内藤陽介 Yosuke NAITO
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World Wide Weblog
 1年間ありがとうございました
2009-12-31 Thu 09:55
 2008年もいよいよ大晦日です。今年も皆様には本当にいろいろとお世話になりました。おかげさまで、主なものだけでも、下記のような仕事を残すことができました。

 <単行本>
      切手が伝える仏像  
『切手が伝える仏像:意匠と歴史』(切手で知ろう⑥) 彩流社


      トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行  
『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』(切手紀行シリーズ②) 彩流社


      昭和終焉の時代  
『昭和終焉の時代 1985-1988』(解説・戦後記念切手Ⅶ) 日本郵趣出版
 
 <連載>
・「郵便学者の世界漫郵記」 『キュリオマガジン』(1月~2010年も継続)
・「切手の中の郷土玩具」 『キュリオマガジン』(2月~2010年も継続)
・「泰国郵便学」 『タイ国情報』(3月号~2010年も継続)
・「切手でめぐる庭園散歩」 『建設業しんこう』(4月~2010年も継続)
・「切手が語る宇宙開発史」 『ハッカージャパン』(5月~2010年も継続)
・「小さな世界のお菓子たち」 『Shall we Lotte』(9月~2010年も継続)
・「切手の中の世界のダム」 『建設業しんこう』(~3月)
・「切手から読み解くインド」 『The Daily NNA アジア総合版』(~7月)
・「郵便切手の歴史に見る台湾のオリジナリティー」 『東亜』(~11月)
・「今月の表紙」 『郵趣』 (~12月)

 <単発モノの論文・エッセイなど>
・「ああ、大散財」 『オール讀物』2009年3月号
・「仏像切手の魅力(前・後)」 『大法輪』2009年3・4月号

 <切手展>
・Japan and the 15 Years' War 1931-45(5月、アジア国際切手展 HONG KONG 2009)
・Greater East Asia after Japanese Withdrawal(7-8月、アジア国際切手展 PHILAKOREA2009)
・泰俘虜収容所の郵便史(11月、<JAPEX09>)

 このほかにも、公私にわたり、実に多くの方々より、ご支援・ご協力を賜りました。この場を借りて、皆様に厚くお礼申し上げます。

 明年は、1月10日発行の『建設業しんこう』に掲載の連載「切手でめぐる庭園散歩」が、紙媒体で皆様にご覧いただく最初の仕事になる予定です。引き続き、ご支援・ご協力を賜りますよう、お願い申し上げます。

 最後に、来る年の皆様のご多幸を心よりお祈り申し上げ、年末のご挨拶といたします。どうぞ、良いお年をお迎えください。

 内藤陽介拝


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 下記の日程で、拙著『昭和終焉の時代』の即売・サイン会(行商ともいう)を行います。入場は無料で、当日、拙著をお買い求めいただいた方には会場ならではの特典をご用意しておりますので、よろしかったら、遊びに来てください。

 1月10日(日) 切手市場 於・桐杏学園(東京・池袋) 10:15~16:30
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 インドの鳩
2009-12-30 Wed 10:33
 きのう(29日)、鳩山首相がニューデリーでインドのシン首相と会談しました。というわけで、きょうは“インドの鳩”の切手です。(画像はクリックで拡大されます)

     インドIAEA 1979

 これは、1979年に発行された第13回国際原子力機関(IAEA)総会の記念切手で、原子力の平和利用の象徴としてオリーブを加える鳩が描かれています。

 インドにおける原子力開発の歴史は古く、1945年8月、広島と長崎に原子爆弾が投下され、第二次世界大戦が終結すると、早くも同年12月、インドでは物理学者のホミ・バーバらの働きかけにより、原子力開発研究を行うための民間機関として“タタ基礎研究所”が設立されています。

 1947年8月、インドは独立を達成しますが、すでに2か月前の6月にはインド原子力庁が設立されており、翌1948年の原子力法の制定を経て、同年8月には原子力委員会が発足。委員長にはバーバが就任しました。なお、こうした原子力開発のための組織は、1954年に大幅に改編され、原子力庁が原子力省に昇格したほか、タタ基礎研究所の原子力基礎研究部門は独立して原子力研究施設(バーバ没後の1967年にバーバ原子力研究センターと改称)になっています。

 インド原子力の父とも呼ばれるバーバのプランでは、インドの原子力開発は、

 第1段階 天然ウラン重水炉発電。燃料再処理によるプルトニウム生産
 第2段階 プルトニウムを燃焼増殖。途中から重水炉と高速炉にトリウムを装荷し、ウラン233の生産を始める
 第3段階 最終的にトリウム・サイクルを確立する
 
 という段階を経て進められることになっており、1969年にまず、原子力発電所の1・2号基が稼動しています。ちなみに、現在、インドの原発は17基が稼動しており、バーバのプランの第2段階の最終局面として、2010年までに500MW高速増殖炉を完成させる水準にまで到達しています。

 こうした平和利用と並行して、インドは“必要悪”としての核兵器の開発にも早くから取り組み、1974年には最初の核実験も成功させています。

 その背景には、1959年から1962年まで3年間続いた中国との国境紛争での屈辱的な敗北に加え、1964年に中国が核実験を行い、さらに、1970年の核拡散防止条約(NPT)発効で核保有国が米英ソ中仏の5ヵ国に限定されたことに対する不満がありました。すなわち、核兵器は究極的には廃絶すべきであるが、現実にインドに脅威を与える国(中国)が核兵器を保有している以上、みずから核武装する権利はインドにもあるはずだ、というスタンスです。

 1995年、NPTは条約発効から25年を迎え、無期限延長が決定されましたが、インドにしてみれば、その不平等な性格は全く変化しておらず、しかも核保有国の保有する核兵器についての廃絶の見通しや削減義務が盛り込まれていないという点で、加盟に値するものとは言えません。

 今回の訪印で、鳩山首相は、インドのシン首相に包括的核実験禁止条約(CTBT)早期締結を要請したものの、シン首相から「米中両国が署名すれば新たな状況になる」とあっさりかわされたそうですが、上述のような歴史的経緯を考えれば、我らが首相の要請なるものはいかにも能天気で国民として恥ずかしくなりますな。


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 切手が語る宇宙開発史(5)
2009-12-29 Tue 11:43
 ご報告が遅くなりましたが、雑誌『ハッカージャパン』の2010年1月号が出来上がりました。僕が担当している連載「切手が語る宇宙開発史」では、今回は、この1枚を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

     チェコ・スプートニク

 これは、スプートニク2号の打ち上げを記念して1957年12月にチェコスロヴァキアが発行した切手です。

 かつての“共産圏ジョーク”の一つに「スプートニク号の仕組みは?」という質問に対して「1.チェコのウラン、2.ドイツの技術、3.ソ連の犬」と応えるというものがありました。

 チェコスロヴァキア共産党の創設メンバーで、1948年以降、大統領を務めたクレメント・ゴットワルトは純然たるスターリン主義者で、すべての生産設備を国有化し、農業集団化を強行しただけでなく、議会制度を完全に放棄し、体制に批判的な人物は容赦なく粛清します。1953年3月14日、スターリンの葬儀から帰国して5日後に亡くなったのは、“小スターリン”として本家のコピーに徹しきった彼の生涯を象徴するような幕引きといえましょう。

 ゴットワルトの死後、党第一書記に就任したアントニーン・ノヴォトニーはゴットワルトの路線を継承しつつ権力基盤を固め、1957年には大統領職も兼務しました。

 ときあたかも1956年2月のフルシチョフによるスターリン批判を機に東欧諸国ではソ連支配への反発が強まっており、同年10月には隣国ハンガリーで大規模な反ソ暴動(いわゆる“ハンガリー動乱”)がおこっていますが、ノヴォトニーは国内の反ソ世論を封じ込めることに成功。ハンガリーに対するソ連の軍事介入を積極的に支持しています。

 当然、ノヴォトニー政権にとっては、ソ連によるスプートニクの打ち上げは、西側に対してソ連が科学的・軍事的優位を確保したことの象徴として慶賀すべきことであり、12月20日には“国際地球観測年”の名目で、スプートニク2号の打ち上げを記念する切手(今回ご紹介の切手です)も発行し、ソ連に対する忠勤ぶりをアピールしています。なお、10月4日のスプートニク1号の打ち上げではなく、11月3日の2号の打ち上げが切手発行の対象となったのは、制作日数の問題で、2号の打ち上げ前に記念切手が準備できなかったためでしょう。

 ところで、実際のスプートニク1号の打ち上げに使われたR7ロケットの燃料は液体酸素とケロシン(石油を分留して作られる液体の炭化水素です。これは、ナフサよりも重く軽油よりも軽い)であって、(少なくともこの件に関しては)チェコのウランが重要な役割を果たしたわけではありません。しかし、ノヴォトニー政権は冒頭で紹介したような、事実と異なるジョークが西側世界に流布していても、あえて訂正しませんでした。そのことによって、彼らは自分たちが東側諸国の“優等生”としてソ連の宇宙開発を支えており、自分たちに敵対する者に対してはソ連によって鉄槌が下されるであろうことを暗示させる効果を狙ったのです。

 しかし、ノヴォトニー体制下での硬直化した国家運営や西側諸国との経済格差の拡大は、次第に、チェコスロヴァキア国民の不満を鬱積させ、1962年5月1日には、プラハ大学の学生が「我々はスプートニクをもっているが、肉をもっていない。我々はスプートニクより肉が欲しい」とのスローガンをかかげてメーデーに参加しています。これに対して、ノヴォトニーは、学生たちの要求に対して徹底的な弾圧で応え、その後も1968年1月まで党第一書記・大統領としてチェコスロヴァキアの“小スターリン”の座を維持し続けることになるのです。


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 広島も帝都だった
2009-12-28 Mon 12:47
 国民新党代表の亀井静香金融・郵政担当相が、24日の宮中午餐会で天皇陛下に「権力の象徴だった江戸城にお住まいになられるのではなく、京都か広島に住まわれてはいかがでしょうか」と話していたことが明らかになりました。というわけで、思い出したのが、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      日清・有栖川5銭

 これは、1896年8月1日に発行された“日清戦勝”の記念切手で、戦争中に亡くなった有栖川宮熾仁親王を描く5銭切手です。ちなみに、同時に発行された2銭切手については、以前の記事でも取り上げたことがありますので、よろしかったら、こちらをご参照ください。

 熾仁親王は1835年の生まれで、皇女和宮の許婚でしたが、和宮が将軍家に嫁いだことで彼の縁談が破談になったことはよく知られています。そのせいかどうかはわかりませんが、幕末維新の動乱期には、彼は一貫して反幕府の姿勢を鮮明にしており、1867年の王政復古に際しては新政府の最高職である“総裁”に就任。翌1868年の戊辰戦争に際しては、東征大総督として江戸入城の軍を率いています。その後も、1877年の西南戦争に際して征討総督に就任したほか、陸軍参謀本部長(1889年の官制改革で参謀総長)などを歴任。陸軍の重鎮として確固たる地位を築いていました。

 さて、日清戦争が起こると、戦争指揮のために明治天皇は広島に移り、これに伴って、大本営も広島場内に設置されました。当然、戦争中の“皇居”も広島に置かれていたことになり、広島は一時的に“帝都”になったことになります。なお、日清戦争の終結後、1896年4月1日に大本営は解散となりますが、その後も明治天皇本人は4月27日まで広島に滞在しました。ちなみに、参謀総長としての熾仁親王も天皇に随って広島に赴任していますが、1894年12月、腸チフスにかかり、翌1895年1月、広島で亡くなっています。

 亀井大臣の発言で、陛下のご在所として京都か広島という地名が出てきたのも、もしかすると、広島にはこうした“帝都”としての過去があったことを踏まえての発言なのかもしれませんが、広島というと一般には“原爆の地”というイメージがありますからねぇ。大臣の発言の趣旨は、天皇の政治利用を避けるという観点からなされたものだそうですが、だとすれば、広島という選択肢には賛成しかねますな。(個人的には好きな街なのですが…)

 もっとも、大臣の選挙区は広島6区(広島県の東半分、旧備後国の大半を占める地域)だそうですから、単純に地元にお呼びしたいというだけのことだったのかもしれませんがね。(それこそ、究極の“政治利用”じゃないかと思いますが)

 なお、日清戦勝の記念切手については、拙著『皇室切手』でも詳しく解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 インドネシア独立承認60年
2009-12-27 Sun 22:14
 1949年12月27日にオランダがインドネシアの独立を承認してから、ちょうど60年になりました。というわけで、きょうは、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      インドネシア連邦成立

 これは、インドネシア連邦の正式独立(オランダによる独立承認)を記念して、1950年1月17日に発行された切手です。

 1945年8月15日、日本が降伏すると、2日後の8月17日、スカルノらインドネシアの民族主義者たちは、オランダ軍が再上陸してくる前に、機先を制してインドネシア共和国の独立を宣言しました。その後、9月4日にスカルノを首班とするインドネシア共和国が成立。また、独立宣言後の8月22日には人民治安団が政府布告によって結成され、政府は日本軍政下で結成された旧ペタ(郷土防衛義勇軍)系の将兵、兵補らに参加を呼びかけます。さらに、10月になって日本軍の武装解除のため、イギリス軍やオランダ軍が本格的に進駐してくると、スカルノらはこれに対抗すべく人民治安軍を組織しました。

