内藤陽介 Yosuke NAITO
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 表紙の切手
2010-11-30 Tue 13:18
 きょう(30日)は、拙著『マカオ紀行』の奥付上の刊行日です。というわけで、プロフィール画像にも使っている表紙カバーについて、少しご説明しておきましょう。(以下、画像はクリックで拡大されます)
 
        マカオ・航海図     ザビエル教会・聖母子像

 まず、今回の拙著では、東西文明が出会う場所としてのマカオの性格を強調したかったので、ポルトガルの大航海時代を連想させる要素を盛り込もうと考えました。そこで、担当編集者・デザイナーとも相談の上、背景には、1990年にマカオで発行された「ポルトガルの航海図」を描く小型シート(左の画像)を薄く敷いて、その切手部分には、マカオの歴史をイメージさせるものとして、教会や宗教美術に関するモノを入れてみようということになりました。

 ただ、教会やキリスト教美術の切手は、漢字で“澳門”と表示されていても、全体的に西洋的な色彩が強く、背景の航海図とあわせると、東西の東の部分が弱くなってしまいます。そこで、切手には取り上げられておらず、世界遺産でもないのですが、コロアネ島南部の聖フランシスコ・ザビエル教会に飾られていた、媽祖風の聖母子像(右の画像)を組み合わせてみました。その結果、できあがったのが下のデザインです。

        マカオ紀行・表紙カバー           
 
 なお、裏表紙には、本書で取り上げた世界遺産の写真をインデックスがわりに並べてみました。

 本文はオールカラーで、今回は初めて横組を採用してみました。読者の皆様に長くお付き合いいただけるよう、落ち着いた感じの本に仕上げたつもりですので、書店などで現物を見かけたら、ぜひ、お手にとってご覧いただけると幸いです。
 

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 議会開設120年
2010-11-29 Mon 10:46
 1890年11月29日に大日本帝国憲法が施行され、それに伴い、第1回帝国議会が開かれてから、きょうでちょうど120年です。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        議会開設70年(5円)

 これは、1960年12月24日に発行された“議会開設70年”の記念切手のうち、国会議事堂と星(70年の星霜をイメージして、70の星が散りばめられています)を描いた5円切手です。

 1890年11月29日、わが国最初(というよりもアジア最初)の議会として、第一回帝国議会の開院式が、東京日比谷の内幸町にあった仮議事堂の貴族院の議場で行われました。ちなみに、この仮議事堂は、翌1891年1月、火災により焼失しており、現存していません。現在の議事堂は、1918年から19年の歳月をかけて、1936年に完成したものです。

 戦前の帝国議会は、衆議院と貴族院(皇族・華族と天皇の名で任じられた勅任議員で構成)で構成されていました。また、主権者はあくまでも天皇であり、議会は天皇をサポートするための機関(ただし、天皇は立法権の行使にあたって議会の審議・承認を経なければなりませんでしたが…)とされていました。

 これに対して、戦後の日本国憲法では、帝国議会は、“国権の最高機関”である国会と改称されました。そして、国民の選挙によって選ばれた議員から構成されることになり、貴族院が廃止され、衆議院と参議院の二院制になっていることは周知のとおりです。

 1959年12月、衆参両院の事務次長が連名で郵務局長宛に、翌1960年に議会開設70年の記念切手を発行するよう申請。1960年1月の郵政審議会専門委員会で、同年11月29日に行われる予定の記念式典にあわせて記念切手を発行する事が決定されました。

 これを受けて、切手制作の実務的な作業が開始され、7月27日には完成した原画が印刷局に渡され、10月12日には正式の試刷も完成し、式典当日の記念切手発行に向けて、着々と準備が進められます。

 ところが、今回の記念切手は、思わぬ事情から、発行日が延期されてしまいます。

 すなわち、この切手が発行された1960年は、いわゆる安保闘争の年で、6月19日の日米新安保条約の自動成立を受けて、岸信介内閣は総辞職していました。その後、7月19日に後継総理となった池田勇人は、安保闘争の興奮を収拾し、国民の感情的な亀裂を修復するために、10月23日、衆議院を解散します。

 その選挙の影響で、11月29日に予定されていた記念式典は、当初の予定通りに行うことが困難になってしまいました。このため、解散翌日の10月24日、衆議院総務課長から郵政省宛に、記念式典は総選挙後に行うので、発行日を延期してほしいとの要請が入ります。

 これに対して、郵政サイドは、すでに刷り上った記念切手のシート上部の耳紙には切手の発行日がしっかりと印刷されており、発行日の変更は困難であるとして抵抗しましたが、結局、記念切手の発行延期を承諾。耳紙の発行日の部分に二重線を加刷して抹消する時間的な余裕もなかったことから、発行日と記念銘の印刷された部分耳紙を裁断して、発売するということで問題の決着がはかられました。なお、完封に印刷されていた当初予定の“昭和35年11月29日”という日付は、二重線の加刷で抹消された後、各郵便局に配給となっています。

 こうして、12月24日、当初の予定よりほぼ1ヶ月遅れて、参議院本会議場に昭和天皇ご夫妻をむかえて記念式典が行われたのにあわせて記念切手が発行され、同日午後、郵政大臣(小金義照)から衆参両院の正副議長に額装された記念切手を送る贈呈式が国会内で行われました。

 さて、きょうは国会で議会開設120年の記念イベントが行われるそうですが、朝鮮半島情勢が緊張の度合いを高める中で、「沖縄県知事選が終わるまでは…」と先延ばしにしていた普天間問題も、きのう、現職の仲井間知事が再選されたことで速やかな対応を迫られることになりますし、景気と雇用は深刻な状況が続いたままです。そういう状況の中で、よくもまぁ呑気に記念式典などやっていられるものだと寒心感心してしまいます。先日辞任に追い込まれた柳田前法相の国会軽視発言もそうですが、どうやら、そういう厚顔無恥人間でないと、国会議員という職業は務まらないということなのでしょう。もちろん、そういう連中を選んでしまうのは、われわれ国民の責任でもあるのですが、そうであればこそ、国会議員と閣僚にもリコール制度を導入してほしいと思うのは僕だけでしょうかねぇ。


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 米韓合同演習はじまる
2010-11-28 Sun 16:06
 北朝鮮が韓国・延坪島を砲撃して朝鮮半島の緊張が高まる中、きょう(28日)からアメリカと韓国の合同軍事演習が朝鮮半島西側の黄海で始まりました。これに対して、北朝鮮の“後見役”である中国は演習に反対の姿勢を示しており、外交政策を統括する国務委員の戴秉国(先日、尖閣の問題で北京駐在の日本大使を深夜に呼びつけた無礼者)が急遽韓国入りして李明博大統領と会見するなど、彼らのいう“事態の鎮静化”に向けて慌ただしく動いています。というわけで、きょうはこんなものを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        中朝友好・カバー

 これは、1953年3月2日、平壌から当時の東ドイツ・ベルリン宛の航空便で、右上には、1952年6月に発行された“中朝友好”の切手が貼られています。

 北朝鮮による南侵で1950年6月25日に始まった朝鮮戦争は、当初、北朝鮮側が圧倒的に有利でしたが、同年9月、国連軍が仁川上陸作戦を成功させたことで形勢は逆転。翌10月には、国連軍は中朝国境の鴨緑江にまで迫り、北朝鮮は国家滅亡の危機に追い込まれました。

 これに対して、中国は“唇滅べば歯寒し”として人民志願軍を派遣。以後、朝鮮戦争は実質的に米中戦争となり、国連軍は38度線付近まで押し戻され、戦況は膠着状態に陥りました。その後、1953年7月には休戦協定が成立し、北朝鮮国家は韓国侵略の責任を問われることなく、その存続を是認されることになったため、以後、中朝関係を“血の盟約”、“血の友誼”と位置づけ、中国をソ連と同様、最も重要な盟邦と位置づけるようになったのは広く知られているとおりです。

 今回ご紹介のカバーに貼られている切手も、そうした中国の支援に感謝するために発行されたもので、中朝両国の国旗を背景に、共通の敵(韓国・国連軍)と戦う両国兵士が描かれています。中国古典絵画の美女を描く封筒もまた、当時の“中朝友好”ムードを反映したものといえそうですが、北朝鮮支援のために東ドイツから派遣されてきたと思しき差出人に、中国と朝鮮の区別がついていたのかどうかは、ちょっと微妙なところがありますな。

 さて、中国にとって、北朝鮮が韓国に駐留する米軍に対する緩衝材としての役割を担っていることはいまも昔も変わりません。彼らが瀕死の北朝鮮国家を支え、黄海での米韓軍事演習に反対するのも、一義的には、そのためです。中国側は、今回の演習で空母が黄海に入れば首都・北京への攻撃が可能となるとも主張しているようですが、わが国の主要都市に向けて核ミサイルの照準を合わせている国の発言とはとうてい思えませんな。これで彼らが「己の欲せざるところ、人に施す勿れ」という孔子の言葉を思い出してくれればいいのですが、まぁ、外交というのは、国益のためには相手の嫌がることを積極的にやるのが王道ですからねぇ。福田元首相のように、無邪気に「隣国の嫌がることはしない」と言い放ってしまうほうが、国際社会では愚か者なのだという自覚は持っておいた方が良さそうです。


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 レソトの馬
2010-11-27 Sat 11:27
 きのう(26日)、陛下への信任状奉呈式へ向かうため、レソト王国の男性大使が乗っていた馬車を護衛していた警視庁騎馬隊の馬が暴れだし、乗っていた第3方面交通機動隊の男性巡査部長が落馬して、約30メートル引きずられました。巡査部長は首の骨を折るなどの重傷ですが、さいわい命に別条はないということです。巡査部長にはお気の毒ですが、こういう機会でもないと、レソトが日本のメディアに取り上げられることもないので、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        レソト・1966年加刷

