内藤陽介 Yosuke NAITO
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World Wide Weblog
 世界漫郵記:ドバイ④
2013-11-30 Sat 07:36
 『キュリオマガジン』2013年12月号が出来上がりました。僕の連載「郵便学者の世界漫郵記」は、前回に続きドバイ篇の第4回目。今回は、ドバイの中心を流れるクリーク(入江)の話を取り上げてみましたが、その記事の中から、この切手をご紹介します。(以下、画像はクリックで拡大されます)

      ドバイ・クリーク(3ルピー)     ドバイ・クリーク(ロレックス・ツインタワー)

 左は、1964年、UAE発足以前のドバイで発行された航空切手で、当時のドバイ・クリークの風景が取り上げられています。右側には、昨年(2012年)、僕が撮影したクリークの画像を貼っておきました。

 ドバイのバール・ドバイ地区とデイラ地区を隔てるクリークの全長は約14キロ。かつては、橋がなかったため、対岸との往来には渡し船を使うか、クリークの端まで迂回しなくてはなりませんでしたが、1963年5月、最初の橋として、ほぼ真ん中あたりにマクトゥーム・ブリッジ(この橋を描く切手を貼った葉書はこちらです)が開通し、両岸の交通は飛躍的に便利になりました。その後の急激な経済発展に伴い、橋の数も増え、現在は6本目の橋が建設中です。ただし、マクトゥーム・ブリッジより北側の旧市街では、いまでも昔ながらの渡し船、アブラが市民の重要な足になっていて、右の画像のように、林立する高層ビルとアブラの組み合わせという独特の光景がドバイならではの情趣を醸し出しています。

 さて、現地時間の昨晩(29日)遅く、日付変更線をまたぐ直前、無事に経由地のドバイに到着しました。2020年のドバイ万博開催が決まったということで、空港では、さぞかし派手にお祝いムードの看板などが出ているかと思いきや、到着ロビーには、手荷物受取所にこんな垂れ幕があるくらいでした。

      ドバイ空港・万博垂れ幕

 さて、東京へ戻るフライトは、当地の時間で朝の9時半過ぎなので、チェックアウトまでは、少しのんびりできそうです。羽田到着は1日未明の予定ですので、順調にいけば、明日のブログでは帰国のご報告ができると思います。


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 これから帰国します
2013-11-29 Fri 12:32
 早いもので、今回のブラジル滞在も今日で最終日となりました。というわけで、無事に帰国できるよう、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ブラジル=日本線就航

 これは、1968年6月28日に発行されたヴァリグ・ブラジル航空のブラジル=日本間直行便就航の記念切手で、両国の民族衣装姿の女性が描かれています。まぁ、日本女性の着物姿がなんとなく不自然で、ハイヒールを履いているようにも見えるのはご愛嬌ですが…。ちなみに、現在でも日本についてフジヤマ・芸者風のイメージを持っているブラジル人というのも少なからずいるようで(もちろん、そうでない人も多いのでしょうが)、今回の滞在中、こんな感じの花魁風のタトゥーを入れている女性を街で見かけました。

       花魁風のタトゥー(リオデジャネイロ)

 さて、ヴァリグ・ブラジル航空はブラジル最古の航空会社で、社名は“リオグランデの航空会社”を意味するポルトガル語の“Viação Aérea Rio-Grandense S/A”の頭文字を取ったものです。前身は、1927年5月7日に創立のポルト・アレグレ商事会社で、最初のフライトは、ワインで有名なリオグランデ・ド・スル州のポルト・アレグレからペロタス経由リオ・グランデ行きの便で、飛行機は12人乗り(乗務員3人+乗客9人)でした。

 第二次大戦後、ヴァリグは急速に路線を拡大し、南米最大の航空会社に成長しましたが、ヨハネスブルグ経由香港線やバンコク線、コペンハーゲン線など、採算の悪い長距離路線を多く抱えていたことに加え、労働組合が強く高コスト体質を改善できなかったことや、格安航空会社との競争にさらされたことなどから、経営は次第に傾き、2005年6月に破産。2007年3月には格安航空会社のゴル航空に買収されました。

 さて、僕のフライトは、当地時間の29日午前3時発(日本時間だと29日午後2時でしょうか)なので、こちらの日付が変わってすぐにチェックインと出国手続きを済ませ、現在、空港の待合室でこの記事を書いています。この後、往路同様、経由地のドバイで1泊して、羽田への帰着は1日未明の予定です。以前の記事でご紹介した1954年のFFCの時代に比べれば、ずいぶん時間は短縮されているとはいえ、やはりブラジルは遠いですな。留守中、ご不便をおかけした皆様には、もうしばらく、ご猶予をいただきますよう、よろしくお願いいたします。


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 切手に描かれたソウル:ヘリコプター
2013-11-28 Thu 07:13
 ご報告がすっかり遅くなってしまいましたが、『東洋経済日報』10月25日号が刊行されました。僕の月1連載「切手に描かれたソウル」では、今回は刊行日直前の10月16日、韓国の民間航空運送事業者ブルーエアラインが、ソウルの漢江と汝矣島、江南一帯をヘリコプターに乗って回るソウルヘリコプターツアーを始めたというニュースがありましたので、この切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

       韓国・ヘリコプター(模型飛行機大会)

 これは、1981年9月20日に発行された「模型飛行機大会」の記念切手の1枚で、無線操縦のヘリコプターが取り上げられています。

 韓国で模型飛行機を作って楽しむ趣味が一般に普及したのは日本統治時代のことで、解放後も各地で小規模な大会が開催されていました。

 1948年の大韓民国発足以来、韓国で使われていた航空機は、軍民問わず、すべて輸入品で賄う時代が長く続いていました。このため、国産機を製造し、航空産業を自立させることは韓国にとって国家的な悲願となっており、その第一歩として、政府は模型飛行機の趣味を奨励。航空機に対する国民の関心と知識を高め、航空機に関心を持った少年たちの中から、将来的に本物の飛行機を作れる技術者を育成しようと考えていました。

 こうしたことから、1979年、韓国空軍は、各地のローカル大会を統合し、全国規模の第1回模型飛行機大会を開催。以後、毎年、大会を開催するようになりました。

 1999年、韓国では、国防科学研究所の設計による国産初の初等練習機、KT-1“雄飛”の量産が開始され、2005年には韓国航空宇宙産業(KAI)とロッキード・マーティンによる共同開発の準国産の練習機T-50の運用が開始されましたが、その開発に携わったスタッフの多くが、かつて、模型飛行機の製造と操作に熱中した少年たちであったことは見逃してはならないでしょう。

 さて、今回ご紹介の切手は、空軍主催の第3回模型飛行機(全国)大会の周知宣伝のために発行されました。大会は、グライダー(手投げの模型飛行機)部門、ゴム動力部門、有線操縦部門、無線操縦(いわゆる“ラジコン”)部門に分けて争われましたが、記念切手はそれら4種の模型飛行機に加えて、今回ご紹介の無線操縦のヘリコプターを加えた5種セットの構成となっています。

 ところで、現在、韓国空軍士官学校は忠清北道の清原郡(西隣が世宗特別市、南隣が大田広域市)にありますが、1985年にこの地に移転するまでは、ソウル市内の冠岳山に面した大方洞にキャンパスを構えていました。ちなみに、韓国空軍士官学校は、もともと、1949年にソウル郊外の金浦市に航空士官学校として創設されましたが、翌年、朝鮮戦争が勃発したことで、済州に移転。さらに、戦争中の1951年には海軍の軍港で知られる鎮海に移転し、1958年にソウルに移転しました。移転当時、所在地の大方洞は永登浦区の一部でしたが、1973年には新設の冠岳区に編入されています。ちなみに、朴正煕大統領が航空士官学校の愛称を“星武台”と命名したのは、1966年4月11日のことでした。

 したがって、1981年発行の切手に描かれているヘリコプターは、大会の模様を表現したものであるなら、冠岳山を臨むソウル南部の空を飛んでいる図ということになり、とりあえずは、“切手に描かれたソウル”という連載タイトルでご紹介しても許してもらえるかなぁ…と思っております。


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 三の酉
2013-11-27 Wed 09:29
 きょう(27日)は三の酉です。というわけで、せっかく、リオデジャネイロにいるのですから、ご当地がらみの鳥の切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ブラジル航空切手(1929)

 これは、1930年2月19日、NYRBA航空の就航に合わせてブラジルで発行された航空切手で、リオデジャネイロの象徴であるポン・ヂ・アスーカルとニューヨークの象徴である自由の女神像の間に、大西洋の朝日を背景にエアメールをくわえたハトが描かれています。

 NYRBA航空は、南北アメリカ大陸東海岸の米国・ブラジル・アルゼンチンの間の旅客と郵便物を運ぶため、ラルフ・アンブローズ・オニールが創立した航空会社で、社名は、ニューヨーク、リオ(デジャネイロ)、ブエノス・アイレスの頭文字を取ったものです。

 第一次大戦中の米軍のエース・パイロットで、1925年に退役したオニールは、1927年、メキシコでの航空事業の立ち上げにかかわった後、ボーイング社ならびにプラット&ホイットニー社の支援を受けて南米における航空網の拡大に乗り出します。

 その際、オニールは、まず、ブラジルに本社を置く民間航空会社のETAを買収しようと考えましたが、当時のブラジルの国内法ではETAを買収してもブラジル国外への航空路線を運航することはできませんでした。このため、他国に本社を置く航空会社を設立した上で、その支店をブラジルに置くことでブラジル発着の国際線を運航する権利を得るという解決策が採られることになり、1929年に創立されたのがNYRBA航空です。ちなみに、同社の初飛行は、1929年8月21日、ブエノスアイレス=モンテヴィデオ間のフライトでした。この実績をもとに、同年10月、NYRBA航空はブラジル支社を開設。同年12月23日、リオデジャネイロ発ブエノスアイレス行きの第一便がスタートしています。

 その後、1930年1月24日、NYRBA航空ブラジル支社はブラジル国内全域の運航権を獲得し、リオデジャネイロから南米各地への路線を拡大しましたが、経営的には利益が上がらず、同年4月30日、パンナムに買収され、パナイル・ド・ブラジルと改称されました。

 ちなみに、ポン・ヂ・アスーカルからほぼ真北に数キロの地点には、ブラジル国内専用のサントス・ドゥモン空港があるため、実際にポン・ヂ・アスーカルを眺めていると、しばしば、下の画像のように、飛行機が通過していくのを見ることができます。(左はリオデジャネイロ市街地中心方向から、右はグアナバラ灣上から撮影しました)

      ポン・ヂ・アスーカルと飛行機     サントス・ドゥモン空港への着陸の光景

 ポン・ヂ・アスーカルを描く航空切手としては。今回ご紹介のモノのほかにも、以前の記事でこんな切手を取り上げたことがあります。両者の愛称が良いのも、単にポン・ヂ・アスーカルがブラジルを代表する景観であるというだけでなく、実際にそうした風景が現地の人たちにとってなじみの深いものであるという事情があるのかもしれませんね。


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 <Brasiliana 2013>終了
2013-11-26 Tue 04:57
 19日からブラジル・リオデジャネイロで開催されていた世界切手展<Brasiliana 2013>は、先ほど、現地時間の25日午後1時(日本時間26日0時)に無事終了しました。次の世界切手展は、来年8月に韓国・ソウルで開催予定の<PHILAKOREA 2014>ですので、きょうはブラジルと韓国を結ぶ切手ということで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・韓国修好60年     FIP旗引継ぎ(ブラジル→韓国)

