内藤陽介 Yosuke NAITO
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World Wide Weblog
 年賀郵便の歴史
2016-01-31 Sun 15:17
 昨年の<JAPEX>に出品された吉田敬さんのコレクション『年賀郵便の歴史』の作品集が、1月20日付で無料世界切手カタログ・スタンペディア株式会社から刊行されました。(画像は表紙のイメージです)

      年賀郵便の歴史

 同書は吉田さんの8フレームのコレクションをオールカラーで採録したもので、巻末には、フレーム単位でのイメージがわかる縮小図版と作者自身による解説が掲載されています。なお、同書の刊行にあたって、『年賀切手』ならびに『年賀状の戦後史』の著者ということで、吉田さんから僕に序文の執筆依頼がありましたので、喜んでお引き受けいたしました。

 これまで、吉田さんご本人のブログで同書のことが触れられていなかったため、“大本営発表”の前に出しゃばったことをするのも良くないと思って、僕のブログで同書のことを話題にするのは自粛していたのですが、先週末、吉田さんからOKが出ましたので、同書のご紹介方々、以下、僕の序文を(一部タイポなど修正の上)転載いたします。

 (以下、転載)
 1970年代までの古典的な“郵便史”コレクションの中には、カバー類だけではなく、法令文書や絵葉書、新聞等の非郵趣マテリアルを補助的に使用して構成し、国際切手展で上位に入賞する作品(現在の郵便史系オープンクラスの作品のイメージに近い)が少なくなかった。

 それが、1980年代以降、“郵便史”のコレクションは、原則として、実際に逓送された郵趣マテリアルを用いて、経路・料金・郵便印の3要素を軸に作品を構成すべきという発想の転換が行われ、FIP(国際郵趣連盟)の審査基準もその前提から出発するものとして設定されていった。その結果、スタンダードな郵便史に対して、郵便史を構成する3要素のうちの郵便印に特化した分野が“マルコフィリー”となり、“郵便史”部門が成立する以前から行われていた“エアロ・フィラテリー(航空郵趣)”に関しては、例外的に、通常の郵便史作品では展示すべきではないとされる未使用切手を展示したり、伝統郵趣に倣って切手の製造面の分類などを加味した展示を行ったりしても、そのことをもってただちに減点されるわけではないという扱いになっていた。

 ところが、知的営為としてのフィラテリーの蓄積が、一般的な歴史研究や地域研究においても注目されるようになると、あまりにも禁欲的に経路・料金・郵便印の3要素にこだわった“郵便史”のコレクションは、マテリアルから読み取れるはずの情報量のごく一部にしかフォーカスを当てておらず、宝の持ち腐れではないかとの批判がフィラテリストに対して向けられるようになったという。

 そこで、従来型の“郵便史”コレクションのあり方は、それはそれとして尊重しつつも、より広い社会的・歴史的文脈の中で“郵便”を位置づけ、それを郵趣マテリアルによって再構成しても良いのではないかという発想から、国際展(および一部の国内展)では、“Historical, Social and Special Studies”と呼ばれるサブクラス(規則の番号上、“2C”と呼ばれているので、本稿でも、以下、その呼称を採用する)が導入されることになった。そして、そうした広い視野からの“郵便の歴史”を再構成するためには、2Cの作品においては、必要に応じて、未使用切手や非郵趣マテリアルも、少量であれば展示に用いて差し支えないとされている。

 もっとも、サブクラスの2Cは新設されて日も浅い分野ということもあって、実際には、どのような作品がそこに該当するのか、また、歴史(的事件)を主題としたテーマティク作品やオープンクラスの作品とどのようにちがうのか、さらには、そうした作品を、テーマティクやオープンクラスではなく、あえて郵便史部門に出品する必然性はどこにあるのか、といった諸問題については、いまだ明確なヴィジョンを示して展示された作品はきわめて少ない。そしてそれゆえ、多くのフィラテリストにとって、2Cの郵便史作品については、具体的なイメージがわきづらくなっているのが実情だ。

 本書に採録されている吉田敬の『年賀郵便の歴史』は、本人が意識しているか否かは別として、そうした2Cの郵便史作品として、わが国では先駆的な試みの一つとなっているように思われる。

 実際、吉田本人は「『年賀郵便の歴史』が高い評価を受けるなら、『暑中見舞郵便の歴史』『喪中郵便の歴史』『寒中見舞郵便の歴史』のように、次々と文面に焦点を当てた郵便史作品が作れてしまい、たいていの人が違和感を感じる…」と本書124頁で述べているが、FIPのルールブックによれば、2Cの対象範囲の中には、ヴァレンタイン・カードを含むグリーティング・カードや絵入り封筒等も含まれることが明記されており、“年賀郵便”という主題の設定は、その時代的な広がりや、日本社会における歴史的・社会的な重要性に照らして、まさしく、2C向きのものといってよい。

 特に、今回の吉田の作品においては、既存の郵便史作品にはほとんど見られなかった“経営”の視点が組み込まれているのが、実にユニークで興味深い。

 “(狭義の)郵便史”ではなく“郵便歴史”を考える場合、郵便事業者の経営状態についての考察は避けて通ることのできない問題である。このことは、たとえば、1840年にペニー・ブラックが発行されるまでの英国郵便史の展開における主要な出来事が、いずれも、ロイヤル・メールの経営上の諸問題と密接に結びついていることを想起すれば、容易に想像がつく。

 これまで、年賀郵便ないしは年賀状のコレクションというと、明治初期から、1年ずつ、毎年の年賀郵便をならべるだけという単調なものが多かったが、吉田は、そうした“因習”に異議を唱えるところから出発している。

 そして、日本の郵便事業にとって年賀郵便は最大のドル箱であるとの前提から、年賀郵便にも、郵便物取扱量の拡大により売り上げを増大させることに主眼を置いていた時期と、機械印の導入や消印の省略などの効率化によるコスト削減に主眼を置いていた時期が交互に訪れたというモデルを提示する。さらに、そうした循環の過程で、戦争や天皇の諒闇、インフレやマーケットの縮小など、年賀郵便にも事業存続のリスクに遭遇する時期があったことが示されている。

 こうした諸要素を組み合わせることで、近代以降の日本の歴史的・社会的な文脈の中で年賀郵便の位置づけを試みたからこそ、吉田の作品は、従来の“年賀郵便史”の枠を大きくこえる“年賀郵便歴史”を志向するものとして、<JAPEX>の展示会場でも独自の存在感を放っていた。

 もちろん、今回の吉田の作品は、視点の設定そのものが新たな試みであるだけに、作品の構成展開、テキストの叙述、そして、展示されているマテリアルの面でも、今後のブラッシュ・アップが必要な部分も少なくない。たとえば、作品の冒頭、プロローグとして展示されている江戸時代の書状のリーフには送達された年代が記されていないのはその一例である。作品の本編ではないとはいえ、この部分は、将来的には、年代の特定できるマテリアルに差し替えるか、あるいは、調査の上、年代を特定した結果を記すなどするのが望ましいのは言うまでもない。

 しかし、これまで「単純でつまらない」とおもわれていた年賀郵便について、新たな角度からのアプローチを試みた吉田の独創性は、率直に高い評価が与えられてしかるべきである。

 最後に、この吉田作品をたたき台として、いまだ黎明期にある2Cの郵便史に多くの日本人フィラテリストが関心を持ち、分野として発展していくようになることを願いつつ、擱筆することにする。
 (文中敬称略・転載終わり) 

 なお、同書はA4版140頁で本体定価3980円。入手方法などについては、こちらをご覧ください。


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 世界の国々:セントヴィンセント
2016-01-30 Sat 10:49
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年1月27日号が先週発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はセントヴィンセント・グレナディーンズの特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      セントヴィンセント・海島綿

 これは、1937年3月、英領時代のセントヴィンセントから米国ニュージャージー宛に差し出された、英軽巡洋艦ドラゴンの英領セントヴィンセント寄港記念カバーで、英領セントヴィンセントの海島綿(シー・アイランド・コットン)を宣伝する標語印が押されています。

 寄港記念のカバーが作られた軽巡洋艦ドラゴンは、1917年1月、グリーンノック造船所で起工し、同年12月29日進水。1918年8月に竣工しました。第二次大戦中の1943年には自由ポーランド海軍に貸与され、1944年6月7日、ノルマンディー上陸作戦において防波堤替わりに自沈処分となりました。

 さて、セントヴィンセントを含む西インド諸島での綿花栽培は16世紀末頃から始まり、1620年頃から定着しました。特に、この地域で生産される海島綿は高品質で知られ、1792年にトバゴ島からロンドンに持ち込まれた綿花は278番手の綿糸に紡出されて、通常の綿花の400倍もの高値がつきました。1903年、イギリス農務省は英領西インド諸島に最良品種のリバータイプの種子を導入。現在のセントヴィンセント・グレナディーンズの地域でも海島綿は重要な輸出産業として育成されました。今回ご紹介のカバーの標語印も、そうした事情から使用されたものです。

 さて、『世界の切手コレクション』1月27日号の「世界の国々」では、今回ご紹介したカバーのほか、この地域に残るフランスの支配時代の痕跡と、世界的なリゾート地として知られるマスティク島についての長文コラムのほか、現地の発電事情やハリケーンでの被災者救援の切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、僕が担当する「世界の国々」は、次回は1月27日発売の2月3日号でのアンティグア・バーブーダ(2回目)の特集になります。こちらについては、2月3日以降、このブログでもご紹介する予定です。


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 輸入ワイン、チリ産が首位に
2016-01-29 Fri 12:37
  財務省が、きのう(28日)、発表した貿易統計によると、ボトルワイン(スパークリングを除く)の輸入量のうちチリ産が前年比18%増の5万1593キロリットルとなり、フランス産の5万1519キロリットルを上回り、初めて首位になりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      チリ・ヴェンディミア

 これは、2008年にチリで発行された“ヴェンディミア”の切手です。

 ヴェンディミアは直訳すると“ブドウの収穫”の意味ですが、そこから、ブドウ収穫の祝祭も意味する言葉として用いられています。チリでは、地域により2-5月までブドウの収穫期に幅がありますが、ヴェンディミアが最も集中するのは3月の上旬。これに合わせて、各地で、美人コンテストのほか、今回ご紹介の切手に描かれているような、ボデガ(ワイナリー)対抗の足踏みによる葡萄の搾汁競争が行われます。この競争は、ブドウのケースを桶まで運ぶ者、舞台の上に設置された桶で葡萄を踏む者、搾汁を舞台奥の軽量器まで運ぶ者に分担して行われ、ボデガの名誉をかけ、より多くのジュースを搾るために全精力を傾けた戦いが展開されます。

 ちなみに、チリは、ヨーロッパ以外ではもっとも古くからワインが作られている国の一つで、最初のワインがつくられたのは1556年のことでした。19世紀後半にはヨーロッパのブドウが寄生虫フィロキセラの被害で全滅したのに対して、チリのブドウは難を逃れたため、チリのブドウこそがオリジナルのヨーロッパのブドウ品種ともいわれています。手ごろな価格というイメージが強いチリワインですが、ある意味、由緒正しいワインでもあったんですねぇ。


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 リサール記念碑
2016-01-28 Thu 11:51
 フィリピンご訪問中の天皇・皇后両陛下は、きのう(27日)、マニラ市内のリサール記念碑と無名戦士の墓を訪れ、供花されました。というわけで、リサール記念碑が描かれた切手の中からこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      フィリピン独立・1943年(17セント)

 これは、第二次大戦中の1943年10月1日、日本軍占領下でのフィリピン第2共和国の“独立”記念切手で、フィリピンの女性を中心に、リサール記念碑とフィリピン国旗が描かれています。

 ホセ・リサールは、スペイン統治時代のフィリピンで活動した独立運動の闘士でしたが、1896年、志半ばにして捕らえられ、銃殺されました。しかし、彼の遺志は人々に受け継がれ、現在でもフィリピン独立の英雄として尊敬を集めている人物です。

 リサールが処刑された翌年の1897年、フィリピンでは独立派によりフィリピン共和国(ビアクナバト共和国)の独立が宣言されます。ビアナバクト共和国は半年ほどで事実上崩壊しましたが、1898年には米西戦争が勃発。米国は独立派の支援を名目にフィリピンに出兵し、最終的に、フィリピンを併合して“友愛的同化”をスローガンとする植民地支配をスタートさせました。

 当然のことながら、スペインがいなくなれば独立できると思っていたフィリピン人は米国に抵抗し、米比戦争が勃発。こうした中で、フィリピン・ゲリラの討伐とあわせて、フィリピン人に対する懐柔策を取る必要から、1901年9月28日、米国のフィリピン群島政府は第243号法令を発し、マニラ市内に“スペインと戦った独立の志士 ホセ・リサール”の顕彰施設を建設するために公有地を提供することが決定され、その具体的な作業のために委員会が組織され、市民からの募金活動が開始されました。

 顕彰施設の核となる記念碑については、1905年から1907年にかけて、欧米の彫刻家を招いてのコンペが行われ、1908年1月8日、イタリアの彫刻家カルロス・ニコリのプランが1等に選ばれ、ニコリは賞金500万ペソを獲得しました。しかし、ニコリのプランは本体だけで高さ18m、台座を含めると30mの巨大なもので、実際の塩蔵は予算上の制約から不可能とされ、実際の記念碑には2等となったスイスの彫刻家、リチャード・キスリングのプランが採用されることになりました。

 最終的に記念碑が完成し、除幕式が行われたのは、リサールの命日にあたる1930年12月30日のことで、今回ご紹介の切手にみられるように、当時は背後に国旗掲揚のための支柱はありませんでした。

