内藤陽介 Yosuke NAITO
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 1年間ありがとうございました
2008-12-31 Wed 09:03
 2008年もいよいよ大晦日です。今年も皆様には本当にいろいろとお世話になりました。おかげさまで、主なものだけでも、下記のような仕事を残すことができました。

 <単行本>
 近代美術・特殊鳥類の時代 『近代美術・特殊鳥類の時代:切手がアートだった頃 1979-1985』 日本郵趣出版


 韓国現代史:帯つき 『韓国現代史:切手でたどる60年』 福村出版 2008年
 

 大統領になりそこなった男たち  『大統領になりそこなった男たち』 中公新書ラクレ


 年賀切手 『年賀切手』 日本郵趣出版

 <連載>
・「今月の表紙」 『郵趣』 (1月~2009年も継続)
「きょうの切手」 『中日新聞』 (1~12月)
・「大統領になりそこなった男たち」 『中央公論』(1~12月)
・「郵便切手の歴史に見る台湾のオリジナリティー」 『東亜』(2月~2009年も継続)
・「切手に見るアラブの都市物語」 『(NHK)アラビア語講座』(~3月)
・「切手に見る建設の風景」 『建設業しんこう』(~3月)
・「切手の中の日本と韓国」 『表現者』(~5月)
・「切手の中の世界のダム」 『建設業しんこう』(4月~2009年も継続)
・「切手から読み解くインド」 『The Daily NNA アジア総合版』 (5月~2009年も継続)
・「郵便学者の世界漫遊記」 『キュリオマガジン』(11月~2009年も継続)

 <単発モノの論文・エッセイなど>
・「(書評)ヘレン・モーガン著(藤井留美・訳)『世界最高額の切手「ブルー・モーリシャス」を探せ! コレクターが追い求める「幻の切手」の数奇な運命』」 『図書新聞』3月15日号
・「タイ三都周郵記から切手の世界へ」 『タイ国情報』5月号
・「ポスタル・メディアと占領香港」 『アジア遊学』7月号
・「切手とお寺」 『大法輪』11月号
・「年賀切手の誕生とその秘話」 『郵趣』12月号
・「お年玉つき年賀はがきの誕生」 『郵趣』12月号

 <切手展>
・Making of the Pacific-Asian Order from WWII to the Early Period of the Cold War (3月 アジア国際切手展TAIPEI )
・A History of Hong Kong (6月 世界切手展EFIRO 2008)
・満洲国の歴史(11月 満洲・東北切手展:<JAPEX08>併催)

 このほかにも、公私にわたり、実に多くの方々より、ご支援・ご協力を賜りました。この場を借りて、皆様に厚くお礼申し上げます。

 明年は、1月7日配信の『The Daily NNA アジア総合版』に掲載の連載「切手から読み解くインド」が、皆様にご覧いただく最初の仕事になる予定です。単行本に関しては、3月に仏像関連の本を出す計画が進行中ですが、このほかにも現時点で3冊のスケジュールが決まっています。 引き続き、ご支援・ご協力を賜りますよう、お願い申し上げます。

 最後に、来る年の皆様のご多幸を心よりお祈り申し上げ、年末のご挨拶といたします。どうぞ、良いお年をお迎えください。

 内藤陽介拝


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 2008年の収穫品
2008-12-30 Tue 12:54
 27日の記事で触れた雑誌『郵趣』の2009年1月号では、「2008年の収穫品&2009年の抱負」というコーナーがあって、僕もこんなモノをご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

 虎タトウ(贈呈用)-1  虎タトウ(贈呈用・二重表紙)-2  虎タトウ(贈呈用)-3

 これは、1950年用の年賀切手の小型シートのタトウのうち、贈呈用に作られたものですが、表紙が2枚付けられている“エラー”になっています。実物を見ていただけるとすぐにわかるのですが、画像としてどうお見せしたらいいのか、ちょっと難しいところがあって、真ん中の画像は『郵趣』編集部に苦労して撮影してもらったものです。設定の関係からなのか、この画像だけ、クリックでも拡大できません。ご容赦ください。なお、右側のように、表紙をめくった状態でスキャンした画像をお見せしても、左側に表紙の裏側が見えるので、状況としてはなんとかお分かりいただけるのではないかと思います。

 いわゆる年賀の小型シートは、1950年用の年賀状に使用するために発行された官製のくじ付き年賀はがきの末等商品として発行されました。小型シートは非売品で2月1日から交換が開始されましたが、その後、3月20日になって、郵政省は小型シートを収めるためのタトウを発行しました。

 タトウ発行の趣旨について、郵政省は「幸運のお年玉切手お持ちの方は勿論、不幸にして入手出來なかつた方でもこの台紙に目下各局で發賣中の虎切手を五枚お貼りになればお年玉切手と同様に保存ができる趣好です」と説明していますが、小型シートそのものを販売しないにもかかわらず、“年賀”の時期をとっくに過ぎた3月下旬になってから“お年玉郵便はがき発売記念”の名目でタトウを発売することの意義については疑問を呈する声も多かったようです。

 さて、タトウは3種類作られましたが、そのうちの1種、今回ご紹介しているデザイン贈呈用の非売品です。本来は、表紙をめくると、内側には富安風生 の「初富士の大きかりける汀かな」の句をはじめ、和英両文の解説が印刷されているのですが、今回ご紹介のものは富安の句が入るべき頁の代わりに、表紙が2枚つけられているというわけです。

 おそらく、手作業での調整ゆえに生じたミスなのでしょうが、贈呈用のタトウじたいが決して多いものではありませんので、他にもこのような“エラー”が存在するのかどうかは不勉強ながらよくわかりません。

 なお、最初のお年玉小型シートとそのタトウについては、先日刊行されたばかりの拙著『年賀切手』でも詳しく解説していますので、よろしかったら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。


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 世界漫遊記:シギショアラ(前篇)
2008-12-29 Mon 10:35
 ご報告が遅くなりましたが、『キュリオマガジン』の2009年1月号が出来上がりました。僕の連載「郵便学者の世界漫遊記」は、今回と次回の2回に分けてドラキュラのモデルとされるヴラド・ツェペシュの生まれ故郷・シギショアラを取り上げます。その記事のなかから、今日は、こんなモノをもってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

 シギショアラ(切手)  シギショアラ(実際の風景)  シギショアラ(絵はがき)

 左は、1997年にルーマニアで発行されたシギショアラの風景を描く切手の1枚で、民衆広場から時計塔を望む景色が描かれています。中央は今年6月に僕が現地で撮影した写真で、右は社会主義時代の1963年に差し出された絵はがきです。

 シギショアラはルーマニアのほぼ中央に位置する都市で、12世紀にドイツ系のザクセン人がハンガリー王の招きに応じて辺境地区に定住したのが始まりといわれています。

 もともと、この土地は“第六要塞”を意味するカストゥルム・セクスと呼ばれていましたが、ザクセン人の商人や手工業者が増えていくにつれ、モルダヴィア(現在のルーマニアの東北部、カルパティア山脈とプルート川に挟まれた地域を指すことが多いが、ルーマニア領を越えてプルート川の東にあるドニエプル川にいたるベッサラビア地方を含めることもある)やワラキア(ドナウ川と南カルパティア山脈にはさまれた地域。モルダヴィアとの境界はミルコヴ川)との交易で発展しました。

 吸血鬼ドラキュラのモデルとされるヴラド・ツェペシュ(ヴラド3世)の父親、ヴラド2世は、1431年、神聖ローマ帝国から龍騎士団の騎士に叙任されましたが、この頃の彼はシギショアラに逼塞していました。ちなみに、龍騎士団のメンバーに選ばれたことで、ヴラド2世は龍(ドラコ)にちなんで“ドラクル”と呼ばれるようになり、このドラクルの息子ということで、ヴラド3世には“ドラクラ”とのあだ名が付けられ、それがドラキュラの語源になります。

 シギショアラでのヴラド2世の旧宅、すなわち、ヴラド3世の生家は現存しており、現在ではカーサ・ヴラド・ドラクルという名のレストランになっています。今回ご紹介の画像は、いずれも、正面にシギショアラのシンボルの時計台、その右側にお目当てのレストラン(黄色の壁の建物)が見えるという構図を取っていますが、1997年の切手ではレストランの看板が見えているにもかかわらず、社会主義時代の葉書ではそのような看板は確認できません。外国人観光客をも視野に入れたレストランの営業というものは、やはり、民主化以降のことなのでしょうね。

 さて、今回の記事では、カーサ・ヴラド・ドラクル訪問記を中心にシギショアラとその歴史についてまとめてみました。機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。


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 注連飾りの消印
2008-12-28 Sun 15:26
 正月の注連飾りは12月13日のすす払いの後20日から28日までの間に飾るのが好いのだそうです。というわけで、わが家でも、先ほど慌てて飾りました。ついでに、こいつも今日の記事に載せておきましょう。(画像はクリックで拡大されます)

 はねつきに昭和12年の消印  昭和12年機械年賀印

 これは、しめ飾りを描く1937年用の年賀機械印が押された1949年用の年賀切手の使用済みです。状態がイマイチなので、右側に印影図を並べてみました。

 戦争の影響で中断されていた年賀郵便の特別取扱は1948年12月15日に復活。これにあわせて、はねつきをする振り袖姿の少女を描く切手が発行されました。

 もっとも、このときは年賀切手は復活したものの、戦前に用いられていたような絵入りの年賀印は復活しなかったため、一部の郵便局では、年賀状らしさを演出するため、戦前の機械年賀印を引っ張り出して来て使用した例も見受けられます。今回ご紹介のマテリアルもその一例です。ちなみに、押されている印が本来使用されていた1937年と、はねつきの切手の1949年は、いずれも、丑年ですが、どちらも干支を感じさせる要素はありませんね。

 戦後の絵入り年賀印に関しては、今回ご紹介のマテリアルの翌年、1950年用の年賀状から復活します。この年は手押し印と機械印の両方が使われていたのですが、翌年からは機械印の使用はなく、手押し印のみの使用となりました。その後は毎年、手押しの絵入り年賀印が使われていましたが、1956-57年の年末年始、労働組合の全逓が年末手当2ヵ月分の獲得と特定郵便局長の官制化、特別職法案に対する反対などを主張し、要求が入れられない場合には「年賀はがきを超勤拒否によりストップする」として賜暇戦術をとったため、1957年の年賀状には絵入りの年賀印は使用できませんでした。この結果、翌1958年の年賀状からは、櫛形印・機械印ともに毎年使用できるよう、時刻欄に“年賀”の文字が入ったものが使われるようになりました。

 なお、このあたりの事情については、先ごろ刊行の拙著『年賀切手』でもいろいろとまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。


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 『郵趣』今月の表紙:カナダ・アドミラル
2008-12-27 Sat 11:34
 (財)日本郵趣協会の機関誌『郵趣』2009年1月号ができあがりました。『郵趣』では、毎月、表紙に“名品”と評判の高い切手を取り上げていて、原則として僕が簡単な解説文をつけていますが、今月は、こんなモノを取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

 カナダ・アドミラル

 これは、1911年から発行が開始されたカナダの通常切手、アドミラル・イシューのうち、1923年7月22日に発行された最高額の1ドル切手です。

 1910年5月6日、イギリス国王エドワード7世が亡くなり、ジョージ5世が即位すると、これを受けて、当時、イギリスの自治領であったカナダでは、1911年12月から新国王の肖像を描く普通切手を発行しました。このシリーズは、国王の肖像が英国海軍の軍服姿であるため、提督を意味する“アドミラル”の名で呼ばれています。

 肖像の元になった写真はW.D.ダウニーとH.W.バーネットの撮影した写真を合成したもの。カナダの象徴、メイプル・リーフと王冠をあしらった楕円形の枠はR.サヴェージがデザインしました。印刷は、オタワのカナディアン・バンクノート社(アメリカン・バンクノート社の子会社)です。

 次の1928年シリーズに取って代わられるまで長年にわたって使われてきたシリーズで、その間、第一次大戦もあったため、この切手には製造面・使用面ともにバラエティに富んでおり、世界的に人気のあるシリーズです。

 さて、今月の『郵趣』は、なんといっても11月の<JAPEX>の特集が見所です。特に、恒例となった巻頭カラーでの名品集は、眼福モノのマテリアルが目白押しで、テレビでいえば年末年始の特番に相当する豪華企画と言ってもいいかもしれません。また、いのうえまさとさんによる拙著『年賀切手』の書評(最後の締めが泣かせます。マサトさん、いつもありがとう!)も掲載されています。機会がありましたら、ぜひ、ご覧ください。


