内藤陽介 Yosuke NAITO
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 春節愉快 万事如意
2014-01-31 Fri 16:31
きょう(31日)は春節です。というわけで、午年の正式なスタートですから、馬の切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       バルバドス(1892)

 これは、1892年、英領バルバドスで発行された1ペニー切手で、英領バルバドスの紋章(シーホースの馬車に乗るヴィクトリア女王)が描かれています。

 バルバドスは、カリブ海の西インド諸島にある島国で、1536年に島を訪れたポルトガルのペドロ・カンポス一行が、この島に生える木の根(苔やつる草という説もあります)をヒゲに見立てて、ポルトガル語で“ヒゲの生えたもの”を意味する“Os Barbados”と命名したのが地名の由来です。

 バルバドスに最初にやってきた西洋人は、1500年に渡来したスペイン人でしたが、スペイン、ポルトガルによる植民地化は成功せず、1627年にセントキッツ島から来た英国人ジョン・パウエルの開拓団により、本格的な植民地化がスタートしました。

 英国がバルバドスを正式な領土とするのは、クロムウェル時代の1652年のことです。その後、1660年に王政が復活すると、国王チャールズ2世は、英国による海の覇権を象徴するものとして、シーホースの馬車に乗る国王の像をバルバドスの紋章としました。この紋章で馬車に乗る国王の姿は、時代に応じてさまざまに変更されましたが、ヴィクトリア女王が登場するのは1880年頃のことでした。
 
 さて、ことしは、わが国とカリブ共同体(旧英領を中心にカリブの14か国1地域が加盟)の事務レベル協議開始後20年が経過した年であるとともに、ジャマイカならびにトリニダード・トバゴとの国交樹立50周年にもあたることから、“日・カリブ交流年”とされています。8月1-3日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>でも、これにちなみ、特別企画としてカリブ切手展を併催の予定です。今後も、同展の事前プロモーションを兼ね、機会を見つけてカリブ諸国の切手をご紹介していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。
 
 
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 ニュージーランド国旗、変更か
2014-01-30 Thu 12:22
 ニュージーランドのキー首相が、きのう(29日)、「国旗変更が望ましい」と述べ、ユニオンジャック(英国旗)が描かれた国旗を変更する考えを示しました。閣議決定の後、年内に予定される総選挙に合わせて国民投票を実施し、新国旗採用の是非を問う方針だそうです。というわけで、きょうはストレートにこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ニュージーランド国旗

 これは、1961年にニュージーランドで発行された9ペンス切手で、同国の国旗が大きく描かれています。

 ニュージーランドの国旗は、青地の左上にユニオンジャックを配し、白く縁取られた四つの赤い星からなる南十字星をあらわしたデザインで、1869年に導入され、1902年、議会で正式に国旗として制定されました。オーストラリア国旗とはデザインがよく似ているのですが、オーストラリア国旗は右側の星が5つ(とユニオンジャックの下に大きな星が1つ)あるほか、星の形も五芒星(☆)ではなく、7州を意味する7つの頂点を持つ形になっています。また、星の色には、ニュージーランド国旗が、今回ご紹介の切手にあるように、正式には白い縁取りのある赤色なのに対して、オーストラリア国旗は白色です。ただし、たしかに遠目にパッと見ると、両者を混同するというケースが多いのも、仕方ないかもしれません。

 さて、英連邦諸国では、1965年にカナダが英国旗が描かれた国旗から現在のメープルリーフ旗に変更した例がありますが、そうしたことを踏まえてなのか、キー首相は、あくまでも個人の意見として、新国旗のデザインには、先住民マオリにもゆかりが深く、ラグビーのニュージーランド代表、オールブラックスのユニフォームにも描かれているシダの一種、シルバーファーンが良いのでは、と提案しているそうです。

 まぁ、よその国の国旗なので、日本人がとやかく言うべき筋合いではないのでしょうが、あえて僕の個人的な好みでいえば、国鳥のキーウィを取り上げたらいいんじゃないかと思いますが…。今後の行方が気になるところです。
 
 
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 切手に描かれたソウル:騎馬人物形土器
2014-01-29 Wed 18:34
 『東洋経済日報』1月24日号が刊行されました。僕の月1連載「切手に描かれたソウル」では、今回は、いまさら「おめでとうございます」とは言いづらい日付になってしまったのですが、ともかくも2014年最初の掲載ですし、ソルラル(旧正月。ことしは1月31日)も近いので、昨年同様、ソウルの国立中央博物館の所蔵品のなかから干支にちなんで、騎馬人物形土器を描く切手を取り上げました。きょうはその中からこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

       騎馬人物形土器(1983年)     騎馬人物形土器(実物)

 左は、1983年に韓国で発行された80ウォンの普通切手で、騎馬人物形土器が取り上げられています。右側は、切手とは反対側から撮影した土器の実物の写真ですが、反転させても、ほぼ同じデザインという感じですな。

 さて、国立中央博物館には、慶州の金鈴塚から出土した新羅時代、6世紀の騎馬人物形土器が展示されています。土器は主人像と侍従像の2体があり、主人像は高さ24センチ、長さ29.5センチ、侍従像は高さ21センチ、長さ26.3センチです。

 いずれの像も、馬の胸と尻の上には、液体が注げる穴が空いているので、薬缶のような用途で使われたとも考えらていますが、実用品というよりも、副葬品として死者の安らかな眠りと死後の世界に対する願いを込めた儀礼的な品物であったとみるのが妥当でしょう。

 土器は、出土時の状態が極めてよく、当時の服装等が良くわかる資料として、2体セットで国宝第91号に指定されていますが、これまで切手に取り上げられたのは主人像のみです。

 主人像は装飾の施された三角の帽子と鎧を付けており、腰の左には刀を差した凛々しい姿で、馬の額には角のような装飾も施されており、儀礼の際の装束を表現したものと考えられています。これに対して、従者像は帽子も鎧もなく、馬具も簡略化されており、地味な印象です。

 もともと、80ウォンの普通切手に騎馬人物形土器が取り上げられたのは1977年9月15日のことですが、今回ご紹介の切手は、1983年6月1日の郵便料金改正に伴い、80ウォンが定型重量便書状の料金となったことに対応して発行されたもので、いわゆる色検知枠が印刷されています。
 
 1979年以降、韓国では、日常的に使用される普通切手に関しては、印面の周囲に0.5ミリの幅で特定の色の枠を印刷し、その色によって郵便物の種別を機械で読み取る“色検知システム”が導入されました。色検知システムは、もともとは1967年から日本で行われていたものを韓国でも導入したもので、読み取り機(郵便物の種別を読み取り、消印の押印作業まで行う)も日本製でした。

 ちなみに、韓国で郵便番号制度が導入されたのは1970年7月1日のことでしたが、そのシステムや読み取り機も日本から輸入したもので、当初は、日本同様、3桁ないしは5桁の番号を封書やはがきの上部に設けられた枠内に記入する方式が採用されています。

 このことは、“漢江の奇跡”と呼ばれた韓国の経済成長は、日本の経済的支援のみならず、技術的支援によっても支えられていたことを物語るエピソードとして、もっと多くの人に知られても良いのではないかと思います。


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 ダゲスタンでの聖火リレー
2014-01-28 Tue 14:16
 開幕まで10日余りとなったソチ冬季五輪の聖火リレーが、きのう(27日)、ロシア南部ダゲスタン共和国に到着しましたが、テロへの警戒から、当初、一般道の約42キロのコースで約270人にリレーされる予定だったところを、首府マハチカラのサッカー場内で5キロ強、67人のリレーに大幅に縮小され、行われたそうです。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      チラクチャイ

 これは、1966年にソ連で発行された切手つき封筒で、ダゲスタン南部、カスピ海に注ぐチラクチャイ川の風景が描かれています。

 ダゲスタンはカスピ海西岸、チェチェン共和国、グルジア、アゼルバイジャンなどと隣接しており、国土の4分の3を山岳・丘陵地帯が占めています。ちなみに、ダゲスタンというのは民族名ではなく、テュルク語で“山の国”の意味です。現在のロシア連邦を構成するダゲスタン共和国は、ソ連時代のダゲスタン自治ソビエト社会主義共和国が、ソ連崩壊後の1992年3月、ロシア連邦条約でロシア連邦を構成する共和国となったものです。

 山岳地帯で人々の自由な往来が困難だったこともあって、世界でも有数の多言語・多民族地域として知られ、約5万平方キロの面積に30以上の民族が住んでいます。そのうちの主要10民族とされているのが、コーカサス諸語の民族であるアグル人、アヴァール人、ダルギン人、ラク人、レズギ人、ルトゥル人、タバサラン人、ツァフル人、およびテュルク系民族のクムク人とノガイ人で、住民のほとんどはスンナ派のムスリムです。

 このうち、レズギ人とノガイ人には、それぞれ、周辺国に居住する同一民族による統一と独立を求める勢力があり、クムク人には母語による教育・文化の保護を理由としたダゲスタン内での自治国家創設を求める動きがありますが、ダゲスタン全体としては、諸民族の関係は比較的安定しているとされています。

 ただし、この地域は、伝統的に北カフカスにおけるイスラム文化の中心地となっており、1859年にチェチェンとともに帝政ロシアに併合されるまでロシアに対する抵抗運動の拠点となっていました。こうした歴史的背景もあり、プーチン政権がチェチェン独立運動を武力で制圧した後は、チェチェン系を中心としたイスラム過激派組織は反ロシア活動の拠点を隣接するダゲスタン内に移し、現在でも活動を継続しています。

 今回ご紹介の切手つき封筒に描かれているチラクチャイ川流域は首府のマハチカラから離れていますので、今回の聖火リレーが予定通りのルートで行われたとしても、この切手つき封筒に描かれた場所を通過するということにはならないのですが、ダゲスタンの一般的な田舎道ということでいえば、似たような風景の中をランナーが走っていくという光景が見られたのかもしれません。  


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 文楽への補助金削減へ
2014-01-27 Mon 11:55
 国立文楽劇場(大阪市中央区)の初春公演が、きのう(26日)、千秋楽を迎え、同劇場のまとめでは、初春公演は過去最多の動員を記録したものの、年間の有料入場者数は前年比2.5%減の10万1204人となり、大阪市が文楽協会への補助金を満額(3900万円)支給するための条件として掲げた10万5000人には届かず、約734万円カットされる見通しとなったそうです。というわけで、文楽応援企画ということで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       野崎村(古典芸能シリーズ)

 これは、1972年3月1日発行に発行された古典芸能シリーズ第3集(文楽)のうち、「野崎村」を取り上げた1枚です。

 「野崎村」は、1710年、大坂で大店の娘お染と丁稚の久松が心中したことを題材とした近松半二の作品『新版歌祭文』の上の巻にあたるもので、1780年に大坂・竹本座で初演されました。
 
 大坂の油屋に奉公する久松は、養父である野崎村の百姓、久作の妻の連れ子おみつと許婚でありながら、店の娘お染と相思相愛の仲でした。しかし、主人と奉公人の許されぬ恋であるうえ、お染には縁談もまとまり、二人の前途に希望はありません。しかも、悪人に店の金をだまし取られた久松は、野崎村へ戻されてしまいます。一方、久松との結婚を楽しみにしてきたおみつは、思いがけず祝言が早まることになり、大喜び。ところが、“久松と別れるなら死ぬ”と激しい恋心を抱くお染が久松の跡を追って野崎村を訪れます。久作に諭された二人は、いったん、別れることを約束しますが、そこに心中の覚悟を見抜いたおみつは、久松との結婚を諦め、尼となる――という内容です。

 切手の元になった写真は林嘉吉が撮影したもので、久松を慕って野崎村まで訪ねてきたお染が久松をかきどいている場面です。人形の遣い手は久松が豊松清十郎、お染が吉田蓑助です。切手としての原画構成を担当したのは大塚均でした。

 さて、大阪市の橋下徹市長は、2年前、文楽協会への助成を見直す方針を打ち出し、市は、技芸員の活動補助金1000万円を除いた運営補助金2900万円分について、国立文楽劇場での年4回の「本公演」と「文楽鑑賞教室」の集客数に応じて増減させる制度を決め、今年度から新制度がスタートしました。この結果、合計の入場者数が10万5000人を切った場合、補助金は、下回った人数1人につき約1930円ずつ減額されることになり、9万人以下ならゼロということになっています。

 文楽が、国や自治体の助成金など全く受け取らなくとも、純粋に公演のみで利益を上げられるのであれば、大変結構なことなのでしょうが、現実には、そうなっていないわけで、すでに、1955年の時点で、国は“(人形浄瑠璃文楽座の座員により演ぜられる)文楽”を「文化財保護法」に基づく重要無形文化財に指定し、文楽の保存、記録の作成、伝承者の育成に対して、公費でその経費の一部を負担することができるようにしています。この場合、文楽が真に国の助成に値する文化財か否かという点については議論があるかもしれませんが、個人の好き嫌いは別として(報道を見る限り、橋下市長は文楽がお嫌いなようですが)ユネスコ無形文化遺産保護条約の発効以前の2003年、文楽は「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に掲載され、2009年9月の第1回登録で正式に無形遺産として登録されていることからすると、その文化的・芸術的価値は広く世界的に認められていると考えるのが妥当でしょう。

 もちろん、税金による助成を受ける以上、文楽協会側には、公正かつ適正な資金の運用ときちんとした会計報告が求められるのは当然の話で、この点において、過去の同協会には問題点がなかったわけではないでしょう。ただし、その場合、責任を追及されるべきは文楽協会ないしはその役員なのであって、坊主憎けりゃ袈裟までよろしく、文楽そのものへの支援も止めてしまえばいいということにはならないはずです。

 文楽協会が、助成金に見合っただけの成果をあげていないというのであれば、たとえば、従来の公演や鑑賞教室に加え、大阪市が行うイベントや要人接遇の際のアトラクションとして文楽の公演を行うなどして、不足分は“体で払ってもらう”ということも考えられるわけで、そうした知恵も絞らず、入場者数という数字だけで評価してバッサリというのは、市長が文楽嫌いで知られるだけに、どうにも割り切れないものが残ります。

 ちなみに、文楽と同じくユネスコ無形文化遺産でありながら、実際に鑑賞する人数という点では、文楽よりもはるかにマイナ―と思われる(失礼)沖縄の組踊について、人数が少ないから、助成金をカットしようと沖縄県なり那覇市なりが言い出したという話は、寡聞にして、聞いたことがありませんな。


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 インドの共和国記念日
2014-01-26 Sun 23:27
 きょう(26日)は、独立後のインドで1950年1月26日に憲法が施行され、正式に共和制が発足したことを受けて、“共和国記念日”とされており、恒例のニューデリー中心部での軍事パレードをはじめとする政府主催の記念式典には、わが国の安倍首相が主賓として参加しました。日本の首相が式典に参加するのは初めてのことです。というわけで、きょうはこの切手です、(画像はクリックで拡大されます)

       インド共和記念日2アンナ

 これは、1950年1月26日にインドで発行された共和国成立の記念切手の1枚で(発行日の日付がしっかり入っているのもうれしいところです)、ネルー首相による共和国成立の演説を周知するための街頭スピーカーと、国旗を振ってパレードする国民が描かれています。インドの共和国成立記念の切手は4種セットで発行されていますが、今回は、安倍首相が記念日のパレードに主賓として招かれたということでもありますし、パレードの場面を取り上げた1枚をご紹介しました。

 さて、インドの憲法は、1947年8月の独立に伴い法務大臣に就任したアンベードカルが取りまとめたもので、全395条からなっています。憲法起草の中心人物であったアンベードカルがいわゆる不可蝕民階層の出身であったこともあり、社会的弱者を保護するための条項が、憲法の随所に設けられていることが特徴的とされています。

 また、憲法の規定では、国権の最高機関は国会(議会)ではなく裁判所であり、裁判所には議会の動きを監視できる権限が与えられているのも大きな特徴です。裁判所が選挙の際の一票の格差を是正するように求めても、国会がなかなか動かないどこかの国とは大違いですな。

 ちなみに、インドでは独立以来現在にいたるまで100回以上も憲法を改正しており、必要に応じて憲法を社会の実態に沿うように修正するという姿勢は徹底しています。そういうインド人の目から見れば、現実との乖離が大きくなっているにもかかわらず、60年以上も、全く憲法を変えてこなかった日本人というのはさぞかし不思議な国民に見えるんでしょうねぇ。


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 台湾総統府に大型トラック突入
2014-01-25 Sat 23:42
 きょう(25日)早朝、台北市にある台湾総統府の正門に大型トラックが突っ込み、運転していた男が重傷を負って病院に搬送されるという事件がありました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       台湾総統府100円