 これは、レソト独立直後の1966年11月1日に発行された2セント切手で、英領バストランド時代の切手にレソトの国名が加刷されています。

 レソトは周囲を南アフリカ共和国に囲まれた内陸国で、国名は“ソト語を話す人々”という意味です。

 18世紀末、金やダイヤモンドの鉱脈を狙ってアフリカ南部に到来したイギリス人は、すでにこの地に住んでいたオランダ系のボーア人と戦い、ナポレオン戦争中の1795年、ケープタウンを占領。1806年には、ケープ植民地全体を接収します。
 
 ナポレオン戦争後の1815年、ケープ植民地は正式にオランダからイギリスへ譲渡されました。これに伴い、イギリス人の移民が大量に流入。ボーア人は自らを“アフリカーナー”と称して、イギリスの圧迫を逃れて北東部の奥地へ大移動を開始し、先住アフリカ人諸民族と戦いながらトランスヴァール共和国やオレンジ自由国、ナタール共和国を建国しました。

 これに対して、現在の南アフリカ共和国北部に居住していたソト族は、ボーア人の進入に対抗するため、イギリスの保護を受けるようになり、1868年、その居住地域はイギリスの保護領として英領バストランドとなりました。

 1871年、バストランドはイギリスの保護領から植民地となり、翌1872年、現在のレソトの首都であるマセル等にイギリスの郵便局が設けられました。英領ケープ植民地の切手が持ち込まれて使用されるようになったのは、1876年ごろのことです。

 その後、1884年には植民地から保護領にもどり、南アフリカ連邦が発足した1910年からは南ア連邦の切手が使用されました。バストランドとしての独自の正刷切手が発行されるようになったのは、1933年のことでした。

 1959年、イギリスから自治が認められますが、これに伴い、通貨単位もそれまでのポンドからランドに変更されます。今回ご紹介の切手の台切手は、1954年に発行された2ペンス切手の額面を2セントに変更して1961年2月14日に発行したもので、現地住民の乗馬風景が描かれています。レソトの領域は全土の標高が1400mを超えており、“アフリカのスイス”とも呼ばれていますが、切手に描かれた民族衣装はいかにも高地の住民といった風情ですな。

 バストランドは、1965年の自治政府時代を経て、翌1966年10月4日、レソト王国として独立。英連邦に加盟します。今回ご紹介の切手はそれにあわせて発行された通常切手ですが、独立レソトの切手としては、独立当日に発行された記念切手の方が先になります。

 2000年以降、レソトではアメリカ市場向けの繊維産業誘致に成功し、年率3%を超える経済成長を果たしているのだとか。アメリカに旅行してお土産にTシャツを買ってみたら、メイド・イン・レソトだったということもあるかもしれませんね。


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 マカオの大堂(主教座堂)
2010-11-26 Fri 12:24
 中国河北省承徳市で、今月20日、中国政府公認の宗教団体“中国カトリック愛国会”がバチカンの承認なしに独自に選んだ承徳地区の司教を任命した問題で、24日、バチカンは問題の神父(郭金才)を破門しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        大堂(不発行)     大堂(実物)

 左側の画像は、1976年、マカオで“マカオにおける教会400年”として準備されたものの、発行予定日直前になって、急遽、発行中止となった切手で、マカオの“大堂(主教座堂)”が描かれています。なお、右側は実際の大堂の写真です。

 キリスト教では、一定の地域にある教会をまとめた教会行政上の単位を“教区”といいます。教区を監督する聖職者のことを、日本語では、カトリックの場合は“司教”、正教会や聖公会では“主教”と呼び分けていますが、中国語の場合はどちらも“主教”として区別しません。

 さて、カトリック教会では司教の印として、司教冠や司教杖を使用し、司教が長を務める教会聖堂の内陣中央には司教が座るための椅子が置かれています。これが“司教座”であり、この司教座のある聖堂が“司教座聖堂”(カテドラル)ということになります。マカオの場合は、日本語でいう“司教”のことも“主教”となるから、“主教座堂”が他の地域でいう司教座聖堂と同じ意味になります。

 現在のマカオ教区の司教は黎鴻昇で、2003年に就任しました。マカオ教区の司教に地元で生まれ育った人物が就任するのは初めてのことで、“中国人”としては2人目のことです。もちろん、黎の場合はバチカンが承認した人事ですから、問題はありません。なお、黎は中国に対しても是々非々で臨む人物で、特に、マカオ政庁の汚職問題について激しい批判を展開していることでも知られています。

 さて、マカオの大堂は、もともとは、1576年に聖ラザロ(イエスによって墓場から蘇ったとされる人物)を祀る教会として創建されました。当初は木造でしたが、度重なる台風の襲来など風雨にさらされ損傷が激しくなったため、1849年に現在の規模に改築。さらに、1937年に再度改築が施され、現在の壮麗な外観となりました。

 なお、大堂内部には見事なステンドグラスがあり、それらは切手にも取り上げられています。そうした切手と実際のステンドグラスについては、拙著『マカオ紀行』でもご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。   


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 暁の寺
2010-11-25 Thu 20:27
 三島由紀夫が1970年11月25日に市谷で自決してから、きょうでちょうど40年です。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        タイ1905年シリーズ

 これは、タイの1905年シリーズの3アッタース切手で、国王の肖像を描いたメダルをタイ人の子供2人が捧げ持ち、背後に三島由紀夫の「暁の寺」で有名なワット・アルンが描かれています。このブログでも、いままで、この切手を台切手とした加刷切手はご紹介したことがありますが、無加刷切手は取り上げたことがありませんでしたので、この機会にご紹介することにしました。

 ワット・アルンはアユタヤ王朝時代に建立されましたが、当初は、ワット・マコークと呼ばれる小さな寺にすぎませんでした。それが、トンブリー王朝時代の1779年、タークシン王の部将だったチャオプラヤー・チャクリーがビエンチャンから戦利品として持ち帰ったエメラルド仏を祀る王室寺院となって一挙に寺格が上昇。その後、1782年にラタナコーシン王朝を開いたチャオプラヤー・チャクリーは王都を対岸に移し、エメラルド仏も王宮内の寺院に移りましたが、続くラーマ2世の個人的な保護を受け、1820年、ヒンドゥーの暁の神、アルーナにちなんで、ワット・アルンラーチャターラームと改称されました。現在の名前になったのはラーマ4世の時代のことです。

 寺院のシンボルとなっている大仏塔は19世紀に入り、ラーマ2世の時代になってから建設が始まり、次のラーマ3世の時代になって完成しました。水面からの高さ75メートル。中心の大塔を4つの小塔が取り囲む構造は、須弥山(仏教の世界観で世界の中心にそびえる山)を表現したものだといわれており、大塔の表面は色鮮やかなタイルで覆いつくされています。

 三島由紀夫の小説『暁の寺――豊饒の海 三』では、チャオプラヤー川から望む大仏塔の姿は以下のように描写されています。

 近づくにつれて、この塔は無数の赤絵青絵の支那皿を隈なく鏤めているのが知られた。いくつかの階層が欄干に区切られ、一層の欄干は茶、二層は緑、三層は紫紺であつた。嵌め込まれた数知れぬ皿は花を象り、あるひは黄の小皿を花心として、そのまはりに皿の花弁がひらいてゐた。あるひは薄紫の盃を伏せた花心に、錦手の皿の花弁を配したのが、空高くつづいてゐた。葉は悉く瓦であつた。そして頂きからは白象たちの鼻が四方へ垂れてゐた。
 塔の重層感、重複感は息苦しいほどであつた。色彩と光輝に満ちた高さが、幾重にも刻まれて、頂きに向かつて細まるさまは、幾重の夢が頭上からのしかかつて来るかのやうである。すこぶる急な階段の蹴込も隙間なく花紋で埋められ、それぞれの層を浮彫の人面鳥が支へている。一層一層が幾重の夢、幾重の期待、幾重の祈りで押しつぶされながら、なほ累積し累積して、空へ向かつて躙り寄つて成した極彩色の塔。
 メナムの対岸から射し初めた暁の光を、その百千の皿は百千の小さな鏡面となつてすばやくとらへ、巨大な螺鈿細工はかしましく輝きだした。

 さて、今回ご紹介の切手は、1905年12月から使用されたもので、前シリーズの1899年シリーズ同様、ドイツ・ライプツィヒのギーゼッケ・ウント・デヴリエント社で製造されました。

 ちなみに、この切手は、仏教関係の題材を取り上げた世界最初の切手です。タイは1893年以降、世界各国に対してタイ文字版『三蔵経』の配布を開始し、タイにも西洋キリスト教社会の『聖書』に匹敵する精神的支柱が存在することを示すとともに、自国の近代性をアピールしようとしていますが、この切手の発行も、こうしたタイの宣伝戦略の延長線上にあったとみなすことができます。

 なお、ワット・アルンとその切手については、切手紀行シリーズ第1巻の拙著『タイ三都周郵記』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 虎退治
2010-11-24 Wed 15:32
 ロシアのサンクトペテルブルクで今月21日から開かれていた初の「世界トラサミット」(国際トラ会議)は、きのう(23日)の全体会合で、現在世界で3500頭程度とされる野生のトラを2022年までの12年間で倍増させる目標を盛り込んだ「サンクトペテルブルク宣言」を採択しました。というわけで、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

