内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 捕鯨文化礼賛の濠領切手
2014-03-31 Mon 22:57
 反捕鯨国のオーストラリアが、日本による南極海での調査捕鯨は国際捕鯨取締条約に違反するとして中止を求めた訴訟で、国際司法裁判所のトムカ裁判長は、きょう(31日)、日本の調査捕鯨は「研究目的ではない」と述べ、条約違反と認定、今後実施しないよう命じました。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ノーフォーク・鯨製品

 これは、2010年、オーストラリア領ノーフォーク島で発行された“捕鯨の歴史”の切手のうち、ランプをともす鯨油や鯨肉の缶詰、鯨の骨の細工物など、鯨を使った製品を取り上げた切手です。

 ノーフォーク島はオーストラリアの東に位置する島で、1774年にジェームズ・クックが発見し、ノーフォーク公爵の名に因んで命名されました。当初は無人島でしたが、後に、オーストラリアのニューサウスウェールズとともにイギリスの流刑殖民地となりましたが、1913年、オーストラリア連邦政府が管理する特別地域になりました。

 なお、周辺の海域は大型鯨類の回遊ルート上にあることから、第2次大戦後の1962年まで、捕鯨基地として利用されていた歴史があり、そのことが、今回ご紹介のような切手の発行につながりました。

 さて、ノーフォーク島でも捕鯨が行われていた1960年代以前の“鯨の保護”は、現在の環境保護派とはその動機が根本的に異なっています。

 日本以外の国は、基本的に、鯨肉を食用としていませんでしたから、彼らにとっては、捕鯨とはあくまでも鯨油を採取するための手段でしかなく、鯨油価格の動向こそが最大の関心事でした。それゆえ、“鯨の保護”には、捕鯨産業を維持するために鯨の乱獲を制限すると同時に、鯨油の生産過剰による値崩れを防ぐという意味もありました。じっさい、1948年に発足した国際捕鯨委員会(IWC)も、当初は、鯨油価格維持のための国際カルテルという性格が強かったのです。ちなみに、19世紀には主として照明用に用いられていた鯨油は、第二次大戦後は、低温でも凍らず、高温でも粘性を失わない特性を活かして、自動車や飛行機の潤滑油あるいは潜水艦用の不凍液が主たる用途になりました。米国がながらく世界一の捕鯨国であったのも、このためです。

 しかし、1960年前後から、潤滑油や不凍液は化学合成によって安価で高性能の商品がつくられるようになり、西側世界での鯨油価格は暴落。鯨油採取のみを目的とした捕鯨業者は相次いで廃業に追い込まれることになりました。

 ところが、1970年代に入ると、いわゆる環境保護運動が社会的な影響力を持つようになってきます。彼らは、鯨類資源の枯渇した状況を“人類による環境破壊のシンボル”として、「鯨を救え」とする運動を展開。このため、彼らの活動が盛んな米国やオーストラリア、ニュージーランドなどでは、国内法で鯨類製品の輸入を禁止する規制が導入されました。ただし、これらの国では鯨肉を食用とされていなかったため、この規制は国内産業になんら影響を及ばすものではなく、あくまでも象徴的なものでした。

 一方、1972年にストックホルムで開催された国連人間環境会議で、商業捕鯨の10年モラトリアムが提案されたことで、日本の食糧市場がにわかに注目を集めるようになります。それまでのように、日本が鯨肉で国民の蛋白源をまかなえなくなれば、その代わりの蛋白源の市場が経済大国・日本に生まれるからで、この市場は、オーストラリアやニュージーランドの牛肉や羊肉の生産者にとって非常に魅力的なものと映りました。

 かくして、鯨が以前とは全く異なる政治的・経済的な意味を持つようになると、1976年、非捕鯨国はIWCに再加盟します。ただし、この時点では、オーストラリアなど世界有数の畜産国が、捕鯨は残酷だが、牛や羊の屠殺は認められるという荒唐無稽な主張を政府として支持していたわけではありません。

 ところで、この頃、それまで反核運動を活動の中心に据えていたグリーンピースは“広くさまざまな自然保護問題について行動する組織”へと脱皮すべく、反捕鯨運動に接近。1975年以降、捕鯨船の前にゴムボートを繰り出して捕鯨を妨害するというキャンペーンを開始します。環境NGOの活動はエスカレートし、農水産省や政府関係者に対して、左派系の教員や活動家が児童生徒を動員して「鯨を救え」と題する抗議文書を大量に送り付け、業務を妨害するという戦術を展開。こうした恫喝に屈したり、あるいは、そのプロパガンダに洗脳される国民の多かった国々は、急速に反捕鯨国として過激化していったわけです。

 なお、オーストラリアが執拗なまでに日本による南氷洋の捕鯨に反対する背景には、かの国にとっては、オーストラリア連邦の結成以来、オーストラリアは常に日本を恐れ日本の脅威を取り除くことに最大の関心を払ってきたという事情があった(ある)ことも見逃してはなりません。

 実際に日本が戦争によって壊滅的な打撃を受け、去勢されたといっても過言ではないほどまでに徹底して武装解除された後でさえ、いずれ「優秀な日本人」は復興を果たし、再び自分たちにとって深刻な脅威となるはずだというのが、おそらく、日本との苛烈な戦争を戦った経験を持つオーストラリア人たちの共通認識でした。わずか数年前のダーウィン空襲はオーストラリア北西のティモール海を飛び立った日本軍機によるものでしたが、南氷洋捕鯨に出漁する日本船(しかも、旧海軍の元軍艦が使われていました)の航路は、オーストラリア大陸により接近したものとなることは確実です。

 このため、日本の船が自国の近海を通過することに強い恐怖感を覚えたオーストラリアは、1946年の時点で、戦時賠償として日本の捕鯨母船を没収しようという、どう見ても無理な主張を持ち出して、なんとかして日本の捕鯨再開を妨害しようとしています。

 結局、この件に関しては、西側世界の盟主にして、日本占領を実質的に仕切っていた米国が「(日本の捕鯨再開に)反対する国は日本向けに1000万ドルの食糧援助をしてもらいたい」と一喝したことで決着。オーストラリアも矛を収めざるを得ませんでした。

 いずれにせよ、今回ご紹介の切手は、オーストラリア本国ではないにせよ、オーストラリア領内で、つい最近、2010年に発行されたものです。グリーンピースなどの環境テロリストたちが主張するように、捕鯨が真に恥ずべき行為であるのなら、オーストラリア領ノーフォーク島の名において発行される切手に、いくら過去の出来事とはいえ、このようなデザインが採用されるはずはありません。したがって、こうした切手が発行されることじたい、彼らの反捕鯨論には、感情論はともかく、客観的で説得力のある根拠がなにもないことを、彼ら自身も内心では分かっていることの証左といってよいでしょう。

 なお、今回の国際司法裁判所の決定について、日本政府は「残念であり、深く失望している」としつつ、判決には従うとの官房長官談話を発表しましたが、それならばなおさら、我々国民は、反捕鯨国とその主張がいかに理不尽なものであるかを忘れてはなりますまい。


 ★★★ ポスタル・メディアと朝鮮戦争 ★★★

 4月19日(土)14:00から、東京・水道橋の日本大学法学部三崎町キャンパス本館2階 第2会議室(以前ご案内していた会場から変更になりました)にて開催のメディア史研究会月例会にて、昨年(2013年)夏、バンコクで開催された世界切手展<Thailand 2013>に出品した“Korea and the Cold War 1945-1953”の内容を中心に、切手や郵便物などによって朝鮮戦争とその時代を再構成しようとする試みについてお話しします。

 なお、メディア史研究会はまったく自由な研究会で、会員以外の方でも気楽にご参加いただけますので(もちろん、無料)、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

スポンサーサイト
別窓 | ノーフォーク島 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 フランシーヌの動機
2014-03-30 Sun 18:30
 きょうは“3月30日の日曜日”ということで、ネット上でも、往年のヒット曲「フランシーヌの場合」のことを話題にする人が多いようです。というわけで、歌のモデルとなったフランシーヌ・ルコントにちなんでこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ビアフラ加刷

 これは、1968年4月1日にビアフラ共和国が発行した切手で、ナイジェリア切手の国名を表示を抹消してビアフラの国章を加刷し、さらに、ビアフラの国名表示も加刷されています。

 1960年に独立したナイジェリアは、当初、北部州(ハウサ族が中心)・西部州(ヨルバ族が中心)・東部州(イボ族が中心)の3地域(1963年に西部州から中西部州が分割され、4地域になります)の連邦制国家としてスタートしました。しかし、独立後、東部のイボ族地域で油田が発見され、東部とそれ以外の地域の経済格差が広がったこともあり、議会ではこれらの3地域の代表が激しく対立し、政権は不安定でした。

 こうした中で、1966年1月、イボ族の中堅将校を中心としたクーデターが発生。クーデターはイボ族出身の軍司令官、ジョンソン・アグイイ=イロンシによってすぐに鎮圧され、イロンシを大統領とする臨時政府が樹立されましたが、イロンシは同年7月28日に暗殺され、北部出身のヤクブ・ゴウォン中佐が政権を掌握しました。

 この間、北部ではイボ族に対する虐殺事件(1万数千人が犠牲になったといわれています)が発生し、100万人近い難民が東部州に逃れます。東部州の軍政知事だったチュクエメカ・オドゥメグ・オジュク中佐は、州内の連邦資産を接収し、税収を全て東部州で管理するとしましたが、ゴウォン政権は中央集権化を図るためとして地方を12州に再編。その狙いが東部州を分割して弱体化を図ることにあったのは明白だったため、1967年5月30日、オジュクは“ビアフラ共和国”として東部州の独立を宣言しました。

 今回ご紹介の切手は、独立宣言を行ったビアフラ政府が自らの正統性を内外に示すために発行したもので、彼らの支配地域で使用されました。なお、ビアフラと域外の郵便は、ビアフラを承認していたガボンの首都リーブルヴィルに空輸され、そこから各国に逓送されるというルートを取っていました。ちなみに、ガボン以外にビアフラ国家を承認していたのは、ハイチ、コート・ディヴォワール、タンザニア、ザンビアの各国です。

 これに対して、ビアフラの独立を認めないナイジェリア連邦軍との間で内戦が発生。フランスと南アフリカがビアフラを、旧宗主国の英国とソ連が連邦を支援し、戦闘は一進一退の状況が続きました。

 このため、1968年以降、連邦側はビアフラに対する食料・物資の供給を遮断。連邦による包囲は徹底したもので、赤十字による人道支援の物資搬入も妨害したため、ビアフラは深刻な飢餓に陥ります。

 「フランシーヌの場合」は、こうした状況の下で、ビアフラの飢餓についての新聞記事を握りしめて抗議の焼身自殺を行ったフランシーヌ・ルコントのことを歌ったもので、当時の反戦フォークを代表する一曲となりました。

 結局、ビアフラは兵糧攻めに屈するかたちで、1970年1月9日に降伏。オジュクはコート・ディヴォワールに亡命し、内戦は終結しました。内戦時のビアフラでは、少なくとも150万人以上の人間が、飢餓、病気、戦闘によって死亡したとされており、その後もながらく“ビアフラ”は飢餓の代名詞として使われることになりました。


 ★★★ ポスタル・メディアと朝鮮戦争 ★★★

 4月19日(土)14:00から、東京・水道橋の日本大学法学部三崎町キャンパス本館2階 第2会議室(以前ご案内していた会場から変更になりました)にて開催のメディア史研究会月例会にて、昨年(2013年)夏、バンコクで開催された世界切手展<Thailand 2013>に出品した“Korea and the Cold War 1945-1953”の内容を中心に、切手や郵便物などによって朝鮮戦争とその時代を再構成しようとする試みについてお話しします。

 なお、メディア史研究会はまったく自由な研究会で、会員以外の方でも気楽にご参加いただけますので(もちろん、無料)、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ナイジェリア | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 台湾の青年節
2014-03-29 Sat 11:32
 きょう(29日)は台湾の青年節です。というわけで、ストレートにこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       台湾・青年節(1954)

 これは、いまからちょうど60年前の1954年3月29日に台湾で発行された“第11回青年節”の記念切手です。

 台湾の青年節は、もともとは、1911年の反清武装蜂起の“黄花崗起義”を記念して、“革命先烈紀念日”とされていました。

 清末の1910年11月13日、マレー半島のペナン島に、孫文、趙声、黄興、胡漢民、鄧沢如らが集まり、革命組織であった中国同盟会として、広州で反清武装決起することを決定します。

 これを受けて、1911年1月、黄興、趙声、胡漢民は香港に統籌部を設立して武装蜂起の準備を進めました。計画では、4月13日に38の秘密組織が一斉に蜂起することになっていましたが、同盟会員の温生が先走って4月8日に単独行動を起こし、広州将軍・孚琦を殺害。また、同盟会側の弾薬が輸送途中で清朝に押収されたことより、計画は変更を余儀なくされ、4月23日、黄興ひきいる800名の決死隊が両広総督衙門、小北門、巡警教練所、守南大門への攻撃を開始しました。

 しかし、市街戦の末、同盟会側は86名の死者(当初は72名とされていたため、革命72烈士の名で呼ばれています)を出して敗退。黄興は広州から脱出しました。

 このときの烈士たちを顕彰するための革命先烈紀念日は、“黄花崗起義”が起きた1911年4月23日が旧暦の3月29日に当たっていたことから、新暦の3月29日に設定されましたが、1949年に国民党政府が台湾に遷移した後、青年節と改められました。

 その後、1952年3月29日、蔣介石は青年節演説の中で青年組織の設立を提唱。これを受けて、同年10月31日、中国青年反共救国団籌組原則が公布され、準備期間の後、1954年の青年節を期して“中国青年反共救国団”の結成大会が行われました。前年の第10回の記念切手が発行されず、第11回という半端な年回りながら今回ご紹介の切手が発行されているのは、そうした事情によるものです。なお、切手は一見すると、単にマラソンをしている若者という風にしか見えないのですが、郵政当局の説明によると、黄花崗の記念碑を背景に反共のために戦う若者を描いているのだそうです。