 これは、1958年9月20日に台湾で発行された額面100円の普通切手で、台湾総統府が描かれています。今回の事件では、トラックは車止めや階段を上って、正面のアーチ形入口の部分に突入しており、警察では、トラックを運転していた男が意図的な犯行に及んだものとみて捜査を進めているそうです。なお、事件当時、馬英九総統はサントメ・プリンシペに外遊中で不在だったそうです。

 さて、日本統治時代の台湾総督府の庁舎は、当初は、清朝時代の布政使衙門が接収されて用いられていましたが、1907年、新庁舎の設計案が公募されています。そして、審査の結果、1909年、第二等(第一等は該当作なし)となった長野宇平治(辰野金吾の高弟で早稲田大学教授。後に日本建築士会初代会長)の作品をもとに、台湾総督府営繕課の技師、森山松之助が大幅に修正を施して、1916年、赤レンガ造りの新庁舎が竣工し、1919年から現在の建物が使用されることになりました。

 新庁舎は東向き、すなわち、日本の方向を向いて建っており、上空から見ると“日”の字の構造となっているのが特徴です。正面入り口は東側の中央にあり、高さ60メートルの中央塔には台湾初のエレベーターが設置され、塔からは台北市街が一望できました。

 総督府の庁舎は、第二次大戦中、米軍の空襲によって中央塔以下をかなりの損害を受けましたが、その後改修され、1949年に国民党政権が台湾に遷移した後は、総統府として使用されるようになりました。

 現在、台湾の総統府は歴史的建造物として、1階部分はツアー形式での見学が可能です。以前、台湾を旅行した際には僕も参加してみたのですが、日本時代を知るボランティアのお年寄りが、「日本時代は本当によかった。蒋介石父子の時代は暗黒時代だった。李登輝さんの時代にようやくまともになった。台湾の人間は人が良いから、しっかりしないと(大陸の)シナ人に騙されてばかりだ。」という趣旨のことをさかんに語ってくれたのが、印象的で今でも鮮明に覚えています。

 今回、突っ込んできた男にどういう動機があったか知りませんが、なんにせよ、日本統治時代の貴重な歴史的遺産を破壊するような暴挙には怒りを感じますな。妙な政治的背景がなければいいのですが、あったらあったで、徹底的に追及して、しかるべき処罰を下していただきたいものです。


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 日本海は日本海
2014-01-24 Fri 22:46
 米南部ヴァージニア州の州議会上院は、現地時間の23日、公立学校の教科書での日本海の表記に韓国の呼び名である「東海(トンヘ)」を併記するよう求める法案(韓国系団体の働きかけなどを受けて提案されていたもの)を32対4の賛成多数で可決しました。というわけで、抗議の意味も込めて、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       五合庵と日本海

 これは、1992年5月1日、ふるさと切手(新潟県)として発行された「五合庵と日本海」の切手です。印面下部にしっかりと“日本海”の文字が入っている1枚ということで持ってきました。

 弥彦山脈の南端、国上山中の五合庵は、諸国遍歴を終え、越後に戻った良寛が、1804年から13年間を過ごした庵で、その名前は、戦国時代に国上寺本堂を再建した萬元が毎日米5合を給されていたことに由来しています。ちなみに、良寛がここを居所とする前は、国上寺の前住職・義苗が住んでいました。

 さて、日本海の古称は“鯨海”で、19世紀初頭、世界周航に際してこの海を通過したロシア海軍の提督、アーダム・ヨハン・フォン・クルーゼンシュテルンが、“日本の海”を意味するロシア語のЯпонское море(ヤポーンスコエ モーリェ)と命名したのが、日本海という呼称の国際的なルーツとなりました。

 その後、日本海の名称としては、各国語で“日本の海”を意味する呼称が定着。今回の葉書でも、これを踏まえて、英文で“Japan Sea”との名称が記載されています。

 朝鮮半島では、国内では“(朝鮮)東海”という呼称が使われることもありましたが、1992年以前は、すくなくとも欧文で“日本の海”を示す地名が用いられることに異議が唱えられることはありませんでした。実際、韓国は1957年に国際水路機関(IHO。世界の海図や海、海峡の名称などを調整するための組織)に加盟していますが、当初は彼らも“日本海”という呼称に同意してたばかりか、韓国政府発行の地図にも“日本海”との表記があったほどです。

 こうした経緯を無視して、1992年に突如、韓国側が日本海の呼称にクレームをつけ、“東海”との呼称を併記するように主張するようになったのは、おそらく、同年末の大統領選挙を前に、国民の支持を得るために反日を持ち出すという、彼らの悪弊が噴出したためとみるのが妥当でしょう。

 当然のことながら、韓国側の主張は唐突で、すでに定着している日本海の呼称を変更しなければならない根拠も薄弱なので、当初は国際社会からもまったく相手にされなかったのですが、彼らがあらゆる機会をとらえ、倦むことなく「日本海と東海の呼称を併記せよ」と発信し続けてきた結果、日本側の発信がほとんどなかったこともあり、徐々に彼らの主張に耳を傾ける外国人も出てきています。今回のヴァージニア州議会の一件も、そうした彼らの活動の成果といえましょう。

 ちなみに、米国では州の独立性が強く、連邦政府と州の見解が異なる例は少なくないのですが、この問題に関して米国務省の見解は、米国地名委員会(連邦政府が使用する地名の統一を目的するための組織。1947年創立)の決定した呼称は“日本海”のみであるという立場を維持しており、連邦政府の書類などには“日本海”の単独呼称を使用することが義務付けられている(“東海”を併記してはいけない)ほか、国内の関係機関にも“日本海”のみの使用を推奨しています。

 まぁ、地名委員会の決定がすぐにひっくり返るということはなさそうですが、領土は国家の基本ですので、おかしなことはおかしいと我々も機会をとらえて主張していかねばなりますまい。

 * 本日、江戸東京博物館で開催されたトークイベント「切手と浮世絵」は、無事、盛況のうち終了いたしました。ご参加いただきました皆様には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。


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 明日(24日)、トークやります!
2014-01-23 Thu 13:38
 かねてご案内の通り、東京・両国の江戸東京博物館で開催中の大浮世絵展に連動して、同館・学習室にて、あす(24日)13:30より、「切手と浮世絵」と題するトーク・イベントをやります。(詳細・お問い合わせ先はこちらをご覧ください)というわけで、きょうはその予告編を兼ねて、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ビードロを吹く娘

 これは、1955年11月1日に発行された切手趣味週間の切手で、喜多川歌麿の「ビードロを吹く娘」が取り上げられています。

 1954年11月の切手趣味週間(以下、趣味週間)にあわせて発行された記念の切手帳ペーンは、ペーンそのものが通常の10円切手を流用しただけの安易ものであったことに加え、その販売をめぐる不手際から、収集家の轟々たる非難を浴び、惨憺たる失敗に終わりました。

 これに対して、ペーンを企画した中村宗文(郵務局管理課・課長補佐)は「郵趣家の要望に応じて、無理を押して発行してやったのに、いまさら文句を言うとは心外である」などと強気の態度で押し通していましたが、切手係長の津留静雄などは、ペーンの発行が失敗であったことを認め、翌年の趣味週間にすぐれた切手を発行することで、傷ついた郵政省の名誉を挽回しなければならないと考えていました。

 このため、津留は郵政審議会の専門委員であった三井高陽と話し合い、西欧諸国の“切手の日”にならい、毎年、趣味週間には毎年“良い切手”を発行するという基本的な方針で合意。これを受けて、12月13日の郵務局の部内会議で津留は、当面の間、趣味週間を毎年の記念切手発行計画に入れることを提案し、①趣味週間の切手は記念切手ではなく特殊切手とする、②題材は、浮世絵の中から適当なものがあれば検討する、という条件をつけた上で、基本的な了承を得ています。

 こうして、翌14日、翌年の切手発行計画を検討するための郵政審議会専門委員会議では、前日の部内会議の結果を踏まえて趣味週間の切手発行が議題に取り上げられ、かねてからの津留との打ち合わせに沿って三井が賛成演説を行いました。こうして、翌年から、趣味週間には特殊切手を発行することが正式に決定されます。

 今回の趣味週間切手の題材選定に関しては、当初から、浮世絵版画の中から適切なものを選ぶとの基本方針があったため、津留は、東京国立博物館の絵画室とも協議の上、1955年7月、候補の絞り込みに着手しました。

 当初、候補として挙げられていた作品は、喜多川歌麿の「ビードロを吹く娘」、「針仕事」、「洗濯」、「湯上りの娘」(歌麿の作品に関しては、吉原情緒の名品も多いが、切手に取り上げる性質上、そうした類のものは最初から除外された)と、鈴木晴信の「水売り」、「七夕」、「絵暦」でした。

 このうち、博物館側の強い推薦もあり、「ビードロを吹く娘」が切手に取り上げられることに決定されます。

 「ビードロを吹く娘」は、歌麿の「婦人相學十躰(画面上の文字から婦女人相十品とも呼ばれる)」の一品で、1792-93年頃の作品といわれています。

 ビードロとは、本来はガラスを指すポルトガル語ですが、ここでは、ガラス製の玩具を指す用語として用いられています。なお、この玩具は、吹いて遊ぶときの音から「ポッペン」とも呼ばれ、現在でも土産物などとして販売されています。

 さて、切手に取り上げる浮世絵は決ったものの、「ビードロを吹く娘」のオリジナルは、博物館の門外不出の秘蔵品であったため、郵政省は博物館に複製品もしくは写真の借用を依頼。これを受けて、博物館は、複製品の所蔵者である東京都中央区の住吉神宮の平岡好通を紹介。平岡の所蔵する複製品をもとに、切手の原図が作成されました。

 その際、絵画上の「婦女人相十品」などの文字は、切手としての画面構成を考慮して省略されました。また、オリジナルの持ち味を最大限に生かすため、印刷局の目打原簿のなかで最も広いものを採用することとし、33x48ミリという印面寸法が採用されることになりました。

 この原図は、8月3日、郵政省から印刷局に回され、オリジナルの版画との差異(オリジナルと複製品とでは、全体の色調や髪の部分の描き方などが異なっていた)を修正し、製版作業が行われます。

 今回の切手に関しては、オリジナルを忠実に再現しようとすると、異なる色のかけ合わせを行わねばならないなど技術上の困難も少なくなかったため、印刷局としては単色グラビア印刷での切手製造を希望していましたが、郵政省は原色刷を強く主張。結局、原色刷が行われることになり、背景のキラ摺りの古びた感じや、全体の退色した色調も忠実に再現されました。

 なお、今回の切手は、上記のように基本的にはオリジナルを忠実に再現したものではありますが、画面構成の都合から、版画右上の文字(婦女人相十品、相観歌麿考画)や出版許可証にあたる印、版元の蔦重の商標などはトリミングで削除されています。

 こうして発行された切手は、日本最初の大型グラビア4色刷切手で、歌麿の美人画という一般にもなじみのある題材が取り上げられていたことから、新聞での報道発表と同時に一般でも相当な反響を呼び、11月1日に切手が発行されると、国内のみならず、海外からも注文が殺到し、当初発行された500万枚はまたたく間に売り切れとなってしまいました。このため、郵政省は、今回限りとして50万枚の増刷を発表。増刷分に関しては、東京中央郵便局の切手普及課で発売しています。

 このように、「ビードロを吹く娘」は、1948年の「見返り美人」以来のすさまじい人気切手となり、日本の記念切手史上にその名をとどめることになりました。また、グラビア多色刷による大型美術切手という企画は、各国の郵政や印刷局にも大きなインパクトを与えました。なかでも、1960年代からフランスで発行されるようになった一連の美術切手は、この「ビードロを吹く娘」に触発されて企画・発行されたものといわれています。

 明日のトークイベントでは、このほかにも、戦後の切手史を彩った数々の浮世絵切手について、当時の社会状況なども交えながらいろいろとお話しする予定です。事前にお申込みいただくのがベターですが、当日、会場に直接お越しいただいてもOKですので(ただし、浮世絵展の入場券+資料代で2100円の参加費が必要となります)、ぜひ、お越しいただけると幸いです。


 ★★★ 明日開催! トーク・イベントのご案内 ★★★

 2014年1月2日より、東京・両国の江戸東京博物館で大浮世絵展がスタートしますが、会期中の1月24日13:30より、博物館内にて「切手と浮世絵」と題するトーク・イベントをやります。

 参加費用は展覧会の入場料込で2100円で、お申し込みは、よみうりカルチャー荻窪(電話03-3392-8891)までお願いいたします。展覧会では、切手になった浮世絵の実物も多数展示されていますので、ぜひ遊びに来てください。

 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

大浮世絵展・紹介記事


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 47歳になりました
2014-01-22 Wed 11:51
 私事ながら、本日(22日)をもって47歳になりました。「だからどうした」といわれればそれまでなのですが、せっかく年に1度のことですから、現在手掛けているリオデジャネイロ本の内容にからめて、ブラジル切手の中に“47”に関する切手はないかと思って探してみたら、こんなモノがありました。(画像はクリックで拡大されます)

       チラデンチス宮殿(第47回列国議会同盟会議)

 これは、1958年にブラジルで発行された「第47回列国議会同盟会議」の記念切手で、会議場となったチラデンチス宮殿が取り上げられています。ちなみに、実際のチラデンチス宮殿は下の画像のような感じです。

       チラデンチス宮殿(実物)

 列国議会同盟会議(IPU)は、1870年の普仏戦争が当時としては甚大な被害をもたらしたことの反省から、国家間の紛争防止のために各国の国会議員がたがいに話し合う機会を設けるべきとして、ロベルト・フォン・ウォルテスキルヒェン(オーストリアの下院議員)とドン・アルトロ・マルコアルト(スペインの国会議員)が提案したもので、1889年6月にパリで第1回会議が開かれました。ちなみに、1958年度の会議は、7月24日から8月1日まで、当時のブラジルの首都だったリオデジャネイロで開催され、翌1959年のワルシャワ会議を経て、2年後の1960年度の第49回会議は東京で開催されています。

 さて、切手に取り上げられたチラデンチス宮殿の場所は、ポルトガル植民地時代には牢獄のあった場所で、1822年にブラジルが帝国として独立すると、1826年には牢獄の建物は国民議会の下院議事堂に転用されました。現在の建物は1926年に完成したもので、フランス様式とネオコロニアル様式を折衷した建築となっています。

 宮殿の名称になっているチラデンチスは、tirar(抜く)・dentes(歯)、すなわち“歯を抜く(者)=歯医者”戸の意味ですが、これは、歯科医にして詩人で独立運動家だったジョアキン・ジョゼ・ダ・シルバ・シャビエルのニックネームです。

 チラデンチスは、1756年、ミナス・ジェライス地方のサンジョアンデルヘイ生まれ。当時、宗主国ポルトガルはブラジルの貿易を独占し、植民地のブラジルに対して過酷な税を課すなどの圧政を敷いていました。このため、金鉱を抱えるミナス・ジェライス地方では、本来は自分たちに還元されるべき富が収奪されることへの反発が強く、米国独立戦争の影響もあり、ポルトガルからの独立を求める動きが生まれます。

 こうした状況の下、1789年、ミナス・ジェライスのヴィラ・リーカで、チラデンチスらは独立のための武装蜂起を計画しましたが、革命を計画していた仲間の一人、ジョアキン・シルベーリョ・ドス・ヘイスの裏切りによって、蜂起は未遂に終わり、関係者は一網打尽に逮捕されてしまいます。いわゆる“ミナスの陰謀”です。

 裁判では、革命に関与したグループのうち、最も身分の低かったチラデンチスにすべての責任を押し付ける形で彼にのみ死刑判決が下され、1792年4月21日、チラデンチスはリオデジャネイロのサン・ドミンゴス刑場の絞首台で露と消えました。刑の執行直前、チラデンチスは絞首台の上から「自分は人間が求める自由のために死ぬ」と叫びましたが、このことはポルトガル当局をさらに激昂させることになり、処刑後の遺体は、見せしめのため、バラバラにされたうえでリオ・ミナス街道とビラ・リーカで晒しものにされています。
 
 その後、ブラジルが独立すると、チラデンチスは“テロリスト”から一転して独立の義士として英雄になり、1926年に建設された議事堂には彼の名前が付けられたほか、その正面には、彼の像も建立されることになったというわけです。

 さて、現在、昨年11月の現地取材をもとに、リオデジャネイロに関する本を今春に刊行すべく準備を進めています。例によって、原稿の方は遅々として進まない状況ではあるのですが、いずれ具体的な書名・刊行日などが決まりましたら、このブログでもご報告していく予定ですので、よろしくお願いいたします。


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 2014年1月2日より、東京・両国の江戸東京博物館で大浮世絵展がスタートしますが、会期中の1月24日13:30より、博物館内にて「切手と浮世絵」と題するトーク・イベントをやります。