        豹皮の騎士

 これは、1966年にロシアで発行された『豹皮の騎士』の切手で、騎士がトラとライオンを退治する場面が描かれています。

 『豹皮の騎士』は、グルジアの詩人、ショタ・ルスタヴェリが12世紀から13世紀にかけて書いたグルジア語の長編叙事詩で、当時のグルジアの女王タマルに捧げられました。その内容は、アラブの王ロステワンの家臣アフタンディルが旅先でインドの王子タリエル(豹皮の騎士)と出会い、タリエルがインドの王女ネスタン・ダレジャンを捜し求めるのを助け、自身もアラブの王女ティナティンと結ばれるまでを描写。グルジアを代表する古典文学の傑作として、日本語を含む各国語に訳されています。

 ちなみに、日本語訳は当初、袋一平によって、ロシア語からの重訳として刊行されましたが、そのタイトルは“豹皮”ではなく、『虎皮の騎士』(理論社版)ないしは『虎の皮を着た勇士』(講談社版)となっています。切手のデザインも、騎士が戦っているのは豹ではなく、どう見ても虎のようです。恥ずかしながら、僕はロシア語もグルジア語もわからないのですが、あるいは、オリジナルのグルジア語では虎と豹を区別していたに対して、ロシア語では両者の区別があいまいということなのかもしれません。

 さて、今回のトラサミットには、絶滅が危惧されているトラが生息する13ヵ国の首相や専門家が参加しましたが、その中には、ロシアのプーチン首相はもちろんのこと、中国の温家宝首相も参加しています。時差の関係から、全体会議が行われたのは、北朝鮮による砲撃の後でしょうから、おそらく、サミット参加者の間では、北朝鮮にも困ったものだという会話が交わされたんでしょうなぁ。まぁ、中国とロシアには、北朝鮮の後見役として、かの国をつけあがらせてきた過去がありますから、この際、両国で責任を持って現代の“虎退治”をやってほしいものです。


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 北朝鮮が延坪島に砲撃
2010-11-23 Tue 19:30
 きょう(23日)の午後2時半ごろ、北朝鮮黄海南道の海岸砲基地から韓国西方の延坪島に数十発の砲撃があり、韓国は対応射撃を実施。韓国軍兵士2名が死亡したほか、住民にも死傷者が数十人発生したそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        韓国・赤十字募金

 これは、朝鮮戦争の休戦後まもない1953年8月1日に発行された赤十字募金の切手の1枚で、負傷した兵士を支える看護婦が描かれています。韓国としては最初の寄付金付き切手で、10ファンの額面に5ファンの寄付金を上乗せして15ファンで販売されました。

 北朝鮮が砲撃を行った理由については、現時点では明らかになっていませんが、一部には、韓国側による軍事演習に反発したものとも、また、金正日の後継者に確定した金正恩の実績づくりを兼ねて、対外危機を演出することで、国内の結束を高める狙いがあるともいわれています。ただし、今回の北朝鮮側による攻撃は、韓国の領土にして、多数の一般国民が居住している地域に直接行われたもので、いままで南北間で繰り返されてきた小規模な軍事衝突とは明らかに次元が違っています。

 いわゆる1994年危機の時には、北朝鮮有事の際の米軍への協力の是非を巡って、当時、社会党や新党さきがけを含む連立政権を構成していた細川内閣は閣内不一致でどうにも身動きが取れなくなり、そのことが退陣の一因になったともいわれています。

 今回の事件が直ちに深刻な事態につながるとは言い切れないものの、こういうときに限って、わが国の命運を握っているのが菅政権ですからねぇ。実に不安ですな。


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 アイルランドが支援要請
2010-11-22 Mon 15:15
 深刻な財政難に陥っているアイルランドが21日夜(現地時間。日本時間では22日未明)、自力再建を断念し、欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)に財政支援を要請しました。これを受け、EUなどは支援を決定。今年5月のギリシャに次いでユーロ圏では2ヵ国目の救済国になります。というわけで、きょうはアイルランドの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        アイルランド自由国加刷

 これは、1922年に発行された“アイルランド自由国”加刷の切手です。

 1801年、グレートブリテンおよびアイルランド連合王国が成立すると、アイルランドは国外植民地としての自主性も失い、完全にイギリスに併合され、イギリスによるアイルランドの同化政策が進みました。これを不満として、アイルランドではイギリスからの分離・自治運動が激化。このため、1912年、アイルランド自治法案がイギリス下院に提出され、1914年9月に成立します。

 しかし、第一次世界大戦の勃発によりアイルランドの自治が凍結されたため、これを不満とする独立派は1916年の復活祭に“アイルランド共和国”の樹立を宣言し、武装蜂起しました。いわゆるイースター蜂起です。

 イースター蜂起はまもなく鎮圧されましたが、1918年の総選挙では独立派のシン・フェイン党が勝利し、1919年にアイルランド共和国の独立が宣言され、アイルランド独立戦争が勃発します。この結果、1921年、独立派とイギリスは英愛条約を結び、南部26州(南アイルランド)はイギリス国王を元首とする同君連合国家(ドミニオン)アイルランド自由国として分離することになりました。

 今回ご紹介の切手は、こうした状況の下で、1922年2月17日、イギリス切手に“アイルランド臨時政府(Rialtas Sealadach na hEireann) 1922”と加刷して発行されたもので、アイルランド自由国政府の正式発足までの移行期間の切手と使用されたものです。これに伴い、無加刷のイギリス切手は、1922年3月31日限りでアイルランドでの使用が禁止されました。ちなみに、アイルランド自由国 (Saorstat Eireann)加刷の切手が発行されたのは1922年12月11日のことです。

 その後、アイルランド自由国は1931年にウェストミンスター憲章が成立したことで、イギリスと同格の独立国(英連邦王国)となりましたが、1937年にはイギリス王冠から独立し、アイルランド(エール)と改称して共和制に移行。1949年にはイギリス連邦も離脱することになります。

 さて、ユーロ圏では、今回のアイルランドに続き、ポルトガルやスペインも巨額赤字に苦しんでおり、今後も金融市場で信用不安が消えなければ、ユーロ圏全体に危機的状況が波及する恐れがあるとされています。今年8月に刊行の拙著『事情のある国の切手ほど面白い』では、ユーロ圏での経済破綻の最初の国としてギリシャを取り上げましたが、同書の続編を作る機会があれば、ぜひとも、アイルランドについては1章を設けてみたいものです。


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 おかげさまで2000回
2010-11-21 Sun 11:44
 2005年6月からスタートしたこのブログですが、毎日1回ずつ更新していたら、今日の記事がちょうど2000回目になりました。日頃、このブログを応援していただいている皆様には、あらためて、この場をお借りしてお礼申し上げます。というわけで、“2000”に絡めて、こんなモノを持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

         マカオ・ミレニアム

 これは、2000年1月にマカオで発行された“新紀元”の記念切手で、マカオタワーを挟んで、右側に20世紀初頭のマカオが、左側に現在並び未来のマカオが、それぞれ対比されています。シートの左上には、しっかりと“2000”の文字も入っています。

 マカオ・タワーは、カジノ王として知られる何鴻燊が、ニュージーランドのオークランドにあるスカイタワーに感銘を受けて建設したもので、高さ338メートル。展望台やレストラン、映画館、ショッピングモールが設けられているほか、電波塔としても用いられています。また、展望部分の外縁を歩ける“スカイウォーク”のツアーや世界一高い場所からのバンジージャンプができるとあって、日本のテレビのバラエティ番組でも時々登場するので、ご存知の方も多いと思います。

 タワーの建設工事は返還直前の1998年から始まり、正式にオープンしたのは返還後の2001年12月19日ですから、切手が発行された2000年1月1日の時点では、はたしてこのような外観がすでにできていたのかどうかは疑問ですが、まぁ、そのあたりは愛嬌でしょう。まぁ、現在、建設中のスカイツリーは未完成であるがゆえに多くの観光客を集めているという面もあるのですが、いま仮にスカイツリーの切手が発行されるとしたら、やはり、完成予想図を元にデザインが作成されるでしょうしね。

 さて、以前よりこのブログでご案内している新刊の拙著『マカオ紀行:世界遺産と歴史を歩く』ですが、いよいよ、今週木曜日・25日から一般書店での販売開始予定となっております。実物をお見かけになりましたら、ぜひ、お手にとってご覧いただけると幸いです。

 * 2000回という節目にあわせて、一般販売前ですが、プロフィール画像と最新刊情報(↓)を変更しました。


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 J1は名古屋が優勝
2010-11-20 Sat 22:06
 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)1部は、名古屋グランパスが初優勝を果たしました。というわけで、きょうは名古屋がらみの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

         めおとうさぎのもちつき

 これは、1986年12月1日に発行された昭和62年用の年賀切手で、名古屋人形の“めおとうさぎのもちつき”が取り上げられています。

 名古屋人形の起源については諸説ありますが、江戸期の古書や名古屋城三の丸から発掘された土人形などを考証した古谷哲之輔の研究によると、文化・文政年間(1804-30)ないしはそれ以前にさかのぼれるのではないかと考えられています。

 明治初年、廃藩によって禄を失った旧士族の伊藤友松は、熱田神宮の祭祀用土器の窯場であった御器所七本松で伏見人形の製法にならって人形を作り始めたと伝えられています。また、1882-83年頃、旧藩の同心であった野田重成は、熱田神宮の祭祀用の土器を製作・納入する権利を獲得し、伏見から帰った知人から伏見人形の製法を習いおぼえて、これに自己流のアレンジを加えて独自の人形を作り、これが名古屋人形のルーツになったとする説もあります。

 いずれにせよ、名古屋人形は旧士族の手によって発展し、明治30年代の最盛期には十数人の職人が技を競い合っていました。

 その後、大正末期から次第に衰退していったことにくわえ、第二次大戦末期の名古屋大空襲によって壊滅的な打撃を受け、戦後は制作者が野田家のみとなってしまいます。そして、1989年に野田家の当主であった末吉が亡くなり、明治以来の純粋な名古屋人形の伝統は廃絶してしまいました。