 ちなみに、リサールは、白人(スペイン人)の支配に抵抗して処刑された独立の志士というだけでなく、一時期、日本に滞在し、日本人女性の臼井勢似子と恋愛関係にあるなど、日本とも因縁浅から存在でした。このため、“日本を盟主とする大東亜共栄圏の建設”という大義名分でフィリピンを占領した日本軍にとっては、リサールは非常に使い勝手の良いシンボルだったわけで、当時、リサールには日本人の血が流れているとの噂(事実関係を言うと、リサールの家系は中国系とフィリピン人の混血)がまことしやかにささやかれていました。

 その後、リサールの生誕100年にあたる1961年には、記念碑本体の背後に、国旗掲揚のための金属の支柱が建てられ、現在の景観となりました。皇太子・同妃時代の両陛下がフィリピンをご訪問され、リサール記念碑に供花されたのは、その翌年の1962年のことです。

 この記事を書いていて気付いたのですが、今年(2016年)は、日本とフィリピンの国交60年というだけでなく、リサール生誕120年でもあるんですねぇ。これを機に、なにかフィリピンがらみの書籍が作れないかなぁ。ご興味をお持ちの編集者の方、ご連絡をお待ちしております。


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 ホロコースト犠牲者を想起する国際デー
2016-01-27 Wed 12:01
 きょう(27日)は、1945年1月27日にソ連軍によってアウシュヴィッツ収容所が解放されたことにちなみ、“ホロコースト犠牲者を想起する国際デー ”です。というわけで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ポーランド・アウシュヴィッツ葉書(1947年)

 これは、1947年6月にポーランドで発行された“オシフィエンチム(アウシュヴィッツのポーランド名)博物館開館”の記念葉書で、印面には、収容所のガス室で殺害された収容者のイメージが、左下には“ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)”のプレートが掲げられた第1収容所の門扉が取り上げられています。

 共産党政権時代のポーランドの公式の歴史観によれば、戦後のポーランド国家は、ソ連によるナチス・ドイツからの解放を経て樹立されたものであり、それゆえ、ソ連と戦ったナチス・ドイツが“絶対悪”であるということが大前提となっていました。その反面、ナチス・ドイツの絶対悪の象徴とされるユダヤ人迫害については、単純にこれを批難すればよいというわけにも行かない事情が彼らにはありました。

 そもそも、1939年9月にドイツに占領される以前のポーランドには、推定340万人のユダヤ人が居住していました。これに対して、ポーランド全土が解放された後の1945年5月16日の時点で、ポーランド国内で生存が確認されていたユダヤ人は7万4000人でした。その後、領土の変更に伴う移住や終戦に伴う兵士・捕虜の復員などで、ソ連から帰国する者などがあり、1946年6月末の時点で、ポーランド国内のユダヤ人口は25万5000人となりましたから、単純に考えると、帰国者は18万1000人という計算になります。ただし、戦前の340万人に比べると、25万5000人という数字はわずか7・5パーセントにすぎません。

 ところで、ユダヤ人の帰国が進行していくなかで、1945年6月、ジェシュフでユダヤ人の殺傷を含む反ユダヤ暴動(ポグロム)が発生。以後、ポーランド各地ではポグロムが頻発します。特に、1946年7月4日、ポーランド中心部のキェルツェで発生したポグロムでは、白昼、女性・子供を含む42人のユダヤ人が虐殺され、自分たちの生命・財産に対する物理的な恐怖を感じたユダヤ人はこぞって国外に脱出するようになります。

 戦後のポーランドでユダヤ人に対するポグロムが発生したベースには、戦前からポーランド社会に蔓延していた反ユダヤ主義的な風潮(たとえば、いわゆる“水晶の夜”事件は、一義的にはナチス・ドイツによる犯罪的な行為ですが、ポーランドによるユダヤ人の国籍剥奪と帰国拒否がきっかけになった面があったことは見逃せません)が、大戦を通じても、決して払拭されることがなかったということが挙げられます。

 じっさい、ポグロムの鎮圧を求める市民の声に対して「お前はユダヤ人を救いたいのか」と応じた警察幹部もいましたし、キェルツェでのポグロムの1週間後、ユダヤ人を殺害した犯人の一部に死刑判決が下されたというニュースを聞いたウッチ(ドイツ占領下でのリッツマンシュタット)の労働者は、ユダヤ人を殺しても罪に問われないと信じ込んでいたこともあり、実行犯の死刑判決に対する抗議のストライキを行っているほどです。

 さらに、こうした反ユダヤ感情に加えて、ドイツの占領下で強制収容所に追い立てられたユダヤ人の住居には、その後、近隣のポーランド人が住みついているケースも少なくありませんでしたから、そうした人々にとって、ユダヤ人の帰還は決して望ましいモノではありませんでした。

 いずれにせよ、ナチス・ドイツを打倒することで成立した(という建前の)親ソ政権にとっては、規模の大小こそあれ、本質的には彼らと変わらぬユダヤ人迫害・虐殺が国内で横行しているという事態は、ナチスが“絶対悪”であるという政権の正統性の根拠を根本から揺るがしかねないもので、ゆゆしき問題でした。

 こうした状況の中で、1946年5月25日、アウシュヴィッツ収容所の所長を務めていたヘスがワルシャワに移送され、ポーランド政府に身柄を引き渡されます。さらに、同年7月、キェルツェとクラクフで相次いでポグロムが発生すると、同月30日、ヘスはクラクフ・プワシュフ強制収容所の所長だったアーモン・ゲートらとともにクラクフへ移送されました。

 その後、クラクフでヘスの裁判が進行していく中で、ポーランド政府は、(事実上の)共産主義政権としては例外的に、ユダヤ人の国外への移住に“寛容”な態度をとり、ユダヤ人の出国を促すようになります。国民の反ユダヤ感情の原因となっているユダヤ人の存在を、物理的に除去してしまおうというわけです。

 この結果、1947年2月までに、ソ連からの帰国者の大多数に相当する16万人のユダヤ人が国外に脱出し、ポーランドのユダヤ人口は9万2000人にまで激減しました。

 そのうえで、同年4月2日、ポーランド最高人民裁判所がヘスに死刑判決を下します。そして、同月16日、ヘスは自分が大量のユダヤ人を虐殺したオシフィエンチム(アウシュヴィッツ)の地で絞首刑を執行されました。

 こうした前段階を経て、1947年6月14日、1940年にタルヌフからアウシュヴィッツに最初のポーランド系収容者が移送されてきた因縁の日を選んで、ナチスの蛮行を忘れないようにとの趣旨の下、旧収容所跡を国立博物館として保存することが正式に決定されます。今回ご紹介の葉書は、これに合わせて発行されたものです。

 このように、“民族的に統一されたポーランド”の政府は、反ユダヤ感情が国民の底流に流れ続けている中で、(ユダヤ人に対するホロコーストの象徴としての)アウシュヴィッツを糾弾するという矛盾に満ちた状況に、彼らなりの折り合いをつけようとしたわけですが、そのあたりの事情については、拙著『アウシュヴィッツの手紙』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 両陛下、フィリピンご訪問
2016-01-26 Tue 22:39
 日本とフィリピンの国交正常化60周年にあたり、天皇皇后両陛下が、きょう(26日)からフィリピンをご訪問なさっています。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      フィリピン・モンテンルパ監獄カバー

 これは、1952年1月、いわゆるB級戦犯としてフィリピン・モンテンルパのニュービリビット監獄に収監されていた横山静雄中将が差し出したカバーです。

 横山元中将は、1890年、福岡県生まれ。1912年5月、陸軍士官学校(24期)を卒業し、日中戦争では歩兵第2連隊長として出征。1942年6月、第8師団長に親補され、満洲の鶏寧県に駐屯していましたが、1944年12月、戦局の悪化に伴いフィリピンに派遣され、第41軍司令官として山岳地帯に籠り、持久戦を展開しながら終戦を迎えました。

 終戦後は、軍司令官という立場から戦犯容疑に問われ、1949年5月、銃殺刑の判決を受けています。なお、1946年7月4日、フィリピンが独立したことを受けて、1947年6月、フィリピンでの戦犯(容疑者)の身柄はフィリピン政府に移管されており、元中将もフィリピン政府によって収監されていました。

 元中将が銃殺刑の判決を受けたころ、フィリピンでは戦犯の処刑は一時休止されていたため、そのまま詩形から減刑されることを期待していた人たちも少なくありませんでした。ところが、1951年1月、突如、14名が絞首刑を執行され、“戦犯”たちは再び暗澹たる思いにとらわれるようになります。

 1952年4月28日、対日講和条約が発効し、フィリピンと日本の間で国交の樹立と賠償問題が政治日程に上るようになりましたが、“戦犯”たちの釈放のめどは立ちませんでした。こうした状況の中で、ニュービリビット監獄で教誨師を務めていた加賀尾秀忍は、死刑判決を受けて収監されていた代田銀太郎と伊藤正康の二人に歌を作ることを勧めました。こうして作られたのが、「あゝモンテンルパの夜は更けて」で、当時の人気歌手、渡辺はま子が歌って大ヒット曲となりました。

 今回ご紹介のカバーはこの時代のモノで、監獄の検閲を受けた後、そのことを示す円形の紫印が押されています。検閲印は色が薄くて読みにくいのですが、“BUREAU OF PRISON/ CENSORED/ MAILING CLERK”の文字があり、その上に担当者のサインがあります。

 ニュービリビット監獄での検閲を受けた後、元中将の手紙は新聞記者もしくは外務省の担当者に託されて日本国内に持ち込まれ、東京・市ヶ谷の引揚援護庁復員局に引き渡された後、“法務調査課 植木信吉”の名義で日本国内の名宛人に郵送されました。日本国内の郵便料金は復員局の負担です。

 この手紙が差し出されてから1年半後の1953年7月4日、フィリピン政府は収監中の日本人戦犯死刑囚全員を終身刑に減刑。これを受けて、同年12月、元中将も特赦によって帰国しています。

 ちなみに、「日本国とフィリピン共和国との間の賠償協定」が調印され、日本とフィリピンの戦争状態が正式に終結したのは、1956年5月9日のことで、今年はここから起算して60周年ということになります。


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 アウシュヴィッツを生き延びて112年
2016-01-25 Mon 11:43
 今月19日、それまで世界最高齢の男性とされていた名古屋市の小出保太郎さんが亡くなったことに伴い、アウシュヴィッツを生き延びた112歳のイスラエル人男性、イスラエル・クリスタルさん(1903年9月15日、ポーランド生まれ)が世界最高齢の男性になった可能性があることが、昨日(24日)までに明らかになりました。というわけで、きょうはクリスタルさんと同い年の人がアウシュヴィッツから差し出したカバーをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      アウシュヴィッツ封筒・15ペニヒ貼

 これは、1941年2月11日、アウシュヴィッツ収容所からヴァドヴィツェ(クラクフから50 kmの地点にある都市で、ローマ教皇ヨハネパウロ2世の出身地として有名)宛に差し出されたカバーです。封筒の書き込みによれば、差出人(収容者)の誕生日は1903年10月1日ですから、今回話題となったクリスタルさんの誕生日とは半月ちがいということになります。

 1940年に開設されたアウシュヴィッツ収容所では、収容者には、当初、専用の封筒と便箋が支給され、外部への通信用に用いられていました。しかし、1941年6月の独ソ戦勃発を経て、1942年1月のヴァンゼー会議で「ユダヤ人問題の最終解決」が決定されると、アウシュヴィッツに移送されてくる収容者の数は激増。これに伴い、おそらく収容者に対して封筒と便箋を別々に支給する製造および管理コストを効率化するため、1942年に入ると、収容者には封筒と便箋に代えて、厚手の用紙を使った専用葉書が支給され、使用されてるようになりました。

 収容者が郵便物を差し出す形式が封筒(と便箋)から葉書に切り替えられた正確な日時は不明ですが、すでに1942年2月上旬には葉書の使用も始まっていますので、今回ご紹介のカバーは、封筒(と便箋)の使用例としては、かなり遅い時期のものの一つと言ってよいかと思います。

 なお、封筒にはヒンデンブルグの15ペニヒ切手が貼られていますが、当時の郵便料金としては12ペニヒが正しく3ペニヒ過貼となります。封筒の左側に印刷されている規定によれば、外部から収容者宛の郵便物には12ペニヒ切手5枚しか同封できないことになっていますが、実際に収容者宛の郵便物に返信用としてその他の額面の切手が同封されていた場合には、収容所当局もそれらを使用することを黙認していました。今回ご紹介のカバーについても、差出人は差し入れの15ペニヒ切手をそのまま使ったモノと考えられます。
 
 なお、アウシュヴィッツの収容者が差し出した郵便物と、そこからみえてくる収容所内の生活については、拙著『アウシュヴィッツの手紙』でもいろいろご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 切手に見るソウルと韓国:申年の年賀状と切手
2016-01-24 Sun 10:40
 『東洋経済日報』1月22日号が発行されました。僕の月一連載「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、2016年最初の掲載ということで、こんなモノをご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・年賀(2016)

 これは、昨年(2015年)12月1日に韓国で発行された2016年用の年賀用切手つき封筒に年賀切手を貼り、年賀用の消印を押した郵便物の一部です。ソウル在住の友人、坂﨑基彦さんからお送りいただきました。坂﨑さん、ありがとうございます。

 さて、封筒の印面は、モミの木を背景に雪の結晶を掲げるサルが、切手にはセーターを着て木の枝に毛糸の靴下を吊るすサルが、それぞれ描かれています。韓国で正月といえば、1月1日ではなく、基本的には旧正月のソルラルですし、日本と比べてクリスチャンの人口比も桁違いに多いから、前年末に発行する“年賀切手”が、クリスマス・カードを送る場合にも兼用できるようなデザインになっているのも自然なことと言えましょう。

