内藤陽介 Yosuke NAITO
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 世界漫郵記:ジョグジャカルタ
2013-04-30 Tue 09:46
 ご報告が遅くなりましたが、『キュリオマガジン』2013年5月号が出来上がりました。僕の連載「郵便学者の世界漫郵記」は、前回に引き続き、“蘭印戦跡めぐり”の3回目。今回はジャワ中部の古都、ジョグジャカルタにスポットを当てました。その記事で使ったモノの中から、この切手をご紹介します。(以下、画像はクリックで拡大されます)

      ジョグジャカルタ中郵(1920年代)     ジョグジャカルタ中郵(2012年)

 画像はいずれもジョグジャカルタの中央郵便局で、左は1920年代の絵葉書、右は2012年に撮影した写真です。多少の改修などはあるのでしょうが、基本的に、現在でもオランダ植民地時代の瀟洒な作りの建物が使用されていることがわかります。

 ジャワ島中部のジョグジャカルタは、インドネシアの古都として、バティックやワヤン・クリ(人形の影絵芝居)など、ジャワを代表する伝統文化の地として知られています。

 もともと、ジョグジャカルタとその周辺はマタラムと呼ばれており、8世紀にはヒンドゥー系の古マタラム王国が勃興しました。その後、王国は東へ移り、16世紀後半、こんどはイスラム系のマタラム王国が勃興しましたが、18世紀、マタラム王国はオランダの保護下に入ってジョグジャカルタ王国とスラカルタ王国に分割されました。オランダの植民地時代は独立運動の中心地のひとつとなり、第二次大戦後の独立戦争の時代には、1945年から49年にかけて、インドネシア臨時共和国の首都ともなりました。

 インドネシア独立戦争に際して、ジョグジャカルタのスルタン(地方君主)、ハメンクブウォノ9世は独立戦争に協力したため、インドネシア共和国の正式独立後も、特別行政地域としてスルタン領の存続を認められ、その領土は“ジョグジャカルタ特別州”として、スルタンが知事を務めることになっています。ちなみに、長年にわたって独裁者として君臨したスハルト元大統領もジョグジャカルタの出身です。

 さて、ジョグジャカルタの中央郵便局は、市街地の南北を貫くメインストリートの南端に位置しており、周辺には、オランダ時代の行政府で現在は迎賓館として使われている建物や、オランダ時代のフレデブルク要塞の跡を利用した歴史博物館などがあります。ちなみに、迎賓館の近くには、ジョグジャカルタ特別州と京都府の姉妹都市関係のシンボルとして、こんな“ゲート”もありました。

        ジョグジャカルタ・鳥居

 現在でも時々「神道や日の丸は侵略のシンボルでアジアの人たちは不愉快に思っている」などと言う人がいますが、それなら、ジョグジャカルタの中心部に、独立国家インドネシアの人々が自らの意志で建てた鳥居(しかも両国の国旗つき)については、どのように説明するんでしょうかねぇ。まぁ、彼らの言う“アジア”にインドネシアが入らないというのなら、それまでですが。

 さて、今回の記事は、大東亜戦争の時代、日本軍がソロ通りを西進し、市街地北端に建てられたトゥグの塔を曲がってマリオボロ通りを南へ進み、オランダの行政府へと入城したという故事にちなみ、マリオボロ通りを歩いてみた体験を中心に、ワヤン・クリの鑑賞記なども交えた構成になっています。ぜひご覧いただけると幸いです。


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 昭和の日
2013-04-29 Mon 10:41
 きょう(29日)は“昭和の日”です。というわけで、『マリ近現代史』を上梓したばかりの内藤としては、マリと昭和史の関連は何かないかと考えて、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        東京五輪(マリ)

 これは、1964年にマリが発行した東京五輪記念の小型シートです。

 現在のマリ共和国が正式に発足したのは1960年9月のことで、翌10月には、わが国との国交も樹立されていますが、両国の関係で最初の大きな出来事としては、1964年の東京五輪にマリ代表が参加したことになりましょうか。1964年の東京五輪は昭和史の一大事件ですが、マリにとっても初の五輪参加として重要な意味を持っていますから、昭和史×マリの組み合わせとしては悪くないのではないかと思います。ちなみに、マリ国内の五輪委員会が設立されたの1962年のことで、IOCの承認を受けたのは翌1963年です。

 1964年の東京五輪にマリから参加した選手はサラ・カマラとドラマネ・セレメの2人で、いずれも男子陸上競技の選手です。成績は、カマラが100mに出場したものの1次予選敗退、セレメは100mで18位、走り幅跳び16位、砲丸投げ20位、走り高跳び21位、400mで15位、110m障害で16位、円盤投げ20位、棒高跳び18位、槍投げ16位、1500m14位でした。ちなみに、切手にはサッカーとボクシングも取り上げられていますが、この両種目ではマリ選手は出場していません。

 なお、独立後間もない時期のマリと東アジア諸国との関係では、日本よりも中国との関係がはるかに密接でした。

 すなわち、1960年10月25日、中国はマリとの国交を樹立しますが、早くも1961年2月には2国間の貿易協定を調印。1963年5月には文化協力協定を調印するなどして関係を深め、東京五輪の開催された1964年1月16日から21日の国務院総理(首相)の周恩来のマリ訪問(アジア・アフリカ諸国歴訪の一環として行われました)を機に、マリを親中派として確保することに成功しています。

 ちなみに、1964年1月、マリを訪問した周恩来は、大統領のモディボ・ケイタとの共同コミュニケにおいて「対外経済援助8原則」を発表。

 その内容は、①平等互恵に基づく相互主義、②援助にはいかなる条件も付けず、援助国である中国にはいかなる特権を与える必要はない、③援助に際しては、無利子または低利借款など、受領国の負担を軽減する措置を講じる、④自立更生・自立化を支える援助を行う、⑤資金蓄積に役立つ建設項目を重視する、⑥価格の決定は国際市場価格による、⑦援助受領国の要員に技術を完全に把握させる、⑧援助のために派遣される中国人専門家の待遇は現地スタッフと同じものとする、という破格のもので、援助を受けるマリにとっては良いことづくめでした。

 当然のことながら、ケイタは中国の“善意”を喜んで受け入れ、以後、この8原則が中国による低開発国援助のスタンダードとなります。さらに、1964年11月にはケイタが訪中し、中国からは1965年3月には国家副主席の劉少奇が、同年9月には国務院副総理兼外交部長(副首相兼外相)の陳毅がマリを訪問するなど、両国首脳の緊密な交流も行われ、マリは国連の代表権問題でも一貫して中国を支持するなど、西アフリカにおける親中派の代表格となりました。

 拙著『マリ近現代史』では、そうしたマリと中国との密接な関係についても、いろいろとご説明しております。機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。 
  

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 チャーチルが紙幣に
2013-04-28 Sun 09:12
 イギリスの中央銀行に当たるイングランド銀行は、26日(現地時間)、2016年に発行される新しい5ポンド紙幣の裏面の肖像に、ウィンストン・チャーチル元首相を採用すると発表しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        コロンビア・三国首脳加刷

 これは、1945年にコロンビアが発行した第2次大戦勝利の記念切手で、右からチャーチル、ルーズヴェルト、スターリンの連合国三首脳の肖像が加刷されています。芋版みたいな雰囲気が、なかなか味があってよいですな。ちなみに、加刷に用いられた台切手は、コロンビアの主要産業であるコーヒーの収穫場面を描いた5センタヴォの普通切手です。

 チャーチルは切手の世界ではポピュラーな題材で世界各国からさまざまな切手が発行されています。その大半は、1965年に彼が亡くなってから後のもので、今回ご紹介の切手のように、彼の存命中に発行された切手は多くはありません。

 コロンビアに限らず、第二次大戦以前の南米諸国では、航空産業や鉄鋼などの基幹分野において、ドイツ系企業やドイツ系移民が経営する企業が重要な地位を占めていました。しかし、対独関係の悪化に伴い、中南米を自らの“裏庭”と考える米国は、企業買収や政府による接収などを行わせて、ドイツ系企業からドイツ人資本家を追放。大戦勃発後、ドイツの経済的影響が中南米に及ぶことを阻止しました。

 こうした背景の後、1941年12月、日米開戦に伴い、米国が対独戦争にも参戦すると、コロンビアも連合諸国の一員として参戦することになり、戦後、戦勝国の一員に名を連ねることになりました。今回ご紹介の切手が発行されたのは、そうした文脈によるものです。

 なお、1951年9月にサンフランシスコ対日講和会議に際して、コロンビアも戦勝国として対日講和条約に調印していますが、批准はしていません。したがって、厳密にいうと、コロンビアは、1952年4月28日の条約発効後も、講和条約には拘束されないということになります。もっとも、中南米が米国の裏庭だとしたら、現在のわが国は米国の“離れ”ともいうべき地位にあるわけで、「“属国”同士、いまさら講和なんて水臭いこと言うなよ」といわれてしまえば、それまでなわけですが…。
  
 *昨日(27日)のスタンプショウでの出版記念トークは、無事、盛況のうちに終了いたしました。ご参加いただきました皆様、そして、特に拙著『マリ近現代史』をお買い上げいただきました皆様には、心よりお礼申し上げます。

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 マリにPKO展開へ
2013-04-27 Sat 07:08
 かねてご案内の通り、本日(27日)15時より、東京・浅草で開催のスタンプショウ会場内にて、拙著『マリ近現代史』の刊行記念トークを行います。入場は無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。そのマリ情勢ですが、国連安保理が、25日(ニューヨーク時間)、国連平和維持活動(PKO)を展開する決議案を全会一致で採択しました。というわけで、きょうはマリ×国連ということで、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        マリ独立+国連加盟

 これは、1961年5月18日、マリで発行された「独立および国連加盟記念」の航空切手で、マリの国旗(当時)とマリの地図に国連マークが描かれています。

 現在のマリ(旧仏領スーダン)とセネガルに相当する地域は、1960年6月20日、マリ連邦としてフランスから独立しました。しかし、連邦のあり方をめぐって、旧スーダンとセネガルとの対立が生じ、2か月後の8月20日、首都ダカールに閣僚が集まり、連邦の新制度や正式な大統領の選出方法などについて討議していたところ、突如、「ケイタ大統領はあくなき野望を持ち、セネガル人圧迫のクーデターを企てた」として、セネガルがマリ連邦からの独立を宣言。大統領のケイタ以下、旧スーダン側の閣僚や公務員たちは軟禁され、翌21日、ダカール駅から臨時列車に乗せられて、スーダンへ追い返されてしまいました。

 当然のことながら、ケイタら旧スーダン側は激怒し、ケイタはセネガルの独立阻止のために国連軍の派遣を要請。しかし、国連側は、セネガル独立はマリ連邦の“内政問題”として部隊の派遣を拒否したため、ケイタもセネガルの独立を承認せざるをえなくなり、1960年9月22日、旧スーダンの領域のみで、あらためて現在の“マリ共和国”として独立し、同月28日、国連に加盟します。今回ご紹介の切手はこれを記念して発行されたものです。

 なお、切手に描かれている国旗は、中央に“カナガ”が描かれているマリ連邦時代のもので、1961年3月1日、カナガを削除した新国旗が、あらためて、マリ共和国の国旗として制定されています。今回ご紹介の切手は同年5月18日の発行ですので、おそらく、新国旗を入れてのデザイン制作は間に合わなかったということなのでしょう。

 カナガは、もともとは、ドゴン族が祝祭の際にかぶって踊るマスクの人形のことで、天に向けられた手は恵みの雨を、地に向けられた脚は豊作を願うものです。ちなみに、ドゴン族は、ニジェール川流域、“バンディアンガの断崖”と呼ばれる標高差500m、幅150キロの範囲に、700の村落をつくり約25万人が生活しており、独特の仮面文化や神話は、フランスの民俗学者、マルセル・グリオールらの研究によって広く知られるようになり、彼らの居住地域であるバンディアンガの断崖は、ユネスコの世界遺産(文化遺産・自然遺産)にも登録されています。
 
 マリ連邦の発足に際し、セネガル側の代表で優れた文化人でもあったレオポール・セダール・サンゴール(のち初代セネガル大統領)は、連邦の領域内にあるドゴン族の文化が西洋社会でも高く評価されていることを踏まえ、フランスの国旗をモデルとして、1798年のエチオピア国旗に由来する汎アフリカ色の緑(アフリカの植生)・黄(アフリカの富と繁栄)・赤(殉教ないしは独立のために流された血)を等間隔に描いた縦三色旗の中央に、人間の生命とエスプリのシンボルとしてカナガを加えることを主張。その結果できあがったのが、旧マリ連邦の国旗でした。

 1961年3月1日の国旗の改正は、旧マリ連邦の国旗に描かれているカナガはイスラム(マリの人口の約9割はムスリムです)の禁じる偶像崇拝につながりかねないもので、好ましくないというのが表向きの理由でしたが、実際には、セネガル(のサンゴール)の影響を払拭しようという意図があったとみられています。

 さて、本日のトークでは、仏領植民地時代から、今回ご紹介したような経緯でマリ共和国が独立し、その後、現在にいたるまでのおよその流れを切手や絵葉書などとともにご紹介していく予定です。国連のPKO派遣も決まり、いずれは自衛隊も現地へ向かうことも予想されますので、ぜひ、遊びに来ていただけると幸いです。


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 切手の帝国:オーストラリア
2013-04-26 Fri 09:15
 ご報告が遅くなりましたが、大修館書店の雑誌『英語教育』2013年5月号が発売になりました。僕の連載「切手の帝国:ブリタニアは世界を駆けめぐる」は、今回は、5月にメルボルンで開催の世界切手展<AUSTRALIA 2013>にちなんでオーストラリアを取り上げました。その記事の中から、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        オーストラリア・カンガルー(1913)

