内藤陽介 Yosuke NAITO
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 切手に描かれたソウル:李舜臣将軍像
2013-03-31 Sun 11:58
 ご報告が遅くなりましたが、『東洋経済日報』3月22日号が刊行されました。僕の月1連載「切手に描かれたソウル」では、今回はソウル国際マラソン直後の号でしたので、マラソンのスタート地点にあたる世宗路の李舜臣将軍像を話題にしましたが、その関係でこの切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

        世宗路・李舜臣将軍像     李舜臣・標準画像

 左は、世宗路の李舜臣将軍像の画像です。李舜臣や亀甲船の切手は韓国・北朝鮮で何度か発行されていますが、ソウル世宗路の像が切手に取り上げられたことはありません。そこで、この像をめぐる論争の際に必ず持ち出される“標準肖像”の切手ということで、1975年に韓国で発行された100ウォン切手を並べてみました。

 さて、世宗路の李舜臣将軍像は、1968年4月27日に建立されました。

 朝鮮王朝時代のソウルのメインストリートは光化門=世宗路=南大門と続く道でした。現在のメインストリートとなっている光化門=世宗路=太平路=南大門道は、日本統治時代、龍山に駐屯していた日本軍が非常時に景福宮・総督府一帯へと迅速に移動できるよう、新たに造成されたものです。

 このため、朴正煕政権下で、かつてのメインストリートを復元する計画も持ち上がったのですが、風水地理学者たちから「世宗路と太平路の間が空き、南の日本の気運が強く入ってくる。これを制御する必要がある」との意見が出されました。そこで、大統領は、「朝鮮王朝の道路の中心軸を復元するのは莫大な資金がいる」と拒否した上で、「代わりに世宗路の交差点に、日本が最も恐れる人物の銅像を立てよ」と指示。これを受けて、政府の参加団体として愛国先烈彫像建設委員会が組織され、ソウル新聞社との共催で、韓国彫刻界の重鎮、金世中によって李舜臣将軍像がつくられました。

 もっとも、李舜臣の場合、彼の存命中に作られた肖像がないため、刀は顕忠祠にある李舜臣将軍の儀式用刀をモデルに、鎧は金殷鎬が1952年に制作した歴史画をもとに考証を加えて、意匠が決められました。また、制作予算が限られていて品質の良い青銅を調達しきれなかったため、廃船のエンジンや使用後の薬莢などの金属を再利用したうえ、青銅固有の色を出すために着色するなどの苦労もあったそうです。

 ところが、完成した銅像については、当初から、史実と照らして問題があるとしてさまざま批判が寄せられています。その代表的なものとしては、①将軍が右手で刀を持っているのは、刀を自分で抜けない、すなわち、降参して刃物をおさめるという意味でふさわしくない、②刀の形状が日本刀に似ている、③鎧が中国式、④将軍の顔が実際とは違う、などです。

 このため、1977年には現在の銅像を撤去して、新たな銅像を建てる計画も持ち上がったのですが、結局は実現せず、2010年に行われた本格的補修の際にも、一部では、新像建設を主張する声が上がっています。

 こうした批判に対して、補修作業に際して、ソウル市は「李舜臣将軍像は43年の歴史を持つ芸術作品であり文化財的価値がある。作り直す理由はない」と一蹴。銅像の顔が似ていないという主張については、「李舜臣将軍の国家標準画像は、銅像が制作されてた5年後の1973年に指定されたため(銅像の顔とは違うのも当然だ)」と説明しています。ちなみに、今回ご紹介の切手に取り上げられているのが、李舜臣の国家標準画像ですが、たしかに、世宗路の銅像とはかなり雰囲気が違いますな。

 ちなみに、こうしたクレームに対しては、韓国国内でもウンザリしている人は少なくないようで、韓国美術界の一部からも「銅像は史料復元ではなく芸術彫刻であるだけに、その人物が持った歴史的な意味を強調するためにやや変形することは大きな問題ではない」という声も出ているのだとか。お疲れ様です。

 さて、昨年秋から、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪では、月に一度のペースで、歴史散歩を中心としたソウルの街歩き案内の講座を行ってきましたが、新年度の4月2日からは「予算1日2000円のソウル歴史散歩」と題してお話をすることになりました。第1回目の2日は、ソウルのお花見スポットをご紹介する予定です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来ていただけると幸いです。

 * 昨晩、カウンターが119万PVを越えました。いつもご覧いただいている皆様には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。

 ** 本年11月にブラジルで開催の世界切手展<BRASILIANA 2013>の出品受付は終了いたしました。沢山のお申込み、ありがとうございました。

 ★★★ 内藤陽介、カルチャーセンターに登場 ★★★   

 4月から、下記の通り、首都圏各地のよみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で一般向けの教養講座を担当します。詳細につきましては、各講座名(青色)をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。(掲載は開催日順)

・よみうりカルチャー荻窪
 4月2日、5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日
 (原則・毎月第1火曜日)13:00~14:30
 予算1日2000円のソウル歴史散歩

・よみうりカルチャー川崎
 4月12日、5月10日、6月14日、7月12日、8月30日、9月13日
 (原則・毎月第2金曜日)13:00~14:30
 切手で歩く世界遺産


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 モンゴル国軍の人材育成支援
2013-03-30 Sat 15:51
 きょう・あす(30・31日)の2日間の日程で、安倍首相がモンゴルを訪問し、エルベグドルジ大統領やアルタンホヤグ首相と会談。埋蔵量で世界有数のタバン・トルゴイ炭田の開発協力や、自衛隊によるモンゴル国軍の人材育成支援などについて話し合われるそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        モンゴル国軍

 これは、1981年にモンゴルで発行されたモンゴル人民軍60周年の記念切手で、当時の兵器を背景にした人民軍の兵士が描かれています。現在のモンゴルの国軍は、1989年の社会主義政権崩壊後、この人民軍を継承した組織です。

 1924年に成立したモンゴルの社会主義政権は、ソ連への併合を免れるため、ソ連の衛星国として徹底した親ソ政策が採用していました。このため、中ソ対立の時代には、ソ連はモンゴルを中国に対する防波堤と位置づけ、モンゴルに対する莫大な軍事支援を行っていました。

 ところが、1991年にソ連が崩壊したことに加え、近年の中露関係の緊張緩和に伴い、ロシアからの軍事支援は激減。この結果、モンゴル軍は急速に弱体化してしまいました。

 具体的には、1970年代に2万8000人だった兵力が約1万人(予備役14万人)にまで縮小されたほか、兵器のメンテナンスができないため、かつてノモンハン事件で日本軍にも大きな打撃を与えるなど、精強で知られた機械化部隊も弱体化。さらに、戦闘機は全機が退役を余儀なくされ、空軍は事実上消滅してしまうというありさまでした。

 現在のモンゴル国軍は海外協力と災害対策を活動の中心としているほか、各国合同の軍事演習やPKO国際演習に際して演習場を提供しています。なお、国境警備隊は国軍とは別組織で、遊牧民の家畜が越境して隣国とのトラブルが発生した時に備えるのが主な任務だそうです。

 さて、モンゴルは中国の北隣に位置していますから、モンゴルの国軍を再興することは、アジアのファシスト国家である中国を封じ込めるうえでも重要な意味を持っており、尖閣侵略など、中国の直接的な脅威にさらされているわが国としても、これを支援するのは当然のことです。また、現在の国軍の中心的な活動となっている海外協力と災害対策は自衛隊の得意分野でもありますから、その意味でも、まさに自衛隊は適任といえましょう。

 おそらく、首相帰国後の報道では、炭田開発の問題に多くの時間とスペースが割かれ、自衛隊による人材育成支援のことは小さな扱いになってしまうのでしょうが、注目していきたいですね。


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 切手で歩く世界遺産


 【世界切手展BRASILIANA 2013・出品募集期間延長!】

 今年11月、ブラジル・リオデジャネイロで世界切手展 <BRASILIANA 2013> が開催される予定です。当初、現地事務局への出品申し込みは2月28日〆切(必着)でしたが、〆切日が3月31日まで延長されました。つきましては、2月14日に締め切った国内での出品申し込みを再開します。出品ご希望の方は、3月20日(必着)で、日本コミッショナー(内藤)まで、書類をお送りください。なお、同展の詳細はこちらをご覧ください。


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 コンゴPKOに平和強制部隊
2013-03-29 Fri 11:04
 国連安全保障理事会は、きのう(28日)、アフリカ中部のコンゴ(旧ザイール)に展開中の平和維持活動(PKO)部隊に、反政府武装勢力の無力化や武装解除を任務とする強制力を持った戦闘部隊“介入旅団”を組み込む決議案を全会一致で採択しました。PKOに「平和の強制執行」の任務が与えられるのは、1990年代のソマリアやボスニア・ヘルツェゴビナ以来のことだそうです。というわけで、きょうはこんな切手を持って起案した(画像はクリックで拡大されます)

        国連コンゴ派遣

 これは、1962年に国連が発行した“国際連合コンゴ活動(コンゴへのPKO派遣)”の記念切手です。

 1960年、アフリカ諸国が相次いで独立する中で、同年6月30日、ベルギー領コンゴもコンゴ共和国(旧仏領の隣国も正式な国名が“コンゴ共和国”だったため、区別するため、コンゴ・レオポルドビル、コンゴ・キンシャサなど呼ばれることもあります)として独立。コンゴ族同盟(アバコ党)の指導者であったジョセフ・カサヴブが初代大統領に、コンゴ国民運動(MNC)を率いたパトリス・ルムンバが初代首相に就任しました。

 しかし、コンゴ駐留のベルギー軍撤退問題をめぐり、急進左派のルムンバにベルギー軍が反発。コンゴ在住のベルギー国民への攻撃も相次いだため、7月8日、自国民保護のため、ベルギー軍が首相官邸を襲撃し、首都キンシャサの国際空港を占領すると、ルムンバはベルギーとの国交断絶を表明します。

 混乱の中で、地下資源の豊かなカタンガ州(たとえば、カタンガの銅生産量は当時の世界総生産量の70%を占めていたほか、いわゆるレアメタルも豊富でした)を地盤とするモイーズ・チョンベは、7月11日、ベルギーの支援を受けて、カタンガの独立を宣言。親西側のカサヴブと急進民族主義路線を掲げるルムンバの路線対立もあり、独立間もないコンゴは政府が機能不全に陥り、四分五裂の状態に陥りました。いわゆる第1次コンゴ動乱です。

 ルムンバの要請を受けた国連は、7月14日、安保理決議143を採択。ベルギー軍のコンゴからの撤退を求め、コンゴ国軍が治安維持を行なえるようなるまでコンゴ共和国と協議の上、各国から軍事援助を行なえる手段を取ることを国際連合事務総長に求めました。こうして“国連軍”が編成されてベルギー軍と交代し、カタンガ州内へも独立問題へ関与しないことを条件に進駐します。

 国連軍の進駐により、治安が次第に回復すると、ベルギーと米国は、治安が安定しているカタンガ州への国連軍進駐は、“暴動によって混乱した治安の回復”を目的とする国連軍の目的を越え、コンゴへの内政干渉にあたると抗議。これに対して、ルムンバ政権とソ連をはじめとする東側諸国はカタンガ州への国連軍進駐を強硬に主張し、両社は激しく対立しました。

 混乱の中で、カタンガに続き、ダイヤモンド鉱山で知られるカサイ州南部では反ルムンバ派が南カサイ自治国として独立を宣言。このため、8月25日、ルムンバはソ連からの武器供与を得て(実は、当初、ルムンバは米国に支援を要請していましたが、ルムンバの急進路線を危険視した米国は要請を無視し、ルムンバのソ連への傾斜を招いていたという経緯があります)、南カサイに進攻します。これに対して、カタンガは豊富な資金力を背景に白人の傭兵部隊を大量に雇い入れ、ルムンバ側からの攻撃に抵抗していました。

 カタンガ政権は、「我々は共産主義(彼らの理解ではルムンバ派や国連を指す)の魔の手からアフリカの白人を護るための十字軍である」との大義名分の下、南アや中央アフリカ連邦(現在のジンバブエ・ザンビア・マラウイで構成)で身体頑健で軍隊経験のある白人をリクルートします。

 こうして、各派入り乱れての泥沼の内戦の中で、1960年9月、大統領のカサヴブが首相のルムンバを更迭すると、ルムンバ内閣は大統領の解任を決議。政府機能は完全に麻痺し、首都の治安も崩壊する中で、9月14日、ついに国軍が動きました。CIAの支援を受けた陸軍参謀長ジョセフ・デジレ・モブツ大佐がクーデターを決行したのです。

 クーデターは大統領の支持を受けて成功し、ルムンバは逮捕され、翌1961年1月に殺害されました。これに対して、ルムンバ派は、コンゴ東部のスタンレーヴィル(現キサンガニ)を拠点に、ソ連やアラブ諸国からの支援を受けて新政府の樹立を宣言。ルムンバの殺害によって国際世論の同情を集めたスタンレーヴィル政権は、国連からコンゴの正統政権として承認を受けています。

 これに対して、同年7月、カサヴブは、カタンガ以外の勢力(ルムンバ派も含む)をまとめあげてシリル・アドウラを首相とする挙国一致体制(アドウラ政府)を樹立。この挙国一致政府を支援するかたちで、国連軍が外国人傭兵の逮捕・追放のための大規模な作戦を開始し、カタンガ政権に対する経済制裁も発動されました。資金源を断たれたカタンガ政権は急速に弱体化し、1963年1月に降伏。大統領のチョンベもスペインに亡命し、ようやく、第一次コンゴ動乱は終結します。

 ただし、1964年6月、国連軍が撤退するとピエール・ムレレ率いる共産ゲリラのシンバが中国の支援を得て反乱を起こ、いわゆる第二次コンゴ動乱が勃発。コンゴ情勢は不安定な状況が続くことになります。

 なお、1960年代のコンゴ動乱については、南ア出身の傭兵、マイク・ホアレとの関連で、拙著『喜望峰』でも、ちょっと面白いマテリアルを各種ご紹介しております。機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 
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 新しい歌舞伎座の開場
2013-03-28 Thu 11:38
 きのう(27日)、東京の歌舞伎座で新しい建物の開場式が行われ、“一番太鼓”が打ち鳴らされた後、尾上菊五郎、松本幸四郎、中村梅玉がお祝いの舞踊「寿式三番叟」を披露したそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        寿式三番叟

 これは、1992年2月20日に発行された歌舞伎シリーズ第4集のうち、「寿式三番叟」を取り上げた100円切手です。

 三番叟は、もともとは能楽の「翁」で、千歳・翁に次いで三番目に登場する老人の舞です。面をつけない直面の揉の段と黒い尉面をつける鈴の段とから構成されており、狂言方(狂言師)が舞う(専門的には、三番叟を演じる動詞は“踏む”の語が用いられます)ものです。