 切手に取り上げられた“めおとうさぎのもちつき”は、1974年の野田末吉の作品で、彩色がきめ細かく豊かで、素朴な美しさを持つ彼の作風がよく表現された一品として高く評価されています。

 さて、そろそろ年賀状の季節ですが、来年は卯年ですし、J1での名古屋優勝にちなんで、この切手をデザインするというのも悪くないかもしれません。ちなみに、この切手を含む昭和の年賀切手については、拙著『年賀切手』でも詳しく解説しております。年末年始のお伴として、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 二の酉
2010-11-19 Fri 12:35
 きょう(19日)は二の酉です。というわけで、一の酉のときと同様、新刊の拙著『マカオ紀行』にちなんで、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

         マカオ・シンガポール共同発行

 これは、、2008年に中国澳門とシンガポールが共同発行した小型シートで、セナド広場を背景にした保仔飯(ホントは保ではなく、保の下に火のつく字なのですが、パソコンででないので勘弁してください)とシンガポールの屋台村ラオ・パ・サを背景にしたチリ・クラブが並べて取り上げられています。

 保仔飯は、小さな土鍋に具を入れてひとつひとつ直火で炊きあげる一種の釜飯で、香港やマカオでは冬の定番料理です。

 さて、保仔飯の具にはいろいろな種類があるのですが、切手に取り上げられているのは、おそらく、臘味禾雀飯ではないかと思います。臘味は、本来は燻製のことですが、ここでは中華風の腸詰、禾雀はシマアオジのことです。ちなみに、僕が、マカオの目抜き通りである新馬路の一本南の福隆新街にある百勝菜館で注文した臘味禾雀飯はこんな感じでした。

         保仔飯

 切手のように上品な盛り付けではないのですが、直火でぐつぐついっている土鍋の中に、中華ソーセージとシマアオジ、シイタケ、ネギなどが豪快に載っていて見るから美味そうです。火傷をしないようにたれをタップリかけてかき混ぜ、主役のシマアオジの姿がちゃんと見えるように茶碗によそってみました。

         保仔飯(よそったところ)

 蒸し焼きになったシマアオジを骨ごとバリバリかじりながら、熱々の飯とおこげをつまんでいると、ついついビールを飲み過ぎてしまいます。美味い保仔飯を出すのは、きのうの記事でご紹介したようなおしゃれな店は少なく、どちらかというと、地元の人たち御用達でちょっと汚い感じの店であることが多いのですが、それもまた、旅の楽しみだと僕は思っています。

 なお、拙著『マカオ紀行』では、そうしたマカオの食の楽しみについてもいろいろとご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 ポルトガル・ワイン
2010-11-18 Thu 10:12
 きょう(18日)は11月の第3木曜日。いわずと知れたボジョレー・ヌーボーの解禁日です。というわけで、本来なら新刊の拙著『マカオ紀行』にちなんで、マカオ切手の中からワインがらみの1枚を持ってきたいのですが、あいにくマカオではワインは取れません。というわけで、旧宗主国ポルトガル切手の中からこの1枚です(画像はクリックで拡大されます)

         ポルトガルワイン

 これは、1938年にポルトガルで発行された世界ワイン会議の記念切手です。

 ポルトガルは、ヨーロッパでも最も古いワイン生産国のひとつで、いまから2000年以上前にフェニキア人やカルタゴ人たちによって、ワイン文化が伝えられたとされています。ちなみに、現在のポルトガルのルーツとされる古代ローマの属州“ルシタニア”の名は、ワインと饗宴の神バックスの息子または従者とされるルスス(Lusus)に由来するとされており、ローマ帝国の時代にはローマへワインを輸出していました。

 さて、マカオでワインを楽しもうとすると、必然的に、ポルトガルワインが主流となるのですが、その中でも個人的に僕の好みなのが“緑ワイン(VINHO VERDE)”です。これは、白ワインのうち、完熟していない葡萄を使ったもので、実際にグラスに注いでみるとかすかに青みがかっています。フルーティーでやや酸味があり、ラベルに“Deve beber-se muito frio(冷やして飲め)”と書かれているものもありますがが、たしかに、よく冷えた緑ワインは、ビールとは違った爽快感を味わえます。

          緑ワインとバカリャウのコロッケ

 この画像は、マカオ中央郵便局裏のポルトガル料理店エスカーダでバカリャウ(馬介休球)のコロッケをつまみに、緑ワインを飲んでいたときのものです。

 バカリャウは、骨や内臓を取り除いて塩漬けにした鱈を乾燥した場所で数ヶ月保存してつくった干物のことで、日本ではスペイン料理で使われるバカラオないしはイタリア料理で使われるバッカラといった方が、通りがよいかもしれません。長期間の保存が可能なため、しばしば船乗りたちの食糧としても利用されました。

 かつて、南欧のカトリック文化圏では、いわゆる四旬節(謝肉祭の最終日の翌日から復活祭の前日までの40日間)の期間内には、鳥獣の肉を絶つことになっていたため、魚を食べる習慣がありました。現在では、この習慣もだいぶゆるくはなってきているようですが、それでも、キリストが十字架にかかった聖金曜日を含む四旬節最後の1週間には、伝統的な食事をとる人も多く、バカリャウはその際の象徴的な食べ物にもなっています。

 揚げたてのコロッケのサクサクした衣をかじると火傷しそうな具が口中にあふれてくるのは万国共通の現象。はふはふ言いながら、思わず、きりっと冷えた緑ワインに手が伸びてしまいます。その作業を何度か繰り返していると、コロッケと付け合わせのオリーブがなくなる頃には、たいてい、ボトルのワインは半分くらいに減っているものです。

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 組踊がユネスコの無形遺産に
2010-11-17 Wed 18:11
 ケニアのナイロビで開催中の国連教育科学文化機関(ユネスコ)政府間委員会は、きのう(16日)、沖縄の“組踊”を無形文化遺産保護条約に基づく「人類の無形遺産の代表的な一覧表」(代表リスト)に登録することを決定しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

         執心鐘入

 これは、1970年4月28日、琉球郵政が組踊シリーズの第1集として発行した「執心鐘入」の切手です。

 組踊りは、1719年、中国からの冊封使をもてなす踊奉行の玉城朝薫が、重陽の宴にあたって創作・上演した楽劇で、「組踊りシリーズ」の切手には、朝薫が創作した5作品(“朝薫の五番”とよばれる)「執心鐘入(しゅうしんかねいり)」、「銘苅子(めかるしぃ)」、「孝行之巻(こうこうのまき)」、「人盗人(ちゅぬすっと)」、「二童敵討(にどうてきうち)」が取り上げられています。

 今回ご紹介の切手に取り上げられている「執心鐘入」の主人公・中城若松は、首里に奉公へ向かう途中日が暮れて道に迷い、ある家に 一夜の宿を乞います。その家の女は始め断ったのですが、相手が美男の誉れ高い中城若松だと聞き、宿を貸すことに。

 若松が休もうとすると、女は彼をゆすり起こし迫ろうとしたため、彼は奉公へ上がる身であり恋にうつつをぬかしてる場合ではないと断り、夜明けも待たずに逃げます。これに対して、プライドを傷つけられた女は若松の後を追跡。若松は恐ろしさのあまりに末吉の寺へ助けを求め、同情した住職によって鐘に中に匿われますが、女も寺にたどり着き、執念のあまり鬼となります。そこで、住職は小僧を引き連れて経文を唱え、仏法の力で鬼を退散さたところで物語は終わります。

 切手では、物語のクライマックス、鬼と化した女を住職が経文を唱えて退散させる場面ですが、女をここまで狂わせた美貌の主・若松の御面相というのも、ちょっと見てみたい気がしますな。


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 エポックメイキング・プロジェクト⑧
2010-11-16 Tue 13:06
 ご報告が遅くなりましたが、(財)建設業振興基金の機関誌『建設業しんこう』の11月号が出来上がりました。僕の担当する連載「切手で見るエポックメイキング・プロジェクト」では、今回は、東京タワーを取り上げました。で、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

         東京タワー(20世紀)

 これは、2000年6月発行の“20世紀デザイン切手”第11集のうち、完成時の東京タワーと展望券の一部を取り上げた連刷切手です。

 テレビ放送が開始された当初、各放送局は個別に電波塔を建設して自局の塔から放送を行っていました。しかし、塔の高さが150-65mだったため放送電波が届く距離は限られていたことにくわえ、チャンネルを変えるたびにアンテナの向きを各電波塔の方向に変えなければなりませんでした。

 このため、各放送局の電波塔を一本化して総合電波塔を建設する必要が生じ、日本電波塔株式会社が設立され、内藤多仲と日建設計株式会社が共同で塔を設計。パリのエッフェル塔(当時は312m)より21m高く自立式鉄塔としては世界一の高さとなる333mの“東京タワー”が建設されました。

 最終的な設計が完成したのは1957年(昭和32)7月15日でしたが、これに先立ち、5月から6月にかけてボーリング調査が行われ、9月21日から鉄骨の組み立てが行われています。施工は竹中工務店。塔体加工は新三菱重工(現在、三菱重工業)、松尾橋梁。鉄塔建築は宮地建設工業が請け負いました。

 1957年6月29日の着工からわずか1年3ヵ月後の1958年(昭和33)10月に完成。動員された延べ人員は21万9335人、総工費は30億円で、皇太子・明仁親王(今上陛下)のお誕生日、12月23日に開業しています。


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 白鵬敗れる
2010-11-15 Mon 21:22
 大相撲では、横綱・白鵬が敗れ、連勝記録が63でストップしました。というわけで、きょうはモンゴル切手の中からこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

