内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 切手で訪ねるふるさとの旅:東北
2014-11-30 Sun 08:49
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、『(郵便局を旅する地域活性マガジン)散歩人』第30号(2014年11月号)ができあがりました。同誌に掲載の僕の連載「切手で訪ねるふるさとの旅」では、今回は、東北・上越新幹線ゆかりの各県から一つずつ題材を選ぶという構成ですが、そのなかから、きょうはこの切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      金色堂・20円

 これは、1954年1月20日に発行された中尊寺金色堂を描く20円の普通切手です。

 金色堂は、奥州藤原氏初代の藤原清衡が1124年に建立しました。堂の内外に金箔を押してある“皆金色”の阿弥陀堂(ただし、屋根の部分は解体修理の際に金箔の痕跡が発見できなかったために箔補てんは見送られました)で、平等院鳳凰堂と共に平安時代の浄土教建築の代表例として国宝に指定されています。堂内は4本の巻柱や須弥壇(仏壇)、長押にいたるまで、螺鈿、透かし彫りの金具、漆の蒔絵など、平安時代後期の工芸技術を結集した装飾が施されており、堂全体があたかも一つの美術工芸品となっています。

 今回の記事では、金色堂のほか、青函トンネル松島相馬野馬追、佐渡おけさを取り上げました。掲載誌の『散歩人』は各地の郵便局などで入手が可能ですので、御近所でお見かけになりましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。

 なお、雑誌『散歩人』は、現在発売中の第30号をもって休刊となります。これに伴い、第7号(2011年1月号)以来お付き合いいただいていた僕の連載「切手で訪ねるふるさとの旅」も今回が最終回となりました。いままでご愛読いただきました皆様には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。


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 毎週水曜日、インターネット放送・チャンネルくららにて、内藤がレギュラー出演する番組「切手で辿る韓国現代史」が配信されています。青字をクリックし、番組を選択していただくとYoutube にて無料でご覧になれますので、よろしかったら、ぜひ、ご覧ください。(画像は収録風景で、右側に座っているのが主宰者の倉山満さんです)

 
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 毎月1回(原則第1火曜日:1月6日、2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は1月6日(12月は都合によりお休みです)で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 クアラルンプールに来ています
2014-11-29 Sat 19:06
 私事で恐縮ですが、12月1日から開催の国際切手展<MALAYSIA 2014>にコミッショナー兼審査員として参加するため、昨晩成田を発って、本日(29日)未明、クアラルンプールに到着しました。すでに、昼過ぎに作品の搬入を済ませ、まずはホッとしているところです。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ペトロナス・ツインタワー    ペトロナス・ツインタワー(切手展会場前)

 左は、1999年にマレーシアで発行されたペトロナス・ツインタワーの切手です。右側には、切手展の会場前から撮影したタワーの姿です。搬入を終えて、ホッと一息というところでパチリとやりましたので、右側のビルの時計は搬入手続きを済ませて外に出てきたときの時間になっています。

 切手に取り上げられたペトロナス・ツインタワーは1998年に完成したオフィスビルで、高さは452m。高さ170mの41階のスカイブリッジで2本のビルをつないだ特異な構造は、クアラルンプルのシンボルとなっています。今回の展覧会はその足元のコンベンション・センターで開催されます。

 さて、今回の展覧会は、ちょっと変則的で、21歳以下のユース部門とテーマティクはFIPの世界切手展、その他の部門はFIAPのアジア国際展となっており、形式的には二つの展覧会の併催という格好になっています。日本からは、文献を除き、FIP展に5点(ユース1、テーマ4)、FIAP展に8点の計13点の出品があり、このほか、内藤が両展共通のコミッショナーとFIP展の審査員、山崎文雄さんがFIAP展の審査員、榎沢祐一さんがアシスタント・コミッショナーとして参加しています。審査結果につきましては、公表可能となり次第、このブログでもご報告する予定です。

 ただし、なにぶんにも海外のことですので、ネットの接続環境が悪くなったり、何かトラブルが発生するなど、諸般の事情で記事の更新ができなかったり、メール等での連絡が取れなくなったりすることがあるかもしれません。

 展覧会の会期は12月6日までですので、作品を引き取って7日に現地を発ち、日付が変わった8日朝に帰国の予定ですが、この間、そういうわけでいろいろとご不便・ご迷惑をおかけするかもしれませんが、その際には、なにとぞご容赦ください。


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 切手に描かれたソウル:朝鮮ホテル
2014-11-28 Fri 11:40
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、、『東洋経済日報』10月31日号が発行されました。僕の月1連載「切手に描かれたソウル」では、今回は、この10月に朝鮮ホテル(現ウェスティン朝鮮ホテル)が創業100周年を迎えたということで、こんなモノをご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      朝鮮ホテル・カバー

 これは、1929年9月9日、朝鮮ホテルの封筒を使って京城から米国宛に差し出されたカバーです。

 旧朝鮮王朝時代、ソウルには西洋人を対象にした西洋式のホテルはありませんでした。このため、1910年に朝鮮統治を開始した日本の総督府は、諸外国からの賓客に対応すべく、西洋式ホテルの建設を計画します。

 建設用地としては、1897年に朝鮮国王だった高宗が大韓帝国皇帝として即位する際に祭天が行われた圜丘壇の敷地があてられることになりました。鉄道の京城駅(現ソウル駅)から近いというロケーションに加え、日韓併合により、新たな皇帝が即位する可能性がなくなったと考えられたためです。

 開業したホテルは朝鮮総督府鉄道の付属施設でしたが、外国の要人をもてなすための迎賓館という位置づけでもありました。このため、当時の朝鮮総督府の威信をかけて、朝鮮半島初のエレベーターが設置されたほか、開業当時は日本国内でも珍しかったアイスクリームも販売されています。

 今回ご紹介の封筒にはホテル外観のイラストが印刷されており、旧圜丘壇の敷地内にあった楼閣、皇穹宇(現在でもホテルの敷地内に残されています)が左側に見えます。ホテルの住所表示が“KEIJO(SEOUL) CHOSEN(KOREA)”としか書かれていませんが、これは、朝鮮半島を代表するホテルとして、細かい番地など書かなくても不便はないとの自信の表れでしょう。

 その後、戦時下においても朝鮮ホテルは通常通り営業を続けます。1945年8月の解放後、ソウルに進駐してきた米軍は、当初、朝鮮ホテルに軍政庁司令部を置き、ホテルの運営も米軍が主導することになりました。ちなみに、米国から帰国し“米国とのコネクション”を強調することで大韓民国の初代大統領となった李承晩の事務所も、朝鮮ホテル内に置かれています。

 1948年8月、大韓民国が正式に発足すると、朝鮮ホテルの運営権は韓国人に移され、その際、ホテル名のローマ字表記は、日本語の“Chosen Hotel”から韓国語の“Chosun Hotel”に変更されましたが、“朝鮮”の名前そのものは継承されました。また、朝鮮戦争中の1950年には、南侵してきた朝鮮人民軍の占領下でホテルも北朝鮮に接収されるなど苦難の時期を体験しています。

 現在のホテルの建物は、1970年に建てかえられたもの。米国の大手ホテルチェーンのウェスティン・ホテルズと提携し、現在の名称の“ウェスティン朝鮮ホテル”と改称されたのは、1981年のことでした。

 なお、1995年、ホテルの韓国側の資本は、新世界百貨店(ソウルの本店は日本統治時代の1930年に三越京城店として開業)を経営する新世界グループがすべて買収し、現在に至っています。


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 旺角の民主派、強制排除
2014-11-27 Thu 22:59
 香港の警察当局は、きのう(26日)、約2カ月にわたって民主派がデモを続けてきた九龍地区の繁華街・旺角(モンコック)の彌敦道(ネイザン・ロード)に設置されたバリケードやテントを撤去し、デモ参加者も強制排除して彌敦道を“開通”させるとともに、2日間で159人を逮捕しました。北京のAPECが終わった途端になんとも露骨なやり方ですが、そうであればこそ、久しぶりの香港の民主派応援企画として、今日はこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      彌敦道・絵葉書    彌敦道・絵葉書裏面

 これは、1924年に香港からドイツ宛の絵葉書で、当時の彌敦道の風景が取り上げられています。

 香港の為政者であった英国人が現在の彌敦道の開発に乗り出したのは、まだ、九龍市街地が正式に彼らに割譲される以前の1860年のことでした。はじめは、この通りは当時の香港総督ウィリアム・ロビンソンにちなんで羅便臣道(ロビンソン・ロード)と呼ばれていましたが、香港島にも同じ名前の通りがあったため、20世紀初めになって、やはり当時の総督マシュー・ネイザンにちなんで彌敦道と改名されました。ネイザンはこの通りの大規模な拡張工事に着手したが、当初は意味なく大きな通りだと酷評されたこともあったそうです。

 さて、彌敦道は、半島酒店(ペニンシュラ・ホテル)と香港喜來登酒店(シェラトン・ホンコン)の間の地点を南端として北に延びています。

 この通りの左側を少し歩いて、北京道(ペキン・ロード。のぞきこむと上海料理の名店、滬江大飯店のド派手なネオン看板が見えます)にぶつかる交差点、中国旅行社の看板があるあたりが地下鉄の尖沙咀(チムサチョイ)の駅の一番南側、Eの出口になります。通りの右側に見えるのが南アジア系の連中がたむろしている重慶大廈(チョンキン・マンション)。その隣はガラス張りのカフェが目を引く金域假日酒店(ホリデイ・イン・ゴールデンマイル)があります。

 さらに通りを北上すると、九龍公園があり、目の前には大理石のドームを持つ九龍清眞寺(モスク)が公園の緑からくっきりと浮かび上がって見えます。その後ろにショッピング・モールの柏麗購物大道(パークレーン・ショッパーズ)が400メートルほど続いて警察署のある交差点にぶつかります。

 だいたい、このショッピング・モールのあたりまでが、“黄金の1マイル”と呼ばれていて、道路の両側に看板が突き出し、多数の店やホテルが並ぶ、いかにも香港らしい風景として紹介されるエリアです。

 ここまで来ると、地面の下の地下鉄は佐敦駅の近くになりますが、このエリアに入ると、繁華街は途端に地元客を意識した店の割合が高くなります。ちなみに、ナイト・マーケットで有名な廟街(テンプル・ストリート)は佐敦の駅から先のところを、西にちょっと入ったところで、廟街の名前の由来となった天后廟の南側にあるのが九龍中央郵便局です。

 さらに、通りを北上すると、地下鉄の油麻地、そして、今回問題となった旺角の駅の上を通り、次の太子(プリンス・エドワード)駅を越えて3分ほど歩くと彌敦道は、九龍市街地と新界の境界にあたる界限街(バウンダリー・ストリート)とぶつかって終点となります。

 なお、香港・九龍市街地の開発の歴史については、拙著『香港歴史漫郵記』でもいろいろとご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。
 

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 世界の国々:アフガニスタン
2014-11-26 Wed 23:32
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2014年11月26日号が、先週、刊行されました。僕が担当しているメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はアフガニスタンの特集です。その記事の中から、こんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      アフガニスタン・ブッダ立像

 これは、2003年にアフガニスタンで発行された切手で、カブールの国立博物館所蔵の仏陀直立像が取り上げられています。

 釈迦(ゴータマ・シッダールタ)が生きていた時代の最初期の仏教では、仏像を作って祀ることは行われていませんでした。釈迦の入滅後、仏教を伝えるために図像が必要とされるようになりましたが、当初は、悟りを開き仏陀となった偉大な釈迦の姿は人間によって再現することは不可能と思われており、釈迦の象徴として、菩提樹、法輪ストゥーパ仏足石などが礼拝の対象とされていました。

 いわゆる仏像がつくられるようになるのは、釈迦入滅後500年以上が経過した西暦紀元1世紀頃のクシャナ朝の時代、で、現在パキスタン領となっているガンダーラないしは中インドのマトゥラーがその場所ではないかと考えられています。