 なお、今回ご紹介の年賀切手には額面数字が入っておらず、“永遠郵票/国内規格25g”を意味するハングルが入っています。これは、この切手が、今後、料金の値上げがあっても、未来永劫、25gまでの国内宛定型書状料金用として使うことができるというものです。

 雪中のサルというと、日本では、温泉につかっているニホンザルを連想する人が多いでしょうが、おそらく、韓国人にはそういう発想はないのではないかと思います。

 意外に思われるかもしれませんが、現在のニホンザルの祖先は、30-50万年前の氷河期に朝鮮半島経由で日本列島に渡ってきたと考えられているにもかかわらず、現在の朝鮮半島には野生の猿は棲息していません。

 サル目の動物は、そのほとんどが熱帯に棲息しており、青森県の下北半島に住むニホンザルは“北限のサル”として有名ですが、単純に緯度の比較でいうと、下北半島は平壌よりもさらに北に位置しています。したがって、北緯38度線以南の韓国領内にサルが棲息していても不思議はなさそうなのですが、そうなっていないのは、植物相の違いが大きな要因とされています。

 もともと、サルは果実や柔らかい葉を主食としているため、降水量の多い地域(そうした地域の植物は水分を多く含んでいるため、柔らかい)が棲息地として適しています。この点、ニホンザルの生息域は、気温こそ低いものの、温帯としては珍しく、大量の降雪があるため湿度が高く、冬の間でも柔らかい土壌を掘り起こして草の根を餌とすることができるから、厳しい寒さの中でも生き続けることができました。

 これに対して、朝鮮半島は日本に比べるとはるかに乾燥していることに加え、朝鮮王朝時代に森林伐採が進んだこともあって、サルが棲息するには適さない環境でした。

 日本には野生のサルがいるのに、韓国にはいないのは、こうした理由によるのだそうです。

 当然のことながら、近代以前の朝鮮半島では、野生のサルを目にする機会がほとんどなかった以上、朝鮮半島の文化的な伝統においては、サルはあまりなじみのない動物です。たとえば、日本では、桃太郎や猿蟹合戦など、サルが登場する物語が珍しくありませんが、韓国の民話にサルが登場する例はほとんどないのは、そうした両国の差異を反映したものと考えてよいでしょう。

 切手に関しても事情は同じで、韓国の切手では、今回ご紹介したような年賀切手が12年に1度、申年に合わせて発行される以外には、サルを描く切手というのはほとんどありません。

 ちなみに、今回の年賀切手を発行するにあたって、韓国郵政が発表した報道資料によると、サルはスマートで敏捷な動物であるというイメージから、かつての韓国では、申年生まれの人は、①知性にあふれ、多才、②楽天的で活動的、③個人よりも集団を重視する傾向がある、とみられていたのだとか。

 そのうえで報道資料は、“ポジティヴなエネルギーと幸運を運んでくれる”サルの切手を貼って、年賀状を出してみてはどうかとの宣伝文句で結んでいます。


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 映画『サウルの息子』公開
2016-01-23 Sat 11:34
 昨年(2015年)の第68回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作品で、アウシュビッツ強制収容所を舞台に、ユダヤ人同胞の死体処理に従事するハンガリー出身のユダヤ人を描いた『サウルの息子』が、きょう(23日)から公開されます。というわけで、今日はこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      アウシュヴィッツ・叛乱跡地絵葉書

 これは、第二次大戦後の1948年、旧アウシュヴィッツ収容所跡を利用して開設されたオシフィエンチム博物館が制作した絵葉書で、アウシュヴィッツ収容所(ビルケナウ第2収容所)内で、ユダヤ人特務労働隊員(ゾンダーコマンド)がおこした叛乱後に作られた墓所が取り上げられています。なお、葉書のキャプションでは、叛乱は1943年に起こったとされていますが、ナチス・ドイツの強制収容所のうち、1943年に叛乱が起きたのは、トレブリンカ(8月2日)とソビブル(10月14日)であって、後述するように、映画の舞台ともなっているアウシュヴィッツでの叛乱は1944年の出来事です。

 もともと、アウシュヴィッツの収容所は主としてポーランド人の捕虜・政治犯を収容する施設として設けられ、その後、ドイツ占領地域のユダヤ人が移送されるようになります。ただし、ドイツの直接占領下にない枢軸国支配下のユダヤ人に関しては、1944年までは、かならずしも組織的な大量移送が行われていたわけではありません。

 第一次大戦でハプスブルク帝国が崩壊し、多くの領土を失ったハンガリーは、その失地回復を目指して枢軸陣営に加わっていました。ところが、1944年に入り、ドイツの敗色が濃厚になってくると、ハンガリー首相カーロイ・ミクローシュは極秘裏に連合国と休戦交渉を行ったものの、3月8日、これが露見。このため、同月19日、ドイツ軍はハンガリーを占領し、カーロイはトルコ大使館に亡命します。

 これに伴い、それまで移送を免れていたハンガリーのユダヤ人もアウシュヴィッツに送られることになり、ビルケナウでは5月までに本線から監視塔下の“死の門”まで至る引き込み線が作られました。この引き込み線を使って、ハンガリーから移送されてきたユダヤ人の第1・2便が到着したのが1944年5月2日のことで、その日のうちに、2698人がガス室で処刑されています。その後も、ハンガリーからアウシュヴィッツへの移送列車は1日平均4便が運行され、7月9日までに43万7402人のユダヤ系ハンガリー人がアウシュヴィッツに送られました。

 以前からの地域に加え、新たにハンガリーからも大量のユダヤ人が移送されてきたことで、アウシュヴィッツはフル稼働でユダヤ人の虐殺を進め、映画『サウルの息子』の主人公サウルのように、移送されてきたユダヤ人の中から選抜され、収容所側の補助業務を行うゾンダーコマンドも昼夜を分かたず、クレマトリウム(火葬場)での遺体の処理作業に追われる日々が続くことになります。

 しかし、さすがに秋口になると、ハンガリーから移送されてくるユダヤ人の数も少なくなってきました。これに対して、収容所に移送され、虐殺されるユダヤ人の数が減少すれば、いずれは自分たちが殺されることは明白と考えたゾンダーコマンドの一部は、座して死を待つより、収容所に対して叛乱を起こす途を選びました。この叛乱が、映画の一つの重要な題材となるわけです。

 さて、叛乱側は、遺体の処理には直接かかわっていなかった女性収容者が工場から火薬を盗み出すなどして準備を進めた後、10月7日、特務労働隊員はクレマトリウムIVで蜂起。警備にあたっていた親衛隊3名を殺害し、クレマトリウムの施設を破壊しました。

 この混乱に乗じて、数百名の収容者が脱走しましたが、叛乱はすぐに鎮圧され、その多くは捕えられ、殺されます。また、特務労働隊員は全員が殺され、火薬を持ち込んだ女性収容者4名は1945年1月6日、見せしめのため、収容者の見ている前で公開絞首刑となりました。その中のひとり、23歳のローザ・ロバータは、刑の執行に際して「強くなりましょう!勇気をもちましょう!」と叫んだと伝えられています。ちなみに、ビルケナウを含むアウシュヴィッツの収容所群は、ソ連軍により解放されたのは、それからわずか20日後、1月27日のことでした。

 なお、このあたりの事情については、拙著『アウシュヴィッツの手紙』でも、当時の郵便物や絵葉書などを使ってご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 49歳になりました。
2016-01-22 Fri 10:16
 私事ながら、本日(22日)をもって49歳になりました。「だからどうした」といわれればそれまでなのですが、せっかく年に1度のことですから、現時点で僕の手元にある“1月22日”関連のマテリアルのうち、最も年代の古いものをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ビショップ印カバー(1685)  ビショップ印カバー(日附部分)

 これは、1685年1月22日、イングランドのヘイスティングスからロンドンのブルームスバリー宛の郵便物です。差し出しの日付は内部の書き込み(右側の画像)によるもので、郵便史的には、到着時に押された1月25日付のビショップ印の方が重要なのですが、いずれ、1月22日付のビショップ印のカバーを入手できたらご紹介することにしたいと思います。ちなみに、宛先のブルームスバリー地区は、ビーフィーターをはじめとするロンドン・ドライ・ジンの発祥の地というのも、ジントニックが好きな僕としては嬉しいところです。

 英国での王政復古に伴い、1660年、クロムウェル時代の郵便長官だったジョン・サーローは解任され、ヘンリー・ビショップが年間2万1500ポンド、7年契約で郵便事業を請け負い、新長官に就任しました。ちなみに、当初、ビショップの任期は1660年6月25日からの予定でしたが、議会での郵便憲章の討議が遅れたため実際の任命は9月29日までずれ込んでいます。この間、制度の間隙を突くかたちで、一部の民間業者が郵便物を取り扱っていたことから、ビショップは、3ヵ月任命が遅れたことで500ポンド以上の損失が生じたと主張しています。

 郵便の官業独占を犯して民間業者が活動をしていた背景には、利用者側からすれば、官営郵便は値段の割に配達・輸送が遅いとの不満が根強くありました。じっさい、郵便長官に就任早々、ビショップは利用者から郵便の遅れについて多数のクレームを受けることになります。

 このため、ビショップは、さまざまな改善策を打ち出しました。

 たとえば、郵便の輸送手段を充実させるため、中継地点の郵便局に常駐させておく駅馬の拡充、郵便局間の距離を示す郵便地図の作成(実際に第1版の地図が完成したのは、ビショップ離職後の1669年のことでしたが)、宛先方面ごとの郵袋の活用、などです。

 しかし、彼が打ち出した改善策のうち、郵便史上、最も画期的だったのが、“ビショップ・マーク”と呼ばれる日付印を導入でした。

 ビショップ・マークは円形で、その中央から2分割して、アルファベット2文字の月の略称と日付を上下に配した構造になっています。ビショップは、郵便局に持ち込まれたすべての郵便物に、この日付印を押すことを義務付けました。押印場所は、原則として裏面です。

 日付印が押された後、郵便物は同じ場所に30分以上留め置いてはならず、4-9月は時速7マイル(約11・2キロ)、10―3月は時速5マイル(約8キロ)で次の拠点まで運ぶこととされ、その遵守が各地の郵便局長に徹底されました。

 日付印の導入により、担当者の怠慢で郵便物が郵便局に滞留した場合にはそのことが明らかになります。逆に、郵便はきちんと機能していたにもかかわらず、差出人が郵便を差し出しそびれていたり、使用人が受け取った手紙を主人に渡すのを忘れていたりするなど、利用者側に原因があるケースも、日付印を確認すれば確認することができます。

 ビショップ・マークは、1661年4月19日、ロンドンの中央郵便局使用されたのが最初で、順次、ダブリン、エディンバラ等の主要都市で使用されたほか、ニューヨークをはじめとする北米植民地やインドの郵便局でも使用されました。

 当初、ビショップ・マークの大きさは直径13ミリでしたが、1673年になると、直径13-14ミリと若干大きくなります。この時期の消印の表示は、今回ご紹介の郵便物のように、原則として、上段が月名、下段が日附となっていました。なお、当時の慣例で、日付印の表示ではJの代わりにI の文字が使われているため、このカバーにみられる“IA”とある月名の表示は、1月(January)の略号であるJA の意味になります。

 その後、1713年になって、日付印の大きさは14-20ミリとさらに大型になり、月名と日附の上下も逆転しますが、この形式のものは、1787年まで使用されました。

 なお、 昨年11月に刊行の拙著『英国郵便史 ペニー・ブラック物語』では、ビショップ印の歴史やビショップ印が押された郵便物などもいろいろご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。


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 世界の国々:ウルグアイ
2016-01-21 Thu 09:59
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年1月20日号が先週発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はウルグアイの特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ラプラタ沖海戦70年

 これは、2009年に発行されたラプラタ沖海戦70周年のシートで、英海軍の3船(上から、エイジャックス、アキリーズ、エクゼター)を描く切手が収められているほか、余白にはドイツ側の戦艦アドミラル・グラーフ・シュペーが描かれています。

 1939年9月1日、ドイツ軍がポーランドに侵攻して第二次欧州大戦が勃発すると、欧州から遠く離れたウルグアイは局外中立を宣言したものの、基本的には親英米の立場を取っていました。

 ところで、第二次大戦が勃発した当時のドイツの海軍力は英国に比べて劣っていたため、開戦後の1939年9月24日、ドイツは、戦艦アドミラル・グラーフ・シュペーならびにドイッチュラントを用いて大西洋ならびにインド洋で通商破壊戦を開始します。

 これに対して、英海軍は大西洋からインド洋にかけて5つの部隊を配備し、ドイツの通商破壊艦を捜索していました。その結果、アドミラル・グラーフ・シュペーが、ウルグアイとアルゼンチンの国境を流れるラプラタ川の河口沖合へ向かうと予測したイギリス海軍は、12月12日、エクゼター、エイジャックス、アキリーズを同地に集結させます。

 翌13日、英独両軍はほぼ同時に互いの存在を確認。まず、アドミラル・グラーフ・シュペーが、本国からの敵戦艦との交戦禁止命令を破って砲撃を開始すると、イギリス艦隊も応戦。その結果、アドミラル・グラーフ・シュペーの砲撃により、大きな損害を受けたエクゼターは後退しました。

 一方、アドミラル・グラーフ・シュペーも燃料系統に損傷を受けたため戦場を離脱し、翌14日、中立国ウルグアイの港であるモンテヴィデオに入港します。

 国際法では中立国の港に停泊できるのは原則として24時間以内ですが、その国の同意があれば期間の延長は可能でした。このため、ドイツ側は1週間の停泊を希望しましたが、ウルグアイは親英的中立の立場から、72時間しか停泊を認めませんでした。

