内藤陽介 Yosuke NAITO
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 1年間ありがとうございました。
2013-12-31 Tue 08:24
 2013年もいよいよ大晦日です。今年も皆様には本当にいろいろとお世話になりました。おかげさまで、主なものだけでも、下記のような仕事を残すことができました。

 <単行本>
      マリ近現代史   ・『マリ近現代史』 彩流社

      蘭印戦跡紀行・表紙   ・『蘭印戦跡紀行』 彩流社

<連載>
 ・「郵便学者の世界漫郵記」 『キュリオマガジン』(1月~2014年も継続)
 ・「泰国郵便学」 『タイ国情報』(1月号~2014年も継続)
 ・「切手に描かれたソウル」 『東洋経済日報』(1月~2014年も継続)
 ・「切手が語る宇宙開発史」 『ハッカージャパン』(1月~3月)
 ・「小さな世界のお菓子たち」 『Shall we Lotte』(1月~2014年も継続)
 ・「切手で訪ねるふるさとの旅」 『散歩人』(1月~2014年も継続)
 ・「岩のドームの郵便学」 『本のメルマガ』 (1月~2014年も継続)
 ・「切手の帝国:ブリタニアは世界を駆けめぐる」 『英語研究』(4月号~2014年も継続)

<単発モノの論文・エッセイなど>
 ・「シャルジャー展コミッショナー報告」 『全日本郵趣』2013年2月号
 ・「プロパガンダのメディアとしての北朝鮮の切手」 『AJWフォーラム』2013年9月12日号(英語版:N. Korean propaganda stamps a clue to change、The Asahi Simbun)
 ・「八神コレクション③ 切手」 『蒐集家ビジュアルブック① 世界の自転車ミュージアム サイクル・ギャラリー・八神の名品たち』 彩流社

<切手展>
 ・Korea and the Cold War 1945-1953(世界切手展<Thailand2013>)
 ・香港の歴史(全国切手展<JAPEX 13>)

 このほかにも、公私にわたり、実に多くの方々より、ご支援・ご協力を賜りました。関係者の皆様にはあらためてこの場を借りて、皆様に厚くお礼申し上げます。明年も引き続き、ご支援・ご協力を賜りますよう、お願い申し上げます。

 最後に、来る年の皆様のご多幸を心よりお祈り申し上げ、年末のご挨拶といたします。どうぞ、良いお年をお迎えください。

 内藤陽介拝


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 2014年1月2日より、東京・両国の江戸東京博物館で大浮世絵展がスタートしますが、会期中の1月24日13:30より、博物館内にて「切手と浮世絵」と題するトーク・イベントをやります。

 参加費用は展覧会の入場料込で2100円で、お申し込みは、よみうりカルチャー荻窪(電話03-3392-8891)までお願いいたします。展覧会では、切手になった浮世絵の実物も多数展示されていますので、ぜひ遊びに来てください。

 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

大浮世絵展・紹介記事


 ★★★  絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩  ★★★

 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

 新たに富士山が登録されて注目を集めるユネスコの世界遺産。 いずれも一度は訪れたい魅力的な場所ばかりですが、実際に旅するのは容易ではありません。そこで、「小さな外交官」とも呼ばれる切手や絵葉書に取り上げられた風景や文化遺産の100年前、50年前の姿と、講師自身が撮影した最近の様子を見比べながら、ちょっと変わった歴史散歩を楽しんでみませんか? 講座を受けるだけで、世界旅行の気分を満喫できることをお約束します。

 詳細はこちら。皆様の御参加を、心よりお待ちしております。


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は1月7日(原則第1火曜日)で、以後、2月4日と3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 世界の自転車ミュージアム
2013-12-30 Mon 15:44
 世界屈指の自転車コレクションで知られるサイクル・ギャラリー・ヤガミ(名古屋市)の名品を集めた『(蒐集家ビジュアルブック①)世界の自転車ミュージアム:サイクル・ギャラリー・ヤガミの名品たち』(八神史郎著・彩流社)が、本日(30日)付で刊行となりました。同書には、サイクル・ギャラリー・ヤガミ所蔵の自転車切手の中から興味深いモノを選んで紹介する1章があり、僕が原稿を書いています。きょうは、その一部として、こんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます。なお、右側には同書の表紙画像を貼っておきました)

      スイスの軍事切手(銀輪部隊)     世界の自転車ミュージアム・表紙

 これは、第二次大戦中のスイスで使われた軍事切手のうち“銀輪部隊”を描いた1枚です。

 かつて、多くの国では、軍務についている兵士・下士官に対しては、毎月1人あたり一定の枚数(1ヵ月書状2通分というケースが多い)の軍事切手が無償配布され、その“切手”を貼れば郵便物料金は免除で取り扱われるという特典が与えられていました。これがいわゆる軍事切手で、“永世中立”を守るため、18歳から48歳までのすべての男子に兵役を課しているスイスでは、師団ごとに独自のデザインの軍事切手が作成され、兵士・下士官に配給されています。

 多くの国では、軍事切手は実用性重視の立場から紋章などの単純なデザインのモノ既存の切手に加刷したモノが主流となっていますが、スイスの場合は、兵士たちの生活や活動などを取り上げています。特に、第二次大戦中、ナチス・ドイツの侵攻を防ぐためにドイツとの国境に派遣された部隊用の切手の中には、スイス銀輪部隊の活躍を生き生きと描いたモノが少なからずあり、我々の目を楽しませてくれます。

 さて、切手に取り上げられているスイスの軍用自転車は、1905年に製造が開始されたモデルをベースにしているため、一般に05型と呼ばれているものです。わが国の38式歩兵銃も日露戦争中の1905年から太平洋戦争終戦の1945年まで使われた“ロングセラー”でしたが、05型はそれをはるかにしのぎ、1995年まで90年間の長きにわたり、首都ベルンの北方40キロのクルフェーヴル市に本社を構えるコンドール社で製造されていました。ただし、製造台数は累計で5万代と決して多くはありません。

 05型は耐久性に優れた軍用車両向きのモデルでしたが、いかんせん、1980年代に入ると年式が古すぎて部品の調達が困難になったことに加え、兵士たちの体格が向上してフレームサイズが合わなくなったこともあり、1990年からは新たに90型モデルが導入されるようになりました。90型では、05型の耐久性はそのままに軽量化が図られているほか、7段ギヤや油圧ブレーキが装着され、サドルとハンドルの調整が容易になるなどの改良が施されています。

 さて、『世界の自転車ミュージアム』の“切手”の章では、このほかにも、マフェキング(マフィケング)で発行された世界最初の自転車切手、1894年のカリフォルニアでの自転車郵便用の切手、アジア諸国の輪タクの切手、東トルキスタンの自転車切手、スイス軍事切手の銀輪部隊、韓国自転車史と切手、ナチスに抵抗して亡くなった自転車選手の切手、東京五輪の自転車切手、郵便配達の自転車、ツール・ド・フランスの切手、などのコラムを設け、さまざまな切手をご紹介しております。機会がありましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 2014年1月2日より、東京・両国の江戸東京博物館で大浮世絵展がスタートしますが、会期中の1月24日13:30より、博物館内にて「切手と浮世絵」と題するトーク・イベントをやります。

 参加費用は展覧会の入場料込で2100円で、お申し込みは、よみうりカルチャー荻窪(電話03-3392-8891)までお願いいたします。展覧会では、切手になった浮世絵の実物も多数展示されていますので、ぜひ遊びに来てください。

 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

大浮世絵展・紹介記事


 ★★★  絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩  ★★★

 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

 新たに富士山が登録されて注目を集めるユネスコの世界遺産。 いずれも一度は訪れたい魅力的な場所ばかりですが、実際に旅するのは容易ではありません。そこで、「小さな外交官」とも呼ばれる切手や絵葉書に取り上げられた風景や文化遺産の100年前、50年前の姿と、講師自身が撮影した最近の様子を見比べながら、ちょっと変わった歴史散歩を楽しんでみませんか? 講座を受けるだけで、世界旅行の気分を満喫できることをお約束します。

 詳細はこちら。皆様の御参加を、心よりお待ちしております。


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は1月7日(原則第1火曜日)で、以後、2月4日と3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 おかげさまで130万PV
2013-12-29 Sun 11:32
 けさ、カウンターが130万PVを超えました。いつも、遊びに来ていただいている皆様には、この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。というわけで、額面“130”の切手のなかから、こんな1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       マリ・象の鼻はなぜ長い

 これは、1976年7月26日にアフリカのマリが発行した“子供の本”の130フラン切手で、キプリングの童話『象の鼻はなぜ長い』の1場面が取り上げられています。

 『象の鼻はなぜ長い』は、昔、象の鼻は短かったが、好奇心の旺盛な小象がワニに質問したところ、鼻をかまれて川に引きずり込まれそうになり、抵抗してワニを追い払ったものの、鼻がすっかり伸びてしまい、その子孫が鼻の長い象になったというストーリーで、切手には、小象とワニの格闘場面が取り上げられています。木の上からそれを見物しているヘビの姿があるのも、巳年の年末に相応しい1枚といえるかもしれません。

 さて、キプリングは1865年に英領インド帝国時代のボンベイで生まれ、1936年にロンドンで亡くなった英国人の作家で、英領インド帝国を舞台にした作品で知られていますが、現在のマリ共和国の前身にあたる仏領スーダンとはほとんど無関係です。ただし、切手に取り上げられた『象の鼻はなぜ長い』に登場するワニとゾウはマリとも深い関係があります。

 このうち、ワニについては、首都バマコの地名の由来が“ワニの川”または“ワニの背”を意味する現地語(バンバラ語)であり、バマコ市の紋章にはワニが描かれています。

 一方、ゾウについては、現在でもマリ国内にも野生のゾウが棲息しているほか、ディズニーのダンボのモデルとしもいわれるジャンボが仏領スーダンの生まれという事情があります。

 ジャンボはオスのアフリカ象で、1861、仏領スーダン生まれ。フランス・パリの動物園を経て、1865年、ロンドン動物園に移され、そこで“ジャンボ”の名(名前の由来については、スワヒリ語の挨拶に求めるのが一般的ですが、異説もあります)を与えられ、人を乗せるアトラクションを行い、有名になりました。

 その後、1882年にバーナム・アンド・ベイリー・サーカスに売却され、同サーカス団の宣伝により、ジャンボという名前に“巨大”というイメージが定着することになりました。1885年、鉄道事故で死亡すると、その骨格はニューヨークの米国自然史博物館に、剥製にされた皮はサーカスの巡業に伴って各地をめぐった後、タフツ大学に寄贈されました。ただし、この剥製は1975年の火災で焼失し、現存していません。今回ご紹介の切手が発行されたのは、その翌年の1976年のことでしたから、数ある“子供の本”の中から、この題材を選ぶ際には、そのことも意識されていたのかもしれません。

 なお、仏領スーダンとマリ共和国については、拙著『マリ近現代史』で、歴史のみならず、さまざまな角度からご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。 
 

 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 2014年1月2日より、東京・両国の江戸東京博物館で大浮世絵展がスタートしますが、会期中の1月24日13:30より、博物館内にて「切手と浮世絵」と題するトーク・イベントをやります。

 参加費用は展覧会の入場料込で2100円で、お申し込みは、よみうりカルチャー荻窪(電話03-3392-8891)までお願いいたします。展覧会では、切手になった浮世絵の実物も多数展示されていますので、ぜひ遊びに来てください。

 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

大浮世絵展・紹介記事


 ★★★  絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩  ★★★

 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

 新たに富士山が登録されて注目を集めるユネスコの世界遺産。 いずれも一度は訪れたい魅力的な場所ばかりですが、実際に旅するのは容易ではありません。そこで、「小さな外交官」とも呼ばれる切手や絵葉書に取り上げられた風景や文化遺産の100年前、50年前の姿と、講師自身が撮影した最近の様子を見比べながら、ちょっと変わった歴史散歩を楽しんでみませんか? 講座を受けるだけで、世界旅行の気分を満喫できることをお約束します。

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 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

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 1964年の聖火台、保存決定
2013-12-28 Sat 13:16
2020年夏季五輪・パラリンピックに向け、建て替えが予定されている国立競技場の聖火台について、文部科学省は、改修後の“新国立競技場”で保存することを決めました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      東京五輪・聖火台

 これは、1964年の東京五輪の記念切手のうち、9月9日の聖火リレーの国内到着にあわせて発行された5円切手で、国立競技場の聖火台が描かれています。

 1964年8月21日、ギリシャ国王臨席の下、オリンピアの遺跡で採火されたオリンピックの聖火は、当初、9月6日に日航機シティ・オブ・トーキョーで香港から那覇に到着する予定でした。

 ところが、当日、香港は台風に見舞われ、聖火を運ぶべく待機していたシティ・オブ・トーキョー機は補助翼が破損。救援のため、東京から急派された代替機も出発時にはエンジンの不調で離陸できなくなってしまいました。