 さて、現在の台湾では、馬英九政権が昨年、中国と調印した“サービス貿易協定”の承認に反対する学生が立法院(国会)議場を占拠し続けています。同協定の内容は、中国側が金融や医療など80分野を、台湾側が運輸や美容など64分野を開放するという内容ですが、協定が発効すれば中国の資本と労働者が大挙して台湾に流入し、台湾の弱小企業が打撃を受け就職機会が奪われ、中国にのみ込まれる可能性が高いと指摘されています。また、協定では出版・印刷の市場も開放されるため、資本の論理によって中国側が台湾のメディアを制圧し、彼らが望む形での“統一”を進めるためのプロパガンダ、さらには、事実上の言論統制が行われるのはほぼ確実と見られています。

 こうしたことから、サービス貿易協定に関しては、最大野党の民主進歩党を中心に反発の動きが出ていましたが、与党の中国国民党は、“時間切れ”として審議を一方的に打ち切り、十分に話し合うことなく、強引に協定の同意を進めようとしたため、これに怒った学生たちが「台湾の民主主義を救うため」として行動を起こしたというわけです。

 もちろん、中国とのサービス貿易協定を結んだ結果として、台湾が中国に併合されることを、ほかならぬ台湾の人々が望んでいるというのであれば、外国人である僕がとやかく言うべき筋合いはありません。しかし、歴史的に見て、中国と台湾はまったく別個の存在であり、曲がりなりにも自由と民主主義を享受している台湾が、現状ではアジア最悪のファシスト国家である中華人民共和国に併呑されるのは何としても避けたいというのであれば、東日本大震災の時に台湾の人たちが示してくれた温情に報いるためにも、彼らを応援すべきではないかと思います。少なくとも、中国の天安門事件のときのように、彼らを“烈士”(弾圧の犠牲者)にしてしまうことのないように、国際社会はきっちりと見守っていく必要があります。

 なお、少し先の話ですが、5月15日、よみうりカルチャー北千住にて、よみうりカルチャーと台湾文化部の共催による“台湾文化を学ぶ講座”の一コマとして、「切手が語る台湾の歴史」という講演をやります。

 切手と郵便はその地域の実効支配者を示すシンボルでした。この点において、台湾は非常に興味深い対象です。それは、最初に近代郵便制度が導入された清末から現在に至るまで、台湾では一貫して、中国本土とは別の切手が用いられてきたからです。今回の講演では、こうした視点から、“中国”の外に置かれてきた台湾(史)の視点について、切手や郵便物を題材にお話しする予定です。

 参加費は無料ですが、事前に、北千住センター(03-3870-2061)まで、電話でのご予約が必要となります。よろしかったら、ぜひ、1人でも多くの方にご来駕いただけると幸いです。


 ★★★ ポスタル・メディアと朝鮮戦争 ★★★

 4月19日(土)14:00から、東京・水道橋の日本大学法学部三崎町キャンパス3号館2階・326講堂にて開催のメディア史研究会月例会にて、昨年(2013年)夏、バンコクで開催された世界切手展<Thailand 2013>に出品した“Korea and the Cold War 1945-1953”の内容を中心に、切手や郵便物などによって朝鮮戦争とその時代を再構成しようとする試みについてお話しします。

 なお、メディア史研究会はまったく自由な研究会で、会員以外の方でも気楽にご参加いただけますので(もちろん、無料)、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | 台湾:蒋介石時代 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 ミンダナオ和平調印
2014-03-28 Fri 12:03
 フィリピン南部ミンダナオ島で40年以上続いた武装勢力モロ・イスラム解放戦線(MILF)とフィリピン政府との紛争に終止符を打つ包括和平合意の署名式が、きのう(27日)、マニラの大統領府で行われました。というわけで、ミンダナオ島といえば、このマテリアルでしょうか。(画像はクリックで拡大されます)

       ミンダナオ・ゲリラカバー

 これは、第二次大戦中、フィリピンのミンダナオ島を拠点に活動していた抗日ゲリラが発行した切手の実際の使用例です。

 1941年12月8日の日米開戦とともに、日本軍は米国の保護領であったフィリピンへの攻撃を開始します。

 米国は、日露戦争時より、フィリピンを防衛するため、日本を仮想敵国とするオレンジ戦略案を策定していましたが、現実には日米開戦時には米比軍(開戦直前、フィリピン軍はアメリカ極東軍に統合されました)の戦争準備は完了していませんでした。このため、米比軍の司令官であったダグラス・マッカーサーは、マニラの非武装都市を宣言してバターン半島方面に撤退。日本軍は1942年1月2日、マニラに無血入城しました。

 さらに、3月17日にマッカーサーはフィリピンからオーストラリアに脱出。5月6日にはバターン・コレヒドールが陥落し、日本軍はフィリピン全域を占領しました。

 これに対して、日本軍占領下のフィリピンでは、各種の抗日ゲリラ組織が結成され、米軍の再上陸にあわせて蜂起すべく準備を進めていました。そうした組織のうち、ミンダナオ島の“自由フィリピン”は、日本軍による占領への抵抗を示す証として、1943年以降、自らの支配地域において、ここに示すような独自の切手を発行していました。

 その後、1944年10月20日、マッカーサーはレイテ島に6万の兵とともに再上陸。以後、日本軍との間に激戦が展開され、翌1945年2月3日、米軍はマニラを解放しました。また、1944年10月に行われたフィリピン沖の海戦では、日本海軍は戦艦3、空母4、重巡6、軽巡3、駆逐艦8の被害を受け、事実上、戦闘能力を失いました。

 今回ご紹介のカバーは、米軍のフィリピン再上陸後の1945年1月7日、ミンダナオ島のゲリラ地区から米軍の司令部宛に差し出されました。ミンダナオ島のゲリラ切手は、実際に郵便に使うためというよりも、ゲリラ政府の存在を内外に誇示するためのものという色彩が強かったが、米軍の再上陸以降は、少数ながら、このように実際に郵便に使用されるケースもあったというわけです。

 なお、第二次大戦中のフィリピンと関連の切手・郵便物については、拙著『切手と戦争』(電子版)でもいろいろと取り上げておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


 ★★★ ポスタル・メディアと朝鮮戦争 ★★★

 4月19日(土)14:00から、東京・水道橋の日本大学法学部三崎町キャンパス3号館2階・326講堂にて開催のメディア史研究会月例会にて、昨年(2013年)夏、バンコクで開催された世界切手展<Thailand 2013>に出品した“Korea and the Cold War 1945-1953”の内容を中心に、切手や郵便物などによって朝鮮戦争とその時代を再構成しようとする試みについてお話しします。

 なお、メディア史研究会はまったく自由な研究会で、会員以外の方でも気楽にご参加いただけますので(もちろん、無料)、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | フィリピン | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 切手に描かれたソウル:タプコル公園
2014-03-27 Thu 14:18
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、『東洋経済日報』2月28日号が刊行されました。今回は、刊行日翌日が1919年の三一独立運動にちなむ“三一節”でしたので、独立運動の舞台となったタプコル公園と関連の切手をご紹介しました。その中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

       三一独立運動40年

 これは、1959年に韓国で発行された“三一独立運動40年”の記念切手で、太極旗と松明を掲げる手に、パゴタ公園で孫秉熙らが独立宣言を読み上げる場面が取り上げられています。

 三一独立運動の出発点となったタプコル公園はソウ中心部、鐘路の仁寺洞入口にありますが、この場所にはもともと古い寺がありました。朝鮮王朝第7代国王の世祖は、1464年、自らの犯してきた殺生を悔いるため、廃寺の跡に円覚寺を建て、多くの堂宇や門、大蔵経殿、十層石塔を建立しました。パゴタ公園ないしはタプコル(塔洞)公園との名は、この石塔に由来しています。

 切手では、画面の中央よりやや右側に描かれている石塔の高さは約12m。“亜”字形の3層基段、平面の3層と角張った4層が積み上げられた形態で、各層には仏教にまつわる彫刻が施され、内部には仏舎利と円覚経が奉安されています。なお、石塔は1962年に韓国の国宝第2号に指定されたこともあって、現在は保護のためのガラスケースに覆われており、切手のように塔が剥き出しになっているわけではありません。

 さて、円覚寺は16世紀初頭、仏教の排斥に熱心だった第10代国王燕山君の時代に、王が管弦を楽しむための掌楽院に変えられ、その後、石塔を残して仏教建築はすべて撤去されました。

 石塔の周囲が公園として整備されることになったのは、国号が大韓帝国と改められた1897年のことで、当時、総税務司を務めていた英国人J・M・ブラウンが近代式庭園として整備しました。なお、孫秉熙らが独立宣言を読み上げた八角亭は、その際に設けられた八角形の東屋で、大韓帝国時代には音楽の演奏が行われていたそうです。こうしたこともあって、公園の近くには、現在でも楽器の専門店街“楽園商街”が残っています。

 *よみうりカルチャー荻窪での講座のお申し込み受付は終了いたしました。


 ★★★ ポスタル・メディアと朝鮮戦争 ★★★

 4月19日(土)14:00から、東京・水道橋の日本大学法学部三崎町キャンパス3号館2階・326講堂にて開催のメディア史研究会月例会にて、昨年(2013年)夏、バンコクで開催された世界切手展<Thailand 2013>に出品した“Korea and the Cold War 1945-1953”の内容を中心に、切手や郵便物などによって朝鮮戦争とその時代を再構成しようとする試みについてお話しします。

 なお、メディア史研究会はまったく自由な研究会で、会員以外の方でも気楽にご参加いただけますので(もちろん、無料)、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | 韓国:李承晩時代 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 沿ドニエストルで露軍演習
2014-03-26 Wed 16:38
 ロシア軍は、きのう(25日)、ウクライナ西部に隣接するモルドバ共和国の沿ドニエストル地域で軍事演習を行い、ロシアがクリミアの次はこの地域の編入を狙っているのではないかとの懸念が高まっています。というわけで、きょうは、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       沿ドニエストル共和国(2013)

 これは、昨年(2013年)、“沿ドニエストル共和国”で発行された普通切手で、18世紀の露土戦争でルーマニア一帯を制圧し、バルカン侵攻の基礎を固めたロシア陸軍の英雄、アレクサンドル・スヴォーロフ元帥の騎馬像が取り上げられています。ちなみに、切手には、英文による国名表示の“Pridnestrovian Moldavian Republic(沿ドニエストル・モルドヴァ共和国)”の略称としてPMRの文字が入っています。

 現在のルーマニアの東の国境線となっているプルート川=ドナウ川とドニエストル川にはさまれた地域は、かつてモルダヴィア公国の領土でした。

 ところが、1812年、露土戦争の結果結ばれたブカレスト条約で、この地域はロシアに割譲され、その支配下でベッサラビアと呼ばれるようになりました。この命名は、かつてこの地を支配したワラキア公バサラブにちなむものです。

 もともと、長年にわたってモルダヴィア公国の支配下に置かれていた地域だけに、当時の住民の大半はルーマニア人でルーマニア語を話していましたが、新たな支配者となったロシアのロマノフ王朝は、この地を南下政策の重要拠点と位置付けて、ロシア人やウクライナ人の入植を進め、ロシア化政策を推進。このため、1859年にモルダヴィア=ワラキア連合公国が成立した時も、ベッサラビアはその埒外に置かれていました。

 第一次大戦中の1917年、ロシア革命が起こって帝政ロシアが倒れると、1918年2月16日、モルドヴァ議会はキシナウでロシアからの独立を宣言。つづいて同年4月9日、同議会はベッサラビアのルーマニアとの統一を圧倒的多数で議決し、これをルーマニア議会が承認するというかたちで、ベッサラビアはルーマニア領に復することになります。

 ところが、ロシアのボリシェヴィキ政権は、ルーマニア軍がベッサラビアに駐留していたことを理由に、モルドヴァ議会の決定は無効であると主張。1919年9月、レーニン、スターリン、トロツキーら革命首脳部はベッサラビア政府の転覆をめざすことを決定しました。

 1922年末に誕生した新生ソ連はルーマニアとの国境画定交渉を行ったものの、1924年に交渉は決裂。このため、スターリンは、ドニエストル川東岸のトランスニストリアと呼ばれる地域にモルダヴィア・ソヴィエト社会主義自治共和国を創設し、ベッサラビア奪還の機会を虎視眈々と狙うことになります。

 はたして、1939年8月23日、ソ連は独ソ不可侵条約の付属秘密議定書において、ベッサラビアの割譲をドイツに認めさせ、翌1940年6月26日、議定書に含まれていなかった北ブコヴィナとともにベッサラビアを併合しました。

 ソ連に併合されたベッサラビアは、南部のドナウ川とドニエストル川にはさまれた地域(南ベッサラビア)とそれ以外の地域に分けられ、南ベッサラビアは北ブコヴィナとともにウクライナ共和国に、それ以外の地域はモルダヴィア・ソヴィエト社会主義自治共和国とあわせてモルダヴィア・ソヴィエト社会主義共和国とされます。

 第2時大戦中、枢軸側としてソ連に宣戦布告したルーマニアは、一時的にベッサラビアの地を回復したものの、戦後、ベッサラビアは再びソ連の支配下に編入されます。

 第二次大戦後のソ連は、モルドヴァのルーマニア民族主義が分離主義につながることを警戒し、ロシア人のイニシアチブの下、モルドヴァの多数派民族はルーマニア人ではなくモルドヴァ人であり、モルドヴァの言語はルーマニア語ではなくモルドヴァ語であると強調し続けてきました。

 しかし、1985年以降のペレストロイカの流れの中でモルドヴァでも民族主義が高揚。特に、1989年のルーマニア革命の後、モルドヴァ人の間でルーマニアとの統合を求める声が上がるに至って、非モルドヴァ系の少数民族は、モルドヴァ社会主義共和国内に自治共和国を樹立し、自分たちの権益を維持しようとするようになります。