 この間、英海軍は2隻の軽巡洋艦でラプラタ川河口を封鎖。フォークランド諸島から重巡洋艦カンバーランドを呼び寄せるとともに、空母を含む有力なイギリス艦隊が集結中とのニセ情報を流します。

 このため、退去期限の12月17日18時、アドミラル・グラーフ・シュペーはモンテヴィデオ港を出港しましたが、英国に拿捕されることを避けるため、ハンス・ラングスドルフ艦長は自沈を決断。艦長自身も2日後の19日に拳銃で自決。こうして、英国は、第二次大戦の勃発後はじめての勝利を収めました。

 さて、『世界の切手コレクション』1月20日号の「世界の国々」では、今回ご紹介したラプラタ沖海戦関連のマテリアルのほか、第1回サッカー・ワールドカップ関連のマテリアル、タンゴの名曲「ラ・クンパルシータ」、メリノウール、街頭のキャラメル売り紀宮清子内親王のウルグアイご訪問の切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、僕が担当する「世界の国々」は、次回は1月20日発売の1月27日号でのセントヴィンセント(3回目)の特集になります。こちらについては、来週以降、このブログでもご紹介する予定です。


 * 17日より東京・目白の切手の博物館で開催されていた第7回テーマティク出品者の会切手展は、昨日(20日)17:00、無事終了いたしました。ご参観いただきました皆様、ご出品者ならびにご尽力いただきました関係者の皆様には、この場を借りして、あらためてお礼申し上げます。

 ★★★ 講座のご案内 ★★★

 2月9日(火)から、毎月第2火曜の19時より、東京・竹橋の毎日文化センターで新講座「宗教で読む国際ニュース」がスタートします。都心で平日夜のコースですので、ぜひ、お勤め帰りに遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。


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       ペニーブラック表紙 2350円+税

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 世界最初の切手
 欲しくないですか/知りたくないですか

 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

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       アウシュヴィッツの手紙・表紙 2000円+税

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 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。

 出版元のサイトはこちら。各書店へのリンクもあります。

 インターネット放送「チャンネルくらら」にて、本書の内容をご紹介しております。よろしかったら、こちらをクリックしたご覧ください。


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 KEVIII
2016-01-20 Wed 11:31
 ウォリス・シンプソンとの“王冠を賭けた恋”によりわずか325日で退位した英国王エドワード8世が、1936年1月20日に即位してから、今日でちょうど80年です。というわけで、きょうはこの切手です。

      KEVIII(半ペニー)

 これは、1936年9月1日に発行されたエドワード8世の肖像を描く半ペニーの普通切手です。

 エドワード8世とウォリスとの関係は、エドワードが皇太子時代の1931年頃から始まっていましたが、ウォリスを夫のアーネストと離婚させて妃として迎え入れようとするエドワードに対しては、王室内外から強い反発がありました。

 1936年1月20日、ジョージ5世の死崩御に伴い、エドワードは独身のまま“エドワード8世”として王位を継承しましたが、その後もウォレスとの関係は継続。それどころか、ウォリスを“ただの友人”として扱おうとする王室関係者に反発したエドワードは、これ見よがしにウォリスと同年8-9月に王室所有のヨットで海外旅行に出かけたり、ペアルックのセーターで公の場に登場したりしたほか、パーティーの席上で、ウォリスの夫アーネストに対して「さっさと離婚しろ」などと恫喝した挙句に暴行を加えるなどといった騒ぎまで引き起こします。
 
 こうしたなかで、10月27日、ウォリスの離婚が成立。制度的にウォリスの結婚が可能となったエドワードは「私は愛する女性と結婚する固い決意でいる」というラジオ演説を行うべく準備を始めましたが、その内容に激怒したボールドウィン首相は「政府の助言なしにこのような演説をすれば、立憲君主制への重大違反となる」と国王に進言。1936年11月、国王の個人秘書のアレグザンダー・ハーティングを通じて、「王とシンプソン夫人との関係については、新聞はこれ以上沈黙を守り通すことはできない段階にあり、一度これが公の問題になれば総選挙は避けられず、しかも総選挙の争点は、国王個人の問題に集中し、個人としての王の問題はさらに王位、王制そのものに対する問題に発展する恐れがあります」という文書を手渡し、王位からの退位を迫りました。

 このため、国王は退位を決意し、12月10日、エドワード8世退位の詔勅と、弟のヨーク公がジョージ6世として即位することが正式に発表されました。ちなみに、生前、ジョージ5世は「自分が死ねば、1年以内にエドワードは破滅するだろう」と言い残していましたが、はたして、エドワード8世の在位期間は325日で終わってしまいました。

 1936年9月にエドワード8世の切手が発行されてから退位までの間はわずか3カ月しかありませんので、在位期間中の使用例で気の利いたものを探そうとするとかなり苦労します。僕の手元にも、何通か、エドワード8世の切手を貼ったカバーはあるのですが、いずれも退位後の使用例なので、いずれ、在位期間中のモノも手に入れなければ…と考えています。


 ★★★ 展示イベントのご案内 ★★★

 第7回テーマティク出品者の会切手展 1月17-20日(日ー水。ただし、18日は休館)
 於・切手の博物館(東京・目白)

 テーマティク出品者の会は、テーマティクならびにオープン・クラスでの競争展への出品を目指す収集家の集まりで、毎年、全国規模の切手展が開催される際には作品の合評会を行うほか、年に1度、切手展出品のリハーサルないしは活動成果の報告を兼ねて会としての切手展を開催しています。僕も、昨年の香港展に出品した香港の歴史のコレクションを展示します。入場は無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。(詳細はこちらをご覧ください)

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 アフリカ大陸の大きさ
2016-01-19 Tue 19:01
 南アフリカ共和国(以下、南ア)の大統領府は、きのう(18日)、「アフリカ大陸は世界最大」、「アフリカ大陸は全大陸を合わせた大きさをもつ」としたジェイコブ・ズマ大統領の昨年12月9日の発言を訂正する声明を発表しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      南ア・喜望峰発見500年(地図)

 これは、1988年に南アで発行された“喜望峰発見500年”の記念切手のうち、喜望峰“発見”後に作られた地図を取り上げた1枚で、アフリカ大陸が極端に大きく描かれているのが印象的です。ズマ大統領の脳内世界では、アフリカ地図というのはこんな感じだったんでしょうかね。まぁ、発言そのものはご愛嬌でしょうが、発言から6週間も経ってから訂正の声明が発表された背景には、いろいろな思惑があるということかもしれません。

 さて、喜望峰の“発見者”とされるバルテロメウ・ディアス(英語読みだとバーソロミュー・ディアス)は、1451年頃、ポルトガルの首都リスボン南部のアルグレイヴ地方で生まれました。ディアス家は代々、航海でポルトガル王室に仕える騎士の家柄で、バルトロメウ自身も、軍艦サン・クリストファー号の航海長を務めています。

 1486年、ポルトガル国王ジョアン2世は、ディアスに対して、アジアにいたる交易路を確保するとともに、アフリカにあるキリスト教徒の王、プレスター・ジョンの国を探し出し、友好関係を樹立せよとの命令。準備期間の後、1487年10月、ディアスひきいるポルトガル艦隊は、リスボンを出港しました。

 ディアスの船団は、まずコンゴ川の河口に向かい、そこから南下して、ウォルヴィス湾(現ナミビア領)に入港。さらに南下してポート・ノロス(現南ア領)付近に達しましたが、嵐に遭遇し、沖に流されてしまいます。このため、陸地に近づこうと東へ向かったものの、陸地に到達できなかったため、北上してみると西側に陸地が見えたとのこと。彼らは、漂流しているうちに、いつの間にかアフリカの南端を通過していたというわけです。

 その後、彼らは1488年2月3日にモッセル湾(ケープタウンとポート・エリザベスの中間より、やや西側の港町)に上陸。これが、後の歴史書に「ディアスのアフリカ南端到達」として記されることになる出来事となりました。ちなみに、モッセル・ベイという地名は、1601年にこの地に上陸したオランダ人航海士が、ムール貝(=mussel)が大量にとれることから命名したもので、ディアスとは直接の関係はありません。

 さらに、一行は海岸沿いにアガラス岬をまわり、このまま航海を進めればインドに到達できるとの見通しが立ったことで帰路につき、その途中で1488年5月に喜望峰を“発見”。同年末、リスボンに帰還します。当初、ディアスはリスボンへの帰途で発見した岬を“嵐の岬”と命名して国王ジョアン2世に報告しましたが、国王は、アフリカ南端を廻って東方への航路を拓いたことをいたく喜び、“喜望峰”と改名させました。これが、現在の喜望峰の名前の由来となります。

 今回ご紹介の切手は、ここから起算して500年になることを記念して発行されたもので、取り上げられてい地図は、ディアスの帰国翌年、1489年に制作されたものです。

 なお、ディアス以来の喜望峰の歴史については、拙著『喜望峰』でもいろいろとご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 アタリの番号は69と90
2016-01-18 Mon 11:11
 “平成28年お年玉付年賀はがき”の抽選会が、きのう(17日)、東京・東京丸の内のJPタワーで行われ、年賀小型シートの当選番号は69と90に決まりました。というわけで、例年どおり、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      年賀小型シート(2016)

 これは、きょう(18日)から引換が始まった今年(2016年)の年賀小型シートです。かつて成人の日が1月15日に固定されていた時代には、年賀はがきの抽選が成人式と並ぶ1月15日の風物詩となっていたわけですが、いわゆるハッピーマンデーの導入により、成人の日が1月の第2月曜日となったことで、その前提が大きく変わってしまい、抽選日も近年は1月後半の日曜日ということで毎年変わっています

 さて、今年の年賀切手のうち、小型シートに収められているのは、52円切手が大津絵十二支土鈴の“申”、82円切手が土佐和紙漆喰張り子“こだき申”です。

 大津絵は、滋賀県大津市で江戸時代初期から制作されていた民俗絵画で、東海道大津宿の名物として、東海道を旅する旅人たちの間の土産物・護符とされてきました。神仏や人物、動物をユーモラスなタッチで描き、風刺や教訓を詠んだ道歌を添えるスタイルとなっており、文化・文政期(1804- 1829年)には“大津絵十種”と呼ばれる代表的画題が確定。現在では、百余種の画題が作られています。また、大津絵の画題は、元唄・音曲・俗曲(大津絵節)、大津絵節にあわせて踊る大津絵踊りなど、他の民芸と結びつくことも多く、今回ご紹介の切手に取り上げられている大津絵十二支土鈴もそのひとつです。

 大津絵十二支土鈴は、大津絵の中から、十二支を取り上げているものを題材として、高田工芸(守山市)の髙田進が制作しているた郷土玩具です。高田は、京都の人形店勤めを経て、1971年に独立して栗東市で工房を開設。大津絵にこだわって独学で土人形作りを始めました。干支の政策は約40年前からで、大津絵師の4代目高橋松山の原画を基に十二支すべてをそろえた作品群は、1984年に日本観光協会長賞を受賞しています。1991年には工房を守山市に移転。現在は、高田が粘土で原型の人形を作ったものを職人が手分けして色付けや焼成などを行い、その作品は神社などで販売されています。

 切手に取り上げられた作品は、提灯と釣鐘を前後に吊るした天秤棒を担ぐサルの土鈴で、軽いはずの提灯が下がり、重い釣鐘が上がっているさまは、重んずべきものを軽んじ、道理が転倒している世の中を風刺する意図が込められているそうです。なお、滋賀県の郷土玩具・民芸品が年賀切手の題材となったのは、1984年および1992年の小幡人形(東近江市)以来、3例目です。

 一方、82円切手の題材となった土佐和紙漆喰張子は、越前和紙・美濃紙と並んで日本三大和紙のひとつとされる土佐和紙の中でも最高級の雁皮紙が使われており、張り子の中には、おめでたいといわれる無患子の実が入っています。

 今回の切手に取り上げられた“こだき申”は、高知出身の女流画家で郷土玩具も制作していた山本香泉(初代)が制作していた香泉人形の流れをくむ土人形です。初代香泉は1963年に72歳で亡くなり、長女が2代目を襲名。弟とともに香泉人形の制作をつづけましたが、彼女も亡くなり、1993年を最後に制作が途絶えていました。その後、土佐民芸社に譲られた型を用いて、2002年以降、草流舎の田村多美が雁皮紙や楮紙を用いた“土佐和紙”の張子として再現した作品の一つが、今回の切手に取り上げられた“こだき申”ということになります。

  ちなみに、田村の作品は、2012年の年賀切手にも土佐和紙雁皮張子の“龍”が取り上げられていますが、今回の切手の題材は“土佐和紙張子”となっており、雁皮の文字が抜けています。あるいは、今回の“こだき申”は、材料として、雁皮紙のみならず楮紙なども用いられているということなのかもしれません。

 なお、お年玉の小型シートの歴史や、年賀切手と切手に取り上げられた郷土玩具については、拙著『年賀状の戦後史』でも詳しくご説明しておりますので、この機会に、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。

 * 僕宛の今年の賀状の中では、荒木敏正・まゆみさん、一般社団法人・日本著作権教育研究会から頂戴した2通がアタリでした。この場をお借りして、お礼申し上げます。

 ** 昨晩、アクセスカウンターが161万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。


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 きょうからJTPC展です
2016-01-17 Sun 02:37
 きょう(17日)午後1時から、東京・目白の切手の博物館で第7回テーマティク出品者の会(JTPC:Japan Thematic Philatelists Club)の切手展がスタートします。今回は、花卉園芸を題材とした作品を御出品の嘉ノ海暁子さんの御尽力で、きょうと19日(火)の2日間、下のデザインのような小型印が使用されます。(以下、画像はクリックで拡大されます)

