内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 ハロウィン・カボチャの消印
2008-10-31 Fri 09:59
 今日はハロウィン。というわけで、こんなモノをもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ハロウィン消印
 
 これは、1894年にアメリカで発行されたダニエル・ウェブスターを描く10セント切手で、ハロウィン・カボチャことジャック・オ・ランタンのファンシー・キャンセルが押されています。

 ウェブスターは1782年生まれの19世紀前半のアメリカを代表する政治家で、ヘンリー・クレイロバートタフトとともに、“フェイマス・ファイブ”(アメリカ史上もっとも偉大な上院議員5人)の一人に挙げられています。また、1841-43年と1850-52年の2度、国務長官になりましたが、在任中の1852年10月に亡くなりました。

 ところで、19世紀のアメリカでは、切手を抹消するための消印についての規則が緩やかで、各地の郵便局ではコルクなどを刻んで思い思いの印を作り、それを切手に押すことが行われていました。これが、いわゆるファンシー・キャンセルです。

 ファンシー・キャンセルにはいろいろなデザインがあって楽しいのですが、今回ご紹介のものはハロウィンにつきもののジャック・オ・ランタンがデザインされています。おそらく、ハロウィンの時期に合わせて使われたのでしょうね。

 さて、いよいよ明日から開幕の<JAPEX>では、会期中日の2日(日)の15:00から拙著『大統領になりそこなった男たち』にからめたトークも行う予定です。きょうご紹介のウェブスターは登場しませんが、日本人になじみの深いマッカーサーを中心に、フェイマス・ファイブのクレイやタフトについても触れることになりそうです。

 ぜひ、遊びに来てください。

 イベントのご案内

 11月1日(土)-3日(月・祝) 全国切手展<JAPEX>

 ことしも、東京・池袋のサンシャインシティ文化会館と目白の切手の博物館の2ヶ所で開催します。今年の目玉は、何といっても“満洲・東北切手展”ですが、トーク関係での僕の出番は、以下のとおりです。

 11月1日(土)
  13:00 “満洲・東北切手展”特別シンポジウム(池袋会場)
  16:00 特別対談「満洲における写真、絵葉書、郵趣」(池袋会場)
 11月2日(日)
  13:00 “戦後日本切手展”ギャラリー・トーク(目白会場)
  15:00 中公新書ラクレ presents 『大統領になりそこなった男たち』刊行記念トーク(池袋会場)
 11月3日(月・祝)
  11:00 “戦後日本切手展”ギャラリー・トーク(目白会場)

 トークそのものの参加費は無料ですが、<JAPEX>への入場料として、両会場共通・3日間有効のチケット(500円)が必要となります。あしからずご了承ください。皆様のお越しを心よりお待ち申しております。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★     

 アメリカ史に燦然と輝く偉大な「敗者たち」の物語    
 『大統領になりそこなった男たち』 中公新書ラクレ(本体定価760円+税)
 
 出馬しなかった「合衆国生みの親」、リンカーンに敗れた男、第二次世界大戦の英雄、兄と同じく銃弾に倒れた男……。ひとりのアメリカ大統領が誕生するまでには、落選者の累々たる屍が築かれる。そのなかから、切手に描かれて、アメリカ史の教科書に載るほどの功績をあげた8人を選び、彼らの生涯を追った「偉大な敗者たち」の物語。本書は、敗者の側からみることで、もう一つのアメリカの姿を明らかにした、異色の歴史ノンフィクション。好評発売中!

 もう一度切手を集めてみたくなったら 
 雑誌『郵趣』の2008年4月号は、大人になった元切手少年たちのための切手収集再入門の特集号です。発行元の日本郵趣協会にご請求いただければ、在庫がある限り、無料でサンプルをお送りしております。くわしくはこちらをクリックしてください。
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 あさって開幕
2008-10-30 Thu 11:29
 凹版カード(牛の目)

  毎年恒例の全国切手展<JAPEX>は、今年も東京・池袋のサンシャイン文化会館をメイン会場として、あさって11月1日から(3日まで)開催されます。

 切手の面白さ・奥深さを一人でも多くの方に知っていただくためは、僕が毎日このブログに記事を書いているだけではダメで、やはり、しかるべき場を用意してきちんとした内容のソフトを社会に向けて発信することが必要です。日本最大の切手イベント<JAPEX>は、まさに、そのための絶好の機会なのですが、こうしたイベントをやるには巨額の資金が必要です。そこで、いろいろな方に“基金”というかたちでご寄付をお願いしております。(もちろん、ブースをご出店いただいている切手商の方々にも、足を向けて眠れません。)

 僕は、昨年に引き続き、今年も実行委員長という立場で<JAPEX>に関わっていますが、とにかく、多くの方から頂戴した浄財を有効に活用することと、そのために運営面を可能な限り効率化すべく精一杯努力しているつもりです。

 さて、<JAPEX>実行委員会では、毎年、基金にご協力いただいた方へのささやかなお礼として、精巧な凹版印刷によって切手を複製した記念カードを準備しております。

 今年は、日系ブラジル移民100周年記念の日伯交流年ということで、会場内で“ブラジル切手展”をを行うのですが、それにちなみ、ブラジル切手の名品“牛の目”を再現した凹版カードを作りました。なお、今回のカードは渡辺勝正さんのコレクションに含まれている90レイのペアを元にしたもので、その実物の画像(雑誌『郵趣』から取りました)は以下のようなものです。

牛の目(90レイス)

 以前の記事でも書きましたが、ブラジル最初の切手は1843年8月1日に発行されました。これは、1840年のペニー・ブラック以来、国としては世界で2番目(州などを入れると4番目)で、このとき発行された切手は“牛の目”の名で親しまれています。

 額面数字のバックには、紙幣の偽造防止にも使われる機械彫刻の模様、彩紋が使われています。画像ではわかりにくいかもしれませんが、実物の切手の大ぶりで楕円形の彩紋を見ていると、たしかに、動物の目を覗き込んでいるように見えます。なお、原版の彫刻はブラジル造幣局、印刷は輸入したばかりの新機材で有価証券印刷局が担当しました。

 “牛の目”には、30レイス、60レイス、90レイスの3種の額面がありますが、その残存数は決して多くはありません。というのも、当時のブラジルでは手紙の封緘代わりに切手を貼っていたことから、開封時に多くが破られ、捨てられてしまったことに加え、1846年3月30日には売れ残り在庫が焼却処分になったからです。ちなみに、凹版カードに取り上げた90レイスの発行枚数は、わずかに34万1125枚。当然のことながら、残存数となると、はるかに少なくなります。

 ホンモノと比べていただいても、今回の凹版カードの出来栄えは遜色のないものと思いますが、いかがでしょうか。

 なお、<JAPEX>基金について、詳しいことを知りたいという方がおられましたら、是非、こちらをクリックしていただき、<JAPEX>基金のページをご覧いただけると幸甚に存じます。

 以上、<JAPEX>実行委員長としての内藤からのお願いでございました。


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 11月1日(土)-3日(月・祝) 全国切手展<JAPEX>

 ことしも、東京・池袋のサンシャインシティ文化会館と目白の切手の博物館の2ヶ所で開催します。今年の目玉は、何といっても“満洲・東北切手展”ですが、トーク関係での僕の出番は、以下のとおりです。

 11月1日(土)
  13:00 “満洲・東北切手展”特別シンポジウム(池袋会場)
  16:00 特別対談「満洲における写真、絵葉書、郵趣」(池袋会場)
 11月2日(日)
  13:00 “戦後日本切手展”ギャラリー・トーク(目白会場)
  15:00 中公新書ラクレ presents 『大統領になりそこなった男たち』刊行記念トーク(池袋会場)
 11月3日(月・祝)
  11:00 “戦後日本切手展”ギャラリー・トーク(目白会場)

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 『郵趣』今月の表紙:満洲国建国1周年
2008-10-29 Wed 14:57
 (財)日本郵趣協会の機関誌『郵趣』2008年11月号ができあがりました。『郵趣』では、毎月、表紙に“名品”と評判の高い切手を取り上げていて、原則として僕が簡単な解説文をつけていますが、今月は、こんなモノを取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

 満洲国建国1周年(10分)

 これは、1933年3月1日に満洲国で発行された“建国1周年”の記念切手のうちの10分(1角)切手です。“建国1周年”の記念切手は4種セット(デザインは2種)で発行され、『郵趣』の表紙にもセットで載せているのですが、地図と国旗のデザインのモノは以前の記事でもご紹介しましたので、今回は旧国務院庁舎を取り上げたモノをご紹介することにします。

 満洲国の国務院庁舎は、後に新国家の首都である新京の都市計画の一環として新築されますが、建国当初は、旧長春市公署の建物が接収され、使用されていました。この建物は、もともとは、清代にこの地域を管轄していた地方役所、道台衙門の建物で1908年の竣工です。満洲国の建国後は国務院のほか、参議府(執政・溥儀の諮問機関。日本の枢密院に相当)、外交部(日本の外務省に相当)、法制局などにも用いられ、国務院の新庁舎完成後は、一般に“旧国務院庁舎”と呼ばれていました。

 切手に取り上げられているのは庁舎の玄関部分で、その両脇には、高粱と並ぶ満洲国の主要農産物である大豆が配されています。

 ところで、今回ご紹介の切手では“建国一周年記念”と“記念”の表示が使われている点も見逃せません。

 実は、“記念”という表記は日本式のものであって、中国語で同様の意味内容を伝える場合には“紀念”と表記するのが一般的です。これは、切手のデザインを担当したのが、日本人の吉田豊であったがゆえの結果なのでしょうが、そうしたところからも、満洲国の支配下で生活している人々は、彼らを統治している政府が日本人によって作られたものであることを結果的に見せつけられていたと解釈することは可能でしょう。

 さて、今回の『郵趣』では、いよいよ今週末から開催の<JAPEX>を前に、満洲・東北切手展とブラジル切手展の2大特別展示の誌上予告特集となっています。このうち、満洲・東北切手展は、リニューアルされた旧水原コレクションをはじめ、日本国内はもとより、台湾・香港から満洲・東北地域に関する超一流のコレクションが一堂に会する滅多にない機会です。また、ブラジル切手展では、世界的な名品として名高い“牛の目”のコレクションをはじめ、こちらも見逃せない内容となっています。みなさまのお越しを心よりお待ちしております。
  

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 11月1日(土)-3日(月・祝) 全国切手展<JAPEX>

 ことしも、東京・池袋のサンシャインシティ文化会館と目白の切手の博物館の2ヶ所で開催します。今年の目玉は、何といっても“満洲・東北切手展”ですが、トーク関係での僕の出番は、以下のとおりです。

 11月1日(土)
  13:00 “満洲・東北切手展”特別シンポジウム(池袋会場)
  16:00 特別対談「満洲における写真、絵葉書、郵趣」(池袋会場)
 11月2日(日)
  13:00 “戦後日本切手展”ギャラリー・トーク(目白会場)
  15:00 中公新書ラクレ presents 『大統領になりそこなった男たち』刊行記念トーク(池袋会場)
 11月3日(月・祝)
  11:00 “戦後日本切手展”ギャラリー・トーク(目白会場)

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 チェコ軍団のカバー
2008-10-28 Tue 18:44
 1918年10月28日にチェコスロバキアが独立を宣言してから、きょうで90周年です。というわけで、今日はこんなモノをもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 チェコ軍団

 これは、1919年、シベリア出兵に参加したチェコ軍団の兵士が差し出したカバーです。

 第1次大戦以前、チェコはオーストリアの支配下にあり、チェコ人将兵はオーストリア軍の一員として大戦に参加し、帝政ロシア軍と戦っていました。しかし、もともとオーストリアからの独立を強く望んでいたチェコ人たちは、ヨーロッパ諸民族とドイツ人との戦いとしての第1次大戦を、民族独立のための好機とみなすようになり、“敵の敵”であるロシアに投降する者が後を絶ちませんでした。

 このため、ロシア側は、こうしたチェコ人たちを募ってオーストリア軍と戦うためのチェコ軍団を組織すします。その規模は、1918年の時点で、およそ15万人でした。当然のことながら、チェコ軍団は反ドイツ・オーストリア感情がきわめて強く、それゆえ、帝政ロシアを打倒してドイツ・オーストリアと単独講和を結んだボルシェビキ政権はドイツの手先であると考えていました。

 こうした状況の中で、1918年4月、シベリア経由でヨーロッパ戦線に向かおう途中のチェコ軍団のメンバーが、移送中のドイツ・オーストリア軍の捕虜と小競り合いを起こしたのをきっかけに、チェコ軍団による反乱が勃発。チェコ軍団はシベリア鉄道に沿って、当時、無政府状態になっていたサマラ=イルクーツク間の地域を占拠しました。

 これに対して、ボルシェビキ政権は連合国に対してチェコ軍団の武装解除を要求したが、連合国側はこれを拒否。逆に、「チェコ軍団がシベリア各地で殲滅されかかっている」として、チェコ軍団救出を大義名分として、ボルシェビキ政権に対する干渉出兵を行うこととします。ボルシェビキ政権を打倒し、連合国に立って戦うロシア政府を樹立することによって、東部戦線にドイツ軍を釘付けにするためでした。これが、列強諸国によるシベリア出兵の基本的な構図です。

