内藤陽介 Yosuke NAITO
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World Wide Weblog
 世界の国々:ヴァティカン
2016-05-11 Wed 10:07
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年5月11日号が先週、発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はヴァティカンの特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ヴァティカン最初の切手

 これは、1929年、ヴァティカン市国として発行された最初の切手です。

 1861年、サルディニアを軸に成立したイタリア王国は、教皇領北部を接収し、教皇領は南部のローマ市とラティウム地方のみに縮小されます。さらに、イタリア王国はサルディニアの王都トリノで、新生イタリア王国の首都はローマであると宣言し、教皇ピウス9世に対して、ローマ市街の割譲を要求したばかりか、教皇に対してヴァティカンとラテラノ宮殿の占有を認める代わりに、年額32万5000リラを王国側に支払うよう要求しました。

 当然、教皇はこれに激しく抵抗しましたが、1870年、軍事的な後ろ盾となっていたフランスが普仏戦争で敗北し、教皇領から撤退。これを受けて、同年9月20日、イタリア軍はローマを占領し、国家としての教皇領は地上から消滅。教皇はヴァティカンに引きこもって“ヴァティカンの囚人”を自称するようになります。

 以後、半世紀以上に渡り、教皇とイタリア政府の関係は断絶状態にありましたが、1929年2月11日、教皇ピウス11世の全権代理ガスパッリ枢機卿とイタリアのベニート・ムッソリーニ首相との間で合意が成立。教皇庁が教皇領の権利を放棄するかわりに、ヴァティカンを独立国家とし、イタリアにおけるカトリック教会の特別な地位を保証するとしたラテラノ条約が6月2日に締結され、現在のヴァティカン市国が誕生しました。

 これと並行して、ラテラノ条約締結前日の6月1日、教皇庁は“ヴァティカン市国”としてUPUへの加盟を申請。条約締結後の6月7日にヴァティカン郵政が正式に発足したことを受けて、同年7月29日、ヴァティカン、イタリア両政府の間で郵便に関する実務協定が調印され、8月1日からヴァティカン郵政の業務開始に合わせて、今回ご紹介の切手が発行されたというわけです。

 さて、『世界の切手コレクション』4月27日号の「世界の国々」では、今回ご紹介の切手を含むヴァティカン市国成立史の記事に加え、スイス衛兵、サン・ピエトロ大聖堂、現教皇フランシスコ聖なる扉の開扉式の切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、僕が担当する「世界の国々」は、次回は1週お休みをいただいて18日発売の5月25号でのインドの特集になります。こちらについては、25日以降、このブログでもご紹介する予定です。


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 出版元のサイトはこちら。各書店へのリンクもあります。

 インターネット放送「チャンネルくらら」にて、本書の内容をご紹介しております。よろしかったら、こちらをクリックしたご覧ください。


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 聖なる扉オープン
2015-12-09 Wed 11:41
 カトリックでは、“無原罪の御宿り”の祭日にあたるきのう(8日)から、2016年11月20日までの“いつくしみの特別聖年”が始まり、ヴァティカンのサンピエトロ大聖堂では、聖年の開幕を告げる“聖なる扉”の開扉式が行われました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ヴァティカン・聖年(1950・開扉)

 これは、1950年の聖年に際して、1949年12月21日にヴァティカンが発行した切手で、教皇ピウス12世による“聖なる扉”の開扉式の場面が取り上げられています。

 聖年はカトリック教会において、「ローマ巡礼者に特別の赦しを与える」とした年のことで、教皇ボニファティウス8世が1300年を聖年と定めたのが最初です。以後、原則として25年ごとに聖年が設けられており、前回の聖年は2000年でした。ただし、今回のように、その時々の教皇の判断により、随時設定することも可能とされています。

 今回ご紹介の切手に取り上げられたピウス12世は、1876年、ローマ生まれ。教皇庁の外交官としてキャリアを積み、1939年から1958年まで教皇となりました。彼の在位期間は、ちょうど第二次大戦前後の時期に重なっており、ヴァティカンが国家としてナチスによるユダヤ人迫害を明確に非難しなかったことで、戦後、批判を受けることになりました。その一方で、教皇本人は積極的にユダヤ人を保護しており、たとえば、イタリアの敗戦に伴ってドイツ軍がローマを占領した際には、多くのユダヤ人をヴァティカンに匿い、ヴァティカンの市民権を与えています。この功績により、戦後、イスラエル政府はピウス12世に「諸国民の中の正義の人」賞を授与しました。