 このうち、ガンダーラは現在のアフガニスタン東部からパキスタン北西部にかけて存在した古代王国で、紀元後1-5世紀、仏教を奉じたクシャナ朝の時代に最盛期を迎えました。マトゥラーとともに最も古い仏教美術が栄えた地で、ギリシャ彫刻の影響を受けた仏像、ガンダーラ仏が有名です。切手に取り上げられている仏陀直立像も、もともとは、現パキスタン領で世界遺産にも登録されているタフティ・バヒーの山岳寺院にありましたが、現在はカブールの国立博物館所蔵の名品として知られています。

 さて、『世界の切手コレクション』11月26日号の「世界の国々」では、ソ連軍のアフガニスタン侵攻以降のアフガニスタン現代史を切手や郵便物でまとめているほか、ジャムのミナレットバーミヤンの大仏、ヒンドゥークシ山脈の景観や民族衣装の切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、本日発売の12月3日号では、「世界の国々」はトーゴにフォーカスを当てておりますが、こちらについては、来週水曜日に、このブログでもご紹介する予定です。


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 来年、朝露共同で祝賀行事
2014-11-25 Tue 23:28
 北朝鮮の朝鮮中央通信は、きょう(25日)、金正恩第1書記の特使として崔竜海労働党書記が今月17-24日にロシアを訪問したことについて報じ、ラブロフ外相との間で、来年(2015年)の“解放70周年”に、両国共同で祝賀行事を行うことで合意したと明らかにしました。というわけで、今日はこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      北朝鮮・解放5周年カバー

 これは、1950年8月30日に平壌の市内便で、6月20日に北朝鮮で発行された“815解放5周年”の記念切手のうち、朝ソ両国の国旗と解放塔を描く1ウォン切手が貼られています。

 ナチス・ドイツとの血みどろの戦争を体験したソ連は、第二次大戦後、周辺を藩屏となる衛星国や友好国で固めることで自国の防衛を図るという世界戦略を立てていましたが、極東戦略に関しては、朝鮮半島(の少なくとも北半部)を勢力圏内に組み込むことによって、自国の安全保障度を高めるとともに、ヤルタ協定で承認された満州の権益を安泰なものとすることを基本としていました。このため、ソ連は、1945年8月6日、米国が広島に投下した原爆第一号の威力によって戦局の帰趨を見極めるや、早くも8日には日本に対して宣戦を布告し、満州への進撃を開始します。

 そして、8月10日、朝鮮北端の都市・雄基に突入したのを皮切りに、同月15日の日本側の無条件降伏発表後も南侵を続け、同21日には元山を占領。さらに26日にはチスチャコフ大将指揮下の第25軍が平壌に入城し、ソ連軍民政部を設置して事実上の軍政を実施しました。

 同年9月2日、日本が降伏文書に調印すると、連合国軍最高司令官のマッカーサーは、一般命令第一号を発して、朝鮮半島に関しては、北緯38度線以北はソ連極東軍司令官が、同以南は合衆国太平洋陸軍部隊最高司令官が、それぞれ、駐留日本軍の降伏を受理するものとされます。これをうけ、ソ連占領軍は、大戦中、ソ連極東方面軍で訓練を積んでいた金日成らを帰国させ、北朝鮮における衛星国の建設に着手しました。

 さて、今回ご紹介のカバーに貼られている切手に朝ソ両国の国旗と解放塔が描かれているのは、まさに、こうした事情を反映したものです。

 解放塔は、ソ連赤軍による“北朝鮮解放”を記念して平壌・牡丹峰の麓に建設された塔で、頂点の星が造形上の特徴となっています。ソ連の衛星国として出発した北朝鮮としては、朝鮮の解放と北朝鮮国家の建国は、ソ連のおかげであるというのが当時の公式見解であり、「(ソ連によってではなく)原爆が落ちて日本は戦争に負けた」との趣旨の発言をした人物が処罰されることさえありました。解放塔は、そうしたソ連の“恩恵”を可視化するものとして、この切手を皮切りに、しばしば、北朝鮮の切手に取り上げられています。

 さて、今回の朝鮮中央通信が報じているように、来年、朝露両国による“解放70周年”の共同祝賀行事が行われるとして、現在の北朝鮮国家では、朝鮮の解放は“ソ連のおかげ”ではなく、金日成の抗日闘争の成果であるというのが絶対譲れないイデオロギーになっていますからねぇ。当然、ロシア側としては、共同祝賀行事をやるのであれば、“朝鮮解放”は自分たちの実績であると強調したいわけで、そのあたり、どのように折り合いをつけるつもりなのか、『朝鮮戦争』の著者としては、ちょっと気になるところです。


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 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

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 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 岩のドームの郵便学(23)
2014-11-24 Mon 17:50
 ご報告が遅くなりましたが、『本のメルマガ』553号が先月25日に配信となりました。僕の連載「岩のドームの郵便学」では、1977-78年にエジプト以外の各国で発行された岩のドームの切手をご紹介する4回目。今回はこの切手を取りあげました。(画像はクリックで拡大されます)

      イラク・強制貼付切手(パレスチナ1977)

 これは、1977年10月、“パレスチナにおける自由の戦士と殉難者の遺家族の福祉のために”と題してイラクが発行した強制貼付切手です。

 イラクでは、1949年にもパレスチナに対する義捐金を集めるために強制貼付切手を発行したことがありますが、その後、1974年までに発行された強制貼付切手の発行名目は、いずれも、国防献金の徴収でした。もちろん、イスラエルの攻撃から自国を守るための“国防献金”ということであれば、パレスチナと全く無関係とは言えないわけですが、今回ご紹介の切手のように“パレスチナ”を直接的な題材としたのは、じつに25年ぶりのことでした。

 第3次中東戦争後の1968年、イラクでは、いわゆる“7月11日革命”によって、陸軍のアフマド・ハサン・バクルを大統領とするイラク・バアス党(以下、特記なき限り、バアス党)政権が発足します。

 バアス党はアラブ民族主義を掲げる政党ですが、イラク国家そのものはイスラエルと直接に国境を接しておらず、1967年の第3次中東戦争においても、エジプトやヨルダン、シリアなどのようにイスラエルによって領土を占領されたわけではありません。もちろん、戦争の被害に関しても、他のアラブ諸国に比べると比較的軽微でした。

 このため、失地奪還のために対イスラエル戦争を準備していたエジプトやシリアとは異なり、バクル政権は、パレスチナ問題には深入りせず、1972年の石油国有化を経て国内の経済建設に邁進することを基本的なスタンスとしていました。1973年の第4次中東戦争に際しては、バアス党政権としてアラブ民族主義の嫡流を自称する建前から参戦したものの、実際の戦闘にはほとんど参加せず、石油戦略の発動によって巨額の富を得ています。

 むしろ、当時のバクル政権にとっては、イスラエルよりも、米国の支援で“湾岸の憲兵”をなった隣国イランの軍事的な脅威をいかにして減殺するかということが深刻な課題でした。

 その一環として、バクル政権は、バローチスターン問題に介入します。

 バローチスターンは、行政上はパキスタン南西部の州の名ですが、地域概念としては、パキスタンのバローチスターン州に加えて、イラン東南のスィースターン・バルーチェスターン州からアフガニスタン南部にまで及ぶバルーチ人の居住地域で、各国で中央政府からの分離独立を唱える活動が展開されていました。

 親英王制時代の1950年代から、イラクは、イランの安全保障上の関心を東部国境に向くようにむかせるべく、ダッド・シャー率いるイラン国内のバルーチ人の分離独立勢力による武装闘争を支援していました。ダッド・シャーは1957年に殺害され、親英王制は1958年の革命で崩壊しますが、革命後のカーシム政権もバルーチ人に対する支援を継続します。

 1960年代に入ると、イラン側の弾圧により、バルーチ人の分離独立運動は下火になり、活動家たちは地下に潜伏しましたが、バクル政権が発足した1968年、イラクを中心にアラブ諸国はバルーチ人を支援し、再び叛乱を起こさせました。バルーチ人の叛乱は1975年まで続きますが、この間、イラクは叛乱の最大の支援国はイラクでした。

 また、イラン国内のバルーチ人のみならず、パキスタン国内のバルーチ人分離独立派も、1973年から1977年にかけて、イラクの支援を受けてパキスタン政府に対する武装闘争を展開していました。じっさい、パキスタンでの叛乱のきっかけは、1973年2月、イスラマバードのイラク大使館で不正に持ち込まれた兵器が発見されたことから、当時のズフリカル・アリー・ブット政権がバローチスターン州政府を解体し、バルーチ人活動家3人を逮捕した事件でした。この件に関して、パキスタン政府は、ソ連と結んだイラクがパキスタンとイランに挑戦しようとしていると非難の声明を発しています。

 結局、1977年、パキスタンはイランの支援を受けてバローチスターンの叛乱を鎮圧。1973年以来獄中にあった活動家を国外追放処分としました。

 一方、イラク国内に目を転じると、1977年は、革命指導評議会副議長のサッダーム・フセインが革命指導評議会メンバーと閣僚を自分の側近に入れ替え、バクルに代わって政府の実権を掌握した年でもあります。

 1968年にバクルが無血クーデターを起こした際、バアス党の若き活動家だったサッダームは、戦車でバグダードの大統領宮殿に乗り付けて政府中枢を制圧するなど、クーデターの成功に大いに貢献。その功績が買われて、1931年生まれのサッダームは、わずか31歳にして治安機関の責任者に任じられ、クーデターに協力したアブドゥッ=ラッザーク・ナーイフ首相の国外追放、イブラーヒーム・ダーウード国防相の逮捕など、バクル大統領の権力基盤を強化しました。その結果、1969年には、革命指導評議会(RCC)副議長に任命され、バクルの後継者としての地位を確保し、徐々に、力を蓄えていきます。

 サッダームは、イラク・バアス党をシリア・バアス党の影響下から引き離すべく、バアス党結党の理念であるアラブ民族主義を徐々に骨ぬきにし、「イラク人民とは文明の発祥の地、古代メソポタミアの民の子孫である」とする“イラク・ナショナリズム”を掲げていました。当然のことながら、パレスチナ問題への関心もつよくはありません。

 しかしながら、イランおよびパキスタンでのバルーチ人に対する支援工作が頓挫したのと時を同じくして、バクルに代わってサッダームが実質的に政権を掌握したというタイミングをとらえて、イラク政府としては、政権の“変化”を国民に印象付けるべく、あえて“パレスチナ”を直接的な題材とする強制貼付切手を25年ぶりに発行したものと考えられます。

 なお、翌1978年のエジプト・イスラエル和平により、エジプトは“アラブ世界の盟主”としての座を失ったことを受けて、野心的なサッダームはイラクこそがエジプトに代わって新たな“盟主”になるべきだと考えるようになりました。強制貼付切手の発行は、エジプト・イスラエルの緊張緩和という流れを見据えて、そうした主張を展開するための下準備であったと見ることも可能かもしれません。


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 勤労感謝の日
2014-11-23 Sun 22:56
 今日(23日)は勤労感謝の日です。というわけで、農家の方々に感謝して、収穫の場面を取り上げた切手に絡んでこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      北朝鮮・土地改革カバー(紫)

 これは、1949年5月11日、北朝鮮・咸鏡北道の羅南から咸鏡南道北青郡宛のカバーで、1946年2-3月に行われた“土地改革”を記念して発行された1ウォン切手が貼られています。この切手には、刷色や用紙などの様々なバラエティがありますが、今回ご紹介のモノは、茶紙に紫色で印刷されたもので、日本時代の櫛形印の印顆を活用した消印が押されています。

 日本敗戦時の北朝鮮では、全農家の4パーセントの地主が総耕作地の58・2パーセントを所有していました。このため、北朝鮮を占領したソ連は、北朝鮮社会のソヴィエト体制化の手始めとして、農地解放に着手。まず、解放直後の1945年秋、小作料を収穫の7割とする政策が採用され、反対する地主との間に闘争が展開されました。

