内藤陽介 Yosuke NAITO
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 うるう日
2016-02-29 Mon 10:54
 きょう(29日)は4年に1度の“うるう日”です。というわけで、4年前同様、手持ちの“うるう日”カバーのうち、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      済州宛・検閲便  済州宛・検閲便(裏)

 これは、占領下の1952年2月29日、東京から韓国・済州宛に差し出されたカバーで、国会内局の2月29日の消印が押されています。裏面には中継地・釜山の3月6日付の欧文印とムクゲ型の検閲印が押されており、表面には3月10日受取の書き込みがあります。通常であれば、東京=済州間の郵便物は1週間もあれば届くのでしょうが、このカバーの場合、10日以上の日数がかかっているのは、朝鮮戦争の最中であったことに加え、宛先地の済州道島内では左翼ゲリラに対する掃討戦が展開されている時期であり、そうした事情が反映されているのかもしれません。

 済州島は朝鮮王朝時代に政治犯の流刑地であったことから、日本時代を経て米軍政下でも、朝鮮本土では済州出身者に対する差別が色濃く残っていました。

 こうした背景の下、1947年3月1日、3・1独立運動28周年の記念式典の後のデモに対して米軍政庁の警官隊が発砲して6名が死亡すると、3月10日から島内では抗議のゼネストが行われました。これを“アカの蠢動”とみなした軍政庁と李承晩ら本土の保守派はゼネストを武力で粉砕。彼らに対する島民の不満を背景に、1948年4月3日、左翼勢力の南朝鮮労働党済州島委員会は警察支署や右派人士に対する一斉襲撃を開始しました。いわゆる済州島四・三事件です。

 事件は一般島民や本土から派遣された警官隊の家族らも巻き込んでエスカレートし、次第に、当時の南北朝鮮での左右対立の最大の争点であった5月10日の単独選挙阻止を主張するものへと変質していきます。結局、蜂起の指導部は、朝鮮国防警備隊(後の韓国軍)や警察、西北青年団(北朝鮮から南朝鮮へ逃れてきた反共・右翼青年の組織)などの治安部隊によって短期間で鎮圧されましたが、残存勢力は1957年まで山間部でゲリラ戦を展開して抵抗。最終的に、8万名の島民が犠牲になったといわれています。

 また、済州島での混乱と殺戮を逃れて、この時期、多くの密航者が日本に渡ってきたことも忘れてはなりません。ちなみに、1955年8月18日付の『朝日新聞』には、警視庁公安3課の調査結果として、推定65万人の在日朝鮮人のうち、密入国者は10万人を超えるとみられているとの記事も掲載されました。

 なお、このあたりの事情については、拙著『朝鮮戦争』でもいろいろご説明しておりますので、 機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。
 

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 泰国郵便学(41)
2016-02-28 Sun 14:47
 ご報告が遅くなりましたが、財団法人・日本タイ協会発行の『タイ国情報』第50巻第1号ができあがりました。そこで、僕の連載「泰国郵便学」の中から、この切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      タイ・蒟醤  

 これは、1973年6月15日に発行された伝統工芸シリーズのうち、ラーンナー地方の伝統工芸である蒟醤(キンマ)の漆器の制作風景を取り上げた2バーツ75サタン切手です。

 タイ語では漆器のことを“クルアン・クーン”といいますが、これはもともと、タイ・クーン族の民族名が語源であるといわれています。

 1558年から1774年まで、ラーンナー地方はビルマの占領下に置かれましたが、1775年、ラムパーンの国主、カーウィラは叔父のチャンバーンとともにビルマ支配に抵抗し、トンブリー王朝に帰順。バンコクでの王朝交代に伴い、1782年にはラッタナコーシン王朝のラーマ1世によりチェンマイ王に叙せられました。ただし、この時点では都市としてのチェンマイは依然としてビルマの支配下にあったため、カーウィラはビルマとの戦闘を継続し、1796年にチェンマイを奪還しました。