 これは、2009年にブラジルで発行されたブラジル・韓国修好60周年の記念切手で、両国を代表する橋として、韓国の仁川大橋を取り上げた切手(左)とサンパウロのオクタヴィオ・フリアス・ジ・オリヴェイラ橋を取り上げた切手(右)の連刷となっています。ついでに、右側には、23日に行われた受賞パーティーでのFIP旗のブラジルから韓国への引き継ぎ場面の写真も貼っておきました。

 さて、切手に取り上げられた仁川大橋は、仁川国際空港のある永宗島と対岸の松島新都市を結ぶ総延長21.27キロ(うち橋梁は18.2キロ)の斜張橋で、2005年に着工しました。斜張橋部分の設計は、日本の建設コンサルタント会社・長大が受注し、斜張橋のケーブルは日本製のものが納入されていますので、隠れたジャポニカ切手と言ってもよさそうです。完成は2009年10月16日で、2日後の18日に開通しました。来年のソウル展に行くときも、空港から会場までの往来でお世話になりそうです。

 一方、オクタヴィオ・フリアス・ジ・オリヴェイラ橋は、サンパウロのピニェイロス川に架かる斜張橋で、二車線の道路がX字型に立体交差し、それを一本の主塔で支えるユニークな構造で、観光名所にもなっています。全長は1600メートル、主塔の高さは138メートル。2005年に着工し、2008年に完成。同年5月10日に開通しました。

 さて、今回の世界切手展<Brasiliana 2013>に関しては、審査員の佐藤浩一さん、ご出品者でコミッショナー業務をお手伝いいただいた大沼幸雄さんご夫妻をはじめ、多くの方々にお世話になりました。末筆ながら、この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。なお、僕自身は、展覧会終了後も2泊3日の予定で取材のためにリオデジャネイロに残留し、12月1日未明に帰国の予定です。関係者の皆様には、引き続きご不便・ご面倒をおかけいたしますが、なにとぞご容赦いただきますよう、よろしくお願いいたします。


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 泰国郵便学(28)
2013-11-25 Mon 08:13
 ご報告が遅くなりましたが、財団法人・日本タイ協会発行の『タイ国情報』第47巻第5号ができあがりました。僕の連載「泰国郵便学」では、今回は、前回取り上げたバンコク・アジア大会以外の1966年後半から1967年にかけてのトピックについて取り上げました。その中から、きょうはこの切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

       タイ・国際米穀年

 これは、1966年11月25日に発行された“国際米穀年”のキャンペーン切手で、水田とコメの女神、メー・ポーソップが描かれています。

 国連食糧農業機関(FAO)は、世界から飢饉や栄養不足をなくすために、1960年から1965年にかけて飢餓救済運動を展開し、その中間年にあたる1963年にはタイを含む世界各国でキャンペーン切手も発行されました。

 これを引き継ぐかたちで、FAOは1966年を“国際米穀年”とし、①米穀産業を促進してコメの生産、消費、流通および貿易を促進させるとともにコメの経済的および経済的な研究を奨励すること、②飢餓救済運動に寄与するコメの役割に対する世界の関心を高めること、③世界人口の約半分以上が依存している米穀の国際的な商品としての価値についての再認識を得ること、などを目的として、さまざまなキャンペーン活動を展開することを決定。その一環として、加盟各国に対してキャンペーン切手の発行が要請され、タイでも、今回ご紹介の切手が発行されたというわけです。

 切手に取り上げられたメー・ポーソップは、タイの伝統的な精霊信仰において稲の魂とされている女性の精霊で男性が脱穀すると怖がって逃げてしまうとされています。このため、毎年の収穫時には、初めの稲は女性が脱穀するという儀礼が行われていました。

 ところで、切手が発行された11月25日は、タイ国内のコメの収穫期真只中ですが、同時に、ラーマ6世(ワチラーウット)が1925年に崩御した忌日でもある点も見逃してはなりません。

 タイの近代化を推進した偉大なる父、ラーマ5世(チュラーロンコーン)との差別化を図るため、ワチラーウットは農業政策に力を入れたとされています。

 すなわち、1910年に国王として即位したワチラーウットは、早くも翌1911年には農務省に命じ、スラ・パトム宮殿(現在はシリントーン王女の住居として利用されています)を会場として第2回農業・商業博覧会を開催。農業振興に力を注ぐ姿勢を明らかにしました。また、英国人トマス・ワークを顧問として迎え入れ、農務省水利局を運河局として改組し、灌漑事業を積極的に推進したほか、1916年には、バンコクに隣接するパトゥムターニー県のタンヤブリーに農業試験場を設け、コメの品種改良に着手しています。

 さらに、第一次大戦後の経済低迷期には、他国の農産物との競争を通じて国内の農業を成長させるべく、大規模な物産博覧会の開催も計画しました。残念ながら、この博覧会は財政難のために実現が大幅に遅れ、1925年にはワチラーウット本人が崩御してしまったため日の目を見ずに終わりましたが、会場として予定されていた総面積57万6000平米の土地は、その後、ルンピニー公園として整備され、現在でもバンコク市民の憩いの場となっています。公園の入口に巨大なワチラーウットの像(下の画像)が建てられているのは、こうした事情によるものです。

       ルンピニー公園・銅像

 なお、現在のタイには、国全体の休日ではないものの、特別な記念日として25の日付が政府によって指定されていますが、その中には、ワチラーウットの忌日である11月25日(つまり、今日ですな)も、彼の遺徳をしのぶ“ラーマ6世の日”として含まれています。

 そうした記念日にあわせて「国際米穀年」のキャンペーン切手を発行した国家の意図としては、農業振興に力を注いだとされるワチラーウットを称え、あらためて王室の権威を国内に浸透させる意図もあったと考えるのが自然でしょう。


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 <Brasiliana 2013>受賞速報
2013-11-24 Sun 05:45
       ブラジル・戦勝記念(栄光)     ブラジル展パルマレス

 今月19日(以下、現地時間)からブラジル・リオデジャネイロで開催中の世界切手展<Brasiliana 2013>ですが、現地時間23日20時からのパルマレス(受賞パーティー)に先立ち、正式な受賞結果が発表となりました。日本からの出品に対する賞の結果は、以下の通りです。(以下、リストは出品者名は日本語表記、作品名は英文でリスト記載のとおりです。カッコ内は点数ですが、速報値ゆえ、誤りなどがありましたらご容赦ください)

・児玉博昭 Japan: General Nogi 2sen issue 1937-1947 V(83)
・池田健三郎 Prompt Delivery in Japan as Nationwide services LV(85)
・伊藤純英 Foreign Mail in Nagasaki, Japan 1875-1905 LV(86)
・大場光博 The Opening of China 1745-1897 LV(87)
・西海隆夫 The History of Cartography-Mapping the World and Regions LV(89)
・大沼幸雄 L. v. Beethoven - His Life in a Historical Context and His Legacy LG(95)
・勝井明憲 History of the Telephone - Telegraph to digitalization G(90)
(以下文献)
・(公財)日本郵趣協会 『切手画家. 木村 勝の世界』 V(83)
・松本純一 『A History of the French post office of Yokohama』 G(92)+SP
・正田幸弘 『ブラジル郵便史概說』 V(83)
・山崎好是 『小判切手=事故印=』 V(80)
・山崎好是 『風景印2012』 LS(70)
・吉田敬 『Stampedia Philatelic Journal 2013』 LV(86)
・(株)日本郵趣出版 『戦前の小型記念スタンプ集』 LS(75)
・(公財)日本郵趣協会 『ビジュアル日本切手カタログVol.1記念切手編1894-2000』 LS(78)
・山崎好是 『国際返信切手券』 V(80)(エントリーとは別の本が到着したので、実際に到着した本に切り替えて審査) 
・山崎好是 『日本記号入切手カタログ』 V(82)

 * 文献部門への出品資格は、著者・編集者・出版社にありますので、必ずしも、出品者イコール著者ということではありません。

 あらためて、受賞された皆様には、心よりお祝いを申し上げます。なお、当初の予定では、内藤もKorea and the Cold war 1945-1953と題する作品を出品することになっていましたが、その後、審査員補(アプレンティス)として審査に関わることになったため、出品を撤回し、代わりに児玉さんの作品がエントリーすることになりました。

 冒頭に掲げた画像は、1945年5月、第二次大戦での連合国の勝利(ブラジルは、1941年12月に米国が参戦したことを受けて、1942年8月31日、連合国の一員として独伊両国に宣戦布告しています)を記念して発行された切手のうち、“栄光”と名づけられたデザインの1枚で、女神グロリアと更新する兵士が描かれています。受賞者の皆さんの栄誉・栄光をたたえるつもりで、取り上げました。また、右側は、日本人のテーマティク出品者としてFIPの世界切手展で初めて大金賞を受賞するという快挙を成し遂げた大沼さんが、パルマレスでメダルを受け取っている場面です。大沼さん、あらためておめでとうございました。


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 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

 新たに富士山が登録されて注目を集めるユネスコの世界遺産。 いずれも一度は訪れたい魅力的な場所ばかりですが、実際に旅するのは容易ではありません。そこで、「小さな外交官」とも呼ばれる切手や絵葉書に取り上げられた風景や文化遺産の100年前、50年前の姿と、講師自身が撮影した最近の様子を見比べながら、ちょっと変わった歴史散歩を楽しんでみませんか? 講座を受けるだけで、世界旅行の気分を満喫できることをお約束します。

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 勤労感謝の日
2013-11-23 Sat 09:34
 きょう(23日)は勤労感謝の日です。という訳で、きょうは“働く人”を取り上げた切手の中からこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

       スカルノ帰還加刷     バティック実演

 これは、1949年、独立戦争時のインドネシア共和国が臨時政府のジョグジャカルタ帰還を記念して発行されたローカル加刷切手です。加刷の台切手にはジョグジャカルタを象徴するものとしてバティックの制作作業にいそしむ女性が取り上げられています。右の画像は、ジョグジャカルタの空港到着ロビーで行われていたバティック制作の実演風景です。

 日本軍の撤退後、インドネシア共和国の独立を宣言したスカルノら民族主義者に対して、旧宗主国のオランダはこれを認めず、インドネシアに進駐したオランダ軍部隊は、独立を妨害するために、インドネシア人の誘拐や殺害、放火など多くの事件を起こし、両者の対立は、なし崩し的に独立戦争へと転化していきました。

 首都ジャカルタの治安が極端に悪化したことから、1946年1月4日、インドネシア共和国政府はジョグジャカルタを臨時首都としてジャカルタから遷都。大統領スカルノ、副大統領ハッタら政権中枢はジョグジャカルタに退避し、首相兼外相のシャフリルがジャカルタに残って英蘭(日本軍の武装解除を担当するため各地に進駐したのは英連邦軍でした)と交渉を進めます。

 さて、インドネシア独立戦争は、1948年1月17日には、いったん、ジャカルタ沖に停泊する米国軍艦レンヴィル上で停戦協定(レンヴィル協定)が締結。同協定では、インドネシア共和国の領土はジャワ島の中部と西端部、マドゥラ島のみに限られており、共和国にとっては屈辱的な内容でしたが、戦況が圧倒的にオランダ優位で進んでいたこともあって、ともかくも“独立”を確保するためには、共和国側もこれを飲まざるを得ないというのが実情でした。

