内藤陽介 Yosuke NAITO
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World Wide Weblog
 犯行現場の橋
2015-02-28 Sat 14:48
 ロシアの野党指導者で元第1副首相のボリス・ネムツォフが、昨夜(27日夜)、モスクワのクレムリン近くのボリショイ・カメンニ橋で銃撃され、射殺されました。というわけで、今日はこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       ソ連・憲法(1978)

 これは、1978年にソ連が発行した1977年憲法(ブレジネフ憲法)1周年の小型シートで、切手部分に取り上げられているクレムリンの手前に架かっているのが、今回の凶行の現場となったボリショイ・カメンニ橋です。

 切手の題材となった1977年憲法は、1936年憲法(スターリン憲法)に代わるものとして、1977年10月7日、ソヴィエト連邦最高会議 第9回会議第7回特別セッションで決定されました。

 同憲法は前文で「プロレタリア独裁の目的は既に達成され、ソヴィエト国家は全人民の国家となった」と宣言。1936年憲法の規定に28以上の条項を追加しているほか、中央の連邦政府と各共和国政府の間の責任分担(共和国の司法権の範囲や行政部門の規制など)が規定されています。また、連邦を構成する各共和国に対して、連邦から脱退する権利を定めている点は1936年憲法と同様ですが、この条項は、後に、ソ連崩壊時の各共和国の独立の法的な根拠となりました。

 さて、今回、射殺されたネムツォフ元第1副首相は、1959年10月9日、2014年に五輪が開催されたソチ生まれ。ソ連末期の1990年、ロシア共和国人民代議員に当選し、政界入りし、1991年8月の保守派クーデターでは、エリツィン・ロシア大統領を支持しました。ソ連崩壊後は、エリツィンによって、ニジニ・ノヴゴロド州行政長官(のちに知事)に任命され、同州の地方行政で成果を上げ、注目されました。1997年、エリツィン政権下で連邦政府の第一副首相(住宅建設政策及び独占禁止政策担当)に登用され、燃料・エネルギー相を兼任しましたが、1998年のロシア金融危機の責任を取ってキリエンコ内閣が退陣すると、第一副首相を解任されました。

 その後、改革派、リベラル派を結集した右派連合(右派勢力同盟)の創設に参加。1999年12月の下院国家会議選挙に当選し、2000年1月、下院副議長に選出されました。

 しかし、プーチン政権発足後の2003年12月の下院国家会議選挙では、右派勢力同盟は惨敗。同盟の代表を辞任し、2004年2月には石油コンツェルン・ネフチノイの取締役に就任します。ただし、その後も、プーチン政権に対しては批判的な活動を続け、2008年11月25日にはサンクトペテルブルクで開いた集会でのプーチン批判を理由に官憲に拘束されています。また、同年の大統領選挙(メドヴェージェフが当選した選挙です)の野党側の有力候補の一人とされていましたが、野党勢力の統一候補擁立のため、自身の立候補は取り下げています。
 
 2011年12月の下院選挙では、プーチンの強権的な手法を激しく批判する国民自由党(パルナス)の指導者の一人でしたが、パルナスの政党登録が法務省によって拒まれ、さらに、選挙そのものでも不正が指摘されたことから、野党勢力による反政府デモが行われ、その過程でネムツォフじしんも何度か逮捕されていました。

 報道によると、ネムツォフは、今回ご紹介の切手にも取り上げられているボリショイ・カメンニ橋の上をウクライナ国籍の女性と歩いていたところ、通りかかった白い車から背中に4発の銃弾を受けて亡くなったとのこと。じつは、ネムツォフはウクライナのオレンジ革命ではヴィクトル・ユシチェンコを支持し、ユシチェンコ政権の大統領経済顧問を務めていた経歴もあり、ウクライナの親西欧派との関係が深い人物で、あす(1日)予定されている、ロシアによるウクライナへの軍事介入に反対する大規模なデモの主催者の一人でもあります。したがって、今回の凶行もウクライナ問題に絡んでのこととみるのが自然なわけですが、そうであればなおさら、真相は藪の中ということで幕引きが図られてしまう可能性も高そうです。まさに、おそロシア、ですな。

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 泰国郵便学(35)
2015-02-27 Fri 22:09
 ご報告が遅くなりましたが、財団法人・日本タイ協会発行の『タイ国情報』第49巻第1号ができあがりました。僕の連載「泰国郵便学」では、今回は、1970年の第6回アジア競技大会を中心に取り上げました。その中から、きょうはこんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

       タイ・第6回アジア競技大会局

 これは、1970年の第6回アジア競技大会の会場内郵便局の消印が押された葉書です。左側には、目の形の枠の中に自転車競技を描いたスタンプが押されていますが、このスタンプは、大会で行われた各競技のものが使われました。

 1970年の第6回アジア競技大会は、当初、8月から9月にかけて韓国のソウルで開催の予定でしたが、最終的に、予定を変更して、国王誕生日にあわせて12月9日から20日までの日程で、1966年に第5回大会が開催されたバンコクで開催されました。

 1968年1月21日、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)第124部隊第1中隊第1小隊に所属する31名が朴正煕大統領の暗殺を企てて、ソウルの青瓦台(大統領官邸)から800mの地点にある北漢山まで侵入したところ、韓国当局に検問を受け、その場で自動小銃を乱射して逃亡。その後、韓国軍と警察部隊の2週間に及ぶ掃討作戦により、朝鮮人民軍は1名が逮捕、29名が射殺され、1名が自爆し、韓国側は軍人・警察官と巻き添えの民間人の計68名が死亡した。いわゆる青瓦台襲撃事件(韓国側の呼称は1・21事態)です。

 さらに、2日後の1月23日、米国の情報艦プエブロ号が元山沖で北朝鮮の領海を侵犯したとして北朝鮮に拿捕される“プエブロ号事件”が発生します。

 事件の発生後、米国は海軍空母部隊を展開して、逮捕された約80名の乗組員の解放を要求しましたが、北朝鮮は拒否。反対に米国の謝罪を要求しました。当時の米国は、ヴェトナム戦争が拡大し続けていたため朝鮮半島で軍事行動を起こす余裕がなかったことに加え、ソ連が北朝鮮との同盟を理由に軍事行動に踏み切る可能性を捨てきれなかったため、事件の早期解決を図ることを選択。最終的に同年12月23日、板門店での会談で北朝鮮の用意した謝罪文書に署名。乗員は11ヵ月ぶりにようやく解放されました。

 このように、朝鮮半島情勢が緊迫化していく中で、北朝鮮との軍事境界線にも近いソウルでアジア競技大会を開くことにはリスクが大きかったため、韓国は大会の開催を返上。これを受けて、前回の開催国であったタイが、前回大会の時の施設をそのまま利用し、開催費用については韓国ほか参加各国も応分の負担をするという条件で、第6回大会のホスト国を引き受けたのです。

 さて、大会の参加国は、当時の登録名のアルファベット順で、ビルマ(現ミャンマー)、セイロン(現スリランカ)、香港、インド、インドネシア、イラン、イスラエル、日本、クメール共和国(カンボジア)、マレーシア、ネパール、パキスタン、フィリピン、中華民国(台湾)、シンガポール、南朝鮮(韓国)、南ヴェトナムで、アフガニスタンとラオスは選手の派遣はなく、役員のみが参加しました。

 このうち、特に注目すべきはクメール国でしょう。

 カンボジアでは、1960年3月、首相兼外相のシハヌークが、父王の崩御に伴って国王を空位として“国家元首”に就任し、“王制社会主義”と称する東寄りないしはリベラル色の強い開発独裁政策を展開します。その一環として、隣国ヴェトナムでの戦争に関して、シハヌーク政権は、ヴェベトナム解放民族戦線の補給基地や北ヴェトナムから南ヴェトナムへの人員物資補給路であるホーチミンルートの存在を黙認していました。

 このため、米軍と南ヴェトナム軍はカンボジア領内への攻撃を行いましたが、1961年10月、当時のサリット・タナワット政権も、ヴェトナムの共産主義者がカンボジアをタイと南ヴェトナムを攻撃するための拠点として使おうとしており、タイ政府は祖国の安全と名誉を守るための措置を講じると宣言。これに対して、シハヌーク政権もタイの主張は誹謗中傷であり、タイと南ヴェトナムに占領されるくらいなら、ソ連ブロックに加わった方がましだと応じ、両国の外交関係は断絶しました。

 その後、1966年11月25日から12月6日まで、中国の肝いりで、国際オリンピック委員会と対立する“アジア新興国競技大会”がカンボジアの首都プノンペンで開催されたこともあり、タイと断交状態にあったカンボジアは、その直後の12月9日から開催の第5回アジア競技大会には参加しませんでした。

 ところが、1970年3月、カンボジアでは、シハヌークの容共姿勢に対して、米国の支援を受けた首相兼国防相ロン・ノル将軍と副首相シリク・マタク(シハヌークの従兄弟)らがクーデターを敢行。北京に外遊中のシハヌークを国家元首から解任し、王制廃止と共和制施行を宣言。国名は“クメール共和国”と改められます。

 クメール共和国は、シハヌーク時代の外交政策を180度転換し、親西側・反共の姿勢を明確にするとともに、タイとの国交も回復。1970年のアジア競技大会にも参加することになりました。

 さて、大会は新競技のヨットを含む13競技135種目に1802人の選手が参加。メダルの獲得數では、日本が144(内訳は金74、銀47、銅23)で、2位韓国の54(金18、銀13、銅23)を大きく引き離して圧勝。主催国のタイは金9(陸上2、ボクシング2、自転車競技3、ヨット1、射撃1)、銀17、銅13の計39個のメダルを獲得し、日韓に次ぐ3位の成果を収めています。


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 英領南極で郵便局員募集
2015-02-26 Thu 22:03
 英国の南極遺産トラストが、英領南極のポート・ロックロイ基地に期間限定で勤務する“郵便局員”の募集広告を自らのウェブサイトに掲載したところ、応募者約1000人が殺到し、サイトへの接続が一時不可能となるほどの反響を呼んだそうです。というわけで、今日はこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       英領南極 ポート・ロックロイ

 これは、2001年に発行された英領南極の切手で、ポート・ロックロイ基地が取り上げられています。

 英国による南極地域の領有の主張は、1819年2月19日、ウィリアム・スミスがサウス・シェトランド諸島を発見し、領有宣言を行ったのが最初です。翌1820年には英探検隊によりグレアムランドが、ついで1821年にはサウス・オークニー諸島が発見されました。

 ポート・ロックロイは、もともとは、英領フォークランドの一部であるパーマー諸島のヴィンケ島の北西岸に位置する湾で、1904年、フランスのジャン・バプチスト・シャルコットひきいる探検隊によって発見されました。地名は、探検隊を支援していたフランスの政治家エドゥアルド・ロックロイににちなむもので、1911年から1931年まで、港湾として用いられていました。

 第二次大戦中の1943年、湾内の小島ゴージャー島に英国はナチスドイツのUボート監視基地として、ポート・ロックロイ基地を設けました。戦後、基地の主な任務は観測作業となり、1957-58年の国際地球観測年でも英国の拠点となりましたが、1962年に閉鎖されました。そのご、1996年、ポート・ロックロイ基地は観光資源として再興され、英国の南極遺産トラストが運営する博物館と郵便局が設けられ、観光地化されています。

 博物館と郵便局には夏の間だけ2人の係員が常駐していますが、今回の募集はそのうちの1名で契約期間は今年11月初旬から翌年の3月半ばまで。勤務条件としては、「月給は1100英ポンド(約20万3500円)、水道・電話もなくインターネットの使用も不可能で、通信は無線のみ。数千匹のペンギンだけが日ごろの“友”となる」とされていますが、たしかに、今回ご紹介の切手にはそんな雰囲気がよく表れていますな。


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 世界の国々:ナミビア
2015-02-25 Wed 12:38
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2015年2月25日号が、先週刊行されました。僕が担当しているメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はアフリカ南部のナミビアを取り上げています。その記事の中から、こんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

       ヘレロ戦争軍事郵便   ヘレロ戦争絵葉書(裏)   

 これは、1904年、いわゆるヘレロ戦争の際のドイツ軍の軍事郵便として送られた絵葉書とその裏面です。雑誌の記事ではスペースの関係で表面だけしかお見せできませんでしたので、今回は鉄橋を渡るSLを撮影した絵面もご紹介しておきましょう。

