内藤陽介 Yosuke NAITO
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World Wide Weblog
 『郵趣』今月の表紙:世界最初のクリスマス切手
2009-11-30 Mon 12:15
 ご報告が遅くなりましたが、 (財)日本郵趣協会の機関誌『郵趣』2009年12月号ができあがりました。『郵趣』では、毎月、表紙に“名品”と評判の高い切手を取り上げて、原則として僕が簡単な解説文をつけていますが、今月はこんなモノを取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

 世界最初のクリスマス切手

 これは、“世界最初のクリスマス切手”とされているカナダの切手です。

 1898年7月、大英帝国内のほとんどの地域間で1/2オンスまでの郵便料金を1ペニー(カナダでは2セントに相当)とする帝国内金一料金制の導入が決定され、同年のクリスマスから実施されました。新制度の実現に尽力したカナダは、その功績をかたちとして残すため、同年12月7日、記念切手を発行。その際、制度導入の日付として“XMAS 1898”の文字が入れられたため、この切手が世界最初のクリスマス切手とみなされるようになりました。(実態としては、上述のように、クリスマスとは無関係のものですが…)

 図案の中心は、ヴィクトリア女王が「わが領土に日の没するところ無し」と称した大英帝国の象徴・帝国領土を赤く塗った世界地図で、英本国ではなく、制度実施の立役者となったカナダが中央に描かれています。印面の下部にはルイス・モリス卿が女王の即位50年を寿ぎつくった「帝国の歌(ソング・オブ・エンパイア)」の一節「われらはかつてない広汎な領土を保つ」とのフレーズが入っています。

 ちなみに、切手が発行された翌年の1899年、イギリスは金とダイヤモンドの利権をめぐって(第2次)ボーア戦争を起こし、1902年、全世界の非難を無視して現在の南アフリカに相当する地域を支配下におさめていますが、すでに1898年の切手でこの地域を大英帝国の版図として描いているのはなんとも暗示的といえましょう。

 さて、雑誌『郵趣』は、新年度より紙面構成を一新し、表紙では新発行の切手を紹介していく予定です。これに伴い、4年間にわたり世界の名品切手をご紹介してきた僕のコラムも、今回が最終回になります。ご愛読ありがとうございました。


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 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の刊行を記念して、ルーマニア民主革命20周年の記念日にあたる12月22日、下記のとおり出版記念パーティーを開催いたします。当日は、僕のトークのほか、日本におけるジプシー・バイオリンの第一人者、古館由佳子さんによる生演奏もお楽しみいただけますので、ぜひ、遊びに来てください。

 ・日時 2009年12月22日 18:30~

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     *東京都中野区本町1-32-24(東京メトロおよび都営地下鉄中野坂上駅1分)
      tel: 03-5334-5341 地図などはこちらをご覧ください。

 ・会費 7000円(『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』1冊つき)
     *当日会場にてお支払いをお願いいたします。

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 モンゴルの薬師如来
2009-11-29 Sun 21:24
 大相撲九州場所は、モンゴル出身の横綱・白鵬が春場所以来の全勝優勝を飾って幕を閉じました。というわけで、今日はモンゴルネタの中からこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

 モンゴル・薬師如来

 これは、1993年にバンコクで開催された国際切手展に際してモンゴルが発行した仏像切手の1枚で、薬師如来像が取り上げられています。

 薬師如来は東方浄瑠璃浄土の教主で、もともとは薬師瑠璃光如来(サンスクリットのバイシャジャ・グル・ブアイドーリャ・プラバの意訳)といいました。如来になる以前、菩薩として修業していた時代に、あらゆる病気や障害を除くことなど12の誓願を立て、それらを成就したことで仏となったとされているため、病気平癒を願って多く像が作られました。今回ご紹介の切手に見られるように、薬壺を左手に持っているのが特徴とされていますが、日本では、法隆寺や薬師寺、唐招提寺の薬師如来像のように、古い時代の仏像では薬壷を持たないものも少なからずあります。

 それにしても、ここのところ大相撲の優勝はずっとモンゴル勢が続いていますねぇ。そのたびに、拙著『切手が伝える仏像:意匠と歴史』の宣伝を兼ねて、同書の中からモンゴルの仏像切手を持ってきているのですが、この調子だとそう遠からずネタ切れになりそうです。そうならないためにも、来年は日本人力士の活躍に期待したいものですな。
 

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 ドバイ・ショック
2009-11-28 Sat 10:51
 きのう(27日)、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイの金融不安(ドバイ政府は、25日に政府系の投資持株会社ドバイ・ワールドとその不動産子会社ナヒールの債務返済の一時凍結要請を発表)から、急激な円高と株安が起こりました。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ドバイ・新旧両通貨混貼り

 これは、1967年1月4日、ドバイからアメリカ宛てに差し出されたカバーで、ガルフ・ルピー表示の20ナイエ・パイサ切手2枚と、あらたにカタール・ドバイ・リヤルで10ディルハムの額面表示を加刷した切手1枚が貼られています。

 1947年8月、インドとパキスタンが分離独立する以前の英領インド帝国は、郵政面では、非常に広範な地域をカバーしており、英領インドの域外でも各地でインド切手が使用されていました。こうした英領インドの在外郵便局は、二つの世界大戦を経て次第に規模が縮小されていきますが、それでも、1947年8月の段階では、ドバイ(現アラブ首長国連邦)やマスカット(オマーン)など、ペルシャ湾岸の郵便はパキスタンのカラチ中央郵便局の管轄下に置かれていました。

 もっとも、ドバイやマスカットは対岸のイランの脅威に備えるためにイギリスの保護領になったという経緯があり、対イラン防衛という点であてにならないパキスタンの保護領になるメリットは何もありません。それゆえ、英領インド郵政が解体されたのであれば、イギリス本国が直接、郵便事業を管轄することが望ましいということになります。また、この地域では、従来は英領インド・ルピーが、1947年8月以降は新生インド・ルピーが法定通貨として流通していたこともあって、パキスタン・ルピーで販売される切手の購入には、インド・ルピーとパキスタン・ルピーの為替差が常に問題となるという不便もあり、1948年4月、イギリスは新たに東アラビア郵政庁を設置し、同庁がペルシャ湾岸地域の郵便を管轄することになりました。

 ところで、新生インドが誕生した時点でのインド・ルピーはイギリスのスターリング・ポンドに対して1ポンド=13・3分の1ルピーの固定相場でした。また、スターリング・ポンドは米ドル金為替本位制を中心としたIMF体制の下で、米ドルとの固定為替相場制(1ポンド=2ドル80セント)を取っており、間接的に金本位制となっていました。このため、インド・ルピーもポンドを介して(さらに間接的にですが)金本位制とつながっていました。

 ところが、米ドルとの交換を目的とした公定価格(金1オンス=35ドル)は、市場での金取引の実勢価格に比べて割安に設定されていたため、金を買ってドルを売ることが盛んに行われました。その際、インド一国にとどまらず、広い地域で使われているインド・ルピーが金の密貿易に盛んに利用されたため、インドの外貨準備高は減少の一途をたどっていきます。

 このため、1959年5月、インド政府はインド・ルピーの国外での流通を停止し、湾岸地域で使用するための通貨として、新たにガルフ・ルピー(インド・ルピーと連動した不換紙幣)を発行します。ガルフ・ルピーの導入をきっかけに、1961年にはクウェートがクウェート・ディナールを、1965年にはバーレーンがバーレーン・ディナールを導入し、ルピー経済圏を離脱することになりますが、その他のイギリス保護下の湾岸首長国では依然として、ガルフ・ルピーが使用されていました。

 ところが、1966年6月6日、インド政府は、それまでスターリング・ポンドに対して1ポンド=13・3分の1ルピーとされていた固定相場を切り下げることを決定。これを受けて、ガルフ・ルピーは為替市場で暴落し、湾岸地域は通貨危機の危険にさらされます。

 このため、ポンドとの旧レートを支持したオマーン(1970年までガルフ・ルピーが使用された)を除き、湾岸首長国はガルフ・ルピーを放棄し、カタールとドバイによるカタール・ドバイ・リヤル(後のカタール・リヤル)を導入。アブダビは前年に創設されたバーレーン・ディナールに加わりました。

 今回ご紹介のカバーは、こうした状況の下で、新旧両通貨の切手が同時に貼られているもので、新通貨導入直後の移行期間ならではのマテリアルといえます。

 かくして、ペルシャ湾岸におけるルピーの歴史は終焉を迎え、1971年12月にドバイとアブダビを中核として発足したアラブ首長国連邦では、独自通貨としてUAEディルハムが使用されることになりました。

 さて、今回の一件で、当然、UAEディルハムは大暴落することになるでしょうが、ドルもユーロも下落して円高のみが進行するという事態になるという最悪のシナリオも覚悟しておいたほうがよさそうです。昨年のリーマンショックの後、当時の麻生政権はともかくも緊急経済対策を行い、一定の成果を上げたとされているわけですが、現在の鳩山政権はどうするつもりなんでしょうかねぇ。すくなくとも“鳩山不況”と呼ばれている現状を直視し、現在の施策を全面的に見直すぐらいのことをしてもらわないと、たまったものではありませんな。


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 宮古島の先には…
2009-11-27 Fri 09:22
 きのう(26日)、2010年度予算の概算要求の無駄を公開で洗い出す“事業仕分け”で、沖縄県の南西諸島の島嶼防衛に重点配分すべく防衛省が求めていた自衛官の3498人増員(要求額は約72億円)について、事実上の予算計上見送りという結論が出ました。というわけで、きょうはこの1枚です。

 富山印

 これは、終戦直後、アメリカ軍政下の沖縄・宮古地区で発行されたもので、靖国神社を描く戦前の17銭切手に通信部長・富山常仁(とみやま・じょうじん)の印を押した暫定切手です。

 終戦直後の宮古島には、1945年12月8日、アメリカの海兵隊が進駐し、軍政を施行しています。これに伴い発足した宮古群島郵便局では、沖縄本島とはちがい、戦前と同様の郵便が継続して行われていました。こうした状況の下で、1946年2月1日から1948年6月30日まで、宮古地区では切手の収入減を明確にするため(日本時代に売られていた切手と、アメリカ軍政下で売られた切手を区別するため)、こうした“富山印”の暫定切手が使われたというわけです。

 さて、今回の“事業仕分け”では否定された格好になった南西諸島の国防事情ですが、非常にお寒い状況であることは広く知られているとおりです。

 すなわち、南西諸島地域は、中国や台湾に接しており、尖閣諸島などの領土問題や排他的経済水域をめぐる日中間の対立などを抱えた地域です。実際、先島諸島近海では、中国がわが国の領海を侵犯して無許可海洋調査を繰り返しているばかりか、調査船“護衛”の名目で中国海軍の艦隊が日本側を威圧するための航海を何度も行っています。もちろん、台湾有事なんてことになったら、中国から見て太平洋への出口にあたる、このエリアが焦点となるのはいうまでもありません。

 それにもかかわらず、先島諸島は、宮古島にある航空自衛隊レーダーサイト以外は自衛隊がまったく駐留していない“軍事空白域”となっています。これでは、レーダーで“異変”を察知できたとしても、実際の対応が間に合わないということにもなりかねません。

 今回の防衛省側の要求は、“即応性の向上が特に必要な第1線部隊に限定”した自衛官の増員であり、他国の特殊部隊やゲリラに備えるためにも不可欠なものと思われます。出席した長島昭久防衛政務官の「人件費は自助努力で捻出するので増員は認めてほしい」との説明を聞くと、この要求が国防上、いかに切迫したものであるかわかろうというものです。

 それにもかかわらず、「自衛官は定数減の分のコスト削減が進んでいない」として、これを退けた“仕分け人”のメンタリティというのは、僕にはどうも理解ができませんねえ。ひょっとすると、現政権は、南西諸島は中国に差し出してもかまわないとでも考えているのでしょうか。“仕分け人”の一人として、連日、テレビの画面に登場する女性国会議員が、父親は台湾出身で、ご本人も北京大学漢語中心に留学したこともある人物だそうです。まさか、“国益”の“国”の意味するところが、僕たちと違うということがなんでしょうかねぇ。