 さて、オランダによるインドネシア再支配の試みは国際世論の批判もあって、次第に行き詰っていきます。そして、1949年8月23日からハーグでインドネシア独立に関する円卓会議が開催され、10月13日に両者の協定が成立。12月6-8日のオランダ議会でインドネシア独立が可決されました。ちなみに、インドネシア側では、戦乱の中で1947年初頭以来、議会が開催されていませんでしたので議員の招集に手間取り、14日になってようやく、オランダとの独立協定が承認されています。

 これを受けて、12月27日、アムステルダムのダム広場王宮でインドネシアの主権移譲式典が行われ、インドネシア独立運動の指導者であったハッタの挨拶に続き、オランダのユリアナ女王と両国首相が主権委譲公文書に調印。「傷つけられ、切り裂かれ、恨みと悔みの傷跡に覆われてはいますが、今やわれわれは隣り合わせになりました」というユリアナ女王の言葉をもって、対立の年月に終りが告げられました。

 今回ご紹介の切手は、これを受けて、1950年1月17日に発行されたものですが、同年6月には、同じ図案・同じ刷色・同じ額面で大きさを一回り小さくした切手も発行されています。なぜ、大きさだけを変えた切手が改めて発行されたのか、残念ながら、その理由は調べきれませんでした。どなたかご存知の方がおられたら、ご教示いただけると幸いです。


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 泰国郵便学(5)
2009-12-26 Sat 11:08
 ご報告が遅くなりましたが、財団法人・日本タイ協会発行の『タイ国情報』第43巻第6号ができあがりました。僕の連載「泰国郵便学」では、今回はバンコクのドゥシット地区の再開発のことを中心に取り上げました。その中からこの1枚をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ラーマ5世即位40年加刷

 これは、1908年に国王ラーマ5世(チュラーロンコーン)の即位40年を記念して発行された加刷切手です。

 1897年4月から12月まで9ヵ月にわたってヨーロッパ各国を歴訪したチュラーロンコーンは、帰国すると直ちに大規模な都市改造計画に着手します。

 そもそも、チュラーロンコーンには側室を入れた妻が160人以上、子供の数は77人いました。ラッタナコーシン王朝歴代の国王として最大の数です。このため、ワット・プラケーオ(エメラルド寺院)に隣接する正王宮だけでは、彼らの生活の場を十分に確保することは難しく、別途、新宮殿を造営する必要が痛感されていました。

 こうした状況にくわえ、バンコクに駐留する西洋人たちからは、バンコクの都市としての“後進性”が指摘されていました。ヨーロッパの主要都市を自ら訪ね歩いたチュラーロンコーンは、曲がりくねった小道に住宅や商店が無秩序に密集するバンコクの“後進性”を痛感。欧米に倣い、郊外に新宮殿エリアを造営し、首都バンコクの街並みを近代国家にふさわしいものへと改造することを構想するようになったのです。

 こうして1899年2月に始まった王宮の東北地域の開発計画は、最終的に、ウィマンメーク宮殿、アナンタ・サマーコム宮殿、チャンカセーム宮殿などの諸宮殿に動物園や競馬場までをも備えた大規模なドゥシット地区となって結実しました。これは、従来の王宮があったラッタナコーシン島からの事実上のバンコク内での遷都といってもよいでしょう。

 ドゥシット地区開発のプランは、国王の即位40年を記念して、1908年、アナンタ・サマーコム宮殿の前に、切手でもおなじみのチュラーロンコーンの騎馬像を設置することで完結します。(ただし、宮殿の建設工事は騎馬像の完成時には間に合わず、その後も続けられています)

 チュラーロンコーンの騎馬像は、1907年、彼が2度目のヨーロッパ歴訪を行った際、パリでフランス人彫刻家のジョルジュ・ソーロが外遊中の国王に直接謁見して制作・鋳造しました。ドゥシット地区全体の都市計画がヴィクトリア朝後期のロンドンを強く意識していることから、騎馬像の形式も、馬が足を上げたフランス式ではなく、4足すべてが地面に着いた英国式が採用されています。なお、銅像の除幕式は1908年11月11日に行われ、国王自らが幕を引いて像の完成を祝いました。

 除幕式当日には、国王の在位40年を寿ぎ、記念切手も発行されました。今回ご紹介のモノもそのうちの1枚です。

 加刷に用いられた台切手は、1905年12月から使用されたもので、前回の本連載でご紹介した1899年の普通切手と同様、ドイツ・ライプツィヒのギーゼッケ・ウント・デヴリエント社が製造しました。

 デザインは、国王の肖像を描いたメダルをタイ人の子供2人が捧げ持ち、背後にワット・アルンを描くというもので、当時のヨーロッパで流行したスタイルを取り入れつつも、タイの独自性を強調する内容となっています。また、切手にはワット・アルンが描かれていますが、仏教関係の題材が切手に取り上げられたのは世界的に見てもこれが最初のことです。

 ところで、国王即位40年の記念切手としての記念銘の加刷はバンコクの印刷所で行われましたが、ここでの“Jubilee”の語の用法については、若干、疑問が残ります。というのも、“Jubilee”の語は、もともとはユダヤ教で50年に1度の祝賀を意味することに由来し、25年ないしは50年に1度の周期で行われる記念日・祝祭または祝年を意味しているため、40年の節目を祝う際に用いられることは欧米世界では、まずあり得ないからです。

 おそらく、今回の切手の加刷も大英帝国の先例にならったものなのでしょうが、こうした“誤用”からは、当時のタイが、急速な勢いで近代化(=西洋化)に邁進しながらも、その消化がいまだ不十分であった状況が透けて見えるように思われます。

 なお、今回の記事では、バンコクの幹線道路であるラーチャダムヌーン通り建設の経緯をはじめ、現在のバンコクの相貌ができあがっていく過程についてもまとめていますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 チェウシェスク処刑20年
2009-12-25 Fri 10:58
 ルーマニアの独裁者だったチャウシェスク夫妻が1989年12月25日に処刑されてから、ちょうど20年です。というわけで、きょうはこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      チャウシェスク夫妻

 これは、1985年にルーマニアで発行された“黒海=ドナウ運河完成1周年”の記念切手(小型シート)で、運河を背景にテープカットを行うチャウシェスク夫妻の肖像が取り上げられています。

 1971年に中国・北朝鮮を訪問したチャウシェスク夫妻は、かの地で毛沢東ないしは金日成に対する異常な個人崇拝やマスゲームなどを目にし、自国でもこれと同じことを行うべく、帰国後の同年7月、“ルーマニア文化大革命”を発動。秘密警察(セクリタテア)を動員した思想・文化の統制を強めていくことになります。また、物理的にも、北朝鮮の“記念碑的建造物”にならい、国力を無視した大規模土木事業が盛んに行われました。今回ご紹介の小型シートの主題となっている黒海=ドナウ運河もその一つで、1975年から1984年まで、10年の歳月をかけて建造されました。

 チャウシェスク本人もさることながら、国民のさらなる怨嗟の的となっていた妻のエレナは中国への外遊で毛沢東夫人の江青から「指導者の妻はもっと政治にかかわるべきだ」とのアドバイスを受け、以後、江青にならって、自ら政治に関与していくようになり、1980年には第一副首相に就任しました。自称“科学者”としての彼女は奢侈にふけり、他人に書かせた100以上の論文を使って名誉博士号の収集に熱中しましたが、避妊と堕胎手術を禁止し、大量のストリートチルドレンを生み出す原因を作ったほか、保健管理委員会の委員長として「共産主義国家にエイズは存在しない」と主張して予防や感染拡大阻止のための措置を取らず、エイズの蔓延を招くなど、およそ科学者らしからぬ失政を繰り返しました。

 1989年12月17日のティミショアラ事件の後、チャウシェスクは、22日に全土に戒厳令を発し、軍に治安回復を命じましたが、軍は命令を拒否し、かえって装甲車で大統領官邸のある共和国広場に押し寄せます。このため、チャウシェスク夫妻は党本部からヘリコプターで脱出し、リビアへの亡命を企図。しかし、翌23日、チャウシェスク夫妻はルーマニア南部のトゥルゴビシュティで革命政府の救国戦線に逮捕され、25日、6万人の大量虐殺と10億ドルの不正蓄財などの罪で起訴。軍事裁判で銃殺刑の判決が下り、即日処刑されました。

 ちなみに、今回ご紹介の切手の原画を担当したミハイ・マネスクは、チャウシェスク政権崩壊後、民主革命1周年の記念切手の原画も作成しています。まさに、切手の世界における“激動のルーマニア現代史”を象徴する人物といってよいでしょう。

 なお、拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』では、ルーマニアの近現代史についてもカバーしておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。
 

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 下記の日程で、拙著『昭和終焉の時代』の即売・サイン会(行商ともいう)を行います。入場は無料で、当日、拙著をお買い求めいただいた方には会場ならではの特典をご用意しておりますので、よろしかったら、遊びに来てください。

 1月10日(日) 切手市場 於・桐杏学園(東京・池袋) 10:15~16:30
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 物騒なクリスマスケーキ
2009-12-24 Thu 09:28
 今夜はクリスマス・イブです。同時に、1979年12月24日にソ連がアフガニスタンへの軍事進攻を開始してから30周年になります。というわけで、両者に絡めて、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

     連帯プロパガンダ(アフガン)

 これは、1986年、アフガニスタンでの反ソ闘争7周年を記念して造られたプロパガンダ・ラベルで、ダイナマイトでできたケーキ(時期的にクリスマス・ケーキでしょうな)を受け取るソ連兵が描かれています。正規の切手ではありませんが、ポーランド語で“郵便”を意味する“poczta”の文字や額面が入っており、切手を意識してつくられたものといってよいでしょう。なお、当時のポーランドでは、非合法化された“連帯”系の組織が反ソ・反共プロパガンダ・ラベルをいくつか作っていますが、これもその1枚です。

 1978年4月、アフガニスタンでは、ソ連の支援を受けたアフガニスタン人民民主党(共産党)による反政府クーデタ(4月革命)が発生。同年12月、人民民主党の党首で革命評議会議長兼首相のヌール・ムハンマド・タラキーがモスクワを訪問してソ連=アフガニスタン友好善隣協力条約を締結し、アフガニスタンは完全にソ連の勢力圏内に組み込まれることになりました。

 ところで、4月革命の結果、1747年以来のパシュトゥン人支配体制は終結し、パシュトゥン人、タジク人、ウズベク人、ハザラ人のアフガニスタン主要4民族の参加する政治体制が樹立されることになりますが、人民民主党の指導部は、長年にわたってアフガニスタンの支配層を構成してきたパシュトゥン人のドッラーニー族ではなく、ギルザイ族の出身者で構成されていました。それゆえ、従来は民族的に傍流であった勢力がヘゲモニーを握り、旧支配層の粛清に躍起になっているという構図は、複雑で保守的な部族社会から構成される地方において、新政権への嫌悪感を抜きがたいものとすることになります。もちろん、イスラムの信仰に基づく伝統的なアフガニスタン社会では、共産主義(=無神論)が悪魔の思想として嫌悪されていることはいうまでもありません。

 そうした新政権が、“土地改革”と称して、部族の族長を地主ないしは反動派と決め付けて彼らの土地を強制的に接収し、勝手に他の人々に分配していったことで農村での不満が爆発。1978年10月以降、各地でムスリムの抵抗運動が頻発し、翌1979年3月、ヘラートでイスラム原理主義者による大規模な武装デモが展開され、5000人もの死者が発生したことで、アフガニスタン全土は実質的な内戦に突入していきます。

 このため、1979年12月24日、ソ連は、ソ連=アフガニスタン友好善隣協力条約の内乱条項(アフガニスタンで内乱やクーデターが発生し、政府が危機的な状況になった場合には、政府の要請がなくてもソ連軍がアフガニスタンの秩序回復のため、アフガニスタンに軍事介入できるという条項)に基づき、首都カブールとその周辺地域の飛行場をすべて制圧。29日までにアフガニスタン全土を占領し、バーブラーク・カールマルを大統領とする親ソ政権を樹立しました。

 以後、アフガニスタンでは、ソ連軍と親ソ政権に対抗するムジャーヒディーン(イスラム戦士)の反ソ闘争が展開され、1989年、ソ連軍を撤退させます。この結果、左翼政権は崩壊しますが、今度は、それまで反左翼連合を形成していたムジャーヒディーン諸派の内紛が勃発。いったんはタリバンがアフガニスタンの大半を征圧したものの、911同時多発テロ事件に絡んでアメリカがタリバン政権の攻撃に踏み切り、同政権は崩壊します。しかし、アメリカの支援を受けて作られたカルザイ政権は首都とその周辺しか掌握できず、また、タリバン勢力も次第に復活し、アフガニスタンは再び軍閥割拠の混迷状態に陥っていることは広く知れられている通りです。