 結局、このときはさらに後続の日航機を手配して聖火を那覇まで運んだものの、那覇への聖火の到着は1日おくれて9月7日になり、当時の琉球郵政が予定していた「オリンピック聖火リレー」の記念切手発行も、一日延期されています。このように、那覇への聖火到着は1日遅れましたが、組織委員会は沖縄島内での聖火リレーの一部を分火で済ませ(こうした“内地”の措置に対して、当然のことながら、沖縄内では不満の声も根強かったようです)、日本本土のリレー出発地である鹿児島・宮崎・千歳(北海道)には当初の予定通り、9日に聖火を到着させました。

 今回ご紹介の切手はこれにあわせて発行されたもので、郵政省の報道発表によると、図案は「聖火台と競技人物を描き五輪マークを配したもの」です。

 五輪の聖火台は直径・高さ2.1mで重さは2.6t。国立競技場のバックスタンドの中央最上段に設置されており、大会前の1958年、埼玉県川口市の鋳物職人、鈴木萬之助・文吾の父子によって鋳造されました。制作作業中の1957年末、高温で溶かした鉄を型枠に流し込む際に、型枠が崩壊。そのショックと過労で萬之助は倒れ、1週間後に亡くなったため、遺された文吾は一から作業をやり直して完成させたという逸話が残っています。

 現在の国立競技場を取り壊して建て替える計画が浮上すると、鋳物の街・川口市などが聖火台の保存を求める要望書を提出したほか、東日本大震災の被災地・宮城県石巻市でも誘致に取り組む動きがでてきたことから、文科省でも保存を決定。新競技場が完成する予定の2019年まで、聖火台を両市などに貸し出すことも検討されているそうです。

 なお、今回ご紹介の切手を含む東京五輪の切手については、拙著『切手百撰』でもカラーでご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 2014年1月2日より、東京・両国の江戸東京博物館で大浮世絵展がスタートしますが、会期中の1月24日13:30より、博物館内にて「切手と浮世絵」と題するトーク・イベントをやります。

 参加費用は展覧会の入場料込で2100円で、お申し込みは、よみうりカルチャー荻窪(電話03-3392-8891)までお願いいたします。展覧会では、切手になった浮世絵の実物も多数展示されていますので、ぜひ遊びに来てください。

 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

大浮世絵展・紹介記事


 ★★★  絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩  ★★★

 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

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 詳細はこちら。皆様の御参加を、心よりお待ちしております。


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は1月7日(原則第1火曜日)で、以後、2月4日と3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 泰国郵便学・番外編
2013-12-27 Fri 12:00
 ご報告が遅くなりましたが、財団法人・日本タイ協会発行の『タイ国情報』第47巻第6号ができあがりました。僕の連載「泰国郵便学」は、今回は番外編として、今年(2013年)行われた“タイ郵政130年”の記念事業について、8月の世界切手展を中心に、現地取材の結果などを踏まえてレポートしました。その中から、きょうはこの切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      バンコク展(2013年)第1次

 これは、8月2日から14日まで、バンコクのサイアム・パラゴン内のパラゴン・ホールで開催された世界切手展<Thailand 2013>(以下、バンコク展)の周知宣伝を兼ねて、2012年10月3日に発行された8種セットの第1次記念切手です。

 切手に取り上げられているのはタイ各地の民芸品で、具体的には、①ラーンナー形式の燈籠と唐傘(上段左の2枚。ちなみに、チェンマイ近郊のボー・サーンは伝統的な唐傘の生産地として有名)、②東北地方・ヤソートーンのブン・ハイファイ(ロケット祭り)と東北地方の伝統的な楽器のケーン(上段右の2枚)、③土人形と陶器(下段左の2枚。陶器はコラート近郊のダーン・クイアン陶器村のものとセラドン)、④南部の伝統的な漁船(の玩具)と木の鳥籠(下段右の2枚。ちなみに、南部の都市ナラティワットは、タイ各地や隣国マレーシアから数千人の愛鳥家が集まって鳥の鳴き声を競わせる大会が行われることで有名)、です。

 切手には、展覧会のロゴマークが小さく入っているものの、切手や郵便を連想させるような要素はほとんどありませんので、2013年3月に発行されたバンコク展の第2次記念切手とともに、一見しただけでは、これが世界切手展の周知・宣伝を兼ねた記念切手であると理解できる人は多くはないでしょう。

 もちろん、切手は郵便物に貼られて全世界を流通することから、発行の国の文化遺産や風景、特産品などを海外に宣伝するメディアとしての機能を持っていますので、それゆえ“小さな外交官”と呼ばれることもあります。実際、今回の切手展に際しても、タイ郵政は、切手からは世界の文化や歴史についての多種多様な知識が得られることを強くアピールするようなポスターや看板を制作し、BTSの駅などにも掲示していました。(下の画像左は、BTSの駅のプラットホームに貼られていた切手展のポスターで、モナリザをはじめ、世界各国の芸術作品などを紹介する切手がちりばめられています。同じく右は、サイアム・パラゴンの外壁の宣伝用看板で「切手に描かれた偉大なる遺産」のスローガンの下、世界各地の風景が取り上げられています。この看板はBTSの駅改札周辺から見える位置に掲げられていました。)

     バンコク展・駅貼りポスター     サイアムパラゴン外壁の宣伝

 したがって、全世界の切手関係者が注目する世界切手展という場を活用して、タイの自然や文化を広く内外に紹介する切手が発行されても、そのこと自体は何ら不思議ではないのですが、それならば、切手展の記念切手には(おそらく無名の作者による)民芸品や工芸品ではなく、オーソドックスにタイを代表するような題材を取り上げても良かったのではないかとの疑問と違和感が、僕にはぬぐえませんでした。

 そうした疑問を持ったまま切手展の会場に足を運んでみたところ、会場入口の正面奥にはステージと入口近くのパビリオン(王室関連の展示や、世界の珍品・稀品を集めた“コート・オブ・オナー”の展示がありました)との間のスペースは、いわゆる一村一品運動(OTOP)関連の展示と実演販売が行われているのをみて、ようやく、切手展と記念切手の関係が見えてきました。(下の画像左は、切手展会場内での切手に取り上げられたのと同じ陶器の製作実演風景で、右は民芸品を取り上げた切手と実物の民芸品の展示風景です)

       バンコク展・陶器実演     バンコク展・一村一品

 世界切手展を開催するためには巨額の経費が必要であり、いくら、切手収集家として知られるシリントーン王女の後ろ盾があるからといって、タイランド・ポストが単独でそれを全額負担するのは容易ではないはずです。したがって、イベントの趣旨として、ただ単に切手(収集)や郵便文化の新興を謳うだけではなく、他の企業等が援助しやすい名目が必要になります。

 こうした文脈で考えてみると、王女が収集家であるということに加え、OTOPに賛同して各地の民芸品・工芸品を宣伝する記念切手を発行し、切手展の会場でも僻地の自立支援を応援する場を設けるという2枚看板は、企業などが協賛しやすい環境をつくるうえで重要な仕掛けになっているのではないかと思います。ただし、そうした構造は、やはり、実際に切手展の会場を訪れてみないとわからないわけで、あらためて、現場に足を運ぶ取材の重要性を認識させられました。

 なお、今回の記事では、このほかにも、切手展の運営や展示内容についてのレポート、タイ郵政130年記念事業の一環として行われたバンコク中央郵便局の全面リニューアル工事、さらには、タイ郵政が“正史”として4巻本の『タイ切手130年史』の紹介なども書きました。機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いせす。


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 2014年1月2日より、東京・両国の江戸東京博物館で大浮世絵展がスタートしますが、会期中の1月24日13:30より、博物館内にて「切手と浮世絵」と題するトーク・イベントをやります。

 参加費用は展覧会の入場料込で2100円で、お申し込みは、よみうりカルチャー荻窪(電話03-3392-8891)までお願いいたします。展覧会では、切手になった浮世絵の実物も多数展示されていますので、ぜひ遊びに来てください。

 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

大浮世絵展・紹介記事


 ★★★  絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩  ★★★

 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

 新たに富士山が登録されて注目を集めるユネスコの世界遺産。 いずれも一度は訪れたい魅力的な場所ばかりですが、実際に旅するのは容易ではありません。そこで、「小さな外交官」とも呼ばれる切手や絵葉書に取り上げられた風景や文化遺産の100年前、50年前の姿と、講師自身が撮影した最近の様子を見比べながら、ちょっと変わった歴史散歩を楽しんでみませんか? 講座を受けるだけで、世界旅行の気分を満喫できることをお約束します。

 詳細はこちら。皆様の御参加を、心よりお待ちしております。


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 安倍首相が靖国参拝
2013-12-26 Thu 14:44
 安倍晋三首相が、けさ(26日午前)、東京・九段北の靖国神社を参拝しました。現職首相の参拝は小泉政権時代の2005年8月17日以来7年ぶりだそうです。というわけで、きょうはストレートにこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      靖国27銭

 これは、1945年2月2日に発行された靖国神社の大鳥居を描く27銭切手です。

 靖国神社のシンボルともいうべき大鳥居(第一鳥居)は、じつは、神社創建の時からあったわけではなく、大正時代の1921年になって建てられたものです。なお、これ以前に、現在第二鳥居となっている鳥居が、1887年に大阪の砲兵工廠で作られて運び込まれています。

 大鳥居は、柱を地面に対して垂直に立てて笠木(上の横木)を乗せた神明系といわれる形式ですが、笠木が丸太状なのに対して、貫(柱の途中に渡されている横木)が角材で柱を貫通していない独特のスタイルになっています。これは、靖国神社だけでなく、全国の護国神社に共通して見られる形式で、一般に“靖国鳥居”と呼ばれています。

 いわゆる太平洋戦争が始まると、戦意高揚を兼ねて、普通切手の図案公募が行われ、入選作品を図案とする切手の発行が開始されました。靖国神社のデザインは森勝三郎の作品で、まずは、1943年2月21日、当時の速達ならびに書留料金用の17銭切手として発行されました。当然のことながら、森の原画は、1921年に建てられた大鳥居を描いたものです。

 ところが、戦時下で十分なメンテナンスが行われなくなっていた大鳥居は、表面の青銅が剥がれ落ち、内部の鉄骨も腐食が進んだため、切手発行後の1943年、①戦争終結後に必ず再建すること、②解体後の銅と鉄は戦争に使うこと、などを条件に軍部によって撤去されてしまい、代わりに木造の仮鳥居が建てられました。

 その後、1944年4月1日の郵便料金改正により速達ならびに書留料金が27銭になったことから、靖国神社の旧大鳥居のデザインはそのままに、額面と刷色を変更して、1945年2月2日に発行されたのが、今回ご紹介の切手です。したがって、この切手が世に出た時には、切手に描かれた鳥居は世の中に存在していなかったということになりますな。

 1943年の大鳥居撤去の際の経緯から、関係者の間では、戦後、早急に大鳥居を再建したいという希望が強くありました。しかし、敗戦により靖国神社の存続そのものが危ぶまれるような状況でしたから、大鳥居の再建など夢のまた夢という状況がしばらく続きました。結局、戦後20年近く経った1974年になって大鳥居は再建されるのですが、世論の反対を考慮して再建計画は極秘裏に進められ、マスコミに情報が漏れるのを防ぐため、資金の調達も、企業からの大口の寄付ではなく、個人から少額の寄付を幅広く募るという方法がとられています。

 大鳥居の再建に際しては、とにかく“日本一の大鳥居”を作るということが関係者の間の総意となっていたようで、見積りが開始された後になって、栃木県に当時日本一の大きさの鳥居が完成すると、急遽、仕様が変更されるということまであったそうです。
 
 設計陣は、当初、30メートルないしは35メートルの鳥居を目指していたともいわれていますが、結局、再建された大鳥居は、柱の高さが25メートル、笠木が約34メートルというサイズになりました。総重量は約100トン。これを支えるため、鉄に炭素・硅素・マンガンなどを加えた耐候性高張力鋼板という特別な合金が使われています。

 さて、あらためて言うまでもないことですが、靖国神社には帝国陸海軍の軍人として戦い、亡くなった台湾・朝鮮などの方々の霊も祀られており、僕たちは、そうした“外地”出身の英霊の方々にも感謝と哀悼の意を示しています。靖国“神社”だからけしからんという人もあるのかもしれませんが、どんな国家もその国家なりのやり方で、自国のために亡くなった方に対して慰霊の誠をささげる権利はあるわけで、そのやり方が気に入らないからと言ってクレームをつけるのは、いわば、他人の家の葬式なり法事なりに入り込んできて妨害するのと同じことですから、実に非礼な話と言わざるを得ません。