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 会計士のソロバン
2009-11-26 Thu 22:04
 今年の公認会計士試験の合格者数が発表になりました。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

 世界会計士会議

 これは、1987年10月9日に発行された“第13回世界会計士会議東京大会”の記念切手です。

 世界会計士会議は、会計・監査等の理論や実践、それらに関する諸分野の問題を、国際的な場で討論し意見を交換することによって、会計士の資質向上を図ることを目的として、国際会計士連盟(各国の会計士団体によって組織される)が、5年ごとに、主催国の会計士団体と共同で開催するものです。

 1904年にアメリカで第1回大会が開かれて以来、アメリカ、オランダ、イギリス、ドイツ、フランス、オーストラリア、メキシコの7ヵ国で開催されてきましたが、1987年の第13回大会は、10月11日から15日まで、アジアで初めて、東京の日本武道館を中心に都内のホテルで開催され、73ヵ国約6000名が参加しました。ちなみに、記念切手の発行日は10月9日ですが、これは、会期初日の11日は日曜日で、前日の10日は“体育の日”で祝日だったためです。

 切手には、“日本で開催される会計士の国際会議”にちなみ、日本独自の絵画である浮世絵の中から“会計”をイメージするソロバンを描いた作品ということで、歌川豊國の「三美人」が取り上げられました。「三美人」は、切手発行時はリッカー美術館 の所蔵品。寛政末期(1798-1800)の作品とされており、原画では題名通り3人の女性が描かれていますが、切手では、ソロバンを中心とした2人の女性の部分がトリミングして取り上げられています。

 さて、今年の会計士試験の合格者は2229人で、前年と比べて約4割の減少、新しい公認会計士試験制度が2006年に始まってから最少の合格者数だったそうです。それでも、内部統制や四半期決算の需要が一巡し、監査業界が合格者すべてを受け入れることは難しいのが現状で、今年の合格者もその約半数が就職難に苦しんでいるといわれているのだとか。

 苦労して勉強し、資格を取っても、明るい未来が待っているわけではないというのであれば、ソロバンにあわないがゆえに、公認会計士を目指す若者は激減していくことになるでしょうね。そのことが日本の将来にとって、果たして良いことなのかどうか…。“仕分け人”を標榜する国会議員らによって、若手研究者の育成・支援の予算が“無駄”の一言でバッサリと削られることと合せて考えてみても、一生懸命勉強した者ほどバカを見るというのが日本の現状のようです。どうにも変な世の中になったものですな。

 さて、<解説・戦後記念切手>シリーズの第7巻(最終巻)として、今回ご紹介の切手を含む1985年4月から昭和末までの記念・特殊切手を取り扱った『昭和終焉の時代』(2700円)を12月15日付で刊行すべく、現在準備中です。実物が出来上がってきましたらこのブログでもご案内いたしますが、内容等については、出版元特設HPもご覧いただけると幸いです。


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 イエメンの人質解放
2009-11-25 Wed 10:37
 イエメンの首都サヌア近郊で地元部族民に8日間誘拐・監禁されていた日本人技師、真下武男さんが、日本時間のきのう(24日)未明、無事解放されました。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

 サヌア=ホデイダ道路

 これは、1961年、サヌア=フダイダ(紅海沿岸の港湾都市)を結ぶ高速道路の開通を記念してイエメンで発行された記念切手で、近代的な港湾都市フダイダと山々に囲まれた標高2200メートル古都サナアのイメージが対比して描かれています。今回、真下さんが運転手ともども誘拐されたのは、サヌア北東・アルハブの現場に車で向かう途中だったそうです。今回ご紹介の切手の高速道路は、フダイダからサヌアまで北東に向かって走っていますので、事件の現場は、切手ではサヌア市街地の右後方、山の稜線と赤い背景の境目くらいの位置という感じになりましょうか。

 イエメンの首都・サヌアは、“ノアの方舟”伝説の故地で、イスラム以前から、香料の貿易で繁栄する南アラビア有数の都市でした。もっとも、交通の要衝であったがゆえに、周辺勢力の侵入も絶えず、人々は城壁を築いて防衛に努めました。このことが、東西約1・5km、南北約1kmの城壁に囲まれた街の輪郭を形成する大きな動機となります。

 西暦7世紀になってムスリムの支配下に置かれるようになると、サナアにあったイスラム以前の神殿はすべて破壊され、その上に、モスクを中心としたイスラム都市の体裁が整えられていきます。現在、サナアの旧市街には、6000棟以上の古い家屋と103のモスク、64本のミナレット(尖塔)が建ち並んでいますが、数百年前から変わらぬままの古い街並がそのまま残っており、街全体が“生きた博物館”とも称されています。このため、1986年にはユネスコの世界文化遺産にも認定され、異国の観光客のエキゾチシズムを大いにくすぐる存在となっています。

 その一方で、国全体としては非常に貧しく、サヌアやフダイダなどの都市部とその他の地域の経済格差は相当に大きなものがあります。じっさい、イエメンでは石油を産出しないわけではないのですが、その量は決して多くはなく、コーヒー以外の食糧の輸入(砂漠地帯のため、農業生産はほとんど期待できない)などでほぼ帳消しになってしまい、隣接する石油大国・サウジアラビアへの出稼ぎに相当程度頼らざるを得ないのが実情です。

 それにしても、解放後の記者会見で、真下さんは、休養のため一時帰国するものの「会社とも相談する必要があるが、自分としては戻って学校のプロジェクトを仕上げたい」と話したのだとか。その責任感たるや実に立派なもので、こうした方々が海外で活躍されることが、わが国の国際的な評価を高めていくことは間違いありません。それだけに、海外の治安悪化地域で、民生支援の日本人スタッフがある程度まとまって活動するような場合には、安全確保のため、自衛隊が警備員として同行するなどの国の施策があっても良いように思うのですが、自衛隊の海外派遣に絶対反対の“9条教”信者だとか、目先の経済効率の低い“無駄”を削減することに血眼になっている仕分け人だとか、そういう人たちが政府を構成しているうちは無理なんだろうなぁ。


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 二の酉
2009-11-24 Tue 10:49
 きょうは二の酉です。12日の一の酉の時は、今上陛下のご即位20年と重なっていましたので、その関連ネタをもってきましたが、きょうは、現在制作中の『昭和終焉の時代』のなかから、この1枚をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 万国家禽会議
 
 これは、1988年9月3日に発行された“第18回万国家禽会議”の記念切手です。なお、家禽とは、ニワトリやアヒルなど、特に肉や卵をとるために飼育される鳥の総称です。

 万国家禽会議は万国家禽学会が3-4年に1度開催する国際会議で、家禽学とその関係分野の研究者が一堂に会して、家禽の生産性向上について総合的討議を行い、家禽産業の将来の発展の方向性を求めるものです。学術的な研究発表とともに、家禽産業に関する展示会が併催されるのが特色となっています。

 第1回の会議は1921年にオランダのハーグで開催され、以来、欧米各地で順次開催されてきましたが、1988年の第18回会議は9月4日から9日まで、愛知県名古屋市の愛知県勤労会館ならびに名古屋中小企業振興会館(吹上ホール)で開催されました。アジア地域での開催はこれが最初のことです。主催者は日本家禽学会、鶏病研究会、社団法人・日本養鶏協会、社団法人・日本畜産学会で、「高度技術に基づく効率的家禽生産」のテーマの下、約六十ヵ国から6500人が参加しました。

 アジア初の万国家禽学会の開催に際しては、会期初日の9月4日が日曜日だったため、前日の3日に記念切手が発行されました。

 図案は、卵をあらわす円の中に名古屋種(名古屋コーチン)を描いたものです。名古屋コーチンは、明治初期、元尾張藩士の海部壮平・正秀兄弟によって、中国産のバフコーチン(九斤)と現在の名古屋市周辺で飼育されていた地鶏を交配させて作られた品種で、1905年、日本家禽協会によって初の“国産実用鶏”に認定されました。その後、1919年に褐色レグホーン等の洋鶏の遺伝子を導入して改良(育種)された品種が再固定されて、“名古屋種”と名付けられましたが、現在も“名古屋コーチン”の名で親しまれています。なお、登録商標としての“純系名古屋コーチン”は、愛知県畜産総合センター種鶏場から供給された種鶏から、名古屋コーチン普及協会の会員が名古屋周辺地域で生産した名古屋コーチンの肉・卵だけに許された呼称です。
 
 さて、<解説・戦後記念切手>シリーズの第7巻(最終巻)として、今回ご紹介の切手を含む1985年4月から昭和末までの記念・特殊切手を取り扱った『昭和終焉の時代』(2700円)を12月15日付で刊行すべく、現在準備中です。実物が出来上がってきましたらこのブログでもご案内いたしますが、内容等については、出版元特設HPもご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 出版記念パーティーのご案内 ★★★

 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の刊行を記念して、ルーマニア民主革命20周年の記念日にあたる12月22日、下記のとおり出版記念パーティーを開催いたします。ちょっと変わったオフ会あるいは忘年会としていかがでしょうか。当日は、僕のトークのほか、楽しいアトラクションを予定しております。

 ・日時 2009年12月22日 18:30~

 ・会場 レストラン・ルーマニア(本格的ルーマニア料理のレストランです)
     *東京都中野区本町1-32-24(東京メトロおよび都営地下鉄中野坂上駅1分)
      tel: 03-5334-5341 地図などはこちらをご覧ください。

 ・会費 7000円(『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』1冊つき)
     *当日会場にてお支払いをお願いいたします。

 ・参加ご希望の方は、12月18日までにキュリオマガジン編集部まで、電子メール(info@fujimint.com)にてお申し込みください。たくさんの方々のお越しを心よりお待ちしております。
 

 ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★

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 日本メキシコ400年祭
2009-11-23 Mon 09:37
 日本とメキシコの交流400周年を記念して、現地時間の21‐22日(日本時間だときのう・きょう、ですかね)、メキシコの首都・メキシコ市中心部で“日本メキシコ400年祭”が行われ、日本からはヨサコイソーラン節の演舞やおみこしなどが参加しました。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

 日墨修好100年

 これは、1988年11月13日に発行された“日墨修好通商条約署名100周年”の記念切手です。

 日本とメキシコとの関係は、鎖国以前の1609年、前フィリピン総督ドン・ロドリゴの一行がメキシコ(当時は“ヌエバ・エスパーニャ”といった)への帰途、台風に遭い、上総国岩和田村(現・千葉県御宿町)の海岸に漂着し、日本側がこれを救助したことから始まりました。また、1613年、遣欧使節として派遣された支倉常長は、ヌエバ・エスパーニャ太平洋岸のアカプルコへ向かい、アカプルコから陸路大西洋岸のベラクルスを経由して、ローマに到着しています。

 幕末の開港以来、欧米との不平等条約の改正を悲願としていた日本は、1871年には清朝と日清修好条規(平等条約)を結び、1876年には朝鮮と日朝修好条規(日本に有利な“逆不平等条約”)を結んでいましたが、次なるステップとして、アジア以外の国と対等条約を結んで前例をつくるべく、メキシコに白羽の矢を立てます。

 一方、メキシコとしても、当時、東アジアとの貿易のために日本か清朝と交流を持ちたいと考えていました。

 こうした両者の思惑が一致して、1888年11月、アメリカの首都ワシントンDCで両国特命全権公使(日本側は陸奥宗光、メキシコ側はマティアス・ロメロ)の間で、日墨修好通商条約が結ばれました。ちなみに日墨の“墨”はメキシコの漢字表記が墨西哥であることに由来するものです。

 この条約は、わが国にとって、外国から絶対的主権を承認された最初の本格的な平等条約で、外国人に対する裁判権・租税課税権・両国民の自由な居住権等を認めたものでした。一方、メキシコ側にとってもアジア諸国と結んだ最初の条約となっています。ちなみに、日本政府は、アジア以外での初の本格的な平等条約の締結を非常に喜び、メキシコ大使館の用地として永田町の一角を提供しています。

