内藤陽介 Yosuke NAITO
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World Wide Weblog
 『郵趣』今月の表紙:石窟芸術
2009-10-31 Sat 08:24
 ご報告が遅くなりましたが、 (財)日本郵趣協会の機関誌『郵趣』2009年11月号ができあがりました。『郵趣』では、毎月、表紙に“名品”と評判の高い切手を取り上げて、原則として僕が簡単な解説文をつけていますが、今月はこんなモノを取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

 雲崗大仏2元

 これは、1988年に中国が発行した雲崗大仏の通常2元切手です。

 1988年8月から11月にかけて、中国は“石窟芸術”を題材に国際郵便用の高額普通切手4種を発行しました。いずれもグラビアの地色に像の部分を凹版で印刷したもので、それまでの中国の通常切手とくらべて凝った作りになっています。1978年に改革開放がスタートして10年が経過し、経済的な余裕が出てきた中国が、自国の優れた文化遺産を広く諸外国に紹介しようとしているのがよくわかります。

 今回ご紹介の2元切手に取り上げられているのは、中国山西省大同市の雲崗石窟の第20洞の釈迦如来坐像です。 西暦5世紀に建立され、もとは石窟内にありましたが、10世紀に窟が崩落し、現在のように露出しました。高さは約14メートルで、顔は北魏の開祖・道武帝に似せてつくられたといわれています。

 なお、雲崗の大仏については、この切手以外にもいろいろな切手が発行されています。それらについては、拙著『切手が伝える仏像:意匠と歴史』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 本日・10月31日(土) 11:00から、<JAPEX09>会場内(於・サンシャイン文化会館)で刊行記念のトークイベントを行いますので、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。

 
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 刊行記念トークやります。
2009-10-30 Fri 09:14
 きょう(30日)から東京・池袋のサンシャイン文化会館全国切手展<JAPEX>がスタートします。僕は、きょうはパートタイム講師の授業があって会場に行けないのですが、明日(31日)の11:00から拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行:ルーマニアの古都を歩く』の刊行記念トークで、明日(31日)、会場に登場します。というわけで、きょうは予告編を兼ねてこんなモノをもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ハンガリー分割絵葉書   ハンガリー分割絵葉書・戦後

 これは、第一次大戦後にハンガリー女性国立協会が発行したプロパガンダ絵葉書です。左側の画像は、第一次大戦以前のハンガリーの領土を示したものですが、葉書の左側の歯車を回すと、右側の画像のように、第一次大戦後、ハンガリーが領土を失った後の状況が分かるようになっています。いわゆる郵政機関発行のオフィシャルなものではないのですが、この問題に関して、わかりやすさという点ではこれ以上のものはありませんので、もってきてみました。

 現在のルーマニア国家は、モルダヴィアならびにワラキアの両公国が連合してできたルーマニアが、第一次大戦後、オーストリア=ハンガリー帝国の支配下にあったトランシルヴァニアを統合することによってできあがったというのが基本的な成り立ちです。今回ご紹介の絵葉書では、東側の大きなブロックがトランシルヴァニアにほぼ相当しており、ハンガリー側からみると、旧領土のうちの31.7%がルーマニアに割譲されたということになります。

 長年にわたって、ハプスブルクの支配下に置かれていたトランシルヴァニア地方には、その名残を示す建物なども多数存在しています。今回の拙著では、ルーマニア国内に残されたハプスブルク時代の“遺産”をいろいろとたずね歩いて、切手や絵葉書と実物を対比させてみました。

 今年の<JAPEX>は、“ハプスブルク帝国展”が企画の一つの柱になっているそうですので、僕のトークでも、ハプスブルク支配下にあったトランシルヴァニアのことを中心にお話ししようかと思っています。当日は、プロジェクターを使って、切手やカバーのみならず、現地で撮影してきた写真等も多数お見せしますので、ぜひ、遊びに来てください。
 
 
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 袋田の滝
2009-10-29 Thu 10:38
 きのう・おととい(27-28日)と、茨城県知事公室広報広報聴課のご招待で“歴史と秋の紅葉を訪ねる”茨城県メディアツアーに参加してきました。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

 袋田の滝   袋田の滝(実物)

 左は、1993年に茨城県版のふるさと切手として発行された“袋田の滝”で、右は、きのう撮影した瀧の写真です。

 ふるさと切手の“袋田の滝”の原画は、滝のある茨城県久慈郡大子町出身の画家・菊池盛昌による滝の全景です。菊池は1961年生まれ。先天性脳性小児麻痺というハンディキャップを乗り越え、力強い躍動感のある画を描くことで知られています。

 さて、袋田の滝は、久慈川支流の滝川上流にあたり、長さ120m、幅73m。華厳滝、那智滝とともに日本三名瀑のひとつに挙げられることもあり、1990年に行われた日本の滝百選の人気投票では1位にもなっています。滝川が4段に岩肌を落ちることから、また、この地を訪れた西行法師が「この滝は四季に一度ずつ来てみなければ真の風趣は味わえない」と、この滝を絶賛したと伝えられていることから“四度の滝”と呼ばれることもあるそうです。

 なんでも、昨年(2008年)、それまで滝の中ほどの高さの場所にあった観瀑台(滝を見るための展望台ですな)の40メートル以上高い場所に、3つのデッキを備えた新観瀑台ができて、最上段を含めた滝の全景が見られるようになり、切手と同じような風景が気軽に楽しめるようになりました。当然のことながら、菊池が切手の原画を作成した1993年の時点では、現在の観瀑台はありませんので、画家はかなり苦労して山道を登って行ったのでしょうね。

 僕たちが訪れたのは水曜日の午前中でしたが、紅葉が期待される時期だけに、多くの観光客で賑わっていました。写真の左側にも色づき始めたモミジの枝が見えますが、ピークは11月10日ごろといった感じでしょうかね。なお、11月1・2・7・14・21・22・28日の7日間、午後5時から8時まで、滝のライトアップが行われる予定となっています。夜の滝を見た後は、近くの温泉で軍鶏と蒟蒻を肴に日本酒を飲む、なんてのも良いですな。
 

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 60万PV
2009-10-28 Wed 17:32
 昨晩(27日)昼過ぎにカウンターが60万PVを超えました。いつも、遊びに来ていただいている皆様には、この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。というわけで、今日は新刊の拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の中から、“60”がらみのこんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ヤシ・国立劇場   ヤシ・国立劇場(実物)

 左の画像は、1973年にルーマニアで発行された60バニの通常切手で、ヤシにある国立劇場が取り上げられています。ちなみに、昨年、僕がヤシを訪れた際に撮影した写真が右側ですが、改修中のため、建物の全体像を見ることはできませんでした。あれから、1年以上がたちましたが、改修工事は終わったんでしょうかねぇ。

 ルーマニア北東部の古都・ヤシの歴史は14世紀末にまでさかのぼりまが、オスマン帝国の影響下でモルダヴィア公国の首都がスチャヴァからヤシに遷都したのは、1564年のことです。その後も、ヤシは何度となくオスマン帝国やポーランド、コサックなど、外敵の攻撃を受けて破壊され、そのたびに再建されるという歴史を繰り返してきましたが、現在の市街地の基本的な構造は、1827年の大火の後に整備されたもので、1859年にワラキアとモルダヴィアの統一が実現した際には、ヤシはその最初の首都となりました。

 その後、1861年にモルダヴィア=ワラキアの連合公国が正式に“ルーマニア公国”として認められると、翌1862年、ルーマニアの首都はワラキアのブカレストに移ります。しかし、その時点ではヤシ大学(1860年開学)が既に存在していたのに対して、ブカレスト大学はまだ開学していなかったことからもうかがえるように、その後もヤシは文化面ではブカレストに勝るとも劣らない存在感を示し続けることになります。今回ご紹介の国立劇場も、そうした文脈に沿って、1890年に完成したものです。

 なお、近代ルーマニア最初の首都ともいうべきヤシには、さまざまな歴史的建造物が残っていて、非常に趣があります。新刊の拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』では、そうしたヤシについても1章をあて、その魅力をオールカラーで紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。 


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 世界漫遊記:5つの修道院③
2009-10-27 Tue 08:11
 『キュリオマガジン』2009年11月号が出来上がりました。僕の連載「郵便学者の世界漫遊記」は、前回に続きルーマニア北東部・南ブコヴィナの“5つの修道院”の3回目。今回は、そのなかから、こんなモノをもってきました。(以下、画像はクリックで拡大されます)

 スチェヴィツァ壁画(切手)   スチェヴィツァ壁画(実物)

 左は、スチェヴィツァ修道院の壁画を取り上げた1970年の切手で、右側は、聖堂内部の壁面に描かれているオリジナルのフレスコ画です。アーチ状の入口のすぐ上の部分がトリミングされて切手に取り上げられています。

 スチェヴィツァ修道院は、モルダヴィアの名門貴族モヴィラ家(ペトゥル・ラレシュの母方の家系)のエレミアとシミオンの兄弟およびエレミアの妻エリザベータによって1582年から1584年にかけて建てられました。“イエスの復活”にささげられたため、復活教会というのが正式な名前です。また、モヴィラ家がシュテファン大公に連なる一族であることを誇示するため、大公時代のスタイルを継承しています。ただし、シュテファン大公やペトゥル・ラレシュ時代のものではないため、“五つの修道院”の中では最大の規模を誇り、保存状態が良好であるにもかかわらず、世界遺産には登録されていません。