 参加費用は展覧会の入場料込で2100円で、お申し込みは、よみうりカルチャー荻窪(電話03-3392-8891)までお願いいたします。展覧会では、切手になった浮世絵の実物も多数展示されていますので、ぜひ遊びに来てください。

 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

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 12年ぶりのクール・ランニング
2014-01-21 Tue 17:25
 映画『クール・ランニング』で世界の注目を集めたジャマイカのボブスレー代表チームが、2002年のソルトレイクシティ―五輪以来3大会ぶりに、ソチの冬季五輪に出場することになりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ジャマイカ・ボブスレー

 これは、1988年、カルガリー五輪に出場したボブスレー代表チームを取り上げたジャマイカの切手です。

 雪の降らない熱帯諸国の冬季五輪参加は、1972年の札幌五輪に参加したフィリピンが最初で、ついで、1980年のレイクプラシッド五輪にコスタリカが参加しました。1988年のカルガリー五輪には、熱帯諸国のうち、コスタリカ、フィジー、グアム、グアテマラ、ジャマイカ、オランダ領アンティル、フィリピン、プエルトリコ、アメリカ領ヴァージン諸島が参加。このうち、ジャマイカのボブスレー・チームが特に人気を博し、彼らを題材にフィクションを交えて作られたのが1993年の映画『クール・ランニング』でした。

 映画『クール・ランニング』は、オリンピック出場を目指しながらも予選で転倒し敗退したジャマイカの陸上選手デニスが、夢を捨て切れないままにジャマイカ初のボブスレー・チームを結成し、元金メダリストのアーブを無理やりコーチに迎え、冬季オリンピックの開催地カルガリーを目指して猛特訓を開始し、ついには出場を果たすという物語です。

 実際のボブスレーのジャマイカ代表チームは、ジャマイカ在住の米国人が「ジャマイカ人はスポーツに秀でているので、冬でも成績が残せるか」ということで賭けを行ったのが発端だったそうで、スタートを重視してオリンピック陸上選手をリクルートしようとしたものの断られたため、軍とジャマイカ政府観光局の協力の下、体力テストで選ばれた3人の軍人と電気技師、さらに、大会直前にソウル五輪を目指していた陸上選手が参加しています。

 メンバーは、前年9月には練習をはじめ、10月には雪の上での練習も開始しており、映画のように、カルガリーについて初めてそりに乗ったというわけではありません。また、軍人のうちの2人は英国滞在の経験もありましたから、映画で描かれているように、全員が雪を見るのが初めてというわけでもなかったようです。
 
 さて、映画のヒットもあり、ジャマイカのボブスレー代表には、しばらく、国の強化資金や寄付も集まりましたが、ブームは長続きせず、カルガリー五輪に参加した選手も徐々に引退。次第に、忘れられた存在となっていきます。

 そうした状況の中で、カルガリー五輪にも出場したウィンストン・ワッツは、引退後、米国に移住。当初はニューヨークに住んでいたものの、その後、ソルトレイクシティー五輪の会場ともまったユタ州パークシティーから車で1時間ほどのワイオミング州エバンストンに移ったことで、競技への情熱が復活し、2年ほど前から競技生活を再開していました。

 今年に入ってから、今月8-9日にレークプラシッドで開催された北米杯で、ワッツを含むジャマイカのボブスレー2人乗りチームは5位と7位に入り、世界ランキングも39位に上昇。ソチ五輪への参加が有力視されるようになり、英語圏のメディアは“クール・ランニング再び”と盛り上がりました。

 ところが、ジャマイカのボブスレー代表は慢性的に資金難にあえいでおり、五輪出場が有力ということでメディアが盛り上がっていても、ワッツ本人はインタビューに対して「でもソチに行くお金がないんだ」と告白せざるを得ませんでした。ちなみに、ワッツ本人は、すでに15万ドルをチームのためにつぎ込んでおり、これ以上に支出は無理な状況です。

 こうした事情が明らかになると、ジャマイカ五輪委員会などがインターネットの寄付金集めサイトを立ち上げ、開始から48時間で世界各地からの寄付は約8万4000ドルにも達し、ジャマイカ五輪委員会ならびにソチ五輪組織委員会も旅費を負担することになり、12年ぶりの五輪出場が実現。ワッツはメディアのインタビューに対して「何てことだ。世界中が我々のうしろにについている。こんな小さな島国のために感動的だよ」と話したそうです。

 この調子だと、五輪の終了後、こうした経緯にスポットをあてた『クール・ランニング2』が制作されるということも十分にありそうですな。

 * 本日未明、カウンターが131万PVを越えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。


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 アタリの番号は72と74
2014-01-20 Mon 10:15
 “平成26年お年玉付年賀はがき”の抽選会が、きのう(19日)、東京・東京丸の内のJPタワーで行われ、年賀小型シートの当選番号は72と74に決まりました。というわけで、きょうはストレートにこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       年賀小型シート(2014)

 これは、きょう(20日)から引換が始まった今年(2014年)の年賀小型シートです。かつて成人の日が1月15日に固定されていた時代には、年賀はがきの抽選が成人式と並ぶ1月15日の風物詩となっていたわけですが、いわゆるハッピーマンデーの導入により、成人の日が1月の第2月曜日となったことで、その前提が大きく変わってしまい、抽選日も近年は1月下旬の日曜日ということで毎年変わっています。

 さて、今年の年賀切手のうち、小型シートに収められているのは、50円切手が中山人形の“土鈴春駒”、80円切手が琉球張り子の“チンチン馬”です。

 中山人形は、1874年、秋田県平鹿郡平鹿町吉田字中山(現・横手市平鹿町)の樋渡ヨシが義父の野田宇吉から粘土細工を習い、地元の横手押絵や串姉コ(姉様人形)から着想を得て作成したのが最初といわれています。その後、人形の題材は、巡業の歌舞伎からヒントを得た歌舞伎人形やひな人形などへも拡大し、代々受け継がれていきました。ヨシの人形は、雪の中でもめだつようにとの理由から派手な色彩のものが多く、しばしば、花模様が施されています。

 ヨシの孫で三代目(初代は宇吉)を継承した義一は、1928年、仙台の堤 へ陶業の修業に赴き、帰郷後、新たに多くの型を起こしました。義一は1949年から十二支に題材をとった“干支土鈴”の制作を開始。1979年用の年賀切手には、義一の作品として、乙未年の1955年のために作られた“ひつじ鈴”が取り上げられました。今回の年賀切手に取り上げられた“土鈴春駒”を制作したのは5代目を継承した樋渡徹で、初代のヨシからみると曾孫にあたります。

 一方、80円切手に取り上げられた“チンチン馬”は、沖縄県那覇市の中村真理子が製作した琉球張り子です。中村は、張り子を中心とした琉球玩具の復元に取り組み、那覇市指定無形文化財保持者第1号となった古倉保文(1905-2000)の孫で、祖父の晩年から本格的な制作を開始。2000年12月には首里城が世界遺産に登録された記念イベントで張子作りの実演を行ったほか、その後も、県立博物館や那覇市伝統工芸館のイベントに協力しています。
 
 チンチン馬は、琉球王朝時代、国王主催の競馬の日に馬場に急ぐ王様の晴れ姿を模したもので、沖縄の古典的な玩具“イーリムン”の代表的な題材として、米施政権下の沖縄で発行された葉書の印面にも取り上げられました。黄色地に花模様が描かれた箱型の台車を引っ張ると、馬の首が上下に動きだす仕組みになっており、もともとは、箱車を引くときに箱裏にしかけた針金の弦が「チンチン」と鳴るのが名前の由来です。ただし、切手に取り上げられた中村の作品では、音が鳴る仕掛けは施されていません。

 なお、お年玉の小型シートの歴史や、年賀切手と切手に取り上げられた郷土玩具については、拙著『年賀状の戦後史』でも詳しくご説明しておりますので、この機会に、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。

 * 僕宛の今年の賀状の中では、(株)明石書店、児玉博昭さん、毛利康武さんから頂戴した3通がアタリでした。この場をお借りして、お礼申し上げます。

 ** 第5回テーマティク出品者の会切手展は、昨日、無事終了いたしました。ご参観いただきました皆様には、この場を借りて、あらためてお礼申し上げます。


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 2014年1月2日より、東京・両国の江戸東京博物館で大浮世絵展がスタートしますが、会期中の1月24日13:30より、博物館内にて「切手と浮世絵」と題するトーク・イベントをやります。

 参加費用は展覧会の入場料込で2100円で、お申し込みは、よみうりカルチャー荻窪(電話03-3392-8891)までお願いいたします。展覧会では、切手になった浮世絵の実物も多数展示されていますので、ぜひ遊びに来てください。

 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

大浮世絵展・紹介記事


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は2月4日(原則第1火曜日)で、ついで、3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 岩のドームの郵便学(13)
2014-01-19 Sun 11:17
 ご報告が遅くなりましたが、『本のメルマガ』523号が先月25日に配信となりました。僕の連載「岩のドームの郵便学」は、今回は、第3次中東戦争後のパレスチナ過激派のテロ戦術について取り上げました。その中から、きょうはこんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

       クウェート・パレスチナ支援(1970・45f)

 これは、1970年3月6日、いわゆるパレスチナ・ゲリラの活動を称えるためにクウェートが発行した切手で、いずれも、岩のドームを背景にした女性闘士の姿が描かれています。
 
 第3次中東戦争で完敗を喫したアラブ諸国は、1967年9月、ハルトゥーム(スーダンの首都)でアラブ首脳会議を開催し、「(イスラエルを)承認せず、(イスラエルとは)交渉せず、講和せず」の三不政策を基本方針として確認します。しかし、両者の力の差はいまや歴然としていたため、以後、アラブ諸国はイスラエル占領地の返還を主要な政治課題と考えるようになり、イスラエル国家の解体(すなわち、パレスチナの解放)は彼らにとって二義的な問題となりました。

 一方、パレスチナの活動家にしてみれば、こうした方針転換にはとうてい納得できないものであり、祖国解放のためには対イスラエルのテロ活動を放棄することなど受け入れられなかった。そして、そうした彼らの存在は、パレスチナ解放という建前の大義とは裏腹に、多くのアラブ諸国にとって(本音では)重荷になっていきます。

 さて、パレスチナ解放の大義と、それが絶対に実現不可能であるという現実の前に、最も苦しい立場に追い込まれたのはヨルダンでした。

 第3次中東戦争以前、ヨルダン川西岸地区はヨルダンの支配下にありましたが、戦争によってイスラエルが占領しました。このため、イスラエルによる占領を忌避して逃れてきた難民たちは、面積が大幅に縮小したヨルダン領内に集中することになり、ヨルダンにおける“パレスチナ出身者”の人口密度は急増します。

 もちろん、ヨルダン政府は自分たちこそがエルサレムを含むヨルダン川西岸の正統な支配者であると主張し、イスラエルによる西岸地区の占領は無効であると国際社会に訴え続け、国際社会も少なからずそうした主張に理解を示していた。しかし、彼らにとってどれほど不愉快であろうと、イスラエルが停戦協定を無視してヨルダン川西岸に居座り続けており、ヨルダンが自力でイスラエル軍を排除することなどできはしないこともまた冷徹な現実でした。

 そうした現実を十分に認識していながらも、パレスチナ難民を多数抱えているというもう一つの現実にも向き合わなければならなかったヨルダンとしては、PLOやファタハが続ける闘争(=テロ)の“大義”を非現実的と切って捨てることは国内情勢の不安を招きかねません。

 こうしたこともあって、第3次中東戦争の直後、しばらくの間、ヨルダン政府は(少なくとも表面上は)ファタハに対して好意的であり、1968年のカラメの戦いに際しては、ファタハを積極的に支援します。

 当時、アラファトひきいるファタハは、ヨルダン川東岸の寒村、カラメを拠点に川を渡ってイスラエル占領下の西岸地区に出撃し、テロ活動を展開していました。このため、イスラエルはヨルダン領内に侵攻してカラメに対する掃討作戦を展開しましたが、ファタハの逆襲に遭い、撤退を余儀なくされました。

 純粋に軍事的な見地から見れば、カラメの戦いはパレスチナ・ゲリラが一局地戦で小さな勝利を収めただけに過ぎなかったのですが、前年の第3次中東戦争での惨敗の衝撃が大きかっただけに、パレスチナ側がイスラエルに対して一矢を報いたことには政治的に大きな意味がありました。はたして、この戦いの功績により、1969年2月、アラファトはPLO執行部の議長に選出され、アラファトのPLOに対するアラブ諸国の声望は高まった。

 しかし、当時のPLOが掲げていたアラブ民族主義路線には、その本質において、いずれは既存のアラブ諸国と対立せざるを得ません。

 すなわち、アラブ民族主義の信奉者たちの理解によれば、“アラブの大義”としてのイスラエル国家の解体=パレスチナの解放を実現するには、全アラブが大同団結して統一アラブ政府を樹立することが不可欠ですが、現状がそうなっていないのは、第一次大戦後、オスマン帝国が解体される過程で、英仏がアラブの意向を無視して勝手に“国境”を引き、アラブを分断したためです。したがって、アラブの(再)統合を実現するためには、列強の押し付けた“国際秩序”を唯々諾々として受け入れている既存の政府(特に王朝)を打倒し、民族主義の革命政権を樹立すべきというロジックが導き出されます。

 PLOがこうした世界観に立つ限り、親西側のハーシム家が支配するヨルダンの王制は、大義の実現のためには、真っ先に打倒すべき対象ということになります。

 一方、ヨルダンにしてみれば、イスラエルに占領されている西岸地区は、あくまでも、1948年の第一次中東戦争でイスラエルと戦った血の代償として獲得したものであり、イスラエルが解体された暁には、自分たちが西岸地区の支配権を回復するのが当然という理解です。

 それでも、直接、パレスチナの地と接していない(=イスラエルとの直接戦闘の可能性がほとんどない)アラブ諸国の中にも、パレスチナ・ゲリラの活動を好意的に見ている国も少なくありませんでした。今回ご紹介の切手を発行したクウェートもその一つで、パレスチナから遠く離れたペルシャ湾岸という地理的環境にあるクウェートにとっては、“パレスチナ解放”の問題も対岸の火事ですから、(あくまでも他人事として)それが実現できるのなら大変に結構なことだという程度の認識しかなかったのかもしれません。

 しかし、この切手が発行されてから半年後の1970年9月、当時ファタハに次ぐ勢力を誇っていたゲリラ組織、パレスチナ解放戦線(PFLP)がアラブ諸国とイスラエルとの和平交渉を妨害するために欧米系航空会社の旅客機をハイジャックさせ、ヨルダンの空港で炎上させる事件が発生。ここにいたり、ヨルダン政府は国内のパレスチナ・ゲリラ組織の一斉摘発に乗り出していきます。

 こうして、“黒い9月”とも呼ばれたヨルダン内戦が勃発。おびただしい犠牲を払った後、パレスチナ人勢力は敗退し、彼らはパレスチナの北隣のレバノンに脱出ます。この間の9月27日、ヨルダン内戦の調停に奔走していたナセルは、過労により急死してしまいました。かつて、アラブ民族主義の輝ける星であった男は、その理念が現実と完全に乖離したことを見届けたうえで、この世から姿を消したのでした。

 一方、パレスチナ・ゲリラたちは、シリアの支援を受けつつ、より過激なテロ戦術を展開していきます。そして、その矛先は、次第に、イスラエルのみならず、欧米諸国全体へと向けられていきました。

 すなわち、欧米諸国の民間人をテロの標的にすれば国際社会の関心はおのずとパレスチナに向くから、国際社会もパレスチナ問題の解決に本格的に取り組まざるをえなくなるだろうとの見通しの下、彼らは爆弾テロやハイジャック事件を繰り返しました。「これまで何十年にもわたって国際社会は我々を無視するだけだったが、少なくとも現在では彼らは我々について議論している」とのジョージ・ハバッシュ(PFLPの代表者)の発言は、その心性を端的に表現しています。

 こうしたパレスチナ・ゲリラの無差別テロは、次第に、世界各地の反米テロ組織と連携していきました。すなわち、イタリアの「赤い旅団」や西ドイツの「バーデル・マインホフ」、日本赤軍などの極左組織が、共通の敵であるアメリカとイスラエルを攻撃するという一点において利害を共有し、レバノンに集結して破壊工作を展開することになったのです。