 1988年は、日墨修好通商条約の調印から100周年にあたっていましたが、当初、昭和63年度の切手発行計画には、この件に関する記念切手は含まれていませんでした。

 ところが、同年8月16日にメキシコ側は条約の署名100周年の記念切手を発行し、記念イベントの一環としてメキシコ市で両国外相(日本側は宇野宗佑、メキシコ側はセプルベダ)が2人で一緒に記念切手の初日カバーに特印を押すなどのパフォーマンスを行っています。

 こうしたこともあって、外務省が記念切手の発行を要請し、これを受けて署名記念日の11月30日、記念切手が発行されました。

 切手の図案は、メキシコ国旗の中央に描かれている鷲の紋章です。

 13世紀に繁栄したアステカの神話によると、現在のメキシコシティの前身であるティチティトラン(アステカ帝国の都)は、戦争と太陽の神“ウィツィロポチトリ”の予言者の「朝日に翼を広げる一頭のワシがサボテンに止まり、蛇をむさぼり食うのを見る土地を汝らの安住の地にすべし」との託宣に基づいて建設されたことになっています。切手に描かれた国章はこの神話をデザイン化したもので、メキシコ国立人類博物館には国章の図案のもとになったオリジナルの石碑が展示されています。

 さて、現在、<解説・戦後記念切手>シリーズの第7巻(最終巻)として、今回ご紹介の切手を含む1985年4月から昭和末までの記念・特殊切手を取り扱った『昭和終焉の時代』の制作作業中です。すでに本文は出来上がっており、年末には店頭に並ぶ予定で準備を進めておりますが、正式な刊行日や定価などの詳細が決まりましたら、このブログでも逐次ご案内してまいりますので、よろしくお願いいたします。


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 スリランカの大仏
2009-11-22 Sun 18:26
 今年5月、25年に及ぶ内戦が終結したスリランカでは、戦闘で発生した数十万人の国内避難民の中に反政府武装組織タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)の残党が潜んでいるとして、避難民の収容施設からの移動が制限され、国連などから非難の声が上がっていましたが、きのう(21日)、スリランカ政府は、12月1日以降、収容施設からの移動制限を解除することをようやく発表しました。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

 サッセールワ大仏

 これは、昨年(2008年)の仏誕節にスリランカで発行された小型シートで、シートの余白には、スリランカ中部・セッサールワの大仏が取り上げられています。

 セッサールワの大仏は12メートルの高さがあり、西暦274年、マハーセーナ王の時代のものです。マハーセーナ王は、バーミヤンの大仏を見て感激した人から話を聞いて、スリランカにも同じような大仏を造ろうと思い立ったのだそうです。こうしたこともあって、大仏の顔はマハーセーナ王に似ているとされています。

 大仏は右手を胸の前に上げ、掌を正面に向けた姿勢を取っています。この手の形(印相)は“施無畏印”と呼ばれ、人々を安心させ、恐れを取り除く身振りとされています。長年の内戦で疲弊したスリランカの人々に必要なのは、なによりも、恐れと不安のない生活でしょう。その意味では、大仏様のご慈悲が彼らに届きますようにと祈らずにはいられません。

 なお、仏像の印相については、拙著『切手が伝える仏像:意匠と歴史』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。

 
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 世界漫遊記:5つの修道院④
2009-11-21 Sat 11:25
 『キュリオマガジン』2009年12月号が出来上がりました。僕の連載「郵便学者の世界漫遊記」ですが、ルーマニア篇は今回が最終回。前回に続きルーマニア北東部・南ブコヴィナの“5つの修道院”の4回目。今回は、そのなかから、こんなモノをもってきました。(以下、画像はクリックで拡大されます)

 プトナ(切手)   プトナ(実物)

 これは1991年に発行されたプトナ修道院の切手と、その実際の写真です。“5つの修道院”というタイトルによれば、今回は記事中のアルボーレ修道院を取り上げるべきなのでしょうが、同修道院については、以前の記事でもご紹介したことがありますので、今回はいままで取り上げたことのないプトナ修道院を持ってきました。

 モルダヴィアの、というより全ルーマニア人にとっての民族的英雄であるシュテファン大公は、戦で勝利を収めるたびに修道院を一つずつ寄進することを誓い、それを実行に移した人物で、キリアの戦いでオスマン帝国を破った後、1466年7月10日、神への感謝を示すために聖母マリア(正教会では“生神女マリヤ”のが一般的)にささげる教会を建設することを決意。ブコヴィナのヴィコヴ・デ・スス村を200ズロトで購入。村を見渡せる丘の上から3本の矢を放ち、1本目が落ちた場所に修道院の聖なる井戸を、2本目が落ちた場所に祭壇を、3本目が落ちた場所に鐘楼を建てたといわれています。

 修道院の建設は、近隣の洞窟に住んでいた隠者ダニエル(後にヴォロネツ修道院の初代院長となった人物)の指導の下、およそ3年がかけられ、1470年9月3日、大公とその家族が参列する中、成聖式(聖職者の祈りによって、礼拝の器具や建造物などを聖なるものとする儀式)が行われました。この結果、プトナ修道院はモルダヴィアにおける宗教・芸術・文化の中心地としての地位を獲得。1504年に亡くなったシュテファン大公のみならず、息子のボグダン三世やペトゥル・ラレシュ(モルドヴィツァ修道院を建立したモルダヴィア公)もここに埋葬されています。

 当初の建物は、1484年の火災によりほとんど焼失し、2年後に再建されましたが、その後も、戦乱や火災、さらには地震などで何度か損傷し、そのたびに再建されるという歴史が繰り返され、1881年9月に周囲の壁と塔が建設され、ほぼ現在のかたちとなりました。

 聖堂の外壁は真っ白で、壁画が描かれていないがゆえに世界遺産には指定されていないものの、ほとんど飾りがないことがかえって修道院としての品格や威厳といったものを強く感じさせます。
 
 さて、「郵便学者の世界漫郵記」ですが、2008年11月号掲載の“ブラン城”から14回続いたルーマニア篇は今回で終了し、次回・2010年1月号からは新たにマカオ篇がスタートします。ぜひ、ご期待ください。

 また、プトナ修道院に関しては、拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』でも詳しくご紹介しておりますので、あわせてご覧いただけると幸いです。


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 2期目のカルザイ政権
2009-11-20 Fri 18:12
 2カ月以上の混乱を経たアフガニスタン大統領選で再選を決めたハミド・カルザイ氏の2期目の就任式が19日、首都カブールで行われました。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

 バーミヤン(廃墟)

 これは、2002年にアフガニスタンで発行された切手で、ターリバーンによって破壊されたバーミヤンの大仏があった石窟が描かれています。カルザイの大統領としての1期目の任期がスタートしたのは2004年12月7日でしたが、すでに2001年12月22日には彼はアフガニスタン暫定行政機構の議長に就任し、翌2002年6月19日にはアフガニスタン・イスラム移行政権の大統領に就任していましたので、この切手もカルザイ政権下での発行とみなしてよいでしょう。

 バーミヤーンはカブールの北西約240 km、アフガニスタンのほぼ中央部に位置する都市で、西暦1世紀からバクトリアによって近郊に仏教の石窟寺院が開削され始めました。有名な大仏は5世紀から6世紀にかけて彫られたもので、周囲の壁画などから弥勒菩薩像と考えられています。また、630年にこの地を訪れた玄奘(いわゆる三蔵法師ですな)は、大仏が金色に光り輝き、僧院には数千人の僧が居住していたと記録しています。

 その後、この地域はムスリムの支配下に入り、一部は略奪を受けたりもしましたが、多くの壁画は残され、19世紀以降、この地を探検した西洋人や日本人によって、その美術的価値が世界的に高く評価されるようになりました。しかし、2001年には、当時アフガニスタンを実効支配していたターリバーン政権の手により爆破され、現在では国際支援による修復作業が進められているのはご存じのとおりです。

 今回ご紹介の切手は、そうしたタリバンの蛮行を誇示することで、カルザイ政権が自らの正統性を内外にアピールすべく発行したものですが、そのカルザイ政権も汚職の蔓延や経済状況の低迷などにより、国民の支持率は低迷しています。このため、ターリバーン勢力も息を吹き返し、反政府テロが頻発するなど、治安も極端に悪化。そのことが、ますます政権の求心力を弱めているのが現状です。ちなみに、この切手の額面は25000アフガニとなっていますが、これって、やはり国内のインフレがすごかった(いまでもそうかもしれませんが)ことの証なんでしょうね。

 多難な船出となる2期目のカルザイ政権ですが、その任期中に、再び、今回ご紹介したような“反タリバン”の切手が発行されることになるかもしれません。

 なお、バーミヤンの大仏に関するマテリアルというのは、このほかにもいろいろとあるのですが、それらについては拙著『切手が伝える仏像:意匠と歴史』でもご紹介していますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 ルーマニア・ワイン
2009-11-19 Thu 08:46
 きょう(19日)は11月の第3木曜日。いわずと知れたボジョレー・ヌーボーの解禁日です。というわけで、ワインがらみのこんなモノをもってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

 1961年・ブドウ

 これは、1961年にルーマニアで発行された切手つき封筒で、ブドウを手にした女性が描かれています。前年(1960年)、ルーマニアは自国のワイン産業を宣伝する切手を発行していますが、今回の封筒のカシェは、その“裏焼き”を拡大したもので、印面にはワインのデキャンタが描かれています。

 日本では意外と知られていないことですが、ルーマニアは欧州ではイタリア、フランス、スペイン、ドイツに次ぎ、ワインの生産量で5番目というワイン大国で、相当量が輸出されています。

 ルーマニア・ワインの歴史は6000年前まで遡るといわれ、古代ギリシャ神話のブドウ酒の神であるディオニュソス(ローマ神話のバッカス)はトラチア(現在のルーマニアの南部)に生まれたとされています。その後、AD106年にローマ帝国に征服された後、ワイン作りが盛んになり、モルダヴィア地方のコトナリ(主として白ワインの産地)やブルガリアとの国境に近いドブルジャ地方のムルファトラー(主として赤ワインの産地)などが有名になりました。特に、コトナリの白ワインはヨーロッパでの評価が高く、早くも1899年のパリ博覧会でグランプリを獲得するほどでした。

 社会主義政権下では、西側との経済交流が実質的に途絶えてしまったため、ルーマニア・ワインは西側マーケットには出回らなくなりました。ただし、ワインの輸出が一切途絶してしまったわけではなく、ワインは共産圏内でのバーター取引のための主要商品となっていました。そして、そのことが、今回ご紹介のようなマテリアルの発行につながったといってよいでしょう。

 なお、12月22日に開催予定の拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の出版記念パーティーでは、日本ではなかなか飲む機会のないルーマニア・ワインもいろいろとご用意する予定です。話のタネに、一度くらいルーマニア料理とワインを味わってみようかという方は、ぜひ、遊びに来てください。(詳細は、下記ご案内をご覧ください)


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 台湾の独自性⑧
2009-11-18 Wed 10:13
 ご報告が遅くなりましたが、雑誌『東亜』の2009年11月号ができあがりました。3ヶ月に1回のペースで僕が担当している連載「郵便切手の歴史に見る台湾の独自性」は今回が最終回。というわけで、こんなマテリアルを取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

 馬総統

 これは、昨年(2008年)9月に発行された“中華民国第十二代総統副総統就職紀念”の切手です。

 1949年、台湾に逃げ込んだ国府は“大陸反攻”を呼号し、みずからが中国を代表する正統政権であると主張します。もっとも、この“中国”政府は、福建省沿岸の小島を除くと、中央政府と地方政府である台湾省政府の管轄が同じという異常な構造になっていました。

