内藤陽介 Yosuke NAITO
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 試験問題の解説(2009年1月)-2
2009-01-31 Sat 11:57
 昨日に引き続き、都内の某大学でやっている「中東郵便学」の試験問題の解説です。今日は、「この切手(画像はクリックで拡大されます)について説明せよ」という問題を取り上げてみましょう。

 ヨルダン成立

 これは、1952年4月1日、“ヨルダン統一”を記念して発行された切手で、地図を背景に、エルサレムを象徴する岩のドームと、旧トランスヨルダンを象徴するペトラの遺跡が描かれており、中央には“ヨルダン統一記念 1950年4月24日”との意味のアラビア語が印刷されています。

 第一次大戦後の旧オスマン帝国領の分割の過程で、1921年、イギリスはヨルダン川東岸地域に委任統治領としての“トランスヨルダン(ヨルダン川東岸を意味する)”を創設。大戦中、いわゆるアラブ叛乱でオスマン帝国との戦いで重要な役割を果たしたハーシム家のアブドゥッラーをアミール(首長)として、アンマンに政府を樹立しました。

 その後、トランスヨルダンは1946年にイギリスから独立。1948年5月に第一次中東戦争が勃発すると、イスラエルの独立を阻止するとして参戦し、イギリス撤退後のヨルダン川西岸地区を占領しました。エジプトによるガザ地区の占領と同様、“パレスチナ解放”の大義とは裏腹に、アラブ諸国が混乱に乗じてパレスチナの犠牲の上に自国の権益を拡大しようという意図をもって参戦していたことを象徴的に示している事例といってよいでしょう。

 第一次中東戦争は、結局、イスラエル側の勝利に終わりましたが、トランスヨルダンのアラブ軍団は1949年4月の休戦までエルサレム旧市街を含むヨルダン川西岸地区を維持します。この間、1948年12月1日には、現地の親ヨルダン派のパレスチナ人指導者が死海北西岸のイェリコで“パレスチナ・アラブ評議会”を開催し、トランスヨルダン国王アブドゥッラーを“全パレスチナ人の王”とし、同国王に対して西岸地区のトランスヨルダンへの併合を要請する決議を採択。これを受けて、同月13日、トランスヨルダン議会がイェリコでの評議会の決議を全会一致で承認するという形式を取りながら、トランスヨルダンは西岸地区の併合に向けて着々と準備を進めてきます。

 そして、イスラエルとの休戦協定成立後の1949年6月、トランスヨルダンはヨルダン川西岸地区と東エルサレムを併合し、新国家“ヨルダン・ハシミテ王国”の建国を宣言し、ここに、現在のヨルダン国家が誕生したのです。

 試験の答案としては、この切手が、旧トランスヨルダンと西岸地区の統合を記念したものであることを踏まえ、旧トランスヨルダンが現在のヨルダンハシミテ王国へと変貌していく過程が要領よくまとめられているかどうかがポイントとなります。


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 試験問題の解説(2009年1月)-1
2009-01-30 Fri 15:26
 僕の本業はモノ書きですが、そのほかに、現在、都内の大学で週に何度か、パートタイム講師をしています。講義の題目は学校によってさまざまですが、基本的には“切手”から歴史や社会を読み解くという話をしています。 そのうち、「中東郵便学」と題する授業の前期試験を本日(1月30日)行いましたので、これから毎日1問ずつ、試験問題の解説をしてみたいと思います。しばし、お付き合いください。

 まず最初は、「この切手と消印(画像はクリックで拡大されます)について説明せよ」という問題を取り上げてみましょう。

 クネイトラ

 これは、1974年5月31日、シリア=イスラエル間の休戦協定が調印されたことを受けて、イスラエルの切手に両国の国境の街であるクネイトラの消印を押したものです。

 1973年10月の第4次中東戦争は、イスラエル敗北の既成事実を作った上で停戦協定を結び、1967年の第3次中東戦争で失った領土を回復することを目的として、エジプトのサダト主導の下、シリアもこれに加わって行われました。

 はたして、10月6日の開戦当初、イスラエル=シリア国境のゴラン高原では、シリア軍が快進撃を続け、アラブに対するイスラエルの不敗神話は崩壊します。ただし、エジプト・シリア両軍の優勢は長続きはせず、はやくも10月11日にはイスラエルはゴラン高原での大反攻を開始し、シリア領内に突入。さらに、シナイ半島方面でも、同月16日にはスエズ運河の逆渡河に成功し、形勢は逆転してしまいました。

 こうした事態を受けて、米ソ両国による停戦の調停が本格化し、10月22日の国連安保理において、関係諸国に対する停戦決議(決議第三三八号)が採択されます。さらに、12月22日、米ソ両国の主導により、ジュネーブで開催された中東和平会議の席上、キッシンジャーはスエズ運河周辺とゴラン高原でアラブ、イスラエル両軍の兵力を引き離すための協定締結に向けて合同委員会を設置することを提案。これを受けて、停戦協定の調印に向けて当事国の話し合いが開始され、1974年5月31日、シリアとイスラエルの停戦協定が調印されたというわけです。

 停戦協定は、シリア、イスラエル両国の兵力分離と国連監視下の緩衝地帯設置を決めていましたが、この緩衝地帯の設置により、第3次中東戦争の結果、イスラエルに占領されていたクネイトラはシリアに返還されることになりました。今回の切手は、クネイトラがシリアに返還された5月31日、すなわち、イスラエル領として最後の日に、イスラエルの切手を貼り、イスラエルの設置したクネイトラ局の消印を押したもので、イスラエルによるクネイトラ占領の終焉を記録するために作られました。

 試験の答案としては、イスラエルによるクネイトラ占領の最終日の消印であることを示したうえで、第4次中東戦争を発動したアラブ側の意図とその結果について、きちんとまとめられているかどうかがポイントとなります。


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 続・択捉島は北方領土じゃない?
2009-01-29 Thu 13:28
 北方4島の住民に医薬品などを提供する“人道支援物資供与事業”で国後島に向かった日本の訪問団が、ロシア国境警備当局から出入国カードの提出を求められたため、北方4島に対するロシアの領有権を認めることはできないとして、訪問を断念し、北海道・根室港へ戻ることになりました。というわけで、北方領土ネタということで、この切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 天気予報100年

 これは、1984年6月1日に発行された“天気予報100年”の記念切手で、静止気象衛星「ひまわり二号」とイメージ化された地球、それに最初の天気予報が行われた1884年6月1日の天気を現在の天気図で表わしたデザインとなっています。

 切手の地図は、中国大陸と朝鮮半島をカットして日本の国土を描くという姿勢を示しているのですが、北方領土の部分は、国後島の一部は見えますが、択捉島が見えないのは気になるところです。まぁ、デザイナーとしては、単純に画面に入らなかったのだといいたいのでしょうが、逆に、正確な地図ではなく図案であるのですから、縮尺を変えるなどして北方4島をきちんと描いておくべきだったでしょう。こういうところできちんと主張しておかないと、国際社会に対して、日本が択捉島の領有権を放棄したとの誤解を与えかねません。なにせ、日本の切手でありながら、択捉島が“日本地図”から除外されたのは、これが初めてではないのですから。

 ちなみに、切手に描かれているもう一方の主役である“ひまわり二号”(GMS-2)は、1981一年8月10日、種子島宇宙センターから打ち上げられた静止気象衛星ですが、今回の切手が発行される5ヵ月ほど前の1984年1月に入ってから不調となり、退役していた“ひまわり1号”と急遽交代しています。ところが、この時点で、すでに今回の切手の基本デザインは完成していたため、気象庁としては、記念切手の発行までに“ひまわり2号”が復活することを祈っていましたが、結局、“ひまわり2号”の復活はかないませんでした。

 なお、この切手をはじめ、1980年代前半の記念切手については、拙著『近代美術・特殊鳥類の時代』でも詳しく解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひご一読いただけると幸いです。

 * 明日(1月30日)から2月2日までの4日間は、僕が都内の某私立大学で担当している「中東郵便学」の試験問題の解説を1日1問ずつ掲載します。明日掲載分は、試験終了後、帰宅してからのアップとなる予定です。


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 『郵趣』今月の表紙:南極の動物
2009-01-28 Wed 15:57
 (財)日本郵趣協会の機関誌『郵趣』2009年2月号ができあがりました。『郵趣』では、毎月、表紙に“名品”と評判の高い切手を取り上げていて、原則として僕が簡単な解説文をつけていますが、今月は、こんなモノを取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

 イワトビペンギン

 これは、1956年に仏領南極で発行された6種セットの「南極の動物」のうち、イワトビペンギンを描く1フラン切手です。

 20世紀に入り、南極探検が盛んに行われるようになると、イギリス・フランス・ノルウェー・オーストラリア・ニュージーランド・アルゼンチン・チリの各国は、豊富な地下資源や領海内の水産資源の確保を目指して、自分たちが調査した地域の領土権を主張しはじめます。

 このうち、フランスは1955年にアムステルダム島、セント・ポール島、クロゼ諸島、ケルゲレン諸島と大陸のアデリーランドを“フランス南部および南極領土(以下、仏領南極)”として領有を宣言。早速、同年中に仏領南極用の切手を発行しました。ただし、仏領南極最初の切手は、当時フランス領だったマダガスカルの切手に“Territoire des Terres Australes et Antarctiques Françaises”の文字を加刷したもので、正刷切手としては今回ご紹介の1956年のものが最初となります。

 今回ご紹介しているイワトビペンギンは、インド洋南部から南大西洋にかけて分布し、南限はハード島とマクドナルド諸島(南緯53度)、北限はトリスタン・ダ・クーニャ諸島(南緯37度)。主な繁殖地はフォークランド諸島(英領)、マッコーリー島(オーストラリア領)、プリンス・エドワード諸島(南アフリカ領)、クロゼ諸島(仏領)、ケルゲレン諸島(仏領)などです。

 成鳥の目の上には眉のような黄色の羽毛があるのが特徴で、目とくちばしが赤く、足はピンク色をしています。他のペンギンのようによちよちと歩かず、両足を揃えて飛び跳ねながら移動しますが、性格は攻撃的で、近くを通ったりすると攻撃してくるのだとか。