 1595年、長兄のエレミアがモルダヴィア公となると、彼は教会入口の南北側に2つのポーチを増築。さらに、教会の周囲を塔のある壁で囲んだことで、現在見られる城塞風の外観ができあがりました。
 
 修道院聖堂の北面~東面~南面にかけては、さまざまな壁画が描かれているのですが、通常、「最後の審判」が描かれるはずであった西面には壁画がありません。これは、西面のフレスコ画を担当していた職人が足場から足を踏み外して転落し、亡くなってしまったため、他の職人は誰もその足場に近づこうとせず、壁画が作られなかったからだといわれています。

 なお、今回ご紹介のスチェヴィツァ修道院をはじめ、南ブコヴィナの“5つの修道院”については、新刊の拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』でもいろいろとご紹介しております。雑誌の連載記事に大幅に加筆した内容となっておりますので、こちらの方もぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 “こけし”と“ゑじこ”
2009-10-26 Mon 11:31
 きのう(25日)はいろいろと選挙があって、参議院の補欠選挙(神奈川・静岡)で民主党が勝ったことが大きく報じられていますが、宮城県の知事選では現職の村井嘉浩氏が民主党系の新人に圧勝しています。というわけで、マスコミでは地味な扱いの宮城県知事に敬意を表して、きょうはこの1枚をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 こけし

 これは、1956年用の年賀切手として1955年12月に発行された“こけしとゑじこ”の切手です。カタログなどでは“東北のこけし”と紹介されていることが多いのですが、どちらも、後述するように宮城県にゆかりのものですから、はっきりとそう記した方がよいように思います。

 木材を轆轤にかけて削り、挽物と呼ばれる木工品を作る木地師の起源は、文徳天皇の第一皇子、推喬親王 が、中央を離れて近江の小椋の庄に隠棲して仏道修行をしていた際に、経軸が回転するのを見て轆轤を考案し、供奉の者に小椋の姓を与えてその技術を伝授したことにあるとされています。

 その後、木地師たちは、近江国愛智川上流の小椋庄を本貫地とする伝承を守り、その由緒書と伐採、往来の自由を保証する御綸旨の類を持って、良材を求め諸国の山々へ散って行きましたが、その一部は、東北地方に定着。江戸時代に湯治がさかんになると、木地師の中には山中から温泉地に居を移して土産物の製造・販売に携わる者が現れ、幕末の文久・元治年間(1861-64)ころから、赤い染料(天然痘を防ぐ効果があると信じられていた)を使った挽物細工の人形が売られるようになりました。

 当初、これらの人形は、木で作った人形の木偶(でく)に由来する“きでこ”、“でころこ”、“でくのぼう”、這い這い人形の這子(ほうこ)に由来する“きぼこ”、“こげほうこ”、芥子(けし)人形に由来するからきた“こげす”、“けしにんぎょう”など、さまざまな呼び名で呼ばれていましたが、1939年8月、鳴子温泉で開催された全国こけし大会で、仮名書きの“こけし”に統一すべきとの決議が採択され、以来、“こけし”と呼ばれるのが一般的になりました。

 伝統的なこけしは地域ごとに形式が異なっており、その主なものとしては、①土湯系(福島県の土湯温泉、飯坂温泉、岳温泉)、② 弥治郎系(宮城県の白石市弥治郎)、③ 遠刈田系(宮城県の遠刈田温泉)、④ 鳴子系(宮城県の鳴子温泉)、⑤ 作並系(宮城県の仙台市、作並温泉、山形県の山形市、米沢市、寒河江市、天童市)、⑥ 蔵王高湯系(山形県の蔵王温泉)、⑦ 肘折系(山形県の肘折温泉・山形) 、⑧ 南部系(岩手県盛岡市、花巻温泉)、津軽系(青森県の温湯温泉、大鰐温泉・青森)などに分類されます。

 このうち、切手左側のこけしは、頭に赤い放射線状の飾りを描き、さらに額から頬にかけて八の字状の赤い飾りを描く遠刈田系の典型的な一品で、1935年頃の佐藤好秋 の作品です。

 一方、切手の右側に取り上げられている背の低いものは、“ゑじこ”(えじこ、えぢこ、とも)と呼ばれる玩具です。

 かつての東北の田舎には、藁を編んで作った“いづめ”または“いづめこ”と呼ばれるものがあり、生後二歳くらいまでの乳幼児は、おむつと“ゑじこ巻”と呼ばれる布団にくるまれて、その中で暮らすのが常でした。人形としての“ゑじこ”は、これを模して造られた挽物細工で、切手に取り上げられているのは、弥次郎系こけしを代表する名工・新山栄五郎 が1942年頃に作ったものです。

 切手では、決められた印面の中にバランスよく“こけし”と“ゑじこ”を収める都合上、“こけし”に比べて“ゑじこ”を実物より大きめに描いています。また、オリジナルの“ゑじこ”は胴の部分は、装飾のない無地の状態でしたが、“こけし”のほうに梅の花が描かれていることを踏まえ、切手では“ゑじこ”の胴に松と竹を配し、両者あわせて“松竹梅”が表現されました。また、従来の切手では、二色刷の場合、背景の色の上にもう一つの色を重ねる方式がとられていましたが、今回の切手では、赤版の“5”の部分を白抜きにして背景のオリーブ緑の部分を製版しているため、赤い部分がより鮮やかに表現されるようになっています。

 なお、この切手を含めて、昭和の時代の年賀切手については、拙著『年賀切手』で詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 ゴールデン・イーグル
2009-10-25 Sun 11:17
 プロ野球のクライマックスシリーズは、きのう(24日)、両リーグともにリーグ優勝をした巨人と日本ハムが制して終了しましたが、パリーグの試合終了後、今季限りで退任する楽天の野村克也監督を両軍で胴上げするという出来事があり話題となりました。というわけで、きょうは楽天にちなみ“ゴールデン・イーグル”の切手です。(画像はクリックで拡大されます)

 モルドヴァ共和国最初の切手  モルドヴァ共和国ナンバープレート

 左の画像は、1991年のモルドヴァ共和国独立後最初の切手です。ルーマニアの国章は、ワラキアの鷲のフレームの中に、ワラキアの鷲・モルダヴィアの牛・バナトのライオン・トランシルヴァニアの黒鷲の各紋章を配したデザインになっていますが、モルドヴァ共和国の場合は、鷲のフレームの中にモルダヴィアの牛のみが入ったデザインです。なお、フレーム部分の鷲は黄色で表現されることも多いのですが、本来は、右の画像(車のナンバープレートの一部です)のように、金色です。

 現在のルーマニアの東の国境線となっているプルート川=ドナウ川とドニエストル川にはさまれた地域は、かつてモルダヴィア公国の領土でしたが、1812年、露土戦争の結果結ばれたブカレスト条約で、この地域はロシアに割譲され、その支配下でベッサラビアと呼ばれるようになります。

 もともと、長年にわたってモルダヴィア公国の支配下に置かれていた地域だけに住民の大半はルーマニア人でルーマニア語を話していましたが、新たな支配者となったロシアのロマノフ王朝は、この地を南下政策の重要拠点と位置付けて、ロシア人やウクライナ人の入植を進め、ロシア化政策を推進。このため、1859年に、現在のルーマニアの直接のルーツとなるモルダヴィア=ワラキア連合公国が成立した時も、ベッサラビアはその埒外に置かれていました。

 第一次大戦中の1917年、ロシア革命が起こって帝政ロシアが倒れると、1918年2月16日、モルドヴァ議会はキシナウでロシアからの独立を宣言。つづいて同年4月9日、同議会はベッサラビアのルーマニアとの統一を圧倒的多数で議決し、これをルーマニア議会が承認するというかたちで、ベッサラビアはルーマニア領に復しました。これに対して、ロシアのボリシェヴィキ政権は、ルーマニア軍がベッサラビアに駐留していたことを理由に、モルドヴァ議会の決定は無効であると主張。以後、ベッサラビアの回復を虎視眈々と狙うようになります。

 1939年8月23日、ソ連は独ソ不可侵条約の付属秘密議定書において、ベッサラビアの割譲をドイツに認めさせ、翌1940年6月26日、議定書に含まれていなかった北ブコヴィナとともにベッサラビアを併合。ソ連に併合されたベッサラビアは、南部のドナウ川とドニエストル川にはさまれた地域(南ベッサラビア)とそれ以外の地域に分けられ、南ベッサラビアは北ブコヴィナとともにウクライナ共和国に、それ以外の地域はモルダヴィア・ソヴィエト社会主義自治共和国とあわせてモルダヴィア・ソヴィエト社会主義共和国とされます。