         モンゴル・ミントクワ

 これは、1993年のバンコク国際切手展に際してモンゴルが発行した切手で、阿閦如来像が取り上げられています。

 密教では、大日如来の説く真理や悟りの境地を、視覚的に表現するものとして、胎蔵(界)曼荼羅と金剛界曼荼羅の両界曼荼羅がつくられますが、金剛界曼荼羅では、全体を九区画に区切り、中央に大日如来を、その周囲に東・南・西・北の順に阿閦・宝生・阿弥陀・不空成就の各如来を配する構成となっています。このうち、阿閦如来は、サンスクリットでは“揺るぎない”を意味するアクショービヤと呼ばれ、悟りの境地が堅固であることを示しています。

 切手に取り上げられた仏像は、17世紀の活仏で仏像彫刻の天才であったザナバザルの作品で、モンゴルの仏像史上でも最高の名品の一つに数えられています。

 さて、かつて双葉山は連勝記録が途絶えた時に、荘子(達生篇)に収められている故事を引用して「未だ木鶏たりえず」と安岡正篤に打電したといわれていますが、白鵬ほどの人物であっても、すさまじいプレッシャーの中で動じずにいるというのは難しかったということでしょうか。もっとも、モンゴル人である白鵬にしてみれば、ものに動じないもののたとえとしては、木鶏というよりも、ザナバザルの阿閦如来像という方がしっくりくるのかもしれませんがね。

 ちなみに、かつて千代の富士は53連勝の際に「半木鶏だね」と自慢したら、翌日負けて連勝をストップさせたのだとか。どうあがいても木鶏たりえない凡人の僕としては、なんとなく、千代の富士の言動に親しみを感じてしまいますな。

 なお、ザナバザルとその作品については、拙著『切手が伝える仏像』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 ビルマの×加刷
2010-11-14 Sun 21:46
 きのう(13日)、ビルマ(ミャンマー)の民主化運動指導者、アウン・サン・スー・チーさんが約7年半ぶりに自宅軟禁から解放されました。というわけで、きょうはビルマがらみの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

         ビルマX加刷

 これは、日本占領下のビルマの切手つき封筒の使用例で、イギリス国王ジョージ6世の肖像部分がXで抹消されています。消印の年号が見えないのですが、裏面には1944年3月4日のマンダレー局の着印がありますので、1944年2月24日に試験局(Experimental Post Office)から差し立てられたものと思われます。

 さて、1週間ほど前の先週7日、ビルマでは1990年以来20年ぶりとなる総選挙が行われました。この選挙は、2008年に制定された新憲法に基づくものですが、同憲法によると、2院制の人民代表院と民族代表院の議席のうち、4分の1は国軍司令官が指名する軍人議席になっています。この軍人議席には、軍籍を離脱して親軍政党を組織した候補者が獲得した議席は含まれませんから、実質的に、国軍支持派が過半数を占めるには選挙で残りの3分の1を獲得すればよいことになります。

 じっさい、きのう(13日)、ミャンマー選挙管理委員会は国営テレビを通じ総選挙の結果を追加発表しましたが、それによると、約8割の開票結果が判明した時点で、軍事政権の翼賛政党“連邦団結発展党(USDP)”が連邦議会の下院(一般枠330)と上院(同168)の議席総数のうち約7割を獲得。あらかじめ割り当てられている軍人枠(下院110、上院56)と合わせると、新議会では軍政系の議員が約8割を占めることとなりました。

 今回の選挙に際しては、スー・チーさん率いる国民民主連盟(NLD)は選挙の無効を訴えて投票をボイコットしましたが、その結果として、獲得議席数は現時点で両院合わせて約10議席と惨敗。今回のスー・チーさんの解放も、圧倒的な権力基盤を確立した軍事政権側の余裕の表れといえるのかもしれません。

 なお、今回の選挙結果について、野党勢力は、USDPが票の買収や開票作業で不正を行ったと反発し、スー・チーさん自身も選挙での不正を追及する意向だそうですが、中国の支援を背景に西側からの民主化圧力をかわし続けて来た軍事政権にビルマ国民が自らX印をつけるのは、容易なことではなさそうです。 


* 昨日の『マカオ紀行』刊行記念トークは無事、終了いたしました。お集まりいただきました皆様には、この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。


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 広州アジア大会開幕
2010-11-13 Sat 08:50
 広州アジア大会が開幕しました。というわけで、きょうは広州がらみの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

         広州解放

 これは、1949年11月4日、中国共産党支配下の廣東郵政管理局が発行した“広州解放”の記念切手で、海珠橋が描かれています。

 1949年10月1日、毛沢東が北京で中華人民共和国の成立を宣言した時点では、共産党政権は中国大陸の大半を征圧していたものの、重慶や広州には依然として国民党の勢力が残っており、人民解放軍第四野戦軍が広州に進駐し、香港との境界にまで迫ってきたのは10月15日のことです。

 切手に取り上げられた海珠橋は広州市内の珠江に掛かる橋で、現在の行政区域でいうと、越秀區の起義路と海珠區の江南大道北を結んでいます。開通は1929年ですが、人民解放軍の進駐前日の10月14日、国民党が広州を撤退する際に爆破されました。現在の橋は1950年に再建されたもので、当然のことながら、切手に取り上げられているのは爆破前の姿です。なお、切手の原画は広州在住の画家・馬次航が作成し、香港の永発印刷所で印刷されました。

 当時、中共は国境を越えて武力で香港を解放するのではないかとの懸念が広がっていました。しかし、中共は、大陸での政治と香港でのビジネスを別の次元のものと割り切っており、香港が英領であり、自由港であるがゆえに、彼らの資金源になりうることを十分に理解していました。

 すなわち、1949年7月、中共は“向ソ一辺倒”を表明し、ソ連への忠誠を誓って1950年2月には中ソ友好同盟相互援助条約を調印しました。中共側の目論見では、条約によりソ連から多額の援助を引き出すことが期待されましたが、実際に彼らがソ連から得られたのは3億米ドルの借款でしかありませんでした。このため、中共としては、ソ連以外に自らがコントロールできる資金源として香港との貿易に期待を寄せており、そのためにも、香港をあえてイギリス領にとどめておくことで、西側陣営に楔を打ち込み、東南アジアにおける政治工作の拠点として活用しようと考えたのです。

 なお、このあたりの事情については、拙著『香港歴史漫郵記』でも詳しくご説明しております。新刊の拙著『マカオ紀行:世界遺産と歴史を歩く』ともども、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 * 本日未明、カウンターが77万PVを超えました。いつも、遊びに来ていただいている皆様には、この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 11月13日(土)13:00から、東京・池袋で開催される全国切手展<JAPEX>会場内で、拙著『マカオ紀行:世界遺産と歴史を歩く』刊行記念のトークイベントを予定しております。一般書店での販売は11月25日以降の予定ですが、今回は会場限定での先行発売も行いますので、よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。


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 マカオ紀行
2010-11-12 Fri 00:56
 以前からこのブログでもご案内しておりましたが、彩流社の<切手紀行シリーズ>の第3弾として拙著『マカオ紀行:世界遺産と歴史を歩く』ができあがりました。奥付上の刊行日は11月30日ですが、本日(11月12日)より開催の<JAPEX>会場内にて先行発売をいたしますので、あらためてご挨拶申し上げます。(画像は表紙カバーのイメージ。クリックで拡大されます)

         マカオ紀行・表紙カバー

 今回の拙著は、雑誌『キュリオマガジン』2010年1月号から11月号まで10回にわたって連載した「郵便学者の世界漫遊記:マカオ篇」に加筆・修正してまとめたもので、世界遺産に指定された“歴史地区”を中心に、切手や絵葉書等を交えてオールカラーでマカオの歴史散歩の面白さをご紹介する内容となっています。

 “世界遺産を歩く”と銘打った第1部では、マカオ半島南端の媽閣廟からスタートし、ギア灯台にいたるまで、世界遺産を中心に、マカオの重要ポイントをたどりながら、マカオ史のあらましをご理解いただけるような構成となっています。

 続いて、第2部の“出入境を愉しむ”では関門を越えてマカオと中国本土の珠海を往来したときの体験記を、第3部の“離島区歴史散歩”ではタイパ・コロアネ地区の歴史散歩を、それぞれまとめております。

 マカオというと、日本ではどうしても香港のオマケというイメージが強いのですが、1840年にアヘン戦争が勃発し、香港がようやく歴史の表舞台に登場した時点で、マカオにはすでに300年にも及ぶ歴史と文化の蓄積があったことは見逃してはならないでしょう。この間、1576年にはカトリックのマカオ教区が置かれ、マカオを出発した南蛮貿易の船は、信長・秀吉・家康の時代の日本を相手に莫大な利益をあげるなど、マカオは極東の重要都市でした。わずか30平方キロの土地に30ものユネスコ世界文化遺産が登録されているのも、マカオの歴史都市としての重要性を裏書きするものといえましょう。

 本書では、そうしたマカオとその歴史の面白さをさまざまな角度からご紹介できるよう、精いっぱいに頑張ってみました。つきましては、書店などで実物をご覧になりましたら、ぜひ、お手にとってご覧いただけると幸いです。

 なお、この日記をご覧の方で、本書をご自身の関係するメディアで取り上げたい、または取り上げることを検討したいという方がおられましたら、本ブログのメール送信機能(右のずーっと下の方にあります)ご連絡いただけると幸いです。


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 11月13日(土)13:00から、東京・池袋で開催される全国切手展<JAPEX>会場内で、拙著『マカオ紀行:世界遺産と歴史を歩く』刊行記念のトークイベントを予定しております。一般書店での販売は11月25日以降の予定ですが、今回は会場限定での先行発売も行いますので、よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。