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 「きょうの切手」終了しました
2008-12-26 Fri 10:00
 おかげさまをもちまして、1月7日から「中日新聞」で連載しておりました「きょうの切手」は、昨日(25日)をもって無事に一年間の連載期間を終了いたしました。ご愛読いただきました皆様には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。

 merci

 きのうの最終回は、この切手をもってきました。1999年にフランスで発行されたグリーティング切手で、フランス語のmerci や英語のthank you 、ドイツ語のdanke-schon など、各国語で“ありがとう”を意味する言葉が記されています。1年間お付き合いいただいた感謝の意味をこめて持ってきました。

 いままでにも、週刊誌(紙)の連載というのは何度かやったことがあるのですが、日刊紙で週に5回というペースは今回が初めての体験でしたが、なんとか無事にこなすことができてホッとしています。

 なお、伝え聞くところによると、「きょうの切手」は毎日切り取って保存してくださっている読者の方が多いとのこと。毎週日~木曜日の掲載で、途中、休刊日などでの休載もあると編集部に問い合わせをされる方もおられるようですので、最後に掲載日と取り上げた切手の簡単なリストを掲載します。このブログでも過去に取り上げたことのある切手については、青字をクリックしていただくとブログの記事をお読みいただけるようになっています。チェックリスト等でご活用いただけると幸いです。国名表記のないモノは日本の切手です。リンクの貼りもれや貼り間違いがありましたら、修正しますので、こっそり教えてください。

 1月7日 1938年用年賀切手(1月7日は注連飾りを外す日)
 1月8日 アメリカ:ウィルソン大統領(14ヵ条の平和原則は1918年1月8日)
 1月9日 相撲絵・谷風(風邪の日:横綱・谷風が寛政7年1月9日:1795年2月27日没。“谷風”は風邪の異称)
 1月10日 おまわりさん100年(110番の日)
 1月13日 東大赤門(1827年1月13日:文政10年11月27日に建立)
 1月14日 明仁親王(今上天皇)立太子礼(成人の日)
 1月15日 サンマリノ:イチゴ(イチゴの日)
 1月16日 白瀬探検隊50年(白瀬矗が日本人として初めて南極大陸に上陸したのは1912年1月16日)
 1月17日 阪神淡路大震災募金つき趣味週間(阪神淡路大震災の日)
 1月20日 アメリカ:オードリー・ヘップバーン(1993年1月20日没)
 1月21日 マルタ:目玉焼き(料理番組の日)
 1月22日 ギリシャ:バイロン(1788年1月22日生)
 1月23日 十和田国立公園・八甲田山(1902年に“死の彷徨“始まる)
 1月24日 近代洋風建築・大浦天主堂(天主堂の完成は元治2年1月24日:1865年2月19日)
 1月27日 日本の歌・日の丸(国旗制定記念日)
 1月28日 アメリカ:スペースシャトル(1986年1月28日、スペースシャトル・チャレンジャーの事故で7名が亡くなる)
 1月30日 ガンジー(1948年1月30日没)
 1月31日 ナウル切手(ナウル独立記念日)
 2月3日 年中行事・せつぶん(節分)
 2月4日 セイロン:初代首相セナナヤケ(スリランカの独立記念日)
 2月5日 “セルビア・モンテネグロ”最初の切手(2003年2月5日、“ユーゴスラビア”がセルビア・モンテネグロに改称)
 2月6日 フランス:クリムト「接吻」(1918年2月6日、クリムト没)
 2月7日 長野五輪寄附金つき(長野の日:オリンピック開幕10周年)
 2月10日 アメリカ:ニット柄のクリスマス切手(ニットの日)
 2月11日 紀元2600年(建国記念日)
 2月13日 フランス:ルオー(1958年2月13日没)
 2月14日 アメリカ:キスチョコ(バレンタインデー)
 2月17日 20世紀シリーズ・大槻文彦(1928年2月17日没)
 2月18日 パキスタン:ブット元首相(元首相暗殺で延期されていた総選挙実施)
 2月19日 ブータン:レコード切手(レコードの特許取得は1878年2月19日)
 2月20日 イタリア:ランボルギーニ(1993年2月20日没)
 2月21日 ソ連:『共産党宣言』100年(同書の刊行は1848年2月21日)
 2月24日 エストニア:航空切手(同国独立記念日)
 2月25日 韓国:盧武鉉(退任の日)
 2月27日 ドミニカ共和国:地図切手(同国独立記念日)
 2月28日 文化人・坪内逍遥(1935年2月28日没)
 3月2日 北朝鮮:プーチン訪朝(ロシア大統領選挙の投票日)
 3月3日 年中行事・ひなまつり(ひな祭り)
 3月4日 沖縄:ペルリ来琉100年(ペリーは1858年3月4日没)
 3月5日 ミクロネシア:サンゴ(サンゴの日)
 3月6日 世界一周航路開設(世界1周記念日)
 3月9日 関門トンネル開通(1958年3月9日開通)
 3月10日 国定公園・佐渡弥彦(佐渡の日)
 3月11日 趣味週間・千姫(1666年3月11日:寛文6年2月6日没)
 3月12日 モーリシャス:ポストオフィス切手150年(同国独立記念日)
 3月13日 青函トンネル開通(1988年3月13日開通)
 3月16日 フィリピン:マッカーサー100年(アイシャルリターンの名台詞は1942年3月16日)
 3月17日 アイルランド:聖パトリック(セント・パトリックス・デイ)
 3月18日 近代洋風建築・聖ヨハネ教会(明治村のオープンは1965年3月18日)
 3月19日 藤島武治「黒扇」(藤島は1943年3月19日没)
 3月20日 ノルウェー:イプセン(1828年3月20日誕生)
 3月23日 大仏航空(鎌倉・高徳院の大仏は暦仁元年3月23日:1238年5月5日に着工)
 3月24日 イギリス:エリザベス1世(1603年3月24日没)
 3月26日 アメリカ:硫黄島の星条旗(1945年3月26日、硫黄島の日本軍玉砕)
 3月27日 ソ連:ガガーリン(1968年3月27日没)
 3月30日 1958年アジア大会・国立競技場(1958年3月30日に完成)
 3月31日 チベット亡命政府:ダライラマ(ダライラマ亡命は1959年3月31日)
 4月1日 放送大学(1983年4月1日開校)
 4月2日 バチカン:ヨハネパウロ2世(2005年4月3日没)
 4月3日 第二次国宝・清水寺(清水寺の日)
 4月6日 オーストリア:デューラー「若きベネチアの娘」(1528年4月6日、デューラー没)
 4月7日 メキシコ:世界保健デー(世界保健デー)
 4月8日 麻耶夫人像410円切手(花祭り)
 4月9日 韓国:国会議事堂(韓国の総選挙投票日)
 4月10日 イギリス:国会議事堂の時計塔(ビッグベン完成は1858年4月10日)
 4月13日 香港:茶(喫茶店の日)
 4月15日 ソ連:ヘリコプター(ヘリコプターの日)
 4月16日 スペイン:裸のマハ(1828年4月16日、ゴヤ没)
 4月17日 中国:恐竜(恐竜の日)
 4月20日 フランス:ナポレオン3世(1808年4月20日生まれ)
 4月21日 世界柔道選手権(1883年4月21日、三船久蔵が誕生)
 4月22日 アメリカ:地球環境保護(アースデイ)
 4月23日 1993年国土緑化(両陛下、歴代天皇として初の沖縄訪問)
 4月24日 第50回日本ダービー(日本ダービー記念日)
 4月27日 シェラレオネ:人権擁護キャンペーン(同国独立記念日)
 4月28日 ブラジル移民50年(1908年4月28日、笠戸丸が出発)
 4月30日 オランダ:ベアトリクス女王(女王の日)
 5月1日 オーストリア:メーデー100年(メーデー)
 5月4日 1948年国土緑化(みどりの日)
 5月5日 こどもの日(こどもの日)
 5月6日 フランス:ロベスピエール(1758年5月6日生まれ)
 5月8日 西ドイツ:アンリ・デュナン生誕125年(世界赤十字デー:デュナンの誕生日は1828年5月8日)
 5月11日 鵜飼100円(長良川の鵜飼開きの日)
 5月12日 フランス:キュリー夫妻(1898年5月12日、ラジウム発見)
 5月13日 昔ばなし・花さかじいさんとポチ(愛犬の日)
 5月14日 ギニア:種痘(種痘の日)
 5月15日 イスラエル最初の切手(同国独立記念日)
 5月18日 モザンビーク:バスコダガマ500年(ガマのインド到着は1498年5月18日)
 5月19日 第12回国体・ボクシング(ボクシングの日)
 5月20日 成田空港開港(開港は1978年5月20日)
 5月21日 文化人・野口英世(1928年5月21日没)
 5月22日 イエメン:南北統一(イエメン統一は1990年5月22日)
 5月25日 ヨルダン:独立記念切手(同国独立記念日)
 5月26日 フランス:ルマン自動車レース50年(第1回レースは1923年5月26日)
 5月28日 八橋500円(在原業平は元慶4年5月28日:880年7月9日没)
 5月29日 ネパール:エベレスト(エベレスト登頂記念日)
 6月1日 証券取引所100年(東証の前身、東京株式取引所が最初の売買立会を行ったのは1878年6月1日)
 6月2日 香港:エリザベス2世戴冠(戴冠式は1953年6月2日)
 6月3日 国立公園・雲仙普賢岳(雲仙普賢岳祈りの日)
 6月4日 イラン:歯科医師会25年(虫歯予防デー)
 6月5日 アメリカ:ロバート・ケネディ(1968年6月5日没)
 6月8日 大鳴門橋開通(1985年6月8日、開通)
 6月10日 アメリカ:時計10セント(時の記念日)
 6月11日 アメリカ:カメハメハ大王(1758年6月11日生まれ)
 6月12日 フィリピン:第一共和国の切手(同国独立記念日)
 6月15日 愛唱歌・上を向いて歩こう(全米第1位になったのは1963年6月15日)
 6月16日 アメリカ:ヘンリー・フォード(フォード車創業は1903年6月16日)
 6月17日 中国:緑化キャンペーン(砂漠化および干ばつと闘う世界デー)
 6月18日 ノルウェー:アムンゼン支援(アムンゼンは1928年6月18日に遭難)
 6月19日 フランス:パスカル(1623年6月19日没)
 6月22日 韓国:対日国交正常化20年(日韓基本条約調印は1965年6月22日)
 6月23日 沖縄:慰霊の日(沖縄の慰霊の日)
 6月25日 西ドイツ:児童福祉切手(住宅デー)
 6月26日 小笠原諸島復帰(小笠原諸島の祖国復帰は1968年6月26日)
 6月29日 日本の歌・荒城の月(瀧廉太郎は1903年6月29日に没)
 6月30日 アメリカ:トランジスタ(トランジスタの発明は1948年6月30日)
 7月1日 郵便番号宣伝(郵便番号導入は1968年7月1日)
 7月2日 官報100年(官報第1号の発行は1888年7月2日)
 7月3日 ドイツ:フォルクスワーゲン(ビートルのお披露目は1838年7月3日)
 7月6日 香港:国際空港開港(開港は1998年7月6日)
 7月7日 支笏洞爺国立公園・洞爺湖(洞爺湖サミット開幕)
 7月8日 ドイツ:ツェッペリン伯爵(1938年7月8日生まれ)
 7月9日 文化人・森鴎外(1922年7月9日没)
 7月10日 ふるさと切手(東京)ほおずき市(東京・浅草寺の4万6000日)
 7月13日 ふるさと切手(岩手)金色堂(建立者の藤原清衡は大治3年7月13日:1128年8月10日没)
 7月15日 磐梯朝日国立公園・磐梯山(1888年7月15日に大噴火)
 7月16日 名神高速開通(開通は1963年7月16日)
 7月17日 韓国:憲法制定(韓国の制憲節)
 7月20日 香港:ブルースリー(1973年7月20日没)
 7月21日 海の記念日(海の日)
 7月22日 鈴鹿国定公園(1968年7月22日に国定公園指定)
 7月23日 エジプト:7月革命(1952年7月23日、エジプト革命発生)
 7月24日 ベネズエラ:シモン・ボリバル(1783年7月24日生まれ)
 7月27日 北朝鮮:板門店(1953年7月27日、朝鮮戦争休戦)
 7月28日 ペルー:サン=マルティン将軍像(同国独立記念日)
 7月30日 20世紀シリーズ・力道山(プロレス記念日)
 7月31日 フランス:星の王子様(作者のサン=テグジュペリは、1944年7月31日に行方不明に)
 8月3日 アメリカ:潜水艦ノーチラス号(1958年8月3日、潜航状態での北極点通過に世界で初めて成功)
 8月4日 台湾:箸(箸の日)
 8月5日 船シリーズ・遣唐使船(最初の遣唐使派遣は舒明天皇2年8月5日:630年9月16日)
 8月6日 アメリカ:アンディ・ウォーホール(1928年8月6日生まれ)
 8月7日 ドイツ:鼻(鼻の日)
 8月10日 ふるさと切手(おきなわ)・モノレール開通(開通は2003年8月10日)
 8月11日 天気予報100年(ひまわり2号の打ち上げは1981年8月11日)
 8月12日 中国:日中平和友好条約(1978年8月12日調印)
 8月13日 メキシコ:1934年航空切手(アステカ王国の滅亡は1521年8月13日)
 8月14日 イタリア:フェラーリ(1988年8月14日没)
 8月17日 ラオス:パイナップル(パイナップルの日)
 8月18日 モンゴル:チンギス・ハーン(1227年8月18日没)
 8月19日 スペイン:ロルカ(1936年8月19日没)
 8月20日 1967年交通安全(交通信号の日)
 8月21日 フィリピン:ベニグノ・アキノ(1983年8月21日没)
 8月24日 国連:ポンペイ遺跡(79年8月24日の噴火で埋没)
 8月25日 アメリカ:バーンスタイン(1918年8月25日生まれ)
 8月27日 原子炉竣工(日本最初の原子炉、JRR-1が臨界に達したのは1957年8月27日)
 8月28日 ソ連:トルストイ(ユリウス暦一八二八年八月二十八日:グレゴリ暦九月九日生まれ)
 8月31日 北朝鮮:テポドン(ミサイル発射は1998年8月31日)
 9月1日 震災切手(1923年9月1日、関東大震災)
 9月2日 文化人・岡倉天心(1913年9月2日没)
 9月3日 アメリカ:パリ条約(調印は1783年9月3日)
 9月4日 趣味週間「櫛梳ける女」(櫛の日)
 9月7日 アメリカ:運河地帯加刷(パナマ運河返還条約の調印は1977年9月7日)
 9月8日 平和条約調印(サンフランシスコ講和条約の調印は1951年9月8日)
 9月9日 北朝鮮:政府樹立(1948年9月9日、朝鮮民主主義人民共和国発足)
 9月10日 文通週間・若冲(寛政12年9月10日:1800年10月27日没)
 9月11日 ウルグアイ:アジェンデ(1973年9月11日没)
 9月14日 月に雁(十五夜)
 9月15日 沖縄:年寄りの日(敬老の日)
 9月17日 エジプト:サダトとパレスチナ(キャンプデービッド合意成立は1978年9月17日)
 9月18日 中国解放区:918記念(満洲事変勃発は1931年9月18日)
 9月21日 文化人・宮沢賢治(1933年9月21日没)
 9月22日 エジプト:アブシンベル神殿(移築完了は1968年9月22日)
 9月23日 第26回国体・テニス(テニスの日)
 9月24日 天草架橋(開通は1966年9月24日)
 9月25日 中国:魯迅(1881年9月25日生まれ)
 9月28日 フランス:第5共和政40年(第5共和政の新憲法承認は1958年9月28日)
 9月29日 イギリス:ネルソン提督(1758年9月29日生まれ)
 10月1日 ふるさと切手(福井)・めがね(メガネの日)
 10月2日 セントキッツ:コロンブスの望遠鏡(望遠鏡の日)
 10月5日 バミューダ:レモン(レモンの日)
 10月6日 エジプト:第4次中東戦争開戦1年(開戦は1973年10月6日)
 10月7日 アメリカ:ポー(1849年10月7日没)
 10月8日 石川五右衛門(1594年10月8日没)
 10月9日 韓国:全斗煥ビルマ訪問(1983年10月9日、ラングーン・テロ事件)
 10月12日 文化人・広重(1858年10月12日没)
 10月13日 明治100年(明治元年10月13日:1868年11月26日、明治天皇が京都の御所から東京城(旧江戸城)に移る)
 10月15日 韓国:しいたけ(きのこの日)
 10月16日 アメリカ:ウェブスター(1758年10月16日生まれ)
 10月19日 チュニジア:ハンニバル(紀元前202年10月19日、ハンニバル戦争終結)
 10月20日 アメリカ:フーバー大統領(1964年10月20日没)
 10月21日 中国:粤区特用(1938年10月21日、広州陥落)
 10月22日 フランス:ノルマンディー上陸25年(パラシュートの日)
 10月23日 台湾:宋美齢(2003年10月23日没)
 10月26日 韓国:安重根(1909年10月26日、伊藤博文を暗殺)
 10月27日 アメリカ:セオドア・ルーズベルト(1858年10月27日生まれ)
 10月29日 トルコ:共和国1番切手(同国共和国記念日)
 10月30日 教育勅語50年(教育勅語の発布は1890年10月30日)
 11月2日 チェコスロバキア:横山大観(1868年11月2日生まれ)
 11月3日 湯川秀樹“中間子理論”発表50年(湯川のノーベル賞受賞発表は1949年11月3日)
 11月4日 アメリカ:ホワイトハウス(大統領選挙投票日)
 11月5日 りんご100年(いいリンゴの日)
 11月6日 文化人・滝沢馬琴(嘉永元年11月6日:1848年12月1日没)
 11月9日 東ドイツ:ローザ・ルクセンブルク(1918年11月9日、ドイツ革命)
 11月11日 ポーランド:国章切手(同国独立記念日)
 11月12日 モナコ:グレース・ケリー(1929年11月12日生まれ)
 11月13日 イタリア:ロッシーニ(1868年11月13日没)
 11月16日 幼稚園100年(幼稚園記念日)
 11月17日 文通週間・将棋(将棋の日)
 11月18日 香港:香港ディズニーランド開園(ミッキーマウスの誕生日は1928年11月18日)
 11月19日 東海道電化(鉄道電化の日)
 11月20日 フランス:ブドウの収穫(ボジョレー・ヌーボー解禁日)
 11月23日 フランス:手袋(手袋の日)
 11月24日 東京天文台75年(東京天文台の設立は1921年11月24日)
 11月26日 満洲国:あじあ号(満鉄発足は1906年11月26日)
 11月27日 皇太子明仁親王ご成婚(皇太子婚約発表は1958年11月27日)
 11月30日 日墨修好通商条約(1888年11月30日調印)
 12月1日 製鉄100年(鉄の記念日)
 12月2日 ふるさと切手(新潟):花嫁(作者の蕗谷虹児は1898年12月2日生まれ)
 12月3日 マルタ:冷戦終結のマルタ会談(会談は1989年12月3日)
 12月4日 フランス:カンディンスキー(1866年12月4日生まれ)
 12月7日 韓国:1958年用年賀(クリスマスツリーの日)
 12月8日 大東亜戦争1周年(日米開戦は1941年12月8日)
 12月9日 文化人・夏目漱石(1916年12月9日没)
 12月10日 スウェーデン:ノーベル(1896年12月10日没)
 12月11日 アルゼンチン:日本国際切手展(タンゴの日)
 12月14日 歌舞伎・大石内蔵助(義士祭)
 12月16日 電話75年(電話の日)
 12月17日 アメリカ:ライト兄弟(飛行機の日)
 12月18日 国連加盟(国連加盟承認記念日)
 12月21日 国連:人種の融和(1965年12月21日、人種差別撤廃国際条約採択)
 12月22日 コモロ:シーラカンス(1938年12月22日に発見)
 12月23日 ふるさと切手(東京):東京タワー(1958年12月23日開業)
 12月24日 スウェーデン:サンタクロース(クリスマス・イブ)
 12月25日 フランス:感謝のグリーティング(最終回)