 この切手が発行された当時の南極では、イギリス・チリ・アルゼンチンの3国の間で領土紛争が起こったこともあり、将来的に本格的な紛争の火種になりかねないことが懸念されていました。このため、1957年~58年の国際地球観測年のときの国際的な南極観測を契機に、国際対立を回避し、科学的調査のための平和的な場にしようとする気運が高まり、1959年、国際地球観測年の南極観測に参加した12ヶ国がワシントンで南極会議を開き、南極条約を締結しています。条約では、南緯60度以南の南極における領土権の凍結、科学的調査の自由、平和的利用と非軍事化、定期的会合と査察などが定められ、フランスが研究所を置いているアデリーランドの領有権も凍結されました。

 仏領南極は基本的には無人の火山島ですから、その切手は実際に郵便に使うものというより、領有権を誇示するための一手段という面が強いといえます。それだけに、国家の威信をかけて作られる切手には魅力的なデザインを精巧な印刷技術で表現したものが多く、収集家にとっては魅力的な存在になっています。


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 世界漫遊記:シギショアラ(後篇)
2009-01-27 Tue 13:39
 『キュリオマガジン』の2009年2月号が出来上がりました。僕の連載「郵便学者の世界漫遊記」は、前回につづき、ドラキュラのモデルとされるヴラド・ツェペシュの生まれ故郷・シギショアラを取り上げています。その記事のなかから、今日は、こんなモノをもってきてみました。(以下、画像はクリックで拡大されます)

 ヘルマン・オベルト

 これは、2007年にルーマニアで発行された“ルーマニアで活躍したドイツ人”の3種セットのうち、ヘルマン・オベルトを取り上げた1枚です。

 オベルトは1894年6月25日、当時はオーストリア・ハンガリー支配下にあったシギショアラ近郊のメディアスで生まれ、少年時代をシギショアラで過ごしました。11歳の頃、ジュール・ヴェルヌの『月世界旅行』と『月世界へ行く』を読んで大いに感銘を受け、14歳の時には宇宙ロケットの模型を作り、独自に多段式ロケットを着想したそうです。

 1912年、医学を学ぶためにミュンヘン大学に進学しましたが、第一次大戦にぶつかり、東部戦線に送られます。1915年、彼は軍医としてシギショアラの病院勤務となりましたが、軍務のかたわら、無重力状態に関する実験を行うとともに、ロケット研究を再開。独自のミサイル構想を軍部に提案しています。

 第一次大戦後の1919年、オベルトはドイツに戻って物理学を学び直し、1922年にはロケット科学に関する博士論文を提出しましたが、内容が空想的として退けられてしまいます。当時の技術では、オベルトの理論はとても実現できないと考えられていたため、アカデミックな世界では彼の議論はほとんど無視されてしまうのですが、1928~29年にはベルリンで映画『月の女』に登場するロケットについての技術顧問に就任。この映画によって、ロケット科学の考え方は一般に広まり、オベルトも映画のプロモーション活動の一環として小型のロケットを作り、打ち上げています。そして、これを機に、オベルトの研究は一躍脚光を浴びるようになりました。

 第二次大戦中、オベルトはドイツ軍のためのロケット開発に尽力しましたが、戦後はその技術力が評価されてアメリカに渡り、1962年に引退するまで研究活動を続け、アポロ計画の礎を築きました。

 前回のシギショアラ(前篇)で取り上げた時計塔の内部は歴史博物館になっており、古代の生活用品、ルネサンス時代の家具、17世紀のガラス、18世紀の手術道具などとならんで、“ロケットの父”であるオベルトのコーナーもあります。また、街の中心部には“地元の名士”オベルトの名を冠したヘルマン・オベルト広場もあり(下の画像、左は1905年の絵葉書、右は2008年の撮影です)、オベルトはドラキュラ同様、シギショアラの街にとって重要な人物であることがわかります。

 オベルト広場(1905)   オベルト広場(現在)

 今回の記事では、そんなオベルトを狂言回しとして、シギショアラの旧市街の歴史散歩をまとめてみました。機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。


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 春節愉快
2009-01-26 Mon 12:33
 きょう(1月26日)は春節です。というわけで、ストレートにこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 シンガポール年賀(2009)

 これは、シンガポールで発行された今年の年賀切手が貼られた年賀状で、切手発行日の1月9日の記念印が押されています。友人の劉裕仁さんから送っていただきました。ありがとうございます。

 太陽暦での新年を祝う習慣が定着している日本と異なり、歴史的に中国の影響力が圧倒的に強かった東アジア・東南アジア地域では、現在でも春節をもって(真の)新年を祝うケースが多数派のようです。僕が愛用しているカレンダーは、アジア太平洋地域の各国の祝日が網羅されているのですが、それによると、春節が休みになっているのは、韓国、中国、香港、台湾、ベトナム、マレーシア、シンガポール、インドネシアの各国となっており、旧大東亜共栄圏のかなりな部分を占めています。ちなみに、1月26日ということであれば、インドの共和国記念日、オーストラリアの建国記念日、ニュージーランド(オークランド)のアニバーサリーデーということで、これら各国も祝日でお休みです。

 さて、シンガポール郵政のHPによりますと、かの地では春節の今日まで、郵便料金の特別割引期間だそうです。どのくらい安くなるのかというと、通常は国内基本料金が50セント(シンガポールドル。以下同様)のところ、割引期間に差し出されるグリーティングカードに関しては、20グラムまで26セント、20~40グラムが32セントだそうです。また、マレーシアとブルネイを除く外国宛の基本料金(40グラムまで)は、通常、宛先によって1ドル15セントから1ドル80セントまでとなっていますが、割引期間中は一律55セントになっています。ただし、マレーシアとブルネイ宛に関しては、通常通り、20グラムまでは45セント、20~50グラムは55セントで割引はありません。

 今回の葉書に貼られている切手は26セントで発売されました(65セント切手、1ドル10セント切手との3種セットで2ドル1セントです)が、額面表示は“1st Local”となっていますから、いちおう、国内便基本料金に相当する50セント切手として使ってもよいということなのでしょう。26セント切手2枚分と考えると、合計52セントになって割引料金の55セントに満たないことになってしまいますからね。もっとも、収集家の心理としては、3セント不足で不足料を徴収された葉書にも興味をそそられるのですが。


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 アタリの番号は94と46
2009-01-25 Sun 15:25
 きょう(25日)14:00から東京のアクアシティお台場で今年のお年玉つき年賀はがきの抽選が行われ、ことしで60枚目となる年賀小型シートの当選番号は94と46に決まりました。というわけで、ストレートにこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 応挙の虎・小型シート

 これは、1950年2月1日に発行された、最初のお年玉小型シートです。

 官製のくじ付き年賀はがきのアイディアは、京都在住で大阪・心斎橋北詰で洋品雑貨店「株式会社ハヤシ」を経営していた林正治の提案を郵政省が採用するかたちで実現し、1949年12月1日に発行されました。葉書につけられた総計1億5000万円の寄附金は共同募金委員会と日本赤十字社に交付されましたが、それに伴い、郵政は約1000万円の手数料を受け取っており、くじの景品を調達する経費はここから賄われました。ちなみに、最初の景品とその当選本数は、以下のとおりです。

 特等:ミシン(18本)
 1等:純毛洋服地(360本)
 2等:学童用グローブ(1440本)
 3等:学童用コウモリ傘(3600本)
 4等:手箱型葉書入れ(7200本)
 5等:便箋封筒組合せ(5万4000本)
 6等:記念切手(360万本)

 このうち、末等の“記念切手”については、当初、郵政省では売れ残り在庫の中から額面10円相当のものを放出すればよいと考えていたのですが、実際には、当たりくじの本数に相当する360万枚もの在庫がなかったため、急遽、新切手の発行を計画せざるを得なくなりました。そこで、お年玉葉書の商品にふさわしい題材として、干支にちなんでトラの切手を発行することとなりました。切手の題材としては、当初、“張子の虎”が有力視されていましたが、最終的に、円山応挙の六曲一双の墨絵「竜虎の図」から虎の絵が採用されています。
 
 トラ切手の額面は葉書料金相当の2円で、お年玉葉書の末等商品にはこの切手を五枚組み合わせた非売品の小型シートを充てることとし、これとは別に、一般販売用に80面シートの切手を一般に販売することとされました。ただし、お年玉葉書の景品となる小型シートとの同時発行である以上、干支切手を年賀状に使用することは不可能なため、干支切手はあくまでも、普通切手に代わる“慶祝用切手”という位置づけになっています。

 小型シートは目打状の印刷 はあるものの目打の穿孔はないため、単片の状態でも、一般販売のシートとは簡単に区別できますが、目打の影を印刷するというアイディアは、スイスのUSA-SWITZERLAND誌のスイス切手百年特集号の記事からデザイナーが着想を得たそうです。また、小型シートは、理論上は360万枚準備すれば足りるはずでしたが、全国の郵便局で引換開始日の2月1日からの即時引換に対応するとの理由で400万枚が製造されています。一方、一般販売用の切手の発行枚数は1000万枚でした。

 お年玉葉書の抽選は、1950年1月20日に東京の日比谷公会堂で漫談家の松井翠聲の司会により行われ、小型シートが当たる末等(6等)の当選番号は各組共通・下二桁94と96に決定しました。偶然ですが、94はこのときも当り番号ですな。また、今回の小型シートの引き換えが始まった後の3月20日になって、郵政省は小型シートを収めるためのタトウを発行しています。そのうち、贈呈用のモノに関しては、以前の記事でもご紹介したことがあります。

 なお、くじ付きのお年玉はがきと年賀小型シートについては、拙著『年賀切手』でも詳しく解説しておりますので、よろしかったら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。

 * 僕宛の賀状の中では、稲葉良一さん、大沼幸雄さん、福岡直良さん、宮下基幸さん、毛利康武さん、湯淺墾道さんの6名の方々(50音順)から頂戴した分がアタリでした。この場をお借りして、お礼申し上げます。


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 1月15日付『夕刊フジ』の「ぴいぷる」欄に『年賀切手』の著者インタビュー(左の画像)が掲載されました。 こちらでお読みいただけます。また、日本郵政本社ビル・ポスタルショップでは、『年賀切手』の販売特設コーナー(右の画像)も作っていただきました。 *写真はいずれも:山内和彦さん撮影