 現在の現在のナミビア国家に相当する地域には、15世紀後半にポルトガル人がヨーロッパ人として最初に来航しましたが、広大なナミブ砂漠が広がる過酷な環境ゆえ植民地の形成は遅れ、1793年になって、ようやく、ウォルビス湾の領有が宣言されました。その後、ナポレオン戦争中の1795年、ウォルビス湾は英領となりますが、内陸の開発はほとんど進みませんでした。

 その後、1842年、ドイツ・ライン州のプロテスタント伝道会がナミビアの地で布教活動を始めたものの、先住民の抵抗は激しく、活動は困難を極めます。このため、1868年、伝道会はプロイセン議会に保護を求めましたが、当初はほとんど相手にされませんでした。

 ところが、ドイツ人の活動に刺激を受けた英国がウォルビス湾から内陸へと進出する可能性が高まると、1883年、ブレーメンの商人、アドルフ・リューデリッツが、大西洋沿岸のアングラ・ペクアナ(後のリューデリッツ・ブッフト)一帯を購入。これを受けて、翌1884年4月24日、ドイツ帝国議会はリューデリッツの購入した土地を帝国の保護領とすることを決定しました。これが“ドイツ領南西アフリカ”の起源となります。

 これに対して、ドイツ人入植者によって土地を奪われた先住民、ヘレロは激しく抵抗。1904年1月には首長のサミュエル・マハレロの指揮の下、大規模な武装蜂起が発生しました。
 
 いわゆるヘレロ戦争です。

 ヘレロ側はドイツ人入植者の農場と教会を襲し、ドイツ人の男女合わせて126名が殺害されたため、ドイツ政府は大軍を派遣。その数は最盛期の1905年には18000名にものぼり、反乱鎮圧までの4年間で双方合わせて6万人が犠牲となる大規模な戦闘となりました。この間、ヘレロの抵抗に手を焼いたドイツ軍は、1904年10月、ヘレロの抹殺を宣言。砂漠地帯に追い込まれたヘレロの多くが餓死または井戸水による中毒死しています。今回ご紹介の葉書は、この間の1905年1月20日、ケートマンフープから差し出されたドイツ軍の軍事郵便です。

 また、ヘレロ戦争とほぼ同時期に起きたナマクア(かつてはホッテントッととyばれていましたが、現在では、この語は蔑称として使われていません)の武装蜂起も同様の結果に終わっています。ちなみに、一連の戦争で犠牲になったヘレロは6万人、ナマクアは1万人で、後に、20世紀最初のジェノサイドと呼ばれることになりました。

 その後、1914年に第一次大戦が勃発し、英独間の戦闘が始まると、1915年3月、英連邦の一員として参戦した6万7000の南アフリカ連邦軍がドイツ領南西アフリカに進攻。同月12日には首都ウィントフック(ヴィントフークとも)を攻略し、7月9日には南西アフリカの全域を占領し、作戦を完了しました。

 これにより、ドイツ領南西アフリカは崩壊し、戦後、この地域は国際連盟によって南アフリカ連邦の委任統治領の“南西アフリカ”となり、1990年の完全独立まで、南アフリカの支配を受けることになります。

 さて、 『世界の切手コレクション』2月18日号の「世界の国々」では、ドイツ領南西アフリカ時代から1990年の完全独立にいたるまでのナミビア近現代史を中心に、ナミブ砂漠や長らく南アフリカ共和国の飛び地となっていたウォルビス湾、ダイヤモンドや古代遺跡の壁画を描く切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、本日発売の3月4日号では、「世界の国々」はパラグアイを特集していますが、こちらについては、来週、このブログでもご紹介する予定です。 


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 メキシコのバードマン
2015-02-24 Tue 23:56
 ことしで87回目となるアカデミー賞の発表が、きのう(23日)行われ、メキシコ出身のアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督の作品、「バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」が作品賞など4つの賞に選ばれました。というわけで、メキシコの“バードマン”といえば、この切手でしょうか。(画像はクリックで拡大されます)

       日本人メキシコ移住100年(メキシコ)

 これは、1997年に発行された「(日本人)メキシコ移住100年」の記念切手で、メキシコ在住の日系人画家、ルイス・ニシサワが制作した原画は、太陽の周囲にメキシコ神話の鷲騎士とジャガー騎士を配したデザインとなっています。切手は、日本メキシコ両国で、ほぼ同じデザインで発行されましたが、今回はメキシコ側の切手を持ってきました。

 日本とメキシコとの関係は、江戸時代初期の1609年、前フィリピン総督ドン・ロドリゴの船団がメキシコ(当時はヌエバ・エスパーニャと呼んだ)への帰途、台風に遭い、上総国岩和田村(現・千葉県御宿町)に漂着し、日本側がこれを救助したことから始まりました。また、1613年、スペインとの通商を開くために派遣された支倉常長一行は、スペインとの往復に、メキシコのアカプルコ、ベラクルスを経由しています。しかし、1639年、わが国はいわゆる鎖国に入ったため、ヌエバ・エスパーニャとの関係も途絶してしまいました。

 さて、幕末に欧米と結んだ不平等条約の改正を悲願としていた明治政府は、1871年には日清修好条規(平等条約)を、1876年は日朝修好条規(日本に有利な“逆不平等条約”)を結び、次の段階として、アジア以外の国と対等条約を結ぶべく、メキシコに白羽の矢を立てます。一方、当時のメキシコ政府も、東アジアとの貿易のために日本か清朝と交流を持ちたいと考えていました。

 こうした思惑が一致して、1888年11月、米国ワシントンDCで両国特命全権公使(日本側は陸奥宗光、メキシコ側はマティアス・ロメロ)の間で、日墨修好通商条約が結ばれました。

 この条約は、わが国にとって、外国から絶対的主権を承認された最初の本格的な平等条約で、外国人に対する裁判権・租税課税権・両国民の自由な居住権等を認めたものでした。一方、メキシコ側にとってもアジア諸国と結んだ最初の条約となります。

 こうした経緯を経て、1891年、外務省に移民課を創設した外務大臣の榎本武揚は、翌1892年に予定されていた退官後、メキシコに入植地を開拓する目的で“日本植民協会”を組織し、1895年には墨国移住組合を設立します。そして、1897年3月24日、日本からのメキシコ移民団の第1団が横浜から出港し、同年5月10日にサン・ベニート港(現在のプエルト・マデロ)に上陸しました。今回ご紹介の切手は、ここから起算して発行されたものです。

 ところで、アステカ文明では、鷲騎士団とジャガー騎士団が2大戦士団となっており、生贄になった戦士の心臓は“太陽の鷲”に捧げられていました。このため、鷲および鷲騎士団は、太陽に糧を与え、太陽の運行に同行する存在とみなされ、ジャガーとの組み合わせは、まさに、アステカ皇帝の象徴でした。じっさい、アステカの皇帝は、鷲の羽毛の上に座り、ジャガーの皮に背をもたせかけて、政務をとっていました。今回ご紹介の切手の絵も、そうした故事を踏まえた内容となっています。


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 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 ウクライナ政変から1年
2015-02-23 Mon 10:07
 2013年2月23日、ウクライナで政変が発生し、親露派政策を取っていたヴィクトル・ヤヌコーヴィチ政権が崩壊してから、きょうでちょうど1年です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ウクライナ・ユーロ・マイダン

 これは、2014年8月22日にウクライナで発行された“ユーロ・マイダン”の切手です。

 2004年12月、ウクライナでは、いわゆる“オレンジ革命”によって、ロシアとは距離を置き将来のEU加盟を目指すことを掲げるヴィクトル・ユシチェンコ政権が発足しました。しかし、新政権は発足当初から内紛が絶えず、早くも2005年9月8日には首相のユーリア・ティモシェンコ以下の全閣僚が解任されるなど、権力闘争による混乱が繰り返されていました。

 一方、ロシアは隣国ウクライナに“ロシア離れ”を公言する新政権が発足したことに対して不快感を隠さず、ウクライナの生命線ともいうべき石油・天然ガスの大幅値上げや供給の一時停止などの圧力をかけます。さらに、2008年9月、リーマン・ショックから世界金融危機が発生。ウクライナ経済は甚大な打撃を被りましたが、欧米諸国の経済支援もあてにできない状況となりました。

 このため、2010年の大統領選挙で親露派のヴィクトル・ヤヌーコヴィッチが当選。その後、ヤヌコーヴィチ政権は、ユシチェンコ時代の金看板のひとつであった北大西洋条約機構(NATO)への加盟方針を撤回。2010年4月には、ロシア黒海艦隊に対するクリミア半島セヴァストーポリの基地貸与期限を2042年まで25年間延長することに同意するなど、対露接近の姿勢を鮮明にします。さらに、2013年にEUとの間で仮調印された政治・貿易協定について、ヤヌコーヴィチ政権がロシアからの圧力を受けて正式調印を見送ったことで、親西欧派の野党勢力が猛反発し、同年11月以降、ウクライナ国内は大規模な反政府デモが発生するなど騒乱状態に陥りました。

 反政府デモの中心となったのは首都キエフ中心部の独立広場でしたが、反政府勢力は、将来のEU加盟を祈念して、広場をユーロ・マイダンと改称。そのユーロ・マイダン周辺では、ソチ五輪期間中の2014年2月18日、デモ隊と治安部隊の大規模な衝突が発生し、翌19日未明までに双方で少なくとも21人が死亡し、数百人規模の負傷者が発生する流血事件となりました。

 これに対して、19日には、政府側と反政府側の間でいったんは休戦が宣言されたものの、20日には再び衝突が起こり、100人以上が死亡。さらに、21日には野党指導者と大統領との間で政治危機の打開をめざす合意が署名されましたが、勢いを増すデモ隊は野党の弱腰を非難してキエフ中心部を占拠します。

 ここにいたり、ヤヌコーヴィチは政権の維持を断念し、22日夜、東部ドネツィク(ロシア語名・ドネツク)の空港から出国を試みましたが、国境警備隊に阻止され、政権は崩壊しました。

 その後もウクライナでは、ロシアによるクリミア併合を経て、東部での戦闘が続いており、現在なお情勢はきわめて不安定です。切手や郵便物にもその痕跡がいろいろと残されているはずなので、機会を見つけて、それらについてもフォローして良ければ…と思っています。


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 竹島のない韓国地図
2015-02-22 Sun 07:04
 きょう(22日)は“竹島の日”です。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       韓国・半島切り抜き普通切手     韓国・半島切抜き普通切手(部分)


 これは、昨年(2014)年8月に韓国で発行された1930ウォンの普通切手で、新羅時代の金の耳飾が取り上げられています。切手の右下に、偽造防止対策として朝鮮半島の地図が切り抜きになっていますが(上右の画像)、済州島や竹島の部分は切抜きになっていません。韓国側も、ようやく、竹島の不法占拠を諦めたということであれば歓迎すべきことではあるのですが…。(笑

 さて、韓国では、2013年11月に、下の画像のような1930ウォン切手が発行されました。

       韓国・普通切手(2013年・1930ウォン)     韓国・普通切手(1930ウォン・2013年部分)


 1930ウォンという額面は韓国切手としては高額なので、この切手にはメタリックで“KOREA”の文字が浮かび上がるようになっていたり、複写するとつぶれるマイクロ文字(上の画像の右側にその部分を拡大しています)が入っていたりして、偽造対策に工夫が凝らされていました。

 ところが、発行早々、この切手の偽物が大量に出回ります。

 その発端は、香港のパスポートを持った人間が、韓国国内の切手商・チケットショップに1930ウォンの切手のシートを大量に持ち込んだことから始まります。この男が持ち込んだ正確な数は明らかではありませんが、大手の切手商・チケットショップの計8社に持ち込まれた数は、数千万ウォンのレベルだったと見られています。

 シートを持ち込まれた業者は、それを疑うことなく買い取り、郵便局に持ち込みました。

 日本の場合、手持ちの切手を郵便局で交換する場合には布袋の手数料がかかりますが、韓国の場合は、同額面の切手・葉書と無料で交換できることになっていますので、1930ウォン切手を郵便局に持ち込んだ切手商やチケットショップは、それを最も需要の多い300ウォン(この時点での書状基本料金)切手と交換。それを、取引先の企業などに販売するという通常の取引を行っていました。一方、郵便局の窓口でも、持ち込まれた1930ウォン切手は、そのまま、それまでの在庫と同様に販売され、郵便に使われていました。この時点では、だれもが、香港のパスポートを持った男が持ち込んだ切手はホンモノと信じて疑っていません。

