内藤陽介 Yosuke NAITO
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 <PHILAKOREA2009>開幕
2009-07-31 Fri 08:29
 きのう(30日)、アジア国際切手展<PHILAKOREA2009>が開幕しました。きのうは午前中、オープニング・セレモニーがあって伝統芸能のパフォーマンスなんかもあったのですが、それにちなんでこんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 太平簫   太平簫(実演) 

 これは、1987年に韓国で発行された切手趣味週間の切手で、韓服姿で太平簫(テピョンソ)を吹く人物が描かれています。右の写真は、今回のセレモニーで実際に太平簫を吹いている男性の写真です。ちなみに、パフォーマンスの全体像は下の画像のような感じでした。

 ソウル展開会式

 太平簫は、オーボエと同じくダブルリード型の木管楽器です。指穴のある部分は木製で、管の上端は真鍮や銅などの金属で覆い、その先に葦で作ったリードが付いており、木管の先はラッパのような形の金属が固定された構造となっています。指穴は全部で8個。上側に7個、下側に1個。約2オクターブの音域を出せます。音色は高くて強く、音量がかなり大きいので、野外で行われる農楽などでは欠かせない存在となっています。

 この種の楽器は世界中にありますが、その大元は古代ペルシャで作られたソルナという楽器だそうです。ちなみに、中国でも似たような楽器があって、こちらはソーナー(嗩吶)と呼ばれていますが、こちらは、ソルナの音訳なのかもしれません。

 ちなみに、ソルナは、東に伝わっていった終着点の日本ではチャルメラになりました。ラーメンの屋台でおなじみの楽器です。さっき朝ごはんを食べたばかりですが、なんだか、お昼にはラーメンが食べたくなりました。

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 切手展の会場
2009-07-30 Thu 09:36
 きょう(30日)からソウルのCOEXでアジア国際切手展<PHILAKOREA 2009>がスタートします。というわけで、まずは会場のCOEXを取り上げた切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 コエックス   コエックス正面


 これは、1979年7月3日に発行された韓国総合展示場オープン記念の切手です。右側の写真は、きのう(29日)、ソウル到着後に建物の前(切手展の会場に近い東口)で撮影したものですが、丸みを帯びた新館部分が切手とはずいぶん印象が違って見えます。

 切手にはKOEXと書かれていますが、これは、この施設がオープン当初は“韓国総合展示場”を略してこう呼ばれていたためで、現在のように、“Convention & Exhibition”の略でCOEXとなったのは1998年のことでした。ただし、コエックスの頭文字がKからCに変更されても、コエックスという発音は変わりませんから、どうして変更したのか、その理由はよくわかりません。

 さて、COEXは南側の本館と北側の新館に分かれていて、展示施設には、太平洋ホール、インド洋ホール、大西洋ホールなどと大洋の名前がつけられています。今年5月からは、ホール名はホールA、B、C…と変更になったとの情報もあったのですが、従来通りの名称もまだ使われているようです。ちなみに、切手展の会場は新館1階のホールB(インド洋ホール)です。

 コエックスがオープンした当時はソウルの江南地区はまだまだ開発途上でしたので、周囲にはあまり大きな建物もなく、切手に描かれている建物の存在感は相当なものでした。しかし、その後、江南の開発が進むと貿易センタービル、現代百貨店、インターコンチネンタルホテルなどの施設が次々と作られ、コエックスそのものは高層ビルに囲まれてしまい、絵葉書などでみると、高層ビル群の間の谷間という雰囲気になっています。さんこうまでに、グランド・インターコンチネンタルのある南側から撮影した写真(左)と、左の画像の端っこに見える貿易センタービルの全景写真(右:)も下に貼っておきましょう。

 coex南側   ソウル貿易センタービル

 通常ですと、海外の切手展に出かけるときは、途中、泊まりがけで別の都市に出かけていくのですが、今回の場合は、仕事の打ち合わせ(どうやら、拙著の韓国語版が出版される運びとなりそうです)やテーマティク出品者の会、友人とブースのお手伝いなどもあって、ソウルでの予定が詰まっていて小旅行は無理そうです。もっとも、その分、切手展の会場にいる時間も長くなるでしょうから、どうぞ、会場でこの顔を見かけたら、お気軽にお声をおかけくださいませ。

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 ソウルに行ってきます
2009-07-29 Wed 09:01
 きょう(29日)の午後から8月5日まで、アジア国際切手展<PHILAKOREA2009>(会期は30-4日)に参加のため、ソウルに行ってきます。というわけで、道中の無事を祈って、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 韓国・弥勒菩薩(100ウォン)

 これは、1969年10月1日に韓国で発行された通常100ウォン切手で、韓国の国宝第83号の弥勒菩薩像が取り上げられています。

 1969年発行の通常切手は韓国では最初のグラビア通常切手のシリーズとなりましたが、そのうちの最高額がこの100ウォン切手です。1969年12月27日の郵便料金改正で書状基本料金が10ウォンになりましたが、切手の発行時には7ウォンでしたから、現在の日本の感覚だと800~1000円切手というイメージでしょうか。

 韓国には著名な金銅弥勒菩薩半跏像として、国宝第78号と同83号があります。両者ともにその来歴等は不明ですが、ソウルの国立中央博物館に展示されている第83号については、日本の奈良・広隆寺弥勒菩薩像との類似性から、韓国側はこの像が広隆寺の像のルーツと主張しています。ただし、現在、韓国で確認されている木造仏は818年に作られたものが最古のものですから、7世紀の作とされる広隆寺の像との学術的な比較検証は不可能です。

 なお、韓国では、広隆寺の弥勒菩薩像が朝鮮半島起源であることを主張するためか、対日国交正常化30周年の記念切手に中宮寺の像を取り上げていますが、拙著『切手が伝える仏像:意匠と歴史』では、僕の勘違いから、この像を“国宝第83号”として掲載してしまいました。この場をお借りして、お詫びして訂正いたします。
 
 同書については、現在、韓国語版制作の話が持ち上がっていて、今回のソウル行ではその打ち合わせもしてくる予定です。新たな動きなどがありましたら、逐一、このブログでもご報告していきますので、よろしくお願いいたします。

 * ソウルへは自分のパソコンを持って行き、あらかじめ、取り込んでおいた切手類の画像を元に、いつもどおり毎日1本ずつ記事を書いていく予定ですが、現地のネット環境等により更新できないことがあるかもしれません。その場合は、あしからずご容赦ください。

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 『郵趣』今月の表紙:海洋汚染撲滅
2009-07-28 Tue 14:35
 (財)日本郵趣協会の機関誌『郵趣』2009年8月号ができあがりました。『郵趣』では、毎月、表紙に“名品”と評判の高い切手を取り上げていて、原則として僕が簡単な解説文をつけていますが、今月は、巻頭特集の「切手が語るエコロジー」にちなんで、こんなモノを取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

 モナコ・海洋汚染撲滅

 これは、1971年にモナコが発行した“海洋汚染撲滅”の切手で、重油の漂う海で油に被われた海鳥が描かれています。

 「水に流す」の言葉通り、人類は不要なものを川や海に投棄することを歴史的に繰り返してきました。しかし、2度の世界大戦を経て、工業化が急速に進展し、それに伴って石油消費量も急激に拡大すると、自然の浄化能力を超えた廃棄物が川や海に流れ込み、海洋汚染が深刻となりました。今回ご紹介の切手もそうした時代背景の下で発行されたものですが、石油の世紀と呼ばれた20世紀における自然破壊のすさまじさを強烈に印象づける1枚で、環境保護関連の切手の古典といってよいでしょう。

 ところで、1991年の湾岸戦争の際、油まみれの水鳥の映像の写真が繰り返し報道され、世界に衝撃を与えたことがありました。問題の写真は、当初、イラクのサダム・フセイン政権が油井を破壊してわざと重油を垂れ流したため(“環境テロ”という言葉まで用いられた)と説明され、切手の世界では発行から20年ぶりに、この切手が再び注目を集めています。

 しかし、後になって、問題の写真はイラクのフセイン政権とは全く無関係のものであり、アメリカ政府が広告会社を使って、反イラクの国際世論を喚起するための情報戦略を仕掛けていたことが判明。今度は、情報操作の“威力”に多くの人々が慄然としたのは記憶に新しいところです。


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 11度目の優勝
2009-07-27 Mon 13:18
 大相撲はモンゴル出身の横綱・白鵬の11度目の優勝で幕を閉じました。というわけで、きょうはモンゴルで11にちなむモノということで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 モンゴル・11面観音

 これは、1991年にモンゴルが発行した11面観音の切手です。

 『法華経』によれば、観世音菩薩はあまねく衆生を救うために相手に応じて33の姿に変身するとされています。このため、観音像には基本となる聖観音のほか、6-7世紀頃から変化観音と呼ばれるさまざまなヴァリエーションが発生しました。それらは、仏教が密教化していく過程で、ヒンドゥー教の影響を受け、多面多臂(顔や腕を多数持つ)の像として表現されるようになりました。