 しかし、当然のことながら、協定の内容に対するインドネシア内の不満も根強く、特に、インドネシア共産党(PKI)をはじめとする左派勢力は徹底抗戦を唱えて、1948年9月18日、ジャワ島東部のマディウンで政府機関を襲撃し、革命政府樹立を宣言します。この反乱は1ヶ月ほどで鎮圧されたものの、混乱に乗じて一挙に共和国を壊滅に追い込もうと考えたオランダは、同年12月11日、和平会談の決裂を宣言。12月19日、“(第二次)警察行動”と称して、共和国領内への全面攻勢を開始しました。

 共和国臨時首都のジョグジャカルタでは、マグオ空港がオランダ空軍による空襲を受けて破壊され、12月23日には首都中枢部が陥落。スカルノ以下共和国政府要人が逮捕されます。このため、共和国側はスマトラに臨時政府を樹立し、各地でゲリラ戦を展開。1949年3月1日にはスハルト(後の大統領)指揮下の共和国軍がジョグジャカルタ奪還作戦を敢行しました。

 この作戦は、結果的に成功しませんでしたが、この頃になると、オランダの“汚い戦争”に対する国際社会の批判と和平圧力が強まりました。かくして、1949年7月6日、スカルノらはジョグジャカルタに帰還し、7月13日にはスマトラの臨時政府を解消して、政府機能を復活。ちなみに、今回ご紹介の切手は、これを記念して発行されたものです。

 その後、8月23日から11月2日まで開催されたハーグ円卓会議により、オランダはインドネシア共和国を正式に承認し、独立戦争はようやく終結しました。

 さて、拙著『蘭印戦跡紀行』では、独立戦争時の臨時首都であり、ジャワ島の古都でもあるジョグジャカルタについても1章を設けて解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 JFK暗殺50年
2013-11-22 Fri 14:57
 1963年11月22日に当時の米国大統領、ジョン.F.ケネディ(以下、JFK)が暗殺されてから、今日でちょうど50年です。という訳で、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ジャクリーン・ケネディ・カバー     ジャクリーン・ケネディ・カード

 これは、JFKの葬儀参列者に対して、未亡人のジャクリーン・ケネディの名義で送られた礼状です。右の画像のカードを左の画像の封筒に入れて送ったわけですが、右上に彼女の署名の印刷があります。米国では、大統領経験者やその夫人(未亡人を含む)には郵便物を無料で送ることができる特権が与えられているため、そうした特権を示すため、彼らの差し出す郵便物には、こうしたサイン(の印刷)が封筒に表示されます。ちなみに、今回ご紹介のカバーには、下記のようなJFKの遺影(裏側には彼の略歴が記されています)も同封されていました。

      JFK遺影

 なお、先日のキャロライン・ケネディ(JFKの長女)の駐日大使着任に加え、今日の没後50年で、あらためてケネディ家のことがいろいろと話題になっています。ケネディ家については、JFKの父であるジョゼフと、弟のロバートを軸に、拙著『大統領になり損なった男たち』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

 新たに富士山が登録されて注目を集めるユネスコの世界遺産。 いずれも一度は訪れたい魅力的な場所ばかりですが、実際に旅するのは容易ではありません。そこで、「小さな外交官」とも呼ばれる切手や絵葉書に取り上げられた風景や文化遺産の100年前、50年前の姿と、講師自身が撮影した最近の様子を見比べながら、ちょっと変わった歴史散歩を楽しんでみませんか? 講座を受けるだけで、世界旅行の気分を満喫できることをお約束します。

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 ブラジル・ワイン
2013-11-21 Thu 16:05
 きょう(21日)は11月の第3木曜日。いわずと知れたボジョレー・ヌーボーの解禁日です。というわけで、せっかくブラジルにいるので、ブラジル切手の中からワインがらみの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ブラジル・ブドウ祭り

 これは、1954年2月28日、リオグランデ・ド・スル州(南大河州)で開催されたブドウ祭りの記念切手で、ブドウとワインのボトルが描かれています。

 ブラジルは国土の大半が高温多湿の地域にあるため、ブドウ畑の大半では食用ブドウの生産が行われていますが、赤道から外れた最南端の南大河州、特に、アルゼンチンとの国境にも近い高地のセラ・ガウチャ地域は国内のワイン生産の中心地となっています。ちなみに、こちらに来てから、近所のスーパーで買ったワイン(下の画像)にも、しっかり“南大河州”の文字が入っていました。

       ブラジル・ワイン


 南大河州におけるブドウの栽培は、1626年、イエズス会がスペインのブドウ木を持ち込んだのが最初と言われています。18世紀には、アゾレス諸島出身の入植者が、マデイラ諸島とアゾレス諸島からブドウの切穂を持ちこんでいます。

 19世紀後半、イタリア有数のワインの生産地であるヴェネト州からの移民が南大河州に入植。彼らは、20世紀に入ると、セラ・ガウチャ地域で相次いでワイナリーを開業しました。その代表的な例としては、モナコ(1908年開業)、サルトン(1910年開業)、ドレヘル(1910年開業)、アルマンド・ペテロンゴ(1915年開業)などがあります。ただし、1970年代までのブラジル・ワイン生産は質より量を重視しており、世界的にはほとんど無視されていました。

 これに対して、1973年、隣国ウルグアイの名門ワイン農家、カルラウ家がセラ・ガウチャで生産した「シャトー・ラカヴェ」を発売したことで、ブラジル・ワインの評価が見直されるようになり、翌1974年には、米仏伊加の4ヵ国のワイン企業(その中には、かのモエ・エ・シャンドンも含まれています)が南大河州にワイナリーを解説し、ヨーロッパ種のブドウを本格的に移植。以後、ブラジル・ワインは輸出に耐えうる品質へと成長していくことになります。

 まぁ、こちらは南半球なので、残念ながら、現在は新酒の時期ではないのですが、せっかくなので、今晩は、手元の安ワインではなく、値段は少し高くても、ブラジル・ワインのお勧め銘柄を教えてもらって一献といきますかね。


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 <Brasiliana 2013>開幕
2013-11-20 Wed 14:21
 世界切手展<Brasiliana 2013>が、きのう、無事開幕しました。というわけで、きょうはこの切手です。(以下、画像はクリックで拡大されます)

     ブラジル・切手170年     ブラジル展開会式

 左は、今年、ブラジルが発行した切手発行170年の記念小型シートで、シートの余白には、<Brasiliana 2013>のロゴが入っています。今回の切手展は、ブラジルの郵便事業発足350年とともに切手発行170年を記念して開催されるものですから、展覧会の開幕に合わせて、直球ど真ん中の1枚を持ってきました。ちなみに、右の画像は、昨晩行われた開会式のうち、関係者が一つに結ばれたテープを引っ張って結び目を解くというセレモニーのうち、日本でのテープカットに相当する儀式の場面です。

 1822年にポルトガルから独立したばかりのブラジルは急速な近代化政策を進め、はやくも1829年には郵便事業を国営に一本化しました。そして、1842年にはイギリスに倣った料金前納制が布告され、これに対応すべく、パーキンス・ベーコン社のリオ代理店に切手の製造と印刷機材が発注され、翌1843年8月1日に最初の切手が発行されました。これは、1840年のペニー・ブラック以来、国としては世界で2番目(州などを入れると4番目)という早さです。

 このとき発行された切手は“牛の目”の名で親しまれており、原版の彫刻はブラジル造幣局、印刷は輸入したばかりの新機材で有価証券印刷局が担当しています。

 額面数字のバックには、紙幣の偽造防止にも使われる機械彫刻の模様、彩紋が使われています。今回の小型シートの切手ではわかりにくいかもしれませんが、オリジナルの切手の大ぶりで楕円形の彩紋を見ていると、たしかに、動物の目を覗き込んでいるような錯覚にとらわれてくるから、不思議なものです。

 ちなみに、“牛の目”には、30レイス、60レイス、90レイスの3種の額面がありますが、その残存数は決して多くはありません。というのも、当時のブラジルでは手紙の封緘代わりに切手を貼っていたことから、開封時に多くが破られ、捨てられてしまったことに加え、1846年3月30日には売れ残り在庫が焼却処分になったからです。

 なお、初期のブラジル切手のパターンは、この切手のように彩紋と額面数字を組み合わせたものですが、1843年発行のこの切手が“牛の目”と呼ばれているのにあわせて、1850年発行の切手は“山羊の目”、1854年発行の切手は“猫の目”と呼ばれています。

 さて、切手展の方ですが、昨日の午前中、一般向けの開場前から審査が始まり、僕もその末席で先輩諸氏からいろいろご指導を受けながら、採点業務に励んでいます。審査の結果は、23日のパルマレスで正式発表となるほか、僕のブログでも、日本人ご出品者の分については、会場から戻り次第、ご報告する予定ですので、今しばらくお待ちください。


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 ブラジル国旗の日
2013-11-19 Tue 11:34
 きょう(19日)は、1889年11月19日に現在のブラジル国旗の原型が作られたことにちなみ、ブラジルでは“国旗の日”となっています。というわけで、せっかくリオデジャネイロに滞在中ということでもありますので、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ブラジル航空切手(1933)

 これは、1933年6月7日にブラジルが発行した航空切手で、ブラジル国旗と飛行機が描かれています。背景には、リオデジャネイロのシンボルであるポン・ヂ・アスーカルが描かれているのが(リオ滞在中の身としては)嬉しいところです。

 1889年11月15日、ブラジルでは共和革命により帝政が打倒されました。これに伴い、新政府の国旗を作る必要が生じます。

 当初、革命政府の財務大臣ルイ・バルボーザは星条旗を元にした国旗を提案しましたが、大統領のデオドロ・ダ・フォンセカはこれを拒否。最終的に、帝政時代の国旗(緑色の地に黄色の菱形を配し、中央に皇室の紋章を描くデザイン)をもとに、中央の紋章を天球儀に変えたデザインの新国旗が採用されました。ちなみに、帝政時代、国旗の緑色は皇帝のブラガンサ家を黄色は皇妃の実家でハプスブルク家を象徴するものとされていましたが、現在では、緑色は森林を、黄色は金と鉱物資源を象徴していると説明されています。

 国旗の中央に置かれている天球儀は、革命記念日である1889年11月15日午前8時30分のリオデジャネイロ(当時のブラジルの首都)の空を表したもので、中央には共和国のスローガンである“秩序と進歩”がポルトガル語で記されています。なお、天球儀の星の数は、ブラジル国内の州の数を反映しているため当初は21でしたが、1960年4月14日から1968年5月28日までは22、次いで1992年5月11日までは23、以後、現在までは27になっています。

 ちなみに、昨日はリオ市内の観光に出かけてきたのですが、風のほとんどない穏やかな日だったため、垂れた状態の国旗が多くて、あまりカッコいい写真が撮れませんでした。それでも、国旗の日に現地にいて国旗の写真を1枚もアップしないのは何となく悔しいので、旧中央郵便局(現在はフツーの郵便局です)の正面玄関上に掲げられた国旗の画像を下に貼っておきます。

       旧リオ中郵玄関上の国旗

 さて、世界切手展<Brasiliana 2013>の開幕を告げるオープニング・セレモニーは、いよいよ当地時間の本日14時(日本時間18日03時)から一般公開が始まり、19時30分オープニング・セレモニーが行われて正式にスタートとなります。明日の記事では、そのようすと併せて、無事、展覧会が始まったことをご報告できるのではないかと思いますので、今しばらくお待ちください。


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 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

 新たに富士山が登録されて注目を集めるユネスコの世界遺産。 いずれも一度は訪れたい魅力的な場所ばかりですが、実際に旅するのは容易ではありません。そこで、「小さな外交官」とも呼ばれる切手や絵葉書に取り上げられた風景や文化遺産の100年前、50年前の姿と、講師自身が撮影した最近の様子を見比べながら、ちょっと変わった歴史散歩を楽しんでみませんか? 講座を受けるだけで、世界旅行の気分を満喫できることをお約束します。