 
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 聖ヨハネ教会堂
2008-12-25 Thu 11:18
 キリストの生誕節という本来のクリスマスは今日が本番です。というわけで、今年4月に刊行の拙著『近代美術・特殊鳥類の時代』のなかから、キリスト教がらみのものとして、この1枚をもってきました。(以下、画像はクリックで拡大されます)

 聖ヨハネ教会堂

 これは、近代洋風建築シリーズ第3集として、1982年1月29日に発行された“聖ヨハネ教会堂”の切手です。

 聖ヨハネ教会堂は、旧称・日本聖公会京都聖約翰教会堂。1907年、京都市下京区河原町通りに建てられたプロテスタントの教会堂で、アメリカの教育者ガーデナーが設計し、鈴木由三郎と山本住造が施工しました。外観は細部にゴシックの要素を交えたロマネスク風で、正面左右にそびえる双塔が印象的です。1階部分は幼稚園等の教育施設として利用され、教会は2階部分を使用していましたが、2階の屋根は木造の合掌造りで木のフレームが交差しており、京都の気候を考慮して天井には竹すだれが張られるなどの配慮がなされているのが特徴です。現在は、愛知県犬山市の明治村に移築されており、国の重要文化財に指定されています。

 ところで、教会堂の名前にもなっている“聖ヨハネ”はイエスの最初の弟子の一人で、教団の中ではペトロとともに指導的な立場にありました。最後の晩餐の準備をしたほか、イエスが十字架にかけられたときも十字架の下にいたとされています。

 また、使徒たちの中で唯一殉教しなかったとされる人物で、イエスの母マリアを連れてエフェソスに移り住みましたが、のちパトモス島に幽閉され、そこで黙示録を記しました。釈放後はエフェソスに戻り、そこで亡くなっています。

 そのヨハネによる福音書の第3章16節は「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」というもので、クリスマスのミサではしばしば引用される一節です。明治村の中の教会堂では、やはり、牧師が毎年クリスマスの日にはこの一節を引用して説教をされるんでしょうかね。

 なお、この切手を含む近代洋風建築シリーズの切手については、拙著『近代美術・特殊鳥類の時代』でもいろいろと解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。


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 韓国のクリスマスシール
2008-12-24 Wed 18:19
 今日はクリスマス・イブです。というわけで、こんなモノをもってきました。(以下、画像はクリックで拡大されます)

 韓国・クリスマスシール

 これは、1936年に朝鮮クリスマスシール委員会が作成した「朝鮮クリスマスシール5周年」のリーフレットで、1932-33年用から1936-37年用までの5種類のクリスマスシールが刷り込まれています。

 結核の予防と治療の募金を集めるための複十字シール運動は1904年にデンマークで始まり、世界各国に広がりましたが、クリスマス柄のものも多いため、“クリスマス・シール”と呼ばれることもあります。この運動は1925年にはわが国でも開始され、1932年には、朝鮮総督府の要請により、カナダ人宣教師のシャーウッド・ホールにより朝鮮でも最初のクリスマスシールが発行されています。

 ホールはソウル駐在の宣教師一家に生まれ、医学を学ぶためにカナダの大学に通ったものの、卒業後は日本統治下の朝鮮に戻り、1928年、海州(現在は北朝鮮領)に結核の療養施設・海州救世療養院を設立しました。

 最初のクリスマスシール(1932-33年用)は、海州救世療養院の名前で発行されたものでソウルの南大門を描く2色刷りのモノでしたが、翌1933-34年用のものから、朝鮮クリスマスシール委員会の名義で朝鮮の風俗を描く多色刷のものが発行されるようになりました。シールの名称は、最初の2回は“XMAS AND NEW YEAR GREETINGS”になっていますが、次の2回は“SEASONS GREETINGS”に、5回目は“HOLIDAY GREETINGS”に変わっています。題材は、2回目こそ讃美歌を歌う民族衣装の少年少女といかにもキリスト教色の濃いものですが、3回目以降は子どもをおぶう母親や、伝統的な板跳び(シーソー)、凧揚げなど、朝鮮の伝統的な風俗を紹介するものとなりました。おそらく、クリスマスと並んで、年賀状に貼るという需要が多かったためでしょう。

 その後、日本統治下の朝鮮では、クリスマスシールは1940年まで発行されますが、戦争の影響で1941年の分は発行されずに終わりました。その後、大韓民国建国後の1949年には発行が再開されるものの、翌1950年6月に朝鮮戦争が勃発したため再び発行は中断。戦況が落ち着いた1952年から再び発行が再開され、現在に至っています。

 今回ご紹介のクリスマスシールは、直接的には郵便事業に関するものではないのですが、切手を意識して発行されているもので、韓国を代表する切手カタログ『韓国郵票圖鑑』には毎年採録されています。まぁ、準フィラテリックマテリアルということでご紹介してみました。


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 東京タワー50年
2008-12-23 Tue 15:05
 1958年12月23日に東京タワーが開業して今日でちょうど50年です。というわけで、今日はこの1枚をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 東京タワー(三宅島募金つき)