 その後、1941年6月22日に独ソ戦が勃発し、ルーマニアはドイツ軍とともに参戦し、一時的にベッサラビアの失地を回復しますが、第二次大戦後、北ブコヴィナおよびベッサラビアは再びソ連に割譲されてしまいます。その後、ソ連はモルドヴァのルーマニア民族主義が分離主義につながることを警戒し、モルドヴァの多数派民族はルーマニア人ではなくモルドヴァ人であり、モルドヴァの言語はルーマニア語ではなくモルドヴァ語であると強調し続けました。

 しかし、1985年以降のペレストロイカの流れの中でモルドヴァ民族主義が高揚。特に、1989年のルーマニア革命の後、モルドヴァ人の間でルーマニアとの統合を求める声が上がるに至って、非モルドヴァ系の少数民族は、モルドヴァ社会主義共和国内に自治共和国を樹立し、自分たちの権益を維持しようとします。すなわち、1990年8月、南ベッサラビアのガガウズ人(トルコ系正教徒)がガガウズ・ソヴィエト社会主義自治共和国の樹立を宣言。ついで、同年9月、ドニエストル川東岸に住むロシア人およびウクライナ人が、ソ連保守派の支援の下、1990年9月、沿ドニエストル・ソヴィエト社会主義自治共和国の樹立を宣言しました。

 こうした中で、1991年8月、ソ連が崩壊し、モルドヴァ共和国が独立を宣言すると、沿ドニエストル共和国がモルドヴァからの分離独立を宣言。モルドヴァ人と非モルドヴァ人(特にロシア人)の対立は先鋭化する中で、1992年にはロシア系武装集団(後にロシア軍が介入して支援)とモルドヴァ軍との間で戦闘が発生し、現在なお沿ドニエストルはモルドヴァ政府の統制が及ばない地域となっています。

 さて、新刊の拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』では、そうしたモルドヴァ共和国のあらましと、ルーマニアから国境を越えてモルドヴァ共和国にちょこっと入ってみた時の体験談についても1章を設けて書いています。機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 きょうから正倉院展
2009-10-24 Sat 19:40
 きょう(24日)から奈良国立博物館で<御即位20年記念・第61回 正倉院展>がスタートします。というわけで、きょうは正倉院の御物を取り上げた切手の中からこの1枚をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ならシルクロード博

 これは、1988年4月24日に発行された“なら・シルクロード博”の記念切手で、正倉院御物の螺鈿紫檀五絃琵琶(部分)が取り上げられています。

 なら・シルクロード博は、シルクロードに生きた諸民族の文化・歴史・技術・くらし等を総合的に総会する国際博覧会で、1988年4月24日から10月23日まで、奈良市で開催されました。会場は奈良公園一帯と平城宮跡で、メイン展示の「シルクロード大文明展」のほか、期間中は、正倉院の正倉(校倉)外溝をはじめ、新薬師寺や興福寺、法隆寺などの秘仏秘宝が特別公開されました。会期中の入場者総数は682万人で、会期終了後も、奈良公園シルクロード交流館で、シルクロードの歴史や奈良との関係を展示紹介されています。

 螺鈿紫檀五絃琵琶は、その名の通り、螺鈿の装飾を施した紫檀の琵琶ですが、インド起源とされる五絃琵琶のオリジナルは、現在、この1点しか世界に残されていません。切手に取り上げられた部分は、捍撥(撥うけ)の下方部分で、ラクダに乗って琵琶を弾く人物と岩石や草花が螺鈿細工で表現されています。本来は、この上に絃が通っているのですが、切手では絃は見えないようにカットされています。

 さて、昨日、新刊の『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』が配本になったばかりなのですが、年内にもう一冊、<解説・戦後記念切手>シリーズの第7巻『昭和終焉の時代』(仮題)を出す予定で、現在、作業を進めています。

 単行本を年間3冊というのは例年通りのペースなのですが、ことしは4月に『切手が伝える仏像:意匠と歴史』を出してから、半年間は新作が出ずに、10月(奥付上は11月)・12月と立て続けに本が出るというスケジュールとなりました。まぁ、いずれも、刊行時期にはそれぞれもっともな理由があるので止むをえないことではあるのですが、ペース配分という点では、ちょっとしんどいですな。

 なお、年末刊行予定の『昭和終焉の時代』(仮題)では、今回ご紹介の切手も取り上げます。同書については、追々、このブログでもご案内していきますので、よろしくお願いいたします。


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 トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行
2009-10-23 Fri 09:05
 以前からこのブログでもご案内しておりましたが、彩流社の<切手紀行シリーズ>の第2弾として拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行:ルーマニアの古都を歩く』ができあがりました。奥付上の刊行日は11月5日ですが、本日(10月23日)より書店に配本となりましたので、あらためてご挨拶申し上げます。(画像は表紙カバーのイメージ。クリックで拡大されます)

 トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行

 今回の拙著は、雑誌『キュリオマガジン』2008年10月号から2009年12月号まで14回にわたって連載した「郵便学者の世界漫遊記:ルーマニア篇」に加筆・修正してまとめたもので、2008年6月に僕がルーマニア西部のトランシルヴァニア地方と東北部のモルダヴィア地方をまわった時のことを、この地域の歴史なども振り返りつつ、切手や絵葉書を交えてまとめたものです。 シリーズ前作の『タイ三都周郵記』の場合、図版は基本的にモノクロだったのですが、今回は、『キュリオマガジン』連載時の雰囲気を生かすべく、オールカラーで図版をしっかり見せる作りになっています。

 第一部の「トランシルヴァニア周郵記」では、ルーマニア第二の都市ブラショフを皮切りに、“ドラキュラ城”ことブラン城、ドラキュラのモデルとされるヴラド・ツェペシュの生地シギショアラ、2007年の欧州文化首都シビウ、ルーマニア近現代史の重要都市であるアルバ・ユリアティミショアラの5ヶ所を取り上げたほか、コマネチゆかりのデヴァについても触れています。ルーマニアと言えば、なんといっても、ドラキュラ、コマネチ、チャウシェスクが不動の“3大スター”となるでしょうが、僕のトランシルヴァニア旅行も、結果的に、彼らの痕跡をなぞりながら、ルーマニアの過去と現在を歩くものになりました。

 一方、第二部の「牛を訪ねてモルダヴィア」では、オードリー・ヘップバーンの名画『シャレード』に登場する珍品切手のモデル“モルダヴィアの牛”を狂言回しとして、世界遺産としても知られる南ブコヴィナの壁画修道院めぐりと、古都スチャヴァならびにヤシの観光、そして、隣国モルドヴァ共和国との国境越えの体験記をまとめてみました。

 第一部・第二部のいずれも、旅先での僕の体験とあわせて、ルーマニア史のあらましについても一通り盛り込むように努力したつもりです。今年は、全世界に衝撃を与えたルーマニア革命とチャウシェスクの処刑から 20年。この機会に、ぜひ、お手にとってご覧いただけると幸いです。

 なお、この日記をご覧の方で、本書をご自身の関係するメディアで取り上げたい、または取り上げることを検討したいという方がおられましたら、ご連絡いただけると幸いです。


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 10月31日(土) 11:00から、<JAPEX09>会場内(於・サンシャイン文化会館)で刊行記念のトークイベントを行いますので、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。
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 この姿はしばし見おさめ
2009-10-22 Thu 14:58
 きのう(21日)、奈良の薬師寺・東塔で、明治以来約110年ぶりに行われる解体修理の事前調査のために、塔の周辺に足場を組む作業が始まりました。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

 薬師寺東塔

 これは、1976年12月9日に発行された「第二次国宝シリーズ」の第1集のうち、「薬師寺東塔」を描く1枚です。

 薬師寺東塔は、730年に完成したと伝えられる三重塔ですが、各重に裳階(建物の柱の外、軒下に設けられた一種の庇、下屋)がつけられているため、六重塔のように見えます。かつての薬師寺は、金堂を中心に東西両塔が建ち並び、南の中門から北の講堂にいたる廻廊が周囲を囲んでいましたが、現在では、当時の建物はこの東塔が残っているのみです。組物など、建物の細部のつくりに奈良時代前期の特徴が良く示されていることにくわえ、各重に裳階をつけるという特異な構造、さらには全体としての均整の取れた美しさから、わが国の三重塔の中では最高水準のものと評価されています。

 さて、今回の解体修理では、まず、11月末に塔の全体をシートで覆い、軒先のゆがみ具合や周囲の地質など、細部について実測調査を行ったうえで、奈良市などで開かれる「平城遷都1300年祭」のイベントが本格化する来年4月までにいったんシートをはずし、来秋から本格的な修理に入るのだそうです。

 なお、「薬師寺東塔」を含む第二次国宝シリーズに関しては、拙著『沖縄・高松塚の時代』でも詳しくまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


 ☆☆ お待たせしました! 半年ぶりの新刊です ☆☆

 全世界に衝撃を与えた1989年の民主革命と独裁者チャウシェスクの処刑から20年
 ドラキュラ、コマネチ、チャウシェスクの痕跡を訪ねてルーマニアの過去と現在を歩く!
 “切手紀行シリーズ”の第2弾 オールカラーで10月23日、配本予定!