      JTPC切手展・小型印(2016)

 JTPCは、テーマティクならびにオープン・クラスでの競争切手展への出品を目指す収集家の集まりで、毎年、全国規模の切手展が開催される際には作品の合評会を行うほか、年に1度、切手展出品のリハーサルないしは活動成果の報告を兼ねて会としての切手展を開催しています。今回の展覧会は、昨年に続き7回目の開催で、本日午後3時頃からは、展示作品の解説も行います。入場は無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。(詳細はこちらをご覧ください)

 さて、今回のJTPC展には、僕も、昨年(2015年)11月に香港で開催された<HONG KONG 2015>に出品した“A History of Hong Kong”を展示しているのですが、その作品の中で、園芸品種の花に関連するマテリアルとして、以下のようなものも含まれています。

       文革・スローガンカバー(香港→台山)  

 これは、1966年9月19日、香港から中国・広東省の台山宛のカバーで、中国側に到着後、毛沢東(主義)をたたえるスローガンの印が押されています。このスローガン印の左側に、白抜きの“忠”の字のあるハートの下に、ヒマワリの花がデザインされているのがミソです。(下に、そのスローガン印の部分をトリミングして貼っておきます)

       文革スローガン・部分(香港→台山)

 中国大陸では、1958年の大躍進政策が惨憺たる失敗に終わり、その責任を取って毛沢東は国家主席を退き、劉少奇・鄧小平らによって経済再建が図られていました。しかし、これを社会主義建設の後退として巻き返しを狙う毛は、1966年5月、プロレタリアート文化大革命(以下、文革)を発動。同年8月10日には、文革についての初めての系統的な正式文書である「プロレタリアート文化大革命についての決定(通称:16ヶ条)」が採択され、さらに、9月には華僑への宣伝を担当する“文化宣伝隊”を設立されて、香港もその工作対象とされることになりました。

 このあたりの事情については、拙著『香港歴史漫郵記』でも詳しくご説明しておりますが、今日から開催のJTPC展に出品している僕の作品でも、文革が香港にもたらした影響についても2リーフ分のスペースを割いており、今回ご紹介のカバーのほかにも、いろいろと興味深いマテリアルの実物を展示しておりますので、ぜひご覧いただけると幸いです。
 

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 第7回テーマティク出品者の会切手展 1月17-20日(日ー水。ただし、18日は休館)
 於・切手の博物館(東京・目白)

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 “臺灣郵票”の復活なるか
2016-01-16 Sat 12:20
 台湾では、きょう(16日)、総統および立法院(国会)選挙の投開票が行われています。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      台湾・義民節(賽神豬)

 これは、2008年に台湾で発行された“義民節”の切手のうち、賽神豬を取り上げた1枚です。ちなみに、賽神豬は、義民節のメイン・イベントともいうべき行事で、太らせた豚の重さを競い、順位を付けた後に豚を屠って飾りつけをし、山車に載せて町を練り歩くというものです。

 1949年、台湾に逃げ込んだ中国国民政府(以下、国府)は“大陸反攻”を呼号し、みずからが中国を代表する正統政権であると主張していましたが、この“中国”政府は、福建省沿岸の小島を除くと、中央政府と地方政府である台湾省政府の管轄が同じという異常な構造になっていました。

 このため、台北への“遷都”早々、国府は台湾での“地方自治”を実施し、県・市長を公選として県議会を開設したものの、省主席は官選という体裁を取っていました。これは、中華民国総統(蒋介石)が住民によって直接選挙されないにも関わらず、台湾省主席が公選されるということになると、台湾の人々にとっては省主席が総統よりも権威をもつことになるためです。“中央”と“地方”がほぼ同じサイズである以上、蒋介石としては台湾における自己の権力基盤を維持するためにも、そうした事態は何としても避けなければならなりませんでした。

 こうした異常事態は、1996年3月23日に住民の直接投票による総統選挙(李登輝が当選)が実施されるとその根拠を失い、1997年の憲法改正では地方政府としての台湾省の機能が停止される(台湾の本土化)ことで、とりあえずは解消されます。

 こうした経緯を経て2000年の総統選挙で民主進歩党(民進党)の陳水扁が当選すると、2002年以降、中国ないしは中華の名称を台湾へと置き換え、台湾の存在を“中国の一部”から“中国(大陸)とは別個の地”に代えることを目標とする台湾正名運動が本格化することになります。

 その一環として、陳水扁政権2期目の2007年2月12日、台湾の郵政機関である中華郵政公司が台湾郵政公司に社名変更された。そして、これに伴い、同年2月28日に発行の“二・二八国家記念館”の記念切手から、切手上の国名表記も、それまでの“中華民國郵票/REPUBLIC OF CHINA”から“臺灣/TAIWAN”に変更されています。

 なお、“臺灣”表示の最初の切手の題材が、外省人による本省人抑圧の象徴ともいうべき二・二八事件を主題とする“二・二八国家記念館”であった背景には、野党・国民党の旧悪を指摘し、政権基盤を強化しようという政治的な思惑があったことは言うまでもありません。じっさい、同記念館の開館記念式典において、陳水扁は「政府はこれまで(二・二八事件の)被害者や家族に補償する一方、首謀者の責任は追及してこなかった。国民党は責任を台湾における共産党に押し付け、最近は役人の抑圧が民衆の反逆を引き起こしたと説明しているがこれも責任回避だ」と指摘し、国民党を批判しています。

 こうして発行されることになった“臺灣”表示の切手でしたが、“二・二八国家記念館”からおよそ1年後の2008年3月22日の総統選挙で、台湾独立を否定し、“中華民国”体制の現状維持を主張する国民党の馬英九が与党民進党の謝長廷・元行政院長を破って当選すると、再び見直しが検討されることになります。

 すでに、選挙期間中から馬は、切手上の国名表記を“臺灣”から“中華民國”に戻すことを公約の一つとして掲げていましたが、当選後は、5月20日の就任式にあわせて発行される予定だった“中華民國第十二代総統副総統就職紀念”の原画で、切手の国名表示が“臺灣”となっていたことに対して早速クレームをつけています。

 すなわち、就任式に先立つ4月8日、切手の原画を見せられた次期総統の馬と次期副総統の蕭萬長は、2007年の中華郵政公司から台湾郵政公司への社名変更に際しては、同公司設置の根拠法である「中華郵政公司条例」が改正されておらず、“台湾(郵政)”の名称で郵便事業を行うには疑義があると指摘。これを受けて、台湾郵政は就任式にあわせての切手発行を見合わせるとともに、馬・蕭とも相談の上、後日、“中華民國”表示の切手を発行することで両者の了解を得ました。

 一方、行政院発言人の謝志偉は「関係法令によれば、切手の発行には、台湾郵政が行政院に図案を送り査定を受ける必要がある。現時点では図案はまだ行政院に届けられておらず、図案が届けられてから行政院長の張俊雄が台湾郵政の文書や状況などから判断して最終的に決裁することになる」との趣旨のコメントを発表しましたが、同時に「彼らは選挙前には絶えず“台湾”と言っていたのに、選挙が終わった途端に“台湾”を用済みと捨てている。馬英九のこのようなやり方は、与野党両方の支持層をいたく悲しませるものだ」として馬・蕭に対する不快感をあらわにしています。

 結局、切手上の国名表記問題に関しては、新政権発足後の5月28日、交通部は、すでに“臺灣/TAIWAN”表示での印刷を終えていた切手はそのまま発行するものの、8月1日に台湾郵政公司の取締役会を開いたうえで、中華郵政公司への社名の再変更を決議し、8月20日に発行の“義民節”の切手(今回ご紹介の切手です)から“中華民國郵票”表示を復活させると発表。問題となっていた“中華民國第十二代総統副総統就職紀念”の切手も、9月12日、“中華民国郵票”との国名表示を入れて発行するということで決着しました。ただし、復活した“中華民國郵票”表示の切手も、ローマ字での国名表示に関してはかつての“REPUBLIC OF CHINA”がそのまま復活したわけではなく、“REPUBLIC OF CHINA (TAIWAN)”として台湾の本土化という現実を反映したものとなっています。

 ところで、“中華民國郵票”表示が復活した最初の切手の題材が“義民節”であるという点は注目しておきたいところです。

 清朝の時代、臺灣では、大陸から派遣された官吏に抵抗する民衆蜂起が何度か発生。その際、身長との戦いで命を落とした人々は“義民”として、各地の義民廟に祀られました。そうした義民の祭祀は、もともと、客家系の人々の間では旧暦11月9日に行われていましたが、後に、中元節の“中元普渡(衆生を済度する行事)”に合わせて旧暦7月20日に行われるようになり、これが、改められ、現在の義民節となっています。したがって、大陸の支配に対する先住民の抵抗をたたえるお祭りとしての義民節の切手をあえて選んで“中華民國”表示の切手を復活させた背景には、“台湾”の独立傾向は何が何でも封じ込めようという、強固な意志が感じられます。

 さて、今回の選挙では、総統選挙は台湾独立志向の最大野党・民進党、蔡英文候補の当選が確実視されています。台湾の将来は台湾の人々の意思によって決められるべきですが、歴史的に見ると、台湾が“中国”の一部というという主張には全く根拠がなく、台湾では、歴史上、中国大陸と同一の切手が使われたことさえなかったことは、このブログでも繰り返しご説明している通りで、その意味では、ぜひ、新総統には“臺灣”切手を復活させていただきたいものです。
 

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 アホウドリの産卵・孵化に成功
2016-01-15 Fri 22:26
 環境省と山階鳥類研究所は、きょう(15日)、国の特別天然記念物で絶滅危惧種のアホウドリについて、人為的な繁殖計画を進めている小笠原諸島・聟島で、1組のつがいが初めて産卵・孵化に成功したと発表しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      アホウドリ

 これは、1975年1月16日に発行された自然保護シリーズの“アホウドリ”の切手です。切手の原画は、鳥類を中心とした動物画で知られる薮内正幸が制作しました。

 アホウドリはミズナギドリ目アホウドリ科に分類される大型の海鳥で、翼を広げると2-3mにもなります。翼の先が黒く、くちばしはピンク色。成鳥は頭から首にかけて黄色で胴体は白色です。名前は、助走なしには飛び立てず、地上では鈍重で捕獲しやすいことに由来していますが、地上で鈍重なのは海鳥の一般的な特性でアホウドリに限ったことではありません。

 明治以前、アホウドリは日本近海に多数生息していましたが、明治以降、羽毛布団の原料として乱獲され、1887-1902年までの間に、鳥島(伊豆諸島)を借り受けた玉置半右衛門らによって約500万羽が殺されました。アホウドリ猟は、1902年の鳥島の噴火で島民全員が死亡したことで中断しますが、1927年に復活。1933年まで捕獲が続けられたものの、乱獲がたたり、1949年にはいったん、日本国内でのアホウドリの絶滅が宣言されましたが、1951年、鳥島にごく少数が生存しているところを再発見され、その後は保護の対象となり、鳥島と尖閣諸島が国内の繁殖地となっていました。

 しかし、鳥島は火山活動が起これば絶滅の危険性がありますし、中国による侵略の危機にさらされている尖閣諸島は軍事的な緊張状態にあることもあって、日本人スタッフによる継続調査が困難な状況が続いています。このため、環境省などは、2008年以降、70羽のひなを鳥島から聟島へ移送するなどして繁殖活動を進めてきました。

 今回、産卵・孵化に成功したつがいは、2008年に聟島に移送した雄と、尖閣諸島生まれとみられる雌のペアです。これまで、2012年から3年連続で孵化に失敗していましたが、今月9日に調査員が現地を訪れたところ、孵化後5-10日と見られるひなを確認し、今回の発表となりました。

 ときあたかも、きのう(14日)は、1895年1月14日に日本政府が尖閣諸島の日本領編入を閣議決定したことにちなむ“尖閣諸島開拓の日”でしたが、尖閣諸島が沖縄県に属する日本の領土であることを、あらためて内外にアピールするためにも、こうしたニュースはもっと大々的に報じられても良いのではないかと思います。


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 ジャスミン革命5周年
2016-01-14 Thu 11:39
 2011年1月14日、23年間独裁を続けていたテュニジアのベンアリ大統領がサウジアラビアに亡命し、いわゆるジャスミン革命が達せられてから、ちょうど5年になりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      テュニジア・青年革命(2011)

 これは、ベンアリ政権崩壊後間もない2011年3月25日、テュニジアで発行された“1月14日革命”の記念切手です。革命の名称については、日本を含む西側メディアなどでは、テュニジアを代表する花の名から“ジャスミン革命”という呼称が定着していますが、切手発行時のテュニジア郵政の報道資料では“1月14日革命”となっていました。

 ジャスミン革命の発端は、2010年12月17日、シディ・ブ・サイドで、露天商のモハメド・ブアジジに対して、販売の許可がないことを理由に地方役人が野菜と秤を没収、さらには役所の女性職員から侮辱を受けたという事件でした。その後、ブアジジは没収された秤の返還を求めたところ、賄賂を要求されたため、同日、抗議の焼身自殺を行います。その様子が、フェイスブックに投稿されたことで、アルジャジーラによって報じられることになり、長期独裁政権に対する不満が爆発。暴動・ストライキは急速に拡大し、2011年1月14日、ベンアリは政権は崩壊しました。

 ベンアリの亡命後、いったんはモハメド・ガンヌーシ首相が暫定大統領に就任しましたが、この就任には憲法上の問題があるとの指摘が出たため、翌15日、下院議長のフアド・メバザがあらためて暫定大統領に就任しました。