 こうした極左組織のメンバーの大半は、ムスリムでもなければ、歴史的な背景についての知識を踏まえ、パレスチナの領土奪還に強い意欲を持っていたわけでもありません。たとえば、1972年5月、テルアビブのロッド空港(現ベングリオン空港)で日本赤軍のメンバー3人が自動小銃を乱射し、24人の死者が出るという事件が発生しましたが、実行犯として逮捕された岡本公三は、イスラエル当局の尋問に対して「映画『栄光への脱出』(イスラエル建国を扱った親イスラエル的な内容の歴史映画)を観て感動したことがあり、イスラエルの民族主義には好意を抱いている」と応え、全世界を唖然とさせています。それでも、日本赤軍にすれば、テルアビブ空港でのテロ事件は、自らの存在を全世界にアピールし、パレスチナ・ゲリラとの連帯を深めるという点において、所期の目的を達するものと自己評価されました。

 また、この事件の記憶が生々しい1972年9月には、ドイツのミュンヘンで開催中のオリンピック選手村でパレスチナ・ゲリラがイスラエル選手団を人質にとって、イスラエル国内に収監されているパレスチナ人200人の解放を要求する事件が発生。銃撃戦の結果、人質全員が死亡しています。

 こうして、あいつぐ無差別テロにより、国際社会はパレスチナ問題へ関心を寄せるようになりました。しかし、当然のことながら、その反応は、パレスチナ難民への同情とはならずに、パレスチナ・ゲリラに対する憎悪にしかならなりませんでした。

 それでも、強硬な反米の姿勢を掲げる彼らに対しては、東側陣営の盟主であるソ連をはじめ、アメリカ帝国主義を不倶戴天の敵とみなす中国や北朝鮮が、貴重な「敵の敵」として、支援を行いました。この結果、さまざまなタイプの共産諸国の兵器が、レバノンの反米・反イスラエルの武装組織に流入し、彼らの軍事力を強化していくことになるのです。


 ★★★ 本日17:00まで! 展示イベントのご案内 ★★★

 第5回テーマティク出品者の会 1月17-19日(金ー日)
 於・切手の博物館(東京・目白)

 テーマティク出品者の会は、テーマティクならびにオープン・クラスでの競争展への出品を目指す収集家の集まりで、毎年、全国規模の切手展が開催される際には作品の合評会を行うほか、年に1度、切手展出品のリハーサルないしは活動成果の報告を兼ねて会としての切手展を開催しています。僕も、昨年のバンコク展に出品した朝鮮戦争のコレクションを展示します。入場は無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。(詳細はこちらをご覧ください)


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 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

大浮世絵展・紹介記事


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 リオのキリスト、雷で負傷
2014-01-18 Sat 10:59
 ブラジル・リオデジャネイロのシンボル、コルコヴァードのキリスト像に、現地時間の16日、雷が直撃し、親指と中指の一部が欠けたそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ヴァチカン・フランシスコ法伯

 これは、昨年(2013年)、ヴァチカンが発行した“ワールドユースデイ”の記念切手で、コルコヴァードのキリスト像が大きく取り上げられています。コルコヴァードのキリスト像を取り上げた切手はブラジルを中心に数多く発行されていますが、今回は“負傷”した手の部分がしっかり見える1枚ということで、この切手を持ってきました。ちなみに、実際のキリスト像の前には、下の画像のように観光客が群がっていて(僕もその一人だったわけですが…)、切手のように台座から綺麗に全身像の写真を撮るのは、なかなか難しいのではないかと思います。

       コルコヴァード・内藤込み

 ワールドユースデイは、1984年に教皇ヨハネ・パウロ2世の提唱で始まった青年カトリック信者の年次集会で、第28回にあたる2013年は、『マタイによる福音書』第28章第19節の一節「あなたがたは行って、すべての国民を弟子としなさい」をスローガンとして、7月23日から28日まで、リオデジャネイロを会場として教皇によるミサが行われました。
 
 2013年3月19日に教皇に就任したフランシスコは、翌20日、はやくもブラジルのジルマ・ルセフ大統領と会談し、リオデジャネイロ州の“ワールドユースデー”と、サン・パウロ州にあるマリア巡礼地のアパレシーダを訪問する意向を示唆。これを受けて、5月7日、ヴァチカンは正式に教皇の訪伯を発表しました。

 教皇がリオデジャネイロに到着したのは7月22日でしたが、車で歓迎式典へと向かう途中、沿道に詰めかけた信徒に取り囲まれて立ち往生して予定の時間を大幅に遅れたことに加え、当時はブラジル各地で反政府運動が展開されており、セキュリティーの面で懸念があったため、最終的にはヘリコプターでの会場入りとなったそうです。

 その後、翌23日に一日休養を取った後、24日、教皇はサンパウロ州の聖母伝説の地アパレシーダを訪問し、巡礼聖堂でミサを行いました。25日にはリオデジャネイロに戻り、スラム街の一つマンギニョス地区を訪問し住民と面会した後、コパカバーナ海岸でワールドユースデーの歓迎式典に出席。26日にはワールドユースデーに参加した若者らに許しを秘跡を与えたほか、8人の少年受刑者との面会し、十字架の道行きに青年信徒らと参加しています。27日の“祈りの前夜祭”とミサは、当初の予定では、アントニオ・カルロス・ジョビン国際空港で行われるはずでしたが、悪天候のため、会場をコバカバーナ海岸に移して行われています。その際、「若者は変革の立役者であってほしい」としてブラジルでの反政府デモに一定の理解を示したことが注目されました。28日には、同じくコパカバーナ海岸で閉会のミサを行い、翌29日に帰国しました。

 ちなみに、今回ご紹介の切手では、ワールドユースデイの開催地・リオデジャネイロのシンボルとしてキリスト像を取り上げているわけですが、開催に先立ち、前教皇のヴェネディクト16世は、2012年11月、「リオデジャネイロを見下ろすコルコヴァードの丘の贖い主キリストの像は、その腕を広げて彼のもとにやって来るすべての人々を受け入れ、その心はあなたがた一人ひとりに向けられた無限の愛を表している」とのメッセージを発しています。この時点で、ベネディクト16世ご本人がリオデジャネイロに行く意思があったのか、それとも、すでに退位の意向を固めて次の教皇に行ってもらうつもりだったのか、そのあたりは、ご本人以外は「神のみぞ知る」といったところでしょうか。

 なお、コルコヴァードのキリスト像には避雷針が設置されており、年に数回は雷が落ちるのだそうです。今回の“負傷”に関しては、2月以降、修復作業を始めるといことなので、作業の進捗状況に合わせて、このブログでもキリスト像の切手をいろいろとご紹介していきましょうかね。


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 きょうからJTPC展です
2014-01-17 Fri 11:16
 きょう(17日)から、東京・目白の切手の博物館で第5回テーマティク出品者の会(JTPC:Japan Thematic Philatelists Club)の切手展がスタートします。今回は、都市交通を題材とした作品を御出品の榎沢祐一さんの御尽力で、きょう・あす(17-18日)は下のデザインのような小型印が使用されます。(以下、画像はクリックで拡大されます)

       テーマティク出品者の会・小型印(2014)

 というわけで、きょうは、榎沢さんの御尽力に敬意を表するとともに、開催のご挨拶を兼ねて、路面電車を描くこんな切手を持ってきました。

       ソウル市電

 これは、1970年5月20日に韓国で発行された“(昔の)交通手段”の切手のうち、1890年代のソウル路面電車(ただし、切手上の表記は単に“電車”ですが…)を取り上げた切手です。

 1895年の閔妃暗殺事件の後、高宗は清涼里の洪陵に閔妃の墓所を築造し、しばしば墓参に訪れていましたが、多くの従者を連れての参拝には多額の費用が必要でした。これに対して、米国人技術者、ヘンリー・コールブランは、王宮から墓所まで路面電車を敷設し、普段は一般住民の移動手段とすることで、経費の削減と増収の一石二鳥を図れるとして、電車敷設を提案。これを受けて、1898年、王室と米国人技術者(コールブランとハリー・ライス・ボストウィックの2人)の共同出資で漢城電氣會社が設立され、日本の京都電氣鉄道に設計と工事を依頼して、電車の敷設工事が行われました。ちなみに、漢城電氣の資本金150万円は、コールブランとボストウィックが75万円、王室が75万円を負担する約束になっていましたが、王室が実際に支払ったのは15万円だけでした。

 西大門=清涼里間に市電が開通したのは、1899年4月8日のことで、運転は京都電鉄から出向した日本人が担当しました。今回ご紹介の切手に取り上げられている車両は創業時のもので、乗降用の扉がなく、車体側面に設けられたステップから直接車内へ出入りするスタイルでした。

 ところが、1902年、漢城電氣の社屋が全焼。その後の再建と事業拡大のための資金調達の必要もあり、漢城電氣は全財産を担保としで、本社を米国コネチカット州の韓美電氣會社に移管。1904年には正式に韓美電氣に吸収合併されました。しかし、その韓美電氣も、1909年には日系資本に買収され、同社が展開していた路面電車と電力ガス事業は日韓瓦斯電気株式會社が継承することになります。

 1910年以降の日本統治時代、ソウルの路面電車の経営は、引き続き日韓瓦斯電気が行います。同社は1915年に社名を京城電氣株式會社に変更。京城電氣の経営下で、ソウルの市電は大幅に路線を拡大しました。

 1945年に日本が撤退すると、市電の経営は、新会社としての京城電氣が継承しましたが、1950年の朝鮮戦争によりソウルも朝鮮人民軍に占領されるなど激戦地になったため、運行不能となりました。その後、1951年に入り、韓国・国連軍がソウルを確保すると、市電の再開に向けた準備が進められ、1952年6月2日、運行が再開されました。これに合わせて、7月2日、米国はアトランタ市・ロサンゼルス市の市内電車の廃止によって不要となった車両52両を韓国に持ち込み、うち20両がソウル市電に、32両が釜山市電に導入されました。

 ちなみに、今回のJTPC展に僕が出品している朝鮮戦争のコレクションの中には、戦前は韓国の支配下にあった開城が戦後は北朝鮮の領土となったことを示す絵葉書も含まれているのですが、この葉書の絵面には、解放後、朝鮮戦争の勃発前と思われる時期の東大門付近を走る路面電車が取り上げられています。作品では絵面はお見せしていませんので、この機会に、画像を下に貼っておきます。

        東大門・絵葉書

 その後、1961年には京城電氣を含む韓国内の電力会社が合併し、韓国電力公社が発足。市電の経営も同公社が行うことになりましたが、“漢江の軌跡”に伴う経済成長で市内の交通量が激増したこともあり、1968年11月末をもって全線が廃止されました。現在は、363号の車両がソウル市内の国立ソウル科学館に、381号の車両がソウル歴史博物館の野外展示場に保存・公開されています。

 さて、JTPCは、テーマティクならびにオープン・クラスでの競争切手展への出品を目指す収集家の集まりで、毎年、全国規模の切手展が開催される際には作品の合評会を行うほか、年に1度、切手展出品のリハーサルないしは活動成果の報告を兼ねて会としての切手展を開催しています。今回の展覧会は、昨年に続き5回目の開催で、会場では、フレーム切手等も販売します。会期は19日までで、18日(土曜日)の午後3時頃からは、展示作品の解説も行います。入場は無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。
 

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 第5回テーマティク出品者の会 1月17-19日(金ー日)
 於・切手の博物館(東京・目白)

 テーマティク出品者の会は、テーマティクならびにオープン・クラスでの競争展への出品を目指す収集家の集まりで、毎年、全国規模の切手展が開催される際には作品の合評会を行うほか、年に1度、切手展出品のリハーサルないしは活動成果の報告を兼ねて会としての切手展を開催しています。僕も、昨年のバンコク展に出品した朝鮮戦争のコレクションを展示します。入場は無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。(詳細はこちらをご覧ください)


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 2014年1月2日より、東京・両国の江戸東京博物館で大浮世絵展がスタートしますが、会期中の1月24日13:30より、博物館内にて「切手と浮世絵」と題するトーク・イベントをやります。

 参加費用は展覧会の入場料込で2100円で、お申し込みは、よみうりカルチャー荻窪(電話03-3392-8891)までお願いいたします。展覧会では、切手になった浮世絵の実物も多数展示されていますので、ぜひ遊びに来てください。

 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

大浮世絵展・紹介記事


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は2月4日(原則第1火曜日)で、ついで、3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 イナメナス事件から1年
2014-01-16 Thu 14:06
 アルジェリア南東部、リビアとの国境に近いイナメナス近郊で、日本人技術者も犠牲になったアルジェリア人質拘束事件が2013年1月16日に発生してから、今日でちょうど1年です。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       イナメナス・油田

 これは、1960年代のイナメナス近郊の油田を取り上げた絵葉書です。

 イナメナスでは、1960年代から、フランスの石油探査局(BRP:Bureau de recherche de pétrole。現トタル)と石油開発会社エルフ・アキテーヌ、オランダのロイヤル・ダッチ・シェルが設立した現地子会社によって油田の開発が始まりました。その後、2006年にはアルジェリアの国有企業であるソナトラック、英国のBP、ノルウェーのスタトイル社が開発を引き継ぎ、アルジェリア最大の液化天然ガスプラントの開発が進められています。その生産量は、2010年の統計で、原油1日5万バレル、天然ガス年間900万立方メートルに及んでいます。

 1962年の独立後、アルジェリアでは、民族解放戦線(FLN:Front de Libération Nationale)の一党独裁による社会主義体制が敷かれていましたが、1970年代末期になると、その矛盾が次第に明らかになります。1979年に発足したシャドリ・ベンジェディド政権は、経済再建を目指して主要国営企業の分割と地方分散化を決定したものの、結果的に非効率的な国営企業が増やすだけに終わり、稼働率は大幅に低下。従業員の給与支払も滞るようになりました。

 さらに、独立時1000万人だった人口は1988年には2220万人にまで膨れ上がったため、失業問題が慢性化し、国民の生活インフラも追い付かない状況の中で、1985年になると、アルジェリアの主要輸出品である原油と天然ガスの価格が下落。アルジェリア経済は急速に悪化し、デフォルトに陥ります。これに対して、シャドリ政権は輸入抑制政策で対応しようとしたため、輸入に頼っていた食糧の供給が大幅に不足し、国民生活は悪化しました。

 こうしたことから、長年の一党独裁に対する国民の不満が爆発。1988年10月、自然発生的に大規模な食糧暴動が発生し、2万人のデモが軍と衝突し数十人が亡くなります。これに対して、シャドリ政権は戒厳令を施行する一方、市民による政治改革・民主化要求に対して、党機構改革と集会・結社の自由、言論の自由を保証する憲法改正を決定。この憲法改正案は、1989年2月の国民投票によって採択されました。

 憲法改正後の1990年6月、独立後初めて行われた地方選挙で、独立以来一党支配体制を敷いてきたFLNが惨敗し、イスラム原理主義運動を母体とするイスラム救国戦線(FIS:Front Islamique du Salut)が圧勝。さらに、翌1991年12月の国民議会選挙でも、FLNが惨敗し、FISが圧勝しましたが、軍部は、イスラム原理主義政権の樹立を防ぐため、1992年1月にシャドリ大統領を辞任に追い込むとともに、新設した国家安全最高評議会(HCE:Haute Comité d'Etat)へ統治権限を移行したうえで、行政命令によりFISを非合法化します。この結果、HCEに反発するイスラム原理主義過激派のテロが活発化し、アルジェリアは内戦状態に突入しました。

 その後、軍部の主導により、1996年に国民投票が行われ、宗教に基づく政党を禁止する憲法改正が行われたのを受けて、1999年4月、大統領選挙が行われ、34年ぶりの文民大統領として、元外相のアブデルアジズ・ブーテフリカが当選。ブーテフリカは、内戦を収束させるべく、イスラム過激派との対話を進め、1999年9月、国民投票により、イスラム過激派に恩赦を与える「国民和解法」を成立させました。そして、国民和解法の成立後の2000年1月、FISの軍事部門であるイスラム救国軍(AIS:L'Armée islamique du salut)が大統領による恩赦を受けて解散し、ようやく、アルジェリアの内戦も終結しました。10年間の内戦による犠牲者は、少なく見積もっても4万4000人、最大で20万人ともいわれています。

 その後も、“恩赦”と拒否する武装集団はアルジェリア北部のカビリ地方で“宣教と戦闘のためのサラフィー主義集団(GSPC)”を結成し、アルジェリア政府の転覆を目指したテロ活動を継続。後に、GSPCはアル・カーイダとの関係を深め、2007年に“イスラム・マグリブ諸国のアル・カーイダ機構(AQIM)”へと改組され、現在にいたっています。