 さて、サンピエトロ大聖堂に入る扉には、“聖なる扉”、“秘蹟の扉”、“中央の扉”、“善と悪の扉”、“死の扉”の5つがありますが、このうち、“聖なる扉”は通常は閉ざされており、開かれるのは聖年の期間にのみです。カトリックでは、“聖なる扉”を通った者は“罪の償い”が免除されることになっているため、来年11月までの聖年の期間中、例年以上に多くの信徒がヴァティカンを訪れることが予想されています。


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 聖骸布のレプリカ、西宮で公開
2015-09-26 Sat 10:33
  十字架で処刑された直後のイエス・キリストの遺体を包んだとされる“聖骸布”の原寸大レプリカが、きょう・あす(26・27日)、兵庫県西宮市のカトリック夙川教会で公開されるそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ヴァチカン・聖骸布(2015)

 これは、ことし(2015年)、ヴァチカンが発行した“トリノの聖骸布”の切手です。

 聖骸布とは、イエス・キリストが磔刑に処せられて亡くなった後、その遺体を包んだとされる布で、かつては、聖ヴェロニカの聖骸布、自印聖像など、複数が存在していましたが、現在では、主要なものとしては、イタリア・トリノの聖ヨハネ大聖堂に保管されている“トリノの聖骸布”しか存在していません。

 トリノの聖骸布は、縦4.36m、横1.1mの杉綾織の亜麻布で、男性の全身像が転写されているように見えます。1353年、フランス・リレのシャルニー家が所有しているところを発見され、その後、何人かの手を経て、1453年にサヴォイア家(1861-1946年の統一イタリア王国の王家)が入手し、1578年、同家の拠点であるトリノへ移されました。

 聖骸布は、発見以来、キリストの遺骸を包んだ布であると信じられてきましたが、その真偽について確証はなく、教皇クレメンス7世(在位1523-34)は、これを布に描いた絵であると宣言。“神聖物”とされないよう、展示にあたっては蠟燭を点けない、香を焚かないなどの条件をつけました。なお、1988年にオックスフォード大学、アリゾナ大学、スイス連邦工科大学によって行われた放射性炭素年代測定(炭素14法年代測定)の結果、聖骸布に用いられている布は1260年から1390年の間に作られたものと推定されるとの結果が出ています。ただし、聖ヨセフ病院の外科医長ピエール・バルベの再現実験によって、聖骸布の陰影は誰かによって人為的に描かれたのではなく、実際に磔刑にされた人物(ただし、それがイエス・キリストであるか否かは不明)によるものであることが医学的に確認されています。

 1946年、イタリアで王制が廃止され、サヴォイア家が国外退去処分となった後も、聖骸布の所有権は同家が有していましたが、1983年、ローマ教皇に譲渡され、現在はトリノ大司教が管理しています。

 通常は一般公開されていませんが、その代わり、レプリカが聖骸布博物館に展示されており、大聖年にあたる2000年に一般公開された後、2002年の修復作業を経て2010年に修復後初めて一般公開されました。

 ことしは、サレジオ修道会創立者である聖ヨハネ・ボスコ(1815-1888)の生誕200年にあたっていることから、6月21-22日の両日、教皇フランシスコがトリノを司牧訪問するとともに、記念行事の一環として、4月19日から6月24日まで聖骸布の特別公開が行われ、世界中から200万人以上が見学に訪れました。ちなみに、今回、夙川教会で公開されるレプリカは、聖骸布公開期間中の5月、聖骸布研究に長年取り組んできた東京都調布市のガエタノ・コンプリ神父に対して、イタリア・トリノの大司教がその功績を認めて、トリノ教区から原寸大のレプリカを贈られたものです。


 ★★★ トークイベント「切手に見る美女たち」のご案内 ★★★ 

 10月8日(木) 18:30-20:30 東京・飯田橋の東京ボランティアセンター(JR飯田橋駅横・ラムラ・セントラルプラザ10階)で、日本ガルテン協会主催のリレー講座に内藤が登場。『日の本切手 美女かるた』の著者として「切手に見る美女たち」と題するトークを行います。