 こういうと、靖国神社には、いわゆるA級戦犯が合祀されており、中国・韓国が反発するから参拝はいけないという反論が必ず出てくるのですが、それなら、たとえば、韓国・ソウルの銅雀にある国立顕忠院を参拝することについて異議を唱える韓国人がいるのでしょうか。顕忠院は、独立運動家や国家功労者、朝鮮戦争、ベトナム戦争の戦死者、朴正煕元大統領など歴代大統領が祀られている施設です。現在の韓国の左派勢力の中には、日本統治時代はもとより、1987年の民主化以前は人権抑圧の暗黒時代だと主張する人もいるようですが、それなら、そうした人権抑圧の最大の象徴である朴正熙と国家の英霊を同等に扱うのはけしからんという主張が出てきてもおかしくないのですが、寡聞にして、靖国批判をする人がそういっているのは聞いたことがありませんな。

 いずれにせよ、この7年間は韓国の顕忠院や米国のアーリントン国立墓地には献花しても、靖国神社には参拝しない総理というのが続いていたことは紛れもない事実です。今回の一件で、日本政府の最高責任者が、他国の戦没者を追悼することはできても、自国の英霊は無視するという、明らかに歪んだ状況が改善されるきっかけになれば良いですね。


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 2014年1月2日より、東京・両国の江戸東京博物館で大浮世絵展がスタートしますが、会期中の1月24日13:30より、博物館内にて「切手と浮世絵」と題するトーク・イベントをやります。

 参加費用は展覧会の入場料込で2100円で、お申し込みは、よみうりカルチャー荻窪(電話03-3392-8891)までお願いいたします。展覧会では、切手になった浮世絵の実物も多数展示されていますので、ぜひ遊びに来てください。

 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

大浮世絵展・紹介記事


 ★★★  絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩  ★★★

 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

 新たに富士山が登録されて注目を集めるユネスコの世界遺産。 いずれも一度は訪れたい魅力的な場所ばかりですが、実際に旅するのは容易ではありません。そこで、「小さな外交官」とも呼ばれる切手や絵葉書に取り上げられた風景や文化遺産の100年前、50年前の姿と、講師自身が撮影した最近の様子を見比べながら、ちょっと変わった歴史散歩を楽しんでみませんか? 講座を受けるだけで、世界旅行の気分を満喫できることをお約束します。

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 Merry Christmas!
2013-12-25 Wed 03:37
 きょう(25日)はクリスマスです。というわけで、ストレートにキリスト降誕の場面を取り上げたこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       マリ・クリスマス(1970)

 これは、マリで発行された1970年用のクリスマス切手のうち、キリスト降誕の場面を描いた1530年頃の宗教画の切手です。

 18世紀後半、ヨーロッパではアフリカに関する学術的な関心が高まると、英国のアフリカ探検協会は、1788年から1798年にかけて、3次に渡るニジェール川の探検隊を派遣。最初の2回の探検隊はニジェール川流域に到達できませんでしたが、1796年になって、ようやく、マンゴ・パークがニジェール川に到達します。

 以後、ヨーロッパ人による西アフリカの探検が進められることになりますが、これに伴い、この地域へのキリスト教の布教も検討されるようになります。

 もともと、カトリック教会はアルジェリアやテュニジアでの信徒の拡大を目指していましたが、北アフリカの地域はムスリムの社会的な影響力が強く、住民を改宗させるのは容易なことではありませんでした。

 このため、1867年にアルジェリアの大司教となったシャルル・ラヴィジュリーは、1868年にサハラ・スーダン知牧区を設定したうえで、1876年1月15日、3人の宣教師にキャラバン隊を組織させ、遊牧民のトゥアレグ人を案内役として、サハラ砂漠を越えてトンブクトゥを目指す布教の旅に送り出します。ところが、宣教師たちは途中でトゥアレグ人の裏切りに遭って殺害されてしまいました。

 その後、1881年12月18日には、あらためて、サハラ越えの宣教師のキャラバンがテュニジアを出発しましたが、またしても途中でトゥアレグ人のガイドに殺害されてしまい、カトリック教会はサハラ越えのルートでトンブクトゥに入り、布教を行うというプランは断念せざるをえなくなりました。

 そこで、1885年、オーギュスタン・アカール神父はサハラ越えではなく、フランスの拠点であったセネガルから西アフリカ内陸に向けて出発し、4月1日、ニジェール内陸デルタの端に位置するセグーに到着。5月2日にはデルタ北端のトンブクトゥに到達し、1899年までに、セグーにおけるカトリック教会の基盤を築くことに成功しました。これとは別に、1843年にセネガルに支部を設けた聖霊修道会も、1888年にはキータに、1892年にはカイに布教のための拠点を設定。こうして、19世紀末、現在のマリの地域がフランスの植民地になるのと軌を一にして、現地での布教活動が進められるようになりました。

 もっとも、フランスの植民地時代を通じて、現在のマリに相当する地域でのクリスチャンの人口は大幅に増えたということはなく、現在でも、人口の90%がムスリムであるのに対して、クリスチャンは5%程度にとどまっています。ただし、フランス植民地時代の名残に加え、クリスチャンの多くは植民地時代以来のエリート層であるため、人口に比べて社会的な影響力は大きく、クリスマスは国の祝日に指定されています。

 クリスマスのイベントとしては、イヴの24日から教会でオールナイトのミサが行われ、主要各言語での賛美歌が歌われるなど、本来の宗教行事としての色彩が色濃く残っており、プレゼントの交換などはごく一部の富裕層の間でしか行われていないそうです。

 なお、キリスト教を含め、マリにおける諸宗教については、拙著『マリ近現代史』でもいろいろとご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


 ★★★  絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩  ★★★

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 カラシニコフ没す
2013-12-24 Tue 11:47
 自動小銃“AK-47”の生みの親として知られるロシアの銃器設計者、ミハイル・カラシニコフ氏(以下、敬称略)が、きのう(23日)、ウラル地方のイジェフスクの病院で亡くなりました。享年94。謹んでご冥福をお祈りいたします。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       モザンビーク独立3周年

 これは、1978年にモザンビークが発行した独立3周年の小型シート(単片の記念切手4種を収めた無目打のモノで、目打状の印刷あり)で、右上の切手にはモザンビークの国章(当時)が、左上にはモザンビーク国旗(当時)が取り上げられています。余白には、初代大統領のサモラ・マシェルによる独立宣言の写真が印刷されています。

 現在のモザンビークの国旗と国章は、切手に取り上げられたものとは若干違うのですが、(モザンビーク政府の説明による)基本的なコンセプトとして、国民の連帯(と社会主義)を示す星、独立への苦闘(あるいは国土の防衛と警備)を示すAK-47、農業と農民を示す鍬、工業と労働を示す歯車、教育を示す本というシンボルは変わらずに受け継がれています。

 描かれている“AK-47”については、モザンビーク独立戦争が始まったのが1964年であることから、厳密にいうと、1949年にソ連軍が正式化したオリジナルのAK-47ではなく、その改良型として1959年に正式化されたAKMをシンボル化したものではないかと思います。ただし、AKMを含め、AK-47から派生した同系統の銃については、一般にAK-47と総称されることも多いので、モザンビーク政府の説明についても、目くじらを立てることもなさそうです。いずれにせよ、AK-47が、一国の国旗・国章に独立の象徴として描かれるほどの重要な存在であったことは記憶にとどめておいてよいでしょう。

 AK-47を設計したカラシニコフは、1919年11月生まれ。独ソ戦が勃発すると戦車長として従軍しましたが、1941年10月に重傷を負いました。この時の経験から、圧倒的な戦闘力のドイツ軍に対抗すべく銃器設計の道を志し、療養中に処女作としてサブマシンガンを設計。この銃自体は軍用として採用されなかったものの、これがきっかけで、当時、ソ連最高の重機設計者として知られていたフィヨドル・バジレヴィッチ・トカレフに才能を認められ、1943年、ソ連最大の兵器工場だったトゥーラ造兵廠に迎えられました。

 トカレフによれば、銃器は緻密・精密な芸術品に近い存在であり、部品と部品の間は「蚊のクチバシも入れるな」「女と抱き合うように密着させよ」という発想に基づいて設計されるべきものでした。しかし、実際の戦場はトカレフの“芸術品”に取ってはあまりにも過酷な環境で、たとえば、薬室にゴミが入ると次の弾が発射できなくなるなどの致命的なトラブルが続出しました。

 そこで、カラシニコフは発想を180度逆転させ、専門教育を受けていない新兵にも扱いやすいよう設計を極端に単純化するとともに、部品と部品の間に“遊び”を作ることで手入れをしやすくしたAK-47を設計しました。新しい銃は、命中精度こそやや劣っていたものの、シンプルな設計ゆえに量産に適していたことに加え、泥汚れなどにも耐える確実な作動性を実現。多くの軍人から信頼を得て、1950年代以降、旧共産圏をはじめ、発展途上国などで急速に普及することになりました。その一方で、ソ連およびロシア政府は、AK-47の製造・売買・使用に関する国際的な規制をほとんど設けていないため、不正な武器ブローカーを通じて、武装民兵、犯罪者、テロリストがAK-47で武装し、世界各国の紛争やテロを悪化させるという負の側面ももたらしています。

 こうした現状に対して、カラシニコフ本人は「銃はあくまで祖国を守るために開発したもので、このような状況は予想しておらず、残念なことである」とコメントしています。このあたりは、ダイナマイトの発明者アルフレッド・ノーベルにも通じるところがありますな。武器イコール悪と短絡的に考えがちな方には、こうした開発者の苦悩はわからないのかもしれませんが…。

 なお、世界の紛争地域にAK-47が蔓延している原因のひとつとして、中国によるAK-47のコピー生産の問題がありますが、この点について、生前のカラシニコフは「中国はライセンス切れにもかかわらず、ロシア政府や関係者にことわりなくAKの生産を続けている。彼らは、買い手さえあればどこにでも売る。それがAKの評価を落とすことになる。開発者としてはきわめて不愉快なことだ。」と嫌悪感をあらわにしていました。このことは、故人の名誉のためにも、決して忘れてはなりますまい。


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 小さな世界のお菓子たち:クッキーの切手
2013-12-23 Mon 15:58
 大手製菓メーカー(株)ロッテの季刊広報誌『Shall we Lotte(シャル ウィ ロッテ)』の第22号(2013年冬号)ができあがりました。僕の連載「小さな世界のお菓子たち」では、今回は、クリスマス・シーズンでもありますので、こんな切手を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

       カナダ・クリスマス切手(2012)

 これは、カナダで発行された2012年用のクリスマス切手3種を収めた小型シートです。なお、カナダではケベックの問題もあり英語とフランス語が公用語として平等の地位にあるため、切手にも、英語のクリスマスとフランス語のノエルが併記されていますが、国名の“カナダ”はどちらの言語でも同じスペルのため、一つの身の表示となっています。

 欧米のキリスト教文化圏ではクリスマスの風物詩ともなっているジンジャー・クッキーは、国や地域によってさまざまなバリエーションがありますが、カナダでは、特産のメープル・シロップを使うのが定番で、紺枚ご紹介の切手の主題にもなっています。

 切手はカナダ国内宛・米国宛・それ以外の国際郵便用の基本料金(ちなみに、カナダでは重さ30グラムまでの封書とはがきの料金は同じです)用の3種類で、それぞれ、異なったデザインのクッキーが取り上げられています。

 このうち、国内宛料金用の切手には、額面の数字の代わりに、カナダのシンボルであるメープル・リーフにPの文字が入っている点にご注目ください。このPの文字は“永久の”を意味する“Permanent”の頭文字で、将来的に郵便料金が値上げされても、この切手がずっと国内宛郵便の基本料金の切手として有効であることを示しています。こうした切手は“永久保証切手”と呼ばれており、近年、欧米では広く見られるスタイルです。

 ちなみに、この切手が発売された当時のカナダの国内宛郵便物の基本料金は61セント(以下、金額はいずれもカナダ・ドル)でしたが、年が明けた2013年1月16日からは63セントに値上げされました。米国宛の料金も1ドル5セントから1ドル10セントへ、その他の国際郵便も1ドル80セントから1ドル85セントに値上げされています。

 カナダの郵便料金は、2010年以降、毎年1月に値上げされるのが恒例となっていますので、値上げ直前のクリスマスシーズンに、こうした無額面の“永久保証切手”を駆け込みで購入する人も少なくありません。カナダ郵政としては、そうした駆け込み需要に加え、切手を買い込んだ人たちが結果的に郵便を利用してくれれば、電子メールなどの発達による手紙離れも食い止めることができると考えているようです。

 なお、最近のカナダのクリスマス切手には年号が入っていませんので、理屈の上では、以前に発行された永久保証切手を貼って今年のクリスマス・カードを送ることも可能なのですが、実際には、今年のカードには今年発行の切手を貼って出す人の方が多いのだとか。やはり、グリーティング・カードを出すのは、お金の損得よりも、気持ちの問題が大事ですからね。