 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行:ルーマニアの古都を歩く』

 トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行   (彩流社 オールカラー190ページ 2800円+税)

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 切手が伝える仏像  『切手が伝える仏像:意匠と歴史』 彩流社(2000円+税)       

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 青いバラ
2009-10-21 Wed 13:33
 昨日(20日)、サントリーホールディングスと子会社のサントリーフラワーズが、世界で初めて実現した青いバラ「「SUNTORY blue rose APPLAUSE」を11月3日に発売すると発表しました。というわけで、きょうは青いバラの切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 キューバ・青いバラ

 これは、1955年11月1日にキューバが発行した郵便税切手で、鉢植えのバラに水をやる場面が描かれています。額面は1センタヴォで、同図案で色違いのものが4種ありますが、ここはやはり“青いバラ”の1枚をもってきました。

 キューバでは、バティスタ政権末期の1954年から1958年にかけて、毎年11月から翌年2月までの間、国家結核会議による児童病院の建設資金を集めるため、郵便物1通につき、1センタヴォ切手を強制的に貼付させていました。今回ご紹介の切手も、そうした目的で発行されたものです。

 さて、英語の“Blue Rose”が“不可能”を意味するように、これまで、青いバラは実現不可能とされてきましたが、サントリーは、2004年にパンジーから取り出した青色色素に関わる遺伝子を組み込むことで開発に成功。遺伝子組み換え生物を規制するカルタヘナ法の承認を得た上で、生産・流通・販売体制を整えて販売にこぎ着けたそうです。

 実売予想価格は1本2000~3000円程度とお高めですが、いずれ、技術が進めば、今回の切手のような“青いバラ”を自宅の植木鉢で気軽に育てられる日が来るのかもしれませんね。


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 杉山寧100年
2009-10-20 Tue 21:21
 文化勲章受章者の日本画家で三島由紀夫の岳父・杉山寧が1909年10月20日に生まれてから、きょうでちょうど100年です。ちなみに、杉山の命日は1993年の10月20日です。というわけで、きょうはこの1枚をもってきました。

 あゆ

 これは、魚介シリーズ第5集として1966年6月1日に発行された“あゆ”の切手で、杉山が原画を担当しました。

 杉山は1909年、東京の浅草生まれ。東京美術学校在学中から帝展に入選するなど、昭和初期の日本画壇に若くして確固たる地位を築き、1957年、日展に出品した「孔雀」で日本芸術院賞を受賞しました。1974年には文化勲章を受賞しています。

 1958年6月、杉山の長女・瑤子が作家の三島由紀夫と結婚したことで、杉山の名は、広く世間一般にも知られるようになります。なお、三島は瑤子を選んだ理由について「芸術家の娘だから、芸術家に対して何ら幻想を抱いていないこと」を挙げたそうです。

 さて、魚介シリーズの切手は、日本を代表する画家たちが原画を担当していますが、“あゆ”以前に発行された”いせえび”、“こい”、“まだい”、“かつお”は、いずれも一尾を大きく描いたものでしたが、杉山は、アユを三尾ならべた構成を採用。バックには苔むした緑色の石を配しています。

 ところで、この切手の発行から1ヶ月後の1966年7月1日、封書の基本料金が10円から15円に値上げされました。この結果、今回の切手は、封書10円時代に発行された最後の新切手となっています。

 この点について、郵政省の担当者は杉山寧に原画を依頼する際、充分に説明していなかったため、杉山は次のように不満を漏らしています。

 私にとって残念なことが一つあります。郵政省の方が見えたとき、この切手が発行されるころは額面が変わることになるかも知れないと語っておられました。それが郵便料金値上げによりたった一と月早いだけで旧料金で発行されたのです。私は制作に当って白い封筒にこの切手一枚を貼ったときのイメージを念頭に入れて描いたのです。ところが一枚で通用したのはたったの一と月。七月からは五円切手を加貼しなければならなくなってしまいました。別物と二枚並べられたのでは色彩効果が台無しです。郵政省はただ予定日に出せばよい。全くのお役所仕事にがっかりしました。 

 さて、きょうの夕方、日本郵政の西川善文社長が辞任を表明しました。20日に閣議決定した鳩山内閣での郵政民営化の見直しの方針について亀井郵政担当相から説明を受け、「これまでやってきたことと、これからやろうとすることの間に大きな隔たりがある」と辞任の理由を述べたそうです。まぁ、小泉改革による郵政民営化が多々問題を抱えていたことは事実ですが、だからといって、かつての“お役所仕事”の悪いところだけが戻ってしまって、再度がっかり、という最悪の事態だけは避けていただきたいものですな。


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 注射の切手
2009-10-19 Mon 23:33
 きょうから、新型インフルエンザ用ワクチンの接種が、最優先とされた医療従事者を対象に始まりました。というわけで、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

 はだしの医者(予防注射)

 これは、1974年に中国で発行された“はだしの医者”の切手の1枚で、農村での子供たちに対する予防注射の場面が描かれています。

 “はだしの医者”は中国語で“赤脚医生”のことで、農村での医療活動の傍ら、農業にも従事するものとされていました。これは、農村の衛生状況を改善すると同時に、体制に批判的になりがちな知識人としての医師を都市部から農村へ下放するという目的も込められていたとされています。

 また、“はだしの医者”の医療活動は、西洋医学と漢方を組み合わせた“団結中西医”であるとか、“衛生工作群集運動相結合”であると負った説明がなされましたが、その背景には、西洋医学の薬品類は高価だったため、必ずしも必要量を調達できず、漢方に頼らざるを得なかったという事情があることはいうまでもありません。

 まぁ、たしかに、中国4000年の伝統を誇る漢方ですから、たいていの病気には対応できるのでしょうが、それなら、新型インフルエンザに効くモノが出てきてもよさそうなものなんですがねぇ。


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 阿修羅のご帰館
2009-10-18 Sun 10:18
 東京・九州を巡回していた興福寺の阿修羅像が、きのう(17日)、約半年ぶりに興福寺に戻ったそうです。というわけで、きょうはこの1枚をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 阿修羅(ふるさと)

 これは、今年(2009年)3月に発行された奈良県のふるさと切手の1枚で、阿修羅像が取り上げられています。阿修羅像の切手は、1968年発行の国宝シリーズ以来、3回発行されていますが(カリブ海の小国などが発行した“いかがわしい切手”ではほかに出ているかもしれませんが)、今回ご紹介の切手はその最新のものです。なお、このとき発行された切手には、東大寺の大仏を取り上げたモノも含まれています。

 さて、報道によると、興福寺では11/23(祝)まで「興福寺国宝特別公開2009-お堂でみる阿修羅-」を開催し、普段は国宝館のガラスケース内に安置している阿修羅像を、仮金堂でのケースなしの露出安置とし、照明デザイナー・池田英雄によるライティングも行われるのだそうです。また、すごい人手になるんだろうなぁ。

 なお、過去に日本で発行された3種の阿修羅像切手は、拙著『切手が伝える仏像:意匠と歴史』でもご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 ディワリ
2009-10-17 Sat 09:47
 きょう・あす(17-8日)は、インド世界最大のお祭り“ディワリ”の日です。というわけで、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ラクシュミ

 これは、1964年1月4日にインドで発行された“第26回国際東洋学会議”の記念切手で、ブロンズのラクシュミ像が取り上げられています。ラクシュミはヒンドゥー教の最高神・ヴィシュヌの妻で美と豊穣と幸運を司っており、ディワリの際には彼女に対して祈りがささげられます。なお、ヒンドゥーの神々は様々なかたちで仏教に取り入れられますが、ラクシュミは仏教では“吉祥天”になっています。

 さて、ディワリは、ヒンドゥー暦でカーティックと呼ばれている月(西洋暦では例年10月~11月頃)の満月の日から2週間後に来る新月の日に行われる祭で、「ラーマーヤナ」に由来するものです。

 すなわち、ヴィシュヌ神の化身であるラーマ王子は、王妃カイケーイー(ラーマの継母)の侍女の奸計により、妻のシーター、弟のラクシュマナとともに森に追放されてしまいます。彼らが森で暮らしていると、魔王ラーバナがシーターを誘拐。ラーマはラクシュマナ、ハヌマーン(猿の神)と一緒に、ラーバナと戦い、妻シータを奪還し、14年ぶりに帰国しました。ディワリは、もともとは、このラーマの帰国を祝うためのものでした。

 祭りとしてのディワリは収穫祭と新年を兼ね備えたようなもので、上述のラクシュミや、富と繁栄の神ガネーシャに対し祈りの儀式(プージャ)が行われます。また、祭りの前日、各家庭では、祭りのお菓子の準備をしたり、大掃除を行って壁も新たに塗り替えるなどして、新しい年の訪れを祝います。

 ディワリの期間中は、幸運を運んでくれる神様が迷わないように、各家の門や窓辺などに灯明をともします。ディワリが“光の祭”とも呼ばれるのはこのためです。なお、かつては素焼きの小皿(ディヤ)にギー(精製バター)を満たし、木綿の灯心に明かりをともしていましたが、現在では、都市部では電飾によるライトアップが主流になっています。
 