 ここから派生して、江戸時代には人形浄瑠璃や歌舞伎などのさまざまな分野の三番叟が発展し、特に、歌舞伎では三番叟物と呼ばれるジャンルも生まれました。いずれも、演じられる場合には、その日の最初の演目となっており、ここから、物事の始まりを意味する代名詞となっています。今回、新しい歌舞伎座の開場に際して演じられたのも、このためです。

 切手に取り上げられている演者の13代目片岡仁左衛門は、1903年、東京に生れ。実父は安田善三郎ですが、11代目片岡仁左衛門の養子に入り、1905年、京都南座で初舞台を踏みました。1951年に亡父の後を襲って片岡仁左衛門を襲名。1966年、歌舞伎座でつとめた『廓文章』(吉田屋)の伊左衛門が好劇家から高い評価を受け、1972年、人間国宝(重要無形文化財保持者)となります。1981年に国立劇場で演じた『菅原伝授手習鑑』の菅丞相は絶品を超え、天神にあやかる“神品”とまで絶賛されました。

 なお、三番叟は年賀切手の題材としてもしばしば取り上げられていますが、それらについては、拙著『年賀状の戦後史』でもご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 新連載・切手の帝国
2013-03-27 Wed 11:05
 ご報告が遅くなりましたが、大修館書店の雑誌『英語教育』2013年4月号が発売になりました。今回から、同誌では「切手の帝国:ブリタニアは世界を駆けめぐる」と題する新連載がスタートしました。で、今回は初回ですので、ストレートにこんなモノをご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

        マルレディ・カバー

 これは、1840年8月27日、ホーンキャッスルからシェフィールド宛に差し出されたマルレディ・カバーの使用例です。

 18世紀以降、近代国家としての基盤を固めたヨーロッパ諸国では、国家規模での郵便事業が展開されていました。もっとも、当時の郵便は、受取人が料金を支払うシステムになっていたほか、料金も高く、一般人には利用しにくいものでした。

 このため、英国のローランド・ヒルは、便箋の枚数と距離制によって複雑に計算されていた従来の料金体系を全国均一の重量制とし、料金の支払方法も受取人でなく差出人が支払う前納制に変えるなど、合理化・単純化を骨子とした郵便改革を提案します。

 この提案が受け入れられ、1840年1月10日から、1/2オンス以下の書状基本料金を全国1律1ペニーとする1ペニー郵便がスタートしました。そして、同年5月、新たな郵便の料金前納の証紙として世界最初の切手が発行されました。

 近代郵便の本格的なスタートにあわせて、英国政府は、切手だけではなく、マルレディ・カバーと呼ばれる封筒も発行しています。

 マルレディとは、封筒のデザインを担当したウィリアム・マルレディ(1786-1863)のことで、カバーは封筒の意味。この封筒は、すでに1ペニーの料金込みで販売されたので、切手を貼らなくとも、切手を貼った封筒と同様に料金納付済の扱いで差し出せるようになっています。

 マルレディは、貧しいアイルランドの移民の子で12歳から絵を描き始め、14歳で王立美術院に入学。田園風景に取材した作品で評判となり、画家としての地位を確立しました。また、油彩のみならず、銅版画やレタリングの技術にも習熟していました。たとえば、1807年に出版されたウィリアム・ロスコーの『蝶の舞踏会とバッタの宴』には、若き日のマルレディの手になる挿絵が13枚収められていますが、彼の絵が評判となり、1年間で4万部というベストセラーとなったそうです。

 マルレディ・カバーのイラストでは、大英帝国を示す女神ブリタニアを中央に、インド、アラビア、中国、南米など、1840年までに英国が進出していった地域の風俗が取り上げられています。新たに発足した近代郵便制度が、全世界を結びつける情報ネットワークとなるという、英国の意気込みを表現した内容です。特に、カバーの発行された1840年がアヘン戦争の起きた年でもあったことを考えると、ブリタニアの左側に描かれた辮髪の中国人の目の前に置かれた箱の中身はアヘンなのではなかろうかと想像力を掻き立てられます。

 ところで、近代郵便の創業に際して、イギリス政府は切手よりもマルレディ・カバーの方が良く売れると予想していました。ところが、実際にはマルレディのデザインは一般国民には不評で、しかも、カバーの代金には郵便料金の1ペニーに封筒代が上乗せされて2ペンスで販売されたため、売れ行きは芳しくありませんでした。

 この結果、マルレディ・カバーは皮肉屋の英国人たちの格好の餌食となり、このカバーを模したさまざまなパロディ封筒が作られ、郵便に使用されています。その中には、アヘン戦争を題材にしたものなど、見ているだけで楽しいモノも少なくありません。

 『英語教育』の連載では、今後、切手や郵便物を通じて“大英帝国”の諸相を読み解いていこうと考えていますので、よろしくお付き合いいただけると幸いです。


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 中国対アフリカ支援の原点
2013-03-26 Tue 17:32
 アフリカ諸国を歴訪中の中国国家主席、習近平は、きのう(25日)、アフリカ支援のため、3年間でおよそ200億ドルの融資を行うことを表明するとともに、アフリカ諸国に対しては領土問題などで中国を支持するよう呼びかけました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        マリ・毛沢東

 これは、1977年にマリで発行された毛沢東追悼の切手で、中国のマリ支援の象徴とされるコマテックス(COMATEX)を背景に毛沢東の肖像が描かれています。

 マリと中国との間で外交関係が樹立されたのは1960年10月25日のことです。ちなみに、わが国がマリを国家承認したのも1960年10月のことで、東アジア諸国の中で中国が特別に早くマリと国交を結んだというわけではありません。

 しかし、早くも1961年2月には、中国はマリとの間に貿易協定を調印。1963年5月には文化協力協定を調印するなどして関係を深め、1964年1月16日から21日の国務院総理(首相)の周恩来のマリ訪問(アジア・アフリカ諸国歴訪の一環として行われた)を機に、マリを親中派として確保することに成功します。

 当時、国連の代表権を有していなかった中国は、“国連の一票”としての新興独立諸国を親中派として育成することを重要な外交課題としていました。国連の代表権を台湾の国民党政権から奪取するためには、そうした親中派諸国の票固めが不可欠でしたし、中ソ対立が激化していく中で、“国際世論”の圧力により、西側諸国に借りを作ることなく、ソ連を牽制することも可能になると考えられたためです。

 こうしたことから、中国は、1954年にインドとの共同声明の形で発表した「平和5原則」の応用編として、アフリカ諸国との外交の基本方針となる“5原則”を掲げました。その内容は、①帝国主義に反対し、民族独立をかちとり、これをまもる闘争を支持する、②平和中立・非同盟政策を支持する、③自ら選んだ方式で団結と統一を実現する戦いを支持する、④平和的教義による紛争の解決を支持する、⑤主権尊重、いかなる侵略・鑑賞にも反対する、というものでした。

 そのうえで、1964年1月、マリを訪問した周恩来は、大統領モディボ・ケイタとの共同コミュニケにおいて、上記の5原則からさらに踏み込んだ「対外経済援助8原則」を発表します。

 その内容は、①平等互恵に基づく相互主義、②援助にはいかなる条件も付けず、援助国である中国にはいかなる特権を与える必要はない、③援助に際しては、無利子または低利借款など、受領国の負担を軽減する措置を講じる、④自立更生・自立化を支える援助を行う、⑤資金蓄積に役立つ建設項目を重視する、⑥価格の決定は国際市場価格による、⑦援助受領国の要員に技術を完全に把握させる、⑧援助のために派遣される中国人専門家の待遇は現地スタッフと同じものとする、という破格のもので、援助を受けるマリにとっては良いことづくめでした。

 当然のことながら、ケイタは中国の“善意”を喜んで受け入れ、以後、この8原則が中国による低開発国援助のスタンダードとなります。1964年11月にはケイタが訪中し、中国からは1965年3月には国家副主席の劉少奇が、同年9月には国務院副総理兼外交部長(副首相兼外相)の陳毅がマリを訪問するなど、両国首脳の緊密な交流も行われ、マリは国連の代表権問題でも一貫して中国を支持するなど、西アフリカにおける親中派の代表格となった。

 さて、切手に取り上げられているのは、中国によるマリへの援助の象徴とされるコマテックスです。コマテックスは、1960年代から操業を開始したマリ最大の繊維工場で、中国の全面的な支援によってセグー近郊に建設されました。1993年10月に民営化されるまでは国営で、創業以来、その製品は国内市場において圧倒的なシェアを誇っているだけでなく、輸出向けの綿製品に関してはほぼ独占状態にあります。

 なお、1993年の民営化に伴い、コマテックスの株式は公開されましたが、その結果、中国系企業集団のCOVEXが地元の民族資本を蹴散らして80%の株式を取得し(残りの20%はマリ政府が保有)、現在では完全に中国企業となっています。現在、コマテックスでは中国から大量の染料を輸入して製品をつくっていますが、工場からニジェール川に流される廃水は、中国の環境基準でも完全に違法となる水質のもので、ニジェール川とその支流の水質汚染が深刻な問題となっていることを付記しておきましょうか。

 さて、現在、4月下旬の刊行を目指して制作作業をしている拙著『マリ近現代史』では、マリと中国の関係についてもご説明おります。制作作業もいよいよ大詰めの段階ですが、今後、このブログでも随時内容の一部をご案内していきますので、よろしくお願いいたします。


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 4月から、下記の通り、首都圏各地のよみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で一般向けの教養講座を担当します。詳細につきましては、各講座名(青色)をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。(掲載は開催日順)

・よみうりカルチャー荻窪
 4月2日、5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日
 (原則・毎月第1火曜日)13:00~14:30
 予算1日2000円のソウル歴史散歩

・よみうりカルチャー川崎
 4月12日、5月10日、6月14日、7月12日、8月30日、9月13日
 (原則・毎月第2金曜日)13:00~14:30
 切手で歩く世界遺産


 【世界切手展BRASILIANA 2013・出品募集期間延長!】

 今年11月、ブラジル・リオデジャネイロで世界切手展 <BRASILIANA 2013> が開催される予定です。当初、現地事務局への出品申し込みは2月28日〆切(必着)でしたが、〆切日が3月31日まで延長されました。つきましては、2月14日に締め切った国内での出品申し込みを再開します。出品ご希望の方は、3月20日(必着)で、日本コミッショナー(内藤)まで、書類をお送りください。なお、同展の詳細はこちらをご覧ください。


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 キプロス加刷のヴィクトリア
2013-03-25 Mon 22:40
 キプロスを支援するためのキプロスとEU(ヨーロッパ連合)の話し合いが行われ、きょう(25日)、富裕層の銀行預金に対する課税や国内2位の銀行閉鎖などの基本条件で合意が成立。これにより、キプロスの金融破綻は、当面回避されました。というわけで、きょうはキプロスの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        キプロス1880

 これは、1880年に発行されたキプロス最初の切手の1枚です。用紙に異物が混入していて、それが女王の頬の部分にあたっているため、なんとなく傷がついているように見えますが、切手そのものの傷ではありません。

 さて、キプロスと地中海諸都市の郵便を始めて制度化したのはヴェネツィアで、1353年8月17日、キプロス島東部のファマグスタからコンスタンティノープル宛の郵便物がその最古の使用例とされています。この時代には郵便印は使用されておらず、代わりに、“CHE DIO GUARDI(神がそれをお守りになる)”を意味するC.D.G.の文字が記されています。

いわゆる近代郵便としては、1845年にラルナカに郵便取扱所(後に郵便局に昇格)を設けたオーストリア・ロイド社が、1864年にオーストリア切手を持ち込み、"LARNACA DI CIPRO"の表示のある郵便印を使用したのが最初といわれています。また、当時の宗主国であったオスマン帝国は、1871年にニコシアに郵便局を開設し、本国切手を持ち込んで郵便サービスを開始しました。

 1878年7月8日、エジプトの植民地化を進めていた英国はキプロスの戦略的価値に目をつけ、露土戦争後のベルリン会議でオスマン側に便宜を図った代償に島の統治権を獲得しました。これを受けて、同月27日、ラルナカに英国の郵便局が開設され、それから半年後、オーストリア・ロイド社の郵便局は閉鎖されています。当初、キプロスの英国局では本国切手がそのまま持ち込まれ、ラルナカ局では942、ニコシア局では969、キレニア局では974、リマソール局では975、パフォスでは981、ファマグスタでは982の番号の入った消印が使用されています。

 キプロス独自の切手としては、1880年4月1日、英本国の切手に“CYPRUS”と加刷した切手(今回ご紹介した切手はそのうちの1種です)が発行されたのが最初で、最初の正刷切手が発行されたのは、翌1881年7月1日のことでした。なお、1880年に発行された切手の加刷はニコシアにあった地元政府の印刷所で行われています。


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 中央アフリカで政変
2013-03-24 Sun 23:22
 中央アフリカ共和国の反政府武装勢力、セレカが、きょう(24日)、政府軍と戦闘の末、首都バンギ全域を制圧。ボジゼ大統領が隣国コンゴ民主共和国(旧ザイール)に脱出しました。ただし、首都の空港は旧宗主国のフランス軍部隊が展開して確保したそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        バンギ空港

 これは、1967年に中央アフリカで発行された航空切手で、首都バンギのバンギ・M・ポコ国際空港が取り上げられています。日本の報道では固有名詞が出てこないのですが、今回、旧宗主国のフランスが確保した空港というのは、今回ご紹介の切手の空港ではないかと思います。

 中央アフリカの首都、バンギはコンゴ川の支流であるウバンギ川河畔に位置していますが、ウバンギ川はバンギよりも上流は急流で大型商船の通行ができないため、バンギは重要な港町になっています。なお、ウバンギ川は中央アフリカとコンゴ民主共和国(DRC)との境界となっており、川を挟んでバンギとの対岸には、コンゴ民主共和国のゾンゴが位置しています。

 ちなみに、中央アフリカは、1960年の独立以来、政変が頻発していますが、1996年の騒乱に際しては、後にマリの大統領となるアマドゥ・トゥマニ・トゥーレが当時のパタセ政権と反政府勢力との調停役となり、事態の鎮静化に尽力。治安の回復と民兵などの武装解除のため、マリのみならず、セネガル、ガボン、ブルキナ・ファソの旧仏領4ヵ国で構成される多国籍軍が組織されています。また、2001年6月の騒乱に際しては、トゥーレは、国連事務総長のコフィ・アナン事務総長の特使として再度、中央アフリカに派遣されるなど、マリとも浅からぬ関係があります。