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 バイエルンМが2013年5冠
2013-12-22 Sun 09:12
 サッカーのトヨタ・クラブワールドカップ(W杯)は21日(日本時間22日未明)、モロッコのマラケシュで決勝が行われ、バイエルン・ミュンヘン(ドイツ、以下、バイエルンM)が2―0でラジャ・カサブランカ(モロッコ)を下し、初優勝を飾りました。バイエルンMは欧州代表として2大会ぶりの優勝で、チームは昨季の欧州CL、ブンデスリーガ、ドイツ杯、今季の欧州スーパー杯に続き、ことし5つ目のタイトル獲得だそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       バイエルン・ミュンヘン(1997)

 これは、1997年10月16日、ドイツ・ブンデスリーガの優勝チームとしてのバイエルンMをたたえるべくドイツで発行された切手で、当時の選手たちの後ろ姿が描かれています。

 バイエルンMは、1900年、ミュンヘンのスポーツクラブに所属していたサッカーファンのメンバーによって作られたチームがルーツで、1926年に南ドイツ・チャンピオンシップで優勝し、1932年にはドイツ・チャンピオンシップ(当時は各地域リーグの優勝クラブ参加によるトーナメントで決定)で優勝。1963年に(当時は西ドイツの)全国リーグであるブンデスリーガが創設されると、1968-69シーズンに初優勝し、以後、同リーグの最多記録である23回の優勝を果たしました。2004-05シーズンまではミュンヘン五輪を記念して作られたミュンヘン・オリンピアシュタディオンをホーム・スタジアムとしていましたが、現在は2006年W杯の会場となったアリアンツ・アレーナをホームスタジアムとしています。

 ユニフォームはホームカラーが赤、アウェーカラーが白で、切手に取り上げられている黒はサードカラーです。切手に取り上げられた1996-97シーズンではリーグ2位となったチームのバイエル・レヴァークーゼンも、ホームカラーが赤、アウェーカラーが白(こちらのサードカラーは青)でしたので、わかりやすいようにサードカラーのユニフォームの写真を使ったということなのかもしれません。
 

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 バニラの切手
2013-12-21 Sat 11:06
 11月にエアアジア・ジャパンから社名変更したバニラ・エアが、きのう(20日)、成田空港と那覇、台北を結ぶ路線で運航を開始しました。社名のバニラは、何かの略語かと思っていたのですが、「世界で広く知られ、香りで人をリラックスさせるバニラのような存在になりたい」とのことで、香料のバニラが由来だそうです。というわけで、きょうはバニラを取り上げたこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ドミニカ・バニラの乾燥

 これは、1954年、英領ドミニカで発行された8セント切手で、バニラ・ビーンズの乾燥風景が描かれています。香料としてのバニラは、収穫されたバニラ・ビーンズの種子鞘の発酵と乾燥を繰り返すことで作られますが、今回ご紹介の切手はその過程を取り上げたものです。ちなみに、バニラはメキシコから中米にかけての地域が原産地とされていますが、年間生産量の第1位はインドネシア、2位はマダガスカルで、ドミニカ国は上位5ヵ国には入っていません。なお、ドミニカ国で生産される農産物としては、バナナを中心に、ココナツ、柑橘類が主要品目とされており、ここにもバニラは入っていません。まぁ、ドミニカ国でバニラが生産されていることは事実にちがいないのでしょうが、“特産品”とまで言って良いのかどうかは、微妙なところなのでしょう。

 さて、ドミニカ国(ドミニカ共和国とは別の国です。念のため)の領土となっているドミニカ島が西洋社会に知られるようになったのは、1493年、コロンブスが来島してからのことで、地名は、コロンブス来島の日が日曜日(ドミンゴ)だったことによります。

 当初、島にやってきたのはスペイン人が中心でしたが、1635年、フランスが植民地化。その後、英仏による植民地争奪の舞台となっていましたが、1805年、正式に英領植民地となりました。

 郵便に関しては、1845年、首都のロゾーに郵便局が開設されたのが最初で、当初は、切手は使用されず、"Paid at Dominica"の印が使われました。その後、1858年頃から英本国の切手が持ち込まれ、A07の抹消印が使われるようになります。英領ドミニカとしての最初の切手は1874年5月4日に発行されました。

 カリブ地域の島嶼部には、もともと、島嶼カリブと呼ばれる先住民の人々が住んでいましたが、スペイン人との戦闘により衰退し、17世紀にはドミニカ島とセント・ヴィンセント島だけとなっていました。このうち、ドミニカ島では、1903年、植民地政府が島北東部の海岸3700エーカーの土地をカリブ族に与え、“カリブ居留地”を設立していましたが、1930年9月、植民地政府の警察が“密輸品”としてカリブ族のアルコールとタバコを押収した事がきっかけで、大規模な衝突が発生。英海軍が鎮圧に乗り出し、カリブ族の首長を含む2人が死亡、多数が負傷する惨事が起きています。

 その後、1967年に英領西インド連合州の1州として自治を獲得し、1978年にイギリス連邦の加盟国として独立。これに伴い、新生ドミニカ国家は、カリブ居留地法により、カリブ族が暮らす地域に内部自治政府を設立し、現在にいたっています。

 さて、まだまだ鬼に笑われそうですが、来年8月1-3日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>では、“日・カリブ交流年(2014年)”にちなみ、特別企画としてカリブ切手展の併催を予定しています。今後も、同展の事前プロモーションを兼ねて、機会を見つけてカリブ諸国の切手をご紹介していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。


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 日印海軍が合同演習
2013-12-20 Fri 11:53
 中国の軍事侵略に備えるため、インド軍と海上自衛隊の艦艇によるベンガル湾での合同演習がきのう(19日)から始まりました。日印両国が手を携えて共通の敵に立ち向かうということでいえば、やはり、この切手でしょうか。(画像はクリックで拡大されます)

       チャロー・デリー

 これは、1944年にチャンドラ・ボースの自由インド仮政府が発行しようとして、果たせなかった“切手”です。

 英国の植民地支配下で、反英独立運動の闘士として戦っていたボースは、第2次大戦が始まると、“敵の敵は味方”というロジックでナチス・ドイツの協力を得てイギリスと戦おうとします。さらに、いわゆる太平洋戦争が始まると、1943年、東南アジアを占領してインド侵攻を計画していた日本の要請を受け、ボースはドイツから潜水艦に乗って日本にわたり、同年10月21日、シンガポールで日本の支援を得て自由インド仮政府を組織しました。また、ボースは、日本軍の捕虜となったインド兵を中心に結成されたインド国民軍の最高司令官にも就任。インド国民軍が、“Chalo Delhi(デリーへ進め)”のスローガンを掲げ、日本軍とともにインパール作戦で戦ったことは広く知られています。

 自由インド仮政府は、その発足とともに、自らの存在をアピールするための手段として切手を発行することを計画し、切手の製造をドイツに発注しました。しかし、戦況の悪化で、完成品をドイツから仮政府の拠点があったラングーンまで届けることが困難となり、ドイツ製の切手を発行することは不可能となりました。このため、1944年、急遽、ラングーンで製造されたのが今回ご紹介の切手です。

 切手は、デリーの象徴である“赤い城壁”を描き、その下には“Chalo Delhi(デリーへ進め)”のスローガンが入っています。インパール作戦が成功し、自由インド仮政府がインド本土に拠点を築いた暁には、その支配地域で使用することが想定されていましたが、インパール作戦が失敗に終わったため、切手も日の目を見ずに終わりました。

 なお、インパール作戦に関する切手については、拙著『切手と戦争』(電子版)でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 岩のドームの郵便学(12)
2013-12-19 Thu 14:42
 ご報告が遅くなりましたが、『本のメルマガ』520号が先月25日に配信となりました。僕の連載「岩のドームの郵便学」は、今回は、第3次中東戦争の話を取り上げました。その中から、きょうはこんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      イスラエル・タクシー郵便(1967)

 これは、1967年の第3次中東戦争直後、東エルサレム宛の郵便が再開された際の第一便としてタクシーで運ばれたカバーです。

 シリア=イスラエル国境で緊張が高まっていた1967年4月、シリア、イスラエル両国の空軍が空中戦を展開し、シリアのミグ戦闘機6機が撃墜される事件が発生。これを機に、軍事的緊張は一挙に高まり、アラブの盟主として君臨していたエジプト大統領・ナセルにイスラエルへの実力行使を求めるアラブ諸国の世論が沸騰します。当初、慎重姿勢を保っていたナセルも、同年5月14日、アラブ諸国からの要請を拒否しきれずに、シナイ半島に兵力を進駐させ、第二次中東戦争の終結以来駐留を続けていた国連緊急軍に撤兵を要求。同月22日、チラン海峡を封鎖しました。

 アラブ諸国はナセルの決断を歓迎し、5月30日にはヨルダンとエジプトとの間で相互防衛条約が調印されたほか、エジプトとシリア、ヨルダンの間では軍事同盟が結成されます。さらに、イラク、クウェート、スーダン、アルジェリアの各国も有事の際の派兵を約束。イスラエルは周囲を完全に包囲されました。

 このため、イスラエルはアラブ諸国軍に対する戦闘準備を急ぎ、先制攻撃を計画。当初、米国はイスラエルの先制攻撃に反対し、問題の政治的解決を求めていましたが、最終的には、和平解決のための具体的行動をとる用意がないことをイスラエルに通告。これを受けて、1967年6月5日、イスラエルはアラブ諸国軍に対する先制攻撃を開始しました。

 いわゆる第三次中東戦争の勃発です。

 第三次中東戦争の勝敗は、開戦後まもなく、イスラエル空軍が、エジプト、ヨルダン、シリア、イラク各国の空軍基地を壊滅状態に追い込んだことによって、早々に決せられました。イスラエル軍は早くも6月7日には東エルサレムを占領し、同月10日にはゴラン高原のシリア軍が潰滅。この間、6月8日には国連安保理の勧告を受けて、エジプトが無条件停戦に応じ、シリアも10日には停戦に応じました。イスラエル側が、この戦争を誇らしげに「6日戦争」と呼ぶ所以であす。

 今回ご紹介のカバーは、停戦直後の6月14日、戦闘によって途絶していたテルアビブ=東エルサレム間の郵便がタクシーを使って再開された際の記念の第1便で、封筒の余白には、東エルサレム中心部への輸送ルートを示す地図(岩のドームの場所もしっかり記されている)とともに、イスラエル軍がヨルダン支配下にあった東エルサレムをわずか47時間で占領したことを誇示する文言が印刷されています。

 ちなみに、東エルサレムを占領したイスラエルがヨルダン郵政の郵便局を接収し、自前の郵便局を開設して、イスラエル郵政としてこの地で郵便サービスを開始したのは、7月5日のことでした。


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 カタールで世界最大の国旗
2013-12-18 Wed 10:32
 きょう(18日)は、1825年12月18日にサーニー・ビン・ムハンマドがカタールの初代首長となったことにちなみ、カタールの建国記念日になっていますが、これに合わせて、同国ではサッカー場7面分の面積に相当する“世界最大の旗”が用意されたそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       カタール・スカウト

 これは、1965年、英保護領時代のカタールで発行されたボーイ・スカウトの切手で、カタール国旗を持つスカウトの少年が描かれています。

 ペルシャ湾に突き出たカタール半島は、19世紀前半まで、半島北部は現在のバハレーン首長家であるハリーファ家が、南部はカタールの首長家であるサーニー家が支配していました。サーニー家が半島全域を掌握するのは、1868年、英国の仲介で、サーニー家がハリーファ家に貢納する代わりに、ハリーファ家はカタール半島から撤退するということが決められてからのことです。なお、1872年、カタール半島はオスマン帝国によって占領されますが、カタール側の抵抗もあり、オスマン帝国はサーニー家による半島支配を実質的に認めていました。

 第一次大戦中の1916年、オスマン帝国と交戦中であったイギリスはサーニー家と条約を調印し、以後、カタールはイギリスの保護領となります。

 これに伴い、それまで赤一色だったカタールの国旗は、白と赤を組み合わせたデザインとなります。なお、現在のカタール国旗は、赤と白ではなく赤茶色と白の組み合わせですが、これは、1936年に改色されたものです。改色の理由には諸説ありますが、太陽の強い日差しで赤茶色に色褪せた国旗を見た首長が「この色も悪くない」と言ったともいわれています。

 郵便に関しては、1950年まではカタール半島内には郵便局は設置されず、カタールからの郵便物は対岸のバハレーンに運ばれ、そこから域外へ配達されるというシステムになっていました。

 首都のドーハに郵便局が開設され、一般向けの郵便サービスが実施されるようになったのは1950年のことですが、当時はカタール独自の切手というものはなく、英国東アラビア郵政庁の加刷切手が使用されていました。ちなみに、カタール2番目の郵便局がウンム・サイドに開設されたのは、1956年2月のことです。