 参加費は、ガルテン協会会員の方2000円(一般3000円)で、お茶とお菓子がつきます。詳細はこちらをご覧いただくか、NPO日本ガルテン協会(講座担当宛・電話 03‐3377-1477)までお問い合わせください。皆様のご参加をお待ちしております。  

 ★★★ 講座「アウシュヴィッツの手紙」(10月16日)のご案内 ★★★ 

     ポーランド・アウシュヴィッツ解放30年   アウシュヴィッツの労務風景

 10月16日(金) 19:00~20:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「アウシュヴィッツの手紙」と題する講座を行います。

 第二次大戦中、ポーランド南部のアウシュヴィッツ(ポーランド語名・オシフィエンチム)は、ナチス・ドイツの強制収容所が置かれ、ユダヤ人を中心に150万人以上が犠牲となった悲劇の地として知られています。今回の講座では、収容者の手紙を中心に、第二次大戦以前の状況を物語る郵便物・絵葉書、アウシュヴィッツを題材とした戦後の切手などもご紹介しつつ、さまざまな角度からアウシュヴィッツを考えてみたいと思います。

 申込方法など詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、ポーランドが発行したアウシュヴィッツ解放30周年の記念切手、右側は収容者による労務風景を取り上げた戦後作成の絵葉書です) 皆様のご参加をお待ちしております。

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 10月から毎月1回(原則第1火曜日:10月6日、11月 3日、12月1日、1月5日、2月2日、3月1日)、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で下記の一般向けの教養講座を担当します。(下の青い文字をクリックしていただくと、よみうりカルチャーのサイトに飛びます)

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 初回開催は10月6日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


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 パンと魚の奇跡
2015-06-19 Fri 23:25
 イスラエル北部ガリラヤ湖畔のタブハ村にある“パンと魚の奇跡の教会”で、きのう(18日)、放火とみられる火災がありました。壁にはヘブライ語の赤い文字で“邪神の崇拝”を批判する落書きがあり、警察当局はユダヤ教過激派による犯行の疑いが強いとみて捜査しているそうです。

      ヴァチカン・パンと魚の奇跡

 これは、1963年にヴァチカンが発行した“飢餓救済運動(反飢餓キャンペーン)”のキャンペーン切手で、17世紀のスペインを代表する画家バルトロメ・エステバン・ムリーリョ の作品「パンと魚の奇跡」が取り上げられています。

 飢餓救済運動は、国連食糧農業機関(FAO)が1960年から1965年にかけて展開したもので、その運動期間の中間にあたる1963年の春分の日を中心に、各国で啓蒙のためのさまざまなイベントが展開されました。その一環として、各国はキャンペーン切手を発行しましたが、今回ご紹介の切手もその1枚というわけです。

 “パンと魚の奇跡”は、イエスが奇跡を起こして、2匹の魚と5つのパンを増やし、5000人に食べさせたというエピソードで、マルコ、マタイ、ルカ、ヨハネの各福音書に記述があります。たしかに、イエスのこうした奇跡が常に行われるのであれば、地上から飢餓はなくなるわけで、その意味では、飢餓救済運動にピッタリの題材といえましょう。

 さて、“パンと魚の奇跡の教会”は、イエスの上述の奇跡が行われたとされる場所に、350年に最初の建物が建てられました。その後、614年に最初の建物はペルシャ人によって破壊され、さらに、ムスリムの支配下で教会のことも忘れられていましたが、1892年に再発見され、仮の会堂が1936年に建てられました。今回、火災に遭った建物は1982年に建てられ、ベネディクト派の修道士によって管理されていました。なお、今回の火災では、建物内外の広い範囲が焼けたものの、ビザンツ時代の5世紀に作られたパンと魚の床モザイクは無事だったそうです。

 今回の事件に関して、ネタニヤフ首相は「私たち全員に対する攻撃だ」と批判し、徹底的な捜査を指示したそうですが、一刻も早く、犯人が逮捕されると良いですな。
 

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 リオのキリスト、雷で負傷
2014-01-18 Sat 10:59
 ブラジル・リオデジャネイロのシンボル、コルコヴァードのキリスト像に、現地時間の16日、雷が直撃し、親指と中指の一部が欠けたそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ヴァチカン・フランシスコ法伯