 なお、現在、4月下旬の刊行を目指して制作作業をしている拙著『マリ近現代史』では、トゥーレによる中央アフリカ問題の調停と、それにより、彼が大統領に当選するまでのプロセスについてもまとめております。制作作業もいよいよ大詰めの段階ですが、今後、このブログでも随時内容の一部をご案内していきますので、よろしくお願いいたします。


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 岩のドームの郵便学(3)
2013-03-23 Sat 22:19
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、『本のメルマガ』493号が先月25日に配信となりました。僕の連載「岩のドームの郵便学」は、今回は“岩のドーム”を取り上げた最初の切手として、イギリス委任統治領パレスチナの1927年シリーズが発行されるまでのいきさつをご紹介しました。その中から、きょうはストレートにこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        岩のドーム(1927年・8ミリーム)

 これは、イギリス委任統治領パレスチナの8ミリーム切手です。

 第一次大戦後、英国占領下のパレスチナでは、当初、エジプトポンドが使用されていましたが、1923年初、同年9月からの英国による委任統治のスタートを前に、独自通貨を導入するため、財務官を長とし、主要銀行の経営者をメンバーに含む検討委員会が発足。検討の結果、本国植民地省の監督の下、ロンドンにパレスチナ通貨管理委員会を設け、スターリング・ポンドとリンクしたパレスチナ・ポンドを創設することが決定されました。

 ただし、部内の調整などが長引いた結果、独自通貨の導入は委任統治の開始には間に合わず、新通貨の製造が開始されたのは1926年11月のことで、実際に新通貨が導入されるようになったのは1927年11月でした。新通貨は、パレスチナから分離したトランス・ヨルダンにも導入され、年末までに163万5296ポンドが発行されています。

 高等弁務官(植民地行政の責任者)として英領パレスチナに着任したハーバート・サミュエルは、当初、委任統治の正式スタートに合わせて、それまでの暫定加刷切手に代えて、パレスチナ独自の正刷切手(加刷ではないオリジナルデザインの切手)を発行することを計画していましたが、当時のパレスチナの独自通貨の導入が間に合わなかったことから、正刷切手の発行も独自通貨の導入まで延期されることになりました。

 正刷切手のデザインについて、サミュエルは、岩のドーム内のモザイクのパターンを元に、抽象的なアラベスク文様が良いと考えていました。これは、大戦中の1916年、いわゆるアラブ反乱によって発足したヒジャーズ政府の切手が、偶像崇拝を禁ずるイスラムの教義に反しないよう、当初、“聖メッカ”のカリグラフィーとアラベスク文様をデザインとしていたことに倣おうとしたものです。

 これに対して、英領パレスチナ政府関係者の間には、岩のドームのほか、エルサレム旧市街の城壁、シオン門、黄金門など、歴史的な建造物を取り上げるのが良いとの意見も少なからずありました。

 このため、サミュエルを長とする切手図案の検討委員会が組織され、利用者に親しみのある風景として、岩のドーム、ゲッセマネの教会、ナブルスの風景、ラムラの風景、嘆きの壁、ラヘルの墓(ベツレヘム)、オリーブの丘、などが切手に取り上げる題材の候補として挙げられ、切手の原画用の写真コンテストが行われています。

 コンテストの結果、最終的に委員会は、ラヘルの墓、エルサレム旧市街の城壁、岩のドーム、ティベリアスのモスクの4点が切手として採用されることになりました。

 なお、入選作品の写真を切手の原画として構成したのは、フレッド・テイラーです。テイラーは、1875年、ロンドン生まれのデザイナーで、ロンドンのゴールド・スミスカレッジやパリの市立美術学校アカデミー・ジュリアンでの修業を経て、1908年から1946年にかけてロンドン地下鉄のポスターを手掛けて人気を博していました。

 テイラーの原画をもとに、原版彫刻を担当したのはロンドンのトマス・デ・ラ・ルー社でしたが、どういうわけか、実際の印刷を担当したのはハリソン・アンド・サン社です。ハリソン・アンド・サン社は1927年4月13日から切手の製造を開始し、パレスチナ独自の正刷切手(4図案・18額面)は、新通貨が導入された11月1日から発行されました。

 その後、郵便料金の改正などにより、新たな額面の切手も追加で発行されることになるが、図案の変更は行われませんでした。かくして、岩のドームを描く切手は、他の普通切手とともに、1948年にパレスチナにおける英国の委任統治が終了し、イスラエル国家が建国を宣言するまで、アラブ系・ユダヤ系を問わず、パレスチナの住民が日常的に郵便物に利用し、彼らの生活とは切り離すことのできないモノとなっていきます。


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 世界水の日
2013-03-22 Fri 18:22
 きょう(22日)は“世界水の日”です。今年は“国際水協力年”でもありますので、現在、4月下旬の刊行を目指して制作作業をしている拙著『マリ近現代史』に関連して、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        トンブクトゥの水汲み

 これは、オート・セネガル・ニジェール時代の1909年に、トンブクトゥからフランス宛に差し出された絵葉書で、トンブクトゥの水運び人が取り上げられています。

 現在のマリに相当する地域は、フランスによる植民地統治が始まった当初、“上セネガル”という意味で“オート・セネガル植民地”と呼ばれていました。1895年、ガボンより西側の各植民地を統括するため、在セネガル(1902年まではサン・ルイ、以後はダカール)の総督の下に、セネガル、仏領スーダン(現マリ)、仏領ギアナ、コート・ディヴォワールの緩やかな“連邦”が組織されましたが、このうち、仏領スーダンについては、1899年10月、その一部が仏領ギニア、コート・ディヴォワール、ダホメに編入され、残りは、1902年、仏領セネガンビア・ニジェールに再編成されます。その地域は、おおむね、現在のセネガル・マリ・ニジェールにまたがる広大なものでした。

 ところが、1895年に発足した連邦は、1904年にダホメが加わり、正式に“仏領西アフリカ連邦”となったことを受けて、仏領セネガンビア・ニジェールは、旧仏領スーダンの古称であるオート・セネガルの名を冠した仏領オート・セネガル・ニジェールへと再編されました。今回ご紹介の葉書は、そうした経緯を経て誕生した仏領オート・セネガル・ニジェール時代のモノというわけです。

 さて、現在のマリでは、清潔で安全な水へアクセスできる人の割合は、現在の北部紛争が勃発する以前の2008年の統計で、全国で50%、人口の70%を占める農村部では36%しかありません。清潔で安全な水が得られる井戸が1基でも設置されている村の割合は、砂漠地帯の北部では30%以下で、全国にある約1万2000の村のうち、2200の村に未だ清潔で安全な水源がなく、5歳未満の子供たち1000人あたりの死亡率191人のうち、15%が汚染された水が原因の下痢かそれに類する病気というデータが出ています。

 したがって、今回ご紹介している絵葉書のような光景は、現在のトンブクトゥ市内でも見られるかどうかはともかく、まだまだマリ国内全体では珍しくないものといえそうです。

 ちなみに、2000年9月、ニューヨークで開催された国連ミレニアム・サミットでは「ミレニアム開発目標」がまとめられ、その目標のひとつとして、2015年までに、安全な飲料水および衛生施設を継続的に利用できない人々の割合を半減することが掲げられました。この期限までに、マリ国民の置かれている悲惨な水環境が少しでも改善されるためにも、一日も早い、北部紛争の終結と安定の回復をお祈りしております。


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 マリ3月クーデターから1年
2013-03-21 Thu 11:15
 2012年3月21日にマリでクーデターが発生してから、きょう(21日)でちょうど1年です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        トゥーレと胡錦濤

 これは、2010年にマリで発行された“世界の指導者”の切手の1枚で、2009年2月12日、シート地にはマリを訪問して首都バマコで大統領のアマドゥ・トゥマニ・トゥーレと握手する中国国家主席の胡錦濤が描かれています。

 この時のマリ訪問で、胡は「現在、国際情勢には複雑で深い変化が生じており、中国とアフリカの関係は重要な発展の段階にある。世界金融危機による厳しい試練を前に、中国とアフリカが団結と協力を強化することの意義は一層重大だ」と指摘するとともに、「中国は中国アフリカ協力フォーラム北京サミットで決定した各援助を真摯に実行し、できる限りの範囲内で引き続き対アフリカ援助を強化し、アフリカ諸国の債務を減免し、対アフリカ貿易・投資を拡大し、アフリカとの実務協力を強化していく」と約束しています。マリにしてみれば、重要な援助国である中国のご機嫌をとり、同時に、中国人の収集家向けに切手を輸出して外貨を稼ごうという意図が見え見えの“いかがわしい切手”ではあるのですが、2012年3月のクーデターで政権を追われたトゥーレの切手としては貴重な材料となりますので、あえてご紹介しました。

 さて、トゥーレは、1948年11月4日、仏領スーダン時代のモプティ生まれ。モプティで初等教育を、バマコで中等教育を受けた後、教師となりましたが、後にマリ国軍に入隊。カティの軍官学校を経て、空挺部隊で昇級を重ね、ソ連およびフランスにも留学し、1984年には空挺部隊の司令官に就任しました。

 1991年3月、ムーサ・トラオレ独裁政権の退陣を求める民主化運動が高揚した際、トゥーレは大統領警護司令官の職にありましたが、国民に対して銃口を向けることを拒否してトラオレを逮捕し、人民救済移行委員会の委員長に就任しています。

 クーデター後の混乱が収束したのを受けて、1991年7月29日から8月13日にかけて委員会は憲法制定のための国民会議を招集するとともに、トゥーレは1992年に大統領ならびに国会議員の選挙を行うことを公約として発表。実際、1992年5月11日に行われた大統領選挙でアルファ・ウマル・コナレが大統領に当選し、第3共和政が正式に発足するとトゥーレは自ら人民救済移行委員会委員長の職を辞して軍務に戻り、その潔さから、マリ国内のみならず周辺諸国からも、彼は“民主主義の戦士”と讃えられました。

 軍務に戻った後、トゥーレは“民主主義の戦士”としての声望を買われ、中央アフリカ共和国の紛争解決に関与。2001年6月には、国連事務総長のコフィ・アナン事務総長の特使として派遣されています。

 こうした実績を積み重ねたうえで、2001年9月、トゥーレは翌2002年の大統領選挙への出馬準備のため、軍を退役し、選挙戦を展開。2002年の選挙で当選し、2007年には再選を果たしています。

 ところで、トゥーレ政権下の2006年から2009年にかけて、マリ北部のトゥアレグ人の反乱が発生し、2009年に停戦合意が成立していましたが、その後も一部のトゥアレグ人はこれを潔しとせず、リビアに逃れて傭兵部隊に加わっていました。

 ところが、2011年10月、リビアでカダフィ政権が崩壊すると、マリ出身のトゥアレグ人傭兵の大半は、支援者(カダフィ政権は、彼らに対する物理的なスポンサーというだけでなく、黒人やベルベルに対する人種差別が根強いアラブ社会においては、貴重な保護者という側面もありました)を失っただけでなく、前政権による弾圧の実行部隊として、彼らに対する人種差別的な感情を隠さない新政権によって逮捕される恐れがあったため、リビアを逃れてアザワド地域に帰還します。

 同時に、2011年の内戦に参加した実戦経験は、旧カダフィ政権の崩壊後の混乱に乗じて彼らが持ち出した高性能の武器とともに、トゥアレグ人にとって貴重な財産となりました。

 こうした状況の下で、早くも2011年11月には“アザワド解放民族運動(MNLA:Mouvement National pour la Libération de l'Azawad)が結成され、2012年1月以降、マリ北部トゥアレグ人居住地区の独立を目標とした武装闘争を再開。1月16日から17日にかけて、MNLAはガオから東に250キロ、マリ領内の東端に位置するメナカを攻撃したほか、翌17日には、MNLAはアゲルホクとテッサリトを攻撃し、これを政府軍が奪還するという一進一退の状況が続きました。

 しかし、2月1日、マリ政府軍が“戦略的撤退”を実行すると、MNLAはメナカを制圧。アゲルホクの戦闘では政府軍兵士数十人が亡くなり、2月6日には北部の拠点都市であったキダルがMNLAによって占領されます。さらに、3月11日、MNLAはテッサリトとその空港を制圧。マリ政府軍はアルジェリアとの国境地帯まで撤退を余儀なくされたのに対して、勢いを増すMNLAはディレならびにグンダムに進攻。トンブクトゥまでわずか125キロの地点にまで到達します。

 一方、北部での紛争が激化する中で、政府軍の内部では、叛乱を鎮圧するための武器や資材が不足していることや、多くの兵士が戦死し、あるいはMNLAの捕虜となっていることについて、トゥーレ政権に対する不満が鬱積。こうした中で、2012年3月21日、前年末に国防大臣に就任したばかりのサディオ・ガサマ准将がバマコ郊外のカティの駐屯地を視察に訪れると、兵士たちはガサマの公用車に対してブーイングを浴びせ、投石する者まで現れました。さらに、兵士たちは彼を取り囲んで武器弾薬の補給を求めましたが、ガサマはそれに色よい返事をせず、カティ管区司令官の意を受けたSPが威嚇のために空に向かって発砲ししました。

 これにより、いったんは騒乱が静まったものの、ガサマがカティ管区司令官の判断に謝意を示したことで兵士たちの不満が爆発。自然発生的に反乱が発生し、アマドゥ・ハヤ・サノゴ大尉に率いられた反乱軍はバマコに向けて進軍を開始しました。

 バマコに到着した兵士たちは21日午後4時30分頃、国営放送を占拠。さらに、大統領府を攻撃し、警備隊との間で銃撃戦が展開され、スメイル・ブベイエ・マイガ外務大臣や内務大臣など複数人の閣僚が拘束された。なお、大統領のトゥーレは、銃撃戦の開始後に大統領府を脱出し、無事でした。

 翌22日未明、反乱軍は“民主主義と国家の再建のための国民委員会(CNRDR:Le Comité National pour le Redressement de la Démocratie et la Restauration de l'Etat)”を組織し、サノゴが議長に就任。サノゴは自らテレビ演説を行い、CNRDRによる権力の掌握と憲法停止、国家機関の解体を宣言。国難に際して無能なトゥーレ政権を排除し、北部の反乱を鎮圧するための武器を確保するためにクーデターを起こしたと説明しました。また、国内が再び統一され、領土が保全され次第、民政に移管することもあわせて表明しています。

 これに対して、国連安保理、アフリカ連合、西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)は一斉にクーデターを非難。CNRDRに対する政治的・経済的制裁が発動されました。

 その一方で、事態打開のため、輪番でECOWAS議長を務めていたコート・ディヴォワール大統領のアラサン・ワタラは、マリが民政に復帰すれば北部の反乱鎮圧のためにECOWASは2000人の兵士を派遣する用意があるとの解決策を示し、隣国ブルキナ・ファソ大統領のブレーズ・コンパオレが調停のための特使として派遣されます。