 さて、今回ご紹介のカバーは、1919年にチェコ軍団参加の兵士が差し出したもので、軍団関係の郵便に貼付するために発行された切手が貼られています。そのデザインは、“ボヘミアのライオン”の紋章の周囲に軍隊を示す各種の武器を散りばめたもので、“シベリア・チェコスロバキア軍郵便(POSTA CESKOSLIVENSKE ARMADY SIBIRSKE)”の文字と発行年を示す“1919”の表示があります。切手の発行当時、すでに、大戦は終結してオーストリア・ハンガリー二重帝国は崩壊しており、チェコはスロバキアとともにチェコスロバキアとして独立していました。

 また、カバーには、切手と同様に“シベリア・チェコスロバキア軍郵便”の文字と1919の年号の入った印と、“軍事郵便(POSTE MILITARE)”の表示のある印の二種類が押されていますが、いずれも、差出地名や日付の表示はありません。おそらく、ハルビンに置かれていたチェコ軍の司令部を経由して本国まで届けられたものと考えられます。

 ハルビンといえば、今週土曜日(11月1日)から東京・池袋のサンシャイン文化会館で開催の<JAPEX>では、“満洲・東北切手展“と題して、清朝から中華人民共和国にいたるまでの満洲・東北地域の切手・郵便史の網羅的な展示を行います。リニューアルされた旧水原コレクションをはじめ、日本国内はもとより、台湾・香港から超一流のコレクションが一堂に会する滅多にない機会ですので、ぜひ、遊びに来てください。(上の青い文字をクリックすると主催者HPに飛びます)

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 11月1日(土)-3日(月・祝) 全国切手展<JAPEX>

 ことしも、東京・池袋のサンシャインシティ文化会館と目白の切手の博物館の2ヶ所で開催します。今年の目玉は、何といっても“満洲・東北切手展”ですが、トーク関係での僕の出番は、以下のとおりです。

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  13:00 “満洲・東北切手展”特別シンポジウム(池袋会場)
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 テディ生誕150年
2008-10-27 Mon 14:09
 1858年10月27日にセオドア・ルーズベルトが生まれてから、ちょうど150年になります。というわけで、今日はストレートにこの切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 セオドア・ルーズベルト

 これは、1922年にアメリカで発行された5セントの通常切手で、セオドア・ルーズベルトの肖像が取り上げられています。

 ルーズベルトはニューヨーク市の出身で、幼少時は病弱でしたが、それを克服するためにスポーツに励み、1880年にハーバードを卒業するころには、すっかりマッチョな男となっていました。

 1897年に発足したマッキンリー政権では海軍次官に任命されますが、翌1898年、米西戦争が勃発すると、その職を辞して“ラフライダーズ”を率いて従軍。国民的英雄となり、凱旋後、警視総監およびニューヨーク州知事となりました。

 1900年の大統領選挙では副大統領候補となり当選しますが、翌1901年9月、マッキンリーが暗殺されたことで大統領に昇格。アメリカ史上最年少の大統領となりました。

 大統領就任後のエピソードとしては、テディベアの名前の由来となった熊狩りの話が有名です。

 1902年の秋、趣味の熊狩りに出かけた際、獲物をしとめることができなかった大統領に気を使った側近が、年老いた雌熊を追いつめて最後の一発を頼んだところ、大統領は、「瀕死の熊を撃つのはスポーツマンシップにもとる」として撃ちませんでした。このことが新聞に掲載されて評判となり、バーモント州の玩具メーカー(現・テディベア・カンパニー)が、熊のぬいぐるみにルーズベルト大統領の通称である“テディ”と名付けて発売したのが、現在の“テディ・ベア”のルーツとされています。

 ルーズベルトの時代のアメリカのアジア政策は、1898年に領有したフィリピンの防衛が最重要課題でしたから、1904年の日露戦争に関して、日本がロシアに対してそこそこの勝利を収めるのが、ベスト・シナリオと考えていました。ところが、1905年5月27~28日の日本海海戦でロシアのバルチック艦隊が全滅したことで、アメリカの太平洋戦略の前提となっていた軍事バランスが崩壊。慌てたるルーズベルトは、6月9日、日露両国に対して講和を勧告。さらに、7月、陸軍長官のウィリアム・タフト(後にローズヴェルトの後をついで大統領になります)が東京で首相・桂太郎と極秘に会談し、アメリカのフィリピン統治と日本の韓国支配を相互に承認する協定(桂=タフト協定)を締結し、日露戦争後に備えようとしました。以後、アメリカは日本に対して警戒観を強めていきます。

 その後、ポーツマス条約で日露の講和が成立し、ルーズベルトはその功績で1906年のノーベル平和賞を受賞しますが、日本に対する警戒心は解けず、1908年には“白船”を日本に寄港させるなど対日圧力を強めています。

 1908年の大統領選へは出馬せず、陸軍長官のタフトを支持しますが、当選後は政策の違いからタフトと対立。1912年には、“第3政党”の革新党(ブル・ムース)公認候補として大統領選に立候補しましたが落選。その次の1916年にも大統領選の挑戦したものの敗退し、1919年に亡くなりました。

 なお、この切手を貼った“ラスト・エンペラー”こと溥儀宛のカバーなんてモノも以前の記事でご紹介したこともありますので、よろしかったら、そちらもご覧ください。


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 30年目の10・26
2008-10-26 Sun 20:33
 10月26日は、1979年に韓国で朴正熙大統領暗殺事件(10・26事件)が起きた日です。というわけで、今日はこんなモノをもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 朴正熙追悼

 これは、1980年2月2日に韓国で発行された朴正熙大統領追悼の切手です。

 1978年12月27日、維新体制における2期目の大統領に就任した朴正煕ですが、韓国の情勢は1979年夏以降、韓国内の情勢は急速に混迷の度を深めていくことになります。その発端は、野党・新民党内の混乱でした。

 維新体制時代の新民党内は、反政府の強硬路線を主張する金泳三の主流派と、“政権参加の下での改革”を主張し、与党との対話と協力を通じての現実的闘争を基本戦略を掲げる李哲承らの非主流派が激しく対立していました。1978年12月、2期目の朴正熙・維新体制が与党の圧倒的優位の下、盤石の体制でスタートすると、李の穏健路線は主流派から激しい批判を浴び、1979年5月の党大会では、金泳三が総裁に就任。民主化を要求する“鮮明野党”として、政府との対決姿勢をあらわにします。

 ところが、こうした“鮮明野党”路線に不満な党内非主流派は、同年8月、金泳三の党総裁当選無効を主張して、党執行部の職務停止の仮処分申請をソウル民事地方裁判所に提訴。ソウル民事地方裁判所がこれを認める決定を下すと、金泳三はこれを与党の陰謀として非難し、政府・与党と金の関係は一挙に緊張しました。

 さらに、9月10日、金泳三がニューヨークタイムス記者との会見で、「アメリカ政府は朴正煕政権への支持を中止するよう要請する」と発言したことが政治問題化し、10月4日、与党が多数を占める国会は金を除名。曲がりなりにも野党総裁の除名という前代未聞の事態に対して、新民党は所属議員全員の登院拒否を決議し、国会は機能不全に陥ります。そして、10月16日、金泳三の地元である釜山では、学生たちを中心として大規模な反政府デモが発生。デモは次第に過激化し、市内は暴動状態となりました。いわゆる釜山騒擾です。

 政府は、18日に釜山市一帯に非常戒厳令を布告して暴動を鎮圧しようとしましたが、20日には反政府暴動は馬山にも波及。政局は一挙に不安定化し、アメリカは政権交代をも視野に入れた事態の収拾をめざし、ウィリアム・グラスティーン駐韓大使が政府・与党関係者と会談したほか、26日には、ポスト朴体制をにらんで、金泳三とも会談しています。

 ところが、まさにその10月26日、朴正煕大統領が、中央情報部長の金載圭によって射殺されたのです。

 事件は、大統領の側近であった金載圭と、同じく側近で大統領警護室長の車智との権力闘争によるもので、大統領の信任が薄れていくことを怖れた金が、大統領もろとも、車を暗殺したものでした。事件後、金載圭とその部下たちは直ちに逮捕され、一人を除き、1980年3月に全員が処刑されています。

 また、朴の死亡を受けて、憲法の規定にもとづき、崔圭夏国務総理が大統領代行に就任。崔は10月27日午前4時を期して、済州島を除く韓国全土に非常戒厳令を布告し、鄭昇和陸軍参謀総長が戒厳司令間に就任し、1961年5月16日の軍事クーデター以来、18年の長きにわたった朴正煕時代は、突如として幕を閉じることになりました。

 なお、漢江の奇跡と呼ばれた高度経済成長と、強権的な政治手法と人権抑圧という、朴政権時代の光と影は、いずれも、当時の韓国切手にさまざまな痕跡を残しているのですが、拙著『韓国現代史:切手でたどる60年』では、それらをいろいろな角度から読み解いています。機会がありましたら、ぜひ、お手にとってご覧いただけると幸いです。


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 11月2日(日)
  13:00 “戦後日本切手展”ギャラリー・トーク(目白会場)
  15:00 中公新書ラクレ presents 『大統領になりそこなった男たち』刊行記念トーク(池袋会場)
 11月3日(月・祝)
  11:00 “戦後日本切手展”ギャラリー・トーク(目白会場)

 トークそのものの参加費は無料ですが、<JAPEX>への入場料として、両会場共通・3日間有効のチケット(500円)が必要となります。あしからずご了承ください。皆様のお越しを心よりお待ち申しております。


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 アメリカ史に燦然と輝く偉大な「敗者たち」の物語    
 『大統領になりそこなった男たち』 中公新書ラクレ(本体定価760円+税)
 
 出馬しなかった「合衆国生みの親」、リンカーンに敗れた男、第二次世界大戦の英雄、兄と同じく銃弾に倒れた男……。ひとりのアメリカ大統領が誕生するまでには、落選者の累々たる屍が築かれる。そのなかから、切手に描かれて、アメリカ史の教科書に載るほどの功績をあげた8人を選び、彼らの生涯を追った「偉大な敗者たち」の物語。本書は、敗者の側からみることで、もう一つのアメリカの姿を明らかにした、異色の歴史ノンフィクション。好評発売中!

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 アイスランドは狙い目?
2008-10-25 Sat 11:17
 世界的な金融危機で国家破綻寸前に追い込まれていたアイスランド政府が、国際通貨基金(IMF)から21億ドル(1980億円)の緊急融資を受けることで暫定合意しました。今回の危機でIMFが介入するのは初めてで、IMFが西欧向けに融資を行うのは1976年のイギリス以来だとか。というわけで、今日はアイスランド切手のネタです。(画像はクリックで拡大されます)

 アイスランド1番切手

 これは、1873年1月1日に発行されたアイスランド最初の切手のうち、2スキリング切手です。

 アイスランドが現在の共和国として完全独立を達成したのは、1944年6月のことで、それ以前はデンマーク国王を国家元首とする“アイスランド王国”の支配下にありました。第2次大戦中の独立は、宗主国デンマークがナチス・ドイツに占領されたことを受けて、戦略上の必要からイギリスがアイスランド島に侵攻し、その後、アメリカが同島を統治下においていたという事情のためです。

 アイスランド王国が1918年に発足する以前のアイスランドは、ながらくデンマークの支配下にあり、自治法が制定されたのは、今回ご紹介の切手が発行された翌年の1874年のことでした。
 
 こうした事情もあって、アイスランド最初の切手のデザインは、デンマーク切手とよく似たスタイルとなっており、印刷もコペンハーゲンで行われています。デザイナーはフィル・バッツでした。

 アイスランド切手には、いかにも北欧といった風情の良い感じのデザインのものが多いので、単純素朴に集めてみても楽しめるのではないかと思います。他人の足元を見るようで怒られるかもしれませんが、今回の金融危機でアイスランド通貨は7割も暴落していますから、単純計算すると、いままでレイキャビクあたりの切手商で1枚100円(日本円換算)していた切手が30円、1万円の切手なら3000円という計算になります。10万円くらいのちょっとしたコレクションが3万円というのは、なかなか魅力的で、アイスランド切手集めるなら今がチャンス、ということなのかもしれませんな。

 イベントのご案内

 11月1日(土)-3日(月・祝) 全国切手展<JAPEX>

 ことしも、東京・池袋のサンシャインシティ文化会館と目白の切手の博物館の2ヶ所で開催します。今年の目玉は、何といっても“満洲・東北切手展”ですが、トーク関係での僕の出番は、以下のとおりです。

 11月1日(土)
  13:00 “満洲・東北切手展”特別シンポジウム(池袋会場)
  16:00 特別対談「満洲における写真、絵葉書、郵趣」(池袋会場)
 11月2日(日)
  13:00 “戦後日本切手展”ギャラリー・トーク(目白会場)
  15:00 中公新書ラクレ presents 『大統領になりそこなった男たち』刊行記念トーク(池袋会場)
 11月3日(月・祝)
  11:00 “戦後日本切手展”ギャラリー・トーク(目白会場)

 トークそのものの参加費は無料ですが、<JAPEX>への入場料として、両会場共通・3日間有効のチケット(500円)が必要となります。あしからずご了承ください。皆様のお越しを心よりお待ち申しております。


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 世界漫遊記:ブラン城(前篇)
2008-10-24 Fri 09:31
 毎月25日発売の雑誌『キュリオマガジン』11月号から、僕の新連載「郵便学者の世界漫遊記」がスタートします。その実物ができあがってきましたので、内容のご紹介かたがた、こんなモノをもってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

 ブラン城+ドラキュラ印

 これは、1978年に発行されたドラキュラ城ことブラン城の切手に、2004年8月のブラム・ストーカーの『ドラキュラ』をイメージした印を押したものです。消印は、ブラン城観光の拠点とされるブラショフではなくクルージュ・ナポカのもので、吸血鬼の顔やコウモリなど“いかにも”な図案が楽しませてくれます。