 すなわち、1990年8月、南ベッサラビアのガガウズ人(トルコ系正教徒)がガガウズ・ソヴィエト社会主義自治共和国の樹立を宣言。ついで、同年9月、ドニエストル川東岸に住むロシア人およびウクライナ人が、ソ連保守派の支援の下、沿ドニエストル・ソヴィエト社会主義自治共和国の樹立を宣言しました。

 こうした中で、1991年8月、ソ連が崩壊し、モルドヴァ共和国が独立を宣言(図 )すると、沿ドニエストル共和国がモルドヴァからの分離独立を宣言。モルドヴァ人と非モルドヴァ人(特にロシア人)の対立は先鋭化する中で、1992年にはロシア系武装集団(後にロシア軍が介入して支援)とモルドヴァ軍との間で戦闘が発生しました。

 停戦合意の結果、モルドヴァの領土保全とロシア軍の撤退の代償として、モルドヴァは沿ドニエストルに特別な法的地位を与え、モルドヴァとルーマニアが統一する場合には沿ドニエストルの分離権を保障することが定められました。しかし、沿ドニエストル側は、あくまでもモルドヴァとの対等の地位を求めており、両者の境界線ではロシア、ウクライナ、沿ドニエストル合同の平和維持軍による停戦監視が行われ、沿ドニエストルはモルドヴァ政府の統制が及ばない地域となっています。

 なお、このあたりの歴史的経緯については、拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』でもご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 * 本日未明、カウンターが134万PVを越えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。


 ★★★ ポスタル・メディアと朝鮮戦争 ★★★

 4月19日(土)14:00から、東京・水道橋の日本大学法学部三崎町キャンパス3号館2階・326講堂にて開催のメディア史研究会月例会にて、昨年(2013年)夏、バンコクで開催された世界切手展<Thailand 2013>に出品した“Korea and the Cold War 1945-1953”の内容を中心に、切手や郵便物などによって朝鮮戦争とその時代を再構成しようとする試みについてお話しします。

 なお、メディア史研究会はまったく自由な研究会で、会員以外の方でも気楽にご参加いただけますので(もちろん、無料)、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | モルドヴァ共和国 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 岩のドームの郵便学(15)
2014-03-25 Tue 16:51
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、『本のメルマガ』529号が先月25日に配信となりました。僕の連載「岩のドームの郵便学」では、今回は、第3次および第4次中東戦争の戦間期のアラブ世界の状況のうち、湾岸首長国にスポットをあてました。その中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

       アブダビ・岩のドーム(1972)

 これは、1972年、アラブ首長国連邦(UAE)結成直後の移行期間内に、アブダビ郵政が発行した最後の切手で、岩のドームが取り上げられています。

 現在、UAEを構成しているペルシャ湾岸の首長国は、かつて、1820年に英国と“休戦協定”を結んで保護国化されていた国という意味で、休戦協定諸国と呼ばれていました。

 休戦協定は、英国船に対する首長国側の海賊行為を止めさせるのが第一の目的で、協定の結果、休戦協定諸国は、英国の保護国として、外交と防衛を英国に委ねる一方、内政については各首長が自由に行うことが保証されていました。

 保護国というと半植民地化された属国というネガティヴなイメージで語られることも多いのですが、休戦協定諸国にとっては、英国のプレゼンスによって、対岸の地域大国、イランの脅威から自国の安全が保障されるというのは大いにメリットがあるものとして歓迎されていました。

 それゆえ、1968年、英国の労働党政権が1971年末をもってスエズ以東から軍事的に撤退する方針を明らかにすると、休戦協定諸国はパニックを来してこれに激しく反対。英国軍の駐留継続を懇願したものの、英国を翻意させることはできませんでした。

 当時のイランは、親米パフラヴィー王朝が“湾岸の憲兵”として米国の支援を受けており、英国の後ろ盾を失った弱小首長国を武力で併呑しても、国際社会はそれを黙認する可能性が大いにありました。実際、イランの圧力により、休戦協定諸国のラサールハイマはトゥンブ諸島を、シャルジャはアブー・ムーサ―島の割譲を余儀なくされています。

 このため、休戦協定諸国の2大勢力であったアブダビとドバイは、長年の敵対的なライバル関係を克服して、事実上の連邦形成に合意。これにより、両国間では外交、軍事、通貨、市民サービス、市民権、ならびに出入国管理業務などが統合され、首長国の連合によりイランの脅威に対抗するという方向性が当事者から示されることになります。

 一方、クウェートとサウジアラビアも、休戦協定諸国の7首長国にバハレーンとカタールを加えた9首長国で連合国家を形成するよう、各首長国間の斡旋に乗り出します。

 当初、仲介役のクウェートやサウジアラビアは、英国撤退後の首長国連合の中軸は、豊かな産油国で、近代国家としての体裁も比較的整っているバハレーンが担うことを期待していましたが、バハレーンとカタールが長年にわたって対立関係にあったことにくわえ、バハレーンじたいの領有権を主張するイランがこの問題に介入することも懸念されたため、バハレーンを軸とする国家連合という構想は早々に放棄されます。

 結局、1971年8月にバハレーンが、翌9月にカタールが、それぞれ単独で独立し、ラサールハイマを除く6首長国は同年12月2日、UAEを形成します。なお、ラサールハイマは、当初、独自路線をめざしたものの、結局、油田開発の失敗とイランの圧力に屈してトゥンブ諸島を割譲したことから、独自の国家建設を諦め、1972年2月、連邦に加盟し、現在のUAEができあがりました。

 連邦の結成に伴い、各首長国の郵政は連邦の郵政に統合され、1972年8月1日をもって、各首長国が新規に独自の切手を発行することは禁じられています。今回ご紹介の切手は、そうした移行期間の中でアブダビ郵政が最後に発行されたものです。

 ところで、アブダビを含む旧休戦協定諸国とパレスチナとの関係は、1960年代以降、アブダビおよびドバイでの油田開発が盛んとなり、出稼ぎ労働者として大量のパレスチナ人を受け入れたことから本格的に始まります。その際、ライバル関係にあったアブダビとドバイも、アラブの同胞としてパレスチナ人を可能な範囲で受け入れるという点では一致しており、イスラエルとは一切の交渉を持たないというアラブ連盟の基本方針を遵守していました。

 UAEが結成された以上、旧休戦協定諸国は過去のわだかまりを捨てて、新国家の運営のために連携することが求められる。しかし、それまで、必ずしも互いに友好的というわけではなかった各首長国にとって、共通の理念として掲げられるものは決して多くはありませんでした。もちろん、首長国が団結してイランの脅威に対抗するということは、絶対的な共通理念ではあるのですが、指呼の距離にある軍事大国を挑発するような内容の切手を発行するのはリスクが大きすぎます。

 その点、パレスチナの解放という名目は、旧休戦協定諸国のみならず、広く全アラブの“大義”として、UAEに加盟した首長国のどこも反対することはできないし、なにより、遠く離れたペルシャ湾岸にいる限り、どれほど、イスラエルを批判しようとも、イスラエルから直接報復を受ける危険性も限りなくゼロに近いものでした。

 連邦郵政に統合される間際のアブダビ郵政が、その最後の切手に“パレスチナ解放”のシンボルである岩のドームを取り上げたのも、新たに発足した連邦の各首長国が共有しうる価値観をあらためて持ち出すことで、今後の団結を呼びかける意図が込められていたのではないかと考えるのが妥当といえましょう。


 ★★★ ポスタル・メディアと朝鮮戦争 ★★★

 4月19日(土)14:00から、東京・水道橋の日本大学法学部三崎町キャンパス3号館2階・326講堂にて開催のメディア史研究会月例会にて、昨年(2013年)夏、バンコクで開催された世界切手展<Thailand 2013>に出品した“Korea and the Cold War 1945-1953”の内容を中心に、切手や郵便物などによって朝鮮戦争とその時代を再構成しようとする試みについてお話しします。

 なお、メディア史研究会はまったく自由な研究会で、会員以外の方でも気楽にご参加いただけますので(もちろん、無料)、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | アブダビ | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 核セキュリティ・サミット開催
2014-03-24 Mon 10:48
 きょう・あす(24・25日)の2日間、オランダのハーグで核セキュリティ・サミットが開催されます。というわけできょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       核セキュリティ・サミット

 これは、前回(2012年)の核セキュリティ・サミットに際して、ホスト国の韓国が発行した記念切手です。

 核セキュリティ(核安全保障)とは、テロリスト等による核物質や放射線源の悪用が想定される4つの脅威(①核兵器の盗取、②盗取された核物質を用いた核爆発装置の製造、③放射性物質の発散装置の製造、④原子力施設や放射性物質の輸送等に対する妨害破壊行為)が現実のものとならないようとられる措置のことを意味しています。

 2001年9月11日の米国同時多発テロを受け、核物質その他の放射線物質を使用したテロ活動を防止するための「核セキュリティ」についても国際協力を強化する必要性が高まり、2010年4月、米国ワシントンDCでの第1回の核セキュリティ・サミットが開催されました。

 その第2回会議は、2年後の2012年3月26・27日の両日、韓国ソウル江南地区のコエックスで開催され、53ヶ国(ワシントンでの第1回会議の際は47ヵ国)の首脳と国際機関代表が参加し、ソウルコミュニケ(共同声明)が採択されました。

 共同声明では、前文で、核テロリズムは,国際の安全にとって最大の脅威の一つであるとの前提の下、核物質その他放射性物質をテロリスト等が取得することを防ぐため、国際的な協力の重要性を強調。また、2011年3月の福島の事故を受けて、原子力安全及び核セキュリティの問題に取り組むための持続的な努力が必要であるとされています。

 ついで、地球規模での核セキュリティの体系を整備するとともに、IAEA(国際原子力機関)が重要な責任と中心的な役割を担うことを確認。核物質・放射性物質の安全な取扱やその不正取引防止のための国際協力の必要性が確認されたほか、核セキュリティに対する国民の認識を高め、各国による人材育成の促進を奨励することなどが盛り込まれました。

 そして、2010年のワシントン・サミット以降の核セキュリティ分野において、各国の状況が進展していることを歓迎し、次回のサミットを2014年にオランダで開催することを決定して、共同声明は結ばれています。

 今回ご紹介の切手は、会議初日にあわせて3月26日に発行されたモノで、世界地図を背景に会議のシンボルマークを描く切手と、平和の象徴である鳩が韓国の国旗を加えて飛んでいるさまを描く切手の2種連刷形式。原画作者はノ・ジュンファで、発行枚数は各65万枚でした。


 ★★★ ポスタル・メディアと朝鮮戦争 ★★★

 4月19日(土)14:00から、東京・水道橋の日本大学法学部三崎町キャンパス3号館2階・326講堂にて開催のメディア史研究会月例会にて、昨年(2013年)夏、バンコクで開催された世界切手展<Thailand 2013>に出品した“Korea and the Cold War 1945-1953”の内容を中心に、切手や郵便物などによって朝鮮戦争とその時代を再構成しようとする試みについてお話しします。

 なお、メディア史研究会はまったく自由な研究会で、会員以外の方でも気楽にご参加いただけますので(もちろん、無料)、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | 韓国:李明博時代 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 鶴竜が初優勝
2014-03-23 Sun 22:01
 大相撲の春場所は、大関の鶴竜が14勝1敗で初優勝を飾り、横綱昇進を確実としました。というわけで、きょうは鶴と龍が一緒に取り上げられているマテリアルということで、こんなモノを持ってきました、(画像はクリックで拡大されます)

       マカオ・補子

 これは、1998年、ポルトガル領時代のマカオが発行した文武官の補子を取り上げた切手のうち、文官を示す鶴の補子を取り上げた9パタカ切手の小型シートで、余白には、皇帝を示す龍補が取り上げられています。

 補子とは、明代以降の中国の宮廷において、文官・武官が自らの品級(階級)を示するために長衣の胸と背に縫い込むことを義務付けられていた四角い記章のことです。文官の補子には鳥類が、武官の補子には獣類がデザインされており、さらに、それぞれの鳥獣の種類が品級に対応していました。このうち、切手に取り上げられている鶴は文官の一品(内閣大学士・協弁大学士、各部の尚書等に任じられます)に対応しています。

 ちなみに、皇帝に関しては、天使の象徴である龍をデザイン化した補子をつけていましたが、これは、特に龍補と呼ばれています。

 なお、マカオとその切手については、拙著『マカオ紀行』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | マカオ:葡特別領1976~99 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 OSCE監視団、ウクライナへ
2014-03-22 Sat 16:42
 きのう(21日)、全欧安保協力機構(OSCE)常設理事会の特別会合がウィーンで開かれ、ロシアを含む全会一致で、ウクライナに国際監視団100人を派遣することが決定されました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       フィンランド・CSCE(1972)

 今回、ウクライナに国際監視団を派遣するOSCEのルーツは、1972年11月22日、フィンランドの提案により、ヘルシンキで開催されたヨーロッパ安全保障協力会議(CSCE)の多国間準備協議が開催されたことに求められますが、これは、その準備協議に際して、フィンランドが発行した記念切手です。

 東西冷戦下で、欧州全体の安全保障について陣営に関係なく話し合うための会議を開催しようという動きは1950年代からありましたが、1969年3月、東側諸国がいわゆるブダペスト・アピールを発して汎ヨーロッパ会議の開催を提案します。

 こうした状況の下で、フィンランドの提案により、1972年11月、CSCE設置に向けた多国間準備協議が開催され、1973年7月以降、NATO諸国・ワルシャワ条約機構諸国・欧州の中立・非同盟諸国による事務レベル協議が繰り返され、1975年8月、いわゆるヘルシンキ最終協定が採択。これを受けて、事実上の鎖国状態にあったアルバニアを除く全欧州諸国と米、カナダの計35カ国によるCSCEが正式に発足しました。

 その後、ソ連ユーゴスラビアの解体に伴って加盟国は増大したことを受けて、1994年12月のブダペスト首脳会議において、現在の欧州安全保障協力機構(OSCE)へと組織変更されました。