 人質事件を起こした“イスラム聖戦士血盟団”は、このAQIMから分派して誕生した組織で、リーダーのモフタール・ベルモフタールは1972年、アルジェリア中部のガルダイア生まれ。アフガニスタン内戦に義勇兵として参加し、帰国した後、GSPCには設立時から参加していましたが、2007年頃から、アルジェリア国内のみならず、マリ、ニジェールなどを中心に身代金目的の外国人誘拐事件や、南米から欧州へ流入する武器・麻薬の密輸などを行っていました。2011年4月にはマリ北部のガオでアルジェリアの外交官7人を誘拐したほか、7月にはアルジェリア警察施設を襲撃しており、アルジェリアの裁判所から欠席裁判で死刑判決を受けています。

 イナメナスでの人質事件に際して、モフタールは、公式には、人質の安全と引き換えに、マリに軍事介入したフランスの作戦を停止するよう要求するとともに、「われわれの要求が受け入れられなければ、それはアルジェリア政府やフランス政府、そして人質が属する国々の責任であり、マリにいるわれわれの同志に対する残酷な攻撃を止めるかどうかは彼ら次第だ」と主張していました。しかし、人質事件が用意周到な準備の上に実行に移されたことは誰の目にも明らかで、事件数日前のフランスによるマリへの軍事介入が直接の動機となったというのは無理があります。おそらく、これまで彼が起こしてきた誘拐事件同様、身代金を奪うことが主たる目的で、フランス軍の撤退要求は方便として付け加えられただけと考えるのが妥当でしょう。

 いずれにせよ、アルジェリア政府・軍としては、隣接するマリ北部がイスラム武装勢力の実効支配下に置かれている状況下で“テロリスト”が国境を越えてアルジェリア国内で跋扈するようなことになれば、1990年代の内戦の悪夢が再現されるのではないかと重大な懸念を持っていたことは間違いありません。

 このため、アルジェリア軍は犯人グループが人質を連れてマリ北部へ逃げ込むことを阻止することを最優先とし、事件発生翌日の1月17日、作戦行動を開始。ヘリコプターで空爆するなどの攻撃を行った後、特殊部隊が突入して現場を制圧しました。

 アルジェリア政府の発表によれば、この戦闘で685人のアルジェリア人労働者、107人の外国人が解放された一方、日本人10人を含む37人の人質と、29人の武装勢力が死亡したといわれています。このうち、現地で亡くなった日本人は、いずれも、化学プラントの建造に実績のある日揮の関係者で、現地での人望も厚く、多くの人々がその死を悼んだことは記憶に新しいところです。

 ちなみに、事件の首謀者、モフタールはアルジェリア軍の攻撃を逃れてマリ北部に潜伏していましたが、2013年3月2日、チャド軍によって発見され、殺害されています。
 
 なお、このあたりの事情については、拙著『マリ近現代史』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 第5回テーマティク出品者の会 1月17-19日(金ー日)
 於・切手の博物館(東京・目白)

 テーマティク出品者の会は、テーマティクならびにオープン・クラスでの競争展への出品を目指す収集家の集まりで、毎年、全国規模の切手展が開催される際には作品の合評会を行うほか、年に1度、切手展出品のリハーサルないしは活動成果の報告を兼ねて会としての切手展を開催しています。僕も、昨年のバンコク展に出品した朝鮮戦争のコレクションを展示します。入場は無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。(詳細はこちらをご覧ください)


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 2014年1月2日より、東京・両国の江戸東京博物館で大浮世絵展がスタートしますが、会期中の1月24日13:30より、博物館内にて「切手と浮世絵」と題するトーク・イベントをやります。

 参加費用は展覧会の入場料込で2100円で、お申し込みは、よみうりカルチャー荻窪(電話03-3392-8891)までお願いいたします。展覧会では、切手になった浮世絵の実物も多数展示されていますので、ぜひ遊びに来てください。

 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

大浮世絵展・紹介記事


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 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は2月4日(原則第1火曜日)で、ついで、3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 増えすぎた“絶滅危惧種”
2014-01-15 Wed 10:44
 絶滅の恐れがある淡水魚・ミヤコタナゴを無許可で譲り受けたなどとして、昨日(14日)、警視庁生活環境課は種の保存法違反と文化財保護法違反容疑で、60歳の会社役員の男ら3人を書類送検しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ミヤコタナゴ

 これは、1976年8月26日に発行された自然保護シリーズの“ミヤコタナゴ”です。

 ミヤコタナゴはコイ目コイ科に属する魚で、1891年に東京・小石川の東京帝国大学付属植物園(現・東京大学大学院理学系研究科附属植物園。通称・小石川植物園)の池で発見されたため、“ミヤコ”の和名が付けられました。自然環境では、関東地方のごく限られた清流の地域にしか棲息していない貴重種で、1974年に国の天然記念物に指定され、1994年には環境省の種の保存法で絶滅が危惧される生物にされましたが、その後も減少が著しく、絶滅が危惧されています。

 体長は普通のもので4センチ前後、最大のものでも8センチ前後の小魚です。産卵期のオスには体に赤紫色の、またヒレには黒と朱を染め分けた独特の婚姻色が現れます。メスには婚姻色は現れませんが、シリビレの前方の細長い産卵管を伸ばし、これを二枚貝のえらの中に差し込んで産卵します。切手はいずれも産卵期のオスとメスが一匹ずつ描かれています。

 さて、今回の事件は、2012年5月、主犯格とされる60歳の会社役員が、国の許可を得ずに、別の54歳の会社役員から66歳の知人男性を通じてミヤコタナゴ28匹を無償で譲り受けたというのが直接の容疑となっています。その後、60歳の会社役員はミヤコタナゴの繁殖に成功し、28匹が1121匹に増加。2013年7月、文化庁に「増えすぎたので引き取ってほしい」と連絡して事件が発覚したそうです。

 ちなみに、ミヤコタナゴが発見された小石川植物園は、もともとは、江戸町奉行の大岡忠相の支援を受けた青木昆陽が飢饉対策作物として甘藷の試験栽培をおこなった江戸幕府の小石川御薬園でした。まぁ、ご禁制の魚を許可なく飼育していたという点では法的には処罰されても仕方ないのでしょうが、ここはなんとか、現代の大岡裁きで、会社役員の技術を社会に還元する方法を考えていただきたいものですな。


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 キュラソー・ヴィザ
2014-01-14 Tue 22:01
 昨年、日本プロ野球の年間本塁打記録を塗り替えたヤクルトのウラディミール・バレンティン外野手が、マイアミ近郊に在住で離婚協議中の妻に対する暴行・監禁の容疑で、現地時間13日(日本時間14日)に逮捕されたそうです。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

        キュラソーFFC

 これは、1943年8月、バレンティンの故郷であるキュラソー島ウィレムスタットとニューヨークの間を飛んだKLM(オランダ航空)の初飛行カバーです。ちなみに、KLMが大西洋を横断してオランダ本国と蘭領キュラソー植民地を結ぶ航空路線が開設されたのは1934年のことでした。

 その後、第二次大戦が勃発し、オランダ本国がドイツの占領下に置かれると、王室と政府はロンドンに亡命。この間の1942年、ウィルヘルミナ女王はオランダの海外領土に戦後の自治拡大を約束するとともに、蘭領キュラソー植民地の島々はオランダ政府の同意の下、米英両国によって占領されました。

 ところで、戦時中、ナチス・ドイツの迫害を逃れたユダヤ系の難民の中には、ユダヤ人の受け入れに比較的寛大な蘭領キュラソー植民地のヴィザを取得し、蘭領キュラソー植民地に行くという名目でドイツないしは親独政権の支配地を逃れるケースが少なからずありました。彼らのほとんどは、実際には蘭領キュラソー植民地までは行かず、“経由地”の米国や上海などにそのままとどまり、その地で亡命生活を過ごしていました。なお、杉原千畝の有名な“命のヴィザ”は、日本、米国などを経由して“最終目的地”の蘭領キュラソーへ行くために、リトアニアを通過しなければならないというのが、発給の建前となっています。

 今回ご紹介のカバーは、そうした事情を踏まえて、蘭領キュラソーと米国との航空便がスタートしたことを記念して作られたもので、カバーは、キュラソー島のウィレムスタットを発った後、同じく蘭領のアルバ島、ハイチのポルトープランス、ジャマイカのキングストン、キューバのカマグエイを経て、マイアミで米国に入るというルートをたどっています、その後、飛行機はニューヨークまで飛びましたが、このカバーそのものはウィスコンシン州のウォッシュバーンに届けられました。

 さて、今回逮捕されたバレンティンは、かつての杉原ヴィザを持ったユダヤ難民とは逆に、シーズン終了後、故郷のキュラソー島に帰った後、キャンプ開始時までには米国を経て日本に戻ってくるというルートをたどる予定だったわけですが、今回の逮捕劇によって、最終目的地へは行かず、しばらくフロリダにとどまることになりました。まぁ、米国の場合は相応の保釈金を支払えば割と簡単に保釈はされるのでしょうが、容疑者ないしは被告人という身分になってしまった以上、日本でプロ野球選手として活動するためのヴィザも、以前よりは取りにくくなったのではないでしょうか。もっとも、今回の一件で奥さんとの離婚は避けられず、そうなると、巨額の慰謝料や損害賠償を支払わないといけなくなるのは確実で、そのためには、是が非でも、日本に来て稼がないといけないというジレンマがあるわけで、バレンティンにとっては、まさに、来日のための“命のヴィザ”を心待ちにしているということなんでしょうかね。


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 成人の日
2014-01-13 Mon 17:34
 きょう(13日)は“成人の日”です。というわけで、ストレートにこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       沖縄・成人の日

 これは、1963年、米施政権下の沖縄で発行された“成人の日”の記念切手で、青年男女のレリーフが図案として取り上げられています。

 米施政権下の沖縄における全住民を対象とした法定休日は、1961年7月24日付の「住民の祝祭日に関する立法」によってはじめて制度化され(それ以前は琉球政府職員の法定休日しかありませんでした)、日本本土と同じ祝日として、元日(1月1日)、成人の日(1月15日)、春分の日(3月21日ごろ)、天皇誕生日(4月29日)こどもの日(5月5日)、 秋分の日(9月23日ごろ)、文化の日(11月3日)、勤労感謝の日(11月23日)が(1965年以降は、これに5月3日の憲法記念日が加わりました)、沖縄独自の祝日として、琉球政府創立記念日(4月1日)、母の日(5月第2日曜日)、慰霊の日(当初は6月22日、1965年以降は6月23日)、お盆の日(旧暦7月15日)、としよりの日(9月15日。日本本土で国民の祝日としての“敬老の日”が設けられたのは1966年です)、体育の日(10月第2土曜日。日本本土で“体育の日”として10月10日が国民の祝日になったのは、1966年以降のことです)が、それぞれ制定されました。

 日本本土と同じ祝日が多いのは、当時の沖縄は、施政権こそ米国にあるものの、主権そのものは日本にあるという構造になっていたためで、「住民の祝祭日に関する立法」制定以前の1959年4月10日の皇太子殿下(今上陛下)の“結婚の儀”の当日が休日となったのも同じ理屈です。

 さて、私事で恐縮ですが、我が家の一人娘は昨年末に20歳になり、今日が成人式でした。ともかくも、彼女が健康でこの日を迎えることができたのは、ひとえに、多くの方々のご支援の賜物ですので、この場をお借りし、親として改めてお礼申し上げます。なお、きょうの振袖は、かつて妹の成人式の際に母親が誂えた紅型を仕立て直したもので、下の画像のようなデザインでした。

       紅型・振袖     紅型・振袖(後姿)

 残念ながら、僕の娘は切手には全く興味がなく、将来、彼女に子供が生まれても、僕のコレクションや仕事を受け継いでくれる可能性は限りなくゼロに近いでしょう。それはそれで仕方のないことですが、今日の振袖に関しては、僕の孫の世代にもぜひとも受け継いでほしいものだと思っています。


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 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

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 讀賣新聞「オンリーワン」
2014-01-12 Sun 18:28
 本日(12日)付の『讀賣新聞』日曜版に掲載の「オンリーワン」のコーナーで、“内藤陽介の郵便学”を紹介していただきました。下にその画像(以下、画像はクリックで拡大されます)をアップしますが、機会がありましたら、ぜひ、実際の紙面をご覧いただけると幸いです

       讀賣新聞「オンリーワン」

 さて、記事には、昨年の<JAPEX>に出品した作品「A History of Hong Kong」のリーフを壁に貼ったり手に持ったりした写真が掲載されていますが、その中で画面手前に見えているリーフのカバーについて、記事の補足を兼ねてご紹介します。

      東インド会社カバー    東インド会社カバー・印影部分

 これは、1815年8月25日、南インド・マドラス(現チェンナイ)のフォート・セント・ジョージからバンガロールまで、英国東インド会社(以下、東インド会社)によって逓送された郵便物です。右側の画像は郵便物に押されている印影を書き起こしたものです。

 1639年、東インド会社はマドラスパティナムと呼ばれていた沿岸部の土地を買収し、港と要塞を建設しました。要塞は英国の守護聖人である聖ジョージの日(4月23日)に完成したため、フォート・セント・ジョージと命名され、その周辺一帯は東インド会社の貿易活動の中心地として急成長を遂げ、巨大都市マドラスが形成されることになりました。
 
 さて、インド亜大陸における東インド会社の郵便活動は、1688年、ボンベイ(現ムンバイ)に郵便局を開設したのが最初で、ついで、同社の拠点があったカルカッタとマドラスにも郵便局が開設されます。

 1765年、ベンガル知事として赴任したロバート・クライヴは、ムガル帝国の皇帝から英国のベンガル支配を公認する勅書を受けて英領インドの基礎を築きますが、翌1766年、東インド会社による“政府郵便”を設立する条例を発します。さらに、1773年に英国の初代インド総督に着任したウォーレン・ヘイスティングスは、1774年、100マイルごとに2アンナを支払えば、誰でも東インド会社の郵便サービスを利用できるよう、制度改革を行いました。さらに、チャールズ・コーンウォリス総督時代の1793年に、いわゆる“パーマネント・セトゥルメント(政府と農民の間を仲介する者=ザミンダールに徴税をまかせ、仲介者に土地所有権を認めるザミンダーリー制度を中核とする制度改革)”が導入されると、郵便事業の維持管理もザミンダールが責任を負うことになりました。

 一方、古代以来の土着の飛脚・駅伝制度は東インド会社の郵便事業と併存して活動を続けていましたが、1837年郵便局法により、東インド会社の支配地域では“政府郵便”による郵便事業の独占が原則とされ、制度上、飛脚便は禁止されました。ちなみに、インド亜大陸での最初の切手は、1852年7月1日、現在はパキスタンの一部になっているシンド州で発行された円形の切手で、封緘用のシールに型押しされたものでした。

 なお、「オンリーワン」の記事の“近況”の欄でも告知しておりますが、次の週末、17-19日(金-日)には東京・目白の切手の博物館でテーマティク出品者の会ミニペックスが、そして、24日(金)には東京・両国の江戸東京博物館での大浮世絵展にあわせてのトーク「切手と浮世絵」が開催の予定です。1人でも多くの皆様のご来場を心よりお待ちしておりますので、ぜひ、よろしくお願いいたします。


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 第5回テーマティク出品者の会 1月17-19日(金ー日)
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 2014年1月2日より、東京・両国の江戸東京博物館で大浮世絵展がスタートしますが、会期中の1月24日13:30より、博物館内にて「切手と浮世絵」と題するトーク・イベントをやります。

 参加費用は展覧会の入場料込で2100円で、お申し込みは、よみうりカルチャー荻窪(電話03-3392-8891)までお願いいたします。展覧会では、切手になった浮世絵の実物も多数展示されていますので、ぜひ遊びに来てください。

 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

大浮世絵展・紹介記事


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 首相、コート・ディヴォワールへ
2014-01-11 Sat 10:18
 中東・アフリカ諸国を歴訪中の安倍晋三首相は、きのう(10日)、2番目の訪問国、コート・ディヴォワールを訪問し、最大都市のアビジャン(現在のコート・ディヴォワールの首都はヤムスクロです)でワタラ大統領と会談しました。日本の首相の仏語圏西アフリカ地域への訪問は、今回が初めてのことだそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       コート・ディヴォワール・切手展

 これは、1969年2月14-23日にアビジャンで開催されたアフリカ地域の国際切手展<PHILEXAFRIQUE>の記念切手で、同国出身の画家、クリスティアン・アシャルムの1966年の作品『グラン・バッサム』が取り上げられています。グラン・バッサムは、コート・ディヴォワール南部、ギニア湾岸の都市で、1893年から1896年までは仏領コート・ディヴォワールの首都だったこともあります。