 ストーカーは1847年11月、アイルランドのダブリンで生まれました。ダブリン大学のトリニティ・カレッジに在学中から演劇に関心を持ち、演劇批評などを書いていた関係で、名優ヘンリー・アーヴィングの知遇を得て、後にアーヴィング劇団のマネージャーとなりました。

 1891年、彼はアーヴィングの屋敷でブダペスト大学の東洋学教授アルミニウス・ヴァーンベーリと出会い、ヴァーンベーリからトランシルヴァニア地方の吸血鬼伝説や串刺し公ヴラド3世の話を聞いたことからインスピレーションを得、ヴァーンベーリの協力を得つつ、膨大な資料を駆使した小説『ドラキュラ』を1897年に発表。これはアーヴィング劇団が直ちに演劇化したことで一躍ベストセラーになり、その後の“吸血鬼”のイメージを決定的なものとしました。

 さて、『ドラキュラ』の物語は、関係者の手紙や日記、それに新聞記事だけで構成されているですが、ストーカーはそこに実在の地理や歴史の要素を巧みに組み込んでいます。たとえば、ドラキュラ伯爵がトランシルヴァニア地方に実在するハンガリー系のセーケイ人であり、オスマン帝国がセルビアを中心とする連合軍を打ち破ったカッソヴォ(コソヴォ)の戦いに参戦していたとの設定などは、トランシルヴァニアについて、かなりの知識がないと出てこないのではないかと思われます。まぁ、実際のヴラド3世はセーケイ人ではありませんでしたし、1431年生まれの彼が1381年に起こったカッソヴォの戦いに参加できるはずはないというツッコミは野暮でしょうが…。
 
 ストーカーの小説のおかげで、ブラン城はすっかり“ドラキュラ公ヴラド3世の城”というイメージが定着しましたが、歴史的事実でいえば、ヴラド3世は、ハンガリー王の招きにより、この城に数日間、滞在した可能性は高いものの、決してここに住んでいたわけではありません。それでも、トランシルヴァニアの森の中にひっそりと建つブラン城の姿は、ストーカーの小説のイメージにはたしかにピッタリで、ルーマニア屈指の観光名所として連日多くの観光客で賑わっています。

 さて、『キュリオマガジン』の連載では、昨年刊行の拙著『タイ三都周郵記』のようなノリで、切手と旅と歴史を結びつけたエッセイをつづっていこうと思います。その第一弾として、まずは今年6月のルーマニア体験記を何回かに分けて書いていくことにしました。雑誌では、切手だけではなく、現地で撮影した写真なんかもカラーでご紹介していきますので、今後ともよろしくお付き合いください。


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 ことしも、東京・池袋のサンシャインシティ文化会館と目白の切手の博物館の2ヶ所で開催します。今年の目玉は、何といっても“満洲・東北切手展”ですが、トーク関係での僕の出番は、以下のとおりです。

 11月1日(土)
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  16:00 特別対談「満洲における写真、絵葉書、郵趣」(池袋会場)
 11月2日(日)
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 11月3日(月・祝)
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 そう美麗ではない女性と亀
2008-10-23 Thu 21:51
 蒋介石夫人の宋美齢が2003年10月23日に亡くなってから、ちょうど5年が経ちました。というわけで、きょうはこんな切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 宋美齢

 これは、1960年、台湾で発行された“中華婦女反共抗俄(=反ソ)聯合会10周年”の記念切手で、同会の創立者として宋美齢の肖像が取り上げられています。

 宋美齢は、1897年に上海で生まれたといわれています。父は孫文の支援者として知られる浙江財閥の創始者でキリスト教徒の宋嘉樹。姉の宋靄齢は孔祥熙の妻、宋慶齢は孫文の妻で、“宋氏(家)三姉妹”としても有名です。

 9歳のときにアメリカに留学し、その後マサチューセッツ州にある名門女子大学のウェルズリー大学に入学し、1917年に卒業。宋美齢は“そう美麗ではない”が、英語だけは綺麗だといわれるのはこのためで、蒋介石との結婚後、彼女の流暢な英語は、英語のできない蒋の“通訳”兼国民政府の対外スポークスウーマンとして活動する上で、大いに役立つことになります。

 ところで、蒋介石と宋美齢の結婚はお互いの打算の産物だったことは広く知られています。

 まず、蒋介石の側ですが、孫文の跡目を継ぎたかった彼は、最初、孫文の未亡人であった宋慶齢に求婚しています。ところが、きっぱりと拒絶されたため、あっさりと妹の美齢に乗り換え、結婚にこぎつけたという事情がありました。このため、潔癖な慶齢は妹のことを“不潔”と考えるようになり、姉妹の溝は深まって、中国にいづらくなった慶齢はソ連へ2年間、逃れてしまいます。慶齢が後に共産中国に走ったのも、こうしたことが一因だったのかもしれません。

 一方、宋美齢の方も、かなりのものです。
 
 蒋介石が彼女に求婚したとき、彼女はアメリカ留学時代に恋仲になった男(後に南京市長になる刘文島)がいるので、結婚後も彼との関係は続けるということを結婚を受け入れる条件として持ち出しています。浙江財閥の富と孫文との縁戚関係というブランドがどうしても欲しかった蒋介石は、これを断ることはできなかったようです。

 その後、宋美齢が上海のホテルで昔の愛人と密会をしていると、蒋介石の側近で特務首長(秘密警察のトップ)だった戴笠がこれを探知。すぐに、蒋介石に密告しています。蒋介石は直ちに問題のホテルに駆けつけ、現場を目撃したらその場で2人を射殺するつもりだったそうですが、ちょうど2人が階段を下りているところに出くわし、宋美齢は間一髪で命拾いしたというエピソードが伝えられています。

 まぁ、この手の話は真偽の確かめようもないのですが、当時の中国人の間ではかなり知られていたエピソードのようで、国共内戦当時、蒋介石を揶揄する時には“烏亀(スッポンのことで、妻に浮気された夫のことを指す隠語としても用いられるそうです)”というフレーズも盛んに用いられていたとか。

 そういうことなら、蒋介石時代の台湾で亀の切手が発行されていたかどうか、今度調べてみることにしましょうかね。


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 金太郎とイノシシ
2008-10-22 Wed 16:25
 きのう、新潟県長岡市の川崎小学校でイノシシが校舎に飛び込んで大暴れし、臨時休校になったのだそうです。というわけで、現在、執筆中の<解説・戦後記念切手>シリーズ別冊『年賀切手』の中から、こんな切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 1983年用年賀

 これは、1982年12月1日に発行された1983年用の年賀切手で、仙台の郷土玩具・堤人形の“ししのり金太郎”が取り上げられています。

 「西の伏見 、東の堤」並び称されると堤人形のルーツは、その発生は江戸時代の1694年、当時の仙台藩主・伊達綱村が江戸の陶工・上村万右衛門を招き、杉山台に窯場と作業場を築いて製陶に従事させたことに求められます。最盛期の文化・文政年間(1804-30)には、堤町40戸のうち土人形屋が13軒を数えるほどでしたが、明治維新後の西欧化の波に押されて急速に衰退。大正末期には、堤焼の窯元は、わずかに芳賀家と宇津井家だけとなり、後、宇津井家も廃絶して芳賀家だけとなりました。

 こうした状況の中で、1928年、芳賀佐五郎が、父・佐四郎より唯一の「堤の御雛っ子屋」を伝承。旧来の土型を用いた荒く暗い形状色彩の土俗的人形を完全に廃し、石膏型を用いる精緻な造形と繊細かつ優美な彩色を施した新型の人形を創作考案するとともに、旧型の人形も刷新したうえで、これを“堤人形”(“つゝみ人形”、“つつみ人形”とも)の商標で全国に販売して好評を博すようになりました。

 切手に取り上げられた“ししのり金太郎”は、佐五郎の息子で芳賀家第13代・強の作品です。

 金太郎といえば“熊にまたがる”というイメージが強いのですが、物語の中ではイノシシも重要な役割を果たしています。

 まず、物語の舞台とされる神奈川県箱根の金時山は、イノシシが空へ鼻を突き出したような形をしているところから、かつては“猪鼻山”と呼ばれていました。また、金太郎がマサカリを担いで熊の背に乗って山中を歩いていた時、イノシシは供として金太郎にしたがっています。その際、イノシシは途中の谷に橋を架けるべく大木を倒そうと大木に突進しましたが、枝が揺れただけでした。これに対して、金太郎は大木を根元から引き抜いて橋を架けることに成功。このとき、たまたま居合わせた源頼光に怪力を見込まれ、その家臣として京に上ることになったとされています。
 
 ところで、最近、各地でイノシシの被害は各地で相次いでおり、市街地での被害も目立っています。以前の記事でも取り上げましたが、今回の事件と同じ長岡では、今月2日にイノシシがパトカーに突進して車が破損する事故があったばかりですし、ほかにも、今年4月には、大阪府柏原市で自転車に乗っていた女性に衝突し、右太ももにかみついたイノシシが近くの幼稚園にガラスを割って侵入する事件も発生。さらに、福岡でも、今年8月には福岡県警の男性巡査部長がイノシシに左太ももをかまれ重傷を負ったほか、今月に入ってからは横断歩道を自転車で渡っていた女性にイノシシが体当たりして頭に軽傷を負わせ、そのまま焼き肉店のガラスを割って突入したのだそうです。

 イノシシに乗って平然としていられる金太郎には、どうやったら、イノシシをうまく手なずけることができるのか、教えてもらいたいものですな。


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 広州陥落70年
2008-10-21 Tue 13:02
 日中戦争下の1938年10月21日に日本軍が広州を占領してから、今日でちょうど70年です。というわけで、今日はこんなモノをもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 華南占領カバー

 これは、1942年11月19日、日本軍占領下の広州から差し出されたカバーで、“粤區特用”との加刷が施された切手が合計3分貼られています。

 日中戦争の時代、日本軍は中国の各都市を占領しましたが、これらの占領地では、1941年まで中華郵政の切手がそのまま使われていました。日中戦争は宣戦布告なくして始まった“事変”であり、日本軍が占領していた地域に関しても、建前としては“中国”(ただし、日本側のいう中国とは、重慶の蒋介石政権ではなく、日本軍が現地に樹立した親日派政権のことですが)の主権下に置かれていることになっていたからです。

 しかし、戦争の長期化とともに、各地域の通貨事情は大きく変容し、中国全土で同じ切手を使い続けることには無理が生じてきました。

 すなわち、日中戦争勃発以前の中国大陸では、中国国民政府の法定通貨である法幣(イギリス・アメリカの支援の下、スターリング・ポンドと実質的にリンクしていた)とは別に、華北では朝鮮銀行券(朝銀券)が、華中では日本銀行券(日銀券)が、それぞれ影響力を持つ外貨として流通していました。当初、日中間の軍事衝突は短期間に終わるものと考えていた日本側は、日銀券や朝銀券を持ち込んで、必要な物資を調達すればよいと考えていましたが、戦争の拡大に伴い、占領地域でそのまま日銀券や朝銀券の流通を継続・拡大すると、日本ならびに朝鮮にそれらの紙幣が還流し、国内にインフレをもたらす懸念が生じます。

 そこで、1938年3月、華北の日本占領地域では中国連合準備銀行(連銀)が樹立され、朝鮮銀行券の代わりに連銀券が流通することになりました。一方、華中では日銀券に代わり、軍票の流通を拡大するという政策が採られます。

 1938年10月以降、日中の戦闘は膠着状態に陥り、戦争は経済戦の側面が大きな比重を占めるようになってきます。その際、法幣に対して、日本側は連銀券と軍票で物資の争奪戦を展開しなければなりませんから、日本側は、必要に応じて、軍票と法幣との交換レートを調整するための“為替介入”を行ったり、繊維製品、薬品、砂糖、穀物、肥料などと軍票との交換に応じて、軍票でも自由にモノが買えるという環境を整えようとしました。

 こうした価値維持工作が一定の成果を挙げ、太平洋戦争の開戦以前、華中・華南の日本軍占領地域では、軍票は曲がりなりにも基軸通貨としての機能を果たしています。しかし、中国大陸全体から見れば、軍票経済圏はきわめて限定された地域でしかありませんでしたから、結果として、日本側は法幣経済圏との交易に頼らざるを得ず、軍票は米英に支えられていた法幣と共存する以外の選択肢はありませんでした。

 ところが、1941年3月、上海でのテロ事件がきっかけに、法幣の価値は急速に下落。南京の汪兆銘政権の中央銀行である中央儲備銀行の発行する儲備銀行券(儲備券)との交換レートで見ると、当初、法幣は儲備券に対して優位を保っていましたが、1941年末には法幣と儲備券はほぼ等価となり、さらに、両者の立場は逆転しています。くわえて、おりからの戦時インフレとあいまって、法幣は急速にその価値を失い、国民政府の支配地域では猛烈なインフレが進行していきました。

 一般には、敵国がハイパー・インフレに見舞われて、敵国通貨の購買力が低下することは好ましいことなのですが、法幣経済圏に包囲され、実質的に法幣とリンクしなければ物資が調達できなかった日本軍の占領地域では、法幣に引きずられて軍票の対外相場が下落し、最終的に日銀券の下落へとつながっていくことが恐れがありました。