 これは、1913年に発行されたオーストラリア連邦(以下、連邦)最初の切手で、地図を背景にカンガルーが描かれています。

 1901年1月1日、オーストラリア連邦が成立する以前、濠洲大陸では地域ごとに植民地の自治政府が存在し、それぞれ個別に切手を発行していました。具体的には、1850年にニュー・サウス・ウェールズで発行された“シドニー・ヴュー”を皮切りに、1850年にはヴィクトリアが、1853年にはタスマニアが、1854年にはウェスタン・オーストラリアが、1855年にはサウス・オーストラリアが、そして1860年にはクイーンズランドが、それぞれ最初の切手を発行しています。

 1901年1月1日に連邦が発足すると、各自治政府は連邦の州となり、「郵便・電信・電話その他これに類する事業」は連邦政府が行うとの憲法の規定に従い、同年3月1日には、連邦郵政省が設立されます。しかし、実際には、その後も各州独自の切手発行は続けられ、郵便料金も州ごとに異なったままでした。

 このため、まずは1911年5月1日、連邦政府は“大英帝国”の一部として英本国と同様の郵便料金体系を連邦全土に統一的に導入するとともに、連邦統一の切手を発行すべく、デザインを公募。その結果、1000点を超える応募作品の中から、オーストラリア地図を背景にカンガルーを描くデザインが採用され、1913年1月2日、オーストラリア連邦として最初の切手(半ペニーから2ポンドまでの15額面)が発行されました。今回ご紹介の切手は、そのうちの1シリング切手です。

 今回の記事では、このほか、連邦発足後も発行されていたヴィクトリア州の切手や、連邦として英国王の肖像を取り上げた最初の切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 明日、トークイベントやります ★★★

・4月27日(土) 15:00- 『マリ近現代史』出版記念トーク
 於 東京・浅草 都立産業貿易センター台東館6階特設会場
 スタンプショウのイベントの一つとして、出版記念のトークを行います。入場は完全に無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。


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 おかげさまで120万PV
2013-04-25 Thu 11:19
 きのう(24日)、カウンターが120万PVを超えました。いつも、閲覧していただいている皆様には、この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。というわけで、額面“120”の切手のなかから、こんな1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        ダカール・バマコ鉄道

 これは、1972年にマリで発行された鉄道シリーズの切手のうち、ダカール・バマコ間を走る鉄道をとりあげた、120マリ・フラン切手です。

 19世紀末、西アフリカを植民地化したフランスは、地域開発の一環として、ダカールから内陸に鉄道を敷設し、ギニア湾にそそぐニジェール川(の物流ルート)とダカールを連結することを計画します。いわゆるダカール・ニジェール鉄道です。

 鉄道は、1905年、ニジェール河岸のクリコロとセネガル河岸のアンビデディ間で工事が完成。翌1906年、カイ=クリコロ間が開通しました。その後、路線は延伸され、最終的に現在のダカール=クリコロ間が開通したのは1924年のことでした。その主要駅は、ダカール、ティエス、タンバクンダ、タンバクンダ、カイ、キータ、カティ、バマコ、クリコロで、現在のマリとセネガルの国境はタンバクンダ=カイ間にあり、終点のクリコロからは、ニジェール川を往来する船により、セグー、モプティ、トンブクトゥ、ガオなど下流の諸都市と連結するルートができあがりました。

 ダカール・ニジェール鉄道の開通後、仏領オート・セネガル・ニジェール(現在のマリ共和国の前身)の首府は、1908年にカイからバマコ(現在のマリの首都)へと遷都されました。

 バマコはニジェール河岸の都市で、旧首府のカイからは517キロ南東に位置しています。市域は5つの丘に囲まれており、丘の麓の洞窟からは先史時代の岩画も発見されています。中世のマリ帝国の時代には交易の中心地との一つとして繁栄したこともありましたが、19世紀までにはすっかり衰退し、人口も数百人規模にまで落ち込んでいました。

 1880年、バマコはジョゼフ・シモン・ガリエニひきいるフランス軍によって占領され、1883年以降、フランス支配下でのインフラ整備が進められ、フランス風の建物が建ち並ぶ新市街が形成されていくことになります。

 なお、1960年、いわゆるマリ連邦構想が破綻し、現在のマリとセネガルが分離・独立することになった結果、当初、両国間の関係は極端に悪化し、セネガル側は旧スーダン(マリ)出身者に関しては官民を問わず追放し、マリとの国境を封鎖。ダカール・ニジェール鉄道も国境を超える路線はすべて運休となりました。この結果、セネガルのダカール港に貿易の80%近くを依存していたマリ経済は、輸出入の激減により壊滅的な打撃を蒙りました。

 その後、1963年になって、通商や関税、債務、鉄道の運行再開、セネガルの港湾利用について協定も結ばれ、マリとセネガルは通常の国家間の正常な国交を樹立しましたが、マリとセネガルの貿易量は回復せず、マリ経済は長期にわたって低迷を続けることになります。

 さて、拙著『マリ近現代史』では、ダカール・ニジェール鉄道とその沿線の風景を取り上げた20世紀初頭の絵葉書もいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。なお、あさって27日(土)15時からは、東京・浅草で開催のスタンプショウ会場内での出版記念のトークを行いますので、ぜひ、こちらにも遊びに来てください。


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・4月27日(土) 15:00- 『マリ近現代史』出版記念トーク
 於 東京・浅草 都立産業貿易センター台東館6階特設会場
 
スタンプショウのイベントの一つとして、出版記念のトークを行います。入場は完全に無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。


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 ドードーの骨、競売へ
2013-04-24 Wed 10:47
 数百年前に絶滅した飛べない鳥“ドードー”の骨の一部が、きょう(24日)、ロンドンのクリスティーズで競売にかけられるそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        ドードー(1950年)

 これは、1950年、英領時代のモーリシャスで発行された12セントの普通切手で、地図をバックにドードーが描かれています。

 マダガスカル沖、マスカリン諸島のモーリシャス島に生息していた絶滅鳥類です。

 16世紀初頭、大航海時代のポルトガル人がマスカリン諸島が到達し、同諸島は寄港地として利用されるようになります。それからわずか180年後の1681年、飛ぶことも速く歩くこともできないドードーは、イギリス人ベンジャミン・ハリーが目撃したのを最後に生きた姿を確認されておらず、絶滅したものと考えられています。なお、ドードー絶滅の理由としては、入植者による乱獲という説と、彼らが持ち込んだ家畜によって食べつくされてしまったという説がありますが、いずれにせよ、発見されてから絶滅までの期間が短かったことから、現在では、絶滅動物の象徴となっています。

 ドードーの剥製としては、1683年にオックスフォードのアシュモレアン博物館に収蔵されたものが唯一の例として知られていましたが、状態の劣化により、1755年に焼却処分されてしまった結果、保存のためチャコールで覆われた剥製がチェコのストラホフ修道院の図書館に残されている以外には、頭部、足などのごくわずかな断片がほとんどです。このため、2006年にオランダの調査隊がモーリシャスで、比較的原型をとどめているドードーの化石を発見した際には大いに話題となりました。

 クリスティーズによると、ドードーの骨がオークションに出品されるのは1934年以来のことで、今回の骨は19世紀に発掘された脚の一部だそうです。

 なお、ドードー所縁の地であるモーリシャスでは、独立後、世界的に有名なドードーを国鳥とし、国章にもドードーをあしらっています。また、出入国時のスタンプにも、ドードーが描かれているのだとか。モーリシャスのポスト・オフィス切手は無理でも、こちらはいつかゲットしたいなぁ。

 *昨日の「知恵泉」は無事終了しました。ご視聴いただきました皆様には、あらためてお礼申し上げます。


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・4月27日(土) 15:00- 『マリ近現代史』出版記念トーク
 於 東京・浅草 都立産業貿易センター台東館6階特設会場
 スタンプショウのイベントの一つとして、出版記念のトークを行います。入場は完全に無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。


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 本日23時、「知恵泉」放送です。
2013-04-23 Tue 08:07
 かねてご案内の通り、本日(23日)23時より、NHK教育テレビ で放送の「知恵泉」に内藤が出演します。今回は「前島密」の特集ですので、ストレートにこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        UPU加盟50年(前島密)

 これは、1927年に発行された万国郵便連合加盟50年の記念切手のうち、郵便創業の立役者として前島密の肖像を取り上げた1銭5厘切手です。前島密に関する切手は、1921年に発行された郵便創始50年記念の3銭および10銭切手に描かれた当時の逓信省庁舎の一部に、彼の銅像が小さく描かれているのが最初ですが、その切手では顔などは識別できませんので、本格的な肖像切手としては今回ご紹介のモノが第1号と言ってよいでしょう。ちなみに、この切手は、印面に人名の入った日本最初の切手であるだけでなく、昭和になってから発行された最初の切手でもあります。

 前島密は、1835年2月4日、越後国頸城郡津有村下池部(現・新潟県上越市)の豪農、上野助右衛門の2男として生まれました。幼名は房五郎です。

 江戸で医学、蘭学、英語を学んだ後、航海術を学ぶために函館に赴き、武田斐三郎の諸術調所で学び、1865年、薩摩藩の洋学校(開成所)の蘭学講師となりました。

 1866年、幕臣・前島家の養子となり、維新後の1869年、明治政府の招聘により民部省・大蔵省に出仕。翌1870年3月、租税権正となり、ついで同年5月、自ら望んで駅逓権正を兼任しています。就任早々、前島は、東京=京都間を往復する文書に関して、政府が莫大な逓送費を飛脚業者に支払っていることを知り、これを官業とすることで、政府の支出を抑えることを考えつき、6月2日、郵便創業に関する建議を民部・大蔵両省の会議に諮ります。しかし、その直後の6月24日、大蔵大丞・上野影範の特別弁務官としてイギリスへの差遣を命ぜられたため、1871年4月の郵便創業の実務は、留守を預かった杉浦譲が取り仕切ることになりました。

 1871年8月、イギリスから帰国した前島は駅逓頭に任じられ、創業まもない近代郵便制度の基礎を確立すべく奔走。 翌1872年には陸海元会社(現・日本通運株式会社)、郵便報知新聞(現・スポーツ報知)の設立に関与しています。

 その後、1877年には駅逓局長、1879年には内務省駅逓総監に任じられましたが、1881年、いわゆる“明治14年の政変”で下野し、大隈重信らとともに立憲改進党を創立。1886年には東京専門学校(現・早稲田大学)校長に就任しました。

 1888年、逓信次官として官界に復帰し、1891年3月まで在職。この間、官営電話交換制度を実施。1902年、逓信行政に対する多年の功績から男爵を授与され、1905年、貴族院議員に選任。1919年、神奈川県三浦郡西浦村芦名(現・横須賀市芦名)の別荘“如々山荘”で亡くなりました。

 今回の放送では、内藤は、近代郵便という新たなプロジェクトを立ち上げた実務家としての前島の人間的魅力についてお話ししていますので、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。なお、放送番組の常として、予期せぬ大事故・大事件など突発的な事情により、番組の内容・放送時間等が変更になる可能性もありますが、予めご了承ください。


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 於 東京・浅草 都立産業貿易センター台東館6階特設会場
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 佐藤琢磨がインディ初優勝
2013-04-22 Mon 11:18
 米国カリフォルニア州ロングビーチで開催されたIZODインディカー・シリーズ第3戦ロングビーチで、現地時間の21日、佐藤琢磨(AJフォイト)が優勝しました。日本人のインディカー・シリーズ優勝は初めての快挙で、佐藤本人の優勝は、F1参戦前の2001年マカオGP以来のことです。というわけで、佐藤にちなむ題材ということで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        マカオGP(1988)

 これは、1988年、ポルトガル領時代のマカオで発行された“第35回マカオGP”の小型シートです。

 マカオGPは、1954年、マカオ在住のモータースポーツ愛好家が始めたもので、マカオ域内には常設サーキットがなかったため、マカオ政庁の許可を得て、いわゆる「市街地レース」として開催されました。当初は、アマチュアによる草レース的な色彩が強かったのですが、1956年以降、みずからもドライバーとして参加したオランダ・インドネシア両国の国籍を持つ大富豪、葉徳利(セオドール・“テディ”・イップ)が運営面のテコ入れを行い、世界的にも知られるF3最高峰の国際レースとして成長。現在では、マカオを代表する観光資源の一つになっています。今回ご紹介の切手もまた、そうしたマカオGPのプロモーションを兼ねて発行されたものです。

 なお、マカオのインフラ整備は、何鴻燊(スタンレー・ホー)ひきいる澳門旅游娯樂有限公司がカジノの独占経営権を獲得した1962年以降、その利益を社会に還元するかたちで急速に発展しましたが、その一環として、マカオ港の旅客ターミナル付近への本格的なピットエリアやグランドスタンド、ガードレールの設営などがマカオGPを意識して行われました。

 レースは、マカオ港の国際旅客ターミナル付近の直線道路からスタートし、旧市街地を中心に約6kmの一般道を走り抜けるもので、ギアの丘の下を通りぬけることから、コースは“ギア・サーキット”とも呼ばれています。モナコGPが行われるモンテカルロの市街地コースよりも道幅が狭い地域も多く、路面の舗装状態も常設サーキットに比べれば劣るため、世界でも有数の難関コースとされています。

 こうしたこともあって、マカオGPを制したドライバーがF1へとステップアップすることも珍しくなく、2001年に優勝した佐藤のほか、アイルトン・セナは1983年に、ミハエル・シューマッハは1990年に、デビッド・クルサードは1990年に、それぞれ、マカオGPで優勝した経験の持ち主です。

 なお、マカオGPのコースに登場する旧市街地の名所については、拙著『マカオ紀行』でもたっぷりご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。 