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 テイクオフとテイクオフ待機
2009-01-24 Sat 11:51
 昨年2月、北海道・新千歳空港で日本航空機が管制官の許可を得ずに離陸滑走した問題は、管制官が“expect immediate take‐off(すぐに離陸できるよう準備せよ:テイクオフ待機)”と指示していたのに対して、機長が“immediate take‐off(すぐに離陸せよ:テイクオフ)”と誤解したことが原因とする調査報告書が公表されました。今後、国土交通省では誤解まねく管制用語を制限すべく、各方面と調整するそうです。というわけで、手持ちのストックの中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 仁川空港開港

 これは、2001年3月29日、韓国が仁川国際空港の開港を記念して発行した切手で、画面の左上には空港を離陸する飛行機が描かれています。また、少し見づらいのですが、画面の中ほどには滑走路で待機している飛行機も見えます。問題となった“expect immediate take‐off”の状態と見てよいでしょう。

 韓国の国際空港は、ソウル近郊の金浦国際空港が1958年に大統領令で国際空港に指定され、朴正煕時代の1971年から本格的にハブ空港として用いられていました。その後、韓国経済の急成長に伴う航空量の激増に対応して、ソウル・オリンピックの開催を翌年に控えた1987年、金浦空港第2滑走路の運営が開始されたものの、首都近郊の空港の宿命として、航空機の騒音が深刻な社会問題として浮上。周辺の環境から考えて、金浦空港のこれ以上の拡張は不可能と判断した盧泰愚政権は、1989年1月、新空港建設の方針を決定しました。

 これを受けて、1989年6月から1990年4月までに、ソウルの都心から100km以内の距離にある京畿道と忠清南道地域の22ヵ所について予備調査が行われ、国際民間航空機構(ICAO)の検討基準による、空域、障害物、気象、騒音、土地利用現況、交通アクセスと将来の拡張性等の詳細な検討を経て、1990年6月、永宗島(仁川広域市内)が首都圏の新国際空港の最適地として決定されます。

 建設計画の最終的な確定は、1992年2月のことで、その後、用地買収、公有水面埋め立て免許取得、環境評価などを経て、同年11月、空港用地1170ヘクタールの埋め立て工事がスタート。空港の基本施設は2000年6月に完成し、翌7月のリハーサルを経て、2001年3月に仁川国際空港として開港のはこびとなりました。

 なお、仁川国際空港に関しては、拙著『韓国現代史:切手でたどる60年』にも解説記事を載せておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 キューバの米軍
2009-01-23 Fri 18:37
 アメリカのオバマ大統領が、就任早々の22日、キューバ島・グアンタナモ米海軍基地の収容所について、1年以内の閉鎖を命じる大統領令に署名しました。というわけで、キューバがらみのものとして、こんな切手を持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

 キューバ・アメリカ軍政加刷

 これは、米西戦争中の1899年、アメリカ軍政下のキューバで発行された切手です。

 スペインの支配下にあったキューバでは、1895年4月、ホセ・マルティを指導者とする独立戦争が勃発。これに対して、アメリカ国内では、ハースト系およびピュリッツァー系の新聞社は、スペインの暴政をセンセーショナルに取り上げ、自由を求めて戦うキューバ人を救い、アメリカの権益(アメリカはキューバの砂糖農場に莫大な投資をしていました)を擁護するためにも、スペインを討つべしとの世論を誘導します。

 こうした状況の中で、1898年2月、ハバナ港に停泊中のアメリカの戦艦メイン号が爆発し、将兵ら266名が死亡。現在では、爆発はメイン号の内部機関のトラブルによるものとの説が有力ですが、ハースト系の新聞社は、事件をきっかけに、より強烈な反スペイン・キャンペーンを展開。キャンペーン報道に煽られたアメリカの国内世論は「メーン号を忘れるな」のスローガンとともに沸騰し、4月25日、アメリカは、ついに、スペインに対して宣戦を布告しました。米西戦争の勃発です。

 米西戦争は、キューバの独立闘争を支援することが大義名分でしたから、開戦にあたっては、戦後は独立派の革命政府を承認し、キューバを植民地化しないことを条件として(テラー付帯決議)、アメリカ議会はマッキンレー大統領に宣戦を承認していました。

 こうして、米軍は1898年6月にキューバ島に上陸し、スペイン軍を駆逐しましたが、参戦の大義名分であったキューバの独立は、同年10月、独立軍の頭越しに結ばれたパリ条約(アメリカとスペイン政府の和平条約)によって、米軍による軍政が開始されたことで、事実上、反故にされてしまいます。

 こうした状況の下、アメリカの軍政当局は、アメリカ本国の切手を持ち込んで、今回ご紹介するような“CUBA”の文字や現地通貨の額面などを加刷した切手を使用しはじめました。

 さらに1902年、キューバは“独立”を達成するが、これに先立つ憲法制定の過程で、アメリカは、キューバ制憲議会に対して、①キューバの独立が脅かされたり、アメリカ人の生命・財産が危険にさらされたりした場合にはアメリカは介入できる、②キューバは(アメリカ以外の)外国から資金を借りてはいけない、③キューバ政府は(アメリカ以外の)外国に軍事基地を提供したりしてはいけない、③キューバ政府はアメリカに軍事基地を提供する義務を負う、など8項目から付帯事項(提案した米議員の名前から、“プラット修正条項”と呼ばれている)を押し付けています。

 当然のことながら、キューバ側はこれに抵抗したが、アメリカの強硬な姿勢の前に、最終的に、プラット修正条項を無条件で受けいれざるをえず、キューバは実質的にアメリカの支配下に置かれ、砂糖やタバコなどの主要産品はアメリカ資本が独占するようになりました。

 今回、問題になったグアンタナモ米軍基地は、プラット修正条項に基づき、1903年の条約で、年2000ドルでアメリカが無期限租借することとなり、1934年の条約改正を経て、「主権を持つのはキューバだが、アメリカが完全な司法管轄、行政支配権を持つ」地域とされました。

 1959年の革命後、カストロ政権は当然のことながら基地の返還を求めましたが、アメリカはこれを拒否。このため、1964年以降、キューバ側は基地への給水を停止するとともに周辺に地雷を敷設しました。これに対してアメリカは海水の淡水化施設を建設し、基地の“自給自足”体制を確立して対抗。この結果、グアンタナモ基地周辺は地雷原で脱走が不可能な上に、マスメディアにも実態が見えない海外基地、さらにはキューバ国内でもアメリカ国内でもなく軍法のみが適用される治外法権区域として、収容所にはおあつらえ向きの条件が整うことになりました。2001年のアフガニスタン戦争以来、アルカーイダやタリバンなどイスラム過激派のテロリスト容疑者が収容されるようになったのは、こうした事情によるものです。

 さて、今回のオバマ政権の決定は、グアンタナモ基地内の収容所での相次ぐ拷問などの発覚によりブッシュ前政権下で傷ついたアメリカの威信回復を急ぎ、道徳的再生に取り組む姿勢を示したものと評価されていますが、そもそも、道義的云々と言い出したら、上述のような事情でキューバに米軍基地があることじたいが問題になるような気もするのですが…。


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 42歳になりました
2009-01-22 Thu 09:59
 私事ながら、本日をもって42歳になりました。まぁ、だからどうしたといわれればそれまでなのですが、せっかくの機会ですから、昨年末に刊行の拙著『年賀切手』のなかから、この1枚をもってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

 昭和42年用年賀

 これは、僕が生まれた昭和42年用の年賀切手で、奈良一刀彫の“ひつじ”が取り上げられています。厳密に言うと、干支などは太陽暦の12月31日→1月1日ではなく節分→立春で切り替わるので、1967(昭和42)年1月22日生まれの僕の干支は丁未ではなく丙午ということになります。このため、人から干支を聞かれると、たいていは「丙午の学年です」と応えることにしているのですが、年賀切手に関しては、前年の“しのび駒”よりもこちらの方に愛着がありますねぇ。いずれ、この切手に1月22日の消印が押された単片なりカバーなりを手に入れたいところですが、なかなか御縁がありません。

 さて、切手に取り上げられている奈良一刀彫(奈良人形とも)の起源は、1137年、春日若宮の事始めが興福寺の頭屋の坊で演じられた際、蓬来島台を造って、これに木彫りの尉と姥を飾ったことにあるといわれています。以来、毎年この儀が行われ、そのつど島台を飾る人形を彫り、また祭礼渡御のときにも田楽法師の笛笠にも極彩色の人形をつけました。
 
 切手に取り上げられている干支人形の“ひつじ”は、1910年に工房・大林杜壽園を創業した初代杜壽の作品です。ただし、切手の原画制作作業が進められていた前年夏の時点では、昭和42年の分のヒツジの一刀彫はまだ作られておらず(翌年の干支にちなんだ一刀彫の制作は毎年秋以降だそうです)、前回の未年(1955年)の作品が資料として用いられたものと思われます。

 ところで、1966年の郵政大臣は8月1日までは郡祐一 が、8月1日から12月3日までは新谷寅三郎 が、12月3日以降は小林武治 が、それぞれ務めましたが、このうちの新谷寅三郎が奈良県選出の参議院議員だったことから、今回の年賀切手はいわゆる“大臣切手”ではないかとの批判が出ています。もちろん、郵政省側は年賀切手の題材選定への新谷の関与を強く否定していますが、収集家の間では、新谷が元逓信院(戦時中、一時、郵政を担当していた機関)次長の典型的な郵政族議員で、地元観光連盟の陳情を受けて1960年の「奈良遷都1250年記念」 の切手発行のために尽力したことなどから、当局の説明を真に受ける収集家は少なかったようです。

 ところで、1966年7月1日の郵便料金改正により、葉書料金は5円から7円に値上げされましたが、それに伴い、郵便法が改正され、年賀郵便における葉書の料金割引(従来は、通常の葉書5円に対して4円)が廃止されました。この結果、今回からは年賀切手は年賀状に貼って差し出すためのものという性格が明確になり、郵政省側も切手の名称を“新年にちなむ特殊切手”から“年賀(郵便用)切手”に正式に変更しています。

 なお、このあたりの事情については、拙著『年賀切手』でも詳しく解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 切手を作った人々:加曾利鼎造 ①
2009-01-21 Wed 17:40
 東京郵便切手類取引所(TOPHEX)による『スター☆オークション』(1月31日実施)のカタログ第2号ができあがりました。今回から、同誌のオマケの読み物として、僕は「切手を作った人々」と題して原画作者列伝のような連載をやることになりました。第1回目の今回は、この切手と加曾利鼎造のことを取り上げています。(画像はクリックで拡大されます)