 このため、台北への“遷都”早々、国府は台湾での“地方自治”を実施し、県・市長を公選として県議会を開設したものの、省主席は官選という体裁を取っていました。これは、中華民国総統(蒋介石)が住民によって直接選挙されないにも関わらず、台湾省主席が公選されるということになると、台湾の人々にとっては省主席が総統よりも権威をもつことになるためす。“中央”と“地方”がほぼ同じサイズである以上、蒋介石としては台湾における自己の権力基盤を維持するためにも、そうした事態は何としても避けなければならなりませんでした。

 こうした異常事態は、1996年3月23日に住民の直接投票による総統選挙(李登輝が当選した)が実施されるとその根拠を失い、1997年の憲法改正では地方政府としての台湾省の機能が停止される(台湾の本土化)ことで、とりあえずは解消されます。

 こうした経緯を経て2000年の総統選挙で民主進歩党(民進党)の陳水扁が当選すると、2002年以降、中国ないしは中華の名称を台湾へと置き換え、台湾の存在を“中国の一部”から“中国(大陸)とは別個の地”に代えることを目標とする台湾正名運動が本格化することになります。

 その一環として、陳水扁政権2期目の2007年2月12日、台湾の郵政機関である中華郵政公司が台湾郵政公司に社名変更された。そして、これに伴い、同年2月28日に発行の“二・二八国家記念館”の記念切手から、切手上の国名表記も“中華民国郵票/REPUBLIC OF CHINA”(図1)から“台湾/TAIWAN”に変更されています。

 なお、“台湾郵政”表示の最初の切手の題材が、外省人による本省人抑圧の象徴ともいうべき二・二八事件を主題とする“二・二八国家記念館”であった背景には、野党・国民党の旧悪を指摘し、政権基盤を強化しようという政治的な思惑があったことは言うまでもありません。じっさい、同記念館の開館記念式典において、陳水扁は「政府はこれまで(二・二八事件の)被害者や家族に補償する一方、首謀者の責任は追及してこなかった。国民党は責任を台湾における共産党に押し付け、最近は役人の抑圧が民衆の反逆を引き起こしたと説明しているがこれも責任回避だ」と指摘し、国民党を批判しています。

 こうして発行されることになった“台湾”表示の切手でしたが、“二・二八国家記念館”からおよそ1年後の2008年3月22日の総統選挙で、台湾独立を否定し、“中華民国”体制の現状維持を主張する国民党の馬英九が与党民進党の謝長廷・元行政院長を破って当選すると、再び見直しが検討されることになります。

 すでに、選挙期間中から馬は、切手上の国名表記を“台湾”から“中華民国”に戻すことを公約の一つとして掲げていたが、5月20日の就任式にあわせて発行される予定だった“中華民国第十二代総統副総統就職紀念”の切手の国名表示が“台湾”となっていたことに対しては、早速クレームをつけています。

 すなわち、就任式に先立つ4月8日、切手の原画を見せられた次期総統の馬と次期副総統の蕭萬長は、2007年の中華郵政公司から台湾郵政公司への社名変更に際しては、同公司設置の根拠法である「中華郵政公司条例」が改正されておらず、“台湾(郵政)”の名称で郵便事業を行うには疑義があると指摘。これを受けて、台湾郵政は就任式にあわせての切手発行を見合わせるとともに、馬・蕭とも相談の上、後日、“中華民国”表示の切手を発行することで両者の了解を得ました。

 一方、行政院発言人の謝志偉は「関係法令によれば、切手の発行には、台湾郵政が行政院に図案を送り査定を受ける必要がある。現時点では図案はまだ行政院に届けられておらず、図案が届けられてから行政院長の張俊雄が台湾郵政の文書や状況などから判断して最終的に決裁することになる」との趣旨のコメントを発表しましたが、同時に「彼らは選挙前には絶えず“台湾”と言っていたのに、選挙が終わった途端に“台湾”を用済みと捨てている。馬英九のこのようなやり方は、与野党両方の支持層をいたく悲しませるものだ」として馬・蕭に対する不快感をあらわにしています。

 結局、切手上の国名表記問題に関しては、新政権発足後の5月28日、交通部は、すでに“台湾/TAIWAN”表示での印刷を終えていた切手はそのまま発行するものの、8月1日に台湾郵政公司の取締役会を開き、中華郵政公司への社名の再変更を決議し、8月20日に発行の“義民節”の切手から“中華民国郵票”表示を復活させると発表。かくして、9月12日、“中華民国郵票”との国名表示を入れた“中華民国第十二代総統副総統就職紀念”の切手がようやく発行されました。

 ただし、復活した“中華民国郵票”表示の切手も、ローマ字での国名表示に関してはかつての“REPUBLIC OF CHINA”がそのまま復活したわけではなく、“REPUBLIC OF CHINA (TAIWAN)”として台湾の本土化という現実を反映したものとなっています。

 さて、冒頭にでも申し上げましたが、『東亜』の連載「郵便切手の歴史に見る台湾の独自性」は今回が最終回となります。この連載を通じて、台湾が“中国”の一部同一という主張には全く根拠がなく、台湾では、歴史上、中国大陸と同一の切手が使われたことさえなかったことをご紹介してきました。台湾の将来については台湾の人々の意思によって決められるべきですが、彼らの意に沿わない形での“中国”への併呑という事態が生じることのないよう、われわれ日本人もサポートしていくべきではないかと思います。2年間お付き合いいただきありがとうございました。

 * さきほど、カウンターが61万PVを超えました。いつも、遊びに来ていただいている皆様には、この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。

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 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の刊行を記念して、ルーマニア民主革命20周年の記念日にあたる12月22日、下記のとおり出版記念パーティーを開催いたします。ちょっと変わったオフ会あるいは忘年会としていかがでしょうか。当日は、僕のトークのほか、楽しいアトラクションを予定しております。

 ・日時 2009年12月22日 18:30~

 ・会場 レストラン・ルーマニア(本格的ルーマニア料理のレストランです)
     *東京都中野区本町1-32-24(東京メトロおよび都営地下鉄中野坂上駅1分)
      tel: 03-5334-5341 地図などはこちらをご覧ください。

 ・会費 7000円(『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』1冊つき)
     *当日会場にてお支払いをお願いいたします。

 ・参加ご希望の方は、12月18日までにキュリオマガジン編集部まで、電子メール(info@fujimint.com)にてお申し込みください。たくさんの方々のお越しを心よりお待ちしております。
 

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 転送ネタ
2009-11-17 Tue 20:49
 人気アイドルグループ・AKB48のメンバーらの自宅住所を調べ、勝手に虚偽の転居届を提出し、メンバー宛の郵便物を自宅に転送させていた25歳無職の男が逮捕されました。まぁ、バカな奴だとしか言いようがないのですが、 転送された郵便物の中には時として興味深いモノも存在しています。その一例として、きょうはこんなモノを持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

 オーストラリア・インドネシア独立支援スト

 これは、1945年11月、オーストラリアのシドニーからブリスベーンのオランダの船舶会社KPM社(王立海運会社)宛てに差し出されたものですが、オーストラリアの郵便職員がKPM宛の郵便物の配達を拒否したため、郵便物の一時的な保管場所とされたブリスベーンの貿易会館に転送されたものです。

 1945年8月15日、日本が降伏すると、2日後の8月17日、スカルノらインドネシアの民族主義者たちは、オランダ軍が再上陸してくる前に、機先を制してインドネシア共和国の独立を宣言しました。その後、9月4日にスカルノを首班とするインドネシア共和国が成立。また、独立宣言後の8月22日には人民治安団が政府布告によって結成され、政府は日本軍政下で結成された旧ペタ(郷土防衛義勇軍)系の将兵らに参加を呼びかけます。

 当初、オランダは第二次大戦で疲弊し、旧蘭印地域での日本軍の武装解除を行うための派兵も十分にできなかったため、イギリスとオーストラリアが日本軍の降伏を受理するというありさまでした。しかし、彼らは旧蘭印の支配復活を当然と考えて再上陸し、スカルノ政府の独立を認めず、これを阻止しようとしたため、両者の間で、インドネシア独立戦争が勃発します。

 これに対して、国際世論はスカルノ政府に同情的で、オランダによる蘭印支配の復活には批判的でした。特に、インドネシア地域と隣接するオーストラリアでは、オランダのインドネシア政策に反発して、オランダ商品の不買運動等も発生しました。今回ご紹介のカバーもまた、そうした状況の産物なのですが、最終的に名宛人が郵便物を手にすることができたかどうかは定かではありません。


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 大統領のお辞儀
2009-11-16 Mon 17:03
 先日来日したアメリカのオバマ大統領が14日に皇居で行われた午餐会の際、両陛下に“深々としたお辞儀”をしたことが、アメリカ国内で問題視されているそうです。というわけで、オバマのお辞儀写真と比較すべく、こんな切手を持ってきてみました。

 韓米防衛協定   オバマのお辞儀
 
 この切手は、1954年12月25日に韓国で発行された「韓米防衛協定」の記念切手で、両国旗を背景に、当時の両国大統領(李承晩とアイゼンハワー)が握手する場面が取り上げられています。これを見ると、両大統領ともに胸を張っており、お辞儀風の姿勢にはなっていません。アメリカでは、「大統領は外交儀典上、外国元首に一切お辞儀してはならない」との規定があり、これに従うと、アイゼンハワーの姿勢が正しいということになりますし、そうあるべきと考えている人たちからすると、APが配信した右側の写真のオバマの“お辞儀”には違和感があるのでしょうな。

 さて、今回ご紹介の切手の題材となった“韓米防衛協定”についても少し説明しておきましょう。

 朝鮮戦争の休戦協定が調印されたのは1953年7月のことでしたが、休戦後の韓国の安全保障の枠組を規定した米韓相互防衛条約は、休戦直前の5月末から交渉が開始され、休戦後の10月1日、ワシントンで調印されました。なお、条約がそれぞれの国内での手続き等を経て正式に発効したのは、翌1954年11月17日のことです。同条約は、基本的には、休戦体制を補完する色彩の濃いものだが、1951年に締結された日米安保条約(旧条約)とともに、その後のアメリカの太平洋戦略の根幹をなすものとなっていきます。

 当時の韓国側は、条約によって韓国内に駐留する米軍は、いわば“人質”としてきた朝鮮に対する抑止力として機能することを期待していました。特に、休戦ラインから20キロの地点にある京畿道東豆川の米陸軍第2師団は、北朝鮮の攻撃で最初に被害を受ける場所であることから「北朝鮮の南侵=米軍自動介入」の象徴として韓国で受け止められています。

 その一方で、当時のアメリカ側は、休戦協定に強硬に反対してきた李承晩政権が、今度は北進して北朝鮮と再び戦火を交えることになるのではないかとの危惧を捨てきれずにいました。すなわち、同条約の第一条は、「締約国は、それぞれが関係することのある国際紛争を平和的手段によって、国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決し、並びにそれぞれの国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、国際連合の目的又は締約国が国際連合に対して負っている義務と両立しないいかなる方法によるものも慎むことを約束する」として、韓国に対して休戦協定の遵守をまず義務づけているのです。

 さて、条約が結ばれた当初は北朝鮮による南侵の記憶が生々しかったこともあり、米軍部隊は約20万人の常駐態勢が採られていましたが、1958年、中国軍が北朝鮮からの撤退し、アメリカも韓国に戦術核兵器を導入したことで、駐留兵力は1960年までに約6 万人へと大幅に削減されました。ちなみに、現在の在韓米軍の駐留兵力は、第2歩兵師団、第7空軍などを中心とする約3万5000人となっています。

 ちなみに、今回の切手に取り上げられた握手の写真ですが、条約の調印時に撮影されたものではなく(調印に際して、李承晩は渡米していません)、朝鮮戦争中の1952年に、アイゼンハワーが“次期大統領”として訪韓した際のモノではないかと思われます。