 1946年2月8日、北朝鮮臨時人民委員会の発足に伴い、委員長に選出された金日成は、同年3月、土地改革法令を公布し、本格的に土地改革を開始します。

 北朝鮮の土地改革は、日本人や親日派の所有地と、5町歩以上の朝鮮人地主の所有地、さらに全ての継続小作地を完全に無償で没収し、土地なき農民に無償で分配するかたちで行われました。この結果、全耕作地面積195万2000町歩のうち、半数を超える100万3025町歩が没収されたうえ、99万922町歩が小作農に対して分配され、50万戸以上の農家(当時の北朝鮮の農家総数は100万4600戸)が地主への隷属から解放されたといわれています。一連の土地改革は、1946年3月5日の「土地改革法令」発表によって電撃的に進められ、反対する者は容赦なく収容所送りにするという強権的な行政的手法により、わずか20日あまりで完了しました。

 土地所有者となった農民に対しては、改革から3ヶ月後の1946年6月27日、現物税制の実施が決定され、農民は23-27パーセントの現物税を国家に納めることになりました。

 なお、土地改革法令はその第4条で「朝鮮の自由と独立のための反日本侵略闘争に功労のあった者およびその家族の所有地、朝鮮民族文化の発展に特別の功労のあった者およびその家族の所有地は、人民委員会の特別の決定によって割譲を免れる」との例外規定を設けており、「親日」と「反日」の判定が、客観的な基準によるのではなく、行政側の裁量にゆだねられていたことがうかがえます。

 また、財産を没収された元地主は、北朝鮮内で農業を続けるためには他郡に移住しなければならず(土地改革法令第6条には、自力で耕作しようとする地主は他郷において土地を与えられるとの規定がある)、これが後の行政的移住政策のルーツとなったと考えられています。実際、この規定により9622町歩が旧地主に与えられたとの報告があり、約3200戸の地主が移住させられたものと推測されています。

 土地改革によって多くの小作農が土地を所有するようになったことで、北朝鮮のソヴィエト体制化の基盤が築かれたとされていますが、公式発表によれば、1947年には農民によって耕作面積が30万町歩も拡大されたほか、1948年度には穀物生産高が解放前の最高水準だった1939=昭和14年度に比して110.3パーセント増加したとされています。ただし、そうした公式統計の数字が正確なものであったとしても、一般国民の実質的な生活水準は決して向上しませんでした。

 なお、このあたりの事情については、拙著『朝鮮戦争』でもいろいろとご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。


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 二の酉
2014-11-22 Sat 10:45
 きょう(22日)は二の酉です。というわけで、一の酉の時と同様に、拙著『朝鮮戦争』の重版を祈願して、同書で使った図版の中から、“鳥”にまつわるこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      朝鮮戦争捕虜郵便

 これは、朝鮮戦争中、共産側に捕えられた捕虜差出の郵便で、収容所側から支給されたレターシートには、ピカソの“平和の鳩”を模した鳩のイラストが印刷されています。

 朝鮮戦争における捕虜の正確な数は明らかになっていませんが、休戦会談の資料として1951年12月13日時点の数字として提出されたのは、国連軍の捕虜となった者が13万2474名(朝鮮人民軍11万1754名、中国人民志願軍2万720名)、共産側の捕虜となった者1万1559名(韓国軍7142名、米軍3198名、その他1219名)です。朝鮮人民軍の出身者が群を抜いて多いのは、1950年9月上の仁川陸作戦によって、5-6万人が捕えられたという事情があったためです。

 韓国・国連軍は捕虜としてとらえた敵兵を巨済島など6ヵ所の収容所に収容し、ほとんど釈放しませんでした。これは、朝鮮戦争中も、韓国の国内では反政府ゲリラの活動が李承晩政権の足枷になっており、解放された捕虜が彼らと合流することが懸念されたためです。

 一方、共産側は韓国軍の将校と国連軍の軍人は純然たる捕虜として扱い、一般の韓国兵に対しては共産主義思想で洗脳した後、釈放しました。ただし、洗脳に屈しない捕虜に関しては、当然のことながら、そのまま収容所に留め置かれています。

 今回ご紹介のカバーは、戦争末期の1953年5月17日、共産側の捕虜となった“ミゾグチ・ハヤナリ”氏が日本在住の母親宛てに差し出した捕虜郵便です。

 朝鮮戦争が勃発すると、戦乱を逃れて日本に密入国してくる韓国人が多かった一方で、独立後まもない祖国を守るべく、志願して義勇兵として朝鮮の戦場に赴いた在日コリアンの若者もいました。いわゆる“在日義勇兵”である。その総数は642名で、うち135名が戦死もしくは行方不明となっています。この捕虜郵便を差し出したミゾグチも、おそらく、そうした“在日義勇兵”の一人だったのではないかと思われます。

 差出地は“世界平和のための中国人民委員会”気付・北朝鮮第5収容所で、6月27日、横浜駐留の米野戦郵便局を経て、7月2日、名宛人の元に届けられています。

 差出人の住所が“世界平和のための中国人民委員会”気付となっているのは、中国からはあくまでも義勇兵による志願軍が参加しているだけで、中国政府が派兵しているわけではないという建前と平仄をあわせたものですが、郵便を差し出す捕虜に対しては、共産側こそが“世界平和”のために戦っているという洗脳プロパガンダの意味合いもあるものと考えられます。

 なお、戦時下で捕虜の差し出す郵便物は、国際法上、無料で配達されることになっていますが、上述のように、表向き、中国政府は朝鮮戦争には関与していないということになっていたため、この郵便物は朝鮮人民軍の軍事郵便という形式(右上にある円形の印には“朝鮮人民軍・軍事郵便”の表示がある)をとって、料金無料の扱いになりました。

 通信文は日本語で、収容者の中には水泳に行くものがいることや、5月10日にはイベントが行われたこと、まもなく春季運動会が行われるであろうことなど、収容所内の生活が記されています。また、「多分新聞か又はラヂオで聞いてご存知の事と思ひますが先月我々捕虜の一部、結局病人等は家に歸りました。僕が未だ歸らないのは健康であると云ふなによりの證處です。その中には停戰會議が順調に終るだらうと考へられます。…(中略)…とにかく体だけが一番大切な事と思ひますから、お互いに良く気を付け、再會の日を待つ事にしませう」との記述もあり、捕虜たちが、休戦交渉の内容をある程度把握していたことが伺えます。

 なお、1952年4月28日の対日講和条約の発効により在日コリアンは国籍を失ったため、在日義勇兵のうち242名が日本への再入国を拒否され、日本へ帰還できたのは除隊兵士の3分の1に過ぎませんでした。ミゾグチがこの手紙を書いてから約2カ月後の1953年7月27日、彼が待ち望んだ休戦が成立しましたが、その後の彼が、無事に母親との再会を果たすことができたかどうかは定かではありません。

 なお、このあたりの事情については、拙著『朝鮮戦争』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。 


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 ザヴィエルのミイラ公開
2014-11-21 Fri 13:36
 10年に1度のフランシスコ・ザヴィエルのミイラ公開が、あす(22日)からインド・ゴアの大聖堂で始まります。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ザヴィエル・ミイラ(インド葉書)    ザヴィエル・ミイラ(インド葉書絵面)

 これは、いまから50年前の1964年12月から1965年1月にかけてのミイラ公開に際してインドで作られた絵葉書で、印面には、公開記念の特印が押されています。

 ザヴィエルは、1552年9月、中国の上川島で病没。その遺体は、当初、彼が亡くなった地で埋葬されましたが、全く腐敗する兆しが見えなかったため、1553年3月、ポルトガル領マラッカの聖パウロ教会に移され、さらに、同年12月11日、ゴアへと運ばれました。

 現在、“ゴアの教会と修道院”の中核をなしているボム・ジェズ教会の建設が始まったのは、それから約40年後の1594年のことで、1605年に教会が完成すると、遺体もそこに移されました。なお、遺体の右腕は分割されて日本に運ばれる予定でしたが、1619年に右腕が日本に持ち込まれた時には、すでに、徳川幕府の下でキリシタンの弾圧が本格化していたため、マカオに戻されています。ちなみに、ザビエルが“東方の使徒”として聖人に列せられたのは1622年のことでした。

 現在、ボム・ジェズ教会には、主祭壇の右側に暗い壁龕の中に銀製の柩を戴く霊廟があり、ザビエルの聖遺体が安置されています。

 柩は、1665年、トスカーナ大公フェルディナンド2世の命を受けて、フィレンツェの彫刻家、ジョヴァンニ・バティスタ・フォゲッティが10年の歳月をかけて作ったもので、ザビエルの生涯を表現するブロンズのパネルが嵌め込まれていますが、かなり高い位置にあるため、参拝者が遺体を間近にみることは不可能です。

 じつは、その昔、ザビエルの遺体は、原則として、常に善男善女に公開されていましたが、参拝した熱心な信者の女性がザビエルの遺体から右足の指2本を噛み切って逃走するという事件がありました。彼女の死後、指は返還されたものの、事件を機に公開は10年に一度に制限されることになったわけです。

 なお、遺体の公開は、ふだん棺が置かれているボム・ジェズ教会ではなく、大聖堂に移して行われます。公開は年明けの1月3日までの予定だそうです。
 

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 ボージョレ解禁
2014-11-20 Thu 23:21
 今日(20日)は11月の第3木曜日。言わずと知れた、ボージョレ・ヌーヴォーの解禁日です。というわけで、というわけで、本来なら新刊の拙著『朝鮮戦争』にちなんで、韓国・北朝鮮の切手の中からワインがらみの1枚を持ってきたいのですが、あいにく適当なものがないので、次善の策として、フランスがらみの1枚として、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      国連軍参加感謝(フランス)

 これは、1951年に韓国が発行した国連軍参戦感謝の切手の1枚で、国連マークを挟んで、フランスと韓国の国旗が並べて描かれています。

 第二次大戦後のフランスのアジアにおける最大の関心事は、独立を宣言したホーチミンのヴェトミンを制圧し、インドシナ支配を復活させることにあり、朝鮮戦争への関与は消極的なものとならざるを得ませんでした。

 それでも、国連の要請に応じて、フランス軍は“フランシス大隊”1400名を朝鮮に派遣。その指揮官は、第二次大戦の英雄で、フランス外人部隊の監察官として“モンクラール”と名乗っていた(外人部隊への入隊の際は本名を変更し、外人部隊特有のアノニマと呼ばれる制度によって偽名にすることが要求されます)ラウル・マグラン・ヴェルヌレーでした。なお、彼は大隊の指揮官となるため、自らの階級を陸軍中将から中佐に下げて参戦するほどの気合を見せています。

 フランシス大隊は、1950年11月29日、釜山に到着し、米第2歩兵師団第23連隊の指揮下に入り、1951年1月7-12日には、中国人民志願軍の参戦を得て攻勢に転じた朝鮮人民軍の進撃を江原道南部の原州で食い止め、2月には京畿道楊坪の砥平里で中国人民志願軍第39軍配下の3個師団の集中攻撃を4日間にわたって防ぎきり、国連軍再反撃の土台を固めました。現在でも、当時、フランス軍の司令部が置かれていた砥平醸造場には記念碑が建てられています。

 また、1951年10月の“ハート・ブレイク・リッジの戦い”では、一月にも及ぶ激戦の結果、フランス軍は60名の戦死者と200名の戦傷者を出しており、朝鮮戦争に参加したフランス軍将兵の総数は累計3421名中、戦争の全期間を通じての死者は261名に及んでいます。

 なお、このあたりの事情については、拙著『朝鮮戦争』でもいろいろとご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 世界の国々:カンボジア
2014-11-19 Wed 12:44
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2014年11月19日号が、先週、刊行されました。僕が担当しているメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はカンボジアの特集です。その記事の中から、この切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      カンボジア・松葉杖

 これは、内戦終結後の1996年に発行された800リエル切手で、国民和解の象徴として、内戦時に埋められた地雷で負傷する人々のために松葉杖を作る障碍者が取り上げられています。

 1945年3月、日本軍がインドシナ半島のフランス軍を駆逐すると、ノロドム・シハヌークはカンボジアの独立を宣言します。しかし、同年8月15日、日本は連合国に降伏し、ヴェトナムではホーチミンがヴェトナム民主共和国(ヴェトミン)の独立を宣言。その際、歴史的にヴェトナムの圧迫を受け続けてきたカンボジアは、ヴェトミンの侵略を恐れて、一旦フランスの帰還を制限つきで承認するとともに、シハヌークがみずから米国を始めとする諸外国を歴訪してカンボジアの現状と独立を国際世論に訴えました。