 ★★★ テレビ出演のご案内・いよいよ明日です ★★★

 NHK教育テレビ 2013年4月23日(火) 23:00~ 「知恵泉」

 今回は「前島密」の特集で、内藤がゲスト出演して、郵便という新たなプロジェクトを立ち上げた実務家としての前島の人間的魅力についてお話します。ぜひ、ご覧いただけると幸いです。なお、放送番組の常として、大事故・大事件など突発的な事情により、番組の内容・放送時間等が変更になる可能性もありますが、予めご了承ください。(番組HPはこちらです)


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 於 東京・浅草 都立産業貿易センター台東館6階特設会場
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 チェチェン・ローカル加刷
2013-04-21 Sun 09:27
 米国ボストンマラソンで起きた爆弾テロ事件は、きのう(米国時間19日夜)、容疑者として特定されたチェチェン人兄弟のうち、逃走中の弟ジョハル・ツァルナエフが逮捕され、発生から5日目で解決に向かうことになりました。というわけで、きょうはチェチェンがらみでこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        チェチェン・ローカル加刷カバー

 これは、1993年、チェチェン共和国の首都グロズヌイからリトアニア宛の書留便で、チェチェンのローカル加刷切手が発行されています。

 現在、ロシア連邦内のチェチェン共和国となっている地域は、北カフカースの北東部に位置しており、18世紀以降、先住民族であるチェチェン人の激しい抵抗を抑え込んで、ロシア帝国が支配下に組み込みました。

 首都のグロズヌイは、1818年、ロシアの前哨基地として要塞が築かれたことに始まり、1850年に油田が発見されたことで、20世紀以降、ロシアの油田地帯の中核となり発展。ソ連時代はチェチェン自治州、後にチェチェン・イングーシ自治ソヴィエト社会主義共和国(以下、チェチェン・イングーシ自治共和国)の首都となりました。

 いわゆる独ソ戦さなかの1942年、ドイツ軍はソ連領内・北西カフカースの地に迫り、チェチェン・イングーシ自治共和国の一部地域はドイツ軍の占領下に置かれました。首都のグロズヌイはソ連有数の石油産業の中核都市であったため、ドイツ軍の激しい空襲にさらされ、1942年10月10日から15日にかけて市内中心部は激しい火災に見舞われています。

 これに対して、チェチェン人を含む“反ロシア的”な民族がドイツ軍と結んで反抗することを恐れていたスターリンは、カフカースからドイツ軍を撃退した後の1944年2月、チェチェン人とイングーシ人に対独協力の疑いをかけ(実際には、そのほとんどはドイツ軍とは無関係でした)、全チェチェン人とイングーシ人50万人を中央アジアやシベリアに追放。さらに、1946年には、チェチェン・イングーシ自治共和国は廃止され、ウラジカフカスを含む領土の大半は北オセチア自治共和国に割譲されてしまいました。今回の事件の容疑者の一家が、キルギス出身のチェチェン人というのは、こうした事情によるものです。

 その後、スターリンが亡くなり、フルシチョフによるスターリン批判が開始されると、チェチェン人・イングーシ人は対独協力の冤罪を晴らされて名誉が回復され、チェチェン・イングーシ自治共和国の再建が認められました。しかし、追放されていた間に、チェチェン人・イングーシ人の土地にはロシア人・オセット人などが入植していて元の土地所有者との対立が頻発したほか、旧チェチェン・イングーシ自治共和国領のうちウラジカフカスを含む西部は北オセチアから返還されず、また、石油産業の利益も地元に還元されずにモスクワに吸い上げられていたということもあって、チェチェン人・イングーシ人のモスクワに対する不満は鬱積していくことになりました。

 こうした背景の下、ソ連末期の1990年に11月にチェチェン・イングーシ自治共和国がソ連邦からの独立を宣言。1991年5月、チェチェン・イングーシ自治共和国はチェチェン・イングーシ共和国に改名されました。その後、チェチェン共和国とイングーシ共和国は分割され、同年11月、チェチェンがソ連からの独立を宣言します。

 ソ連は、チェチェンの独立を承認しないまま1991年12月に崩壊しましたが、後継のロシア大統領ボリス・エリツィンは、1994年、チェチェンの連邦からの独立を阻止するため4万のロシア連邦軍を派遣し第一次チェチェン紛争に突入することになります。

 今回ご紹介のカバーは、こうした時期の使用例で、切手はソ連時代のものに“イスラム”の文字や月と星を加刷したものですが、消印はソ連時代の鎚と鎌の紋章が入ったものがそのまま使われており、いかにも過渡期の郵便物といった感じです。

 さて、今回の事件は容疑者として逮捕された人物はチェチェン人で、先に死亡した共犯(主犯格?)の男(逮捕された男の兄)はイスラム過激派との関連もささやかれています。ただし、仮に彼らが、イスラム過激派ないしはロシアからのチェチェンの分離独立を求める活動家であったとしても、なぜ、ボストン・マラソンが攻撃の対象になったのかは常人には理解しがたいですな。まずは、彼らが真犯人であるかどうかの確認を含めて、犯行の動機や背後関係について、今後の捜査に注目したいところです。


 ★★★ テレビ出演のご案内 ★★★

 NHK教育テレビ 2013年4月23日(火) 23:00~ 「知恵泉」

 今回は「前島密」の特集で、内藤がゲスト出演して、郵便という新たなプロジェクトを立ち上げた実務家としての前島の人間的魅力についてお話します。ぜひ、ご覧いただけると幸いです。なお、放送番組の常として、大事故・大事件など突発的な事情により、番組の内容・放送時間等が変更になる可能性もありますが、予めご了承ください。(番組HPはこちらです)


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 第80回郵政記念日
2013-04-20 Sat 10:42
 きょう(20日)は、1871年4月20日(明治4年3月1日)に、わが国の近代郵便が創業されたことにちなみ、郵政記念日です。今年はちょうど80回目ということなので、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        郵政記念日制定

 これは、1950年に発行された“郵政記念日制定”の記念切手です。

 1933年、通信事業特別会計法が公布され、逓信省所管の通信事業が独自の会計制度を持つようになったのを機に、翌1934年から郵便創業の記念日である4月20日を“逓信記念日”として、以後、毎年記念行事を行うこととなりました。

 この逓信記念日は、1949年6月1日に逓信省が郵政省と電気通信省とに分離されたことから、1950年以降、“郵政記念日”と改称され、今日にいたっています。今回ご紹介の切手は、改称後の最初の郵政記念日に合わせて発行されたものです。なお、現在、旧逓信記念日と郵政記念日は連続したものとして扱われており、1934年の第1回逓信記念日から起算して今年は第80回という勘定になっていますが、切手の名称では、郵政記念日“制定”として、旧逓信記念日とは別のものであるというニュアンスとなっています。切手が発行されたのは、占領中のことですので、あるいは、戦前からの記念日とは断絶しているという姿勢を示す必要があったということなのかもしれません。

 さて、改称後初の郵政記念日にあたり、その中核をなす記念行事として、1950年4月15日から23日まで、東京・日本橋の三越百貨店で開催されたのが、「全日本切手コンクール展示会」です。このコンクールをひな形として、翌1951年から行われるようになったのが、現在まで続く全日本切手展です。

 1950年のコンクールは、形式的には朝日新聞社主催の下、郵政省が後援し、日本放送協会と日本郵楽会が協賛する ということになっていましたが、実質的には、郵政省と日本郵楽会が取り仕切ったものでした。

 主催者側の発表によると、展示会の目的は「郵便切手収集趣味の普及向上に資すると共に、切手を通じての平和観念を宣伝する」ことにあり、「A.ベスト・テン(自己のコレクションから自信ある10枚を選定)、B.50枚コレクション(テーマをもつて整理したもの)C.特殊コレクション(切手を貼付した各種物品、例えば葉書、封筒、細工品など)」の3部門について収集家の出品物を募り、地方郵政ごとに選出された各部門5点ずつに対して中央審査の結果、各賞が授与されました。

 記念切手は、加曾利鼎造のデザインにより、月桂樹を加えた鳩がポストに止まっている場面を描いたもので、シート上部には「郵政記念日」の題字とともに、英文で“ESTABLISHMENT OF POSTAL ANNIVERSARY”の文字も入れられています。
 

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 マリ近現代史
2013-04-19 Fri 11:36
 以前からこのブログでもご案内しておりました拙著『マリ近現代史』(彩流社:出版元の特設HPはこちらです)が予定よりもずっと早く出来上がってきました。奥付上の刊行日は5月5日ですが、版元ドットコムでの発売も開始されましたので、あらためて刊行のご挨拶を申し上げます。(画像は表紙カバーのイメージ。クリックで拡大されます)

        マリ近現代史

 日本人にとってはなじみの薄いマリ共和国(以下、マリ)ですが、欧米では、極東のジパングと並ぶ幻の黄金都市トンブクトゥの国として広く知られています。昨年来の内戦では、トンブクトゥを含む各地の世界遺産が破壊されたほか、いわゆるイスラム武装勢力が北部を拠点に活動を展開しており、“第2のアフガン”化が懸念されている地域でもあり、欧米でのマリ問題に対する関心は非常に高いものがあります。今年1月にはフランスが軍事介入を行い、日本人も犠牲になったアルジェリアでの人質事件の背景に、そうしたマリ国内を拠点にした過激派組織の存在があったことは記憶に新しいところです。

 欧米では歴史的にも、また、いわゆる現在のテロとの関連でも関心が高いにもかかわらず、マリについてわかりやすく説明した日本語の書籍がこれまでなかったこともあり、多くの日本人にとってマリはなじみの薄い国でした。そこで、今回、周辺諸国との関係も踏まえながら、絵葉書や切手などの図版を豊富に用いて、マリの歴史と現状をわかりやすく解説した日本初の本格的通史を刊行することにしました。それが、今回の拙著『マリ近現代史』です。

 本書は、フランス植民地時代から現在にいたるまでのマリの歴史を年代順にたどる構成となっておりますが、できる限り、アップ・トゥ・デートな内容もフォローしました。その中には、

 ・世界遺産となった幻の黄金都市、トンブクトゥとは?
 ・内戦の一方の主役、トゥアレグ人とは?
 ・内戦で破壊された世界遺産の在りし日の姿は?
 ・1991年に始まる“民主化”と過去の和平合意はなぜ挫折したか?
 ・リビア・カダフィ政権はマリに何を残したか?
 ・マリ北部でイスラム過激派が勢力を拡大できたのはなぜか?
 ・アルジェリア人質事件とフランス軍事介入の関係は?

 といった話題も含まれています。

 現地の状況や歴史を示す絵葉書や切手などの図版を、オールカラーでご紹介したヴィジュアル通史になっておりますので、今後、書店の店頭などで実物をご覧になりましたら、ぜひ、お手にとってご覧いただけると幸いです。

 なお、本書をご自身の関係するメディアで取り上げたい、または、取り上げることを検討したい、という方は、是非、ご連絡ください。4月20日以降、資料をお送りいたします。


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 1日で巡るお遍路さんin丸の内
2013-04-18 Thu 11:15
 きょうから、東京・丸の内のJPタワーで、四国八十八ヶ所霊場を巡る“お遍路さん”を1日で体験できるイベント“1日で巡るお遍路さん in 丸の内”がスタートします。このイベントは、四国霊場開創1200年記念催事として行われるもので、77年ぶりに88体のご本尊が一堂に丸の内の開場で出開帳されます。というわけで、きょうは霊場のご本尊を取り上げた切手のうち、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

        香園寺・大日如来

 これは、2005年6月28日に発行された「四国八十八ヶ所の文化遺産Ⅱ」(ふるさと切手・四国4県)のうち、香園寺の大日如来を取り上げた1枚です。

 香園寺は、愛媛県西条市にある真言宗系の単立寺院で、四国八十八箇所霊場の第61番札所です。

 寺伝によると、病床にあった用明天皇の夢に金衣白髪の老人が現れ、「四国に霊地があり、寺院を建立すれば、病が治るであろう」とのお告げがあったことを受けて、聖徳太子がこの地に寺院を創建。すると、ふたたび金衣白髪の老人が現れ、17日間、本堂にこもって本尊を作ったといわれています。その後、天皇は健康を回復し、寺は教王院の山号を賜りました。

 その後、天平年間には行基が、大同年間には弘法大師が訪れています。また、大師がこの地にいた時、身重の女性が苦しんでいましたが、大帥の祈祷により安産となったということがありました。このため、大師は唐から持ち帰った大日如来の金像を本尊の胸に納め、栴檀の香をたいて護摩修法を行い、これにちなんで、以後、寺は栴檀山香園寺と号すようになりました。また、この故事にちなみ、大正時代、住職の山岡瑞圓は子安講を創始し、現在では「子安の大師」で知られるようになりました。

 開山当初からの本尊3体(大日如来・不動明王・子安大師)は現在は秘仏で、現在は、京都出身の仏師、松久朋琳(1901-87)、宗琳(1926-92)父子の作った前仏が祀られています。秘仏の本尊は、今回の切手に取り上げられている大日如来像の後ろに安置されています。

 さて、四国霊場の仏像の中には、切手に取り上げられたものもいくつかありますが、それらについては、拙著『切手が伝える仏像』でもご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 「檜図」修理へ
2013-04-17 Wed 10:27
 東京国立博物館は、きのう(16日)、安土桃山時代を代表する絵師・狩野永徳筆とされる国宝「檜図屏風」の劣化が激しいとして修理計画を明らかにし、修理前の画面を公開しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        檜図

 これは、1969年7月21日に発行された「(第1次)国宝シリーズ」第6集のうち、今回、修理されることになった「檜図」を取り上げた50円切手です。

 狩野永徳は安土桃山時代の絵師で、1543年、京都に生まれました。狩野派の棟梁として、織田信長や豊臣秀吉につかえ、安土城、聚楽第、大阪城などの障壁画を制作しましたが、それらの大半は建物とともに滅び、現存するものはわずかです。