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 開催御礼
2009-12-23 Wed 19:24
 おかげ様で、昨日(22日)、東京・中野坂上のレストラン“ルーマニア”にて開催いたしました『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の出版記念パーティーは、盛況のうち、無事に終了いたしました。 ご参加いただきました皆様ならびにご支援・ご協力賜わりました皆様には、この場を借りて、あらためてお礼申し上げます。というわけで、今日はルーマニア+感謝ということで、この1枚を選んでみました。(以下、画像はクリックで拡大されます)

      ルーマニア革命1周年小型シート

 これは、1990年にルーマニアが発行した革命1周年の小型シートで、革命後の混乱の中で新生ルーマニアに対して寄せられた各国の支援に感謝する内容の図案として、食糧援助を行うフランスの自動車と医療援助を行うオーストリアの救急車が描かれています。僕も、多方面の方々のご支援・ご協力に感謝して、この1枚を持ってきたというわけです。

      公使挨拶    演奏中の古館さん

 さて、昨日のパーティーは、ルーマニアの革命記念日(12月22日)にあわせたいとの僕のわがままな思いつきのせいで、年末、それも天皇誕生日の前日という皆さんご多忙の時期にもかかわらず、会場のレストランが満員になるほどのお客様にお集まりいただきました。本当にありがたいことです。また、ルーマニア大使館からは、経済担当公使のネゴイツァ・エウジェン閣下にご出席いただき、あたたかいご挨拶をいただいたほか(上の画像・左)、日本におけるジプシー・バイオリンの第一人者・古館由佳子さんの演奏(上の画像・右)も実にすばらしいものでした。もちろん、料理も質・量ともに評判がよく、ご参加いただいた方々にはご満足いただけたようで、主催者としてはホッと胸をなでおろしているところです。

 なお、『キュリオマガジン』の連載「郵便学者の世界漫郵記」は、2009年はルーマニアを特集してきましたが、2010年は1年間かけて、マカオ半島の“マカオ歴史市街地区”として世界遺産に指定された史跡等を中心にご紹介していく予定です。そして、この連載をもとに、11月には彩流社の“切手紀行シリーズ”の第3弾としてマカオに関する書籍を刊行し、年末には今回同様、忘年会を兼ねたパーティーを開催したいと思っていますので、引き続き、ご支援・ご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。


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 ルーマニア革命20年
2009-12-22 Tue 10:02
 チャウシェスク独裁政権が崩壊した1989年12月22日のルーマニア革命から20年がたちました。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      シビウの穴あき国旗     穴あき国旗(軍事博物館)

 左の切手は、1990年にルーマニアが発行した民主革命1周年の記念切手でチャウシェスク政権の崩壊に際して、共産国家の国章を切り取った国旗(穴あき国旗)を掲げるシビウの市民が描かれています。右の写真は、ブカレストの軍事博物館の展示品で、革命直後の穴あき国旗の実物です。ちなみに、ここに示したように旧国章を切り抜く前の共産主義時代の国旗については、下に、国連が発行した国旗シリーズの1枚をご覧ください。

      ルーマニア国旗

 1989年12月17日、ハンガリー系の人権派神父であったラースロー・テケシュの強制退去をめぐり、これに反対するティミショアラ市民と治安部隊の衝突で多くの犠牲者が発生しました。いわゆるティミショアラ事件です。

 “暴徒”を鎮圧したチャウシェスクはすっかり安心し、予定通り、翌12月18日から外遊先のイランへと旅立ちました。

 しかし、治安部隊の発砲によりティミショアラで多数の犠牲者が出たという情報は、ただちにVOA(アメリカの声)などによって全世界に伝えられます。ルーマニア国内では事件についての報道はなく、首都ブカレストも表面的には平穏を保っていたが、ティミショアラ事件の情報は口コミでルーマニア国内を駆け巡り、ブラショフ、アラド、シビウ、クルージュなどでも暴動が発生。翌19日にはルーマニア全土に非常事態宣言が布告されました。

 チャウシェスクは20日にイランから帰国し、情勢報告を受けると、国営ルーマニア放送のテレビを通じて演説をおこない、発砲は“暴徒”鎮圧のためにやむを得なかったと説明。しかし、ティミショアラの市民や犠牲者たちを“フーリガン”“外国のスパイ”と非難した彼の演説は、結果的に、多くの国民の猛反発を買います。

 そして、21日、チャウシェスクはブカレスト中心部の勝利広場で官製集会を開きましたが、群衆の中から「チャウシェスク打倒」、「ティミショアラ」の野次が飛び、爆竹が炸裂し、演説を中断。翌22日、全土に戒厳令を発し、軍に治安回復を命じましたが、軍は命令を拒否し、かえって装甲車で大統領官邸のある共和国広場に押し寄せてきました。ここにいたり、チャウシェスク夫妻は党本部からヘリコプターで脱出し、独裁政権は崩壊したのです。

 なお、ルーマニア革命については、拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』でもいろいろとご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 出版記念パーティーのご案内 ★★★

 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の刊行を記念して、ルーマニア民主革命20周年の記念日にあたる12月22日、下記のとおり出版記念パーティーを開催いたします。当日は、僕のトークのほか、日本におけるジプシー・バイオリンの第一人者、古館由佳子さん(当日は彼女のCDも販売します)による生演奏もお楽しみいただけますので、ぜひ、遊びに来てください。

      トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行      古館由佳子 古館由佳子さん

 ・日時 2009年12月22日 18:30~

 ・会場 レストラン・ルーマニア(本格的ルーマニア料理のレストランです。)
     *東京都中野区本町1-32-24(東京メトロおよび都営地下鉄中野坂上駅1分)
      tel: 03-5334-5341 地図などはこちらをご覧ください。
      料理は下の画像のようなイメージで、ブッフェ・スタイルです。
      ルーマニアのワイン(もちろん飲み放題)も出ます。

       ルーマニア料理

 ・会費 7000円(『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』1冊つき)
     *当日会場にてお支払いをお願いいたします。

 ・参加ご希望の方は、キュリオマガジン編集部まで、電子メール(info@fujimint.com)にてお申し込みください。たくさんの方々のお越しを心よりお待ちしております。

 
 ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★

  総項目数552 総ページ数2256  
  戦後記念切手の“読む事典”(全7巻) ついに完結!

       昭和終焉の時代  『昭和終焉の時代』 日本郵趣出版 2700円(税込)

 2001年のシリーズ第1巻『濫造濫発の時代』から9年。<解説・戦後記念切手>の最終巻となる第7巻は、1985年の「放送大学開学」から1988年の「世界人権宣言40周年年」まで、NTT発足や国鉄の分割民営化、青函トンネルならびに瀬戸大橋の開通など、昭和末期の重大な出来事にまつわる記念切手を含め、昭和最後の4年間の全記念・特殊切手を詳細に解説。さらに、巻末には、シリーズ全7巻で掲載の全記念特殊切手の発行データも採録。

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 ベルリンのネフェルティティ
2009-12-21 Mon 11:34
 きのう(20日)、エジプト考古最高評議会のザヒ・ハワス事務局長が声明を出し、ドイツ・ベルリンの新博物館に収蔵されている古代エジプト王妃ネフェルティティの胸像の返還を正式に要請すると明らかにしました。というわけで、きょうはこの1枚です。

      ベルリン・ネフェルティティ

 これは、1987年に当時の西ドイツが発行した20ペニヒの通常切手で、問題のネフェルティティ像が取り上げられています。

 ネフェルティティは紀元前14世紀半ば、エジプト新王国時代の第18王朝のファラオであったアクエンアテン(イクナートン、旧名アメンホテプ4世)の正妃で、トゥト・アンク・アメン(ツタンカ-メン)の義母にあたる人物で、古代エジプトの絶世の美女として有名です。

 問題の像は、1912年、ナイル川河畔での発掘に携わっていたドイツの考古学者ルートウィヒ・ボルハルトが発見したもので、当時のドイツ皇太子からも絶賛されました。第一次大戦後の1923年からベルリンのエジプト博物館の目玉として展示されていました。

 1990年に東西ドイツが統合され、ベルリンの再開発計画が進められることになると、巨大な“新博物館”の構想が持ち上がり、エジプト博物館は吸収合併のため閉鎖され、多くのコレクションはいったん倉庫入りを余儀なくされます。しかし、ベルリンが誇る至宝としてのネフェルティティ像(だからこそ、切手にも取り上げられたわけですが)だけは展示をストップするわけにはいかないとして、絵画館や旧博物館で臨時の展示を続行。今年(2009年)10月16日、新博物館がオープンすると、その目玉として展示されることになりました。おそらく、このことが今回の返還要求のきっかけとなったのでしょう。

 ところで、このネフェルティティ像に関しては、スイスの美術史家、アンリ・スティルランが“複製品”説を展開していることでも話題になりました。すなわち、スティルランによれば、この像は、“発見者”のボルハルトが、王妃が所有していたネックレスを実際に身につけさせ、さらに発掘現場で見つかった古代の顔料の着色試験も兼ねて彫刻家ゲラルト・マルクスに作らせたものだというのです。

 その根拠として、スティルランは、①左眼が彫られていない(像を本人と見なしていた古代エジプト人にとっては不敬にあたる)、②肩が19世紀以降の垂直方向にカットされている(古代エジプトの彫像は、一般に肩が水平方向にカッティングされている)、③発掘現場に居合わせたフランス人の考古学者らは、胸像について一切言及しておらず、発見に関する記録も残していない、④極めて重要な発見にもかかわらず、ボルハルトは詳しい報告をしていないばかりか、この胸像をスポンサーの自宅に10年間も放置していた、ことなどを挙げています。そして、“複製品”がドイツの皇太子に絶賛されてしまったことで、ボルハルトは真実を告げる勇気をなくしてしまったのだとスティルランは主張しています。

 もっとも、胸像は石の本体にしっくいが塗られているという構造のため、科学的に制作年代を推定することは不可能なのだとか。もし、この像が複製品だったとしたら、それでもエジプト側は返還を要求するんでしょうかねぇ。


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 世界漫郵記:媽閣廟(前篇)
2009-12-20 Sun 11:24
 『キュリオマガジン』2010年1月号が出来上がりました。僕の連載「郵便学者の世界漫郵記」は、今回から、きょう返還10周年を迎えたマカオ篇に突入です。ちなみに、今月から、連載タイトルも“漫記”あらため“漫記”となりました。まずは、今回と次回の2回に分けて“マカオ”の地名の由来となった媽閣廟を取り上げます。その記事の中から、こんなモノをもってきてみました。(以下、画像はクリックで拡大されます)

      中国マカオ行政特區成立記念(媽閣廟)

 これは、いまからちょうど10年前の1999年12月20日、中国マカオ(中華人民共和国澳門特別行政区)の成立を記念して、同日付で発足した中国澳門(マカオ)郵政が発行した切手を、同郵政が発行した絵はがきに貼り、発行日の記念印を押したものです。切手・絵葉書ともに、マカオ最古の寺院である媽閣廟前のバラ広場(媽閣廟前地)での龍燈が取り上げられています。

 龍燈(龍踊とも)は、玉持ち一名、龍の担ぎ手数名、囃子方が一体となって演じる舞で、日本人にとっては“長崎くんち”での演目というのがわかりやすいかもしれません。

 舞は、不老長寿の源であるとされる月を、龍が食べようとして追いかけるものの、なかなか捕らえきれない様子を表現したもので、龍が体を左右に振りながら玉を追いかける“玉追い”から龍がとぐろを巻いた自らの体の影に隠れた玉をさがす“玉さがし”(ずぐら)へ、そして再度“玉追い”へとつなげるのが基本的なスタイルとなっています。

 中華世界では、春節(旧正月)をはじめ、おめでたいときに演じられる舞で、切手の主題である新生“中国マカオ”の門出を祝うにふさわしい内容です。同時に、中国の伝統文化を強調することで、いままでポルトガル領だったマカオが、中国に復帰したことを印象付ける意図も込められていたのでしょう。

 一方、媽閣廟は、マカオ半島の南端にあるマカオ最古の寺院です。

 現在、香港からマカオ行のフェリーが到着するフェリーターミナルは、マカオ半島の東岸、“外港”と呼ばれる地域にありますが、かつてのマカオの海の玄関は、西岸の“内港”でした。その内港の南端にポルトガル人がやってきたのは、1533年頃のことといわれていますが、すでにこのとき、海岸には1488一年に建てられたとされる媽閣廟が鎮座し、地元の中国人たちの信仰を集めていました。

 媽閣廟は、中国南部や台湾などで広く信仰されている道教の海の女神・媽祖(阿媽とも)を祀ったマカオ最古の中国寺院です。この媽閣廟の前に上陸してきたポルトガル人が、地元の漁民に「ここはどこだ?」と尋ねると、漁民は目の前の寺院のことを聞かれたのだと勘違いして“マーコッ(=媽閣)”と応えたといわれています。漁民の言に関しては、“アマコッ(=阿媽閣:媽祖の別名・阿媽を祀った寺院の意)”だったとか、媽閣廟の近くの港ということで“マーコン(=媽港)”ないしは“アマーコン(=阿媽港)”だったとか、さまざまな説がありますが、いずれにしても、このときの漁民の受け答えから、ポルトガル人が周囲一帯を“マカウ”と呼ぶようになったというのが、一般にマカオという地名の由来とされています。なお、マカオという表記は、ポルトガル語の“マカウ”の英語なまりです。