 その結果、1949年、カンボジアはフランス連合内での形式的な独立を認められましたが、フランスは警察権・軍事権を手放しませんでした。このため、シハヌークは離宮に籠もり「完全独立が達成されるまで首都・プノンペンには戻らない」と宣言。これを機に、カンボジア国内では反仏デモが盛り上がり、1953年11月9日、カンボジア王国の完全独立が達せられます。

 独立後の1955年3月、立憲君主国の象徴的な元首としての“国王”の地位にあきたらなくなったシハヌークは退位し、父親のノロドム・スラマリットを国王として即位させました。

 退位後のシハヌークは“殿下”の称号を使いつつ、政治団体・社会主義人民共同体(サンクム・リアハ・ニヨム)を結成。同年の総選挙は与党が全議席を獲得するという圧勝となり、シハヌークは首相兼外相に就任します。さらに、1960年3月、国王が崩御すると、王位を空位として新設の“国家元首”となり、“王制社会主義”の看板を掲げ、左派色の強い開発独裁政策を推進しました。

 これに対して、左派・リベラル色の強いシハヌークを嫌った米国は、1970年3月、シハヌークが北京に外遊している隙をついて、首相兼国防相ロン・ノル将軍と副首相シリク・マタク(シハヌークの従兄弟)らにクーデターを敢行させます。シハヌークは国家元首から解任され、王制は廃止され、“クメール共和国”の樹立が宣言されました。

 これに対して、シハヌークはクーデター後も北京に留まって、亡命政権“カンボジア王国民族連合政府”を結成。ロン・ノル政権打倒を掲げて、中国・北朝鮮の仲介でクメール・ルージュ(ポル・ポト派)と提携し、カンボジアは本格的な内戦の時代に突入します。

 ロン・ノル政権と反政府勢力との内戦は、1975年、カンボジア全土を制圧したポル・ポト派が、シハヌークを国家元首とする共産主義国家“民主カンプチア”の成立を宣言することでいったん終結。シハヌークも滞在先の平壌から帰国しました。

 しかし、1979年までに100万人以上の国民が亡くなったとされるポル・ポトの恐怖支配の下では、シハヌークの“国家元首”も名目的なものにすぎず、彼と家族はプノンペンの王宮での事実上の幽閉生活を余儀なくされました。

 シハヌークは病気療養を理由に海外出国を望んだものの許されず、1976年4月、国家元首の辞任が認められただけでした。結局、1979年にヴェトナム軍がカンボジアに侵攻すると、彼は、国連でヴェトナム軍の不当性を訴えるという名目で国外に脱出します。

 1979年、ポル・ポト政権が崩壊し、ヴェトナムの支援を受けたカンプチア人民共和国が成立すると、ポル・ポト派とシハヌーク派、ロン・ノル派の流れをくむソン・サン派の3派は連合し、ヴェトナム軍およびヘン・サムリン軍との内戦が続くことになります。

 その後、1991年10月、カンボジアの内戦はパリ和平協定が締結されまで続きましたが、和平協定の調印後は、国家再建のため、1992年3月から、明石康を事務総長特別代表とする国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)による統治がスタート。1993年5月には国連の監視下で民主選挙が実施されました。選挙は無事に終了し、選挙後の制憲議会は、同年9月、新憲法を発布し、シハヌークを国王とする立憲君主制が復活しました。

 さて、『世界の切手コレクション』11月19日号の「世界の国々」では、シハヌークを軸にしたカンボジア現代史について概観しているほか、アンコール遺跡を取り上げた世界最初の仏像切手、伝統的な銀細工や民族衣装、隣国タイとの係争地にあるプレアヴィヒア寺院の切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、本日発売の11月26日号では、「世界の国々」はアフガニスタンにフォーカスを当てておりますが、こちらについては、来週水曜日に、このブログでもご紹介する予定です。


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 八甲田山の切手
2014-11-18 Tue 16:37
 戦後日本を代表する映画俳優で文化勲章受章者の高倉健さんが、今月10日、悪性リンパ腫のため東京都内の病院で亡くなっていたことが発表されました。享年83歳。というわけで、今日はこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      八甲田連邦

 これは、1951年7月20日、「十和田国立公園」の1枚として発行された“八甲田連邦”の24円切手です。

 八甲田山は青森市の南側にそびえる複数火山の総称で、名前は、八の(たくさんの)甲(たて)状の峰と山上に多くの田代(湿原)があることに由来しています。したがって、“八甲田山”という名前の単独の山はありません。

 周辺一帯は豪雪地帯で、1902年には陸軍第八師団の歩兵第五連隊がロシアとの戦闘を想定した雪中行軍の演習中に遭難し、210名中199名が亡くなった“八甲田雪中行軍遭難事件”の現場となりました。この事件を題材に、新田次郎は小説『八甲田山死の彷徨』を執筆。新田の小説を原作として、高倉さんの主演で制作され、1977年に公開されたのが映画『八甲田山』です。この映画と『幸福の黄色いハンカチ』の2作品により、高倉さんは、第1回日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞と、第20回ブルーリボン賞の主演男優賞のダブル受賞に輝いており、その意味では、数ある高倉さんの映画の中でも特筆すべき一本と言ってよいでしょう。

 ちなみに、映画『八甲田山』の撮影中、高倉さん演じる第一大隊第二中隊長・徳島大尉が部下とともに吹雪の中で立ち往生してしまうシーンの撮影で、現場に行くまでに俳優やスタッフが残した足跡が雪の上に残っているのはおかしいということで、一行は雪山で4時間、足跡が消えるのを待ったのだそうです。昭和の映画スターの作品にかける執念が伝わってくるようなエピソードで、思わず背筋を伸ばしてしまいますね。謹んでご冥福をお祈りします。


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 ナポレオンの帽子
2014-11-17 Mon 21:50
  フランスの皇帝ナポレオン・ボナパルト(以下、ナポレオン)のトレードマークだった帽子が、きのう(16日・現地時間)、パリで競売にかけられ、韓国のコレクターが予想を大幅に上回る240万ドル(約2億8000万円)で落札されたそうです。というわけで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      フランス・アウステルリッツの戦い200年     ナポレオンの帽子・オークション風景

 左は、2005年にフランスで発行された“アウステルリッツの戦い200年”の記念切手で、帽子をかぶったナポレオンの肖像が描かれています。ナポレオンの切手は多々ありますが、帽子がわかりやすい1枚ということでこの切手を選びました。右側には、ネット上のニュース記事から、今回落札された帽子を掲げてみせるオークショニアの写真を拾ってきてアップしてみました。

 さて、ナポレオンのトレード・マークとされる二角帽(Bicorne)は、文字通り、角が2箇所ある帽子で、第一次世界大戦頃までは軍人のみならず文官の正装用の帽子としても各国で用いられていました。もともとは、仁丹のマークに見られるように、角の部分を前後にして被っていたのですが、ナポレオンは指揮官として戦場でも目立つようにとの理由から横向きにかぶっていました。

 なお、ナポレオンは120個ほど二角帽を所有していましたが、現存しているのはそのうち19個。今回、出品されたのはビーバーの毛皮のフェルト製で、モナコ王室が宮殿の改修費用に充てるため、今回のオークションに出品したのだそうです。

 そういえば、来年(2015年)は、1815年11月20日にナポレオン戦争が終結してから200周年でしたな。ナポレオン戦争に関しては、いろいろと興味深いマテリアルも多いので、なんらかのかたちで企画が立てられればなぁ…と思っています。


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 奈良県で “海づくり大会”
2014-11-16 Sun 22:25
 海なし県である奈良県の大淀町で、今日(16日)、両陛下をお迎えして第34回全国豊かな海づくり大会が開催されたそうです。というわけで、奈良県と海の両方に関わる切手ということで、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      金亀舎利塔

 これは、1987年7月17日に、第3次国宝シリーズの1枚として発行された“金亀舎利塔”の切手です。

 奈良の唐招提寺には、開基(創立者)である鑑真がもたらしたとされる“如来舎利三千粒”(舎利は仏陀の遺骨・遺灰)が伝えられており、鼓楼(舎利殿)に安置されています。この舎利を保管するための容器としては、白瑠璃舎利壺(鑑真和上将来舎利納入)一口、方円彩糸花網一枚、金亀舎利塔一基が一括して国宝に指定されています。

 このうち、切手に取り上げられた金亀舎利塔は、亀の上に束と蓮座を重ねて、宝塔を安置したかたちとなっており、総高は93センチ、宝塔部分の高さは71.5センチあります。

 亀がデザインされているのは、鑑真が日本に来る途中で、風波に襲われ海に沈んだ舎利を、金色の亀が背にして浮かび上がってきたとの寺伝にちなむものですが、金亀舎利塔が作られたのは鑑真の時代ではなく、平安時代から桃山時代にかけて何度も補修されて現在の姿となりました。

 金亀舎利塔の土台にあたる亀は、銅板金の打ち出しで作られた扁平な姿で、のばした首には角がつけられており、甲羅には蹴彫鏨で花菱亀甲紋が彫られています。塔身は繊細な蓮華唐草の透し彫りになっており、それを通して中の舎利壺(舎利を収める壺)を拝することができるようになっています。華麗さと荘厳さを兼ね備えた緻密な造形は、舎利塔の中の最高傑作として高い評価を受けています。通常は非公開ですが、毎年10月21日から23日の3日間行なわれる釈迦念仏会に際して公開されています。

 さて、今回、両陛下がご臨席になった全国豊かな海づくり大会は、「水産資源の維持培養と海の環境保全に対する意識の高揚を図るとともに、水産業に対する認識を深めるための幅広い国民的行事」として行われるイベントで、第1回大会は1981年に大分県で行われました。大会の式典には両陛下の御臨席が慣例となっており、全国植樹祭国民体育大会とともに“皇室三大行事”の一つとされています。

 海なし県での開催は、2007年の滋賀県(びわ湖大会)、2010年の岐阜県(ぎふ長良川大会)に続いて今回が3回目で、今回の奈良県での開催理由は“森や山が海の環境保全に大きな役割を果たしている”からなのだそうです。両陛下による恒例の“御放流”ではアマゴとアユが放流されたそうですが、やはり“海”のイベントなのですから、川魚(もちろん、アユが皇室ゆかりの魚であることは重々承知しているのですけれど)ではなく、金亀舎利塔にちなんで亀を放流した方が良かったんじゃないかなぁ…とついつい思ってしまいました。


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 切手歳時記:鳥居は赤か緑か
2014-11-15 Sat 16:13
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、公益財団法人・通信文化協会の雑誌『通信文化』11月号ができあがりました。僕の連載「切手歳時記」では、紅葉の時季ということで、この切手を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

      日本三景・宮島

 これは、1960年11月15日に発行された日本三景切手のうちの“宮島”です。

 紅葉の名所として知られる安芸の宮島では、朱塗りの大鳥居で有名な厳島神社は島の北側、本土に面した海岸に位置しています。

 厳島神社は、市杵島姫命・田心姫命・湍津姫命の三女神を祀るもので、593年(推古天皇即位元年)の創建。現在の規模になったのは、平清盛が安芸守に任命された後の1168年のことで、平家一門の権勢が増大するにともない繁栄しました。海中に建つ大鳥居は、戦前の1939年から発行の30銭切手に取り上げられたほか、日清戦争の切手にも登場する有栖川宮熾仁親王の手になる“嚴嶋神社”の額が掛けられていて、切手収集家としては見逃せない存在です。

 宮島全島は、1952年11月、“嚴島”として国の特別名勝と特別史跡に指定されたため、今回ご紹介の「日本三景」の切手も、当初、“厳島”の名で発行すべく準備が進められ、1960年5月9日には原画も完成していました。

 ところが、その直後の5月20日、地元から、切手の名称は“宮島”に変更して欲しいとの強い要望が出されます。これは、1950年の町名変更により“宮島”が正式な名称になっていたためで、6月2日には、宮島町長・同町議会議長・宮島観光協会長の連名で、郵政大臣・植竹晴彦宛に、切手名称変更の陳情書も提出されました。