 これは、2000年11月15日に発行されたふるさと切手東京版のグリーティング切手で、東京湾側から見たレインボーブリッジと東京タワーの夜景が描かれています。また、2000年6月に始まった三宅島雄山の山頂噴火により、同年9月、全島民が島外へ強制避難を余儀なくされたことを受けて、被災者救済のための寄付金が付けられています。

 東京タワーを描く切手としては、20世紀シリーズ(第11集)や2007年のふるさと切手(東京版)などがあるのですが、いずれも、切手本体としてはタワーを下から眺めた構図になっているので、鉄骨ばかりが目立ち、あまり格好よくありません。その点、この切手のデザインは、上空から眺めた“東京の夜景”ということもあって、タワーの姿が一番きれいに描かれているように思えるのですが、いかがでしょうか。

 東京タワーは、正式名称を“日本電波塔”といい、当時、相次いで開局する各放送局の電波塔を一本化しようという構想で建設されました。パリのエッフェル塔より8.6m高い332.6mの高さがあり、当時の自立式鉄塔としては世界最高でしたが、多くの鳶職人を動員し、1957年6月29日の着工からわずか1年3ヵ月後の1958年10月に完成。皇太子・明仁親王(今上陛下)のお誕生日にあわせて12月23日に開業となりました。

 そういえば、開業当時、25歳の青年だった陛下も、きょうで75歳。タワー同様、日本のシンボル(象徴)として、いつまでもお元気でいていただきたいものです。


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 おかげさまで売れてます! 
 おかげさまで、売れ行き好調です。アマゾン7&Yでは一時的に在庫切れ(23日現在)となり、ご迷惑をおかけしておりますが、bk1紀伊国屋書店には在庫があるようですので、すぐに対応できると思います。なお、日本郵政本社ビル・ポスタルショップでは、『年賀切手』の販売特設コーナー(下の画像:山内和彦さん撮影)も作っていただきました。

 日本郵政特設コーナー 
 
 
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 ガンバの切手
2008-12-22 Mon 15:35
 サッカーのトヨタFIFAクラブワールドカップ(W杯)は最終日のきのう(21日)、横浜国際総合競技場で3位決定戦があり、アジア代表のガンバ大阪が中南米カリブ海代表のパチューカ(メキシコ)を1-0で降し、昨年大会の浦和に続き、アジア勢として2年連続の3位を確保しました。というわけで、今日はこんな切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 イタリア速達切手(1945)

 これは、1947年にイタリアで発行された25リラの速達切手です。ガンバ大阪のガンバとは、“脚”を意味するイタリア語のgambaと日本語の“頑張る”をかけたものだそうですが、そのイタリアの脚が大きく描かれているのがこの切手です。

 イタリアでは、王制時代の1902年から1970年代まで速達料金用の切手を発行していました。当初は、国王の肖像と速達を示す“ESPRESSO”の文字を組み合わせたデザインでしたが、1945年8月に女神イタリアのデザインのものが登場。さらに、同年、今回ご紹介のものと同じデザインの5リラ切手が発行されました。なお、この間の1932年にはローマ進軍10周年の記念速達切手も発行されています。

 翼の生えた脚というモチーフは、ローマ神話の商業神・マーキュリーのシンボルとされています。マーキュリーは、ラテン語読みではメルクリウスで、ギリシャ神話のヘルメスと同一視されています。ヘルメスは、ゼウスとマイアの子でオリュンポス12神の1柱。 旅人、泥棒、商業、羊飼いの守護神で、神々の伝令役であることから通信の象徴ともされており、ギリシャの切手でもおなじみです。ギリシャ切手のヘルメスは顔の部分だけですが、神話では、ヘルメス翼のある帽子とサンダルを身につけ、2匹の蛇が巻き付いた杖(カドゥケウス)を持った若者の姿で描かれることが多く、ヘルメスと同一視されるマーキュリーにもそうしたモチーフが受け継がれることになりました。

 洋の東西を問わず、切手のモチーフにはその国の神話から題材を取ったものが少なからずありますので、それらをフォローしてみるとなかなか楽しいものです。先日刊行したばかりの拙著『年賀切手』でも、切手に取り上げられた郷土玩具にまつわる神話や伝承をいろいろとご紹介していますので、機会がありましたら、ぜひご一読いただけると幸いです。


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 ビルマの竪琴
2008-12-21 Sun 18:25
 竹山道雄の小説「ビルマの竪琴」の主人公・水島上等兵のモデルといわれる僧侶・中村一雄さんが17日に亡くなっていたそうです。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。というわけで、今日はこんなモノをもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 被武装解除軍人郵便(ビルマ)

 これは、第二次大戦後、ビルマのミンガラドンから旧日本兵が差し出した“被武装解除軍人郵便“のレターシートです。『ビルマの竪琴』に登場する旧日本兵たちが日本宛に差し出した郵便物というのは、大体、こんな感じのモノというイメージで良いのかと思います。

 カバーの差出地となったミンガラドンはラングーン(ヤンゴン)の北の郊外にあり、ラングーン国際空港や工業団地がある地域です。ちなみに、『ビルマの竪琴』の舞台となったムドンは、ビルマ南部のモールメン(モーラミャイン)からさらに南へ30キロ、ラングーンからはバスで13時間、鉄道で8時間の地点にあります。

 1945年9月の降伏文書調印を受けて、ビルマでも駐留日本軍の武装解除が行われ、旧日本軍将兵は捕虜として収容所に送られました。そうした彼らを対象に行われた捕虜郵便が“被武装解除軍人郵便”です。いわゆる捕虜郵便の一種ですから料金は無料で、今回ご紹介のマテリアルも切手は貼られていません。

 現在残されている被武装解除軍人郵便の多くは葉書ですが、“被武装解除軍人郵便”との表示の仕方などは地域によってまちまちです。今回ご紹介のマテリアルの場合は、カバーの上部に赤いスタンプで“被武装解除軍人郵便”と押されていますが、日本到着時に、その上から検閲テープが貼られてしまったため、少し見づらいのが残念です。

 差出人の書き込みによると、このカバーは1946年10月5日の差出ですが、レターシートの内側には「終戦後、紙面の関係上また一度もお便りせず失礼致しております」との一文がありますので、差出人にとっては、これが捕虜となって最初に差し出せた日本宛の手紙だったようです。

 このほかにもレターシートには「本年中に帰れるとしたら上々吉で、3月頃まで帰れればまづよい方だと思います」との一文があります。『ビルマの竪琴』は、当初、1947年3月から1948年2月まで雑誌『赤とんぼ』に連載されていましたから、タイミング的には、この差出人も雑誌の連載を目にしていたかもしれませんね。もっとも、現実には、ビルマの上座部仏教では僧侶が音楽を奏でることは戒律で禁止されているそうで、『ビルマの竪琴』の物語は根本的に成立しえないという指摘もありますし、実際にビルマでの捕虜体験のある人たちに言わせれば、「『アーロン収容所』は事実だが、『ビルマの竪琴』は単なるお話だよ」ということのようですが…。


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 アイスホッケーの募金切手
2008-12-20 Sat 09:24
 きのう(19日)、アイスホッケー・アジアリーグの西武が今季限りでの廃部を正式発表しました。名門チームの廃部はさびしい限りですが、昨今の経済状況ではやむを得ないということなのでしょうか。というわけで、今日は惜別の意をこめて、アイスホッケーの切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 札幌五輪募金(アイスホッケー)

 これは、1971年2月6日に発行された札幌オリンピックの寄附金つき切手のうち、アイスホッケーを描く1枚です。

 1966年4月、ローマで開催された国際オリンピック委員会(IOC)総会で、1972年のオリンピック冬季大会を北海道・札幌で開催することが決定されました。

 これを受けて、翌1967年7月、「札幌オリンピック冬季大会の準備等のために必要な特別措置に関する法律」(札幌五輪特措法)が公布され、政府として札幌五輪に向けた準備が始まります。そして、その一環として、1964年の東京オリンピックならびに1970年の大阪万博の先例に倣い 、寄付金つき切手が発行されることになりました。

 ただし、昭和45年度の特殊切手発行計画が審議された1970年2月2日の郵政審議会専門委員打合会の時点では、目前に迫った大阪万博関連の切手類の調製の見通しが立たなかったこともあって、最終的に発行時期が確定されたのは同年6月のことで、切手の発行日は、オリンピックの1年前にリハーサルを兼ねて開催された札幌国際冬季スポーツ大会(プレ・オリンピック)の開会式が行われる1971年2月6日とされました。

 ところで、1970年は大阪万博の年で、札幌オリンピックの関連イベントは北海道内で細々と行われていただけで、国内の他の地域の話題は万博一色というのが実情でした。

 ところが、年が明けて1971年になり、寄付金つき切手のデザインが発表されると、にわかに、札幌オリンピックに対する国民の関心が高まり始め、プレ・オリンピックの開催で一挙にも札幌オリンピックへの注目が高まることになります。その意味では、切手がオリンピックへの関心を盛り上げるきっかけになったといえるかもしれません。

 ちなみに、切手(2種)の売上によって集められた寄付金は、必要経費などを差し引くと1億8330万円となりましたが、この金額は財団法人・スポーツ振興資金財団に配分され、選手村の食堂と厨房、サプライセンター、外国人プレスA地区の建設費用に充てられました。

 なお、今回ご紹介の切手についての詳細は、拙著『一億総切手狂の時代』でまとめておりますので、よろしかったら、そちらもご覧いただけると幸いです。


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 幻の金正日暗殺計画
2008-12-19 Fri 12:21
 朝鮮中央通信によると、きのう(18日)、北朝鮮の国家安全保衛部スポークスマンは、金正日労働党総書記を標的にしたテロ計画を摘発し、暗殺を未然に阻止したと発表したそうです。というわけで、今日はこんな1枚をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 朝鮮人民軍創建60周年慶祝閲兵式

 これは、1993年7月、北朝鮮が発行した“祖国解放戦争(北朝鮮における朝鮮戦争の呼称)勝利40周年”の記念切手で、前年の1992年4月25日、朝鮮人民軍の創建60周年を記念して平壌中心部で行われた大規模軍事パレードの写真が取り上げられています。

 北朝鮮の国軍に相当する朝鮮人民軍が実際に創立されたのは1948年2月8日ですが、1978年以降、北朝鮮当局は、朝鮮人民軍のルーツは抗日闘争の時期の“朝鮮人民革命軍”であると主張し、朝鮮人民革命軍が結成された(と北朝鮮が主張する)1932年4月25日を朝鮮人民軍創建の日としています。切手の写真の閲兵式もこの日付から起算して60周年の記念日に行われたもので、当日は朝鮮人民軍創建60周年の記念切手も発行されました。

 さて、式典は1992年4月25日午前10時に始まった。まず、閲兵式開始の報告を受け、4月21日に元帥称号を授与されたばかりの金正日が「英雄的朝鮮人民軍将兵諸君に栄光あれ!」と応答。その後、徒歩部隊の行進に続き、各種車両部隊が金日成・金正日父子の閲兵を受けています。なお、パレードに参加した陸戦車両の大半は、兵器図鑑などには掲載されていない“主体的な工夫”が施された国産兵器でした。

 ところで、このパレードの機会をとらえて、朝鮮人民軍副参謀総長だった安鐘鎬らは、首都保衛司令部戦車師団を動員して金日成・正日父子の暗殺とクーデターを計画しています。しかし、閲兵式の直前、人民武力部(国防省に相当)戦車教導指導局長の朴基西(金日成の従弟)が、首都保衛司令部戦車師団のパレード参加に異議を唱え、みずからの隷下の戦車師団を出動させるよう主張し、この主張が容れられたため、クーデター計画は未遂に終わりました。

 その後、計画は闇に葬られていましたが、1993年3月ごろ、旧ソ連時代の情報関係者筋から発覚し、計画に関与した将校はすべて逮捕・処刑されています。ちなみに、計画参加者は、全員、モスクワのフルンゼ総合軍事大学への留学経験のあるエリート将校だったため、事件はフルンゼ事件と呼ばれることもあります。

 ちなみに、この切手の発行の名目となった1993年7月の“祖国解放戦争勝利40周年”に際しては、金日成から金正日への権力世襲の総仕上げとして、「金正日最高司令官を最高主権者として推戴する大軍事パレード」も企画されています。

