司祭に叙せられると、各地からの通信を扱う仕事に従事しました。

 1563年、日本に上陸して布教活動を開始し、1565年に入京。戦乱の中でも撤退せずに奮闘し、1569年、新たに入京した織田信長に謁見し、その信任を得て機内での布教を許されました。今回ご紹介の切手は、その時のイメージを表現したものです。

 その後、フロイスは活動の拠点を九州に移しましたが、1583年からはイエズス会総長の命を受けて、以後、布教で日本を訪れる宣教師のためのハンドブックとして、日本におけるイエズス会の活動の記録を残すことに専念しました。その結果としてまとめられたのが、いわゆる『日本史』です。

 フロイスの『日本史』は、目次のみが存在する第1巻の「日本総記」(序文・日本六十六国誌・日本総論)についで、フランシスコ・ザビエルが日本を訪れてキリスト教の布教が開始された1549年から1578年までを扱った第1部、1578年から1589年までを扱った第2部、1590年から1594年の26聖人の殉教までの第3部で構成されており、単なるキリスト教布教史のみならず、織田信長・豊臣秀吉をはじめとする戦国大名の動向や庶民の生活実態、同時代の災害や重要事件などについて詳細に記述されています。

 フロイスは、1583年から1597年に長崎で亡くなるまで、『日本史』の執筆に心血を注ぎ、300章を越える大部な著書を著しましたが、その分量があまりに膨大であることがかえって災いすることになります。

 すなわち、1592年、イエズス会東インド管区巡察師、アレッサンドロ・ヴァリニャーノは、フロイスをマカオに呼び、イエズス会が制作を命じた“ハンドブック”の原稿をチェックしようとしました。ところが、フロイスの原稿があまりに膨大な分量であったため、ヴァリニャーノはフロイスに対して原稿の大幅な要約・圧縮を要求。フロイスはこれに納得しなかったため、彼の原稿が出版のためにヨーロッパへ送られることはありませんでした。

 失意のフロイスは原稿を携えて1595年に長崎に戻り、1597年に同地で亡くなるまで『日本史』の執筆を続けました。

 彼の死後、『日本史』の原稿は日本に留め置かれていたが、日本でのキリシタン弾圧が強まると、他の文書類とともにマカオに移され、聖ポール天主堂(大三巴)の学院の文書館に保管されました。

 その後、1720年にポルトガル本国で王立史学士院が設立され、ポルトガル関連文書の収集が本格的に開始されると、『日本史』についても写本がつくられるようになります。こうした文書の収集と写本の筆耕作業は、1759年、ポルトガル本国で宰相ボンパル侯がイエズス会を追放し、1762年に大三巴も本国の司教直轄とされ、併設の学院がマカオ市議会の管理下に置かれるようになると、中断されました。しかし、身の危険を察知したイエズス会士が『日本史』を含む重要写本はマニラに持ち出したため、1835年、大三巴が前壁と石段のみを残して全焼した際、『日本史』の原本も焼失したものの、写本は被害を免れ、それによって現在の我々も『日本史』の内容を知ることができるというわけです。

 なお、このあたりの事情については、拙著『マカオ紀行』でもいろいろご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 切手が語る台湾の歴史 ★★★

 5月15日13:00から、よみうりカルチャー北千住にて、よみうりカルチャーと台湾文化部の共催による“台湾文化を学ぶ講座”の一コマとして、「切手が語る台湾の歴史」という講演をやります。

 切手と郵便はその地域の実効支配者を示すシンボルでした。この点において、台湾は非常に興味深い対象です。それは、最初に近代郵便制度が導入された清末から現在に至るまで、台湾では一貫して、中国本土とは別の切手が用いられてきたからです。今回の講演では、こうした視点から、“中国”の外に置かれてきた台湾(史)の視点について、切手や郵便物を題材にお話しする予定です。

 参加費は無料ですが、事前に、北千住センター(03-3870-2061)まで、電話でのご予約が必要となります。よろしかったら、ぜひ、1人でも多くの方にご来駕いただけると幸いです。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

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 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 鶴竜が初優勝
2014-03-23 Sun 22:01
 大相撲の春場所は、大関の鶴竜が14勝1敗で初優勝を飾り、横綱昇進を確実としました。というわけで、きょうは鶴と龍が一緒に取り上げられているマテリアルということで、こんなモノを持ってきました、(画像はクリックで拡大されます)