 カタール独自の切手としては、1957年4月1日、英本国の切手にカタールの地名とインド・ルピーでの額面表示(英領インド帝国以来、この地域では、インド・ルピーが通貨として用いられていました)を加刷した切手が発行されたのが最初です。なお、今回ご紹介の切手の額面は、インド・ルピーではなく、1959年5月に導入されたガルフ・ルピー(インド・ルピーと連動した不換紙幣)によるものです。

 現在のカタール経済を支えている石油産業は、1935年に英蘭仏米の共同国益会社「カタール石油会社(Qatar Petroleum Company)」に対して、カタールでの75年間の石油掘削権を承認したところから本格的に始まります。その後、1940年には高品質の石油が半島西岸で発見されますが、第2次大戦の影響で1949年までカタール産の石油が輸出されることはありませんでした。石油の輸出により、それまで小さな港町だったドーハは急速に都市開発が進められるようになったのは、1950年代以降のことです。

 さて、1968年、英国の労働党政権が1971年末をもってスエズ以東から軍事的に撤退することを発表すると、カタールを含むペルシャ湾岸の9首長国が連邦を結成するというプランが浮上します。しかし、実際には、カタールは連邦に参加せず、1971年9月3日、単独で独立し、国際連合とアラブ連盟に加盟しました。このため、カタールでは長年にわたって9月3日が独立記念日としてナショナル・デーになっていましたが、2007年以降、ナショナル・デーは建国記念日の12月18日に変更され、現在にいたる、というわけです。


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 飛行機の日
2013-12-17 Tue 14:27
 きょう(17日)は、1903年12月13日に米ノースカロライナ州のキティホークでライト兄弟が動力飛行機の初飛行に成功したことにちなんで、“飛行機の日”だそうです。というわけで、飛行機ネタの中から、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       航空便宣伝印つきステーショナリー(蘭印)

 これは、1934年4月27日、オランダ領東インド(蘭印)のバタヴィア(現ジャカルタ)からスマトラ島パレンバン近郊のプラージュ宛に差し出された切手つき封筒で、左上には「あなたの荷物も航空便で」との宣伝の印が押されています。印の中に入っている飛行機のイラストが、当時の雰囲気をよくあらわしていていい感じです。

  蘭印の航空事業は、1928年7月16日、現地のオランダ人投資家らにより、オランダ領インド航空(KNILM :Koninklijke Nederlandsch-Indische Luchtvaart Maatschappij)が設立されたことで本格的なスタートを切りました。KNILMは、同年11月1日、バタヴィア(現ジャカルタ)をハブに、バタヴィア=バンドン間、バタヴィア=スマラン間の運航を開始。その後、順次、パレンバン、メダン、スラバヤ、デンパサール、バルクパパン、マカッサル、アンボン、バンジャルマシンなどの国内線に加え、シンガポールやオーストラリアのシドニー、フランス領インドシナのサイゴンなど海外へも路線網を拡大していきました。ただし、KNILMには蘭印とオランダ本国を往復する便を運航する能力がなかったため、シンガポールまで行き、そこから本国のフラッグ・キャリアであるKLMオランダ航空の路線に接続するという方法が取られています。

 その後、いわゆる太平洋戦争が始まり、日本軍が蘭印全域を占領するとKNILMは活動を停止せざるを得なくなりましたが、戦後のオランダ再上陸に伴い、KNILMの活動も再開されます。しかし、インドネシア独立戦争の余波で1947年8月1日には再び運航停止となり、KLMが業務を引き継ぐことになりました。そのKLMもインドネシア独立戦争でのオランダの敗退に伴い、1949年12月27日には完全撤退を余儀なくされ、その後は、インドネシアのフラッグ・キャリアであるガルーダ・インドネシア航空がその路線網を引き継いでいます。

 一方、カバーの宛先になっているプラージュのBPM(=Bataafsche Petroleum Maatstchappij、バターフセ石油会社)は、蘭印での油田開発や製油所の操業・管理、製品販売の実務を担当するため、ロイヤル・ダッチ・シェルが設立した会社です。

 BPMは、1911年、オランダ系のドルチェ・ペトロリアム社を吸収合併し、ドルチェ社がジャワ島で操業していたウォノクロモ製油所(スラバヤ近郊)ならびにチェプー製油所(中部ジャワ)を引き継いだほか、1920年にはスマトラ東海岸中部のジャンビ地方の開発権益を得て、蘭印政庁と50:50の比率で蘭印ペトロリアム会社(NIAM:Nederlans Indische Aardolie Maatschappij)を設立。NIAMの経営はBPMが実質的に取り仕切り、1935年には、ジャンビで採掘された原油をプラージュの製油所に送るパイプラインを敷設しました。

 最終的に、BPMは、パンカラン・ブランダン製油所とランタウやパンカランススなどの周辺油田、系列会社のNIAMが保持するジャンビ油田、プラージュ製油所とパレンバン周辺の油田、中部ジャワのチェプー製油所とカウェンガン、ヌグロボ、レドック、スマンギ等の油田、スラバヤ近郊のウォノクロモ製油所と周辺油田、東ボルネオのバリクパパン製油所と周辺のサンボジャ、サンガサンガ、ムアラ・バダック等の油田を経営し、蘭印における最大の石油企業となっています。

 このあたりの事情については、拙著『蘭印戦跡紀行』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 切手に描かれたソウル:楽全斎
2013-12-16 Mon 11:16
 ご報告がすっかり遅くなってしまいましたが、『東洋経済日報』11月22日号が刊行されました。僕の月1連載「切手に描かれたソウル」では、今回は刊行日の11月22日が、いまから半世紀前の1963年に朝鮮王朝最後の皇太子で、当時の李王家の当主、李垠・方子夫妻が56年ぶりに韓国へ帰国した日にあたっていましたので、この切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

       昌徳宮シート

 これは、2001年に韓国で発行された“世界遺産・昌徳宮”の小型シートです。昌徳宮そのものは以前にも「切手に描かれたソウル」の連載でも取り上げたことがあるのですが、今回は、シート余白の左下に見える楽全斎を取り上げたくて、このシートをご紹介しました。

 朝鮮王朝最後の皇太子・李垠は、朝鮮王朝が大韓帝国と改称した1897年、皇帝・高宗の第7子として生まれました。1907年7月、いわゆるハーグ密使事件で父親が退位に追い込まれ、異母兄の純宗が皇帝として即位すると皇太子となりましたが、同年12月には“日本留学”のため、ソウルを後にしています。

 1910年の日韓併合後は、日本の王族として皇族に準じる待遇となり、陸軍幼年学校・同士官学校で教育を受けて、1917年、少尉に任官。1920年、日本の皇族・梨本宮家の方子女王と結婚します。“内鮮一体”のための政略結婚でしたが、2人の間には真の愛情がはぐくまれたそうです。

 日本の敗戦後は、1947年には李王(1926年の純宗崩御により身分を継承)の地位を失ったばかりか、日本国籍も失い、邸宅(2011年まで赤坂プリンス・ホテルの旧館として用いられていたことは有名です)をはじめ資産の売り食い生活を余儀なくされます。また、朝鮮戦争中の1950年、マッカーサーとの会見のために来日した李承晩に祖国への帰国を要望するも、李承晩は旧李王夫妻の帰国によって自らの地位が危うくなると考え、帰国を歓迎しないと応じたため、李垠は帰国を断念せざるを得ませんでした。

 その後、1959年に李垠は脳梗塞で倒れたのを機に、その後遺症に悩まされるようになり、1961年には築地の聖路加病院に入院します。

 この間、1960年に李承晩は学生革命によって政権の座を追われてハワイに亡命。混乱の後、1961年に権力を掌握した朴正煕は、翌1962年、李垠の韓国籍を回復させ、方子も韓国籍を取得しました。

 1963年に入ると李垠の容体は悪化し、5月には東京・赤坂の山王病院に入院。このため、朴正煕は李垠夫妻に韓国での生活費や療養費を政府が保証するので、帰国されたしと連絡し、11月22日、李垠夫妻の帰国が実現します。しかし、重病の床にあった李垠にはすでに意識はなく、ソウルの聖母病院に直行。そのまま、1970年に亡くなりました。

 一方、方子は、昌徳宮内の楽善斎(朝鮮王朝時代、王の妻妾などが、王の死後、余生を過ごした建物)を住居として、趣味で作っていた七宝焼を売るなどして資金を稼ぎ、福祉活動に専念。知的障害児施設の明暉園や知的障害時養護学校の慈恵学校を創設・運営し、韓国の国民から「韓国障害児の母」として尊敬を集め、1981年には韓国政府から牡丹勲章を授与されました。

 1989年4月30日、彼女は87歳の波乱の生涯を閉じますが、その葬儀は韓国皇太子妃の準国葬として執り行われ、日本からも三笠宮ご夫妻が参列されています。また、当時の盧泰愚政権は、韓国国民勲章槿賞(勲一等)を追贈しました。

 今回ご紹介の切手は、昌徳宮を題材としたもので、切手本体には、王宮の中心となる仁政殿と公式の執務の場である宣政殿が取り上げられていますが、そのシート下部左側の余白には、隣接する昌慶宮側から見た楽善斎の特徴ある屋根がしっかりと取り上げられています。

 建物としての本来の性格上、王宮の他の建物とは異なり、楽全斎は丹青(五色の彩色)が塗られていない、質素な外観であす。したがって、ビジュアル面だけでいえば、王宮内の数ある建物の中で、楽全斎を取り上げるべき必然性はないと考えるのが自然でしょう。

 それにもかかわらず、あえて、仁政殿と宣政殿の切手と並べて、シートの余白に楽全斎が見えるような構図が採用されたのは、やはり、楽全斎から連想される李方子への感謝の思いがさりげなく表された結果とはいえないでしょうか。少なくとも、当時の韓国政府には、そうした意識があったのだと思いたいところです。

 なお、『東洋経済日報』の連載は、紙面の都合で12月は救済となります。次回は年明け1月の掲載になりますので、よろしくお願いします。 


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 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

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 玉兎
2013-12-15 Sun 11:23
 中国の無人月面探査機「嫦娥3号」が、昨日(14日)、月面軟着陸に成功し、けさ未明、搭載していた探査車「玉兎号」を月面に降ろしたそうです。というわけで、“玉兎”にちなんでこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       餅つき兎(平成11年用年賀)

 これは、平成11(1999)年用の年賀切手として、玉乗りうさぎの80円切手とともに発行された50円切手で、千葉県の郷土玩具・佐原張子の“餅つきうさぎ”が取り上げられています。

 佐原張子は明治末期に鎌田清太郎が作り始めたとされる民芸品で、1987年に県の伝統的工芸品に指定されました。手すき和紙の産地として知られていた扇・本木地区(東京都足立区)の和紙が好んで用いられています。切手に取り上げられた“餅つきうさぎ”は、清太郎の孫にあたる鎌田芳朗の作品。芳朗は19歳で祖父の後を継ぎ、半世紀以上にわたり伝統を守り抜いてきたそうです。

 さて、日本では月の兎は、この切手の玩具のように、餅をついていることになっていますが、中国では不老不死の薬の材料を手杵で打って粉にしているとされています。

 ちなみに、月に兎がいるとされるようになったのは、猿・狐・兎の3匹が行き倒れの老人(実は帝釈天)に出会った際、猿が木の実を、狐が川魚を老人に与えたのに対して、何も与えられなかった兎は自らの身を供すべく火の中に飛び込んだのを見て感心した帝釈天が、その行為をたたえるべく、兎を月に上らせたという伝説によるものです。まぁ、現代の中国で他者を救うために自ら火の中に飛び込む者というと、僕などは、中国共産党の侵略に抗議して焼身自殺を行うチベットの僧侶たちの姿が真っ先に思い浮かぶわけですが、その彼らの魂が月の兎になって作っているという不老不死の薬が侵略者たちの口に入るようなことがあってはなりますまい。

 なお、きょう(15)日からから年賀郵便の特別取り扱い期間がスタートし、年賀状の受付が始まりました。年賀状とその歴史については、拙著『年賀状の戦後史』でも解説しておりますので、機会がありましたら、是非ご覧いただけると幸いです。


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 ヘンリー王子、南極点到達
2013-12-14 Sat 11:44
 アフガニスタンなどで負傷し障害が残った英国兵士らと南極点を目指す冒険旅行に参加していた英国のヘンリー王子が、きのう(13日)、南極点に到達しました。というわけで、きょうはこんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       グレアムランド加刷

 これは、1944年、英領フォークランド切手に加刷して発行されたグレアムランドの切手です。

 1820年代に南極探検の時代が本格的にスタートすると、1832年、南極半島を探検した英国のジョン・ビスコーは、当時の海軍大臣、ジェイムズ・グレアムにちなんで半島部を“グレアムランド”と命名しました。これに対して、南極大陸は1820年1月27日に米国人漁師のナサニエル・パーマーが発見したと主張する米国は、半島をパーマー半島と命名。ながらく対立が続いていましたが、1964年、両国の間で妥協が成立し、半島名を南極半島としたうえで、北部をグレアムランド、南部をパーマーランドと呼ぶことで決着が図られました。