 こうした状況の下でも、郵便に関しては“中華郵政”の名の下に統一的に行われていたから、従来どおり、法幣と連銀券、儲備券を等価で扱って郵便サービスを提供すれば、日本軍の占領地域は大幅な為替差損を被ることになります。現に、法幣の価値が下がるや否や、法幣で購入した切手を連銀券や儲備券、日本軍の軍票などと交換して差益を得る投機が横行するようになり、深刻な問題となっていました。このため、1941年7月以降、日本軍の占領地域では、順次、従来からの中華郵政の切手に切手の販売地域を特定するための加刷が行われるようになったというわけです。

 今回ご紹介のカバーに貼られている切手も、そうした事情から、華南地区限定(より具体的には、広州を中心とした珠江デルタ地帯と汕頭などの沿岸、海南島)のものとして“粤區特用”の加刷が施されたものです。ちなみに、“粤區特用”の加刷切手は1942年6月13日に発行されたものの、加刷の文字が小さく見づらかったため、同年11月10日、あらためて“粤省貼用”と大きな文字で加刷した切手が発行・使用されるようになりました。

 なお、このあたりの事情については、拙著『香港歴史漫郵記』でも、香港と広州との関係から詳しくご説明しておりますので、よろしかったら、ご一読いただけると幸いです。

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 皇后お手製は未発見
2008-10-20 Mon 17:16
 きょうは皇后陛下のお誕生日です。というわけで、現在、執筆中の<解説・戦後記念切手>シリーズ別冊『年賀切手』の中から、なにか歴代の皇后がらみのネタはないかと探してみたら、こんなモノが出てきました。(画像はクリックで拡大されます)

 1970年用年賀

 これは、1969年12月10日に発行された1970年用の年賀切手で、奈良法華寺の“守り犬”が取り上げられています。

 法華寺は、745年、全国の総国分寺の東大寺に対応する総国分尼寺の法華滅罪之寺として、光明皇后(国宝シリーズの「薬師寺吉祥天」は彼女がモデルと言われています)によって、皇后の父である藤原不比等の旧宅(不比等の死後は皇后宮として用いられていた)跡に建立されました。

 法華寺の開基にあたり、光明皇后は、夫である聖武天皇から奉納された天皇直筆の紺紙金泥の法華経を読誦し、一千座の護摩焚きを行った後、その灰を清浄な土に混ぜて犬のお守りを作り、これが、今回ご紹介の“守り犬”のルーツになったといわれています。

 もっとも、光明皇后の時代の“守り犬”というのは見つかっておらず、実際に確認できる守り犬としては、1601年に修復工事が行われた本堂の礎石の下から発掘されたのが最古のものです。また、江戸時代には安産や厄除けのお守りとして全国的にも知られており、1791年の『大和名所図絵』の法華寺の条には「埴土を以て小さき高麗犬を作りて売るなり。此所名産とぞ」との記述も見られます。

 現在でも、尼僧たちは、土をこねて犬の人形を作った後、これを自然乾燥させて胡粉で着色し、雲母粉で磨きあげて、最後に文様彩色を施して仕上げるという昔ながらの手法で“守り犬”を作っているのだそうです。

 現在、『年賀切手』の本を作っている関係で、郷土玩具に関してもいろいろと調べているのですが、思わぬところで“皇室”に絡んだ伝承などが出てきて、なかなか興味深いものがあります。それらについても、12月刊行予定の拙著では、できる限り拾っていくつもりです。


 イベントのご案内

 11月1日(土)-3日(月・祝) 全国切手展<JAPEX>

 ことしも、東京・池袋のサンシャインシティ文化会館と目白の切手の博物館の2ヶ所で開催します。今年の目玉は、何といっても“満洲・東北切手展”ですが、トーク関係での僕の出番は、以下のとおりです。

 11月1日(土)
  13:00 “満洲・東北切手展”特別シンポジウム(池袋会場)
  16:00 特別対談「満洲における写真、絵葉書、郵趣」(池袋会場)
 11月2日(日)
  13:00 “戦後日本切手展”ギャラリー・トーク(目白会場)
  15:00 中公新書ラクレ presents 『大統領になりそこなった男たち』刊行記念トーク(池袋会場)
 11月3日(月・祝)
  11:00 “戦後日本切手展”ギャラリー・トーク(目白会場)

 トークそのものの参加費は無料ですが、<JAPEX>への入場料として、両会場共通・3日間有効のチケット(500円)が必要となります。あしからずご了承ください。皆様のお越しを心よりお待ち申しております。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★     

 アメリカ史に燦然と輝く偉大な「敗者たち」の物語    
 『大統領になりそこなった男たち』 中公新書ラクレ(本体定価760円+税)
 
 出馬しなかった「合衆国生みの親」、リンカーンに敗れた男、第二次世界大戦の英雄、兄と同じく銃弾に倒れた男……。ひとりのアメリカ大統領が誕生するまでには、落選者の累々たる屍が築かれる。そのなかから、切手に描かれて、アメリカ史の教科書に載るほどの功績をあげた8人を選び、彼らの生涯を追った「偉大な敗者たち」の物語。本書は、敗者の側からみることで、もう一つのアメリカの姿を明らかにした、異色の歴史ノンフィクション。好評発売中!

 もう一度切手を集めてみたくなったら 
 雑誌『郵趣』の2008年4月号は、大人になった元切手少年たちのための切手収集再入門の特集号です。発行元の日本郵趣協会にご請求いただければ、在庫がある限り、無料でサンプルをお送りしております。くわしくはこちらをクリックしてください。
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 京都のお馬さん
2008-10-19 Sun 22:46
 京都競馬場で行われた中央競馬のGIレース、秋華賞の1-3着を的中させる3連単で、重賞では初めて1000万円を超える1098万2020円の配当が出たそうです。こういう景気のいい話にはあやかりたいとの思いをこめて、現在、執筆中の<解説・戦後記念切手>シリーズ別冊『年賀切手』の中から、こんな切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 1978年用年賀

 これは、1977年12月1日に発行された1978年用の年賀切手で、京都の郷土玩具・伏見人形の“飾り馬”がとりあげられています。

 現在の伏見人形の直接的なルーツとしては、安土桃山時代の天正年間に伏見の人形屋幸右衛門こと鵤幸右衛門 が子供の玩具として土人形を作ったことに求めるのが一般的なようです。

 その後、庶民の間で稲荷信仰が盛んになると、全国の稲荷神社の総本宮である伏見稲荷大社への参拝客も急増したことから、数多くの窯元が伏見街道筋から稲荷大社前にかけて軒を連ねるようになりました。幕末から明治初期の最盛期には、街道筋には50を超える窯元があったそうです。

 ただ、その後はセルロイド製の人形や、近代的な博多人形に押されて衰退。切手が発行された当時は、窯元はわずか二軒しかのこっておらず、そのうちの一軒も後に宇治に移ったため、現在では伏見で営業を続ける伏見人形の伝統的な窯元は、伏見稲荷大社ちかくの“丹嘉” 一軒のみになっています。

 切手に取り上げられたのは、6代目丹嘉窯元・大西重太郎(1911-)が、大西家に代々伝わる土型を用いて制作したもので、実物の大きさは一メートル近くあるのだとか。さぞや迫力があるんでしょうねぇ。
 
 ところで、年賀切手といえばお年玉の小型シートですが、この年の年賀はがきには、名古屋市で、くじ番号“B2491組862183”のモノが少なくとも394枚発見されています。くじ番号の重複はときどき見られる現象ですが、これほど大量に同組同番号の葉書が発見されたことは前例がなく、新聞・テレビなどで大きく報じられて話題となりました。結局、この番号ははずれで何も当たらなかったようですが…。

 * 昨日、東京・用賀の日本郵便文化振興機構で行われた『大統領になりそこなった男たち』の刊行記念トークは、無事、盛会のうちに終了いたしました。お集まりいただきました皆様には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。


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 11月1日(土)-3日(月・祝) 全国切手展<JAPEX>

 ことしも、東京・池袋のサンシャインシティ文化会館と目白の切手の博物館の2ヶ所で開催します。トーク関係での僕の出番は、以下のとおりです。

 11月1日(土)
  13:00 “満洲・東北切手展”特別シンポジウム(池袋会場)
  16:00 特別対談「満洲における写真、絵葉書、郵趣」(池袋会場)
 11月2日(日)
  13:00 “戦後日本切手展”ギャラリー・トーク(目白会場)
  15:00 中公新書ラクレ presents 『大統領になりそこなった男たち』刊行記念トーク(池袋会場)
 11月3日(月・祝)
  11:00 “戦後日本切手展”ギャラリー・トーク(目白会場)

 トークそのものの参加費は無料ですが、<JAPEX>への入場料として、両会場共通・3日間有効のチケット(500円)が必要となります。あしからずご了承ください。皆様のお越しを心よりお待ち申しております。


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 戦場の映画
2008-10-18 Sat 10:19
 きょうから、東京・六本木ヒルズとBunkamura をメイン会場に第21回東京国際映画祭がスタートします。というわけで、今日は映画ネタの切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 アメリカ・映画50年

 これは、1944年10月31日、アメリカで発行された“映画50年”の記念切手です。

 一般的には、映画の歴史は、1895年12月28日にフランスのリュミエール兄弟によって映画が最初に公開されたことから始まるとされていますが、1891年、アメリカの発明王トマス・エジソンが、大きな箱の中にフィルムを装填し、筒の中を覗き込むという“キネトスコープ”を発明。このキネトスコープによって見るための映画は1894年に制作されています。今回の切手も、ここから起算しての50年ということのようです。

 この切手が発行された当時は、第二次大戦の真っただ中でしたので、南太平洋の戦場での慰問映画の上映場面が取り上げられています。

 ところで、南太平洋での慰問映画というと、僕は、マッカーサーがらみで、以下のようなエピソードを思い出します。

 ガダルカナル島をめぐる激戦が展開されていた頃、日本の船隊に壊滅的な打撃を与えたものの、自らも大きな損害を被った海兵隊の航空部隊が、ガダルカナル島の南にあるエスピリッツ・サント島にたどり着きました。彼らは自分たちの戦果が大々的に報じられるものと思っていましたが、発表された戦況公報では、なんと、マッカーサーは海兵隊のことには何も触れず、自分の指揮下にある航空隊(実際には、このときの戦闘からかなり離れた場所にいた)が日本の船隊をやっつけたと事実を曲げて発表しています。

 手柄を横取りされた格好の海兵隊の怒りは収まらず、マッカーサーへの不満が鬱積。公報が発表された晩、将兵慰問のニュース映画で、たまたま、マッカーサーが登場する場面が映し出されるや、彼らの不満が爆発。スクリーンには雨あられの如くヤシの実が投げつけられ、映画小屋もめちゃくちゃに破壊されてしまいました。この一件以降、海兵隊では“マッカーサー”は完全にタブーとなり、ニュース映画を映す場合には、必ず前もって点検し、マッカーサーの登場場面をことごとく切り取るようにしたのだそうです。

 なお、僕の最新作『大統領になりそこなった男たち』(中公新書ラクレ)では、マッカーサーについても1章を使って、その波乱に富んだ生涯をまとめています。機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。

 * 昨日、東京・南麻布での『韓国現代史:切手でたどる60年』のトークは、盛況のうち、無事終了いたしました。ご参加いただきました皆様には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。また、けさ、カウンターが41万PVを越えました。重ねてお礼申し上げます。
 

 イベントのご案内

 10月18日(土)  「大統領になりそこなった男たち」刊行記念トーク
  18:00~ 於・日本郵便文化振興機構(東京・用賀)
  資料代として500円(ワイン・ソフトドリンク・軽食含む)を申し受けます。あしからずご了承ください。
  詳しくは、主催者の告知ページをご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★     

 アメリカ史に燦然と輝く偉大な「敗者たち」の物語    
 『大統領になりそこなった男たち』 中公新書ラクレ(本体定価760円+税)
 
 出馬しなかった「合衆国生みの親」、リンカーンに敗れた男、第二次世界大戦の英雄、兄と同じく銃弾に倒れた男……。ひとりのアメリカ大統領が誕生するまでには、落選者の累々たる屍が築かれる。そのなかから、切手に描かれて、アメリカ史の教科書に載るほどの功績をあげた8人を選び、彼らの生涯を追った「偉大な敗者たち」の物語。本書は、敗者の側からみることで、もう一つのアメリカの姿を明らかにした、異色の歴史ノンフィクション。好評発売中!