 なお、アイゼンハワーと朝鮮半島とのかかわりについては、拙著『韓国現代史:切手でたどる60年』でもいろいろとご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 日式・文化大革命?
2009-11-15 Sun 17:56
 ちょっと前の話ですが、12日に行われた毎日新聞の政策情報誌「毎日フォーラム-日本の選択」のシンポジウム「政治は変わったか~民主政権の課題と自民再生への展望」で、仙谷由人・行政刷新担当相が、予算の無駄を洗い出す「事業仕分け」について「予算編成プロセスのかなりの部分が見えることで、政治の文化大革命が始まった」と語っていたそうです。文化大革命ねぇ…。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

 毛沢東と紅衛兵

 これは、中国で文化大革命(以下、文革)真っただ中の1967年5月1日に「毛主席の長寿をたたえる」と題して発行された切手の1枚で、紅衛兵に囲まれる毛沢東が描かれています。紅衛兵の身長からすると、毛は2メートルを超える大男となっており、まさに“偉大なる主席”といった風情です。

 切手の上部には、1966年8月10日、文革についての初めての系統的な正式文書である「プロレタリアート文化大革命についての決定(通称:16ヶ条)」の採択を受けて、毛沢東が中共中央接待所に集まった大衆に対して語った「諸君は国家の大事に関心を持ち、プロレタリア文化大革命を最後までやりぬかねばならない」との文言が印刷されています。ちなみに、この文言は、翌11日付の『人民日報』が毛と大衆との会見を報じた際にも掲載されています。

 さて、文化大革命が大衆のルサンチマンを煽動・悪用した権力闘争にすぎなかったことは現在ではすでに明らかになっており、現在の中国共産党ですら、、「わが党が犯した最大の過ちである」と認識、謝罪していることは広く知られているとおりです。(もっとも、2006年5月の文革発動40周年の際には、中国共産党は「文革に関しては取り上げないように」とマスコミに通達していますが)

 したがって、現職閣僚が「政治の文化大革命が始まった」などと発言するのは、はなはだ不適切であり、通常ならマスコミから袋叩きにあってもしかたがないと思うのですが、どういうわけか、あまり話題になっていませんねぇ。まぁ、公開の場で“仕分け人”と称する議員が、極めて高圧的な態度で、相手に有無を言わさず事業の廃止を申し渡す場面は人民裁判を、“小沢チルドレン”と呼ばれる新人議員などは紅衛兵を、それぞれ連想させるものではありますが…。

 予算の無駄を排し、事業の見直しを行うこと自体は、おそらく、万人が賛成するものでしょうが、無駄とする事業の基準については人によって意見は分かれるでしょうし、その基準というものから、その人の考えを類推することも十分に可能でしょう。

 今回の“仕分け”で僕が気になるのは、科学技術関連の予算がバッサリ切られたという点です。特に、若手博士の支援事業について、某仕分け委員が「博士になったのは自己責任なんだから、それを保護するのはおかしい」という意見を出したのだそうですが、こういう言説がまかり通るようだと、ただでさえ苦しいといわれている若手研究者の方々の将来はますます暗澹たるものとなるでしょうな。このことは、結果的に、科学技術立国というわが国の基盤を崩していくことになると思うのですが、それでも構わないというのが現政権の判断なのでしょう。

 こうした事柄に、高校までの学費免除などの政策や、農業への就業支援が事業仕分けでも要求通り認められたことなどをあわせて考えてみると、現政権としては、高卒者の数を増やして大卒・院卒者の数を減らし、結果として増大した高卒者を農作業や介護の労働力へと誘導するということを考えているように思えてなりません。

 かつての中国の文革では、知識人は弾圧され、大学生たちは農村へと下放されて行きましたが、現政権も結果として同じ方向を目指しているんでしょうかねぇ。文化大革命云々という現職閣僚の発言もただ単純に彼らの本音が透けて見えただけだとブログに書いたりすると、いずれ、“紅衛兵”に取り囲まれて吊し上げにあう…なんてことになるのかもしれませんな。


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 切手で巡る庭園散歩:シシングハースト
2009-11-14 Sat 09:51
 (財)建設業振興基金の機関誌『建設業しんこう』の11月号が出来上がりました。僕が担当している連載「切手で巡る庭園散歩」では、今月はこの1枚をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 シシングハースト

 これは、1983年にイギリスで発行された4種1セットの「イギリスの庭園」のうち、20世紀の名園としてシシングハースト・キャッスル・ガーデンの切手を取り上げた1枚です。

 イギリスの名園として知られるシシングハースト・キャッスル・ガーデンはイングランドの南部ケント州に位置しています。

 1485年頃、この地の領主であったベイカー家は現在の庭園の入口部分の建物を建造。その後、1560年から1570年にかけて、ジョン・ベイカー卿の息子によって、中央の塔と中庭が作られました。その一部は、現在でも南側にコテッジとして残されています。

 1756-63年の7年戦争の間、城の一部はフランス軍捕虜の収容施設として使われましたが、フランス軍によって塔の一部が壊され、さらに、1800年にはその残りも破壊されてしまいました。

 その後、城はながらく廃墟となっていましたが、1930年、作家で詩人のヴィタ・サクヴィル・ウエストが購入し、夫で外交官のハロルド・ニコルソン卿とともに残された建物を修復。夫がイチイの生け垣などの直線的な構造を担当し、妻がそれらの線に仕切られたコテージ・ガーデンに花を植えることで、現在の美しい庭園が完成しました。

 シシングハースト・キャッスル・ガーデンというと、観光ガイドや絵葉書の写真などでは庭園のシンボルともいうべきタワー(これがあるから“キャッスル”ガーデンなのですが)を入れるのが定番となっていますが、今回の切手ではあえてタワーを外したデザインとなっています。そのことについての賛否はあるでしょうが、今回はあくまでも“庭”の方が主役ということなんでしょうな。


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 漆の日
2009-11-13 Fri 08:35
 きょう(11月13日)は“漆の日”です。というわけで、この1枚をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 八橋(第3次国宝シリーズ)

 これは、「第3次国宝シリーズ」第1集として1987年5月26日に発行されたのは、「八橋蒔絵螺鈿硯箱」の切手です。

 八橋蒔絵螺鈿硯箱(東京国立博物館蔵)は、尾形光琳の制作した蒔絵の硯箱です。二段重ねとなっており、上段は中央部に水滴と硯をはめ込み、残りの空間を筆置きとしたもので、下段は料紙箱です。長方形の被せ蓋造りとなっており、蓋の両側には刳形の手がけが付けられています。

 デザインの主題になっているのは、“かきつばた”の折句で有名な『伊勢物語』の“八橋の景”で、黒塗漆に金の平蒔絵で燕子花の花を描き、花に螺鈿、橋に鉛板を用いて表現しおり、周囲の四側面の図案は連続しており、蓋の文様も関連するようになっています。

 今回の切手に取り上げられた硯箱については、フタの部分が1953年発行の500円切手に取り上げられています。子供の頃は、その500円切手のイメージがしっかり頭にこびりついていたこともあって、硯箱は赤紫色だとばかり思い込んでいました。京都のお土産の八橋の包装紙にも、やはり赤系統で硯箱と同じような八橋の絵が印刷されていたような記憶があります。それだけに、実物の硯箱が黒漆を使っていると知った時は、少なからず驚いたものです。

 さて、現在<解説・戦後記念切手>シリーズの第7巻(最終巻)として、今回ご紹介の切手を含む1985年4月から昭和末までの記念・特殊切手を取り扱った『昭和終焉の時代』の制作作業中です。すでん、本文は出来上がっており、年末には店頭に並ぶ予定で準備を進めておりますが、正式な刊行日や定価などの詳細が決まりましたら、このブログでも逐次ご案内してまいりますので、よろしくお願いいたします。


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 祝・ご即位20年
2009-11-12 Thu 08:06
 今上陛下がご即位20年を迎えられるということで、きょうは記念式典が行われます。“ご即位”といえば、やはりこの1枚ですかねぇ。(画像はクリックで拡大されます)

 大正大礼・高御座

 これは、1914年に発行された“大正大礼”記念の3銭切手で、京都御所・紫宸殿の高御座が描かれています。

 高御座は天皇の玉座のことで、転じて、天皇の地位を示す語としても用いられます。構造としては、三層の黒塗断壇の上に御輿型の八角形の黒塗屋形が載せられていて、今回のご即位20年の記念切手には、浜床部分の装飾のみが取り上げられています。

 現在の高御座は、大正天皇の即位の際に作られたものですが、玉座が茵から椅子に代わり、新たに皇后が着座する御帳台が併置されているなど、皇室制度の近代化(西洋化)にあわせた様式の変更もなされています。大正天皇から今上陛下まで、3代にわたって即位の大礼に際して用いられてきましたが、20年前の今上陛下の“即位の礼”は京都御所ではなく皇居で行われたため(即位の大礼が東京で行われたのは、有史以来初めてのことです)、その際には東京まで運ばれ、“即位の礼”の後、京都御所に戻されています。

 切手の刷色は、高御座の部分は御帳の色にちなみ紫色で、周囲は天皇の礼服である黄櫨染御袍にあわせて橙がかった黄色で印刷されています。なお、周囲の枠内に取り上げられている桐と竹は、いずれも、黄櫨染御袍に織り出された文様から取られたものです。

 なお、近代以降の宮中儀礼とそれにまつわる切手については、拙著『皇室切手』でも解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 琉球エキスプレス
2009-11-11 Wed 08:51
 きのう(10日)、千葉県市川市に英国人女性のリンゼイ・アン・ホーカーさんが殺害され遺体で見つかった事件で、死体遺棄容疑で指名手配されていた市橋達也が大阪のフェリーターミナルで身柄を確保され、大阪府警住之江署内で指紋照合の後、逮捕されました。市橋は那覇に向かう予定だったとのことで、テレビでも現場の映像が流れていましたが、背景に“琉球エキスプレス”の文字が入った船が映っていたのを見て、この1枚を思い出しました。(画像はクリックで拡大されます)

 沖縄・速達切手

 これは、1950年2月15日、アメリカ施政権下の沖縄で発行された速達切手で、地図を背景に龍が描かれています。

 沖縄における速達制度は、戦前の1937年8月16日から実施されました。当初の料金設定は、郵便区市内8銭、市外および局から8キロは30銭、4キロ超えるごとに25銭という設定です。

 その後、沖縄戦が始まると沖縄本島では郵便どころではなくなり、米軍の占領下では、住民は米軍に労働力を提供して物資を得るという“無貨幣経済”が行われ、郵便物も当初は無料での取り扱いとされていました。有料の郵便制度が復活するのは、1946年7月1日のことで、このとき、速達料金は90銭と設定されました。

 その後、1949年8月1日に郵便料金が改正になると(ちなみに、書状基本料金は30銭から1円になりました)、速達料金は5円になりました。今回ご紹介の切手は、この料金に相当するものとして発行されたものです。ただし、実際には速達の取扱が行われていなかったとさえいわれているくらいで、この切手の使用例は高額料金の航空書状に貼られているケースがほとんどです。まぁ、1953年12月の料金改定時には速達の制度そのものがなくなってしまうのですが…。

 速達制度が実際に行われていなかったとすると、なぜ、速達切手を発行したのか、われわれの感覚からするとなんとも不思議な話ですが、“宗主国”のアメリカでは速達切手が発行されていましたから、それに平仄を合わせたということなのかもしれませんな。

 
 ★★★ 出版記念パーティーのご案内 ★★★

 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の刊行を記念して、ルーマニア民主革命20周年の記念日にあたる12月22日、下記のとおり出版記念パーティーを開催いたします。ちょっと変わったオフ会あるいは忘年会としていかがでしょうか。当日は、僕のトークのほか、楽しいアトラクションを予定しております。

 ・日時 2009年12月22日 18:30~

 ・会場 レストラン・ルーマニア(本格的ルーマニア料理のレストランです)
     *東京都中野区本町1-32-24(東京メトロおよび都営地下鉄中野坂上駅1分)
      tel: 03-5334-5341 地図などはこちらをご覧ください。

 ・会費 7000円(『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』1冊つき)
     *当日会場にてお支払いをお願いいたします。