 以後、カーウィラは戦乱によって荒廃したチェンマイの再建に乗り出し、ビルマとの国境に近いチャン地方から多くの職人を招きましたが、その過程で、ミャンマー北部、チェントゥンのクーン川流域に住んでいたタイ・クーン族の漆器職人も招かれ、チェンマイの城壁南側に集団で住むようになりました。

 クーン族の作る漆器は、竹(虫除けのため、台所の囲炉裏の上で1ヶ月以上燻蒸したもの)を裂いてテープ状にしたものを編んで胎を作り、その上に紙を貼ってから、黒漆に粒子の細かな土や灰を混ぜた下地を2回以上塗るという工程です。下地を塗る道具としては、かつては布が使われていましたが、現在では、切手のように刷毛を使うこともあるようです。

 下地を乾燥させた状態で完了となる場合もありますが、特にラーンナー地方に特徴的な蒟醤細工の場合は、下地を乾燥させたうえで、植物の連続文様や空想上の動物などを線彫りし、その凹みに色漆を充填し、乾いたのちに研ぎ出して完成となります。なお、日本語の蒟醤は“檳榔の実(マーク)を噛む(キン)”を意味するタイ語からの転訛で、客人に勧める際に檳榔を入れていた漆器の箱が朱印船などで日本に伝来した際に、ラーンナーの漆器そのものを指す語として用いられるようになりました。

 今回ご紹介の切手では、左側の男性が竹を編んで胎を作り、右側の女性が下地を縫っている光景が描かれています。切手下部には“漆器制作”の表示もありますが、肝心の蒟醤細工の完成品は、画面の左奥に小さく描かれているだけで、少しわかりづらいかもしれませんので、下に、その部分をトリミングした画像を貼っておきました。

       タイ・蒟醤(部分)

 なお、今回ご紹介の切手を含め、1973年の伝統工芸シリーズに取り上げられている工芸品は、いずれも、チェンマイを中心とした東北タイを想起させる内容となっています。1971年の自己クーデター後のタノーム・キッティカチョーン政権は、共産中国の脅威に対抗するとの観点から北部ならびに東北部を重視する姿勢を示していましたが、このシリーズの題材選択もまた、そうした政治的文脈に沿ったものだったとみることができましょう。
 

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 “沖縄やんばる”、国立公園に
2016-02-27 Sat 13:40
 環境省は、きょう(27日)、国頭村など沖縄本島北部の3村を中心とする“やんばる(山原)地域”のうち、陸域約1万3600ヘクタールと、海域約3700ヘクタール(沖縄海岸国定公園の一部を含む)を“やんばる国立公園”に指定する方針を明らかにしました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ヤンバルテナガコガネ

 これは、1987年1月23日、昆虫シリーズ第4集の1枚として発行された“ヤンバルテナガコガネ”の切手です。
 
 ヤンバルテナガコガネ(山原手長黄金虫、学名 Cheirotonus jambar)は鞘翅目コガネムシ科の一種で、沖縄本島北部の山地、いわゆる“山原”の国頭村付近の照葉樹からなる原生林にのみ生息しています。生息場所がごく限られているのは、生育に必要な大木の樹洞が、ノグチゲラが古木に掘った巣穴が放棄されたあとにケナガネズミなどが巣穴として再利用したりするなどいくつもの生物の関与によって生成されることによるものです。

 その存在は、以前から専門家の間では薄々知られてはいたものの、実物の確認は、1982年4月、カミキリムシ収集家の伊藤敏仁が死骸の上翅と腹部を拾ったのが最初とされています。その後、1983年に国頭村普久川ダム構内で、昆虫学者で国立科学博物館の動物研究部長も務めた黒澤良彦によって正式に発見され、翌1984年に記載されました。ちなみに、発見が遅れたのは、その生息域が広く米軍演習地であり、なおかつハブの生息地であるため、調査のための立ち入りが容易ではなかったという事情によるものとされています。

 体長は60mmを超えることもあり、カブトムシを抜いて日本最長の甲虫類とされています。ただし、孵化から成虫になるまでに約3年の年月がかかるうえに、生息場所を生成するノグチゲラやケナガネズミが減少していることもあって、絶滅が危惧されており、1984年2月には沖縄県の天然記念物に、1985年5月には国の天然記念物に指定されています。