 これを受けて、郵政サイドも名称変更に応じることになりましたが、この段階ではすでに印刷局で原版彫刻の作業が進められていたため、急遽、原画の“厳”の部分に“宮”の文字を貼り付けて彫刻が進められたそうです。そのためか、当初の切手発行日は11月1日の予定でしたが、実際の発行日も11月15日に延期されています。

 こうして、難産の末に発行された宮島の切手でしたが、その評判は必ずしも芳しくはありませんでした。その最たる理由は刷色で、風景全体が緑色で印刷されていたため、大鳥居や御山の紅葉から連想されるシンボルカラーの赤がどこにもないのが、地元にとっては大いに不満だったそうです。

 たしかに、大鳥居を取り上げた戦前の30銭切手も青緑色でしたから、こんどこそ、実物に近い“赤い鳥居”の切手を期待していた地元としては、肩透かしを食ったような気分になったのでしょう。

 ところで、僕が宮島を初めて訪れたのは、年号がまだ昭和だった学生時代の夏の日のことです。

 モノを知らないと言われればそれまでなのですが、戦前の30銭切手や今回ご紹介の切手に慣れ親しんでいた僕は、厳島神社の大鳥居も切手の色に近い、全面に苔むした雰囲気の青緑の鳥居の姿を期待していたので、実際の鳥居が朱塗りだったのを見たときには、なんだか期待を裏切られた気がして、すごくがっかりした記憶があります。まぁ、鳥居の背後にはたしかに、切手に描かれたように鬱蒼たる緑が広がっていたのですが…。
 

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 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 いい石の日
2014-11-14 Fri 23:30
 きょうは、11と14で“いい石”と読む語呂合わせから、石を加工・配置する技術の巧みさをアピールする“いい石の日”なんだそうです。というわけで、石像関連のマテリアルの中から、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      滅共統一葉書

 これは、朝鮮戦争中の1952年12月25日、いわゆる解放葉書に滅共統一の文字と亀趺を描く500ウォンの印面を加刷して発行された韓国の葉書(滅共統一葉書)です。

 1952年9月20日、韓国では、戦時インフレに対応して書状の基本料金が300ウォンから1000ウォンに、葉書料金が200ウォンから500ウォンに値上げされました。しかし、韓国逓信部には、依然として新たな葉書を調整する余裕はなく、解放葉書の在庫を使用せざるを得ないのが現実でした。

 ところが、逓信部は前年(1951)末の公告で、朝鮮戦争開戦以前に発行された切手・葉書類は、1952年以降は無効とすると発表していました。このため、そのままでは解放葉書の印面は無効になってしまいますので、今回ご紹介しているように、葉書の用紙はそのまま利用しつつ、印面を抹消して、別途新料金の500ウォンの印面を加刷した葉書を発行し、急場をしのぐことになりました。なお、その際、葉書の上部には、“滅共統一”のスローガンもしっかりと刷り込まれている点は見逃せません。

 さて、加刷された500ウォンの印面には、慶州・武烈王陵の亀趺(石碑を立てるための亀型の台座)が描かれています。

 武烈王(在位654-61)は新羅第29代の王で、660年、唐と連合して百済を滅ぼし、翌661年、やはり唐との連合により高句麗と戦うべく軍を北上させている途中で陣没した人物です。新羅による三国統一の基礎を築いたとして太宗の廟号を贈られ、現在の行政区域でいう慶尚北道慶州市西岳洞の王陵に葬られました。“滅共統一”を掲げて北朝鮮と戦っていた李承晩としては、自らも武烈王にあやかろうとしたのかもしれません。

 ちなみに、印面に取り上げられた亀趺は、武烈王の業績を記念するために建てられたものですが、石碑の本体は現存していませんが、亀趺そのものの甲羅の上の龍の彫刻が見事で、韓国の国宝第25号にも指定されています。
 
 なお、このあたりの事情については、拙著『朝鮮戦争』でもご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 漆の日
2014-11-13 Thu 23:37
 きょう(13日)は、文徳天皇の第一皇子・惟喬親王が京都・嵐山の法輪寺に参籠し、その満願の日である11月13日に漆の製法を菩薩から伝授されたとの伝説にちなみ、“漆の日”だそうです。というわけで、漆器の切手の中からこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      片輪車螺鈿蒔絵手箱

 これは、1968年6月1日、国宝シリーズ第3集の1枚として発行された“片輪車螺鈿蒔絵手箱”の切手です。

 切手に取り上げられた片輪車螺鈿蒔絵手箱は、西暦12世紀(平安時代)の漆工芸を代表する名品とされています。手箱としては小ぶりで、蓋を身より大きく造ってかぶせる被蓋造りとなっています。片輪車は、牛車の車輪が乾燥して割れるのを防ぐため水に漬けた平安時代の情景を描いたものといわれ、和鏡や装飾経の料紙にも見られます。

 手箱は、漆で描いた文様に金や銀などの粉をまいてから、さらに漆で塗り込め、乾いた後に研ぎ出す研出蒔絵の技法と、夜光貝などを文様の形に切って、漆を塗った上に貼る螺鈿の技法を組み合わせたもので、全体の統一感を出すため、側面の銀製の紐金具にも車輪形の透彫が施されています。

 ところで、この手箱に関しては、切手に採用されることが決まった後、元の所有者であった松平忠倫(旧上田藩主松平家11代目当主)が、平安時代のものではなく奈良時代のものではないかと指摘し、その内容が一部の新聞紙上でも大きく報じられました。

 松平によると、宝暦九己卯歳(1759年)につくられた松平家の記録『御朱印、亀印御長持入引記』には、「享保五庚子歴(1720年)七月二十日 有徳院(将軍・徳川吉宗)様より歓喜院(上田藩主・松平忠周)様 御拝領 一 片輪車御手箱」とあります。同書は手箱の大きさ、模様、かたちなどを記して絵図面を載せた上で、裏底の部分に「手箱一合奉施 法隆寺 神亀子八月日 八比丘尼 上の文字不見」との記載があると記しています。この神亀子八月日は神亀元年甲子(724年)8月にあたり、794年の平安遷都の70年前に相当するため、この手箱は平安時代のものではなく奈良時代のものと考えるのが妥当ではないかというのが松平の主張です。ただし、肝心の手箱そのものは、大正初期に松平家が既に売却しており、切手発行時には文化財保護委員会の保管の下、東京国立博物館に陳列されていました。

 これに対して、文化庁は、松平家から資料を借り受けて調査した結果、「日本の最高権威である国宝審査会においての決定であるので、今後この問題についての追及は不問」としたうえで、「従来通りこの手箱の年代は平安朝期として今後も発表する」と松平に回答。これをもって、とりあえず、この問題は決着したということになりました。


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 世界の国々:ブルガリア
2014-11-12 Wed 10:35
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2014年11月12日号が、先週、刊行されました。僕が担当しているメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はブルガリアの特集です。その記事の中から、こんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      フェルディナンド1世のブルガリア公位20周年

 これは、1907年にブルガリアで発行された“フェルディナンド1世のブルガリア公位20周年”の記念切手です。

 近代以前において、ブルガリアという名前の国は、歴史上、7世紀から11世紀前半に存在した第1次ブルガリア帝国、12世紀後半から14世紀末まで存在した第2次ブルガリア帝国がありましたが、1393年以降、この地域は長らくオスマン帝国の支配下に置かれていました。当然のことながら、1860年代にブルガリアの地で近代郵便が行われるようになった際も、オスマン帝国の郵便局がオスマン帝国の切手で料金を徴収し、郵便サービスを提供していました。

 ところが、1860年代以降、バルカン半島ではスラブ系諸民族がオスマン帝国からの自立を目指す独立運動を展開。ブルガリアでも、1876年に4月反乱が起こりましたが、その鎮圧の過程で、4万人のブルガリア人が虐殺され、ヨーロッパ諸国に衝撃を与えています。

 こうした経緯を経て、1877年、バルカン各地のスラブ系諸民族を支援するためとして、ロシアがオスマン帝国に宣戦を布告。露土戦争が始まりました。

 翌1878年、戦争はロシアの勝利に終わり、講和条約として結ばれたサン・ステファノ条約によって、オスマン帝国はドナウ川からエーゲ海まで到達する地域を“大ブルガリア公国”として、ブルガリアの自治を認めさせられます。しかし、同国は、実質的にロシアの保護国であったことに加え、同国を通じてロシアがエーゲ海まで進出できるようになることから、列強諸国の反発を招き、同年のベルリン条約で大ブルガリア公国は3分割され、ブルガリア公国はバルカン山脈以北の地域に縮小されました。

 ブルガリア公国は、ドイツ系のハッテンベルク家出身のアレクサンダル1世をブルガリア公とし、オスマン帝国に貢納する自治公国として出発しましたが、1908年、オスマン帝国内で近代化改革を求める青年トルコ革命がおこると、その混乱に乗じて、当時のブルガリア公で、ザクセン=コーブルク=ゴータ家出身のフェルディナンド1世はブルガリアの完全独立を宣言。翌1909年、独立は国際社会からも商人され、現在のブルガリア国家の直接の起源となるブルガリア王国が成立しました。

 今回ご紹介の切手は、この間の1907年に発行されたもので、オスマン帝国の臣下としてのトルコ帽をかぶった1877年の肖像と、洋装の1807年の肖像を対比させたデザインとなっています。

 さて、『世界の切手コレクション』11月12日号の「世界の国々」では、このほか、古代トラキア時代の遺跡や民族衣装・民族楽器の切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、本日発売の11月19日号では、「世界の国々」はカンボジアにフォーカスを当てておりますが、こちらについては、来週水曜日に、このブログでもご紹介する予定です。


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 68年ぶりの首脳会談
2014-11-11 Tue 19:06
 アルバニアのラマ首相が、きのう(10日)、セルビアを公式訪問し、ブチッチ首相と首都ベオグラードで会談しました。アルバニア首相のセルビア公式訪問は、旧ユーゴスラビア連邦時代の1946年以来、68年ぶりだとか。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックだ拡大されます)

      ブルガリア・バルカン競技大会

 これは、1946年7月6日にブルガリアで発行されたバルカン競技大会の記念切手で、アルバニア(左上)、ブルガリア(左下)、ルーマニア(右上)、ユーゴスラビア(右下)の国章を描く旗がならんで描かれています。前回、アルバニアとユーゴスラビアの首脳会談が行われた年の切手に、両国の国章が並んで取り上げられているというのがミソです。

 さて、バルカン競技大会は、1929年にギリシャ、ルーマニア、ブルガリア、ユーゴスラビアの4ヵ国で行われたヘレニック・アマテュア・競技大会が前身で、翌1930年以降、バルカン競技大会と改称して行われるようになりました。第二次大戦の影響で、1940年から1953年までは中断されていますが、戦後の1946年および1947年はバルカン・中欧競技大会の名称で、非公式開催されています。

 今回ご紹介の切手の発行名目となった1946年の大会は、上述のように非公式大会でしたが、アルバニアの首都ティラナで開催されました。なお、アルバニアでのバルカン競技大会の開催は、現在まで、このときが唯一の事例となっています。

 第二次大戦後の1946年に発足したアルバニアの共産主義政権は、“正統派マルクス・レーニン主義”の名の下、スターリン主義を忠実に自国に導入しようとしました。その過程で、当初は隣国のユーゴスラビアが多額の経済援助を行っていましたが(一時期、アルバニアの国家予算のほぼ半額にあたる援助をユーゴスラビアから受けていたこともあります)、ティトーを首班とするユーゴスラビアが独自の社会主義路線を歩んでソ連と対立し、1948年にコミンフォルムから追放されると、アルバニアは、ユーゴスラビアと国交を断絶し、親ソ路線を鮮明に打ち出しました。

 その後、1953年にスターリンが亡くなり、1956年にフルシチョフによるスターリン批判が行われると、アルバニアは、フルシチョフの対米宥和路線を“修正主義”として、これを激しく非難した中国に賛同。中ソ対立が深まる中で、親中国の姿勢を鮮明にし、ソ連・東欧諸国との関係を断絶しましたが、中国でも鄧小平による改革開放路線が始まると中国とも対立し、事実上の鎖国政策を取っていました。