 ところが、しばらくして、香港から持ち込まれた切手はマイクロ文字の部分がつぶれており、良くできた偽物であることが判明。郵便局に持ち込んだ切手商・チケットショップの関係者が警察に呼ばれて事情聴取を受けましたが、彼らも偽物であることに気づいていなかったということがわかり、最終的に、おとがめなしということになりました。

 一方、偽造切手を売っていたソウルの郵便局ですが、すでに相当数の切手を売り捌いてしまっていたことから、偽造切手の出現については一切公表せず、最終的に、真正品・偽造品を問わず、ともかくも1930ウォン切手の在庫をすべて売りきってしまったそうです。

 そのうえで、 急遽、新たな偽造防止策を施し、新たなデザインで発行されたのが、冒頭にご紹介した1930ウォン切手だったというわけです。なお、香港のパスポートを持った男が持ち込んだ偽造切手には、今回ご紹介の1930ウォン切手のみならず、1000ウォン切手と2000ウォン切手もあったことがわかっています。

 さて、新たな偽造防止策として施された朝鮮半島の切り抜きですが、現実の問題としては、穴の数が多いと切手の強度として問題があるので、済州島を含めてすべての島嶼部は省略したということなのでしょう。ただ、普段は、どんなに小さな地図であっても、むりやり竹島の場所を示そうとするのが彼らの癖みたいなものですので、日本人としては、「韓国側の地図にも竹島は韓国領として描いてないモノもあるじゃないか」、「偽造防止対策の地図が竹島を除外しているのは、やはり、“独島”が韓国領というのはニセモノの言説だからじゃないのか」などという反論の材料として使ってみたい気分にさせられますな。


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 カラカス大市長逮捕
2015-02-21 Sat 07:53
 きのう(現地時間19日)、南米ヴェネズエラの首都、カラカス大都市圏のアントニオ・レデスマ市長(大市長)が逮捕されました。大市長の逮捕時には正規の逮捕状や捜索令状が出ておらず、情報当局からは逮捕理由についての明確な説明はありませんが、ニコラス・マドゥロ大統領は、米国の資金援助と指示の下で大市長がクーデターを計画していたと主張しています。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ヴェネズエラ・カラカス市庁舎

 これは、2008年にヴェネズエラが発行した“カラカスの名所”のシートのうち、“市庁舎”を取り上げた1枚です。

 ヴェネズエラの首都カラカスは、行政的には、リベルタドル市と、ミランダ州のチャカオ市、スクレ市、バルタ市、エルアティジョ市をあわせた“カラカス大都市圏”と呼ばれており、その首長はカラカス大市長と呼ばれています。ただし、狭義には、カラカス大都市圏を構成する5市のうち、首都地区として他の州と同格とされているリベルタドル市のことを“カラカス市”と呼ぶこともあります。

 さて、今回逮捕された大市長は1995年から2000年までリベルタドル市長を務めた人物で、1999年にチャヴェス政権が発足した後は、野党政治家として政権批判を続けていました。

 2008年12月の選挙でカラカス大都市圏の大市長に当選。この時の選挙では、大都市圏5市のうち4市の市長が反政府系だったことから、当時のチャヴェス政権は、翌2009年、大都市圏に市政とは別の部署を創設し、大都市圏の特権と予算の大半を奪っています。また、2013年にチャヴェスが亡くなった後、後継大統領となったマドゥロ(現職大統領)は、レデスマを露骨に敵視し、同年の選挙でレデスマが再選を果たすと、大市長の権限を大幅に縮小してしまいました。

 今回の逮捕劇は、現地時間の19日17時頃、カラカス東部のレデズマ事務所を情報機関であるボリヴァリアーノ秘密部隊が包囲し、逮捕状や捜索令状のないまま、隊員たちが事務所内に押し入り、破壊行為を行うとともに、大市長を連行したというものです。

 大統領は、今回の逮捕に触れ、米国と結託したクーデター計画に大市長が関わっていたと主張し、「レデスマはこれまでに犯した全ての犯罪について申し開きをすることになる」と語っていますが、当然のことながら、米国は大統領の主張を「馬鹿げている」と一蹴していますが、南米地域では、過去にも米国がキューバグレナダに介入したことがあるため、大統領の主張にも一定の説得力を感じる人々も、そこそこいるのではないかと思います。

 ただし、ヴェネズエラの現政権に関しては、昨年(2014年)2月18日、野党・人民意思党のレオポルド・ロペス党首が、全国的なデモ(政府による弾圧で43人の死者が出ています)を扇動したとして逮捕されており、国連の人権委員会はロペス党首の釈放をヴェネズエラ政府に求めていますが、依然として釈放は実現していません。なお、大統領は、昨年のデモに関して、大市長が裏で操っていたと非難し、大市長を“吸血鬼”と呼んで罵倒しています。

 昨今の原油安で、産油国であるヴェネズエラの経済は大きな打撃を受けており、生活必需品が深刻な不足に陥っているほか、犯罪も急増しています。このため、今回の大市長の逮捕が、より大きな事態の引き金となることも懸念されており、今後の推移が注目されるところです。


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 上海蟹の無許可飼育摘発
2015-02-20 Fri 21:23
 生きたままの上海蟹を無許可で取り扱っていたなどとして、警視庁生活環境課は、きょう(20日)、中国人の男二人を特定外来生物被害防止法違反(無許可飼養)容疑などで書類送検しました。というわけで、この切手です(画像はクリックで拡大されます)

      タンザニア・上海蟹

 これは、1994年にタンザニアが発行した“世界の蟹”シリーズのうち、上海蟹(Eriocheir sinensis)を描いた1枚です。

 上海蟹(チュウゴクモクズガニ)は、中国語では中華絨螯蟹もしくは大閘蟹と呼ばれています。前者は、「中国の絨毛のあるはさみを持つ蟹」という意味で、はさみ状の爪の回りにはびっしりと絨毛が生えていることに由来する名前で、この絨毛を藻屑になぞらえたのが和名の“チュウゴクモズクガニ”の由来となりました。一方、大閘蟹という名前の由来は諸説ありますが、産卵のために下ってくるところを、堰止めて取ることからつけられたという説明が多いようです。

 中国の長江流域を中心に、遼寧省から広東省まで、さらには朝鮮半島の河川などに分布していますが(最も有名な産地は蘇州の陽澄湖)、幼生は海水から汽水域で育つため、秋に、河口で生殖したのち、雌が海水域に移動して産卵します。中華料理店などで生きたまま十文字に縛って売られているのは、輸送中に動き回ると、はさみで傷つけあったり足が取れたりして傷が付くためです。

 さて、食べると美味しい上海蟹ですが、河床に多数の大きな巣穴をあけて堤防を弱体化させたり、漁獲物を横取りして漁業に被害を及ぼしたりするだけでなく、陸上を移動して他の水系へ侵入して広範囲に拡散する習性を持つため、自然保護の観点からは、侵略的外来種として悪名高い存在となっています。ヨーロッパでは、1913年にドイツで棲息が確認されて以来、フィンランド、ノルウェー、ロシア、英国、フランス、オランダ、スペイン、ポルトガル、セルビアなど分布を拡大。北米でもカリフォルニア湾、セントローレンス川、チェサピーク湾等に棲息しているほか、近年はイラクなど中東諸国でも確認されています。

 このため、国際自然保護連合が上海蟹を“世界の侵略的外来種ワースト100”にリストしているほか、国際海事機関は“侵略的外来種の世界ワースト10”に挙げています。ちなみに、わが国では、2005年12月、外来生物法に基づく特定外来生物に指定され、生きた個体を取り扱うには環境省から飼育・調理の許可を得なければならない等、日本国内への持ち込みが厳しく規制されています。今回の摘発は、これに抵触したもので、上海蟹を巡る同法違反容疑での摘発は全国初だそうです。

 ちなみに、僕自身は食材としての上海蟹が好きで、数年前、無錫のアジア展に参加した帰り、上海の空港で生きた上海蟹が売られているのを見て、よっぽど買って帰ろうと思いましたが、コミッショナーとして日本人出品者の皆さんの作品をお預かりしている以上、成田の検疫や通関でトラブルになるのはまずいと思って泣く泣くあきらめたことがあります。今回の事件があるまで、上海蟹が特定外来生物として日本への持ち込みが制限されていることなど全く知りませんでしたが、結果的に、買って帰らなくて正解だったと胸をなでおろしているところです。

 *本日、名古屋市の栄中日文化センターで開催の講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」は、無事、盛況のうちに終了いたしました。ご参加いただきました皆様ならびに開催の労を取っていただいたスタッフの方々には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。


 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

       ミズーリの消印

 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
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 春節愉快 萬事如意
2015-02-19 Thu 00:49
 きょう(19日)は旧正月・春節です。というわけで、未年の正式なスタートですから、昨年刊行の拙著『朝鮮戦争』にちなんで、羊を描いた韓国切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       韓国・マビノギ

 これは、2006年に韓国で発行された“オンラインゲーム”の切手のうち、「マビノギ」を取り上げた1枚です。

 「マビノギ」は、韓国のゲーム会社・NEXON KoreaのdevCATスタジオが開発・運営するオンラインゲームで、韓国では、2004年6月から正式商用サービスが開始されました。日本ではネクソンによって2005年4月26日にサービスが開始され、2007年10月11日よりハンゲームでプレイ可能になっています。

 ゲームはケルト神話などをもとに構成されており、タイトルの“マビノギ”は吟遊詩人たちの間で伝承される歌のことを意味しています。その名の通りゲーム内で作曲や楽器演奏を活用して、自作のオリジナル曲を披露できる点が、ゲームとしての大きな特徴のひとつになっています。

 切手に描かれているのは、ゲームを紹介するアニメ動画『ロナとパンのファンタジーライフ』に登場する主人公の少女、ロナ・リサク(ロナ)と人間の言葉を話す黒羊のパンです。動画では、パンはゲーム初心者のロナを指導する先輩でありながら、一言多い性格ゆえに、叩きのめされるという役回りになっています。

 さて、ことしは、日韓国交正常化50周年ということで、7月17-19日、東京・墨田区で開催が予定されている<全日本切手展2015>でも、これにちなみ、特別企画として韓国切手展を併催の予定です。今後も、同展の事前プロモーションを兼ねた記事を、随時、このブログでも掲載していきたいと考えておりますので、よろしくお付き合いください。
 

 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

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 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
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 世界の国々:ソロモン諸島
2015-02-18 Wed 11:31
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2015年2月18日号が、先週刊行されました。僕が担当しているメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はソロモン諸島を取り上げています。その記事の中から、こんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

       ソロモン諸島・貝貨

 これは、1979年にソロモン諸島で発行された貝貨(アクセサリーとして加工された状態のモノ)の切手です。

 ソロモン諸島は、南太平洋のメラネシアのうち、ニューギニア島東方の100余の島々で、地域概念としては、ブーゲンビル島を含みますが、行政的にはブーゲンビル島はパプア・ニューギニアの支配下にあるため、国家としての“ソロモン諸島”の総面積は、同島を除く範囲となっています。国民の9割以上はメラネシア系ですが、彼らの間には部族間対立が存在しています。

 1978年7月7日、英連邦王国の一国として独立後、政治・経済の中心地であるガダルカナル島へは、隣のマライタ島からの移住者が急増。このため、もともとの島民と移住者との対立が激化し、流血の事態にまで発展したため、ソロモン諸島政府の要請を受けて、2003年7月、オーストラリアとニュージーランドの軍、警察約2200人が出動する騒ぎになりました。また、人口的には0.3%に過ぎない華人が経済的に大きな力を持っていることへの不満から、2006年4月には、ホニアラで中華街に対する大規模な襲撃事件も発生していました。

 こうしたこともあり、経済は停滞し、国家財政は破綻状態です。このため、独立前年の1977年に導入されたソロモン諸島ドルは、当初は豪ドルと等価でしたが、現在は暴落し、最近は1ソロモン諸島ドル=15円程度(豪ドルは1ドル=93.2円)となっています。

 一方、地方の村落では、政府の中央銀行が発行する近代通貨としてのソロモン諸島ドルとは別に、シャコ貝などをビーズ状に加工した“貝貨”が現在でも流通しています。貝貨の種類などは島によってさまざまですが、たとえば、マライタ島南部のファナレイ村ではタフリアイとファタファガと呼ばれる2種類の貝貨の単位があり、いずれも1.5-2mほどの長さの複数のビーズの紐を束にしたモノが一つの単位となっています。それらは伝統的な装身具であるだけでなく、結婚や儀式などの差異の贈答品としても利用されています。