 1969年の<PHILEXAFRIQUE>は仏語圏西アフリカ諸国からの出品を中心に開催された国際切手展で、当時、仏語圏西アフリカ諸国ではオムニバス形式で記念切手が発行されました。コート・ディヴォワールが最初の開催国となったのは、当時、この地域で同国の政情がきわめて安定しており、経済力でも他を圧倒していたという事情があります。今回、安倍首相が、仏語圏西アフリカ諸国で最初の訪問先にコート・ディヴォワールを選んだのは、3億人を擁する西アフリカ諸国の中で同国が経済の中心と位置付けられているからと説明されていますが、今回ご紹介の切手も、それを歴史的に裏付ける証拠といえるかもしれません。

 コート・ディヴォワールは西アフリカのギニア湾に面した国で、東にガーナ、北にブルキナファソ、マリ、西にギニア、リベリアと国境を接しています。

 もともと、この地域は、15世紀にポルトガル、イギリス、オランダなど西欧の貿易船が奴隷と象牙の売買に来航し、以来、象牙海岸と呼ばれていました。1960年の独立に際しては、フランス語の“コート・ディヴォワール(Côte d'Ivoire)”が国号とされましたが、その後も多くの国は“象牙海岸”を自国語に訳してしまい、日本語・中国語の“象牙海岸”、英語の“Ivory Coast”、ドイツ語の“Elfenbeinküste”、スペイン語の“Costa de Marfil”、イタリア語の“Costa d'Avorio”等の表記が各国で用いられていました。このため、コート・ディヴォワール政府は、各国に対して翻訳国名ではなくフランス語国名の使用を要請。現在では、日本の公文書でも“象牙海岸”ではなく、“コートジボワール”と表示されるようになりました。

 さて、この地域におけるフランスの進出は17世紀から本格的に始まり、1893年にはフランスが植民地化します。ただし、現地住民の抵抗も強く、現在のコート・ディヴォワール国家に相当する領域全域をフランスが制圧したのは1917年のことでした。

 第二次大戦後、フランス第4共和政が成立し、植民地からも議員が選出できるようになると、1946年、ウフェ=ボワニ(後のコート・ディヴォワール初代大統領)を中心に仏領西アフリカと仏領赤道アフリカの政治家が集まってアフリカ民主連合を結成。独立運動を展開します。

 その後、アフリカ民主連合内で、仏領各植民地の分離独立論と汎アフリカ主義・仏領西アフリカ連合論が対立すると、ウフェ=ボワニは分離独立派の中心人物として活動。フランス第5共和政の発足に伴い、コート・ディヴォワールは、1958年12月、フランス共同体内の自治共和国となり、1960年8月7日に正式に独立。初代大統領にはウフェ=ボワニが就任しました。

 独立後のウフェ=ボワニ政権は、親仏政策を取るとともに、コート・ディヴォワール民主党(PDCI。もともとはアフリカ民主連合のコート・ディヴォワール支部)による一党独裁体制を敷き、主要産業であるカカオの生産と輸出を国家が管理する体制を構築し、1960年代から1970年代にかけて年平均8パーセントの驚異的な経済成長を達成。アフリカの新興独立国の多くが経済的に低迷を続ける中で、彼の国家運営は“イヴォワールの奇跡”と称賛されました。

 しかし、1980年代以降はカカオの国際相場の下落による経済の悪化や、PDCIの一党独裁に対する国民の不満が高まったこともあり、1990年10月には初めて複数候補による大統領選を実施せざるを得なくなります。このときの選挙ではウフェ=ボワニが圧勝して7選したものの、翌11月の総選挙では、イヴォワール人民戦線(FPI)など野党もわずかながら初めて議席を獲得しました。

 ウフェ=ボワニは大統領在任中の1993年に現職のまま亡くなると、憲法の規定に則って、国民議会議長でPDCI党員のコナン・ベディエが第2代大統領に就任しますが、以後、政局は次第に不安定化。1999年12月には軍によるクーデターが発生。2002年9月には政府軍と反政府勢力との対立から、反政府勢力が国土の北部・西部を支配下に置き、事実上国を二分する内戦状態となりました。

 その後、2007年3月、紛争当事者であるバグボ大統領と反政府勢力ソロ“新勢力”事務局長との間で和平プロセスを進めるための合意(ワガドゥグ合意)が成立し、とりあえず、国を二分する状況は解消されました。しかし、和平ならびに選挙プロセスは大幅に遅れ、2010年11月に行われた内戦後初の大統領選挙では、ワタラ新大統領が国際社会の承認を得て勝利宣言を行い、一度は就任式を行ったものの、バグボ前大統領側がこれを認めず、独自に就任式を行って内戦が再燃。2011年4月11日に前大統領の身柄が拘束されるまで、約4カ月にわたる内戦で、推計3000人が犠牲になり、敵対勢力の襲撃を恐れ避難生活を続ける住民も全土で3万人にも及びました。また、その余波で、現地の日本大使公邸が襲撃され、岡村善文大使がフランス軍に救出され命からがらパリに逃げ出すということもありましたな。

 前大統領の拘束を受け、新大統領は、2011年5月5日に旧バグボ派の憲法評議会に当選を改めて認定させ、翌6日には就任宣誓もやり直し、手順を踏んだ上で、ようやく、ワタラ政権が正式にスタートしました。その後は、情勢は落ち着きつつあるものの、虐殺疑惑の真相解明、国民和解などの重い課題が残されています。

 コート・ディヴォワールの現代史を概観すると、あらためて、初代大統領ウフェ=ボワニの偉大さがわかります。過去の植民地支配に対する怨念にとらわれず、西側寄りの穏健かつ現実的な外交政策をとってきたことで“イヴォワールの奇跡”と称される経済成長を実現したウフェ=ボワニの物語は、一党独裁体制下での長期政権ということともあわせて、“漢江の奇跡”を実現した韓国の朴正熙時代とパラレルなものがあるともいえそうです。いずれにせよ、外国人による植民地支配の経験がその国の人々にとって不愉快なものであることは誰しも否定できない事実ですが、そのこととは別に、植民地支配によってもたらされた“恩恵”の部分を冷静に受け止め、現実的な国益という観点から、旧宗主国に対しても穏健な外交政策を展開できるか否かが、新興独立国の国家建設が成功するかの分かれ道となっているといえそうです。その意味でも、漢江とイヴォワールのふたつの“奇跡”の物語を比較してみると、いろいろと興味深いことが浮かび上がってくるかもしれません。


 ★★★ 展示イベントのご案内 ★★★

 第5回テーマティク出品者の会 1月17-19日(金ー日)
 於・切手の博物館(東京・目白)

 テーマティク出品者の会は、テーマティクならびにオープン・クラスでの競争展への出品を目指す収集家の集まりで、毎年、全国規模の切手展が開催される際には作品の合評会を行うほか、年に1度、切手展出品のリハーサルないしは活動成果の報告を兼ねて会としての切手展を開催しています。僕も、昨年のバンコク展に出品した朝鮮戦争のコレクションを展示します。入場は無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。(詳細はこちらをご覧ください)


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 2014年1月2日より、東京・両国の江戸東京博物館で大浮世絵展がスタートしますが、会期中の1月24日13:30より、博物館内にて「切手と浮世絵」と題するトーク・イベントをやります。

 参加費用は展覧会の入場料込で2100円で、お申し込みは、よみうりカルチャー荻窪(電話03-3392-8891)までお願いいたします。展覧会では、切手になった浮世絵の実物も多数展示されていますので、ぜひ遊びに来てください。

 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

大浮世絵展・紹介記事


 ★★★  絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩  ★★★

 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

 新たに富士山が登録されて注目を集めるユネスコの世界遺産。 いずれも一度は訪れたい魅力的な場所ばかりですが、実際に旅するのは容易ではありません。そこで、「小さな外交官」とも呼ばれる切手や絵葉書に取り上げられた風景や文化遺産の100年前、50年前の姿と、講師自身が撮影した最近の様子を見比べながら、ちょっと変わった歴史散歩を楽しんでみませんか? 講座を受けるだけで、世界旅行の気分を満喫できることをお約束します。

 詳細はこちら。皆様の御参加を、心よりお待ちしております。


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は2月4日(原則第1火曜日)で、ついで、3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 安倍首相、オマーン訪問
2014-01-10 Fri 11:39
 昨日(9日)、今年最初の外遊に出発した安倍首相が最初の訪問国であるオマーンに到着し、カーブース国王との首脳会談を行い、安全保障やエネルギー分野での協力を強化することで一致しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       オマーン加刷

 これは、1970年の国号改称に伴い、旧マスカト切手に新国名“オマーン・スルターン国”と加刷した切手です。

 アラブ連盟加盟国のうち最も東側に位置しているオマーンの地は、古代にはペルシャ人の支配下に置かれていましたが、7世紀の預言者ムハンマドの時代にイスラム化し、アラブが独立を回復。インド西海岸やアフリカ東海岸との交易の拠点として繁栄します。

 交通の要衝であるがゆえに、オマーンには対岸のペルシャ人がしばしば侵攻し、14世紀以降はホルムズ王国の支配下に置かれます。さらに、1498年にヴァスコ・ダ・ガマが喜望峰を越えてインド洋に入って来ると、1507年にはマスカトもポルトガル軍に占領されました。1649年、ヤアーリバ朝のイマーム、スルターン・イブン・サイフはポルトガル人を駆逐してアラブの支配を回復。ザンジバルからパキスタン沿岸にいたる広大な海域に勢力を拡大しました。しかし、スルターン・イブン・サイフが1679年に亡くなるとヤアーリバ朝は衰退し、1737年からしばらくの間、首都のマスカトも一時的にペルシャに占領されます。

 その後、1749年ごろに成立したブーサイード朝はペルシャ勢力を追い払い、ザンジバルからグワダル(現パキスタン)にいたる海洋帝国を樹立。19世紀前半のサイイド・サイードの時代に全盛期を迎えます。1833年、サイイド・サイードは首都をマスカトからザンジバルに移しますが、その後も、オマーンは大英帝国とインド洋の勢力を二分する海洋帝国としての地位を維持し、オマーン本土の重要都市としてのマスカトの重要性は揺るぎませんでした。

 しかし、1856年にサイイド・サイードが亡くなると、ザンジバルを中心としたアフリカ東部沿岸地域が分離独立したことにくわえ、蒸気船の登場やスエズ運河の開通により、帆船貿易は打撃を受け、オマーンは次第に衰退。これに乗じて英国が進出し、1864年にはマスカトに英国の郵便局も設けられました。

 英国による実質的支配が強まるなか、マスカトのスルターンに反発する内陸部では別個の首長としてイマームが擁立され、両者が激しく対立。第2次大戦後、スルターンとイマームとの抗争は、イマームを支援するアラブ諸国とスルターンを支援するイギリスとの代理戦争の様相を呈するようになり、1960年には南部のドファール地方で南イエメンの支援を受けた反乱が発生するなど、オマーンは危機的な状況に陥ります。しかし、当時のスルターン、サイード・イブン・タイムールは有効な手だてを打たなかったので、1970年、英国の支援を受けた息子のカーブース(現国王)がクーデターを起こして自ら王位に就きました。

 カーブースは即位すると、1913年以来の国号“マスカット・オマーン”をかつてのオマーン・スルターン国に戻すとともに(今回ご紹介の切手は、これに伴い、発行されたものです)、1971年中には“オマーン”としての国連加盟を実現。それまでの鎖国政策から開国政策に転換して、人材開発を柱とした近代化政策に乗り出すとともに、1975年までにドファール地方の反乱をほぼ制圧するなど、国家再建に精力的に取り組み、現在のオマーン繁栄の基礎を築きました。

 ちなみに、日本の首相のオマーン訪問は、1990年の海部俊樹首相以来2回目のことですが、オマーン側は1970年以来、カーブース国王の治世が続いているほか、首相職は1972年以来、国王が兼務しており、24年前もカーブース国王が海部首相(当時)と会談しました。


 ★★★ 展示イベントのご案内 ★★★

 第5回テーマティク出品者の会 1月17-19日(金ー日)
 於・切手の博物館(東京・目白)

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 有田焼は日本のものだ!
2014-01-09 Thu 10:58
 日本を代表する焼物の“有田焼”の名称について、中国・福建省の業者が勝手に商標登録をしていたため、中国国内で日本人がこの名称が使えなくなっていた問題で、中国商標局が昨年10月に有田町と県陶磁器工業協同組合の取り消し請求を認めて登録を取り消していたことが、分かりました。というわけで、いまも昔も、“有田焼”は日本の伝統的工芸品だということを示すためにも、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       伊万里焼・有田焼

 これは、1985年5月23日、伝統的工芸品シリーズ第3集として発行されたは「伊万里・有田焼」の切手です。ちなみに、この切手は、当初、同年3月に発行の予定でしたが、制作作業の遅れから、実際の発行は当初予定から2ヵ月遅れとなりました。

 伊万里焼と有田焼は同義語として使われることも多いのですが、もともと、佐賀県の有田、長崎県の三川内、波佐見などで焼かれた肥前の磁器は、江戸時代には積み出し港の名を取って“伊万里”と呼ばれていました。このため、有田焼が有田町で生産される磁器を指すのに対して、伊万里焼は範囲を広げて肥前磁器全般を指す用語として使われることもあります。

 有田焼のルーツは、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、肥前国鍋島藩主・鍋島直茂が連れ帰った陶工、李参平が、1616年、有田の泉山で白磁鉱を発見し、そこに天狗谷窯を開き日本初の白磁を焼いたことに求めるのが一般的です。ただし、近年の調査では、天狗谷窯以前に、西部の天神森、小溝窯で磁器製造が始まっていたことが明かになっています。

 当時の有田では、中国・景徳鎮の磁器に影響を受けた染付磁器(藍九谷:白地に藍色一色で図柄が表わされている)が作られていましたが、1640年代の技術革新により、一次焼成の後に上絵付けを行なう色絵磁器が生産されるようになりました。

 17世紀後半になると、初代・酒井田柿右衛門によって、濁手と呼ばれる乳白色の生地に、赤を主調として余白を生かした絵画的な文様を描く柿右衛門様式が発明され、伊万里焼は輸出用磁器の最高級品として製造されるようになり、17世紀末には、金彩をまじえた“金襴手”の製造も開始されました。

 伊万里焼が登場した時代は、明朝の崩壊による混乱や、1644年に中国大陸を制した清朝が1656年に海禁令を発し磁器の輸出が停止したことから、日本製の磁器が注目されるようになった時代にあたっており、オランダ東インド会社によって大量の伊万里焼が、1647年にはカンボジアに、1650年にはハノイに、1659年以降は中東やヨーロッパへ輸出されるようになりました。こうして、伊万里焼は17世紀後半から18世紀初頭にかけて最盛期を迎えますが、1684年に中国・景徳鎮窯の生産・輸出が再開されたことや、1715年に幕府が発した海舶互市新例によって貿易の総量規制が行なわれたことなどから輸出商品としての魅力を失い、1757年にオランダ東インド会社に対する輸出も停止されてしまいます。

 その後、有田・伊万里焼は日本国内向けの量産品に生産の主力をおくこととなりましたが、1806年に瀬戸の陶工・加藤民吉が潜入に成功し、その技術が外部に漏洩するまで、日本唯一の磁器ブランドとして君臨し、その後も、現在にいたるまで、日本の磁器のトップブランドとしての地位を維持し続けています。

 今回ご紹介の切手のうち、左側の「色絵花鳥文大深鉢」は東京国立博物館の所蔵品で重要文化財に指定されています。わずかに青みを帯びた白色磁胎に、赤・緑・青・黄の華やかな色絵で花鳥を描いた1600年代の柿右衛門様式の作品で、蓋つきのを類品が多くヨーロッパに伝わっているところから、輸出物として作られたと考えられています。

 一方、右側の「色鍋島鳥桃文大皿」は元禄年間の作品で、MOA美術館の所蔵する重要文化財です。“鍋島”というのは、日本国内向けに、幕府や大名などへの献上・贈答用の最高級品のみをもっぱら焼いていた藩窯で、ここで製造された作品の大部分は木杯形の皿で、高台外部に櫛高台と呼ばれる縦縞があるのが特徴です。
 
 さて、中国での“有田焼”騒動ですが、有田町商工観光課によると、2010年夏、同町が上海万博関連イベントへの出品の準備をしていた際、中国・福建省で焼き物などを扱う個人の業者が2004年に“有田焼”を勝手に商標登録していたことが発覚。このため、本家本元の日本人が中国国内では有田焼の名称を使えず、“ARITA JAPAN”や“日本有田産”などの表記で販売や広報宣伝を行う一方、有田町と県陶磁器工業協同組合は、2011年10月に中国当局に取り消しを請求していました。その後、中国の法律で、3年間使われなかった商標は取り消されるというルールが日本側にも明らかになり、問題の業者が登録後に1度も商標を使っていないことを指摘し、このたび、ようやく取り消しが成立したというわけです。

