郵便学者・内藤陽介のブログ
 切手というモノを、ちょっと違った角度から眺めてみると、あなたの知的好奇心をくすぐる新たな発見がイロイロあるのです。そんな切手の面白さを綴っていこうと思っています。
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 魚屋さんの切手
 燃料費の高騰で、漁に出るほど赤字になり、このままでは3割の漁師が廃業しかねないとして、昨日(15日)、20万隻の漁船が漁業の窮状を訴えるために全国一斉に休漁しました。というわけで、今日はこんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 日本橋

 これは、1962年の国際文通週間に発行された切手で、広重の「日本橋」が取り上げられています。1958年の「京師」に始まる「東海道五十三次」の文通週間切手では、それまで、逓信博物館の所蔵品として原画に用いられていましたが、今回の「日本橋」に関しては、国立博物館の所蔵品が用いられています。これは、逓信博物館所蔵の版画は初版ではない上に、刷りも不鮮明だったためです。

 さて、江戸時代、日本橋の南側には高札場や晒場があり、また北側には下流の江戸橋との間に魚市場が並び、日本橋魚河岸といわれていました。切手の元になった浮世絵に天秤棒を担ぐ魚屋さんの姿が見えるのも、このためです。

 この市場は、家康の招きで摂津佃島の名主森孫右衛門が佃村・大和村の漁師33名とともに現在の佃島を開拓した際、漁師たちが、漁を営む権利を与えられた謝礼に幕府へ魚を上納し、その残りを一般に売っていたことから始まり、江戸・東京の魚河岸として定着しました。ちなみに、現在の築地の魚市場は、1923年の関東大震災の後、復興計画の一環として日本橋の市場が移転してできたものです。

 昨日の一斉休漁のニュースをテレビで見て初めて知ったのですが、水産物の値段はセリによって決められ、魚をとってきた漁業関係者は基本的に値段を決めることができないのだとか。これに対して、仲卸は小売価格が上昇し、消費者の魚離れが進むことを恐れて、どうしてもセリの値段を抑え目にしますから、燃料高騰のしわ寄せは漁業関係者がかぶることになるという構図になっているようです。

 幕府なり大名家なりへ納めた残りを一般向けに販売していた時代であれば、こうした流通システムでも、十分、漁業関係者はやっていけたんでしょうが、幕府や大名家はとっくに存在しませんからねぇ。漁業関係者の廃業が相次いで日本の漁業が衰退してしまえば、結局、困るのは僕たち消費者なのですから、そろそろ、彼らの生活が成り立つように、水産物の流通システムの変更をまじめに検討しなければならないように思います。

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アクセス数 (2005年6月1日〜)

プロフィール

内藤陽介 (ないとう・ようすけ)

Author:内藤陽介 (ないとう・ようすけ)
 1967年、東京都生。東京大学文学部卒業。郵便学者。日本文芸家協会会員。切手の博物館・副館長。切手などの郵便資料から、国家や地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し、研究・著作活動を続けている。
 主著:<解説・戦後記念切手>シリーズ(日本郵趣出版、現在、第6巻まで刊行)、『北朝鮮事典』、(竹内書店新社)、『外国切手に描かれた日本』(光文社新書)、『切手と戦争』(新潮新書)、『反米の世界史』(講談社現代新書)、『皇室切手』(平凡社)、『これが戦争だ!』(ちくま新書)、『満洲切手』(角川選書)、『香港歴史漫郵記』(大修館書店)、『タイ三都周郵記』(彩流社)ほか著書多数。最新作は『韓国現代史:切手でたどる60年』(福村出版)

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