 切手に取り上げられた「檜図」は、もともとは1590年末に落成の八条宮邸の襖絵の一部ですが、永徳は同年9月に亡くなっているため、制作の最後まで立ち会えたかどうかは定かではありません。また、筆致などから、永徳が制作に関与したことはほぼ確実とされていますが、画面にはそのことを示す確実な証拠がないため、作者については、“伝・狩野永徳筆”という扱いになっています。切手上に作者名が記載されていないのも、そのためと思われます。

 作品は、金地を背景に檜の老木が枝をいっぱいに張り、太い幹を大きく屈曲させて深い水淵に臨む景色を描いたもので、そのたくましい構図や奔放な筆致と強烈な色彩は、桃山時代の金碧障壁画の典型とされています。

 その後、江戸時代に8曲1双の屏風に仕立てられ、現在は東京の国立博物館の収蔵品となっています。切手には、右から第3扇のおよそ3分の2のところから第7扇の半分までの部分が取り上げられています。切手としての原画構成は久野実が担当しました。

 今回の修理では、画面の中央に図柄の連続しない部分があることから、中央に空間を持たせ、ふたつに分けて4曲1双に仕立てなおすのだとか。ということは、切手とはまた雰囲気の違うものとなるのかもしれません。修理は来年3月に完成し、2014年度中に公開されることになっています。

 ★★★ テレビ出演のご案内 ★★★

 NHK教育テレビ 2013年4月23日(火) 23:00~ 「知恵泉」

 今回は「前島密」の特集で、内藤がゲスト出演して、郵便という新たなプロジェクトを立ち上げた実務家としての前島の人間的魅力についてお話します。ぜひ、ご覧いただけると幸いです。なお、放送番組の常として、大事故・大事件など突発的な事情により、番組の内容・放送時間等が変更になる可能性もありますが、予めご了承ください。(番組HPはこちらです)


 ★★★ トークイベントのご案内 ★★★

・4月27日(土) 15:00- 『マリ近現代史』出版記念トーク
 於 東京・浅草 都立産業貿易センター台東館6階特設会場
 スタンプショウのイベントの一つとして、出版記念のトークを行います。入場は完全に無料です。


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 4月から、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。開催日は5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日(原則第一火曜日)で、時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 今日から全日展
2013-04-16 Tue 11:09
 きょう(16日)から、東京・大手町のていぱーくで全日本切手展(以下、全日展)がスタートします。会期は21日までですので、ぜひ、会場にお運びいただけると幸いです。というわけで、きょうは今回の特別展示にちなんで、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        毛紙コイル

 これは、1933年11月に発行された日本最初のコイル切手のうちの1銭5厘切手です。この時発行されたコイル切手には、額面3銭のモノもあるのですが、3銭については、今回ご紹介のモノと同じく着色繊維を漉き込んだ毛紙(新大正毛紙)と繊維の漉き込まれていない白紙(昭和白紙)の2種類があり、画像では違いが分かりづらいかもしれないと思い、1銭5厘の方を持ってきたという次第です。

 切手の販売は窓口による対面販売のほか、自動販売機でも行われますが、自動販売機の場合は、スーパーのレジのレシート用紙のように、ロール状に巻いた切手が機械の中にセットされています。その場合、切手の上下ないしは左右には目打を開ける必要がないので、2辺のみに目打がある切手が製造されます。これがコイル切手で、わが国の場合は、上下にのみ目打のある切手(国によっては左右にのみ目打かあるケースもあります)が1000枚で一巻きです。

 今回ご紹介している日本最初のコイル切手は、1933年11月1日、東京中央郵便局(以下、中郵)の局舎新築の記念式典の会場に設置された英国製の自販機にセットされ、販売されたのが最初です。ただし、このときは、式典の招待者しかコイル切手を買うことができず、一般向けには、同3-7日に牛込見付内の逓信博物館で開催された「まずらしい郵便切手の展覧会」の会場に設置された機械で販売されたのが最初です。

 なお、切手の自販機そのものは、1904年に最初の国産機が作られていますが、実用には至っていません。なお、1933年に使われた英国製の機械は、その後、東京中郵のロビーに置かれ、イベントの際には貸し出されていましたが、利用者はごくわずかでした。

 さて、今回の全日展では、全国の収集家の競争出品(すでに審査員として拝見しましたが、力作ぞろいです)に加え、震災切手90周年の特別展示と、大正から昭和初期の自動販売機も展示されます。もちろん、通常の競争出品や震災切手の展示も見ごたえ十分なのですが、個人的には、自動販売機の展示というのがていぱーくらしくて良い感じだと思います。

 展覧会は、次の日曜日・21日までで、期間中は入場無料ですので、ぜひ、ご参観ください。


 ★★★ テレビ出演のご案内 ★★★

 NHK教育テレビ 2013年4月23日(火) 23:00~ 「知恵泉」

 今回は「前島密」の特集で、内藤がゲスト出演して、郵便という新たなプロジェクトを立ち上げた実務家としての前島の人間的魅力についてお話します。ぜひ、ご覧いただけると幸いです。なお、放送番組の常として、大事故・大事件など突発的な事情により、番組の内容・放送時間等が変更になる可能性もありますが、予めご了承ください。(番組HPはこちらです)


 ★★★ トークイベントのご案内 ★★★

・4月27日(土) 15:00- 『マリ近現代史』出版記念トーク
 於 東京・浅草 都立産業貿易センター台東館6階特設会場
 スタンプショウのイベントの一つとして、出版記念のトークを行います。入場は完全に無料です。


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 ドイツマルクの復活なるか
2013-04-15 Mon 16:17
 9月に総選挙が予定されているドイツでユーロの廃止と独自通貨の導入を目指す新政党“ドイツのための選択肢”が結成され、きのう(14日)、ベルリンで初の党大会が開かれました。彼らが導入を目指している独自通貨としては、同党内では、旧通貨マルクの再導入が多数意見ということなので、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        米英占領地区・ポストホルン加刷

 これは、1948年の“ドイツマルク”導入に伴って発行されたポストホルン加刷切手です。ドイツの公式通貨としてのマルクには、1871年のドイツ帝国統一以来、さまざまなバリエーションがありますが、1999年1月1日のユーロ導入により廃止されるまで使われていたのが、今回ご紹介のドイツマルクです。

 1945年5月、第二次大戦に敗れたドイツは、米ソ英仏の4カ国によって分割占領されました。その後、東西冷戦の進行とともに、米軍占領地区と英軍占領地区は占領円滑化のため合同してバイゾーンを形成。さらにこれにフランス軍占領地区が加わってトライゾーンを形成し、ソ連軍占領地区との亀裂が深まっていきます。

 ところで、占領下のドイツではハイパー・インフレが進行していたため、1948年6月20日、米英仏の3国は、英米仏各占領地区で独自に発行されていた通貨を統合してトライゾーンでの統一通貨(ドイツマルク)を発行。これに対して、ソ連側も6月24日に東ドイツマルク(オストマルク)を発行するとともに、ドイツマルクを使用する西ベルリンを経済封鎖することで対抗しました。これが、いわゆるベルリン封鎖です。

 さて、ドイツマルクの導入に伴い、西ベルリンを除く西側占領地区では、6月21日から、旧通貨が10分の1に切り下げ、6月23日までは旧通貨時代に発行された切手・葉書の額面も10分の1の価値で有効とされました。これに対して、新通貨に対応した新図案の切手発行は間に合わなかったため、とりあえず、米英占領地区では、旧通貨の切手にポストホルンを加刷した切手を暫定的に発行することで対応することになりました。今回ご紹介の切手は、その1枚です。なお、新通貨対応の正刷切手としては、1948年8月15日発行のケルン大聖堂再建700年の寄附金つき切手が最初となります。

 今回旗揚げをした“ドイツのための選択肢”が、仮に、秋の総選挙で圧勝し、ドイツがユーロ圏から離脱して旧ドイツマルクが復活するということになったら、切手の額面も再びマルク表示に戻ることになるはずで、そうすると、ユーロと新ドイツマルクの切手の混貼使用例というのが生まれることになりますな。まぁ、そういう事態になったら経済的には大混乱で、勘弁してくれというのが常識的なところでしょうが、収集家としては、ついつい、妙な期待をしてしまいます。


 ★★★ トークイベントのご案内 ★★★

・4月27日(土) 15:00- 『マリ近現代史』出版記念トーク
 於 東京・浅草 都立産業貿易センター台東館6階特設会場
 スタンプショウのイベントの一つとして、出版記念のトークを行います。書店に並ぶ前の先行販売はスタンプショウ会場内が最初となります。入場は完全に無料です。


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 4月から、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。開催日は5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日(原則第一火曜日)で、時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 岩のドームの郵便学(4)
2013-04-14 Sun 18:22
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、『本のメルマガ』496号が先月25日に配信となりました。僕の連載「岩のドームの郵便学」は、今回は“岩のドーム”を取り上げたイギリス委任統治領パレスチナの切手の使用面に注目して、いろいろと書いてみました。その中から、きょうはこんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

        アラブフェア・宣伝印葉書

 これは、1934年3月20日、エルサレムからスイス・ルツェルン宛に差し出された葉書で、エルサレムの“アラブ・フェア”を宣伝する標語印が押されています。

 1927年11月1日、イギリス委任統治下のパレスチナ(以下、英領パレスチナ)でスターリング・ポンドとリンクしたパレスチナ・ポンドが導入された際の主な郵便料金は以下の通りです。

 ・英領パレスチナ域内の書状料金:20グラムまで5ミリーム、20グラム加わるごとに3ミリーム追加
 ・外信書状料金:20グラムまで13ミリーム、20グラム加わるごとに9ミリーム追加
 ・英国・アイルランド宛書状(優遇料金):20グラムまで7ミリーム、20グラム加わるごとに4ミリーム
 ・域内宛葉書料金:4ミリーム
 ・外信葉書料金:7ミリーム
 ・域内宛印刷物料金:250グラムまで15ミリーム、50グラム加わるごとに3ミリーム追加
 ・外信印刷物基本料金:3ミリーム
 ・書留料金:13ミリーム
 ・速達料金:エルサレム、ジャッファ、ハイファ、テルアビブのみでの取り扱いで、距離別料金。1kmまで20ミリーム、2kmまで30ミリーム、以後、2kmごとに40ミリーム

 1927年11月に発行された岩のドームを描く普通切手の額面は、4、8、13、15ミリームの4種類でしたから、4ミリーム切手は域内葉書料金として、8ミリーム切手は20-40グラムの書状料金として、13ミリーム切手は外信書状ならびに書留料金用として、15ミリームは印刷物料金として、主に使われることが想定されていたことになります。
 
 英領パレスチナ域内宛の書状と葉書の料金は1941年3月末まで、切手発行後12年以上も値上げされなかったが、外信料金に関しては、1932年7月1日に料金改正があり、20グラムまでの書状基本料金が15ミリーム(20グラム加わるごとに9ミリーム追加)、葉書料金が8ミリームに値上げされた。このため、岩のドームを描く15ミリームおよび8ミリームの切手は、以後、英領パレスチナの外信便用として盛んに使用されていくことになります。

 今回ご紹介の葉書もその一例というわけですが、ここでは“アラブ・フェア”を宣伝する標語印が押されている点に注目したいところです。

 パレスチナの委任統治を開始した当初、英国のパレスチナ当局は、パレスチナへのユダヤ人の移民枠を年間1万6500人と規定していました。しかし、この移民枠いっぱいにユダヤ人の入植が行われると、アラブが9割を占めていたパレスチナの人口構成は、40年足らずのうちにユダヤ人が半数を占めることになるため、パレスチナのアラブはこの決定に反発し、1921年4~5月にかけて、パレスチナ各地で大規模な反ユダヤ暴動が発生。その死傷者は3000名を越えたといわれています。

 事態の収拾に迫られた英当局は、一転してパレスチナへのユダヤ人移民の受け入れの一時凍結を発表。当然のことながら、こうした英国の“変節”に対しては、シオニスト側は不信感を抱くことになりました。

 その後も、英国のパレスチナ政策は、アラブ側とイスラエル側のうち、その時々でより強く反発する側に対して場当たり的に妥協を重ねるものとなりましたが、1920年代後半になると、パレスチナへのユダヤ系移民の流入が制限されたことに加え、パレスチナに永住せず、アメリカ大陸などへ渡るユダヤ人の数も次第に増加するようになったため、アラブ側による反シオニスト暴動も沈静化し、パレスチナの政情は安定化していくように思われました。

 ところが、英当局が、シオニストとアラブないしはムスリムとの対立の根本的な解決を先延ばしにしている間に、1933年、ドイツにヒトラー政権が成立してしまいます。

 強烈な反ユダヤ主義を掲げ、政権発足早々に「職業官吏再建法」によって公務員からのユダヤ人排除が行うなど、反ユダヤ主義政策を展開するヒトラー政権の支配下からはパレスチナへ流入するユダヤ人の数が激増し、1933年には約23万人だったパレスチナのユダヤ系人口は、3年後の1936年には約40万人にまで増加しました。

 こうした状況の中で、パレスチナにおけるアラブの文化や風俗習慣などを広く紹介し、パレスチナがアラブの土地であることをアピールするために企画されたのが、“エルサレム・アラブ博覧会”(アラブ・フェア)で、その第1回は1933年に開催されまています。

 今回ご紹介の葉書は、1934年4月6日からの第2回開催時の宣伝標語が入った消印が押されています。標語は、英語・ドイツ語・フランス語・アラビア語の4ヵ国語で「1934年4月6日 エルサレム・アラブ博覧会に行こう」という趣旨の文言ですが、フランス語やドイツ語の文言も入っているのは、標語印の押された葉書が広く世界中に流通する過程で標語の内容が各国の人々にも周知されることを想定してのことですが、実際に、ヨーロッパからの参観者がどの程度あったのか(=標語印の効果がどの程度あったのか)までは、残念ながら、調べきれませんでした。今後の課題ですな。