 多面多臂の造形は、あらゆる人を救い、人々のあらゆる願いをかなえるためとされていますが、その代表的なものの一つが今回ご紹介している11面観音です。

 この名前は、サンスクリットの“エーカーダシャムクハ”の意訳で、あらゆる方向に顔を向け、あらゆる生き物を救うとされる観音の超人的な頭の働きを強調したもので、この観音を祈念すれば、財物衣服に不自由することなく、一切の災厄から逃れるという現世利に加え、来世では地獄を逃れて無量寿国に往生できるなどの果報があるとされています。

 仏像としては、頭の上に11面の顔を持つ場合と、頭上の顔を10面にして本面とあわせて11面観音とする場合がありますが、いずれの場合も、一番上に乗るのは阿弥陀如来の面です。

 なお、切手に描かれたさまざまな変化観音については、拙著『切手が伝える仏像:意匠と歴史』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。

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 秋芳洞公開100年
2009-07-26 Sun 16:59
 山口県美祢市の特別天然記念物「秋芳洞」が観光客に公開されて100年を迎えることを記念し、ライトアップイベント「光響ファンタジー・水と大地の神秘」がきのう(25日)から始まったのだそうです。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

 秋芳洞

 これは、1959年3月16日に発行された「秋吉台国定公園」の切手のうち秋芳洞の黄金柱を取り上げた1枚です。

 秋芳洞は総延長は8790m(日本第3位、鍾乳洞としては東洋最大規模)の鍾乳洞で、洞口に瀧があるために古くから“瀧穴”と呼ばれており、魔物がすむと地元の人々から恐れられていました。

 1354年、秋吉台のふもとにある自住寺の住職・大洞寿円は旱魃から村を救うために雨乞いを行うことを決意。37日もの間、瀧穴にこもって断食、座禅をしながら経をあげ続けました。この結果、雨が降り始めましたが、寿円本人は自住寺近くの川で水死体で発見されました。仏に感謝して滝穴の竜ケ淵に入水したとも、洞くつ内にあふれた水で溺れて亡くなったともいわれています。

 その後も、瀧穴には雨乞いのときにしか近づく人がいない時代が長く続きましたが、1904年、美東町の大田鉱山を経営するために来県した鉱山技師の梅原文次郎が瀧穴に興味を持ち、英国王立地学協会会員にして山口高等商業学校の英語教師だったエドワード・ガントレットや、広島高等師範学校教授の中目覚に学術調査を依頼。その結果、瀧穴が世界に誇る鍾乳洞であることが確認されました。これを受けて、梅原は観光客用に洞内の設備を整えるとともに、全国規模で大々的な宣伝を行い、1909年、瀧穴開窟式を行いました。これが、観光地としての秋芳洞の出発点になります。

 なお、その後も長らくこの洞窟は“瀧穴”と呼ばれていましたが、1926年、摂政宮(後の昭和天皇)の行啓を機に、現在の秋芳洞と改名されています。

 今回ご紹介の切手は、50年前の“秋芳洞50年”というタイミングで発行されたものですが、切手全体の色使いや、親子3人と思しき観光客の姿などが、なんとも時代を感じさせる1枚で、自然とほのぼのとした気分になりますな。

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 世界漫遊記:ティミショアラ(後篇)
2009-07-25 Sat 14:37
 『キュリオマガジン』2009年8月号が出来上がりました。僕の連載「郵便学者の世界漫遊記」は、前回に続き、1989年のルーマニア民主革命の発祥の地・ティミショアラを取り上げました。その記事のなかから、今日は、こんなモノをもってきてみました。(以下、画像はクリックで拡大されます)

 ティミショアラ事件記念印   ティミショアラ・Vサイン

 これは、民主革命の直後に発行された記念切手に、革命の発端となったティミショアラ事件1ヶ月の記念印を押したものです。ティミショアラでは、このVサインとよく似たマークを所々で見かけましたが、その一つとして、自由広場西側の軍の施設の前に並べられた75ミリ砲にペイントされていたのが右側の画像です。ちなみに、雑誌ではスペースの関係で割愛しましたが、75ミリ砲の全体像は下の画像のようになっています。

 ティミショアラ軍施設前

 1989年のルーマニア革命は、同年12月16日、チャウシェスク政権がハンガリー系の牧師で人権活動家のラースロー・テケシュをティミショアラから追放しようとしたことに反発した住民が、これを阻止しようとして教会を取り囲み、出動した治安警察部隊と衝突したことから始まりました。

 住民の抗議行動に対して、チャウシェスク政権は「党の建物に侵入した者を生きたまま帰すな」と厳命。内務省秘密警察、国境警備隊、治安警察の応援部隊が市内中心部のオペラ劇場付近に集まっていた市民たちに対して自動小銃や装甲車の車載銃などで発砲し、多数の死傷者が発生しました。こうして、“暴徒”を鎮圧したチャウシェスクでしたが、治安部隊の発砲によりティミショアラで多数の犠牲者が出たという情報は、ただちにVOA(アメリカの声)などによって全世界に伝えられるとともに、口コミでルーマニア国内を駆け巡り、アラド、シビウ、クルージュなどでも暴動が発生。19日にはルーマニア全土に非常事態宣言が布告されることになります。

 当初チャウシェスクの命令に従って“暴徒”を鎮圧していた国軍でしたが、「国軍の中に“暴徒”の抹殺を躊躇する者があれば容赦なく発砲せよ」とのチャウシェスクの理不尽な命令を受けた国防相のミレアは、これに反発し、「私も軍だ。したがって私は軍を撃つ」と叫んで短銃自殺を遂げます。以後、国軍は革命側につき、国軍の支持を失ったチャウシェスクは翌21日にブカレストで開催した官製集会で国民から引導を渡されることになるのです。
 
 今回の記事では、そうした革命の史跡に加え、かつてのハプスブルク帝国の栄華を思わせる旧市街の町並みなどをご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 童子今昔
2009-07-24 Fri 19:57
 まずは、画像(クリックで拡大されます)をご覧いただきましょう。

 恵喜童子   恵喜童子(2009)

 これは、いずれも、高野山に建てられた不動堂の本尊、不動明王像に付属の八大童子像のひとつ、慧喜童子(八大童子の中の序列は2番目で、左手に摩尼宝珠、右手に三叉戟を持っているのが特徴)を描いた300円切手で、左が1984年発行のモノ、右側がきのう(23日)に発行されたモノです。

 個人的な意見を言わせてもらうと、1984年に発行されたものが凹版単色のいかにも切手らしい出来栄えなのに対して、今回の切手はどうも好きになれませんねぇ。特に周囲をぐるっと回った英文がなんとも邪魔くさいです。これがなければ、そこそこ見られる切手になったとも思うのですが…。また、どうしても文字を入れるのなら、“日本郵便・通常切手・300円”なんて、見ればわかることをくどくど書くのではなく、慧喜童子の説明なり、童子ゆかりの文言にでもしたほうがずっと気が利いてると思うんですがねぇ。

 高野山の八大童子に関しては、これまで、制多迦童子慧光童子矜羯羅童子にくわえ、今回の慧喜童子の4点がこれまでにも切手に取り上げられています。このうち、矜羯羅童子と慧喜童子は2回ずつ取り上げられているのですが、どうして、残りの童子(阿耨達童子、指徳童子、烏倶婆誐童子、清浄比丘)や本尊の不動明王は取り上げられないんでしょうか。収集家の性としては、ともかくも、コンプリートにしてほしいという気分なんですが…。

 なお、八大童子の他の像を取り上げた切手については、拙著『切手が伝える仏像』でもご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。
  

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 “ふみの日”切手30年
2009-07-23 Thu 14:23
 1979年7月23日に“ふみの日”の最初の切手が発行されてから、きょうでちょうど30周年です。というわけで、ストレートにこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ふみの日(博多人形)

 これは、1979年7月に発行された最初の“ふみの日”切手のうち、文(手紙)を書く博多人形を取り上げた1枚です。(同時に発行された20円切手についてはこちらをご覧ください)

 毎月23日を語呂合わせで“ふみの日”として手紙を書くキャンペーンは1975年から、地方ごとに展開されていましたが、、それが全国規模で行われるようになったのは1979年4月以降のことです。当初のキャンペーンでは、“ふみの日”のシンボルマークが制定されたほか、毎月23日に全国の郵便局での小型印の使用、NHK総合テレビの番組「テレビファソラシド」で“ふみの日”にちなむ「手紙特集」の放送や「手紙のある世界」と題する新聞広告の掲載などが企画されていましたが、切手の発行は予定されていませんでした。