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 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

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 無事到着しました。
2013-11-18 Mon 08:55
 昨日(17日)、無事にリオデジャネイロ(以下、リオ)に到着し、無事、お預かりしていた日本からの出品作日の搬入も済ませました。(画像は、作品搬入時の主催者側によるチェックの風景。以下、すべての画像はクリックで拡大されます)

       ブラジル展・作品搬入風景


 というわけで、きょうは、無事の到着を祝して、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       東京=リオFFC

 これは、1954年10月5日、東京(羽田)からリオ宛に差し出された日本航空の初飛行カバーで、カシェには、リオを象徴するものとしてポン・ヂ・アスーカルが描かれています。裏面の着印を見ると、リオへの到着は現地時間で10の午後4時。日本時間に直すと、11日の午前4時です。ちなみに、この時のフライトは、この後さらに最終目的地のサンパウロまで飛んでおり、サンパウロへの到着は11日のことでした。

 カシェに取り上げられているポン・ヂ・アスーカルには、1912年に開業したロープウェイが通っているのですが、デザイン上の都合からか、あるいは、この角度からでは見えないのか、カシェでは描かれていません。円位とはいえ、五重塔航空と立山航空の切手が1枚ずつ貼られていて、鶴のマークのカシェが押されているのも、絵面として雰囲気が良いですな。
  
 ついでですので、無事に戻ってこられるよう、このカバーと対をなす復路便のカバーの画像も貼っておきましょう。使われている封筒は往路便と同じですが、鶴のマークは赤色です。

       リオ→東京FFC

 この時の日本航空のフライトは、10月12日にサンパウロを発ってリオに到着。その後、16日にリオを発って20日に羽田に戻るという日程でした。

 往復ともに、東京とリオの間は6日程度かかっている勘定です。もちろん、途中で各地を経由しているためでしょうが、かなりの長旅であることには違いありません。ドバイでの1泊を含めても3日以内にこちらへやってきた僕が文句を言ったら罰が当たりますな。これからの滞在期間中、気合を入れて頑張っていきたいと思います。


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 中継地・ドバイにいます
2013-11-17 Sun 04:38
 きのう(16日)のブログでも書きましたが、現在、ブラジルに向かうべく、中継地ドバイの空港近くのホテルにいます。というわけで、空港ホテルの無料サービスを提供してくれたエミレイツ航空に感謝の意を表して、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       エミレイツ航空1周年
 
 これは、1986年にアラブ首長国連邦(UAE)で発行されたエミレイツ航空1周年の記念切手です。

 1971年にUAEが発足した時点では、UAEとしての自前のエアラインはまだ就航しておらず、ようやく、1985年になって、エミレーツ航空が、ドバイを拠点に2機の飛行機(ボーイング737とエアバスA300)での運航を開始しました。

 今回ご紹介の切手には、砂漠を進むラクダの頭上を飛んでいく飛行機が描かれています。さすがに、切手が発行された1980年代も半ばになると、実際の砂漠の移動にはラクダよりも四輪駆動車を使うことの方が多くなったと思うのですが、僕たち外国人のイメージとしてはこちらの方がしっくりきますな。

 じつは、きょうはせっかくドバイにいるからということで、四輪駆動車で砂漠を駆けめぐる“デザート・サファリ”のツアーに参加してきました。切手のラクダを現代の四輪駆動車に置き換えて、灌木がぽつぽつ生えた砂丘の合間を進んでいく様子というのは、こんな感じでした。

       デザート・サファリ

 また、砂漠の中でラクダが飼育されている場所にも立ち寄ったのですが(下の画像)、そこには、切手と同じような木が生えていました。

       砂漠のラクダ(ドバイ)

 今回の体験については、いずれ、雑誌『キュリオマガジン』での“漫郵記”の連載などでもご報告することになるかと思いますので、ご期待ください。

 さて、リオデジャネイロ行きのフライトは、こちらの時間で午前7時過ぎ(日本時間だと正午過ぎ)なので、この記事を書いたら、きょうはそろそろ休もうかとと思います。まだまだ長旅は続きますので、明日に備えて体力を温存しないとね。


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 ブラジルへ行ってきます!
2013-11-16 Sat 00:02
       アチェ戦争・オランダ軍

 私事で恐縮ですが、ブラジル・リオデジャネイロで開催される世界切手展<Brasiliana 2013>にコミッショナー兼審査員見習いとして参加するために出国すべく、現在、羽田空港にいます。きょうはこの後1時半に羽田を発ち、経由地のドバイへ向かい、1泊後、現地時間の17日、リオデジャネイロ入りするという段取りです。 展覧会の会期は19日から25日(現地時間)なのですが、作品を搬入しなければなりませんので、主催者側指定の17日に入国すべく、今日の出発となりました。なお、展覧会終了後は現地取材の仕事がありますので、帰国は12月1日未明の予定です。

 今回の旅行期間中も、ノートパソコンを持っていきますので、このブログも可能な限り更新していく予定です。ただ、なにぶんにも海外のことですので、無事、メール・ネット環境に接続できるかどうか、不安がないわけではありません。場合によっては、諸般の事情で、記事の更新が遅れたり、記事が書けなかったりする可能性もありますが、ご容赦ください。
       
 さて、冒頭に掲げた画像(クリックで拡大されます)は、アチェ戦争時、負傷兵を搬送するオランダ軍のキャラバン隊を取り上げた1910年頃の絵葉書で、拙著『蘭印戦跡紀行』でもご紹介した1枚です。今回のブラジル行きは、ジャングルの中の行軍に比べればたしかに快適な道中ではありましょうが、日本人出品者の皆さんの貴重なコレクションを無事に搬入し、無事に持ち帰るという点では、名誉の負傷兵を運ぶのと同様の慎重さが求められることには変わりないわけで、気合を入れて頑張っていきたいと思います。

 では、行って参ります!


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 二の酉
2013-11-15 Fri 00:28
 きょう(15日)は二の酉です。というわけで、一の酉の時同様、蘭印の切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ジャワ・ガルーダ

 これは、1943年6月1日、日本占領下のジャワで発行された60セント切手で、ジャワ島の地図にガルーダとスメル山を配したデザインになっています。

 日本占領下のジャワで、それまでの蘭印ギルダーに代わり、いわゆる蘭印ルピアが創設されたのは1944年のことでしたので、今回ご紹介の切手の60セントは蘭印ギルダーの60/100に相当します。

 さて、インド古典文学『マハーバーラタ』に登場するガルーダは、頭・翼・爪・口はワシ、胴・腕・脚は人間の半鳥半人の半神で、仏教・イスラム伝来以前よりヒンドゥー教圏であった東南アジア諸国で、他のヒンドゥー諸神と併せて祀られています。タイの国章や航空切手などには、これを忠実に再現したデザインが用いられています。

 ところが、ジャワやスマトラでは、そうしたオーソドックスな半鳥半人のガルーダとならんで、ジャワクマタカをモデルにした金色の神鳥としてガルーダが表現されることも少なくありません。現在のインドネシア共和国の国章はこちらの流れを汲むものですが、今回ご紹介の切手も、日本人デザイナーではなく、現地のデザイナーが原画を作成しており、彼らのイメージする“ガルーダ”がタイのものとは異なっていたことがわかります。

 さて、拙著『蘭印戦跡紀行』でも、現在のインドネシア共和国の国章との関連で、ガルーダについてもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 岩のドームの郵便学(11)
2013-11-14 Thu 03:24
 ご報告が遅くなりましたが、『本のメルマガ』517号が先月25日に配信となりました。僕の連載「岩のドームの郵便学」は、今回は、第3次中東戦争前夜の東エルサレムの話を取り上げました。その中から、きょうはこの切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

       ヨルダン・岩のドーム(1965)

 これは、1964年11月20日、ヨルダンが発行した“岩のドーム(公開)再開”の記念切手で、ドームの全景を大きく描き、国王フサインの肖像を左側に配したデザインとなっています。

 岩のドームの外壁には、1561―62年、オスマン帝国のスルターン、スレイマン1世によってタイル装飾が施されましたが、傷みが激しくなったため、新たにエルサレムの管理者となったヨルダン政府は、1955年以降、アラブ諸国ならびにトルコからの資金援助を得て、大規模な修復作業を行っていました。そのメインの工事にあたる外壁の修復が1964年8月に完成し、一般公開が再開されたことを受けて発行されたのが、今回ご紹介の切手です。

 さて、この切手が発行される半年ほど前の1964年5月、ヨルダン統治下の東エルサレムでは、エジプト大統領ナセルの肝いりで第1回パレスチナ民族評議会が開催され、対イスラエル闘争の統一司令部を設置するという方針の下、パレスチナ解放機構(PLO)の結成が宣言されました。 

 1956年の第2次中東戦争(スエズ動乱)は、英仏の侵攻に屈せず耐え抜いたという点で、エジプトは政治的に勝利を収め、ナセルの権威は絶頂に達しました。しかし、純粋に軍事的な見地から見ると、英仏との密約を背景にエジプト領内に侵攻したイスラエル軍は、いともたやすくガザ地区を占領し、シナイ半島を横断してスエズ運河地帯まで進軍。エジプト軍はそれを阻止することができず、惨敗に等しい状況でした。当然のことながら、イスラエルとの全面戦争になればエジプトには勝ち目はないことをナセルも思い知り、イスラエル打倒の勇ましいスローガンとは裏腹に、本音では、イスラエルとの戦争を回避しなければならないと考えるようになります。

 さらに、アラブ民族主義の理想を体現するものとして華々しく行われた1958年のエジプト・シリアの合邦は1961年9月にはシリアの離反であっけなく崩壊。さらに、1962年に勃発したイエメン内戦に革命政権の要請を受けて派兵したものの、戦況は一進一退の状況が続き、エジプト経済も疲弊していきます。

 PLOの創設は、こうした状況の中で、追い詰められつつあったナセルが起死回生の切り札として持ち出したものでした。

 アラブ諸国としては、さまざまな立場の違いはあっても、「イスラエル国家を打倒してパレスチナを解放する」という原則論には反対できません。したがって、曲がりなりにも、アラブの盟主ということになっているエジプトが、対イスラエル闘争の統一司令部を作るということになれば、賛同・協力せざるをえず、PLOの結成を主導すれば、シリアとの合邦失敗やイエメン内戦への介入などで傷ついた自らの権威を回復する景気となるとナセルは考えました。

 また、統一司令部の傘下にパレスチナ人の武装組織を組み込んでコントロールできれば、強硬派の暴走を抑え、イスラエルを決して本気で怒らせない(=全面戦争には突入しない)程度に“抵抗運動”を継続して、アラブ世論のガス抜きをするという、微妙な調整も可能になるので、まさに、一石二鳥であるというのが、ナセルの本音です。

 もっとも、現実の問題として、武装勢力の中には、ナセルの微温的な姿勢を拒否して、PLOには参加せず、イスラエル領内での武装闘争をエスカレートさせるものも少なくありませんでした。その代表的な存在が、ヤーセル・アラファート(以下、アラファト)ひきいるファタハです。

 当時のアラファトは、テロ活動をエスカレートさせてイスラエルの報復攻撃を引き出せば、アラブ諸国も対イスラエル全面戦争に参加せざるを得なくなると考えていました。このため、ファタハはソ連、東欧はもとより、中国を含む反西側諸国から武器を調達し、戦闘能力を強化していきました。