 今後、町と組合は、あらためて、中国で“有田焼”の商標登録を申請することになりますが、新規登録の審査には1年ほどかかるのだとか。いやはや、何とも迷惑な話ですな。


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 第5回テーマティク出品者の会 1月17-19日(金ー日)
 於・切手の博物館(東京・目白)

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 ★★★  絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩  ★★★

 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

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 カザフの大トラ
2014-01-08 Wed 23:34
 大相撲初のカザフスタン出身力士で西幕下18枚目の風冨山泰雅が、今月3日、酒に酔って飲食店の門松を壊したとして、器物損壊の疑いで現行犯逮捕されていたことが、昨日(7日)、明らかになりました。まさか、日本名が“泰雅”だけに大トラになったというわけではないのでしょうが・・・。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       カザフスタン1998年用年賀

 これは、カザフスタンで発行された1998年用の年賀切手で、十二支の円の中に、干支の虎が大きく描かれています。

 現在のカザフスタン国家が独立したのは1991年12月のことで、さすがに、1992年用の年賀切手は発行できなかったものの、1993年からは毎年、春節(旧正月)に合わせて年賀切手を発行しています。同国の多数派を占めるカザフ人は、基本的に、太陽暦の新年を祝い、春節を祝うわけではありませんので、春節の切手を発行するということは、国境を接する中国ないしは(国内の)中国系の人々を意識してのことと考えるのが妥当でしょう。

 旧ソ連時代は中ソ関係が緊張していたこともあって、ソ連の構成国であるカザフスタンと中国との国境の往来は厳しく制限されていましたが、1992年、新生カザフスタン国家は対中関係を好転させるため、中国との間にビザ免除協定を調印します。この背景には、ソ連解体により、モスクワからの自立せざるを得なくなったカザフスタンにとって、同国の重要な水瓶であるバルハシ湖の水源が中国領内にある以上、水資源を確保するためには、良好な対中関係を維持しなければならないという事情がありました。

 以後、毎日150-200人の中国人(中華人民共和国のパスポートを有する人)がカザフスタンに入国するようになりました。この時点では、カザフスタンに移住するというよりも、欧州へ出稼ぎに行くための経由地としてカザフスタンに入国する中国人が圧倒的多数だったといわれています。

 さらに、1995年、カザフスタンは中国の主張にほぼ沿ったかたちで国境画定条約を結ぶとともに、善隣友好関係を確認する共同声明を発表。これに伴い、カザフスタンとの国境に配置されていた人民解放軍の多くが新疆南部のタジキスタンおよびアフガニスタンとの国境に移動し、両国間の移動の制限は大幅に緩和されました。以後、カザフスタン領内への中国人の流入は激増し、2000年までに30万人を越えています。その後も、カザフスタン国内の資源を求めて中国資本がカザフスタンに流入すると、カザフスタン国内に居住する中国人ないしは中国系住民の数は増加し、その経済的・社会的影響力は拡大していきました。

 こうした“中国”のプレゼンスのゆえに、カザフスタンでは、毎年、春節にあわせた年賀切手を発行しているわけですが、このほかにも、国内における中国系住民の社会的影響力が無視できなくなったがゆえに、年賀切手を発行するようになった国というのは欧米でも少なからずあります。いずれ、それらをまとめて、1冊の書籍を作ってみたいと思うのですが、さて、企画を拾ってくれる版元さんはありませんかねぇ。


 ★★★ 展示イベントのご案内 ★★★

 第5回テーマティク出品者の会 1月17-19日(金ー日)
 於・切手の博物館(東京・目白)

 テーマティク出品者の会は、テーマティクならびにオープン・クラスでの競争展への出品を目指す収集家の集まりで、毎年、全国規模の切手展が開催される際には作品の合評会を行うほか、年に1度、切手展出品のリハーサルないしは活動成果の報告を兼ねて会としての切手展を開催しています。僕も、昨年のバンコク展に出品した朝鮮戦争のコレクションを展示します。入場は無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。(詳細はこちらをご覧ください)


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 2014年1月2日より、東京・両国の江戸東京博物館で大浮世絵展がスタートしますが、会期中の1月24日13:30より、博物館内にて「切手と浮世絵」と題するトーク・イベントをやります。

 参加費用は展覧会の入場料込で2100円で、お申し込みは、よみうりカルチャー荻窪(電話03-3392-8891)までお願いいたします。展覧会では、切手になった浮世絵の実物も多数展示されていますので、ぜひ遊びに来てください。

 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

大浮世絵展・紹介記事


 ★★★  絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩  ★★★

 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

 新たに富士山が登録されて注目を集めるユネスコの世界遺産。 いずれも一度は訪れたい魅力的な場所ばかりですが、実際に旅するのは容易ではありません。そこで、「小さな外交官」とも呼ばれる切手や絵葉書に取り上げられた風景や文化遺産の100年前、50年前の姿と、講師自身が撮影した最近の様子を見比べながら、ちょっと変わった歴史散歩を楽しんでみませんか? 講座を受けるだけで、世界旅行の気分を満喫できることをお約束します。

 詳細はこちら。皆様の御参加を、心よりお待ちしております。


 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★   

 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は1月7日(原則第1火曜日)で、以後、2月4日と3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 香港映画黄金期の名女優
2014-01-07 Tue 18:02
 香港テレビ最大手TVBの名誉会長で、香港映画の最盛期を支えた映画会社・邵氏兄弟香港有限公司(ショウ・ブラザーズ)の創業者、邵逸夫氏(以下、敬称略)が、きょう(7日)、香港の自宅で亡くなりました。享年106歳。謹んでご冥福をお祈りします。というわけで、きょうは、初期のショウ・ブラザーズを代表する女優を取り上げたこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       林黛

 これは、1995年に英領香港で発行された“香港影星”(映画スター)のうち、林黛を取り上げた5ドル切手です。

 林は、1934年、廣西省賓陽縣の出身で、国共内戦中の1948年、大陸の混乱を逃れて、離婚した母親と共に大陸から香港に渡りました。その後、華やかな美貌が映画人の目にとまって女優契約を結び、1952年、映画スターで監督だった嚴俊に見出されて『翠翠』に主演。一躍トップ女優にのし上がります。

 目鼻立ちのはっきりした派手な美貌に加えて、歌も歌え、演技力も確かなものがあり、『金蓮花』、『貂蝉』、『千嬌百媚』、『不了情』でアジア太平洋映画祭の主演女優賞を4度獲得するという記録的快挙も果たし(このうち、『金蓮花』を除く3作品がショウ・ブラザーズの映画です)、結婚、出産後も活躍を続けて名声をほしいままにしていましたが、1964年、睡眠薬を過剰に服用して自殺しました。

 ところで、1950年代半ばまで、香港映画界では北京語の“官話片”と広東語の“粤語片”の勢力が拮抗していましたが、1956年に陸運濤ひきいる國泰機構(キャセイ・オーガナイゼーション)を母体とする國際電影懋業公司(MP&GI)が設立され、さらに、1959年に邵逸夫ひきいるショウ・ブラザーズが設立されると、状況は次第に変化していきます。

 すなわち、この両者は、従来の香港映画界には例のない大規模な撮影所を建設し、官話片を中心とした娯楽映画を制作。香港の映画市場を席巻しました。この結果、一時的に粤語片は絶滅寸前にまで追い込まれてしまうのですが、二大映画会社の熾烈な競争の結果、映画の製作本数も急増し、香港は東南アジア最大の映画市場としての地位を確立することになります。今回ご紹介の切手に取り上げられている林は、まさにそうした時代の官話片を象徴する大スターでした。

 その後、ショウ・ブラザーズの製作本部長を務めていた鄒文懐(レイモンド・チョウ)が1969年に独立して新会社・嘉禾影片公司(ゴールデン・ハーベスト)を設立。1971年に李小龍(ブルース・リー)と契約し、「唐山大兄(ドラゴン危機一発)」を大ヒットさせると、ショウ・ブラザーズはこれに対抗するため、従来の官話片中心路線を転換して、1973年に広東語のコメディー「七十二家房客」を制作。「龍爭虎門(燃えよドラゴン)」を押さえて堂々の年間興収第1位を獲得します。

 さらに、李小龍が亡くなると、ショウ・ブラザーズはテレビで人気のあった許冠文(マイケル・ホイ)と歌手の許冠傑(サミュエル・ホイ)兄弟を引き抜き、1974年の「鬼馬雙星(Mr.BOO!ギャンブル大将)」を皮切りに「天才與白痴」、「半斤八兩(Mr.BOO!)」と3本の広東語コメディーを制作。その広東語でのテンポの良いやりとりが評判となり、以後、香港では広東語での映画製作が主流となり現在にいたっています。なお、許兄弟のシリーズ3部作は、日本では「Mr.BOO!」のシリーズとして公開されましたが、「Mr.BOO!」というタイトルは日本での配給会社、東宝東和が勝手につけたもので原題とは無関係ですし、3作品は独立した別個の作品で内容に関連性はありません。

 なお、邵逸夫は、1970年代後半から次第にテレビに事業の中心を移していき、1985年、ショウ・ブラザーズの共同設立者で実兄の邵仁枚が亡くなったのを機に、撮影所の活動を停止。映画会社としてのショウ・ブラザーズはその歴史に幕を下ろすことになりました。

 ちなみに、ショウ・ブラザーズ黄金期、1950-60年代の香港映画とその関連の切手については、拙著『香港歴史漫郵記』でもいろいろご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 第5回テーマティク出品者の会 1月17-19日(金ー日)
 於・切手の博物館(東京・目白)

 テーマティク出品者の会は、テーマティクならびにオープン・クラスでの競争展への出品を目指す収集家の集まりで、毎年、全国規模の切手展が開催される際には作品の合評会を行うほか、年に1度、切手展出品のリハーサルないしは活動成果の報告を兼ねて会としての切手展を開催しています。僕も、昨年のバンコク展に出品した朝鮮戦争のコレクションを展示します。入場は無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。(詳細はこちらをご覧ください)


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 参加費用は展覧会の入場料込で2100円で、お申し込みは、よみうりカルチャー荻窪(電話03-3392-8891)までお願いいたします。展覧会では、切手になった浮世絵の実物も多数展示されていますので、ぜひ遊びに来てください。

 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

大浮世絵展・紹介記事


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 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

 新たに富士山が登録されて注目を集めるユネスコの世界遺産。 いずれも一度は訪れたい魅力的な場所ばかりですが、実際に旅するのは容易ではありません。そこで、「小さな外交官」とも呼ばれる切手や絵葉書に取り上げられた風景や文化遺産の100年前、50年前の姿と、講師自身が撮影した最近の様子を見比べながら、ちょっと変わった歴史散歩を楽しんでみませんか? 講座を受けるだけで、世界旅行の気分を満喫できることをお約束します。

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 インドネシアの“火消”
2014-01-06 Mon 13:47
 きょう(6日)は、消防の出初式の日です。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       インドネシア・自然災害(火災)

 これは、1967年にインドネシアで発行された“自然災害の犠牲者救済”の寄附金つき切手のうち、山火事の被害を受けた村での消火活動のようすが描かれています。

 インドネシアのスマトラ島やカリマンタン(ボルネオ)島では、毎年、乾期の5月ごろから違法な焼き畑が行われており、それが延焼して大規模な森林火災が発生するのが“年中行事”となっています。火災が発生するのは主として山間部であることから、近代的な消防設備を用いての消火活動もままならず(そうした状況を表現したのが今回ご紹介の切手です)、そのことが被害を拡大し、周辺のシンガポールやマレーシアにも煙害が及ぶこともしばしばです。

 ちなみに、インドネシア一帯は9-10月ごろから雨季に入るため、その時期には森林火災もおおむね収まるのですが、1997年にはエルニーニョ現象の影響でほとんど降水がなく、異常乾燥状態が続く中で、9月にスマトラ島南部のランプン州で大規模な火災が発生。11月11日までに東京都の面積に匹敵する17万7200平方キロが焼失する大惨事となりました。

 このランプン大火災に際して、わが国は、10月22日から11月11日まで、国際消防救助隊員30名(東京消防庁19名、名古屋市消防局5名、大阪市消防局3名、横浜市消防局2名、消防庁1名)とヘリコプター2機を派遣し、火災地点の上空からの情報収集を行い、消火活動に貢献しました。その後も、国際消防救助隊は、2004年12月のスマトラ島沖地震の後にも派遣され、救援活動を行っています。

 こうしたこともあって、2012年にスマトラ島を訪ねた際には、現地での日本人の評判はすこぶる良かったのですが、そのあたりの事情については、拙著『蘭印戦跡紀行』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 参加費用は展覧会の入場料込で2100円で、お申し込みは、よみうりカルチャー荻窪(電話03-3392-8891)までお願いいたします。展覧会では、切手になった浮世絵の実物も多数展示されていますので、ぜひ遊びに来てください。

 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

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 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

 新たに富士山が登録されて注目を集めるユネスコの世界遺産。 いずれも一度は訪れたい魅力的な場所ばかりですが、実際に旅するのは容易ではありません。そこで、「小さな外交官」とも呼ばれる切手や絵葉書に取り上げられた風景や文化遺産の100年前、50年前の姿と、講師自身が撮影した最近の様子を見比べながら、ちょっと変わった歴史散歩を楽しんでみませんか? 講座を受けるだけで、世界旅行の気分を満喫できることをお約束します。

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 年賀状の切手
2014-01-05 Sun 21:48
 例年のことですが、“郵便学者”という看板を掲げて生活している関係から、僕は毎年、年賀状には干支にちなんだ切手を取り上げることにしています。もっとも、ただ単に干支の切手を持ってくるだけではつまらないので、①できるだけ他の人が使いそうにないモノ、②その年の仕事の予告編になりそうなモノ、というふたつの基準で選んでいます。あす(6日)は仕事始めでオフィスで僕の年賀状をご覧になるという方もあると思いますので、年賀状の切手について簡単に解説いたします。(画像はクリックで拡大されます)

       ブラジル・郵便350年(馬)

 これは、昨年(2013年)1月、ブラジルが発行した“郵便350年”の記念切手のうち、初期の郵便を運んでいた“馬追い”の風景を取り上げた1枚です。さまざまな困難と戦いながら、目的地まで淡々と荒野を進み、郵便を届けていたかつての馬追いたちに倣い、僕も、いろいろと情勢は厳しいでしょうが、少しでも多くの仕事を読者の皆様にお届けできれば…という意味を込めて、この1枚を選んでみました。

 ちなみに、ブラジルでは、ポルトガル植民地時代の1663年1月25日、常設の“郵便局”が設置されたのが郵便のルーツとされており、昨年はそこから起算して350年になるということで、11月の世界切手展<Brasiliana 2013>を含む各種イベントが行われました。今回ご紹介の切手は、1月25日、無額面・永久保証切手24枚連刷の構成でブラジルの郵便の歴史を紹介した記念切手のうちシートの上段左から2枚目に位置するものです。ちなみに、シートの全体像は以下のようになっています。

       ブラジル郵便350年(シート全体)

 さて、元日の記事にも書きましたが、現在、6月のサッカーW杯をにらんで、4-5月をめどにブラジルを題材とした本を出すべく、準備を進めています。昨年末になって急に決まった企画なので、現時点ではほとんど手付かずの状態なのですが、時期を外すわけにはいかないので、これからしばらくはブラジル三昧の日を過ごすことになりそうです。このブログでも、ブラジル関連のマテリアルを取り上げることが多くなると思いますが、よろしくお付き合いください。

 なお、拙宅での執筆作業はすでに元日からスタートしているのですが(というよりも、商売柄、365日営業が原則です)、対外的には、7日(火)のよみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪での「予算1日2000円のソウル歴史散歩」が2014年の仕事始めとなります。続けて、11日(土)から文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)での講座「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」がスタートするほか、17-19日(金-日)には東京・目白の切手の博物館でのテーマティク出品者の会ミニペックス、そして、24日(金)には東京・両国の江戸東京博物館での大浮世絵展にあわせてのトーク「切手と浮世絵」など、今月は、自宅の仕事場を出て、多くの方にお会いする機会がいろいろございます。各会場で1人でも多くの皆様に直接お目にかかりたいと思っておりますので、ぜひ、よろしくお願いいたします。

 * 例によって、年賀状の投函は年末ぎりぎりになってしまいましたので、まだお手元に届いていない方もあるかと思います。(ちなみに、拙宅には、明らかに昨年の御用納め以前に投函されたと思しき、オフィスからの年賀状が今日もまた何通か届きました)

 早々に賀状をお送りいただきながら、僕の賀状がまだ届いていないという方々におかれましては、今しばらくお待ちいただきますよう、伏してお願い申し上げます。


 ★★★ 展示イベントのご案内 ★★★

 第5回テーマティク出品者の会 1月17-19日(金ー日)
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大浮世絵展・紹介記事