 なお、ラクシュミと吉祥天のように、ヒンドゥーの神々を仏教の諸天との対応関係については、拙著『切手が伝える仏像:意匠と歴史』でもいろいろと切手を使って示しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 不発行の飢餓救済切手
2009-10-16 Fri 12:49
 きょう(10月16日)は世界食糧デー。というわけで、来週23日の配本予定日まで1週間となった拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行:ルーマニアの古都を歩く』のなかから、飢餓救済関連の切手ということでこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ベッサラビア飢餓救済

 これは、1923年に発行が計画されていたものの、不発行に終わったベッサラビア飢餓救済の加刷切手です。

  現在のルーマニアの東の国境線となっているプルート川=ドナウ川とドニエストル川にはさまれた地域は、かつてモルダヴィア公国の領土でした。しかし、1812年、露土戦争の結果結ばれたブカレスト条約で、この地域はロシアに割譲され、その支配下でベッサラビアと呼ばれるようになります。この命名は、かつてこの地を支配したワラキア公バサラブにちなむものでした。

 もともと、長年にわたってモルダヴィア公国の支配下に置かれていた地域だけに住民の大半はルーマニア人でルーマニア語を話していましたが、新たな支配者となったロシアのロマノフ王朝は、この地を南下政策の重要拠点と位置付けて、ロシア人やウクライナ人の入植を進め、ロシア化政策を推進。このため、1859年にモルダヴィア=ワラキア連合公国が成立した時も、ベッサラビアはその埒外に置かれていました。

 ところが、第一次大戦中の1917年、ロシア革命が起こって帝政ロシアが倒れると、1918年2月16日、モルドヴァ議会はキシナウでロシアからの独立を宣言。つづいて同年4月9日、同議会はベッサラビアのルーマニアとの統一を圧倒的多数で議決し、これをルーマニア議会が承認するというかたちで、ベッサラビアはルーマニア領に復しました。

 これに対して、ロシアのボリシェヴィキ政権は、ルーマニア軍がベッサラビアに駐留していたことを理由に、モルドヴァ議会の決定は無効であると主張。1919年5月、オデッサにベッサラビア暫定政府を樹立しましたが、これはフランスおよびポーランドの介入によって挫折します。以後、彼らはベッサラビアの回復を虎視眈々と狙うようになり、それは、最終的に第二次大戦を経て実現されることになるのです。

 さて、第一次大戦後のルーマニアとベッサラビアの統合は1920年にロシアを除く西欧諸国から正式に承認されることになりますが、一連の混乱のなかで、ベッサラビアでは飢餓が蔓延し、多数の餓死者が発生しました。今回ご紹介の切手は、そうした状況に対応すべく、新たにルーマニア領となったベッサラビアの同胞の救済を訴えるために準備されたものですが、実際には発行されずに終わりました。

 さて、まもなく刊行予定の『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』では、今回ご紹介の切手も含め、ベッサラビアとルーマニアの関係史についてもまとめています。奥付上の刊行日は11月5日ですが、10月23日には全国の主要書店に配本予定ですので、実物を見かけることがありましたら、ぜひ、お手にとってご覧いただけると幸いです。


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 切手が語る宇宙開発史(4)
2009-10-15 Thu 14:50
 雑誌『ハッカージャパン』の11月号が出来上がりました。僕が担当している連載「切手が語る宇宙開発史」では、今回は、この1枚を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

 東ドイツ・スプートニク

 これは、1957年に東ドイツで発行された“国際地球観測年”の記念切手で、実質的には、スプートニク1号打ち上げの記念切手というべきものです。

 1957年10月4日のスプートニク1号の打ち上げから、1958年1月31日、アメリカが人工衛星エクスプローラー1号の打ち上げに成功するまでの4ヵ月弱、ソ連は宇宙空間を独占していました。宇宙ロケットとミサイルは本質的には同一の技術であり、単純化して言えば、両者の差は先端部に搭載されているものが人工衛星か爆発物かの差でしかありません。したがって、東西冷戦という当時の国際環境の下では、ソ連の宇宙技術がアメリカを凌駕しているということは、西側諸国にとって大いなる脅威であり、同時に、東側諸国にとってのアドバンテージだったのです。

 このことを最大限に活用しようとした典型例が、東ドイツ(ドイツ民主共和国)でした。

 そもそも、東ドイツは第二次大戦後の欧州分断の結果として生まれた国家ですが、社会主義体制を堅持しない限りレゾンデートルを維持できません。社会主義体制でなくなれば、同じくドイツ人国家である西ドイツとの差異は消滅するからです。

 1957年当時、東ドイツの実権を握っていたのはドイツ社会主義統一党(共産党)中央委員会書記長、ヴァルター・ウルブリヒトでした。ウルブリヒトは、1931年、ドイツ政府による共産党員弾圧への報復として警察官を殺害した前歴があり、1941年に独ソ戦が始まると、ソ連のプロパガンダ文書をドイツ語に訳して宣伝放送を行なったり、ドイツ人捕虜への尋問や洗脳活動を行ったりするなど、積極的に祖国ドイツを裏切ってソ連に忠誠を尽くした人物。スターリンに倣った秘密警察網を全土にはりめぐらしたうえで、1952年7月の党大会では“階級闘争の強化”を宣言し、農場集団化や工場・建設労働者のノルマを10.3%増やすなど、強引な社会主義化政策に乗り出していました。

 当然のことながら、この政策は東ドイツ市民の猛反発にあい、1953年3月4日にスターリンが亡くなると、その権力の空白をついて、同年6月17日、東ベルリンで大規模な暴動が発生。これに対して、ウルブリヒトはソ連に“保護”を求め、ソ連の武力介入によりデモ隊を容赦なく鎮圧しました。

 危機を克服したウルブリヒト政権は、1956年にはワルシャワ条約機構(1955年結成)に加盟。1961年にはベルリンの壁を作ったり、さらには、1968年にチェコで起こった民主化運動“プラハの春”に際しては、ワルシャワ条約機構軍の軍事介入を強く支持したりするなど、スターリン主義の優等生であり続けます。

 そうした彼らにとって、ソ連の宇宙開発は、文字通り、東西冷戦の最前線を担う自国の体制を支えるための心強い援軍として受け止められていたことは間違いありません。

 1957年11月、“国際地球観測年”の名目で発行された記念切手は、人工衛星のイメージを描き、1957年10月4日(スプートニク1号打ち上げの日)の日付が入っており、実質的には、スプートニク1号の打ち上げを寿ぐためのものであることは一目瞭然です。そして、そうした切手を、打ち上げからわずか1ヵ月の間に準備し、発行することは、とりもなおさず、“宗主国”ソ連に対する忠誠心の発露に他ならなかったといえましょう。
 

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 10月31日(土) 11:00から、<JAPEX09>会場内(於・サンシャイン文化会館)で刊行記念のトークイベントを行いますので、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。


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 スチャヴァ駅
2009-10-14 Wed 18:52
 きょう(10月14日)は“鉄道の日”(昔は鉄道記念日といいましたな)です。というわけで、近日刊行の拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』のなかから、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 スチャヴァ=ロマン間の鉄道

 これは、2008年に発行されたルーマニア鉄道150年の記念切手のうちの1枚で、1869年12月に開通したスチャヴァ=ロマン間の路線図と開業時の列車が描かれています。

 1359年にモルダヴィア公国が建国された時、最初の首都はモルドヴァ川沿いのバイアに置かれていました。その後、首都はシレトに移転し、1388年、ペトゥル・ムシャト一世によってスチャヴァが公国の首都と定められ、1546年のヤシ遷都まで、首都としての地位を保ちました。

 その後、ブコヴィナがハプスブルク帝国の支配下に入ると、現在のスチャヴァ市の南東を流れるスチャヴァ川がハプスブルク帝国とモルダヴィア公国(ないしはルーマニア)との国境となります。この結果、両国はそれぞれの国境近くまで引いて別個に鉄道を敷き、別々にスチャヴァ駅を作りました。そのハプスブルク側の駅が北駅で、ルーマニア側の駅が南駅です。なお、現在、単に“スチャヴァ駅”というと南駅を指します。

 ちなみに、現在のスチャヴァ北駅はこんな感じです。

 スチャヴァ北駅・外観  スチャヴァ北駅・内装

 一方、スチャヴァ駅(南駅)はこんな感じ。右端はホールで、歴史的建造物として立ち入り禁止になっていましたが、写真の撮影はできました。

 スチャヴァ駅・外観  スチャヴァ駅・内装  スチャヴァ駅・ホール

 ガイドブックなどには北駅のほうが主要駅と書かれていることにくわえ、ハプスブルク帝国とルーマニアの国力の差から考えて、南駅は大したことはなかろうと僕はタカをくくっていたのですが、レンガ造りの駅舎は予想していたよりもずっと立派なもので、個人的には南駅の方が気に入りました。

 モルダヴィアとワラキアの統一によって、近代ルーマニア国家が誕生したのは1861年のことでした。スチャヴァ駅の開業は、そのわずか8年後のことです。新生ルーマニアとしては、国家の威信をかけて、隣国(ハプスブルク帝国)に負けないよう、北方の玄関口としての国境の駅の建設に取り組んだのかもしれません。

 さて、かねてこのブログでもご案内している拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』ですが、本日、予定よりも早くサンプルができあがってきました。奥付上の刊行日は11月5日ですが、10月23日には全国の主要書店に配本される予定です。実物を見かけることがありましたら、ぜひ、お手にとってご覧いただけると幸いです。
 