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 あすからポーランド切手展
2010-11-11 Thu 09:56
 あす(12日)から東京・池袋で全国切手展<JAPEX>が開催されますが、あわせてポーランド切手展という特集をやるということで、僕も、『アウシュヴィッツ郵便史』と題するミニ・コレクション(非競争)を展示しています。その予告編として、こんなものをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

         アウシュヴィッツ・ヒンデンブルグ葉書

 これは、1941年1月20日、アウシュヴィッツ強制収容所から、ベオグラード宛てに差し出された葉書です。

 1939年9月、ポーランドに侵攻したナチス・ドイツは、1940年5月、ポーランド南部のオシフイエンチム(ドイツ語名アウシュヴィッツ)郊外の旧ポーランド軍兵営をアウシュヴィッツ第1強制収容所として、犯罪常習者とポーランド人政治犯の収容を始めました。その後、ブジェジンカ(ドイツ語名ビルケナウ)に第2、モノヴィッツに第3収容所が設置され、1945年1月にソ連軍が解放するまでの間に、100万人のユダヤ人と、25万人以上の非ユダヤ人が計3ヶ所の“アウシュヴィッツ強制収容所”で犠牲になりました。

 アウシュヴィッツ関連の郵便物というと、収容所から指定のフォーマットで送られたカバー類が中心となりますが、ここに示しているように、ドイツの葉書がそのまま持ち込まれて使用されることもありました。

 ちなみに、宛先のベオグラードは現在のセルビア共和国の首都ですが、この葉書が差し出された当時はユーゴスラビア王国の首都でした。そのユーゴスラビア王国は、葉書が差し出された2ヶ月後の1941年3月25日、日独伊三国軍事同盟に参加し、枢軸国の一員となりました。しかし、反枢軸陣営によるクーデターが発生したため、同年4月6日、ドイツ空軍がベオグラードを空襲。その後、ナチス・ドイツが侵攻し、国土は親独政権によって分割され、ベオグラードは親独政権・セルビア救国政府の首都とされています。

 さて、今回の展示では、収容所作成のレターシートのバラエティを中心に、今回ご紹介の小包送票をはじめ、第二次大戦中のアウシュヴィッツ関連マテリアルの代表的なものを並べてみました。

 なお、会期中の13日(土)13:00からは、拙著『マカオ紀行』刊行記念のトークイベントも予定しておりますので、よろしかったら、ぜひ遊びに来ていただけると幸いです。


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 プロメテウス
2010-11-10 Wed 23:19
 沖縄・尖閣諸島沖の中国による不法越境と海上保安庁の巡視船への攻撃事件をめぐるビデオ映像が流出した事件で、第5管区海上保安本部(神戸市)の男性職員が、自分がビデオを流出させたと名乗り出ました。警視庁は国家公務員法(守秘義務)違反の疑いで取り調べ、容疑が固まれば逮捕する方針だそうです。このニュースを聞いて思い出したのが、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

         プロメテウス

 これは、1997年にギリシャが発行した“ヨーロッパ切手”の1枚で、人類に火を伝えるプロメテウスが取り上げられています。

 ギリシャ神話によると、プロメテウスは神々の姿に似せて創造された人類に火や数、建築、気象、文字などの知恵を伝えましたが、ゼウスはこれに激怒。プロメテウスをカウカソス山の山頂に張り付けにさせ、生きながらにしてハゲタカに肝臓を食べさせる責め苦を与えました。プロメテウスは不死であるため、彼の肝臓は夜中に再生し、朝、目覚めると再びハゲタカが彼の肝臓をついばむということが繰り返され、それは、ヘラクレスが彼を解放するまで続けられたといいます。

 さて、今回、名乗り出た海上保安官は、中国による尖閣侵略の証拠ビデオが今月1日に一部の国会議員だけに7分程度に編集された映像が公開されただけで終わったことに危機感を募らせ、「このままでは国民がこの映像を見る機会を失う」として、ビデオを流出させたのだそうです。また、彼は、マスコミのインタビューに対して、「国民の誰もが見る権利がある。誰もやってくれないなら自分でやるしかないと、誰にも相談せず一人でやった」「私がこういう行為に及ばなければ、闇から闇に葬られて跡形もなくなってしまう」などとも動機を述べています。流出した映像を見る限り、多くの人が彼の主張に賛同することと思われます。

 たしかに、現政権の側からすれば、彼の行為は“守秘義務違反”に問われるのかもしれませんが(ただし、今回のビデオの内容が“守秘義務”の対象となりうるかどうかについては専門家の間でも否定的な見解が多く、そもそも、問題の海上保安官を起訴できるのか、あるいは、起訴しても有罪にできるのかは大いに疑問があるようです)、中国による我が国への明白な侵略行為のこれ以上ない証拠を白日の下にさらして広く国民に真相を知らしめることと、わが国の主権を損ねてまで中国に配慮し証拠ビデオを闇に葬ろうとすることでは、どちらが、真に日本国民の国益にかなっているか、あらためて言うまでもないでしょう。

 ちなみに、中国では以前から囚人の臓器売買が行われていますが、その中には、中国の現実を世界に知らしめようとして逮捕された政治犯や法輪功関係者も少なからず含まれているとされています。まぁ、彼らにしてみれば、プロメテウスに責め苦を与えたゼウスのどこが悪いということにもなるのでしょうがね。

 いずれにせよ、現在の民主党政権が、そうした国に配慮して、現代日本のプロメテウスの肝臓をハゲタカに喰らわせるようとしているのだとすれば、そう遠からず、ヘラクレスが現れて彼を救出せんことを強く望むところです。


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 無事帰国しました
2010-11-09 Tue 21:08
 きのう(8日)ヨハネスブルグを発ち、先ほど、無事、ヨハネスブルグから帰国しました。というわけで、きょうは、ヨハネスブルグから日本宛てのこんなカバーをもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

          BOACヨハネスブルグ羽田線

 これは、1973年1月7日、ヨハネスブルグから差し出された英国海外航空(British Overseas Airways Corporation:BOAC)ヨハネスブルグ=羽田線のFFC(初飛行カバー)で、翌8日付の東京国際空港(羽田)のスタンプも押されています。

 BOACは、もともと、インペリアル航空とブリティッシュ・エアウェイズ(現在の同名の会社とは別会社)が合併して発足しました。第二次大戦後の1946年、ヨーロッパ域内国際線と国内線はブリティッシュ・ヨーロピアン航空(BEA)に、南アメリカとカリブ海域路線はブリティッシュ・サウスアメリカン航空(BSAA)に割り当てられ、BOACとの3社体制になり、1948年には英領香港までの路線を延伸する形で日本への乗り入れを開始しました。その後、BSAAは再びBOACに吸収合併され、BOACはイギリスのフラッグキャリアとして世界的な航空会社として君臨します。しかし、1971年にBOACとBEAの合併が決定され、1974年4月1日、現在のブリティッシュ・エアウェイズが誕生したことで、BOACの名前は姿を消しました。今回ご紹介しているFFCは1973年のものですから、BOACとしてはかなりの後期のモノとなります。

 今回の旅行中、機会を見つけては切手商を探して日本から南アフリカあてのエアメールがないか探して回ったのですが、みごとに全部空振りでした。なかでも、ヨハネスブルグのショッピングモール内の切手商で、日本からのカバーがないか訊いてみたところ「ここに来る東洋人は必ず同じことを聞くが、5年前だったか、1枚売ったきり、全く見てないねぇ。ありゃ、もちろん売ってやるけどさ」といわれてしまいました。今回ご紹介のカバーは、唯一“日本関係”として紹介されたエアメールで、まぁ、ヨハネスブルグから無事日本に帰れるよう“お守り”のつもりで買ってきたものです。

 さて、今回の旅行では、前半の切手展もさることながら、後半の取材旅行でも多くの方々にお世話になりました。この場を借りして、あらためてお礼申し上げます。いずれ、その成果の一部はなんらかの形で発表したいと考えておりますので、しばらくお待ちいただけると幸いです。


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 続・航海紀念碑郵票
2010-11-08 Mon 13:30
 プロ野球の日本シリーズは、千葉ロッテ・マリーンズの優勝で幕を閉じました。というわけで、公約通り、近日刊行予定の拙著『マカオ紀行』の中から、このマテリアルです。(画像はクリックで拡大されます)

         航海紀念票・無銘版シート

 これは、第二次大戦中のマカオで使われていた通常切手、航海紀念碑郵票第二組(先進版)と呼ばれているもののシートですが、シート下部に銘版のないバージョンです。

 太平洋戦争中、日本軍はマカオ周辺の海域で事実上の海上封鎖を行っていたため、マカオでは、戦前のようにポルトガル本国から切手と調達することが困難になりました。このため、現地でそれまでの通常切手と同図案の切手を印刷・発行しました。これがいわゆる“先進版”で、基本的なデザインは本国製の切手と同じですが、印刷がオフセット(本国製の切手は凸版印刷)で周囲の目打も粗いことにくわえ、印面下部に印刷所の銘が入っていない(本国製の切手には“San Gabriel”の銘が入っている)ので容易に区別できます。

 以前にご紹介したものは、先進版の銘版つきのブロックで、銘版には罅些喇提督大馬路の住所まで記載されていましたが、今回のシートには銘版が印刷されていないのがお分かりいただけると思います。

 さて、きょう(8日)は現地時間13時40分(日本時間20時40分)の飛行機でヨハネスブルグを発ち、バンコク経由で明日(9日)の16:00に成田到着の予定です。ちなみに、今回ご紹介の切手に取り上げられた航海紀念碑で顕彰されているヴァスコダガマの航海(第1次)では、1497年11月に喜望峰を通過してインド南西のカリカットへ到達したのが1948年5月のことですから、約半年間かかっています。それに比べれば、喜望峰よりずっと内陸から出発し、カリカットよりもはるかに東方の成田まで翌日には到着できることを“長旅”だなどと文句を言ってはいけないのでしょうが、やっぱり、長いなぁ。