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 切手の帝国:シーホース
2014-01-04 Sat 10:54
 ご報告が遅くなりましたが、大修館書店の雑誌『英語教育』2014年1月号が発売になりました。僕の連載「切手の帝国:ブリタニアは世界を駆けめぐる」では、今回は、新年号ということで、干支の馬にちなみ“シーホースの切手”を取り上げました。その記事の中から、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       シーホース1ポンド

 これは、1913年に英国が発行した1ポンド切手で、伝説のシーホースを駆るブリタニアが描かれています。

 1913年、英国郵政は新たに高額面(ハーフ・クラウン=2シリング6ペンス、5シリング、10シリング、1ポンドの4種)の普通切手を発行することになりました。熱心な切手収集家だった国王ジョージ5世は、この新切手を芸術性の高いものにすべく、オーストラリア人彫刻家のバートラム・マッケナルに図案の制作を依頼します。

 マッケナルは1863年、メルボルン近郊のフィッツロイ生まれ。1910年にジョージ5世の戴冠記念メダルを制作しましたが、国王がこのメダルをいたく気に入り、そのデザインはジョージ5世時代の切手やコインに幅広く使われています。

 依頼を受けたマッケナルは、メダルの肖像と、馬車に乗り大海原を駆けるブリタニア(英国の女神)を組み合わせた原画を制作しました。

 ギリシャ神話では、海神ポセイドンは、頭と胴体の前半分が馬、後半分が魚という神獣、ヒッポカンポス(ノルウェーと英国の間の海中に棲んでいるということで、英国にもゆかりがあります)が牽引する戦車に乗って移動します。マッケナルは、このモチーフをアレンジして、車上のブリタニアには、ポセイドンに倣った三叉の矛とユニオンジャックの盾を持たせました。また、ギリシャ神話のヒッポカンポスは前足が水掻きになった姿で描かれるのが一般的ですが、切手の馬の前足は通常の蹄になっています。

 七つの海を支配する大英帝国のイメージを表現したシーホースの切手は、その凹版印刷の見事な出来栄えとも相まって、1913年に発行されると、まさしく高額切手にふさわしい風格で大いに好評を博しました。また、図案のイメージを反映して、シーホースの切手は、一部の英領地域でも地域名を加刷して使用されています。

 切手の印刷は、当初、ウォータールー・ブラザーズ・アンド・レイトン社が担当していましたが、1915年12月には、印刷所がトマス・デ・ラ・ルー社に変更。さらに、1918年12月以降は、ブラッドバリー・ウィルキンソン社が印刷を担当し、1934年から製造が中止される1939年までは、ウォータールー・アンド・サン社が印刷を担当しました。ちなみに、ウォータールー・ブラザーズ・アンド・レイトン社はウォータールー・アンド・サン社から分離独立した会社ですが、1920年に両社は再統合されていますから、最初と最後は同じ印刷所が製造したともいえましょう。

 ちなみに、1939年、英国の高額普通切手のデザインは、シーホースから国王ジョージ6世の肖像に変更されています。

 同年9月に勃発した第2次大戦により、英国は超大国の地位から陥落し、戦後は植民地の独立が相次いで、シーホースの切手に象徴された大英帝国は英連邦へと変質しました。その意味では、一つの切手の退場は、期せずして、時代の変化と密接にリンクしていたともいえそうです。


 ★★★ 展示イベントのご案内 ★★★

 第5回テーマティク出品者の会 1月17-19日(金ー日)
 於・切手の博物館(東京・目白)

 テーマティク出品者の会は、テーマティクならびにオープン・クラスでの競争展への出品を目指す収集家の集まりで、毎年、全国規模の切手展が開催される際には作品の合評会を行うほか、年に1度、切手展出品のリハーサルないしは活動成果の報告を兼ねて会としての切手展を開催しています。僕も、昨年のバンコク展に出品した朝鮮戦争のコレクションを展示します。入場は無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。(詳細はこちらをご覧ください)


 ★★★ トーク・イベントのご案内 ★★★

 2014年1月2日より、東京・両国の江戸東京博物館で大浮世絵展がスタートしますが、会期中の1月24日13:30より、博物館内にて「切手と浮世絵」と題するトーク・イベントをやります。

 参加費用は展覧会の入場料込で2100円で、お申し込みは、よみうりカルチャー荻窪(電話03-3392-8891)までお願いいたします。展覧会では、切手になった浮世絵の実物も多数展示されていますので、ぜひ遊びに来てください。

 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

大浮世絵展・紹介記事


 ★★★  絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩  ★★★

 2014年1月11日・18日・2月8日のそれぞれ13:00-15:00、文京学院大学生涯学習センター(東京都文京区)で、「絵葉書と切手でたどる世界遺産歴史散歩」と題する講座をやります。(1月18日は、切手の博物館で開催のミニペックスの解説)

 新たに富士山が登録されて注目を集めるユネスコの世界遺産。 いずれも一度は訪れたい魅力的な場所ばかりですが、実際に旅するのは容易ではありません。そこで、「小さな外交官」とも呼ばれる切手や絵葉書に取り上げられた風景や文化遺産の100年前、50年前の姿と、講師自身が撮影した最近の様子を見比べながら、ちょっと変わった歴史散歩を楽しんでみませんか? 講座を受けるだけで、世界旅行の気分を満喫できることをお約束します。

 詳細はこちら。皆様の御参加を、心よりお待ちしております。


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 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 世界漫郵記:ドバイ⑤
2014-01-03 Fri 11:34
 『キュリオマガジン』2014年1月号が出来上がりました。僕の連載「郵便学者の世界漫郵記」は、前回に続きドバイ篇の第5回目。今回は、新年号ということで、おとといの元日、新年を祝う花火を約50万発打ち上げて“世界最大の花火”としてギネス世界記録を更新した会場のひとつで、世界一高いビル、ブルジュ・ハリーファにフォーカスをあてました。その記事の中から、この切手をご紹介します。(以下、画像はクリックで拡大されます)

       UAE・世界エネルギーフォーラムFDC     UAE・世界エネルギーフォーラムSS

 これは、2012年10月にアラブ首長国連邦(UAE)で発行された“世界エネルギー・フォーラム”の記念切手の公式FDC(左)と小型シートです。どちらも、下部には、世界各国の高層建築のシルエットを並べたフォーラムのシンボルマークが印刷されていますが、公式FDCではブルジュ・ハリーファのシルエットも入っているのに、小型シートでは、肝心のブルジュ・ハリーファの部分に切手がレイアウトされて見えなくなっているのがミソです。ちなみに、ブルジュ・ハリーファそのものの写真としては、僕自身が2012年に現地で撮影したものを下に貼っておきます。

       ブルジュ・ハリーファ(実物)

 さて、ブルジュ・ハリーファの建設が始まったのは、いまからちょうど10年前の2004年1月のことでした。

 もともと、脱石油依存を進めてきたドバイは、20世紀末になると、より一層の外資を呼び込むため、不動産市場を自由化し、UAE国籍を持たなくとも自由に土地や不動産を所有できるように法改正を行いました。この結果、ドバイでは建設ブームが過熱し、パーム・アイランドなどの人工島をはじめ、数々の大規模土木プロジェクトが次々と進められていくことになります。

 この流れは、2003年以降、いっそうの拍車がかかり、2004年後半に始まる原油高の追い風を受けて、2005年度のドバイ経済は16%もの高い成長率を記録しました。

 こうした状況の中で、当時、皇太子だったムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム(現首長)は、“何か凄くセンセーショナルなもの”でドバイに対する世界の注目を集め、投資を呼び込もうと考えました。その一環として浮上してきたのが、シャイフ・ザーイド・ロードの第1インターチェンジの付近の2平方キロの土地に、世界一高い超高層ビル“ブルジュ・ドバイ”を建設し、その周囲に市街地を造成する“ダウンタウン・ブルジュ・ドバイ”開発計画です。

 シャイフ・ザーイド・ロードは、1980年に開通した高速道路で、正式名称はE11。片側6車線(両側12車線)で、制限速度は時速140kmです。

 連邦統合のシンボルとして、連邦結成の1971年に着工し、アブダビからドバイやシャルジャなどを通ってラス・アル・ハイマまで、UAEの海岸部をペルシャ湾に平行して貫くルートを取っています。なお、“シャイフ・ザーイド・ロード”との通称は、アブダビの首長でUAEの初代大統領(在任1971-2004)を務めたザーイド・ビン・スルターン・アール・ナヒヤーンにちなむものです。

 現在のドバイのシンボルともいうべき林立する高層ビル群は、基本的に、このシャイフ・ザーイド・ロードに沿って建設されており、ドバイ・メトロのレッド・ラインがその間をすり抜けていくという構図になっています。

 ダウンタウン・ブルジュ・ドバイの核となるタワーは、世界中の超高層ビルを手がけたエイドリアン・スミスが設計を担当した。建設は、韓国のサムスン物産、ベルギーのベシックス アラブテックが、設備はUAEの ETA、インドのVoltas、そして、わが国の日立プラントテクノロジーが担当しました。

 “何か凄くセンセーショナルなもの”という首長のリクエストに応えるかのように、当初、オーストラリア・メルボルンのグロロ・タワー(560m)程度と計画されていた塔の高さは、徐々に高くなり、最終的に、828mの高さに変更されました。また、実際の建設工事は2004年9月21日に始まりましたが、デザインや設備などの“アップグレード”による変更が相次ぎ、総工費は15億米ドルにまで膨張。その結果として、事務所スペースは1平米あたり4万3000ドル、アルマーニが販売する住居スペースは1平米あたり3万7500ドルという超高額の価格設定となりました。

 ところが、この間の2008年9月、米国の名門投資銀行リーマン・ブラザーズが64兆円の負債を抱えて倒産した“リーマン・ショック”から世界的な金融危機が発生。その影響はドバイを直撃し、外国企業からの投資引き上げや地元企業の資金繰り悪化、それらに伴う多数の建築工事や計画の中止、外国人労働者の失業、さらには外国人観光客の減少なども追い打ちをかけるかたちで、景気は急速に減速しました。

 そして、“ブルジュ・ドバイ”の開業まで1ヵ月半に迫った2009年11月25日、ドバイ政府は、政府系持株会社ドバイ・ワールドと不動産子会社ナヒールの債務590億ドル(当時のレートで約5兆円)について6ヵ月以上の支払い猶予を債権者に求めます。これを機に、欧米系銀行の債務焦げ付きの懸念からユーロが一挙に売られて円高が急激に進行するとともに、株価が大きく下落しました。

 いわゆる“ドバイ・ショック”です。

 結局、ドバイ域内で不動産の空室や差し押さえ物件が溢れかえる中で、ドバイ政府はアブダビから数十億ドルを借り入れて急場をしのがざるを得なくなりました。

 こうした経緯から、2010年1月4日のオープニング・セレモニーでは、突如、それまで“ブルジュ・ドバイ”とされていた建物の名称が、アブダビのハリーファ首長にちなんで、“ブルジュ・ハリーファ”に変更されることが発表され、人々を大いに驚かせています。たしかに、それはそれで“凄くセンセーショナル”な出来事には違いないのでしょうが…。

 さて、世界的な観光名所であるブルジュ・ハリーファを取り上げた絵葉書はさまざまな種類があって、現地の土産物屋では、それこそ、山のように売られているのですが、UAEの切手にはこれまで取り上げられたことがありません。今回ご紹介の例のように、初日カバー用の公式封筒には、何度か、そのシルエットが登場しているのですが…。

 まぁ、UAE最大の首長国として、郵政を含む連邦行政に絶大なる影響力を持っているアブダビとしては、ブルジュ・ハリーファの件ではドバイの尻拭いをさせられたという思いが強く、国家のメディアとしての切手に正式に取り上げるのは差し控えたいという気持ちがあるのでしょうか。

 そういえば、ニューヨークのエンパイア・ステイト・ビルディングは、米国が世界恐慌真只中にあった1931年に完成していますし、“バブルの塔”と揶揄された現在の東京都庁舎もバブルが崩壊した1991年の4月1日から都庁としての業務を開始していますな。天にもとどくような高さの“バベルの塔”を築こうとした人間の奢りに怒った神が塔を破壊したという『旧約聖書』の物語は、かたちを変えて実際の歴史の中でも繰り返されてきたということなのかもしれません。


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 今日から大浮世絵展
2014-01-02 Thu 09:58
 きょう(2日)から、東京・両国の江戸東京博物館で大浮世絵展がスタートします。というわけで、お正月でもありますし、馬を描いた浮世絵を取り上げた切手の中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

       隅田川関屋の里

 これは、1966年10月6日に発行された国際文通週間の切手で、葛飾北斎の『富嶽三十六景』の「隅田川関屋の里」が取り上げられています。ちなみに、この切手が発行された1966年の干支は丙午ですが、後述するように、近年の切手趣味週間の切手が題材の選択に当たって干支を考慮しているのとは事情が異なり、馬が登場したこと自体は偶然と見るのが妥当なようです。

 北斎の作品の舞台となった“関屋の里”は、寺島村から千住河原までの隅田川のほとりの広い地域の村里を指していました。現在の行政区域としては東京都の足立区と墨田区の境界付近で、京成線関谷駅、東武線牛田駅を中心とする一帯に相当しています。

 この地域は、平安時代から関東と欧州を結ぶ交通の要衝とされ、後鳥羽天皇の承久年間(1190-98)に、源頼朝が奥州征伐の後、一族の江戸太郎重長に命じて関所を設けたことから“関屋”の名がついたといわれています。

 切手に取り上げられた作品は、1813年頃に制作されたもので、高札場と一本松の附近を三騎の早馬が駆けぬけていく場面を取り上げたもので、画面右上に見える夕焼けの富士や、早馬の動と遠景の静の見事なコントラストは、北斎ならではのものと高い評価を得ています。

 さて、当初、1966年の文通週間切手の題材としては、郵政サイドでは、おなじく『富嶽三十六景』のうちの「甲州石斑沢」を取り上げる予定でした。

 しかし、前年の文通週間切手(『富岳三十六景』のうちの「三坂水面」が取り上げられました)が発行された頃から、足立区千住在住の有力収集家であった村田守保を中心に、『富嶽三十六景』のうち千住を題材とした作品3点(「隅田川関谷の里」、「千住花街より眺望の不二」、「武州千住」)のひとつを文通週間切手に取り上げてほしいとの運動が起こります。ちなみに、『富嶽三十六景』の中には、江戸から見た富士の絵は10点ありますが、そのうちの3点は、北斎が千住の名医といわれた名倉家に食客として滞在していた経験をもとに千住を題材としたもので、それだけに、地元では、北斎の千住に対する深い愛着を誇りとしていました。

 このため、1966年1月14日、村田が会長を務める足立郵便史談会と足立区(区長・岡崎十止雄)、それに、地元の切手収集家の団体である足立切手会の3者連名で、郵政省に対して、1966年の文通週間に「隅田川関谷の里」を取り上げるよう、発行申請が行われています。

 千住を題材とした三作品の中でも、村田らが「隅田川関谷の里」にターゲットを絞って陳情活動を行った最大の理由は、この作品に江戸時代の速達便ともいうべき早馬が描かれており、郵便とも関係が深いということにありました。さらに、発行申請時の郵政大臣であった郡祐一が、自らの選挙区である水戸の偕楽園を皮切りに“名園シリーズ”の発行を決定したことに目をつけた村田らは、発行申請に際して「この早馬は水戸から江戸に飛んできたもので、大臣の立身伝に通じるもの」という主旨の一文を付して、郵政省を説得。このことが功を奏して、題材の決定がスムースに進んだといわれています。
 
 こうして、切手の題材が決定し、準備も順調に進められ、1966年10月6日、「隅田川関谷の里」を描く国際文通週間の記念切手が発行されました。

 切手の発行日には、足立区の千住第一小学校の講堂で切手の贈呈式が行われ、郵政大臣(新谷寅三郎)の代理として出席した事務次官(長田裕二)から、足立区長(岡崎十止雄)・足立区議会議長(富沢孝之)・足立区町会連合会会長(青木房吉)の三人に額装された切手一シートが贈呈されました。なお、式典では、切手発行の申請を受理した時の郵政大臣として郡祐一も祝辞を述べています。

 さて、きょうから始まる大浮世絵展会期中の1月24日、会場の江戸東京博物館内にて「切手と浮世絵」と題するトーク・イベント(詳細はこちら)をやります。当日は、歌川広重の「月に雁」をはじめ、切手になった浮世絵の実物も会場内に多数展示されていますので、ぜひ遊びに来てください。


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 なお、下の画像は、展覧会と僕のトーク・イベントについての2013年12月24日付『讀賣新聞』の記事です。

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