 陽明門45円

 これは、1952年10月15日に発行された日光東照宮陽明門の45円切手で、加曾利が原画を担当しています。

 加曾利は1952年11月19日、自宅近くの路上で自動車にひき逃げされ、それがもとで22日に亡くなりますが、事件のあった19日、彼は切手係長の中村宗文氏とともに、この切手の献納式に出席するため、日光に日帰り出張していました。ちなみに、献納式が切手の発行から一月も経ってから行われたのは、東照宮では、毎年その時期、10月16日の神事流鏑馬、翌17日の秋季祭・渡御祭「百物揃千人武者行列」、11月3日の明治祭などの行事を抱えており、スケジュール調整が難航したためと思われます。

 実際の陽明門には周囲に防護用の柵がめぐらされていますが、加曾利の原画ではこの柵は除かれています。その際、加曾利は原画の元になった写真から単純に柵を削るのではなく、切手発行前年の1951年夏、現地を訪れて、柵の影になっている部分をスケッチするとともに、写真と比べながら明暗の調子をチェックするなど、実に丁寧に作業をしています。

 今回の記事では、そうした加曾利と陽明門についてのエピソードをいろいろとまとめてみました。なお、連載のタイトルは「切手を作った人々」となっていますが、これから何回かは加曾利についての話を続けて書いてみようかと思います。機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。


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 オバマの切手
2009-01-20 Tue 17:44
 1月20日(アメリカ時間で、日本では21日ですが)、アメリカ・オバマ新大統領の就任式が行われます。というわけで、今日はストレートにこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 オバマ

 これは、大統領選挙投票日の翌日にあたる2008年11月5日、西アフリカのリベリアが発行した小型シートで、当選したばかりの次期大統領バラク・オバマと副大統領ジョゼフ・バイデンの切手が収められています。

 リベリアは、1816年にアメリカで設立されたアメリカ植民協会が、黒人解放奴隷をアフリカへ帰還させ、黒人のための“祖国再建運動”としてリベリア建国運動を開始したことがルーツとなっており、首都のモンロビアはアメリカ第5代大統領のジェームズ・モンローにちなむものです。合衆国憲法を元にしたリベリア憲法を制定しての共和国正式独立は1847年7月26日のことで、初代大統領に就任したのはジョセフ・ジェンキンス・ロバーツでした。

 ロバーツは1809年3月15日、アメリカ・バージニア州で、白人と黒人の混血児として生まれ、20歳の時に母親の住むリベリアに移住。その後、貿易業者として経済的な成功をおさめて、1838年にリベリア連邦が結成されるとで副知事になっています。その後、1842年にトマス・ブキャナン知事がなくなると、入植地最初の黒人知事に任命され、1847年の共和国発足とともに初代大統領になりました。もちろん、黒人が国家元首としての“大統領”の地位に就任したのはこれが世界史上はじめてのことです。ちなみに、アメリカ初の黒人大統領となるオバマは、ケニア人男性とアメリカ人女性の子どもで、2歳の時に両親は別居して翌年離婚、その後、母親の再婚に伴い、インドネシアへ移住しているというキャリアですから、“世界初”のロバーツとイメージが重なるところもありますな。

 以上のような歴史的経緯もあって、リベリアでは、いままでにもアメリカの次期大統領が決まると、早々に新大統領の肖像切手を発行しています。今回のオバマ切手もその一環というわけですが、投票日翌日の発行ということは、とりあえず、マケイン陣営の切手も用意しておいて、廃棄したということなんでしょうか。昨年、大統領選挙の時期にあわせて『大統領になりそこなった男たち』という本を出した僕としては、幻の“マケイン切手”の行方も気になるところです。

 いずれにせよ、今後、世界の収集家をターゲットに外貨稼ぎを狙ったオバマ切手がいろいろと出てくることになると思いますが、リベリアの切手は、その中では比較的まともな部類ということになるんでしょうね。

 * 本日未明、カウンターが46万PVを越えました。いつも遊びに来ていただいている皆様には、この場を借りて、あらためてお礼申し上げます。

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 礼拝所不敬及び説教等妨害罪
2009-01-19 Mon 21:22
 42歳の会社役員の男が、トラブルのあった知人の母親の葬儀中にひつぎを落とすなど葬式を妨害したとして、“葬式妨害”(刑法188条の礼拝所不敬及び説教等妨害罪)の容疑で逮捕されたそうです。このニュースを聞いて、そんな罪があったのか、とビックリしましたが、さて、それでは棺関連のマテリアルはあったかなと思って探してみたら、こんなモノがありました。(画像はクリックで拡大されます)

 ファンシーキャンセル・棺

 これは、1883年にアメリカで発行された初代大統領ワシントンの肖像を描く2セント切手で、十字架のついた棺のファンシー・キャンセルが押されています。

 日本語の棺に相当する英単語としては、コフィン(coffin)とキャスケット(casket)の二つがあります。このうち、コフィンは、棺の両肩の部分が広く、足先に向かって細くなっているデザインのもので、キャスケットは長方形のものです。キャスケットは1870年代にアメリカで考案されたもので、生産効率が良いことから、急速に定着。現在では、(特にアメリカでは)棺の大半はキャスケットです。ただし、怪奇映画『ドラキュラ』の棺のイメージもあって、現在でも、ホラー映画やアニメなどではコフィンも好んで取り上げられています。ちなみに、ご紹介のマテリアルの棺はコフィンです。

 植民地時代のアメリカでは、もともと、棺は、大工、木工業者、家具職人などが作っていましたが、都市人口の増大とともに18世紀中頃には専門の棺メーカーが登場します。19世紀の時点では、万が一にも生きたままの人間を埋葬してしまわないように、内部に鈴や笛などの器具を取付けた棺も作られていたのだとか。

 さて、日本ではとかく不透明で不明朗といわれがちな葬儀の値段ですが、欧米では、棺の値段が葬儀費用の中で最も大きな比重を占めているため、経理システムもかなり明快です。棺の種類はそれこそピンきりで、贅沢を言えばきりはないのでしょうが、安いものだと200ドルくらいからあるそうです。その場合、棺は合板に布を貼ったタイプとなり、中級品クラスになると木製で銅の覆いがあるものとなり、金属製の棺となると1000ドル以下ということはないようです。

 ところで、かつては欧米キリスト教社会では土葬が中心でしたが、墓所スペースの不足に伴い、火葬も急増しています。ところが、この火葬に関しては、宗教上の理由とは全く別の次元で、一部の環境保護派が大気汚染防止や省資源の視点から異議を唱えているそうですから、なかなかややこしいですな。

 
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 4回使われた封筒
2009-01-18 Sun 17:46
 先月27日以来、パレスチナ自治区ガザに対して大規模攻撃を続けてきたイスラエルが、軍事作戦開始時に設定した目標を達成するとともに、ハマスに「深刻な打撃」を与えたなどとして、現地時間の18日午前2時に攻撃を一方的に停止すると発表しました。というわけで、ガザがらみのネタのなかから、今日はこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ガザ・戦時再使用(表)  ガザ・戦時再使用(裏)

 これは、第二次大戦中の1944年10月、ガザからヤッファ宛に差し出された公用便です。第二次大戦中、英領地域では物資節約のため、郵便に使われた封筒にラベルを貼って公用便用に再使用することが行われていました。これは、そのパレスチナ(当時はイギリスの委任統治領)での使用例の一つで、押されている郵便印から類推すると、テルアビブからエルサレム地裁宛に差し出されたカバーを、エルサレムからベルシェバ宛に再利用し、さらにベルシェバからガザ宛に再々利用したうえで、ガザからヤッファ宛に再々々利用したものと考えられます。

 第二次大戦において、パレスチナは決して主戦場となっていたわけではありません。それでも、ナチス・ドイツの迫害を逃れて亡命を希望するユダヤ系難民が大量に押し寄せたりして、必ずしも経済的に余裕があったとは言いがたい状況でした。今回ご紹介のカバーは、その一端を示すものといってよいでしょう。

 さて、イスラエル側の停戦宣言に対して、ガザを実効支配しているイスラム原理主義組織ハマスはイスラエル軍が撤退するまで攻撃を続行すると宣言していますし、イスラエル側も当面は軍の地上部隊をガザに駐留させるとしていますから、今回の停戦宣言によって実際に戦闘が終結するかどうかは大いに疑問があります。また、イスラエルによるガザ地区の封鎖は今後も継続されますので、住民の生活は厳しい状況が続くことに変わりはないでしょう。となると、現在のガザ地区でも、今回ご紹介しているような使用済み封筒の再利用ということが行われているのかもしれません。

 いずれにせよ、今後もしばらくガザ地区をめぐっては緊迫した情勢が続くことになると思います。このブログでもガザについては何度か取り上げていますが、そろそろ、それを元にして“切手で読み解くガザとその歴史”といったたぐいの仕事をまとめるべき時期なのかもしれませんね。そういうことなら、さっそく、企画書を作って営業に回らなくっちゃ。

 
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 1月15日付『夕刊フジ』の「ぴいぷる」欄に『年賀切手』の著者インタビュー(左の画像)が掲載されました。 こちらでお読みいただけます。また、日本郵政本社ビル・ポスタルショップでは、『年賀切手』の販売特設コーナー(右の画像)も作っていただきました。 *写真はいずれも:山内和彦さん撮影

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 飛行艇さながら
2009-01-17 Sat 12:34
 きのう(アメリカ時間15日)、ニューヨークのラガーディア空港を離陸した飛行機のエンジンが鳥を吸い込み、出力が急低下したため、ハドソン川に不時着水し、乗客が全員無事に助かったという出来事がありました。というわけで、飛行機の着水にちなんで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 香港=サンフランシスコFFC

 これは、1937年4月29日、香港からサンフランシスコ宛に差し出された初飛行カバーで、カバー左下には、パンアメリカン航空(パンナム)の飛行艇チャイナクリッパーのカシェが押されています。

 パンナムのチャイナクリッパーは、1935年11月22日、太平洋横断定期第一便として就航しました。当初は、サンフランシスコを出発した後、ホノルル、ミッドウェー、ウェーク、グアムを経由して4泊5日の日程でマニラに到着するというスケジュールで、マニラから香港へと航路が延長されたのは1937年のことでした。今回ご紹介のカバーは、その香港から戻ってくる最初の便に搭載されていたモノで、裏側には5月4日のサンフランシスコの着印が押されています。