 その後、東欧民主化の影響で、1990年から徐々に開放路線が採用され、1992年には戦後初の非共産党政権が誕生しましたが、こんどは、アルバニア系住民が多く住むコソヴォの問題をめぐって、アルバニアはユーゴスラビアおよびその後継政権としてのセルビア・モンテネグロ、ついでセルビアと激しく対立。この結果、きのうまで68年間にわたって首脳会談が行われないという状況が続いたわけです。

 さて、日本のメディアでは、きのう北京で行われた2年半ぶりの日中首脳会談の話題が大きく取りあげられていますが、アルバニアとセルビアの会談は68年ぶりだったわけですし、そもそも、そんなに頻繁に日中の首脳会談なんて行う必要があるのかと素朴な疑問を感じてしまいますな。

 * 昨晩、カウンターが144万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、この場をお借りして、お礼申し上げます。

 
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 一の酉
2014-11-10 Mon 17:59
 きょう(10日)は一の酉です。というわけで、例年同様、拙著『朝鮮戦争』の増刷を祈念して、同書で取り上げた“鳥”の切手の中から、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・独立1周年

 これは、1949年8月15日に韓国で発行された“独立1周年”の記念切手です。切手には鳳凰と太極旗が描かれています。単片の切手でも十分じゃないかと言われればそれまでですが、せっかくなので、ここは景気よく、銘版付の田型を持ってきました。

  鳳凰という語は、本来、伝説の神鳥の鳳(雄)と凰(雌)を区別したうえで雌雄一対であることを示すための語で、古典では、雌雄を区別しない場合には鳳の1字を用いました。ただし、現代語では、1羽であっても鳳凰と書くのが一般化していますので、僕のブログでも“鳳凰”で行きたいと思います。

 瑞祥の鳥としての鳳凰には、古来、さまざまな意味が付与されてきましたが、朝鮮半島では、朝鮮王朝時代の「鳳来儀」(伝説上の中国の皇帝・舜が天下泰平を成し遂げ、楽曲を作って演奏した際、鳳が飛来して舜とともに舞ったという故事に由来する宮中舞踊)にみられるように、天下泰平ないしは平和のシンボルとされていました。

 また、麒麟同様、聖天子が出現する時に現れるとされることに加え、仁を戴き、義を抱き、信を有する鳥として、理想の王と同じ性質を持つとされることから、王の胸背や王宮、御車、御輿などには鳳凰の文様がデザインされました。現在の大統領鳳凰標章のデザインも同様の発想によるものです。

 なお、銘版にあるソウルの高麗文化社は、当時、朝鮮書籍印刷株式会社とともに、独立後初期の韓国切手の製造を請け負っていた会社ですが、残念ながら、詳しいことは調べきれていませんので、いずれ、どこかできちんとご報告できれば…と考えております。

 
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 ベルリンの壁崩壊25周年
2014-11-09 Sun 18:03
 1989年11月9日にドイツの“ベルリンの壁“が崩壊して、きょうでちょうど25年です。というわけで、こんな切手をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      西ドイツ・ベルリンの壁崩壊1周年

 これは、1990年11月、同年10月の東西ドイツ統一後まもない時期にドイツが発行したベルリンの壁崩壊1周年の記念切手のうち、崩壊当日、壁の上に集まる人々を描いた1マルク(=100ペニヒ)切手です。

 第二次大戦後の1949年、東西ドイツが発足すると、東ベルリンは(東ドイツを統治していた)ドイツ民主共和国の首都となりましたが、西ベルリンは地理的に西ドイツと離れていたことから、形式上「(西ドイツを統治していた)ドイツ連邦共和国民が暮らす、米・英・仏3か国の信託統治領」となりました。ただし、当初、東西ベルリン間の往来は一般の住民にも可能で、1950年代には東に住んで西に出勤する者や、その逆のケースも少なくありませんでした。

 しかし、東西の往来が自由であるがゆえに、ベルリン経由で東ドイツから西ドイツへの亡命が後を絶たず、東ドイツ経済は深刻なダメージを被ることになります。このため、東西ベルリンの交通を遮断する目的で、東ドイツは1961年8月13日午前0時、東西ベルリン間を結ぶ68の道すべてを閉鎖し、有刺鉄線による最初の“壁”の建設を開始。2日後には石造りの本格的な壁の建設が開始されました。これが、いわゆるベルリンの壁です。

 当時、東ドイツ側は「“壁”は西側からの軍事的な攻撃を防ぐためのもの」と主張していましたが、実際には、東ドイツ国民が西ベルリンを経由して西ドイツへ流出するのを防ぐためのもので、西側へ脱出しようとして、逮捕または射殺された人々も少なくありません。その一方で、東ドイツ政府は、年金支給年齢の満65歳になれば、(国家として年金を支払う必要がなくなるため)無条件で西ドイツへの“移民”の申請を認めています。

 このように、東ドイツ国民を封じ込めていた“壁”ですが、1985年にソ連で始まったペレストロイカの波は東欧にも波及し、1989年5月、ハンガリー政府がオーストリアとの国境を開放すると、ハンガリー経由での亡命を企図して東ドイツ国民が大挙して国外に脱出。“壁”の存在が有名無実化したことに加え、東ドイツ国内でも民主化を求めるデモが活発化したこともあり、同年11月9日、東ドイツ政府は議会の承認を経ずに済む“旅行自由化の政令”を公布。これにより、「東ドイツ国民はベルリンの壁を含めて、すべての国境通過点から出国が認められる」として、“壁”の存在意義は消滅しました。

 なお、この政令は当初、11月10日に公表されるはずでしたが、手違いで前日の9日に公表され、押し寄せた群衆を前に検問が廃止されています。なお、物理的な壁の破壊は、日付が変わった10日未明から始まっており、その意味では、壁崩壊の記念日は9日とも10日ともいえるわけですが、現在では、9日を崩壊の記念日とするのが一般的なようです。


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 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 刃物の日
2014-11-08 Sat 22:09
 今日(8日)は、かつて刀鍛冶が(旧暦)11月8日に鍛冶場の「ふいご」の火の神を祀る鞴祭を行っていたことに加え、「イイハ(118)」の語呂合わせにより“刃物の日”だそうです。というわけで、刃物を描いた切手の中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・第1次ウォン貨シリーズ(農夫)

 これは、1949年7月1日に韓国で発行された5ウォンの普通切手で、鎌を使って稲刈りをする農夫が描かれています。韓国切手のうち、刃物の葉の部分がきっちり描かれている切手は、これが最初の1枚です。

 さて、 1945年の“解放”当時、米軍占領下の南朝鮮では人口の7割を農民が占め、耕地面積は207万町歩でした。その内訳は、このうち、自作農60パーセントで、小作農は28パーセント、日本人の所有が12パーセントです。

 第二次大戦後、土地改革が世界的な潮流となる中で、米軍政庁は、1945年9月、日本時代に土地の買収と地主経営を行っていた日本の国策会社・東拓を新韓公社に改編。日本人が所有していた土地を接収し、これを管理するものとしました。その後、1948年3月、新韓公社の土地を農民に払い下げるために中央土地行政処が設置され、日本人が所有していた土地は、年平均生産高の3倍の価格で韓国人に払い下げられます。

 これに対して、戦前からの韓国人地主の土地の分配は、政治問題化してなかなか進みませんでした。

 しかし、日本でもGHQによる農地改革の結果、不在地主が一掃されていたことにくわえ、ソ連占領下の北朝鮮では、1946年3月の土地改革で、日本人や親日派の所有地と、5町歩以上の朝鮮人地主の所有地、さらに全ての継続小作地が無償で没収され、土地なき農民に無償で分配されていました。このため、韓国政府も、なんらかのかたちで土地改革(農地改革)を行い、自作農を創設する必要に迫られます。

 結局、李承晩政権は、1949年9月、有償没収・有償分配を原則とする農地改革法を制定。自作農の創設と土地資本の産業資本への転化を期待して、年収穫量の150%を補償価格とする地価證券を地主に交付するという農地改革が実施されました。しかし、翌1950年に勃発した朝鮮戦争により、結局、補償はうやむやにされ、戦争による耕地の荒廃という外的な要因も加わって、農地改革は地主層を没落させただけで、所期の目標はほとんど達せられないままに終ってしまいました。

 今回ご紹介の切手は、そうした韓国の農地改革が始まろうとしていた時期に発行されたもので、農地改革によって自作農が創設され、新生韓国の経済建設を担って行くことへの期待を込めて、このようなデザインが採用されたものと考えられます。

 なお、このあたりの事情については、拙著『朝鮮戦争』でもいろいろとご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。
 

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 満洲帝国:満鉄・満映・関東軍の謎と真実
2014-11-07 Fri 23:16
 ご報告が遅くなりましたが、洋泉社MOOKの「(歴史REAL)満洲帝国 満鉄・満映・関東軍の謎と真実』が刊行されました。僕も、同書には「植物画家の第一人者と満洲切手」と題する一文を寄稿していますので、きょうは、その記事の中から、こんな切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      溥儀訪日(1940・4分)

 これは、1940年6月から7月にかけて、“紀元2600年”の祝賀のために皇帝溥儀が日本を訪問したことを記念して、満洲国が発行した4分切手で、太田洋愛が原画を手がけた最初の1枚です。

 太田は、1910年、愛知県田原町生まれ。1929年、愛知県立成章中学校(旧制)を卒業後、満洲に渡り、奉天教育専門学校で大賀一郎(後に大賀ハスで有名になる植物学者です)に植物画の指導を受けるとともに、牧野富太郎とも親交を結びました。

 翌1930年、中学時代の恩師・石森延男の紹介により、理科教科書の挿絵画家として南満州教育会教科書編集部に入部。満洲国建国後の1933年、満洲国文教部嘱託となり、国定教科書の挿絵主任となります。なお、この頃の太田は、40号の大作『バルガの女』が安井曾太郎から高い評価を得るなど、人物画を得意とする油絵画家として知られていました。

 太田と満洲国の郵政との関係は、1940年の溥儀訪日の記念切手の原画を手がけたことから始まります。

 記念切手を準備する際、郵政総局郵政処企画科は、宮内府、総務庁弘報処、満洲帝国国立中央博物館、協和会中央本部弘報科、満洲事情案内所(観光業務を担当)、日満文化協会、日本海軍武官府などの協力を得て、デザイン制作のための資料を収集しましたが、おそらく、その過程で文教畑の太田との接点が生まれたのでしょう。

 太田の手がけた原画は、1935年の溥儀の最初の訪日時に、つがいの鶴がお召艦“比叡”上空に飛来したことをとらえ、溥儀が「禽獣にいたるまで日満両国の親善を喜ぶものにして、天地の気と人と物と自ずから相通ずるものあり」と発言したというエピソードにちなむもの。切手では、鶴とともに、満洲国の軍艦旗と日本の海軍旗章の一つである長旗を配することで、鶴が“比叡”の上空に飛来したことが表現されています。

 この切手が好評だったこともあり、以後、太田は「臨時国勢調査紀念」、「日本紀元二六〇〇年」(以上、1940年)、「建国10周年」(1942年)など、次々と満洲国の切手の原画を手がけることになりました。

 これと並行して、太田は大陸科学院による満洲植物図鑑編集事業のため、満洲全域を旅して七百数十種類の植物画を制作したほか、関東軍報道隊員として森繁久弥らと各地を回っていましたが、1945年8月1日、35歳で陸軍衛生一等兵として応召。すぐに終戦を迎えてソ連軍の捕虜となり、アングレン(現ウズベク共和国)に抑留されました。

 1948年9月に帰国すると、翌1949年、東京大学教授・前川文夫の依頼により日本樹木図鑑の原画を作成。以後は植物画家としての活動が中心となり、1970年、人事院総裁・佐藤達夫らとともに日本ボタニカルアート協会を創立するなど、植物画の第一人者として知られるようになります。

 太田が満洲時代に切手の原画を手がけたことについては、本人が余技ないしは生活のための副業と考えていたせいなのか、それとも、“侵略”に加担した過去を咎められたくないという心理が働いたせいなのか、そのあたりは定かではないのですが、あまり語られていません。