 この間にも、マリ北部ではMNLAが攻勢を強め、4月3日にはトンブクトゥが陥落。これにより、北部の主要都市を掌握したMNLAは、6日、キダル、ガオ、トンブクトゥの3州にほぼ相当する地域をアザワド国家としてマリから独立することを、彼らの公式ウェブサイトで宣言しました。

 これに対して、CNRDR側も早急に事態を収拾する必要に迫られ、コンパオレの仲介でトゥーレ政権とCNRDRの間で、①トゥーレとサノゴはともに辞職する、②関係者に対する恩赦を与える、③第3共和政憲法の規定に従い、国会議長のディオンクンダ・トラオレが暫定大統領に就任し、次期大統領選挙の実施と民政への復帰を目指す、ということで合意が成立。これを受けて、12日にディオンクンダ・トラオレが暫定大統領に就任し、マリはクーデター発生から22日後に民政に復帰しました。

 さて、現在、4月下旬の刊行を目指して制作作業をしている拙著『マリ近現代史』では、2012年以降のアップ・トゥ・デートな情報もできかぎり盛り込んで行きたいと思っています。なにぶんにも、現在進行形の出来事ゆえ、どこまで行けるかわかりませんが、随時、このブログでも内容の一部をご案内していきますので、よろしくお願いいたします。
 

 ★★★ 『FLASH』グラビア特集“「趣味の切手」進化論!”の御案内 ★★★

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 4月2日、5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日
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 4月12日、5月10日、6月14日、7月12日、8月30日、9月13日
 (原則・毎月第2金曜日)13:00~14:30
 切手で歩く世界遺産


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 今年11月、ブラジル・リオデジャネイロで世界切手展 <BRASILIANA 2013> が開催される予定です。当初、現地事務局への出品申し込みは2月28日〆切(必着)でしたが、〆切日が3月31日まで延長されました。つきましては、2月14日に締め切った国内での出品申し込みを再開します。出品ご希望の方は、3月20日(必着)で、日本コミッショナー(内藤)まで、書類をお送りください。なお、同展の詳細はこちらをご覧ください。


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 “フランシスコ”が正しい
2013-03-20 Wed 20:00
 きのう(19日)、正式に即位した新ローマ教皇のお名前は、これまで、“フランシスコ1世”とされてきましたが、法王庁が、別の法王が将来、同じ名前を継いで“フランシスコ2世”となるまでは“フランシスコ1世”ではなく“フランシスコ”が正しいと指摘。各メディアでも表記を訂正することになったそうです。というわけで、きょうはこんな“フランシスコ”ネタです。(画像はクリックで拡大されます)

        聖方濟各斜巷     聖方濟各斜巷(実物)

 左は2006年に中国マカオで発行された「澳門街道」の切手のうち“聖方濟各斜巷”を取り上げた1枚です。右側には、実際の“聖方濟各斜巷”の写真を貼っておきました。ポルトガル語の地名“CALÇADA DE S.FRANCISCO XAVIER”を直訳すると“聖フランシスコ・ザヴィエル歩道(舗道)”となりますが、漢字表記では方濟各(フランシスコ)だけで、ザヴィエルに相当する“沙勿略”がありませんので、聖フランシスコ通りということになりましょうか。

 さて、聖方濟各斜巷は、聖ポール天主堂跡(大三巴)の背後の旧城壁(舊城牆遺址)に沿った小道です。

  1569年にマカオに居住するようになって以来、ポルトガル人は何度となく、“海賊対策”の名目で城壁を築いてきましたが、そのたびに明朝から撤去を命ぜられてきました。しかし、1622年のオランダによるマカオ砲撃の後、さすがの明朝もポルトガルに対して城壁の建設を認めないわけにはいかなくなります。時代はちょうど明末の混乱期で、北方の満洲族対策に追われていた明朝側も、マカオに対する監視の目が行きとどかなくなっていたというじじょうもありました。

 かくして、1632年までに、ポルトガル人はギアの丘(東望洋山)から水坑尾街、モンテの丘を経て内港まで伸びる北側の城壁のみならず、半島南部にも城壁を築くことに成功します。ちなみに、明朝が滅亡するのは、それから12年後の1644年のことです。

 もっとも、こうして築かれたマカオの城壁でしたが、19世紀半ば以降、中国大陸から中国人が流入し、半島北部にまで市街地が広がったことで、かえって、域内交通にとっての障害となり、その多くが撤去されました。この結果、現在では、初期の城壁は大三巴の近くにごくわずか残るのみとなっています。

 一方、坂の上には、ナーチャ廟が見えます。

 ナーチャとは、インドの神クベーラ(毘沙門天)の3男ナラクベーラがルーツとされる童子神で、道教では悪魔を退け災厄を払う神として人気があります。

 もともと、マカオのナーチャ廟は、大三巴南側の柿山にありました。こちらの廟は、18世紀初めに腹掛けをした子供が拾われたものの、翌日、その子供はナーチャとなって風火輪に乗り飛び去ったため、廟を建てて祀ったのが起源といわれています。

 1888年、大三巴の周辺で疫病がはやったため、住民は疫病退散のために柿山のナーチャ廟を大三巴近くに移転してほしいと頼んだのですが、柿山はこれを拒否。このため、新たに作られたのが大三巴背後のナーチャ廟で、現在は、大三巴や旧城壁と並んで世界遺産に登録されています。

 なお、マカオの世界遺産については、拙著『マカオ紀行』でも詳しくご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 
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 FLASH 4月2日号
2013-03-19 Tue 17:44
 きょう(19日)、光文社の雑誌『FLASH』4月2日号が発売になりました。同誌に掲載の「新シリーズ『いま』を究める!FLASHグラビア新書Vol.12」では、“「趣味の切手」進化論!”と題して、7ページの切手特集が組まれています。(下の画像は雑誌の表紙と特集の扉です。以下、画像はクリックで拡大されます)

        FLASH 切手特集号表紙     FLASH 切手特集扉

 で、その特集記事には、僕も登場して“世界のオモシロ切手”として、各国の事情を示す切手などをご紹介しています。その中から、こんなモノをご紹介します。

        フセイン抹消カバー

 これは、2003年のイラク戦争(そういえば、明日=20日は、イラク戦争の開戦10周年でしたな)により、サダム・フセイン政権が崩壊した直後の6月29日(消印は“92日”になっていますが)、バグダードで差し出された市内便で、フセイン政権時代に発行されたフセイン65歳誕生日の記念切手が、肖像部分をペンで抹消して使用されています。

 1991年の湾岸戦争後、イラクが受諾した停戦決議(決議687)では、イラクは大量破壊兵器の保持してはならないとされ、UNSCOM(国際連合大量破壊兵器廃棄特別委員会)がイラクの兵器の保有状況、製造設備などを調査することになりました。当初、イラク側は、UNSCOMの調査に比較的協力的でしたが、UNSCOMの主任査察官が米国の諜報関係出身者であり、調査に米国の意向が反映されたことに反発。次第に、調査に対して協力しなくなり、偽装工作や査察妨害などが行われるようになりました。これに対して、米国は安保理決議688を根拠としてイラク北部に飛行禁止空域を設定しただけでなく、1992年にはフランス、イギリスと協調してイラク南部にも飛行禁止空域を設定。これに反発したイラクは、地対空ミサイルの配備や軍用機による意図的な空域侵犯を行い、米英が制裁としてイラク軍施設を攻撃するという構図が繰り返され、UNSCOMは1998年末で活動停止に追い込まれました。

 一方、1995年ごろから、イラクに対する経済制裁に対しては国際社会からも不満の声が高まるようになります。

 そもそも、湾岸戦争の直前、食糧自給率が3割程度しかなかったイラクに対して、食糧を含む輸出入を禁ずることに対しては、経済制裁が開始された当初から、人道上の理由で反対する声が欧米でも少なくありませんでした。また、潜在的な域内大国であるイラクとの経済関係を遮断することは周辺諸国にとって多大な経済的犠牲を強いることにもなっていました。さらに、産油国イラクとの交易再開を求める声は、終戦から3年以上経過すると、西側諸国の間でも無視できないものとなっていましたし、戦争被害に対する補償や国連自身のイラクでの活動に必要な資金をまかなうためにも、イラクに一定の石油を輸出させ、その代金を活用すべきだという案は国連にとっても魅力的なものでした。

 このため、1995年4月、半年間に20億ドルを越えない範囲での石油輸出を許可し、食糧・医薬品などの人道物資の輸入を認めるという国連安保理決議986号が採択されます。当初、イラク側は、経済制裁の完全解除を求めて同決議を拒絶しましたが、1996年に入ってこれを受諾し、同年12月からイラク産原油の輸出が再開されました。以後、イラクは、ロシア、フランス、中国を味方につけて国連との交渉を有利に進め、その結果として、イラクに対する経済制裁は次第になし崩しとなっていきます。そして、石油輸出の上限が廃止された1999年以降、イラクは実質的に国際経済への復帰を果すことになりました。

 こうして、イラク情勢は安定に向かうかと思われましたが、2001年、イラクを露骨に敵視するブッシュJr政権が発足すると、再び、イラクと米国の関係は緊張。米国は、イラク側が停戦条件に違反して大量破壊併記を秘密裏に製造しており、国際テロ組織アルカイダを支援している疑いがあるなどと主張し(ただし、戦後になって、大量破壊兵器は存在しなかったことが明らかになり、フセイン政権とアルカイダとの関係は立証できませんでしたが…)、国連の査察を受け入れないことを理由として、英国などとともに多国籍軍を構成し、2003年3月20日、対イラク戦争の開戦に踏み切りました。

 イラクに侵攻した多国籍軍は、4月10日までに首都バグダードを制圧するなど、開戦後約3週間でイラクの主要都市を攻略し、フセイン政権を崩壊させました。そして、5月1日、ブッシュJr大統領が“大規模戦闘終結宣言”を発し、イラクはアメリカ・イギリスを中心とする有志連合の軍事占領下に置かれ、連合国暫定当局(CPA)によって統治されることになりました。今回ご紹介のカバーは、そうした時期のもので、新体制下での切手発行が間に合わなかったための暫定的な使用例です。

 その後、フセインは2003年12月に逮捕され、1982年に自国のシーア派住民を大量殺害したことが人道に対する罪にあたるとして死刑判決を受け、2006年12月に処刑されましたが、イラク国内はスンニ派とシーア派、クルド人勢力の対立から治安が極端に悪化し、テロが横行する状況となりました。

 こうしてみると、“民主化”によって国民の言論の自由は保障されたものの、人々が生命の危険を身近に感じるようになっている状態と、秘密警察による監視の目が張りめぐらされた恐怖支配ではあっても、宗派対立が抑え込まれて治安はよい状態とでは、はたして、どちらの方が国民にとって幸福であるのか、評価の分かれるところでしょうな。

 さて、今回の『FLASH』の切手特集では、昭和30-40年代に発行された記念切手の現状や中国の切手バブルの話、そして、各国事情が反映された“世界のオモシロ切手”の話など、盛りだくさんの内容となっております。雑誌は全国書店はもとより、駅売店・コンビニなどでも実物をお手に取っていただけますので、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 プエルト・リコ加刷
2013-03-18 Mon 14:33
 野球のWBC準決勝は、我らが日本代表がプエルト・リコに1-3で敗れ、3大会連続の優勝は果たせませんでした。まぁ、残念といえば残念ですが、ここは潔く勝者のプエルト・リコに敬意を表して、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        プエルト・リコ加刷

 これは、1899年に発行されたプエルト・リコ加刷の切手です。

 プエルト・リコは、1493年11月19日にコロンブスが到着して以来、スペインの植民地でした。19世紀後半、キューバの独立戦争がはじまると、プエルトリコでも独立運動が高揚。このため、1897年、スペイン当局はプエルト・リコ側の自治を認め、1898年3月に自治政府が成立しました。

 ところが、1898年4月のメイン号事件を機に米西戦争が勃発すると、同年8月、米軍に占領され、戦後は米国に割譲されます。

 郵便に関しては、1899年3月15日以降、米本土の切手に当初は“PORTO RICO”、後に“PUERTO RICO”と加刷した切手が発行されましたが、1900年7月、プエルトリコ民政府の設立(これにより、1898年の自治政府は解体)とその自治内容を定めたフォラカー法が成立すると、独自の加刷切手発行は停止され、本国切手がそのまま使われるようになりました。

 以後、プエルト・リコは米国大統領が知事を任命する直轄領となりましたが、これを受けて、完全独立派、米国の州への昇格を求める州昇格派、現状のまま自治権の拡大を求める自治権拡大派の3つの政治潮流が生まれることになります。

 第二次大戦後、プエルト・リコでは独立運動が激化。1950年には一部急進派が“プエルトリコ自由共和国”の成立を宣言し、トルーマン大統領の暗殺事件まで発生。このため、米本国は事件を鎮圧するとともに、1952年にはコモンウェルスとして内政自治権を付与しました。この結果、現在、プエルト・リコの国際的な地位は“米国の自治的・未編入領域”という格好になっており、内政の自治権があることから、スポーツの国際大会などでは、米本国とは別の“ナショナル・チーム”が派遣されているというわけです。

 そういうことなら、切手も米本土とは別のモノを発行してもよさそうなのですが、カリブの小国が独自に切手を発行するとなると、やはり“いかがわしい切手”ばかりになる可能性が高いですからねぇ。収集家としては、やはり今後も現状のままでいてほしいですな。
 

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 4月2日、5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日
 (原則・毎月第1火曜日)13:00~14:30
 予算1日2000円のソウル歴史散歩

・よみうりカルチャー川崎
 4月12日、5月10日、6月14日、7月12日、8月30日、9月13日
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 切手で歩く世界遺産


 【世界切手展BRASILIANA 2013・出品募集期間延長!】

 今年11月、ブラジル・リオデジャネイロで世界切手展 <BRASILIANA 2013> が開催される予定です。当初、現地事務局への出品申し込みは2月28日〆切(必着)でしたが、〆切日が3月31日まで延長されました。つきましては、2月14日に締め切った国内での出品申し込みを再開します。出品ご希望の方は、3月20日(必着)で、日本コミッショナー(内藤)まで、書類をお送りください。なお、同展の詳細はこちらをご覧ください。


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 泰国郵便学(24)
2013-03-17 Sun 18:03
 ご報告が遅くなりましたが、財団法人・日本タイ協会発行の『タイ国情報』第47巻第1号ができあがりました。僕の連載「泰国郵便学」では、今回は1963年後半、サリット政権からタノーム政権への移行期について取り上げました。その中から、きょうはこの切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