 さて、今回、やんばる国立公園に指定される地域は、国内最大級の亜熱帯照葉樹林が広がり、今回ご紹介のヤンバルテナガコガネやヤンバルクイナなど多くの希少動植物が生息しているほか、波の浸食によってできた石灰岩の崖やマングローブ林などの豊かな自然環境が残っており、環境省は今後、乱開発を規制するなどして希少な動植物を保護し、照葉樹林再生のための施設を設置するそうです。

 なお、今回ご紹介の“ヤンバルクイナ”を含む昆虫シリーズの切手については、拙著『昭和終焉の時代』でもまとめて解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 
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 切手に見るソウルと韓国:北青獅子ノルム
2016-02-26 Fri 15:51
 ご報告が遅くなりましたが、『東洋経済日報』2月12日号が発行されました。僕の月一連載「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、旧正月の時期の刊行でしたので、この切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・インドネシア修好40年

 これは、2013年に発行された“韓国=インドネシア修好40周年”の記念切手で、左側には、朝鮮半島の伝統芸能である“北青獅子ノルム”が大きく取り上げられています。

 陰暦1月15日(2016年は2月22日)は、年が明けてから最初の満月の日であり、「1年のうちで最も輝く満月が空に浮かぶ日」として、朝鮮半島の伝統文化では、“テボルム”の名節とされています。

 かつての農村では、陰暦元日のソルラル(2016年は2月8日)から15日のテボルムまでを休日として農作業を休み、テボルムが終わると、農作業を再開するというのが生活のリズムでした。

 このため、テボルムの日には、家族そろって満月に願い事をするだけでなく、1年間の無病息災を願った食事をしたり(たとえば、ピーナッツやクルミなど“プロム”と呼ばれる固い木の実類を噛むなど)、日没に合わせて、“厄”、“送厄”、“送厄迎福”などの文字を書いた凧を揚げ、その糸を切って遠くに飛ばして厄払いをしたりするなどのさまざまな行事が行われてきました。

 そうしたテボルムの行事のひとつに、悪鬼を追い払う力を備えた獅子にあやかり、邪気をはらい、村に平安をもたらすために“サジャノリ”と呼ばれる獅子舞があります。今回ご紹介の切手に取り上げられた“北青獅子ノルム”は、その代表的なものとして有名です。

 北青獅子ノルムは、もともと、咸鏡南道北青郡で行われていたローカルな民俗芸能で、その歴史は三国時代にまでさかのぼるといわれています。

 しかし、第二次大戦後の南北分断により、咸鏡南道は北朝鮮の支配下に入ったため、呪術的な色彩の濃い北青獅子ノルムは“迷信”として弾圧の対象となり、北朝鮮内ではほとんど途絶えてしまいます。こうした中で、朝鮮戦争の混乱の中、命からがら南へ逃れてきた北青郡の出身者によって北青獅子ノルムも韓国に伝えられました。その後、韓国政府は、北朝鮮によって破壊された伝統文化が、韓国において維持・継承されていることをアピールすることの政治的効果を重視し、北青獅子ノルムを国の無形文化財にも指定しています。

 ところで、北青獅子ノルムを取り上げた“韓国=インドネシア国交40周年”の記念切手が発行されたのは2013年ですから、そこから逆算して、韓国とインドネシアの国交樹立は1973年ということがお分かりいただけるかと思います。大韓民国の正式発足は1948年8月インドネシア共和国の完全独立(独立承認)は1949年12月でしたから、両国の間には20年以上にわたり国交が樹立されていなかった勘定です。

 インドネシア初代大統領のスカルノは、“非同盟諸国”の盟主として、反帝国主義・反諸君ミンチ主義の立場から、東西冷戦下で東側寄りの外交路線を取っていましたが、その結果として、北朝鮮と親密な関係を築いており、金日成とも個人的な盟友関係にありました。このため、スカルノ時代のインドネシアは、韓国ではなく、北朝鮮を朝鮮半島の正統政府と見なしており、韓国とは正規の外交関係は結んでいませんでした。