       マカオ・補子

 これは、1998年、ポルトガル領時代のマカオが発行した文武官の補子を取り上げた切手のうち、文官を示す鶴の補子を取り上げた9パタカ切手の小型シートで、余白には、皇帝を示す龍補が取り上げられています。

 補子とは、明代以降の中国の宮廷において、文官・武官が自らの品級(階級)を示するために長衣の胸と背に縫い込むことを義務付けられていた四角い記章のことです。文官の補子には鳥類が、武官の補子には獣類がデザインされており、さらに、それぞれの鳥獣の種類が品級に対応していました。このうち、切手に取り上げられている鶴は文官の一品(内閣大学士・協弁大学士、各部の尚書等に任じられます)に対応しています。

 ちなみに、皇帝に関しては、天使の象徴である龍をデザイン化した補子をつけていましたが、これは、特に龍補と呼ばれています。

 なお、マカオとその切手については、拙著『マカオ紀行』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


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 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

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 佐藤琢磨がインディ初優勝
2013-04-22 Mon 11:18
 米国カリフォルニア州ロングビーチで開催されたIZODインディカー・シリーズ第3戦ロングビーチで、現地時間の21日、佐藤琢磨(AJフォイト)が優勝しました。日本人のインディカー・シリーズ優勝は初めての快挙で、佐藤本人の優勝は、F1参戦前の2001年マカオGP以来のことです。というわけで、佐藤にちなむ題材ということで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        マカオGP(1988)

 これは、1988年、ポルトガル領時代のマカオで発行された“第35回マカオGP”の小型シートです。

 マカオGPは、1954年、マカオ在住のモータースポーツ愛好家が始めたもので、マカオ域内には常設サーキットがなかったため、マカオ政庁の許可を得て、いわゆる「市街地レース」として開催されました。当初は、アマチュアによる草レース的な色彩が強かったのですが、1956年以降、みずからもドライバーとして参加したオランダ・インドネシア両国の国籍を持つ大富豪、葉徳利(セオドール・“テディ”・イップ)が運営面のテコ入れを行い、世界的にも知られるF3最高峰の国際レースとして成長。現在では、マカオを代表する観光資源の一つになっています。今回ご紹介の切手もまた、そうしたマカオGPのプロモーションを兼ねて発行されたものです。

 なお、マカオのインフラ整備は、何鴻燊(スタンレー・ホー)ひきいる澳門旅游娯樂有限公司がカジノの独占経営権を獲得した1962年以降、その利益を社会に還元するかたちで急速に発展しましたが、その一環として、マカオ港の旅客ターミナル付近への本格的なピットエリアやグランドスタンド、ガードレールの設営などがマカオGPを意識して行われました。

 レースは、マカオ港の国際旅客ターミナル付近の直線道路からスタートし、旧市街地を中心に約6kmの一般道を走り抜けるもので、ギアの丘の下を通りぬけることから、コースは“ギア・サーキット”とも呼ばれています。モナコGPが行われるモンテカルロの市街地コースよりも道幅が狭い地域も多く、路面の舗装状態も常設サーキットに比べれば劣るため、世界でも有数の難関コースとされています。

 こうしたこともあって、マカオGPを制したドライバーがF1へとステップアップすることも珍しくなく、2001年に優勝した佐藤のほか、アイルトン・セナは1983年に、ミハエル・シューマッハは1990年に、デビッド・クルサードは1990年に、それぞれ、マカオGPで優勝した経験の持ち主です。

 なお、マカオGPのコースに登場する旧市街地の名所については、拙著『マカオ紀行』でもたっぷりご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。 


 ★★★ テレビ出演のご案内・いよいよ明日です ★★★

 NHK教育テレビ 2013年4月23日(火) 23:00~ 「知恵泉」

 今回は「前島密」の特集で、内藤がゲスト出演して、郵便という新たなプロジェクトを立ち上げた実務家としての前島の人間的魅力についてお話します。ぜひ、ご覧いただけると幸いです。なお、放送番組の常として、大事故・大事件など突発的な事情により、番組の内容・放送時間等が変更になる可能性もありますが、予めご了承ください。(番組HPはこちらです)


 ★★★ 内藤陽介の最新作 ★★★

       マリ近現代史
         『マリ近現代史』

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 本書の刊行を記念して、以下の日程でトーク・イベントを行います。