 2014年現在、加盟国は57ヵ国で、日本を含むアジア・アフリカ・オセアニアの11ヵ国が協力国として関わるなど、地域的安全保障組織としては世界最大の規模となっています。その目的は、民主主義体制の構築・強化および、基本的人権の保障と保護、武力行使の抑止における、加盟各国の協力と相互尊重で、本部はウィ-ンに置かれています。

 さて、今回、OSCEがウクライナに派遣する国際監視団は文民からなる100名(最大400名の追加派遣が可能)で、「緊張緩和および平和と安定、安全の促進」を目的に、現地時間のきょう(22日)から派遣が開始されます。監視団は、首都キエフを拠点に、ロシア系住民が多い東部のドネツィク(ロシア名ドネツク)、南部オデーサ(ロシア名オデッサ)などで活動し、治安情勢を監視して報告することになっています。

 OSCEの国際監視団については、コソヴォ派遣に際してのカバーというのを以前に見たことがあるのですが、今回のキエフやオデーサはそれとは比べ物にならないくらいの大都市ですからねぇ。いずれ、何らかの関連マテリアルが入手できたら、このブログでもご報告したいと思います。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | フィンランド | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 切手で訪ねるふるさとの旅:大分県
2014-03-21 Fri 14:27
 ご報告が遅くなりましたが、『(郵便局を旅する地域活性マガジン)散歩人』第26号(2014年3月号)ができあがりました。僕の連載「切手で訪ねるふるさとの旅」は、今回は大分県の特集です。そのなかから、きょうはこの切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

       久住山

 これは、1939年8月15日に発行された阿蘇国立公園の切手のうち、久住山を取り上げた1枚です。

 久住山は、玖珠郡九重町から竹田市北部にかけて広がる火山群、九重連山の主峰で標高は1786メートルです。西麓の牧ノ戸峠や北麓の長者原から登山道が整備されています。

 今回ご紹介の切手は、現在は竹田氏の一部になっている旧久住町にある建宮神社の前から撮影された写真をもとにしたもので、藁ぶき屋根の農家が時代を感じさせますな。なお、国立公園の名は1986年に改称され、現在は「阿蘇くじゅう国立公園」となっています。これは、大分県知事および当時の関係7市町村の陳情を受けての措置で、“くじゅう”が平仮名であるのは、九重(北鹿)と久住(南麓)の両地区がともに“くじゅう”と読むことによるものです。

 さて、今回の記事では、このほか、高崎山、青の洞門、日田祇園、日田の鵜飼、鶴崎踊、神尾家住宅を取り上げました。掲載誌の『散歩人』は各地の郵便局などで入手が可能ですので、御近所でお見かけになりましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | 日本:公園 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 琴欧州引退
2014-03-20 Thu 20:44
 大相撲でヨーロッパ出身として初めて大関になった琴欧洲が、きょう(20日)、現役引退を表明しました。というわけで、琴欧洲の出身国、ブルガリアの切手の中から、“欧洲”がらみのこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

       ブルガリア・EU加盟交渉開始

 これは、2000年2月15日、ブルガリアが発行した“EU加盟交渉開始”の記念切手で、EUを示す12の星の輪の中に延びるブルガリア国旗が描かれています。

 第二次大戦後、ながらくソ連の忠実な衛星国だったブルガリアですが、1989年には共産党政権が崩壊し、市場経済が復活します。これに対して、当時のECはブルガリアを含む東欧諸国に対する貿易制限を段階的に解除するとともに、市場経済への移行を財政的に支援するようになりました。

 当初、中・東欧の旧共産圏諸国のEC加盟については、そもそも可能なことか否かという点が議論になっていましたが、1993年6月、コペンハーゲンで開催された欧州理事会は、中・東欧諸国のEC加盟基準(コペンハーゲン基準)を決定。その後、1993年11月のEU発足を経て、1994年3月以降、旧共産主義諸国によるEUへの加盟申請が行われるようになります。ちなみに、ブルガリアが加盟申請を行ったのは、1995年12月14日のことでした。

 ただし、ブルガリアの社会状況とコペンハーゲン基準との隔たりが大きかったため、1999年12月、ヘルシンキで開催された欧州理事会でようやく加盟交渉の開始が決定。翌2000年2月15日、加盟交渉がスタートしました。今回ご紹介の切手は、それを記念して発行されたものです。

 その後も、ブルガリアのEU加盟に関しては、改革が不十分との理由で欧州理事会による再審査が行われるなど紆余曲折がありましたが、最終的に、加盟後も改革を継続するという条件で、2007年1月1日、いわば仮免状態でEU加盟を実現しました。

 ところで、今回引退した琴欧洲は、祖国ブルガリアのEU加盟交渉が始まった後の2002年11月場所で初土俵を踏み、2004年9月場所で新入幕。そして、2005年11月場所後に大関に昇進しています。これを受けて、2006年4月、EUは、祖国ブルガリアのEU加盟より一足先に、12の星の輪をあしらった“欧州旗”をデザイン化した化粧まわしを贈られています。これに対して、“欧州旗”は星が12しかないことから、「12勝しかできない」意味で縁起が悪いとの反発もあったようですが、「残り3つの星は大関が自分の力で勝ち取る」という激励の意味があるとして、丸く収めたのだとか。はたして、その後2008年5月場所では、14勝1敗の成績で初優勝を果たしています。

 すでに、琴欧洲は日本国籍も取得しており、引退後は琴欧洲親方として後進の指導に当たる予定だそうです。まずは「お疲れ様でした」と申し上げたいですな。

 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ブルガリア | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 クリミア併合
2014-03-19 Wed 01:08
 ロシアのプーチン大統領は、きのう(18日)、クレムリンで上下両院議員を前に演説し、「クリミアは強く揺るぎないロシアの主権下になければならない」と述べ、ウクライナ南部クリミア自治共和国とセヴァストポリ特別市を編入すると発表。続けて、自治共和国、特別市の代表と編入に関する条約に署名し、前日、ウクライナから独立したばかりのクリミア共和国はロシアに併合されました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       タウリダ県(1890)

 これは、1890年、クリミア半島ならびに隣接するウクライナ南部に相当するタヴリダ県で発行されたゼムストヴォ切手です。

 ゼムストヴォは、1861年の農奴解放により、従来の領主による農村・農民支配に代わり、一種の地方自治機関として導入されたもので、34の県とドン軍管区、その下の行政単位である群に導入されました。その業務は、初等教育、医療、郵便、保険、農業技術援助、家畜の病気治療、緊急時における食糧供給・確保、道路整備、地方の商工業振興などで、そうした公共事業を行うための財源を確保するため、独自の税金を徴収することも認められていました。切手に関しては、1865年、サンクトぺテルスブルクから35キロ東のシュリッセリブルクで導入されたのが最初で、以後、1918年までに県・郡あわせておよそ150のゼムストヴォで3000種以上の切手が発行されています。

 今回ご紹介の切手を発行したタヴリダ県は、1783年にロシアがクリミア・ハン国を併合した後、同国の領土を継承するかたちで、1802年に設けられました。1918年、ロシア革命によりゼムストヴォの制度が廃止されると、旧タヴリダ県は、1921年にロシア・ソビエト連邦社会主義共和国支配下のクリミア自治ソビエト社会主義共和国(半島部)と、ウクライナ支配地域に分割されました。

 1954年、クリミア半島がウクライナに移管されると、旧タヴリダ県の領域はすべてウクライナの支配下に入り、1991年のウクライナ独立後もその状態が続いていましたが、今回のロシアによるクリミア併合の結果、ふたたび、ロシアの支配地域とウクライナの支配地域に分割されることになりました。

 なお、プーチン大統領は、ドネツィク(ロシア名ドネツク)など、ウクライナ東部のロシア系住民が多い地域で騒擾が起これば、ロシア系住民を保護するために軍事介入も辞さないという姿勢を示しています。仮に、ウクライナ東部ないしはクリミア半島に隣接した南東部にロシア軍が侵攻し、そうした地域を併合するようなことがあれば、それこそ、旧タヴリダ県の領域すべてが再びロシアの版図に加わるわけですが、それがまんざら絵空事とも思えないのが恐ろしい話ですな。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ロシア帝国 | コメント:0 | トラックバック:1 | top↑
 クリミア共和国が独立宣言
2014-03-18 Tue 15:47
 おととい(16日)、ウクライナのクリミア自治共和国とセヴァストポリ特別市で行われた住民投票で、ウクライナからの分離独立とロシア編入についての賛成票が95%を超得たことを受けて、クリミア最高会議(議会)は、きのう(17日)、臨時議会を開き、“クリミア共和国”としての独立を宣言しました。一方、ロシアのプーチン大統領は、同日、ウクライナ南部クリミア自治共和国を独立国として承認する大統領令に署名しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       クリミア自治共和国

 これは、昨年(2013年)、ウクライナが発行したクリミア自治共和国を紹介する切手の小型シートです。この小型シートを持ち出すまでもなく、わずか1年前には、クリミアがウクライナ領であることを疑う人はほとんどいなかったわけで、あらためて、情勢の急激な変化に驚かされます。

 クリミア半島は、もともと、ウクライナ南部の半島に接する地域とともにクリミア・タタール人が支配するクリミア・ハン国の版図でしたが、エカチェリーナ2世治世下の1783年、同国がロシアに併合されたことでロシア領となり、1802年、タヴリダ県となりました。

 ロシア革命後はタヴリダ・ソビエト社会主義共和国を経て、1921年、クリミア半島部はロシア・ソビエト連邦社会主義共和国支配下のクリミア自治ソビエト社会主義共和国に、半島外はウクライナ・ソビエト社会主義共和国に分割されましたが、このうちの前者が、1945年にクリミア州となり、1954年、ソ連邦の構成共和国であったウクライナに移管され、今回“独立”したクリミアのルーツとなりました。

 1991年のウクライナ独立に際してクリミア州はウクライナが継承しましたが、クリミア州内のロシア人はロシアへの再統合を要求。1992年5月5日、クリミア州議会はウクライナからの独立を決議し、クリミア共和国の独立を宣言しました。

 これに対して、ロシアは独立の動きを支持し、クリミアのウクライナ移管を定めた1954年の決定は違法とする議会決議を採択しました。ところが、1994年に第1次チェチェン紛争が勃発すると、チェチェンの独立を禁圧しながらウクライナからのクリミアの独立を支持するのはダブルスタンダードであるとの国際的批判が高まり、ロシアはクリミア独立運動への支援を中断せざるを得なくなります。

 この結果、後ろ盾を失ったクリミアの独立運動は沈静化し、クリミア議会はウクライナ共和国内の自治共和国であることを認め、1998年にクリミア自治共和国憲法が制定されました。しかし、2013年から2014年にかけてウクライナ経済の低迷をきっかけにウクライナ国内で親露派と親欧米派の対立が再燃し、2014年2月24日、ヴィクトル・ヤヌコーヴィチ政権が崩壊。これに対して、クリミアでは、ロシアの強い影響の下、暫定政権への移行に反対する親露派のデモが拡大し、16日の住民投票を経て今回の“独立”となりました。

 クリミアの独立に関しては、当事者のクリミア以外は、“独立派”を支援するロシアが承認しているだけで、西側諸国はこれを国際法上無効なものとして認めていません。しかしながら、すでにクリミア全域はロシアの実効支配下に置かれており、ウクライナがこれを回復するのはほぼ不可能というのが実情です。

 ただし、クリミアはロシアとは陸地でつながっておらず、天然ガスの約25%、水道の70%、電力の90%をウクライナ本土に依存しており、ロシアとしても、住民投票の結果そのままに、ただちにクリミアをロシア領に編入してロシア政府の責任において住民にライフラインを提供することは容易ではないでしょう。プーチン大統領は、早くもクリミア半島のロシア編入を議会に提案し、今夜にもクリミアのロシアへの編入を宣言する予定だそうですが、書類上の“併合”は即日可能だとしても、ライフラインのみならず、行政上の諸手続きなどをふくめて物理的に併合が完了するためにはそれなりの時間が必要なはずで、建前はともかく、当面はクリミアの独立を認めるにとどめておくのが現実的だろうとは思うのですが…。

 なお、今回の独立に関して、クリミア共和国政府は、クリミア内のウクライナ政府資産を新生共和国に移管するほか、ロシアの通貨ルーブルを“第2通貨”として導入し、ウクライナ通貨フリブナの流通を2016年1月1日で打ち切ると決定しています。切手に関しては、移行期間を設けて、ウクライナ発行のモノも当面は有効という措置が講じられるのでしょうが、今回ご紹介のモノのように“ウクライナのクリミア”を強調するような切手も他の切手と同等の扱いになるのかどうかは、現時点では情報が入っていません。

 いずれにせよ、クリミアとウクライナについては、切手・郵便事情も含めて、今後の推移にも注目したいところです。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ウクライナ | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 WAR TAX
2014-03-17 Mon 11:43
 所得税の確定申告は今日(17日)までですが、皆さんは無事に済まされましたか?手回し良く2月中に済ませたという方も多いのでしょうが、僕は今年もまた〆切ギリギリ、先ほどようやく書類を提出したところです。というわけで、というわけで、毎年恒例“TAX”ネタの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

       バハマ・戦時税加刷

 これは、1918年、カリブ海のバハマでジョージ5世の1シリング切手に“WAR TAX”と加刷して発行された切手です。

 バハマは、1492年10月12日、クリストファー・コロンブスがアメリカで最初に上陸したとされるサン・サルバドル島を含む島国で、1647年以降、英国によって植民地化され、1783年、正式に英領となりました。現在のように英連邦を構成する独立国となったのは1973年7月10日のことでした。

 郵便に関しては、1760年代から英本国との往来があり、1804年には "BAHAMAS"と1行で記した印が使われるようになりました。1841年には英本国との定期便がスタート。1858年には英本国の切手が持ち込まれ、首府のナッソーで"A05"の抹消印が使われましたが、翌1859年からは、バハマ独自の切手の切手が使われています。