 ・参加ご希望の方は、12月18日までにキュリオマガジン編集部まで、電子メール(info@fujimint.com)にてお申し込みください。たくさんの方々のお越しを心よりお待ちしております。
 

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 脳ミソの中身
2009-11-10 Tue 21:56
 脳科学者の茂木健一郎が“多忙”を理由に2006-08年の3年分の確定申告を全くしておらず、東京国税局から約3億円の申告漏れを指摘されていたそうです。一体どういう脳の構造をしているのか、見てみたい気がするのは僕だけではないでしょうが、日本で脳の中身をデザイン化した切手といえば、やはりこの1枚でしょうか。(画像はクリックで拡大されます)

 神経・脳波・てんかん

 これは、1981年9月12日に発行された“神経・脳波臨床神経生理・てんかん学国際会議”の記念切手で、脳の中に世界地図が描かれています。

 1981年9月、京都の国立京都国際会館で、第10回国際脳波・臨床神経生理学会(13-18日)、1981年国際てんかん学会議(17-21日)、第12回世界神経学会(20-25日)の3つの医学会議があいついで開催されました。

 国際脳波・臨床神経生理学会は、国際脳波・臨床神経生理学連合(IFSECN)が母体となって開催される会議で、脳から脊髄、末梢神経、筋にいたる広い範囲の機能とその病体を生理学的に研究する各国の医学者が参加します。第1回の開催は1947年です。

 次の国際てんかん学会議は、てんかんを制圧するための医学者の国際組織、国際てんかん連盟(ILAE)と、患者の社会的処遇を改善するために結成された国際てんかん協会(IBE)が母体となって開催される会議で、第一回会議の開催は1909年です。

 3番目の世界神経学会議は、世界神経学連合が母体となって開催されるもので、臨床神経学を中心に、その周辺の基礎、臨床諸学を含む神経学に関する医学者が集います。第1回の開催は1931年です。

 これらの3会議は4年ごとに定期開催されていますが、それぞれの研究分野が相互に連関していることから、同じ時期に同じ場所で開催されるのが慣例となっています。

 これら3会議をまとめて、「神経・脳波臨床神経生理・てんかん学国際会議」と題する記念切手は、3会議の最初に開催される第十回国際脳波・臨床神経生理学会にあわせて発行されました。ただし、同学会の初日である9月13日は日曜日であったため、切手は前日の12日の発行となりました。なお、3会議の開催ということだけであれば過去にも何度かあったはずですが、1986年の場合は、同年が国際障害者年で会議の内容にも関連していたという点が切手発行の決め手となったようです。

 ちなみに、国際障害者年の切手に関しては、今回ご紹介の切手とともに、拙著『近代美術・特殊鳥類の時代』で詳しく説明しておりますので、機会があれば、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 ベルリンの壁崩壊20年
2009-11-09 Mon 17:00
 1989年11月9日にドイツの“ベルリンの壁“が崩壊して、きょうでちょうど20年です。というわけで、こんな切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ベルリンの壁10年

 これは、1971年に東ドイツが発行した「ベルリンの壁10年」の記念切手の1枚で、ブランデンブルク門の前に立つ兵士が描かれています。

 第二次大戦後の1949年、東西ドイツが発足すると、東ベルリンは(東ドイツを統治していた)ドイツ民主共和国の首都となりましたが、西ベルリンは地理的に西ドイツと離れていたことから、形式上「(西ドイツを統治していた)ドイツ連邦共和国民が暮らす、米・英・仏3か国の信託統治領」となりました。ただし、当初、東西ベルリン間の往来は一般の住民にも可能で、1950年代には東に住んで西に出勤する者や、その逆のケースも少なくありませんでした。

 しかし、東西の往来が自由であるがゆえに、ベルリン経由で東ドイツから西ドイツへの亡命が後を絶たず、東ドイツ経済は深刻なダメージを被ることになります。このため、東西ベルリンの交通を遮断する目的で、東ドイツは1961年8月13日午前0時、東西ベルリン間を結ぶ68の道すべてを閉鎖し、有刺鉄線による最初の“壁”の建設を開始。2日後には石造りの本格的な壁の建設が開始されました。これが、ベルリンの壁で、今回ご紹介の切手にも“壁”の建設が始まった1961年8月13日の日付が入っています。

 当時、東ドイツ側は「“壁”は西側からの軍事的な攻撃を防ぐためのもの」と主張していましたが、実際には、東ドイツ国民が西ベルリンを経由して西ドイツへ流出するのを防ぐためのもので、西側へ脱出しようとして、逮捕まいしは射殺された人々も少なくありません。その一方で、東ドイツ政府は、年金支給年齢の満65歳になれば、(国家として年金を支払う必要がなくなるため)無条件で西ドイツへの“移民”の申請を認めています。

 このように、東ドイツ国民を封じ込めていた“壁”ですが、1985年にソ連で始まったペレストロイカの波は東欧にも波及し、1989年5月、ハンガリー政府がオーストリアとの国境を開放すると、ハンガリー経由での亡命を企図して東ドイツ国民が大挙して国外に脱出。“壁”の存在が有名無実化したことに加え、東ドイツ国内でも民主化を求めるデモが活発化したこともあり、同年11月9日、東ドイツ政府は議会の承認を経ずに済む“旅行自由化の政令”を公布。これにより、「東ドイツ国民はベルリンの壁を含めて、すべての国境通過点から出国が認められる」として、“壁”の存在意義は消滅しました。

 なお、この政令は当初、11月10日に公表されるはずでしたが、手違いで前日の9日に公表され、押し寄せた群衆を前に検問が廃止されています。なお、物理的な壁の破壊は、日付が変わった10日未明から始まっており、その意味では、壁崩壊の記念日は9日とも10日ともいえそうですな。

 さて、“ベルリンの壁”が崩壊した後、東欧共産諸国では雪崩を打って民主革命がおこります。そして、その終着点が、独裁者チャウシェスクの衝撃的な処刑で幕を閉じた12月のルーマニア革命でした。そのルーマニア革命20年にちなみ、先ごろ刊行したのが拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』ですので、お手にとってご覧いただけると幸いです。また、革命記念日の12月22日には、下記のように忘年会を兼ねた出版記念パーティーもやりますので、ぜひ、遊びに来てください。 


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 ヤシの巨人像
2009-11-08 Sun 10:29
 プロ野球の日本シリーズは、巨人の優勝で幕を閉じました。というわけで、新刊の拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』にちなみ“巨人”ネタということで、こんな画像をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 クーザ像   クーザ(不発行)

 左の画像は、ルーマニアの古都ヤシの中心部・統一広場に建てられているアレクサンドル・イオアン・クーザの銅像です。画像を拡大していただくとよくわかるのですが、周囲を歩いている人やベンチの大きさと比べると、その“巨人”ぶりがよくわかろうというものです。もっとも、ただ単に銅像の画像をもってきただけでは“郵便学者・内藤陽介のブログ”にはなりませんので、その右側に、クーザの肖像の入った切手をもってきてみました。

 クーザは1820年、モルダヴィアの貴族の家に生まれ、1848年の反ウィーン体制革命の際には、ワラキア革命の若き指導者の一人として活躍し、政治犯として捕えられ、ウィーンに護送された経験の持ち主です。ルーマニア人国家としてのモルダヴィアとワラキアの統一を強く主張する彼は、次第に、内外に支持者を獲得し、特に、フランスのナポレオン3世や作家ヴィクトル・ユゴーらが熱心に彼を支援していました。

 1853年に勃発したクリミア戦争はロシアの敗北に終わり、1856年に講和条約として結ばれたパリ条約では、モルダヴィアとワラキアの両公国をロシアの影響下から切り離し、オスマン帝国の宗主権下に戻す代わりに、その政治形態は両国議会の意向を尊重することが決められます。これを受けて、1857年に行われた暫定議会の選挙では、両国統一派が多数派を獲得。そして、同年10月にヤシで開かれたモルダヴィア暫定議会では、①両国の自治と中立、②単一の“ルーマニア”国家としての両国の統一、③ヨーロッパの王族を君主に戴く立憲君主制の実施、などを盛り込んだ決議案を圧倒的多数で可決。同時期に行われたワラキア暫定議会も同様の決議を採択しました。

 しかし、列強諸国による7ヵ国会議はこの問題についての結論を先送りにしたため、1859年1月17日、モルダヴィア議会はクーザをモルダヴィア公として選出。さらに2月5日にはワラキア議会もクーザをワラキア公として選出し、両国はクーザを共通の君主に戴く“モルダヴィア=ワラキア連合公国”を結成、事実上の統一を達成します。当初、宗主国としてのオスマン帝国は連合公国の樹立に対して難色を示していましたが、1861年12月23日にはこれを承認。これを受けて、翌1862年2月5日、オスマン帝国の宗主権下で、ブカレストを首都とするルーマニア公国の成立が正式に宣言されました。

 さて、ルーマニア公となったクーザはミハイル・コガルニチャヌを登用し、教会財産の国有化、兵制改革、行財政組織の中央集権化、フランスをモデルとした法制改革、義務教育制度の導入、農地改革などの近代化政策に乗り出します。これらの改革によって既得権を失う保守派はこれに抵抗しましたが、クーザは、1864年5月、議会を解散して君主の権限を拡大しようとしました。

 そして、君主の権限を強化するための一環として、1864年には“ルーマニア”の国名を表示し、クーザの肖像を取り上げた切手の発行を準備します。このとき準備された切手は同図案の額面違い(色違い)で3種類あります。拙著では青の5パラレ切手を紹介したので、今回は、赤の20パラレ切手をもってきました。結局、この切手は発行されず、翌1865年には、別のデザインでクーザの肖像が入った切手が発行されることになります。

 しかし、クーザの強引な手法に反発した有力者たちは1866年2月11日の早朝、文字通りクーザの寝込みを襲い、退位の書類に署名させ、彼を廃位してしまいました。その後継の王となったのが、プロイセンのホーエンツォレルン家出身のカール(ルーマニア語ではカロル)1世です。なお、露土戦争の結果として、1878年、ルーマニア王国の正式な独立が国際的に承認されたため、カロルが初代のルーマニア国王となりました。

 一方、クーザはパリ、ウィーン、ウィスバーデンなどで亡命生活を送った後、1873年5月15日、ルーマニア王国の誕生を見ることなく、53歳の若さで亡くなりました。その遺体がヤシの三成聖者教会に埋葬されたのは、第二次大戦後のことです。

 さて、新刊の拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』では、“クーザの都”ヤシについても1章を設け、その街並みと歴史についてもたっぷりとご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、お手にとってご覧いただけると幸いです。
 

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 桜島
2009-11-07 Sat 21:07
 テレビや新聞などの大手メディアではあまり大きく報じられていないようですが、鹿児島市・桜島の今年に入ってからの爆発的噴火の回数が、1985年いらい24年ぶりに400回を超えたそうです。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

 火山会議

 これは、1988年7月19日に発行された“鹿児島国際火山会議”の記念切手で、噴煙を上げる桜島が描かれています。

 鹿児島国際火山会議は、桜島を含めて7つの活火山を抱える鹿児島県が主催したもので、1988年7月19日から23日まで、鹿児島市の籠島市民文化ホールを中心に行われました。テーマは“火山と人との共存”で、オーストラリア、中国、インドネシア、イタリア、フィリピン、アメリカなど約三十ヵ国から研究者や行政関係者のみならず一般市民も含めて約4000名が参加し、人々の火山に対する認識を深め、噴火予知や防災対策などのあり方、さらには、火山の活用方法など、地域活性化に向けて、火山と人との共存方策を探るとの目的の下、研究成果や経験等の情報交換が行われました。

 記念切手は、会期初日の1988年7月19日に2500万枚が発行されました。桜島が切手に取り上げられるのは、1962年の「錦江湾国定公園」、1984年の「国土緑化運動」 につづき、今回が3度目のことです。

 今回のニュースについて、地元の人たちがどのように受け止めておられるのかちょっと分からないのですが、僕なんかの感覚からすると、ちょっと心配です。今後の動向には、くれぐれもご注意ください。