 さて、『世界の切手コレクション』2月18日号の「世界の国々」では、第二次大戦中のガダルカナル島の戦いについての話題を中心に、、ソロモン諸島の初期の郵便史についてのコラムや珍鳥ヨダレカケズグロインコや特産品のコプラを描く切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、本日発売の2月25日号では、「世界の国々」はナミビアを特集していますが、こちらについては、来週、このブログでもご紹介する予定です。 

 * 昨日、カウンターが148万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、この場をお借りして、お礼申し上げます。

 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

       ミズーリの消印

 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
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 毎月1回(原則第1火曜日:3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は3月3日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

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 中部国際空港10周年
2015-02-17 Tue 16:06
 2005年2月17日に中部国際空港が開港してから、今日(17日)でちょうど10周年です。というわけで、ストレートにこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       中部国際空港

 これは、2005年2月1日に発行された中部国際空港開港の記念切手で、大空に飛び立つ飛行機のイメージに、愛知県内で開発されたデンドロビウムの新種で中部国際空港の愛称・セントレアの名を冠した“セントレアハッピーバースデイ”がデザインされています。

 中部国際空港は愛知県常滑市沖の伊勢湾海上の人工島にある国際空港で、空港建設に向けて調査が開始されたのは1985年のことでした。漁業補償が妥結したことを受け、空港島の本格着工が始まったのは2000年8月のことで、同19日には空港の起工式が行われています。なお、開港時期は愛・地球博(愛知万博)の開幕に合わせたものでした。

 さて、私事ですが、今週の金曜日は名古屋の栄中日文化センターで「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。わが家からだと名古屋エリアへは東京駅から新幹線で行くのが圧倒的に便利なので、今回の名古屋行きも新幹線を利用する予定です。というわけで、なかなかセントレアにはご縁がないのですが、いずれ、機会があれば、一度くらいは使ってみたいものですな。


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 コプトの切手
2015-02-16 Mon 23:34
 “イスラム国”を自称する過激派組織ダーイシュが、きのう(15日)、リビアで人質にしていたコプト(エジプトのキリスト教徒)の労働者21人を殺害したとする動画をネットに公開したことに対して、エジプト軍は、きょう(16日)、リビア国内のダーイシュ関連組織の拠点を空爆しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます。なお、ダーイシュの呼称については、こちらの配信動画で詳しくご説明いたしましたので、ぜひ、ご覧ください)

       エジプト・カイロのコプト地区

 これは、2004年にエジプトがカイロのコプト地区を題材として発行した切手です。

 コプトは、もともとはアラブ化される以前の古代エジプト王国の流れを汲むエジプト先住民のことですが、次第に、キリスト教の一派と結びついた概念となりました。

 すなわち、伝承によれば、西暦42年頃、マルコがアレクサンドリアにキリスト教会(アレクサンドリア教会)を建立したのがエジプトにおけるキリスト教の始まりとされています。

 451年のカルケドン公会議の後、キリスト教会は、「キリストは神性と人性という二つの本性を持つ」とするカルケドン派(両性説。現在のキリスト教多数派)を正統とし、「受肉によってキリストの人性は神性に融合されて一つの性=神性となった」とする単性論派を異端として排除しました。この時点では、エジプト先住民という意味でのコプトは双方の教会に属していましたが、もともと、エジプトでは単性論派が有力だったことに加え、641-42年にムスリムがエジプトを征服すると、東方正教会系のコプトはエジプトから逃れていきました。この結果、コプトは、エジプトの単性論派キリスト教会(ただし、彼ら自身は単性論派と呼ばれることを忌避しています)の信徒を指す言葉として使われるようになり、現在に至っています。

 現在、エジプトにおけるコプトの割合は人口(約8000万人)の5%程度というのが公式の数字ですが、実際には、1割程度いると推定されており、その中には、国連の事務総長を務めたブトロス・ブトロス=ガーリ―を始め、有力者も少なくありません。また、現行のエジプト憲法は“信教の自由”を保障しており、制度上、ムスリムとコプトの間で差別は無いことになっており、2007年には「ムスリムは自由に改宗することができる」とするファトワー(宗教令)も出されています。

 ただし、実際には、コプトはエジプト国内においては圧倒的な少数派であり、ムスリムからコプトへの改宗は現実の問題としてほぼ不可能です。また、2011年1月1日にはアレクサンドリアのコプト教会前でイスラム過激派によるテロ事件も発生しました。このため、エジプトのメディアは、社会的な安定のためにも、コプト側が少数派として差別されていると訴えている現状につき、政府は改善を行うべきであると提言しています。

 今回の一件は、エジプト政府として、コプトもエジプト国民の一員であり、国民に害をなす犯罪者集団のダーイシュに対しては断固とした措置を取るという姿勢を示したもので、リビア政府軍との共同作戦です。

 エジプトは、これまで、米軍主体の有志連合によるシリア・イラクでの対ダーイシュ空爆に参加してきませんでした。このため、今回、ダーイシュの犯罪に対して直接の制裁に踏み切ったことについて、ダーイシュとの戦いがイラクとシリアだけでなく、リビアにまで拡大したものと見る論評もメディアの一部にはあるようです。

 しかし、報道によれば、すでにリビア東部にはダーイシュの訓練施設や武器庫が存在していたうえ、先月には、ダーイシュに忠誠を誓う過激派組織がホテルを襲撃したほか、今月に入ってもラジオ局を占拠するなど活動を活発化させていたわけで、その点からすると、むしろ、いままで野放しにされていたリビアのダーイシュ(ないしはダーイシュに共鳴する過激派組織)に対しても、ようやく、国際社会の包囲網がかけられるようになったと見るのが妥当ではないかと思われます。

 いずれにせよ、今後の事態の推移に注目したいところです。


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 南ア大使が曽野綾子に抗議
2015-02-15 Sun 22:31
 作家の曽野綾子が、かつてのアパルトヘイト政策を称賛した(と取られる)コラムを今月11日付の『産経新聞』に執筆し、きのう(14日)までに、南アフリカ共和国(以下、南ア)のモハウ・ペコ駐日大使が産経新聞社に抗議文を送付していたことが明らかになりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       南ア・児童画

 これは、アパルトヘイト撤廃後まもない1994年、南アで発行された児童画切手のうち、多人種間の宥和を表現した1枚です。

 “アパルトヘイト”とは、もともとは“分離”ないしは“隔離”を意味するアフリカーンス語ですが、極端な人種差別政策としては、1948年の総選挙に際して登場した概念です。

 第2次大戦中、南アのヤン・スマッツ連合党政権は英連邦、すなわち連合国の一員として第2次大戦に参戦。第2次大戦は連合国側の勝利に終わり、南アは戦勝国としての地位を確保しましたが、戦争を銃後で支えた黒人の発言力も増大します。当時の南アでは、他の欧米のアフリカ植民地と同レベルの有色人種に対する差別的な制度が機能していましたが、連合党が有色人種に対する譲歩の姿勢を示すと、もともと、第二次大戦への参戦そのものにも反対していたマランの国民党は連合党政権の“対英従属・アフリカーナー軽視”を徹底的に批判することで、アフリカーナーの支持を獲得していきます。

 こうした背景の下、1948年の総選挙で国民党が大々的に掲げたのが、アフリカーンス語で分離ないしは隔離を意味する“アパルトヘイト”のスローガンで、これにより、彼らは地滑り的な勝利を収めました。

 もともとオランダ改革派教会の聖職者だったマランは「アフリカーナーによる南ア統治は神によって定められた使命である」との信念の下、「国内の諸民族をそれぞれ別々に、純潔を保持しつつ存続させることは政府の義務である」と主張。1950年、全国民をいずれかの“人種”に分類するための人口登録法を制定し、これと前後して、人種間通婚禁止法や背徳法(異人種間の性交渉を禁止する法律)を制定し、さらに、都市およびその近郊の黒人居住地から黒人を強制移住させ、その跡地を白人(主としてアフリカーナー)のために区画整理するなどの、差別的政策を強行していきました。

 これと並行して、国軍を含む公職からアフリカーナーの国民党員以外の人物を締め出し、全国の選挙区の区割りを政権側に都合の良いように変更した上で集会の自由などの国民の権利を制限しました。もちろん、“抑圧された人々”の団結を唱える共産主義は御法度です。

 こうして、1954年にマランが80歳で引退するまでの間に、国民党政権はアパルトヘイト体制の基盤を確立します。

 当然のことながら、独立運動組織のアフリカ民族会議(ANC)はこれに抵抗。1955年6月には、人種差別に反対する多人種の人民会議の開催を呼びかけ、ヨハネスバーグ近郊のクリップタウンで、“人種差別のない民主南アフリカ”を目指す「自由憲章」を採択し、1960年には当時議長のアルバート・ルツーリがアフリカ出身者として初のノーベル平和賞を受賞しました。

 ところで、当初、ANCは非暴力主義を掲げていましたが、1960年3月、通行証制度(南アの非白人は身分証に相当する“通行証”の携帯を義務付けられ、不携帯の場合は特定の地域に入れなかったり、甚だしくは逮捕されたりすることもありました)に抗議するデモ隊に警官隊が発砲し、67名が犠牲となるシャープビル事件が発生すると、これを機に、副議長のネルソン・マンデラを指揮官とする軍事部門、ウムコント・ウェ・シズウェ(“民族の槍”の意味)を設立し、武装闘争もやむなしの路線転換を行います。これに対して、南アフリカ政府は非常事態宣言を発してANCを非合法化。1963年にはマンデラら幹部が一斉逮捕され、ロベン島の監獄に送られました。その後、マンデラの身柄は、1982年、ケープタウン郊外のポルスモア刑務所に移監されたが、1990年2月11日の釈放まで、彼は27年間を獄中で過ごし、アパルトヘイトに抵抗する南ア黒人の象徴的な存在となります。

 こうしたアパルトヘイト政策に対しては、人権の観点から全世界が南ア政府を非難。制裁措置として1960年のローマ五輪を最後に南ア選手はオリンピックから締め出されています。(アパルトヘイト撤廃後、1992年のバルセロナ大会で復帰)

 また、資源大国である南アに対しては、当初、西側諸国は経済制裁に及び腰でしたが、1976年にソウェト蜂起が発生し、多くの市民が犠牲になったことから態度を硬化させ、国際的な経済制裁が本格化。南ア経済は大きな打撃を受けることになります。

 このため、ボータ政権は白人・インド人・カラードによる3人種議会を1984年に開設。また、雑婚禁止法と背徳法、分離施設法を1985年に廃止、パス法を1986年に廃止するなどの部分的改革に着手。さらに、1989年9月に発足したデクラーク政権はアパルトヘイトの完全撤廃の方針を打ち出し、1990年2月には、ANCを始め政党結社の自由を解禁してマンデラを釈放。翌1991年2月、国会開会演説でアパルトヘイト政策の廃止を宣言しました。

 その後、体制移行期間を経て、1994年4月に全人種参加の初の総選挙が行われて新憲法が制定され、マンデラが大統領になり、アパルトヘイトは撤廃。これと前後して、1993年10月、国連総会で経済制裁撤廃決議が採択されました。今回ご紹介の切手は、こうした経緯を踏まえて、1994年4月8日に全人種の融和を訴えるために発行されたもので、まさに、現在の南アの国是を反映したものと言ってよいでしょう。

 さて、今回の南ア大使からの抗議に対して、曽野綾子は「私は文章の中でアパルトヘイト政策を日本で行うよう提唱してなどいません。生活習慣の違う人間が一緒に住むことは難しい、という個人の経験を書いているだけです」と弁明していますが、そういうことであれば、その例としては、世界中の大都市で見られるチャイナタウンやインド人街の事例を挙げれば済む話です。

 ところが、問題のコラムでは、彼女は「もう20~30年も前に南アフリカ共和国の実情を知って以来、私は、居住区だけは、白人、アジア、黒人というふうに分けて住む方がいい、と思うようになった」としっかり書いており、あえてアパルトヘイト時代およびその撤廃直後の南アを例にしている以上、日本でそれを実行する(できる)かどうかはともかく、アパルトヘイトを称揚していると読者に解されれてもやむを得ないと思います。