 さて、第一次大戦が長期化すると、1915年のカナダを皮切りに、郵便物に対しても郵便料金とは別に戦時税が加算されることになり、各地でそのための切手が発行されるようになりました。バハマでは、戦争末期の1918年2月、半ペニー、1ペニー、3ペンス、1シリングの切手に、地元の印刷所で“WAR TAX”と加刷した切手が発行されたのが最初で、以後、終戦後の1919年にかけて、14種類の加刷切手が発行されました。今回ご紹介の切手は、そのうちの最初に発行された1シリング切手です。

 ところで、ことしは、わが国とカリブ共同体(旧英領を中心にカリブの14か国1地域が加盟。バハマも加盟国です)の事務レベル協議開始後20年が経過した年であるとともに、ジャマイカならびにトリニダード・トバゴとの国交樹立50周年にもあたることから、“日・カリブ交流年”とされています。8月1-3日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>でも、これにちなみ、特別企画としてカリブ切手展を併催の予定です。今後も、同展の事前プロモーションを兼ね、機会を見つけてカリブ共同体加盟諸国・地域の切手をご紹介していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。
 

 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | バハマ | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 クリミアでの住民投票
2014-03-16 Sun 17:28
 ロシアが実効支配しているウクライナ南部クリミア半島(ウクライナ領クリミア自治共和国およびセヴァストーポリ特別市)で、予定通り、現地時間の16日午前8時(日本時間午後3時)、ロシア編入の是非を問う住民投票が始まりました。ウクライナ政府と米欧は住民投票を「ウクライナ憲法に反する」としてこれを認めないとしています。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ウクライナ憲法1周年

 これは、1997年6月28日、ウクライナで発行された1996年憲法1周年の記念切手です。ウクライナでは、オレンジ革命最中の2004年12月、それまでの1996年憲法に規定されていた大統領権限を制限するなどの変更を加えた改正憲法(2004年憲法)が作られ、2006年1月からに施行されていましたが、ヤヌコーヴィチ政権下の2010年10月、憲法裁判所が2004年憲法を無効としたため、1996年の憲法が復活。その後、昨年来の混乱の中で、ことし2月21日、ヤヌコーヴィチ大統領が2004年憲法を復活させることで野党勢力との妥協を図ろうとしたものの、政変に倒れて失敗に終わり、現在に至っています。したがって、現時点では、今回ご紹介の切手に取り上げられた1996年憲法が、現行憲法ということになります。

 今回の住民投票で問われているのは、①クリミアをロシア連邦へ編入させることの是非、②ウクライナへの帰属を決定した1992年憲法の是非、の2点です。ただし、②の設問に関しても、1992年憲法ではクリミアの分離独立に関する手続きが詳細に定められているため、クリミアは合法的にウクライナから分離独立し、そのうえでロシアとの“併合”を目指すというシナリオが想定されているのは誰の目にも明らかで、クリミアの現状維持のためには、①と②の両方の設問に対する反対票がともに多数を占める必要があります。ただし、現実の問題として、クリミアの住民の約6割はロシア系のため、今回の提案が有効投票の過半数の賛成を得て承認されるのはほぼ確実です。

 これに対して、ウクライナの1996年憲法には「ウクライナ領土の変更問題は国民投票のみで議決できる」(第73条)、「クリミア自治共和国は、ウクライナを構成する不可分の領土であるのと同時に、ウクライナ憲法が定める範囲内で自治を行う」(第134条)などの規定があるため、地元住民のみでクリミアの分離独立やロシアへの編入を決めることは“憲法違反”というのが、キエフのウクライナ暫定政府や国連、西側諸国の主張です。

 ただし、現実の問題として、すでに3月11日、クリミア最高会議とセヴァストポリ特別市はウクライナからの独立を宣言。きょうの住民投票で上記の①の設問が賛成多数を得た場合、クリミア自治共和国とセヴァストポリ特別市が即時にウクライナから分離独立したうえで、国際条約に照らしロシアに対して編入を提案するとの決議を出席議員81人中78人の賛成で採択しており、少なくともクリミアの分離独立は既成事実化されつつあります。

 これに対して、ウクライナの国会はクリミア自治共和国最高評議会の全権を緊急的に停止し、クリミア議会を解散。クリミア議会議員選挙の実施を決定することで対抗しようとしていますが、再選挙が行われても、クリミア議会でキエフの暫定政権を支持する勢力が多数派を占めるのは事実上不可能であり、手詰まりの状況といえましょう。

 今後は、ウクライナからの分離独立したクリミアをロシアがどのように処遇するかということが焦点になるわけですが、少なくとも数日間(場合によっては数時間?)は、独立国家としての“クリミア”が存在することになるわけで、そうした過渡期の郵便がどうなるのか、僕としては大いに関心のあるところです。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ウクライナ | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 ドネツィクで大規模騒擾事件
2014-03-15 Sat 14:11
 ウクライナ東部のドネツィク(ロシア語名・ドネツク)で、13日夜(日本時間14日午前)、親露派と親欧州派の住民が衝突し、同国民放テレビ「ニュース5」によると、3人が死亡、約50人が負傷。2月末の政変以来、ロシア系住民の多い東部で最大規模の衝突となりました。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ドネツク・カバー

 これは、1994年、今回騒擾事件のあったドネツィクからベラルーシのミンスク宛に差し出された書留便で、1993年に発行されたウクライナの正刷切手と、旧ソ連時代の切手にドネツィクで加刷したローカル切手が貼られています。消印は旧ソ連時代のモノが使われていますので、局名表示はロシア語の“Донецк”(ドネツク)となっていますが、ローカル加刷の地名はウクライナ語の“Донецьк”(ドネツィク)となっているのがミソです。

 さて、今回の事件があったドネツィクを中心とする一帯(現在のドネツィク州の領域)は、もともと、モスクワ大公国、クリミア・ハン国、ザポロージャ・コサック軍、ドン・コサック軍との国境地帯で、16世紀以降、ウクライナ・コサックが入植していました。

 1774年、この地を編入したロシア帝国はロシア人の入植を進めましたが、1869年、英国人のジョン・ヒューズが現在のドネツィク市に冶金工場を建設したことから、以後、炭鉱業と工業の町として発展することになりました。現在でもドネツィクはウクライナ最大級の工業都市であり、ローカル加刷切手にハンマーがデザインされているのもこうした事情を反映したものです。ちなみに、当初、町の名前はヒューズにちなんで“ユーゾフカ”でした。

 ロシア革命後の内戦の時代には、ボリシェヴィキ系のドネツク=クリヴォーイ・ローク・ソビエト共和国を経て、ウクライナ社会主義ソヴィエト共和国の領土となり、1922年末のソ連成立により、ウクライナ・ソヴィエト社会主義共和国に編入。1924年、スターリンにちなんで市の名前はユーゾフカからスターリノに改称されました。なお、ウクライナ・ソヴィエト社会主義共和国の州としてドネツク州が設置されたのは1932年のことです。

 1938年、ドネツク州はスターリン州とヴォロシロヴフラード州に分割され、独ソ戦期の1941-43年にはドイツ軍に占領されました。その後、1961年、スターリン時代の見直しに伴い、スターリノ市はドネツィク市と改称され、これに伴い、スターリン州もドネツィク州に改名され、ウクライナの独立に伴い、ウクライナのドネツィク州となりました。

 なお、ドネツィク州としての人口構成は、ウクライナ人56.9%、ロシア人38.2%ですが、ヤヌコーヴィチ前大統領の出身地ということもあって(ただし、現在ではさすがに前大統領を支持する人はほとんどいなくなったようです)、親露感情も強く、政変後はキエフの暫定政府に対抗してドネツィク市の州政府庁舎は、3月1日から5日ごろまでウクライナ国旗に代わってロシア国旗を掲げていたほか、3日には一時、親露派のデモ隊が占拠。8日には、キエフの暫定政府に抗議する親露派のデモ隊が帰属先を問う住民投票の実施を州政府に求めるなど、混乱が続いています。

 ところで、一連のウクライナ問題・クリミア問題については、日本を含む西側の論調では、親露派やその背後にあるとみられるプーチン政権に対して批判的で、ウクライナの暫定政権に同情的な論調が多いように見受けられます。もっとも、その割には、今回の事件に関しても、報道の圧倒的多数はロシア語名の“ドネツク”を使い、ウクライナ語名の“ドネツィク”を使うところはほとんどありませんからねぇ。「ロシアの横暴に抵抗するウクライナ」という構図(実際にはそれほど単純な話ではないとも思いますが…)で話をしたいのなら、地名もウクライナ語に準じた表記にすればいいと思うのですが、そうなっていないところを見ると、やはり、深層心理として、この地域におけるロシアの圧倒的なプレゼンスを追認しているということなんでしょうな。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ウクライナ | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 東芝の技術 in 韓国
2014-03-14 Fri 11:44
 携帯電話などに使われるNAND型フラッシュメモリーに関する東芝の研究情報を不正に持ち出し、韓国の半導体大手「SKハイニックス」に提供したとして、きのう(13日)、不正競争防止法違反(営業秘密開示)の疑いで、元技術者の杉田吉隆容疑者が逮捕されました。というわけで、きょうは東芝と韓国を結びつけるものとして、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       韓国・郵便番号導入

 これは、1970年7月1日、韓国が郵便番号制度の導入に際して発行した記念切手で、郵便番号枠の入った郵便物を持つキャラクターが描かれています。

 “漢江の奇跡”と呼ばれる高度経済成長の影響で、1960年代後半以降、韓国でも郵便物の取扱量が激増。このため、郵便局内の作業で最も労力のかかる郵便物の区分を機械化するため、1970年7月1日から郵便番号制度が導入されました。

 周知のように、郵便番号は全国の郵便局(の配達担当区域)に一定の番号を割り振っておき、利用者が郵便物に記載した番号を機械で読み取って区分作業を行うというシステムで、世界で最初に郵便番号制度を導入したのは1959年の英国でした。

 現在、韓国の郵便番号は6ケタになっていますが、当初は、1968年にスタートしたわが国の郵便番号制度同様、上から3桁目の数字は、比較的大きな規模の集配局の配達担当区域を示すもの(たとえば、ソウル特別市中区は100)で、必要に応じて、直接配達を行う小規模の集配局の担当区域に対して2桁の小番号が与えられる(たとえば、ソウル特別市西大門区水色洞は120-01)という仕組みが取られていました。それもそのはずで、韓国が郵便番号制度を導入するにあたっては、東芝製の郵便物自動読取区分機を輸入していたためです。

 1965年、郵便物の自動処理機の開発を請け負った東芝は、郵政省の指導のもとに、柳町工場(現・機器事業部)と総合研究所(現・研究開発センター)でプロジェクトを編成。まず郵便局内の作業を系統的に分析し、郵便物自動読取区分機(TR)、郵便物自動取揃押印機(TC)、郵便物自動選別機(TS)の順に開発を進めました。

 このうち、郵便物自動読取区分機は、局内作業のうち最も労力のかかる郵便物の区分を郵便番号によって機械化するもので、1966年、制限手書数字を読取る最初の試作機が完成。さらに、翌1967年には、世界初の手書き文字読取試作機TR-2型が完成し、さらなる改良を経て、1968年7月1日の郵便番号制度発足までに、実用機TR-3型(区分ポケット50口)とTR-4型(区分ポケット100口)が製作されています。

 韓国への自動読み取り区分機の輸出はこうした実績を踏まえてのことで、これと前後して東芝が開発した色検知システム(日常的に使用される通常切手に関して、印面の周囲に特定の色の枠を印刷し、その色によって郵便物の種別を機械で読み取る仕組み)も韓国に輸出され、1979年以降、韓国の普通切手にも色検知枠が付けられるようになりました。

 いずれにせよ、“漢江の奇跡”と呼ばれた韓国の経済成長は、日本の経済的支援のみならず、技術的支援によっても支えられていたことを物語るエピソードとして、もっと多くの人に知られても良いのではないかと思います。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | 韓国:朴正熙時代 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 『アンネの日記』事件解決か
2014-03-13 Thu 15:16
 東京都内の図書館などで『アンネの日記』や関連書籍など、300冊以上が破られているのが見つかった事件で、別の容疑で逮捕された30代の男が、図書館での犯行を認める供述をしているそうです。というわけで、きょうは『アンネの日記』に関連してこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       イスラエル・アンネフランク

 これは、1988年にイスラエルが発行したアンネ・フランクの切手で、彼女のさまざまポートレートと、1942-44年に彼女の一家が隠れ住んでいた“アンネ・フランクの家”が取り上げられています。

 アンネ・フランクの一家は、もともと、ドイツのフランクフルト・アム・マインで銀行を営んでいましたが、1933年、ユダヤ人排斥を公約に掲げるナチス政権が誕生すると、1934年2月までにオランダ・アムステルダムに亡命。父のオットーは、亡命後、ジャムの材料となるペクチンを取り扱うオペクタ商会を開業し、1938年にはソーセージの香料を取り扱うペクタコン商会を開業するなど、順調に事業を行っていました。

 しかし、1940年5月、中立を宣言していたオランダがドイツ軍に占領されると、オランダ国内でもユダヤ系市民に対する迫害が始まったため、1942年7月、フランク一家はオットーの職場事務所の3階と4階を隠れ家にした篭城生活をスタートさせることになりました。これが“アンネの家”で、建物そのものは1635年の建造です。なお、アンネが日記をつけ始めるのは、隠れ家での生活が始まる直前の1942年6月12日でした。

 その後、隠れ家での生活は2年ほど続きましたが、1944年8月、匿名の密告により、フランク一家と同居していた4人、さらに、彼らを支援していたヨハンネス・クレイマンとヴィクトール・クーフレルは逮捕され、一家はアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所に送られました。アンネ本人は、その後、ベルゲンベルゼン収容所に移送され、1945年3月頃、亡くなりました。