 現在、媽閣廟の前は砂浜ではなく“媽閣廟前地(バラ広場)”と呼ばれる石畳の広場になっていて、広場そのものも媽閣廟本体とは別に世界遺産に登録されています。ただし、モザイク風の波打ったデザインの石畳などはどう見ても最近になって整備されたものでしょうから、この広場も“世界遺産”といわれると、ちょっと違和感がありますな。もっとも、媽閣廟の前の敷地が、古くから“広場”として人々の集まる場所になっていたことは事実でしょうが…。

 連載では、2010年の1年間かけて、マカオ半島の“マカオ歴史市街地区”として世界遺産に指定された史跡等を中心にご紹介していきたいと思います。機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 出版記念パーティーのご案内 ★★★

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      料理は下の画像のようなイメージで、ブッフェ・スタイルです。
      ルーマニアのワイン(もちろん飲み放題)も出ます。

       ルーマニア料理

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 マカオ返還10年
2009-12-19 Sat 13:30
 1999年12月20日にマカオがポルトガルから中国に返還されて10年になります。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ポルトガル・マカオ回顧

 これは、ポルトガル領マカオ最終日の1999年12月19日、ポルトガル本国で発行された“マカオ回顧”の小型シートです。シート地左の地図は、16-17世紀にかけてのマカオが、ポルトガル本国やインド、マラッカと、長崎や広州、マニラ、ティモールなどとの交易の中継地として最盛期を迎えたことを想起させるもので、下には“南蛮貿易”時代のポルトガル人と中国人を描く絵が取り上げられています。切手部分はマカオの市章のレリーフで、ポルトガル領としてのマカオの正式名称“Cidade do Nome de Deus de Makau, Não ha Outra Mais Leal(最も忠貞なる主の名の街)”の後半部分の文字がはっきりと読めます。なお、ポルトガル領マカオでも同日・同図案の小型シートが発行されました。

 1984年12月19日、香港返還を決めた英中共同声明が署名されたことを受けて、マカオ問題に関する中国とポルトガルの交渉が開始されたのは1986年のことです。そして、翌1987年4月、マカオは中国の領土であり、ポルトガルは1999年12月19日までマカオの行政管理責任を有し、中国は翌20日にマカオに対し主権を回復することを定めた中葡共同声明が署名されました。中華人民共和国の特別行政区なったマカオが、以後50年間、ポルトガル領時代の社会・経済制度が維持される(ことになっている)のは、香港の場合と同様です。

 さて、昨年秋から雑誌『キュリオマガジン』で僕が連載を担当している「郵便学者の世界漫郵記」ですが、2010年1月号からは新たにマカオ篇がスタートします。今年連載したルーマニア篇は『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』として1冊の本になりましたが、新たにスタートするマカオ篇も1年後には書籍としてまとめられたらいいなぁ…と思っています。


 ★★★ 出版記念パーティーのご案内 ★★★

 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の刊行を記念して、ルーマニア民主革命20周年の記念日にあたる12月22日、下記のとおり出版記念パーティーを開催いたします。当日は、僕のトークのほか、日本におけるジプシー・バイオリンの第一人者、古館由佳子さん(当日は彼女のCDも販売します)による生演奏もお楽しみいただけますので、ぜひ、遊びに来てください。

      トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行      古館由佳子 古館由佳子さん

 ・日時 2009年12月22日 18:30~

 ・会場 レストラン・ルーマニア(本格的ルーマニア料理のレストランです。)
     *東京都中野区本町1-32-24(東京メトロおよび都営地下鉄中野坂上駅1分)
      tel: 03-5334-5341 地図などはこちらをご覧ください。
      料理は下の画像のようなイメージで、ブッフェ・スタイルです。
      ルーマニアのワイン(もちろん飲み放題)も出ます。

       ルーマニア料理

 ・会費 7000円(『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』1冊つき)
     *当日会場にてお支払いをお願いいたします。

 ・参加ご希望の方は、キュリオマガジン編集部まで、電子メール(info@fujimint.com)にてお申し込みください。たくさんの方々のお越しを心よりお待ちしております。

 
 ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★

  総項目数552 総ページ数2256  
  戦後記念切手の“読む事典”(全7巻) ついに完結!

       昭和終焉の時代  『昭和終焉の時代』 日本郵趣出版 2700円(税込)

 2001年のシリーズ第1巻『濫造濫発の時代』から9年。<解説・戦後記念切手>の最終巻となる第7巻は、1985年の「放送大学開学」から1988年の「世界人権宣言40周年年」まで、NTT発足や国鉄の分割民営化、青函トンネルならびに瀬戸大橋の開通など、昭和末期の重大な出来事にまつわる記念切手を含め、昭和最後の4年間の全記念・特殊切手を詳細に解説。さらに、巻末には、シリーズ全7巻で掲載の全記念特殊切手の発行データも採録。

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 小さな世界のお菓子たち:クッキーの切手
2009-12-18 Fri 09:17
 ご報告が遅くなりましたが、大手製菓メーカー(株)ロッテの季刊広報誌『Shall we Lotte(シャルウィロッテ)』の第7号(2009年冬号)ができあがりました。僕の連載「小さな世界のお菓子たち」では、今回はクリスマスの時季ということもあって、こんな切手を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

      クリスマス・クッキー

 これは、2005年のアメリカのクリスマス切手で、クリスマス・クッキーが取り上げられています。

 日本ではクリスマスのお菓子というとケーキが定番ですが、アメリカではなんといってもクッキーが主流です。

 アメリカの子供たちは、クリスマスの2週間ほど前になると、お母さんと一緒にいろいろな種類のクッキーを焼き、フロスティングを使って飾り付けます。また、クリスマス・イヴには、プレゼントを運んできてくれるサンタさんのために、子供たちはツリーの近くにクッキーとコップ一杯の牛乳を置いてから眠ります。翌朝、子供たちはクッキーの代わりにプレゼントが置かれているのを見て大喜び、というのが毎年恒例の風景になっています。

 切手に取り上げられているクッキーは、サンタクロースや雪だるま、天使やジンジャーマンなどですが、片隅にツリーや星などが見えるのも楽しいですね。

 ちなみに、日本では12月25日を過ぎると一斉にクリスマスの飾り付けが片付けられてしまいますが、米国では年が明けて1月6日の公現節(東方の三博士がキリストを訪ねてお祝いを述べたことを記念する日)にツリーを片づける家が多いのだとか。新年を迎えても、ツリーを見ながらクッキーを食べているという人も少なくないのかもしれません。

 なお、雑誌『Shall we Lotte(シャルウィロッテ)』は広報誌として無料配布されています。入手をご希望の方は、発行元の(株)ファミリー(〒160-0023 東京都新宿区西新宿3-20-1 tel:03-5388-5091 fax:03-3373-3815)にお問い合わせください。

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 ・日時 2009年12月22日 18:30~

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     *東京都中野区本町1-32-24(東京メトロおよび都営地下鉄中野坂上駅1分)
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 ティミショアラ事件20年
2009-12-17 Thu 09:56
 1989年のルーマニア革命の直接のきっかけとなった“ティミイショアラ事件”から、きょう(12月17日)でちょうど20年です。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ティミショアラ事件1ヶ月記念印

 これは、1989年12月17日のティミショアラ事件から1か月後の1990年12月17日に使われた犠牲者追悼の印です。

 社会主義経済が破綻していたルーマニアのチャウシェスク政権は、起死回生の策として、1988年3月、“農村再編計画”を発表。生産を高めるためとの名目で、農地整備のためにトランシルヴァニアを中心に8000もの村落を破壊し、農民を強制移住させようとしました。

 当然のことながら、“農村再編計画”は国民、なかでも、強制移住の対象者が多かったハンガリー系(当時のルーマニアの人口の27%を占めていました)の猛反発を招き、体制に絶望したハンガリー系住民のハンガリーへの逃亡が続出。ハンガリー政府もルーマニアの政策を人権侵害として国連人権委員会に提起するなかで、ラースロー・テケシュという一人のカルヴァン派牧師の存在がにわかにクローズアップされていくことになります。

 テケシュは1952年生まれ。最初の任地であったデジュで当局の意向に反してハンガリーの文化と歴史を講じて解職され、2年間のブランクの後、1986年、ティミショアラに赴任しました。

 ティミショアラでの彼は、次第に体制批判の度を強め、ハンガリー系のみならずすべての抑圧されたルーマニア人のための人権擁護運動を展開し、幅広い支持を集めるようになります。これに対して、テケシュの行動を苦々しく思っていたルーマニア政府は、1989年7月、厄介払いの意味も込めて、彼の申請を受理してハンガリー行きの旅券を発給しました。

 出国したテケシュはハンガリーでカナダのテレビ局のインタビューを受け、トランシルヴァニアのハンガリー系住民の苦境について語り、そのインタビューがハンガリーで放映されると、大きな話題となりました。

 当然、テケシュはそのままハンガリーに亡命するものと思われていたのですが、予想に反して、ルーマニアに帰国してしまいます。

 その後、テケシュの元には毎日のように脅迫状が舞い込み、9月には支持者が謎の“自殺”に追い込まれました。さらに、治安当局は彼を12月15日限りでティミショアラからの退去と北部の寒村、ミネウへの強制移住を命じます。

 これに対して、ティミショアラからの強制退去期限の12月15日が近づくと、その数日前から、彼を守ろうとする信者たちが教会に泊まり込むようになりました。そして、15日の当日はさらに多くの信者や市民が集まって教会を取り囲み、出動した治安警察部隊に激しく抗議します。さらに、翌16日、期限切れを理由に治安警察がテケシュを連行しようとすると、ついに市民の怒りが爆発。多数の市民が市内中心部に集まり、共産党ティミショアラ県委員会本部がある市役所に乱入して、書類を破り、チャウシェスクの肖像画を窓から投げ捨て、街路で火をつけるなど、ティミショアラは騒乱状態となりました。

 報告を受けた党政治執行委員会は緊急会議を招集し、チャウシェスクは治安警察部隊に実弾を供給していなかったとして、ヴァシレ・ミレア国防相とトゥドル・コスタニク内相、ユリアン・ブラッド秘密警察長官(内務副相)の三人を厳しく叱責。「党の建物に侵入した者を生きたまま帰すな」と厳命します。

 さらに、17日、チャウシェスクはティミショアラに内務省秘密警察、国境警備隊、治安警察の応援部隊を派遣し、市内中心部のオペラ劇場付近に集まっていた市民に対して自動小銃や装甲車の車載銃などで発砲。多数の死傷者が生じ、大聖堂正面の階段は、堂内に逃げ込もうとしたものの、背後から治安部隊の銃弾を受けた子供たちの鮮血で赤く染まりました。

 こうして、治安部隊の発砲によりティミショアラで多数の犠牲者が出たという情報は、ただちにVOA(アメリカの声)などによって全世界に伝えられました。ルーマニア国内では事件についての報道はなく、首都ブカレストも表面的には平穏を保っていましたが、17日の流血事件の情報は口コミでルーマニア国内を駆け巡り、ブラショフ、アラド、シビウ、クルージュなどでも暴動が発生。翌19日にはルーマニア全土に非常事態宣言が布告され、ついには、22日のチャウシェスク政権打倒へとつながるのです。

 なお、1989年の革命とティミショアラについては、拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』でも解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 中国首脳の訪日
2009-12-16 Wed 17:18
きのう(15日)、中国の習近平国家副主席が皇居で天皇陛下と会見しました。というわけで、中国首脳と陛下の会見はいつが最初なのかということで、きょうはこの1点を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 日中平和友好条約10年

 これは、1988年8月12日に日本で発行された「日中平和友好条約締結10周年」の記念切手です。

 日本と中国との平和友好条約に関しては、すでに、1972年9月の“国交正常化”の際に発表された日中共同声明の第8項において、将来の締結をめざすことがうたわれていました。

 これを受けて、1974年11月、平和友好条約締結に向けての予備交渉がスタートします。しかし、ソ連を“覇権主義”と批判していた中国側が条約に“反覇権”の文言を盛り込むことを強く主張したため、ソ連との関係悪化を懸念する日本側との間で交渉は難航。さらに、1975年から1977年にかけては日本では田中金脈問題やロッキード事件、中国では毛沢東の死と4人組の逮捕などがあり、両国ともに国内の政治状況が不安定 だったこともあって、交渉は中断されました。

 その後、1977年になって、新たに中国の最高実力者となった小平が“柔軟姿勢”を示すとともに、米中国交正常化の動きが活発化したことを受けて、日本政府(福田赳夫内閣)も交渉打開に積極的に取り組むようになります。翌1978年8月、日本側外相の園田直が訪中して交渉をまとめ、8月12日に中国側外交部長(外相に相当)の黄華が来日し、東京で「日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約(日中平和友好条約)」が調印され、同年十月二十三日、小平が来日して批准書の交換が行われ、即日発効しました。

 条約は、主権と領土の相互尊重・相互不可侵・相互内政不干渉などをうたった“平和五原則”を両国関係の基礎とするとした第1条、“反覇権”をうたった第2条、「この条約は、第三国との関係に関する各締約国の立場に影響を及ぼすものではない」とする“第3国条項”を記した第4条など、前文と本文5条からなっています。また、中国側は日本に対して(日中戦争に関する)賠償金の請求を放棄する見返りとして、日本から多額の経済援助を長期間にわたって引き出し続けることに成功。その後の経済発展の基礎を築くことになりました。