 まぁ、僕自身は、いかなる“ヘイト・スピーチ”であろうとも、それが言論活動に留まっている限り、法的・制度的な規制をかけることには絶対に反対という立場ですので、かつての南アのアパルトヘイトを称揚する人物がいても、そのことじたいをとやかく言うつもりはありません。(決して賛同はしませんが)

 ただし、上述のように、曽野が愛してやまないアパルトヘイト政策を採用すれば、かつての南ア同様、わが国は国際社会から確実に孤立し、経済制裁を受け、当然、2020年の東京五輪開催も不可能になるでしょう。そうしたリスクをとってまで、アパルトヘイト政策を推進すべきだというのであれば、それはそれで大したものだとも思いますが、その覚悟もなしに、単なる思い付きで大新聞にアパルトヘイトを称揚する(と取られかねない)コラムを書くのは軽率の謗りを免れません。

 世間一般では、彼女は保守系の論客ということになっているそうですが、エセ左翼やインチキ・リベラルが大嫌いということで“保守”にレーティングされることも多い僕としては、こんな愚か者と同類に扱われるのは何とも迷惑な話ですな。

 なお、アパルトヘイト時代の南アについては、拙著『喜望峰』でもいろいろ取り上げておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 ふんどしの日
2015-02-14 Sat 10:41
 きょう(14日)は、2と14で“ふんどし”と読む語呂合わせから、日本ふんどし協会(2011年12月14日設立)が制定した“ふんどしの日”です。というわけで、“ふんどしの日”を祝して、3月25日に刊行予定の拙著『日の本切手美女かるた』でも取り上げた切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       納涼図


 これは、1978年3月3日に発行された第2次国宝シリーズ第8集の1枚で、久隅守景の「納涼図」が取り上げられています。

 切手に取り上げられた「納涼図」は、木下長嘯子(勝俊)が詠んだ歌「夕顔のさける軒ばの下涼み をとこはてゝれ女はふたのもの」をモチーフに描かれたものですが、この歌に出てくる“てゝれ(ててれ)”は襦袢とも褌ともいわれる男性の肌着のことです。なお、“ふたのもの”は漢字で“二布”とも書き、腰巻のことで、“をとこ”は旧仮名遣いで男の仮名書きです。

 長嘯子の歌は、下着姿の楽な格好の男女が寛いで夕涼みする情景を歌ったものですが、作者の生涯を知ると、なかなかに重い内容です。

 長嘯子は秀吉の正室ねね(高台院)の甥で、木下家定の嫡男として1569年に生まれました。1587年、播磨国龍野城を与えられ、小田原征伐や文禄の役に参加。1594年、若狭国後瀬山城8万石を与えられています。

 関ヶ原の戦いでは、東軍に属し伏見城の守備を任されましたが、実弟の小早川秀秋らが指揮する西軍に攻められて城を脱出。妻のうめは、そのふがいなさに呆れて離縁し、家康からは敵前逃亡の責を問われて封地を没収され、剃髪して京都東山の霊山に隠居しました。

 隠居後、京都東山に叔母の高台院が開いた高台寺の南隣りに挙白堂を営み、そこで1640年まで和歌を詠み続け、1649年に亡くなりました。

 貧しくても、家族とのんびりと夕涼みをして過ごす幸せがあっても良いじゃないかという歌の大意は、幸せの“青い鳥”は実は身近にあったという童話にも通じるところがありますが、8万石の城持ち大名から、妻に逃げられ、ほとんど無一文の身に転落した長嘯子だからこそ、万感の思いを込めて詠むことのできた風景だったのかもしれません。

 その長嘯子から半世紀ほど後に生まれて死んだ久隅守景(生没年不詳)は、この歌をモチーフに「納涼図」を描きました。

 若き日の守景は、狩野探幽門下の四天王とも称され、探幽の姪・国を娶っています。国との間に生まれた一男一女は、いずれも父を継いで絵師になりましたが、1672年頃、息子の彦十郎は悪所通いの不行跡などが原因で破門。さらに、罪を得て佐渡に遠島となりました。一方、娘の雪信は同じ狩野門下の塾生と駆け落ち。後に彼女は京都に出て当代一の閨秀画家として成功したものの、家には戻らなかった。さらに、守景本人も師の作品を声高に批判したことで事実上の破門となってしまいます。その後、守景の才を惜しんだ加賀の前田藩に招かれ前田家の菩提寺、瑞龍寺の障壁画など、金沢で絵を描いて過ごしました。

 守景の人生も、長嘯子ほどではないにせよ、前半と後半の落差が激しく、それゆえに、長嘯子が詠んだ「夕顔の~」の歌の世界を絵筆で再現しようと思い立ったのでしょう。なお、「納涼図」に描かれている男は守景自身、隣の女は彼について金沢まで下った妻の国がモデルとみるのが自然だと思われます。まぁ、逆境にあっても女房に逃げられなかったという点では、長嘯子よりも守景の方に救いがありましょうか。

 さて、相撲のまわしまで含めると、ふんどし関連の切手はいろいろとあります。やはり日本男児たるもの、特段の事情がない限り、これから毎年2月14日には、そうした切手を毎年1枚ずつご紹介していこうかと思います。
 

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 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 アウンサン将軍生誕100年
2015-02-13 Fri 13:47
 ビルマ(ミャンマー)独立の英雄、アウンサン将軍が、1915年2月13日に生まれてから、きょうでちょうど100年です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ビルマ・独立20年

 これは、1968年1月4日に発行された“ビルマ独立20年”の記念切手で、農作業の様子を天から見下ろすかのように、アウンサンの肖像が取り上げられています。アウンサンの肖像を取り上げた切手としては、1948年1月6日に発行の独立記念切手がありますが、今回ご紹介のモノは、それに次ぐ2番目のアウンサン切手です。

 アウンサンは、1915年2月13日、ビルマ中部ナッマウ生まれ。生家は独立運動家として有名で、ラングーン大学在学中に学生自治会の機関誌編集担当になり、1936年、 当時のイギリス植民地支配を批判する記事を掲載したことが問題視され、退学処分を受けます。しかし、このことは学生らの強い反発を招き、全学ストライキが発生。大学側は処分を撤回しました。

 その後、1938年にはラングーン大学学生会と全ビルマ学生連合の委員長に選ばれ、同年10月、独立運動組織「われらビルマ人連盟」に参加。1940年8月まで総書記として活動し、反英ストライキなどを指導したほか、1939年8月15日のビルマ共産党結成に際しては、創立メンバーの一人として、初代書記長に就任しています。

 1940年、英国官憲の逮捕状が出たためアモイを経て日本に亡命。翌1941年2月、日本の資金援助と軍事援助の約束を取り付けてビルマに戻り、“30人の志士”と呼ばれる同志とともに中国の海南島へ出国し、日本軍の“南機関”の下で軍事訓練を受けました。

 1941年12月8日、日本が英国に宣戦を布告すると、同16日に、アウンサンと同志たちは南機関の支援を得てバンコクにビルマ独立義勇軍を創設。日本軍と共に戦い、1942年3月にラングーンを陥落させ、7月にはビルマから英国勢力を駆逐することに成功しました。これに伴い、ビルマ独立義勇軍をビルマ防衛軍に改組され、バー・モウを中央行政府長官とする日本軍政時代がスタートします。さらに、1943年8月1日、バー・モウを首相とするビルマ国が誕生するとアウンサンは国防相となり、ビルマ防衛軍はビルマ国民軍に改組されました。

 しかし、アウンサンは次第に、ビルマ国の独立国としての地位に疑問を持つようになり、さらに、インパール作戦の失敗などで日本の敗色が濃厚と判断したことから、日本からの離反を決意。1944年8月1日、独立一周年の演説でビルマの独立はまやかしだと発言した後、8月後半にはビルマ共産党、人民革命党と提携して“反ファシスト組織”を結成します。

 1945年3月、北部でビルマ国軍の一部が日本軍に対し決起すると、アウンサンは、反乱軍に対抗するためとの名目でビルマ国軍をラングーンに集め、同27日、日本軍に対する戦闘を開始。“反ファシスト組織”に属する他の勢力も一斉に蜂起し、連合国とも呼応した抗日運動が開始され、5月にはラングーンを制圧。6月15日には対日勝利を宣言しました。

 第二次大戦後は、ビルマ支配の復活を目論む英国に対して、1946年1月、アウンサンは軍を去って反ファシスト人民自由連盟(AFPFL)総裁に就任し、英本国政府との交渉をはじめとする独立問題に専念。9月には英領ビルマ政府の行政参事会議長に任命され、国防と外務を担当し、1947年1月27日、彼は英国首相クレメント・アトリーと、1年以内の完全独立を約束する“アウンサン・アトリー協定”に調印。4月に行われた制憲議会選挙では、彼の率いるAFPFLは202議席中196議席を獲得し圧勝します。

 しかし、独立を目前に控えた1947年7月19日、政敵であり前首相のウ・ソオの一味だとされる実行犯によって、6人の閣僚とともに暗殺され、32歳5ヶ月の若さで亡くなりました。

 第二次大戦の勃発から日本の占領時代を経て、戦後のビルマ連邦成立にいたるまでの“アウンサン将軍の時代”は、切手や郵便の面でも面白いものがいろいろとあるので、いずれ、まとめてみたいと前々から思っています。今年は戦後70年でもあるし、ちょうどいいタイミングかもしれませんね。


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 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
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 毎月1回(原則第1火曜日:3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は3月3日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 仁川・永宗大橋で玉突き事故
2015-02-12 Thu 17:16
 昨日(11日)、韓国・仁川国際空港近くの永宗大橋で、空港リムジンバスや乗用車など約100台が衝突する大規模な玉突き事故が発生。2人が死亡、66人が重軽傷を負いました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国の橋(永宗大橋)

 これは、2007年に発行された「韓国の橋シリーズ」のうち、今回の事故が起きた永宗大橋を取り上げた1枚です。

 2001年に開港した仁川国際空港は、仁川広域市西方の京畿湾に浮かぶ島、永宗島に建設されました。このため、島北東部と、陸側の西区獐島とを結ぶ長さ4420mの橋として2000年12月に開通したのが永宗大橋です。

 永宗大橋は、サムソングループ傘下のサムソン物産により、1995年に着工。世界初の3次元自定式つり橋で、仁川国際空港高速道路(6車線および4車線)とKORAIL空港鉄道が通り、橋の下を1万トン級の船舶が通過できる構造になっています。強風、地震、波浪対策も施されており、2001年には、日本の土木学会田中賞を韓国の建築として初めて受賞しました。ちなみに、田中賞は、1966年、社団法人土木学会が制定したもので、関東大震災後の首都の復興に際し、帝都復興院初代橋梁課長として永代橋や清洲橋を設計した田中豊博士にちなみ、橋梁・鋼構造工学での優れた業績に対して与えられる賞だそうです。

 さて、仁川気象台によると、事故直前のきのう午前9時の時点で仁川空港近隣の可視距離は600m程度だったそうですが、事故現場は空港から離れた海上の橋の上であったため、海上霧の影響で可視距離はわずか10m程度で、自動車の運転席からは、ほとんど何も見えなかったようすが車載カメラの映像などからも明らかになっています。

 まぁ、お天気が相手のことですから、今後も、永宗大橋の上で同様の事故が起きる可能性は十分にあるわけで、今回の事故を教訓として、今後は濃霧対策にも力を入れていただきたいものです。なんだかんだで、ほぼ毎年、ソウルに行っている僕としては、またこの橋を使う可能性が大いにあるわけですから、切にそう思います。

 なお、末筆ながら、今回の事故で亡くなられた方のご冥福を謹んでお祈りするとともに、負傷された方々の一日も早いご快癒をお祈りしております。


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 建国記念の日
2015-02-11 Wed 11:11
 私事で恐縮ですが、昨年末から郵趣サービス社のオンラインショップ“スタマガネット”で連載中のコラム「日ノ本切手美女かるた」が、読者の方からの反響が予想よりもはるかに大きいということで、急遽、『日の本切手美女かるた』の題名で書籍化が決まりました。刊行予定日は3月25日です。というわけで、今日(11日)は建国記念の日でもありますので、同書の事前プロモーションを兼ねて、記紀神話がらみの切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      新高額切手(10円)

 これは、1924年に発行された神功皇后の10円切手です。

 記紀神話に登場する神宮皇后の三韓征伐の物語は、皇后の夫、仲哀天皇が九州南部の豪族、熊襲を征討しようとした際に、シャーマンの術にすぐれていた皇后に「西の方に国有り。金銀を本と為て、目の炎耀く種種の珍しき寶、多に其の国に在り。吾今其の国を帰せ賜はむ」(西方に金銀財宝の豊かな国がある。それを服属させて与えよう)との神託が下ったところから始まります。