 さて、一連の『アンネの日記』破損事件ですが、犯行を“自供”している男には意味不明な言動もみられるため、警察では慎重に裏付け捜査をしているそうです。まぁ、詳しいことは今後の捜査によって明らかになるのでしょうが、仮に、この男が真犯人だとすると、これまでネット上でもさまざまに議論されてきた思想的背景や政治的陰謀とは全く無関係に、単なる狂人の犯行というオチになりますね。やれやれ。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | イスラエル | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 世界漫郵記:ドバイ⑦
2014-03-12 Wed 11:21
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、『キュリオマガジン』2014年3月号が出来上がりました。僕の連載「郵便学者の世界漫郵記」は今回が最終回ですが、前回に続きドバイ篇の第7回目として、ドバイの“遺産区域”とされているバスタキーヤ地区にフォーカスをあてました。その記事の中から、この切手をご紹介します。(以下、画像はクリックで拡大されます)  

       ドバイ・珊瑚とナツメヤシの家

 これは、2003年にアラブ首長国連邦(UAE)が発行した伝統家屋の切手のうち、珊瑚や石灰岩とナツメヤシで作られた“サフ”と呼ばれるスタイルの家です。

 ホルムズ海峡から内側のペルシァ湾岸は、古来、海賊の出没する地域として知られていました。このため、18世紀以降、英国のインド進出が本格化するようになると、英国はインドへのシーレーン確保のため、マスカト(現オマーン)の首長と結んで本格的な海賊討伐に乗り出します。

 その結果、1820年、英国とこの地域の首長たちの間に休戦条約が結ばれ、英国は、彼らを“独立国”として承認する代わりに(休戦協定=truceに基づいて独立を認められた国々であるため、休戦協定諸国=Trucial Statesと呼ばれました)、マスカトが所有していたザンジバル諸島などを支配下に置いたほか、この地域に監視所と燃料補給施設を設置。さらに、1891-92年にかけて、各首長国と排他的協定を結んで保護下に入れ、ペルシァ湾岸におけるプレゼンスを確立しました。

 そうした背景の下、マクトゥーム2世(在位:1894-1906)の時代、ドバイには大きな転機が訪れます。

 すなわち、1902年、対岸のペルシャが財政難からインドとの貿易に高率の関税をかけることを決定すると、高関税をきらったペルシャ商人たちは、ボンベイ(現ムンバイ)から直接ペルシャ領内に入るルートを避け、対岸の港にいったん荷揚げし、そこから、ペルシャ領内に入るルートを取るようになりました。

 マクトゥーム2世は、この機を逃さず、輸入関税を無税にするなどして、ペルシャ系商人を誘致。これに応えて、ペルシャ系のみならず、インド系の商人たちがドバイに集まるようになり、ドバイは湾岸地域の貨物の集散地として急速に発展し、ドバイの人口は一挙に数千人規模に膨らみました。

 こうして、イラン南部の港湾都市バスタクから移住してきた商人たちが集住するようになったのが、バスタキーヤ地区の始まりです。

 この地にやってきたバスタク商人の住宅は、かつては、今回ご紹介の切手にあるような、ナツメヤシとサンゴや石灰岩で組み立てられるのが一般的でした。ところが、現在のバスタキーヤ地区の建物は、自他の画像のように、1990年代以降、これとは別の伝統的な石造りの建築をコンクリートで再現したものが中心となっています。

       バスタキーヤ地区

 このように、再開発の結果、かつての猥雑で味のある雰囲気はバスタキーヤ地区からは失われ、すっかりきれいになりましたが、そうであればこそ、バスタキーヤ地区を“遺産区域”と呼ぶのが妥当かどうかは議論が分かれるかもしれません。

 さて、2008年11月からスタートした『キュリオマガジン』の連載「郵便学者の世界漫郵記」ですが、同誌の全面リニューアルに伴い、今回で最終回となりました。5年以上にわたりご愛読いただきました皆様には、この場を借りて、あらためてお礼申し上げます。
 

 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | アラブ首長国連邦 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 陸自総監、ハバロフスクへ
2014-03-11 Tue 10:44
 北海道の防衛を担当する田辺揮司良・北部方面総監が、きのう(10日)から5日間の日程でハバロフスクのロシア軍東部軍管区司令部を訪問中です。ウクライナ情勢に関連して、政府は、自衛隊幹部らとの会談が予定されていたロシア軍のゲラシモフ参謀総長の訪日を延期していますが、現場レベルでの防衛交流は続ける必要があるとの判断によるものだそうです。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       セリシェフ

 これは、1966年にソ連で発行された切手つき封筒で、ハバロフスクにあるステファン・ミハイロヴィッチ・セリシェフの銅像が取り上げられています。

 セリシェフは1889年生まれ。帝政ロシア軍では中尉の階級を持つ軍人でした。1917年の10月革命後、赤衛軍に加わって指揮官となり、イルクーツクで白軍を鎮圧するとともに、トランス・バイカル戦線で指揮を執ります。1918年以降は地下活動に従事し、一時、白軍に捕らえられましたが、1920年2月、アムール州の州都、ブラゴヴェシチェンスクで赤軍によって解放されました。

 その後は、1920年から22年までアムール革命委員会のメンバーとなり、1920年8月から1921年3月までアムール戦線を、ついで、1921年3月から12月まで第2アムール軍を指揮し、1921年12月から22年3月まで極東共和国の人民革命軍革命軍事評議会のメンバーとして極東共和国軍の赤軍への移管を担当しました。

 ソ連成立後は、師団長、副軍団長を務めたほか、1926-27年には国交回復後まもない日本に駐在武官としても滞在しています。1928年2月29日没。

 セリシェフは、赤軍初期の極東における軍事的英雄として現在でも高く評価されており、ハバロフスク市内の軍関連施設が集中するエリアは“セリシェフ通り”と名付けられています。おそらく、今回の田辺総監のハバロフスク訪問もセリシェフ通りを中心の日程になるのでしょう。

 なお、ハバロフスクのセリシェフ通りと極東の赤軍・ロシア軍については、拙著『ハバロフスク』でもいろいろと書いておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ソ連:ブレジネフ時代 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 砂糖の女王
2014-03-10 Mon 14:54
 きょう(10日)は、3と10の語呂合わせて“砂糖の日”です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ハイチ・砂糖の女王

 これは、1960年5月30日、中米のハイチが発行した“ミス・ハイチ”にして“世界砂糖の女王”のクローディネット・フシャールの切手です。

 クローディネット・フシャールは、1938年2月3日、ハイチの首都ポルトープランスで生まれました。父親のジャンはハイチの歴史家・ジャーナリストで、キューバ大使を務めたこともある人物で、娘のクローディネットをパリで育て、米国のジョージタウン大学を卒業させています。こうしたこともあって、彼女は、ハイチの公用語であるハイチ語(クレオール言語)とフランス語のほか、英語、スペイン語、ドイツ語、イタリア語を操るようになりました。

 ハイチでは、毎年、カーニバル期間中の最大の目玉行事としてミス・ハイチのコンテストが行われており、フシャールは、1959年、21歳の時に優勝しました。
 
 一方、“世界砂糖の女王”は、米国、キューバ、ハワイ、プエルトリコ、パナマ、ブラジル、エクアドルなど砂糖産業の盛んな30の国や地域の代表を集めて行われたミス・コンテストで、1959年12月24日から翌1960年1月2日まで、コロンビアのサンティアゴ・デ・カリで行われました。審査員長は作家のアーネスト・ヘミングウェイで、同年のミス・ユニバースで優勝した児島明子も審査員メンバーに加わっています。

 フシャールの出場はハイチ大統領フランソワ・デュバリエが直々に決定したとされており、彼女が“世界砂糖の女王”に選ばれて以来、国内で行われるミス・ハイチのコンテストは“クローディネット・フシャール”の名を冠して行われるようになっています。

 ところで、18世紀まで、ハイチはカリブ海における砂糖産業の中心地でしたが、1791年に勃発した革命の影響で砂糖産業が没落。カリブ海における砂糖産業の中心地はキューバに移りました。1804年のハイチ共和国発足後、砂糖産業は復活しますが、その利益の相当部分は、フランスに対する巨額の賠償金(独立時にフランス系植民者たちから接収した農園や奴隷などに対して請求されました)の支払いに充てられており、ハイチ国民へは還元されないという状況が長く続きました。

 その後、対仏賠償や各国への債務返済が滞り、財政難と政治的混乱が続くなかで、1914年、第一次世界大戦が勃発すると、混乱に乗じてドイツがイスパニョーラ島を占領する懸念が生じたため、米軍は1915年にはハイチに、1916年にはドミニカ共和国に出兵して全島を占領。ハイチに関しては、1934年まで米軍政が行われました。ちなみに、1934年の米軍ハイチの撤退は、米国で誕生したルーズベルト政権が外交政策を転換したことによるものですが、対外財政に関しては、1947年まで米国が管理するという状況が続きます。

 米軍の撤退後、ハイチ国内は再び混乱に陥り、1957年から1986年までは悪名高きデュヴァリエ父子による独裁政権の時代に突入。1986年、デュヴァリエ(子)は国家財政破綻の責任を問われ、クーデターで失脚しますが、その後も、左派のアリスディドと反対派による激しい対立によって国内状況は安定せず、2010年の大地震もあって、現在に至るまで混乱が続いています。

 さて、ことしは、わが国とカリブ共同体(旧英領を中心にカリブの14か国1地域が加盟。ハイチも加盟国です)の事務レベル協議開始後20年が経過した年であるとともに、ジャマイカならびにトリニダード・トバゴとの国交樹立50周年にもあたることから、“日・カリブ交流年”とされています。8月1-3日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>でも、これにちなみ、特別企画としてカリブ切手展を併催の予定です。今後も、同展の事前プロモーションを兼ね、機会を見つけてカリブ共同体加盟諸国・地域の切手をご紹介していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ハイチ | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 日本最初の記念切手
2014-03-09 Sun 10:43
 1894年3月9日にわが国最初の記念切手(下の画像はそのうちの1枚。クリックで拡大されます)が発行されてから、きょう(9日)でちょうど120年です。これにあわせて、雑誌『通信文化』に「日本最初の記念切手」と題するエッセイを寄稿しましたので、転載します。

       明治銀婚5銭

 (以下、転載の文章です)
 三月一日、東京スカイツリー内にオープンする郵政博物館では、開館記念の企画展示として、「少女たちの憧れ― 蕗谷虹児展」を開催するという。その目玉は、切手にもなった「花嫁」だが、結婚を題材とした切手は世界各国から膨大な種類が発行されている。

 わが国最初の記念切手も明治天皇の「大婚二十五年祝典」だ。いわゆる銀婚式のことだが、天皇ご本人は、皇統維持のためには側室制度を厳守すべきとの理由から、皇后のみを対象にした西洋式の“銀婚式”には強く反対され、この名称に落ち着いたという。

 皇太子睦仁親王の正妃として一条勝子が入内したのは、慶応三年六月二十八日(一八六七年七月二十九日)。翌慶応四年八月二十七日(一八六八年十月十二日)の天皇即位の御大礼を経て、十二月二十八日(一八六九年二月九日)、勝子は、美子と名を改めた後、正式に皇后となった。

 祝典は、この日を明治天皇の公式な結婚記念日として、その二十五周年を祝ったものだが、当時の日本には結婚記念日の習慣はない。おそらく、急遽、欧米では結婚記念日と節目の銀婚式・金婚式等の習慣があることがわかり、近代的な立憲君主国となった大日本帝国もそれに倣うべし、となったのだろう。記念日直前の明治二十七(一八九四)年一月十七日、突如、祝典を行うための委員が任命されたが、さすがに二月九日では準備が間に合わないので、日程は一カ月後の三月九日に設定された。記念切手もこれにあわせて突貫作業で制作され、なんとか、祝典当日に間に合った。祝賀ムードの中、記念切手は国民的な人気を呼び、“結婚記念日”の存在も社会的に認知されるようになった。

 その「大婚二十五年祝典」から、ことしでちょうど一二〇年になる。

 結婚式の案内状に「花嫁」の切手を貼って差し出す若者たちにとっては、結婚記念日はごく当たり前の習慣だろうが、それが日本社会に定着するきっかけは、いまから一二〇年前の「大婚二十五年祝典」にあり、記念切手もその重要な一翼を担っていたことも、知ってもらえると嬉しい。(以上、転載終わり)

 さて、わが国での記念切手発行120年を記念して、今年8月1-3日に東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>では、戦前の記念切手に関する特別展示を予定しています。詳細につきましては、今後、準備状況を見てこのブログでもご案内していくことになると思いますので、よろしくお付き合いください。

 なお、きょうご紹介した“明治銀婚”の記念切手については、拙著『皇室切手』でも詳しく解説しております野で、そちらも合わせてご覧いただけると幸いです。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | 日本:明治 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 ミス・ジャマイカの切手
2014-03-08 Sat 11:07
 きょう(8日)は国際婦人デーです。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ジャマイカ・ミスワールド(1963)

 これは、1964年2月、1963年のミス・ジャマイカにしてミス・ワールドのキャロル・ジョーン・クロフォードを顕彰するためにジャマイカが発行した切手です。

 キャロル・ジョーン・クロフォードは、1943年、ジャマイカの首都キングストン生まれ。1962年にジャマイカが英国から独立したことを受けて、1963年に行われた第1回のミス・ジャマイカ・コンテストで優勝。同年11月7日にロンドンで行われたミス・ワールドで優勝しました。当時の身長は159㎝、スリーサイズは上から86–56–86でした。

 クロフォード本人はモデルの経験などはなく、たまたま出場したら優勝してしまったという意識だったようですが、独立国ジャマイカの代表として初めて、旧宗主国の首都ロンドンに乗り込んで行くということについて、周囲の期待は大きく、トリニダード出身のクリケット選手で英国の爵位を持っていたリアリー・コンスタンティンや英国の俳優ピーター・セラーズが歩き方をはじめ、ミス・コンテストで優勝するための所作などを徹底的に指導。また、他の出場者に比べて身長が低いことをカバーするため、少しでも身長が高く見えるようにと、首元まである独自のデザインの水着が作られました。こうした甲斐あって、クロフォードはミス・ニュージーランドのエレーヌ・ミスコールを下して優勝を勝ち取っています。