 しかし、実際には、太田は1958年に郵政省の委嘱を受けて、郵政審議会・切手図案審査専門委員に就任しており、戦後とも切手との縁が切れたわけではありませんでした。ちなみに、この1955年以降、郵政省の部内では、四季折々の花を切手に登場させようという“花切手”の企画が何度か持ち上がり、最終的に、この企画は、1961年に実現されます。残念ながら、資料的な裏付けは取れないのですが、太田と“花切手”の間には、なんらかのかたちで関連があったと考えるのが自然ではないかと思います。

 なお、満洲国とその切手については、拙著『満洲切手』でもいろいろと分析しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。 


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 AC/DC のドラマー逮捕
2014-11-06 Thu 23:13
 オーストラリアのハードロックバンド“AC/DC”のドラマー、フィル・ラッドが、第三者を使って男性2人を殺害する計画を立てていた容疑で、きょう(6日)、ニュージーランド警察に逮捕されました。なお、ラッドには、このほか、覚醒剤や大麻の所持、殺害を脅迫した疑いがもたれているそうです。というわけで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      オーストラリア・AC/DC(2013)

 これは、昨年(2013年)、オーストラリアで発行された「オーストラリア音楽の伝説」の切手のうち、“AC/DC”の代表作 Back in Black のジャケットが取り上げられています。

 AC/DCは、1973年12月、アンガス・ヤングとマルコム・ヤングのヤング兄弟を中心にシドニーで結成されました。1975年1月、最初のアルバムとして High Voltage をリリース。オーストラリア国内で実績を重ねた後、1976年、アトランティック・レコードと世界規模のレコード契約を結び、 High Voltage と2枚目のアルバム T.N.T. の楽曲から再構成されたコンピレーション・アルバム High Voltage (デビュー・アルバムと同名)を全世界でリリース。その成功により、世界的なミュージシャンとして認知されました。

 また、1980年に発売された6作目の Back in Black は、現在までの総売り上げが4900万枚を超える大ヒット作となり、マイケル・ジャクソンの『スリラー』、ピンク・フロイドの『狂気』に次いで世界で3番目に売れたアルバムとなっています。今回ご紹介のオーストラリア切手にこのアルバムのジャケットが取り上げられているのも、そうした事情を踏まえたものです。

 今回逮捕されたフィル・ラッドは、1954年、メルボルン生まれ。AC/DCには、結成後まもない1975年に加入し、自身の薬物問題やマルコム・ヤングとの対立により、1983年に脱退するまで、初期のバンドをドラマーとして支えていました。その後、ラッドはニュージーランドのタウランガのヘリコプター会社を買収し、隠退生活を送っていましたが、1991年にバンドに復帰し、現在まで活動を続けていました。
 
 AC/DCといえば、ことし(2014年)9月24日、マルコムが認知症を患っていることが発表されたばかりで、このため、12月に発売予定のアルバム Rock or Bust では、マルコムの代わりに甥のスティーヴ・ヤングが代役を務めて制作が進められており、来年(2015年)はワールド・ツアーも計画されています。今回のラッドの逮捕で、そうした新作の発売やツアーの予定がどうなるのか、この記事を書いている時点では、まだ発表がないのですが、こういう形で“伝説のバンド”が表舞台から消えていくことになるとしたら、何とも残念な話です。


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 世界の国々:ニカラグア
2014-11-05 Wed 17:42
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2014年11月5日号が、先週、刊行されました。僕が担当しているメイン特集「世界の国々」では、今回は中米のニカラグアにフォーカスを当てています。その記事の中から、こんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ニカラグア・ルーズヴェルト顕彰碑

 これは、1947年にニカラグアで発行された公用航空切手で、首都マナグアに建立されたフランクリン・デラノ・ルーズヴェルト記念碑が描かれています。

 1927年、ニカラグアでは、保守党政権に対して自由党のホセ・マリア・モンカーダらが内戦を始めます。内戦はすぐに停戦となりましたが、停戦後の選挙監視のため米海兵隊が上陸すると、これに反発した反政府軍のアウグスト・セサル・サンディーノ将軍はニカラグア国民主権防衛軍を率いて米軍を攻撃。以後、米軍が撤退する1933年まで、サンディーノ軍と米軍および米軍の支援を受けたニカラグア国家警備隊との間でゲリラ戦が展開されることになりました。

 米軍撤退後の1934年、米国の内諾を得た国家警備隊長のアナスタシオ・ソモサ・ガルシア(タチョ)はサンディーノを暗殺。さらに、1936年にはクーデターを起こしてサカサ大統領を追放し、自ら大統領に就任します。

 1941年、米国が第二次世界大戦に参戦すると、タチョは直ちに枢軸国に宣戦布告し、米国から100万ドルの軍事援助を獲得するとともに、ドイツ人・イタリア人の資産を接収。政府が接収した敵国人の資産はソモサ一族に格安で売却され、タチョは莫大な利益を得るとともに、彼自身も独裁者としてニカラグア政界に君臨しました。

 当時、タチョは米国大統領フランクリン・ルーズヴェルトに擦り寄ることで莫大な援助を獲得し、それを横領することで私腹を肥やしていたわけですが、今回ご紹介の切手に描かれている記念碑も、そうした“親米政策”を可視化するために建てられたものでした。ちなみに、ルーズヴェルト本人はタチョについて、「あの男はろくでなしだが、われわれの側のろくでなしだ」と語っていたそうです。

 第二次大戦の終結直前にルーズヴェルトは現職大統領のまま亡くなりますが、タチョによる国家の私物化はますます激しくなり、1956年、救国の情に駆られた詩人リゴベルト・ロペスはタチョを暗殺します。しかし、タチョの長男のルイス・ソモサ・デバイレが後継大統領となり、ニカラグアはソモサ家による王朝化。さらに、ルイスが1963年に病死すると、国政の実権は弟のアナスタシオ・ソモサ・デバイレ(タチート)に引き継がれ、タチートは国家警備隊の暴力を背景に国家の私物化をいっそう進めました。

 こうした状況の下、1961年、キューバ革命の影響を受けたトマス・ボルヘやカルロス・フォンセカらは、左翼系の反政府組織としてサンディニスタ民族解放戦線(FSLN)を組織します。組織名は前大統領のタチョに暗殺されたニカラグア反米闘争の志士、サンディーノにちなんで命名されました。

 FSLNは、1963年、本格的な反政府武装闘争を開始。当初、彼らの闘争は、米国の支援を受けたソモサ王朝に全く歯が立ちませんでしたが、1972年のマナグア大地震に際して世界中から送られた救援物資をソモサ一派が着服して全世界から不興を買ったことを機に、次第に政権に不満を持つ国民の支持を集めるようになります。そして、11978年、反体制派言論人のペドロ・ホアキン・チャモロが政府によって暗殺されると国民の怒りが爆発して内戦が勃発。タチートは1979年7月19日にマイアミへの亡命を余儀なくされ、“王朝”は崩壊しました。

 しかし、FSLNによる革命政権は左翼的な色彩が強く、キューバとも関係が緊密だったため、反共を前面に掲げて1981年に発足したアメリカのレーガン政権は彼らを敵視。ニカラグアの“キューバ化”を阻止すべく、旧ソモサ軍など革命政権に不満を持つ勢力に資金を提供し、“コントラ”と総称される反革命民兵組織を支援します。この結果、ニカラグアはFSLNとコントラとの内戦に突入しました。

 内戦は1989年まで続いて長期化し、多くの国民が犠牲になっただけでなく、自然環境や社会インフラも破壊されています。さらに、米国がFSLNに対する経済制裁を発動したため、ニカラグアは国際市場から締め出され、通貨コルドバは暴落。ハイパー・インフレが発生し、ニカラグアは事実上の国家破綻に陥り、内戦終結後もその傷跡は深く残っています。

 さて、、『世界の切手コレクション』11月5日号の「世界の国々」では、こうしたソモサ王朝から内戦にいたるニカラグア現代史の概要を切手を通じて概観したほか、ニカラグアの文化や自然、生活等についても、切手を通じてご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、本日発売の11月12日号では、「世界の国々」はブルガリアを特集していますが、こちらについては、来週水曜日に、このブログでもご紹介する予定です。


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 カストロに孔子平和賞(笑)
2014-11-04 Tue 22:31
 中国でノーベル平和賞に対抗して創設された“孔子平和賞”(笑)の今年の受賞者にキューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長が内定したそうです。選考理由は「積極的に科学者に対し反核宣伝を促すとともに、核戦争を回避するよう呼びかけた」からなんだとか。なんだかなぁ…という感じですが、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      中国・カストロ(1963)

 これは、1963年1月1日に中国で発行された“キューバ革命4周年”の記念切手のうち、キューバ国旗とカストロを取り上げた10分切手です。

 この切手が発行された前年の1962年10月、ソ連によるキューバへの核ミサイル配備計画が発覚したことで、いわゆるキューバ危機が発生。米国がキューバ近海を封鎖して、キューバへの核ミサイル配備を阻止するためには戦争も辞せずとの強い姿勢を示したことで、米ソの話し合いによって政治的決着が図られることになり、米国がキューバに侵攻しないことを保証し、トルコからミサイル基地を撤去することを密約する代償として、10月28日、ソ連はキューバのミサイル基地を撤去することを米国に通告。世界は核戦争の脅威から解放されました。

 ところで、ミサイル危機が、形式的にはソ連の“一方的な譲歩”(実際には、上述のように、米国も一定の譲歩をしていましたが、このことが明らかになるのは後日のことです)で解決されたかのような印象を世界に与えたことで、社会主義陣営は深刻な分裂状態に陥ります。

 1953年に亡くなった独裁者スターリンの後を継いでソ連共産党の書記長となったフルシチョフは、すでに、1956年2月の共産党大会でスターリン批判を行い、米ソの平和共存を明確に打ち出していました。ソ連の軍事的実力を正確に理解していたフルシチョフの目には、米国との全面戦争など、勝ち目のない無謀なものとしか映らなかったからです。

 しかし、ソ連の対米宥和路線は、中国をはじめとするアジアの社会主義諸国からすれば“変節”以外のなにものでもありませんでした。

 1956年当時の中国にすれば、米軍との死闘が繰り広げられた朝鮮戦争の休戦は、わずか3年前のことでした。それに、なによりも、アジアでは北ベトナムや北朝鮮などの友邦が、冷戦の最前線として、米国の脅威に直接さらされているという現実がありました。

 こうして、中国は次第に“修正主義”のソ連と距離を置き始め、1959年11月にモスクワで開かれた共産党・労働者党代表者会議では、毛沢東が「東風は西風を圧倒する」「アメリカ帝国主義は張子の虎」などと、ことさらにアメリカとの対決姿勢を鮮明にしていきます。その結果、中ソの亀裂は決定的なものとなっていきます。

 ミサイル危機は、まさにこういう状況の下で起こったため、その結果を目の当たりにしたアジアの社会主義国家は、ソ連に対する失望感を深めていきました。このため、ソ連と対立するようになっていた中国は、キューバの反米闘争を支援するということで、“修正主義”とは一線を画すというロジックを掲げるようになりました。

 今回ご紹介の切手もそうした文脈に沿って発行されたものですが、実際に、“修正主義”のソ連との対決姿勢を鮮明にし、その文脈でキューバを支援しようとする中国と、ソ連から軍事的・経済的に多大な支援を受けているキューバとでは、ソ連に対するスタンスはおのずと異なったものにならざるを得ませんでした。中国に追随して、ソ連と断交してしまえば、ソ連からの支援も当然ストップしてしまいますが、それは、米国と対峙し続けているキューバにとって自殺行為でしかなかったからです。

 こうした微妙な温度差ゆえに、1966年、中国が“プロレタリアート文化大革命(文革)”に突入すると、一挙に、両者の蜜月関係は破綻します。すなわち、“修正主義打倒”をスローガンとして掲げていた文革期の中国は、中ソ両国とのバランスを取った外交を目指していたキューバを“修正主義”のソ連と密通するものとして糾弾するのです。この結果、1967年1月、中国はキューバ駐在大使を召還し、キューバ側も中国から大使を引き上げ、両国の関係は急速に冷却化しました。

 もっとも、キューバ国内でも、東西の冷戦構造の中では経済的にソ連に依存せざるをえないとはいえ、ミサイル危機で見捨てられたことを契機として、ソ連への幻滅が広まっていました。