 その後、1965年9月にスカルノが事実上失脚すると、後継指導者となったスハルトはスカルノの急進路線を徐々に修正。1968年3月には正式に大統領に就任して、西側諸国との関係改善に本格的に乗り出しました。1973年の韓国との国交樹立も、その一環として実現されたものです。

 ちなみに、“韓国=インドネシア国交40周年”の切手では、韓国側の北青獅子ノルムに対応するインドネシアの民族芸能として、ジャワ島西部バントゥン州の牛の舞が取り上げられています。この地域では、農民の生活に密着した牛は、力と正義、繁栄の象徴であり、悪魔の化身であるトラとサルを追い払う力があると信じられており、それゆえ、村の安寧と五穀豊穣を願って、牛の舞が舞われるようになったそうです。
 
 
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 ピープル・パワー革命30年
2016-02-25 Thu 15:37
 フィリピンでフェルディナンド・マルコス独裁政権が崩壊し、コラソン・アキノ(コリー)政権が成立した“ピープル・パワー革命”から、きょう(25日)で、ちょうど30年です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      フィリピン・ピープルパワー革命

 これは、革命から1ヶ月後の1986年3月25日に発行された小型シートで、アキノ大統領、ラウレル副大統領の肖像と、革命の群集がデザインされています。

 1965年に大統領に就任したマルコスは1972年9月21日に戒厳令を布告。従来の憲法を停止し、翌1973年には大統領職と首相職を兼任することを認める新憲法を制定するなど、次第に独裁傾向を強めていきました。こうした中で、野党政治家に対する弾圧も強化され、野党の有力政治家だったベニグノ・アキノ(ニノイ)は、政府転覆の陰謀と武器の不法所持、殺人などで逮捕され、1977年に死刑宣告を受けています。ただし、マルコス政権も、国民的な人気のあったニノイを実際に処刑することはできず、1980年、米国で手術を受けさせるとの名目で、彼を国外追放処分にしました。韓国の金大中を連想させるエピソードですな。

 米国でも、ニノイはフィリピン民主化運動の闘士として反マルコス運動の先頭に立っていましたが、1983年8月21日、逮捕覚悟で帰国したところ、飛行機を降りた直後に暗殺されました。暗殺事件の容疑者としては、国軍参謀総長のファビアン・ベール大将らが容疑者として起訴されたものの、1985年には無罪判決が下ったことで、国民の反マルコス感情が爆発。反政府デモが頻発したことで社会情勢は不安定になり、海外からの闘士も激減してフィリピン経済は低迷することになります。

 こうした状況の中で、国民の不満を解消し、あわせて国際社会からの非難をかわすため、マルコスは任期半ばの1986年初頭に大統領選挙を行うことを発表。この選挙には、マルコスの対抗馬として、野党候補としてコリーが立候補し、徹底的な反マルコス・キャンペーンを展開しました。

 投票は2月7日に行われ、民間の選挙監視団体“自由選挙のための全国運動”や公式な投票立会人らが「アキノが約80万票差で勝利した」と発表したにもかかわらず、マルコスの影響下にあった中央選挙管理委員会の公式記録では「マルコスが160万票の差で勝利した」と発表。この露骨な開票操作に対しては、野党のみならず、カトリック教会や米国もマルコス政権を非難。多くの国民がこれに同調し、フィリピン国内各地ではコリーのシンボルカラーであった黄色のシャツを着た人々による反マルコスデモが沸き起こりました。

 さらに、2月22日、エンリレ国防相やフィデル・ラモス参謀長ら軍首脳もマルコスから離反したことで、米国もマルコスを完全に見放しました。その後、同月25日、コリーが大統領就任宣誓を行い、マルコス夫妻は多くのマニラ市民に包囲されたマラカニアン宮殿から、米軍のヘリコプターで脱出し、マルコス政権は崩壊しました。