 ロンドンから帰国した彼女は総督主催の祝賀会に招かれ、キングストン市の純金のカギを授与されます。この鍵を授与された女性は、英国のエリザベス女王に次いで彼女が2人目でした。ちなみに、彼女がロンドンから帰国した1963年11月22日には米国でケネディ大統領がダラスでパレード中に暗殺されるという事件があったため、空港からキングストン中心部まで予定されていた彼女の凱旋パレードも、万一の事態に備えるとして中止になっています。まぁ、ケネディが暗殺されたからと言って、すべてのパレードが危険ということにはならないと思うのですが、当時のジャマイカ政府としては、それだけ、彼女を大事に扱おうということだったのでしょう。

 その後も、クロフォードは、歌手のボブ・マーレーが脚光を浴びるまで、世界で最も有名なジャマイカ人の一人として、アレクサンダー・バスタマンテ政権下のジャマイカにとっての重要な外交資源となり、国賓が来訪した際の政府公式行事や政府主催の晩餐会に出席して花を添えたほか、親善大使として世界各国を歴訪しています。今回ご紹介の切手も、そうした文脈に沿ったもので、彼女の存在を広くアピールするためのものでした。ちなみに、こうした活動は、1966年に彼女が結婚し、カナダに移住するまで続きました。

 さて、ことしは、わが国とカリブ共同体(旧英領を中心にカリブの14か国1地域が加盟。ジャマイカも加盟国です)の事務レベル協議開始後20年が経過した年であるとともに、ジャマイカならびにトリニダード・トバゴとの国交樹立50周年にもあたることから、“日・カリブ交流年”とされています。8月1-3日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2014>でも、これにちなみ、特別企画としてカリブ切手展を併催の予定です。今後も、同展の事前プロモーションを兼ね、機会を見つけてカリブ共同体加盟諸国・地域の切手をご紹介していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。
 

 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ジャマイカ | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 ウクライナはパラリンピック参加
2014-03-07 Fri 22:43
 ロシアの軍事展開への抗議として、現地時間7日夜に開会式が行われるパラリンピックのボイコットを示唆していたウクライナですが、「ウクライナが独立した国として選手団を派遣したことを忘れないようにするため」(ウクライナ・パラリンピック委員会のワレリー・スシュケビッチ会長)として、最終的に参加を表明しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ウクライナ・バルセロナ五輪(メダル)

これは、1992年12月14日、ウクライナが「バルセロナ五輪でのウクライナのメダル獲得」を記念して発行した小型シートです。

 ウクライナが独立したのは1991年8月24日のことで、ソ連が崩壊したのは同年12月25日のことでした。このため、1992年の五輪に関しては冬季のアルベールビル、夏季のバルセロナともに、バルト三国を除く旧ソ連諸国に関しては、IOCによる各国の国内五輪委員会の承認が間に合わず、旧ソ連諸国統一チームとして EUN(Équipe Unifiée)が結成され、各国の選手はEUNの一員として参加する形式が採られました。なお、1994年のリレハンメル五輪以降は、各国がそれぞれ代表選手を派遣するようになっています。

 したがって、バルセロナ五輪に関しては、制度上は“ウクライナ選手”というのは存在しないはずなのですが、ウクライナ国家としては、独立国としてあえて“自国の選手”のメダル獲得を顕彰するため、今回ご紹介のような小型シートを発行したというわけです。こうした経験があるがゆえに、今回、スシェケビッチ会長も「ウクライナが独立した国として選手団を派遣したことを忘れないようにするため」という言葉が自然と出てきたと言うことなのでしょう。

 ちなみに、会長は、昨日(6日)、ロシアのプーチン大統領に会い、「パラリンピック大会中は平和をお願いしたい」と頼んだそうですが、さてさて、大統領が素直に“お願い”をきいてくれるかどうか…。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ウクライナ | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 切手の帝国:黒海沿岸にあった“英領”
2014-03-06 Thu 11:46
 ご報告が遅くなりましたが、大修館書店の雑誌『英語教育』2014年3月号が発売になりました。僕の連載「切手の帝国:ブリタニアは世界を駆けめぐる」は今回が最終回。雑誌はソチ五輪開催中の発売でしたので、ソチからも近いバトゥミを取り上げました。その中から、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       バトゥミ加刷

 これは、1919年、英軍占領下のバトゥミで帝政ロシアの切手に加刷して発行された切手です。

 ソチから南へ370キロ南にあるグルジアの港湾都市バトゥミは、もともと、ギリシャ人の入植地でしたが、後にイスラム系の諸王朝が征服し、17世紀以降はオスマン帝国の支配下で黒海東南を代表する港湾都市として成長しました。

 19世紀、不凍港を求めて南下政策を進めた帝政ロシアはカフカース(コーカサス)を併呑し、1878年にはバトゥミを併合。しかし、第一次大戦中の1917年にロシア革命でロマノフ王朝が崩壊すると、1918年4月、バトゥミは失地の回復を目指すオスマン帝国によって占領されました。

 その後、同年10月30日にオスマン帝国が協商側に降伏し、バトゥミから撤退すると、12月、英国がバトゥミを占領します。バクー(アゼルバイジャンの首都)を含むカスピ海西岸は世界有数の油田地帯であり、黒海に面したバトゥミはヨーロッパ向けの石油の重要な積出港になっていたため、英国は権力の空白の隙をついて確保しようとしたためです。

 さて、英国の主導の下、1919年1月、現地の親英勢力を擁立して、傀儡政権のバトゥミ共和国が建国されると、これにあわせて、新生バトゥミ共和国は独自の正刷切手を発行し、自分たちがロシアのボリシェヴィキ政権やグルジアから自立した存在であることを内外に示そうとしました。

 しかし、実際には、バトゥミ共和国政府には行政実務を担当するだけの準備も能力もなかったことから、1919年4月、英国は再びバトゥミを直接占領下に置き、軍政を施行。これに伴い、発行されたばかりの正刷切手や帝政ロシア時代の切手に“BRITISH OCCUPATION”の文字を加刷した切手が新たに発行されています。ちなみに、今回ご紹介の切手のキリル文字は“バトゥミ郵便”の意味です。

 1920年4月、英国はバトゥミを自由港とすることを宣言し、国際連盟の下で英仏伊三国がバトゥミを共同管理することが決められましたが、7月にはグルジア民主共和国(帝政ロシアの解体に伴い独立)がこの地を占領。英国はバトゥミから撤退を余儀なくされます。

 さらに、英国撤退後の1921年3月、バトゥミを併合したグルジアではソヴィエト政権が成立。1922年にソヴィエト社会主義共和国連邦(ソ連)が発足すると、バトゥミを含むグルジアは連邦を構成するザカフカース・ソビエト連邦社会主義共和国の一部となり、1936年にグルジア・ソヴィエト社会主義共和国として連邦構成共和国に昇格しました。なお、1991年にグルジアはソ連から独立し、バトゥミは同国最大の港湾都市になっています。

 さて、冒頭にも申し上げました通り、2013年4月から1年にわたって続けてきた「切手の帝国」も、今回が最終回となりました。お付き合いいただきました読者の皆様には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | グルジア | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 慶良間諸島国立公園が誕生
2014-03-05 Wed 11:42
 沖縄県の慶良間諸島とその周辺海域が、“珊瑚の日”のきょう(5日)付で「慶良間諸島国立公園」に指定されました。国立公園の新設は1987年の釧路湿原国立公園以来27年ぶりで、31番目となります。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ケラマジカ

 これは、1966年3月15日、米施政権下の沖縄で発行された天然記念物シリーズのケラマジカの切手です。

 ケラマジカは、今回国立公園となった慶良間諸島の阿嘉島・外地島・慶留間島・屋嘉比島(無人島)の4島に分布するニホンジカの亜種で、崇禎年間(1628-44年)、尚氏金武王子朝貞が、薩摩から持ち帰り、慶良間の古場島に放したシカが野生化して定着し、環境に適応して特異化(島嶼化)したものと考えられています。日本で唯一の亜熱帯性の有蹄動物で、クジラ類を除けば、慶良間諸島に分布する唯一の大型哺乳類です。慶良間諸島の各島間を泳いで渡る“島渡り”を行うことでも知られていますが、阿嘉島・慶留間島・外地島の3島は橋でつながっているため、この3島間は陸路で往来しています。

 “慶良間鹿”として琉球政府が天然記念物に指定したのは1955年1月15日のことで、当時の指定範囲は屋嘉比島のみした。その後、1972年の沖縄の本土復帰に伴い、“ケラマジカおよびその生息地”は国の天然記念物に指定され、1975年には指定範囲に慶留間島が追加されました。

 さて、今回、国立公園に指定された慶良間諸島地域は、もともと、「多島海景観、海中景観及び亜熱帯性動植物景観を有する」として、1978年12月9日に沖縄海岸国定公園(米施政権下の沖縄海岸政府立公園が、本土復帰に伴い、日本の国定公園に指定)に編入されていましたが、2010年に環境省が行った国立・国定公園総点検事業で、「透明度の高い優れた海域景観、サンゴ礁を中心とした生態系及びザトウクジラの繁殖海域といった沿岸から海域にかけた多様な生態系」が評価され、今回、独立した国立公園としての指定を受けました。今回ご紹介の切手では、鹿の背景に海と島影が描かれていますが、その海中にもサンゴ礁が広がっているということなのでしょうね。  

 * 昨日午後、カウンターが133万PVを越えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | 琉球・沖縄 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 <MALAYSIA 2014>のご案内
2014-03-04 Tue 10:01
       スランゴール展覧会2c

 本年12月、マレーシア・クアラルンプールにおいて国際切手展<MALAYSIA 2014>が開催されます。今回は、ユース・テーマ・現代郵趣のFIP世界展とフルスケールのFIAPアジア展の併催という変則的な開催ですが、両者を一括して、日本のコミッショナーは、不詳・内藤が務めることとなりました。

 その特別規則が明らかになりましたので、出品に関する事項を抜粋し、その概要をお知らせいたします。特別規則は、FIAP展・FIP展、それぞれ別個に発表されており、エントリー・フォームも別個のものとなっておりますので、特に、ユース・テーマ・現代郵趣の3部門へのご出品をお考えの方は、ご注意ください。

 なお、3月3日現在、同展の公式ウェブサイトには特別規則はアップされていませんが、インドのRainbow Stamp Clubのサイトには出品申込書のフォームともども掲載されていますので、詳細はそちらをご覧ください。印刷・製本された状態のブルテン等は、現時点では制作されていません。

 なお、今後の同展に関する連絡は、内藤がコミッショナーをお引き受けした過去の国際切手展(<CHINA 2011>(無錫展)<SHARJAH 2012>(シャルジャー展)<Brasiliana 2013>)同様、原則として全て電子メールにて行います。電子メールをお使いになれない方で関係書類をご希望の方は、データをプリントアウトしてお送りいたしますので、実費として500円(送料込・切手代用不可)をコミッショナー宛、ご送金ください。(以後の連絡などに関しても、別途、送料等の実費をいただく可能性があります)

 以下、同展の概要です。

1.開催時期 2014年12月1-6日(6日間)

2.開催場所 Kuala Lumpur Convention Center

3.運用される諸規則
- The General Regulations of the FIP for Exhibitions (GREX)
- The General Regulations of the FIP for the Evaluation of Competitive Exhibits at FIP
Exhibitions (GREV)
- The Special Regulations of the FIP for the Evaluation of Competitive Exhibits at FIP
Exhibitions (SREVs)
- MALAYSIA 2014 特別規則。正式な文言はこちらをご覧ください。

4.出品申込と結果の通知
 出品申込に際しては、所定の書式(こちらでダウンロードできます)に必要事項を記載の上、作品の内容を説明するページ(タイトルないしはプランのリーフ。英文で記載のこと)のコピーを添えて、ナショナル・コミッショナーの内藤陽介(ないとう・ようすけ)宛にお送りください。連絡先は文末に記載しております。

 現地組織委員会への提出期限が2014年4月11日となっておりますので、国内の受付期間は4月1-8日(コミッショナー必着)とします。(3月中はお送りにならないよう、お願いいたします)

 お申込みいただいたご出品の可否は、組織委員会の検討を経て、2014年7月6日までにコミッショナーに告知されることになっています。出品が受理された場合、正当な理由なく、出品をキャンセルすることはできませんのでご注意ください。