 ただし、こちらのパレードは、直前になって、急遽、軍事パレードではなく“平和的市民パレード”に変更されました。これは、当時の金正日がいわゆる“瀬戸際外交”を展開し、極東情勢が極度に緊張したことを懸念した金日成の指示によるものとされています。じっさい、パレード当日、主席壇上に姿を見せた金日成の両脇には、シアヌーク・カンボジア国王とアラファトPLO議長が並んでいましたが、これは、当時、国連・アメリカの意向を受けて和平推進路線を採っていた2人の指導者を招待することによって、金日成みずから国際社会への強調・和平の意思を明らかにしたものとして注目されました。

 なお、1994年7月に金日成が亡くなる直前の朝鮮半島の緊迫した情勢については、拙著『韓国現代史:切手でたどる60年』でもいろいろと解説していますので、機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。


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 クウェート発の飛行機
2008-12-18 Thu 12:13
 昨日(17日)、イラクの復興支援のため、2004年3月から多国籍軍の物資の空輸などを担当してきた航空自衛隊の撤収式典がクウェート市郊外のアリ・アル・サーレム空軍基地で行われ、式典後、最後まで同基地に残っていた1機が隊員14人を乗せて日本に飛び立ったそうです。というわけで、きょうはこんな1枚をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 クウェート加刷(航空切手)

 これは、1933年に発行されたクウェートの航空切手の1枚です。

 ペルシャ湾の北端に位置するクウェートの歴史は、西暦18世紀にアラビア半島内陸から移住してきた部族がこの地域に移住してきたところから始まります。その後、現在のクウェート市を含む地域一帯は、現在のクウェート国家の首長家であるサバーフ家が完全に掌握しますが、サバーフ家はオスマン帝国の宗主権を認め、その支配地域は、名目的に、帝国のバスラ州に属することになりました。

 ところで、当時のクウェートは地の利を生かした港町だったため、イラン方面への南下政策を取っていた帝政ロシアや、イスタンブールとバグダードを結ぶ鉄道建設を進め、いずれはその路線をペルシャ湾岸まで延長しようとしていたドイツなどにとって、魅力的な存在でした。このため、インド防衛の観点から両国の進出を警戒したイギリスは、1899年、主権者であるオスマン帝国の頭越しに、サバーフ家の支配地域としてのクウェートを保護国とする条約を調印します。その内容は、イギリスの軍事力によって保護される代わりに、イギリスの許可なく他国と交渉したり、他国から援助を受けたりしないというものでした。

 こうして、クウェートを保護国化したイギリスは、1904年8月、ブシール(ペルシャ湾岸のイランの港町)経由での郵便サービスを開始します。当初、この地域で使われていたのは英領インドの切手で、1915年1月には英領インド郵政が常設の郵便局を開設。その後、1923年からは英領インド切手に“KUWAIT”の文字をプリントしたクウェート独自の切手が使われるようになりました。今回ご紹介の切手も、その1種で、1929年発行のインドの航空切手に“KUWAIT”の文字を加刷したものです。

 切手を見ている分には、こういうクラシックな複葉機での優雅な飛行も良いものだなと思ってしまいますが、実際のクウェート上空をオープン・エアの状態で飛んでみたら、暑さや砂埃で、かなりしんどい思いをしそうです。

 それにしても、新聞の報道では、今回、クウェートを撤収した空自の輸送機は、19日から21日ごろにかけて小牧基地(愛知県)に到着だとか。あらためて、遠い異国の地で過酷な任務を果たされた隊員の皆さんには「お疲れ様でした」と申し上げたい気分です。


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 きょうから羽子板市
2008-12-17 Wed 14:07
 きょう(17日)から、東京・浅草の羽子板市が始まります。というわけで、定番ネタのこの1枚をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 はねつき

 これは、1948年12月13日に発行された1949年用の年賀切手で、振り袖姿で羽月をする少女が描かれています。

 1946年、逓信省は戦時下で中断されていた年賀郵便の特別取扱を同年末に復活させるべく準備を始め、1947年用の年賀郵便の取扱期間を12月21日から25日としたうえで「なるべく早目に御出し下さい」「一枚毎に年賀と朱書して郵便局へ御持ち下さい」などの文言が入ったポスターも作っています。しかし、このときは時期尚早として年賀郵便の復活は実現せず、年賀郵便の特別取扱が復活したのは、戦後復興に伴い経済状況が好転し始めた1948年12月15日のことでした。

 これに合わせて、1948年12月13日、今回ご紹介する戦後最初の年賀切手が発行されました。印面寸法は1937年の愛国切手と同じ22.5×33ミリですが、このサイズの切手としては戦後最初のものです。シート構成は10×5の50面で、シート上部の耳紙には「昭和二十四年年賀用郵便切手」の題字が入っています。

 なお、今回の切手は、当時の用紙事情の悪さから私製はがきの利用はあまり見込めないとの見通しから、750万枚しか発行されませんでした。これは、直前の11月29日に発行された『切手趣味週間』(いわゆる“見返り美人”) の150万枚や、赤十字共同募金 ならびにアルコール専売制度十周年 の240万枚に比べるとはるかに多いものですが、戦前の年賀切手のうち最も発行数の少ない昭和13年用の“しめ縄”でさえ3億2705万枚であったことを考えると、相当に抑えた数字といってよいでしょう。ちなみに、1949年用の年賀状の引受数は約6900万通で、戦前の特別取扱の最後となった1939年用の年賀状1億5000万通に遠く及びませんでした。

 さて、先日出来上がってきたばかりの拙著『年賀切手』では、今回ご紹介の“はねつき”をはじめ、昭和の年賀切手についてさまざまな角度からいろいろと解説しております。奥付上の刊行日は今月25日ですが、すでに、アマゾン7&Yなどでは取り扱っておりますので、年末年始のお供に、ぜひ、お手に取っていただけると幸いです。


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 世界のダム:ユーフラテス・ダム
2008-12-16 Tue 13:14
  (財)建設業振興基金の機関誌『建設業しんこう』の12月号が出来上がりました。僕が担当している連載「切手の中の世界のダム」では、今回は、この1枚を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

 ユーフラテス・ダム

 これは、1978年にシリアが発行したユーフラテス・ダムの切手です。

 トルコ北東部の山地を源流とする大河・ユーフラテス川は、シリア領内に入ると、ベリク川とカブール川の2本の支流と合流し、水量・川幅を増してイラクへと下っていきます。このベリク川との合流点から60 kmの上流に建設されたのがユーフラテス・ダムです。

 東西冷戦下では、アメリカのイスラエル支援に対抗して、ソ連はイスラエルと敵対するエジプトやシリアを支援していました。1967年の第3次中東戦争でシリアは大敗を喫し、ゴラン高原を失いますが、これを契機として、シリアの支配政党であったバアス党内では急進派と穏健・現実主義派が対立。最終的に、ハーフィズ・アサド率いる穏健派が1970年にクーデターで実権を掌握し、アサド政権は、従来以上にソ連への傾斜を強め、ユーフラテス・ダムの建設に際してもソ連から資金と技術の両面で多大な援助を引き出すことに成功しています。こうして、1975年、高さ60m、長さ4.5km、底幅512m、頂幅19mの巨大ダムが完成しました。

 ダムの左岸には大規模な灌漑施設がありアレッポ方面への農業用水を提供しています。また、右岸の発電施設は1978年から稼働し、10機合計88万kwの発電能力を誇っていますが、これはシリア全体の発電量の1割強に相当しています。

 今回ご紹介の切手は、1978年の発電開始を記念して発行されたもので、右側の肖像は大統領のアサドのもの。ダムによってつくられた人造湖は、彼の名を冠して“アサド湖”と呼ばれています。


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 年賀状はお早く
2008-12-15 Mon 11:24
 きょう(15日)から年賀郵便の特別取り扱い期間がスタートし、年賀状の受付が始まりました。というわけで、こんなモノをもってきました(画像はクリックで拡大されます)

 年賀状はお早く(標語印)

 これは、1935年12月17日、駒込から差し出された葉書で、「年賀状はお早く」との標語印が押されています。

 年末の一定期間に、年賀状を一般の郵便物を区別して取り扱う年賀郵便制度は1906年に制定されました。この年末年始に取り扱われた年賀状の数は全国でおよそ4億通といわれています。

 その後、関東大震災の起こった1923年末と大正天皇が亡くなった1926年末の中断を除き、年賀状の取り扱い数は年々増加し、わが国最初の年賀切手の対象となった1936年度には、およそ8億5000万通に達しました。

 ところが、年賀状の差出はどうしても年末ぎりぎりに集中し、逓信省としては対応に苦慮していました。すなわち、昭和10年度の年賀郵便の特別取扱期間は1934年12月20日から29日まででしたが、実際にこの期間内に差し出される年賀状は全体の70%にすぎず(逓信省の目標は99%)、さらに、全体の40%が取扱期間最終日の29日に集中していました。このため、逓信省では、立看板、ポスター、ビラ、新聞報道、ネオン等あらゆる宣伝手段を用いて、年賀状の早めの差出を利用者に呼びかけていましたが、効果はあまりありませんでした。

 そこで、昭和11年度に関しては、前年までとは趣向を変えて、年賀切手を発行し、年賀日附印を使用することによって、年賀郵便の特別取扱期間の周知徹底をはかることが企画されます。その結果、1935年12月1日に富士山を描く日本最初の年賀切手が発行されたわけですが、その援護射撃として、今回ご紹介しているような標語印も使用されたというわけです。

 ところが、1937年7月に日中戦争が始まると非常時ゆえに年賀状を自粛すべきとの空気が急速に広まり、翌1938年用の年賀郵便物の取扱も前年の半分以下の3億2500万通にまで激減。さらに、1939年用の年賀郵便物はさらに半減して1億5000万通にまで落ち込んでしまいます。その結果、1940年には戦時下の虚礼廃止を理由に年賀郵便の特別取扱そのものが廃止されてしまいました。

 その後、年賀郵便の特別取り扱いは、戦後の1948年12月15日(ちょうど60年前のことですな)に復活するまで中断してしまいます。あらためて、年賀状を当たり前のように出せる平和な世の中のありがたみを感じさせられますな。

 さて、このたび刊行の拙著『年賀切手』は、昭和の年賀切手に関する情報を網羅的に集めた“読む事典”ですが、年賀状全般についてもいろいろと解説しています。年末年始はぜひ、コタツにミカンにこの一冊でお楽しみいただきますよう、お願い申し上げます。

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 「仮面舞踏会」の生みの親
2008-12-14 Sun 15:36
 昨日(13日)、韓国の高陽で行われたフィギュアスケートのグランプリ(GP)ファイナルは、ショートプログラム(SP)で2位だった浅田真央が逆転優勝を飾りました。というわけで、きょうはこの1枚をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ハチャトゥリアン

 これは、昨日の浅田の演技で使われた楽曲「仮面舞踏会」の作者・アラム・ハチャトゥリアンの没後5周年にソ連(当時)で発行された切手です。

 ハチャトゥリアンは、1903年5月24日(グレゴリオ暦では6月6日)、アルメニア人製本工の息子として、グルジアのトビリシに生まれました。 カフカス地方で民族音楽に親しみながら育ち、ロシア革命後の1921年、大学入学のためモスクワに向かう途中でに演奏会に出たのがきっかけで音楽の才能を認められ、音楽の勉強を正式に始めたという伝説が残っています。

 1934年にモスクワ音楽院を卒業後、1936年に 「ピアノ協奏曲 変ニ長調」で名声を博しましたが、スターリン時代後期の1948年、「形式主義的退廃音楽家」との烙印を押され、一時は不遇の時代を過ごしました。

 スターリン死後の1956年、母校・グネーシン音楽学校とモスクワ音楽院で教授に就任して復活を果たし(完全な名誉回復は1959年)、以後、ソ連を代表する作曲家・指揮者として、ロコフィエフ、ショスタコーヴィチと共にソヴィエト3巨匠の一人と称され、1978年に亡くなりました。

 「仮面舞踏会」は、もともとは、ロシアの文豪、ミハイル・レールモントフの戯曲『仮面舞踏会』の劇音として1940年に作られたもので、もともとは14曲構成でした。1943年、ハチャトゥリアンはそのうちの5曲(ワルツ、ノクターン、マズルカ、ロマンス、ギャロップ)を選んで『組曲』に再編成しましたが、浅田が演技に用いたのは、そのうちのワルツです。

 レールモントフの物語は、19世紀のロシアの貴族社会を舞台としたもので、主人公のアルベーニンはかつては凄腕の賭博師でしたが、現在では妻のニーナと平穏な生活を送っていました。ある日、2人が久しぶりに賭博場へ行くと、負けが込んで全財産を失う寸前の若い公爵がいたため、同情したアルベーニンは代わりに博打を打ってやり、公爵の失った財産をとりもどしてやります。
 