 飛行艇は、海面や湖面などの水面を利用して発着できるため、滑走路などの大規模な飛行場設備が不要であることに加え、長距離飛行中の機体にトラブルがあった場合にはとりあえず着水して対処することが可能です。このため、長距離飛行の技術が十分に発達していなかった第二次大戦以前の時代には、大洋横断航路などで盛んに用いられていました。

 ちなみに、英領時代の1984年に香港で発行された「香港航空事業」と題する切手には着水時のチャイナクリッパーの姿が取り上げられているので、参考までに画像を張り付けておきます。

 チャイナクリッパー(着水時)

 ちなみに、飛行艇としてのチャイナクリッパーは、このほかにも、英領香港100年の記念切手にも取り上げられていますが、こちらは、本来の“チャイナクリッパー”である快速帆船と並んで取り上げられているため、切手上の説明文は“チャイナクリッパーと飛行艇”となっています。

 なお、1930年代の古き良き香港については、拙著『香港歴史漫郵記』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。


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 世界のダム:ドンゼル=モンドラゴン・ダム
2009-01-16 Fri 12:43
 (財)建設業振興基金の機関誌『建設業しんこう』の1月号が出来上がりました。僕が担当している連載「切手の中の世界のダム」では、今回はこの1枚を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

 ドンゼル=モンドラゴン・ダム

 これは、1956年にフランスで発行されたドンゼル=モンドラゴン・ダムの切手です。

 フランス南部のドンゼル=モンドラゴン・ダムは、その名の通り、北のドンゼルと南のモンドラゴンを結びローヌ川(フランス4大河の一つで、スイスに源流を発し、レマン湖、リヨン、アルルなどを経て地中海へと抜ける)につながるドンゼル=モンドラゴン運河に作られたダムで、幅240メートル、高さ15メートルです。

 このダムは、第2次大戦後まもないヴァンサン・オリオール政権下の1947年夏、戦後復興の一翼を担うものとして、アメリカから3300万ドルの支援を受けて着工し、1952年10月24日に完成しました。当時のインドシナの再植民地化をもくろみ、インドシナ戦争を戦っていたフランスに対して、アメリカの世論は批判的でしたが、東西冷戦という国際状況の中で共産主義の拡大を阻止するため、アメリカはフランスの戦争を経済的に支援していました。すでに、1951年の時点で、アメリカの軍事援助は5億ドルに達しています。これだけでダム15個分ですから、やはり、戦争というのはお金がかかるもんなんですね。

 さて、ダムに設けられた発電所は水力発電所としてはこの地域最大のもので、フランス南東部の主要都市リヨンの年間諸費電力量をほぼまかなうだけの発電能力があるそうです。

 また、設計を担当したアルベール・カコー(1881-1976)はフランスを代表する建築家で、ドンゼル=モンドラゴン・ダムの他にもアルプス地方・サヴォワのラ=ジロット・ダムの建設も手掛けています。


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 多謝!
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 鍛冶橋の警視庁
2009-01-15 Thu 15:13
 きょう(1月15日)は、1874年1月15日に東京警視庁(現在の警視庁)が創設されたことにちなんで警視庁創立記念日だそうです。というわけで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 鍛冶橋監獄

 これは、1897年に警視庁鍛冶橋監獄の囚人から差し出された葉書です。現在でこそ警視庁というと桜田門のイメージですが、初期の警視庁は桜田門にではなく、鍛冶橋にありました。

 明治政府の警察制度は、1868年8月、東京府庁内に逃亡方・断獄方を設けたことに始まります。その後、1870年、政府は“西洋ポリス制度”の導入を決定し、1872年、川路利良らを欧州警察制度研究のためフランスへ派遣。川路は翌年帰国し、警視庁設置の嫌疑を提出し、これをもとに、1874年1月15日、鍛冶橋門内の津山藩邸跡地に東京警視庁が創設されました。

 鍛冶橋に警視庁が創設されたことを受けて、1870年に建設された鍛冶橋内監倉事務取扱所の建物が改修されて、今回ご紹介のはがきの鍛冶橋監獄となります。その後、1903年3月には、官制改革により監獄の事務は司法大臣の管理下となり、鍛冶橋監獄も独立して東京監獄と改称。東京監獄は1903年6月に市ヶ谷に移転するまで、鍛冶橋にありました。

 ところで、葉書上部の赤い角印には“小河滋二郎”の名前が見えます。小河は長野県の出身で、東京専門学校(現・早稲田大学)法科卒業後、東京帝大法学部専科に学びつつ慶応義塾に通いました。穂積陳重の指導を受けて監獄学に関心を抱き、内務省に入省。内務省・司法省の官僚として刑務所の近代化に尽力ていましたが、後に、犯罪抑止のためには、社会全体の改良、とくに救貧政策や福祉の充実があってはじめて実現されるという考えから、社会福祉事業へと転じた人物です。

 また、葉書の左下には“代出”の文字があります。これは、読み書きのできない囚人のために、監獄側の関係者が代わりに文章を書いたことを意味するもので、監獄の郵便に独特のシステムです。

 監獄に関する郵便には、通常の郵便物には見られないさまざまな制度があって、なかなか興味深いものがあります。もっとも、こればかりは、自分が実際に監獄に入ってみてマテリアルを集めるというわけにはいかないので、僕自身も、制度としては知っていても現物を見たことのないマテリアルというのが少なくありません。こういうことを書くと、それなら、お前自身が実際に監獄に入ってみればいいじゃないかといわれそうですが、それはちょっとねぇ…。


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 夕刊フジ「ぴいぷる」
2009-01-14 Wed 15:52
 夕刊フジ・写真

 本日発売の『夕刊フジ』2009年1月15日号「ぴいぷる」欄に『年賀切手』の著者として内藤陽介が登場しています。よろしかったら、通勤帰りのお供にでもご覧いただけると幸いです。(写真は紙面より)

 さて、紙面では、年賀切手にまつわるいろいろなエピソードをご紹介しているのですが、その中にはこんな切手の話も登場します。記事中には画像がありませんので、フォローの意味でご紹介しましょう。(画像はクリックで拡大されます)

 1963年小型シート

 これは、1963年用の年賀切手の小型シートです。
 
 佐賀県の郷土玩具“のごみ人形のウサギ“を取り上げた1963年用の年賀切手は1962年12月15日に発行されました。お年玉はがきの末等商品としての小型シートの当選本数は2700万枚で、1月20日から半年間に引き換えられた小型シートは1084万7000枚とされています。

 この時代は、東京オリンピックを控えての切手ブームが過熱しており、切手の発行日には小学生が学校をさぼって郵便局に並ぶケースが相次ぎ、地域によっては教育委員会が切手収集禁止令を出したほどでした。

 こうした状況の中で、東京では、非売品の小型シート欲しさに他人の家の郵便受けから年賀状を大量に盗み、賞品を引き換えにきた中学生数人が補導されるという事件も発生しています。まぁ、1971年には郵便局に小型シート買い取りの掲示が堂々と張り出されて問題になったくらいですから、小学生が出来心を起こすのも無理からぬことだったのかもしれません。

 ちなみに、事件後の1月22日付の『朝日新聞』のコラム「天声人語」には「少年の悪心をそそる景品つきを政府が発行するなどは、人づくりにも反しよう」と書かれており、郵政関係者の間でも、くじつき葉書の存廃をめぐりさまざまな議論が出されています。

 なお、当時の切手ブームについては、拙著『年賀切手』とあわせて、『切手バブルの時代』もお読みいただけると幸いです。
 

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 フィリピン人ナース
2009-01-13 Tue 23:10
 日本とフィリピンの経済連携協定(EPA)に基づくフィリピン人看護師や介護福祉士の派遣、受け入れに関する覚書の調印が、昨日(12日)、マニラで行われ、今年4~5月にも第1陣が来日することになったのだそうです。というわけで、今日はこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 フィリピン・天然痘撲滅

 これは、1978年にフィリピンで発行された天然痘撲滅キャンペーンの切手で、子どもにワクチンを注射するフィリピン人ナースがシルエットで描かれています。こういうことを書くとまた怒られそうですが、昨今のジェンダーフリーの風潮でナースのことを性別に関係のない“看護師”と呼んだり書いたりすることが奨励されているようですが、どうもこの表現は“白衣の天使”には似つかわしくなくて使いたくありません。相手が女性であれば、すなおに“看護婦さん”と呼びかけた方がよっぽど自然でいいと思うんですがねぇ。

 さて、将来的に少子高齢化の影響で日本の労働人口が不足することは確実なのでしょうが、昨今のように極端に雇用情勢が悪化している中で外国人労働者を新たに受け入れるというのはいかがなものでしょうか。むしろ、現在でも労働力が不足している分野に関しては、日本人を対象とした職業訓練を充実させ、場合によっては税金面での優遇措置などを講じるなどして、失業者を吸収することが先決ではないかと思います。外国人労働者の受け入れはそれからでも遅くはないような気がします。

 また、看護や介護の仕事の場合、サービスを受ける人たちは人間であってモノではありませんから、日本語でのコミュニケーションも重要になってきます。もちろん、仕事として日本にやってくる外国人はそれなりに一生懸命、日本語を勉強するでしょうから、最低限のやり取りについては問題は少ないかもしれません。しかし、日常生活の面倒をみる中ではいろいろと微妙なニュアンスを要求される話もでてくるでしょうから、やはり、外国人が相手だと、差別がどうこうということではなく、単純に話が通じないもどかしさを感じる患者さんが多いのではないかと思います。まぁ、「最近の若者の言葉は外国語みたいで、何がなんだかさっぱりわからないよ」というご老人も多いようですから、そういう意味では、外国人ナースでも構わないというのがお上のご意思なのかもしれませんが。

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 振袖の少女
2009-01-12 Mon 14:52
 きょうは成人の日です。成人式といえば、やはり女性の振袖でしょう。振袖の切手といえば、拙著『年賀切手』の表紙にも使ったはねつきが有名ですが、こちらは昨日も取り上げましたから、今日はこんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 少女とウサギ