 これは、昨年(2013年)、ヴァチカンが発行した“ワールドユースデイ”の記念切手で、コルコヴァードのキリスト像が大きく取り上げられています。コルコヴァードのキリスト像を取り上げた切手はブラジルを中心に数多く発行されていますが、今回は“負傷”した手の部分がしっかり見える1枚ということで、この切手を持ってきました。ちなみに、実際のキリスト像の前には、下の画像のように観光客が群がっていて(僕もその一人だったわけですが…)、切手のように台座から綺麗に全身像の写真を撮るのは、なかなか難しいのではないかと思います。

       コルコヴァード・内藤込み

 ワールドユースデイは、1984年に教皇ヨハネ・パウロ2世の提唱で始まった青年カトリック信者の年次集会で、第28回にあたる2013年は、『マタイによる福音書』第28章第19節の一節「あなたがたは行って、すべての国民を弟子としなさい」をスローガンとして、7月23日から28日まで、リオデジャネイロを会場として教皇によるミサが行われました。
 
 2013年3月19日に教皇に就任したフランシスコは、翌20日、はやくもブラジルのジルマ・ルセフ大統領と会談し、リオデジャネイロ州の“ワールドユースデー”と、サン・パウロ州にあるマリア巡礼地のアパレシーダを訪問する意向を示唆。これを受けて、5月7日、ヴァチカンは正式に教皇の訪伯を発表しました。

 教皇がリオデジャネイロに到着したのは7月22日でしたが、車で歓迎式典へと向かう途中、沿道に詰めかけた信徒に取り囲まれて立ち往生して予定の時間を大幅に遅れたことに加え、当時はブラジル各地で反政府運動が展開されており、セキュリティーの面で懸念があったため、最終的にはヘリコプターでの会場入りとなったそうです。

 その後、翌23日に一日休養を取った後、24日、教皇はサンパウロ州の聖母伝説の地アパレシーダを訪問し、巡礼聖堂でミサを行いました。25日にはリオデジャネイロに戻り、スラム街の一つマンギニョス地区を訪問し住民と面会した後、コパカバーナ海岸でワールドユースデーの歓迎式典に出席。26日にはワールドユースデーに参加した若者らに許しを秘跡を与えたほか、8人の少年受刑者との面会し、十字架の道行きに青年信徒らと参加しています。27日の“祈りの前夜祭”とミサは、当初の予定では、アントニオ・カルロス・ジョビン国際空港で行われるはずでしたが、悪天候のため、会場をコバカバーナ海岸に移して行われています。その際、「若者は変革の立役者であってほしい」としてブラジルでの反政府デモに一定の理解を示したことが注目されました。28日には、同じくコパカバーナ海岸で閉会のミサを行い、翌29日に帰国しました。

 ちなみに、今回ご紹介の切手では、ワールドユースデイの開催地・リオデジャネイロのシンボルとしてキリスト像を取り上げているわけですが、開催に先立ち、前教皇のヴェネディクト16世は、2012年11月、「リオデジャネイロを見下ろすコルコヴァードの丘の贖い主キリストの像は、その腕を広げて彼のもとにやって来るすべての人々を受け入れ、その心はあなたがた一人ひとりに向けられた無限の愛を表している」とのメッセージを発しています。この時点で、ベネディクト16世ご本人がリオデジャネイロに行く意思があったのか、それとも、すでに退位の意向を固めて次の教皇に行ってもらうつもりだったのか、そのあたりは、ご本人以外は「神のみぞ知る」といったところでしょうか。

 なお、コルコヴァードのキリスト像には避雷針が設置されており、年に数回は雷が落ちるのだそうです。今回の“負傷”に関しては、2月以降、修復作業を始めるといことなので、作業の進捗状況に合わせて、このブログでもキリスト像の切手をいろいろとご紹介していきましょうかね。


 ★★★ 開催中です! 展示イベントのご案内 ★★★

 第5回テーマティク出品者の会 1月17-19日(金ー日)
 於・切手の博物館(東京・目白)