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 切手で巡る庭園散歩:平等院
2009-10-13 Tue 22:15
 (財)建設業振興基金の機関誌『建設業しんこう』の10月号が出来上がりました。僕が担当している連載「切手で巡る庭園散歩」では、今月はこの1枚をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 平等院(平成)

 これは、2001年8月発行の世界遺産シリーズ第4集の1枚で、暗闇の中、阿字池に映る鳳凰堂と阿弥陀如来が取り上げられています。

 宇治の地は平安時代初期から貴族たちが好んで別荘を営んでいました。そのうち、9世紀末に左大臣・源融の別荘は、後に宇多天皇のものとなり、天皇の孫である源重信を経て藤原道長の別荘“宇治殿”となります。道長が1027年に亡くなると、息子の頼道は1052年、宇治殿を寺院に改め、平等院と称しました。

 平等院は単なる寺院にとどまらず、極楽浄土をこの世に再現しようとして作られた浄土式庭園でもあります。すなわち、庭園の中心をなす阿字池は極楽の宝池を、宇治川の蛇行を利用して作られた中島の阿弥陀堂は浄土の楼閣をイメージしたもので、造立当時の園内にはこぶし大の礫が敷き詰められ、阿弥陀堂の北翼廊と北岸の間には二本の橋が架けられていました。

 阿弥陀堂は、建物全体が鳥の羽を広げた姿に見えることや、棟飾りが鳳凰像となっていることから鳳凰堂とも呼ばれることが多いのですが、この名が一般に用いられるようになったのは江戸時代のことで、創建当時はこうした呼び名はありません。

 なお、平等院にかんしては、阿弥陀堂(鳳凰堂)以外にも雲中供養菩薩や棟飾りなどが切手に取り上げられていますが、その一部については、拙著『切手が伝える仏像:意匠と歴史』でもご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 桁違いの実力
2009-10-12 Mon 16:28
 きょうは体育の日です。というわけで、近日刊行の拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』のなかから、スポーツ・ネタということでこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 コマネチ

 これは、1976年のモントリオール五輪でのナディア・コマネチの活躍をたたえて、1976年10月12日に発行された記念切手です。

 “白い妖精”と呼ばれたナディア・コマネチは、1961年11月12日、モルダヴィア地方バカウ県のオネシュティで生まれました。彼女の故郷であるオネシュティには、1969年、国家プロジェクトとして優秀な体操選手を育成すべく、国立体操専科学校(現在のナディア・コマネチ体操学校)が開校しており、彼女は自宅から同校へ通学していました。

 体操専科学校に通い始めてまもない1969年、コマネチはルーマニアの国内選手権で13位に入賞しましたが、この結果に満足できなかった彼女はそれまで以上に精進を重ね、9歳でルーマニアのジュニア選手権を制覇。1975年にノルウェーのシーエンで行われたヨーロッパ体操選手権では、種目別の床で銀メダルとなったのを除き個人総合、種目別全てで金メダルを獲得しました。

 1976年のモントリオール五輪は、前評判では、オリンピック3大会連続出場のリュドミラ・ツリシチェワ(世界選手権・オリンピック三大会連続個人総合チャンピオン)をはじめ、オルガ・コルブト、ネリー・キム選手などの実力者を擁するソ連チームの圧勝は堅いといわれていました。しかし、純白のレオタードに身を包んだ“白い妖精”コマネチは段違い平行棒と平均台の演技で近代五輪史上初の10点満点をたたき出し、個人総合と併せて金メダル3、団体で銀メダル(金メダルはソ連)、ゆかで銅メダルを獲得。世界最強といわれていたソ連勢を蹴散らしています。

 コマネチの満点の演技の後に登場したコルブトは興奮冷めやらぬスタジアムの中で顔面蒼白となり、個人総合の表彰台でまさかの銅メダルに終わった前女王・ツリシチェワは目を真っ赤にして新女王の隣に立つという屈辱を味わうことになりました。

 これに対して、帝政ロシア、そしてソ連に蹂躙されてきた歴史を持つルーマニア人は、ソ連を倒しての金メダルという快挙に熱狂。チャウシェスクは彼女に“労働者英雄”の称号を与えるとともに、みずから勲章を授与するとともに、その偉業をたたえて記念切手も発行したというわけです。

 ちなみに、切手右上の1.00という数字は10点満点のことです。モントリオール五輪の体操競技では満点が出ることを想定しておらず、得点掲示板は9.95までしか表示できなかったため、10.00に関しては便宜的にこう表示するしかありませんでした。まさに、彼女の演技は桁違いの出来栄えだったといえましょう。

 その後、チャウシェスク政権によって“国家”を背負わされたコマネチを待ち受けていたのは、まさに苦難の日々でした。そして、1989年11月、彼女はハンガリー経由でアメリカに亡命するのですが、それからひと月とたたないうちに、民主革命によりチャウシェスク政権は崩壊することになります。

 近日刊行予定の拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』(オールカラー190ページ 2800円+税)では、そうしたコマネチの波乱に満ちた半生についても1章を設けてまとめてみました。奥付上の刊行日は11月5日ですが、11月下旬には大手書店の店頭などに並ぶことになりそうです。実物を見かけましたら、ぜひ、お手にとってご覧いただけると幸いです。


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 トルコとアルメニアの和解合意
2009-10-11 Sun 11:59
 日本時間のきょう(11日)未明、トルコ、アルメニア両国の外相が国交樹立などをうたった合意文書に署名し、歴史的和解に向けて第1歩を踏み出しました。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 キリス暫定切手のカバー

 これは、1921年4月、キリスで発行された暫定切手を貼って、フランス委任統治下のアレッポ宛に差し出されたカバーです。

 キリスはアナトリア半島東南部のトルコ=シリア国境の都市で、アレッポにいたる街道沿いにあります。現在はトルコ領となっていますが、第一次大戦後、1923年9月まではフランス委任統治下のシリアの管轄下に置かれていました。

 第一次大戦中の1915年から1917年にかけて、当時のオスマン帝国はアナトリア半島に住むアルメニア人が敵国・ロシアに内通しているとの理由で、アルメニア人を強制移住させましたが、その際、多くのアルメニア人が犠牲になりました。これが、いわゆる“(第2次)アルメニア人大虐殺”と呼ばれているもので、アルメニア人社会が“トルコ人による組織的虐殺”として現在なおトルコ政府を非難しているのに対して、トルコ側は「あくまでも戦時下の強制移住により、結果的に多くのアルメニア人が犠牲になった」として“虐殺”の事実を否定し、謝罪と賠償を断固拒否しており、両者の対立の原因となっています。

 さらに、第一次大戦後、アルメニア人民族主義者が(旧)オスマン帝国領のアルメニア人居住地域を含むアルメニア国家の建設運動を起こしたのに対し、ロシアとトルコが介入してこれを粉砕。その結果として、さらに多くのアルメニア人が犠牲となっています。

 今回ご紹介のカバーに貼られている切手は、こうした状況の中で、フランス管轄下のキリスに大量のアルメニア難民が流入したため、切手の需要が急増。それを賄うため、1921年に現地で暫定的に製造・発行されたもので、第一次大戦後のアルメニア人問題を語る際には定番のマテリアルです。

 さて、今回の和平に向けての合意文書は、今後、両国議会での承認手続きに入ることになりますが、両国間には上記の“アルメニア人虐殺”問題に加え、旧ソ連末期から続くアゼルバイジャンでのナゴルノカラバフ紛争(アルメニア人が多数派を占める同地域の独立をめぐる紛争)なども残されています。今回の文書に署名した後も、両国の外相は握手こそ交わしたものの、集まった記者団には一言も発せず式典は終了し、非常に寒々とした雰囲気だったとか。どうやら、最終的な和平への道のりはかなり険しそうですな。


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 ウィルソンの二の舞か?
2009-10-10 Sat 13:15
 今年のノーベル平和賞はアメリカ大統領のバラク・オバマが受賞しました。現職のアメリカ大統領の受賞は、1919年のウッドロー・ウィルソン以来、90年ぶりのことだそうです。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

 ウッドロー・ウィルソン(1925)

 これは、アメリカの通常切手1922年シリーズのうち、ウッドロー・ウィルソンを描く17セント切手です。1922年シリーズの17セント切手は、1925年に発行の平面印刷(目打は11)と1931年に発行の輪転印刷(目打は10.5×11)がありますが、今回ご紹介のものは輪転印刷のほうです。

 ウィルソンは、1856年12月28日、ヴァージニア州スタントン生まれ。1886年にジョンズ・ホプキンス大学で政治学の博士号(Ph.D.)を受け、1890年にプリンストン大学の法律学と政治経済学の教授になりました。その後、1902年にプリンストンの学長となり、時事評論などでも全国的な人気を獲得。1910年にはニュージャージー州知事として政界に転身し、1912年の大統領選挙で“ニュー・フリーダム”をスローガンに掲げて当選します。