 メバザ暫定大統領は、ベンアリ政権崩壊の記念日として、毎年1月14日を“青年革命記念日”とすることを決定。今回ご紹介の切手では、これを受けて“青年革命(La Revolution des Jeunes)”との表示が入っています。

 その後、2011年10月23日に制憲議会選挙(定数217)が実施され、アンナハダ(イスラム政党・90議席)、共和国のための会議(中道左派・30議席)、エタカトル(社会民主主義・21議席)の3党による連立政権が成立。12月13日、共和国のための会議のムンセフ・マルズーキーが暫定大統領に就任しましたが、イスラム系政党による暫定政権と世俗政党を含む野党側との対立が激化し、議会が機能不全に陥ってしまいます。こうした中で、2013年、対立する与野党の仲介役として、最大労組のチュニジア労働総連盟(UGTT)や経営者団体の産業商業手工業連合、人権擁護連盟、全国弁護士会の4者によりテュニジア国民対話カルテットが結成され、その仲介により、制憲議会再開の道筋が整えられました。そして、2014年1月の新憲法制定、同年末の自由選挙によるカイドセブシ大統領が選出されました。その功績により、テュニジア国民対話カルテットが昨年度のノーベル平和賞を受賞したことは記憶に新しいところです。

 その反面、民主化の副作用として、軍・警察の力が制限されたことで、治安が悪化したほか、周辺諸国からイスラム過激派も流入しており、昨年(2015年)3月にはテュニスのバルドー美術館でテロリストによる銃乱射事件が発生。こうした治安の悪化は、主要産業である観光にも大きな打撃を与えており、“革命”の前途はまだまだ多難な状況が続いています。


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 岩のドームの郵便学(37)
2016-01-13 Wed 10:38
 ご報告が大変遅くなりましたが、『本のメルマガ』595号が先月25日に配信となりました。僕の連載「岩のドームの郵便学」では、今回は、1980年代初頭のモロッコについて取りあげました。その中から、この1枚をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      モロッコ・アラブ首脳会議(1981)

 これは、1981年11月25日、モロッコで発行された“第12回アラブ首脳会議”の記念切手です。

 1981年11月25-27日、モロッコのフェズで開催された第12回アラブ首脳会議の会期初日に、1978年に発行の“パレスチナにおける自由の戦士と殉難者の遺家族の福祉のために”の切手に記念の文字を加刷して発行された切手です。

 ハサン2世のモロッコ王制は対外強硬路線を取ることで国民の支持を集めていたため、パレスチナと西サハラを重要な政治的シンボルとして機能させており、その一環として、1978年には、今回ご紹介の切手の台切手となった“パレスチナにおける自由の戦士と殉難者の遺家族の福祉のために”の切手を発行しました。ただし、その後、1979-80年にはパレスチナ関連の切手は発行されておらず、やはり、アラブ首脳会議の開催国として、パレスチナ問題の討議を通じて自らの存在感をアピールしようという意図が、今回の記念切手からも垣間見えるといってよいでしょう。

 ところが、結論から言うと、第12回アラブ首脳会議は中途での閉会を余儀なくされるという、惨憺たる失敗に終わります。

 そもそもの発端は、会議の開催に先立ち、1981年8月7日、サウジアラビアの第1副首相だったファハド皇太子が発表した“中東和平8項目”にありました。

 ファハド提案の骨子は、①ヨルダン川西岸とガザ地区に東エルサレムを首都とするパレスチナ人国家を建設する、②パレスチナ以外の難民には帰還または賠償を行う、③この地域のいかなる国家にも平和に存続する権利を保証する、というもので、アラブ諸国はおおむねこれに賛同しましたが、アラブ連盟として、イスラエルとの単独和平に踏み切ったエジプトを“裏切り者”として1979年3月に加盟資格停止処分としてまだ日も浅いうちに、“いかなる国家にも平和に存続する権利を保証する”との一項により、事実上、イスラエルの存在を承認してしまうことには、抵抗感を示す国も少なくなくありませんでした。

 さらに、首脳会議を控えた10月6日、キャンプ・デービット合意の主役であったエジプト大統領のサダトが、第4次中東戦争の戦勝8周年記念式典で軍事パレードを閲兵中、イスラム過激派組織、ジハード団のハリド・イスランブリによって暗殺される事件が発生します。

 事件を起こしたジハード団は、1980年にエジプト国内の小規模な過激派組織が合同したことで結成され、イスラム法(シャリーア)以外の法を施行する為政者はムスリム(イスラム教徒)であろうと背教者であり、ジハードによって排除せねばならないと主張していました。当然、彼らの価値観からすると、シナイ半島奪還のためとはいえ、米国に接近し、イスラエルと和平を結んだサダトを“背教者”であり、非難されるべき存在だったわけですが、当時のイスラム過激派組織のターゲットが、外国人や異教徒ではなく、自国の不正な(ムスリムの)為政者に向いていたという点は記憶にとどめておいてよいでしょう。

 このため、エジプト以外のアラブ諸国でも、エジプトの事件に影響を受けた過激派組織によるテロの危険性が高まったと考えるのが当然で、国内の体制引き締めを優先させるという必要もあって、11月25日からのアラブ首脳会議には、そもそも、リビア、シリア、アルジェリア、イラク、スーダン、チュニジア、オマーンの各国が欠席します。

 さらに、会議での中心的な議題となったファハド提案についても、イスラエルの存在を事実上承認するという点で参加各国の合意が得られず、会議は途中で流会となってしまいました。

 ところが、翌1982年、レバノン内戦が激化するなかで、事態は大きく動くことになります。

 1975年以来、内戦状態になっていたレバノンでは、PLOが南部を拠点にイスラエル北部への越境攻撃を展開していました。このため、1982年6月、イスラエルはレバノン南部に点在するPLOの拠点を潰滅させ、彼らの対イスラエル攻撃を断念させるべく、“ガリラヤの平和”作戦を敢行。レバノ領内に侵攻し、7週間にわたってベイルートを包囲します。

 この結果、同年8月末までに、PLOはベイルートを撤退し、その本部はテュニスへと移転。米仏伊の多国籍軍がパレスチナ人ならびにムスリム市民保護のためベイルートに展開したほか、レバノン南部はイスラエルの占領下に置かれることになりました。

 PLOのベイルート撤退を受けて、9月1日、米国のレーガン大統領は“新たな出発”と題するパレスチナ和平案を提案し。レーガン提案の内容は、キャンプ・デーヴィッド合意をほぼ周到するものでしたが、占領地からのイスラエルの全面撤退とエルサレムの分割を明記していたこともあって、イスラエルは即座にこれを拒否します。

 一方、アラブ側も9月6-9日、あらためてフェズでの第12回首脳会議をやりなおし、ファハド提案の内容をほぼ踏襲した“フェズ提案”をアラブの平和統一案として採択しました。その内容は以下の通りです。

 (1)1967年に占領されたアラブ・エルサレムを含むアラブの全占領地からのイスラエルの撤退
 (2)1967年以降のアラブ占領地内におけるイスラエルの入植地の撤去
 (3)聖地におけるあらゆる信仰及び宗教的儀式の自由の保障
 (4)パレスチナ人の唯一正当な代表であるPLO指導下におけるパレスチナ人民の自決権及び永久に消滅することのない不可譲の民族的権利行使の確認並びに祖国への帰還を希望しないすべての者に対する補償
 (5)西岸及びガザ地区を数か月を限度とする暫定期間、国連の監督下に置くこと
 (6)エルサレムを首都とする独立パレスチナ国家の建設
 (7)国連安保理は、独立パレスチナ国家を含むすべての域内国家の平和を保障すること
 (8)国連安保理は、上記諸原則の尊重を保障すること

 フェズ提案は、(国連安保理が)すべての域内国家の平和を保障することとして、イスラエル国家の存在を事実上承認するもので、パレスチナ独立国家樹立などの基本的な主張は崩していないものの、レーガン提案を正面から否定してはおらず、和平への期待を高めるものでした。

 しかし、イスラエルは、こうした一連の動きを一蹴すべく、ベイルートに侵攻し、左派勢力の武装解除とPLO残存ゲリラの捜索に自ら着手。その過程で、9月16日から18日にかけて、少なくとも1000名以上の犠牲者を出したパレスチナ難民の大量虐殺事件が発生し、和平への期待は一挙にしぼんでいくことになります。


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 デヴィッド・ボウイ、亡くなる
2016-01-12 Tue 10:05
 英国の歌手デヴィッド・ボウイさん(以下、敬称略)が、現地時間の10日(日本時間11日)、がんのため亡くなりました。享年69歳。謹んでご冥福をお祈りします。というわけで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます) 

      英国・ジギースターダスト

 これは、2010年に英国が発行した“ロックの名盤”の切手のうち、デヴィッド・ボウイの代表作、『ジギー・スターダスト(The Rise And Fall Of Ziggy Stardust And The Spiders From Mars)』を取り上げた1枚です。“ロックの名盤”の切手は、ブリティッシュ・ロックの名盤とされる10枚を選び、それぞれのジャケットからレコードが飛び出しているスタイルの切手を型抜きしたシール式の切手で、取り上げられているアーティストとアルバムの原題、発表年は以下の通りです。

 The Rolling Stones  Let It Bleed 1969
 Led Zeppelin IV 1971
 David Bowie  The Rise And Fall Of Ziggy Stardust And The Spiders From Mars 1972
 Mike Oldfield Tubular Bells 1973
 The Clash London Calling 1979
 New Order Power, Corruption And Lies 1983
 Primal Scream Screamadelica 1991
 Pink Floyd The Division Bell 1994
 Blur Parklife 1994
 Coldplay A Rush Of Blood To The Head 2002

 さて、切手に取り上げられた『ジギー・スターダスト』は、デヴィッド・ボウイの5作目のアルバムとして1972年にリリースされました。すでに、1969年、映画『2001年宇宙の旅』をモチーフにして、アルバム『スペイス・オディティ』を制作し、アポロ11号の月面着陸に合わせてシングル「スペイス・オディティ」をリリースしてヒットさせていたボウイでしたが、『ジギー・スターダスト』では、ボウイ自らが異星からやってきた架空のスーパースター“ジギー”となり、ロック・スターとしての成功からその没落までの物語を楽曲によって描表現するというスタイルが採られています。このため、アルバムの原題にある“Ziggy Stardust” と“The Spiders From Mars”(ジギーのバックバンド)はそれぞれ固有名詞としてそのままカナ表記にすべきなのですが、発表当時は、そうしたアルバムのコンセプトがなかなか理解されなかったためか、日本で発売されたアルバムの邦題は、当初、すべてを直訳して『屈折する星屑の上昇と下降、そして火星から来た蜘蛛の群』というすさまじいものになっていました。

 アルバム『ジギー・スターダスト』では、ボウイは日本の歌舞伎を含むあらゆる大衆芸能の要素を取り込み、ステージでは山本寛斎の衣装や奇抜なメイクでパフォーマンスを行い、観客は、ボウイを虚像のスター“ジギー”として讃えるという設定となっていました。しかし、その人気が頂点に達したタイミングを見計らって、1973年7月、ボウイは“ジギー”を否定して引退を宣言し、ステージから姿を消すという演出をおこなっています。ちなみに、アルバムに収録されているラスト・ナンバーは“Rock'N'Roll Suicide (邦題:ロックン・ロールの自殺者)”です。

 切手に取り上げられているアルバム・ジャケットは、ロンドンの中心、サヴィル・ロウとリージェント・ストリートに挟まれた小道のハドン・ストリート(住居表示としてはHeddon Street 23)の風景で、近所には地下鉄のトテナム・コート・ロード駅周辺のストリート・ミュージシャンを見て、ボウイはジギー・スターダストの着想を得たそうです。なお、現在、ジャケットに描かれている場所には、その旨の銘板が掲げられてはいるものの、“K.WEST”の看板はなく、まったく別のレストランが営業しています。


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 成人後まもない頃の女王
2016-01-11 Mon 10:37
 きょう(11日)は“成人の日”です。というわけで、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ニュージーランド・シャロンヘッド(1864)

 これは、1864年にニュージーランドで発行されたシャロン・ヘッドの1ペニー切手です。

 ヴィクトリア女王は、英国王ジョージ3世の第4王子であるケント公エドワードの一人娘として、1819年5月24日に生まれました。出生時の皇位継承順位は第5位でしたが、1820年1月23日、生後8ヶ月にして父親のケント公が薨去し、さらに、同29日には国王ジョージ3世が崩御します。これを受けて、伯父の皇太子ジョージがジョージ4世として即位します。ジョージ4世は子のないまま、1830年6月26日、崩御。すでに、国王の次弟ヨーク公は1827年に亡くなっており、三弟クラレンス公ウィリアムがウィリアム4世として即位しましたが、この時点でウィリアム4世はすでに65歳の高齢で子がなく、ヴィクトリアは議会から“暫定王位継承者”に認定されます。

 その後、1837年5月24日にヴィクトリアは18歳になり、成人。その直後の同年6月20日、ウィリアム4世が崩御したことで、ヴィクトリアが18歳にして英国女王として即位することになりました。

 今回ご紹介の元になった肖像画は、ヴィクトリアの即位直後の1837年7月、英国議会の開会を宣言するため、女王として初めて公の場に姿を現した時の彼女を描いたもので、ジュネーヴ出身のアルフレッド・エドワード・シャロンが女王本人の依頼を受けて制作しました。ちなみに、ペニー・ブラックの元になった“ワイオンのメダル”は、1837年11月9日の女王のロンドン市庁舎訪問を記念して作られたものですから、肖像としてはシャロンの制作したものの方が、より、成人後早い時期のものということになります。