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 一の酉
2010-11-07 Sun 06:54
 南アフリカにいるせいもあって実感がわかないのですが、きょう(7日)は一の酉でしたな。というわけで、近刊の拙著『マカオ紀行:世界遺産と歴史を歩く』に絡めて、こんな切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

         マカオ・鶏の揚げ物

 これは、2008年にマカオが発行した伝統料理の切手のうち、炸子鶏を取り上げた1枚です。炸子鶏は文字どおり鶏のから揚げで、マカオのみならず中華世界で広く見られる家庭料理の定番ですが、マカオならではの鶏料理ということであれば、僕の個人的な好みとしては、アフリカン・チキンを取り上げてほしかったですねぇ。

 アフリカン・チキンというのは、カレーなどのスパイスで味付けをしたチキンのことなのですが、現在では、さまざまなバリエーションがあって、店ごとに千差万別といっても過言ではないほどです。ただし、その源流は、香辛料を塗って鶏肉をグリルしていたアフリカの土俗料理だったということで、専門家の間では意見が一致しているようです。そういえば、先ごろ訪れた旧ポルトガル領だったマプトのコスタデルソルの海岸でも、こんな感じで鶏肉のグリルを売ってましたな。

         コスタデルソルの焼き鳥

 これが、ポルトガル植民地時代に洗練されると、かの地では“ピリピリチキン”と呼ばれる料理になります。ここでいう“ピリピリ”というのは、アフリカ南部で広く用いられているトウガラシベースの香辛料のことで、ピリピリ辛いという日本語の訳ではありません。下の画像は、マプト市内でピリピリチキンの名店として知られる、その名もズバリ“ピリピリチキン”のピリピリチキンを撮影したものです。

         マプト・ピリピリチキン

 料理史の本などによると、こうしたアフリカ風のチキンを覚えたポルトガル人が、インドのゴアないしはカリカットでライムやニンニクを加え、グリルではなくフライパンを用いて調理するようになり、さらに、マラッカなどを経て調合されるスパイスの種類も複雑になり、ココナッツも加わって、カレー風味の現在の味付けになったのが、現在のマカオの“アフリカン・チキン”の基本形なのだとか。となると、アフリカン・チキンというよりも、“大航海チキン”とか“ポルトガル・チキン”などといった方が、実態に合っているといえそうです。

 そういえば、この記事を書いていたら、現在滞在中のケープタウンでは、まだ鶏肉を食べていなかったことに気がつきました。きょうの夕方、ヨハネスブルグへ向けてケープタウンを発ってしまう前に、ケープ式の“アフリカン・チキン”を探して食べておくことにしないといけませんな。
 

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 ケープタウン到着
2010-11-06 Sat 08:16
 きのう(5日)の夕方、ケープタウンに到着しました。きょう・あす(6・7日)の2日かけて、ケープタウンの各所をいろいろと回ってみたいと思っています。というわけで、まずはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

         テーブルマウンテン

 これは、1900年にケープ植民地で発行された1ペニー切手で、ケープタウンのシンボルともいうべきテーブルマウンテンが描かれています。

 テーブルマウンテンは、ケープ半島北部、ケープタウン市街地の南部に位置しており、標高 1086メートル、幅は約3キロです。地盤のやわらかい部分が風雨で削り取られ、固い地盤だけが台形状に残った姿がテーブルのように見えるというのが名前の由来で、山に雲がかかると、その外観から“テーブルクロス”と呼ばれるのだそうです。

 ちなみに、切手に描かれたテーブルマウンテンはケープ湾からの眺めですが、きのう、空港から市内へ移動する途中で見えたテーブルマウンテンはこんな感じでした。

      テーブルマウンテンA     テーブルマウンテンB

 ホテルから迎えに来てくれたドライバーによると、テーブルマウンテンにはテーブルクロスがかかっていることの方が多く、こんな風にエッジがきちんと見えることは少ないのだとか。そういうことなら、ダーバンに行かず、1日前倒しでケープタウン入りすればよかったかもしれません。

 ケープタウンというと、収集家の世界ではどうしても三角切手のイメージが強いのですが、豊かな自然に恵まれ、なおかつ歴史のある町なので見どころは沢山あります。かの三角切手ゆかりの地がどんなところなのか、2日間でじっくり見聞してくるつもりです。

 
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 ダーバンにいます
2010-11-05 Fri 13:48
 きのう(4日)の午後、ダーバンに到着しました。きょうの午後にはケープタウンに向けて出発しますので、短い滞在ですが、せっかくなので、ダーバンがらみの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      南アフリカ・アイスクリーム     クローバーのバター


 これは、1999年に南アフリカ共和国(以下、南ア)で発行された乳製品メーカー“クローバー”100年の記念切手です。ちなみに、ヨハネスブルグでもマプトでも、ホテルの朝食のバターは、いつもクローバーのモノでした。ついでに、そのラベルの画像も隣に貼っておきました。1999年の切手と現在の商品ではロゴマークが違っているのも面白いところです。なお切手の額面表示は、金額ではなく“普通郵便用(Standard Postage)”となっており、料金が値上げされてもそのまま使えるようになっています。

 南ア最大の乳製品メーカー“クローバー”は、1899年、ナタール(現在の南ア東南部、クワズール・ナタール州の地域に相当)のバター工場“ナタール・クリーマリー”として出発しました。同社は、1901年、ジョゼフ・ベインズの経営するバター工場と共同で乳製品ブランド“モデル・デイリー”を立ち上げ、ダーバンでの牛乳販売を開始。翌1902年から、モデル・デイリーはナタール・クリーマリー単独の運営となり、ピーターマリッツバーグ(クワズール・ナタール州の州都)での牛乳配達をスタートさせました。以後、モデル・デイリーの牛乳配達は南アフリカ全域に拡大。1943年には協同組合方式の採用により、社名をナタール・クリーマリーからNCD(National Co-operative Dairies Limited:国家協同乳業)へと変更しました。現在の社名クローバーは、1994年にNCD運営の株式会社に組織形態が変わったときにつけられたものです。

 今回ご紹介の記念切手には、1920-30年代のモデル・デイリーの巡回販売車が取り上げられています。車体には、アイスクリームの絵が大きく描かれており、その下には“エスキモー・パイ”の文字も見えます。エスキモー・パイというのは、チョコレート・コーティングされた棒付きのバニラ・アイスのことで、1921年、アメリカで初めて売り出され、世界的なヒット商品となりました。地元の新鮮な牛乳をふんだんに使ったアイスクリームが、モデル・デイリーの看板商品だったことは間違いありません。

 普段はあまり牛乳を飲まない僕ですが、せっかく、クローバー発祥の地にいるわけですから、きょうの朝食では牛乳を1杯飲んでから出かけることにしましょうか。

 
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 日豪戦争④
2010-11-04 Thu 13:27
 ご報告が遅くなりましたが、先月25日、本のメルマガ第409号が配信となりました。僕の連載「日豪戦争」では、今回は、歴史的背景の説明の続きとして、第1次大戦後の動きについてまとめてみましたが、そのなかから、きょうはこんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます) 

         豪・第一次大戦勝利80年

 これは、2008年にオーストラリアで発行された第1次大戦勝利80年の小型シートです。

 第1次大戦の講和会議となったヴェルサイユ会議は、オーストラリア連邦にとって、実質的な国際外交へのデビューの場となりました。当時の首相、ウィリアム・モリス・ヒューズにとっての関心事は、いかにして“5大国”の一角に名を連ねた日本を抑え込み、弱体化させるかということにありました。

 ヒューズは、まず、敗戦国ドイツの旧領の分割問題をめぐって、日本が赤道以北の南洋群島を委任統治領として獲得することに異議を唱えます。大戦の期間を通じて、“大英帝国”の一角をなすオーストラリアのシーレーンは日本海軍のプレゼンスによって守られていたことや、オーストラリアが獲得する東ニューギニアは日本が得る南洋群島に比べてはるかに広大で天然資源も豊富であることなど、彼らにとっての“不都合な真実”には目をつぶったまま、とにかく、日本を抑え込むことに必死だったわけです。

 領土問題に関しては、オーストラリアの主張は流石に荒唐無稽なものとして一蹴されましたが、いわゆる“人種的差別撤廃提案”では、オーストラリアはポイントを稼ぐことに成功します。

 1919年2月13日、日本全権の牧野伸顕は、新たに設立される国際連盟規の規約に、「人種あるいは国籍如何により法律上あるいは事実上何ら差別を設けざることを約す」という人種差別撤廃の条項を入れるように提案しました。ちなみに、国際会議において人種差別撤廃が明確に主張されたのは、これが最初のことです。

 この提案は、アジア・アフリカに多くの植民地を抱える列強諸国の反発を招いたが、白豪主義を国是としていたオーストラリアは、これを、自国を解体しかねない“劇薬”として特に激しい反発を示しました。

 そもそもヒューズは、選挙演説において「我々の主たる綱領は、もちろん白いオーストラリアだ。これに関しては妥協の余地はない。働き者の有色人種の兄弟は去れ。戻ってくるな。」などと公言してはばからない人物でしたから、日本の提案に激昂し、この条項が盛り込まれれば、オーストラリアは国際連盟に参加しないとまで言い放ち、激しく抵抗します。

 結局、4月11日の最終委員会で、日本は連盟規約前文に「国家平等の原則と国民の公正な処遇を約す」との文言を盛り込むという修正案を提出。この修正案に関しては、当初、英本国は賛成の意向を示していたのですが、ここでもオーストラリアが、日本の提案は移民政策を拘束するもので内政干渉にあたるとして、頑としてこれを受け付けようとはしませんでした。後にアパルトヘイト国家として国際世論の非難を浴びることになる南アフリカ連邦もこれに同調します。