 さて、現在<解説・戦後記念切手>シリーズの第7巻(最終巻)として、今回ご紹介の切手を含む1985年4月から昭和末までの記念・特殊切手を取り扱った『昭和終焉の時代』を年末に刊行すべく、制作作業中です。正式な刊行日や定価など、詳細が決まりましたら、このブログでも逐次ご案内してまいりますので、よろしくお願いいたします。


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 バンコクの戦勝記念塔
2009-11-06 Fri 08:53
 おととい(4日)、カンボジア政府がフン・セン首相の経済顧問に、汚職で実刑判決を受け国外で逃亡生活を送るタイのタクシン元首相を任命したことに抗議し、きのう(5日)、タイ政府は駐カンボジア大使の召還を決定。カンボジアも駐タイ大使の召還を決めるなど、タイ=カンボジア関係が急速に悪化しています。というわけで、きょうはこんなモノをもってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

 戦勝記念塔   戦勝記念塔(実物)

 左の画像は1943年にタイで発行された戦勝記念塔の切手です。右側に、塔の建っているロータリーの写真(画面の右側が記念塔。2007年撮影)も貼っておきましょう。

 1868年にラーマ5世が即位した頃のタイは、現在の領土のみならず、現在の国名でいうラオスのほぼ全域やベトナムの北部、カンボジア西部、さらには、マレーシアの北部までをも勢力化に収めた域内の大国でした。もっとも、タイのラタナコーシン王朝(チャクリー王朝)の直接支配はその全域に及んでいたわけではなく、地方の小領主がバンコクの王室に服属し、結果として緩やかな連合国家を形成されていたというのが実態でしたが…。

 イギリスとフランスは、こうしたタイ国家の構造を利用して、周辺の属国をラタナコーシン王朝の支配下から切り離すことで領土を拡大していきました。このため、タイ側から見れば、そうした失地の回復は国民国家としての悲願となっていました。

 こうした歴史的な背景の下で、1939年9月、ヨーロッパで第二次大戦が勃発し、翌1940年6月、フランスがドイツに降伏します。さらに、アジアでは日中戦争を戦っていた日本が、同年9月、中国との国境封鎖を求めて仏印の北部に軍事進駐しました。民族主義を前面に掲げて1938年に発足したピブーン政権の目には、こうした国際環境の変化は、失地回復のための絶好のチャンスと映ります。

 かくして、1940年11月、タイと仏印との間で国境紛争が勃発。翌1941年1月5日、タイ陸軍はフランス領カンボジアに侵攻しました。海軍と創立から日の浅かった空軍もフランス側と交戦し、大きな犠牲を出しながらも、1月28日、日本の調停により、タイがラオスの一部とカンボジアの北西部を領土として回復することで紛争は決着しています。

 ピブーン政権は、この結果を、日本以外のアジアの国が欧米と戦って得た初めての勝利と大々的に宣伝し、一連の紛争で亡くなった陸海空軍将兵と警察官583名を慰霊する記念塔を建立。立憲革命の記念日である1941年6月24日に除幕式を行いました。この塔が、まさに今回ご紹介の記念塔です。

 さて、1941年に太平洋戦争が始まると、タイはそれまでの経緯もあって日本と同盟関係を結び、米英に宣戦布告しましたが、この切手が発行された1943年頃には、すでに日本には緒戦の勢いはなく、戦況は日本に不利になっていました。それでも、日本の後ろ盾を得て仏印から奪還した領土を維持するためには、ピブーン政権が表立って日本と敵対することは不可能でした。その一方でタイは戦後の生き残りをかけて日本と距離を置き始め、1943年11月に日本が“大東亜共栄圏”の各国代表を招集した大東亜会議にはピブーンは欠席し、ワンワイタヤコーン親王が代理として出席。親王は会議後の大東亜宣言に、全権大使としてではなくあくまでも一個人として署名し、その内容にタイ政府は拘束されないとの姿勢を暗に主張しています。また、親日派のピブーン政権とは別に、プリディー摂政が指揮する抗日地下組織がアメリカと秘密裏に協議して亡命政権を作るというチャンネルも確保されていました。

 結局、タイは第二次大戦を通じて、ラーマ五世の時代に失った領土の一部を回復したものの、日本の敗戦によってそれらはすべて、英仏両国に返還されることになります。また、親日政策を推進したピブーンは1944年7月に政権を追われて下野し、戦後は戦犯容疑者として拘置されました。ただし、戦後に制定された戦犯を裁く法によって、戦前・戦中の行為を裁くのは憲法違反であるということになって1946年には釈放され、1948年には再び首相の座に就いています。

 戦後のタイは、日本軍が駐留している中での米英への宣戦布告は対国民の自由意志ではなかったと主張して、アメリカによる敗戦国の指定を免れました(イギリスはタイの親日行為を許さず敗戦国として扱いましたが、東西冷戦下で反共を優先したいアメリカの圧力で、1946年1月にはタイとの講和条約を結んでいます)が、日本の支援を受けて仏印と戦い、勝利を収めたことまでが否定されたわけではありません。

 その証拠に、戦勝記念塔は現在なお撤去されずにバンコクから北部のチェンライへ伸びる国道一号線、パホンヨーティン道路の起点とされており、タイ国民にとっては国軍の栄光を物語る重要なシンボルとしての意味を維持し続けています。

 なお、バンコクの戦勝記念塔とその周辺については、<切手紀行シリーズ>の第1巻として2007年に刊行の拙著『タイ三都周郵記』でも、いろいろと書いておりますので、機会がありましいたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。

 * 昨日(5日)の午後、無事に青島から帰国いたしました。凱特設計会社の金忠杰社長ご夫妻をはじめ、現地でお世話になった皆様には、あらためて、お礼申し上げます。


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 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行:ルーマニアの古都を歩く』

 トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行   (彩流社 オールカラー190ページ 2800円+税)

 全世界に衝撃を与えた1989年の民主革命と独裁者チャウシェスクの処刑から20年
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 表紙の切手
2009-11-05 Thu 09:17
 きょう(11月5日)は拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行:ルーマニアの古都を歩く』の奥付上の刊行日です。というわけで、プロフィール画像にも使っている表紙カバーに取り上げた切手について、少しご説明しておきましょう。(画像はクリックで拡大されます)

 ロシュカ   ヴォロネツ南面   ヴォロネツ小型シート

 左の画像は、1970年にルーマニアで発行されたヴォロネツ修道院の壁画切手の1枚で、モルダヴィア公国の主都大主教、グレゴリエ・ロシュカの像が取り上げられています。なお、中央の画像は、表紙カバーに使った元の写真で、右側はこの部分を大きく取り上げた1971年の小型シートです。

 ヴォロネツ修道院は、1475年のヴァルスイの戦いでオスマン帝国軍を打ち破り、ローマ教皇から“キリストの戦士”と讃えられたシュテファン大公が、自らの指南役であった修道僧ダニエルに感謝して寄進したもので、“ヴォロネツ・ブルー”と呼ばれる独特の青色をベースにした壁画で有名です。

 中世のブコヴィナでは一般の農民や兵士たちは教会内に入ることを許されておらず、また、彼らの多くは文字がほとんど読めませんでした。そこで、一般庶民の信仰にこたえるため、教会の外壁に聖書の場面やキリスト教史の重要なエピソードなどが描くよう、シュテファン大公の息子ペトル・ラレシュに対して進言したのが、今回ご紹介の切手に取り上げられているロシュカだったといわれています。その意味では、ロシュカがいなければ、現在のような“5つの修道院”は存在せず、それゆえ、“モルドヴァの教会群”がユネスコの世界遺産に登録されることもなければ、この地に世界中から多くの善男善女が足を運び、外貨を落としていくということもなかったかもしれません。“観光資源の父”としてのロシュカに対して、ルーマニア国家はどんなに感謝しても感謝しすぎることはないといってよいでしょうな。

 さて、この壁画は、ヴォロネツ修道院の南面西側の出入り口付近に描かれているものです。ロシュカの像は、入口のすぐそば(写真では左側)にあって、現地でもすぐに見つけられました。なお、通常、教会堂の入口は西側に向けて作られるのですが、ヴォロネツ修道院の場合は、西側の壁面に「最後の審判」を描くことを優先したため、入口は南面に設けられています。

 なお、同修道院の「最後の審判」をはじめ、5つの修道院の壁画については、拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』でも、オールカラーでたっぷりとご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、お手にとってご覧いただけると幸いです。
 

 ★★★ 出版記念パーティーのご案内 ★★★

 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の刊行を記念して、ルーマニア民主革命20周年の記念日にあたる12月22日、下記のとおり出版記念パーティーを開催いたします。ちょっと変わったオフ会あるいは忘年会としていかがでしょうか。当日は、僕のトークのほか、楽しいアトラクションを予定しております。

 ・日時 2009年12月22日 18:30~

 ・会場 レストラン・ルーマニア(本格的ルーマニア料理のレストランです)
     *東京都中野区本町1-32-24(東京メトロおよび都営地下鉄中野坂上駅1分)
      tel: 03-5334-5341 地図などはこちらをご覧ください。

 ・会費 7000円(『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』1冊つき)
     *当日会場にてお支払いをお願いいたします。

 ・参加ご希望の方は、12月18日までにキュリオマガジン編集部まで、電子メール(info@fujimint.com)にてお申し込みください。たくさんの方々のお越しを心よりお待ちしております。
 

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 青島からの葉書
2009-11-04 Wed 03:04
 きのうの記事にも少し書きましたが、現在、中国の青島に来ています。というわけで、手持ちのマテリアルの中から、青島がらみのモノがないかと思って探してみたら、こんなモノが出てきました。(画像はクリックで拡大されます)

 青島→青野ヶ原

 これは、第一次大戦中のドイツ人の捕虜郵便で、青島から兵庫県の青野ヶ原収容所宛の葉書です。

 1897年11月、山東省鉅野県でドイツ人宣教師が殺害された事件を口実としてドイツは中国に出兵。膠州湾を占領し、翌1898年3月には清朝に対して青島を含む膠州湾一帯の99年租借と山東省内の鉄道敷設権・鉱山採掘権を清朝に認めさせました。

 これに対して、1914年6月に第一次大戦が勃発すると、戦争は、最悪でもイギリス優位の引き分けに終わるとにらんでいた日本は、8月15日、ドイツに対して宣戦を布告。当時、発足間もない中華民国は局外中立を宣言していましたが、9月2日、日本軍は「膠州湾租借地ヲ支那國ニ還付スル」ためという大義名分を掲げて山東半島に上陸し、11月7日には、ドイツの極東の拠点だった青島を陥落させています。

 今回ご紹介の葉書はこうした状況の下で捕虜となった青島のドイツ人が兵庫県の青野ヶ原収容所宛てに差し出したもので、大戦中、日本軍が山東半島に持ち込んだ在中国局用の葉書(支那の表示があります)が用いられています。ただし、料金無料の捕虜郵便ゆえ料額の部分は無視して、単に用紙として用いられています。印面の部分に、消印風に“検閲済”の印が押されていて、到着地の青野ヶ原収容所の検閲印が綺麗に押されているのも良い感じですな。

 さて、今回の青島行きは、取材ではなく、現地のデザイン事務所ならびに印刷所との打ち合わせが主たる目的ですので、明日には帰国してしまいます。まぁ、彼らとは今後もいろいろと付き合っていくことになりそうなので、これからも青島には何度か足を運ぶことになるでしょうから、いずれじっくり、青島の街を探索してみたいものです。


 * オマケ画像

  青島夜景

 きのう(3日)の夜、海岸沿いの道を移動中に見かけた光景です。市街地の高層ビルの遠景と空に浮かぶ月、そして、海面に映る光がなんとも綺麗だったのでパチリとやってみました。僕自身がいま青島から絵葉書を出すのなら、こんな感じの1枚を出してみたいものです。