 これは、1951年1月1日に発行された1951年の“新年にちなむ特殊切手”です。当時の郵政省は、この切手のことをストレートに年賀切手とは呼ばず、“新年にちなむ特殊切手”ともってまわった言い方をしていましたが、これは、この切手が年賀状に使用するためというよりも、お年玉はがきの末等商品として同年2月1日からこの切手を5枚収めた非売品の小型シートを発行するため、窓口販売用のシート切手を発行する必要があったという事情によるものです。

 前年の1950年に干支にちなんだ虎切手を発行した郵政省は、これを皮切りとして干支シリーズを発行していく方針でしたが、郵政審議会の専門委員だった三井高陽らは干支切手の企画を“迷信に類するもの”として強硬に反対します。三井らは、お年玉葉書の賞品として非売品の小型シートを発行することにも反対していました。これに対して、郵政省の事務方は、くじつき葉書の発行とその末等賞品に非売品の切手を採用するということは前年通りとしながらも、収集家の批判にも配慮して、干支以外の題材の切手を発行するということで妥協を図ろうとしました。

 ところが、実際にお年玉葉書の賞品となる切手にふさわしい題材として、干支以外のものを選ぶ作業は非常に難航。結局、振袖姿の少女がウサギを抱きかかえるデザインの切手が発行されています。この点について、“郵政省筋”は「(結果としてウサギが切手の題材となったが)干支切手としての『兎』に固執しているわけではない」と説明していますが、まぁ、苦しい説明ですな。

 さて、切手の原画を担当した渡辺三郎によると、彼は、写真技師を伴い、神奈川県川崎市の登戸養兎場を訪ね、20枚ほど資料写真を撮影。その中から、「娘さんが草に腰を下ろし、眞白のウサギを抱きながらうっとりしている場面」の写真をもとに、“娘さん”を“少女”に置き換えて原画を作成したそうです。

 ところで、現在でこそ、成人式には振袖を着るという習慣が定着していますが(20歳を過ぎても未婚であれば振袖はOKとされているため)、もともと振袖は未成年の着物で、18歳で元服を迎えた女性は、結婚しているか否かにかかわらず、袂を切り、振りを縫いふさいで袖丈いっぱいの留袖にするのが一般的でした。したがって、本来であれば、成人式に女性が和装で出席する場合には色留袖や訪問着を着るのが正しいということになります。

 もっとも、成人式の前は未成年で、成人式が終わったら“大人”として認知されるというのであれば(同様の理由で、今上陛下の立太子礼の切手は図案が差し替えとなりました)、成人式に振袖を着て行って、会場で袂を切り落として帰ってくるというのが道理にかなった仕儀なのかもしれませんが、わざわざ貴重なクラシック切手の10枚ブロックを田形とペアに切り離すようなことはフツーはしたくはないでしょうねぇ。

 まぁ、現実の20歳はまだまだ子供だから振袖を着ていても良いのだ、といわれれば、納得せざるを得ないのでしょうけど。
 
 なお、今回ご紹介の切手に関しては、ほかにもいろいろと面白い話もあるのですが、それらについては拙著『年賀切手』で詳しくまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。

 * 昨日の切手市場での『年賀切手』の即売・サイン会は無事終了いたしました。ご来場いただきました皆様には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。


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 鏡開き
2009-01-11 Sun 09:53
 きょうは鏡開きの日です。というわけで、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 鏡餅・年賀印

 これは、鏡餅を描く1938年用の年賀機械印が押された1949年用の年賀切手の使用済みです。

 戦争の影響で中断されていた年賀郵便の特別取り扱いは1948年12月15日に復活しましたが、戦前に用いられていた絵入りの年賀印は復活しなかったため、一部の郵便局では、年賀状らしさを演出するため、戦前の機械年賀印を引っ張り出して来て使用した例も見受けられます。もっとも、このとき用いられた印は、各局がそれぞれ独自に保管していたモノを使いましたので、今回ご紹介の切手のように鏡餅の印が押されるケースもあれば、1937年用のしめ飾りの印もあったりして、バリエーションに富んでいます。

 鏡開きは、もともと、武家社会の風習で「二十日に鏡を祝うは、初顔祝うという詞の縁をとるなり」とし、ハッカが刃柄と通じるところから、正月20日に行なわれていました。このため、現在でも地域によっては20日に鏡開きを行うケースもあります。現在のように11日に行われるようになったのは、徳川3代将軍家光が4月20日に亡くなったため、20日を忌日として避けたことによるのだそうです。

 鏡開きは大正月の終わりを意味しており、武家では主家の鏡餅を君臣ともども分け合って主従固めを、商家では蔵開きを、農村では田打ち正月をして、一年の出発としていました。ということで、そろそろ、このブログでも正月がらみの話題も取り上げにくくなるのですが、お年玉くじの抽選や小型シートの引き換えにはまだしばらく間がありますので、それまでは拙著『年賀切手』に絡めた記事にもお付き合いいただけると幸いです。


 イベントのご案内

 以下の日程で『年賀切手』の即売・サイン会(行商ともいう)に出かけます。どちらも入場は無料で、お買い求めいただいた方には会場ならではの特典をご用意しておりますので、よろしかったら、遊びに来てください。

 1月11日(日) 切手市場 於・桐杏学園(東京・池袋) 10:15~16:00
  * 内藤は11:00頃から会場にいる予定です。なお、昨日の切手バザールでの『年賀切手』の即売・サイン会は無事終了いたしました。ありがとうございました。

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 クリシュナの牛
2009-01-10 Sat 09:57
 The Dairy NNA アジア総合版に連載中の僕のコラム「切手から読み解くインド」の第34回が配信となりました。皆さんにお届けする僕の仕事としては今年の“初荷”になりますので、今回は干支にちなむ牛の話を取り上げて、いくつかの切手をご紹介しています。そのなかから、今日はこんな1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 インド・酪農会議

 これは、1974年12月にニューデリーで開催された「第19回国際酪農会議」の記念切手です。

 クリシュナは、インド神話に登場する神のひとりで、ヒンドゥー最高神の一つとされるヴィシュヌ神の化身とされています。

 悪名高いカンサ王は、ある日、占い師から、ヴァースデーヴァの8番目の息子に殺されると予言されます。予言を恐れた王は、ヴァースデーヴァの息子を皆殺しにすることを命じましたが、バララーマ(ヴィシュヌ神を守る蛇族の王・アナンタの生まれ変わり)とクリシュナの2人だけは危うく難を逃れ、牛飼いの家で育てられます。幼少期から牛車を持ち上げるほどの怪力を発揮した彼は、眉目秀麗な青年に成長して牛飼いの娘たちとさまざまな恋愛を繰り広げたほか、カンサ王を成敗。さらに、国の覇権をめぐって2つに分かれたバーラタ一族の争い(その経緯をまとめたのが叙事詩「マハーバーラタ」)に際しては、主人公の王子・アルジュナの指南役としてアルジュナを支えました。

 こうしたことから、クリシュナは牛を連れて笛を吹く姿で描かれることが多く、今回の切手も、牛を連れたクリシュナを描くタペストリーの一部が取り上げられたものです。ただし、切手では牛のみが取り上げられクリシュナの姿は省かれています。神であるクリシュナの姿に消印を押すのは畏れ多いと判断されたのかもしれません。

 今回の記事では、この切手以外にも、インドの切手やはがきに登場する神話と牛についていろいろとご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。
 
 イベントのご案内

 以下の日程で『年賀切手』の即売・サイン会(行商ともいう)に出かけます。どちらも入場は無料で、お買い求めいただいた方には会場ならではの特典をご用意しておりますので、よろしかったら、遊びに来てください。

 1月10日(土) 切手バザール 於・切手の博物館(東京・目白) 10:30-17:00
  * JPSオークションのブースで販売します。内藤は11:00頃から会場にいる予定です 
 1月11日(日) 切手市場 於・桐杏学園(東京・池袋) 10:15~16:00
  * 内藤は11:00頃から会場にいる予定です。

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* 内容の一部は、このブログの年賀カテゴリーでもご覧になれます。なお、本書をご自身の関係するメディアで取り上げたい、または、取り上げることを検討したい、という方は、是非、ご連絡ください。資料を急送いたします。

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 雪中の犬はりこ
2009-01-09 Fri 09:22
 東京の都心では、今朝、初雪が観測されたそうです。というわけで、昨年末に刊行の拙著『年賀切手』のなかから、雪が描かれているモノがないかと探したら、こんな1枚を見つけました。(画像はクリックで拡大されます)

 犬はりこ

 これは、1957年12月20日に発行された1958年用の年賀切手で、雪模様を背景に“犬はりこ“が描かれています。切手のデザインは、東京・浅草の「いせ辰」の商品の“犬はりこ”を2種類、組み合わせてつくられています。

 平安時代宮中では 獅子や狛犬をおき身の穢れ禍を祓う行事が行われていましたが、これが“犬はりこ”のルーツともいわれています。

 室町時代、京都の上流社会では、犬の安産にあやかって、犬箱(犬筥とも書く。別名、御伽犬とも)という箱を産室に飾る習慣がありました。これは、顔は幼児・体は犬に似せてつくられたもので、胴の部分で上下に分かれて中にお守りなどを入れられるようになっており、子供が生まれると、産着をまずこの箱に着せた後で子供に着せ、魔除けとしたとされています。その後、江戸時代に入ると、この風習は庶民の間にも広まり、犬箱は嫁入り道具の一つとなったほか、雛祭りの雛段に飾られたものもありました。

 現在のような“犬はりこ”が作られるようになったのは、江戸時代中期のことで、享保-安永年間(1716-80)のものは、口を開き直線的な形をしていました。ちなみに、関西では江戸の“犬はりこ”のことを東犬(あずまいぬ)と呼んでいたようです。

 その後、幕末になると、“犬はりこ”は縁起物として丸みを帯びた形となり、ほぼ、現在の姿と同じになり、明治から昭和戦前期にかけては初宮参りの祝いとして 母の実家や親類知人から贈られるのが常でした。

 “犬はりこ”が背負っているデンデン太鼓は、現在では鈴がつけられているのが一般的ですが、かつては“まめまめしく”育つように鈴ではなく豆が使われていました。また、太鼓を結ぶ紐には麻が使われましたが、これは、麻がまっすぐ伸びるので、子供がすくすくと育つようにとの意味が込められています。