        タイ・国王36歳誕生日

 これは、1963年12月5日に発行された“国王陛下36歳誕生日”の記念切手です。

 1959年以降のサリット政権の時代の一つの特徴として、1932年の立憲革命によって大きく損なわれた王室の権威を復権させ、国王を中心とする“タイ国家”というイメージを浸透させたことが挙げられるのは、以前にもご紹介したとおりです。

 さて、サリットは、1963年12月8日、55歳で病没しますが、その直前の12月5日、そうしたサリット政権の特徴を象徴するかのような切手が発行されました。すなわち、国王36歳誕生日の記念切手です。

 タイでは伝統的に干支で年齢を表し、一周する12年ごと、60年ごとに盛大に祝う習慣がありますから、国王36歳の誕生日もその対象となりうるのですが、国王の誕生日にそれを直接的に寿ぐ記念切手が発行されたのは、今回が初めてのことでした。

 タイにおいて歴代国王の誕生日に祝賀のセレモニーが行われるようになったのは、モンクット王(ラーマ4世、在位1851-68)以降のことで、当時の記念式典は王宮ならびにワット・プラケオで1回ずつ、計2回行われていました。

 これに対して、ナショナル・デーとなった現在の国王誕生日では、式典の規模も大幅に拡大され、通常、12月3日から6日まで4日間の日程が組まれています。

 すなわち、初日の12月3日には国王は国軍の閲兵式を行い、翌4日にはドゥシット地区のチットラダー宮殿の玉座の間で各界の代表を前に誕生日のスピーチを行います。誕生日当日の5日には、午前中、王宮内のアマリン宮殿で王族ならびに国民代表からの祝辞を受け、国軍から祝砲を受けます。午後には、タイ仏教の高僧に称号を与えてから彼らの説教を聞き、式典に参列した王族には金品が下賜されます。また、当日は一般国民による祝賀の記帳も行われます。そして、最終日の6日には、アマリン宮殿で僧侶に対する喜捨の後、国王は彼らの説教を聞き、チャオプラヤー川に動物を放してタンブン(功徳を積む行為)を行います。さらに、7日には、外国大使を招いて、政府主催の祝賀パーティーが行われるのが通例です。

 このように、国王の誕生日を祝う祝賀イベントが大々的に行われるようになったのは、1960年にサリットみずから、タイにとっての“ナショナル・デー”は国王誕生日であると宣言してからのことであり、36歳の誕生日という節目の年に記念切手を発行したこととあわせて、祝祭を通じて、国王の権威を国民に対して可視化しようという政権の意思が明瞭にうかがえます。

 また、今回ご紹介の切手の左上には、タイの王家であるチャクリー家の象徴、“スダルシャナ(ヴィシュヌ神の力の象徴である円盤状の武器)の中にあるトリシューラ(シヴァ神が持つ三叉戟)”が描かれています。これは、タイの国王がヴィシュヌ神の生まれ変わりであり、仏陀の生まれ変わりでもあることを意味するデザインですが、そうしたシンボルを国王と並べて描くことにより、国王が、文字通り“神聖にして侵すべからざる存在”であることを表現しようという意図が込められていると考えてよいでしょう。

 さて、今回の記事では、このほか、サリット政権の時代のインドシナ情勢の変化と、タイ国内における米軍基地の展開などについてもまとめております。機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 4月から、下記の通り、首都圏各地のよみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で一般向けの教養講座を担当します。詳細につきましては、各講座名(青色)をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。(掲載は開催日順)

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 日銀新総裁・副総裁決定
2013-03-16 Sat 10:28
 次期日本銀行(日銀)総裁に黒田東彦アジア開発銀行総裁、副総裁に岩田規久男学習院大学教授と中曽宏日銀理事を充てる人事が、きのう(15日)、参院本会議で承認され、正式に決定しました。というわけで、きょうは、新総裁に敬意を表してこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        アジア開発銀行年次総会

 これは、1987年4月27日に発行された“第20回アジア開発銀行年次総会”の記念切手です。

 アジア開発銀行(ADB:Asian Development Bank)は、アジア・太平洋における経済成長及び経済協力を助長し、開発途上加盟国の経済発展に貢献することを目的に設立された国際開発金融機関です。国連のアジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)の発案により、1965年、マニラで設立協定が採択され、翌1966年11月、東京で設立総会が開催されました。本部はマニラに置かれており、同年12月から業務が開始されました。

 現在は67の国と地域が参加しており、日本とアメリカが最大の出資国(ともに出資比率15.7%)で、歴代総裁はすべて日本人が務めてきました。その年次総会は、アジア・太平洋地域の国とアメリカ・ヨーロッパなど域外の国の財務大臣・中央銀行総裁が一堂に会する国際会議で、アジア・太平洋地域の経済開発に関する意見交換を行うとともに、ADBの重要事項について、意思決定を行うために開催されます。

 創立20周年にあたる1987年の総会は、最大の出資国でもある日本で20年ぶりに開催することになり、4月27日から29日まで、大阪市の大阪ロイヤルホテルに47ヵ国の財務大臣・中央銀行総裁等を集めて行われました。今回ご紹介の記念切手は、日本が主導的役割を果たしている数少ない国際機関の一つであるADBの大阪での年次総会の開催ということで、会期初日の4月27日に切手は地図とシンボルマークを組み合わせた記念切手2300万枚が発行されました。

 さて、今回の日銀人事は、国会の所信聴取で積極緩和を進める方針を表明している黒田総裁に加え、リフレ派経済学の理論的支柱ともいうべき岩田副総裁という配置で、三重野康総裁(任期1989-94年)以来、日銀がこれまで頑なに固守してきたデフレ政策を大幅に転換することが期待されており、一種の“革命”とさえ言われています。まぁ、これまでの日銀執行部がどれほど高邁な理論を掲げていようとも、彼らの失策ないしは無為無策により日本経済が長期間の低迷を続け、資産価値は大幅に減少し、国民が塗炭の苦しみを味わってきたこと、さらに、金融政策の転換を唱える第二次安倍政権が誕生した瞬間に、株価が上昇し、円高が是正されたということは、誰にも否定できない厳然たる事実なわけで、今後、白川総裁以下、現執行部の責任は厳しく追及されなければなりませんな。

 個人的には、せっかくの“革命”なのですから、白川総裁以下、これまでの執行部メンバー(もちろん、新副総裁に決定した中曽理事も例外ではありえません)は全財産を没収の上、逮捕・投獄し、公開処刑にしてほしいところですが、現実には連中は優雅な老後を過ごしていくことになるんでしょう。気に入らないといえば気に入らないのですが、まぁ、景気が良くなり、そのおこぼれが僕のところにまで回ってくれば、それで良しとするしかないかな。


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 TAXE
2013-03-15 Fri 12:01
 所得税の確定申告は今日(15日)までですが、皆さんは無事に済まされましたか?手回し良く2月中に済ませたという方も多いのでしょうが、僕は今年もまた〆切ギリギリ、先ほどようやく書類を完成させ、これから昼食を済ませたら、税務署に行くというところです。というわけで、毎年恒例“TAX”ネタの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

        マリ・不足料切手

 これは、1961年5月18日、独立後間もないマリで発行された不足料切手で、バンバラ族の頭に着ける装飾が描かれています。

 近代郵便が料金の前納制を原則としている以上、料金の未納・不足というのは一定の割合で必ず発生します。そうした場合、郵便サービスを提供する側としては、不足分+ペナルティを受取人から徴収しようとするわけですが、そうしたペナルティ込みの料金を徴収するための切手、すなわち不足料切手を発行している国というのは少なからずあります。(日本では発行されたことがありません)

 今回ご紹介のマリの切手もその1枚で、フランス語で郵便料金(=郵税)を意味する“TAXE”の文字がしっかりと入っています。

 切手に取り上げられた装飾をつけるバンバラ族は、マリ西部に居住するマンデ系民族で人口は200万人弱。これは、マリにおける最大の部族集団で、彼らが用いるバンバラ語は、フルフルデ語、ソンガイ語、タマシェク語とともに国語に指定されています。かつてサハラ交易で繁栄したマリ帝国(ちなみに、現在のマリの国名は同帝国にちなむものです)を築いた部族ですが、当初、イスラムへの改宗を拒んだことから、現地の言葉で“不信心者”を意味する“バンバラ”のレッテルが貼られるようになりました。ただし、現在のバンバラ族の大半はムスリムです。

 彼らが不信心者とされたのは、サバンナの動物を讃える独自の宗教文化を形成してきたためで、今回ご紹介の切手に取り上げられた装飾もその一例です。なお、これを実際に頭につけて踊っている場面は、下のような感じです。(画像は手元の絵ハガキの一部をトリミングしたものです)

         バンバラ舞踊

 さて、現在、4月下旬の刊行を目指して制作作業をしている拙著『マリ近現代史』(仮題)では、マリの各部族の伝統的な生活などについても、絵葉書などでご紹介する予定です。正式なタイトルや価格などが決まりましたら、随時、このブログでもご案内していきますので、よろしくお願いいたします。


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 ローマ教皇とマリ
2013-03-14 Thu 10:00
 新たなローマ教皇を選ぶヴァチカンの選挙会議“コンクラーベ”は、日本時間の今朝未明(現地時間13日午後)の投票で、アルゼンチン・ブエノスアイレス大司教のホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿を第266代法王フランチェスコ1世として選出しました。中南米出身の法王は初めてで、欧州以外から法王が選ばれるのは、731年にシリア出身のグレゴリオ3世が選ばれて以来、約1300年ぶりだそうです。というわけで、現在制作中の『マリ近現代史』のなかから、教皇ネタということでこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        教皇マリ訪問

 これは、1990年にマリで発行された教皇マリ訪問の記念切手です。当時の教皇ヨハネ・パウロ2世は、1990年1月25日から2月1日にかけて、西アフリカのカーポ・ヴェルデ、ギニア・ビサウ、マリ、ブルキナ・ファソ、チャドの各国を歴訪。このうち、マリには1月28・29日の両日滞在しました。なお、教皇がその在位期間にマリを訪問したのは、現在までこの1回しかありません。なお、教皇の隣に描かれている建物は、首都バマコの大聖堂です。

 もともと、カトリック教会はアルジェリアやテュニジアでの信徒の拡大を目指していたが、北アフリカの地域はムスリムの社会的な影響力が強く、住民を改宗させるのは容易なことではありませんでした。

 このため、1867年にアルジェリアの大司教となったシャルル・ラヴィジュリーは、1868年にサハラ・スーダン知牧区を設定したうえで、1876年1月15日、3人の宣教師にキャラバン隊を組織させ、遊牧民のトゥアレグ人を案内役として、サハラ砂漠を越えてトンブクトゥを目指す布教の旅に送り出します。ところが、宣教師たちは途中でトゥアレグ人の裏切りに遭って殺害されてしまいました。

 その後、1881年12月18日には、あらためて、サハラ越えの宣教師のキャラバンがテュニジアを出発しましたが、またしても途中でトゥアレグ人のガイドに殺害されてしまい、カトリック教会はサハラ越えのルートでトンブクトゥに入り、布教を行うというプランは断念せざるをえなくなりました。

 そこで、1885年、オーギュスタン・アカール神父はサハラ越えではなく、フランスの拠点であったセネガルから西アフリカ内陸に向けて出発し、4月1日、ニジェール内陸デルタの端に位置するセグーに到着。5月2日にはデルタ北端のトンブクトゥに到達し、1899年までに、セグーにおけるカトリック教会の基盤を築くことに成功しました。これとは別に、1843年にセネガルに支部を設けた聖霊修道会も、1888年にはキータに、1892年にはカイに布教のための拠点を設定。

 こうして、19世紀末、現在のマリの地域がフランスの植民地になるのと軌を一にして、現地での布教活動が進められ、現在のクリスチャン人口は総人口(2010年の統計で1500万人強)の5%と言われています。

 教皇が訪問した1990年のマリは、ムーサ・トラオレ独裁政権の末期で、同年10月にはマリ民主同盟が設立され、民主化を求める反政府デモが激化。そして、翌1991年3月には、国軍が民主化勢力に寝返る形でクーデターが発生し、1968年以来の長期政権は終末を迎えることになりました。あと少しタイミングがずれていれば、教皇のマリ訪問は実現しなかったかもしれません。

 さて、現在、4月下旬の刊行を目指して制作作業をしている拙著『マリ近現代史』(仮題)では、1991年に軍事独裁政権が倒れ、民主化を達成したマリが、2012年以降、内戦に突入していく経緯やその後の現在にいたる状況についてまとめております。正式なタイトルや価格などが決まりましたら、随時、このブログでもご案内していきますので、よろしくお願いいたします。


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 アンシュルス75年
2013-03-13 Wed 21:07
 1938年3月13日の“アンシュルス(独墺合法)”から、きょうでちょうど75年です。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        独墺合邦

 これは、1938年3月13日のアンシュルスを記念して発行された完成絵葉書で、ドイツとオーストリアの合邦状態の地図を背景にしたヒトラーの肖像が描かれています。葉書の下には「1938年3月13日 一つの民族・一つの帝国・一人の総統」というスローガンが入っています。

 19世紀以来、ドイツ国家の統一をめぐっては、多民族国家であるオーストリアを排除した“小ドイツ主義”と、オーストリアを含めた全ドイツ語圏の国家統一を目指す“大ドイツ主義”の対立がありましたが、1866年の普墺戦争の結果、プロイセンが主導権を掌握するかたちでの“小ドイツ主義”による統一が進められ、1871年、プロイセン王を皇帝とするドイツ帝国が成立しました。

 しかし、第一次大戦の敗戦により、ハプスブルク帝国が解体されると、ドイツ人が圧倒的多数を占める新生オーストリアにおいて、ふたたび、アンシュルス(独墺合邦)を求める“大ドイツ主義”が再浮上します。これに対して、戦勝諸国は、敗戦国のドイツがかえって国土を拡大させるのはおかしいとして、アンシュルスを認めず、1919年9月に締結されたサン=ジェルマン条約によって合邦は禁止されました。

 これに対して、1933年、オーストリア生まれのヒトラーが政権を掌握すると、その支援を受けたオーストリアのナチス党員がアンシュルスの実現を掲げ、政権奪取のためには暴力も辞さずという行動を展開。これに対して、アンシュルスが実現されるとヒトラー政権と国境を接することになるイタリアは、当初、明確に合邦に反対の立場を取っていました。

 一方、オーストリア国民の間では、そうしたオーストラリアのナチスの暴力に対しては反感を持っているものの、アンシュルスそのものは支持するという声が多数派でした。また、イギリスが対独宥和政策を展開している中で、1935年以降、エチオピア侵攻で国際的に孤立したイタリアはドイツとの協調路線に転換してベルリン・ローマ枢軸が成立。