 後日、アルベーニンとニーナは仮面舞踏会へ行き、ニーナはブレスレッドをなくしてしまいます。一方、公爵はある男爵未亡人を口説いていましたが、その気がなかった未亡人は拾ったブレスレッド(ニーナが落としたもの)を公爵に与えて逃げていきます。ブレスレッドを受け取った公爵は、自分が口説いた女からの贈り物をアルベーニンに見せて自慢しますが、アルベーニンは、そのブレスレッドがニーナのものと気づき、公爵と妻の不貞を疑います。

 嫉妬に狂ったアルベーニンは、妻の殺害を決意。彼女を再び仮面舞踏会に連れて行き、毒入りのアイスクリームをニーナに与えました。ニーナがアイスクリームの毒で苦しみ始めると、アルベーニンは彼女と侯爵との関係を詰問。ニーナは苦しみながらも疑惑を否定し、身の潔白を訴えて死んで行きます。

 ところが、かつて賭博でアルベーニンに負けて破産した男が、アルベーニンがアイスクリームに毒を盛るところを目撃していて、「お前が妻を殺したのだ」とアルベーニンを責めます。さらに、公爵と男爵未亡人が現れ、ブレスレッドの一件の真相を告白。無実の妻を疑い、殺害してしまったアルベーニンは罪悪感から発狂してしまいますが、かつて彼に負けて破産した男は偶然にも復讐に成功することになる…。

 物語のストーリーを要約すると以上のようになりますが、浅田の演技に使われたワルツは、ニーナが夫からの毒入りアイスクリームを食べた最後の仮面舞踏会の時の舞曲で、彼女が帰宅後、舞踏会の余韻に浸り回想する場面のために作曲されたものだそうです。ということは、演技後半の激しい回転は、毒がまわってのたうちまわっている断末魔の場面ということなんでしょうか。もっとも、あれだけ激しい演技を続けていれば、毒がまわっていなくたって、苦しいんだろうなぁ、と素人ながらに考えてしまう内藤でした。

 *昨日のお昼頃、カウンターが44万PVを越えました。いつも遊びに来てくださっている皆様には、あらためてお礼申し上げます。


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 GM
2008-12-13 Sat 11:28
 経営難に陥っていたアメリカの自動車大手3社(いわゆるビッグ3)救済のための法案は、上院で民主・共和両党の調整がつかず、審議が終了。アメリカ議会が年内に救済法案を可決することは絶望的となりました。これに対して、アメリカ政府は、最大7000億ドルの公的資金を政府が活用できる緊急経済安定化法の適用を含む支援を行う考えを表明したことで、とりあえず、当面の危機は回避されたとみられていますが、危機的な状況はしばらく続きそうです。

 というわけで、今日はビッグ3がらみのネタの中から、こんなモノをもってきました。(画像はクリックで拡大されます) 

 GM切手帳ペーン

 これは、デンマーク1933年シリーズの10オーレ切手の切手帳ペーンで、ビッグ3の筆頭、GM(ゼネラル・モーターズ)インターナショナルの広告がタブに入っています。

 GMは、1908年9月16日にウイリアム・C・デュラントがミシガン州フリントで組織した持株会社がそのルーツです。デュラントは、ビュイック・モーターの社長として同社を全米有数のメーカーに育て上げた人物で、GMの創設後、キャディラック、エルモア、オークランド(後のポンティアック)などを次々に買収して事業を拡大。1920年にはフォードを抜いて世界最大のメーカーとなりました。

 初期のフォードが1つの車種を世界中で生産して大量生産によるコスト削減を実現したのに対して、GMは「どんな予算でも、どんな目的でも」をスローガンとして掲げて複数のブランドを展開。世界各地のニーズに合わせて、多種多様な車種を供給することで事業を拡大しています。このため、南北アメリカ、ヨーロッパ、アジア、オーストラリアなど世界中に生産拠点が設けられました。今回ご紹介の切手帳が発行されたデンマークでは、1923年からGMインターナショナルの名で事業が展開されています。

 現在のGMの苦境は、2000年頃からの世界的なエコ意識の高まりの中で、消費者が燃費の良いサブコンパクトカーやハイブリッドカーにシフトしていたにもかかわらず、小型車部門の整理・縮小を行ったことや、2001年の同時多発テロ事件後に販売量が落ち込んだ際も生産量を落とさなかったため在庫が増加したことなどに端を発しているとされています。また、在庫を処理するために販売店へのインセンティブの引き上げや値引き販売を激化させたことが傷口を広げたほか、過去の従業員の退職年金や医療費負担なども財務を圧迫し続けていました。そうしたところへ、ガソリン価格の高騰、サブプライムローン問題、さらにはリーマン・ショックが追い打ちとなり、売上が大きく落ち込み、2007年度決算で3兆円という途方もない額の赤字になったというわけです。

 ところで、ここまで事態が悪化した背景には、GMの社風も大きく影響しているように思われます。

 すなわち、GM北米乗用車・トラック部門担当副社長だったジョン・Z・デロリアンによれば、GMの経営陣には、外部や内部からの忠告・提言をたとえどんなものであっても拒絶する風潮が強いと述べています。また、ピーター・ドラッカーが、1946年に発表した『会社という概念』(この本は決してGM批判の書ではなく、どちらかというと、GMに対して好意的な内容とされています)の中で「(GMは)戦後期には組織・事業・目標を見直す必要がある」と書いただけで、GMの幹部が激怒したというエピソードもあります。その背後には、「GMは世界一なのだから、批判はもってのほか」という思い込みがあったとのことですが、彼らはそのツケをいま払わされているということなんでしょうか。

 なお、ビッグ3の残りの2社のうち、フォードに関しては以前の記事でも取り上げたことがあります。次にビッグ3のことを取り上げるときには、クライスラーについても何か書かないといかんでしょうな。


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 年賀切手
2008-12-12 Fri 12:36
 以前からこのブログでもご案内しておりましたが、12月25日付で<解説・戦後記念切手>シリーズの別冊として、日本郵趣出版(切手関係の専門出版社です)から『年賀切手』が刊行となります。その現物が出来上がってきましたので、あらためてご挨拶申し上げます。(画像は表紙カバーのイメージ。クリックで拡大されます)

 年賀切手

 <解説・戦後記念切手>シリーズは、1946年以降、昭和時代(戦後)に発行された記念・特殊切手(ただし公園・年賀切手を除く)について、切手発行の経緯やデザイン、当時の人々の評判などの情報を網羅的にまとめた“読む事典”です。2001年の刊行以来、現在までに刊行済みの第1~6巻では、1946年12月の「郵便創始75年」から1985年の「国際科学技術博覧会(つくば博)」までを採録しています。本書は、それらを引き継ぎ、シリーズ本体で省略してきた年賀切手(戦前発行分はわずか3種ですので、今回はそれらについても“付録”として採録し、昭和の年賀切手全般を通覧していただけるようにしました)について、各切手の解説を別冊としてまとめたものです。

 年賀状の交換は文字通りの国民的行事です。そして、その一翼を担う年賀切手は、お年玉くじの賞品としての小型シートの存在とも相まって、多くの日本人にとって最も身近な切手の一つとなってきました。それゆえ、どのような題材が、どのような経緯で年賀切手に取り上げられたのか、また、そうした切手に対する反響やその時々の年賀郵便の状況はどうであったか、といった点について、基礎的な情報を整理してまとめておくことは、日本の切手や郵便を歴史的・社会的文脈の中で理解する上で意義のあることではないかと思います。

 また、年賀切手の題材には、干支にちなんだ郷土玩具が取り上げられることが多いのですが、それらにまつわる神話や伝承をはじめ、玩具をめぐる歴史と現状についても、本書は幅広くご紹介しております。

 具体的には

 ・最初のお年玉はがきと年賀小型シートが出るまでのいきさつは?
 ・“天皇”がモデルになった郷土玩具の切手とは?
 ・実物の玩具とは似ても似つかないデザインになった切手とは?
 ・年賀はがきの配達にも大きな影響を及ぼした“年末闘争”とは?
 ・昭和天皇が2度もお買い上げになったお気に入りの郷土玩具の切手とは?
 ・昭和天皇のご不例で幻に終わったくじ付き切手とは?

 といったエピソードもご紹介しております。

 なお、年賀切手の場合、一般には“XX年の切手”というイメージが定着しているという事情も考慮し、本書では、各切手の解説記事の後に一頁の囲みコラムとして、その年の主な出来事や書籍、映画、ヒット曲、さらには、その年に発行された代表的な切手などをまとめています。項目の取捨選択に関しては、いろいろとご異議もあるとは思いますが、切手の発行された時代のおおよそのイメージをご理解いただく上で参考にしていただけると幸いです。

 このように、本書はバラエティ豊かな内容で、日本人にとって最も身近な切手である“年賀切手”を通して、昭和史を振り返る1冊となっております。切手収集家のかたがたはもとより、“懐かしの昭和”に興味をお持ちの方にも関心を持っていただけることでしょう。

 奥付上の刊行日は12月25日ですが、一部切手商の店頭などでは、早ければ週明けには実物をご覧いただけると思います。書店等でも実物をお見かけになりましたら、是非、お手にとってご覧いただけると幸いです

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 340年ぶりの里帰り
2008-12-11 Thu 12:02
 宇治平等院鳳凰堂(京都府宇治市)が大改修された1670年に流出したとされる僧侶姿の雲中供養菩薩像が、約340年ぶりに鳳凰堂に里帰りし、きのう(10日)、法要が営まれたのだそうです。というわけで、今日はこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

 雲中供養菩薩像

 これは、第2次国宝シリーズの第3集として“鳥獣人物戯画”とともに、1977年3月25日に発行された“雲中供養菩薩像”の切手です。

 雲中供養菩薩像は、平等院鳳凰堂の本尊、阿弥陀如来像を囲む堂内の長押の上の壁に架けられた52体の菩薩像で、礼拝や音楽の演奏、舞踏などの姿が表現されています。1053年に定朝の工房で作られたものと考えられており、一個の檜材を掘り出して表面には金箔を押し、彩色や切箔の文様が施されています。当時の貴族が憧れた西方の極楽浄土の姿を表現したもので、その造形の巧みさは驚くべきものです。

 切手に取り上げられた菩薩像は、このうち、北10号と呼ばれているもので、鉦鼓のバチを右手に持ち、左手で天衣を握りながら雲上に立ち、右足を踏み上げながら顔を90度右に向けて踊っているポーズを取っています。仏像写真家の米田太三郎が撮影した写真を、渡辺三郎が切手としての原画構成を担当しました。

 今回、里帰りした“菩薩像”は、高さ約57センチ、幅約39センチ。作風や構造が平等院のほかの52体と似ていることから、鳳凰堂から流出したと考えられるとして、文化庁が2004年3月に京都市内の古物商から購入して保管していたものだそうです。

 なお、今回の切手を含む第2次国宝シリーズに関しては、拙著『沖縄・高松塚の時代』でも詳しくまとめていますので、機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。

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 ノーベル賞の原資
2008-12-10 Wed 12:08
 今日(10日)はノーベル賞の授賞式の日です。というわけで、ストレートにこの切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ノーベル

 これは、1946年12月10日、スウェーデンが発行したアルフレッド・ノーベル没後50年の記念切手です。ノーベルを描く切手は世界中から数多く発行されていますが、これがその最初の1枚です。なお、ノーベル賞の授賞式が毎年12月10日に行われているのは、ノーベルの命日にちなむものです。

 1866年のダイナマイトの発明によって、ノーベルが巨万の富を築き、それが現在のノーベル賞の原資となっていることはよく知られていますが、正確にいうと、ノーベル賞の原資には、ダイナマイトや武器産業以外による収益も含まれています。

 すなわち、1878年、ノーベルは兄ルードヴィとロベルトと共に現在のアゼルバイジャンのバクーでノーベル兄弟石油会社(Brothers Nobel を略して Branobel と呼ばれる)を設立しましたが、同社は当時の世界最大の石油会社の一つで、その利益も莫大なものでした。アルフレッドはその個人筆頭株主で、ノーベル賞の原資の12%はその配当によるものです。ただし、1920年4月28日、ボリシェヴィキ政権がバクーを制圧すると、ノーベル兄弟石油会社は接収され国営化されてしまい、現在では残っていません。

 ところで、ノーベル賞はノーベルの遺言によって設けられたものですが、ノーベルは死の1時間前までフツーに生活をしており(脳溢血で突然倒れたそうです)、本人の意識では、その遺言状も確定稿ではなかったのかもしれません。じっさい、現在、ノーベル賞と呼ばれている賞について、ノーベル本人は何ら名前を付けておらず、死後、ノーベル財団によって現在の名前がつけられたものです。