 このため、1979年3月2日の衆議院予算委員会の分科会で社会党議員の後藤茂が、郵政省が毎月二十三日を“ふみの日”として手紙を出そうと呼びかけているものの、その周知宣伝がほとんど行われていないことを指摘。その周知宣伝の手段として「この日だけは、普通切手に代わって、ふみの日の特殊切手を作り売ることを考えて欲しい」と提案。これに対して、郵政大臣の白浜仁吉が「とても良いご提案なので、ぜひ前向きに検討したい」と答弁したことから、急遽、事務方は切手発行の準備を開始。新年度になってから、陰暦七月の“文月”にあわせてキャンペーン切手が発行されることとなりました。これが、現在にいたるまで続く“ふみの日”切手のルーツです。

 もっとも、文月のふみの日ということですが、文月という名前の語源については、一般に説明されている「7月7日の七夕に詩歌を献じたり、書物を夜風に曝す風習があるから」という説については異論もあるようです。というのも、七夕の習慣は奈良時代以降、中国から伝来したもので、もともとの日本の習慣ではないからで、稲の穂が含む月であることから“含み月”または“穂含み月”がなまって文月になったというのが、そうした人々の主張です。

 なお、“ふみの日”切手については、1979年から1984年までのモノについては、拙著『近代美術・特殊鳥類の時代』でもいろいろと解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。

 
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 日食
2009-07-22 Wed 14:14
 きょう(22日)は午前中、晴れていれば、日本では46年ぶりとなる皆既日食がトカラ列島や屋久島、奄美大島などで観測できるとのことでしたが、どうだったんでしょうか。というわけで、この1枚です。

 フランス・日食  日食写真


 これは、いまから10年前の1999年8月11日のヨーロッパでの皆既日食に合わせてフランスが発行した記念切手で、中央に日食のコロナをドーンと置き、四隅には右上から反時計回りに欠け始めから完全にかけるまでの太陽の影が描かれています。
 
 1999年は年初から銀行取引などでユーロが導入されたこともあって、この切手の額面もフランス・フランとユーロの併記になっています。ちなみに、ユーロとフランス・フランの交換レートは、1ユーロ=6.55957フランという勘定でした。また、現金としてのユーロの流通が始まったのは2002年1月1日のことで、これに伴い、同年2月17日をもって、通貨としてのフランはその歴史に幕を下ろすことになりました。

 さて、東京でも天候が良ければ、午前中に部分日食が見られたはずだったのですが、あいにくの曇り空。こりゃダメだろうなと思いつつ出かけてしまったのですが、都心を歩いているときにふと空を見上げると、ちょうどいい塩梅に雲が“日食ガラス”の役割をしていて、欠けた状態の太陽が見えました。あわてて、携帯のカメラで撮ってみたのが右側の写真です。きちんとしたカメラではないので画像が荒いのですが、それでも、太陽が欠けているのは、なんとかお分かりいただけるのではないかと思います。

 日本で皆既日食が見られるのは、次は2035年9月2日だとか。このブログも「前回2009年の日食のときは…」と書けるように頑張りたいものです。

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 バカヤロー解散
2009-07-21 Tue 14:34
 今日の話題はなんといっても衆議院の解散でしょう。というわけで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 バカヤロー解散

 これは、麻生太郎総理のお祖父さん、吉田茂が行った“バカヤロー解散”に伴って行われた総選挙の際の選挙ハガキで、“選挙”の文字が入った消印の日付は公示日の昭和28年(1953)3月24日となっています。

 1953年1月の第15国会で、当時の吉田内閣は、野党攻勢と自由党内部の鳩山一郎派(自由党党内民主化同盟、通称、鳩山民同)の攻撃にさらされていました。おりしも2月28日の衆議院予算委員会で吉田は、右派社会党の西村栄一の質問に対して答弁中、「バカヤロー」と暴言を吐きます。もっとも、この失言は、大声で怒鳴ったわけではなく、吉田が席に着く際に小声でつぶやいた物だったのですが、それをマイクが偶然に拾ってしまったことで騒ぎが大きくなったというわけです。

 発言後、吉田はすぐに「バカヤロー」発言を取り消し、西村もそれを了承したものの、野党と鳩山民同はこれを吉田工芸のための格好の材料として、右派社会党が吉田に対する懲罰動議を提出。これが、自由党からの造反議員の欠席もあって可決されると、吉田は造反した農林大臣の広川弘禅を罷免します。これに対して、広川派が鳩山派に合流したことで、吉田陣営と反吉田陣営の対立の泥仕合の様相を呈するようになり、昭和28年度予算案をはじめ130件余りの法案が審議停止状態に陥りました。

 こうした状況の下で、3月13日、野党は吉田内閣不信任案を提出。鳩山のほか、三木武吉、河野一郎、石橋湛山ら鳩山派22名が自由党を脱党(鳩山自由党、または分派自由党)し、不信任に賛成投票をしたことで不信任案は可決され、吉田は解散に踏み切りました。

 解散後の総選挙では吉田の率いる自由党は大敗し、かろうじて政権を維持したものの少数与党に転落。以後、吉田の影響力は急速に衰えていくことになります。

 さて、今回の総選挙に関しては、現状では、麻生総理の支持率低迷もあって、自民党の大敗は必至というのがもっぱらの予想です。このためか、かつてのバカヤロー解散をもじって、バカタロー解散という人もあるようですが、さてさて、どうなりますやら。


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 月面着陸40年
2009-07-20 Mon 21:31
 アポロ11号による人類初の月面着陸(1969年7月20日)から、きょうでちょうど40年です。というわけで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 月面着陸25年

 これは、1994年にアメリカで発行された月面着陸25周年の切手のシートで、余白には、アポロ11号の船長、ニール・アームストロングの有名な言葉「ひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍だ」と1969年7月20日の日付が入っています。

 1961年5月、アメリカ大統領のジョン・F・ケネディは、1960年代のうちに人間を月に到達させると公約します。その直前の4月には、ソ連の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンが、ボストーク1号で史上初の有人宇宙飛行を成功させており、アメリカはソ連との宇宙開発競争において、自分たちがソ連の後塵を拝していることを否応なしに見せつけられたためです。結局、ケネディは1963年11月に暗殺されてしまいますが、彼の公約は1960年代ギリギリの1969年に達せられることになりました。

 まぁ、このあたりの事情は、雑誌『ハッカージャパン』で連載中の「切手が語る宇宙開発史」でも取り上げることになると思いますので、きょうは、僕自身のアポロ11号に関する思い出をいくつか書いてみたいと思います。

 僕は1967年1月の生まれですから、1969年7月の月着陸の時には2歳半です。したがって、リアルタイムでの記憶というのはほとんどありません。むしろ、翌1970年の大阪万博に行った伯母たちが、アポロの月の石の話を興奮気味にしてくれた記憶のほうが残っています。

 時代は流れて、一年浪人して大学を受け直した際、入試問題にアポロ11号の飛行士(たぶん、アームストロングだったと思いますが)のインタビュー記事が出題されていたのは鮮明に覚えています。なお、くだんの文章がどういう基準で問題のネタになったのかはわからないのですが、同じ文章がその年の別の大学でも出題された後で聞きましたので、あるいは、入試業界では有名な文章なのかもしれません。

 問題文の細かい部分は忘れましたが、とにかく、宇宙のロマンを熱く語って質問をぶつける記者に対して、宇宙飛行士の側がとにかく冷静で、無事に任務を終えて地球に帰還することが大事という姿勢を崩さず、話が噛み合わないという内容でした。「月に行けるのなら死んでもかまわない」という記者の気持ちもわからなくもないのですが、現実には「冗談じゃない。万に一つも帰ってこれない可能性があるのなら宇宙になんか行かない」という宇宙飛行士の発言のほうがリアリティがありますな。まぁ、いまもむかしも、マスコミというのはとかく情緒的になりがちで、冷静にモノを考えることは少ないということなのかもしれませんがね。

 
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 ボスニアのウナギ
2009-07-19 Sun 23:32
 きょう(7月19日)は土用の丑の日です。というわけで、きょうは“ウナギ”ネタの中から、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ボスニアのウナギ

 これは、2000年8月18日にボスニア・ヘルツェゴヴィナで発行されたウナギ(ヨーロッパ・ウナギ)の切手のマキシマム・カードです。

 我々が蒲焼として食べているのは、いわゆるニホンウナギですが、ウナギ属全体としては、世界中の熱帯から温帯にかけて18種(内3亜種)が生息しています。このうち、主としてヨーロッパで食されているのが、今回ご紹介の切手に取り上げられているヨーロッパ・ウナギで、以前にもこのブログでスウェーデンのウナ君の切手をご紹介したことがあります。