 ところが、天皇はこの神託を信じなかったため、神の怒りにふれて急死。そこで、天皇を葬った後、皇后が再び神意を問うと、さらに「この国は皇后の御腹に宿る御子が治めるべし」との託宣がありました。そこで、皇后は妊娠中でしたが、遠征中に出産とならないよう、卵形の美しい石を2個、腰のところにつけて呪いとし、出産を後らせることを願い、住吉三神を守り神として軍船を整えて新羅に遠征し、百済・高句麗ともどもこれを平定して凱旋。帰国後、無事に誉田別命(後の応神天皇)を出産しました。

 明治時代の『尋常小学国史』では、皇后の三韓征伐や、その後、百済から多くの人々が渡来して日本に学問・技術などを伝えたことは「神功皇后の御てがらに基づきしなり」と教えられていました。じっさい、1895年に日清戦争に勝利するまでの大日本帝国は、実際に自分たちが朝鮮半島を支配できるとは考えていなかったでしょうから、当初は神功皇后に関しても、三韓征伐の軍事的な成功というより、西方から富と技術をもたらした文明開化の先駆者というイメージの方が強かったのではないかと思います。

 1878年、イタリア出身のお雇い外国人、エドアルド・キヨッソーネは印刷局の女性職員をモデルに、紙幣の原画として西洋の貴婦人を思わせる容貌の神功皇后の肖像を描いていますが、当時の日本社会には、それを違和感なく受け入れる雰囲気がありました。じっさい、キヨッソーネの神功皇后像は好評で、明治10年代には何度も紙幣に採用されています。その後、明治20年代に入り、行き過ぎた欧化主義に対して国民の批判が強まると、彼女の肖像も紙幣から外され、菅原道真、武内宿禰、藤原鎌足、和気清麻呂など、歴史上の天皇の忠臣が紙幣に登場するようになりました。

 1908年、キヨッソーネによる神功皇后像は突如切手の顔として復活します。いわゆる旧高額切手です。

 すでに1905年、第2次日韓協約で韓国の外交権を接収し、韓国を保護国化していた日本は、1907年のハーグ密使事件(ハーグの万国平和会議に韓国皇帝の密使が現れて各国代表に韓国の独立を訴えた事件)を理由に韓国皇帝を退位させ、その内政権も手中に収めていました。

 神功皇后像が切手において復活したのも、こうした時代背景の下で、あらためて、伝説の三韓征伐のヒロインとしての彼女の存在にスポットライトがあてられたからと考えるのが自然でしょう。

 ところで、1923年9月の関東大震災で印刷局が罹災し、旧高額切手の原版が焼失したため、翌1924年12月1日、神功皇后という題材はそのままに、デザインを変更した“新高額切手”(今回ご紹介の切手です)が発行されました。

 ちなみに、新旧の高額切手のデザインでは、特に皇后の髪型が大きく異なっています。すなわち、旧高額切手では皇后は長い髪をそのまま垂らしていますが、新高額切手では髪を結いあげたスタイルです。これは、皇后が出征前にその成否を占った際、海水に髪を浸して髪が二つに割れるという吉兆が出たため、そのまま髪を結って船に乗り込んだという『日本書紀』神功皇后巻の記述に合わせたものです。また、肖像の周囲には、古墳の壁画などに見られる直弧紋と呼ばれる文様も配されています。

 こうした変更について、当時の逓信省は「考古学的考証を加えたため」と説明しましたが、単純なルックスという点でいえば、やはりキヨッソーネの原画による旧高額切手の方が美人じゃないでしょうかねぇ。もちろん、歴史的考証も大事ではありましょうが…。

 さて、以前の記事にも書きましたが、天孫降臨や神武東征などの記紀神話は、それがそのまま歴史的事実であるとは考えられません。ただし、そういうレベルでいえば、『聖書』の記述なんかも歴史的事実としては認めがたいわけで、欧米のキリスト教世界で(信じるか信じないかは別の問題として)『聖書』の物語をたしなみとして国民に教えているのであれば、わが国でも民族の物語としての記紀神話を日本人の大半が常識として共有しているのが本来の姿でしょう。

 したがって、僕に言わせれば、歴史の授業ではなく、国語の授業で、小学生のうちから徹底的に記紀神話を教え込むべきだと思うのですが、そういうことを言うと、左巻きの人たちは「戦前の皇国史観が大日本帝国の侵略戦争を支える役割を果たした」などと主張して反対するんでしょうな。困ったものです。

 
 なお、3月25日刊行予定の拙著『日の本切手美女かるた』では、神宮皇后については、旧高額切手を主役に取り上げました。実物ができあがりましたら、ぜひ、お手に取ってご覧いただけると幸いです。


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 世界の国々:ベラルーシ
2015-02-10 Tue 17:22
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2015年2月11日号が、先週刊行されました。僕が担当しているメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はベラルーシを取り上げています。その記事の中から、こんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

       ベラルーシ・ソ連混貼カバー

 これは、ベラルーシ独立宣言直後の1991年11月9日、ソ連切手とソ連切手に加刷した暫定切手が貼られたミンスク市内便(書留便)です。

  ドニエプル川中流域、現在の国名でいうとロシア・ベラルーシ・ウクライナにまたがる地域は、古来、ルーシと呼ばれていました。

 13-16世紀のモンゴルの支配を受けていた時代、ルーシの地には方角を色で呼ぶ語法が持ち込まれ、南部の赤ルーシ(現在のウクライナ西部)、西部の白ルーシ(現在のベラルーシ。狭義にはベラルーシ東部・ロシアとの隣接地域)、北部の黒ルーシ(モスクワ周辺)などの地名が生まれましたが、“白ルーシ”以外は、いつしか死語となりました。ちなみに、ベラルーシという国名は“白ロシア”を意味するベラルーシ語で、ロシア語をカタカナ表記にすると“ベロルシア”になります。

 このうち、白ルーシの地は長らくロシアとポーランドの両国が支配を争っていましたが、18世紀末、列強諸国によりポーランドが分割され消滅すると、ロシアの支配下に置かれます。そして、帝政ロシアの支配下で、ベラルーシは次第にロシアと同化していきました。

 1917年のロシア革命で帝政ロシアが崩壊すると、翌1918年3月、ベラルーシ人民共和国の樹立が宣言されましたが、同国はほどなく消滅し、1919年には白ロシア・ソヴィエト社会主義共和国(BSSR)が創設されます。
 
 その後、ポーランド・ソヴィエト戦争により、1920年、BSSRは東西に分割され、西部はポーランドに編入されました。一方、東部ではBSSRが存続し、1922年末に発足したソヴィエト社会主義共和国連邦(ソ連)に参加します。

 1939年9月、第二次大戦が勃発し、独ソ両国がポーランドを分割占領すると、これに伴い、西部ベラルーシはソ連に占領され、BSSRに編入されました。さらに、1941年6月、独ソ戦が勃発すると、ベラルーシはドイツ軍に占領されました。その後、住民の3分の1が犠牲になるという壮絶な戦いの末、1944年、ドイツ軍はベラルーシから撤退。1945年7-8月のポツダム会談の結果、ソ連=ポーランド国境は西に移動し、ベラルーシ全域がBSSRとしてソ連の一部となりました。

 ところが、1985年にソ連でペレストロイカ政策が始まり、翌1986年にはチェルノブイリ原発の事故でベラルーシが甚大な被害を被ったこともあり、ベラルーシでもモスクワからの自立を志向するナショナリズムが台頭。1988年にはベラルーシ人民戦線が結成されます。

 その後、1990年7月には、ベラルーシ共和国最高会議が国家主権宣言を行い、翌1991年8月、前年の国家主権宣言を“憲法的法律”とする立法が行われ、ベラルーシは、事実上、ソ連から独立しました。9月15日には国名が白ロシア・ソヴィエト社会主義共和国からベラルーシ共和国に変更されるとともに、新国旗・新国歌も採用されます。そして、同年12月8日、ベラルーシ最西部のベロヴェーシの森で、ロシア、ウクライナ、ベラルーシの三国首脳がソ連の解体に合意。同年末、ソ連が正式に消滅したことを受けて、ベラルーシも完全な独立国となりました。

 さて、『世界の切手コレクション』2月11日号の「世界の国々」では、帝政ロシア時代から現在のルカチェンコ政権にいたるベラルーシ近現代史の概説を中心に、幻に終わったベラルーシ人民共和国の不発行切手、民族衣装の切手、ナチス占領時代の加刷切手の使用例などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、本日発売の2月18日号(通常は水曜日発売なのですが、今週は祝日と重なるため、火曜日発売となりました)では、「世界の国々」はソロモン諸島を特集していますが、こちらについては、来週、このブログでもご紹介する予定です。 
  

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 ゴーギャンの絵画360億円に
2015-02-09 Mon 22:53
 ポール・ゴーギャンの絵画“Nafea Faa Ipoipo(ナファエ・ファア・イポイポ。以下、「いつ結婚するの?」”が、7日(現地時間。日本時間8日)、ニューヨークのオークションで、絵画史上最高額となる3億ドルで落札されました。落札者は非公開ですが、カタール王室関係者とみられています。なお、これまでの最高値は、同じくカタール王室関係者による、ポール・セザンヌの「カード遊びをする人々」(2億5000万ドル)でした。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      仏領オセアニア・ゴーギャン(いつ結婚するの?)

 これは、1953年に仏領オセアニア(現・仏領ポリネシア)に発行された航空切手で、今回、3億ドルで落札された「いつ結婚するの?」が取り上げられています。なお、切手の刷色は、実物とはかなり色が違っていますので、実物(を撮影した絵葉書)の写真も下に貼っておきましょう。

      ゴーギャン・いつ結婚するの?(原畫)

 「いつ結婚するの?」は、1891年4月から1893年6月までの、ゴーギャンの“第1次タヒチ滞在期”に制作された作品で、タイトルは、画面後ろの女性が、前面の前かがみの女性にかけた言葉だと言われています。なお、この作品は発表当初から評価が高く、1893年の帰国後、画商デュラン=リュエルのパリの画廊で開催されたゴーギャンの個展の出品作品中に、最高値の1500フランがついたそうです。

 なお、今回ご紹介の切手は、ネットのオークションだと、おおむね5000円前後の値段がついています。まぁ、安い切手とはいえないかもしれませんが、全く手の届かない稀品ということではなさそうです。その意味では、身近に美術を楽しむことができるのも、切手の魅力の一つといってもいいのかもしれません。


 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

       ミズーリの消印

 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は3月3日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

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 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 カノのアミール即位式
2015-02-08 Sun 22:33
 ナイジェリア北部最大の都市カノで、きのう(7日)、現地のアミール(首長)ムハンマド・サヌシ2世の即位式が盛大に執り行われたそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ナイジェリア・カノのモスク

 これは、1959年、英自治領時代のナイジェリアで発行された“カノの大モスク”(以下、大モスク)の切手です。

 現在のナイジェリア北部、サハラ南縁の地域は、西暦1000年頃から、ハウサ人によるハウサ諸王国の支配下に置かれていました。この地域は12世紀頃からイスラム化が進み、サハラ縦断貿易の要所として繁栄しましたが、1809年、ハウサ諸王国はフラニ帝国によって征服されてしまいます。

 19世紀後半から、ナイジェリアの地域に進出していった英国は、1885年までにオイル・リヴァーズ保護国を設置。さらに、1886年、ジョージ・トーブマン・ゴールディらによる貿易会社“王立ニジェール会社”を通じて本格的なナイジェリア支配を開始しました。なお、1893年には、オイル・リヴァーズ保護国はニジェール海岸保護国に改変されています。


 1901年、王立ニジェール会社は北部ナイジェリア保護領と南部ナイジェリア保護領の二つの保護領に再編成されました。その際、北部保護領では、ハウサ諸王朝の流れを汲む支配勢力(今回即位したカノのアミールもその一人です)や制度を温存して間接統治を行ったのに対して、南部では英当局による直接統治が行まれ、その結果、宗教的にはキリスト教徒が多数派を占めるようになりました。このため、 1914年には南北保護領を統合した英領ナイジェリア植民地が発足した後も、南北間ではさまざまな齟齬が生じることになりました。