 なお、ノーベル自身は、弁護士という職業の人間を全く信用しておらず、その遺言状も誰も交えずに自筆で書いています。これは、1890年、ノーベルの知人がノーベルの発明に手を加えてイギリスでダイナマイトの特許を取得したことに関して、ノーベルは相手との和解を望んだにもかかわらず、会社や弁護士に説得されて裁判を起こし、結果的に敗訴した体験によるものだとか。このため、自筆の遺言状には、内容的な矛盾も多く、当然のことながら、莫大な遺産をめぐる遺族間のトラブルも深刻なものとなりました。

 歴史にifは禁物ですが、仮に、弁護士が入って関係者の利害を調整した遺言状が作られていたら、現在のノーベル賞は生まれず、僕たちが今年の日本人3人の受賞に喜ぶということもなかったのかもしれませんね。

 
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 4000億ドル輸出の不安
2008-12-09 Tue 13:28
  韓国貿易協会によると、きのう(8日)、韓国の輸出が年間4000億ドル(約37兆1300億円)を突破したそうです。というわけで、今日はこの1枚をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 100億ドル輸出

 これは、1977年12月22日に韓国で発行された「輸出100億ドルの日」の記念切手です。

 日本統治下の朝鮮半島の基本的な経済構造は“南農北工”と呼ばれていました。これは、南部では農業を、北部では工業を優先的に育成するというもので、このため、解放当時の南朝鮮に製造業はなきに等しい状態にありました。

 このため、1948年に誕生した大韓民国は、教育に力を入れて優秀な人材を育て、少ない資源に集中的に投資する戦略を採用。その恩恵を受けた少数の財閥が、日本から原材料やパーツを輸入し、それを加工してアメリカに売るというスタイルで輸出を伸ばし、貿易立国と目指すという方針を採用します。

 この結果、政府樹立から16年後の1964年には、韓国の輸出は、まず1億ドルの壁を突破。その後も、開発独裁を掲げる朴正煕政権の下で、韓国は輸出ドライブ政策を展開し、1971年には輸出10億ドルを突破しました。

 当時の輸出品は、魚介類や木材のほか、工業製品としては合板や繊維など、労働集約的な軽工業製品が中心でした。ただし、この時点では韓国には総合商社は存在しておらず、韓国製品の大半は日本の商社によって主としてアメリカで販売されるという構図になっていました。

 そこで、1975年、韓国政府は、輸出振興政策の一環として綜合商社指定制度を導入。財閥系の総合商社を支援して、日本企業を介さずに、韓国製品を輸出する体制を整えます。その甲斐あってか、1977年、韓国の輸出額は念願の100億ドルを突破し、それを記念して政府主催のさまざまな記念イベントも行われ、今回ご紹介したような記念切手も発行されたというわけです。ちなみに、1977年当時の主要な輸出品は衣類・船舶・履物でした。

 その後も、韓国の経済成長に比例して、年間輸出額は増加の一途をたどり、は続き、1995年の輸出1000億ドル突破を経て2004年には2000億ドルを突破。今回の4000億ドル突破になりました。

 今回の輸出4000億ドル突破に関して、韓国のメディアは「韓国より先に輸出4000億ドルを達成した10カ国が1000億ドルから4000億ドルまで輸出を伸ばすのにかかった期間は平均17.2年だが、韓国はそれより4年以上短い。」として、おおむねマンセー報道をしています。たしかに、韓国市場初の輸出4000億ドル突破というのは快挙なのかもしれませんが、冷静に考えると手放しで喜べないように感じるのは僕だけではないと思います。

 そもそも、建国以来、韓国経済は、輸出面では対米依存度、輸入面では対日依存度が高いため、アメリカ向けの輸出が増加すれば、必然的に中間財、資本財を中心に日本からの輸入も増加するという構造になっています。じっさい、韓国全産業の輸入誘発係数(最終需要が1単位増加した場合、どの程度輸入が増加するかを示す係数)は、一貫して日本の3倍程度という高水準で推移しており、見かけ上の“経済成長”にくらべて生産性は低いのが実情です。

 さらに、今回の4000億ドル突破は、昨年の3576億ドルと比べても大きな伸びですが、このことは、韓国経済の輸出依存度がますます高まっていることの裏返しともいえます。とはいえ、もともと人口4860万人規模の国では内需の拡大といってもおのずから限界がありますから、今後も韓国が輸出依存の構造を脱却するのは極めて困難でしょう。したがって、世界経済全体が縮小傾向にある中で、韓国経済の受けるダメージは他国に比べてより深刻なものとなるわけで、今回のニュースにもかえって不安を感じる外国人は少なくないのではないでしょうか。

 なお、拙著『韓国現代史:切手でたどる60年』では、昨年までの韓国経済の流れについても概観しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。

 
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 パールハーバーの仇討
2008-12-08 Mon 15:18
 きょうは“真珠湾”の日です。というわけで、きょうはこんなモノをもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 愛国カバー(1947)

 これは、アメリカの“愛国カバー”の1種で、1947年1月18日、ペンシルバニア州ジャネットからニュージーランドのクライストチャーチ宛に差し出されたものです。

 封筒に描かれているカシェは、刀を持った日本の軍人のところに“REMEMBER PEARL HARBOR”と書かれた爆弾が突っ込んでいる図で、その下には「1945年9月2日(=対日戦勝利の日)、仇を取った」との文言も見えます。また、上下には「われらがアメリカ海軍が1番」というスローガンも入っており、ある意味で非常にわかりやすいものとなっています。

 カシェに記されている“1945年9月2日”との日付からも明らかなように、このカバーは第2次大戦の終結後に作られたものですから、戦時下での戦意高揚よりも、アメリカの勝利を寿ぐという面に力点が置かれたものです。特に、戦争に勝って“仇を取った”という文言も、“自由と民主主義のための戦い“などという嘘っぽい大義名分と比べて、当時のアメリカ国民の正直な感情を表しているのであろうと思います。

 このカバーが差し出された1947年1月の時点では、いわゆる戦犯裁判が行われていた時期ですが、こうした“仇討”の感覚が蔓延する中では、公正な審理なんて望むべくもなかったであろうことは容易に想像がつきますな。

 ただし、当時のアメリカにも、ロバート・タフト上院議員のように、ナチスの戦犯を裁くニュルンベルク裁判を“勝者による恣意的な裁き”と批判していた人々が少数ながらいたことも事実です。東京裁判についてのタフトの発言は確認できませんでしたが、同様のロジックでいえば、当然、彼は東京裁判についても批判的に見ていたと考えるべきでしょう。こうした人物が、いろいろと批判を浴びながらも、政界の実力者であり続けたところは、ある意味で、アメリカという国の底力といえるのかもしれません。

 なお、タフトに関しては、拙著『大統領になりそこなった男たち』でも1章を設けてご紹介していますので、機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。

 
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 メッカ巡礼の切手
2008-12-07 Sun 22:51
 毎年イスラム暦12月のズー・ル・ヒッジャ(巡礼月)の間に、全世界のムスリム(イスラム教徒)がサウジアラビアの聖地メッカを訪れる大巡礼が今日(12月7日)、クライマックスを迎えました。というわけで、メッカ巡礼がらみのネタということで、こんなモノをもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 巡礼記念

 これは、1925年7月1日(イスラム暦では1343年ズー・ル・ヒッジャ月9日に相当)、現在のサウジアラビアの前身にあたるイブン・サウード政権がメッカ大巡礼を記念して発行した切手です。

 第一次大戦中の1916年に起こったアラブ反乱以来、メッカとメディナの両聖地を含むアラビア半島の紅海沿岸地域は、オスマン帝国時代、メッカの太守であったシャリーフ・フサインのヒジャーズ政権の支配下に置かれていました。しかし、1924年8月、ナジュド(アラビア半島中央部)のスルタンであったイブン・サウードの軍がヒジャーズに侵攻。ヒジャーズ側は敗退を重ね、翌1925年12月には、最後まで残っていたメディナとジェッダが相次いで陥落し、イブン・サウードはヒジャーズをも支配下に収めます。

 イブン・サウード政権が基盤としていたナジュドでは、オスマン帝国時代の1902年から1916年にかけてオアシス都市のフフーフに郵便局が設置されましたが、この郵便局は周辺地域におけるオスマン朝のプレゼンスを示すことを目的として設置されたもので、その後も、ナジュドにおいて近代郵便制度が本格的に導入されたとはいいがたい状況が続いていました。また、第一次大戦中の1917年11月、この地に派遣されたイギリスの軍事使節団が野戦郵便局を設置したこともありましたが、この郵便局も翌1918年7月には閉鎖され、以後、ナジュドでは近代郵便制度は全く行われていません。

 このように、1924年にヒジャーズの主要部分を制圧した時点でのイブン・サウード政権は、郵政実務の体験はほぼ皆無であり、このため、当初、彼らは占領地域に郵便サービスを提供することができず、旧シャリーフ政権の郵政機関の接収が本格的に行われるようになったのは、戦闘による混乱がひとまず落ち着いた1925年3月以降のことでした。

 当初、イブン・サウード政権には独自の切手を発行するだけの余裕がなかったため、彼らは接収した切手類に「ナジュド・スルタン郵政:1343年」との加刷を施したものを発行しました。ただし、イブン・サウード政権の担当者は、各郵便局などに残されていた在庫を全て接収し、それらに対して無作為に加刷を行ったため、加刷の台切手には旧シャリーフ政権の切手のみならず、各種印紙やはなはだしくはオスマン朝時代の切手も用いられています。おそらく、当初、郵政実務の経験がなかった彼らは、旧シャリーフ政権とオスマン朝の切手や各種の印紙を区別するという認識はなく、あくまでも現実的かつ暫定的な措置として、こうした加刷切手を発行していたのでしょう。

 しかし、イブン・サウード政権は、次第に、加刷切手の発行が自らの存在や正統性を内外に誇示する手段であることを認識し、メディアとしての切手を活用していくようになります。今回ご紹介している切手はその顕著な例といえます。

 すなわち、この年の大巡礼は、イブン・サウード政権にとって、メッカの実効支配者としての地位をイスラム世界に広く認知させるうえで、きわめて重要な意味を持つものでした。この重要なイベントにあわせて、彼らが切手上に施した加刷の表記は「ナジュドのスルタン統治下での最初の大巡礼記念:1343年」となっており、切手を通じて“ナジュドのスルタン”が聖都メッカの守護者としての正統性を有していることを訴える内容となっています。

 さて、今回のメッカ大巡礼に関しては、パレスチナ自治区ガザを支配している強硬派のハマスが、穏健派ファタハとの対立から、ガザ住民のメッカ巡礼を阻止し、自治政府のアッバス議長が「このような事態はパレスチナの歴史で初めてだ。イスラエルでさえ巡礼を妨害しなかった」と述べてハマスを批判しています。メッカ大巡礼はムスリムにとってきわめて重要な意味をもつものだけに、それが政治的に利用されるという状況は、いまも昔も変わらないということなのでしょうか。
 

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 24日まで待て
2008-12-06 Sat 23:18
 きょう(12月6日)は、サンタクロースのモデルとなった聖ニコラオスの祝日です。というわけで、今日はこの1枚をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 聖ニコラオス(ウクライナ)

 これは、2001年11月16日にウクライナで発行された聖ニコラオスの切手です。
 
 ニコラオスは小アジアのローマ帝国リュキア属州のミラの町に生まれたキリスト教の司教で、西暦352年12月6日に亡くなったことから、毎年、12月6日が彼の祝日になりました。

 伝承によると、ニコラオスは、貧しさゆえに結婚の持参金を用意できず、身売りされそうになっていた娘を救うため、彼女の家の煙突から金貨を投げ入れ、娘を救ったとされています。このとき、ニコラオズが投げ入れた金貨が、たまたま、暖炉に下げられていた靴下に入ったことにちなみ、靴下にプレゼントを入れる習慣が生まれることになったのだとか。

 ちなみに、ニコラオスにはこのほかにもさまざまな伝説があり、第1回ニカイア公会議で議論に激してアレイオスを殴ったため破門されたものの、イエス・キリストと聖母マリアが幻で現れ、ニコラオスの潔白を証したため、破門が解かれたとされたことにちなみ、“無実の罪に苦しむ人”の守護聖人ともされています。また、海運の守護聖人でもあり、海運国オランダでは“シンタクラース”(セント・ニコラオスのオランダ語風発音)”としてまつられていました。これが、17世紀以降、北米に入植したオランダ人たちによって“サンタクロース”として伝えられたのが、現在のサンタクロースの直接の語源と言われています。