 南極において英国が領有を宣言した地域は、ながらく、行政上はフォークランド諸島の属領とされていましたが、第二次大戦中の1943年、英国は南極に軍事基地を建設。これを受けて、南極の軍事基地と外部との通信に使う必要から、翌1944年、今回ご紹介の切手のように、英領フォークランドに地名を加刷した切手を発行しています。なお、この時、加刷切手を発行した地域には、今回ご紹介のグレアムランドの他、サウス・ジョージア、サウス・オークニー諸島、サウス・シェットランド諸島があります。

 その後、1962年3月3日、南緯60度以南の地域については、新たに“英領南極”としてフォークランド諸島から分割して、英本国の外務・英連邦省の海外領土局に移管。1963年からは、英領南極としての独自の切手発行も始まりました。
 
 ちなみに、かつてのフォークランド紛争に関して、日本では、しばしば「英国は、自国の領土であれば、遠く離れた南半球のちっぽけな島であっても、決して侵略を許さなかった」という説明がなされることがあります。こうした物言いは、領土防衛の重要性を強調するという点ではまさに正論なのですが、上述のように、英国の南極政策にとってフォークランド諸島が重要な戦略拠点となってきたという歴史的経緯を考えると、フォークランド諸島は決して“遠く離れた南半球のちっぽけな島”ではなかったことがわかります。ましてや、英領南極の地域は、チリとアルゼンチンも領有権を主張しているとなれば、なおさら、アルゼンチンの“侵略”を看過するわけにはいかなかったという事情は記憶にとどめておいてもよいでしょう。
 

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 12月宗派事件
2013-12-13 Fri 23:08
 金正恩第1書記の叔父で後見人とされていながら、今月8日、国防副委員長をはじめすべての役職を解任された張成沢が、きのう(12日)、特別軍事裁判所の裁判でクーデターを画策した「国家転覆陰謀行為」の罪で死刑判決を受け、即時処刑されました。というわけで、きょうはこんな切手を持ってきました。

       北朝鮮・解放11周年

 これは、1956年7月24日に北朝鮮が発行した“解放11周年”の記念切手です。この切手が発行された時期は、今回の事件が起こるまで、北朝鮮史上最大の粛清事件(のひとつ)とされていた“8月宗派事件”の最中にあり、よくよく見ると、事件の影響が切手にも表れているように僕には感じられます。

 朝鮮戦争の休戦後、北朝鮮はソ連・東欧諸国や中国の支援により、戦後復興3ヵ年計画を実施。1956年までには、一応の経済復興を果たしました。

 しかし、その後の経済建設の方針をめぐって、自立的民族経済建設のために重化学工業路線を優先する金日成ら抗日パルチザン出身グループと、軽工業・消費財生産を優先し、ソ連を中心とする国際分業体制への積極的参加を主張するソ連派および延安派(中国派)との路線対立が発生。このため、ソ連派・延安派は、フルシチョフによるスターリン批判を契機に、ソ連や中国を背景として金日成を排除しようと考えました。

 こうした状況の下、1956年6月1日から7月19日まで金日成は経済援助を得るためにソ連・東欧諸国を訪問しましたが、ソ連派・延安派はこの機会をとらえ、8月2日に予定されていた朝鮮労働党中央委員会全体会議(以下、全体会議)で金日成に対する批判の演説を行うとともに、平壌近郊に駐屯している第4軍団と市内の防空砲隊、工兵部隊などと連携して武力デモを展開するクーデター計画を立てました。

 しかし、金日成支持派はこうしたクーデター計画を事前に察知。報告を受けた金日成は直ちに帰国し、8月2日に開かれることになっていた全体会議を延期し、巻き返しを図ります。

 今回ご紹介の切手はそうした権力闘争の最中に発行されたものですが、前年まで8月15日に発行されていた“解放X周年”の記念切手を前倒しして7月中に発行しているのは、場合によっては、8月15日当日は解放記念日どころではなくなっていることを金日成政権が予期していたからかもしれません。また、切手にはソ連軍による朝鮮解放に感謝するとして建てられた解放紀念塔は描かれていますが、ソ連国旗は描かれていません。これは、それ以前に北朝鮮で発行された解放記念切手にはソ連国旗が必ず描かれていたことを考えると異例なことで、反金日成勢力の背後にソ連がいることを察知した金日成政権が、抗議の意味を込めてソ連国旗を切手から外したと考えるのが妥当なようにも思われます。(解放紀念塔が残っているのは、ソ連と決定的に断絶するつもりはないという微妙な態度の表れでしょう)

 結局、8月29日に開催された全体会議では、金日成の基調報告が終わった後、延安派やソ連派の幹部たちは金日成の個人独裁路線や重工業優先政策を批判したものの、思うように支持を得られず、クーデターの試みは失敗。首謀者とされたソ連派の朴昌玉(副首相)と延安派の崔昌益(副首相兼財務相)が逮捕され、党から除名されたほか、延安派の幹部は中国に逃亡しました。

 事件後、ソ連第一副首相のミコヤンと中国国防部長の彭徳懐が訪朝し、両者に対する除名処分を撤回させ、九月に開催された党中央委員会全員会議では、朴・崔の両名は、いったんは党中央委員に復帰します。しかし、金日成は、1956年末からの党員証交換事業や翌1957年からの集中指導の実施などにより、ソ連派・延安派に対する本格的な粛清を開始。1958年までに、中ソ両国と関係のある“反党分派”勢力は根こそぎ弾圧され、ソ連国籍をもっていた人物の多くは北朝鮮を脱出しました。

 以上が、いわゆる8月宗派事件のあらましで、事件後、北朝鮮は事実上の“宗主国”であったソ連に対して、北朝鮮が自主路線を志向することになります。

 さて、今回の“張成沢一派”の粛清劇ですが、張本人が中国と関係の深い人物であったことに加え、張と関係の深かった経済担当の副首相2人(盧斗哲・国家計画委員長と李務栄・化学工業相)が中国に亡命を申請し、中国当局が保護しているところから、北朝鮮当局が発表したようなクーデター計画が実際にあったかどうかはともかく、なんらかのかたちで“中国問題”が背景にあることは間違いないでしょう。8月宗派事件当時のソ連と北朝鮮の関係は、ある意味で、現在の中国と北朝鮮の関係とパラレルなわけですが、今回の一件(8月宗派事件に倣えば、後代の歴史家は12月宗派事件とでも名付けるのでしょうか)を機に、金正恩の北朝鮮が中国からの自立を企図したとして、はたしてそれが現実に可能なのかどうか、あるいは、そのことでわが国にどのような影響が及んでくるのかといった点については、今後の情勢を注視していくしかありますまい。


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 ケニア独立50年
2013-12-12 Thu 17:19
 アフリカのケニアが1963年12月12日に独立して、今日でちょうど50年です。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       英国東アフリカ会社(1890)

 これは、1890年、現在のケニアの地域を統治していた英国東アフリカ会社(IBEA)が発行した1アンナ切手です。

 近代以前の東アフリカのインド洋沿岸部はザンジバル・スルターン国の支配下に置かれていましたが、1840年代以降、ザンジバルのスルターンの保護の下にヨーロッパ人宣教師がモンバサの海岸周辺から内陸に向かって入植するようになりました。

 1886年、現在のタンザニアに相当する地域を植民地化しようとしたドイツがザンジバルに艦隊を派遣すると、ザンジバルからの支援要請を受けた英国も派兵。このため、フランスを交えた3国の協議の結果、東アフリカ南部(現在のタンザニアに相当する部分)をドイツ領東アフリカとし、北部(現在のケニアに相当する地域)を英領東アフリカとすることで決着が図られました。この時きめられた英領東アフリカの範囲は、タナ川の河口からモンバサを経てドイツ領東アフリカとの境界線までの150マイル(240キロメートル)の海岸線とその内陸部です。

 この英領東アフリカを統治するため、ウィリアム・マッキノンを長とする英国東アフリカ協会が発足。同協会は、1888年、勅許を得てIBEAとなりました。

 これを受けて、1890年5月、IBEAはモンバサとラムに郵便局を開設。本国切手に“BRITISH EAST AFRICA COMPANY”と加刷した切手を発行しました。これが、現在のケニアの地における近代郵便の始まりとなります。その後、同年8月から9月にかけて、加刷切手の在庫切れにより英領インド切手を暫定的に使用した時期を経て、10月14日、今回ご紹介のような正刷切手が発行されました。

 その後、1895年に英領東アフリカは保護領となり、第一次大戦を経て、1920年には本国直轄のケニア植民地となりました。同植民地では、1952年、英国が白人入植事業で肥沃な土地が集中するケニア山周辺をギクユ人からとりあげたことへの抗議から“マウマウ団の乱”が発生。これを機に、反乱を指導したケニア・アフリカ同盟(KAU)の中心メンバーによってケニア・アフリカ民族同盟(KANU)が結成され、1963年に独立が達せられることになります。


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 国際山岳デー
2013-12-11 Wed 10:39
 きょう(11日)は、国際社会が山岳地域の環境保全と持続可能な開発について考える“国際山岳デー”です。というわけで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       テーブルマウンテン消印

 これは、1974年12月13日、南アフリカ共和国(以下、南ア)のテーブルマウンテン局から英国宛の航空便の葉書で、葉書に押されているテーブルマウンテン局の消印に山のシルエットが入っているのがミソです。テーブル・マウンテンを取り上げた切手は、1900年の1ペニー切手以来、幾度となく発行されていますが、今回はちょっとひねったマテリアルということで、消印をご紹介しました。


 ケープタウンのシンボルともいうべきテーブル・マウンテンは、ケープタウン南部、切り立った崖が特徴の山で標高は1087メートル。地上から見ると、頂上がナイフで切ったかのように平らに見えるのが名前の由来です。これは、地盤のやわらかい部分が風雨で削り取られ、固い地盤だけが台形状に残ったことによるもので、ケープタウン以外にも、南米ヴェネズエラのギアナ高地にも同じ名前の山がありますが、やはり、世界的に有名なのはケープタウンの方でしょう。

 テーブル・マウンテンの頂上へと昇るロープウェイの乗場は、標高300メートル地点のコル地区にあって、山頂からはケープタウン市内とテーブル湾を一望することができます。また、山全体が国立公園に指定されていて、野生の動植物の宝庫としても有名です。ちなみに、今回ご紹介の葉書の裏面には、この地域の野生植物がこんな感じで紹介されていました。

       テーブルマウンテン野生植物

 ちなみに、拙著『喜望峰』でも、テーブル・マウンテンについてはかなりのスペースを割いていろいろとご紹介しております。この年末年始に現地へ行かれる予定のある方も、そうではない方も、機会がありましたら、ぜひとも同書をお手にとってご覧いただけると幸いです。


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 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

 新たに富士山が登録されて注目を集めるユネスコの世界遺産。 いずれも一度は訪れたい魅力的な場所ばかりですが、実際に旅するのは容易ではありません。そこで、「小さな外交官」とも呼ばれる切手や絵葉書に取り上げられた風景や文化遺産の100年前、50年前の姿と、講師自身が撮影した最近の様子を見比べながら、ちょっと変わった歴史散歩を楽しんでみませんか? 講座を受けるだけで、世界旅行の気分を満喫できることをお約束します。

 詳細はこちら。皆様の御参加を、心よりお待ちしております。


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 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は1月7日(原則第1火曜日)で、以後、2月4日と3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 死海への水供給計画
2013-12-10 Tue 15:33
 イスラエルとヨルダン、パレスチナ自治政府は9日(現地時間)、米ワシントンの世界銀行本部で、死海の水位低下を防ぐことなどを目的に紅海から死海に水を引くため、長さ約180キロのパイプラインを建設する合意文書に署名しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       イスラエル・死海

 これは、2009年にイスラエルが発行した死海の切手です。

 死海はアラビア半島北西部、イスラエルとヨルダンに挟まれた塩湖で、湖面の海抜マイナス418mは地表で最も低い場所としても知られています。水源はヨルダン川のみですが、この地域は年間降水量が50-100mmと極端に少ないうえに気温が高いため、湖水の蒸発が進み、塩分濃度が上昇することになりました。ちなみに、一般的な海水の塩分濃度は約3%ですが、死海の湖水は約30%の濃度があり、それゆえ、人が入ってもそのまま浮かんで読書ができるというのが、観光面での売りになっています。今回ご紹介の切手もまた、そうしたイメージをしっかりと表現したデザインというわけです。

 さて、湖水の蒸発が進んで塩分濃度が上昇してきたということは、当然のことながら、湖面が低下し、いずれは湖(の一部)が干上がってしまう可能性がこれまでにもあったわけですが、1948年のイスラエル建国以降、ヨルダン川上流での大規模な灌漑事業が行われるようになったことで、湖水の低下に拍車がかかってきたという経緯があります。