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 ラ・マルセイエーズ
2008-10-17 Fri 09:31
 14日にパリで行われたサッカーのフランス対チュニジアの親善試合(3-1で仏勝利)で、試合前の「ラ・マルセイエーズ」の斉唱に対し、チュニジアのサポーターから口笛などが吹かれたことに対して、フランスのバシュロナルカン保健・青少年・スポーツ相が、サッカーなどの国際スポーツ試合でフランスの国歌斉唱が口笛などよって侮辱された場合、「即刻、試合を中止する」と発表しました。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

 ラ・マルセイエーズ

 これは、第1次大戦中の1917年、フランスが発行した戦災孤児救済のための寄附金つき切手の1種で、パリの凱旋門に飾られている彫刻“ラ・マルセイエーズ“が取り上げられています。このセットの5フラン(+寄付金5フラン)の切手は、青と黒の2色刷りで、デザイン的にはそちらの方がずっと格好良いのですが、はるかに“良いお値段”なので、僕の懐具合ではなかなか手が出ません。なお、寄付金が高額すぎたためか、1922年には寄附金の金額を下げる加刷が施された切手も発行されているのですが、こちらの方が無加刷のものよりもカタログ評価は低いので、ニセ加刷が存在しえないという点でも興味深い切手です。

 ナポレオンが凱旋門の建設を始めたのは1806年のことでしたが、その際、メインのアーチを飾る彫刻の依頼を受けたのはフランソワ・リュードでした。

 1792年、リュードはプロイセンのフランス侵攻を食い止めた義勇軍を記念する群像彫刻を制作しました。その上部には擬人化された“自由”が翼をつけて兵士たちを鼓舞し、裸のまま、あるいは古代ローマの甲冑姿を身につけた義勇軍の兵士たちが突撃する場面が表現されています。この彫刻はフランス人の愛国心を大いに掻き立てたことから、同じく1792年に作られた国歌「ラ・マルセイエーズ」の名で知られるようになりました。

 凱旋門は、ナポレオンの存命中には完成せず、彼の死とともに第一帝政時代の“忌まわしい過去”を連想させるものとして建設が一時中止されます。しかし、1830年にルイ・フィリップの7月王制がスタートすると工事は再開され、1836年に完成。“ラ・マルセイエーズ”の彫刻も、凱旋門に飾られることになったというわけです。

 さて、フランスの刑法では国旗や国歌を集団で侮辱した場合、6カ月の禁固刑および7500ユーロ(約100万円)の罰金刑に処せられるとの規定がしっかりあります。実際、今回の事件を受けて、スタジアムを管轄するパリ郊外のボビニー検察庁は、アリヨマリ内相の指令を受け、「国歌侮辱」で捜査を開始しており、もはや、単なる“悪ふざけ”では済まなくなっています。

 さて、日本では、入学式や卒業式で生徒や保護者に国歌斉唱での不起立を呼びかける公立学校の教師がいて、処分された(といっても、たいていは懲戒処分の中では一番軽い“戒告”ですが)という話が、ときどき、新聞沙汰になります。

 個人の好みとして「君が代」が嫌いだという人がいてもそれは否定されるべきではないのでしょうが、自ら「君が代」を歌い、生徒にも歌わせることが仕事の一部になっている職業(=公立学校の教師)を自分の意志で選んだ人間が、その職務をまっとうせず、妨害行動を取れば、相応のペナルティを受けるのは当然のことです。

 国歌を侮辱するという行為は、国によっては、逮捕・投獄の危険もあるわけですから、彼らだって、それなりのリスクを背負って「君が代」反対を唱えているんでしょう。きっと。だったら、彼らの名誉のためにも、戒告をなんてちんけな処分ではなく、堂々と懲戒免職にしてあげるくらいの“温情”があってもいいように思うんですがねぇ。


 イベントのご案内

 以下の通り、トークイベントを行います。よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。

 10月17日(金) 在日本大韓民国民団記者懇談会
  「韓国現代史:切手でたどる60年」(福村出版)をめぐって
  18:30~ 於・在日本大韓民国民団中央会館8階会議室
  (地図などはこちらをご覧ください)

 激動の韓国現代史は、切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。切手や郵便物を通じて国家と歴史、時代や社会を読み解く“郵便学者”内藤陽介が、今年7月に刊行した『韓国現代史:切手でたどる60年』を題材に、切手というモノから見える韓国現代史のリアルな諸断面についてお話しします。参加は無料で、どなたでもご参加いただけます。なお、会の終了後、懇親会(会費5000円)を実施予定。


 10月18日(土)  「大統領になりそこなった男たち」刊行記念トーク
  18:00~ 於・日本郵便文化振興機構(東京・用賀)
  資料代として500円(ワイン・ソフトドリンク・軽食含む)を申し受けます。あしからずご了承ください。
  詳しくは、主催者の告知ページをご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★     

 アメリカ史に燦然と輝く偉大な「敗者たち」の物語    
 『大統領になりそこなった男たち』 中公新書ラクレ(本体定価760円+税)
 
 出馬しなかった「合衆国生みの親」、リンカーンに敗れた男、第二次世界大戦の英雄、兄と同じく銃弾に倒れた男……。ひとりのアメリカ大統領が誕生するまでには、落選者の累々たる屍が築かれる。そのなかから、切手に描かれて、アメリカ史の教科書に載るほどの功績をあげた8人を選び、彼らの生涯を追った「偉大な敗者たち」の物語。本書は、敗者の側からみることで、もう一つのアメリカの姿を明らかにした、異色の歴史ノンフィクション。好評発売中!

 もう一度切手を集めてみたくなったら 
 雑誌『郵趣』の2008年4月号は、大人になった元切手少年たちのための切手収集再入門の特集号です。発行元の日本郵趣協会にご請求いただければ、在庫がある限り、無料でサンプルをお送りしております。くわしくはこちらをクリックしてください。
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 日系人今昔
2008-10-16 Thu 20:13
 先ごろ、今年度のノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎・米シカゴ大名誉教授について、文部科学省は、国別・分野別に集計しているノーベル賞受賞者の一覧表の中で、南部先生を米国の受賞者としてカウントすることを決めたそうです。まぁ、日本出身で米国籍を取得した人というのは、平たく言えば、日系アメリカ人(1世)ということになるわけですが、“日系人”というと、僕なんかはこんなカバーを思い出してしまいます。(画像はクリックで拡大されます)

 日系人収容所のカバー

 これは、第二次大戦中、アメリカのニューメキシコ州ローズバーグの日系人収容所に抑留されていた日系人が差し出したカバーです。

 1941年12月の日米開戦以前から、アメリカ国内では日系人に対するいわれなき差別感情が蔓延していましたが、日米開戦とともにアメリカ国内の反日感情が爆発。1942年2月19日、大統領のルーズベルトは、日本人移民とアメリカ市民である日系2世・3世(日本人の血が4分の1以上の者)を、戦争遂行を成功させるために強制収容するように命令。この結果、約12万人が全米10ヵ所に設けられた“戦時転住センター(Relocation Center)”という名の強制収容所に閉じ込められました。
 
 当時、おなじくアメリカにとっての敵国民であったドイツ人・イタリア人に対しては、一部の反米的な人物が短期間、拘留されることはあったものの、集団強制収容はありませんでしたから、日系人に対するアメリカ側の措置が人種差別に基づくものであったことは明白といえましょう。

 今回ご紹介のカバーも、そうした日系人差出のマテリアルで、宛先は、コロラド州アマチ収容所に収容されていた差出人の妻となっています。日系人男性の中には、親日の度合いが強いと認定された場合など、家族とは別の収容所に抑留されるケースもままありましたが、このカバーの差出人の男性もその一人であったと考えられます。

 カバーには切手が貼られていないが、これは、アメリカ側が抑留者を“捕虜”として扱っていたため、捕虜の通信は無料で扱われるというジュネーブ協定が適用されたためです。また、このカバーは収容所当局から抑留者に支給されたもので、便箋を折りたたんで封筒状にするようになっており、内側には1943年1月5日発信との記述も見られます。なお、手紙などは同封できませんでした。もちろん、この手紙は、アメリカ側によって検閲を受けています。

 ノーベル賞の南部先生は御年87ということですから、終戦時には24歳。米国籍を取得されたのは1970年ということなので、ジャパニーズ・アメリカンとしてはニューカマーの1世ということになるのでしょうが、同年代の方々の中には、筆舌に尽くしがたい体験をされた方々も数多くおられるということを考えると、先生には全く罪なきこととはいえ、あらためて、いろいろなことを考えさせられてしまいます。


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 以下の通り、トークイベントを行います。よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。

 10月17日(金) 在日本大韓民国民団記者懇談会
  「韓国現代史:切手でたどる60年」(福村出版)をめぐって
  18:30~ 於・在日本大韓民国民団中央会館8階会議室
  (地図などはこちらをご覧ください)

 激動の韓国現代史は、切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。切手や郵便物を通じて国家と歴史、時代や社会を読み解く“郵便学者”内藤陽介が、今年7月に刊行した『韓国現代史:切手でたどる60年』を題材に、切手というモノから見える韓国現代史のリアルな諸断面についてお話しします。参加は無料で、どなたでもご参加いただけます。なお、会の終了後、懇親会(会費5000円)を実施予定。


 10月18日(土)  「大統領になりそこなった男たち」刊行記念トーク
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 日本×ウズベキスタン
2008-10-15 Wed 16:13
 きょうは、2010年南アフリカW杯アジアの最終予選第2戦として、埼玉スタジアムで日本対ウズベキスタンの試合があるそうです。というわけで、日本とウズベキスタンの両方に絡むものとして、こんなマテリアルをもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ウズベキスタン宛カバー

 これは、1975年7月19日に愛知県の名古屋栄局からウズベキスタンの首都タシュケント(中央アジアでは最大の都市です)宛に差し出されたカバーで、7月27日付のタシュケントの着印も押されています。貼られている切手は、沖縄海洋博の小型シートとそこから切り取ったと思われる切手270円分と、1975年の国際婦人年の記念切手20円1枚、それに丹頂鶴を描く通常100円切手1枚で、料金の内訳としては、第3地帯(ソ連)宛航空重量便190円+書留100円+別配達(速達のようなもの)100円の計390円という勘定になっています。

 沖縄海洋博に際しては、当時のソ連もパビリオンを出展していますので、ウズベキスタン関連の展示も何かあったかもしれません。ただし、ウズベキスタンじたいは内陸国ですので、“海洋博”とはちょっと結びつかないような気がします。

 沖縄海洋博の小型シートは、琉球古典舞踊の「綛掛(かせかけ)」を取り上げた20円切手と紅型を取り上げた30円切手、アクアポリスを取り上げた50円切手の3種を1枚ずつ組み合わせ、1枚100円で販売されました。このうち、書状基本料金の20円と外信書状基本料金の50円に比べて、外信印刷物料金の30円は著しく需要の少ない額面で、3種合計で100円にするために発行されたと見るのが妥当でしょう。

 シートの上部には、海洋博のシンボルマークが配されていますが、本来、このマークは、上下で二色に分かれており、上のスカイブルーは海に接して広がる空を表しているのですが、小型シートでは銀色一色での印刷となっています。

 なお、海洋博に関する切手や郵便、また、国際婦人年の記念切手に関する詳細は、拙著『沖縄・高松塚の時代』でもいろいろとご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。
 
 イベントのご案内

 以下の通り、トークイベントを行います。よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。

 10月17日(金) 在日本大韓民国民団記者懇談会
  「韓国現代史:切手でたどる60年」(福村出版)をめぐって
  18:30~ 於・在日本大韓民国民団中央会館8階会議室
  (地図などはこちらをご覧ください)

 激動の韓国現代史は、切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。切手や郵便物を通じて国家と歴史、時代や社会を読み解く“郵便学者”内藤陽介が、今年7月に刊行した『韓国現代史:切手でたどる60年』を題材に、切手というモノから見える韓国現代史のリアルな諸断面についてお話しします。参加は無料で、どなたでもご参加いただけます。なお、会の終了後、懇親会(会費5000円)を実施予定。


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  18:00~ 於・日本郵便文化振興機構(東京・用賀)
  資料代として500円(ワイン・ソフトドリンク・軽食含む)を申し受けます。あしからずご了承ください。
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 アメリカ史に燦然と輝く偉大な「敗者たち」の物語    
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 世界のダム:ジュピア・ダム
2008-10-14 Tue 16:38
  (財)建設業振興基金の機関誌『建設業しんこう』の10月号が出来上がりました。僕が担当している連載「切手の中の世界のダム」では、今回は、<JAPEX>に併催のブラジル切手展直前ということで、この1枚を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

 ジュピア・ダム

 これは、1969年9月にブラジルで発行されたジュピア・ダム完成記念の切手です。

 ブラジルのサンパウロ州と北側のマットグロッソ・ド・スル州の境界を流れるパラナ河(大河ラプラタの本流)を堰き止めて造られたジュピア・ダムは、1969年に完成しました。1551MWの発電能力を持ち、ブラジル最大の都市、サンパウロ市の水がめとして機能しているばかりでなく、長さ5500mという堤防は、サンパウロ州とマットグロッソ・ド・スル州を結ぶ橋の役割も果たしています。今回ご紹介の切手にも、左下にはCESP(サンパウロ州電力)のマークが入っており、このダムが巨大都市サンパウロの重要な電力源として期待されていたことがうかがえます。

 ところで、CESPといえば、これまでにも何度か民営化問題が浮上しています。今年(2008年)3月には、サンパウロ州政府がCESPを民営化し、ジュピア発電所を含む大小6ヵ所の発電所を民間に売却する計画を発表しました。競売の最低価格は66億レアル(1レアルは約58円)です。

 しかし、発電所の操業権には期限が設定されており(ジュピア発電所の場合は2015年が満期)、更新には国会の承認が必要なこともあって、買収先として期待されていた5企業が入札のための保証金17億5000万レアルを納入せず、競売が不成立となって、発電所の民営化は不発に終わってしまいました。

 まぁ、ここのところの世界的な金融危機で、アイスランドなんかは国家そのものが破たんしてしまうご時世ですからねぇ。下手に民営化なんかすると、経営が立ちいかなくなり、サンパウロの電力事情が逼迫するという事態も起こりえますからねぇ。官営のまま残ったというのも、それはそれでよかったことなのかもしれませんな。

 イベントのご案内

 以下の通り、トークイベントを行います。よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。

 10月17日(金) 在日本大韓民国民団記者懇談会
  「韓国現代史:切手でたどる60年」(福村出版)をめぐって
  18:30~ 於・在日本大韓民国民団中央会館8階会議室
  (地図などはこちらをご覧ください)

 激動の韓国現代史は、切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。切手や郵便物を通じて国家と歴史、時代や社会を読み解く“郵便学者”内藤陽介が、今年7月に刊行した『韓国現代史:切手でたどる60年』を題材に、切手というモノから見える韓国現代史のリアルな諸断面についてお話しします。参加は無料で、どなたでもご参加いただけます。なお、会の終了後、懇親会(会費5000円)を実施予定。


 10月18日(土)  「大統領になりそこなった男たち」刊行記念トーク
  18:00~ 於・日本郵便文化振興機構(東京・用賀)
  資料代として500円(ワイン・ソフトドリンク・軽食含む)を申し受けます。あしからずご了承ください。
  詳しくは、主催者の告知ページをご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★     

 アメリカ史に燦然と輝く偉大な「敗者たち」の物語    
 『大統領になりそこなった男たち』 中公新書ラクレ(本体定価760円+税)
 
 出馬しなかった「合衆国生みの親」、リンカーンに敗れた男、第二次世界大戦の英雄、兄と同じく銃弾に倒れた男……。ひとりのアメリカ大統領が誕生するまでには、落選者の累々たる屍が築かれる。そのなかから、切手に描かれて、アメリカ史の教科書に載るほどの功績をあげた8人を選び、彼らの生涯を追った「偉大な敗者たち」の物語。本書は、敗者の側からみることで、もう一つのアメリカの姿を明らかにした、異色の歴史ノンフィクション。好評発売中!