 なお、条約の締結を記念して、1978年10月、当時副首相だった小平が訪日し、昭和天皇と会見したのが、中国首脳としての最初の訪日であり、天皇との最初の会見となりました。ちなみに、このとき訪日したは日中国交正常化時の日本側首相であった田中角栄を私邸に訪ねていますが、このときは田中がロッキード事件で刑事被告人の立場だったため、マスコミなどではそのことが批判的に報じられました。

 さて、今回の会見については、陛下との会見は1ヶ月前までに申し込むとの“1ヶ月ルール”の慣例を無視して行われたことや、そもそも、習が今年7月のウイグル大虐殺の責任者であることなどから、多くの国民にとっては賛成しかねるというのが正直なところでしょう。ただ、報道されている会見のようすを見る限り、緊張しまくっている習に対して、余裕綽々の今上陛下という感じで、まさに格の違いを見せつけたという感じでしたね。会見にいたる前のゴタゴタとあわせて、中国側の対日宣伝工作としては、完全に失敗だったといえそうです。

 なお、この切手を含む1980年代後半の記念切手については、拙著『昭和終焉の時代』でも詳しくご説明していますので、機会がありましたら、ご覧いただけると幸いです。


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 表紙の切手
2009-12-15 Tue 09:50
 きょう(12月15日)は拙著『昭和終焉の時代 1985-1988』の奥付上の刊行日です。というわけで、プロフィール画像にも使っている表紙カバーに取り上げた切手について、少しご説明しておきましょう。(画像はクリックで拡大されます)

      喫煙と健康世界会議

 これは、1987年11月9日に発行された「第6回喫煙と健康世界会議」の記念切手です。

 1964年、アメリカの公衆衛生総監に対して、『喫煙と健康』(Smoking and health)と題する諮問委員会の報告書が提出されました。同報告書は「紙巻たばこ喫煙は男性の肺がんの原因であり、女性においても原因として疑わしい」と結論したうえで、他の多くの喫煙と疾病の関連を解明し、“適切な対策”を勧告するものでした。

 これをきっかけに、アメリカ国内で喫煙対策が広く論じられるようになり、1967年、ニューヨークで第一回“喫煙と健康世界会議”が開かれました。同会議は、喫煙が健康に与える影響を減少させるため、世界各国の喫煙と健康問題の有識者が一堂に会する国際会議で、4年ごとに、各国持ち回りで、がん・心臓・結核(胸部疾患)・健康教育の団体が関係機関の協力を得て開催するものです。

 第1回のニューヨーク会議の後、イギリス、アメリカ、スウェーデン、カナダでの会議開催を経て、1987年の第6回会議は東京で開催されました。

 わが国では、1978年にコピーライターの中田みどりらが「嫌煙権確立を目指す人びとの会」を発足させ、「たばこの煙によって汚染されていないきれいな空気を吸う権利」、「穏やかではあってもはっきりとたばこの煙が不快であると言う権利」、「公共の場所での喫煙の制限を求めるため社会に働きかける権利」を内容とする嫌煙権を提唱。 マスコミへの働き掛けや各種イベントの開催、政府・自治体への申し入れを行い、 レストランや喫茶店などへの禁煙・分煙対策の要望など、受動喫煙に対する運動を展開したことによって、1980年代以降、社会的に受動喫煙防止対策が進められてきました。今回の会議開催も、こうした流れの中で開催されたため、開催前から社会的にも大きな関心を呼んでいました。

 1987年の東京会議は、(財)結核予防会、(財)日本対がん協会、(財)日本心臓財団、(財)健康・体力づくり事業財団、アメリカ対がん協会の共催により、11月9日から12日までの4日間、東京・大手町の経団連会館でWHO(世界保健機構)をはじめとする国際機関ならびに六十七ヵ国の代表を集めて開催されました。今回の会議では、煙草の広告について「すべての国において、あらゆる媒体を通じての一切の広告、催し物の後援、その他直接的または間接的な形態のいかなる販売促進活動も禁止されるべきである。 本会議は、全面的禁止に向けての第一段階として、政府がテレビによるタバコ広告を禁止するよう促す」との特別勧告が採択されたことが、社会的にも大きな関心を集めています。

 記念切手は会期初日の11月9日に発行されました。図案は、「ゲームや占いに使用する玩具として親しまれているトランプのデザインをモチーフとして、日常的な問題としての喫煙と健康のイメージを表現」するのコンセプトの下、健康をイメージするクイーンと愛煙家のキングを対比させています。日本切手としてはきわめて斬新なデザインで、当時、収集家の間で大いに話題となりました。今回の拙著が取り扱っている1985-1988年の期間では、文句なしにインパクトNo1の切手だろうと思い、表紙に持ってきました。

 なお、僕自身は煙草は嗜まないのですが、他の人が煙草を吸っていてもあまり気にはしません。したがって、この切手を表紙に持ってきたからといって、愛煙家の方お断りということは決してありませんので、念のため。


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 帰国事業50年
2009-12-14 Mon 20:42
 1959年12月14日に北朝鮮に“帰還”する在日朝鮮人を乗せた第1次帰国船が新潟港を出港してから、きょうでちょうど50年です。というわけで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      帰国者のカバー

 これは、第24次帰国船で北朝鮮に渡った(元在日)朝鮮人が、1960年6月28日に北朝鮮の咸鏡北道鏡城郡から日本宛てに差し出したカバーです。カバーの中には、日本人妻を含む家族の手紙も同封されていたのですが、それらについては、後ほど触れることにします。なお、貼られている切手は1960年発行のレーニン生誕90周年の記念切手で、裏面には7月13日の東京の着印が押されています。

 在日朝鮮人の北朝鮮への永住帰国(いわゆる帰国事業)は、1959年8月、北朝鮮赤十字会と日本赤十字社との間で結ばれた協定(在日朝鮮人の帰国に関する協定)に基づいて、同年12月24日、第1次帰国船(このときの船舶はソ連船籍)が新潟港を出港。以後、途中、協定切れによる3年間の中断(1968-70年)はあったものの、1984年7月23日の第187次帰国船まで、総勢9万3321名の在日朝鮮人が帰国。同時に、その妻や子供など6679名(うち、いわゆる日本人妻は1831名)の日本人が北朝鮮に移住し、結果として約10万名が北朝鮮に渡りました。

 帰国者たちの帰国の動機はさまざまですが、その多くは、朝鮮人を差別する日本での生活苦から逃れたい、日本では発揮できない自分の能力を祖国の発展に役立てたい、故郷は“南”だがまもなく統一されるのだからとりあえず“北”に行こう、などというものが多かったといわれています。また、北朝鮮当局が自らの体制を“教育も医療も無料の社会主義祖国”“地上の楽園”などと宣伝していたことや、親北朝鮮の立場を取っていた日本国内の“進歩的知識人”がさかんに北朝鮮の体制を礼賛していたことも在日朝鮮人の帰国を促す要因となったことは間違いありません。

 一方、北朝鮮当局にとって、帰国事業は、朝鮮戦争後の社会主義建設のための労働力・技術力を確保するうえで重要な意味を持っていました。このため、金日成は帰国運動を「わが党と人民の大きな勝利」と賞賛しています。

 しかし、事前の宣伝とは裏腹に、北朝鮮の生活環境は日本に比べ劣悪でした。さらに、帰国者たちは潜在的な反体制分子もしくはスパイとみなされ、現在なお社会的にも苦しい状態に置かれています。

 たとえば、今回ご紹介のカバーに同封されていた手紙にも、以下のような記述があります。(仮名遣いなどは、いずれも原文のまま)

 たべものは非常にまずしいです。…昨年は不作だったし統一した時の事を考えてたくわえもせねばなりませんし、するので、現在は日本の終戦当時の生活です。

 ここで一番こまる事は世界の動きをはやくつかむ資料が全ぜんないのでめくらのようです。それから古典音楽、現代でも同じ、こちらにきて一度もきけませんでした。これだけは本当にかなしい事です。

 帰った人達の中で男の人わ、わりあい今の政策を理解している人が多いようですが、婦人わ全部といっていいほどだめです。だから「こんな所え連れて来た」と夫婦ゲンカのたえまがありません。

 紙がないと云う話でしたが本当にありません。

 石ケンがあるにわありますが、高くて一寸と買えないようです。

 また、この手紙を差し出した人物は、途中の検閲で郵便物が届かなくなることを見越して、「手紙を出す時 No を打っておいてください。1信、2信と」と文末に付記していますし、カバーの表面にも“第一報”と表示しています。

 こうした実態が知られるようになったため、1960年には4万9036名、1961年には2万2801名もいた帰国者数は、1962年には3497名に激減しました。

 なお、一説によれば、北朝鮮政府は帰国者たちの生活を意図的に苦しい状態にとどめておくことで、帰国者たちへの日本からの仕送りを続けさせようとしているとも指摘されています。実際、自らの生活を犠牲にして、収入の大半を“人質”となった帰国者への仕送りに費やしている在日朝鮮人も少なくありません。

 まさに、「地獄への道は善意で舗装されている」とのダンテの言葉を思い起こさずにはいられません。


 ★★★ 出版記念パーティーのご案内 ★★★

 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の刊行を記念して、ルーマニア民主革命20周年の記念日にあたる12月22日、下記のとおり出版記念パーティーを開催いたします。当日は、僕のトークのほか、日本におけるジプシー・バイオリンの第一人者、古館由佳子さん(当日は彼女のCDも販売します)による生演奏もお楽しみいただけますので、ぜひ、遊びに来てください。

      トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行      古館由佳子 古館由佳子さん

 ・日時 2009年12月22日 18:30~

 ・会場 レストラン・ルーマニア(本格的ルーマニア料理のレストランです。)
     *東京都中野区本町1-32-24(東京メトロおよび都営地下鉄中野坂上駅1分)
      tel: 03-5334-5341 地図などはこちらをご覧ください。
      料理は下の画像のようなイメージで、ブッフェ・スタイルです。
      ルーマニアのワイン(もちろん飲み放題)も出ます。

       ルーマニア料理

 ・会費 7000円(『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』1冊つき)
     *当日会場にてお支払いをお願いいたします。

 ・参加ご希望の方は、12月18日までにキュリオマガジン編集部まで、電子メール(info@fujimint.com)にてお申し込みください。たくさんの方々のお越しを心よりお待ちしております。

 
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  総項目数552 総ページ数2256  
  戦後記念切手の“読む事典”(全7巻) ついに完結!

       昭和終焉の時代  『昭和終焉の時代』 日本郵趣出版 2700円(税込)

 2001年のシリーズ第1巻『濫造濫発の時代』から9年。<解説・戦後記念切手>の最終巻となる第7巻は、1985年の「放送大学開学」から1988年の「世界人権宣言40周年年」まで、NTT発足や国鉄の分割民営化、青函トンネルならびに瀬戸大橋の開通など、昭和末期の重大な出来事にまつわる記念切手を含め、昭和最後の4年間の全記念・特殊切手を詳細に解説。さらに、巻末には、シリーズ全7巻で掲載の全記念特殊切手の発行データも採録。

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 ルーマニアのジプシー
2009-12-13 Sun 15:31
 今月22日の拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の出版記念パーティーまで、あと10日を切りました。当日は、日本におけるジプシー・バイオリンの第一人者、古館由佳子さんの生演奏もお楽しみいただく予定ですが、ここで、ルーマニアとジプシー(ロマニ)についてあらためてご説明しておきましょう。(画像はクリックで拡大されます)

      ルーマニアのジプシー

 これは、1905年にフランスで作られた広告ラベルで“ルーマニアのボエミアン(ロマニ)”が描かれています。いわゆる郵政機関発行のオフィシャルなものではないのですが、綺麗なうえにわかりやすいので、もってきてみました。

 タロット占いやクマの曲芸、歌舞音曲などで知られる移動民族、ロマニについては、ロマ(日本のマスコミ等での一般的な表記)とかジプシー(英語)、ツィゴイナー(ドイツ語)、ボエミアン、ジタン(フランス語)、ヒターノ(スペイン語)など国や地域によってさまざまな呼び名がありますが、ルーマニア語ではツィガニと呼ばれています。

 彼らの祖先は、西暦1000年頃に、インドのラジャスタン地方から放浪の旅に出て、ギリシャからバルカン半島を経てヨーロッパに辿り着いたと考えられています。

 15世紀、中央ヨーロッパに現れた彼らは、エジプト出身の巡礼者と名乗り(これが“エジプシャン”に由来するジプシーの語源となりました)、神聖ローマ皇帝ジギスムントから帝国内の自由な通行を認められた特許状を与えられたと称していました。このため、当初、各地の人々は彼らを歓待しましたが、“巡礼者”であるにもかかわらず故郷へ帰ろうとしない彼らに対して不信感を持つようになります。特に、当時のキリスト教世界は“5つの修道院”の壁画にもあるように、トルコやタタールの脅威にさらされていましたから、オリエントからやってきた得体のしれない連中に対しては、現代でいえば、敵のスパイないしは不法入国の犯罪者集団という嫌疑がかけられるのも無理からぬところがありました。