 かくして、イスラエル国内の世論は次第に“パレスチナ・ゲリラ”への報復を求める強硬論へと傾いていくことになります。イスラエルの政府と国民にしてみれば、PLO傘下の団体であろうとなかろうと、国内の治安を乱すテロリストは駆逐すべき存在にはちがいありません。

 ナセルをはじめ、アラブ諸国の指導者たちは、“反イスラエル闘争”が自分たちの思惑を超えて動き始めたことに困惑を隠せなかったが、そこに、米ソの冷戦がさらなる影を落とします。

 すなわち、エジプトやシリアの民族主義政権は、手持ちの外貨が乏しいこともあって、ソ連からバーター取引で武器を購入していましたが、イスラエルからの要請を受けた米国は、1965年以降、イスラエルに大量の戦闘機や戦車を売却。イスラエルの軍事的保護者としての立場を鮮明にしていきました。

 かくして、パレスチナの地をめぐる緊張は高まり、1967年6月、ついに第3次中東戦争の簿発へとつながることになるのです。


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 インドネシアの島の数
2013-11-13 Wed 01:03
 世界最大の群島国家インドネシアの地理空間情報局は、きのう(12日)、国連海洋法条約の定義に基づき島の数を数え直した結果、これまで一般に言われていた1万7508より4000以上少ない1万3466だったと明らかにしました。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       海軍民政府20セント

 これは、1943年8月8日、日本占領下の蘭印(オランダ領東インド)地域のうち、海軍の担当地域で使用するために発行された“海軍民政府”の20セント切手です。

 1942年1月11日、日本軍はボルネオ島北部のタラカンとセレベス島北部のメナドに上陸。以後、島々の占領を進め、3月20日に蘭印の全地域を占領下に置きました。

 これを受けて、蘭印地域のうち、スマトラ島とジャワ島をのぞく地域(具体的には、ボルネオ島の旧オランダ領地域、セレベス、モルッカ諸島、小スンダ列島、西ニューギニアなど)は海軍が占領行政を担当することになり、セレベス島のマカッサルに南西方面海軍民政府本部が設置され、その下部組織としての海軍民政部がマカッサル(セレベス島)、バリックパパン(ボルネオ島。後に島内のバンジェルマシンに移転)、アンボン(後にバリ島のシンガラジャに移転)の3ヶ所に設けられ、現地の占領行政を担当しました。

 こうした海軍の占領地区では、占領当初、おおむね、接収した蘭印の切手に“大日本”の文字と海軍を示す錨を加刷した切手が使われていましたが、1943年8月以降(一部は7月から)、海軍民政府独自の切手が使われるようになりました。今回ご紹介の切手はそのうちの1枚で、海に美味ぶ島々とヤシの木に日章旗を配したデザインです。海軍民政府がカバーしていたのは、まさに、小さな島々が数多く連なる地域でしたから、そのイメージを表現したものと考えて良いでしょう。

 ちなみに、オランダ統治下の蘭印では、イラスト化した蘭印地図の絵葉書が作られていましたが、そのうち、無数の小島が連なる小スンダ列島(バリ~ティモール)の部分はこんな感じです。

       小スンダ列島・地図

 さて、インドネシア国家を構成する島の数に関しては、これまで、1987年に国軍が発表した1万7508が最もポピュラーであるとは言え、国立航空宇宙研究所の1万8306、内務省の1万7504など諸説がありました。ただ、いずれの場合も、高潮時に水没する岩礁なども“島”に含めていたため、今回の再調査のように、「自然に形成された水に囲まれた陸地で、潮が高い状態でも水面の上に出ているもの」という国連海洋法条約での島の定義をきっちりとあてはめると、その数は大きく減ることになりました。今回ご紹介の切手に描かれている島の中にも、現在の基準に当てはめると島とは呼べないものもあるかもしれません。

 これまでは、インドネシア領内の“島”の中には、面積の小さな無人島の中には名前が付けられていないものも少なくありませんでしたが、今回の再調査に合わせてすべての島に何らかの名前が付けられることになりました。これは、近年、周辺海域への侵略攻勢を強めている中国に対して、自国の領土の範囲を明確に主張する必要があったためです。

 なお、現在のインドネシア国家を構成する小島のうち、ロンボク島については、拙著『蘭印戦跡紀行』でも取り上げておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 東トルキスタン独立記念日
2013-11-12 Tue 10:11
 きょう(12日)は、1933年と1944年の11月12日に(第1次および第2次)東トルキスタン共和国が独立を宣言したことから、東トルキスタンの独立記念日になっています。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       新疆・解放区

 これは、1949年11月、中国共産党占領下の新疆地区で発行された加刷切手で、中華民国(国民政府)の発行した北京の頤和園を描く15分切手に“人民郵政”の文字が加刷されています。

 中華人民共和国の“新疆ウイグル自治区”に相当する東トルキスタンの地域は、かつては中華民国の新疆省が置かれていましたが、1944年、その北部、イリ渓谷のグルジャ(伊寧市)で、ソ連軍の支援を受けたウイグル人の武装蜂起が発生。同年11月12日に中華民国からの独立と(第2次)東トルキスタン共和国の建国を宣言しました。

 東トルキスタン共和国は12月までにイリ地区の全域を占拠し、翌1945年にはカザフ系のゲリラがアルタイ地区、タルバガタイ地区を占領し、東トルキスタン政権に合流。いわゆる三区政権が誕生します。

 ところが、東トルキスタン政府は対中関係を考慮するソ連の意を汲んで独立要求を撤回せざるを得なくなり、中華民国と和平協定を締結。これを受けて、1946年6月、中華民国と東トルキスタン政府が閣僚を出し合い新疆省連合政府が成立し、東トルキスタン共和国は解散しましたが、連合政府は1947年5月に分裂し、東トルキスタンの閣僚は国民党政府から離れて自治を宣言しました。

 その後、1949年、国共内戦での共産党の勝利が確実になると、東トルキスタン政府はソ連の斡旋で中国共産党と協議すべく、政府幹部が北京での中華人民共和国建国宣言に合わせてソ連の飛行機で出発しました。しかし、彼らはそのままソ連に連行・殺害され、東トルキスタン政府は完全に消滅。その支配地域は中華人民共和国に統合されてしまいました。今回ご紹介の切手は、そうした中共による東トルキスタン侵略直後の状況を生々しく示す1枚といえましょう。

 現在、東トルキスタンはチベットと並んで、中国にとって最も深刻な“民族問題”の一つとなっており、中国共産政府による人権侵害の象徴的な存在となっています。当然、中国政府の発行するプロパガンダ切手にも、“幸せなウイグル人”などがしばしば登場するわけですが、今後は機会をとらえて、それらについてもご紹介していきたいと思います。


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 台風30号、フィリピンを直撃
2013-11-11 Mon 14:38
 今年発生した中で勢力が最大とされる台風30号が8日、フィリピン中部のレイテ島周辺を直撃。現時点で、レイテ島の中心都市タクロバンは壊滅的な打撃を受け、レイテ州の死者は1万人を超す恐れがあるほか、フィリピンの人口の約9%にあたる950万人近い市民が被害を受ける大惨事になりました。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、一日も早い復旧をお祈りしております。というわけで、きょうは、そのタクロバンにちなんで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       米比戦争・タクロバン発カバー

 これは、米比戦争中の1900年12月、レイテ島タクロバンに駐留していた米兵が差し出したカバーです。

 フィリピンでは、1896年8月、スペインからの独立を求める革命が勃発しましたが、革命側は内紛が続き、戦況は一貫してスペイン有利に展開されていました。こうした状況の下で、1897年5月、革命派内の主導権を掌握したエミリオ・アギナルドは、ともかくも、自らを大統領としてフィリピン共和国(総司令部の置かれていた地名にちなみ、ビアクナバト共和国とよばれることもあります)の成立を宣言するのですが、最終的にスペインと妥協し、半年後の12月20日、80万ペソ(40万米ドルに相当。ただし、この段階でスペイン側がアギナルドに支払ったのは半額の40万ペソ)の補償金と引き換えに香港へ亡命。革命はいったん終結します。

 ところが、皮肉なことに、アギナルドの亡命後、革命戦線はフィリピン全土に急速に拡大。さらに、1898年には米西戦争が勃発し、スペイン領フィリピンに狙いを定めた米国は、アギナルドらを支援して、フィリピンからスペインを放逐することを考えました。

 当初、米国はアギナルドらに対して独立の口約束を与え、これを信用したアギナルドらは亡命先の香港から帰国。1898年5月24日、「偉大かつ強力なるアメリカ合衆国が、この国の自由の確保のために、利害抜きの保護を提供してくれたので」スペイン軍を殲滅して憲法を制定し、政治の組織を完成するまでの間、みずからを総帥とする独裁政府を樹立すると宣言しました。6月12日には、アギナルドの私邸で独立宣言が行われ、米国の独立宣言にならった宣言文が読み上げられたほか、国旗・国歌も正式に披露しています。さらに、アギナルド政府は、8月1日には各地の議員選挙を行い、本部をカビテからマニラ北方のマロロスに移し、フィリピン人のみの第一議会を招集。9月29日には正式に初代大統領に就任しました。

 しかし、米国はアギナルドを裏切り、革命政府抜きでスペインとの講和を進め、同年12月10日、パリで講和条約を調印。この結果、アメリカはフィリピンを2000万ドルで買収することが決定され、アメリカは“友愛的同化”をスローガンとする植民地支配をスタートさせることになります。

 マニラ開城以降の米国の対応は、当然のことながら、フィリピン人の憤激を買い、フィリピンでは反米感情が一挙に高まります。

 そもそも、マニラ開城から米西間の講和条約が調印されるまでの間に、革命軍はルソン島からビサヤ諸島にいたるスペインの支配地域を自力で解放していました。また、新国家にとって記念すべき第一議会が、首都のマニラではなく、マロロスでの開催を余儀なくされたのも、スペインとの密約でアメリカが革命軍のマニラ入城を阻止していた結果であった。このため、革命政府は、1899年1月、マロロスで憲法を発布し、フィリピン共和国(マロロス共和国)を正式に樹立させ、米国の背信を絶対に認めないとの姿勢を内外に明らかにしようとしました。

 こうして、米軍政当局と革命政府との緊張が高まる中、1899年2月4日、米兵によるフィリピン兵2名の射殺事件が発生。これを機に、両者の対立は本格的な米比戦争へと発展しました。

 米軍と革命政府との戦闘は、近代的装備に勝る米軍が終始一貫して革命軍を圧倒し、1899年3月末には革命政府の首都マロロスが陥落。同年11月にはアギナルドが山岳地帯に追い込まれて革命軍は組織として壊滅状態に陥りました。

 これに対して、アギナルド政府の残党は、米軍に対して各地で激しいゲリラ戦を展開。米軍を大いに悩ませています。今回ご紹介のカバーも、こうした状況の下で、ゲリラ討伐に関わっていた米兵が差し出したものです。

 なお、米国の軍事郵便は原則として、米軍の野戦郵便局・軍事郵便局から先は無料扱いですが、差出地から野戦郵便局・軍事郵便局まではその地域の国内便の料金が必要となります。ところが、フィリピンのジャングルなどでゲリラと戦っている兵士たちが、現実の問題として、郵便局まで出向いて“米領フィリピン”の切手を購入することは不可能なため、切手を貼らずに郵便物を差し出すことがしばしば行われました。その場合、郵便物は米国到着時に“不足料切手”を使って国内便料金に相当する2セントが徴収されています。