・4月27日(土) 15:00- 『マリ近現代史』出版記念トーク
 於 東京・浅草 都立産業貿易センター台東館6階特設会場
 スタンプショウのイベントの一つとして、出版記念のトークを行います。入場は完全に無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 4月から、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。開催日は5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日(原則第一火曜日)で、時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 マカオで大規模偽カジノ摘発
2012-02-13 Mon 22:11
 マカオ警察は、きょう(13日)、大型カジノホテルの客室で偽カジノを開設していたとして、本土出身の中国人ら男女16人を逮捕するとともに、チップ約1億パタカ(約9億7000万円)分を押収したと発表しました。マカオで、当局の認可を得ていないカジノが摘発されるのは異例のことです。というわけで、きょうはこんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      康公廟     康公廟(実物)

 左は1992年にマカオで発行された康公廟の切手で、右側にその実際の建物の写真です。

 “康公”というのは、中国の諸侯に贈られた諡号のひとつで、歴史上、多くの“康公”が存在しており、マカオの康公廟がそのうちの誰を祀ったものかという点については、漢代の武将の李烈とする説と、南宋の初代皇帝となった趙構(高宗:在位1127-62)とする説があります。いずれにせよ、1860年頃、マカオ半島の西海岸に康公の像が流れ着き、それを本尊として祀るために建てられたのが現在の康公廟とされています。

 マカオの康公廟は、メイン・ストリートの新馬路との交差点を曲がって十月初五街を150メートルほど進んだ場所にありますが、十月初五街を挟んで廟の反対側、現在、康公廟前地と呼ばれている場所は、かつては波止場に面しており、市が立ち並んでいたほか、露店の賭場が開帳されるにぎやかな場所でした。この露店の賭場を管理するため、マカオ政府が賭場開帳の権利を特定の組織に独占的に与えるようになったのが現在のカジノのルーツになっています。それゆえ、康公廟前地こそが世界最大のギャンブル都市マカオの原点といってもいいのかもしれません。

 さて、今回摘発された偽カジノは、2010年3月から、高級ホテルの客室を合法カジノのVIPルームに偽装し、客に違法薬物入りの飲料を飲ませるなどの手口で金を巻き上げていたそうで、犯人グループのうち15人は広東省出身、残りの1人がマカオ人でした。

 マカオのカジノといえば、その巨大な利権をめぐって、かつては血で血を洗うマフィアたちの抗争の舞台となりました。1999年の返還を前に抗争は下火になったものの、今回のように、大陸の連中が乗り込んできて縄張りを荒らしたとなると、はたして、地元の連中が黙っているかどうか。まぁ、最大のマフィアともいうべき中共や解放軍が、今回の一件をどう収めるか、お手並み拝見というところでしょうかね。

 なお、康公廟前地の露店の賭場から1999年の返還までのマカオ・カジノ史については、拙著『マカオ紀行』でもいろいろとご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。 

 * きょう(13日)の午前中、カウンターが98万PVを超えました。いつも、遊びに来ていただいている皆様には、この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。

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 ★ TBSラジオ・ニュース番組森本毅郎・スタンバイ(2011年11月17日放送)、11月27日付『東京新聞』読書欄、『週刊文春』12月1日号、12月1日付『全国書店新聞』『週刊東洋経済』12月3日号、12月6日付『愛媛新聞』地軸、同『秋田魁新報』北斗星、TBSラジオ鈴木おさむ 考えるラジオ(12月10日放送)、12月11日付『京都新聞』読書欄、同『山梨日日新聞』みるじゃん、12月14日付『日本経済新聞』夕刊読書欄、同サイゾー、12月15日付『徳島新聞』鳴潮、エフエム京都・α-Morning Kyoto(12月15日放送)、12月16日付『岐阜新聞』分水嶺、同『京都新聞』凡語、12月18日付『宮崎日日新聞』読書欄、同『信濃毎日新聞』読書欄、12月19日付『山陽新聞』滴一滴、同『日本農業新聞』あぜ道書店、[書評]のメルマガ12月20日号、『サンデー毎日』12月25日号、12月29日付エキレピ!、『郵趣』2012年1月号、『全日本郵趣』1月号、CBCラジオ「朝PON」(1月26日放送)、『スタンプマガジン』2月号、『歴史読本』2月号、『本の雑誌』2月号で紹介されました。

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 ドバイWCで日本馬優勝
2011-03-27 Sun 13:44
 世界最高の賞金額としても知られる競馬の国際G1ドバイワールドカップ(1着賞金は600万ドル)が日本時間のきょう未明(現地時間26日)に行われ、日本から挑戦したヴィクトワールピサが1着、トランセンドが2着となり、日本馬がワンツーフィニッシュを決めるという歴史的な快挙を達成しました。同レースでの日本馬の優勝は初の快挙です。というわけで、きょうは競馬の切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        マカオ・競馬