 さらに、“犬はりこ”の中には、ざるをかぶせたものが時折ありますが、これは、ざるが水をよく通すので鼻の通りをよくするとか、“犬”の字に“笊”の竹かんむりを合わせると“笑”の字になり、よく笑い鼻の穴がよく通るまじないとして、子供の風邪や百日咳の際、天井に吊るすと治るとされました。

 そういえば、きょう(1月9日)は、 寛政7年1月9日(1795年2月27日)に相撲絵シリーズの切手にも取り上げられている横綱・谷風がインフルエンザで亡くなったことにちなんで、風邪の日だとか。僕もなんとなく鼻が詰まっている感じなので、今夜は、ざるをかぶせた犬はりこを枕元にでも置いて早寝するとしますかね。
 

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 立山連峰の切手
2009-01-08 Thu 09:07
 富山県高岡市の開町400年に合わせて今月5日から販売されたオリジナルフレーム切手「美し郷土たかおか」のシートの1枚に、“雨晴海岸と立山連”とすべきところを“雨晴海岸と立山連”とした印字ミスの切手が見つかり、6日に販売中止となる騒動がありました。というわけで、立山連峰の切手を持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

 立山航空

 これは、1952年2月11日に発行された55円の航空切手で、立山連峰を背景に飛ぶダグラスDC-4型機が描かれています。

 第二次大戦後の占領下で日本の航空郵便は中断されていましたが、1947年8月27日、ノースウェストとパンナムによる外国宛の航空郵便が再開されます。その後、国内宛の航空郵便に関しては、1950年6月に民間航空活動の停止措置が解禁されたのに伴い、1951年10月11日にノースウエスト航空との委託運航契約が結ばれ(占領当局は日本側が航空機運航の実務を担当することを許しませんでした)、1951年10月24日からサービスが開始されました。

 今回ご紹介の切手は、1951年12月1日に航空郵便の料金が改定されたことに伴い、新料金(郵便の基本料金+航空便の料金)に対応すべく発行されたもので、同じデザインで55円、75円、80円、85円、125円、160円の6種類が発行されています。ちなみに、55円というのは第2地帯(グアム、ミッドウェー、フィリピン)宛の料金です。

 切手に描かれているDC-4型機は、第二次世界大戦中の1942年2月14日に完成・初飛行し、当初は米軍の輸送機(C-54スカイマスターもしくはR5D)として、1946年までに1134機が製作されました。戦後、そのうちの約500機が民間に払い下げられたほか、1947年8月9日に生産が終了するまでの間に74機が民間向けに製作されています。

 わが国では、第二次大戦後の民間航空再開にあわせて、日本航空がマーチン2-0-2型機5機とともに、DC-4型機1機をチャーターし使用しています。ちなみに、」このときチャーターされたDC-4型機は「てんおう星」号と名づけられ、1951年11月2日から東京=札幌(千歳空港)線に就航しました。切手に取り上げられているのも、この「てんおう星」号でしょう。

 なお、この切手のデザインは、実際の飛行場面の写真をもとに作られたのではなく、背景の立山連峰とDC-4型機を合成したものです。このため、実際に飛行機がこの方向を向かって飛ぶことはなく、切手発行時には、図案のミスを指摘する収集家もいました。

 さて、今回の印字ミス(おそらく、文字部分をワープロで作ったための変換ミスでしょう)の切手ですが、問題の部分は切手本体ではありませんから(フレーム切手というのは、周囲の枠の部分が“切手”として有効な部分で、内側はシールみたいなものです)、いわゆる“エラー切手”として将来的に人気が出て高値で取引されるようになるかどうかは微妙なところです。(もちろん、いまは話題性があってそれなりの値段になるでしょうが)

 むしろ、今回ご紹介の55円の航空切手は、未使用の状態の良いモノや、本来の目的どおりにグアム、ミッドウェー、フィリピン宛のエアメールに使われたモノが残っていれば、ほぼ確実にオークションでは高値で取引されますから、お宝探しということであれば、そちらに期待した方が賢明かもしれません。


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 昭和天皇のお土産
2009-01-07 Wed 09:18
 1989年1月7日の昭和天皇崩御からきょうで20年になります。というわけで、昨年暮れに刊行の拙著『年賀切手』のなかから、昭和天皇にちなむものが何かないかと思って探してみたら、こんなモノがありました。(画像はクリックで拡大されます)

 作州牛

 これは、1984年12月1日に発行された1985年用の年賀切手で、岡山県津山市の民芸品・作州牛が取り上げられています。

 津山の竹細工は、大正期に町おこしとしてはじまり、昭和初期から終戦にかけては大分と肩を並べるほどの生産を誇っていました。
 
 土産品として花器などの竹細工を作っていた白石安太郎は、1955年、地元農協が販売した奈良漬を入れる舟形の容器を作り、高い評価を得ました。あわせて、1947年に開墾された蒜山高原でジャージー牛が飼育されていることから着想を得て、息子の靖(当時27歳)に牛の竹細工を作るよう命じます。

 当初、ホルスタインの白と黒を竹細工でどうやって表現したらよいものか、靖は大いに悩んだそうですが、農家出身の母親から、ホルスタインにこだわらず、黒牛を作ったらよいのではとのアドバイスを得て、黒牛の竹細工を完成させます。完成させた人形は、中国地方山間部で飼育され、力強く知性に富んだ和牛が出稼ぎに行く姿を竹細工で表現したもので、太い竹を輪切りにして胴を作り、やや細い竹で頭部をつけ、4本の丸竹を脚にしています。これが、今回切手に取り上げられた作州牛のルーツとなりました。

 翌1956年、靖は作州牛を20個製作し、当時にぎわっていた奥津温泉の土産物屋で販売したところ、1週間もたたずに完売。以後、本格的に製造・販売を開始します。

 その後、1962年の岡山国体で岡山県を訪れた昭和天皇が皇孫・徳仁親王(現・皇太子)へのお土産としてお買い上げになったことで、民芸品としてブレイク。さらに、昭和天皇は1967年の全国植樹祭で岡山県をご訪問の際にも、再度、徳仁親王への土産物として作州牛をお買い上げになったことが報道され、話題となりました。

 それにしても、徳仁親王にしても作州牛をふたつもらっても困ったでしょうねぇ。あるいは、報道では徳仁親王へのお土産となっていましたが、実際には、2つ目の作州牛は弟宮の文仁親王(現・秋篠宮)へのお土産だったのかもしれません。そうだとすると、「おじいちゃん、僕もお兄ちゃんと同じ牛がほしいよ」と孫にせがまれて牛を買ってくる好々爺という図が連想されて、なんとなく、微笑ましいですね。

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 ウェッジウッドが経営破綻
2009-01-06 Tue 15:38
 イギリスの高級陶磁器“ウェッジウッド”などを抱える大手陶磁器メーカー、ウォーターフォード・ウェッジウッド(アイルランド)が昨日(5日)経営破綻しました。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ウェッジウッド切手帳

 これは、1972年にイギリスで発行された切手帳で、中身はいわゆるマーチン切手ですが、表紙とその裏にウェッジウッドとその食器の解説が刷り込まれています。

 ウェッジウッドは、いまからちょうど250年前の1759年、イングランドのジョサイア・ウェッジウッドがバーズレムで創業しました。3年後の1762年に完成したクリーム色の陶器がシャーロット王妃(ジョージ3世の妻)にも納められ、“クイーンズウェア(女王の陶器)”という名称の使用が許可され、一挙に、王室御用達ブランドとしての地位を確立します。その後、クイーンズウェアはヨーロッパのみならずアメリカ大陸にも出荷され、ウェッジウッドの名は高級陶磁器の代名詞ともなりました。

 ウェッジウッドの顔ともいうべきジャスパー(切手帳の左側のスタイルです)の開発は1774年のことで、1790年に作られたジャスパーによるポートランドの壺は同社の商標にも組み込まれています。ちなみに、下の画像は、イギリスの切手印刷会社ハリソン&サンによる切手印刷50周年を記念してウェッジウッドが作ったジャスパー・タイプの小皿です。中央にはマーチン切手の石膏像の部分が切手型の枠の中に白く焼きつけられていて良い感じです。

 ウェッジウッド灰皿

 老舗の高級陶磁器メーカーだったウェッジウッドは、第二次大戦後、急速に事業を拡大。1950年代の生産は1930年代の20倍以上に拡大し、1960年代には創業300年以上のウィリアム・アダムス社をはじめ多くの同業者を買収して会社の規模も1950年代の2倍になります。今回の切手帳も、イギリス経済全体があまりぱっとしない中で、ウェッジウッドが一人気を吐いていた時期のモノといってよいでしょう。

 1986年、ウェッジウッドはロンドン・インターナショナル・グループ(現・SSLインターナショナル)から敵対的買収を仕掛けられますが、これに対抗するため、ウェッジウッド側はアイルランドのクリスタルガラスメーカー、ウォーターフォード・クリスタル社と合併。これが、今回経営破綻したウォーターフォード・ウェッジウッド社となりました。

 この合併により、敵対的買収は避けられたものの、合併によるシナジー効果は思ったほどに上がらず、また、近年は中国製など低価格陶器の攻勢で、売り上げは伸び悩んでいたとのこと。そこへ、昨年9月以来の金融危機による世界的な景気後退がとどめをさす形となって、負債総額4億ユーロ(約500億円)を超えての破綻となったようです。

 当面、日本など海外にある小売店は営業を継続するとのことですが、まさかあのウェッジウッドが…というニュースには、現在の経済状況の深刻さを改めて思い知らされました。ホント、正月気分が一瞬にして粉々に砕け散った気分です。


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 ガザの解放
2009-01-05 Mon 14:30
 先月27日に始まったイスラエル軍のパレスチナ自治区ガザへの攻撃で、ついに、イスラエル軍が今朝未明(現地時間3日夜)、地上侵攻作戦を開始しました。というわけで、ガザがらみの1枚として、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ガザ解放5周年

 これは、1962年にガザ解放5周年を記念してエジプトが発行した切手で、ガザの地図を背景にパレスチナ人の家族を描くとともに、「ガザはアラブ国家の一部」という英文のスローガンが入っています。ちなみに、アラビア語のスローガンは直訳すると「アラブのガザ」となっており、若干、ニュアンスが異なっています。