 大統領は、第一次大戦末期の1918年1月8日、“14ヵ条の平和原則”を発し、これにより、1919年のノーベル平和賞を受賞しました。

 “14ヵ条の平和原則”は、①秘密外交の廃止、②海洋の自由、③経済障壁の撤廃、④軍備の縮小、⑤国際平和機構の設立、⑥民族自決、⑦植民地問題の公正解決などを掲げたもので、大戦後のパリ講和会議では、議長となったウィルソンはこの原則に沿って会議を主導しようとします。

 しかし、実際の会議では、ウィルソンの“理想主義”は、イギリスやフランスにほとんど無視され、ドイツに対しては過酷な賠償が科されています。また、東欧地域では、民族自決の原則により独立が認められた国々もありましたが、その実態は、新独立国がロシア革命の西側への波及に対する防波堤となることを期待したものという面が強く、アジア・アフリカには適用されませんでしたし、日本が提出した人種的差別撤廃提案も、イギリスとオーストラリアの反発やアメリカ国内選挙の都合から、“全会一致でない”と理由で議長権限により否決に追い込まれています。さらに、平和原則の目玉ともいうべき国際連盟に関しても、アメリカは議会の反対により参加していません。
 
 こうしてみると、“14ヵ条の平和原則”はノーベル平和賞の受賞理由にはなったものの、結局のところ、挫折した理想主義でしかなかったといってよさそうです。ちなみに、平和原則の数少ない成果の一つともいうべき国際連盟の発足は、ウィルソンが平和賞を受賞した翌年の1920年のことです。
 
 さて、ウィルソン以来、90年ぶりに現職大統領として平和賞を受賞したオバマですが、今年1月に発足した彼の政権は、現時点では、具体的な外交実績をあげているとは言い難いのが実情です。たしかに、オバマは「核兵器のない世界」と演説していますが、アメリカがそれに向けて何か具体的な行動を取っているわけではありませんし、僕などは、彼の理想は非現実的な夢想に近いという印象しかありません。(核兵器が陳腐化するほどの全く新しいタイプの兵器が開発され、その結果として、核兵器が“用済み”になるというのなら、まだ、話はわかりますが)

 今後、オバマ政権がどのようなかたちで平和賞にふさわしい実績を上げていくのか、まずはお手並み拝見といったところですが、どうも、90年前のウィルソンと同じような結末に終わるんじゃなかろうかという気がしてなりません。


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 ヘルタ・ミュラーにちなんで
2009-10-09 Fri 12:53
 今年のノーベル文学賞は、ルーマニア出身のドイツ人女性作家、ヘルタ・ミュラーが受賞しました。というわけで、こんな切手を持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

 セルビア占領バナト

 これは、第一次大戦後の1919年、セルビア占領下のバナトで発行された切手です。

 ドナウ川、ティサ川、ムレシュ川、南カルパチア山脈に囲まれた地域は、歴史的にはバナトと呼ばれており、その主要部分はルーマニア領に、西部の3分の一ほどがセルビア領となっています。(ほかに、北部のごくわずかな地域がハンガリー領です)

 第一次大戦以前、バナトの地はハプスブルク帝国の支配下にあり、ルーマニア人、ドイツ人、セルビア人、ハンガリー人などが住んでいました。第一次大戦末期の1918年10月31日、ハプスブルク帝国の降伏を前に、この地のドイツ人とハンガリー人を中心に、“敗戦国”の一部としてバナトが分割されることを避けるとともに、マイノリティとしてのドイツ人・ハンガリー人の権利を守るため、ティミショアラでバナト共和国の独立が宣言され、ハプスブルク側もこれを承認します。

 しかし、ほどなくしてバナトへはセルビア軍が進駐。バナト共和国も解体され、1919のヴェルサイユ条約と1920年のトリアノン条約により、バナトはルーマニア、セルブ・クロアート・スロヴェーン王国(後のユーゴスラビア)、ハンガリーの3ヶ国に分割されてしまいます。今回ご紹介の切手は、そうした状況の下で、セルビア占領下のバナトで発行されたもので、ハンガリー切手への加刷はティミショアラで行われました。

 さて、ノーベル賞を受賞したヘルタ・ミュラーの祖父は、こうしたバナト地方のドイツ系の富農だった人物です。ハプスブルク帝国の解体後、一家はルーマニアの支配下でドイツ系マイノリティとして生活することになりましたが、第二次大戦中、ルーマニアがドイツと同盟時代にあった時期には、彼女の父親はSSで働いていたこともあります。また、彼女の母親は、戦後、ソ連軍によって強制連行され、シベリアに抑留されました。まさに、彼女の家族史はバナトにおけるドイツ人の歴史と重なっているといってよいでしょう。

 共産政権発足後の1953年生まれの彼女は、ティミショアラ大学でドイツ研究とルーマニア文学を学び、工場で翻訳の仕事をしていましたが、秘密警察への協力を拒否したことで解職されています。また、1982年に小説家としてデビューしましたが、1984年に西ドイツで過去の作品を未検閲の状態に改めて発表し、チャウシェスク政権下を批判。1987年に夫ともに西ドイツに政治亡命しました。

 さて、今年はチャウシェスクの処刑で全世界に衝撃を与えたルーマニアの民主革命から20周年にあたります。ヘルタ・ミュラーのノーベル賞受賞も、そうした節目の年にふさわしい出来事といえますが、僕も、彩流社の“切手紀行シリーズ”の第2弾として、ルーマニアを舞台とした拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』を11月5日付で刊行する予定です。現在、印刷作業も順調に進んでおり、月末には現物ができあがってくると思いますので、何卒よろしくお願いします。
 

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 颱風票
2009-10-08 Thu 11:23
 けさ5時すぎ、台風18号が愛知県の知多半島付近に上陸しました。台風上陸は2年ぶりのことです。というわけで、きょうは台風ネタということで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 福州バイセクト

 これは、“颱風票 ”とも呼ばれる福州バイセクトのオンピースです。

 清末の1893年10月、福建省の省都・福州に向けて切手を運搬していた船が台風により沈没します。このため、1分切手の在庫が底をついた福州郵便局では、10月22日から24日までの3日間、2分切手を半分に切って郵便物に貼り、“Postage 1 Cent Paid”の印を押して1分切手の代用としました。

 ある額面の切手が不足したときに、暫定的に、在庫に余裕がある切手を半分に切って使用するバイセクトは、今回ご紹介した清代の中国のみならず、世界各国で行われており、収集家に人気があります。そのため、収集家や切手商などが郵便局に頼んでバイセクトの使用例を作ってもらうということも盛んに行われており、今回ご紹介のものもその一例ではないかと思われます。

 とまれ、台風18号はこれから今夜にかけて北陸、東北と進み、あす(9日)には北海道付近に達する見込みだそうです。東京でも、11時現在、雨は止んで青空が見えていますが、かなりの強風が吹いています。これから台風の通過する地域の皆様は十分お気を付けください。


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 ファイターズの守護神
2009-10-07 Wed 13:35
 プロ野球のパ・リーグは日本ハムファイターズが優勝しました。というわけで、セ・リーグの巨人の時と平仄をあわせて、きょうはこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 大威徳明王

 これは、2001年に発行された第2次世界遺産シリーズ第3集のうち、東寺の大威徳明王像を取り上げた切手です。

 明王は仏教の中でも密教独自の存在で、大日如来の命を受け、仏教に帰依しない民衆を強制的に帰依させようとするために如来が変化したものです。そのうちの大威徳明王は五大明王の一つで、阿弥陀如来の化身として、西方の守護者とされています。3つの眼を持つ顔が6面あり、腕と脚も6本ずつあり、一般に水牛にまたがった姿の像が作られます。死の神・閻魔を降伏させるといわれることから、戦勝祈願の神としても信仰されており、その意味では“ファイターズ(=戦士)”の守護神ともいえましょうか。

 なお、大威徳明王以外の明王像を取り上げた切手については、拙著『切手が伝える仏像:意匠と歴史』でもいろいろとご紹介いしておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧ください。

 *昨日の午後、カウンターが59万PVを超えました。いつも遊びに来ていただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。

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 文藝家協會ニュース
2009-10-06 Tue 13:20
 ご報告が遅くなりましたが、日本文藝家協会の会報『文藝家協會ニュース』第696号ができあがりました。今回は、会員の持ち回りエッセイ「会員通信」の欄に、11月5日付で刊行予定の拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行:ルーマニアの古都を歩く』(オールカラー192頁・本体定価2800円)のプロモーションのエッセイを寄稿しましたので、転載してみます。

 切手100年(ルーマニア)   国境の牛

 オードリー・ヘップバーンの映画『シャレード』は、莫大な額の大金を高価な切手に変えて隠すトリックが鍵だった。映画に登場した切手は架空のものだが、モデルとなった珍品は存在する。

 その中の一つが、1858年、モルダヴィア公国(現ルーマニア)で発行された牛の紋章切手、俗に言う“モルダヴィアの牛”だ。未使用の残存枚数は30-40枚という珍品である。

 昨年(2008年)の夏、僕は展覧会の仕事でルーマニアに行った。そのついでに、ドラキュラ城のモデルとされるブラン城やルーマニア革命発祥の地となったティミショアラ、世界遺産にも指定されている南ブコヴィナの修道院など、主要な観光スポットも回った。しかし、それらよりもずっと強く印象に残っているのが、いたるところで見かけた“モルダヴィアの牛”だ。