 米軍はフィリピン・ゲリラを武力で制圧しようとしたものの、実際には、戦闘は次第に泥沼化し、収拾のめどは全く立ちませんでした。このため、1900年3月、マッキンリー大統領の命を受けて現地に派遣されたウィリアム・タフト(後の大統領)は、軍政官アーサー・マッカーサー(日本占領の司令官、ダグラスの父)を抑え、現地住民からなる親米勢力として連邦党を支援し、同党を足がかりとして地方の有力者を取り込むことで、占領行政を安定させようとします。

 その後、1901年3月23日、アギナルドが米軍に逮捕されると、革命軍の指導者の投降も相次ぎ、タフトの支援する連邦党も革命勢力の武装解除に協力して治安状況は急速に改善。1901年7月4日にはタフトを総督とする植民地統治が開始され、翌1902年7月4日、フィリピン平定作戦の終了が宣言されました。

 米国による植民地支配の下、英語による教育の普及とともに、フィリピン社会の対米感情も次第に良好になっていきます。そして、その結果として、フィリピンの独立闘争は、米国による支配を認めながらも、合法的な独立運動を続けようとするものへと変質します。

 ただし、このことは、フィリピン人が独立を放棄して米国の領土であることに満足するようになったということを意味するものではありません。

 たとえば、第二次大戦中、日本軍の占領下で名目的な“独立”が与えられたとき、大統領に就任したホセ・ラウレルが、彼を非難する者に対して語った言葉「誰もフィリピン人以上にフィリピンを愛することはできない」などは、彼らがどれほど“独立(それがいかに形式的なものであったにせよ)”を希求していたか、なによりも雄弁に物語るものといってよいでしょう。

 ちなみに、現在のフィリピン(第3)共和国が、法的に独立を達成したのは1946年7月4日ですが、独立記念日として国家の祝日になっているのは1898年のアギナルド政府が独立宣言を行った6月12日だということは、記憶にとどめておいてもよいと思います。


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 奄美復帰60年式典
2013-11-10 Sun 18:22
 終戦後、米軍統治下にあった鹿児島県の奄美群島が1953年12月25日に祖国復帰を果たしてから、今年で60年になるのを前に、きのう(9日)、奄美市で記念式典が行われました。という訳で、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       奄美・丸検

 これは、1947年12月1日、米軍政下の奄美群島で発行された丸検加刷の切手です。

 日本敗戦後の1946年1月29日、GHQは「外郭地域分離覚書」を発し、北緯30度以南の南西諸島の行政権は日本から分離されました。この北緯30度以南の枠の中には、沖縄だけでなく、戦前の行政区域では鹿児島県に属していた奄美諸島なども含まれていました。

 「外郭地域分離覚書」に伴い、2月2日、郵政事業を含めたすべての行政権はアメリカに移り、3月13日、アメリカ海軍軍政チームが名瀬に到着。翌14日から奄美諸島全域に対する軍政布告や命令が交付され、本格的な軍政がスタートしました。

 切手に関しては、当初は日本切手がそのまま使用されていましたが、1947年12月1日、今回ご紹介の切手のように、日本切手に“検”の字の印を押した暫定切手(丸検切手)が発行されると、1948年2月1日以降、無加刷の日本切手は使用停止となりました。

 その後、丸検切手は1948年6月30日に発売停止となり、翌7月1日、米軍施政権下の全琉球共通の“琉球切手”が発行されます。以後、1953年末の祖国復帰まで、奄美地区では琉球切手が使われていました。

 米軍政下の奄美地区では、日本との往来が禁止され、日本から“輸入”する商品には関税がかけられるなど、人々は経済的にも非常に困難な状況に置かれていました。また、1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効後も、“琉球”の一部として日本本土から分離して米国の信託統治下に置かれていたため、現地では14歳以上の島民による嘆願署名やハンガーストライキなどが展開され、その結果、1953年12月になって、ようやく、祖国復帰を果たしたという経緯があったことは、日本人として、けっして忘れてはならないと思います。

 * 本日のTBSラジオ「爆笑問題の日曜サンデー」の「サンデーマナブくん」は無事終了いたしました。お聞きいただきました皆様には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。 


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 TBSラジオ「爆笑問題の日曜サンデー」
2013-11-09 Sat 13:51
 あす(10日・日)14:00から、TBSラジオで放送の番組「爆笑問題の日曜サンデー」の「サンデーマナブくん」のコーナーに、『年賀状の戦後史』の著者として内藤が出演し、「年賀状」とその歴史についてお話しします。聴取可能な地域の方は、ぜひ、お聞きいただけると幸いです。というわけで、きょうはストレートにこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

    年賀はがき(2014・蹄鉄)   年賀はがき(2014・蹄鉄部分)   年賀はがき(2014・蹄鉄・くじ部分)


 これは、現在、郵便局で販売中の平成26(2014)年用の年賀はがきのうち、インクジェット紙のモノで、印面部分(中央の画像)には来年の干支にちなんで、馬の蹄鉄を“お飾り”としたものがデザインされているほか、くじ番号の真ん中部分(右の画像)には蹄鉄を組み合わせた梅の花がデザインされています。来年用の年賀はがきには、通常の葉書用紙の無地、インクジェットの無地(今回ご紹介のモノです)、インクジェット写真用の無地、ディズニーキャラクター年賀・インクジェット紙、同インクジェット写真用、同吹き出しシールセットつき、いろどり年賀・もも、同うぐいす、寄附金つき絵入りはがき(全国共通デザインの全国版1種+地方版30種)と、多くの種類があるのですが、放送日の10日は競馬のGIエリザベス女王杯が行われる日でもありますので、今回は蹄鉄のモノをご紹介したという次第です。

 日本郵政グループのサイトによると、年賀はがきに蹄鉄のデザインを採用したことについて、「馬の蹄鉄は西洋で“幸運のお守り”とされているそうです」との簡単な説明があるだけですが、この点について補足しておくと、蹄鉄が幸運のシンボルとされるようになった背景としては、主なものだけでも、以下のような諸説があります。

 ・馬は人を踏まない、あるいは人を避けることから、馬車・自動車の前面に置くと事故よけのおまじないになる。

 ・鉄そのものが魔除けの効能を持つとされる素材であることに加え、三日月形やU字のモノにも魔除けの効能があるとされてされる。このため、両者を兼ねている馬蹄は魔除けとして最適で、蹄鉄を家の戸口や壁に飾るとその下を魔女は通ることが出来ず、幸運が訪れるとされる。

 ・太古の時代、馬の蹄鉄には金や銀が使われていたが、落ちている蹄鉄を拾うと、それは拾い主のものとなったため、物理的にラッキーという意味がある。同様に、開拓時代の米国では鉄が貴重だったため、蹄鉄を拾うことはラッキーだった。

 ・妻が、自分への愛を失くした夫に馬の蹄鉄を持たせると愛情が蘇るといわれ、玄関に蹄鉄をかけておくと、夫は必ず帰宅するようになるという。このため、英国などでは、結婚式の際、家族が新郎新婦に蹄鉄のネックレスを贈ることもある。

 このほか、わが国では、蹄鉄をU字型に置くと巾着のような形になるため、金運のお守りとして用いられることもあります。競馬ファンの方などには、やはり、これが一番説得力がありますかね。

 なお、かつての蹄鉄には、鋲を打つための穴が外側に3つ、内側に4つの計7つあるのが一般的で、これもまた、幸運の数字7にちなむという意味がありました。今回の葉書に描かれている蹄鉄は、これとは異なり穴が8つになっています。まぁ、8も末広がりの縁起のいい数字ではありますが、幸運のお守りとして蹄鉄を取り上げるということであれば、このあたりの細部にもこだわっていただいた方がよかったように思います。

 さて、明日の放送は生放送です。これまでにも、ラジオの生放送は何度か経験しているはずなのですが、なんどやっても、生放送というのは緊張しますな。ここはひとつ、蹄鉄のお守りでも懐に忍ばせて、首尾よく乗り切っていけるよう、頑張ってきたいと思います。

 *本日午前中、カウンターが128万PVを越えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。

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 ラフモン以前のタジキスタン切手
2013-11-08 Fri 11:54
 中央アジアのタジキスタンで任期満了に伴う大統領選が投開票され、現職のエモマリ・ラフモン大統領が8割を超える得票で圧勝し、4選を決めました。今後、7年の任期を満了すると、1992年の最高会議議長の就任以来、2020年まで28年間の超長期政権となる見通しです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       タジキスタン最初の切手

 これは、1992年5月20日に発行されたタジキスタン最初の切手で、同国で出土した黄金の騎馬像が取り上げられています。

 現在のタジキスタン共和国の領域は、かつて、タジク・ソビエト社会主義共和国としてソ連邦の一共和国でしたが、1990年、ゴルバチョフ政権下の新連邦条約(これにより、ソ連を構成する各主権共和国は独立した共和国として共通の大統領、外交、軍事政策下に連合することになりました)により、主権宣言を行い、同年11月30日、タジキスタン共産党中央委員会第一書記のカハル・マフカモフがタジク・ソビエト社会主義共和国の初代大統領に選出されました。

 これに対して、翌1991年8月、モスクワでソ連保守派のクーデターが失敗すると、同月31日、最高会議の代議員たちは、大統領の退任と共産党の解散を主張ちしていた野党と連帯し、マフカモフを退陣に追い込みます。これを受けて、9月9日、タジキスタン共和国の独立が宣言され、11月には、ラフモン・ナビエフ(マフカモフの前任として1985年までタジキスタン共産党中央委員会第一書記)が新生タジキスタン共和国の初代大統領に選出されました。

 旧ソ連時代のタジク・ソビエト社会主義共和国では、ホジェンド(北西部ソグド州の州都)地方やクリャーブ(南部ハトロン州の東部)地方の出身者が政府と軍の要職を占めており、ゴルノ・バダフシャン自治州のパミール人やガルム地方の民族集団、イスラム勢力などは不遇をかこっていましたが、共産党一党独裁の下、彼らの不満は抑え込まれていました。

 それが、新国家の誕生とともに一挙に噴き出すかたちで、1992年春、ナビエフ政権への抗議行動が発生。5月には、政府側の警備兵と反政府勢力の間で戦闘が発生し、いわゆるタジキスタン内戦に突入します。今回ご紹介の切手は、まさに、そうした緊迫した状況の下で発行されたモノです。

 内戦の勃発に対して、ナビエフ政権は野党勢力を取り込んだ連立政権を作ることで乗り切ろうとしましたが、ナビエフくみしやすしと見た反政府勢力の攻撃は収まらず、1992年9月、ナビエフは退陣に追い込まれました。

 混乱の拡大を憂慮したロシアとウズベキスタンが事態収拾に乗り出し、ホジェンド派とクリャーブ派からなる人民戦線を軍事支援。人民戦線は1992年末に反政府勢力を圧倒し、連立政権をも解体して、クリャーブ出身のエマモリ・ラフモノフを指導者とする新政権を樹立しました。その後、ラフモノフは共和国最高会議議長を経て1994年11月6日、タジキスタン共和国大統領に就任。以後、今日にいたるまで権力を維持し続けているというわけです。なお、大統領の現在の姓は“ラフモン”となっていますが、これは、2007年にそれまでの“ラフモノフ”からロシア語風の接尾辞を取り、タジク語の原型に戻したためです。 

 さて、今回の選挙については、野党イスラム復興党が、有力な対抗馬として、人権活動家の女性を擁立を試みたものの、最終的に、彼女は出馬断念に追い込まれるなど、選挙の公正さについては選挙監視に当たった欧州安保協力機構の派遣団からも疑問の声が上がっているようです。まぁ、強権的ではあっても国民生活が豊かであれば、国民の不満もある程度は鎮めることができるのでしょうが、現状では、タジキスタンは旧ソ連諸国の中で最貧国なわけで、はたして、2020年まで国民が我慢できるかどうか、注目したいところですな。