 さて、日本ではウナギの調理法といえば、蒲焼か白焼にほぼ限定されていますが、世界各国ではさまざまな調理法がなされています。ちなみに、ボスニアの郷土料理では、ぶつ切りにしたウナギをニンニクとオリーブオイルでこんがり焼き目をつけて食すのが定番だとか。たしかに、スペイン料理ではウナギの稚魚を食すわけですし、脂の乗ったプリプリのウナギのグリルというのも美味そうですな。機会があれば、ぜひ一度食べてみたいものです。


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 ジャワのヴィシュヌ神
2009-07-18 Sat 14:34
 きのう(17日)、インドネシアの首都ジャカルタ中心部のアメリカ系高級ホテル、JWマリオットとリッツ・カールトンで、イスラム過激派とみられる2人による自爆テロが相次いで発生し、8人が死亡、約50人が負傷しました。というわけで、きょうはインドネシアのネタの中からこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 インドネシア・ヴィシュヌ

 これは、1994年にインドネシアが発行した「第6時5ヶ年計画」の切手の1枚で、児童医療の充実をテーマとした一枚ですが、背景にジャワ島チャンディ・バノン出土のヴィシュヌ神像が描かれています。

 ヴィシュヌ神は、ブラフマー、シヴァとともにヒンドゥー教(インドネシアの人口の圧倒的多数はムスリムですが、ヒンドゥー教徒も少なからずいます)の最高神の一つです。

 古代インドのバラモン教では、数ある太陽神の一つとされ、全宇宙(天界)を3歩で歩いたといわれています。その後、クリシュナをはじめ、各地の神々をみずからの化身として取り込むことで、信徒を増やしていきました。

 ちなみにブッダもその化身の一つとされているのですが、悪神アスラ(阿修羅)たちから聖典ヴェーダを遠ざけるため、あえて誤った教義である仏教を使ってアスラ群を惑わし、それによって聖典ヴェーダをアスラ群から守護したとされています。このため、ヒンドゥー教(ヴィシュヌ派)では、仏教はインチキ宗教であり、ブッダはインチキ教祖として散々な評価になっています。まぁ、カースト制を批判する仏教の拡大に対して、力を奪われたカースト制の上位勢力が巻き返しをはかって、バラモン教を中心とするインド全域の宗教を再構成されてつくられたのが、現在のヒンドゥー教の原型ですから、彼らが仏教を目の敵にするのも致し方のないことでしょう。もっとも、仏教の側でも、かなり露骨にヒンドゥー教を敵視してきましたから、お互いさまといえばそれまでですが…。

 ところで、ヒンドゥー教では、正義が失われ、不道徳が世界を覆うようになると、ヴィシュヌの化身が地上に現れ、悪を滅ぼすとされています。今回の自爆テロを行った犯人たちも、自分たちのやっていることは正義のために悪を滅ぼすことだと信じているのでしょうが、結果的に、何の罪もない人々を巻き添えにするというのは客観的にみれば“悪”以外の何物でもないようにしか思えないんですがねぇ。


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 十勝連山のトムラウシ山
2009-07-17 Fri 23:26
 きのう(16日)、北海道・大雪山系トムラウシ山(2141m)と美瑛岳(2052m)で、悪天候のため登山客ら計2組24人が下山できなくなり、計10人が亡くなりました。謹んでご冥福をお祈りいたします。というわけで、きょうはこんな切手を持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

 十勝連山

 これは、1940年4月20日に発行された「大雪山国立公園」の切手のうち、十勝連山を取り上げた1枚です。

 切手のもとになった写真は、1939年7月25日の正午ごろ、印刷局の松浦竹治が撮影したもので、然別湖畔、山田温泉付近の円望山中腹から十勝連山を望む風景です。ちょうど、いまの季節の風景というわけですな。

 十勝連山は、富良野盆地の東側に並ぶ一連の山塊で、その北側が大雪山へとつながります。連山を構成する山の内訳は、旭岳・白雲岳・忠別岳・トムラウシ山・オプタテシケ山・十勝岳・富良野岳だそうですが、今回の事故があったトムラウシ山が切手に映っているのかどうかは、ちょっと調べきれませんでした。

 トムラウシ山は奥深い山であるため、広大な花畑や湖沼などの大自然が荒らされることなく残されており、登山者には人気がありますが、その反面、最短ルートの新得町からでも山頂まで6~7時間はかかり、小屋などの設備も少ないため、遭難事故がしばしば起きている山でもあります。

 緯度の高い北海道では2000mの山でも本州の3000m級の山に相当する装備が必要とされるのだそうです。専門家によると、「夏山だと思って油断すると低体温症になることもあり、場合によっては冬用の下着が必要。特に、体が寒さに慣れていない点にも注意が必要」とのことですが、警察によると、今回の遭難で亡くなった方々の死因も低体温症とみられているそうです。

 これから本格的な夏休みが始まると、公園切手に取り上げられたような山には多くの登山客が訪れすのでしょうが、くれぐれも皆様、十分な準備をしたうえで楽しんでくださいね。


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 地獄の釜のフタ
2009-07-16 Thu 23:48
 きょう(7月16日)は半年に一度の“閻魔斎日”。地獄の釜の蓋が開いて閻魔大王も地獄の鬼もお休みになる日で、そこから、かつての“藪入り”の習慣が生まれました。というわけで、なにか地獄にちなむ切手がないかと思って探してみたら、仏教系ではありませんが、こんなモノが出てきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ダンテ700年

 これは、1965年にヴァティカンが発行した“ダンテ生誕700年”の記念切手の1枚で、彼の代表作『神曲』の「地獄篇」冒頭で、地獄の入口で3匹の獣に遭遇する場面が描かれています。

 ダンテの『神曲』は、西暦1300年の聖金曜日(復活祭前の金曜日)、暗い森の中に迷い込んだ主人公が、そこで出会った古代ローマの詩人ウェルギリウスに導かれ、地獄・煉獄・天国と彼岸の国を遍歴して回る叙事詩です。

 「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」と銘された地獄の門を抜けると、地獄の前庭があり、そこには、人生を無為に生きてきた者たちが、地獄にも天国にも入ることを許されず、蚊や蜂に刺されながら留め置かれています。(全くの余談ですが、きょう、暑さのせいにしてあまり仕事をせず、無為に過ごしてしまった内藤は、風呂上りに蚊に刺されてしまいました。)

 その先には、仏教の世界でいう“三途の川”に相当するのでしょうか、アケローン川が流れており、冥府の渡し守カロンの舟で地獄に渡ることになっています。

 地獄の最初には、キリスト教の洗礼を受けなかった者が入る辺獄(リンボ)があり、そこでは、亡者たちは責め苦はないものの、希望もないままに永遠の時を過ごします。なお、ホメロスをはじめとする古代の大詩人たちも、キリスト以前に生れたため、キリスト教の恩寵を受けることがないという理由で、ここに置かれています。

 その後、愛欲者の地獄、貪欲者の地獄など、第9圏まである地獄の中から、亡者は冥府の裁判官ミーノスによって割り当てられた地獄に行き、責め苦を受けることになっているのだそうです。これもまた、閻魔大王の裁きと似たようなものでしょうから、人間の考えることなんて、結局は似たようなものなのかもしれませんな。

 それにしても、きょうも暑かったですね。地獄の釜のフタが本当に開いて、その熱気が地上までやってきたといわれても信じてしまいそうです。明日には地獄の釜のフタも閉じるはずなので、少しは涼しくなってもらわないと…。

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 切手を作った人々:加曾利鼎造 ④
2009-07-15 Wed 18:00
 ご報告が遅くなりましたが、東京郵便切手類取引所(TOPHEX)による『スター☆オークション』(7月18日実施)のカタログ第5号ができあがりました。同誌のオマケの読み物として、僕が担当している連載「切手を作った人々」は加曾利鼎造の4回目。今回はこんなモノを取り上げています。(画像はクリックで拡大されます)

 乃木2銭

 これは、1937年5月10日、第一次昭和切手のトップを切って発行された乃木希典を描く2銭切手です。

 1937年から発行が始まった第一次昭和切手は、加曾利の考案した基本的なプランに沿って木村勝るが切手の中心的な題材を描き、加曾利が周囲の輪郭や“大日本帝國郵便”の文字、額面数字などを手掛けることによって出来上がった2人の“合作”です。

 加曾利と木村では、役所の年次という点では加曾利が先輩にあたります。1936年用の年賀切手(崋山の富士)では、この序列に従って加曾利がメインの中心部分を担当し、木村がサブの周囲の輪郭を担当しました。しかし、加曾利の本職が図案家であるのに対して、木村の本職が画家であることを考えると、本来は逆の組み合わせ(第一次昭和切手の組み合わせ)のほうがお互いの特性を活きてきます。