 テーマティク出品者の会は、テーマティクならびにオープン・クラスでの競争展への出品を目指す収集家の集まりで、毎年、全国規模の切手展が開催される際には作品の合評会を行うほか、年に1度、切手展出品のリハーサルないしは活動成果の報告を兼ねて会としての切手展を開催しています。僕も、昨年のバンコク展に出品した朝鮮戦争のコレクションを展示します。入場は無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。(詳細はこちらをご覧ください)


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 2014年1月2日より、東京・両国の江戸東京博物館で大浮世絵展がスタートしますが、会期中の1月24日13:30より、博物館内にて「切手と浮世絵」と題するトーク・イベントをやります。

 参加費用は展覧会の入場料込で2100円で、お申し込みは、よみうりカルチャー荻窪(電話03-3392-8891)までお願いいたします。展覧会では、切手になった浮世絵の実物も多数展示されていますので、ぜひ遊びに来てください。

 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

大浮世絵展・紹介記事


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は2月4日(原則第1火曜日)で、ついで、3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 使徒座空位切手
2013-03-01 Fri 11:25
 高齢を理由に退位を表明していたローマ教皇ベネディクト16世が、きのう(28日)、正式に退位しました。教皇の存命中の退位は、1415年のグレゴリウス12世以来のことです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        ヴァティカン・空位切手

 これは、1939年2月、教皇ピウス11世が亡くなった後に発行された“使徒座空位切手”です。ラテラノ条約によってヴァティカンが正式に独立したのは1929年のことで、ピウス11世の在位は1922年2月6日からですので、ヴァティカンとしては最初の使徒座空位切手となります。

 使徒座空位は、教皇が死亡もしくは退位したことにより空位となった状態を指すカトリックの用語で、新たな教皇が選ばれるまでの間は、枢機卿が集団指導体制の下、暫定的にバチカンを統治することになっており、この間の暫定政府に相当する使徒座空位期間事務局には、使徒座空位の間のみ有効な使徒座空位切手や使徒座空位通貨を発行する権限が与えられています。

 使徒座空位の期間に専用の切手が発行されるのは、この期間は、通常の教皇の紋章ではなく、聖ペドロの鍵(ペテロがキリストより天国の鍵を授けられたことに由来するシンボル)の上の王冠を傘に替えた使徒座空位を示す特殊な紋章が使用されるためで、今回ご紹介の切手では、先例がなかったこともあり、従来の紋章切手に傘を加刷して紋章を変更しています。中央の加刷文字“SEDE VACANTE”は使徒座空位を示すラテン語で、その下には1939年の年号も入っています。なお、ピウス11世の後継教皇、ピウス12世は1939年3月2日に正式に教皇として即位しましたので、今回ご紹介の切手の有効期間は同年2月10日からの20日間でした。

 さて、今回の教皇の退位により使徒座空位の期間がスタートし、あわせて使徒座空位切手も発行されます。次の法王を選ぶ選挙“コンクラーベ”が3月中旬にも行われる見通しということなので、今回の使徒座空位切手の有効期間はおそらく半月程度ということになりそうです。


 【世界切手展BRASILIANA 2013・出品募集期間延長!】

 今年11月、ブラジル・リオデジャネイロで世界切手展 <BRASILIANA 2013> が開催される予定です。当初、現地事務局への出品申し込みは2月28日〆切(必着)でしたが、〆切日が3月31日まで延長されました。つきましては、2月14日に締め切った国内での出品申し込みを再開します。出品ご希望の方は、3月20日(必着)で、日本コミッショナー(内藤)まで、書類をお送りください。なお、同展の詳細はこちらをご覧ください。


 ★★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★★

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 地獄の釜のフタ
2009-07-16 Thu 23:48
 きょう(7月16日)は半年に一度の“閻魔斎日”。地獄の釜の蓋が開いて閻魔大王も地獄の鬼もお休みになる日で、そこから、かつての“藪入り”の習慣が生まれました。というわけで、なにか地獄にちなむ切手がないかと思って探してみたら、仏教系ではありませんが、こんなモノが出てきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ダンテ700年

 これは、1965年にヴァティカンが発行した“ダンテ生誕700年”の記念切手の1枚で、彼の代表作『神曲』の「地獄篇」冒頭で、地獄の入口で3匹の獣に遭遇する場面が描かれています。

 ダンテの『神曲』は、西暦1300年の聖金曜日(復活祭前の金曜日)、暗い森の中に迷い込んだ主人公が、そこで出会った古代ローマの詩人ウェルギリウスに導かれ、地獄・煉獄・天国と彼岸の国を遍歴して回る叙事詩です。