 * 本日の東京国立近代美術館でのギャラリートークは、無事、盛況のうちに終了しました。ご来場いただきました皆様には、この場をお借りしてお礼申し上げます。

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 明日(14日)トークやります
2013-04-13 Sat 14:18
 かねてご案内の通り、明日(14日)15時より、東京国立近代美術館 ギャラリー4(2F)にて、現在開催中の展覧会東京オリンピック1964 デザインプロジェクトの4月のギャラリートークに内藤が登場します。というわけで、きょうは会場となる東京国立近代美術館の切手です。

        東京国立近代美術館

 これは、1969年6月11日に発行された東京国立近代美術館開館の記念切手で、パレットを背景に博物館の建物(敷地面積5412平方メートル、地上3階・地下2階建て)が配されています。

 同時代の美術を恒常的に展示する美術館を作ろうという動きは、明治時代からあり、帝国議会への請願も行われましたが、戦前には実現しませんでした。

 1952年、文部省は東京都中央区京橋の旧日活本社ビルの土地建物を購入。同年6月、文部省所轄の機関として国立近代美術館を設置し、建築家前川國男氏の設計による改装工事を施して、同年12月に開館しました。

 しかし、新規の美術品購入に加え、文部省をはじめとする官公庁からの管理移管、さらには、作家自身や収蔵家からの寄贈が増えてきたことで、収蔵スペースが手狭になったことから、開館早々に移転問題が持ち上がります。

 その後、1963年に皇居北の丸地区が公園化されると、翌1964年、文部省はこの地に近代美術館を移転することを検討します。これに対して、北の丸公園内には新たに施設を建設しないという規制のため、計画の実現は危ぶまれていましたが、同館設立当初からの評議員である石橋正二郎(ブリジストン会長)が美術館建物の寄付を申し入れ、谷口吉郎の設計による新館が1969年6月、現在の東京国立近代美術館がオープンしました。

 なお、その際、京橋にあった旧館は改修されて、フィルムライブラリーを独立させた、フィルムセンターの専用施設となっています。また、同じく北の丸公園内の旧近衛師団司令部は改修され、近代美術館・工芸館となりました。

 国立近代美術館の新館は、当初、1969年2月に開館の予定だったため、記念切手の発行も、昭和43年度の特殊切手類発行計画に含まれていました。ところが、新館の建設工事が遅れ、建物じたいは19692月に建設者の石橋から国に引き渡されたものの、京橋の旧館から新館への収蔵品の移転が完了し、開館記念展の開催は遅れたため、切手の発行も遅れています。

 さて、明日のギャラリートークでは、1961年10月から発行が始まった寄附金つき切手の話題を中心に、1964年の東京五輪と切手についてお話しする予定です。。展覧会本体も、東京五輪関連の切手原画の展示をはじめ見ごたえのある内容ですので、ぜひ、遊びに来てください。


 ★★★ イベントのご案内 ★★★

・4月14日(日) 15:00- 東京五輪と切手
 於 東京国立近代美術館 ギャラリー4(2F)
 現在開催中の展覧会東京オリンピック1964 デザインプロジェクトの4月のギャラリートークに内藤が登場します。展覧会本体も、東京五輪関連の切手原画の展示をはじめ見ごたえのある内容ですので、ぜひ、遊びに来てください。(展覧会へ入場するための観覧券は必要になります)

・4月27日(土) 15:00- 『マリ近現代史』出版記念トーク
 於 東京・浅草 都立産業貿易センター台東館6階特設会場
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 4月から、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。開催日は5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日(原則第一火曜日)で、時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★★

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 パンの記念日
2013-04-12 Fri 13:13
 きょう(12日)は、天保13年4月12日(1842年5月21日)、伊豆韮山代官・江川英龍が日本で最初のパンとされる軍用携帯食糧の乾パンが初めて焼かれたことにちなみ“パンの記念日”だそうです。というわけで、パンに絡んでこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        肉とパンを節約しよう

 これは、第二次大戦直後の1946年10月19日に南アフリカ連邦(以下、南ア)から米国宛のカバーで、戦中・戦後のモノ不足の時代を反映して“肉とパンを節約しよう”という趣旨の英語とアフリカーンス語の標語印が押されています。切手の大きさも小型で、当時のモノ不足の状況がよくわかるカバーです。

 1910年に発足した南ア連邦の初代首相には、ボーア戦争後、旧トランスヴァールの首相を務めたルイス・ボータが就任し、1919年にボータが急死した後はボーア戦争の軍事的英雄で第一次大戦の指揮官でもあったヤン・スマッツが政権を継承しました。これに対して、白人至上主義を唱えるジェームズ・バリー・ミューニック・ヘルツォークらは、ボータならびにスマッツの南アフリカ党政権が親英的で黒人に対して譲歩しすぎると批判。1914年、国民党を結成します。

 ヘルツォークの国民党は1924年の総選挙で政権を獲得し、新国旗の制定などアフリカーンス民族主義の制作を推進するとともに、白人労働者にのみ労働者の権利を認める(=黒人およびカラードの労働者には権利を認めない)産業調整法を制定するなど、黒人とカラードの犠牲の上に白人の権利を確保する セグレゲーション(隔離)政策を強烈に推進しました。

 1929年、世界大恐慌が起こると、南ア経済も深刻な打撃を受けたため、国難を打開するには超党派の連立政権を樹立すべしとの声が高まり、1933年、国民党と南アフリカ党は合同し、あらたに統一党(連合党とも)が結成されました。首相の地位には、ヘルツォークがそのまま留まります。

 しかし、旧国民党内の強硬派は、対英協調路線を掲げるスマッツら旧南アフリカ党との連立を潔しとせず、1934年、ダニエル・フランソワ・マランを党首として純正国民党を結成しました。

 1939年、ヘルツォークに代わり、再び政権を掌握したスマッツは、英連邦、すなわち連合国の一員として第2次大戦に参戦することを決定。第2次大戦は連合国側の勝利に終わり、南アは戦勝国としての地位を確保します。その一方で、戦争を銃後で支えた黒人の発言力も増大。連合党がこれに譲歩の姿勢を示すと、もともと、第二次大戦への参戦そのものにも反対していたマランの国民党は連合党政権の“対英従属・アフリカーナー軽視”を徹底的に批判し、1948年の総選挙では、マラン率いる国民党が第一党に躍進。政権を獲得し、南アはアパルトヘイトの時代に突入していくことになります。

 なお、両大戦間期の南アの歴史については、拙著『喜望峰』でも簡単にまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


 ★★★ イベントのご案内 ★★★

・4月14日(日) 15:00- 東京五輪と切手
 於 東京国立近代美術館 ギャラリー4(2F)
 現在開催中の展覧会東京オリンピック1964 デザインプロジェクトの4月のギャラリートークに内藤が登場します。展覧会本体も、東京五輪関連の切手原画の展示をはじめ見ごたえのある内容ですので、ぜひ、遊びに来てください。(展覧会へ入場するための観覧券は必要になります)

・4月27日(土) 15:00- 『マリ近現代史』出版記念トーク
 於 東京・浅草 都立産業貿易センター台東館6階特設会場
 スタンプショウのイベントの一つとして、出版記念のトークを行います。書店に並ぶ前の先行販売はスタンプショウ会場内が最初となります。入場は完全に無料です。


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 4月から、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。開催日は5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日(原則第一火曜日)で、時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 食べられちゃったラクダ
2013-04-11 Thu 11:55
 イスラム反政府勢力の掃討作戦で軍事介入したフランスへのお礼として、マリ政府がオランド仏大統領に贈ったラクダが現地で食用として殺されていたことが分かり、新たなラクダが再び贈られることになったそうです。というわけで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        オート・セネガル・ニジェール(トゥアレグ人)

 これは、現在のマリの前身にあたるオート・セネガル・ニジェールで1914年から発行された普通切手のうち45フラン切手で、ラクダに乗ったトゥアレグ人を描かれています。

 現在のマリ国家に相当する地域は、フランスによる植民地統治が始まった当初、“上セネガル”という意味で“オート・セネガル植民地”と呼ばれていました。1895年、ガボンより西側の各植民地を統括するため、在セネガル(1902年まではサン・ルイ、以後はダカール)の総督の下に、セネガル、仏領スーダン(現マリ)、仏領ギアナ、コート・ディヴォワールの緩やかな“連邦”が組織されましたが、このうち、仏領スーダンについては、1899年10月、その一部が仏領ギニア、コート・ディヴォワール、ダホメに編入され、残りは、1902年、仏領セネガンビア・ニジェールに再編成されます。

 ところが、1895年に発足した連邦は、1904年にダホメが加わり、正式に“仏領西アフリカ連邦”となったことを受けて、仏領セネガンビア・ニジェールは、旧仏領スーダンの古称であるオート・セネガルの名を冠した仏領オート・セネガル・ニジェールへと再編されました。

 オート・セネガル・ニジェールの地域は、現在の国名でいうと、セネガル・マリ北部・ニジェールにまたがる広大なもので、トゥアレグ人の居住地域ともほぼ重なっています。ラクダに乗るトゥアレグ人というモチーフが切手にも取り上げられたのも、この地域の典型的な風景のひとつとフランス当局が考えていたためでしょう。ちなみに、現在のマリ共和国が独立した当初の1961年に発行された航空切手も、トンブクトゥのサンコーレ・モスクを背景にラクダに乗るトゥアレグ人という、いかにもなデザインとなっています。

 さて、今回問題となったマリのラクダですが、2月初めにオランド大統領がマリを訪問した際、マリ政府から大統領にプレゼントされ、大統領もパリの交通渋滞を避けるために使おうなどと冗談を飛ばしていたそうです。ただし、実際には大統領はラクダをパリに連れ帰らず、トンブクトゥに住む家族に譲り、現地駐留のフランス軍が定期的にラクダの様子を報告することになっていました。

 ところが、先週になってラクダが殺されたことが分かり、マリ政府は慌てて、新たなラクダをパリに送ることになったのだとか。まぁ、いかにものんびりした話といえばそれまでですが、こういうことの積み重ねが、バマコ政府と北部の軋轢の底流にあるということなのかもしれません。

 さて、4月下旬の刊行予定の『マリ近現代史』では、仏領植民地の時代から、今年に入ってからのフランスの軍事介入まで、文字通り、マリの近現代史を切手や絵ハガキなどを使って、わかりやすく解説しております。連休前後には書店への配本も始まる予定で(正式な配本日が決定しましたら、またご案内します)、今月27-29日に東京・浅草で開催のスタンプショウでも、実物をご覧いただける手はずになっております。また、27日の15時からはスタンプショウ会場内の特設コーナーで刊行記念トークも行いますので、ぜひ、遊びに来てください。

 
 ★★★ イベントのご案内 ★★★

・4月14日(日) 15:00- 東京五輪と切手
 於 東京国立近代美術館 ギャラリー4(2F)
 現在開催中の展覧会東京オリンピック1964 デザインプロジェクトの4月のギャラリートークに内藤が登場します。展覧会本体も、東京五輪関連の切手原画の展示をはじめ見ごたえのある内容ですので、ぜひ、遊びに来てください。(展覧会へ入場するための観覧券は必要になります)

・4月27日(土) 15:00- 『マリ近現代史』出版記念トーク
 於 東京・浅草 都立産業貿易センター台東館6階特設会場
 スタンプショウのイベントの一つとして、出版記念のトークを行います。書店に並ぶ前の先行販売はスタンプショウ会場内が最初となります。入場は完全に無料です。

 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 4月から、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。開催日は5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日(原則第一火曜日)で、時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 仏軍、マリから一部撤収
2013-04-10 Wed 10:11
 今年1月以来、4000人規模の部隊をマリに派遣しているフランス軍は、きのう(9日)、マリ北東部テッサリトに配置されていた空挺部隊の約100人を撤収させ、キプロス経由でフランスに帰還させたそうです。フランスの軍事介入開始後、部隊の撤収は初めてです。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        マリ派遣フランス軍

 これは、今年(2013年)2月、マリに派遣されたフランス軍の郵便局から差し出されたカバーで、封筒の余白には作戦名“OPERATION SERVAL”の文字が入ったカシェが押されています。

 2012年1月に始まったマリ北部紛争の結果、マリ北部は反政府勢力の支配下に置かれるようになりました。4月6日のアザワド独立宣言以降、世俗主義の“アザワド解放全国運動(MNLA)”と各種のイスラム勢力は北部支配の主導権をめぐって対立。MNLAはイスラム勢力に敗退し、マリ北部はイスラム武装勢力が実効支配する状況となりました。

 これに対して、マリ政府と西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)の要求に応じて、10月12日、国連安保理はイスラム武装勢力と戦うマリ政府軍を支援するため、アフリカ主導の多国籍軍を派遣するとのフランス提案を満場一致で可決します。

 10月12日の決議を受けて、45日以内に具体的なプランが策定され、12月20日、アザワド奪還のため、ECOWAS加盟国を中心にアフリカ主導マリ国際支援ミッション (AFISMA)を設置するとともに、AFISMAに対し、欧州連合、アフリカ連合およびその他の協力国とともに、マリ暫定指導部の自国民を保護する責任を全うするため、最初の1年間、“(武力行使を含む)必要なあらゆる措置”(武力行使)を認める国連安保理決議2085が採択されます。この時点では、AFISMAのミッションは2013年9月から開始されるという予定になっていました。

 ところが、年末に首都バマコでの首相交代という政治的混乱に続き、年が明けて2013年1月8日、北部での支配基盤を固めたイスラム勢力は南進してマリ中部、コンナへの攻撃を開始。10日までにここを制圧します。