 1948年のイスラエル建国以前、ガザは“パレスチナ“の一部としてイギリス委任統治下にありましたが、第1次中東戦争のドサクサでエジプトが占領してしまいます。

 1956年の第2次中東戦争(いわゆるスエズ動乱)に際しては、ガザ地区はイスラエルに占領されましたが、停戦協定により、1957年にイスラエル軍が撤退。再びエジプトの支配下に置かれます。今回ご紹介の切手は、このときの“ガザ解放”から5周年を記念して発行されたものです。

 しかし、この切手発行から5年後の1967年に勃発した第3次中東戦争では、ガザは再びイスラエルに占領されました。

 2005年9月、イスラエル軍はガザから完全撤退し、38年の長きにわたる軍事占領はようやく終わりましたが、その直後に対イスラエル強硬派のイスラム原理主義勢力・ハマスが選挙で勝利してパレスチナ自治政府の与党となると、状況は一変。イスラエルによるハマス討伐の経済制裁と空襲に対して、ハマスは2007年6月にガザ地区を武力で占拠し、ロケット砲によるイスラエル領内への攻撃を行い、それを鎮圧するためにイスラエルがさらなるハマス攻撃を行うという報復の連鎖が続いています。今回のイスラエル軍の侵攻もその延長線上にあるわけで、イスラエル側はガザをハマスの支配から“解放”することを大義名分として掲げているわけですが、ガザの一般住民にしてみれば、イスラエル・ハマスの双方から解放されて平和な生活を取り戻したいというのが本音なのではないでしょうか。
 
 このように、ガザは、この100年間で目まぐるしく支配者が交代しており、それに合わせて郵便も様々に変化しているため、郵便史の視点から眺めて見てもなかなか興味深いものがあります。おととしから抱えている“中東郵便学”の本をつくるという企画も、そろそろ本腰を入れて取り組まなくてはならないのですが、ガザの話は同書の1章にぜひとも加えたいですね。


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 初詣に行ってきました
2009-01-04 Sun 10:08
 正月三が日のうちになんとかと思って、昨日は初詣に行ってきました。昨年の暮れに拙著『年賀切手』を上梓したばかりですので、せっかくなら、同書で取り上げた神社がよかろうと思って、1965年用年賀切手の“麦わらへび”にゆかりの駒込富士神社にお参りしてきました。(下の画像は左から、駒込富士神社の写真と麦わらへびの切手です。以下、画像はクリックで拡大されます)

 駒込富士神社   麦わらへび  

 “麦わらへび”のはじまりは、江戸時代の宝永年間(1704-11)に江戸・駒込村の百姓喜八が3尺(約90センチ)ほどの蛇を編んで地元の富士神社に奉納したところ、その夏に流行したコレラの災禍を逃れたと噂され、厄除けとして広まったといわれています。

 当初は、“麦わらへび”と江戸時代の富士信仰は無関係でしたが、富士神社の祭礼が行われる旧暦6月1日は、“むけの節句”ないしは“衣脱の朔日”と呼ばれ、桑の木の下で蛇の脱皮が見られるとか、蛇の脱皮にあわせて人間も衣を脱ぐとかいった俗信があることから、それにちなんで富士神社がこの玩具を授与するようになったと考えられています。

 初期の“麦わらへび”は、切手に取り上げられている者とは異なり、大きな笹に麦わらで作った蛇を絡ませたもので、信徒が買い受けて担いで帰り、室内や井戸端に飾って厄除けとしていましたが、後に小型のものも作られるようになりました。また、江戸時代には各所に駒込の富士権現が分祀されましたが、その結果、各地の神社で授与される“麦わらへび”にもさまざまなバリエーションが生じています。

 このうち、第二次大戦以前に浅草の浅間富士神社で旧暦6月1日の祭礼の際に授与されていたものは、浅間富士神社が戦災で焼失した後は神社で授与されなくなりました。これに対して、戦後の1958年から、東京の民芸品作家が浅間富士神社で授与されていたものを模して制作・販売したものがあり、切手にはそれが取り上げられています。ちなみに、切手ではわかりにくいのですが、長さ7-8センチのめだけ2本、長さ約14センチの麦わら数本と赤色の経木を組み合わせ、杉の葉を配した構造になっています。中心に心棒のように立っているのは鐘の撞木をかたどっており、中央のピンク色の紙に巻きついている部分(下の画像)が蛇を現しています。

 麦わらへび・拡大図

 さて、駒込富士神社の拝殿は、急な石段を上って二の鳥居をくぐった先にあるのですが、賽銭箱の前にはガラスの入った格子戸があって(下の画像・左)、賽銭箱を投げ入れられるだけの穴が開けられていました(下の画像・中)。おそらく、以前に賽銭泥にやられたことがあって、防犯上、こういう形になったのでしょうが、ちょっとビックリです。が、ビックリしてばかりもいられないので、格子戸の穴から手を入れてお賽銭をチャリンとやり(下の画像・右)、拝んできました。

 富士神社の拝殿1   富士神社の賽銭箱1   富士神社の賽銭箱2

 帰宅後、テレビをつけたら、箱根駅伝は東洋大学が優勝したとのニュースが流れていました。お参りした駒込富士神社は東京メトロの本駒込駅から歩いて10分強のところにありますが、その本駒込駅は東洋大学の最寄駅のひとつですから、結果的に、ゲンの良い場所にお参りしたことになるんでしょう。なにか、ご利益があるといいな。

 * 昨日の午後、カウンターが45万PVを越えました。いつも遊びに来ていただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。

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 年賀状の切手
2009-01-03 Sat 09:45
 例年のことですが、“郵便学者”という看板を掲げて生活している関係から、僕は毎年、年賀状には干支にちなんだ切手を取り上げることにしています。もっとも、ただ単に干支の切手を持ってくるだけではつまらないので、①できるだけ他の人が使いそうにないモノ、②その年の仕事の予告編になりそうなモノ、という二つの基準で切手を選んでいます。で、今年はこんな切手を選んでみました。(画像はクリックで拡大されます)

 モルダビア1858

 これは、1858年にモルダヴィア(モルドヴァ)公国で発行された牛の紋章の切手です。

 現在のルーマニア国家は、基本的に、かつてのモルドヴァ、ワラキア、トランシルヴァニアの3地域(国)から構成されていますが、このうち、オスマン帝国の支配下にあったモルドヴァでは、1858年、円形の枠の中に牛の紋章を大きく描いた最初の切手を発行しています。これが、名品切手として有名な“モルダヴィアの牛”で、収集家の間では、ルーマニアといえば条件反射的にこの切手のことを思い浮かべる人も少なくありません。

 今回ご紹介の切手は、その“モルダヴィアの牛”に次いで発行された2番目のシリーズにあたるもので、枠が長方形になっているほか、“PORTO SCRISOREI”の表示がキリル文字ではなくラテン文字になっています。ちなみに、最初のシリーズには27パラレ、54パラレ、81パラレ、108パラレの4額面がありましたが、2番目のシリーズは5パラレ、40パラレ、80パラレの3額面です。今回ご紹介の40パラレ切手は1858年10月27日に発行された青味紙のもので、翌1859年4月には同じデザインで白紙に印刷のものも発行されています。

 ホントなら、景気よく最初のシリーズの切手をドーンと持ってきたかったのですが、いかんせん、高すぎて手が出ませんので、値段が手頃な2番目のシリーズを何とか手に入れて年賀状に使ってみたというわけです。

 昨年、ルーマニアを旅行した際には、切手展の会場で“モルダヴィアの牛”の切手を拝んでから、モルドヴァ地方へ行って実物の“モルダヴィアの牛”を見に行きました。その時に撮影した牛の写真の一部は、以前の記事でもご紹介したことがあります。

 現在、雑誌『キュリオマガジン』で連載中の「郵便学者の世界漫遊記・ルーマニア篇」では、しばらくはトランシルヴァニア地方の周郵記を続け(先日刊行の1月号ではシギショアラを取り上げています)、その後、ルーマニア篇の後半でモルドヴァ地方の話を書く予定です。そして、連載の記事に加筆した単行本を今年の秋に刊行したいと思っています。雑誌の連載とあわせて、作業の進捗状況なども、随時、このブログでご案内していくつもりですので、よろしくお付き合いください。


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 良い初夢を!
2009-01-02 Fri 00:31
 いわゆる“初夢”というものは、元日(1月1日)から2日の夜に見る夢だという人と、2日から3日の夜に見る夢だという人があって、どっちが本当なんだかよくわからないのですが、いずれにしても2日は入っているわけです。というわけで、今日はこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 1972年用年賀

 これは、1971年12月10日に発行された1972年用の年賀切手で、宝船が取り上げられています。

 1960年以来、年賀切手の題材は十二支にちなんだ郷土玩具や民芸品から選ばれていましたが、1971年のイノシシでそれが一巡したため、郵政省は、1972年用からは十二支以外から題材を選ぶ方針を決定。その第一弾として取り上げられたのが、今回の宝船だったというわけです。

 宝船は米俵や金銀、サンゴなどを積んだ帆船で、その歴史は室町時代にまでさかのぼるといわれています。初期のものには稲穂が積まれているだけでしたが、江戸時代になると“宝”の印の入った帆を揚げ、七福神が乗りこんだものも作られるようになっています。

 初夢を見る晩に、宝船の描かれた絵を枕の下に入れて眠ると縁起の良い夢を見るとされており、このことから、帆には夢を食べる動物“獏”の字が書かれることもあります。また、讃として「なかきよのとおのねふりのみなめさめなみのりふねのおとのよきかな(永き世の遠の眠りのみな目ざめ波乗り船の音のよきかな)」との回文が書かれることもあります。版画の宝船を「お宝、お宝、今夜の初夢、初夢」と声を張り上げて売り歩く宝船売りの姿は、正月の風物詩として、大正時代まではよく見られる光景だったそうです。
 
 まぁ、僕自身は生まれてから40数年間、夢というものをほとんど見たことがない(正確には朝起きた時にどんな夢を見たか覚えていたことがない、というべきなのかもしれませんが)ので、今年も初夢とは無縁のままに終わりそうですが、とりあえず、今夜はこの切手の画像をプリントアウトして枕の下に入れて寝てみましょうかね。

 なお、1972年は2月1日に郵便料金の値上げがあったので、1月20日から交換が開始されたお年玉の小型シート用に、今回の切手と同じ図案で察職を変えた10円切手も発行されています。このあたりの事情については、拙著『年賀切手』でも詳しくまとめておりますので、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。


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