 これは、1990年にマカオで発行された“動物を使ったギャンブル(與動物有關的澳門遊戯)”のうち、競馬を取り上げた1枚です。

 香港で競馬が大衆的なギャンブルとして高い人気を誇っているのに対して、おとなりのマカオでは必ずしも競馬の人気は高くはありません。まぁ、香港の人間がカジノで遊びたくなったら、ふらっとマカオのグラン・リスボアに出かけていくのと同じように、マカオの人間も本格的に競馬をやりたくなったら香港まで出かけていくということなのかもしれません。

 マカオでは、1980年にタイパ地区(当時はタイパ島)に設置された繋駕速歩競走(馬車競走)用の競馬場が作られましたが、経営不振のため、1988年には開催中止に追い込まれています。その後、この競馬場は台湾の企業が買収し、コースを改修したうえで、1989年からサラブレッドによる競馬が行われるようになりましたが、やはり経営不振のため、わずか1年で開催停止に追い込まれています。結局、マカオの競馬については、スタンレー・ホーが再買収して財政の建て直しを図った結果、1991年に再開され、なんとか現在まで行われているというのが実情です。

 今回ご紹介の切手は、まさに、そうしたマカオの競馬の再建期に発行されたもので、マカオの競馬を内外に広くアピールする意図が込められていたものと見ることができます。

 なお、競馬場のあるタイパ地区は、カジノと世界遺産が密集する半島部とはまた違ったのんびりとした雰囲気が味わいのある場所です。拙著『マカオ紀行』でも、1章を設けて、タイパ・コロアネの歴史散歩を通じて、その魅力をいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 * 本日未明、カウンターが83万PVを超えました。いつも、遊びに来ていただいている皆様には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。


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 僕が日本コミッショナーを仰せつかっているアジア国際切手展 <China 2011> の作品募集要項が発表になりました。くわしくはこちらをご覧ください。


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 同善堂のスマイル
2011-03-12 Sat 20:12
 『SLAM DUNK』や『バガボンド』で著名な漫画家の井上雄彦さんが、トゥイッターで「Smile」と題して笑顔の絵を立て続けに投稿し、漫画家として被災者の方々にエールを送っているというニュース記事を読みました。僕もこれに倣い、拙著『マカオ紀行』の中から、人々の笑顔が描かれている切手を持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

        同善堂百周年

 これは、1992年に発行された「澳門同善堂百周年」の切手です。

 澳門同善堂(以下、同善堂)は、清末の1892年、「同心濟世 善氣迎人」をスローガンに創立された民間の慈善団体で、当初はセナド広場にありましたが、後に福隆新街に移り、1924年に現在の庇山耶街に落ち着きました。当初は病院と薬局が活動の中心でしたが、1924年に現在の場所に移ってからは同善堂貧民義學を開設して教育活動も行うようになり、さらに、1976年以降は無料の保育所も経営するなど、幅広い福祉活動を行っています。切手は、そうした同善堂の活動を表現したもので、医療や食糧の支援を受けてほほ笑む人々が描かれています。

 今回の地震でも、多くの善意が、被災者の方々の笑顔につながればいいですね。

 ちなみに、同善堂の正面玄関は、こんな感じです。

        同善堂玄関

 この建物は、1924年当時、同善堂の役員を務めていた高可寧が発起人として寄付を募って建てられたもので、現在でも現役の病院として利用されています。

 高可寧は1878年、廣東省番禺沙溪官涌の生まれ。生家はもともと貧しかったのですが、5歳の時に父親を亡くし、14歳で故郷を離れて街頭でのモノ売りをして資金を蓄えました。1914年、仲間10人と“十友堂”を設立してマカオ政庁からアヘン窟の経営権を取得し、有成公司を開業します。その後、業務を拡大し、船舶会社として同安輪船公司、質屋として成按、富衡銀號、裕豐按などを設立し、富を蓄えました。このうち、成按は1917年に開業のマカオ最初の質屋です。1928年に当時の最高級ホテルとして新中央酒店(セントラル)が開業すると、その玄関前から新馬路を200メートル弱という地の利を活かして、セントラルのカジノで負けた客たちがさかんに利用して繁盛しました。ちなみに、同善堂の建物は、この成按の隣にあります。