 そもそも、 画家と図案家では、作品制作に際しての発想が根本的に違います。画家の作品はあくまでも画家の手によって完成されるものであり、それ自体が独立した存在となりますが、図案家の制作した図案は、その時点では、あくまでもアイディアないしは設計図にすぎず、それを基に他の専門家によって製品化されない限り、原則として、モノとして世に出ることはありません。両者が似て非なるものであり、その懸隔が一般に考えられている以上に大きいことは、たとえば、著名な日本画家が原画を手掛けた「魚介シリーズ」が、切手としては必ずしも出来の良いものとはならなかったことを考えてみればお分かりいただけるでしょう。

 さて、図案家としての加曾利の仕事を見た場合、印象的なのが第一次昭和切手以降の額面の算用数字の字体です。その中でも、最も特徴的な“2”は、今回ご紹介の切手を見ていただくとわかるのですが上部が完全な円になっています(従来のものは隙間があいている)し、“3”や“”は上部が直線(従来のものは曲線)になっています。

 こうした数字の自体を、僕は勝手に“加曾利式”と名付けていますが、加曾利が図案家として切手制作の中心的な役割を担っていくことにより、加曾利式の数字も時代を象徴するデザインの一部になっていくのです。

 * きのうの午後、アクセスカウンターが55万PVを超えました。いつも遊びに来ていただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。

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 パリの百済観音
2009-07-14 Tue 13:25
 きょうはパリ祭の日です。というわけで、拙著『切手が伝える仏像:意匠と歴史』のなかから、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 百済観音(フランス)

 これは、1997年にフランスで発行された“フランスにおける日本年”の記念切手で、法隆寺の百済観音が取り上げられています。

 百済観音は飛鳥時代を代表する仏像の1つで、1951年、広隆寺弥勒菩薩とともに最初の国宝に認定されています。2メートルを越える8頭身の長身ですが、両腕の肘からさきと水瓶 、天衣など別材を継いでいるほかは、樟の一本造りです。

 もともと、この仏像は“虚空蔵菩薩”(宇宙を蔵にするほど御利益をもたらす仏の意)として、金堂の壇上、釈迦三尊像の後ろに北向きに安置されていましたが、法隆寺の最も重要な古記録である『法隆寺資財帳』などに記載がないため、その伝来は謎に包まれています。また、明治になって、それまで像とは別に保存されていた宝冠が発見され、この宝冠に観音の標識である化仏があらわされていることから、虚空蔵菩薩ではなく観音像であるとされ、百済から伝来した(ただし、仏像の様式としては百済系のものとは明らかに異なっている)という伝承とあわせて、“百済観音”の名が定着しました。

 日本を代表する仏像のひとつとして、1997年の“フランスにおける日本年”に際してはルーブル美術館でも公開されたことで、今回ご紹介の記念切手にも取り上げられました。

 今回ご紹介のモノ以外にも、フランスではアンコール遺跡やボロブドゥール遺跡を題材にした仏像切手を発行していますが、その一部は、拙著『切手が伝える仏像:意匠と歴史』でもご紹介しておりますので、機会がありましたら、ご覧いただけると幸いです。

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 サイバー・コリア
2009-07-13 Mon 16:11
 今月7日以降、北朝鮮もしくは親北派が関与しているとみられるサイバー攻撃により、アメリカと韓国の政府機関のウェブサイトが攻撃を受けていた問題は、5日ぶりにようやく沈静化しつつあるようです。その一方で、北朝鮮が2004年以降、インターネットを通じ、韓国人の個人情報を少なくとも165万人分ハッキングしていたことが報じられるなど、韓国のネット事情が大変なことになっているようです。というわけで、きょうはこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 サイバー・コリア2000

 これは、韓国で2000年4月22日に発行された“サイバーコリア21”のキャンペーン切手です。

 1990年代半ばからのコンピューター・ネットワークの世界的な普及の波は、当然、韓国にも押し寄せており、金泳三政権も韓国社会のIT化に相応の関心を払っていましたが、1997年のいわゆるIMF体制以前の韓国では、いわゆるIT産業は新興勢力でしかなく、財界の主流は従来どおり、財閥系の重厚長大産業が幅を利かせていました。

 これに対して、1998年に大統領に就任した金大中は、それまで、財界主流との個人的な関係が薄かったこともあって、新興勢力としてのIT産業を取り込もうとします。

 すなわち、彼は、大統領就任以前から、経済危機を乗り切るためには情報化が重要なことを強調し、「知識基盤国家の建設」を訴え続けるとともに、そのことを国民に徹底させるため、彼は機会をとらえてインターネットの重要性を強調。大統領への就任後は、その公約どおり、全国民がインターネットを使う時代を目指すという基本方針の下、インフラの整備と国民教育に重点を置き、IT産業の育成に本格的に乗り出します。

 金大中政権の経済政策は、基本的には、政府は個人と企業の支援者であり協力者(従来のような保護者ではない)としての役割を果たすべきという理念に基づき、規制緩和と構造改革を推し進めるものでした。その一環として、政府はベンチャー企業の起業と育成にも力を入れましたが、そうしたベンチャー企業の多くがIT関連企業であり、彼らを保護育成することが結果的に韓国社会の高度情報化を促すというモデルが考えられたのです。

 こうして、ベンチャー支援のために全国200ヵ所に特別育成ビルが作られたほか、ベンチャー創業支援のために75の政府系ベンチャー・キャピタルが創設されました。また、ベンチャー企業育成のための特別措置法では、大学の教授が在職しながらベンチャー企業の役員を兼任できるようにもしています。なお、ベンチャー企業に対する優遇措置には、いわゆる構造改革によって財閥系企業からリストラされたホワイトカラー層に対する失業対策という面もあったことは見逃せません。

 こうして、IT関連のベンチャー企業を牽引役として、韓国社会のIT化が急速に進展したことを踏まえ、1999年3月、韓国情報通信部が総合的なIT促進政策として打ち出したのが、“サイバーコリア21”構想でした。

 サイバーコリア21は、それまでの情報化計画を統合して新たに策定されたもので、2002年までに総額28兆ウォンを投資して、IT関連産業のGDP比率を2002年までに先進国と同水準に引き上げるとともに、136兆ウォンの生産額と100万人の新規雇用(情報通信で30万人、関連ニュービジネスで70万人)を開拓することが具体的な数値目標とされました。

 また、IT教育に力が注がれていたこともサイバーコリア21の大きな特徴で、2001年4月までに全ての小中高校に合計100万台のパソコンが学校に配備され、教室へのインターネット接続も100%完了。さらに、軍隊内や少年院においてもIT教育が徹底され、ともかくも“全国民がインターネットを使いこなせる環境”の整備がすすめられました。今回ご紹介の切手も、そうした政府の方針を広く周知するために発行されたものです。まぁ、いくら北朝鮮にとって宥和的な“太陽政策”を掲げていた左派政権とはいえ、自分たちの実績がこういう形で北朝鮮に付け込まれるようになるとは、まさか、予想もしていなかったでしょうけれど。

 なお、韓国のIT化の流れについては、拙著『韓国現代史:切手でたどる60年』でもご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。

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 キリバス独立20年
2009-07-12 Sun 23:21
 1979年7月12日に南西太平洋の島国・キリバスがイギリスから独立して今日でちょうど30年です。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 タラワのカバー

 これは、第2次大戦中の1944年11月14日、現在はキリバスの首都となっているタラワ(当時は英領ギルバート&エリス諸島の首府)からアメリカ・ニューヨーク州のオネオンタ宛てに差し出されたカバーです。裏面に押されている中継印などの情報も総合すると、このカバーはタラワで差し出された後、イギリス当局によって検閲を受け、その後、12月11日にスバ(フィジー)、翌1945年1月19日にアメリカ・カリフォルニア州のサンペドロ、1月30日にニューヨークを経由して、1月31日に目的地のオネオンタに到着しています。この間、アメリカ到着時にはアメリカ側の検閲も受けています。

 現在のキリバスは、ギルバート諸島、フェニックス諸島、そしてライン諸島の一などを領土としており、その範囲は赤道付近に3800平方キロにも散らばっています。このうち、ギルバート諸島は隣のエリス諸島とともに1892年に英領となりました。その首府となったタラワでは、1943年11月20日から25日にかけて、この島を要塞化した日本軍とアメリカ軍との間で壮絶な戦いが繰り広げられた“タラワの戦い”の舞台としても知られています。

 第二次大戦後の1971年、ギルバート&エリスは英連邦内の自治領となりましたが、1978年にエリス諸島がツバルとして独立。翌1979年に残りの地域が、周辺にあった米領の無人島とともにキリバスとして独立し、現在にいたっています。独立後のキリバスでも、第二次大戦がらみの周年記念切手は発行されていますが、それらについては、いずれ機会があればご紹介したいと思います。

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 世界人口デー
2009-07-11 Sat 14:18
 きょう(7月11日)は世界人口デー。1987年7月11日、世界の人口が50億を超えたと推定されることから、人口問題への関心を深めてもらおうと、国連人口基金が1989年に制定したのだそうです。というわけで、“人口”がらみの1枚ということで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 第10回国勢調査