 今回の計画は、こうしたことを踏まえて、紅海と死海を結ぶ運河を建設し、アカバ付近で紅海の海水取水し、利用可能生水を取り出した残りの塩水を死海に取り入れることで湖水の低下を防ごうというもので、建設費用は推定3億~4億ドル。2014年に入札が行われる予定だそうですが、なにぶんにも中東紛争の震源地ともいうべき地域ですので、まっすぐなパイプラインが開通するまでには、いろいろと紆余曲折があるかもしれません。
 

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 切手の帝国:世界最初の“クリスマス切手”
2013-12-09 Mon 10:37
 ご報告が遅くなりましたが、大修館書店の雑誌『英語教育』2013年12月号が発売になりました。僕の連載「切手の帝国:ブリタニアは世界を駆けめぐる」では、今回は、世界最初の“クリスマス切手”を取り上げました。その記事の中から、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       カナダ・ペニーポスト100年

 これは、1998年にカナダで発行された“インペリアル・ペニー・ポスト100年”の記念切手で、世界最初の“クリスマス切手”とともに、制度導入の立役者ウィリアム・ムロックの肖像が取り上げられています。

 1890年代のカナダ郵政は毎年数百万ドルもの赤字を垂れ流していました。赤字を補填するため料金値上げが利用者の郵便離れを生み、収支は一層悪化するという悪循環に陥っていたためです。

 このため、1896年、郵政長官に就任したウィリアム・ムロックは、思い切って、郵便料金を値下げしてサービスを改善すれば、カナダと英本国の間の郵便物の取扱量も増え、収支は改善すると考え、キャンペーンを展開。これには反対も多かったのですが、最終的にムロックの主張が通り、1897年末、カナダ郵政として英本国宛の郵便料金を5セントから2セントに値下げするとの方針を発表しました。当時の為替レートでは、カナダ・ドルの2セントはスターリング・ポンドで1ペニーに相当していたため、ムロックの提唱した料金制度は“ペニー・ポスト”と呼ばれることになります。

 カナダ郵政による料金の大幅値下げの発表を受けて、大英帝国内の郵便料金のバランスを調整する必要が生じたため、1898年7月、大英帝国傘下の全郵政機関の代表者会議が開催されました。会議では、オーストラリア各州(この時点では、まだ現在のオーストラリア連邦は発足していません)とニュージーランドがペニー・ポストに反対しましたが、それ以外はムロックの提唱したペニー・ポストに同調することを決定。同年12月25日のクリスマスを期して、オーストラリアとニュージーランドを除く大英帝国内のほとんどの地域で、1/2オンスまでの郵便料金を1ペニー相当とする帝国内金一料金制の導入が決定されることになりました。これが、いわゆる“インペリアル・ペニー・ポスト”です。

 新制度の実現に尽力したカナダは、その功績をかたちとして残すため、ムロック自らがデザインした記念切手を同年12月7日に発行します。

 切手のデザインは、ヴィクトリア女王が「わが領土に日の没するところ無し」と称した大英帝国の象徴として、帝国領土を赤く塗った世界地図を取り上げたもので、英本国ではなく、カナダが中央に描かれています。ちなみに、切手ではオーストラリアとニュージーランドも赤く塗られていますが、この両国が制度に加わったのは1905年のことでした。

 また、切手の下部には詩人のルイス・モリスが女王の即位50年を寿ぎつくった「帝国の歌(ア・ソング・オブ・エンパイア)」の一節「われらはかつてない広汎な領土を保つ」とのフレーズが入っており、その上に、新制度スタートの日として、“XMAS 1898”の表示があります。

 この日付が入っているため、一般には、この切手が世界最初のクリスマス切手とみなされることになったわけですが、以上のような経緯を考えると、ちょっと?がつきますな。


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 開戦当時の蘭印切手
2013-12-08 Sun 06:59
 きょう(8日)は“真珠湾”の日です。というわけで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       蘭印・コルフ印刷(無目打)

 これは、1941年に発行されたオランダ領東インド(蘭印)の5セント切手の無目打ブロックです。

 第二次大戦が勃発すると、オランダは中立を宣言しましたが、1940年5月、ナチス・ドイツはこれを無視してオランダ領内に侵攻し、オランダ全土を占領してしまいます。これに伴い、ウィルヘルミナ女王はロンドンに亡命し、かの地に亡命政権を樹立しました。

 本国の占領に伴い、本国製の切手が調達できなくなった蘭印では、1941年、民俗舞踊を題材としたコルフ(現地の印刷会社)製の切手を発行して急場をしのいでいましたが、同年末、日本との戦争が勃発。翌1942年には日本軍が蘭印全域を占領したことで、占領切手の時代が始まることになります。

 今回ご紹介の切手は、耳紙に、“印刷”を意味するオランダ語の“drukken”の文字と1942年2月5日の日付の書き込みがありますので、1941年12月の開戦後、日本占領までの期間に製造されたモノと思われます。なお、郵便局の窓口で販売された正規の切手にはちゃんと目打がありますが、今回ご紹介のモノは、占領前後のどさくさに紛れて、目打の穿孔作業の前に印刷所から持ち出されたモノでしょう。

 ちなみに、日本占領下の蘭印については、拙著『蘭印戦跡紀行』でもいろいろと書いておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。
 

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 仏軍、中央アフリカに増派
2013-12-07 Sat 00:47
 内紛が続いている中央アフリカ共和国(以下、中央アフリカ)の首都バンギで、おととい(5日)、120人以上が死亡する大規模な戦闘が発生。これを受けて、国連安保理事会は同国への軍事介入を認める決議を採択し、旧宗主国フランスのオランド大統領が仏軍兵士600人の追加派遣を命じました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       中央アフリカ・軍事切手

 これは、1963年に中央アフリカで発行された軍事切手で、前年発行のバルテレミー・ボガンダの肖像切手に“Franchise Militaire(軍事切手の意味)”の頭文字“FM”が加刷されています。

 中央アフリカの軍事切手については、その詳細はよくわからないのですが、旧宗主国のフランスでは、部隊に勤務している兵・下士官に対して1人1ヵ月2通分の軍事切手が無償配布され、その“切手”を貼れば郵便物料金は免除で取り扱われるということになっていましたから、おそらく、それがそのまま踏襲されていたのではないかと思います。

 切手に取り上げられているボガンダは、1910年生まれ。カトリックのミッションスクールを卒業後、聖職者となりましたが、1946年にフランスの国民議会に選出され、政治家としてデビューしました。

 1958年、フランス第5共和制が発足し、フランス連合が共和国(本国・海外県・海外領土)と共同体構成国からなるフランス共同体に改編されると、仏領赤道アフリカ内のウバンギシャリ植民地は共同体内の自治共和国となり、ボガンダはその首相に就任。その後、フランス本国とは協調路線をとりつつ、ベルギー領コンゴやルワンダ・ブルンジ、ポルトガル領アンゴラをも視野に入れたラテン・アフリカ連邦構想を提唱していましたが、1959年3月29日、飛行機事故で亡くなりました。ちなみに、中央アフリカが正式に独立を達成したのは、ボガンダが亡くなった後の1960年8月13日のことで、彼のデザインした国旗は現在なお、中央アフリカの国旗として使われています。

 さて、中央アフリカでは、今年3月、ムスリム(中央アフリカ国内では少数派)が主体の反政府勢力“セレカ”が首都バンギを制圧し、ボジゼ大統領が国外に脱出。その後、セレカは解散したものの、元戦闘員による住民の殺害や略奪が横行し、キリスト教徒が中心の武装自警団との抗争で治安が極度に悪化し、無政府状態が続いていました。

 フランスは、現在でもアフリカの旧植民地諸国とは浅からぬ関係があり、その一部でも無政府状態化して過激派が流入すれば、関連地域全体に脅威が及ぶことを大いに懸念しています。その先例となったのが、2012年以降のマリ情勢だったわけですが、こちらについては、拙著『マリ近現代史』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 *さきほど、カウンターが129万PVを越えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。
 

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 マンデラ元大統領没す
2013-12-06 Fri 10:11
 南アフリカ共和国(以下、南ア)のネルソン・マンデラ元大統領が、日本時間のけさ未明、亡くなりました。享年95。謹んでご冥福をお祈りいたします。という訳で、きょうはストレートにこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       マンデラ大統領

 これは、1994年5月10日に南アで発行されたマンデラ大統領就任の記念切手のうち、大統領の肖像を描く45セント切手です。

 ネルソン・マンデラは、1918年7月18日、東ケープ州トランスカイのウムタタ近郊クヌ村で、テンブ人の首長の子として生まれました。ウィットワーテルスランド大学法学部在学中の1944年、アフリカ民族会議(ANC:African National Congress)に入党し、独立運動家としての道を歩き始めます。

 1948年、南アでは、連合党政権の“対英従属・アフリカーナー軽視”を徹底的に批判する国民党が総選挙で第一党に躍進。政権を獲得しました。このときの選挙キャンペーンとして、国民党が大々的に掲げたのが、アフリカーンス語で分離ないしは隔離を意味する“アパルトヘイト”のスローガンです。

 首相となった国民党のマランは、もともとオランダ改革派教会の聖職者で、「アフリカーナーによる南ア統治は神によって定められた使命である」との信念の下、「国内の諸民族をそれぞれ別々に、純潔を保持しつつ存続させることは政府の義務である」と主張。1950年、全国民をいずれかの“人種”に分類するための人口登録法を制定し、これと前後して、人種間通婚禁止法や背徳法(異人種間の性交渉を禁止する法律)を制定。さらに、都市およびその近郊の黒人居住地から黒人を強制移住させ、その跡地を白人(主としてアフリカーナー)のために区画整理するなどの、差別的政策を強行していきました。

 当然のことながら、ANCはこれに抵抗。1955年6月には、人種差別に反対する多人種の人民会議の開催を呼びかけ、ヨハネスバーグ近郊のクリップタウンで“人種差別のない民主南アフリカ”を目指す「自由憲章」を採択し、1960年には当時議長のアルバート・ルツーリがアフリカ出身者として初のノーベル平和賞を受賞しました。

 ところで、当初、ANCは非暴力主義を掲げていましたが、1960年3月、通行証制度(南アの非白人は身分証に相当する“通行証”の携帯を義務付けられ、不携帯の場合は特定の地域に入れなかったり、甚だしくは逮捕されることもありました)に抗議するデモ隊に會艦隊が発砲し、67名が犠牲となるシャープビル事件が発生すると、これを機に、副議長のネルソン・マンデラを指揮官とする軍事部門、ウムコント・ウェ・シズウェ(“民族の槍”の意味)を設立し、武装闘争もやむなしの路線転換を行いました。これに対して、南ア政府は非常事態宣言を発してANCを非合法化。1963年にはマンデラら幹部が一斉逮捕され、ロベン島の収容所送りとなりました。

 その後、マンデラの身柄は、1982年、ケープタウン郊外のポルスモア刑務所に移監されましたが、1990年2月の釈放まで、彼は27年間を獄中で過ごし、アパルトヘイトに抵抗する南ア黒人の象徴的な存在となりました。

 釈放後のマンデラは、1991年にANC議長に就任。当時の大統領、フレデリック・デクラークと協力して全人種代表が参加した民主南アフリカ会議を2度開き、デクラークとともに1993年度のノーベル平和賞を受賞しました。さらに、1994年4月に行われた、南ア史上初の全人種参加選挙でANCは勝利を収め、マンデラは大統領に就任。1997年に大統領職を退くまで民族和解・協調を呼びかけ、黒人ととの対立や格差の是正、黒人間の対立の解消、経済復興などに尽力したことは、周知のとおりです。

 なお、マンデラと南アの現代史については、拙著『喜望峰』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

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 和食が無形文化遺産に登録
2013-12-05 Thu 10:40
 アゼルバイジャンのバクーで開かれているユネスコ(国連教育科学文化機関)無形文化遺産の政府間委員会で、きのう(4日)、「和食 日本人の伝統的な食文化」の登録が正式に決まりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       香港・寿司

 これは、1990年、英領時代の香港で発行された“世界の料理(International Cuisine)”と題する6種セットの1枚で、“日式菜”、すなわち和食の代表として寿司が取り上げられています。寿司の切手としては古典的な1枚なので、ご存じの方も多いかもしれません。

 “世界の料理”切手では、このほか、フランス料理やタイ料理、インド料理、それに中華料理などが取り上げられています。その意図が、香港では世界のあらゆる料理が味わえることをアピールすることで、“グルメ天国”香港への外国人観光客を誘致しようという点にあるのは明らかです。

 ところで、香港における“食”の多様性ということは、そのまま、香港社会そのものの多様性を示すことになります。

 香港社会は中国系が98パーセントと圧倒的多数を占めているとはいえ、イギリス人をはじめとする欧米人、インド系(貿易商としてやってきたパル-シー教徒、グジャラート人、マルワル人、シンド人、軍事・警察要員としてやってきたシーク教徒など)、主としてメイドとして働いているフィリピン人などのエスニック・グループも社会的に無視できない存在です。これらの少数派と中国系との融和が香港社会にとって重要な課題であることはいうまでもありません。