 なお、高は、深圳でカジノを経営して巨額の成功を収めていた傅老榕とともに、1937年に泰興娛樂總公司(泰興公司)を設立。同年から1961年までの24年間、マカオでの賭博場開設の権利を独占し、巨額の利益をあげました。1937年以来、泰興公司がマカオ政庁に毎年収めていた賭博税の金額の180万パタカは、税収全体の40%を超えることもあったそうです。

 こういう話をきくと、21兆650億円という市場規模を誇るパチンコ業界(『レジャー白書2010』による2009年の数字。ちなみに、2009年度の税収は36兆9000億円でした)が、今回の地震の被災者救援や被災地の復興支援にポンと10兆円くらいの義捐金を拠出してくれないかなぁ…と思ってしまいます。そうすれば、彼らに対する世間の目も少しは変わるでしょうに。

 まぁ、さきほど、近所を歩いていたら、電力不足が懸念され、節電が呼びかけられている中で(ちなみに、僕は現在、パソコンを電源につながず、この記事を書いています)、煌々と看板のネオンを照らして平常通り営業を続けているパチンコ屋がありましたし、そもそも、パチンコ業界といえば、脱税業者が多いうえ、少なからぬ金額を北朝鮮に送金してきた業者も珍しくありませんからねぇ。同善堂の高可寧のような“義侠心”を期待するのは難しいのかもしれませんな。

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 春節愉快 万事如意
2011-02-03 Thu 11:44
 きょう(2月3日)は春節です。というわけで、卯年の正式なスタートですから、きょうはストレートにこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        マカオ年賀(1999)

 これは、前回の卯年(1999年)用の年賀切手としてマカオが発行したもので、ウサギの顔の部分がトリミングされて取り上げられています。この年の末、すなわち、1999年12月20日にマカオは中国に“返還”されましたので、ポルトガル領マカオとしては、これが最後の年賀切手になりました。

 さて、昨年11月に刊行した拙著『マカオ紀行』では、返還前の古き良きマカオの残り香を探しながら、目まぐるしく変化を続ける現在のマカオを切手片手に逍遥した歴史紀行です。機会がありましたら、ぜひ、お手にとってご覧いただけると幸いです。


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 デンマーク皇太子に双子誕生
2011-01-08 Sat 23:52
 ロイターなどによると、デンマークのフレデリック皇太子がきょう(8日)、記者団に対し、メアリー皇太子妃が1男1女の双子を出産したと語ったそうです。というわけで、男女の双子を描く切手です(画像はクリックで拡大されます)

        マカオ・祝賀(誕生)

 これは、1996年にマカオで発行された“祝賀”の切手で、生まれたばかりの男女の双子を抱く母親を祝福するさまが描かれています。ちなみに、このとき発行された“祝賀”の切手は4種セットで、他に、健康の回復や誕生日、結婚などの祝い事が取り上げられています。

 さて、二卵性の双子の生まれる確立は、かつては約0.2%でしたが、現在は約0.4%に上昇しています。これは、不妊治療で排卵誘発剤が使われることが珍しくなってきたからだと言われていますが、それでも、双子の生まれる確率は1%以下ですから、貴重なケースであることには違いありません。もっとも、今回ご紹介の切手の場合は、そうしたレアケースをあえて取り上げたというよりも、男の子と女の子のどちらかを取り上げてどちらかを取り上げないわけにはいかないということから、こうしたデザインになったのでしょう。

 ちなみに、ヨーロッパの王族ということでいえば、スペイン・ブルボン家の一員(アルフォンソ13世の孫で現国王ホアン・カルロス1世の従弟)で、一部でフランス・ブルボン家の王位継承者とされるアンジュー公ルイ・ド・ブルボン(ルイ20世)とベネズエラ出身のマリア妃との間に、昨年(2010年)5月、やはり、双子(こちらは男子2名)が生まれています。2人のうち、ブルゴーニュ公に叙せられたルイスが、将来は“ルイ21世”になる予定だとか。ちょっとビックリですな。
 
  ★★★ イベントのご案内 ★★★

  1月9日(日) 切手市場  
  於・東京・浅草 台東区民会館 11:00~20:00 

 拙著『マカオ紀行』の即売・サイン会(行商ともいう)を行います。僕は午前中から会場にいる予定です。入場は無料で、当日、拙著をお買い求めいただいた方には会場ならではの特典をご用意しておりますので、よろしかったら、遊びに来てください。詳細はこちらをご覧いただけると幸いです。

 
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