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 雑誌『郵趣』の2008年4月号は、大人になった元切手少年たちのための切手収集再入門の特集号です。発行元の日本郵趣協会にご請求いただければ、在庫がある限り、無料でサンプルをお送りしております。くわしくはこちらをクリックしてください。
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 大統領はフットボーラー
2008-10-13 Mon 21:55
 きょうは体育の日です。麻生首相がモントリオール五輪の際のクレー射撃の日本代表だったり、ロシアのプーチン首相が柔道の達人だったり、政治指導者にはスポーツマンが少なくありませんが、僕の最新作『大統領になりそこなった男たち』にからめてアメリカ大統領に関して言えば、なんといっても、この人が一番のスポーツマンということになるでしょう。

 ジェラルド・フォード

 これは、2007年9月に発行されたジェラルド・フォード元大統領の追悼切手です。

 フォードといえば、1974年8月、当時の大統領リチャード・ニクソンがウォーターゲート事件で辞任したことを受けて副大統領から大統領に昇格した人物として有名ですが、彼が副大統領になったのは、前年の1973年10月、当時の副大統領だったスピロ・アグニューが、メリーランド州知事時代の収賄罪が確定したため」辞職したことを受けて、ニクソンの指名を受けたことによります。それ以前のフォードは、1965年いらい、共和党下院の院内総務を務めていました。

 1913年、ネブラスカ州に生まれたフォードは幼い頃に両親が離婚し、母親の再婚相手を継父として育ちました。その際、前の実父につけられたレズリー・リンチ・キング・ジュニアから、ジェラルド・ルドルフ・フォード・ジュニアに改名しています。その後、彼はミシガン州で成長し、ミシガン大学に入学。大学時代はフットボールの名選手として鳴らし、卒業後はNFLのグリーンベイ・パッカーズやデトロイト・ライオンズから誘いを受けたほどでした。このとき、プロ・フットボーラーになっていたら、後の政治家フォードはなかったかもしれません。

 さて、フォードが大統領に在職していた期間は、ウォーターゲート事件の影響で、大統領の権威が地に落ちた時代でした。このため、フォードは政権運営に相当苦労しましたが、彼個人の清廉潔白で素朴かつ誠実な人柄は、大統領としての能力はともかく、ホワイトハウスへの信頼の回復には大きく役立ったと評価されています。

 その反面、フットボールの全米代表という前例のない経歴だけに、階段でつまづいたり、大統領専用機のタラップでこけたりすると「フットボーラーの割には不器用」とか「落ちたり何かを壊したりせずには一歩も進むことができない人」などと揶揄される気の毒な面もありました。

 ちなみに、フォードは大統領在任中の1975年、2回の暗殺未遂事件に遭遇していますが、大事には至らず、2006年12月、93歳165日の天寿を全うしています。これは、歴代大統領としては最長寿の記録です。このあたりは、やはり、若いころスポーツで鍛えていた貯金の賜物ということなんでしょうね。


 イベントのご案内

 以下の通り、トークイベントを行います。よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。

 10月17日(金) 在日本大韓民国民団記者懇談会
  「韓国現代史:切手でたどる60年」(福村出版)をめぐって
  18:30~ 於・在日本大韓民国民団中央会館8階会議室
  (地図などはこちらをご覧ください)

 激動の韓国現代史は、切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。切手や郵便物を通じて国家と歴史、時代や社会を読み解く“郵便学者”内藤陽介が、今年7月に刊行した『韓国現代史:切手でたどる60年』を題材に、切手というモノから見える韓国現代史のリアルな諸断面についてお話しします。参加は無料で、どなたでもご参加いただけます。なお、会の終了後、懇親会(会費5000円)を実施予定。


 10月18日(土)  「大統領になりそこなった男たち」刊行記念トーク
  18:00~ 於・日本郵便文化振興機構(東京・用賀)
  資料代として500円(ワイン・ソフトドリンク・軽食含む)を申し受けます。あしからずご了承ください。
  詳しくは、主催者の告知ページをご覧ください。


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 統一革命党事件
2008-10-12 Sun 22:18
 アメリカによる北朝鮮のテロ支援国家指定が解除されました。このニュースについては、いろいろと考えるところもあるのですが、とりあえず、こんな切手をもってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

 統一革命党事件

 これは、1いわゆる統一革命党事件で摘発され、韓国で逮捕・処刑された金鐘泰を“英雄”としてたたえるため、1971年8月、北朝鮮が発行した切手です。

 ソウルの運輸業者・金鐘泰(1923~1969)が北朝鮮からの工作資金を受け、「統一革命党創党準備委員会」を結成し、非公然活動を展開したのは、1964年3月のことといわれています。

 当時、韓国内では日本との国交正常化に反対する国民世論が沸騰していましたが、北朝鮮は、こうした状況を利用して、韓国内の反政府世論を自国に有利な方向に誘導しようとしていました。統一革命党創党準備委員会は、そうした北朝鮮の政策に沿うかたちで結成されたもので、最終的には、韓国内の反政府・親北朝鮮勢力を育成し、それを“統一革命党”として北朝鮮の影響下に組織化することが、その目的でした。当然、最終目標は、統一革命党の主導による“南朝鮮革命”の達成です。

 さて、金鐘泰らの活動は、1968年8月24日、KCIA(韓国中央情報部)によって摘発され、事件に関連して、45名が逮捕されています。そして、30名が有罪判決を受け、1969年1月25日 統一革命党全羅南道委員長の崔永道が、また、同年 7月10日には、統一革命党ソウル市委員会委員長の金鐘泰が、それぞれ、処刑されました。

 こうして、韓国当局は、統一革命党を準備段階で潰滅させたと発表したのですが、これに対して、北朝鮮の韓国向け放送“南朝鮮民主主義連盟放送局”は、1969年8月、統一革命党の中央委員会がソウルに結成されたと報道。さらに、1970年11月の朝鮮労働党大会では、金日成も統一革命党の創立に言及しています。じっさい、1972年4月には、統一革命党の再建をはかったとして、韓国で9グループ32名が逮捕されました。

 このように、統一革命党は、北朝鮮の主張する“南朝鮮革命”の重要なシンボルとなっており、今回ご紹介の切手も、統一革命党を「南朝鮮人民革命」の政治的参謀部であるとする北朝鮮の政治的主張に沿って発行されたものといえます。なお、この切手では、肖像の背景に武装闘争の模様も描かれており、南朝鮮の解放のためには暴力の使用も辞せずとの北朝鮮側の姿勢がはっきりと表れています。

 さて、現在の韓国では、統一革命党事件は40年も前の出来事で、現在の北朝鮮がかつてのような対南工作に乗り出す危険性は少ないと主張する論者も多いようですが、現在でも、北朝鮮の首都・平壌の西城地区には金鐘泰の名を冠した金鐘泰電気機関車工場という施設が存在しています。この工場は、2002年1月には金正日みずからが新年初の公式活動として現地指導を行い、労働者を激励するなど、現在の北朝鮮国家において重要な位置を占めるものとなっており、こんにちなお、北朝鮮が金鐘泰を英雄視していることがうかがえます。日本人原敕晁さんを拉致した北朝鮮の元スパイ、辛光洙が現在なお、北朝鮮で“英雄”として厚遇されているという事実とあわせて考えてみても、北朝鮮が、アメリカのテロ支援国家指定を解除される要因はないように思うのですがねぇ。もっとも、日本人拉致事件のみならず、大韓航空機事件やラングーン事件などの“首謀者”とされる金正日の死亡が確認されたとでもいうのなら話は別ですが…。

 なお、北朝鮮による対南工作の一端は、北朝鮮の切手からもうかがい知ることができますが、それらについては、拙著『韓国現代史:切手が語る60年』でもいくつかご紹介していますので、機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。

 イベントのご案内

 以下の通り、トークイベントを行います。よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。

 10月17日(金) 在日本大韓民国民団記者懇談会
  「韓国現代史:切手でたどる60年」(福村出版)をめぐって
  18:30~ 於・在日本大韓民国民団中央会館8階会議室
  (地図などはこちらをご覧ください)

 激動の韓国現代史は、切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。切手や郵便物を通じて国家と歴史、時代や社会を読み解く“郵便学者”内藤陽介が、今年7月に刊行した『韓国現代史:切手でたどる60年』を題材に、切手というモノから見える韓国現代史のリアルな諸断面についてお話しします。参加は無料で、どなたでもご参加いただけます。なお、会の終了後、懇親会(会費5000円)を実施予定。


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 アメリカ史に燦然と輝く偉大な「敗者たち」の物語    
 『大統領になりそこなった男たち』 中公新書ラクレ(本体定価760円+税)
 
 出馬しなかった「合衆国生みの親」、リンカーンに敗れた男、第二次世界大戦の英雄、兄と同じく銃弾に倒れた男……。ひとりのアメリカ大統領が誕生するまでには、落選者の累々たる屍が築かれる。そのなかから、切手に描かれて、アメリカ史の教科書に載るほどの功績をあげた8人を選び、彼らの生涯を追った「偉大な敗者たち」の物語。本書は、敗者の側からみることで、もう一つのアメリカの姿を明らかにした、異色の歴史ノンフィクション。好評発売中!

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 大統領になりそこなった男たち:スティーブン・ダグラス
2008-10-11 Sat 12:49
 プロ野球のセリーグは巨人がリーグ優勝しました。パリーグの西武のときも、僕の最新刊『大統領になりそこなった男たち』にちなんで、アメリカ切手の中からライオンを描く1枚を選びましたので、今回は“巨人”ネタということでこんな1枚を持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

 スティーブン・ダグラス

 これは、1958年8月に発行のリンカーン生誕150周年の1枚で、リンカーン・ダグラス論争の場面が描かれています。“巨人”ネタということで、アメリカの歴代大統領の中で身長が一番高かったのはリンカーン(193センチ)だったということは、とりあえず指摘しておいてよいでしょう。じっさい、この切手をもても、舞台の上の人物の中で、白い上着を着て演壇に向かうリンカーンは、ひときわ大きくに描かれています。

 ところで、“巨人”ネタということでいえば、そのリンカーンの背後に描かれている黒い服のスティーブン・ダグラスも見逃すことはできません。というのも、オロナミンCのCMで一世を風靡した“小さな巨人”というフレーズは、実は、このダグラスにつけられたニックネームだったからです。

 ダグラスは1813年、バーモント州で生まれましたが、後にイリノイ州に移り、1842年、民主党から連邦下院議員に初当選。1847年以降は連邦上院に活躍の場を移して、アメリカが西部へと領土を拡張していった時代の領土委員会議長として辣腕をふるいました。また、当時の最大の争点であった奴隷制に関しても、1854年にカンザス・ネブラスカ法(新しい領地の人々は奴隷制を持つか否かを住民投票で決定できるとされた)を成立に尽力するなど、当時の民主党有数の実力者でした。

 そのダグラスは、1858年の中間選挙で、イリノイ州選出の上院議員の座をめぐって、共和党の新人だったエイブラハム・リンカーンの挑戦を受けることになります。

 当初、政界の大立者に対して、無名の弁護士にすぎなかったリンカーンには勝ち目は全くないとみられていました。しかし、春から秋にかけて7回にわたって州内各地で行われたディベートでは、奴隷制の是非は各州の政府にまかせるべきとして“住民主権論”を唱えるダグラスに対し、リンカーンは、奴隷制度は悪であり、これ以上拡大させてはならないと論じて一歩も退かず、聴衆を沸かせます。これが、今回ご紹介の一手にも取り上げられた“リンカーン=ダグラス論争“と呼ばれるもので、リンカーンの弁舌は次第に全米の注目を集めるようになります。

 結局、このときの選挙では接戦の末にリンカーンは敗れるのですが、これがきっかけで彼の知名度は全国区となり、1860年の大統領選挙では共和党指名候補の大本命とみられていたスワードを破って共和党の候補指名を獲得。本選挙では、民主党候補となったダグラスとの因縁の対決を制して大統領に当選するのです。