 かくして、1500年、神聖ローマ皇帝マクシミリアンはロマニが主張していた“皇帝ジギスムントの特許状”の無効を宣言。以後、西ヨーロッパの多くの都市ではシャトラ(ロマニの幌馬車、または幌馬車で移動するロマニの一族)に対して門戸を閉ざすようになります。

 これに対して、ドナウ川北岸のワラキアおよびモルダヴィアでは、ロマニを貴重な労働力とみなして、貴族の家内奴隷ないしは農奴として定住させる方針を取りました。現在、全ヨーロッパで約700-850万人とされるロマニのうち、国別では第1位の180-250万人がルーマニアの地で生活するようになったのは、こうした歴史的背景によるものです。

 近代ルーマニア国家成立後の1864年に行われた農奴解放を経て、ロマニとルーマニア人社会との融合が進み、第一次大戦後の農地改革によってロマニとルーマニア人農民は法的には同等の権利を持つようになったとされています。しかし、現実には、ルーマニア社会との同化を拒み、満足な教育も受けず、その結果として経済的に困窮し、物乞いや犯罪者の予備軍となっているというイメージをロマニに対して持っているルーマニア人も少なくありません。実際、ヨーロッパ各都市の地下鉄などでは、集団でスリを働くロマニも少なからずいますから、彼らのロマニに対する警戒心や差別感情というのも、まったく故なきこととも言い切れないのですが…。

 その一方で、芸能などの文化面ではロマニがルーマニア社会に与えた影響力というのは非常に大きく、良くも悪くも、ルーマニアを語る上でロマニの存在は無視できないものとなっています。

 こうしたこともあって、22日のパーティーでは、ロマニ文化の華ともいうべき“ジプシー・バイオリン”の名手、古館由佳子さんに生演奏をお願いいたしました。本格的なルーマニア料理&ルーマニア・ワインとあわせて、お楽しみください。なお、パーティーの詳細については、下記の“出版記念パーティーのご案内”をご覧いただけると幸いです。
   

 ★★★ 出版記念パーティーのご案内 ★★★

 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の刊行を記念して、ルーマニア民主革命20周年の記念日にあたる12月22日、下記のとおり出版記念パーティーを開催いたします。当日は、僕のトークのほか、日本におけるジプシー・バイオリンの第一人者、古館由佳子さん(当日は彼女のCDも販売します)による生演奏もお楽しみいただけますので、ぜひ、遊びに来てください。

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 切手で巡る庭園散歩:兼六園
2009-12-12 Sat 16:45
 (財)建設業振興基金の機関誌『建設業しんこう』の12月号が出来上がりました。僕が担当している連載「切手で巡る庭園散歩」では、今月はこの1枚をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      兼六園

 これは、1967年1月25日に発行された「名園シリーズ」第3集“兼六園”の切手で、兼六園のシンボルともいうべき徽軫灯籠の雪景色が取り上げられています。

 1676年、第5代加賀藩主・前田綱紀は金沢城の外廓に蓮池亭をつくり、一帯を蓮池庭と呼びました。1759年の大火で蓮池庭の大半は焼失しましたが、第11代藩主・治脩の時代に再建・整備が進められ、1792年には園内に藩校“明倫堂”と“経武館”も創建されました。

 これらの藩校は、第12代藩主・斉広の時代の1822年に移転され、その跡地に“竹沢御殿”が造営されます。そして、同年、宋代の書物『洛陽名園記』にちなみ、宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の相反する6つの景観を調和しているとの理由から、奥州白河藩主・松平定信によって庭園は“兼六園”と命名。斉広の没後、第13代藩主・斉泰は竹沢御殿を取り壊し、池を広げるなどの大規模工事を行い、現在の兼六園の姿がほぼ完成しました。

 それにしても、切手の景色は寒そうですな。まぁ、その分、魚は美味しいんでしょうが。


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 人民解放軍の司令官
2009-12-11 Fri 10:17
 中国を訪問中の小沢一郎・民主党幹事長が中国の胡錦濤・国家主席と会談し、来年夏の参院選について「こちらのお国(中国)にたとえれば、解放の戦いはまだ済んでいない。来年7月に最後の決戦がある。私は人民解放軍の野戦軍司令官として頑張っている」と語ったそうです。というわけで、きょうはこの1枚です。

      華東区・人民解放軍22年

 これは、国共内戦末期の1949年8月1日、共産党支配下の華東解放区で発行された「中国人民解放軍22周年」の記念切手のうちの270円切手で、毛沢東と朱徳の下に軍旗を掲げて更新する解放軍兵士が描かれています。

 中国軍といわれることの多い中国人民解放軍(人民解放軍)ですが、厳密に言うと、中国の国軍ではなく、中国共産党中央軍事委員会の指揮下にある中国共産党の軍事部門、すなわち、共産党の軍隊です。

 現在の中国の歴史認識によれば、人民解放軍の起源は、1927年8月1日、朱徳、周恩来、賀竜らが起こした南昌起義(南昌蜂起)に参加した武装組織とされています。この武装組織を元に労(工)農革命軍が組織され、毛沢東らの革命勢力と合体してできたのが、いわゆる労農紅軍(紅軍)です。

 その後、各地で根拠地を築いた紅軍に対して、蒋介石の国民党政権は包囲討伐作戦を展開したため、1934年10月、紅軍はいわゆる大長征を開始。その過程で、主導権を獲得した毛沢東の遊撃戦の戦略・戦術が紅軍の基本方針となりました。さらに、1937年7月に日中戦争がはじまると、国共合作の下、紅軍は国民革命軍第八路軍(八路軍)新編第四軍(新四軍)に改編されます。そして、日本との戦争に勝利した後、国共合作が完全に破綻すると、1947年10月に人民解放軍と改称されました。なお、1949年10月に中華人民共和国の成立が宣言されると、新中国憲法では「人民解放軍は中華人民共和国の武装力であり国防を担当する」と規定され、事実上の国軍という地位を獲得しています。

 さて、中国の事実上の国軍としての人民解放軍が、現在、わが国にとって大いなる脅威となっているのは衆目の一致するところでしょう。実際、中国の核ミサイルは日本の主要都市をいつでも攻撃できる体制になっているわけですし、尖閣諸島周辺では中国側がわが国の領海を侵犯して無許可海洋調査を繰り返しているばかりか、調査船“護衛”の名目で人民解放軍の海軍が日本側を威圧するための航海を何度も行っています。

 したがって、いわば仮想敵国ともいうべき隣国(そもそも、隣国というのはいかなる場合であっても“仮想敵国”であるわけですが)の軍隊の司令官に自らをなぞらえるというのは、日本の政権党の幹事長という立場にある人物としては、明らかに不適切な発言だろうと僕は思います。

 もっとも、民主党の方々の思考回路では、どうも、国よりも党の方が大事であり、アメリカとの半世紀にわたる同盟関係を悪化させても、中国の直接的な脅威にさらされている南西諸島の防衛力は強化したくない、さらには“友愛”の名の下に、在日外国人(中国人を含む)には地方参政権も与えたいということのようですから、“人民解放軍の野戦軍司令官として頑張っている”というのも、案外、本音が漏れてしまっただけなのかもしれませんがね。


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 世界人権デー
2009-12-10 Thu 10:18
 きょう(12月10日)は、1948年に世界人権宣言が採択されたことにちなみ、世界人権デーです。というわけで、新刊の拙著『昭和終焉の時代』のなかから、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      世界人権宣言40年

 これは、1988年12月5日に発行された「世界人権宣言40年」の記念切手です。切手の発行日とされた12月5日は、12月4~10日の人権週間の2日目ですが、これは初日の4日が日曜日だったためです。なお、今回の切手が発行されてから約1ヵ月後の1989年1月7日、昭和天皇の崩御により昭和は幕を閉じ、翌1月8日から新たな平成の時代が始まったことから、この切手が昭和時代最後の記念切手となりました。

 今回の切手に関しては、人権に関する理解と認識を深めてもらうためとしてデザインコンクールが実施され、2000点を超える応募作品の中から郵政大臣賞に選ばれた斎藤正秋の作品が切手に取り上げられました。斉藤の作品は、デザイン化された地球のイメージを背景に、人間のシルエットを8つ配したもの。その意図について斉藤は「人間の生命とさまざまな自由や権利を躍動感のあるいろいろな形(デザインに描かれている人間のさまざまな動作)で表した」と説明しています。なお、デザインの構成上、世界人権宣言のシンボルマークを印面の中に入れるとバランスが悪くなることから、今回の切手に関しては、マークはシートの題字部分に入れられました。

 さて、きょうから民主党幹事長の小沢一郎が、いわゆる“小沢チルドレン”らの国会議員143名を含むら600人以上を引き連れ、中国を訪問するのだそうです。いうまでもなく、中華人民共和国という国は、チベットやウィグルの問題に象徴されるように、文字通り世界最大の人権抑圧国家ですが、そうした国を、あえて世界人権デーにあわせて訪問するという神経が僕にはわかりませんねぇ。もちろん、中国で行われている人権抑圧に対して抗議をするため、北京に乗り込むというのなら大いに意味があると思いますが…。

 まぁ、現在の政権与党である民主党には、明確な定義や基準のないまま、人権委員会なる組織が「これは差別だ」と恣意的に認定すれば罰則を課すことができるという「人権擁護法案」の成立をめざす国会議員が少なからず所属しているわけで、そういう人たちに真の意味での人権擁護を期待するのは無理というものなんでしょうな。

 * 昨晩、カウンターが62万PVを超えました。いつも遊びに来ていただいてる方には、あらためてお礼申し上げます。 

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 2年ぶりにすっきり
2009-12-09 Wed 17:24
 奈良の法隆寺では、きのう(8日)、仏像にたまったほこりを払う年末恒例の“お身ぬぐい”が行われました。国宝の金堂では昨年、仏像を安置する須弥壇を修理していたため、2年ぶりのお身ぬぐいだったということで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      法隆寺・薬師如来
 
 これは、「第3次国宝シリーズ」第6集として1989年1月20日に発行された“銅造薬師如来坐像”の切手です。なお、この切手は、平成改元後、最初の記念特殊切手です。

 薬師如来は東方浄瑠璃浄土の教主で、もともとは薬師瑠璃光如来(サンスクリットのバイシャジャ・グル・ブアイドーリャ・プラバの意訳)といいます。如来になる以前、菩薩として修業していた時代に、あらゆる病気や障害を除くことほか12の誓願を立て、それらを成就したことで仏となったとされるため、病気平癒を願って多く像が作られました。

 一般には薬壺を左手に持っているのが特徴とされていますが、わが国では、法隆寺や薬師寺、唐招提寺の薬師如来像のように、古い時代の仏像では薬壷を持たない例も少なくありません。

 切手に取り上げられた法隆寺金堂東の間の本尊は、宝珠形の光背をつけた63センチの独尊像形式で、松と楠材からなる裾広がりの二重宣字坐の上に懸裳を広げて座っており、柔和で洗練された傑作です。なお、光背の裏面に「用明天皇の遺志を継ぎ、推古天皇と聖徳太子が607年に造り奉った」との趣旨の銘が刻まれていますが、現在では造立年代に疑問がもたれています。

 なお、この切手を含む第3次国宝シリーズについては、新刊拙著『昭和終焉の時代』で詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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       ルーマニア料理

 ・会費 7000円(『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』1冊つき)
     *当日会場にてお支払いをお願いいたします。

 ・参加ご希望の方は、12月18日までにキュリオマガジン編集部まで、電子メール(info@fujimint.com)にてお申し込みください。たくさんの方々のお越しを心よりお待ちしております。

 
 ★★★ 内藤陽介の最新刊、まもなく刊行! ★★★

  総項目数552 総ページ数2256  
  戦後記念切手の“読む事典”(全7巻) 12月15日、ついに完結!