 さて、イスラム過激派ボコ・ハラームによるテロ活動が活発化しているナイジェリアですが、なかでも、カノは彼らがさかんに攻撃を仕掛けている地域の一つです。すなわち、2012年1月20日には、ボコ・ハラームによるテロで治安要員ら少なくとも185人が殺害され、多数の負傷者が発生したほか、今回ご紹介の切手に取り上げられた大モスクでは、昨年(2014年)11月28日、金曜日の集団礼拝を狙った自爆テロ2件と銃乱射事件が発生しており、死者は少なくとも120人以上、負傷者は270人以上という大惨事になりました。

 昨年11月の事件は、サヌシ2世が大モスクでボコ・ハラームに対する自衛戦を宣言し、住民らに武器調達などを促していたことへの報復と見られています。このときは、サヌシ2世はモスク内にいなかったために難を逃れ、今回の即位式となったわけですが、現在なお、現地ではボコ・ハラームによるテロとの戦いが続いているわけで、サヌシ2世とカノの人々による自衛戦の今後に期待したいところですな。

 
 * 本日、東京・狛江のエコルマホールにて開催のイベント「みんなで絵手紙 見て、知って、書いて、楽しもう」は、無事、盛況のうち終了いたしました。ご参加いただきました皆様には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。


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 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 イベント「みんなで絵手紙」
2015-02-07 Sat 15:46
 このブログでもかねてご案内の通り、あす(8日)10:00-17:00、東京・狛江のエコルマホールにて「みんなで絵手紙 見て、知って、書いて、楽しもう」(主宰者サイトはこちら)が開催されます。僕も、13:30-14:15の時間帯で「切手と絵・手紙」と題して、トークを行う予定ですので、今日は、その予告編を兼ねて、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ドイツ・海軍艦船加刷葉書(裏)    ドイツ・海軍艦船加刷葉書

 これは、1898年3月23日、ドイツ占領下の中国・青島から差し出された葉書とその裏面です。普段の僕のブログですと、葉書の印面のある方を先に持ってくるのですが、今回は、あすの絵手紙イベントの告知を兼ねた記事ですので、絵が描かれている裏面を先に持ってきました。

 使われている葉書は、ドイツ海軍の艦船から乗務員が差し出すため、1897年7月に発行された専用はがき(当時のドイツ本国の外信葉書に“ Nur für Marine-Schiffsposten “と加刷したモノ)で、1898年3月27日付の青島(TSINTAN FORT)の消印が押されています。

 1897年11月、山東省鉅野県でドイツ人宣教師が殺害された事件を口実としてドイツは中国に出兵。膠州湾を占領し、翌1898年3月6日には清朝に対して青島を含む膠州湾一帯の99年租借と山東省内の鉄道敷設権・鉱山採掘権を清朝に認めさせました。したがって、今回ご紹介の葉書は、ドイツによる青島占領の初期に差し出されたものと言ってよいでしょう。

 裏面に描かれている絵は、ドイツの水兵が地元の女性と交歓している様子を描いたものです。葉書が書かれた3月23日の時点では、すでにドイツと清朝との交渉も終わり、戦闘は一段落していたため、ドイツ兵たちも中国の女性と遊ぶ余裕が生じたということなのでしょう。また、中国女性の服装や髪型、纏足などは、当時のドイツ人にとってはエキゾチシズムをそそられるものだったでしょうから、絵心があった差出人は、それらを、本国にも紹介したいと思ったのかもしれません。

 さて、明日のトークでは、“郵便物に絵を描くこと”の歴史を振り返りつつ、普段、絵手紙を楽しんでおられる方々に、切手や郵便制度にいままで以上に関心を向けていただくきっかけをご提供できればと考えております。なお、「みんなで絵手紙」のイベントは、僕のトーク以外にも、盛りだくさんのプログラムが用意されており、たっぷり一日お楽しみいただける内容となっておりますので、ぜひ、遊びに来ていただけると幸いです。


 ★★★ イベント「みんなで絵手紙」(2月8日)のご案内 ★★★

      狛江絵手紙チラシ・表     狛江絵手紙チラシ・裏

 2月8日(日) 10:00-17:00に東京・狛江のエコルマホールにて開催のイベント「みんなで絵手紙 見て、知って、書いて、楽しもう」のトークイベントに内藤陽介が登場します。内藤の出番は13:30-14:15。「切手と絵・手紙」と題してお話しする予定です。是非、遊びに来てください。主宰者サイトはこちら。画像をクリックしていただくと、チラシの拡大画像がごらんになれます。


 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

       ミズーリの消印

 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
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 ヤルタ会談の記念碑建立
2015-02-06 Fri 23:54
 第二次大戦末期のヤルタ会談から70年になるのを記念して、昨日(5日)、会談時の米英ソ三国首脳の記念碑が当時の会談場所の近くに設置されました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ロシア・ヤルタ会談

 これは、1995年にロシアで発行された第二次世界大戦勝利50周年の記念切手のうち、ヤルタ会談を取り上げた1枚で、世界地図を背景に、会談時に撮影された三国首脳(左から、英国のチャーチル、米国のローズヴェルト、ソ連のスターリン)の写真を組み合わせたコラージュのデザインとなっています。

 ヤルタ会談は、1945年2月4-11日、クリミア半島ヤルタのリヴァディア宮殿(旧ロシア皇帝ニコライ2世の離宮)で行われた米英ソの三国首脳会談で、第二次世界大戦後の処理について、米英4国によるドイツの分割統治やポーランドの国境策定、エストニア、ラトビア、リトアニアのバルト三国の処遇などが決められました。また、戦後の発足が議論されていた国際連合の投票方式について、英米仏中ソ連の5カ国(後の国際連合常任理事国メンバー)に拒否権を与えることも併せて決められています。

 対日戦争については、日露戦争で旧帝政ロシアが失った権益をソ連が回復することの代償として、ドイツ降伏後2-3ヶ月後を目途にソ連が日本に対して宣戦布告を行うことも正式に決定されました。これを根拠として、1945年8月、ソ連は日本に対して宣戦を布告して千島列島、樺太など不法に占領し、現在まで続く北方領土問題が起こることになりました。

 さて、今回、除幕式が行われた記念碑は、今回ご紹介の切手の元になった写真を再現したもので、高さ3.2m。10年前の階段60周年にあわせて、ロシアの彫刻家ツェレテリが制作していましたが、当時、ヤルタを統治していたウクライナがスターリン像の設置を拒否したため、その後お蔵入りの状態が続いていました。ところが、昨年3月、ロシアがクリミア併合を宣言し、ヤルタもロシアの実行支配下に置かれるようになったことで、今回の記念碑設置となったというわけです。

 当然のことながら、ウクライナは、ロシアによるクリミア併合そのものを認めていないという立場から、今回の記念碑設置にも反発しているわけですが、明日(7日)は北方領土の日でもあるわけですから、わが国の外務省も「記念碑は北方領土の不法占拠を正統化するもので、極めて遺憾である」くらいのことは言って然るべきでしょうな。


 ★★★ イベント「みんなで絵手紙」(2月8日)のご案内 ★★★

      狛江絵手紙チラシ・表     狛江絵手紙チラシ・裏

 2月8日(日) 10:00-17:00に東京・狛江のエコルマホールにて開催のイベント「みんなで絵手紙 見て、知って、書いて、楽しもう」のトークイベントに内藤陽介が登場します。内藤の出番は13:30-14:15。「切手と絵・手紙」と題してお話しする予定です。是非、遊びに来てください。主宰者サイトはこちら。画像をクリックしていただくと、チラシの拡大画像がごらんになれます。


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 最初の“前島密”切手
2015-02-05 Thu 22:43
 昨日(4日)は、日本の“郵便の父”と称される前島密が1835年2月4日(天保6年1月7日)に生まれてから、ちょうど180年の日でした。というわけで、1日おくれですが、前島密に絡めて、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      郵便創始50年(10銭)

 これは、1921年4月20日に発行された「郵便創始50年」の記念切手のうち、当時の逓信省の庁舎を描いた10銭切手で、敷地の一部に立っていた前島密の銅像もしっかり描かれています。その部分を拡大した画像を下に貼っておきましょう。

      郵便創始50年(10銭・部分)

 前島密の顔がきちんと識別できる前島切手としては、1927年発行の万国郵便連合加盟50年の記念切手が最初ですが、図案の一部に副次的要素として前島が登場する前島切手まで含めると、今回ご紹介のものが最初の切手となります。なお、前島本人は今回ご紹介の切手が発行される以前の1919年に亡くなっていますので、存命中の人物は切手に取り上げないという原則には適っています。

 さて、切手に取り上げられた逓信省の庁舎は、1910年3月、東京府京橋区木挽町(現在の中央区京橋)に完成したもので、地上3階・地下1階で総煉瓦造で、当時の東京府内では最大規模を誇る建物でした。

 前島の銅像は、1915年10月、彼の傘寿を記念して費用が集められ、翌1916年7月に序幕式が行われました。作者は新海竹太郎で、台座の設計者は伊藤忠太郎。地面よりの像の頂点までは6mの高さがあり、台座の表面には「男爵前島密君」の文字が、裏面には壽像記が、それぞれ、刻まれています。

 その後、1923年の関東大震災で逓信省庁舎が全焼したため、逓信博物館(当時は牛込見附内にありました)の玄関前に移設されます。戦争中は金属回収令により、あやうく回収され溶解されるところでしたが、終戦のために回収を免れ、逓信博物館の玄関前に横倒しのまま放置されていましたが、その後、新潟県上越市池部の前島記念館に移設され、現在に至っています。


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      狛江絵手紙チラシ・表     狛江絵手紙チラシ・裏

 2月8日(日) 10:00-17:00に東京・狛江のエコルマホールにて開催のイベント「みんなで絵手紙 見て、知って、書いて、楽しもう」のトークイベントに内藤陽介が登場します。内藤の出番は13:30-14:15。「切手と絵・手紙」と題してお話しする予定です。是非、遊びに来てください。主宰者サイトはこちら。画像をクリックしていただくと、チラシの拡大画像がごらんになれます。


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 世界の国々:ヴェトナム
2015-02-04 Wed 11:17
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2015年2月4日号が、先週刊行されました。僕が担当しているメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はヴェトナムを取り上げました。その記事の中から、この切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ヴェトナム・アオザイ

 これは、1997年にヴェトナムで発行されたアオザイの切手です。

 ヴェトナム人が正装として着用する民族衣装アオザイは、もともとは“長上着”の意味で、かつては官服として男性も着用していましたが、現在の日常生活で着用するのはほぼ女性に限られています。18世紀に清朝から移入された旗袍(チャイナドレスの原型)が起源で、上衣は前合わせの立襟で、足首にかかるほど丈は長く、深いスリットが入っています。これに合わせる下衣は、白い長ズボン(クワン)です。

 切手に取り上げられたような女性用の白いアオザイは伝統的に未婚女性用のもので、現在でも多くの高等学校では女子生徒の制服として採用されています。

 さて、『世界の切手コレクション』2月4日号の「世界の国々」では、第二次大戦後の独立宣言から第1次インドシナ戦争ヴェトナム戦争を経て統一ヴェトナムが誕生するまでの概要をまとめた長文コラムのほか、竹の繊維を使ったホーチミンの切手や“猫年”の年賀切手、民族的英雄のチュン姉妹や羅漢寺の切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、本日発売の2月11日号では、「世界の国々」はベラルーシを特集していますが、こちらについては、来週、このブログでもご紹介する予定です。 


 ★★★ イベント「みんなで絵手紙」(2月8日)のご案内 ★★★

      狛江絵手紙チラシ・表     狛江絵手紙チラシ・裏

 2月8日(日) 10:00-17:00に東京・狛江のエコルマホールにて開催のイベント「みんなで絵手紙 見て、知って、書いて、楽しもう」のトークイベントに内藤陽介が登場します。内藤の出番は13:30-14:15。「切手と絵・手紙」と題してお話しする予定です。是非、遊びに来てください。主宰者サイトはこちら。画像をクリックしていただくと、チラシの拡大画像がごらんになれます。


 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

       ミズーリの消印

 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は2月3日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『朝鮮戦争』好評発売中! ★★★ 

        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 独脚鬼
2015-02-03 Tue 11:30
 きょう(3日)は節分です。というわけで、“鬼”の切手の中から、拙著『朝鮮戦争』の重版を願って、韓国切手の中からこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      フンブとノルブ(独脚鬼)