 「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」と銘された地獄の門を抜けると、地獄の前庭があり、そこには、人生を無為に生きてきた者たちが、地獄にも天国にも入ることを許されず、蚊や蜂に刺されながら留め置かれています。(全くの余談ですが、きょう、暑さのせいにしてあまり仕事をせず、無為に過ごしてしまった内藤は、風呂上りに蚊に刺されてしまいました。)

 その先には、仏教の世界でいう“三途の川”に相当するのでしょうか、アケローン川が流れており、冥府の渡し守カロンの舟で地獄に渡ることになっています。

 地獄の最初には、キリスト教の洗礼を受けなかった者が入る辺獄(リンボ)があり、そこでは、亡者たちは責め苦はないものの、希望もないままに永遠の時を過ごします。なお、ホメロスをはじめとする古代の大詩人たちも、キリスト以前に生れたため、キリスト教の恩寵を受けることがないという理由で、ここに置かれています。

 その後、愛欲者の地獄、貪欲者の地獄など、第9圏まである地獄の中から、亡者は冥府の裁判官ミーノスによって割り当てられた地獄に行き、責め苦を受けることになっているのだそうです。これもまた、閻魔大王の裁きと似たようなものでしょうから、人間の考えることなんて、結局は似たようなものなのかもしれませんな。

 それにしても、きょうも暑かったですね。地獄の釜のフタが本当に開いて、その熱気が地上までやってきたといわれても信じてしまいそうです。明日には地獄の釜のフタも閉じるはずなので、少しは涼しくなってもらわないと…。

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 切手の中の建設物:宣武門教会
2006-12-13 Wed 01:21
 (財)建設業振興基金の機関誌『建設業しんこう』の12月号が出来上がりました。僕が担当している連載「切手の中の建設物」では、今月は、クリスマスの月ということもあって、協会の切手の中から、バチカンの発行した北京の宣武門教会を取り上げてみました。(画像はクリックで拡大されます)

宣武門教会

 1582年、広東に入ったイタリア出身のイエズス会宣教師マテオ・リッチは、科学知識を武器に布教活動を展開。1601年には明朝の皇帝・万暦帝への謁見を果たし、北京での居住と中国本土での布教の許可を獲得し、1605年には、紫禁城の西南、宣武門の内側の一角に居を定め、そこに小さな聖堂を建てました。

 1644年、明朝に代わって清朝が中国本土を制圧した後も、しばらくはイエズス会の活動は続けられ、皇帝・順治帝は、1650年、ドイツ出身のイエズス会宣教師アダム・シャールに対して、かつてリッチが住んでいた一角を下賜。シャールはこの地にバロック様式の本格的な天主堂を建て、自らもそこに住みます。これが中国最古の教会、聖母無染原罪堂です。ただし、一般には、聖母無染原罪堂という正式名称ではなく、所在地にちなんで“宣武門内天主堂(宣武門教会)”ないしは紫禁城との位置関係から“南堂”と呼ばれることのが普通です。現在、この教会のすぐ近くには地下鉄・宣武門駅があり、観光客にとってもアクセスは便利です。なお、現在の建物は、義和団事件で破壊された後、1905年に再建されたもので、オリジナルの建築ではありません。

 今回ご紹介している切手は、1990年にバチカンが発行した「北京・南京教区300周年」の記念切手(“教区”とは、キリスト教で一定地域の教会をまとめた教会行政上の組織のこと)の1枚で、バチカン所蔵の絵画に描かれた聖母無染原罪堂が取り上げられています。

 児童画にも通じるような素朴なタッチが、何ともいえない良い味を出している1枚だと思うのですが、いかがでしょうか。

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 腹黒いヤツは少ない?
2006-04-11 Tue 23:58
 テレビでイタリアの総選挙の話を盛んにやっていたので、手持ちのイタリア関連のモノの中から、何か面白そうなものはないかと思って探してみたら、こんなものが出てきました。

消毒郵便

このカバー(封筒)は、1856年8月30日、イタリア統一以前のローマ教皇領の北端、ポー川流域の都市フェラーラからロヴィーゴ宛に差し出されもので、当時の教皇領の切手(1852年に発行された1bajのもの)が貼られています。