 さて、シャロンの肖像画は、1838年6月28日、ロイヤル・カズンズによって銅版画として刊行され、“女王の肖像画”として広く知られるようになりました。切手に採用されたのは、1851年4月9日に英領カナダ連合で発行された7.5ペンス切手が最初で、以後、いくつかの英領植民地でシャロンの肖像画をもとにした切手が発行されるようになります。

 ただし、シャロンの肖像画は女王の全身像を描いたものだったため、切手では、小さな印面に収まるよう、顔の部分を中心にトリミングされたデザインとなっているため、“シャロン・ヘッド”と呼ばれています。トリミングの割合としては、女王のネックレスから上の部分を中心にデザインを構成したものネックレスを含めてデザインしたものが多いのですが、今回ご紹介のニュージーランドでは、胸から上の部分を大きく取り上げています。

 さて、昨年11月に刊行の拙著『英国郵便史 ペニー・ブラック物語』では、成人後間もない18歳のヴィクトリア女王の肖像を取り上げた切手などを多数ご紹介しております。機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 第7回テーマティク出品者の会切手展 1月17-20日(日ー水。ただし、18日は休館)
 於・切手の博物館(東京・目白)

 テーマティク出品者の会は、テーマティクならびにオープン・クラスでの競争展への出品を目指す収集家の集まりで、毎年、全国規模の切手展が開催される際には作品の合評会を行うほか、年に1度、切手展出品のリハーサルないしは活動成果の報告を兼ねて会としての切手展を開催しています。僕も、昨年の香港展に出品した香港の歴史のコレクションを展示します。入場は無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。(詳細はこちらをご覧ください)

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       ペニーブラック表紙 2350円+税

 【出版元より】
 若く美しい女王の横顔に恋しよう!
 世界最初の切手
 欲しくないですか/知りたくないですか

 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

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 ヴォドゥンの大祭
2016-01-10 Sun 15:52
 きょう(10日)は、ヴォドゥン(ブードゥー教)の大祭の日です。というわけで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ベナン・ヘビ寺院

 これは、1963年、ダホメ(現ベナン)が発行した切手で、ダグン寺院の呪術医が描かれています。

 ヴォドゥンは、もともとは西アフリカのフォン人の言葉で“精霊”の意味で、太鼓を使った歌舞音曲や動物の生贄、シャーマンによる降霊などの儀式を伴う精霊信仰がその原型です。

 旧ダホメ王国は奴隷貿易を行っていましたが、その支配下からカリブ海地域へ送られたフォン人伝来の精霊信仰がカトリックと習合して成立したのが現在のヴォドゥンで、ハイチのマルーン(プランテーションからの逃亡奴隷)の指導者であったフランソワ・マッカンダルが発展させました。奴隷の信仰として、白人による弾圧を逃れる必要から、伝統的な精霊信仰に聖母マリアなどのキリスト教の聖人崇敬を組み込んでいるのが一つの特色となっています。

 今回ご紹介の切手のダグン寺院の所在地であるウィダーは、ベナン南部、大西洋に面した港町で、かつての奴隷貿易の拠点として、ここからヴォドゥンが世界各地に拡大したことから、ヴォドゥンの聖地とされており、毎年、多くの信徒が巡礼に訪れます。ダグン寺院はヘビを信仰の対象として祀っており、境内には無数の蛇が飼育されていますが、ヴォドゥンでは、ヘビは精霊の長とされるダンバラ・ウェドゥの化身とされているほか、旧約聖書に登場するモーセの奇跡で用いられている杖は蛇が長く伸びて固まったものと考えられています。

 1972年に発足したマチュー・ケレク政権(第1期)は、ベナン人民革命党の一党独裁による社会主義路線を推進したため、ヴォドゥンは冷遇されていましたが、民主化後の1992年、当時のソグロ政権が「(国境である)ヴォドゥンの権威を保ち、繁栄を願う」ためとして、1月10日の大祭を開催しました。以後、毎年、この日にはヴォドゥンの大祭が行われるようになり、今年の大祭で25回目の節目を迎えたということになります。


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 日本・シンガポール外交50周年開幕
2016-01-09 Sat 10:51
 今年(2016年)は日本とシンガポールの外交関係樹立50周年ということで、きょう(9日)から、シンガポール伊勢丹スコッツ店で、そのキックオフイベントとして日本の食文化や農林水産食品を紹介するグルメイベント“<技 Waza Enjoy Taste of Japan”Oishii” to your home>が開催されます。というわけで、両国関係に関するマテリアルの中から、この1点です。(画像はクリックで拡大されます)

      東京→シンガポールFFC(1968)

 これは、現在のシンガポール航空の前身にあたるマレーシア・シンガポール航空の東京=シンガポール間の初飛行カバー(FFC)です。

 1963年、マラヤ連邦(1957年に英国から独立)・英領シンガポール・同サバ・同サラワクが統合し、マレーシア国家が結成されると、英領時代の1947年に設立されたマラヤ航空(Malayan Airways Limited)もマレーシア航空(Malaysian Airways Limited)に改称されました。その後、1965年にシンガポールがマレーシアから分離独立すると、マレーシア航空はマレーシア・シンガポール両国政府の共同保有となり、1967年には社名も、今回ご紹介のFFCのマレーシア・シンガポール航空(Malaysia-Singapore Airlines Limited)と改称されています。

 その後、1マレーシア・シンガポール航空の両国共有は1971年4月に解消され、マレーシア側はマレーシア航空を、シンガポール側はシンガポール航空を設立し、現在に至るというわけです。

 さて、“シンガポールと日本の外交関係樹立50周年”の記念イベントとしては、記念切手の発行も計画されているのですが、現時点では発行日は未定となっています。仮に、7月の全日展にあわせての発行ということになれば、何か記念の展示も考えないといけないかもしれませんね。


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 コルベ神父の連帯ラベル
2016-01-08 Fri 13:31
 きょう(8日)は、アウシュヴィッツ収容所で殉教したカトリックの聖人、聖マキシミリアノ・コルベ神父の誕生日(1894年)です。というわけで、コルベ神父関連のマテリアルの中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      コルベ・連帯ラベル

 これは、ポーランドで非合法時代の“連帯”が作成したコルベ神父のプロパガンダ・ラベルです。

 1978年にローマ教皇となったヨハネ・パウロ2世は、翌1979年、祖国ポーランドを訪問しました。1979年は、ポーランドおよびクラクフの守護聖人、聖スタニスワフが1079年にポーランド王ボレスワフ2世によって殺害され、殉教してから900周年という節目の年にあたっており、教皇のポーランド訪問の背景には、スタニスワフを“道徳秩序の守護聖人”として、圧制者と戦った彼を称えることで、暗に、統一労働者党政権とその背後にいるソ連を批判する意図がありました。

 はたして、ヨハネ・パウロ2世の企図した通り、教皇の訪問を契機として、ポーランド国内のナショナリズムと反ソ感情は高揚。1980年7月、政府が発表した食糧品等の大幅値上げに反対し、グダニスク等のバルト海沿岸地方で労働者のストが発生し、これが全国に波及する勢いとなったため、政府とグダニスクの連合スト委員会の交渉が行われ、政府は、9月17日、ポーランドでは共産圏として初めて、共産党(ポーランドでは統一労働者党)の統制を受けない独立自主管理労働組合“連帯”の発足を認めざるを得なくまりました。

 当初、統一労働者党の目論見としては、党が政治、“連帯”が社会活動にそれぞれ専念するという分業を想定していましたが、“連帯”の組織は全国的に拡大し、レフ・ワレサ率いる指導部は政府との対立のなかでしだいに急進化します。

 これに対して、ソ連はポーランドに軍事介入する姿勢を見せるようになったため、1981年12月、ポーランド政府は戒厳令を発令。“連帯”幹部の大半が拘禁され、翌1982年10月には、“連帯”は非合法化されました。

 これに対して、逮捕を免れた“連帯”幹部は、1982年4月、地下組織として暫定委員会を結成し、1989年の民主化実現まで、抵抗を訴え続けます。

 ポーランド情勢の変化を受けて、1982年10月10日、教皇ヨハネ・パウロ2世は、急遽、アウシュヴィッツで殉教したコルベをカトリックの信徒として最高の栄誉である聖人に列しました。コルベの列聖に際しては、直接的に批判されているのは、彼を餓死刑で殺害したナチス・ドイツですが、暗に、“連帯”を非合法化したポーランド政府もナチス同様の存在であるとの批判が込められていたのは明らかでした。

 こうした背景の下で、非合法化された“連帯”が作成したのが、今回ご紹介のラベルです。

 “連帯”は、地下活動の一環としてさまざまな切手状のラベルを作成し、ソ連を批難したり、ポーランドの共産政権をナチスになぞらえたりするなどのプロパガンダを展開していましたが、今回ご紹介の1枚は「神と国家に忠実であれ(WIERNY BOGU I OJCZYNIE wierny bogu i ojczyznie)」との文言とともにコルベの肖像を取り上げており、コルベに仮託して、神と国家に忠実ではない共産党政権を批判する意図が示されています。

 なお、第二次大戦後の政治状況の中で、コルベやアウシュヴィッツがどのように語られてきたかという点については、拙著『アウシュヴィッツの手紙』でもご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 ジブチ、イランと断交
2016-01-07 Thu 11:36
 紅海に面した東アフリカの国、ジブチは、きのう(6日)、イランと断交した“サウジとの連帯を示す”ためとして、イランとの外交関係断絶を宣言しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ジブチ・海底ケーブル

 これは、1984年にジブチが発行した西欧=中東=東南アジア海底ケーブル建設の小型シートで、切手部分にはケーブル敷設船が、シートの余白にはケーブルの敷設ルートを示す地図が描かれています。この地図を見ていただくと、中継点として、ジブチ(DJIBOUTI)のみならず、サウジアラビアのジェッダ(JEDDAH)の場所も示されていますので、サウジとジブチの地理的な位置関係がよくわかると思います。

 さて、今回、“サウジとの連帯を示す”と主張しているジブチですが、じつは、今回の一件があるまで、サウジおよびアラブ首長国連邦(UAE)との関係は最悪の状態にあったことはあまり知られていません。

 ことの発端は、昨年(2015年)4月、UAEの軍用機が管制の許可を得ずに着陸したことにありました。その際、軍用機を出迎えにUAEの副領事が空港を訪ねたところ、居合わせたジブチ空軍の司令官と口論になり、司令官が副領事の顔を殴打するという暴力事件が発生。この件に激怒したUAEは在ジブチの領事館を閉鎖しただけでなく、開発支援のためにジブチに派遣していた湾岸協力会議のメンバーを引き揚げさせました。

 慌てたジブチ政府は、5月6日、たまたま東アフリカ歴訪中にジブチに立ち寄った米国のケリー国務長官に、事前に何らの根回しもなく、UAEとの関係改善のための仲介を依頼しましたが、当然のことながら、ケリー長官はこれを拒否。そこで、米国に代わる後ろ盾を必要としたジブチは、ケリー国務長官の出国後、「中国軍基地を新たにジブチ国内に設置すべく協議中だ」という発表して揺さぶりをかけました。

 問題がこじれる中で、域内大国のサウジアラビアは、ジブチ副大統領のサウジ入国ヴィザの申請を却下し、UAEを支持する立場を明らかにします。さらに、ジブチとサウジの関係が悪化したことを受けて、隣国のエリトリアがジブチに代わるアフリカ側の港湾拠点としての地位を獲得すべく、サウジに急接近。孤立したジブチは焦りを募らせていました。

 今回、ジブチが“サウジとの連帯を示すため”として、イランとの断交に踏み切った背景には、この一件を通じて、サウジならびにUAE(こちらもサウジに追随して、駐イラン大使の召還など“外交関係の格下げ”を行っています)との関係修復につなげたいという思惑があったことは明らかで、まさに、“敵の敵は味方”を地で行くような出来事といえそうです。

 ちなみに、ジブチには、ソマリア沖の海賊対策で派遣されている自衛隊の拠点(基地)がありますが、上述の中国軍基地の設置問題については、12月4日、中国海軍初の軍事拠点を建設することが正式に発表されています。この点についてのジブチ側の説明は、「日本の自衛隊は海賊から自国の利益や安全を守りたいと言っている。そして今、中国も自国の利益を守りたいと言っている。中国を歓迎する。」というものでした。

 まぁ、資源も産業もほとんどなく、諸外国からの援助と軍港や基地の使用料が国家財政を支えているという国ですからねぇ。これぐらいのしたたかな外交巧者でないと、やっていけないということなんでしょうな。


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 世界の国々:ニュージーランド
2016-01-06 Wed 11:07
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年1月6日号が先週発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はニュージーランドの特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ニュージーランド・キーウィ

 これは、1991年に発行されたキーウィの円形1ドル切手です。

 ニュージーランドの国鳥キーウィは、翼が退化して飛べない鳥で、名前は鳴き声に由来しています。夜行性で昼間は樹の洞などに隠れていますが、夕方以降、鋭敏な嗅覚によって餌を探し、地面にくちばしを差し込んで、地中にいるミミズや昆虫の幼虫、果実などを食べます。

 マオリの神話では、地中の虫によって食い荒らされている森の木々を救うため、自ら美しい羽毛と翼を捨て地上に降りてきたとされています。かつては天敵のいない環境で多数棲息していましたが、西洋人に伴って来島したネコやネズミに捕食されてしまい、個体数が減少。絶滅の危機にあります。

 さて、『世界の切手コレクション』1月6日号の「世界の国々」では、ジェームズ・クックの上陸と英領化ならびにラグビーのオールブラックスについての2本の長文コラムのほか、エグモント山マオリのモコ(刺青)ホーキーポーキー・アイスクリーム変更の可能性がある国旗の切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、僕が担当する「世界の国々」は、1週お休みをいただいて、次回は1月13日発売の2016年1月20日号でのウルグアイの特集になります。こちらについては、1月20日以降、このブログでもご紹介する予定です。