 これは、1965年9月25日に発行された“第10回国勢調査”の記念切手で、日章旗をバックにコケシ型の記号で表された住民がデザインされています。国勢調査そのものは10月1日の実施でしたが、今回の切手は、事前の周知・宣伝の意味を込めて、調査の実施直前に発行されています。なお、このときの調査では、日本の総人口は9827万4961人でした。

 日本の人口は、1950年には世界で5番目でしたが、1960年には6番目、1980年には7番目、1995年には9番目、2005年には10番目とだんだんと順位を下げており、2010年のランキングではベスト10から陥落している可能性が高いと思われます。ちなみに、人口の上位ベスト3は、1950年から一貫して、①中国、②インド、③アメリカ合衆国のまま変わっていません。ただし、2005年以降の年平均増加率は中国が0.6%、インドが1.5%ですから、このままのペースで両国の人口が増加し続けるとすると、2022年にはインドが中国を追い抜いて世界1位になるとみられています。

 現在のわが国の諸制度は、戦後の人口増加時期を前提に組み立てられたものが多いため、高齢化が進み、人口が減少に転じる時代にはいろいろと無理が生じるのはやむをえません。もっとも、人口が永遠に増え続けるということがあり得ないのは、(少なくとも専門家なら)50年前でも冷静に考えれば分かっていたはずなのですが…。この構図って、なんだか、永遠に会員が増え続けないと回転していかないネズミ講(無限連鎖講)に近いものがあるような気がするといったら、いいすぎでしょうかねぇ。

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 切手で巡る庭園散歩:ワスカナ・センター
2009-07-10 Fri 14:35
 (財)建設業振興基金の機関誌『建設業しんこう』の7月号が出来上がりました。僕が担当している連載「切手で巡る庭園散歩」では、今月は両陛下のカナダご訪問に合わせて、こんなモノをもってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

 ワスカナ・センター

 これは、1982年、カナダが発行した“レジャイナ100年”の記念切手で、色とりどりの花が咲き乱れるワスカナ・センターから州議事堂を望む光景が描かれています。

 カナダ中西部、現在のサスカチュワン州の州都レジャイナ(ラテン語で“女王”の意味。当時のヴィクトリア女王にちなんで命名)は、何もない平原に100万本の植林と人工湖レジャイナ湖を作ることで発展した人工の町で、1882年、当時のノースウェスト準州の州都として市制が施行されました。その中心部に位置するのが、北米最大の都市公園、ワスカナ・センターです。

 総面積は9.3平方キロ。19世紀以来のワスカナ湖周辺の緑地を、1961年にサスカチュワン大学レジャイナ校キャンパスの建設計画が持ち上がったのを機に、1962年に現在のような公園として整備されました。敷地内には、大学のほか、州議事堂、自然史博物館、美術館、スポーツ施設などが点在しており、一年を通じてピクニック、ボート、バードウォッチング、サイクリング、自然散策などを楽しむ人々でにぎわっています。

 ところで、ワスカナ・センターの設計は、911テロ事件で焼失したニューヨークの世界貿易センタービルで知られる日系人の建築家、ミノル・ヤマサキ(山崎實)が担当しました。

 ヤマサキは、1912年12月1日、富山県出身の日系移民の靴職人の息子としてシアトルに生まれました。建築家であった母方のおじの影響で建築家を志し、アラスカの鮭缶工場で働くなど苦学して、ワシントン大学建築学科を首席で卒業。ニューヨーク大学大学院(夜間部)で修士号を取得しています。

 その後、ニューヨークの有名な建築設計事務所・デザインスタジオを渡り歩いて修行し、1949年に独立。1955年のランバート・セントルイス国際空港および翌1956年のプルーイット・アイゴー団地の完成で注目されました。代表作のニューヨーク世界貿易センタービルは1970年代初頭の作品ですから、今回ご紹介のワスカナ・センターは、まさに、彼が上り坂にあった時期の設計といってよいでしょう。


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 おかげさまで1500回
2009-07-09 Thu 16:30
 2005年6月からスタートしたこのブログですが、毎日1回ずつ更新していたら、今日の記事がちょうど1500回目になりました。日頃、このブログを応援していただいている皆様には、あらためて、この場をお借りしてお礼申し上げます。 というわけで、“1500”に絡めて、こんなモノを持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

 ルアンパバーンの大仏

 これは、2003年10月4日にラオスが発行した“ルアン・パバーンの仏像”の切手のうちの“大仏”を描く1500キープ切手です。

 ルアン・パバーンは、ラオスの首都ビエンチャンからメコン川を約 400 キロメートル上流にさかのぼったカーン川との合流場所に位置する古都で、人口は約6万人。市街地自体がユネスコの世界遺産(ルアン・パバンの町)に登録されています。

 古くはムアン・スアと呼ばれ、その後11世紀頃よりタイ名シエントーンと呼ばれていましたが、1353年に初代の王ファーグム王によって首都とされ、1556年までラーンサーン王国の中心として栄えました。その後も、王朝の精神的象徴として1975年の共産革命までは王宮が置かれていました。

 今回ご紹介の“大仏”は、瞑想中の釈迦が魔物を調伏した様子を表現した“降魔像”で、高さ170センチ、幅120センチのセメント製。1922年に作られた新しい仏像です。決して大きなものではないのですが、原語の“Pha Gnai”を訳すと“大きな仏”となりますので、ここではとりあえず“大仏”の訳語を当ててみました。市内のワット・メウナに安置されており、毎年、2月末の満月の日には、お祭りがおこなわれます。

 なお、今回ご紹介のモノを含むルアン・パバーンの仏像に関しては、拙著『切手が伝える仏像』でもご紹介しておりますので、機会がありましたら、ご覧いただけると幸いです。


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 インドネシア加刷
2009-07-08 Wed 15:25
 インドネシアではきょう(8日)、大統領選挙の投開票が行われます。というわけで、インドネシアがらみのマテリアルの中から、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 インドネシア加刷・はがき

 これは、1946年8月、ジャワ島のバニュワンギ(消印の表示はBanjoewangi)から島内のボンドウォソ宛てに差し出されたハガキで、日本占領時代に発行されたボロブドゥール遺跡の切手に“インドネシア共和国(REPOEBLIK INDONESIA)”と加刷された切手が貼られています。加刷上下の横線は“大日本帝国郵便”ならびに“ジャワ”の日本語表示の部分を抹消するためのものですが、加刷の位置がずれてしまったため、日本語がそのまま見えてしまっているのはご愛嬌でしょう。
 
 1945年8月15日、日本が降伏すると、2日後の8月17日、スカルノらインドネシアの民族主義者たちは、オランダ軍が再上陸してくる前に、機先を制してインドネシア共和国の独立を宣言しました。その後、9月4日にスカルノを首班とするインドネシア共和国が成立。また、独立宣言後の8月22日には人民治安団が政府布告によって結成され、政府は日本軍政下で結成された旧ペタ(郷土防衛義勇軍)系の将兵、兵補らに参加を呼びかけます。さらに、10月になって日本軍の武装解除のため、イギリス軍やオランダ軍が本格的に進駐してくると、スカルノらはこれに対抗すべく人民治安軍を組織しました。

 その後、オランダからの独立を主張するスカルノ政府とこれを阻止しようとするオランダ側との間で、インドネシア独立戦争が勃発することになります。この戦争は、1949年12月27日、ハーグの円卓会議でインドネシアの独立が正式に認められて終結するのですが、それまでの間、それぞれの支配地域では別々の切手が使われていましたが、特に、インドネシア側では、独立以前に流通していた切手を接収して様々なタイプの加刷を施した暫定切手が各地で使われました。今回ご紹介しているハガキに貼られているのも、そうしたモノの1枚です。

 ちなみに、再選が有力視されている現職のユドヨノ大統領の出身は東ジャワ州ですが、今回ご紹介のハガキの差出地であるバニュワンギ、宛先地であるボンドウォソはいずれも東ジャワ州内にあります。一方、対立候補のメガワティ前大統領は、独立戦争の英雄・スカルノの長女で、切手に描かれたボロブドゥール遺跡は彼女の出身地ヨグヤカルタの近郊にあります。

 なお、ボロブドゥール遺跡関連の切手については、拙著『切手が伝える仏像:意匠と歴史』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。

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 マクナマラ亡くなる
2009-07-07 Tue 21:39
 ベトナム戦争時のアメリカの国防長官だったロバート・マクナマラがきのう(6日)亡くなりました。というわけで、きょうはベトナム戦争ネタの中から、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 南ベトナム・反ベトコン標語印   南ベトナム・反ベトコン標語印(裏)