5.出品クラス:FIAP競争展とFIP競争展に分かれておりますので、ご注意ください。
 FIAP展競争出品:出品用紙はこちらでダウンロードしたものをお使いください。
― Class 1:FIAPチャンピオン・クラス (2005-2014年までの10年間にFIP展もしくはFIAP展において3回以上ラージ・ゴールドを受賞した作品)
― Class 2:国別伝統
 1) マレーシア
 2)(マレーシアを除く)アジア・オセアニア
 3) その他の地域
― Class 3:郵便史  
 1) マレーシア
 2)(マレーシアを除く)アジア・オセアニア
 3) その他の地域
― Class 4 ポスタル・ステーショナリー
― Class 5 航空郵趣
― Class 6 宇宙郵趣
― Class 7 テーマティク A 自然、B 文化、C 科学
 *出品申込書には作品がA-Cのどのサブクラスに該当するかを記入してください。また、FIP展へのご出品をお考えの方は、FIAP展用とは別のフォームでお申し込みください。
― Class 8 マキシマフィリー
― Class 9 収入印紙
― Class 10 ユース
 1) 2014年1月1日時点で10歳から15歳
 2) 2014年1月1日時点で16歳から18歳
 3) 2014年1月1日時点で19歳から21歳
 FIP展へのご出品をお考えの方は、FIAP展用とは別のフォームでお申し込みください。
― Class 11 文献 
 1) 2009年1月1日以降に出版された書籍
 2) 2012年1月1日以降発行の雑誌
 3) 2012年1月1日以降に出版されたカタログ
 *文献の出品には、通常の出品申込書に加え、文献専用の申込書(こちらでダウンロードできます)も提出してください
― Class 12ワン・フレーム(1フレーム出品)
  出品申込書には、以下のA-Hのどのサブクラスに該当するか、ご記入ください。
  A)国別伝統
  B)郵便史
  C)ポスタル・ステーショナリー
  D)航空郵趣
  E)宇宙郵趣
  F)テーマティク
  G)マキシマフィリー
  H)印紙
 *ワン・フレーム出品には賞状のみでメダルは授与されません。また、マルチ・フレームからの抜粋展示は好ましくありません。
― Class 13(21世紀の)現代郵趣
 現代郵趣の最高水準の作品を展示して、この分野の収集を促進するとともに、郵政当局に対して21世紀以降(2001年から現在まで)に発行されたマテリアルを収集・研究しているフィラテリストが相当数存在していることを示すためのクラスで、(A)国別伝統、(B)郵便史、(C)郵便ステーショナリーの各分野での出品が可能です。
 出品作品には、審査の結果、しかるべきランクの授賞メダルが授与され(註:過去に現代郵趣部門を実験的に設けていた無錫展・シャルジャー展ではメダルの授与はなし)、そのデータはFIAPの公式記録にも掲載されます。なお、採点の結果、60点以下の場合はメダルではなく参加証が授与されます。
 出品作品への割当フレーム数は3-5フレームで(部門全体への割当フレーム数は30フレームです)、他部門への出品と重複しての出品も可能です。なお、出品料は1フレームにつき50米ドルです。FIP展へのご出品をお考えの方は、FIAP展用とは別のフォームでお申し込みください。

 FIP展競争出品:出品用紙はこちらからダウンロードしてお使いください。
― Class1 ユース
 1) 2014年1月1日時点で10歳から15歳
 2) 2014年1月1日時点で16歳から18歳
 3) 2014年1月1日時点で19歳から21歳
― Class 2 テーマティク A 自然/B 文化/C 科学
*出品申込書には作品がA-Cのどのサブクラスに該当するかを記入してください。
― Class 3 (21世紀の)現代郵趣
 現代郵趣の最高水準の作品を展示して、この分野の収集を促進するとともに、郵政当局に対して21世紀以降(2001年から現在まで)に発行されたマテリアルを収集・研究しているフィラテリストが相当数存在していることを示すためのクラスで、(A)国別伝統、(B)郵便史、(C)郵便ステーショナリーの各分野での出品が可能です。その他の詳細は、FIAP展と共通です。

 なお、FIAP展・FIP展ともに組織委員会は理由を開示することなく、出品作品の展示を拒否する権限を有します。

6.リーフのサイズとフレームの割当数
 1フレームは16リーフ構成で、23cm×29cm以内の大きさ(A4またはレターサイズを含む)のリーフは問題ありません。通常より大きなリーフについては、一部、重ねての展示となります。(大型マテリアルを展示するためのダブル・リーフについては、過去の先例からして、おそらく受け付けられるものと思いますが、展示不可となる場合もあり得るとご理解ください。)
 黒色ないしは濃色のリーフは受け付けません。

・フレームの割当数 FIAP展・FIP展ともに共通です。
 8フレーム :チャンピオン・クラスならびに一般競争出品のうち、過去にFIP展/FIAP展で大金銀賞以上を受賞した作品
 5フレーム :過去のFIP展/FIAP展で金銀賞以下を受賞した作品
 ユース部門 :1-3フレーム(2014年1月1日時点で10歳から15歳)
        2-4フレーム(2014年1月1日時点で16歳から18歳)
        3-5フレーム(2014年1月1日時点で19歳から21歳)
 ワン・フレーム:1フレーム
 現代郵趣:3-5フレーム

7.出品料
 出品作品の決定後、所定の出品料に送金手数料(人数割り)加算した金額をご請求いたします。なお、組織委員会宛の入金は2014年9月30日までとなっております。
 ・ユース、文献、1フレームを除く各部門の出品料は1フレーム50米ドル
 ・ユースの出品料は無料
 ・文献の出品料は1件につき50米ドル
 ・1フレーム部門の出品料は1件につき70米ドル

8.作品のセキュリティ
 組織委員会は会期中の作品のセキュリティについて相応の対策を講じますが、作品の輸送時、会期中の展示・撤去の際のマテリアルの紛失・汚損などについては責任を負いません。出品物の保険については、出品者個人の責任と負担においてかけるものとします。

9.作品の搬入と返却
 ・作品搬入の期日については、現時点では指定がありませんが、組織委員会からの発表があり次第、関係者にご案内いたします。なお、作品の搬入に関しては、コミッショナーによる持込みが強く推奨されておりますが、作品をお預かりする際には、別途、コミッショナー(内藤)の指定する条件をご承諾いただくことが前提となります。詳細はコミッショナーまでお問い合わせください。
 ・文献出品は2014年10月6日までに各タイトルにつき2部ずつ、組織委員会に送付してください。組織員会の所在地は別記の通りです。
 ・〆切を過ぎて到着した作品は審査の対象外となります。作品未着の場合、出品料は返金されません。
 ・出品物は取り外し可能な保護カバーをつけ、各リーフの表面左下に展示順の番号を記してください。また、出品物は組織委員会の支給する指定の封筒に入れて搬入してください。
 ・作品の受領後、組織委員会はしかるべき受領証を発行します。コミッショナーの持ち込んだ出品物はその受領証と引き換えにコミッショナーに返却します。それ以外の出品物については、搬入時と同じ方法で返却します。

10.関係連絡先(スパム対策のため、メールアドレスの★は@に置き換えてください)
・組織委員会 Organizing Committee of Malaysia 2014
 c/o Philatelic Society Malaysia
 P.O. Box 10588, 50718 KUALA LUMPUR, MALAYSIA
 email: worldyouth2014★gmail.com
・ゼネラルコミッショナー Dato Anuar Bashah
 c/o Mak Kok Cheong
 29 Jalan USJ 4/1M,
 47600 Subang Jaya, Selangor, Malaysia
 Telephone + 60 19 3255858 (mobile)
 email: worldyouth2014★gmail.com
・FIAP コーディネーター Prakob Chirakti (Dr.)
 9/22 Moo3, Chaengwattana 1, Vibhavadee Rangsit Road,
 Lak Si, Bangkok 10210, Thailand
 Telephone +66 8 14429955 (mobile)
・FIP コンサルタント Bernand Jimenez
 43 rue de Bitche, F-81000 Albi, France
email: b.m.jimenez★wanadoo.fr
日本コミッショナー 内藤陽介(ないとう・ようすけ)
 ご連絡は本ブログ右側、プロフィール下のメールフォームをご利用ください。

 
 なお、本日の記事の冒頭に掲げた切手は、日本占領下のクアラルンプールで1942年11月に開催された「スランゴール農業博覧会記念」の加刷切手です。クアラルンプールで開催の“EXHIBITION”の切手として、日本の収集家にもなじみがある1枚ということで持ってきました。

 1人でも多くの皆様のお申込み・お問い合わせを心よりお待ちしております。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | 日本占領マライ | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 セヴァストーポリの提督
2014-03-03 Mon 14:12
 おととい(1日)、ウクライナ新政権により同国の海軍総司令官に任命されたばかりのデニス・ベレゾフスキー提督が、きのう(2日)、セヴァストーポリの海軍本部をロシア軍の特殊部隊に包囲され、抵抗せずに降伏。これを受けて、クリミア自治共和国政府のアクショーノフ首相は、同日付で“クリミア海軍”を創設し、提督を同海軍司令官に任命するとともに、クリミア半島に駐留するウクライナ軍の全部隊に対し、自らへの忠誠を求めました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ナヒーモフ提督

 これは、1954年10月17日、ソ連が発行したセヴァストーポリ防衛100周年の記念切手のうち、1855年にセヴァストーポリ要塞で戦死したロシア海軍の英雄、パーヴェル・ステパーノヴィチ・ナヒーモフ提督を取り上げた1ルーブル切手です。“セヴァストーポリの提督”というと真っ先に名前の挙がる人物でしょう。ちなみに、この切手が発行された1954年は、ウクライナのロシアへの統合300年を記念して、クリミア州はソ連構成国のロシアからウクライナに移管された年でもあります。

 1853年7月、ロシアはオスマン帝国の宗主権の下で自治を認められていたモルダヴィアとワラキアを解放するとの名目で同地に進軍。これに対して、オスマン帝国はロシア側に撤兵を求めたものの、ロシア側がこれを無視したことで、同年10月、クリミア戦争が勃発しました。

 これに対して、ロシアの南下を嫌った英仏は、翌1854年3月28日、オスマン帝国と同盟を結んでロシアに対して宣戦布告。当初、同盟軍は黒海の要衝オデッサの攻略を目指していましたが、オーストリアが国境線に部隊を配置して同盟軍のバルカン山脈以北への進軍を阻止したため、黒海艦隊の基地があるセヴァストーポリが攻略目標となります。

 一方、迎え撃つロシア側は、英仏艦隊によるセヴァストーポリへの砲撃を防ぐため、湾内に黒海艦隊を自沈させ、陸上でも防塁を設けて街全体を要塞化して対抗。1854年9月28日に始まった包囲戦は長期化し、1855年9月11日の要塞陥落まで、両軍で20万人以上の死者(病死を含む)を出す激戦となりました。この間、1855年7月12日には、黒海艦隊司令長官のナヒーモフが頭に銃弾を受けて戦死。この結果、ナヒーモフはロシア海軍の英雄となり、ソ連時代の1944年には、現在まで続く“ナヒーモフ勲章”が制定されたほか、海軍幼年学校は“ナヒーモフ海軍学校”と称されるようになりました。

 さて、きのう、わずか1日でウクライナから寝返ったベレゾフスキーは、セヴァストーポリの海軍本部がロシア軍の特殊部隊に包囲されたため、抵抗できなかったということになっていますが、ウクライナ人からすると、セヴァストーポリの包囲戦で殉職したナヒーモフを見習えと言いたいところでしょうな。まぁ、今回、彼が“クリミア海軍”の初代海軍司令官に就任したことで、クリミア自治共和国内の海軍幼年学校が“ベレゾフスキー海軍学校”と名前を変えることぐらいはありうるかもしれません。そうなったら、同校の授業では、まず「寝返りは戦国の常」と学生たちに教えるんでしょうかね。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | ソ連:フルシチョフ時代 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
 昆明
2014-03-02 Sun 21:40
 中国雲南省の省都・昆明市の昆明駅で、昨晩(1日夜)、刃物を持った集団が通行人らを襲撃する無差別殺傷事件が発生し、29人が死亡、130人以上が死亡しました。公安当局は容疑者4人を射殺し、1人を拘束。「新疆分裂勢力による計画的かつ組織的な重大暴力テロ事件」としています。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       雲南加刷

 これは、1903年、昆明(=雲南府)のフランス郵便局で使用されるために発行された切手で、“YUNNANSEN”の地名と額面の“2大元”の文字が加刷されています。加刷の台切手として使われているのは、航海の神と商業の神を並べてデザインしたフランス植民地共通デザインの切手で、国名表示の部分はインドシナとなっています。

 1899年、広東省の雷州半島東側付け根にある湾の一帯(現在の広東省湛江市)を占領し、“広州湾”の租借に成功したフランスは、翌1900年、この地をハノイのインドシナ総督の管轄下に置き、フランス領インドシナ(現在のベトナム、ラオス、カンボジアにほぼ相当)の飛び地のような扱いとします。

 さらに、広州湾を租借して、華南への進出の足がかりを確保したフランスは、1900年以降、治外法権を援用するかたちで、インドシナ郵政総局の管轄下に、蒙自、雲南府(昆明)、海口、広州、北海、重慶の各地に郵便局を設置していきました。

 雲南府局の開局は1900年のことで、当初は、フランス領インドシナから距離的に近いこともあってインドシナの切手をそのまま使っていましたが、その後、1903年になって、今回ご紹介したような独自の加刷切手が発行されています。

 さて、今回の事件については、中国の公安当局は早々に“新疆分裂勢力”が犯人であると断定していますが、現時点では、容疑者の民族など具体的な情報は公表されていません。仮に、ウイグルの民族問題が絡んだ事件であったとすると、2009年7月にウルムチで発生した“ウイグル騒乱(当局発表で197人が死亡)”に次ぐ規模となりますが、新疆から遠く離れた一地方都市の昆明がなぜ、テロの標的になったのか、いまいち動機がよくわかりません。また、雲南省にはそれなりの数のウイグル人が住んでいますが、事件前の2日ほど、ウイグル人と思しき人物の姿が街中では見られなくなっていたという地元のタクシー運転手の証言もあり、謎は深まるばかりです。

 いずれにせよ、5日から北京で開催予定の全国人民代表大会は、これまでの北京市に代わり、今回から公安省が警備を主導することになっており、それに伴い、以前は北京や天津など周辺の6省市だった警戒範囲も、新疆ウイグル自治区や西部地域まで拡大されています。今回の事件をきっかけに、公安当局が厳戒態勢を中国全土に拡大する可能性も否定できないだけに、今後の推移が注目されるところです。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★   

 4月から、毎月1回(第1火曜日:4月1日、6月3日、7月1日、8月5日、9月2日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・朝鮮半島のことを学ぼう 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラムを学ぶ 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 文京生涯カレッジ(第13期)のご案内 ★★★

 文京学院大学が一般向け(=どなたでも受講できます)にさまざまな講師を招いて行う通年の教養講座「文京生涯カレッジ」の第13期が4月15日から始まります。僕も、7月15・22日に「バスコ・ダ・ガマのインドを歩く」、9月9日に「ドバイ歴史紀行」のお題で登場します。詳細はこちらですので、よろしかったら、ぜひご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。

別窓 | 中国:客郵 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
| 郵便学者・内藤陽介のブログ | NEXT
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/