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 イランとサウジ、国交断絶
2016-01-05 Tue 10:51
 おととい(3日)、在イランのサウジアラビア大使館が暴徒の襲撃を受けたことを主な理由として、サウジアラビアがイランとの外交関係を断絶しました。さらに、きのう(4日)になって、サウジ外務省は、イランへの民間機の発着や国民のイラン渡航を禁止し、経済関係も断絶する考えを明らかにしました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      イラン・サウジ非難

 これは、1987年7月、イラン人のメッカ巡礼団とサウジの治安部隊が衝突し、イラン人巡礼者に死傷者が出たことを非難するイラン切手です。

 1979年のイラン・イスラム革命後、周辺アラブ諸国はイランによる“革命の輸出”を警戒し、ペルシャ湾を挟んで向かい合うサウジとイランの関係は緊張。サウジは革命の防波堤としてイランと戦うイラクを支援していました。1987年のメッカでの衝突事件は、こうした背景の下で起きたもので、事件後、イランは、イスラムの聖地を信徒の血で汚した不正なるイスラム体制としてサウジアラビアを激しく非難。これに対して、サウジ側は衝突事件で負傷した治安部隊の隊員がその後亡くなったことを理由に、イランとの国交を断絶しました。

 湾岸戦争終結後の1991年、両国はオマーンの仲介で国交を回復しましたが、その後も、たとえば、アフガニスタンでの内戦ではイランが反タリバンの北部同盟を、サウジがパキスタンとともにタリバンを支援するなど、各地の紛争では、しばしば、イランの勢力拡大を嫌うサウジがイランの支援を受けた勢力の敵対勢力を支援し、結果的に、両者の代理戦争ともいうべき状況が現出してきました。

 今回の国交断絶は、今月2日、サウジアラビア東部州出身で、反政府運動の精神的な支柱となっていたシーア派指導者ニムル・バーキル・ニムルを含む47人の死刑が執行されたことをサウジ外務省が発表したことから、翌3日、ニムルの死刑執行に抗議する市民が暴徒化し、テヘランのサウジ大使館、マシュハドのサウジ領事館を襲撃したことが直接の理由となっています。

 ニムルは、2011年に東部州で発生した抗議活動を扇動した容疑で2012年に拘束され、2014年に死刑判決を受けていましたが、この判決に関しては、シーア派国家としてのイランがサウジを非難していたほか、欧米諸国からも地域の宗派対立を煽るものとして懸念する声があがっていました。ただし、ニムルと同時に処刑された47人の大半はシーア派ではなく、スンナ派の過激派で、サウジ政府としても(ニムルがそれに該当するかどうかはともかく)テロリストに対しては厳しい姿勢で臨まなければならないという事情があるわけで、結果的にイランと対立することは承知しつつも、イランを挑発することが処刑の主たる目的ではないというのが実情でしょう。

 また、イラン政府も、サウジの外交施設を襲撃した暴徒を強制的に排除し、彼らを厳しく非難していますが、これは、過去のイラン政府が革命直後の学生による米国大使館占拠事件を称賛し、2011年の英国大使館襲撃事件では暴徒に対して寛容な態度をとっていたことと比べると、はるかにまともな対応です。ただ、大使館の襲撃というのは国交断絶の理由としては十分ですから、テロリストの処刑という国内問題への“内政干渉”を拒絶する意思を示すために、サウジとしては強硬姿勢を取らざるを得なかったという面があることも見逃せません。

 今回のサウジの対イラン断交を受けて、バーレーンとスーダンもイランとの断交を宣言し、アラブ首長国連邦(UAE)も駐イラン大使の召還など“外交関係の格下げ”を表明するなど、周辺諸国にも波紋は広がっていますが、現実の問題としては、おそらく、1988-91年の国交断絶の時と同じように、両国関係は“冷戦”状態がしばらく続くものの、すぐに直接的な衝突にいたるという可能性は低いのではないかと思います。それよりも、一連の騒動のそもそもの発端となったサウジ・東部州では、3日にも警察とデモ隊の衝突で犠牲者が出るなど緊張が高まっており、そちらの方がひょっとすると大事になるかもしれません。

 いずれにせよ、この問題はしばらくニュースを賑わすことになるでしょうから、このブログでも、折に触れて関連のマテリアルなどをご紹介していければ…と考えております。


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 年賀状の切手
2016-01-04 Mon 10:19
 例年のことですが、“郵便学者”という看板を掲げて生活している関係から、僕は毎年、年賀状には干支にちなんだ切手を取り上げることにしています。もっとも、ただ単に干支の切手を持ってくるだけではつまらないので、①できるだけ他の人が使いそうにないモノ、②その年の仕事の予告編になりそうなモノ、③可能な限り、干支を取り上げた年賀切手は除く、という基準で選んでいます。きょう(4日)は仕事始めでオフィスで僕の年賀状をご覧になるという方もあると思いますので、今回の年賀状の切手について簡単にご説明いたします。(画像はクリックで拡大されます)

      ソ連・モスクワ動物園120年

 これは、1984年2月16日にソ連が発行した“モスクワ動物園120年”の記念切手のうち、マンドリルを描いた1枚です。

 元日のご挨拶でも少し触れましたが、今年は1956年の日ソ国交回復から60年という節目の年でもありますので、昨年11月に刊行した『アウシュヴィッツの手紙』の姉妹編として、秋にはシベリア抑留を題材とした本を作りたいと考えております。また、越年してしまった宿題としてのユダヤ本についても、ロシア・ソ連は重要な要素となることは確実なので、ソ連時代の切手の中から、最もインパクトのある猿ネタということで、この切手を持ってきました。

 さて、切手発行の名目となったモスクワ動物園は、1864年、帝国動物・植物環境順化ロシア協会として開園したロシア最古の動物園です。通りを挟んで旧園と新園(1927年開園)に分かれており、開園時には、ロシア国内に生息する動物のほか、皇帝アレクサンドル2世から寄贈されたインドゾウや皇族のコンスタンチン・ロマノフ公から寄贈されたサイなど、家畜134種類、野生動物と鳥類153種類、爬虫類7種類が飼育されていました。

 モスクワ動物園は、1941-45年の独ソ戦の最中でも休園せずに営業を続け、600万人以上の来場者を集めています。この間、園内に焼夷弾が落下した際には、職員が動物たちの側から離れず、自宅から持ち出した毛布などで割れた窓ガラスをふさいだり、脅える動物たちをなだめたりしたという英雄譚も伝えられています。

 なお、例によって、年賀状の投函は年末ぎりぎりになってしまいましたので、まだお手元に届いていない方もあるかと思います。(ちなみに、拙宅には、明らかに昨年の御用納め以前に投函されたと思しき、オフィスからの年賀状が昨日の夕方にも何通か届きました)

 早々に賀状をお送りいただきながら、僕の賀状がまだ届いていないという方々におかれましては、今しばらくお待ちいただきますよう、伏してお願い申し上げます。


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 切手歳時記:栃の木と老猿
2016-01-03 Sun 10:02
 公益財団法人・通信文化協会の雑誌『通信文化』2016年1月号ができあがりました。今回は新年号ですから、僕の連載「切手歳時記」も、干支にちなんで、猿切手の中からこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      老猿

 これは、1983年3月10日に発行された近代美術シリーズ第16集のうち、「老猿」の切手です。

 1892年の春、彫刻家の高村光雲は、農商務省から、翌年のシカゴ万国博覧会への出品の依頼を引き受けます。

 光雲は、以前、高級木材である栃を用いてオウムの彫刻を作り、それが宮内省お買い上げとなった経験がありました。そこで、シカゴ博覧会の出品も栃で白猿を作ろうと思いつき、さっそく、神田南乗物町(現在の千代田区鍛治町1)の材木屋を訪ねてみると、材木屋は「栃木県の山中に栃の良材があるのだが、東京までの運搬コストがかかりすぎて商売にならない」とのこと。そこで、光雲は友人で軍人の後藤貞行を伴い、まだ寒さの残る3月のある日、材木の買い出しに出かけます。

 宇都宮を経て鹿沼の村はずれまで来た一行は、栃の木がある山中の発光路まで人力車を頼もうとしたものの、車夫たちは誰もしり込みして行きたがりません。

 やむなく、険しい山道を苦心惨憺して進み、材木を売るという長谷川栄次郎なる人物とようやく接触。長谷川は、直径七尺以上の栃の巨木は崖に生えていて、一本3円だといいます。東京の相場からするとタダ同然でしたから、光雲は早速購入を決めましたが、その後、宿の者には“ぼったくり”だと笑われてしまいました。

 この地域では、かつては穀物が取れないため、栃の実で餅を作って主食にしていました。ところが、足尾銅山の開発に伴い、人々は現金収入の機会を得て穀物を買うようになったっため、栃餅はすたれ、栃の木は場所ふさぎの厄介者となっていました。だから、わざわざ東京から土地を買いに来るなんて、なんて物好きな…と話題になっていたのだというのです。

 さて、次なる問題は材木の運搬でした。

 長谷川の目論見では、5月までには発行路から光雲の仕事場がある浅草の花川戸岸に運べるだろうということで、光雲は運賃30円、さらに木を切り出す費用として10円、計40円の半額の20円を手付金として長谷川に渡して帰京し、そのまま到着を待ち続けます。

 ところが、約束の五月になっても材木は到着しません。

 これは、丸太のままであれば材木を転がして運べたものを、長谷川が丸太を半分に割ってしまったため、かえって運搬に人手と時間がかかったことが最大の理由でした。さらに、途中、材木の通路にあたる畑の持ち主をなだめるため、地元の学校・生徒に学用品を配って懐柔しなければならなくなったり、運搬のために小川に架かる橋を壊さなければならなくなったりして、結局、材木が花川戸に到着したのは8月後半でした。もちろん、費用の面でも当初予定の40円を大幅に上回り、200円以上にもなってしまいました。

 こうして材料は到着したのですが、すると今度は、光雲の娘、咲子が9月9日、わずか16歳で病死してしまいます。

 すっかり落胆した光雲でしたが、クライアントの農商務省からは、そんなことはお構いなしに、ともかくも年内に作品を完成させろと矢の催促です。

 そこで、とりあえず、光雲が受け取ったままになっていた材木にノミを入れてみたところ、木地は純白ではなく、茶褐色でした。これでは、当初の計画通り、白猿を作るのは不可能です。そこで、光雲は,急遽、浅草奥山の猿茶屋の猿をモデルに野育ちの老猿を彫ることにして、必死にノミをふるうことにしました。もっとも、このことは、結果として、光雲の悲しみを紛らわせることになったそうです。

 とはいえ、さすがに作品は年内の〆切には間に合わず、農商務省に納品されたのは年が明けた1893年になってからのことでした。

 こうして世に出た「老猿」は、シカゴ万博で優等賞を獲得。光雲の代表作として、後に国の重要文化財に指定され、切手にも取り上げられたというわけです。

 なお、この切手を含む近代美術シリーズの切手については、拙著『近代美術・特殊鳥類の時代』でもまとめて解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 アウシュヴィッツの年賀状
2016-01-02 Sat 08:39
 昨日は元日でしたから、年頭のご挨拶のみで失礼いたしました。切手や郵便物などを毎日紹介していくという、このブログの実質的な記事のアップとしては、きょうが2016年最初となりますので、新年にちなみ、ちょっと変わった年賀状(?)をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      アウシュヴィッツ・年始  アウシュヴィッツ・年始(手紙)

 これは、1944年の元日、アウシュヴィッツの収容者がチェシン宛に差し出した“年賀状(新年を寿ぐ記述があるので、そう呼んでも良いでしょう)”とその文面です。手紙としての日付は元日ですが、所内での検閲などを経てから郵便局に持ち込まれているため、収容所関連の郵便物であることを示す“AUSCHWITZ 2”の消印は1月8日付になっています。

 使用されている用紙は、収容所から収容者に対して支給されたモノのうち、宛名面に印刷されている注意書が7ヶ条のタイプのものです。1944年春ごろから、注意書が6ヶ条のタイプのものが使用され始めるので、7ヶ条のタイプのものとしては比較的後期の使用例となります。

 さて、手紙の文面は、以下のような内容になっています。

 今日は新年です。全ての考え、夢は貴方と一緒です。私が感じていることを、面と向かって話せたら良いのですが、夢を見たり考えることしかできません。それ以外なにができるというのでしょう。私たちに残るのは、信仰することだけです。この新年、私たちは信仰心をもっと強めると信じます。神様は健康と未来を与えてくれます。 クリスマスはどこでどう過ごしましたか。私たちの愛する両親は元気ですか。親戚たちにもよろしく。私はクリスマスを元気に過ごしましたが、少し泣けてきました、というのも、もう4年になるからです。みんな元気でいてください。 no.9の小包と手紙を受け取りました。蜂蜜と、XX(判読不能)も。 心からの挨拶を

 この文面によると、差出人は収容所生活が4年の長きにわたっている、すなわち、アウシュヴィッツに収容所が建設された1940年当初からの古参の収容者ということになります。1940年の時点では、アウシュヴィッツの収容者は、原則としてポーランド系でしたので、クリスマスについての記述(ユダヤ教徒は基本的にクリスマスを祝いません)とあわせて、収容者はポーランド系のカトリックだろうと思います。いずれにせよ、文面から、差出人は信仰を強く持つことで過酷な環境を耐え続けていたことがよくわかります。

 さて、拙著『アウシュヴィッツの手紙』では、今回ご紹介の郵便物をはじめ、アウシュヴィッツの収容者が差し出したさまざまな郵便物から、収容所内の人々のリアルな状況を考察しております。機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。
 

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