 コンナは北部の拠点都市・ガオから南西に延びる幹線道路(国道15号線)上の都市で、マリ政府軍の駐屯地があるモプティからは北東に20キロの地点にあります。イスラム勢力はバスの乗客を装い、コンナ近くの検問所で政府軍の兵士が社内チェックのために乗り込んだところを見計らって銃撃戦を開始し、検問所を破壊して市街地を占領。さらに、南侵の構えを見せました。

 イスラム勢力が予想以上に速いペースで進撃してきたことを受けて、マリ暫定大統領のディオンクンダ・トラオレはフランスに対して軍事支援を要請。これを受けて、1月11日、フランス大統領のフランソワ・オランドはフランス軍派兵のセルヴァル作戦を発動。ガゼル・ヘリコプターの攻撃によりイスラム勢力のモプティへ進撃を阻止するとともに、チャド国内のフランス軍基地からはミラージュ2000D戦闘機が出撃し、イスラム勢力の拠点を空爆。さらに、地上軍も展開し、同日中にコンナを奪還しました。

 フランス軍のマリへの展開に対しては、1月14日、国連安保理のみならずECOWASが支持を表明したほか、MNLAも“アザワドにおけるテロリズムを終わらせるため”として、アザワドにおけるフランス軍による掃討作戦を歓迎しました。

 その後、フランス軍はマリ政府軍と連携して、1月27日、ガオを奪還。さらに、同日夜から翌28日未明にかけてトンブクトゥ国際空港を制圧したフランス軍部隊は、同日中にガオ州からトンブクトゥ州にまたがるニジェール川ベルト地帯を制圧。トンブクトゥに無血入城し、1月29日から30日にかけて、キダルを制圧しました。

 これを受けて、2月2日、フランスのオランド大統領がファビウス外相とルドリアン国防相とともにマリを訪問。帰国後、ファビウス外相は、今後の見通しとして、3月中にマリ駐留のフランス軍部隊の縮小を開始し、4月までにAFISMAの活動をPKOに引き継ぐ考えを示しました。

 フランスにしてみれば、アフガニスタンやイラクに進攻した米英軍が、タリバン政権やフセイン政権そのものは短期間で打倒したものの、その後も、テロとの戦いのためにずるずると駐留を長期化させ、自国の若者たちの犠牲を拡大していった、その轍を踏むまいとの意識があるのでしょう。

 しかし、マリ北部の主要都市から撤退したイスラム勢力は、依然として相当規模の武器と兵力を維持して北部の砂漠ないしは山岳地帯を拠点に活動を継続する姿勢を示しており、マリ北部の治安回復は容易ではありません。3月中に予定されていたフランス軍部隊の撤退開始が当初の予定から遅れて4月上旬ギリギリというタイミングになったのも、こうした情勢を反映したものです。

 さて、4月下旬の刊行を目指して制作作業を勧めてきた拙著『マリ近現代史』ですが、昨日(9日)、無事に責了となり輪転機が回り始めました。これで、ほぼ確実に、東京・浅草で月末に開催のスタンプショウでは、実物をご覧いただけると思います。27日の15時からはスタンプショウ会場内の特設コーナーで刊行記念トークも行いますので、ぜひ、遊びに来てください。


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・4月27日(土) 15:00- 『マリ近現代史』出版記念トーク
 於 東京・浅草 都立産業貿易センター台東館6階特設会場
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 サッチャー元首相亡くなる
2013-04-09 Tue 10:26
 イギリスのマーガレット・サッチャー元首相(以下、敬称略)が亡くなりました。謹んでご冥福をお祈りします。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        中英共同宣言(葉書)

 これは、1984年に中国で発行された「香港問題に関する中英連合声明正式調印」の記念葉書で、調印後のサッチャーと趙紫陽との握手の場面が取り上げられています。ちなみに、中国国旗の後ろ、画面のほぼ中央には鄧小平の姿も見えます。

 英中間で、いわゆる香港返還問題が具体的に討議されるようになったのは、1979年以降のことといわれています。

 すなわち、当時の香港では、住宅ローンの最長貸付期間は15年間であったため、1982年7月以降の住宅ローンは1997年の返還後にまたがった契約となる可能性があり、返還後の具体的な見通しが立たない状況では、新規の契約は成立しにくいという事情がありました。

 このため、1979年3月、イギリスの香港総督マクルホースは北京を公式訪問して鄧小平と会談し、1997年に迫った新界租借期限の延長を申し出ます。これに対して、鄧は1997年を越える契約については何も言わず、今後の方向について「中国は新界だけでなく香港全体を必ず取り返すが、香港の現状は維持する」と述べただけでした。また、鄧は「香港の投資家は安心しても良い」と発言したものの、“返還”についての具体的な提案はなにもしていません。

 中国大陸を制圧した共産中国は、1949年以来、あえて香港を武力で“解放”せず、英領植民地のまま現状維持とすることで、対中封じ込め政策の中での西側に対する窓口を確保し、さまざまな実利を得ていました。ただし、そのためには、香港の主権が中国側にあるという建前は最大限尊重されることが大前提となっていました。逆に言えば、香港の主権が中国にあることさえ確認されていれば、英領植民地としての香港に経済的な富と情報が集中し、その一部を確実に吸い上げることができれば、中共自身が実際に香港を支配する必要はないという発想です。あくまでも、香港の経済力が中国本土を圧倒していた時代ならではの事情ではあるのですが…。

 したがって、当時の中共政府としては、イギリスが本当に香港全体を無条件で返還してきたら、中国にとっての香港の価値は大幅に減じられてしまうものの、それを断るわけにもいかず、いささか困ったことになるというのが本音でした。

 マクルホースと鄧の会談を受けて、イギリスは香港からの撤退に向けていくつかの重要な布石を打ちます。

 そのひとつが、1981年の「イギリス国籍法」の公布です。この新国籍法により、イギリスのパスポートを持つ香港市民は、イギリスでの居住権を持たない“イギリス属領市民”に分類されることになりました。香港が中国に返還された場合、香港市民はイギリスの市民権を失う、つまり、イギリスは香港市民を見捨てると公言したのです。

 さらに、1982年には香港区議会選挙が実施されました。

 香港の“区議会”は実質的な権限を持たず、独自の予算もないことから、権力機構とは言えません。このため、中国側はこれに反対できませんでしたが、区議会の設置は結果として住民の政治への関心を高め、将来の選挙制度の普及のためのステップとなりました。現在の香港民主化運動のルーツといえましょう。

 こうした前段を経て、1982年9月、いよいよイギリス首相のマーガレット・サッチャーが中国を訪問し、香港返還に関する英中両国政府の具体的な話し合いが始まります。

 サッチャーの『回顧録』によれば、当初、イギリス外務省は、1997年以降、イギリスの香港支配を続けることは事実上不可能で、香港の主権を中国に返還せざるを得ないと彼女に進言したそうです。外務省は、過去の経緯をふまえ、一見、善意を装いながら、実際には中国にとって一番厄介な手を打つことで、交渉の主導権を握ろうと考えたのです。

 ところが、サッチャーには、こうした曖昧な関係は全く理解できませんでした。当時の彼女は、フォークランド戦争に勝利を収め、“鉄の女”としてイギリス経済を立て直しつつあるという自信に満ちており、香港問題でも強硬姿勢を貫けば中国は譲歩するはずだと思い込んでいました。正直なところ、鄧小平の中国を甘く見ていたという面は否定できません。この結果、彼女は、香港島と九龍市街地はイギリス領であると声高に主張し続けます。

 こうしたサッチャーの強硬姿勢は、中国にとっては、まさに“渡りに船”でした。

 すなわち、当時の中国(くどいようですが、この時点では、経済力は香港の方が圧倒的に上です)は、建国以来の基本方針として、1997年以降も香港を“外国”として維持したいというのが本音でした。したがって、仮にイギリスが、外務省の方針通り、香港の一括返還を中国に申し入れていたら、植民地の解放を国是とする中国はそれを受け入れざるを得ず、香港の“現状維持”のためにイギリスに“協力”を仰ぐという構図になり、イギリスが主導権を握る可能性が大きかったといわれています。

 ところが、サッチャーが強硬姿勢を取ったことによって、鄧小平は「もし中国が1984年末までに香港の主権問題で合意しなければ、中国政府は独自の解決を宣言する」と応じることが可能になり、あくまでもイギリスの要求に譲歩するという形式を取って、香港の“現状維持”という果実を勝ち取ることが可能になりました。

 追い詰められたイギリスは、結局、1983年3月、サッチャーが趙紫陽(中国首相)宛の書簡で「妥当な解決策が見出せれば、香港の主権の委譲を議会に提案する」と表明せざるを得なくなります。その後も、サッチャーのイギリスは、主権の放棄こそ認めたものの、行政権には固執するなどの抵抗を続けましたが、同年10月、ついに香港の行政権返還に事実上同意し、以後、交渉は中国ペースで急速に進展して行くことになりました。

 慌しく進められていく英中交渉に対して、1984年3月、香港の立法評議会は「英中交渉で香港の将来に関する提案が合意される場合、事前に、必ず香港議会で討議されるべきである」との動議を全会一致で採択。北京で開かれている英中交渉にはイギリスの香港総督は参加するものの、香港の住民代表には一切の発言権もなく、交渉の経緯も明らかにされていません。この動議は、自分たちの頭越しに自分たちの将来が勝手に決められていくことに対して、立法議会が見せたせめてもの抵抗でした。

 しかし、その後も英中交渉は香港の住民を無視して進められ、1984年4月、イギリスは香港の行政権も中国に返還することに同意。また、翌5月には、鄧小平の鶴の一声で、1997年以降、中国が主権を回収したことの象徴として、中国人民解放軍が香港に駐留することが明らかにされました。

 かくして、1984年9月26日、北京で「香港の将来に関する大ブリテン及び北アイルランド連合王国政府と中華人民共和国政府の協定草案」(香港問題に関する英中合意文書)の仮調印が行なわれました。この合意文書は、全国人民代表大会とイギリス上下院での審議を経て、同年12月19日、正式に英中共同宣言として調印されました。
その骨子は以下の通りである。

 共同宣言によって、英領香港は1997年7月1日をもって中国に一括返還されることが決定。以後、香港は“中国香港”となり、中華人民共和国の特別行政区として、50年間(2047年6月30日まで)、英領時代の社会・経済制度が維持されることとされました。

 もっとも、共同宣言の実効性という点では、当初から、香港の住民の間には拭いがたい不安が残っていました。実際、英中合意文書の仮調印直前の1984年6月、危機感に駆られた香港の行政評議会と立法評議会の代表3名が北京を訪問し、鄧小平と会談した際、中国側は彼らを“香港代表”として扱うことを拒絶。会談に際して、鄧は「君たちに言いたいことがあれば何でも言えば良い。しかし、中華人民共和国の中央政府が決定した立場、方針ならびに政策を変えることは絶対にできない」し、「交渉はあくまでも中国とイギリスのまで決着させる」と一喝しています。

 現在の中国政府が語る“苦難の中国近代史”によれば、中国は常に列強による侵略の被害者であったということになっています。そうした彼らの歴史認識からは、ほかならぬ彼ら自身が、チベットやモンゴルなど、より弱い立場の国家と民族を抑圧し続けてきたという厳然たる事実が意図的に隠蔽されているのは周知のとおりです。

 香港返還をめぐる英中交渉の過程で、中国政府が香港の住民に対して取り続けた姿勢は、まさしく、より弱い者がより大きな犠牲を強いられるという、古典的な国際関係の構図を再現したものでしかありません。さらに、今回の交渉に際しては、中国はもはやイギリスに対しても“弱者”の立場にはなく、強者として振舞うことに成功したわけで、かくして“苦難の中国近代史”という虚構の物語は、香港返還交渉の妥結とともに、もはや名実ともに完全に終わりを告げたといえましょう。

 なお、このあたりの事情については、拙著『香港歴史漫郵記』でも詳しく説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。 

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 花まつり
2013-04-08 Mon 08:06
 きょう(8日)は、花まつりの日です。というわけで、きょうは(たぶん)お釈迦様ネタの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        パリ万博(1937)

 これは、1937年のパリ万博に際して仏領植民地で発行された共通図案の記念切手のうち、仏領スーダンで発行された1枚で、仏領植民地を代表する文物の一つとして、左から2番目に仏像が描かれています。当時の仏領植民地で仏像といえば、基本的にはインドシナ半島のものでしょう。切手の仏像は、釈迦が修行中に煩悩を燃やしていることを表す“火炎宝珠”らしきものが描かれていますので、これは当時の仏領インドシナでもラオスやカンボジアの釈迦如来像ではないかと推測したのですが、いかがでしょうか。

 さて、1937年のパリ万博は、「近代生活における芸術と技術」をテーマに、1937年5月25日から11月25日まで開催され、フランスやドイツ、イタリア、ソビエト連邦、スペイン、日本、アメリカなど世界各国から44ヶ国が参加し、185日間の会期中3104万人が入場しました。また、ピカソの『ゲルニカ』が出展されたことでも知られています。

 切手を発行した仏領スーダンは、第一大戦後の仏領西アフリカ植民地の再編成の過程で、1921年12月1日、仏領オート・セネガル・ニジェールを改変して誕生したもので、現在のマリ共和国の直接のルーツとなります。

 現在、制作作業中の拙著『マリ近現代史』では、2012年以降のアップ・トゥ・デートのみならず、仏領植民地時代の複雑な歴史についても、わかりやすく解説するように努力しました。明日には、いよいよ輪転機もまわり始める予定で、東京・浅草で月末に開催のスタンプショウでは、実物をご覧いただける予定です。27日の15時からは会場内の特設コーナーで刊行記念トークも行いますので、ぜひ、遊びに来てください。


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 小さな世界のお菓子たち:キャンディーの切手
2013-04-07 Sun 17:43
 ご報告が遅くなりましたが、大手製菓メーカー(株)ロッテの季刊広報誌『Shall we Lotte(シャル ウィ ロッテ)』の第19号(2013年春号)ができあがりました。僕の連載「小さな世界のお菓子たち」では、今回は、こんな切手を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