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 太原から「東亜解放」
2013-11-07 Thu 18:20
 きのう(6日)、中国山西省の省都・太原市にある共産党省委員会の事務所前で、連続して爆発が起き、国営メディアによると1人が死亡、8人が負傷する事件がありました。というわけで、手元に太原に関するものが何かないかと思って探してみたら、こんなモノがありました。(画像はクリックで拡大されます)

       太原・東亜解放

 これは、1942年、日本占領下の太原から秋田県宛に差し出されたカバーで、“東亜解放”の標語印が押されているほか、途中で開封・検閲を受けています。まぁ、かつては東亜解放といえば、欧米列強による植民地支配からアジアを解放するという意味でしたが、現在では、中国共産党の圧政からチベットやウイグル、内蒙古を解放し、共産中国の周辺諸国への侵略を食い止めるという意味で理解する人が大半でしょうから、今回の事件が共産党省委員会への攻撃ということが確認されれば、犯人グループは自らを“東亜解放”のための戦士と位置づけることになるんでしょう。

 さて、いわゆる日中戦争(支那事変)下の日本軍占領地では、1941年まで中華郵政の切手がそのまま使われていました。日中戦争は宣戦布告なくして始まった“事変”であり、日本軍が占領していた地域に関しても、建前としては“中国”(ただし、日本側のいう中国とは、重慶の蒋介石政権ではなく、日本軍が現地に樹立した親日派政権のことですが)の主権下に置かれていることになっていたからです。

 しかし、戦争の長期化とともに、各地域の通貨事情は大きく変容し、中国全土で同じ切手を使い続けることには無理が生じてきました。

 すなわち、日中戦争勃発以前の中国大陸では、中国国民政府の法定通貨である法幣(イギリス・アメリカの支援の下、スターリング・ポンドと実質的にリンクしていました)とは別に、華北では朝鮮銀行券(朝銀券)が、華中では日本銀行券(日銀券)が、それぞれ影響力を持つ外貨として流通していました。当初、日中間の軍事衝突は短期間に終わるものと考えていた日本側は、日銀券や朝銀券を持ち込んで、必要な物資を調達すればよいと考えていましたが、戦争の拡大に伴い、占領地域でそのまま日銀券や朝銀券の流通を継続・拡大すると、日本ならびに朝鮮にそれらの紙幣が還流し、国内にインフレをもたらす懸念が生じます。

 そこで、1938年3月、華北の日本占領地域では中国連合準備銀行(連銀)が樹立され、朝鮮銀行券の代わりに連銀券が流通することになりました。一方、華中では日銀券に代わり、軍票の流通を拡大するという政策が採られます。

 1938年10月以降、日中の戦闘は膠着状態に陥り、戦争は経済戦の側面が大きな比重を占めるようになってきます。その際、法幣に対して、日本側は連銀券と軍票で物資の争奪戦を展開しなければなりませんから、日本側は、必要に応じて、軍票と法幣との交換レートを調整するための“為替介入”を行ったり、繊維製品、薬品、砂糖、穀物、肥料などと軍票との交換に応じて、軍票でも自由にモノが買えるという環境を整えようとしました。

 こうした価値維持工作が一定の成果を挙げ、太平洋戦争の開戦以前、華中・華南の日本軍占領地域では、軍票は曲がりなりにも基軸通貨としての機能を果たしています。しかし、中国大陸全体から見れば、軍票経済圏はきわめて限定された地域でしかありませんでしたから、結果として、日本側は法幣経済圏との交易に頼らざるを得ず、軍票は米英に支えられていた法幣と共存する以外の選択肢はありませんでした。

 ところが、1941年3月、法幣の価値が暴落。南京の汪兆銘政権の中央銀行である中央儲備銀行の発行する儲備銀行券(儲備券)との交換レートで見ると、当初、法幣は儲備券に対して優位を保っていましたが、1941年末には法幣と儲備券はほぼ等価となり、さらに、両者の立場は逆転しています。くわえて、おりからの戦時インフレとあいまって、法幣は急速にその価値を失い、国民政府の支配地域では猛烈なインフレが進行していきました。

 一般には、敵国がハイパー・インフレに見舞われて、敵国通貨の購買力が低下することは好ましいことなのですが、法幣経済圏に包囲され、実質的に法幣とリンクしなければ物資が調達できなかった日本軍の占領地域では、法幣に引きずられて軍票の対外相場が下落し、最終的に日銀券の下落へとつながっていく可能性がありました。

 こうした状況の下でも、郵便に関しては“中華郵政”の名の下に統一的に行われていましたから、従来どおり、法幣と連銀券、儲備券を等価で扱って郵便サービスを提供すれば、日本軍の占領地域は大幅な為替差損を被ることになります。現に、法幣の価値が下がるや否や、法幣で購入した切手を連銀券や儲備券、日本軍の軍票などと交換して差益を得る投機が横行するようになり、深刻な問題となっていました。このため、1941年7月以降、とりあえず、通貨が安定している華北の占領地域に他地域で売られた無加刷の切手が持ち込まれるのを防ぐため、順次、従来からの中華郵政の切手に切手の販売地域を特定するための加刷が行われるようになりました。(いわゆる五省加刷)
 
 その後も、華中・華南ではインフレが進行し、華南では1941年12月1日に、華中では同15日に郵便料金が値上げされましたが(いずれも書状基本料金は8分から倍額の16分になりました)、華北では経済状況が比較的安定しており、郵便料金を値上げする必要がありませんでした。この段階では、依然として華中と華南では中華郵政の無加刷の切手が使われていましたので、従前同様、華北でも中華郵政の切手を流通させるため、1942年6月1日、五省加刷に代わり、地域名は一括して“華北”としたうえで、額面の“半価”を表示した切手が発行されました。今回ご紹介のカバーに貼られている切手も、もともとは8分切手だったものを加刷によって半価の4分切手としたもので、書状料金の8分を収めるために2枚貼られています。

 なお、消印の日付は、月の部分の活字がつぶれていて読みづらいのですが、半価加刷切手の発行は6月1日ですので、3ということはありえませんので、6か8のいづれかでしょう。6ということになれば、発行初日の使用例というオマケがつくので、ちょっと嬉しいのですが…。


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 印、火星探査機の打上げ成功
2013-11-06 Wed 10:48
 インド宇宙研究機構(ISRO)は、きのう(5日)、南東部チェンナイ近郊にあるサティシュ・ダワン宇宙センターから、同国初の火星探査機を打ち上げに成功しました。これまでに火星探査を成功させたのは米航空宇宙局(NASA)と旧ソ連、欧州宇宙機関(ESA)のみで、今回の探査機が予定通り来年9月には火星の周回軌道に達すれば、アジア初の快挙となります。という訳で、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       インド最初の人工衛星

 これは、1975年、インド最初の人工衛星アリヤバータの打ち上げ成功を記念してインドが発行した切手です。

 インドの宇宙開発は、1961年、科学技術の発展を重視していたネルー首相が、原子力省を宇宙研究開発の担当と決め、翌1962年に物理学者ヴィクラム・サラバイを長とするインド国立宇宙研究委員会 (INCOSPAR) を立ち上げたことで本格的にスタートしました。

 インドにおけるロケット開発の歴史は古く、19世紀のマイソール戦争(イギリスとインド南部の藩王国マイソールとの戦争)では、マイソール側はロケット花火を使ってイギリスを攻撃。ここからヒントを得たイギリス陸軍が、原初的な形態のロケット・ランチャー(コングリーブ・ロケット)を開発したという歴史もあります。英領インド帝国時代に、シッキム藩王国でロケット・メールが試験的に行われたのも、そうした背景があったためです。

 しかし、独立後のインドの宇宙開発は、弾道ミサイル技術を発展させて宇宙ロケットの技術を獲得するのではなく、当初から、人工衛星の打ち上げを目標としていました。その背景には、開発責任者のサラバイが、NASAの通信・放送衛星に関する研究に参加した経験から、軍用よりも民生用の衛星ロケットの開発に関心を持っていたという事情があったといわれています。

 サラバイは、研究の最初の目標として、放送衛星とその打上機(SLV)の開発を目指し、ケーララ州に設けられたトゥンバ赤道ロケット打上基地(TERLS)では、観測ロケットの打ち上げを繰り返しました。

 サラバイは1971年に亡くなりますが、その4年後の1975年、インド初の人工衛星として打ち上げられたのが、今回ご紹介の切手に取り上げられたアリヤバータです。ちなみに、アリヤバータは、西暦5-6世紀のグプタ朝の時代に活躍した数学者・天文学者で、23歳の時に書いたとされる『アーリヤバティーヤ』は、地動説にたつ宇宙モデルを提示するなど、当時としてはきわめて革新的な内容でした。

 人工衛星のアリヤバータは、X線天文学、超高層大気学、太陽物理学の実験を行うために制作されたもので、制作はインドが独自に行いましたが、1975年4月19日の打ち上げは、インド自前のSLVによってではなく、ソ連によってカプースチン・ヤールからコスモス3Mロケットで打ち上げられました。衛星は、軌道到達の4日後には、電力問題によって実験を中断せざるを得なかったのですが、それでも、インドの宇宙開発史の華々しい成果として、その雄姿は、1976年から1997年まで、2ルピー紙幣の裏面に使用されていました。

 なお、インドが自前のSLVによる衛星の打ち上げに成功したのは1980年のことで、2008年には無人探査機を月の軌道に乗せることに成功しています。今後、インドの宇宙開発計画では、2016年には有人宇宙船の打ち上げを目指すとされており、それが成功した暁には、インド人宇宙飛行士の切手が発行されることはほぼ確実と思われます。


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 切手の帝国:ケープ植民地
2013-11-05 Tue 10:29
 ご報告が遅くなりましたが、大修館書店の雑誌『英語教育』2013年11月号が発売になりました。僕の連載「切手の帝国:ブリタニアは世界を駆けめぐる」では、今回は、三角切手で有名なケープ植民地を取り上げました。その記事の中から、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ケープ植民地(四角)

 これは、1884年にケープ植民地で発行された2ペンス切手で、半立ち姿の“希望の女神”が描かれています。このデザインの切手は、1864年から発行されていますが、1884年以降の切手は錨型の透かしが入っているので容易に区別することができます。

 1864年以降のケープ植民地の切手のデザインは、三角切手同様、チャールズ・ベルが制作しました。基本的なモチーフは、三角切手同様、女神が錨の上に座った姿を描いていますが、画面が縦長になったため、三角切手に比べると背筋が伸びています。また、女神の傍らには、ケープ植民地の産業を象徴するものとして、ワインのブドウと羊も描かれている点にも注目したいところです。

 ケープ植民地では、オランダの初代総督、ファン・リーベックが1655年にブドウの苗木を植え、1659年に最初のワインを生産。その後、この地に亡命してきたユグノーによってワイン産業の基礎が築かれました。

 1778年、ドイツ系移民の血を引くヘンドリック・クローテは、ワイナリー、グルート・コンスタンスを率いて、デザート・ワインの傑作とされる“コンスタンシア”を作り出すことに成功。ヘンドリックの死後、コンスタンシアのワイナリーは息子のヘンドリックJrを経て、孫のヤコブ・ピーターが後を継ぎます。このヤコブ・ピーターはフランス語を巧みに操り、パリにコンスタンシアの代理店を開設しました。