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 60年前の文化の日
2009-11-03 Tue 02:45
 きょうは文化の日ですが、1949年11月3日に湯川秀樹の日本人初のノーベル賞受賞が発表されてから、60周年の日でもあります。というわけで、きょうはこの1枚をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 湯川秀樹

 これは、1985年8月15日に発行された“湯川秀樹「中間子理論」発表50年”の記念切手です。
 
 わが国初のノーベル賞(物理学賞)受賞者として知られる湯川秀樹は、1907年、地質学者・小川琢治の3男として東京に生まれました。翌1908年、父・琢治の京都帝国大学教授就任に伴い、一家は京都に移住。その後、秀樹は人生の大半を京都で過ごすことになります。

 1929年、京都帝国大学理学部物理学科を卒業した後、京都帝国大学講師(兼大阪帝国大学講師)時代の1934年11月17日、日本数学物理学会常会で中間子仮説を発表。その成果を翌1935年2月、『日本数学物理学会』欧文誌の第17巻48-57頁に論文“On the Interaction of Elementary Particles(素粒子の相互作用について)”として発表し、中間子(現在のπ中間子)の存在を予言しました。

 湯川の“予言”の概要は以下のようになります。

 原子を構成する原子核はプラスの電気を持ち、電子はマイナスの電気を持っていて、その間には引力が働いています。ところで、原子核の中には、原子と同数の陽子が存在しますが、これらはすべてプラスの電気のため、それだけでは互いに反発してしまいます。このため、原子核をまとめるためには、原子核の広がりよりも短い距離のみで機能する強い力が存在していなければなりませんが、その力の源は“中間子(電子の質量の200倍であり、なおかつ陽子や中性子よりもはるかに軽いとの計算から、従来知られていた粒子の中間の質量を持つということで、こう名付けられた)”なる未知の新粒子であると考えるとうまく説明がつきます。

 この予言は、1937年、アメリカのアンダーソンらが宇宙船によって実証したことで世界的に脚光を浴び、湯川は1940年に学士院恩賜賞を受賞、1943年には最年少で文化勲章を受章。さらに、1947年にセシル・パウエル等が実際にπ中間子を発見したことで1949年にノーベル物理学賞を受賞しました。湯川の受賞は日本人として初めてのノーベル賞受賞であり、このニュースは敗戦・占領下で自信を失っていた日本国民に大きな力を与えています。なお、全くの余談ですが、湯川のノーベル賞受賞が発表された1949年11月3日は、文化人切手の野口英世が発行された日でもあり、まさに、“文化の日”にふさわしい1日となりました。

 その後も彼は非局所場理論・素領域理論などの革新的かつ野心的な理論を提唱し続けたほか、核兵器廃絶を訴える平和運動にも積極的に携わり、1981年、肺炎で亡くなりました。

 1985年は、湯川の“予言”が収められた論文“On the Interaction of Elementary Particles”の発表から50周年にあたっており、これを記念して、8月15日からは京都府の国立京都国際会館で世界各国の物理学者を集めて“中間子論五十周年京都国際会議(Kyoto International Symposium: The Jubilee of the Meson Theory)”が開催されました。これにあわせて発行されたのが今回ご紹介の切手です。
 
 切手のデザインは、湯川の肖像と原子核モデルを描くもので、3つの球のうち、中央の球が中間子で、これが陽子と中性子の媒介となっていることを表現しています。また、その下に記されている“m=2×10の2乗×electron mass”との数式は、中間子の質量は電子の質量の200倍であるとの湯川の“予言”を示しています。なお、この文字は、湯川が中間子仮説を発表する前日の1934年11月16日、講演原稿として自ら書いた文字から取られたものです。

 さて、現在<解説・戦後記念切手>シリーズの第7巻(最終巻)として、今回ご紹介の切手を含む1985年4月から昭和末までの記念・特殊切手を取り扱った『昭和終焉の時代』を年末に刊行すべく、制作作業中です。本文の原稿も、きのう、ようやく出来上がり、なんとかめども立ってきました。正式な刊行日や定価など、詳細が決まりましたら、このブログでも逐次ご案内してまいりますので、よろしくお願いいたします。

 * きょう午前中の飛行機で中国・青島に出かけます。ネット環境にあるホテルに宿泊する予定ですので、持参のパソコンに取り込み済みの画像を用いてブログも更新する予定ですが、なにぶんにも海外ゆえ、パソコンがうまく使えない可能性もあります。その場合、5日夕方に帰国するまで、ブログの更新やメールのやり取りなどでご不便をおかけすることがあるかもしれませんが、あしからずご容赦ください。

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 <JAPEX 09>こぼれ話
2009-11-02 Mon 11:46
 <JAPEX 09>はきのうで閉幕しましたが、そのこぼれ話ということで、きょうはこんなモノをもってきました。(画像はそれぞれクリックで拡大されます)

 コステューム・ブラックプリント   コステューム・凹版カード   コステューム・ブルテン表紙

 いちばん左の画像は、1948年にオーストリアが発行した通常切手“コステューム・シリーズ”の最高額10シリング切手のブラックプリント(黒一色の試刷)です。もっとも、実際に発行された切手も黒一色なので、印面部分の画像は変わり映えしないといわれればそれまでですが…。

 第2次大戦後、米英仏ソ4ヵ国占領下のオーストリアで発行された最初の普通切手は、1945年から発行が始まった“風景シリーズ”ですが、1948年からはオーストリア各地の伝統的な服装の女性を描く“コステューム・シリーズ”の発行が始まりました。シリーズの原画は、ウィーン・アカデミーの若手教授(当時40歳)で画家のヨゼフ・ゼーガーが作成しています。

 コステューム・シリーズはカタログのメインナンバーで37種あり、21の額面については白紙と灰味紙のバラエティがあります。1955年にオーストリアが永世中立を宣言し、独立を回復した後も使用され、1957年から発行の“建物シリーズ”がその後を継ぎました。

 さて、シリーズのうち、最高額の10シリングは唯一の凹版切手(他はグラビア)で、1850年のウィーンの女性が取り上げられたもの。当時、オーストリア随一の凹版彫刻家であったハンス・ランツォーニ(ウィーン州立グラフィック美術大学凹版学科主任教授)によるシャープな画線は、デザインの美しさとも相まって、“オーストリア切手の華”と呼ぶにふさわしい逸品といってよいでしょう。

 さて、<JAPEX>では、毎年、記念の凹版カードを作っていて、今回は企画展示の“日本オーストリア・ハンガリー交流140周年記念「ハプスブルグ帝国展」”にちなみ、中央の画像に示すように、1948年の10シリング切手が題材として取り上げられています。カードはタトウに収められ、切手についての解説文がつけられているのですが、今回の解説記事(上の文章とほぼ同内容です)も僕が書いています。

 昨年までは実行委員長という立場もありましたので無償で無署名の記事を書いていたのですが、今回はそういう立場ではありませんので、売文家の“仕事”としてお引き受けしました。といっても、実際には謝礼は現金ではなく、コミュニティ通貨(?)の2000フィラですから、実質ボランティアといってよいでしょう。ただ、文筆は僕の生計の手段でもありますので、特別な事情がない限り、完全な無償で文章を提供するのは勘弁していただきたいという点はご理解ください。

 このため、タトウにも執筆者として名前も入れていただくようにお願いしたのですが、主催者側では昨年までの習慣が抜けなかったためか、無署名記事になってしまったのが残念なところです。まぁ、雑誌『郵趣』や『全記録』(ブルテン2)の基金協力者名簿には、“お詫び”というかたちで、タトウの解説記事を僕が書いたことを記載してくれるとのことですから、現実の問題としては、それで良しとするしかないでしょうな。

 とはいえ、僕の書いた記事をいつもチェックしていただいている読者の方もおられますので、一応、この場でご報告申し上げる次第です。なお、本来であれば、もっと早くにタトウの解説が僕の記事であることをブログに書くべきだったのかもしれませんが、主催者側の不手際にクレームをつけた格好になり、そのことが、結果的に基金募集の妨げになってしまうのは本意ではありませんので、会期終了を待つことにしました。あしからずご了承ください。

 ところで、凹版カードを彫った職人さんが実際に資料として手元においていたのは、僕のブラック・プリントではなく、使用済みの単片だったそうです。そこで、主催者側スタッフの方から、ブルテンの表紙(右の画像)や屋外に設置のバナーなどに使えるような綺麗な未使用はないかとお問い合わせをいただきましたので、今回ご紹介のブラック・プリントをお貸しししました。(僕自身はまだチェックしてないのですが、ブルテンのどこかに所蔵者の名前が出てるだろうと思います。)

 なお、会場の展示を見ていたら、会場には10シリング切手の実物は展示されてませんでした。そういうことなら、僕の手元にあるコステューム・シリーズのコレクション(時間的な余裕がなかったうえに、非常に貧弱な内容なので出品は自粛してしまいました)でも出品しておけばよかったかもしれません。気の利かないことで失礼いたしました。


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 <JAPEX 09>出品作品より
2009-11-01 Sun 11:51
 <JAPEX>はきょう(1日)までですが、今回、僕は競争出品に「泰俘虜収容所の郵便史』と題する1フレームの作品を出品しています。おかげさまで、国際展出品資格の金銀賞を無事に頂戴することができましたので、ご報告するとともに、作品の中から、こんなモノをもってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

 泰収容所宛・転送葉書

 これは、1943年8月20日、日本占領下のジャワ島マランからジャワ収容所Dの収容者に宛てて差し出されたものの、名宛人が泰緬鉄道の建設に動員され、タイへ移動していたため、“泰國へ移管”の印が押されて転送された葉書です。葉書の右上には、名宛人がノンプラドックの第一分所に収容されていたことを示す“No1Gr”の書込もあります。

 戦況の悪化により、インド洋岸を経由して海路ビルマ方面に補給することが困難になることが予想されたことから、陸路ビルマにつながる補給路を確保するため、日本軍はいわゆる泰緬鉄道の建設を計画します。

 タイのバンコクとビルマのラングーンを結ぶ鉄道の建設は、20世紀初頭、ビルマを支配していたイギリスの下でいくつかのルートが検討されたものの、地形が険しく、断念されていたという経緯がありますが、日本軍は、イギリスがかつて検討したルートの一つを継承するかたちで、ビルマのタンビュザヤとタイのノンプラドックを結ぶ415キロの鉄道建設を計画し、これに既存の鉄道路線をつなげることで、タイ=ビルマ間の輸送ルートを確保することにしたのです。

 タイ側との正式な建設協定が結ばれたのは1942年9月のことでしたが、すでに7月からは測量も開始され、1943年1月からは実際の建設工事がスタート。完成までには5年の工期が必要との予測もありましたが、日本軍は、およそ6万人のイギリスオランダオーストラリアなど連合軍捕虜を労働者として投入するとともに、20万人を越えるアジア各国の労働者を動員して、突貫作業の末に、同年10月25日、工事を完成させました。今回の葉書の名宛人も、そうした工事に動員された一人でしょう。

 さて、今回の作品は、2007年の<JAPEX>でタイ切手展に出品したもののリニューアルで、企画展示の“軍事郵便”のところに並んでいました。 企画部門への出品ということで、非競争出品という選択肢もあったのですが、いままで、国際切手展のワン・フレーム(1F)クラスは応募資格に制限がなかったのに対して、ルール改正により、今後は、レギュラークラス同様、国内展で金銀賞を取っていないといけなくなったため、資格を取得したくて競争出品に出品したという次第です。間の悪いことに(?)イギリス人ピッカリー氏が僕と同じテーマで6Fの作品を出品していましたので、それと比較されてしまうとかなりつらいところがあるのですが、ともかくも所期の目的を達することができましたので、大満足です。

 なお、かつての泰緬鉄道が現在はどうなっているかという点については、2007年に現地で“泰緬鉄道”ツアーに参加した時のレポートを拙著『タイ三都周郵記』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。

 * 昨日のトークイベントは、無事、盛況のうちに終了いたしました。お集まりいただきました皆様には、あらためてお礼申し上げます。


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