 その後、1861年4月に南北戦争が勃発すると、ダグラスは選挙での遺恨を捨ててリンカーン率いる北軍に支持者を集めるべく奮闘しますが、同年六月、48歳で亡くなっています。

 さて、雑誌『中央公論』の11月号が刊行となりました。9月に中公新書ラクレの1冊として上梓した拙著『大統領になりそこなった男たち』は、『中央公論』に連載中の同名の連載の1~8月号の記事もとに加筆修正して作ったものですが、連載そのものは12月まで1年間続く予定になっています。そこで、新書刊行後の11月号と12月号に関しては、新書ではほとんど触れることのできなかった2人の人物を取り上げることにしました。そのうちの1人が、今回ご紹介のダグラスというわけです。最終回に当たる次回には、日本人にもなじみの深いある人物を取り上げようかと思っていますので、ご期待ください。


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 大法輪11月号
2008-10-10 Fri 12:38
 雑誌『大法輪』11月号が刊行になりました。同誌には、僕も「切手とお寺」と題する短いエッセイを寄稿して、去年、タイのチェンマイに行った時の体験を書いてみました。雑誌では図版が入りませんでしたので、今日は、記事で取り上げた切手と写真をご紹介してみたいと思います。(画像は、クリックで拡大されます)

 ワット・パンタオ

 これは、1996年に発行された“チェンマイ700年”の切手の1枚で、ワット・パンタオの装飾が取り上げられています。

 ワット・パンタオの“パンタオ”とは“千の窯”という意味です。隣接した場所にあるワット・チェディ・ルアンは、チェンマイを訪れた観光客ならだれでも訪れるという有名寺院ですが、その仏像を鋳造したのがこの場所だったことで、この名がつけられました。もちろん、ワット・チェディ・ルアンを造営するために設けられた寺ですから、建立の時期もワット・チェディ・ルアンとほぼ同じ14世紀末のことと考えられています。

 さて、寺の敷地に入るとまず目に付くのがウィハーンと呼ばれる礼拝堂です。

 ワット・パンタオの礼拝堂

 この礼拝堂は、もともと、この寺にあったものではなく、1875年にチェットトン王朝第7代の王、インタウィチャヤーノン公が王宮内の建物をこの地に移築したもの。このため、建物東側のメイン・エントランスの上(画面では右手に見えます)には、チェットトン王家の紋章である孔雀のレリーフが掲げられています。切手に取り上げられているのは、このレリーフで、入口のところからは、こんな感じに見えます。

 ワット・パンタオの装飾

 レリーフはティーク材の彫刻の上に金箔と色ガラスを施したもので、孔雀を中心に、上に仏塔が、両側に龍(ナーガ)が配されています。龍を支えているのは猿(神話に出てくる猿神ハヌマーンでしょうか)で、その両側にはヒンドゥー教の最高神の一人、ブラフマーの乗り物とされる聖なる水鳥ハンサがいます。ハンサはブラフマーの元へといたる修行僧の象徴とも、天に向かって上昇するシンボルともいわれており、礼拝の場にふさわしい題材といってよいでしょう。

 切手には真正面から描かれたレリーフが取り上げられていますが、実際のレリーフは入口の上に掲げられている状態ですから、僕らは梯子にでも登らない限り、レリーフを見上げるしかありません。このあたりの感覚は、やはり、現地に行って実際に実物を見てみないとわかりませんね。

 なお、『大法輪』のエッセイでは、1973年の切手では白かったワット・スワンドークが、近年の改修で金ぴかになっていてビックリしたことも少し書きましたが、このあたりの話はすべてまとめて拙著『タイ三都周郵記』に収録していますので、よろしかったら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。
 
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 ラングーン事件から25年
2008-10-09 Thu 12:09
 1983年10月9日、北朝鮮がビルマのラングーンで韓国の全斗煥大統領の暗殺未遂事件を起こしてから、きょうでちょうど25年です。というわけで、今日はこの切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 全斗煥・ビルマ訪問

 これは、1983年の全斗煥ビルマ訪問の記念切手で、国旗を背景に全斗煥とサン・ユ(ビルマ大統領)が描かれています。

 全斗煥政権の外交戦略は、北朝鮮に対して友好的な第3世界諸国の切り崩しを大きな柱としていました。その1つの成果が、1982年8月に行われた大統領のアフリカ諸国歴訪で、“縄張り”を荒らされたことに激怒した北朝鮮側は大統領の暗殺を計画。このときの暗殺計画はソ連のブレジネフ政権が北朝鮮に圧力をかけて中止させたものの、1982年11月、ブレジネフが亡くなり、対米強硬派のアンドロポフがソ連共産党書記長に就任し、北朝鮮に対して有事の際の積極的支援を約束するようになると、北朝鮮は計画を復活させることになります。

 すなわち、北朝鮮側は、1983年9月、全の東南アジア歴訪中に彼を暗殺し、南で革命が起きるか、韓国軍が挑発してきたら南侵するという計画を立案。1983年10月9日、全が北朝鮮の長年の友好国であるビルマを訪問中、ラングーンのアウン・サン廟(アウン・サンをはじめ、独立運動の指導者9名が祀られている)で爆弾テロを決行しました。

 事件の結果、最終的に21名が死亡、46名が負傷。犠牲者の中には、経済テクノクラート出身で若手のホープであった徐錫俊(副首相兼経済企画院長官)ら韓国側閣僚4名のほか、ビルマ側のアウン・チョウ・ミン(情報文化大臣)、タン・マウン(情報文化省次官)といった要人も含まれていましたが、全大統領じしんは会場到着が遅れたため、危うく難を逃れ、その意味では北朝鮮の陰謀は失敗に終わっています。

 事件を受けて、全は、その後の歴訪を中止し、ただちに特別機で帰国。これに伴い、事前に発行されていた全の東南アジア歴訪の記念切手も、急遽、販売が停止されました。

 一方、韓国政府は事件当日の10月9日午後、緊急閣議(国務総理の金相浹が主宰)を召集。全軍と警察に「非常警戒令」を発令するとともに、「(事件は)全斗煥大統領の暗殺を狙った朝鮮民主主義人民共和国の陰謀」と発表し、朝鮮半島は一触即発の状態となっています。

 事件の犯人については、当初、北朝鮮の他にも、韓国の反政府勢力、ビルマ国内のカレン族などの少数民族反乱勢力、ビルマ共産党、ティン・ウ准将(ネ・ウィン前大統領に次ぐビルマNO.2と目されながら失脚)の支持グループなど、さまざまな名前が挙げられ、はなはだしくは大統領による自作自演説(日本の“進歩的知識人”の中には、この説を支持する者も少なくなかったとか)まで飛び出すありさまでした。

 しかし、ビルマ政府による調査の結果、事件は北朝鮮による犯行であることが確認されると、北朝鮮は国際社会から厳しく非難され、テロ国家との印象を世界に植え付けることになりました。

 なお、この事件に限らず、北朝鮮が行ってきた“対南工作”の数々は、切手や郵便にもさまざまな痕跡を残しています。それらについては、拙著『韓国現代史:切手でたどる60年』でもいくつか取り上げていますので、機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。


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 クラゲの光でノーベル賞
2008-10-08 Wed 21:07
 今年のノーベル化学賞は、「緑色蛍光たんぱく質(GFP)の発見と発光機構の解明」の下村脩・米ボストン大名誉教授ら3名に授与されることに決まりました。単純化していうと、オワンクラゲからGFPを発見し、その分離・精製に成功したということらしいので、関連のネタとしてこんな切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 香港・クラゲ切手

 これは、今年(2008年)6月12日、香港で発行されたクラゲの切手です。切手に取り上げられているのは、ハナカサクラゲ、タコクラゲ、アカクラゲ、ミズクラゲ、キタユウレイクラゲ、パシフィック・シーネットルで、クラゲの部分は盛り上げ印刷になっています。下村先生のオワンクラゲは取り上げられていませんが、切手は部分的に蛍光インクが用いられていますから、GFPネタにからめてご紹介しても、まぁ、許してもらえるでしょう。

 報道によると、GFPの発見以前は、たんぱく質を蛍光標識する際、たんぱく質を一度精製した上で蛍光物質を付け、蛍光標識したたんぱく質を生きた細胞内に注入するなど、煩雑な作業が必要だったのが、GFPは他のたんぱく質の遺伝子に融合させ、細胞内に入れるだけで、細胞内の好きな場所で蛍光を作り出せるので、目的の遺伝子が生きた細胞内のどの場所で働いているか容易に調べられるようになり、これによって分子生物学や生命科学などの研究が大きく進展するようになったのだとか。

 きのう、物理学賞を受賞した南部陽一郎・小林誠・益川敏英の3先生の業績について、なにか関連の切手はないかと一生懸命探していたのですが、ぼやぼやしているうちに、今日もまた日本人が受賞ですからねぇ。株価の低迷その他、暗いニュースばかりな昨今だけに、何とも嬉しい限りです。


  イベントのご案内

 以下の通り、トークイベントを行います。よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。

 10月18日(土)  「大統領になりそこなった男たち」刊行記念トーク
  18:00~ 於・日本郵便文化振興機構(東京・用賀)
  資料代として500円(ワイン・ソフトドリンク・軽食含む)を申し受けます。あしからずご了承ください。

 詳しくは、主催者の告知ページをご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★     

 アメリカ史に燦然と輝く偉大な「敗者たち」の物語    
 『大統領になりそこなった男たち』 中公新書ラクレ(本体定価760円+税)
 
 出馬しなかった「合衆国生みの親」、リンカーンに敗れた男、第二次世界大戦の英雄、兄と同じく銃弾に倒れた男……。ひとりのアメリカ大統領が誕生するまでには、落選者の累々たる屍が築かれる。そのなかから、切手に描かれて、アメリカ史の教科書に載るほどの功績をあげた8人を選び、彼らの生涯を追った「偉大な敗者たち」の物語。本書は、敗者の側からみることで、もう一つのアメリカの姿を明らかにした、異色の歴史ノンフィクション。好評発売中!

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 長崎くんちのだんじり
2008-10-07 Tue 18:17
 日本を代表する秋祭りのひとつ、長崎くんちが今日から始まりました。というわけで、ストレートにこの切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 クジラのだんじり

 これは、1957年用の年賀切手で、長崎の郷土玩具“鯨のだんじり“が取り上げられています。

 長崎市の諏訪神社の秋祭りである長崎くんちは、諏訪神社の氏子にあたる59の町(以前は77町)が5-7町ごと7組に分かれて年ごとに“だしもの”と呼ばれるさまざまな演目を奉納するもので、毎年、10月19日に行われています。

 “鯨のだんじり”は万屋町の“だしもの”で別名“鯨曳き”。地元では鯨の汐吹きの意味で“クジランショヒキ”と呼ぶのが一般的だそうです。重量1800キロ、長さ5.5メートル、高さ2メートル、胴回り4メートルの巨大なもので、胴の中に4斗樽を仕込み、ポンプを使って人力で汐を吹かせる仕掛けになっています。もとは、1776年(安永5)、長崎の愛宕神社に奉納されていましたが、1778年(安永7)、諏訪神社のくんちに奉納され、以来、7年目ごとに市内を曳きまわされるようになったのだとか。ちなみに、年賀切手の1957年はこのだんじりが出る年で、最近では2006年にもこのだんじりが出ています。

 切手に取り上げられた“鯨のだんじり”は、この“だんじり”を玩具化したもので、幕末のころから制作されています。もともとは、毎年10月7~9日の長崎くんちの期間中に限り、大波止の御旅所の屋台で売られていましたが、現在では土産物として年間を通じて購入することができます。

 大きさは15センチほどの張り子となっており、車輪のついた木製の台に乗せられています。汐の部分は竹をササラ状にして泥絵具を塗ったもので、両脇から出たヒレが動くようになっており、尻尾は固定されています。

 1957年用の年賀切手の題材については、前年が東北の郷土玩具“こけし”だったことをふまえ、九州の郷土玩具を取り上げるとの方針の下、当初は“鯨のだんじり”、“鯛車”、“柳河のキジ車”などが候補として挙げられていましたが、最終的に“鯨のだんじり”が選ばれています。
 
 なお、この切手が発行された1956年末から1957年初は、南極観測船「宗谷」の派遣が国民的な関心事になっており、宗谷内郵便局の記念押印を求めるカバーは16万3850通(中継地のケープタウンまで空輸され依頼を受けた2万8000通を含む)にもなったとか。そして、このカバーの押印用には、南極ともゆかりの深いクジラを描くモノとして、今回ご紹介の切手が空輸されています。
 
 12月初めに刊行予定の拙著『年賀切手』(仮題)では、このあたりの事情も含めていろいろと解説する予定です。刊行日や定価など、詳細が決まりましたら、このブログでもいろいろとご案内してまいりますので、よろしくお願いいたします。


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 イスラエルの初黒星
2008-10-06 Mon 20:37
 1973年10月6日の第4次中東戦争勃発から、きょうで35年になります。というわけで、今日はこんなモノをもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ワルトハイム宛嘆願葉書

 ワルトハイム宛嘆願葉書(裏)

 これは、第4次中東戦争でアラブ側の捕虜となったイスラエル兵の早期帰還を求めて、当時の国連事務総長・ワルトハイム宛に差し出された嘆願の葉書です。いかなる団体が作製したのか、調べきれていないのですが、印刷の雰囲気などからすると、イスラエル国内で作られ、全世界のユダヤ系団体を通じて、組織的に差し出されたものではないかと思います。ちなみに、この葉書は、1974年1月にカナダのトロントから差し出されています。