       昭和終焉の時代  『昭和終焉の時代』 日本郵趣出版 2700円(税込)

 2001年のシリーズ第1巻『濫造濫発の時代』から9年。<解説・戦後記念切手>の最終巻となる第7巻は、1985年の「放送大学開学」から1988年の「世界人権宣言40周年年」まで、NTT発足や国鉄の分割民営化、青函トンネルならびに瀬戸大橋の開通など、昭和末期の重大な出来事にまつわる記念切手を含め、昭和最後の4年間の全記念・特殊切手を詳細に解説。
 さらに、巻末には、シリーズ全7巻で掲載の全記念特殊切手の発行データも採録。

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 ルーマニアの対米戦争
2009-12-08 Tue 10:36
 きょう(12月8日)は、いわずと知れた“真珠湾”の日です。というわけで、先月刊行の拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』にからめて、第二次大戦中、ルーマニアが日本の同盟国として連合国と戦っていた時代のモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ルーマニア・ドイツ混貼・軍事    ルーマニア・ドイツ混貼・軍事(裏)

 これは、1944年8月14日、対ソ戦線のルーマニア野戦局から差し出された葉書です。ルーマニア切手に加えてドイツ軍の航空郵便用の切手(青色の飛行機の切手)が貼られているのは、ドイツ軍の軍事航空便で運ばれたからといわれています。なお、裏面にはソ連軍と戦うドイツ兵の写真が印刷されていて、なかなかカッコいいので、あわせてご紹介しておきます。

 1939年8月23日、ソ連は独ソ不可侵条約の付属秘密議定書において、ベッサラビアの割譲をドイツに認めさせ、翌1940年6月26日、議定書に含まれていなかった北ブコヴィナとともにベッサラビアを併合します。一方、ドイツはルーマニア王国への駐屯権を獲得し、同年9月に日独伊三国同盟条約(以下、枢軸条約)が結ばれると、11月にはルーマニアもこれに加入しました。

 1941年6月22日に独ソ戦が勃発すると、ルーマニアはソ連によって奪われた土地を奪還すべく、事実上の最高権力者であったイオン・アントネスク元帥の下、ドイツ軍とともに参戦し、26日までにベッサラビアを解放しました。その後もドイツは、ルーマニアに対して戦線離脱を許さなかったため、ルーマニア軍はドニエストル川を越えてオデッサ占領作戦に参加したほか、ドイツ軍とともにクリミア半島やスターリングラードでも戦い、ヴォルガ川にまで到達しています。

 この間の1941年12月8日(日本時間)、日本が米英に宣戦し、ドイツも対米宣戦を行うと、ルーマニアも枢軸陣営の一角として連合国から敵国に認定されます。そして、1942年、アメリカがルーマニアに対して宣戦布告を行い、ルーマニアはアメリカと正式な戦争状態に突入しました。

 その後、1943年降のソ連軍の攻勢により、しだいに枢軸側は追い詰められていき、1944年にはベッサラビアは再び、ソ連の支配下に組み込まれ、ルーマニア本国もソ連による占領の危機にさらされることになります。このため、劣勢のドイツ軍とともに対ソ戦を続けることに対して、国王以下、ルーマニア国内では不安が高まり、1944年8月22日、遂にクーデターが発生して、アントネスクは逮捕されました。そして、国王はドイツに対して宣戦を布告し、同年9月には連合諸国との休戦協定も結ばれました。
 
 この結果、国際法上、ルーマニアは日本とも交戦状態に突入し、第二次大戦後の1959年の国交回復まで、日本はルーマニアの“敵国”という状態になりました。

 なお、第2次大戦期のルーマニアをめぐる複雑な状況を反映したマテリアルについては、拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』でもいろいろとご紹介しておりますので、よろしかったら、ご覧いただけると幸いです。
 

 ★★★ 出版記念パーティーのご案内 ★★★

 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の刊行を記念して、ルーマニア民主革命20周年の記念日にあたる12月22日、下記のとおり出版記念パーティーを開催いたします。当日は、僕のトークのほか、日本におけるジプシー・バイオリンの第一人者、古館由佳子さん(当日は彼女のCDも販売します)による生演奏もお楽しみいただけますので、ぜひ、遊びに来てください。

      トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行      古館由佳子 古館由佳子さん

 ・日時 2009年12月22日 18:30~

 ・会場 レストラン・ルーマニア(本格的ルーマニア料理のレストランです。)
     *東京都中野区本町1-32-24(東京メトロおよび都営地下鉄中野坂上駅1分)
      tel: 03-5334-5341 地図などはこちらをご覧ください。
      料理は下の画像のようなイメージで、ブッフェ・スタイルです。
      ルーマニアのワイン(もちろん飲み放題)も出ます。

       ルーマニア料理

 ・会費 7000円(『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』1冊つき)
     *当日会場にてお支払いをお願いいたします。

 ・参加ご希望の方は、12月18日までにキュリオマガジン編集部まで、電子メール(info@fujimint.com)にてお申し込みください。たくさんの方々のお越しを心よりお待ちしております。

 
 ★★★ 内藤陽介の最新刊、まもなく刊行! ★★★

  総項目数552 総ページ数2256  
  戦後記念切手の“読む事典”(全7巻) 12月15日、ついに完結!

       昭和終焉の時代  『昭和終焉の時代』 日本郵趣出版 2700円(税込)

 2001年のシリーズ第1巻『濫造濫発の時代』から9年。<解説・戦後記念切手>の最終巻となる第7巻は、1985年の「放送大学開学」から1988年の「世界人権宣言40周年年」まで、NTT発足や国鉄の分割民営化、青函トンネルならびに瀬戸大橋の開通など、昭和末期の重大な出来事にまつわる記念切手を含め、昭和最後の4年間の全記念・特殊切手を詳細に解説。
 さらに、巻末には、シリーズ全7巻で掲載の全記念特殊切手の発行データも採録。

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 ルーマニア大統領といえば…
2009-12-07 Mon 17:42
 きのう(6日)行われたルーマニア大統領選の決選投票は、現職のバセスク大統領が得票率50.33%、野党・社会民主党党首のジョアナ元外相が49.66%とまれにみる大接戦で、バセスク大統領の再選が決まりました。というわけで、ルーマニアの大統領ということで、定番のこの人の切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      チャウシェスク

 これは、1988年に発行されたチャウシェスク生誕70年の記念切手です。

 ニコラエ・チャウシェスクは1918年1月26日、ルーマニア南部のオルト県の出身で、第二次大戦以前は非合法だったルーマニア共産党に参加し、度々投獄を経験しています。第二次世界大戦後、ソ連の占領の下でルーマニアが共産主義化されると、党書記長にして国家評議会議長(国家元首)だったゲオルグ・ゲオルギウ・デジの側近として頭角を現し、デジの死後、共産党の書記長に就任しました。

 当時のルーマニアは産油国という立場のゆえにソ連とも一定の距離を維持する独自外交を行っていました。特に、1968年のいわゆる“プラハの春”に際して、ソ連を中核とするワルシャワ条約機構軍がチェコスロヴァキアに侵攻した際、チャウシェスクはこれに加担せずソ連を非難し、国民の喝采を浴びました。以後、“ソ連の脅威”を煽ることで国内の団結を図ることが独裁政権の基本スタイルとなりました。

 その一方で、1970年代初頭からチャウシェスクは次第に独裁の度合いを強め、国民に対して個人崇拝を強制するようになっていきます。そのきっかけとなったのは、1971年の中国・北朝鮮歴訪で、かの地で毛沢東ないしは金日成に対する異常な個人崇拝やマスゲームなどを目にしたチャウシェスクは、自国でもこれと同じことを行うべく、帰国後の同年7月、“ルーマニア文化大革命”を発動。秘密警察(セクリタテア)を動員した思想・文化の統制を強めていきました。1974年の大統領制導入もこうした文脈に沿って行われたもので、当然、初代大統領にはチャウシェスク本人が就任しています。

 チャウシェスクの推進した経済政策は、石油に依存する非効率なもので、極端な重工業至上主義によって建てられた各種の大規模コンビナートを運営していくためには、国内産の原油だけでは足りず、輸入燃料も必要であったことなどから、1977年以降、ルーマニアは石油の輸入国に転落し、対外債務も雪だるま式に膨らんでいきます。さらに1970年代末の農業の不作でルーマニア経済は深刻な状況に陥りましたが、個人崇拝の魔力に魅せられたチャウシェスク政権は、1984年に黒海=ドナウ運河が完成すると、北朝鮮にならった大規模な首都改造事業に乗り出し、国庫を濫費していきます。その一方で、1985年には電力非常事態宣言を発し、街灯を半減させ、テレビ放送は一日二時間に制限するという極端な“節電”を実行したほか、対外債務返済のための強引な“飢餓輸出”政策を遂行。国民生活は大きく圧迫され、国民は不満を鬱積させましたが、チャウシェスク政権は秘密警察を動員してそれを強引に抑え込んでいました。

 こうした体制は、いまから20年前の1989年12月の民主革命によってチャウシェスク政権が打倒されるまで続くことになります。

 まぁ、2人の有力な候補が大統領の座をめぐって争い、ともに開票直後に勝利宣言を発するほどの接戦を演じたということは、それ自体、この国でも公正な選挙が行われるようになったことを意味しているといってもよいでしょう。特に、今回の選挙結果に対して、野党側は「不正が行われた証拠がある」として異議申し立てを行う方針だそうですが、そもそも、不正な選挙しか行われていなかったチャウシェスク時代には異議申し立てを行うことは、そのまま、死を覚悟しなければならないことだったろうと思います。とはいえ、ルーマニア経済が昨年のリーマンショックに端を発した国際金融危機の直撃を受け、国際通貨基金(IMF)の支援を仰いでいるという状況では、民主的に選ばれたものの政権基盤の弱い大統領よりは、多少のことに目をつむってでも“強いリーダー”を待望する国民というのも、案外、少なくないかもしれませんが…。

 なお、1989年のルーマニア革命については、拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』でも詳しく取り上げておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 出版記念パーティーのご案内 ★★★

 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の刊行を記念して、ルーマニア民主革命20周年の記念日にあたる12月22日、下記のとおり出版記念パーティーを開催いたします。当日は、僕のトークのほか、日本におけるジプシー・バイオリンの第一人者、古館由佳子さん(当日は彼女のCDも販売します)による生演奏もお楽しみいただけますので、ぜひ、遊びに来てください。

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 ・日時 2009年12月22日 18:30~

 ・会場 レストラン・ルーマニア(本格的ルーマニア料理のレストランです。)
     *東京都中野区本町1-32-24(東京メトロおよび都営地下鉄中野坂上駅1分)
      tel: 03-5334-5341 地図などはこちらをご覧ください。
      料理は下の画像のようなイメージで、ブッフェ・スタイルです。
      ルーマニアのワイン(もちろん飲み放題)も出ます。

       ルーマニア料理

 ・会費 7000円(『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』1冊つき)
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 ★★★ 内藤陽介の最新刊、まもなく刊行! ★★★

  総項目数552 総ページ数2256  
  戦後記念切手の“読む事典”(全7巻) 12月15日、ついに完結!

       昭和終焉の時代  『昭和終焉の時代』 日本郵趣出版 2700円(税込)

 2001年のシリーズ第1巻『濫造濫発の時代』から9年。<解説・戦後記念切手>の最終巻となる第7巻は、1985年の「放送大学開学」から1988年の「世界人権宣言40周年年」まで、NTT発足や国鉄の分割民営化、青函トンネルならびに瀬戸大橋の開通など、昭和末期の重大な出来事にまつわる記念切手を含め、昭和最後の4年間の全記念・特殊切手を詳細に解説。
 さらに、巻末には、シリーズ全7巻で掲載の全記念特殊切手の発行データも採録。

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 昭和終焉の時代
2009-12-06 Sun 11:06
 以前からこのブログでもご案内のとおり、12月15日付で<解説・戦後記念切手>シリーズの第7巻として、日本郵趣出版(出版元の特設HPはこちらです)から『昭和終焉の時代 1985-1988』が刊行となります。その現物が出来上がってきましたので、あらためてご挨拶申し上げます。(画像は表紙カバーのイメージ。クリックで拡大されます)

      昭和終焉の時代

 <解説・戦後記念切手>シリーズは、1946年以降に発行された記念・特殊切手(ただし公園・年賀切手を除く)について、切手発行の経緯やデザイン、当時の人々の評判などの情報を網羅的にまとめた“読む事典”です。2001年の刊行以来、昨年までに刊行した第1~6巻では、1946年12月の「郵便創始75年」から1985年3月の「国際科学技術博覧会(つくば博)」までを採録しましたが、今回の第7巻は、それを引き継ぎ、1985年4月の「放送大学開学」から1988年12月の「世界人権宣言40周年年」まで、昭和最後の4年間の全記念切手についてまとめました。

 “戦後”という言葉は、単純にいえば「戦争の終わった後」という意味です。わが国の場合、直近の戦争といえば、いわゆる“昭和の戦争”ですから、理論上、“戦後”の範囲は、昭和の戦争が終わったとされる1945年以降、現在までをカバーすることになります。とはいえ、実際には、1989年1月に昭和が終わり、平成の御代が始まったことで“戦後”という時代もとりあえず一区切りとして、それ以降は“平成”として別途まとめる方が良いような気がします。

 じっさい、日本の切手・郵便(制度)史という観点からしても、1989年は4月1日からの消費税導入に伴う料金改定や“ふるさと切手”の発行など、ひとつの時代の区切りとなっています。また、広く世界史的に見ても、1989年という年は、中国での天安門事件“ベルリンの壁”崩壊に続く東西冷戦の終結など、大きな転換点であったといってよいでしょう。

 したがって、<解説・戦後記念切手>シリーズも、とりあえず、昭和の末までをカバーすることで一つの区切りとし、総項目数552、総ページ数2256という、戦後記念切手の“読む事典”として完結することといたしました。いままで8年間にわたりご支援・ご協力いただきました皆様には、あらためてお礼申し上げます。

 今回の拙著では、NTT発足や国鉄の分割民営化、青函トンネルならびに瀬戸大橋の開通など、昭和末期の重大な出来事にまつわる記念切手はもちろんのこと、

 中曽根首相の鶴の一声で決まった“東京サミット”の切手のデザインとは?
 昭和天皇御在位60年の記念切手に隠された政治的な意図とは?
 切手の原画を描くことでうつ病を克服した人物とは?
 もともとは無料だったのに、現在8000円の市価がついているお宝切手とは?
 