 これは、1965年4月、ベトナム戦争時のベトナム共和国(南ベトナム、サイゴン政権)の支配下にあったサデックからフエ宛に差し出されたカバーで、同年3月23日に発行の“世界気象の日”50スー切手のペアが貼られています。北ベトナムで悲惨な暮らしを続ける同胞に手を差し伸べる南ベトナム人民というデザインが“いかにも”という感じです。また、裏面(右側の画像)には“Chi co hoa binh khi Viet cong rut khoi mien Nam(南ベトナムからベトコンが撤退して初めて平和が訪れる)”とのスローガン印が押されているのも興味深いところです。

 1954年7月のジュネーブ協定により、フランスからの独立戦争としての第一次インドシナ戦争は停戦となり、ベトナムは北緯17度線を軍事境界線として、ベトナム民主共和国(北ベトナム)とベトナム共和国(南ベトナム)に分断されます。このうちの南ベトナムに誕生したゴ・ディエン・ジェム政権に対して、アメリカは“反共の防波堤“としての役割を期待し、多額の援助を投入しましたが、ジェム政権は国内での独裁傾向を強めて反対派を弾圧。こうしたジェム政権に対する不満から、南ベトナムの農村では半ば自然発生的に抵抗運動が発生し、これを北ベトナムが支援するという形で南ベトナム情勢は不安定化しました。

 このため、マクナマラが国防長官を務めていたケネディ政権は、1961年5月、南ベトナム支援のために特殊部隊400人と軍事顧問100人の派遣を決定。小規模ながら、ベトナムへの軍事介入を開始しますが、以後、解放戦線の予想を上回る活動に接したアメリカは、なし崩し的にベトナムへの軍事介入を強化していくことになります。

 こうした状況の中で、1963年5月、中部ベトナムの古都フエで仏教徒による大規模な反政府デモが発生。デモはたちまちベトナム全土に波及し、6月8日、1人の僧侶がサイゴンで抗議の焼身自殺を行うと、これに対して、ジエムの弟で大統領顧問であったゴ・ディン・ヌーの夫人が“坊主のバーベキュー”と発言。ジエム政権は世界的規模で激しい非難を浴び、国民の信を完全に失いました。

 このため、アメリカもジエム政権を完全に見放し、ジエム政権に代わる新たな親米政権を樹立して、あらためて共産主義者と対決する方向を模索するようになり、1963年11月1日、CIAの立案した計画により、南ベトナム軍の将軍たちがクーデタを起こし、ジエム兄弟は逮捕・射殺されました。しかし、ジエム政権の後に登場したズオン・バン・ミン政権も安定せず、以後、サイゴン政権では将軍たちによるクーデタが繰り返され、南ベトナムの状況はますます動揺し、解放戦線は攻勢を強めていくことになります。

 ジエム政権の崩壊当初、マクナマラは年内の1000人の顧問団の引き上げを再確認するとともに、1965年までの軍事顧問団の完全撤退を発表しましたが、ケネディ暗殺のためこの撤退計画は頓挫してしまいます。さらに、翌1964年8月にいわゆるトンキン湾事件が発生すると、アメリカは北ベトナムに対する空爆(北爆)を開始しますが、北ベトナム側の抵抗によって戦況は好転せず、南ベトナム軍の将兵たちは次第に戦意を喪失。戦局の悪化に反比例するかのように、南ベトナムに駐留する米軍の数は膨脹し、アメリカはベトナム戦争の泥沼にはまり込んでいくことになるのです。

 なお、ベトナム戦争に関する切手や郵便物については、拙著『反米の世界史』でもいろいろとご紹介したことがありますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。

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 新疆で大規模衝突
2009-07-06 Mon 15:06
 中国の新疆ウイグル族自治区で、きのう(5日)、約3000人のウイグル族住民と約1000人の警官との衝突事件が発生。日本ウイグル協会によると、「(中国側の)武力鎮圧で死亡した人は100人を超え、多数が負傷した。幼い子供や女性もいた。…逮捕された人は1500人を超える」とのことです。というわけで、きょうは新疆がらみのモノとして、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 限新省加刷

 これは、1915年、新疆省内に限って有効であることを示すため、中国切手に“限新省貼用“と加刷して発行された2角切手です。

 辛亥革命後の中国は、各地に軍閥が割拠し四分五裂状態になっており、通貨も各地の軍閥が独自に発行していました。このため、各地の通貨間には為替差が存在しましたが、なかでも、新疆や東北、雲南、四川などでは北京や上海、南京など都市部との為替差が大きかったため、為替差損・差益を防ぐため、使用地域を限定した加刷切手が発行されています。ちなみに、今回ご紹介の切手は新疆省でのみ有効という意味で“限新省貼用”との加刷がなされたものですが、1919年の時点での交換レートは北京や南京で流通していた中国元100元に対して、新疆元は260元と2.5倍もの開きがありました。

 なお、この切手の加刷文字は“限新省貼用”の“限”の文字が若干左側にずれているため、“歪頭”と呼ばれています。

 新疆の地が中国中央の支配下に入ったのは18世紀のことです。19世紀には各地で反清反乱が相継ぎ、ヤクブ・ベクの乱によって清朝の支配は一時的に崩壊しましたが、その後、身長はこの地を再征服し、1884年に新疆省が設置されました。

 1912年の中華民国発足後は、漢民族の省主席によって半独立的な領域支配が行われていましたが、これに対して1933年と1944年の二度にわたって土着のムスリム(イスラム教徒)によって東トルキスタン共和国の独立が宣言されています。しかし、国共内戦後の1949年に再び中国の侵略により支配下におかれ、1955年に現在の新疆ウイグル自治区が設置され、現在にいたっているのは周知のとおりです。

 現在、新疆はチベットと並んで、中国にとって最も深刻な民族問題の一つとなっており、中国共産政府による人権侵害の象徴的な存在となっています。当然、中国政府の発行するプロパガンダ切手にも、“幸せなウイグル人”がしばしば登場するわけですが、今後は機会をとらえて、それらについてもご紹介していきたいと思います。


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 ダガー・ナイフ
2009-07-05 Sun 22:33
 昨年6月に東京・秋葉原で起きた“ダガーナイフ”を使った無差別殺傷事件を受けて今年1月5日から施行された改正銃刀法で、刃渡り5・5センチ以上で両側に刃がついたナイフを持つことは、半年間の猶予期間が過ぎたきょう(5日)から不法所持として犯罪となりました。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

 スイス・短剣

 これは、1975年にスイスで発行された寄付金付きの慈善切手で、古代の銅剣“Bronze Daggers”が取り上げられています。

 ダガーとは、もともとは、全長10~30cm程度の諸刃の短剣のことを指す総称で、その名は古代ルーマニアのダキアに由来するといわれています。なお、“ナイフ”というのはそもそも汎用の刃物一般をさす言葉ですから、武器としての形を示す“ダガー”とは別の概念になるのですが、日本では、いわゆるナイフと短剣としてのダガーが同じような大きさをしていることから、両者を混同して“ダガー・ナイフ”という語が広まったものと考えられています。

 われわれが一般に使うナイフは片方にしか刃がついていないのに対して、諸刃の剣としてのダガーの最大の利点は、片側を鋭利な刃にし、反対側を荒めに研いだり角度を変えたりすることにより、1本で2種類の用途に使うことができるという点にあります。ダイバーズナイフなどで、片側が鋸刃になっているのは、その典型的な例といえましょう。

 また、諸刃であるがゆえに、ダガーは基本的に左右対称のシンメトリー構造になりますから、装飾性の高いものが多いのも特徴となっています。それゆえ、美術品としてのダガーのコレクターも少なからず存在しているわけですが、警察当局によると「(猶予期間の切れる5日以降は)趣味や観賞用で持っていても違反」という見解を示しています。

 たしかに、物騒は出来ごとの多いご時世ですから、いままでのように“ダガー”の販売・所持を野放しにしておくのは問題かもしれません。しかし、たとえば一律にダイバーナイフを禁止してしまうということになれば、趣味でダイビングを楽しんでいる人々は言うに及ばず、プロの潜水士や海女さんなどの漁業関係者にも少なからずダメージを与えるのではないでしょうか。また、美術品・骨董品としてのダガーの収集や研究が非合法化されてしまうというのも、いかがなものかと思います。

 一部の不心得者のためにダガーそのものを一網打尽に取り締まるのではなく、たとえば、日本刀のように、届け出・登録制にして、安易に犯罪に使われないようにするなどの方策を講じることのほうが現実的ではなかったのかな、とついつい考えてしまいます。


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 トマス・ジェファーソン
2009-07-04 Sat 23:39
 きょう(7月4日)は言わずと知れたアメリカの独立記念日です。というわけで、ストレートにこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ジェファーソン