 こうして、アンシュルスに対する国際的な障壁を取り除いたうえで、オーストリアでアンシュルスの是非を問う国民投票が計画されたことを察知したドイツは、1938年3月10日、オーストリア制圧作戦“オットー』”を発動。12日から、ドイツ軍が国境を越えてオールトリア各地に進駐を始め、翌13日、オーストリアを新たなドイツの州、オストマルク州とする法案「ドイツ帝国とオーストリア共和国の再統合に関す法律」の署名が行われました。この間、オーストリア国民は進駐してきたドイツ軍を熱狂的に歓迎し、そのために進軍速度が鈍ることもあったそうです。

 このように、独墺合邦の当時、オーストリア国民は“ヒトラー万歳”でこれを受け入れたわけですが、戦後になっていきなり、自分たちは被害者だったというのは、僕たちから見ると違和感をぬぐえませんねぇ。まぁ、アンシュルスに限らず、ヨーロッパの“戦後”というものが、ともかくも、ヒトラーとナチスにすべての“責任”を押し付けて、自分たちが頬かむりをしているということだけは、十分に理解しておかないと、厄介なことになると思います。無論、そこに目をつむったまま「日本はドイツに学べ」と言っている人たちのことを信用しろというのは、どうにも無理な相談ですな。


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 台湾の“指名献花”は当然
2013-03-12 Tue 22:04
 昨日(11日)、日本政府主催で行われた東日本大震災の追悼式典で、わが国が台湾の対日窓口機関・台北駐日経済文化代表処の沈斯淳代表(駐日大使に相当)の席を各国外交団や国際機関の代表が並ぶ来賓席に用意し、献花に際して国名を読み上げる「指名献花」の待遇をしたことに対して、中国共産政府(以下、中共)が式典を欠席したうえ、“不快感”を示しているそうです。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        台銀券加刷

 これは、第2次大戦直後の1946年6月に発行された“限臺灣省貼用”の加刷切手です。

 1945年に中国国民政府(以下、国府)が接収した直後の台湾では、当初、日本統治時代の旧台湾銀行券(日本円と等価)が流通していました。国民党政権は、1946年に旧台湾銀行と台湾貯蓄銀行、三和銀行を接収・合併し、新たに台湾省営の“台湾銀行”を設立。同年5月22日から、旧台湾銀行券と等価の“台幣”(1949年6月以降の“新台幣”と区別して“旧台幣”と呼ばれます)を発行・流通させましたが、住民の間では台幣よりも旧台銀券に対する信用が厚く、旧台銀券から台幣への交換はスムースには進みませんでした。

 そもそも、国府が大陸で使用させていた法幣(国府の法定通貨)を台湾で流通させず、旧台幣を発行した背景には、日中戦争が終結するや国共内戦が再燃するという混乱の中で、大陸経済が極端に疲弊し、法幣の信用が失墜していたという事情があります。国府にしてみれば、自らの戦後復興ならびに共産党との内戦の資金源として、新たに獲得した台湾の価値を維持しておくためには、台湾を大陸の経済的混乱から隔離しなければならず、台湾内で法幣を流通させるわけにはいかなかったのです。

 通貨制度が異なれば、当然、切手も別のものとなります。
 
 今回ご紹介の切手はそうした事情の下に発行されたもので、日中戦争下の1941年に香港の商務印書館で印刷された5分切手(描かれている人物は孫文の側近として活躍した廖仲愷)に、台湾内でのみ有効であることを示す“限臺灣省貼用”の加刷がなされています。額面が中国式の“5分”ではなく、旧台銀券に対応して“5銭”となっている点に注目してください。

 旧台銀券と旧台幣の交換レートは1:1であるから、理論上は、どちらの通貨で額面を表示しようとも実務上の問題はありません。しかし、通貨を発行し、それを支配地域で流通させることが国家にとって重要な主権行為であることを考えるなら、日本統治時代の残滓ともいうべき旧台銀券での額面表示は、国府にとって決して好ましいことではないはずです。それにもかかわらず、実際の生活の中では旧台銀券表示の切手が堂々と流通していたということは、結果的に、国府の支配が台湾社会に十分浸透していなかったことの表れといってよいでしょう。

 共産党との内戦に追われていた国府には台湾に良質の人材を配置する余裕はなく、台湾に進駐してきた外省人には“十官九貪”とよばれたほど貪官汚吏が多くいました。復興に使われるべき工場施設や備蓄されていた米や砂糖を投機のために上海や南京に売り飛ばすことが横行し、「1年の豊作で3年食べられる」といわれた台湾で、日本統治下では戦争末期にもなかったほどの深刻なコメ不足が発生。島から逃げ出す犬(強圧的ではあったが規律のあった日本人)と入ってくる豚(無規律で腐敗・無能が蔓延する外省人)を並べ、「犬は人間を守ることはできるが、豚はただ喰って眠るだけだ」と記した風刺画が各所に貼られたのは、この時期のことです。

 これに対して、外相人の官吏は本省人(第2次大戦以前からの台湾居住者)の“奴隷根性”を批判。両者の溝は深まるばかりでした。

 こうした状況の中で、本省人の不満が爆発したのが1947年の二・二八事件(台湾大虐殺)です。

 1947年2月27日、台北市で闇タバコを販売していた本省人女性に取締の役人が苛烈な暴行を加えたことに対して、翌28日、多くの本省人が市庁舎への抗議デモを行いました。これに対して、憲兵隊が発砲すると、抗争はたちまち台湾全土に拡大。本省人は多くの地域で一時実権を掌握しましたが、国府は大陸から大規模な軍隊を投入して3月末までに“暴徒”を鎮圧し、国府に批判的な市民を徹底的に弾圧しました。

 事件鎮圧後の1947年5月以降、郵便の現場でも旧台銀券の受け付けは停止され、“限臺灣省貼用”の切手の額面も純然たる旧台幣表示に変更されましたが、ついに、大陸と台湾で同じ通貨が使われることはなく、それゆえ、同じ切手が使われることもありませんでした。

 そうしたことからも、このブログでも行くとどなく繰り返し申し上げていることですが、いわゆる“一つの中国”が歴史的には全く根拠のないデタラメでしかなく、台湾が(少なくとも郵便という面では)いままで一度も“中国”に組み込まれたことはなかったことは明々白々です。

 したがって、わが国が台湾をどのように処遇しようと、中共ごときにとやかく言われる筋合いは全くありません。中共外務省の報道官は「日本側の行為は、日中共同声明の関係原則や精神に反し約束違反である。中国はすでに、日本に対して断固反対するとの態度を表明した」などと言っているようですが、常識的に考えれば、日中共同声明の方がはるかに外交の常識を逸脱した内容なわけであって、可能であるなら、そんなものは直ちに破棄してしまいたいというのが多くの国民の偽らざる感情でしょう。ましてや、台湾は2年前の震災に際して、他のどの国よりも多大なる善意を寄せてくれた国です。PM2.5の汚染物質を垂れ流し、わが国にも大きな被害を現在進行形で与えていながら、なんら恥じることのないファシスト国家と同様の扱いなどしたら、それこそ、失礼といえましょう。

 なお、いわゆる“一つの中国”がどれほど馬鹿げた妄想かという点については、拙著『事情のある国の切手ほど面白い』でも1章を設けてご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 4月2日、5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日
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 東日本大震災から2年
2013-03-11 Mon 14:13
 2011年3月11日の東日本大震災から、今日でちょうど2年です。というわけで、きょうはこんなモノを持て来ました。(画像はクリックで拡大されます)

        モザンビーク・東日本大震災

 これは、昨年、モザンビークで発行された“日本の犠牲者に捧ぐ”と題された小型シートで、東日本大震災が取り上げられています。シートのデザインについては、椙山哲太郎さんのHyper Philatelistの記事に詳しいので、そちらをご参照いただくのがよろしいかと思いますが、とりあえず、シート地の左下部分に取り上げられた「自衛隊員に救出された赤ちゃん」は、震災発生後68時間ぶりに救助された石川彩花さん(当時生後4ヶ月)を抱いている陸上自衛隊の千葉浩司2等陸曹を撮影した報道写真が元になっていることだけ、記録のためにご紹介しておきます。

 さて、椙山さんの記事の後追いというだけではちょっと芸がないので、ここでは、この切手を見て僕なりに考えたことを書いてみたいと思います。

 今回ご紹介の切手を発行したモザンビークは、いわゆる全世界の切手収集家をターゲットに、国内の郵便に使うためではなく、外貨稼ぎのために“いかがわしい切手”を濫発することで知られています。実際、モザンビークの首都、マプトの中央郵便局に行ってみると(その時の体験談はこちらをご覧ください)、そうした“いかがわしい切手”(現地では“フィラテリーの切手”と呼ばれていました)を販売する窓口と、実際に郵便に使うための切手を販売する窓口は完全に別になっており、“フィラテリーの切手”は郵便料金の前納の証紙としては無効とされています。“フィラテリーの切手”と実際に郵便に使える切手はどのように見分けたらよいのか、その基準は現地の郵便局員に聞いても定かではないのですが、常識的に考えて、今回ご紹介の切手は“フィラテリーの切手”と考えるのが妥当だと思われます。

 “フィラテリーの切手”すなわち“いかがわしい切手”というと、コレクターの収集対象としてはそれだけで忌避されることが多いのですが、ちょっと角度を変えて考えてみると、興味深い情報が浮かび上がってきます。

 すなわち、切手の発行を単純に外貨獲得のための輸出ビジネスととらえるのなら、切手の題材は、発行国の国内事情とは無関係に、より国際市場で人気を得られるようなもの、すなわち、より多くの売り上げが見込めるものこそが適切であるということになります。“いかがわしい切手”を発行する国(正確にはそうした切手に発行者としての名義を貸す国)や、そうした切手を企画するエージェントにとっては、どれほど立派な主義主張や思想信条、愛国心などを掲げてみても、“商品”としてその切手が売れないのであれば、全く意味がないからです。

 したがって、“いかがわしい切手”の題材を丹念に分析していけば、どこにそうした切手を買うだけの資金があるのか、マーケットがその時点で何に関心を持っているのか、逆算して理解できるということになります。1964年の東京五輪に際して諸外国が発行した切手の多くが、日本の収集家を意識して日本的な題材を盛り込んだものというよりも、五輪切手のコレクターを意識して純然たるスポーツ切手だったのに対して、1970年の大阪万博に際して諸外国が発行した記念切手の多くが“日本”を強調した内容となっているのは、1964年の時点では“日本”よりも“五輪”の方が金になると彼らが考えていたことの証左ともいえましょう。

 また、近年、中国の経済力が強くなったことで、チャイナ・マネーを意識した“いかがわしい切手”が盛んに発行されているのも同様の事情で、逆に、そうした中国(人)向けの“いかがわしい切手”がいつごろから、どのようなテーマと頻度で発行されてきたのかを丹念にたどってみれば、中国の経済成長と中国人の関心の所在を歴史的にトレースできるはずです。

 こうした観点から今回ご紹介の切手を眺めてみると、この切手を企画したエージェントなりモザンビーク郵政の“フィラテリーの切手”の担当者なりは、日本向けの輸出商品として「自衛隊員に救出された赤ちゃん」というコンテンツが商品価値を持っていると判断したということがわかります。そして、それは、2年前の大震災を通じて、不眠不休で多くの国民のために奮闘してくださった自衛隊員の皆さんに対して、多くの日本人が感謝の気持ちを持っているという至極当然のことを、彼らが見て取った結果といえましょう。

 かつて、悪意を持って“自衛隊を暴力装置”と罵った元官房長官や、反自衛隊活動にはやたらと熱心な前科1犯(詐欺罪)の女性国会議員がいましたが、そういう連中が日本国民の多数派を占めている(と彼らが判断した)のであれば、日本向けの輸出商品にこのようなデザインが取り上げられることはありえません。なんといっても、商売なのですから。

 本来なら、自衛隊の祖国である日本こそ、率先して東日本大震災での自衛隊の活躍を称える切手などを発行して当然なわけですが、現状ではそうなっていないのは、一国民としてなんとも恥ずかしい限りです。来年(2014年)は、1954年7月1日に自衛隊が設立されてから60年という節目でもありますので、なんとか、そうした切手が発行されないものでしょうかねぇ。

 
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 フォークランド諸島で住民投票
2013-03-10 Sun 22:11
 英領フォークランド諸島で、きょう・あす(10・11日)の両日、英国への帰属の是非を問う初の住民投票が行われるそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        フォークランド(1878)

 これは、1878年にフォークランドで発行された最初の切手です。

 南米大陸の南部、アルゼンチンのパタゴニア沖400kmの南大西洋に浮かぶフォークランド諸島は、狭い海峡を挟んだ東フォークランド島と西フォークランド島を中心に、200余の小島から構成されています。

 この地域は、1600年以降、英国、フランス、スペインが相次いで入植・撤退を繰り返すなどしていましたが、1816年に最寄に位置するアルゼンチンがスペインより独立したのを契機に領有を宣言します。その後、1829年に米軍が上陸しフォークランド諸島の中立を宣言しますが、1833年には英国が再占領して領有を宣言します。ちなみに、アルゼンチンはその後もフォークランド諸島(彼らの呼称ではマルビナス諸島)の領有権を主張し続け、そのことが1982年の英国とアルゼンチンの間のフォークランド戦争につながったことは広く知られている通りです。

 フォークランド諸島から域外宛の郵便物としては、1827年1月28日付のモノが最古のデータで、この時期には、ウルグアイのモンテヴィデオ経由でブラジル宛の幸便に託されていました。その後、1852年から1880年にかけては、2か月に1度の定期便が行われるようになります。

 1877年10月、植民地政府の行政官だったアール・カーナヴォンはフォークランドの一般郵便連合(1879年に万国郵便連合に改称)への加盟交渉を開始。ほどなくして、フォークランドは連合への加盟を果たし、域外宛の郵便料金は半オンスごとに6ペンスから4ペンスに引き下げられました。

 首府スタンリーに最初の郵便局が開設されたのは1877年のことで、翌1878年6月19日、フォークランド最初の切手として1ペニー、6ペンス、1シリングの3種の切手が発行されました。今回ご紹介の切手は、そのうちの1ペニー切手です。

 さて、今回の住民投票ですが、現在のフォークランドの住民の大半は英国系で、結果は現状のまま英領にとどまるという結果になりそうです。まぁ、アルゼンチンには申し訳ないのですが、切手という観点だけでいえば、やっぱり英領のままの方がイメージは良いですけどね。