 といったエピソードもご紹介しております。

 また、本書はシリーズ最終巻でもありますので、全7巻で掲載した、全ての記念切手の発行データを収録しております。コンサイス版の記念切手リストとしてもご活用いただけると幸いです。

 奥付上の刊行日は12月15日ですが、一部切手商の店頭などでは、早ければ今週中には実物をご覧いただけると思います。書店等でも実物をお見かけになりましたら、是非、お手にとってご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 出版記念パーティーのご案内 ★★★

 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の刊行を記念して、ルーマニア民主革命20周年の記念日にあたる12月22日、下記のとおり出版記念パーティーを開催いたします。当日は、僕のトークのほか、日本におけるジプシー・バイオリンの第一人者、古館由佳子さん(当日は彼女のCDも販売します)による生演奏もお楽しみいただけますので、ぜひ、遊びに来てください。

      トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行      古館由佳子 古館由佳子さん

 ・日時 2009年12月22日 18:30~

 ・会場 レストラン・ルーマニア(本格的ルーマニア料理のレストランです。)
     *東京都中野区本町1-32-24(東京メトロおよび都営地下鉄中野坂上駅1分)
      tel: 03-5334-5341 地図などはこちらをご覧ください。
      料理は下の画像のようなイメージで、ブッフェ・スタイルです。
      ルーマニアのワイン(もちろん飲み放題)も出ます。

       ルーマニア料理

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     *当日会場にてお支払いをお願いいたします。

 ・参加ご希望の方は、12月18日までにキュリオマガジン編集部まで、電子メール(info@fujimint.com)にてお申し込みください。たくさんの方々のお越しを心よりお待ちしております。
 
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 泰国郵便学(4)
2009-12-05 Sat 10:47
 ご報告がすっかり遅くなりましたが(すみません、うっかり忘れてました)、財団法人・日本タイ協会発行の『タイ国情報』第43巻第5号が刊行されています。きょうは国王陛下のお誕生日でもありますし、遅ればせながら、同誌に掲載されている僕の連載「泰国郵便学」の中からこの1枚をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

   タイ1899年シリーズ

 これは、タイの通常切手1899年シリーズの8アッツ切手です。肖像はもちろん、当時の国王ラーマ5世で、ライプツィヒのギーゼッケ・ウント・デヴリエント社が製造しました。

 当時、英仏に次ぐ第3の大国であったドイツとの関係を強化することは、列強のパワーバランスの隙間で生き残りを模索していたタイにとって重要な課題でしたが、そうした姿勢は、たとえば、鉄道建設事業においても象徴的に表れています。

 タイにおける鉄道建設は、1880年代半ばの漢族ホーに対する討伐に際して、従来の輸送システムでは内陸部への兵站の供給がきわめて非効率的であることが露呈したことから、その改善を目指して計画されました。さらに、時を同じくして、英仏両国がタイ領内を通過して雲南方面へと抜ける鉄道の建設を計画していたことから、それらが実現されればタイの北部が英仏両国の手に落ちる恐れもありました。特に、1893年のパークナーム事件に関して、“友好国”として頼みにしてきたイギリスがフランスによる領土の侵略を追認したことはタイに大きな衝撃を与えました。

 このため、タイとしては英仏両国に先んじてバンコクと地方を結ぶ鉄道を敷設する必要に迫られ、バンコク=コーラート(ナコーンラーチャシーマー)間の鉄道建設が計画されます。その際、建設工事を通じて英仏両国の影響力が強まってしまっては元も子もないので、ドイツ人技師が多数雇用されました。そして、彼らの助力により、1897年3月26日、バンコク=アユッタヤー間に最初の国鉄路線が開通しました。

 ちなみに、ラーマ5世は鉄道開通直後の1897年4月から9ヵ月にも及ぶ欧州歴訪の旅に出ていますが、帰国後の1899年9月、タイ郵政は切手のデザインを一新し、ライプツィヒのギーゼッケ・ウント・デヴリエント社製の切手を発行しています。それ以前のタイの切手を製造していたウォータールー・アンド・サン社ならびにトーマス・デ・ラ・ルー社はいずれもイギリス企業でしたから、切手・郵便の面でも、1890年代を通じてドイツのプレゼンスが向上したといってよいでしょう。

 なお、1897年の国王の外遊は、東南アジアの植民地化が進行していく中で、植民地転落の危機を防ぐためにも、近代国家としてのタイの存在を列強諸国に認識させるためのものでした。今回の記事では、国王の外遊をたどりながら、当時のタイとヨーロッパ諸国との関係についても解説していますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 出版記念パーティーのご案内 ★★★

 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の刊行を記念して、ルーマニア民主革命20周年の記念日にあたる12月22日、下記のとおり出版記念パーティーを開催いたします。当日は、僕のトークのほか、日本におけるジプシー・バイオリンの第一人者、古館由佳子さん(下の写真の女性。当日は彼女のCDも販売します)による生演奏もお楽しみいただけますので、ぜひ、遊びに来てください。

   古館由佳子     ルーマニア料理

 ・日時 2009年12月22日 18:30~

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     *東京都中野区本町1-32-24(東京メトロおよび都営地下鉄中野坂上駅1分)
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 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行:ルーマニアの古都を歩く』

   トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行   (彩流社 オールカラー190ページ 2800円+税)

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 鬱病を克服しての切手
2009-12-04 Fri 09:12
 厚生労働省が3年ごとに実施している患者調査(昨日発表)によると、鬱病(躁鬱病を含む)の患者数が初めて100万人を超えたそうです。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

   ふみの日(1988年・60円)

 これは、1988年の“ふみの日”切手の1枚で、鵜飼隆司の描いた「少女と手紙」が取り上げられています。この年の“ふみの日”切手は、1979年に“ふみの日”のキャンペーンが本格的に行われるようになってから10年目にあたっていたことから、記念事業の一環として切手の図案公募(“ふみの日”切手デザインコンクール)が行われ、従来通りの普通切手サイズの40円・60円の切手とは別に、記念切手サイズの40円・60円の切手にその優秀作品が採用されました。

 「少女と手紙」の作者・鵜飼は受賞当時29歳。高校卒業後、京都の友禅染の某大家に弟子入りしたものの、人間関係や住み込みの生活で神経をすり減らし、27歳のときに鬱病・対人恐怖症などの症状が出て、実家に戻っていました。その頃、気持ちを紛らわせようとはじめたのがパステル画で、1988年1月には岡崎で初の個展を開いています。

 こうした経緯があったため、彼の作品が切手に採用されることが決まると、メディアでは「障害を乗り越えての受賞」という見出しでこのことを報じています。現在では、患者数100万という数字からもわかるように、鬱病は誰しもかかりうる病気で“こころの風邪”とも呼ばれているほどですが、わずか20年前には世間の反応というのもかなり違っていたんですねぇ。

 さて、<解説・戦後記念切手>シリーズの第7巻(最終巻)として、今回ご紹介の切手を含む1985年4月から昭和末までの記念・特殊切手を取り扱った『昭和終焉の時代』(2700円)を12月15日付で刊行すべく、現在、準備を進めています。実物が出来上がってきましたらこのブログでもご案内いたしますが、内容等については、出版元特設HPもご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 出版記念パーティーのご案内 ★★★

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   古館由佳子     ルーマニア料理

 ・日時 2009年12月22日 18:30~

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      tel: 03-5334-5341 地図などはこちらをご覧ください。
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   トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行   (彩流社 オールカラー190ページ 2800円+税)

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 冷戦終結20年
2009-12-03 Thu 16:49
 1989年12月3日、地中海のマルタ島で、アメリカのジョージ・H・W・ブッシュ大統領とソ連のミハイル・ゴルバチョフ共産党書記長が会談し、第2次世界大戦末期のヤルタ会談に始まった米ソ冷戦の終結を宣言してから、きょうでちょうど20年です。というわけで、ストレートにこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 マルタ会談

 これは、1989年12月2日、米ソ首脳会談の舞台となったマルタが発行した会談の記念切手で、マルタ島の地図を中心に、ブッシュ(左)とゴルバチョフ(右)の写真が配されています。

 1989年のマルタ会談は、東欧社会主義諸国の崩壊を受けて、東西冷戦終結後の国際秩序の枠組みについて討議することが目的でした。具体的な議題としては、①軍備管理・軍縮問題、②東欧問題、③ドイツ再統一問題、④ソ連経済問題、⑤中米紛争問題が中心で、冷戦の終結宣言は会議2日目(最終日)の12月3日のことです。

 会談のきっかけとなったとされる11月9日のベルリンの壁崩壊から12月初のマルタ会談までは、ひと月足らず。そう考えると、なんとなく、切手の出来栄えが急ごしらえな感じなのもうなずけます。

 なお、マルタで“冷戦終結”が宣言された12月3日の時点では、ルーマニアの独裁者チャウシェスクは依然として体制維持に自信を持っていましたが、同月17日のティミショアラ事件をきっかけに国民の怒りが爆発。12月22日には政権を追われることになります。

 拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』では、そうした1989年12月のルーマニア革命の経緯についても詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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   古館由佳子     ルーマニア料理

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     *東京都中野区本町1-32-24(東京メトロおよび都営地下鉄中野坂上駅1分)
      tel: 03-5334-5341 地図などはこちらをご覧ください。
      料理は上の画像のようなイメージで、ブッフェ・スタイルになります。

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 ・参加ご希望の方は、12月18日までにキュリオマガジン編集部まで、電子メール(info@fujimint.com)にてお申し込みください。たくさんの方々のお越しを心よりお待ちしております。
 

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 北朝鮮のデノミ
2009-12-02 Wed 14:29
 韓国政府筋が昨日(1日)明らかにしたところによると、一昨日(11月30日)、北朝鮮が突如デノミを実施し、旧通貨と新通貨を100対1のレートで、6日まで交換に応じるとしているそうです。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

   北朝鮮通貨改革カバー   北朝鮮通貨改革カバー(裏)

 これは、1960年2月13日、平壌からポーランドのワルシャワ宛てに差し出されたカバーで、1958年7月4日に発行された第1回世界労連青年労働者会議の10ウォン切手と、1959年11月5日に発行された5チョンの鉄道切手2枚が貼られています。カバーの裏面に描かれた金剛山の水彩画が綺麗なので、裏面の画像もあわせて貼っておきます。

 北朝鮮では、いままでにも、1947年、1959年、1979年、1992年の計4回、新紙幣発行などの“通貨改革”を行っていますが、100分の1のデノミを行うのは1959年以来50年ぶりのことです。

 1959年の通貨改革は、同年2月13日、新しい貨幣の発行に関する法令「内閣決議第11号」により、旧100ウォンを新1ウォンとする通貨改革として実施されました。ちなみに、ウォンは漢字で書くと円、チョンは銭ですから、旧1円が新1銭に相当すると考えるとわかりやすいかもしれません。

 この通貨改革は、朝鮮戦争後のインフレに対応したものといわれており、新たに、50チョン、1ウォン、5ウォン、10ウォン、50ウォン、100ウォンの新銀行券、1チョン、5チョン、10チョンの新硬貨が発行されました。同時に、貨幣発行機関の名称も、従来の“北朝鮮中央銀行”から“朝鮮中央銀行”へと変更されています。この結果、旧来の北朝鮮中央銀行券は流通停止となり、 1959年2月13日から2月17日までの間、新貨幣と100対1の比率で交換が行われています。

 なお、通貨改革後も、公衆手持分の旧通貨切手は当面有効とされたため、旧通貨額面の切手の中には新通貨額面に換算して使用された例も残されています。今回ご紹介のカバーもその一例で旧10ウォン額面の切手は、新10チョン相当として使われました。

 さて、北朝鮮では、2002年に市場経済を限定的に導入しましたが、その結果、当時44ウォンだったコメ1キロの値段は現在2200-2400ウォンまで暴騰しています。今回のデノミは、こうしたインフレに対処するというのが大義名分ですが、同時に、自由市場での商取引を通じて資金を蓄えている個人層の資産を事実上没収する意図もあるとみられています。1世帯あたりの交換額の上限が、1世帯の月々の生活費にほぼ相当する10万ウォンまでに限られていることも、そうした“没収”説を裏付けるものといえそうです。

 いやはや、ひどい国ですな。


 ★★★ 出版記念パーティーのご案内 ★★★

 『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』の刊行を記念して、ルーマニア民主革命20周年の記念日にあたる12月22日、下記のとおり出版記念パーティーを開催いたします。当日は、僕のトークのほか、日本におけるジプシー・バイオリンの第一人者、古館由佳子さん(下の写真の女性。当日は彼女のCDも販売します)による生演奏もお楽しみいただけますので、ぜひ、遊びに来てください。

   古館由佳子     ルーマニア料理

 ・日時 2009年12月22日 18:30~

 ・会場 レストラン・ルーマニア(本格的ルーマニア料理のレストランです。)
     *東京都中野区本町1-32-24(東京メトロおよび都営地下鉄中野坂上駅1分)
      tel: 03-5334-5341 地図などはこちらをご覧ください。
      料理は上の画像のようなイメージで、ブッフェ・スタイルになります。

 ・会費 7000円(『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』1冊つき)
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