 これは、1970年5月5日に韓国で発行された民話シリーズの「フンブとノルブ」のうち、物語の終盤、独脚鬼(トッケビ、도깨비)が出てきてノルブ夫婦を懲らしめる場面が描かれています。

 「フンブとノルブ」は、朝鮮王朝時代のハングル小説「興夫伝」をもとにした物語です。そのあらすじは、主人公のフンブは貧乏ではあるものの善良で、足を治してやった燕が恩返しとしてもたらした瓢箪の種を植えたところ、その実から財宝が出てきたのに対して、意地悪で欲深の兄・ノルブは、弟を真似ようとして故意に燕の足を折ったものの、燕のもたらした瓢箪の種から生じた実からは独脚鬼が出てきて身の破滅を招くというもので、日本でいえば、正直爺さんと意地悪爺さんを対比した“花さかじじい”や“こぶりじいさん”などに通じるものがあるかもしれません。

 物語に登場する独脚鬼は、朝鮮の伝統文化に登場する妖怪の一種で、本来は、一本脚の鬼です。民話に登場する場合には、いたずら好きで、好物の豚肉などをめぐって、人間に知恵比べや相撲での勝負を挑むものの、最終的に人間には勝てず肉も得られないというオチの内容が多いようです。また、精力絶倫で、独脚鬼と一緒になった女性は福をもたらされるものの、日に日にやつれていくとも言われています。

 なお、現在の韓国では、独脚鬼を1本足で描くことは少なく、2本足の化物として描かれることがほとんどです。この切手でも、瓢箪から出てくる独脚鬼は2本足です。なお、独脚鬼は砧(布をたたいて柔らかくし、同時につやを出すための道具)を持っているのが標準的な姿ですが、切手の独脚鬼が持っている棘つきの武器も砧の変形(実際の砧に棘がついていたら、布地が傷んでしまいますので…)なのでしょう。

 ところで、「フンブとノルブ」の物語では、独脚鬼に家を壊されて無一文になったノルブに対して、燕のもたらした財宝で豊かになった弟のフンブが救いの手を差し伸べるという結末になっています。最後の場面で、おのれの強欲を悔い、号泣する兄に対して、フンブは「お兄さん、これから、私の家で、一緒に暮らしましょう」といってノルブ夫婦を暖かく迎えるというわけです。朝鮮儒学の伝統的な華夷秩序の発想では、朝鮮が兄で日本が弟だそうですが、「フンブとノルブ」をみると、困ったときには弟が助けてくれるという意味で、日本を弟扱いしているのじゃないかと、ついつい勘ぐりたくなりますな。


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 岩のドームの郵便学(26)
2015-02-02 Mon 23:41
 『本のメルマガ』562号が先月25日に配信となりました。僕の連載「岩のドームの郵便学」では、1977-78年にエジプト以外の各国で発行された岩のドームの切手をご紹介する7回目。今回はこの切手を取りあげました。(画像はクリックで拡大されます)

      セネガル・パレスチナ支援

 これは、第一次中東戦争勃発から30周年にあわせて、1978年5月16日にセネガルが発行した“パレスチナにおける自由の戦士と殉難者の遺家族の福祉のために”の切手です。

 セネガル国民の90%以上はムスリムですが、1960年の独立を主導し、初代大統領に就任したレオポール・セダール・サンゴールは、かなりの程度に“フランス化”されたカトリックでした。

 サンゴールは1906年、ダカールの南東114キロの地点にあるジョアルの生まれ。ウィリアム・ポンティ高等師範学校(当時は、ダカールの東25キロのリュフィスクにありました)を経て、1928年、フランスに留学。ソルボンヌで学び、後に大統領となるジョルジュ・ポンピドゥらと親交を深めています。

 1935年からはパリの大学で教鞭をとっていましたが、第二次大戦が勃発すると、志願してフランス軍に入隊。ドイツ軍と戦って捕虜となり、釈放後も対独レジスタンスに関わりました。戦後はその実績をもとに大学に復帰。フランス語の詩人としても高く評価されています。宗教的にはカトリックであり、妻はフランス人でした。

 彼が参加していた仏領西アフリカおよび赤道アフリカにまたがる植民地横断の連合政党、“アフリカ民主連合(RDA:Rassemblement Démocratique Africain)”は、もともと、フランスからの完全独立ではなく、フランスによる同化政策を受け入れ、フランス連合内での権利の拡大を目指していた組織で、サンゴール本人も、政治的には共産党や急進民族主義者とは距離を置く穏健左派の立場です。

 独立後の政権与党であるセネガル社会党は“アフリカ社会主義”を掲げ、“ライシテ”(公共の場からの宗教的要素の徹底的な排除)を基盤とするフランス法体系を継承し、政教分離を旨とする世俗国家として国家建設を進めていました。

 ムスリム国家ともいうべきセネガルで、サンゴールとセネガル社会党が政権を獲得しえたのは、彼らが、宗教を否定するマルクス・レーニン主義と一線を画していたことに加え、いわゆるイスラム原理主義的な運動とも距離を置いていたという面があります。

 実は、セネガル国民の大半はムスリムではありますが、アラブ世界とは異なり、その主流となっているのはムリーディー教団およびティジャーニー教団というスーフィー教団です。

 セネガルにおけるスーフィー教団、特にムリーディー教団は、唯一絶対なるアッラーを信仰し、モスクで礼拝を行うという意味ではムスリムですが、その日常的な信仰のあり方は多分に土着の要素を含んでおり、聖者崇拝なども行われているほか、他の宗教や思想にはかなり寛容です。このため、いわゆる原理主義的なムスリムからは“(彼らの考える)純粋なイスラム”ではないとして、しばしば攻撃の対象となってきました。逆に言えば、スーフィー教団を基盤とする社会においては、原理主義的な思想傾向は受け入れられにくいということになります。

 こうしたこともあって、スーフィー教団の民衆に対する影響力に着目した為政者は、スーフィー教団を優遇することで民衆の不満を抑えて政権の安定をはかるとともに、スーフィー教団の側もその配下にある民衆の声を代弁して圧政を牽制するという構図ができあがりました。

 仏領時代のフランス植民地政府も、スーフィー教団を統治機構の枠組に取り込んでいましたが、そうした構造は、独立後のサンゴール政権下でも継承され、カトリックの信徒であるサンゴールもムリーディー教団の幹部と個人的な信頼関係を築いていました。

 1962年12月、首相のディアをクーデター未遂の容疑で拘束したサンゴールは、翌1963年の大統領選挙で再選を果たし、憲法を改正して大統領制を導入して一党体制を確立。1968年、1973年、1978年の選挙でも勝利を収め、1980年までの長期政権を維持していますが、この間、1963年には、トゥーバに大モスクが建立され、ながらく“荒野の中の聖地”だったトゥーバの本格的な開発が進むことになります。

 トゥーバはセネガル中部の都市で、ムリーディー教団の創始者であるアマドゥ・バンバの埋葬地として教団の“聖地”になっています。1976年まで、トゥーバには、セネガル政府の警察、税関、公教育、公立の診療所は存在せず、教団がそれらの行政サービスを担っていました。このため、関税の差益を利用して隣国ガンビアから密輸されたコメ、砂糖、小麦、茶などの商品(ガンビアの関税はセネガルに比べて低かった)がトゥーバの大市場にならび、セネガル政府の追及を逃れた犯罪者がトゥーバに逃げ込んで逮捕を免れるという事態が横行。トゥーバは、あたかも、半独立の様相を呈していました。

 サンゴール政権はこうした状況を黙認し、その代償として、ムリーディー教団は、選挙の際にはサンゴールに投票するよう信徒に指示を出して政権を支え続けました。こうした癒着関係の下、1978年の大統領選挙を控えた1976年にはトゥーバは通常の行政自治区とは別格の自治農村共同体の認定を受け、1977年には政府の支出により、大市場は冷蔵設備を備えた近代的な施設へと建て替えられています。

 ところで、セネガルは移民の送り出し国で、フランスやイタリアを中心としたヨーロッパ各地、アメリカ東海岸にはセネガル人のコミュニティが存在しています。彼らの中には、海外に出たことでオーソドックスなイスラムの教義・慣習に触れたことで、セネガルの土着化したイスラムのあり方や政府と教団の癒着に疑問を持つようになる者もあらわれるようになりました。このため、1970年代以降、ムリーディー教団は海外に“トゥーバのセリンの家”(セリンは教団指導者に対する尊称)を次々に建設し、土着の信仰・習慣の維持に努めています。

 特に、1976年、セネガルで複数政党制が復活すると、これに呼応して、保守的なイスラム色の強い政党が生まれ、(オーソドックスな)イスラムの教義に即したな社会改革を求める声もあがるようになりました。

 1978年2月に行われた大統領および議会の総選挙では、結果的に、サンゴールと彼の率いるセネガル社会党が圧勝しましたが、対立候補のアブドゥライ・ワッドは、国民の大半がムスリムであるという現実を踏まえ、建国の理念の一つであったライシテを修正し、イスラム教育の導入を訴え、17万4817票(有効投票數の17.8%)を得ています。これは、社会的に決して無視できる数字ではありません。ちなみに、ワッドは2000年の大統領選挙で当選し、2012年まで第3代セネガル大統領を務めましたが、この間、基本は親西側のリベラルな政策を取りつつも、イスラム教育の導入など、イスラム色の強い政策も実行しています。

 こうした状況を踏まえて、サンゴール政権としては、ライシテという国家の根本理念を掲げつつも、決して“イスラム”を軽んじているわけではなく、全世界のムスリムと連帯する意思があることを示す必要に迫られました。その際、“宗教”とは必ずしも直接的な関係のないパレスチナ問題は左派リベラル政権としても、比較的、扱いやすい題材だったのでしょう。

 かくして、建国以来、ライシテの原則を守って、国家の名において発行される切手においては、ほとんど、“イスラム”を感じさせる切手を発行してこなかったサンゴール政権は、1978年5月に、それまでの先例を覆すようなかたちで“岩のドーム”を大きく描く切手を発行したというわけです。


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 自由の日
2015-02-01 Sun 23:46
 今日(1日)は、1865年2月1日に米国大統領エイブラハム・リンカーンが奴隷制全廃を定めるアメリカ合衆国憲法修正第13条に署名したことにちなみ、米国では“自由の日”になっています。今年は、リンカーンの署名からちょうど150周年でもありますし、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      米・リンカーンの名言

 これは、1960年に米国で発行された“大統領の名言”シリーズのうち、リンカーンの名言である「他人の自由を否定する者は、自らも自由になる資格はない(Those who deny freedom to others deserve it not for themselves.)」を取り上げた1枚です。

 1859年、リンカーンはヘンリー・ピアース主催の トマス・ジェファーソンの誕生日を祝う会に招待されていたものの欠席することになり、4月6日、主催者のピアースに対してその旨を連絡する手紙を送ります。その際、彼はジェファーソンの理念や功績を称える文章を書きましたが、その一節として登場するのが、今回ご紹介した切手の名言です。米国型の民主主義に対する評価は人それぞれでしょうが、そうしたことを越えて、人類普遍の価値観を言い表した言葉であることは間違いないわけで、自由の日(National Freedom Day)にふさわしい一言ではないかと思います。

 さて、イスラム過激派組織“イスラム国”が、けさ(1日早朝)、拘束中のジャーナリスト・後藤健二さんを殺害したとする映像をインターネット上に投稿しました。この動画について日本政府は「信憑性は高い」とみており、事実であれば、まさに許し難い話で、彼らに対しては強い怒りを感じます。

 もちろん、イスラム世界の価値観においては、西洋式の“民主主義”と相いれない部分が少なからずあることは僕も理解しています。しかし、少なくとも、丸腰の民間人ジャーナリストを、いわば身代金目的で誘拐したうえ、最終的に殺害し、さらには、その様子をビデオで全世界に配信するということは、イスラムの教義とは全く無関係の犯罪行為です。誰がどう考えても、決して許容されるものではありません。

 今日ご紹介したリンカーンの言葉の通り、罪のない人々の自由を侵している連中(けっして“イスラム国”には限らないわけですが…)が好き勝手なことをやっていられる事態は、一日も早くピリオドが打たれなければなりませんね。あわせて、このたび非業の死を遂げられた後藤さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

 * 第6回テーマティク出品者の会切手展は、本日夕方、無事、終了いたしました。ご来場いただいた皆様ならびに関係者の方々に、この場をお借りしてお礼申し上げます。
    

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