 その結果、彼らは、社会主義国というよりも、第三世界諸国の一員という点にみずからのアイデンティティの軸足を置き、世界の民族解放運動の旗手を標榜するようになっていきます。彼らが、アンゴラやエチオピア、グレナダなど、他国の革命政権を支援するために、キューバが独自の判断で軍隊を派遣したのは、そのあらわれといってよいでしょう。

 しかしながら、こうしたキューバの自主路線は、経済的なスポンサーであったソ連の崩壊により、頓挫してしまいました。
ソ連の崩壊により深刻な経済危機に陥ったキューバは赤い資本主義国となった中国との関係を修復し、中国のキューバへの経済進出も年々拡大。ことし(2014年)6月にはキューバで外国資本の誘致を促進する新外資法が発効したことを受け、7月には習近平がキューバを訪問し、両国関係者が中国の協力でハバナに建設された医療機器工場の落成式を行うなど、両国の関係は緊密化しています。

 まぁ、核戦争の危機といわれたキューバ危機では、核戦争も辞せずという立場だったカストロに対して「核戦争を回避するよう呼びかけた」ことを理由に孔子平和賞を授与するというのは、何とも皮肉な話ですが、それを言い出すと、そもそも“批林批孔”で孔子のことをぼろくそに言っていた中国が孔子平和賞を創設したこと自体、性質の悪いブラックジョークでしかないのですが。 


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 ルーマニア大統領選は決選投票へ
2014-11-03 Mon 21:25
 昨日(2日)、ルーマニアの大統領選挙が行われ、中道左派のビクトル・ポンタ首相と中道右派で中部シビウ市長のクラウス・ヨハニス氏の2人が他候補を大きくリードし、16日の決選投票に進む見通しとなりました。というわけで、今日はシビウに絡めてこの切手です。

      シビウ(2007年ヨーロッパ文化首都)

 これは、2007年、シビウが同年の欧州文化首都に指定されたことを記念して発行された小型シートで、城壁に囲まれた中世のシビウが描かれています。

 欧州文化首都というのは、1985年にギリシャの文化大臣だったメリナ・メルクーリが提唱したもので、EU加盟国の文化閣僚会議でEU加盟国の中から2都市を選んで“欧州文化首都”に指定し、1年間を通して様々な芸術文化に関する行事を開催することで、加盟国の相互理解を深めようというもの。欧州文化首都に指定されれば、ヨーロッパはもとより世界各国から観光客が大挙して押し寄せるため、2007年に新たにEU加盟を果たしたルーマニアにとってはシビウが文化首都の指定を受けたことは、EUからの何よりのご祝儀になったといえましょう。

 現在のシビウ市を中心とするシビウ県の地域は、12世紀半ばにハンガリー王ゲーザ二世が辺境防衛のためにザクセン人(ドイツ人)を招いて入植させたことから拓かれました。シビウに直接つながる名前は、1191年のヴァチカンの文書に“シヴィニウム”という地名が登場しています。

 なお、シビウというのはルーマニア語の地名ですが、近代以前は、ザクセン人がハンガリー人やセーケイ人とともにトランシルヴァニアの特権階級を構成しており、人口の多数を占めるルーマニア人は小作農として二級市民の地位に甘んじていました。ちなみに、この土地は、ドイツ語ではヘルマンシュタット、ハンガリー語ではナジセベンです。

 中央ヨーロッパとバルカン半島を結ぶルートの途中に位置することから、ザクセン人の町、ヘルマンシュタットは商工業の拠点として早くから発達しましたが、その反面、幾度となく外敵の侵攻を受けてきました。1241年にモンゴルが攻め込んできたときには、最初期の城塞は破壊され、生き延びた住民も百人ほどしかいなかったといわれています。その後、シビウは急速に復興を果たし、14世紀にはトランシルヴァニアの商業の中心地として復活。市民は1350年に街区を30の城壁で囲み、1452年にはオスマン帝国の侵攻に備えて4番目の城壁を築いています。

 16世紀に入り、ルターによる宗教改革の嵐がヨーロッパを吹き荒れる中で、ザクセン人たちの多くはルター派に改宗しましたが、当時のトランシルヴァニアは宗教的には寛容で、ドイツからは迫害を逃れてきたプロテスタントがヘルマンシュタット近郊に数多く移住。1691年以降、トランシルヴァニアはハンガリーから切り離され、カトリックを奉じるハプスブルク家の支配下に置かれましたが、ザクセン人の特権はほぼ維持され、ヘルマンシュタットはトランシルヴァニアの文化的・経済的な中心のひとつとして繁栄しました。

 その後、1867年にオーストリア・ハンガリー二重帝国が発足すると、ヘルマンシュタットを含むトランシルヴァニアはハンガリー王国に編入され、消印の地名表記もザクセン人が慣れ親しんでいたヘルマンシュタットから、ハンガリー語の“ナジセベン”へと改められています。さらに、第一次大戦終結後の1918年12月1日、ハプスブルク帝国の崩壊により、トランシルヴァニアがルーマニア領となると、それまでヘルマンシュタットもしくはナジセベンと呼ばれていた都市は、ようやく、住民の多数を占めるルーマニア人の呼び名である“シビウ”が正式名称となりました。

 なお、シビウとその歴史については、拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』でも1章を設けて解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 ブルキナファソでクーデター
2014-11-02 Sun 11:16
 西アフリカのブルキナファソで、一昨日(31日)、軍によるクーデターが発生し、27年間にわたって政権を維持していたブレーズ・コンパオレ政権が崩壊。昨日(1日)までに大統領警備隊を指揮するジダ中佐を首班とする新政権が発足しました。というわけで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ブルキナ加刷

 これは、1985年にブルキナファソで発行されたキバナコスモスの切手で、オート・ヴォルタからブルキナファソへの国名変更にあわせて、旧国名を抹消して新国名の加刷が施されています。

 1960年に独立したオート・ヴォルタでは、1980年のクーデターで発足したセイェ・ゼルボ政権の下で、1982年11月、トマス・サンカラが首相に就任します。サンカラは、リビア、キューバ、アルジェリアなどとの接近を図りましたが、そのため、ゼルボの後継大統領となったジャン=バプティスト・ウエドラオゴは、1983年5月、旧宗主国フランスの意を汲んで彼を首相のまま拘禁。このため、同年7月、サンカラの盟友であったブレーズ・コンパオレがクーデターを起こし、8月4日、サンカラは大統領に就任します。

 サンカラ政権は“革命”を掲げて社会主義路線を進めましたが、その一環として、1984年、現地語で “清廉潔白な人の国”を意味するブルキナファソに国名を変更しました。しかし、1987年10月15日、コンパオレによるクーデターでサンカラは暗殺されてしまいます。

 一方、クーデターによって政権を掌握したコンパオレは、まず、人民戦線議長(国家元首)に就任。1990年にはサンカラ時代の急進左翼路線を放棄するとともに、1991年には複数政党制や大統領の直接選挙を柱とする憲法を制定。1992年に行われた総選挙(投票率25%)で、大統領に選出されました。

 コンパオレは、まず、大統領として7年の任期を2回務めましたが、国民の間から長期政権に対する不満が高まったことから、2000年、大統領の任期を7年から5年に短縮し、3選は不可とする憲法改正を行います。しかし、修正憲法の条文は過去にさかのぼって適用することはできないという理由から、2000年の時点で大統領の地位にあったコンパオレに関しては、彼の2期目の任期が満了するまではこの規定は適用されないことになりました。そして、2005年の任期終了後、コンパオレは新憲法下での“新人候補”として大統領に立候補して当選。2010年に2期目の当選を果たし、来年の選挙ではようやく退陣という段取りになっていました。

 ところが、2015年以降も政権を維持しようとしていたコンパオレは、今年に入ってから、憲法を改正して3選禁止規定を撤廃しようとしたことから国民が猛反発。10月には首都ワガドゥグーで数十名の死者が出る大暴動が発生したことから、軍がクーデターを起こして事態を収拾したというわけです。

 これに対して、野党勢力や市民団体は、きのう(1日)、声明を発表。「民衆の蜂起による勝利は市民のものだ。軍に奪われてはならない」、「政権移行は民主的で市民の手によるものでなければいけない」として軍を批判するとともに、今日(2日)、首都ワガドゥグで行われる予定の抗議デモに市民への参加を呼び掛けており、今後、混乱がさらに拡大する可能性もあります。エボラ出血熱の問題とも併せて、今後しばらく、西アフリカの情勢から目が離せない日が続きそうですな。

 * 昨日(1日)のトークイベントは、無事、盛況のうちに終了いたしました。ご参加いただきました皆様には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。
 

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 Stampedia Philatelic Journal 2014
2014-11-01 Sat 09:23
 毎年1回、秋の<JAPEX>の時期に合わせて刊行される『Stampedia Philatelic Journal』の 2014年版が刊行されました。 今回は、僕も「テーマティク作品 A History of Hong Kongに関するメモランダム」と題する一文を寄稿しています。(表紙は画像のイメージ。以下、画像はクリックで拡大されます)

      フィラテリック・ジャーナル2014

 拙稿では、同書の表紙にも使われている“中性切手”は、今年8月の世界切手展<PHILAKOREA 2014>に出品した作品“A History of Hong Kong”では、こんな風に使ったということを、リーフの写真と共に説明しています。

      香港作品リーフ(九龍)

 これは、作品第1フレームの前半部分で“九龍”の地名の由来を説明したリーフです。

 かつての香港には、南宋末期の1278年、最後の皇帝・端宗がモンゴル軍によって南へ追われ、九龍半島に落ち延びた際、皇帝は香港島の9峰が全て見えれば王朝再興の夢がかなうと願をかけて期待しましたが、ヴィクトリア・ピークが雲に隠れて見えなかったため、落胆して自害したという伝承(ただし、歴史的事実とは異なります)がありました。ここから、皇帝が亡くなった土地には、9の峰と皇帝を意味する龍を組み合わせた“九龍”の名がつけられたといわれています。

 このことを作品場で表現するために、まず、香港島の9の峰がしっかり見える切手として、1997年の“返還”直前に発行された中性切手(エリザベス女王の肖像を排し、香港島の風景を取り上げた切手)の全種セットの小型シートを使うことをメインに考えました。これに対して、モンゴルによる南宋の滅亡については、台湾で発行されたフビライハンの「元世祖出猟図」の小型シートで表現することが可能ですが、問題は“龍”の部分です。

 ここで扱う龍は、9の峰とパラレルに、山の峰のように、体全体が波打ちながら伸びている姿勢(waving dragon)が望ましいのですが、清朝の切手は、基本的に蟠龍(とぐろを巻いた龍:coiling dragon)のスタイルで体が伸びていません。例外は4枚連になった清朝の速達切手で、本来はこれを持ってきたかったのですが、どういうわけか、これまでご縁がなく入手できていません。

 そこで、あくまでも次善の策として、日本の龍切手は龍が体を伸ばした“waving dragon”の状態で描かれていることを思い出し、200文切手を2枚貼った東京検査済のカバーを置くことにしました。あえて、龍のデザインを示すためだけに日本の龍切手をつかったわけですが、結果的に、この部分は審査員や参観者にそれなりにインパクトを与えることができたようです。ちなみに、展示ではカバー料金説明や消印の日付の新旧暦対照、切手の版やポジションなどを示し、“郵趣知識”もアピールしています。

 今回の拙稿では、“A History of Hong Kong”の作品で、なぜ、そのマテリアルを作品中のその部分に使ったのか、ということを中心に、僕なりの作品論をまとめてみました。

 なお、掲載誌の『Stampedia Philatelic Journal』は、昨日から始まった全国切手展<JAPEX>の会場内にて販売されているほか、会期終了後は発行元のサイトから入手が可能です。機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。
       

 ★★★ トークイベントのご案内 ★★★

 ・11月1日(土) 14:30- 全国切手展<JAPEX>
 東京・浜松町で開催される全国切手展<JAPEX>会場内で、拙著『朝鮮戦争』のトークイベントを予定しております。よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。なお、詳細は主催者HPをご覧いただけると幸いです。
 

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 お待たせしました。約1年ぶりの新作です!

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