 画像(クリックで拡大されます)の切手の上方(実際にはカバーの裏面)に押されている円形の印にご注目ください。この印は、このカバーが途中で消毒されたことを示すもので、印の中には“Ferrara/ Netta fouri/ e dentro”(フェラーラ 外側・内側ともに清浄)の文字が入っています。

 伝染病の蔓延を食い止めるために、病気を媒介するおそれのある書簡などを消毒しようとする試みがヨーロッパで実行に移されたのは、近代郵便制度が発足するよりもはるか以前、黒死病が猛威をふるっていた14世紀後半のことでした。

 このカバーも、そうした消毒郵便の一例で、カバー表面にスリット(切込)を入れて、封筒の表面のみならず内側にまで消毒のための薬品(酸の類と思われる)が浸透するよう工夫されています。なお、カバー表面のシミは、保存が悪くて生じたものではなく、薬品を郵便物に振りかけた際に生じたものです。
 
 このカバーに押されている印には「外側・内側ともに清浄」と記されていますが、これは、郵便物によっては表面しか消毒が行われていない場合があるからで、そうした場合には“Ferrara/ Netta fouri/ Sporca dentro”(フェラーラ 外側は清浄だが内側は不浄)との印が押されています。ただし、この印が押されたカバーは非常に少なく、手に入れようとすると結構、苦労しそうです。もちろん、僕は持っていません。

 それにしても、“外側は清浄だが内側は不浄”って、人間に置き換えると腹黒い人ってことですよね。権謀術数のうごめく教皇庁の支配下で、“腹黒いカバー”のほうがはるかに少ないってのも、ジョークにしてはできすぎのような気もします。

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 外国切手の中の中国:バチカン
2005-06-09 Thu 01:04
 昨日(8日)はバタバタしていて日記に書きそびれたことを書きます。

 現在、いくつかの媒体で連載を持っていますが、そのうちの一つが、NHKラジオ中国語講座のテキストで、今年4月から始めた「外国切手の中の中国」です。

 メディアとしての切手には、自国のことばかりではなく、外国のことが取り上げられることも少なくありません。たとえば、「日米修好100年」とか、「日本におけるドイツ年」なんて名目で切手が発行されるのはよくある話で、その場合、相手の国のシンボルやイメージが切手に取り上げられるということは珍しくありません。では、中国は、中国以外の切手にどのように描かれてきたのか--そういう趣旨の下に、毎月、テーマを変えて読みきりの文章を書いているというわけです。

 で、現在、発売中の6月号では、バチカンを取り上げています。バチカンは、大陸の共産中国とは国交を断絶したままですが、1990年代に入って、前教皇(法王)じきじきの旗振りで、中国との国交樹立を目指して水面下での交渉を続けてきました。そうしたことを反映するかのように、1990年代に入ると、バチカンでは中国がらみの切手が急増します。

バチカン

 ↑の切手もその1枚で、“中国への福音伝道700年”を記念して、1994年に発行されたものです。山水画を背景に、十字架を手にしたモンテ・コルヴィノの姿が描かれています。我々の目から見ると、かなりシュールで、下手をすると夢に出てきそうな雰囲気がありますが、信仰篤き人たちの目には、輝ける立派なデザインという風に映るのでしょうか。

 さて、「外国切手の中の中国」は、今月18日発売の7月号では北朝鮮を取り上げたんですが、ここのところ、北朝鮮ネタが二日続いたので、ここでご紹介するのはパスしました。で、おとといから昨日にかけて、うんうん唸って書いていたのは、太平洋戦争中のアメリカ切手のお話です。こちらについても、機会があれば、この日記でご紹介したいと思います。

 現在の予定では、連載は少なくとも来年3月までは続きますので、ご興味のある方は、毎月18日に書店に行って、チェックしていただけると幸いです。

PS 昨日、VTR撮りをしたテレビの仕事ですが、昨夜の「報道ステーション」の方は、サッカーの話に押されて吹っ飛んでしまったようです。一方、今朝の「スーパーモーニング」は、貴乃花親方のインタビューが飛び込みで入ったので、20分ぐらい、当初の予定よりも遅れましたが、無事、放送となりました。ご覧頂いた方にはお礼申し上げます。
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