 英本国も、“大英帝国”の枠組みを維持するためには、彼らの意向を無視することはできず、修正案に反対し、委員会での採決を却下させようとします。これに対して日本側は「修正案はあくまで理念をうたうものであって、その国の内政における法律的規制を求めるものではないにも関わらず、これを拒否しようというのは、イギリスが他の国を平等と見ていない証拠である」とし、修正案の採決を要求。採決の結果は賛成11、反対5でしたが、議長席の米大統領ウッドロー・ウィルソンは、全会一致の賛成が得られなかったので採択されないと宣言して、日本による人種的差別撤廃提案は闇に葬られることになりました。

 白豪主義者(オーストラリアの白人至上主義者)のヒューズとしては、日本の国際的な影響力を拡大させないという点で、この結果は大いに満足のいくものだったことでしょう。

 このほか、ヒューズはアメリカを動かして、彼らにとって目の上のこぶだった日英同盟を破棄させるよう画策。これは、1921年末から1922年にかけて開催されたワシントン会議で、太平洋での相互不可侵を決めた4ヶ国条約が締結され、それによって意義を失ったとして日英同盟が破棄されたことで実を結びました。

 かくして、敵国・日本の脅威を大いに減じることに成功したヒューズは、1923年まで政権を維持することになります。政権を去った後も、彼はオーストラリア政界の大立者として白豪主義の重鎮であり続け、1952年、議員在籍のまま90歳で世を去りました。

 それから約20年後の1973年、オーストラリアでは移民法とオーストラリア市民憲法が改正され、さらに1975年に人種差別禁止法が制定されたことで、制度としての白豪主義は否定されたことになっています。したがって、白豪主義の権化であったヒューズに対する歴史的評価も、変質を迫られることになったはずです。

 しかし、白豪主義を否定するという建前とは裏腹に、現在でも、彼がオーストラリア国民にとっての英雄とみなされているようです。今回ご紹介の小型シートは、そのことを示すかのように、余白にしっかりとヒューズの写真が取り上げられています。

 ちなみに、この切手が発行された時点でのオーストラリアの首相はケビン・ラッドでした。日本の調査捕鯨を非難してこれを外交問題化したり、第二次大戦での対日戦勝記念日を制定してみずからキャンベラでの記念式典に出席したりした人物です。これを単なる偶然と片付けるのは、ちょっと出来過ぎのような気がします。


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 11月13日(土)13:00から、東京・池袋で開催される全国切手展<JAPEX>会場内で、拙著『マカオ紀行:世界遺産と歴史を歩く』刊行記念のトークイベントを予定しております。一般書店での販売は11月25日以降の予定ですが、今回は会場限定での先行発売も行いますので、よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。


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 文化の日
2010-11-03 Wed 13:32
 きょうは“文化の日”です。というわけで、近日刊行の拙著『マカオ紀行:世界遺産と歴史を歩く』の中から、“文化”の文字の入ったモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

         マカオ・文化交流

 これは、1991年にマカオで発行された“文化交流”の小型シートで、日本に来航したポルトガル人たちを描く南蛮屏風の一部が取り上げられています。

 戦国時代から江戸時代初期にかけての南蛮貿易の時代、マカオはポルトガル海上帝国の極東における最大の根拠地であり、日本を訪れるポルトガル人たちの前進基地でした。マカオの海事博物館では、そうした日本とマカオの交流史の一端を示す資料を展示していますが、その目玉として、17世紀初めに描かれた南蛮屏風が展示されています。(下の画像は博物館の南蛮屏風です)

         南蛮屏風(海事博物館)

 博物館の屏風の作者・狩野内膳は安土桃山時代から江戸時代初期の画家で、1570年に生まれました。1578年頃、出家して根来密厳院に入りましたが、還俗して狩野松栄に入門し、絵師となります。豊臣秀吉に支持されて豊臣家の絵師となり、豊国神社の「豊国祭礼図屏風」などの作品を残しました。「南蛮屏風」としては、澳門海事博物館の所蔵品のほか、神戸市立博物館の所蔵品があります。博物館の屏風は金箔張りのきらびやかなもので、文明堂のカステラの包装紙に印刷されているような南蛮人の風俗が楽しいですな。

 さて、以前、マカオの海事博物館を訪れた時、展示されている南蛮屏風が今回ご紹介の切手の元ネタではないかと期待してチェックしてみたところ、ぜんぜん別物でがっかりしたという記憶があります。まぁ、南蛮屏風じたいはいくつも作られていますので、今後も気長に元ネタ探しをやるのも楽しいかな、と現在では思うようになりましたが…。

 なお、11月12-14日に東京・池袋で開催される全国切手展<JAPEX>では、会期中の13日(土)13:00からは、拙著『マカオ紀行』刊行記念のトークイベントを予定しております。新刊の『マカオ紀行』がネット書店や一般書店に並ぶ前の会場限定・先行発売となりますので、よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。

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 モザンビーク到着
2010-11-02 Tue 05:53
 現地時間の1日15:00頃、無事にモザンビークの首都・マプトに到着しました。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

         モザンビーク航空
 
 これは、1935年に発行されたモザンビーク会社の航空切手で、モザンビーク第二の都市ベイラ上空を飛ぶ飛行機が描かれています。

 ヴァスコ・ダ・ガマの航海以来、現在のモザンビーク沿岸はポルトガルのインド洋進出の重要な拠点となっていましたが、内陸の開発はながらく放置されていました。

 列強諸国によるアフリカの分割が進む中で、1891年、ポルトガルは英仏資本のモザンビーク会社にモザンビーク中央部の行政権を与え、本格的な開発に乗り出します。同社には警察権や徴税権、通貨発行権や郵便事業権などが与えられ、鉄道の建設や鉱山の開発、農場経営などがすすめられましたが、司法権はポルトガルのモザンビーク政庁が保持し、裁判所の運営経費などは同社が負担していました。

 切手に取り上げられたベイラは、モザンビーク会社領の中心地で、南北ローデシアやニヤサランドからの農産物・鉱産物の積み出し港として繁栄し、現在でもマプト(旧ロレンソマルケス)に次ぐモザンビーク第2の都市となっています。ちなみに、今回、飛行機の窓から写したマプトの街並みはこんな感じでしたが、切手に取り上げられた現在はベイラも似たような雰囲気になってるんでしょうかねぇ。

         マプト上空

 さて、今後の予定としては、4日に南アに再入国してダーバンに向かいますので、モザンビーク滞在は都合3日間です。ヴァスコ・ダ・ガマゆかりのモザンビーク島へ行くのは日程的に無理なのですが、マプトはかつてロレンソマルケスと呼ばれ、郵便史の世界では重要な港湾都市ですから、それなりに、いろいろと興味深い体験ができるのではないかと期待しています。


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 <JOBURG 2010>終了しました
2010-11-01 Mon 12:50
 先月27日に始まったアジア国際切手展<JOBURG 2010>は、きのう(31日)、無事に終了しました。今回の切手展でお世話になった皆様には、あらためて、お礼申し上げます。なお、この後、ヨハネスブルグを発って取材のためモザンビークとダーバン、ケープ・タウンをまわり、8月にヨハネスブルグから出国。9日に帰国の予定です。というわけで、きょうはこんな切手を持ってきました。

         バスコダガマ生誕300年(モザンビーク)

 これは、1969年に当時はモザンビークで発行された“ヴァスコ・ダ・ガマ生誕500年”の記念切手で、ガマが開拓した喜望峰をまわってインドへ向かうルートの地図が描かれています。きょうから約1週間のモザンビーク→ダーバン→ケープ・タウンというルートは、ガマのインド行きとは逆回りですが、いずれも彼にゆかりの土地ですので、今の僕の気分にぴったりの1枚となりました。

 ガマは、1469年頃、ポルトガルのシーネス生まれ。1497年7月8日、ポルトガル国王マヌエル1世の命を受け、インド航路を開拓すべく4隻の艦隊を率いてリスボンを出航しました。同年11月22日、アフリカ南端の喜望峰を通過し、モザンビークに到達。さらに、1498年5月20日、インド南西のカリカットに到達し、インド航路の開拓に成功しました。ガマの艦隊は多くの犠牲者を出しながらも1499年9月、ポルトガルに帰還。さらに、1502年と1524年に第2次、第3次のインド航海を行いましたが、第3次航海でゴアに到着後、ガマ本人はマラリアに感染し、1524年12月24日、同地で客死しています。

 1969年のガマの生誕500年に際してポルトガルの7植民地では、それぞれ1種ずつ、計7種セットの記念切手を発行しました。原画作者は、7種ともJ. デ・モウラです。今回の切手はその1枚で、リスボンからインドにいたるガマの航路を示す地図が示されています。

 さて、国際切手展のスケジュールとしては、10月初めにリスボンで開催されたのち、今回のヨハネスブルグ展があり、来年早々にはデリーで展覧会が開催されることになっていますから、現在の国名でのポルトガル→南アフリカ→インドという順番と地図のルートが重なっているのが今回の記事のがミソですかね。ちなみに、僕自身は、来年2月のインド展には出品者として参加する予定です。そのときは、ゴアやカリカットなども訪ねてみたいと思っています。

 なお、移動先によっては、ネット接続できないなどの理由により、ブログの更新が滞る可能性も無きにしも非ずですが、その際はどうかご容赦ください。

* 2010年10月に頂戴した拍手の数の多かった記事のベスト3は以下のとおりです。ありがとうございました。
 1位(25票):恭喜 恭喜
 2位(13票):中国のデモ
 3位(8票):国勢調査

 
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