 時あたかも、ナポレオン戦争の時代。フランスのワイン産業が大きな打撃を受けたことに加え、英仏間の貿易も途絶したことから、コンスタンシアはその空白を埋めるかのように、シャトー・ディケム(フランス産の最高級貴腐ワイン)、トカイ(ハンガリー産貴腐ワイン)、マデイラ(ポルトガル産ワイン)に勝るとも劣らぬ最上級のデザート・ワインとしてヨーロッパの上流社会を席捲します。その成功に引きずられるかたちで、他のケープ・ワインもヨーロッパで広く飲まれるようになり、ケープ植民地のワイン産業は急速な発展を遂げていきました。

 ところが、1861年、ナポレオン戦争以来、断絶状態にあった英仏の国交が正常化され、英国内でのフランス製品への輸入関税が大幅に引き下げられると、ケープ・ワインの英国向け輸出は激減。さらに、1866年にはブドウに被害をもたらす害虫、フィロキセラ(ブドウネアブラムシ)が蔓延してケープ・ワインの生産は壊滅的な打撃を受けます。

 ワイン産業に代わり、ケープ植民地の主要な輸出品となったのが羊毛で、1840年代前半には年平均3万ポンドだった輸出高は、1845-50年の5年間に年平均20万ポンドに、さらに、1869年には170万ポンドにまで急増。ケープ植民地の経済を支える主役に躍り出ました。

 今回ご紹介の切手は、まさに、ケープ経済の主役がワインから羊毛へと変わっていく転換期を象徴するかのように、ブドウと羊が並べられているのがミソです。

 ちなみに、ケープ植民地のワイン産業は19世紀末のボーア戦争の影響もあって、長らく低迷の時代が続きましたが、20世紀初頭、南アフリカ連邦成立の前後に北米からフィロキセラに対する耐性があるブドウの苗木が持ち込まれると、ようやく復活。それまでの空白を埋めるかのごとく、ワイナリーが競って生産量を増やしていくことになります。

 なお、ケープワインとその歴史については、拙著『喜望峰』でも解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

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 日本シリーズは楽天が初優勝
2013-11-04 Mon 01:01
 プロ野球の日本シリーズは楽天が巨人を下して球団創設9年で初の日本一となりました。というわけで、きょうは、“イーグルス”ネタということで、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

       マリ・ダルマワシ

 これは、1960年2月13日にマリ連邦で発行された200フランの航空切手で、ダルマワシが描かれています。

 ダルマワシは、アフリカのサハラ以南の、サバンナや低木地、開けた森林に棲むタカ目タカ科の猛禽で、顔と足が赤く ダルマのようにずんぐりした体形をしていることから、この名前が付けられました。英名の“Bateleur”はフランス語で“綱渡り芸人”を意味していますが、これは、明け方の冷え込みが去るとすぐに飛び立って、一日のほとんどを空中ですごし、左右のバランスをとりながら高速で滑空する姿に由来しています。

 第二次大戦後の1958年、仏領西アフリカ連邦を構成していた各植民地は、完全独立を果たしたギニアを除き、フランス共同体内の自治共和国として独立。これを受けて、同年12月末、旧仏領スーダン(現マリ)の首府バマコにスーダン、セネガル、オート・ヴォルタ、ダホメ各地の汎アフリカ主義者らが集まり、新たな連邦を創設してフランスからの完全独立を目指して会議を開催。翌1959年1月17日、セネガルのダカールで開催された“憲法制定会議”において「“マリ連邦”憲法」が承認され、各共和国で国民投票にかけられることになりました。ところが、各地域での国民投票の結果、実際に同憲法を承認したのは旧スーダンとセネガルのみで、“マリ連邦”は、1959年4月4日、両者の連合体としてスタートしました。

 フランスは、当初、マリ連邦の独立を承認せず、フランス本国との国家連合を求めていましたが、最終的に1959年12月11-12日にセネガルのサン・ルイで開催されたフランス共同体委員会でマリ連邦の独立を実質的に承認。1960年6月20日、マリ連邦は正式に独立を達成しました。今回ご紹介の切手が発行されたのは、この間の1960年2月のことですから、フランスによる独立承認からマリ連邦正式発足までの過渡的な時期といえます。

 ところが、連邦のあり方をめぐって、旧スーダンとセネガルとの対立が生じ、2か月後の8月20日、首都ダカールに閣僚が集まり、連邦の新制度や正式な大統領の選出方法などについて討議していたところ、セネガルがマリ連邦からの独立を宣言。旧スーダン側は国連軍の派遣を要請してこれを阻止しようとしましたが、結局失敗し、1960年9月22日、旧スーダンの領域のみで、あらためて現在の“マリ共和国”として独立し、同月28日、国連に加盟しました。

 なお、拙著『マリ近現代史』では、こうして発足したマリ共和国の現在にいたるまでの歴史をヴィジュアル資料も駆使してわかりやすく解説しております。機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。
 

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 一の酉
2013-11-03 Sun 16:01
 きょう(3日)は一の酉です。というわけで、拙著『蘭印戦跡紀行』の増刷を祈願して、蘭印の切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       海軍民政府25セント

 これは、1943年8月8日、日本占領下の蘭印(オランダ領東インド)地域のうち、海軍が占領行政を担当した地域で使用するために発行された“海軍民政府”の25セント切手です。

 1942年1月11日、日本軍はボルネオ島北部のタラカンとセレベス島北部のメナドに上陸。以後、島々の占領を進め、3月20日に蘭印の全地域を占領下に置きました。

 これを受けて、蘭印地域のうち、スマトラ島ジャワ島をのぞく地域(具体的には、ボルネオ島の旧オランダ領地域、セレベス、モルッカ諸島、小スンダ列島、西ニューギニアなど)は海軍が占領行政を担当することになり、セレベス島のマカッサルに南西方面海軍民政府本部が設置され、その下部組織としての海軍民政部がマカッサル(セレベス島)、バリックパパン(ボルネオ島。後に島内のバンジェルマシンに移転)、アンボン(後にバリ島のシンガラジャに移転)の3ヶ所に設けられ、現地の占領行政を担当しました。

 こうした海軍の占領地区では、占領当初、おおむね、接収した蘭印の切手に“大日本”の文字と海軍を示す錨を加刷した切手が使われていましたが、1943年8月以降(一部は7月から)、海軍民政府独自の切手が使われるようになりました。今回ご紹介の切手はそのうちの1枚で、富士山と東南アジアを背景に、国旗と鳶が描かれています。鳶は建国神話に登場する金鵄をイメージしたものですが、実際にこの図案で発行された4種の切手のうち、今回ご紹介の25セント以外は暗青(30セント)・灰緑(50セント)・紫茶(1ギルダー)という刷色ですので、金鵄というイメージとはちょっと違いますな。

 さて、拙著『蘭印戦跡紀行』では、海軍民政府の担当地域の中では、太陽加刷切手で有名なロンボク島のアンペナンについて、過去と現在を歩く旅行記をまとめましたので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

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 “直訴”の葉書
2013-11-02 Sat 11:24
 おととい(31日)行われた秋の園遊会で、参議院議員の山本太郎が陛下に直接手紙を手渡すという“直訴”事件があり、多くの国民から批判を浴びています。というわけで、きょうは、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       オーストリアからラーマ9世宛葉書

 これは、1985年8月、オーストリアからタイのラーマ9世国王陛下宛に差し出された葉書です。内容は、不敬罪で逮捕されたタイ人の釈放を求める嘆願書で、当時、アムネスティの呼びかけで同種のものが世界各国から差し出されています。タイでは、現在でも王室に対する不敬罪が残っていますが、この葉書が差し出された1985年当時、タイは軍事政権下にありましたので、政権批判を展開した人物が“不敬罪”で逮捕されることもあったようで、アムネスティもそのことを問題視したのでしょう。外国の例ではありますが、“陛下”と呼ばれるお立場の方に、直接、その国の政府に対する批判的な意見を伝えるために差し出された“手紙”ということで、ご紹介しました。

 さて、この葉書では、宛先の住所は、エメラルド寺院(ワット・プラケオ)のある“王宮”宛になっていますが、この“王宮”は、現在では、儀式などでは使われるものの、実際に陛下が住んでおられるわけではありません。このことは、“王宮”が連日観光客でにぎわっており、王宮前広場では深夜に及ぶロックコンサートもしばしば行われていることを考えると、容易に想像つくことと思われます。

 それでは、陛下の実際の御座所はどこにあるのかというと、チャオプラヤー川沿いの“王宮”から3キロほど北東にあるドゥシット地区のチットラダー宮殿(1913年建設)です。この葉書も、おそらく、そちらへ転送されたのでしょうが、“直訴”するなら、きちんと調べてから送ればいいのに、とついつい思ってしまいます。

 さて、今回の件に関して、山本は「園遊会のルールを知らなかった」という趣旨の釈明をしているようですが、請願法の第3条には「請願書は、請願の事項を所管する官公署にこれを提出しなければならない。天皇に対する請願書は、内閣にこれを提出しなければならない。」との規定がありますので、今回ご紹介の葉書の差出人同様、宛先をきちんと調べていなかった頓珍漢な行動というしかありませんな。(まぁ、そういう人だからこそ、“直訴”なんかするんでしょうが)

 なお、タイの王宮(旧王宮・ドゥシット地区とも)については、拙著『タイ三都周郵記』でもいろいろとご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 
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 さらば、ギルダー切手
2013-11-01 Fri 15:12
 オランダで、2002年のユーロへの完全移行(決済通貨としての導入は1999年)後も有効とされていた旧ギルダー額面の切手が、本日(1日)をもって、無効となりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       オランダ・1ギルダー加刷

 これは、1923年にオランダで発行された1ギルダー加刷の切手です。当時のオランダでは、1910年発行の17セント半切手に“DIENSTZEGEL PORTEN AANTEEKENRECHT”の文言を加刷し公用切手として使用することを計画していましたが、実際には加刷の公用切手は発行されず、1923年に1ギルダー切手の在庫が不足した際に、あらためて、1ギルダーの額面を加刷した暫定切手として発行されました。“1ギルダー”の加刷文字が派手なので、持ってきてみました。

 さて、ユーロへの完全移行時の旧オランダ・ギルダーとユーロの法定交換レートは1ユーロ=2.20371ギルダー(1ギルダー=0.453780ユーロ)で、2032年1月1日まで、旧ギルダー紙幣はユーロに交換することが可能です。これに対して、コインの交換は2007年1月1日で終了しています。

 切手に関しては、ドイツ、スペイン、ポルトガル、アイルランドなどが、2002年以降、すぐに旧通貨額面の切手を無効にしたのに対して、オランダ郵政は旧ギルダー切手を有効なものとして扱い続けていました。このため、郵便局の現場では、ユーロ額面の切手と旧ギルダー額面の両方を処理するため、郵便物の仕分けや料金計算などに大きなコストがかかっていました。しかし、ユーロへの移行10年を経て、旧ギルダー額面の切手の使用が大きく減少したことから、今回、ユーロ額面の切手のみを有効とすることで、郵便システムを簡略化し、コスト削減を図ったというのが当局の説明です。

 さて、最近、オランダから僕宛に送られてくる郵便物(『蘭印戦跡紀行』の制作時には、結構、オランダの業者さんのお世話になりました)には旧ギルダー額面の切手をべたべた貼ったものが多く、皆さん、有効期限内にできるだけ使い切ってしまおうと頑張っているのがよくわかりました。もっとも、明日以降、無効になった旧ギルダー額面の切手を貼って料金不足となったカバーを送っていただくというのも、それはそれで僕としては楽しめるのですがね。

 
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