 建物の入口やワインのラベル、自動車のナンバープレートなど、町を歩けば切手小僧の憧れだった珍品と同じ顔が町中にあふれている。移動の車中からは、生きている“モルダヴィアの牛”が草を食む姿を何度も目にした。

 “モルダヴィアの牛”を見つけると興奮気味にデジカメのシャッターを押す僕を見て、地元の連中は変な奴だという顔をして笑っていたが、(元)切手小僧にとっては、やはり“モルダヴィアの牛”は特別な存在なのだ。

 そんな僕のルーマニア体験をまとめてみたのが、11月に刊行予定の『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行:ルーマニアの古都を歩く』だ。“モルダヴィアの牛”を追いかけながら、ルーマニアの地に展開されてきた複雑な歴史の輪郭をなぞる歴史紀行という体裁の本になっている。

 本来なら、昨年中に仕上げるつもりだった原稿が遅れ、結果として、世界に衝撃を与えたチャウシェスクの処刑(1989年)から20周年というタイミングにぶつけられたのは、怪我の功名とでもいうべきか。

 とまれ、読者諸賢には、拙著を手に取っていただき、僕と一緒にルーマニアの過去と現在を歩くタイム・トラベルを楽しんでいただければ幸いである。(転載終わり)


 実際の記事には図版は入らないのですが、ここでは、“モルダヴィアの牛”を取り上げたルーマニアの「切手100年」の切手と、ルーマニア=モルドヴァ国境近くの牛の群れを画像として貼っておきます。

 さて、彩流社の“切手紀行シリーズ”の第2弾『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の刊行予定日(11月5日)まで、いよいよ1ヶ月を切りました。現在、印刷作業も順調に進んでいるようで、実際には10月下旬には実物ができあがってくると思いますので、よろしくお願いいたします。

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 10月5日革命
2009-10-05 Mon 23:52
 きょう(10月5日)は、ポルトガルの共和制樹立記念日です。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 マカオ・共和国加刷

 これは、1911年4月2日にマカオで発行された“共和国”加刷の切手です。

 1910年10月1日、ポルトガルでは、ブラジル大統領の来訪がきっかけとなって、共和主義者による大規模なデモが発生。これに呼応して、テージョ川河口に停泊する軍艦の反乱が起こると、同3日、軍部は反乱の鎮圧を拒否し、リスボン周辺を占拠しました。さらに、4日、軍艦が王宮への砲撃を開始たため、国王マヌエル2世と王族はイギリスへ亡命し、5日、共和国臨時政府が発足しました。これが、いわゆる10月5日革命です。

 革命による王制の打倒に伴い、ポルトガルの植民地であったマカオでも、それまで使われていた国王の肖像切手に“REPUBLCA”(共和国)と加刷した切手が発行され、使用されるようになりました。ちなみに、マカオには、このときの革命にちなんで“10月5日通り”という通りがあります。なお、共和制以降、マカオで最初の正刷切手が発行されたのは、1913年のことでした。

 さて、来年はこの10月5日革命から100周年にあたっており、それにあわせて、ポルトガルの首都リスボンでは世界切手展も開催される予定になっています。まぁ、こんなことを書くと鬼に笑われそうですが、切手展にあわせてリスボンに行き、ぜひとも、革命100年のお祭りも見物してみたいものですな。

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 小さな世界のお菓子たち:チョコレートの切手
2009-10-04 Sun 15:30
 ご報告が遅くなりましたが、大手製菓メーカー(株)ロッテの季刊広報誌『Shall we Lotte(シャルウィロッテ)』の第6号(2009年秋号)から、「小さな世界のお菓子たち」と題する連載を始めました。世界各国のお菓子を描いた綺麗な切手をカラーで紹介していこうという企画です。第1回目の今回は、こんな切手を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

 チョコ切手帖  チョコ切手帖(表紙)

 これは、2007年にスウェーデンで発行されたチョコレートの切手帖です。雑誌の記事では、それぞれの切手をばらしてご紹介していますが、今回は切手帖の全体像と、表紙をお見せしましょう。なお、このときのセットには、今回ご紹介の切手帖の他にタブレットのチョコを描く単片切手も発行されています。

 国際菓子協会/欧州製菓協会によると、2006年の日本のチョコレート消費量は1人あたり2.2キロなのだそうです。標準的な板チョコ1枚70グラムとすると、1年で30枚強という勘定。結構な分量です。

 そんなに食べているのか、と少し驚きますが、冷静に考えてみると、純粋にチョコとして売られているものだけでなく、チョコの入ったクッキーやケーキを食べたり、ホット・チョコレートを飲んだりするわけですから、さもありなんといったところでしょうか。

 今回ご紹介の切手帖は、そんなチョコレートのさまざまな楽しみ方を紹介したもので、カカオの実やチョコ・コーティングしたイチゴ、チョコレート・ボンボン、ホット・チョコレートの切手が取り上げられています。

 ちなみに、2006年のスウェーデンでの1人あたりのチョコレートの年間消費量は6.5キロ。日本の3倍弱です。生活の中にチョコレートの文化がしっかりと溶け込んでいるからこそ、こういう切手が発行できるのでしょうね。

 なお、雑誌『Shall we Lotte(シャルウィロッテ)』は広報誌として無料配布されています。入手をご希望の方は、発行元の(株)ファミリー(〒160-0023 東京都新宿区西新宿3-20-1 tel:03-5388-5091 fax:03-3373-3815)にお問い合わせください。
 
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 十五夜
2009-10-03 Sat 10:53
 今夜は十五夜です。というわけで、ストレートにこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 うさぎタトウ

 これは、1951年用の年賀小型シートの贈呈用タトウの表紙です。ちなみに、本文(?)は4ページ立てになっていますが、小型シートは3頁に貼りこまれていて、その反対側(2頁)には解説文が和英両文で印刷されています。解説文には“月のうさぎ”の話も出てきますので、その画像を下に貼っておきましょう。(わが家のスキャナーでは見開きの状態ではスキャンできないので、1ページずつスキャンしたものを並べてみます)

 タトウp2 タトウp3

 1951年用のお年玉葉書は、前年(1億5000万枚)の倍以上にあたる4億枚が発行され、末等(今回は九等)は、当初、200枚につき5枚と発表されましたが、後に100枚につき3枚(当選番号は31、38、59)に増やされています。このため、理論上、賞品の小型シートは1200万枚必要になりますが、前年の小型シートが引換られずに大量に廃棄処分となったことを踏まえ、まずは501万5000枚が調製され、不足分が生じれば追加で製造されることとされました。ちなみに、小型シートの最終的な交付数は287万3000枚であったため、追加の製造は行われていません。

 当選番号を決める抽選会は、1月15日に大阪市中之島公会堂で、前年同様、松井翠聲の司会で行われましたが、大変な人気で、定員2000名のところに7500名が殺到。このため、定刻1時間前に会場は満員締切となったにもかかわらず、群衆が押し寄せて入口の鉄扉が破られたほか、椅子席や硝子戸の破損など、公会堂側の被害総額は20万円以上にもなったそうです。

 今回ご紹介のタトウは、その会場で郵政関係者を中心とする招待者に対して配布されたもので木版刷り。タトウの制作は郵便友の会が受注しましたが、同会は、同じデザインで発行者名を“郵便友の会”に変えたものを抽選会場で販売しています。

 なお、1951年用の年賀切手については、拙著『年賀切手』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。

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 スマトラの復興を願って
2009-10-02 Fri 18:00
 インドネシア西部スマトラ島で、9月30日から強い地震が2件発生し、きのうまでに、少なくとも1100人が死亡、数百人が負傷したのだそうです。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々にお見舞い申し上げます。というわけで、今日はこんなモノをもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 スマトラ新生

 これは、1943年3月13日、近衛師団が北部スマトラの中核都市、メダンを占領してから1周年に際して、タンジョンバラ(消印上の表記は“タンジョンバレー”。メダンの北方160キロの地点にある東海岸州の港町)で使用された記念印です。当時の占領当局は、日本軍によるスマトラ占領を、オランダ支配を駆逐したスマトラ島の“新生”であると主張していたため、こうした印が使用されたわけです。ちなみに、当時の“スマトラ新生”の記念日としては、1942年にスマトラでの日本軍政が開始された3月27日とする記念印も使用されています。

 消印には、椰子の木の生えたスマトラ島(いかにもステレオタイプな表現ですが…)に翻る日章旗に加え、“八紘一宇”のスローガンが入っています。

 八紘一宇とは、神武天皇の即位建都の詔の一節「八紘を掩ひて宇と成さんこと亦可からずや」に由来するもので、本来は一世を風靡したCMのフレーズ、“世界は一家、人類はみな兄弟”と似たような意味です。まぁ、八紘一宇のスローガンには戦争中のプロパガンダで使われていたイメージがぬぐいがたく染みついていることは事実ですが、ここはひとつ、言葉の本来の意味に立ち返って、スマトラの“兄弟”のために、わが国も一肌脱ぐべきでしょうな。

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