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 切手で訪ねるふるさとの旅:東京都
2013-03-09 Sat 22:33
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、『(郵便局を旅する地域活性マガジン)散歩人』第20号(2013年3月号)ができあがりました。僕の連載「切手で訪ねるふるさとの旅」は、今回は巻頭特集の東京駅にあわせて、“東京のレトロな建物”の特集です。そのなかから、きょうはこの切手をご紹介しましょう。(画像はクリックで拡大されます)

        東京天文台75年

 これは、1953年10月29日に発行された“東京天文台創設75年”の記念切手です。

 現在、文部科学省の直轄研究機関となっている国立天文台(三鷹キャンパス)は、1988年に大学共同利用機関となるまで、ながらく、東京天文台として親しまれてきました。

 その東京天文台のルーツは、1878年に設置された東京大学理学部観象台です。観象台は、東京の本郷元富士町の文部省用地で天文・気象の観測を行っていましたが、1882年に気象台が分離されて天象台となり、さらに、1888年には海軍水路部観象台を合併して東京天文台となります。そして、それに伴い、文部大臣の管理下で、海軍水路部位観象台のあった麻布飯倉町に本拠地を移し、天象観測と暦書調整、報時事業を行う機関となりました。

 その後、1909年、東京府北多摩群三鷹村(現在の所在地である東京都三鷹市大沢)への移転が決定され、関東大震災後の1924年9月に三鷹での活動を開始しました。この間、1921年には官制が公布され、東京大学理学部から分離して東京大学附属天文台となり、それが1988年まで続きました。

 1953年は、そうした東京天文台の創設75周年にあたっていましたが、当初、郵政省では記念切手の発行を計画していませんでした。ところが、同年8月26日、東京天文台の事務長が突如、郵政省郵務局管理課に電話をかけ、記念式典の行われる10月29日にあわせて記念切手を発行するよう要請したところから事態は急転します。

 当初、電話を受けた郵務局管理課では、天文台側の主張する10月の発行は準備期間の上からも無理であるし、10月にはすでに3件の記念・特殊切手が発行される予定となっていた ことから、発行は困難であると返答。特印のみを使用する予定でした。

 しかし、事情は不明ですが、翌27日になると郵務局管理課は前日の回答から一転して記念切手の発行に前向きな姿勢を示すようになり、その旨を天文台に連絡。28日に天文台の事務長が申請書と参考資料を携えて本省を訪れ、審議の結果、切手の発行が決定されました。

 切手の発行が決定されると、期日も切迫していることから、31日、ただちにデザイナーの渡辺三郎らが現地調査を行います。現地へ向かう車中で、天文台長の萩原雄祐は、渡辺らに図案の一部に星を配してほしいと要望。これを受けて、天文台長室で詳細な打合せが行われました。その後、渡辺らは敷地9万3000坪の天文台構内をまわって、各種の施設を写真撮影し、郵政省に戻りました。

 渡辺は、翌日からただちに原画の作成に取りかかります。

 天文台は、当時世界第2位の規模を誇っていた開口径10メートルの電波望遠鏡を図案に取り上げることを希望していましたが、その形状が和傘を開いて逆向きにしたようなもので一般にはわかりにくいものであったことから、渡辺はデザイナーとして別の題材を採用。①65センチ大赤道儀 による観測、②アインシュタイン塔と大ドームをシルエットにしたもの、③大ドームを描き北極星を中心にカシオペアと北斗七星を配したもの、の3枚の原画を9月7日までに作成しました。

 このうち、最後に出来上がった③が即日採用となり、翌8日、天文台の校閲を受けることになりました。

 渡辺の原画に対して、天文台サイドは、望遠鏡の対物鏡の外側にキャップの線を入れるよう注文を出したため、渡辺はただちにそのとおりに原画を修正。8日中に郵政審議会図案審査専門委員会の決済を経て、その日のうちに原稿が印刷局へ渡され、10月29日の切手発行に間に合わせるよう、制作作業が行われました。

 さて、『散歩人』の記事では、地図をバックに、今回ご紹介の切手のほか、東京大学大講堂(安田講堂)、慶応義塾図書館、国立競技場、早稲田大学大隈講堂、東京駅、表慶館をご紹介しています。掲載誌の『散歩人』は各地の郵便局などで入手が可能ですので、御近所でお見かけになりましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。


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 国際女性デー
2013-03-08 Fri 11:34
 きょう(8日)は国際女性デーです。というわけで、現在制作中の拙著『マリ近現代史』の中から、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        サンルイ350年

 これは、1959年、マリ連邦で発行されたサン・ルイ300年の記念切手で、サン・ルイの風景を背景に、地元の女性が大きく取り上げられています。

 サン・ルイは、1659年、フランスがセネガル川河口の中洲に城砦を築いたのがルーツで、当初は、当時のフランス国王ルイ14世にちなみ、“サン・ルイ・デュ・フォール”(後のサン・ルイ)と名付けられました。

 1815年、皇帝ナポレオン1世が失脚した後のウィーン会議では、セネガル川河口の沿岸部、サン・ルイ・デュ・フォールとゴレ島の周辺をフランスの植民地“フランス領セネガル”とすることでヨーロッパ諸国が合意。その後、フランス国内は1830年の7月革命や1848年の2月革命などの混乱が続いたが、最終的にナポレオン3世が権力を掌握すると、フランス領セネガルの本格的な植民地経営がスタートします。

 以後、サン・ルイはセネガルにおける拠点として開発が進められ、19世紀には仏領西アフリカ植民地の総督府が置かれていたほか、仏領植民地のアフリカ系住民がほぼ無権利状態にあった時代でも、ゴレ、ダカール、ルフィスクとともに、住民は準フランス人”として市民権を有し、地方議会が置かれるなどの特権を与えられていました。

 第二次大戦後の1958年、仏領西アフリカを構成していた各植民地は、完全独立を果たしたギニアを除き、フランス共同体内の自治共和国として独立。これを受けて、同年12月末、旧スーダンの首府バマコに旧スーダン、セネガル、オート・ヴォルタ、ダホメ各地の汎アフリカ主義者らが集まり、新たな連邦を創設してフランスからの完全独立を目指して会議を開催。その結果、年が明けた1959年1月17日、セネガルのダカールで開催された“憲法制定会議”において「“マリ連邦”憲法」が承認され、各共和国で国民投票にかけられることになりました。ちなみに、新たな連邦の国号として採用された“マリ”は、かつての西アフリカの栄光を象徴するマリ帝国に由来するものです。


 ところが、フランス共同体から離脱してマリ連邦を独立させるとのプランに対しては、まず、コート・ディヴォワールの実力者で、フランス本国の閣僚経験を務めたこともあるウーフェ・ボアニがフランス共同体からの離脱に強く反対。これに伴い、内陸国家でコート・ディヴォワールへの経済的な依存度が強かったオート・ヴォルタも連邦への参加を見合わせました。

 さらに、連邦発足の暁には、当時の西アフリカ最大の都市であったダカールがその政治的・経済的中心地となることは明白であったため、地理的にダカールから遠く、オート・ヴォルタが連邦に参加しない場合には飛び地となってしまうダホメも連邦参加を見合わせ、最終的に、“マリ連邦”は、1959年4月4日、セネガルと旧スーダンの連合体としてスタートしました。

 新生マリ連邦の首都はダカールに置かれ、首相には旧スーダン出身のモディボ・ケイタが、国会議長にはセネガル出身のレオポール・セダール・サンゴールが就任。第5共和政のフランスは、当初、“マリ連邦”の独立を承認せず、ド・ゴール憲法の規定通り、フランス本国との国家連合を求めていましたが、最終的に1959年12月11-12日にセネガルのサン・ルイで開催されたフランス共同体委員会でマリ連邦の独立を実質的に承認。1960年6月20日、マリ連邦は正式に独立を達成しました。今回ご紹介の切手はその直後に発行されたものです。

 ところが、マリ連邦は正式発足から2ヶ月後の1960年8月、連邦内の主導権争いから、あっけなく崩壊してしまう。
 
 すなわち、旧スーダンとセネガルを比較すると、人口と面積においては旧スーダンがセネガルを圧倒していましたが、経済的には、ダカールやサン・ルイ、ゴレなどを有するセネガルが旧スーダンに比べてはるかに豊かでした。

 このため、旧スーダン出身のケイタは、中央集権的な国家体制をつくってセネガルと一体化することで、セネガルの資金を利用して旧スーダンの開発を進め、連邦全体の底上げを図ろうと考えたましが、そのことは、セネガルにとっては、フランス植民地時代よりも、さらに過重な負担を強いられるものと受け止められました。

 さらに、大統領のケイタは、マリ連邦として、独立以前から使われていたCFAフランを廃して、将来のアフリカ統一に向けて新通貨を創設することを主張しましたが、セネガル側は、国家としての対外的信用の乏しいまま新通貨を導入してもCFAフランよりも有利なレートを設定できるはずはなく、共通通貨であるCFAフランから離脱すれば西アフリカの共通市場から締め出されることになりかねないと猛反発。

 こうしたことから、1960年8月20日、首都ダカールに閣僚が集まり、連邦の新制度や正式な大統領の選出方法などについて討議していたところ、突如、「ケイタ大統領はあくなき野望を持ち、セネガル人圧迫のクーデターを企てた」として、セネガルがマリ連邦からの独立を宣言。大統領のケイタ以下、旧スーダン側の閣僚や公務員たちは軟禁され、翌21日、ダカール駅から臨時列車に乗せられて、スーダンへ追い返されてしまいました。

 当然のことながら、ケイタら旧スーダン側は激怒し、ケイタはセネガルの独立阻止のために国連軍の派遣を要請。しかし、国連側は、セネガル独立はマリ連邦の“内政問題”として部隊の派遣を拒否したため、ケイタもセネガルの独立を承認せざるをえなくなり、1960年9月22日、旧スーダンの領域のみで、あらためて現在の“マリ共和国”として独立しました。

 さて、現在、4月下旬の刊行を目指して制作作業をしている拙著『マリ近現代史』(仮題)では、こうした経緯で発足したマリの現在までの歩みを、できる限り、最新の出来事までカバーしようと考えております。正式なタイトルや価格などが決まりましたら、随時、このブログでもご案内していきますので、よろしくお願いいたします。
 

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・よみうりカルチャー荻窪
 4月2日、5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日
 (原則・毎月第1火曜日)13:00~14:30
 予算1日2000円のソウル歴史散歩

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 切手に描かれたソウル:大統領鳳凰標章
2013-03-07 Thu 21:00
 ご報告が遅くなりましたが、『東洋経済日報』2月15日号が刊行されました。僕の月1連載「切手に描かれたソウル」では、今回は新大統領の就任にちなんで、この切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

        朴正煕大統領就任(1971)

 これは、1971年7月1日に韓国で発行された第7代大統領(朴正熙個人としては3期目)就任の記念切手で、朴正煕の肖像に、いわゆる漢江の奇跡の象徴ともいうべき高速道路と制定されてまだ日も浅い大統領鳳凰標章を組み合わせたデザインとなっています。

 朝鮮王朝時代から、鳳凰は君主の象徴の一つとして用いられ、大韓民国の成立後も国家や大統領の象徴として使われてきましたが、必ずしも決まった形式のものがあったわけではありませんでした。

 現在の大統領標章が正式に制定されたのは1967年1月31日に「大統領標章に関する公告第7号」が発せられてからのことですが、その詳細な制定過程などについては資料が残っていないそうです。ちなみに、今回ご紹介の切手は、この標章を取り上げた最初の切手ということになります。

 さて、大統領鳳凰標章は韓国の国花・ムクゲを中心に向かい合った鳳凰を描くデザイン。伝統的な文様では、雄の鳳と雌の凰に分けられ、両者の形は微妙に異なっていますが、標章では2羽は全く同じ形になっています。このため、たとえば、祥明大学のキム・ナムホ教授などは、「一対の鳳凰には陰陽の調和と共生の意味」があり、「朝鮮時代の王室では雄の鳳の尾に花などを飾り、雌である凰のものより華麗に表現し形を変えていた。大統領標章は2羽が雌雄の区別なく同じなため極端に解釈すれば鳳凰ではなく鳳鳳や凰凰になる」として、新政権に対しても標章のデザイン変更を求めていくのだとか。

 もっとも、キム教授らの主張に対しては、標章はあくまでも現代のモノであり、かならずしも、朝鮮王朝の伝統に厳密に従う必要はないとする声も少なくないようです。

 ちなみに、李明博前大統領は、2008年の大統領就任に先立ち、鳳凰標章を権威主義的として廃止を検討したものの、廃止には法令の改正が必要だったこともあり、標章廃止の話はいつしかうやむやになり、現在にいたるというわけです。

 さて、大統領標章は大統領の執務室や大統領専用車などに掲げられているのがテレビなどで取り上げられることも多いのですが、実物を直接見ようと思えば、やはり、大統領官邸である青瓦台に行き、その門扉を拝んでくるのが手っ取り早いと思います。(下の画像は青瓦台の門扉です)

        青瓦台門扉

 韓国の大統領官邸、青瓦台の土地はもともと景福宮の一角で、日本統治時代の1939年には朝鮮総督官邸が建てられました。1948年に大韓民国が成立すると、旧総督官邸は初代大統領の李承晩により大統領官邸に転用されます。当初は景武台と呼ばれていましたが、李承晩退陣後の1960年、尹潽善が建物の外観にちなんで青瓦台と改名した。

 現在の官邸本館は、盧泰愚政権時代の1991年に韓国の伝統的な建築様式で建設されたもので、名前の由来である青い瓦は1枚ずつ手焼きで作られ、100年の耐久性があるそうです。まぁ、2091年まで朝鮮半島で現在の政治体制が続き、青瓦台が韓国大統領府のままでいるかどうかは、別の問題ですが…。

 ちなみに、青瓦台は10日前までに事前予約を行えば見学できるのですが、景福宮の北門を出ると通りを挟んで反対側が青瓦台の正門ということもあって、そうとは知らずにやってきた観光客が写真を撮って喜んでいる光景にしばしば出くわします。

 もっとも、そこは大統領官邸ゆえ、周辺の警備は厳しく、指定の場所以外でカメラを構えて警察官から注意されている人も少なくありません。ちなみに、今回ご紹介の写真も、そうした観光客に混じって、通りを挟んだ反対側の指定場所からデジカメの望遠で撮ってみたものです。


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 チャヴェス大統領死去
2013-03-06 Wed 22:22
 ヴェネズエラのウゴ・チャヴェス大統領が亡くなりました。というわけで、彼の実績を端的に示す切手はないかと思い、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        ヴェネズエラ独立200年(ロシア)