 これは、1904年にルイジアナ購入100周年を記念して行われた“ルイジアナ購入博覧会”の記念切手のうち、トマス・ジェファーソンの肖像を取り上げた2セント切手です。独立宣言起草委員会の中心メンバーであったジェファーソンは、アメリカ独立宣言の事実上の起草者とみなされることも多く、初代大統領ジョージ・ワシントンのもとで初代国務長官をつとめ、次の大統領ジョン・アダムズの代には副大統領をつとめたのち、1801-09年には第3代大統領も務めました。この間の1803年、ミシシッピ川以西のルイジアナをフランスから買収し、その後の西部開拓の基礎を築いたことで、今回の記念切手にも取り上げられました。ちなみに彼の忌日は1826年の独立記念日です。

 こうした華々しい業績もあって、アメリカでは、ジェファーソンこそが“歴代大統領の中で最も優れた人物の一人”として考えられていますが、はたして、その評価が妥当なものなのかどうか、僕個人は疑問に思っています。

 たとえば、アメリカ合衆国の建国に際して、初代財務長官であったアレクサンダー・ハミルトンは、新国家の経済・通商制度をゼロから作り上げることに心血を注ぎ、1791年に連邦中央銀行を創設。1792年には造幣局を設立してドル硬貨を発行するなど、アメリカ資本主義の基礎を確立しようとしました。また、ハミルトンとその支持者たちは、農業国のままではアメリカの将来は暗いと考え、産業資本を育成し、イギリスにならった経済システムを導入することで、イギリスをしのぐ産業国家を作り上げようと考えていました。

 これに対して、バージニアの大地主の家に生まれたジェファーソンは、そうしたハミルトンの企図を全く理解しようとはせず、銀行についても、貧乏人から金を巻き上げ、農家を圧迫し、質素な共和主義を堕落させる、唾棄すべき存在と思いこんでいました。限られた家内工業しかない“農業の楽園”こそが、アメリカ合衆国のあるべき理想像だと信じる彼は、「農業を主としている限り、わが政府は今後何世紀にもわたって高潔さを失わずにいられるだろう」と主張し、商業は“際限のない凶悪窃盗”であると公言してはばからなかったほどです。

 さらに、政敵ハミルトンとの対立の過程で、自派の新聞『ナショナル・ガゼット』紙を使って、フランス革命とそれに続くナポレオン戦争に対してワシントンが中立宣言に署名したのは“イギリスびいき(ハミルトンのこと)”から脅されたせいだとの記事を掲載。さらに、ワシントンをギロチンで処刑する風刺漫画の入ったビラを同紙の関係者が作成して、ワシントンを激怒させ、ワシントン政権の国務長官の職を辞任せざるを得なくなっています。

 このほかにも、黒人奴隷の女性を愛人として数人の子供を産ませたり、アメリカの政治家には珍しく(?)演説が苦手だったりと、人間的にはいろいろと面白い人物だと思うのですが、教科書などで紹介される“偉人”のイメージが強いせいか、そうした人間臭いエピソードがなかなか紹介されないのは残念な気もします。

 なお、ハミルトンとジェファーソンという、アメリカ建国時の2大英雄の壮絶な争いについては、主としてハミルトンがワンの視点から拙著『大統領になりそこなった男たち』でもまとめてみましたので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。

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 IAEA次期事務局長決定
2009-07-03 Fri 21:54
 きのう(2日)、国際原子力機関(IAEA)の次期事務局長を選出する特別理事会が開かれ、日本の天野之弥ウィーン国際機関代表部大使が当選しました。天野氏の当選は日本人・アジア出身者として初めてのことです。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

 ドナウパーク国際センター

 これは、1979年8月24日にオーストリアが発行した“ドナウパーク国際センター開館“の記念切手です。

 ドナウパークは、ウィーンのフローリッツドルフ区とドナウシュタット区の間、ドナウ川と旧ドナウの間にある長大な中洲に建設された公園施設です。この一帯は、かつては練兵場でしたが、ナチス時代には処刑場として用いられ、第二次大戦後はゴミ捨て場として用いられていた時期もあります。その後、1964年に開催された国際ガーデンショーWIG64の一環として公園施設に生まれ変わり、その公園内にIAEAおよび国連工業開発機関(UNIDO)の本部が入る国際センターが建てられました。今回ご紹介の切手には、その国際センターの全景と、IAEAおよびUNIDOのマークが描かれています。

 IAEAは、原子力の平和利用を促進し、軍事転用されないための保障措置の実施をする国際機関で、2005年には、現職のエルバラダイ事務局長とともに組織としてノーベル平和賞を受賞するなど“核の番人”として知られています。その意味では、“唯一の被爆国“の金看板を掲げて、核兵器の廃絶を強く主張してきた日本人がトップを務めるのがふさわしいといってもよいでしょう。

 ただし、現実問題として、世界の大半の国は、究極的には核兵器を廃絶すべきとしながらも、現実に自国に脅威を与える国が核兵器を保有している場合には、(実際に核武装するか否かはともかく)みずから核武装する権利はあるはずだというのが本音です。したがって、北朝鮮の核の脅威にさらされている日本が対抗措置として核武装の可能性を模索するというのは、国際社会からは十分に理解を得られる行動のはずなのですが、さすがにIAEAのトップが日本人となると、そういうわけにもいかなくなりますな。

 もちろん、日本人のトップを仰ぐことになったIAEAは、これまで以上に北朝鮮に対して厳しい姿勢を取ることになるでしょうから、当然、北朝鮮は強く反発することでしょう。その一方で、核ミサイルの照準を東京にも合わせている中国としては、当面、日本が自ら核武装の絶好の機会を完全に放棄したことに内心ほくそ笑んでいるのではないかと思います。一部報道によると、中国は今回のIAEA事務局長選挙で、途上国の票をまとめて日本人局長の実現を妨害すべく様々な工作を行っていたとされていますが、案外、その実態は、今回の結果を見越して嫌がらせをしていただけだったのかもしれません。

 とまれ、今年12月から就任という新事務局長には、難局を乗り切り、真の国益に資する成果を上げていただくことを期待してやみません。


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 米・加州の財政非常事態宣言
2009-07-02 Thu 23:57
 アメリカ最大の州であるカリフォルニア州のアーノルド・シュワルツェネッガー知事が1日、同州の財政危機を受け、財政非常事態を宣言しました。というわけで、カリフォルニアがらみのモノの中から、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 アメリカ・ディズニーカバー

 これは、つい2-3日前に届いたアメリカの切手商から僕の自宅あてに届いたカバーで、ディズニーランド50周年にあたる2005年にアメリカで発行されたディズニー・キャラクターのシール式切手が貼られ、カリフォルニア州ロサンゼルスのバイセンテニアル・ステイション局の消印が押されています。アメリカのディズニーランドはカリフォルニア州アナハイムにありますから、まぁ、ご当地消しのカバーの一種といってもよいでしょう。ちなみに、切手商の住所は、芸能人が多数住んでいることで有名な“ビバリーヒルズ”です。

 カリフォルニア州というと、サンフランシスコとロサンゼルスの2大都市を抱え、ディズニーランドやビバリーヒルズのほかにも、ハリウッドがあり、シリコンバレーがありと非常に豊かな州というイメージがあります。実際、カリフォルニア州の経済規模は国に置き換えた場合、世界8位という巨大なものです。

 しかし、州の財政は決して順調ではなく、特に、昨年9月以来の金融恐慌の影響で税収が急激に落ち込み、今年1月以降これまで財政が苦境に陥っていました。2月には知事と議会は最悪の事態を回避しようと増税案を提示したものの、5月に州住民投票で否決。このため、州政府と議会の間で次年度予算の危機を解決するための包括案についての交渉が行われていましたが、年度末の6月30日までに合意に達せず、7月1日の新年度を迎えてしまい、州として28億ドル(約2700億円)の現金不足に陥ったことから、今回の財政非常事態宣言となったわけです。ちなみに、現地時間の2日以降、現金の不足を補うため、州政府は“借用書“を発行するそうです。

 今回の非常事態宣言の中で、シュワルツェネッガー知事は宣言で、教育から貧困層支援までさまざまな公共サービスでの歳出削減を議会で決定しない限り、9月までに現金の不足高は65億ドル(約6290億円)まで膨らむと警告。支払い不能に陥った場合、「基本的な公共サービスがまったく提供されないという深刻な事態に置かれる」と理解を求める一方で、今後1年間(2010年6月まで)、職員給与削減のため、州立病院と刑務所、カリフォルニア・ハイウェイ・パトロールを除き、毎月第1、2、3金曜を州政府機関の休業日とする行政命令も発表しました。それでも、州の財政赤字は今後2年間で240億ドル(約2兆3200億円)に達することが見込まれるのだそうです。

 最近、我が国の一部では景気回復の兆しが見えてきたかのような論調も見受けられるようですが、僕のような零細個人事業主には、どうも実感がわきませんねぇ。こういうときこそ、日本でも政治がしっかりしてもらわないといけないのですが、どうもここ最近の麻生内閣の迷走ぶりを見ていると非常に不安を覚えてしまいます。
 
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