        イスラエル・キャンディ

 これは、1988年にイスラエルで発行された禁煙キャンペーンの切手で、ガラスの灰皿に入った色とりどりのキャンディーが取り上げられています。

 喫煙が健康に悪影響を及ぼすことは20世紀初頭からすでに指摘されていましたが、禁煙しようとする人の口寂しさを紛らわすため、キャンディーが注目されるようになったのは1920年代のことだそうです。また、ナチス政権下のドイツ(1933-45年)では、出生率を上げるための一策として禁煙運動が展開され、主として10代の若者で構成された第12SS装甲師団所属では、兵士に対してタバコの代わりにキャンディーが支給されています。

 1948年、ユダヤ人国家として建国されたイスラエルは、全人口の約8割がユダヤ人ないしはユダヤ教徒ということもあって、ユダヤ教の戒律が社会的にも大きな意味を持っています。ユダヤ教の律法では食事などに大きな制約がありますが、古典的な経典には煙草についての記述はありません。これは、ユダヤ教の経典が西暦6世紀ごろまでに確立されたのに対して、アメリカ先住民の習慣であった喫煙の習慣がコロンブスらによってヨーロッパ化を通じ世界に広まったのは16世紀だったためですが、現在のラビ(ユダヤ教の律法学者)の多くは「喫煙はすべきではない」と考えています。

 もっとも、一口にユダヤ人といっても、イスラエルの建国時には世界各国からユダヤ系の移民が集まってきたことに加え、ユダヤ教徒としての信仰の度合いも個々人によって異なりますので、イスラエル国内でも煙草を吸うユダヤ人は一定の割合で存在しています。

 こうした状況を踏まえて、1988年にイスラエルで発行された禁煙キャンペーンの切手は、灰皿の中に色とりどりのキャンディーを描くことで、タバコを止めてキャンディーを!と訴える内容になっています。禁煙キャンペーンの切手というと、タバコの害を強調するため、どうしてもデザインが毒々しくなりがちで、実際に郵便に貼って出すのを躊躇してしまうようなモノが多いのですが、この切手が貼られた郵便物なら抵抗なく受け取れますね。

 なお、イスラエルの切手は、切手の隣に切手に関係のあるマークなどを印刷した“タブ”がつけられていることが多いのですが、この切手の場合には、切手本体のキャンディーに引っ掛けて、「煙草を吸わなければ、人生はもっとスウィートになる」という趣旨の標語がヘブライ語と英語で印刷されています。


 ★★★ イベントのご案内 ★★★

・4月14日(日) 15:00- 東京五輪と切手
 於 東京国立近代美術館 ギャラリー4(2F)
 現在開催中の展覧会東京オリンピック1964 デザインプロジェクトの4月のギャラリートークに内藤が登場します。展覧会本体も、東京五輪関連の切手原画の展示をはじめ見ごたえのある内容ですので、ぜひ、遊びに来てください。(展覧会へ入場するための観覧券は必要になります)

・4月27日(土) 15:00- 『マリ近現代史』出版記念トーク
 於 東京・浅草 都立産業貿易センター台東館6階特設会場
 スタンプショウのイベントの一つとして、出版記念のトークを行います。書店に並ぶ前の先行販売はスタンプショウ会場内が最初となります。入場は完全に無料です。

 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 4月から、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。開催日は5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日(原則第一火曜日)で、時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★★

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  『喜望峰:ケープタウンから見る南アフリカ』

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 アザワド独立宣言から1年
2013-04-06 Sat 11:00
 2012年以来のマリ北部紛争で、2012年4月6日に北部アザワド地域が“独立”を宣言してから、今日でちょうど1年です。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        トンブクトゥ宛返戻便

 これは2012年7月26日、アルゼンチンのアロイトからトンブクトゥ宛に差し出された書留便ですが、トンブクトゥを含む北部マリへの郵便の逓送は不可能として差出人に返戻されたカバーです。カバーには、送達不能である旨を記した付箋が貼られ、返戻途中の10月31日付のバマコの中継印が押されているほか、裏面には12月1日に差出地のアロイトに戻ったときの着印もあります。

 1960年の独立以来、マリ国内では北部を中心に遊牧系のトゥアレグ人による反乱が断続的に発生していましたが、2009年の停戦合意の後、一部のトゥアレグ人はこれを潔しとせず、リビアに逃れて傭兵部隊に加わっていました。ところが、2011年10月、カダフィ政権が崩壊すると、マリないしはニジェールからリビアに逃れていたトゥアレグ人傭兵の大半は、旧カダフィ政権の崩壊後の混乱に乗じて彼らが持ち出した高性能の武器とともに、リビアを逃れてアザワド地域に帰還。2011年11月には“アザワド解放全国運動”を結成し、2012年1月以降、マリ北部、トンブクトゥ、ガオ、キダル3州をあわせたアザワドの独立を目標とした武装闘争を再開しました。

 なお、MNLAはあくまでも世俗主義的な立場からアザワド地域のマリからの独立を目指す組織として結成されたもので、彼ら自身がイスラム原理主義国家の樹立を目標として掲げていたわけではありません。また、MNLAの軍事組織には1990年代ならびに2006―09年のトゥアレグ人反乱に参加した古参兵やリビアからの帰還兵が参加しているものの、彼らの目的はトゥアレグ人に限定した民族運動ではなく、マリ政府によって抑圧されているアザワド地域の全住民(ソンガイ人、アラブ人、フラニ人、トゥアレグ人など)を等しく解放する運動であり、あらゆる民族集団が参加しているというのが建前です。

 MNLAによる最初の本格的な攻撃は、2012年1月16日から17日にかけて、ガオから東に250キロ、マリ領内の東端に位置するメナカで発生。ついで、1月17日、MNLAはアゲルホクとテッサリトを攻撃します。翌18日、マリ政府はこれら3ヵ所を直ちに奪還したと主張しましたが、1月24日にはMNLAがアゲルホクを再度占領するなど、戦況は一進一退の状況が続きました。

 しかし、2月1日、マリ政府軍が“戦略的撤退”を実行すると、MNLAはメナカを制圧。アゲルホクの戦闘では政府軍兵士数十人が亡くなり、2月6日には北部の拠点都市であったキダルがMNLAによって占領されます。さらに、3月11日、MNLAはテッサリトとその空港を制圧。マリ政府軍はアルジェリアとの国境地帯まで撤退を余儀なくされたのに対して、勢いを増すMNLAはディレならびにグンダムに進攻。トンブクトゥまでわずか125キロの地点にまで到達します。

 一方、北部での紛争が激化する中で、政府軍の内部では、叛乱を鎮圧するための武器や資材が不足していることや、多くの兵士が戦死し、あるいはMNLAの捕虜となっていることについて、トゥーレ政権に対する不満が鬱積。こうした中で、2012年3月21日、前年末に国防大臣に就任したばかりのサディオ・ガサマ准将がバマコ郊外のカティの駐屯地を視察に訪れたものの、その時のガサマの対応に不満を爆発させた兵士がクーデターを起こし、トラオレ政権は崩壊してしまいます。

 混乱の中で、マリ北部ではMNLAが攻勢を強め、4月3日にはトンブクトゥが陥落。これにより、北部の主要都市を掌握したMNLAは、6日、キダル、ガオ、トンブクトゥの3州にほぼ相当する地域をアザワド国家としてマリから独立することを、彼らの公式ウェブサイトで宣言しました。

 なお、4月6日のアザワド独立宣言まで、MNLAと各種のイスラム勢力はバマコのマリ政府という共通の敵を前に共闘関係にありましたが、独立宣言以降、両者は北部支配の主導権をめぐって対立。MNLAはイスラム勢力に敗退し、2013年のフランスによる軍事介入まで、北部の諸都市はイスラム原理主義者の支配下に置かれることになります。

 さて、現在、4月下旬の刊行を目指して制作作業をしている拙著『マリ近現代史』では、2012年以降のアップ・トゥ・デートな情報もできるかぎり盛り込むよう努力しました。来週明けには、いよいよ輪転機もまわり始める予定で、東京・浅草で月末に開催のスタンプショウでは、実物をご覧いただける予定です。27日の15時からは会場内の特設コーナーで刊行記念トークも行いますので、ぜひ、遊びに来てください。


 ★★★ イベントのご案内 ★★★

・4月14日(日) 15:00- 東京五輪と切手
 於 東京国立近代美術館 ギャラリー4(2F)
 現在開催中の展覧会東京オリンピック1964 デザインプロジェクトの4月のギャラリートークに内藤が登場します。展覧会本体も、東京五輪関連の切手原画の展示をはじめ見ごたえのある内容ですので、ぜひ、遊びに来てください。(展覧会へ入場するための観覧券は必要になります)

・4月27日(土) 15:00- 『マリ近現代史』出版記念トーク
 於 東京・浅草 都立産業貿易センター台東館6階特設会場
 スタンプショウのイベントの一つとして、出版記念のトークを行います。書店に並ぶ前の先行販売はスタンプショウ会場内が最初となります。入場は完全に無料です。

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 1ルーブルの航空会社
2013-04-05 Fri 14:04
 ロシアの大富豪アレクサンドル・レベジェフが、きのう(4日)、所有するレッドウイングズ航空を1ルーブル(約3円)で売却することを明らかにしました。と良いわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        ロシア航空切手(1923)

 これは、ソ連初期の1923年に発行された1ルーブルの航空切手です。4種セットの切手には赤い色の10ルーブル切手もあって、“レッドウィングス”にちなんでそちらを持ってこようかとも思ったのですが、今回は“1ルーブル”を優先させました。

 1917年の革命以前、ロシアは世界有数の航空大国でしたが、革命により、航空界も軍民問わず革命派と反革命派に分かれて戦うことになり、大きな打撃を受けます。

 1922年末、ソヴィエト社会主義共和国連邦が発足して内戦が正式に終結すると、ソヴィエト政府は航空事業の再建に乗り出し、軍事航空として、赤色空軍が拡充されていくことになります。なかでも、赤色空軍のANT-20「マクシム・ゴーリキイ」号は赤の広場上空でプロパガンダ飛行を行うなど、ソ連の“進歩性”を示すシンボルとして活躍しました。

 一方、民間の航空産業に関しては、1923年2月9日、労働・防衛評議会により「航空局への航空路線の管理委任」と「民間航空局設立」に関する政令が採択され、これを受けて、3月17日、民間航空協会“ドブロリョート”が設立されました。この間、3月1日からは、全ソ連規模の「航空週間」が始まり、航空機製造のための募金運動が大々的に行われています。

 ソ連初の定期便は、1923年6月15日に就航したモスクワ=ニージニーノブゴロド線(総飛行距離420km)で、同年12月には、初めての国産旅客機AK-1の飛行実験が成功。同機は後に、モスクワ=カザン間を往復する航空路線に就航することになります。

 一方、切手に取り上げられているのはフォッカー社のF-111機です。フォッカー社は、もともと、1910年にインドネシア生まれのオランダ人アントニー・フォッカーによってベルリンに設立されましたが、第一次大戦でドイツが敗戦国となり、航空産業が全面的に禁止されたため、1919年にオランダに移転して、再出発しました。今回ご紹介の切手は、オランダ時代に製造されたものです。

 さて、今回、1ルーブルで売却されたレッドウィング社は、1999年の設立で、ツポレフ204型機を運航し、かつてサッカーのロシア代表チームがチャーター便として利用していたことでも知られています。しかし、2012年12月にはモスクワの空港で乗員5人が死亡するオーバーラン事故を起こすなど、トラブルが相次いでいたことから、2013年2月、ロシア運輸省が事業認可を取り消していたという経緯があります。したがって、今回の買い物が高いか安いかは、なかなか判断に苦しむところではあるのですが、いずれにせよ、利用者側としては、新オーナーの下で安全な運航を心がけていただきたいものです。


 ★★★ イベントのご案内 ★★★

・4月14日(日) 15:00- 東京五輪と切手
 於 東京国立近代美術館 ギャラリー4(2F)
 現在開催中の展覧会東京オリンピック1964 デザインプロジェクトの4月のギャラリートークに内藤が登場します。展覧会本体も、東京五輪関連の切手原画の展示をはじめ見ごたえのある内容ですので、ぜひ、遊びに来てください。(展覧会へ入場するための観覧券は必要になります)

・4月27日(土) 15:00- 『マリ近現代史』出版記念トーク
 於 東京・浅草 都立産業貿易センター台東館6階特設会場
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 ★★★ 内藤陽介、カルチャーセンターに登場 ★★★   

 4月から、下記の通り、首都圏各地のよみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)で一般向けの教養講座を担当しています。詳細につきましては、各講座名(青色)をクリックしてご覧いただけると幸いです。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。(掲載は開催日順)

・よみうりカルチャー荻窪
 5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日
 (原則・毎月第1火曜日)13:00~14:30
 予算1日2000円のソウル歴史散歩

*よみうりカルチャー川崎での講座「切手で歩く世界遺産」の受付は終了いたしました。ありがとうございました。

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 スペイン王女、事情聴取へ
2013-04-04 Thu 22:07
 スペインの裁判所はきのう(3日)、クリスティーナ王女の夫が関与する公金横領容疑事件に絡み王女にも疑惑が浮上したため事情聴取などを行うと発表しました。1975年のフランコ没後、フアン・カルロス国王の直系子孫が事件の捜査対象になったのは初めてだそうです。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        スペイン王室

 これは、1984年にマドリードで開催された国際切手展<Espana '84>を記念して発行された小型シートで、国王以下、5人の王族の肖像切手が収められています。今回問題となっているクリスティーナ王女の切手は、下段の左側です。