 今回ご紹介の切手はウクライナ発行のものですが、ウクライナを含む東方キリスト教世界では、サンタクロースは聖ニコラオスそのものとされているため、子どもが靴下を枕元に吊るしておいてプレゼント(お菓子だそうです)をもらうのは、聖ニコラオスの祝日である12月6日であって、いわゆるクリスマス・イブの24日ではないのだとか。そういえば、まだ僕はクリスマス・プレゼントを用意していませんねぇ。まぁ、僕からクリスマス・プレゼントをもらおうというメンバーの中には、正教徒は一人もいないはずですから、聖ニコラオスの祝日ではなく、24日まで待ってもらいましょうか。
 

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 イエロー・フィーバー
2008-12-05 Fri 12:27
 きょう(5日)はタイのラーマ9世(一般にプミポン国王と呼ばれている方です)の81歳のお誕生日です。というわけで、こんな切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ラーマ9世80歳

 これは、昨年(2007年)5月5日にタイで発行された国王80歳の記念切手です。昨年は80歳の節目の年ということで何回か記念切手が出ましたが、これはその1枚で、国王のシンボルカラーである黄色をベースに金箔押しの処理が施されています。国王のシンボルカラーが黄色というのは、中国の皇帝なんかが黄色を用いたということとは関係なくて、国王が月曜日のお生まれ、ということによるものです。

 日本人が自分の星座を知っているのと同じような感覚で、タイでは自分の生まれた日の曜日を誰もが知っていて、それに基づく占いやまじないがいろいろとあります。生まれた曜日ごとに色が決まっているというのもその一つで、日曜日は赤、月曜日は黄、火曜日はピンク、水曜日は緑、木曜日はオレンジ、金曜日は青、土曜日は紫となっており、各自、自分の生まれ曜日の色を身につける習慣があります。

 このため、国王の生まれ曜日にあたる月曜日には、タイの公務員や銀行員などは黄色を着ることが推奨されており、街中には黄色のシャツの人々があふれかえるという状況になっています。ちなみに、先日の空港封鎖の参加者の多くが、やはり、黄色のシャツを着ていましたが、そこには、国王をないがしろにする(と彼らが理解している)現政権に対して、王室の尊重を訴える異議申し立ての意味合いも込められています。

 数日前、タイの空港封鎖に絡めた記事を書いたら、その直後にPADが空港から撤退し、5日までには正常化される予定と発表されてしまい、なんとなく間の悪い思いをしましたが、考えてみたら、欧米などでのクリスマス休戦と同様、タイ国民にとっては、一大イベントである国王誕生日の休戦というのは自然な流れなのでしょう。

 ちなみに、例年、国王は誕生日の前日に国民に向けてメッセージを発するのが慣例となっていますが、今年は体調不良を理由に取りやめになったとのこと。一部には、政府支持派・反政府派の双方が国王のメッセージを自派に都合よく解釈して政治的に利用することを避けるための措置との観測も流れていますが、なにぶんにも81歳というご高齢ですからねぇ。ここのところの混乱にはさぞやご心痛でしょうし、ちょっと心配です。

 なお、拙著『タイ三都周郵記』でも、タイの王室と切手について、いろいろと紹介していますので、機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。


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 鴛鴦の地のミシュラン
2008-12-04 Thu 19:34
 あす(5日)発売の『ミシュランガイド』の香港・マカオ版に関して、2日に発表された格付けの内容をめぐって、地元のメディアや料理関係者の間では、「外国人と香港人の味覚は違う」、「このガイドは外国人観光客向けにすぎない」などと猛反発が起こっているそうです。このニュースを読んでいろいろと考えるところがあったので、きょうはこんなモノをもってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

 中西文化・小型シート

 これは、2002年10月から導入された中国香港の通常切手“中西文化”シリーズの低額12額面分を収めた小型シートです。

 “中西文化”シリーズは、東西文化の結節点という視点から、香港社会の諸相を切手上で表現しようとしたもので、1枚の切手の画面を左右に分割して、一方に西洋起源のもの、他方に中国の伝統的なものを配したデザインとなっています。このうち、“食”を題材とした切手としては、饅頭とフランスパンを並べ1ドル40セント切手、フォーク・ナイフと蓮華・箸を並べた1ドル80セント切手、缶ジュースと中国茶の缶を並べた1ドル90セント切手、ケーキと中華菓子を並べた2ドル切手の4種類があり、それらは今回ご紹介の小型シートにも収められています。なお、シートの余白には、東西の茶器も並べて描かれています。

 香港で“食”を取り上げた切手といえば、英領時代の1990年に発行された「世界の料理」があります。こちらは、地元の広東料理のみならず、日本やタイ、フランス、インドなど世界各地の料理が取り上げられており、香港における“食”の多様性が表現されていますが、“中西文化”の切手はあくまでも中国と西洋との対比という構図を取っており、香港社会を構成するマイノリティについては関心が払われていません。こうしたところに、社会の“多様性”を嫌い、“中国化”を強烈に推し進めていこうとする中国共産政府の本音が見えているように感じるのは、僕だけではないと思います。

 ところで、“中西文化”の通常切手を導入するにあたって、中国香港郵政は、新切手のコンセプトを表現する例として、茶を取り上げて以下のように説明しています。

 香港の人々は中国茶とイタリアのカプチーノを同じように飲んでいます。実際、古今東西の最良のものを吸収する、こうした能力は、コーヒーと茶をブレンドした「鴛鴦」という名の香港式の飲物が人気を集めていることに典型的に見て取れます。

 ここで紹介されている鴛鴦(鴛鴦茶といわれることもある)とは、コーヒーとミルクティーをブレンドした香港独特の飲料のことです。鴛鴦は本来オシドリのことで、相性が良いとの意味から転じて、2つのものをブレンドした飲食物につける形容詞としても用いられる単語ですが、現在では上記の鴛鴦茶を指すのが最もポピュラーな用例のひとつとなっているようです。

 この鴛鴦茶がどのような経緯で生まれたのかは必ずしも定かではないのですが、おそらく、スターバックスの香港への出店が相次いだ1992年以降のことと考えられています。当時、本格的なコーヒーと西洋式の喫茶店文化が定着する機が熟したと判断したアメリカ資本だったが、コーヒーや紅茶をそのまま飲むと身体に悪いとの固定観念が根強かった香港では、“普洱茶とコーヒーのブレンド”などの注文が店頭で相次いだのだとか。鴛鴦(茶)も、こうした中から生まれ、定着したものとされています。

 このような鴛鴦(茶)は、まさに、中国香港当局にとって、欧米の要素を貪欲に吸収しつつ独自の文化を作り上げる、中国人のバイタリティや懐の深さといったものを象徴するものとして、高く評価されるべきものなのであり、そうした視点の下に作られた“中西文化”の切手が、多様性を確保するためのマイノリティの尊重よりも、圧倒的多数を占める中国系のもつ力量を誇示することに主眼を置いているのも、いわば、自然な成り行きといってもいいのかもしれません。ただし、そうした姿勢が、西側社会から評価されるかどうかは全く別の次元の話ですが…。

 なお、香港切手に描かれた食と社会の関係については、拙著『香港歴史漫郵記』でもいろいろと分析してみましたので、機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。
 

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 秩父夜祭
2008-12-03 Wed 22:35
 日本三大曳山祭りの一つ、埼玉県秩父市の“秩父夜祭”(秩父神社の例大祭)が今夜(3日)、本祭を迎えました。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

 秩父夜祭

 これは、1965年12月3日に“お祭り切手”の第4集として発行された秩父夜祭の切手で、夜祭の屋台が描かれています。

 秩父神社は、伝承によれば、崇仁天皇の時代、知々夫国造として赴任した知々夫彦命と祖神八意思兼命、天之御中主命の三柱を祀るもので現在の社殿は徳川家康の寄進によってできたものです。

 その例大祭は、毎年12月2日・3日の両日おこなわれ、6台の笠鉾と屋台(中近笠鉾、下郷笠鉾、宮地屋台、上町屋台、中町屋台、本町屋台)が無数の提灯や雪洞で飾られ、夜を徹して町を練り歩きます。この屋台は、江戸の歌舞伎舞台が曳物に仕組まれた発達過程をそのまま物語るもので、廻り舞台の装置や下げ幕、水引、芸座にいたるまで、舞台の形式が整っており、1962年、文化財保護委員会によって、重要民俗資料に指定されました。

 “お祭り切手”のシリーズは、もともと、岐阜県の高山を選挙区とする郵政大臣・古池信三が地元の要望に応えて高山祭の切手を発行するためにスタートさせたものでしたが、切手そのものの出来栄えについては収集家の間でも評価が高く、人気を集めました。

 それだけに、シリーズ登場のいきさつはともかく、2年間で4種という散発的な発行であったこと、さらには、神田祭や大阪の天神祭、東北のねぶた(ねぷた)祭や博多どんたく、長崎くんちなど、日本を代表する祭でありながら切手に取り上げられないものが多く残ったことなど、せっかくの好企画を十分に活かされなかった点について残念に思う収集家も少なくなかったようです。

 なお、シリーズの全体像などについては、拙著『切手バブルの時代』でも詳しくご説明しておりますので、よろしかったら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。


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 タイから返戻
2008-12-02 Tue 12:41
 タイの反政府市民団体「民主主義のための市民同盟」(PAD)によるバンコクのスワンナプーム国際空港およびドンムアン空港の占拠から、きょうでまる1週間となります。非常事態宣言のもと2空港の占拠は依然として続き、先ほどは空港占拠のデモ隊に爆弾が撃ち込まれ、デモ隊の1人が死亡、22人が負傷するなど、事態は深刻さを増しています。こういう状況では、郵便なんかも届かないんだろうなぁ、と思いながら、こんなモノをもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 タイから返戻便

 これは、第2次大戦末期の1945年6月、イギリスのイーストレイから日本軍の泰俘虜収容所第4分所宛に差し出されたエアメールの葉書ですが、到着時には戦争はすでに終わり、収容所も解放されていたため、差出人に返送されたものです。

 葉書上には“別掲の理由により配達せず:差出人戻し(UNDELIVERED FOR REASON STATED/ RETURN TO SENDER)”ならびに“以前、日本軍により占領された地域から配達されなかった郵便物として返戻された(RETURNED IN UNDELIVERED MAILS/ FROM TERRITORY FORMERLY OCCUPIED/ BY JAPANESE FORCES)”との事情説明の印も押されていますが、実際に、差出人の手元に戻ってきた日付については、書き込みなどもありませんのでよくわかりません。

 現在、日本郵便のHPには、11月27日付の「おしらせ」として、「タイ、スワンナブーム国際空港が封鎖されEMS、航空及びSAL郵便物の発送が行えないことから、同国あてEMS、航空及びSAL郵便物は、配達に遅延が生じるおそれがあります。予めご了承願います。」とのアナウンスが掲載されています。この記事を書いている時点では、かならずしも、タイ宛の郵便物送達が停止されているわけではないようですが、現実の問題として東京からバンコク宛の航空路は途絶しているわけですから、そろそろ配達不能で差出人に返戻される郵便物が出てくるかもしれません。

 もっとも、タイ国内の混乱は、ほぼバンコクのみで、地方都市の多くは平静を保っているようですので、チャンマイなどを経由してタイ国内に郵便物を運び込むという方法もありそうです。その場合、郵便物に中継印などが押されていると、今回の混乱を物語る資料として興味深いものになるかもしれません。

 なお、第2次大戦中、タイ国内に設けられていた日本軍の収容所とその郵便については、拙著『タイ三都周郵記』でも解説していますので、機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。


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 アメリカ史に燦然と輝く偉大な「敗者たち」の物語    
 『大統領になりそこなった男たち』 中公新書ラクレ(本体定価760円+税)
 
 出馬しなかった「合衆国生みの親」、リンカーンに敗れた男、第二次世界大戦の英雄、兄と同じく銃弾に倒れた男……。ひとりのアメリカ大統領が誕生するまでには、落選者の累々たる屍が築かれる。そのなかから、切手に描かれて、アメリカ史の教科書に載るほどの功績をあげた8人を選び、彼らの生涯を追った「偉大な敗者たち」の物語。本書は、敗者の側からみることで、もう一つのアメリカの姿を明らかにした、異色の歴史ノンフィクション。好評発売中!

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 雑誌『郵趣』の2008年4月号は、大人になった元切手少年たちのための切手収集再入門の特集号です。発行元の日本郵趣協会にご請求いただければ、在庫がある限り、無料でサンプルをお送りしております。くわしくはこちらをクリックしてください。
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