 その真意はどうあれ、“返還”を控えた1990年代に入って、香港に“民主化”の置き土産を残していこうとした英国の香港政庁は、民主主義の前提である多様な価値観の共存を、理念ではなく、よりリアルなかたちで人々に実感させるため、香港にもマイノリティのエスニック集団がいて、彼らの権利を十分に尊重する必要があることをさまざまな機会を通じてアピールしていましたが、“世界の料理切手”もまた、こうした文脈にそって、香港社会の多様性を“食”という側面から表現したものとみてよいでしょう。

 ちなみに、1997年7月以降の中国香港の切手においては、このように、さまざまなマイノリティ集団を含むという意味での社会の多様性が強調されることはほとんどなく、“中国の香港”という側面が強調されています。香港でしばしば大規模なデモが行われているのも、強引な中国化に対する香港の人々の不安と不満の表れであることは言うまでもありません。

 なお、このあたりの事情については、拙著『香港歴史漫郵記』でも、いろいろと書いて見ましたので、よろしかったら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

 新たに富士山が登録されて注目を集めるユネスコの世界遺産。 いずれも一度は訪れたい魅力的な場所ばかりですが、実際に旅するのは容易ではありません。そこで、「小さな外交官」とも呼ばれる切手や絵葉書に取り上げられた風景や文化遺産の100年前、50年前の姿と、講師自身が撮影した最近の様子を見比べながら、ちょっと変わった歴史散歩を楽しんでみませんか? 講座を受けるだけで、世界旅行の気分を満喫できることをお約束します。

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 切手で訪ねるふるさとの旅:山梨県
2013-12-04 Wed 10:35
 ご報告が遅くなりましたが、『(郵便局を旅する地域活性マガジン)散歩人』第24号(2013年11月号)ができあがりました。僕の連載「切手で訪ねるふるさとの旅」は、今回は富士山を中心とした山梨県の特集です。そのなかから、きょうはこの切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

       三つ峠(富士箱根国立公園・戦前)

 これは、1936年7月10日に発行された「富士箱根国立公園」の切手のうち、三つ峠からの富士を取り上げた6銭切手です。

 都留市・西桂町・富士河口湖町の境界にある三つ峠は、開運山・御巣鷹山・木無山の3つの頂上の総称で、標高1785mですが、いわゆる峠ではありません。奈良時代から修験道の霊山として知られていましたが、善應空胎上人によって正式に開山されたのは、1833年のことでした。

 1936年の「富士箱根国立公園」の切手は、1931年の「国立公園法」制定を受けて、1936年2月までに国内12ヶ所の国立公園が指定されたことを受けて4種セットで発行されました。わが国初のグラビア印刷という版式で、当時の通常切手の2倍という印面寸法が採用されています。なお、当時、印刷局にはグラビア印刷機がなかったため、製版のみを印刷局で行い、印刷作業は大日本印刷株式会社の市ヶ谷工場に委託するという変則的な方式で製造されました。

 また、窓口発売は国立公園地域内の郵便局に限られ、一般の購入希望者は東京中央郵便局へ通信で申し込むことになっていましたが、締切日や購入枚数の制限は設けられていません。

 ちなみに、富士箱根国立公園切手の発行は1936年7月1日付『官報』に公示された逓信省令第22号によって発表されましたが、同省令には「現ニ發行スル一銭五厘、三銭、六銭及十銭ノ郵便切手ノ外ニ左ノ一銭五厘、三銭、六銭及十銭ノ郵便切手ヲ發行シ・・・」と記されており、当初は、シリーズ切手というよりも、観光地で発売する準通常切手という色彩が強かったことがうかがえます。

 ところが、富士箱根切手が予想外の好評を収めたことから、逓信省は国立公園切手のシリーズ化を決定。1938年12月25日に「日光国立公園」の切手を発行した際には、「日光國立公園風景ヲ畫題トスル郵便切手ヲ發行シ・・・」(逓信省告示第3831号)と告示し、国立公園切手としての性格を明確に示しました。

 このため、昭和期屈指のロングシリーズとなった公園切手に関しては、法令上は“日光”がシリーズの最初となりますが、長年の慣行として、収集家の間では、今回ご紹介の切手を含む“富士箱根”が公園切手の第1号とされています。

 さて、今回の記事では、このほか、河口湖、山中湖、七面山、忍野八海、本栖湖、昇仙峡を取り上げました。掲載誌の『散歩人』は各地の郵便局などで入手が可能ですので、御近所でお見かけになりましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。


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 クロアチアとナチス
2013-12-03 Tue 22:33
 歌手のボブ・ディランが、昨年、雑誌『ローリングストーン』フランス語版のインタビューで人種差別に触れた際、「(白人至上主義団体の)クー・クラックス・クランの血が流れていれば、黒人は気付くだろう。ユダヤ人がナチスの血に、セルビア人がクロアチアの血に気付くように」などと述べたことについて、フランス国内のクロアチア人団体が、人種や民族に対する憎悪を扇動することを刑事罰の対象とするフランス国内法に触れるとして告訴。これを受けて、今年11月、フランス当局は、コンサートのため訪仏したディランを訴追していたことが明らかになりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       クロアチア・枢軸宣伝

 これは、1941年にクロアチア独立国が発行した枢軸宣伝の寄附金つき切手で、ナチス・ドイツ、クロアチア独立国、ファシスト・イタリアの紋章が入った盾を掲げる3人の兵士が描かれています。

 現在のクロアチア国家に相当する地域は、第1次大戦以前はオーストリア・ハンガリーの支配下にありましたが、大戦の結果、オーストリア・ハンガリーが崩壊すると、そこから離脱。セルビアの提案による南スラブ諸族によるセルブ=クロアート=スロヴェーン(セルビア・クロアチア・スロヴェニア)王国に参加しました。

 その後、セルブ=クロアート=スロヴェーン王国は1929年にユーゴスラヴィアと改称されますが、同国内ではセルビア人が主導権を持つことへのクロアチア人の不満が根強かったため、1939年、ユーゴ政府は国内の一部をクロアチア自治州とすることで両民族の融和を図りました。しかし、クロアチア人の一部はこれに満足せず、1941年、ドイツ軍のユーゴスラヴィア侵攻に呼応して武装蜂起し、“クロアチア独立国”を成立させました。

 クロアチア独立国は、1941年6月15日、日独伊三国軍事同盟に加わったほか、6月22日に独ソ戦が勃発するとソ連に宣戦を布告し、東部戦線に2万の兵を派遣しました。さらに、同年12月14日には米英に対しても宣戦を布告しています。

 クロアチア独立国は、枢軸諸国を中心に、スペインやバチカン、デンマークなどの中立国を含む19カ国から承認を受けていましたが、実質的にナチス・ドイツの傀儡政権であったため、1945年にドイツが降伏すると崩壊し、ユーゴスラヴィアに吸収されて消滅してしまいました。このあたりは、なんとなく満洲国の運命を髣髴とさせるものがありますな。
 
 ちなみに、今回ご紹介の切手では、クロアチアが枢軸陣営の一員であることを示すため、クロアチアの紋章が入った盾を持つ兵士を中心に、両脇に独伊の紋章が入った盾を掲げた兵士を描いているわけですが、日独伊三国軍事同盟に加入し、日本とともに米英とも戦ったというのであれば、4人目の兵士として日章旗なり旭日旗なりをイメージした盾を持つ兵士が描かれていてもよさそうなものです。それが、そうなってはいないのは、非白人国家の日本に対する人種差別によるものだということもあるのかもしれませんが、ただ単に、極東の日本のことを忘れていた可能性が高いんじゃないかと僕は思っています。多くの日本人にとって、クロアチアはほとんどなじみのない国であるのと同じように。

 
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 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

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 コンゴ“人民共和国”の切手
2013-12-02 Mon 15:40
 今年6月、コンゴ民主共和国の首都・キンシャサで、日本大使館が入る建物から火が出て、大使館が半焼した事件で、警視庁は、きょう(2日)、当時、3等書記官として大使館に勤務していた日本人の男を逮捕しました。男は着服を隠蔽する目的で放火した疑いがあるとみられいます。というわけで、コンゴ民主共和国がらみのマテリアルの中から、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       コンゴ人民共和国の加刷切手

 これは、第2次コンゴ動乱時の1964年、ベルギー領コンゴ時代の切手に“人民共和国(REPUBLIQUE POPULAIRE)”と加刷して発行された切手です。

 1960年、アフリカ諸国が相次いで独立する中で、同年6月30日、ベルギー領コンゴもコンゴ共和国として独立。コンゴ族同盟(アバコ党)の指導者であったジョセフ・カサヴブが大統領に、コンゴ国民運動(MNC)を率いたパトリス・ルムンバが首相に就任しました。

 しかし、コンゴ駐留のベルギー軍撤退問題をめぐり、対外強硬路線のルムンバとベルギー軍が衝突。さらに、混乱の中で、地下資源の豊かなカタンガ州を地盤とするモイーズ・チョンベは、7月11日、ベルギーの支援を受けて、カタンガの独立を宣言。親西側のカサヴブと急進民族主義路線を掲げるルムンバの路線対立もあり、独立間もないコンゴは四分五裂の状態に陥りました。いわゆる第1次コンゴ動乱です。

 ルムンバの要請を受けた国連は、7月14日、安保理決議143を採択。“国連軍”が編成され、カタンガ独立問題へ関与しないことを条件にコンゴに進駐すると、カタンガ政権は豊富な資金力を背景に白人の傭兵部隊を大量に雇い入れ、ルムンバ側からの攻撃に抵抗しました。

 各派入り乱れての泥沼の内戦の中で、1960年9月、大統領のカサヴブが首相のルムンバを更迭すると、ルムンバ内閣は大統領の解任を決議。しかし、CIAの支援を受けた陸軍参謀長ジョセフ・デジレ・モブツ大佐のクーデターにより、ルムンバは逮捕され、殺されます。

 混乱の末、ようやく1961年7月、カサヴブは、カタンガ政権以外の勢力をまとめあげてシリル・アドウラを首相とする挙国一致体制を樹立。これを受けて、国連軍が外国人傭兵の逮捕・追放のための大規模な作戦を開始し、カタンガ政権に対する経済制裁も発動されました。資金源を断たれたカタンガ政権は急速に弱体化し、1963年1月に降伏。チョンベもスペインに亡命し、第1次コンゴ動乱も終結します。

 
 ところが、1964年6月、国連軍が撤退するとピエール・ムレレ率いる共産ゲリラのシンバが中国の支援を得て反乱を起こし、第2次コンゴ動乱が勃発しました。

 ムレレは、ルムンバ亡き後、一時期、外交官としてカイロに赴任した経験を持ち、モスクワ、ベイルートを経て、1962年3月から中国に滞在。ゲリラ戦術や政治教育の方法、銃器や爆発物などの知識と技術を身につけ、1963年7月、秘密裏にキンシャサに戻り、毛沢東主義に倣って農村を拠点に革命運動を展開していました。

 ムレレの“革命”は急速に勢力を拡大し、一時はコンゴの2/3を制圧。革命開始から1964年9月にはスタンレーヴィルで“コンゴ人民共和国”の建国が宣言されました。今回ご紹介の切手は、こうした背景の下、シンバの支配地域で発行されたものです。

 これに対して、窮地に陥ったコンゴ政府は、スペインに亡命していたチョンベを呼び戻して首相に据えるという荒業に打って出ます。チョンベは、アンゴラに逃げていたカタンガ憲兵隊と白人傭兵を呼び戻し、米国やベルギーからの支援も獲得。これで一気に形勢を逆転したコンゴ政府は、1964年11月にスタンレーヴィルへ大攻勢を行い、傭兵部隊やCIA特殊部隊、ベルギー軍特殊部隊の活躍によってシンバ政権を叩き潰し、国号をコンゴ共和国からコンゴ民主共和国に変更しました。

 その後、コンゴ動乱は1965年に米国の支援を受けたモブツ・セセ・セコがクーデターを起こし、独裁政権を樹立したことで終結。モブツ政権は1971年に国号をザイール共和国と改称し、長期独裁体制を維持しました。

 これに対して、1996年11月、ルワンダ、ウガンダ、ブルンジなどに支援されたバニャムレンゲやコンゴ・ザイール解放民主勢力連合(AFDL)などが武装蜂起。周辺諸国をも巻き込んだ第1次コンゴ戦争が勃発し、1997年5月17日、首都キンシャサが陥落してモブツ政権は崩壊しました。これを受けて、国号もザイールからコンゴ民主共和国に戻され、現在にいたっています。

 このように、旧ベルギー領コンゴの独立後の複雑な歴史については、拙著『喜望峰』でも各種のマテリアルをご紹介しながらまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 
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