 クリスティーナ・デ・ボルボン・イ・デ・グレシア王女は、国王フアン・カルロス1世とソフィア王妃の次女で、1965年6月13日、マドリード生まれ。1988年にはセーリングの代表選手として、ソウル五輪に出場したこともあります。1989年にマドリード・コンプルテンセ大学を卒業後、ニューヨーク大学で学び、1991年にはパリのユネスコ本部(ちなみに専用の切手も発行しています)で働いた経験もあります。

 1996年のアトランタ五輪を通じてハンドボールのスペイン代表選手であったイニャキ・ウルダンガリンと交際するようになり、翌1997年に結婚。これにより、夫妻には国王から1代限りのパルマ・デ・マリョルカ公の称号が授けられました。

 結婚後の王女は、ユネスコ・スペイン委員会の名誉総裁を務めていたほか、2001年10月、第2回世界老化会議において国際連合の親善大使に任命されています。なお、夫のイニャキ・ウルダンガリンがテレフォニカの北米及び南米の広報担当取締役に就任したため、2009年以降、一家はワシントンDCを生活の拠点としています。

 今回の疑惑は、王女の夫、イニャキ・ウルダンガリンが非営利団体の公的資金を私的に流用した事件で容疑者として取り調べを受けていることに伴うもので、王女の事情聴取は東部バレアレス諸島の地方裁判所で4月27日に実施される予定だそうです。

 革命などの政治的理由ならともかく、金銭スキャンダルで王族が事情聴取を受けるというのは、正直な話、非常に驚きました。まぁ、王女ご本人が収監されるということはないのでしょうが、やはり、パートナーは慎重に選ばないといけないということなんでしょうかね。


 ★★★ イベントのご案内 ★★★

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 (原則・毎月第1火曜日)13:00~14:30
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・よみうりカルチャー川崎
 4月12日、5月10日、6月14日、7月12日、8月30日、9月13日
 (原則・毎月第2金曜日)13:00~14:30
 切手で歩く世界遺産


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 MI6の仕事
2013-04-03 Wed 11:28
 2日付の「The Voice of Russia」によると、英紙『テレグラフ』が、1961年に起きたコンゴ共和国(旧ベルギー領、今後民主共和国)の初代首相、パトリス・ルムンバの拉致と殺害は、英国諜報部MI6で働いていたダフネ・パーク男爵夫人が組織したものだったことが明らかになったと報じたそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        ルムンバ追悼(マリ)

 これは、1962年にマリで発行されたルムンバ追悼の切手です。ルムンバの追悼切手はアフリカ各国から発行されていますが、今回は、近日刊行の拙著『マリ近現代史』にちなんで、マリ発行のものをご紹介しました。

 さて、1960年、アフリカ諸国が相次いで独立する中で、同年6月30日、ベルギー領コンゴもコンゴ共和国(旧仏領の隣国も正式な国名が“コンゴ共和国”だったため、区別するため、コンゴ・レオポルドビル、コンゴ・キンシャサなど呼ばれることもあります)として独立。コンゴ族同盟(アバコ党)の指導者であったジョセフ・カサヴブが初代大統領に、コンゴ国民運動(MNC)を率いたパトリス・ルムンバが初代首相に就任しました。

 しかし、コンゴ駐留のベルギー軍撤退問題をめぐり、急進左派のルムンバにベルギー軍が反発。コンゴ在住のベルギー国民への攻撃も相次いだため、7月8日、自国民保護のため、ベルギー軍が首相官邸を襲撃し、首都キンシャサの国際空港を占領すると、ルムンバはベルギーとの国交断絶を表明します。

 混乱の中で、地下資源の豊かなカタンガ州(たとえば、カタンガの銅生産量は当時の世界総生産量の70%を占めていたほか、いわゆるレアメタルも豊富でした)を地盤とするモイーズ・チョンベは、7月11日、ベルギーの支援を受けて、カタンガの独立を宣言。親西側のカサヴブと急進民族主義路線を掲げるルムンバの路線対立もあり、独立間もないコンゴは政府が機能不全に陥り、四分五裂の状態に陥りました。いわゆる第1次コンゴ動乱です。

 ルムンバの要請を受けた国連は、7月14日、安保理決議143を採択。ベルギー軍のコンゴからの撤退を求め、コンゴ国軍が治安維持を行なえるようなるまでコンゴ共和国と協議の上、各国から軍事援助を行なえる手段を取ることを国際連合事務総長に求めました。こうして“国連軍”が編成されてベルギー軍と交代し、カタンガ州内へも独立問題へ関与しないことを条件に進駐します。

 国連軍の進駐により、治安が次第に回復すると、ベルギーと米国は、治安が安定しているカタンガ州への国連軍進駐は、“暴動によって混乱した治安の回復”を目的とする国連軍の目的を越え、コンゴへの内政干渉にあたると抗議。これに対して、ルムンバ政権とソ連をはじめとする東側諸国はカタンガ州への国連軍進駐を強硬に主張し、両者は激しく対立しました。

 混乱の中で、カタンガに続き、ダイヤモンド鉱山で知られるカサイ州南部では反ルムンバ派が南カサイ自治国として独立を宣言。このため、8月25日、ルムンバはソ連からの武器供与を得て(実は、当初、ルムンバは米国に支援を要請していましたが、ルムンバの急進路線を危険視した米国は要請を無視し、ルムンバのソ連への傾斜を招いていたという経緯があります)、南カサイに進攻します。これに対して、カタンガは豊富な資金力を背景に白人の傭兵部隊を大量に雇い入れ、ルムンバ側からの攻撃に抵抗していました。

 各派入り乱れての泥沼の内戦の中で、1960年9月、大統領のカサヴブが首相のルムンバを更迭すると、ルムンバ内閣は大統領の解任を決議。政府機能は完全に麻痺し、首都の治安も崩壊する中で、9月14日、クーデターが発生し、ルムンバは逮捕され、翌1961年1月に殺害されました。これに対して、ルムンバ派は、コンゴ東部のスタンレーヴィル(現キサンガニ)を拠点に、ソ連やアラブ諸国からの支援を受けて新政府の樹立を宣言。ルムンバの殺害によって国際世論の同情を集めたスタンレーヴィル政権は、国連からコンゴの正統政権として承認を受けています。

 この時のクーデターは、一般には、CIAの支援を受けた陸軍参謀長ジョセフ・デジレ・モブツ大佐によるものと説明されていますが、今回の『テレグラフ』紙の報道では、2010年にパーク男爵夫人が亡くなる少し前にデヴィド・エドワルド・リ―卿が聞いた話として、ルムンバの汎アフリカ主義的なナショナリズムと親ソ傾向に危機感を抱いたMI6がクーデターを組織し、ルムンバは、1961年1月17日、ベルギー警察職員とベルギー政府代表者がいる前で殺害されたのだとそうです。

 なお、第一次コンゴ動乱に関しては、拙著『喜望峰』でも南ア出身の傭兵、マイク・ホアレとの関連で触れているのですが、その制作時に今回のニュースが明らかになっていれば、そのことを踏まえた記述にできたのに…とついつい、思ってしまいました。


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 5月7日、6月4日、7月2日、7月30日、9月3日
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・よみうりカルチャー川崎
 4月12日、5月10日、6月14日、7月12日、8月30日、9月13日
 (原則・毎月第2金曜日)13:00~14:30
 切手で歩く世界遺産


 ★★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★★

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 世界漫郵記:バンダアチェ
2013-04-02 Tue 10:26
 ご報告が遅くなりましたが、『キュリオマガジン』2013年4月号が出来上がりました。僕の連載「郵便学者の世界漫郵記」は、前回に引き続き、“蘭印戦跡めぐり”の2回目。今回はスマトラ島北端のバンダ・アチェにスポットを当てました。その記事で使ったモノの中から、この切手をご紹介します。(以下、画像はクリックで拡大されます)

        アチェ加刷

 これは、日本占領下の1942年5月頃に発行されたアチェ・ローカルの占領加刷切手です。陸軍を示す☆の中にアチェを示すカタカナの“ア”の字の入った加刷が妙にかわいらしい雰囲気で、子供の頃からのお気に入りの切手でしたので、前々からアチェの州都バンダ・アチェには行ってみたいと思っていました。

 1471年、現在のヴェトナム中部を拠点としていたチャンパ王国の首都ヴィジャヤが陥落した際、チャンパ王の息子、シャー・パウ・リンはスマトラ北端に独自の王国を興しました。これは、いわゆるアチェ王国です。

 アチェ王国は胡椒と錫の貿易で富を蓄えて16-17世紀に最盛期を迎え、王都のクタ・ラジャ(マレー語で文字通り“王の街”の意。現在のバンダ・アチェ)はイスラム文化の一大中心地となりました。

 1873年、スマトラ全島の支配をもくろむオランダがアチェとの戦端を開くと、アチェは頑強に抵抗。オランダとの“アチェ戦争”は1913年まで40年もの長期間に及びます。最終的に、アチェのスルターン(地方君主)はオランダに降伏したものの、オランダ側も王国の主権を移譲する手続きを強要することはできませんでした。このため、日本の占領時代や戦後の独立戦争の時代を経て、オランダ領東インド(蘭印)の主権がオランダから新生インドネシアに委譲された際も、アチェの人々はアチェの主権がインドネシアに譲渡されたわけではないと主張。スハルト政権下の1976年には、自由アチェ運動を中心とする分離独立派がインドネシア政府との武装闘争を展開。アチェはインドネシアにおける内戦の地として世界のメディアに取り上げられるようになります。

 ところが、2004年12月26日、いわゆるスマトラ島沖大地震が発生。その津波でアチェは壊滅的な打撃を受けたため、インドネシア政府と分離独立派の間で復興を最優先することで合意が成立し、2005年8月15日、和平協定が結ばれました。

 さて、今回の記事では、☆にアの字の加刷切手が売られていた郵便局や海岸沿いの堡塁跡などに加え、オランダ人墓地などアチェ戦争にまつわる史跡やツナミ博物館などについてもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。


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 トンブクトゥで戦闘
2013-04-01 Mon 22:53
 今年1月、フランス・マリ連合軍が奪還したばかりのトンブクトゥで、30日、自爆攻撃を発端とするイスラム武装勢力の襲撃があり、マリ軍との間で激しい戦闘となりましたが、マリ軍はフランス軍の支援を受け、昨夜(31日)までに市内を制圧しました。というわけで、きょうはフランス軍と共に戦ったアフリカ兵の切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        仏領西アフリカ・アフリカ兵(20フラン)

 これは、1945年に仏領西アフリカ連邦(モーリタニア、セネガル、仏領スーダン=現マリ、仏領ギニア=現ギニア、コートディヴォワール、ニジェール、オートボルタ=現ブルキナファソ、ダオメ=現のベナン8地域で構成)で発行された20フランの普通切手で、アフリカ兵が大きく描かれています。

 1939年9月1日、第二次欧州大戦が勃発すると、1940年6月にフランス本国は降伏し、パリを含む北部フランスはドイツに占領され、南部はフィリップ・ペタンを国家主席とし、ヴィシーを首都とする親独派政権の支配下に置かれることになりました。これに対して、ドイツへの降伏を潔しとせず、抗戦継続を主張するシャルル・ド・ゴールらはロンドンに亡命して“自由フランス”を結成。フランス本国が親独派と抗戦派に分裂する中で、植民地政府の対応も割れることになります。

 開戦当時、仏領西アフリカ連邦総督は、1939年8月10日に着任したばかりのレオン・アンリ・シャルル・カイラでしたが、彼は本国の対独降伏に抗議して1940年6月25日に辞職。このため、ヴィシー政府は、カイラの前任者で隣接する仏領赤道アフリカの総督に転出していたピエール・フランソワ・ボアッソンを西アフリカ総督に復帰させ、この地がド・ゴール派に流れるのを阻止します。

 仏領西アフリカの“中立化”に成功したドイツは、西アフリカ有数の港であるダカールをドイツ潜水艦の基地として使用することを計画。このため、これを阻止すべく、自由フランス軍はイギリスの支援を受けてダカールへの上陸を試みましたが、結局、上陸は果たせないまま、撤退を余儀なくされました。これに対して、ダカールの攻略に失敗したイギリスは仏領西アフリカに対して海上封鎖を行ったため、貿易は途絶し、西アフリカの経済は大きな打撃を受けることになります。

 1942年11月8日、連合軍はカサブランカ、オラン、アルジェへの上陸作戦を敢行。11月11日までにこの地域のヴィシー・フランス軍は降伏。こうした事態の転換を受けて、12月7日、ボアッソンは連合国支持を表明し、ヴィシー政権から離脱しました。

 自由フランスへの合流後の仏領西アフリカ連邦では、それまで各植民地が個別に発行していた切手に代わり、連邦共通の切手が発行されました。ただし、連邦共通の切手が発行されるようになった後も、1943年以前の各植民地の切手は有効でした。

 さて、自由フランスへの合流後、仏領西アフリカからは10万を超える多数の兵士が動員されました。

 もともと、自由フランスが発足した当初、フランス白人の大半はヴィシー政府によってともかくもフランス国家が存続したことを肯定的にとらえており、ド・ゴールを軍事的に支えたのは仏領赤道アフリカのアフリカ人兵士たちでした。その割合は、最大時、自由フランスの全兵力の3分の2を占めており、1940年の戦闘だけで、1万7000人の“セネガル狙撃兵”が戦死し、多くが枢軸側の捕虜となっています。

 自由フランス軍の勝利は、アフリカによる多大な犠牲なくしてはありえなかったわけで、今回ご紹介の普通切手がアフリカ兵を大きく描くデザインとなっているのも、こうした事情を反映したものといえましょう。
 
 さて、現在、4月下旬の刊行を目指して制作作業をしている拙著『マリ近現代史』ですが、最終的な校正の締め切りまでには、まだ数日の余裕があります。制作作業もいよいよ大詰めの段階ですが、できる限り最新の出来事までカバーするよう、ギリギリまで粘ってみようと思っていますので、よろしくお願いいたします。


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