 これは、2011年にロシアが発行したヴェネズエラ独立200年の記念切手で、キリル文字のロシア語ですが、“ヴェネズエラ・ボリーヴァル共和国”の文字と、現在のヴェネズエラ国旗が取り上げられています。チャヴェス政権の外交の基本方針は、米国一極体制に対して、米国に反対ないし抵抗する政府(イラン、リビア、キューバ、中国、ロシア等)および勢力と戦略的同盟関係を結び、新しい国際秩序を構築すべきというものでした。

 対露関係に関しては、特に、エネルギー・軍事分野で密接な協力関係にあり、今回の訃報に対してプーチン大統領は、ベネズエラ国民への“深い哀悼の意”を表明するとともに、チャベスを「ロシアの親友であり、傑出した指導者」だったとたたえ、葬儀には、最側近であるロシア国営石油会社ロスネフチのセチン社長を大統領特別代表として派遣することを決めたそうです。今回ご紹介の切手も、こうした深い関係にあればこそ、の1枚といえましょう。

 さて、ヴェネズエラの国名は、1830年以来、ヴェネズエラ共和国でしたが、1999年2月にチェヴェス政権が発足してから新憲法が制定され、これに伴い、国号も現在の“ヴェネズエラ・ボリーヴァル共和国”に変更されました。

 ボリヴァル共和国のボリーヴァルは、19世紀初頭、宗主国スペインに対する経済的従属から開放されるためには政治的独立の達成が不可欠であるとして自由と独立のために闘ったアンデス諸国共通の英雄、シモン・ボリーヴァルに由来するものですが、低所得者層の高い支持を得て大統領に当選したチャヴェスは、「現代の新たな従属からの開放と自由、独立のために闘う」として“ボリーヴァル革命”を標榜していました。このため、1999年の憲法改正では、“ボリヴァル”が前面に打ち出され、その前文において「神および解放者シモン・ボリーヴァルの歴史的手本に加護を求め…」との記述があるほか、第1条で「シモン・ボリーヴァルの教義を基盤にして」と規定し、さらに第107条において「公立および私立の学校においてスペイン語およびベネズエラの地理・歴史とともにシモン・ボリーヴァルの思想を教えなければならない」との規定が設けられました。国名変更もこうした文脈に沿ったものです。

 一方、現行のヴェネズエラ国旗は、やはり、チャヴェス政権下の2006年に定められたものです。

 その基本的なデザインは旧国旗とほぼ同じですが、旧国旗では7つだった中央の星が、2006年の改定では8つに変更されています。7つの星は、スペインからの独立戦争に立ち上がった7植民地州(バルセロナ、バリナス、カラカス、クマナ、マルガリータ、メリダ、トルヒージョ)を表すものでしたが、 1817年、ボリーヴァルはガイアナの解放を受け8つめの星を追加すると宣言しました。しかし、この改定は正式に認められることはなく、従来通り、国旗の星は7つのままだったものを、チャヴェス政権は、ボリーヴァルに忠実たらんとして、約200年ぶりに改定したというわけです。ただし、8つめの星であったガイアナは、現在はれっきとした独立国であってベネズエラの一部ではないので、ガイアナからすれば、何とも迷惑な国旗の改定といえそうです。

 なお、国旗の左上にはヴェネズエラの国章が掲げられていますが、この国章の馬の向きも、2006年、従来の右向きから左向きに変更されました。なんでも、チェヴェス政権は左翼政権だからというのがその理由だそうで、冗談みたいな話ですな。

 いずれにせよ、それまで200年近く続いてきた国名と国旗を一挙に変更してしまったチャヴェス政権というのは、良くも悪くも、ヴェネズエラと周辺諸国にとってはインパクトのある存在だったことはたしかです。そうしたチェヴェス政権とその切手については、拙著『事情のある国の切手ほど面白い』でも1章を設けてご紹介したことがあります。機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 隠れスターリンを探せ!
2013-03-05 Tue 10:21
 1953年3月5日にスターリンが亡くなってから、今日でちょうど60周年です。というわけで、今日はちょっとひねったスターリンネタということで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        極東公務員大学

 これは、1966年にソ連で発行された切手つき封筒で、ハバロフスクの極東公務員大学が取り上げられています。

 極東公務員大学は、ハバロフスクの中心部、レーニン広場西側のムラヴィヨフ・アムールスキー通りとゴーゴリ通りの角に位置しています。ちょっと前ですが、2010年冬に撮影した実物の写真はこんな感じです。

        極東公務員大学(実物)

 ハバロフスクの極東公務員大学の校舎は、もともとは共産党最高学校として1953年に建設されたもので、その建設には日本人の抑留者も動員された。

 6階建ての建物は典型的なスターリン時代の建築様式なのですが、注目したいのは、下の画像に示した外壁の柱頭部分です。

        極東公務員大学・柱頭

 この装飾は、“大学”をイメージして、ソ連のシンボルである槌と鎌の下に本を広げたデザインとなっているのですが、この本の部分がちょっと曲者で、左側の頁にはレーニン、右側の頁にはスターリンの名前が刻まれています。これは、スターリンこそがレーニンの正統な継承者であり、レーニンと並ぶ社会主義世界の“首領”であることを示すものですが、同時に、生活の隅々にまで“スターリン”が浸透していた時代を象徴する“遺跡”と言えるかもしれません。

 さて、拙著『ハバロフスク』では、ハバロフスク市内に現在なお残るスターリン時代の“遺跡”などもいろいろとご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 QEII、10年ぶり入院
2013-03-04 Mon 15:20
 英国のエリザベス女王が、きのう(3日)、胃腸炎でロンドン市内の病院に入院しました。王室報道官によると、「陛下はお元気で、念のための措置だ」そうで、入院期間は2日程度だそうですが、7日に予定していたローマ訪問などは中止されました。陛下のご入院はひざの手術を受けた2003年以来10年ぶりだそうです。というわけで、御快癒をお祈りして、きょうはQEIIの切手の中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

        南ア・QEII戴冠

 これは、1953年に南アフリカ連邦で発行されたエリザベス女王戴冠式の記念切手です。

 現在の南アフリカ共和国の直接のルーツは、1910年5月31日、ケープ植民地トランスヴァール共和国、オレンジ自由国、ナタール共和国の4州が統合して組織された英自治領としての南アフリカ連邦で、翌1911年には白人労働者の保護を目的とした最初の人種差別法が制定されています。

 1931年、いわゆるウェストミンスター憲章が採択されると、南ア連邦は実質的に英本国と同等の主権国家となり、1934年、正式に主権国家として、英連邦内で独立しました。今回ご紹介のような女王戴冠の記念切手が発行されているのは、当時の南ア連邦が英連邦に属していたためです。

 ところで、1910年の発足以来、南ア連邦の内部では親英派と対英自立・白人至上主義を掲げるアフリカーンス系民族主義派が対立していました。1939年に第二次大戦が勃発すると、南ア連邦は英連邦、すなわち連合国の一員として第2次大戦に参戦し、南アは戦勝国としての地位を確保します。同時に、戦争を銃後で支えた黒人の発言力も増大。与党・連合党がこれに譲歩の姿勢を示すと、もともと、第二次大戦への参戦そのものにも反対していたダニエル・フランソワ・マランひきいる国民党は連合党政権の“対英従属・アフリカーナー軽視”を徹底的に批判し、1948年の総選挙では、マランの率いる国民党が第一党に躍進。政権を獲得しました。

 このときの選挙キャンペーンとして、国民党が大々的に掲げたのが、アフリカーンス語で分離ないしは隔離を意味する“アパルトヘイト”のスローガンです。

 もともとオランダ改革派教会の聖職者だったマランは、「アフリカーナーによる南ア統治は神によって定められた使命である」との信念の下、「国内の諸民族をそれぞれ別々に、純潔を保持しつつ存続させることは政府の義務である」と主張。1950年、全国民をいずれかの“人種”に分類するための人口登録法を制定し、これと前後して、人種間通婚禁止法や背徳法(異人種間の性交渉を禁止する法律)を制定。さらに、都市およびその近郊の黒人居住地から黒人を強制移住させ、その跡地を白人(主としてアフリカーナー)のために区画整理するなどの、差別的政策を強行していきました。

 これと並行して、軍を含む公職からアフリカーナーの国民党員以外の人物を締め出し、全国の選挙区の区割りを政権側に都合の良いように変更した上で集会の自由などの国民の権利を制限。もちろん、“抑圧された人々”の団結を唱える共産主義は御法度です。

 こうして、1954年にマランが80歳で引退するまでの間に、国民党政権はアパルトヘイト体制の基盤を確立しましたが、国際世論の非難を亜ぴることになります。特に、1960年3月、デモ隊に対する警官隊の発砲で67名が犠牲となるシャープビル事件が発生し、連邦政府が非常事態宣言を発すると、南ア連邦は従来以上に世界的に孤立。これに反発した南ア連邦は、英連邦を脱退し、現在の南アフリカ共和国が成立することになりました。

 なお、ケープ植民地以来の南アフリカ史の概要については、拙著『喜望峰』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 *本日午前中、カウンターが118万PVを越えました。いつも閲覧していただいている皆様には、この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。

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 ムジャーヒディーンさまざま
2013-03-03 Sun 22:41
 チャド政府は、きのう(2日)、マリ北部に展開する同国軍が、1月にアルジェリアの天然ガス関連施設で38人が死亡する人質事件を起こしたイスラム武装勢力のモフタール・ベルモフタール司令官を殺害したと発表しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        アルジェリア・ムジャーヒドの日

 これは、1966年にアルジェリアが発行した“ムジャーヒドの日”の寄附金つき切手です。ここでいうムジャーヒドはアルジェリア独立戦争で命を落とした烈士というような意味となりましょうか。

 ムジャーヒド(複数形のムジャーヒディーンの方が一般的でしょうか)とは、本来は“ジハードを行う者”というアラビア語ですが、もともと、“ジハード”とは“努力”という意味で、必ずしも宗教的な意味に限定されているわけではありません。経済的発展を目指す努力、女性解放のための闘争など、イスラムとは全く無関係の文脈でも、ジハードという語が使われることもあるわけで、今回ご紹介の切手はそうした用例のひとつ、独立のための努力ないしは奮闘ということになります。

 一方、宗教的な概念としてのジハードは「ムスリム(イスラム教徒)として神の道において努力すること」を意味しています。したがって、ムスリムとして己を厳しく律して生活することや、コーランを熱心に勉強すること、イスラムの教えを多くの人に広めようとすることなど、いずれも“ジハード”なわけで、異教徒による侵略からイスラムの共同体を防衛することは、ジハードという概念のごく一部にすぎません。したがって、ジハードという語が出てきたからといって、なんでもかんでも“聖戦”と訳すのは不適切です。

 ただし、19世紀以降、イスラム世界の大半が列強諸国によって植民地化されていく中で、イスラム世界の独立闘争の中には“聖戦”という意味でジハードを旗印に掲げる勢力もありましたし、アフガニスタンの地でソ連とその傀儡である左翼政権に対する抵抗運動がジハードと呼ばれ、そこに参加する義勇兵がムジャーヒディーンと呼ばれたことなどから、現在の国際政治の文脈では、ジハードの意味は、ムスリムによる武装闘争(その中には、しばしば“テロ”とみなされるものも含まれています)とほぼ同義でとらえられているように見受けられます。

 今回、チャド政府によって殺害されたモフタール・ベルモフタールは、1991年、ソ連軍撤退後のアフガニスタンに遅れてきたムジャーヒディーンとして内戦に参加した後、アルジェリアに帰国して“武装イスラム集団(GIA)”に参加して反政府闘争を展開してきました。その後、アルカーイダとの関係を深め、“イスラム・マグリブ諸国のアル=カーイダ機構(AQIM)”の指導者の一人となり、2012年12月、組織内の対立からAQIMを離脱し、みずからの組織として“(イスラム)血盟団”を結成。今年に入って人質事件を起こしたという人物です。

 彼自身は、自分のことを“ジハードを行う者”としてのムジャーヒディーンと認識していたのでしょうが、今回ご紹介の切手に取り上げられているムジャーヒディーンたちは、社会主義政権下の切手に取り上げられているくらいですから、おそらく完全な世俗主義者で、ベルモフタールとは水と油の関係ということになります。あらためて、一口に“ジハード”といっても、その中身はまさに千差万別であることの好例と言ってよいでしょう。


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 チャド軍、AQIM幹部を殺害
2013-03-02 Sat 22:37
 アフリカ中部チャドのイドリース・デビ大統領によると、マリでイスラム過激派の掃討作戦を行っているチャド軍が、国際テロ組織アルカイダの分派“イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)”の最高幹部の一人、アブデルハミド・アブゼイド司令官を殺害したそうです。というわけで、きょうはこの切手です。

        チャド陸軍(1964)

 これは、1964年にチャドで発行された同国陸軍兵士の切手です。

 チャドの国軍は、1960年の独立から1979年にフェリックス・マルーム政権が崩壊するまでは、“チャド軍(FAT:Forces Armées Tchadiennes)”という名称で、仏領時代からの伝統を継承し、将兵の主力は南部の出身者で占められていました。今回ご紹介の切手の兵士もFATの兵士です。

 その後、1978年に隣国リビアが関与しての内戦が勃発。1982年、内戦に勝利を収めたイッセン・ハブレが大統領に就任すると、ハブレの軍事力であった“北部軍(FAN:Forces Armées du Nord)”が新体制の国軍の主力となります。FANは1983年に正式な国軍となり、名称も“チャド北部軍(FANT:Forces Armées du Nord Tchad)と改称されました。なお、これに伴い、FATは国軍の下の地方組織化され、その規模も大幅に縮小されました。

 マリへの部隊派遣は、アフリカ主導の国際マリ支援団(AEISMA)の一員として行われているもので、司令官はオマル・ビコモです。マリの首都バマコにある統合軍司令部の指揮の下、ガオ州とキダル州に1800人の将兵を展開しており、2013年2月5日には武装勢力の最後の拠点都市キダルを制圧しましたが、アルジェリアとの国境に近い北部山岳地帯に逃れた武装勢力との掃討戦では、2月22日のイフォガスの戦いで武装勢力の93人を殺害したものの、チャド軍側も23人の死者を出しています。

 今回発表されたAQIM幹部の殺害に関して、チャド軍と共に掃討作戦を行っているフランスは、現時点ではノーコメントという立場で、殺害の日時や場所などの詳細も明らかにはされていませんが、チャド軍の展開地域からして、北部山岳地帯での出来事であるのは間違いなさそうです。

 なお、現在、4月下旬の刊行を目指して制作作業をしている拙著『マリ近現代史』(仮題)ですが、できる限り、最新の出来事までカバーしようと考えております。正式なタイトルや価格などが決まりましたら、随時、このブログでもご案内していきますので、よろしくお願いいたします。


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