 1973年10月6日、エジプト・シリアの連合軍はイスラエルに奇襲攻撃を行い、第4次中東戦争が勃発しました。

 当時、アメリカのニクソン政権は、軍事面で圧倒的に劣るアラブ諸国がイスラエルに対して全面戦争を仕掛けることはありえないと考えていました。また、イスラエルは、第3次中東戦争で壊滅状態に陥ったエジプトが空軍力を再建するのは早くても1975年以降になると推定し、1973年中の開戦は想定していませんでした。

 こうしたことから、アラブ側の奇襲攻撃はまんまと成功し、開戦当初の3日間、エジプト軍はイスラエルに対する大規模攻撃を展開し、スエズ運河を渡河して、イスラエルの航空機50機と戦車550両を撃破。イスラエル=シリア国境のゴラン高原でも、シリア軍が快進撃を続け、アラブに対するイスラエルの不敗神話は崩壊しました。

 もっとも、エジプト・シリア両軍の優勢は長続きせず、はやくも10月11日にはイスラエルはゴラン高原での大反攻を開始し、シリア領内に突入。さらに、シナイ半島方面でも、同月16日にはスエズ運河の逆渡河に成功し、形勢は逆転します。

 こうした戦局の推移に対して、エジプトとシリアが第3次中東戦争に続いて大敗することを懸念したソ連は米国と協議を開始。ソ連がエジプトとシリアに対して、アメリカがイスラエルに対して、それぞれ、早期の停戦を受け入れるよう、強く説得しました。

 一方、イスラエル敗北の既成事実を作った上で停戦協定を結ぶことを、本音の部分での戦争目的としていたサダトも、緒戦の優位が失われていたことから、停戦の受け入れに前向きな姿勢を示しています。これに対して、戦況が好転しつつある中での停戦受諾はイスラエルにとっては不満の残るものでしたが、アメリカに説得されるかたちで停戦を受諾。10月22日の国連安保理において、関係諸国に対する停戦決議(決議第338号)が採択され、第4次中東戦争はようやく終結へと向かうことになりました。

 ちなみに、第4次中東戦争に際してアラブの産油国が発動した石油戦略により、いわゆる(第1次)オイルショックが起こり、日本でも物価が暴騰。小学生だった僕も、トイレットペーパーが1人1包しか買えないということで、人数稼ぎで親と一緒に並んだことを覚えています。


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 タイのバナナ
2008-10-05 Sun 09:05
 テレビでダイエット効果があると報じられてから、バナナの人気が急騰し、全国で品薄状態が続いているのだとか。そういうことなら、ということで、こんな切手をもってきてみました。(以下、画像はクリックで拡大されます)

 タイ・バナナ

 これは、1979年にタイで発行された果物切手の1枚で、“ホムトン・バナナ”が描かれています。ホムトンとはタイ語で“黄金の香り”の意味で、専門的には、グロ・ミシェル(遺伝子型はAAAの3倍体)と呼ばれるタイプになります。このタイプのバナナは、1990年代半ばから、日本にも輸出されているそうです。

 昨年の夏、タイを旅行した際には鉄道の沿線や街道のいたるところで野生のバナナの木を見かけて、あぁ、南国に来たのだなぁと言う思いを強くしました。ただ、動いている車窓から写真を撮るのはなかなか難しく、一番まともに撮れた写真では、バナナの実の部分は右上の方にちょこっと見えるだけ(ほとんど葉っぱで隠れていますが)のものになってしまいました。

 野生のバナナ

 タイ国鉄のナムトク線(いわゆる“泰緬鉄道ツアー”で使われる鉄道)のタム・クラセー駅の周辺には、何軒かの土産物屋があって、バナナの露店も出ていましたが、木から切り落としたばかりの豪快なものでした。沿線のバナナ畑で刈り取られたものだろうと思います。

 露店のバナナ

 ちなみに、タイ料理にはバナナの花のサラダもあって、なかなか美味です。で、下の画像は、バンコクのレストランで食べたときのものです。

 バナナの花のサラダ

 泰緬鉄道は、映画『戦場にかける橋』の舞台設定に用いられたこともあって(ただし、映画は完全なフィクションで、娯楽作品としてはともかく、歴史的考証という点から言うと無茶苦茶です)、現在では世界的な観光地になっており、バンコク=カンチャナブリ間の鉄道に乗るグループ・ツアーは現地でも簡単に申し込みができます。ツアー会社によっては、鉄道に乗った後、ナコーン・パトムの仏塔を訪ねたり、カンチャナブリー近辺の自然を楽しんだりすることと組み合わせていますが、“泰緬鉄道”の部分に関しては、基本的に大同小異だろうと思います。

 そんな“泰緬鉄道”のツアーに参加したときのレポートは、拙著『タイ三都周郵記』にも書いてみましたので、よろしかったら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。


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 サルは木から落ちてもサルだが…
2008-10-04 Sat 11:22
 数々の“失言”で、就任わずか5日で国土交通大臣を辞職した中山成彬議員が、有権者の強い反発を考慮して次期衆院選に立候補せず(できず?)、政界を引退する意向を固めたのだそうです。というわけで、現在、執筆中の年賀切手本の中から、中山議員の地元・宮崎県にまつわるネタとして、この切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 1968年用年賀

 これは、1967年12月11日に発行された1968年用の年賀切手で、申年にちなみ、宮崎県延岡市の郷土玩具“のぼりざる”が取り上げられています。

 “のぼりざる”は、菖蒲の絵が描かれた幟に下げられた張り子の猿が風を受けると竿を伝って昇る仕掛けになっています。いまから約200年前、延岡藩士の妻たちの内職として始められた玩具ですが、その由来については、①ニニギノミコトが高天原に降臨した際、武将として功績のあったサルタヒコの粗暴な振る舞いがなおらず、アマノウズメノミコトにいたずらをしたのを戒めるため、ニニギノミコトがサルタヒコを縛り竹竿の先に吊るしたことに由来する説、②延岡藩の旧藩主有馬公が合戦の折、背に負った馬印に猿を用い、勝利を得たことに始まるという説、③田畑を荒らす猿を退治したところ、子供の疫病が流行ったので、これを猿のたたりとおそれた人々が“のぼりざる”を庭先に立てて供養したところ疫病がおさまり、人々は豊作と健康を喜び合ったことに由来するという説、などがあります。

 幟に下げられる猿は、金筋入りの烏帽子をかぶり、小鼓と御幣を手にした“三番叟”のスタイルをしており、武士の服装である長袴を穿いています。幟の上部の二本線は武運長久を、菖蒲の絵は尚武の気風を示しており、竿を昇る姿は出世開運の象徴となっています。

 ちなみに、切手に取り上げられた“のぼりざる”は宮崎県の伝統工芸士で延岡市の無形文化財だった松本節子(1922-2002)の作品です。

 ちなみに、“引退”を表明した中山議員は宮崎市を中心とする衆議院宮崎1区の選出で、“のぼりざる”の延岡市は宮崎2区なので隣の選挙区ということになります。ただし、小選挙区制が導入される以前は、延岡市も宮崎市も、ともに“(旧)宮崎1区”でしたから、選挙の際には、中山議員の事務所にも縁起物として“のぼりざる”が置かれていたんでしょうかねぇ。まぁ、「サルは木から落ちてもさるだが、代議士は選挙に落ちればただの人」という有名なフレーズがありますが、中山議員が“ただの人”になる日も刻々と迫っているわけですな。


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 開天節
2008-10-03 Fri 17:27
 10月3日は、韓国では、建国神話で朝鮮族の祖とされる檀君が即位して檀君朝鮮を建国したことを記念する“開天節”です。というわけで、こんな切手をもってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

 国土統一・白頭山

 これは、朝鮮戦争中の1950年11月20日に発行された“国土統一”の記念切手で、白頭山の天池と太極旗が描かれています。

 1950年6月25日、北朝鮮の南侵で始まった朝鮮戦争は、当初、北朝鮮側が奇襲攻撃の利を生かして戦局を有利に進めていましたが、9月の国連軍による仁川上陸作戦を契機に戦況は逆転。10月に入ると、韓国・国連軍は北朝鮮軍を駆逐して38度線を突破し、平壌を陥落させ、10月25日には中朝国境の鴨緑江に到達します。

 この結果、韓国内では北朝鮮国家の壊滅をもって朝鮮戦争は終結するとの見方が広まり、今回ご紹介しているような“国土統一”の記念切手が発行されたというわけです。

 もっとも、“国土統一”の切手が実際に発行された1950年11月20日の時点では、国連軍と韓国軍は、新たに参戦した中国軍の人海戦術の前に防戦を余儀なくされており、朝鮮戦争が終結するとの見通しは吹っ飛んでおり、なんともタイミングの悪いものとなっています。

 さて、切手に取り上げられた白頭山は建国神話で朝鮮族の祖とされる檀君が降臨した場所とされています。実際、朝鮮全土を指す表現として“白頭から漢弩(韓国最南の済州島・漢弩山のこと)まで”という表現が使われるくらいで、朝鮮民族にとっては非常に思い入れの強い山です。また、そのことに仮託して、現在の北朝鮮国家が、金正日は白頭山中で生まれたがゆえ(実際の金正日の生誕の地はハバロフスク近郊ですが)、彼は朝鮮民族を支配する特別な能力を有していると主張していることは広く知られています。

 したがって、韓国側からすれば、白頭山を不法占拠している北朝鮮を追い出して、その山頂に太極旗を立てるというのは、まさに“国土統一”にふさわしいデザインということになります。なお、切手の左下に、檀君の即位を起源とする檀紀も記されており、韓国のナショナリズムが強烈に伝わってくる1枚と言ってよさそうです。

 なお、朝鮮戦争の時期の切手と郵便に関しては、拙著『韓国現代史:切手でたどる60年』でもいろいろとまとめていますので、よろしかったら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。
 

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 猪突猛進
2008-10-02 Thu 21:41
 きょう(2日)未明、新潟県長岡市下山の国道404号で、パトロール中のパトカーにイノシシが、文字通り“猪突猛進”してきて衝突し、パトカーが破損する事故があったそうです。というわけで、現在、執筆中の年賀切手関連本の題材の中から、新潟+イノシシということで、この切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 1971年用年賀

 これは、1970年12月10日に発行された1971年用の年賀切手で、新潟県新潟県新井市(現・妙高市)平丸地区でつくられる樹皮細工の民芸品“イノシシ”が取り上げられています。

 平丸は仏ヶ峰と風野山に囲まれた、信越国境に近い山間の村落で、平家の落人が隠れ住んだ里ともいわれています。豪雪地帯でもあり、雪深い冬には男たちが出稼ぎのために村落を離れ、残された老人や女性は男たちの身を案じながら俵、むしろ、蓑などの藁細工を続けて留守を預かるのが常でした。

 第2次大戦後、そうした藁細工の技法を生かして、菅やわらを材料とした干支の動物が作られ、販売されるようになりました。このうち、切手に取り上げられたイノシシはウリノキの木肌を剥いで乾燥させたものを、藁を芯にして束ねて作った素朴なものですが、突進するイノシシの躍動感が見事に表現された一点といえます。なお、新井の樹皮細工としては、今回の“イノシシ”のほか、菅による“ウマ”が2002年用の年賀切手にも取り上げられています。

 ところで、今回の切手が発行された当時は、大阪万博に伴う切手ブームの余韻が残っていた時期でもあり、年賀はがきの末等商品にあたる小型シートは人気がありました。

 こうした背景の下、石川県金沢市の香林坊郵便局では、元郵政職員の三宅星三が経営する切手商・日本国際郵便趣味協会の依頼を受けて、窓口で小型シートを買い取っていたことが明らかになり、問題となっています。

 すなわち、1971年1月27日付の『朝日新聞』によると、同局では、小型シートの交換が始まった1月20日、切手類販売窓口に次のような掲示が貼りだされたとのことです。

 海外の切手愛好家から、お年玉つき年賀葉書の切手シートの希望者がたくさんあるので、毎年日本国際郵便協会(ママ)から譲り受け、あっせんを依頼されておりますので、お譲りくださるようお願いいたします。1月23日までは1シート(7円切手4枚つづり)につき50円、1月29日までは同45円。なお、シートがよごれていたり破損したり、折り目がついていたり、またはシートがくっついていたりしたものはお断りします。

 掲示が貼りだされていた香林坊局の窓口では、1月26日午後、金沢郵政監察局によって掲示が撤去され、買い取りの中止が命じられるまでの間に、25シートが買い取られたそうです。

 この件に関して、郵政弘済会金沢地方本部は、切手買い入れの依頼は、三宅から頼まれた郵政弘済会東京本部からの依頼によるものとして、担当の営業部管理課長だった匹田猛夫が朝日新聞の取材に対して次のように応えています。

 三宅さんはもと弘済会に勤めていた関係もあって引受けてきた。以前に郵政省からあまり派手な買い集めをしないでほしいとおしかりを受けた。いまではこれにこりて表面に出ないようこっそりやっていたのだが。

 今回の事件が発覚した際、金沢郵政監察局は「郵便局が切手業者なみに高額で買集めるなどは前代未聞。郵政業務を逸脱した行為で非常識もはなはだしい」とのコメントを発表していますが、匹田の発言を読む限り、こうしたことはそれまでにも常態化していたとみるのがしぜんでしょうなぁ。

 ちなみに、現在、この切手の小型シートは額面割れですからねぇ。もし、いまでも1枚45円で買い取ってくれるところがあるのなら、喜んで持っていきたいところです。


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