 ちなみに、ピープル・パワー革命が起きた当時、僕は卒業間近の高校3年生でしたが、マルコスが失脚して、主不在となったマラカニアン宮殿から、イメルダ夫人の大量の靴が出てきたときの映像は未だに鮮明に記憶に残っています。


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 世界の国々:ローデシア
2016-02-24 Wed 11:06
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年2月24日号が先週、発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はローデシアの特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ローデシア加刷

 これは、1909年、イギリス南アフリカ会社の切手に“ローデシア”と加刷して発行された切手です。

 1853年、イングランド生まれに生まれたセシル・ローズは、幼少期に南アフリカに渡り、英領ケープ植民地(現在の南アフリカ共和国南部)キンバリーのダイアモンドを掘り当てて得た資金をもとに、ダイアモンドの採掘権への投機を行ったり、採掘場への揚水ポンプの貸し出しで富を蓄積し、1880年、ロスチャイルド財閥の支援を受けてデ・ビアス鉱業会社を設立。同社はダイアモンド鉱山で大儲けをしますが、その後、トランスヴァール共和国(現在の南アフリカ共和国北部)の産金業にも進出します。

 豊富な資金力を背景に政界にも進出し、1884年、ケープ植民地政府の財務相になったローズは、アフリカ南部に大英帝国の広大な植民地を建設し、カイロ=ケープタウンの間を電信と鉄道で結ぶことを計画。1889年、ケープ植民地北方への進出を企図して英王室の勅許状を得て英国南アフリカ会社を設立しました。翌1890年、南アフリカ会社は遠征を開始し1894年までに南東アフリカ地域の広大な土地を支配下におさめます。同社が植民地経営を行った地域は、その創業者であるローズにちなみ、“ローデシア”と命名され、今回ご紹介のような加刷切手も発行されました。ちなみに、ローズは、トランスヴァール共和国への侵攻を企てたものの失敗し、1896年に失脚します。

 南アフリカ会社はローデシアでの鉱山開発を目指していましたが、思うように収益が上がらなかったため、農場中心の開拓と植民地経営に方針を転換。大規模な遠征隊が組織され、南ローデシアでは1923年までに12万平方km以上の土地が白人に分与されました。

 一方、南アフリカ会社はローデシアにおける植民地経営の一環として、鉄道建設等のインフラ整備に加え、ローデシアの防衛も担当していたため、膨大な赤字を抱えることになり、英本国の株主たちの不満を招きます。

 そこで、南アフリカ会社はローデシアの行政権を南アフリカ連邦(1910年発足の英自治領。現南アフリカ共和国)に移譲することで赤字を解消しようとしましたが、これに反発したローデシア南部の白人は、1923年、住民投票を行い、単独での自治政府樹立を決定。この結果、現在のジンバブエに相当する地域に英自治領としての南ローデシアが誕生しました。

 一方、残った北部地域(現在のザンビアに相当)も、翌1924年、イギリス政府へ移譲されて英領植民地としての北ローデシアが発足。南アフリカ会社は1万6000km2の土地と鉄道、鉱山を残して商業活動に専念することになりました。

 さて、『世界の切手コレクション』2月24日号の「世界の国々」では、今回ご紹介の切手のほか、第二次大戦後のローデシア内戦期の切手や郵便物、セシル・ローズの肖像やヴィクトリア瀧、バオバブの木、世界遺産のグレート・ジンバブエ遺跡の切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、僕が担当する「世界の国々」は、次回は本日発売の3月2日号でのインドネシアの特集になります。こちらについては、3月2日以降、このブログでもご紹介する予定です。


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 38年ぶりにインパール作戦の遺骨調査
2016-02-23 Tue 13:45
 先の大戦中、旧日本軍の“インパール作戦”の激戦地となったビルマ(ミャンマー)の山岳地帯で、あす(24日)から5日間、日本政府による戦没者の遺骨の調査と収集が38年ぶりに行われることになり、昨日(22日)、調査団が現地入りしました。22日、ミャンマーに到着しました。というわけで、インパール作戦にちなんで、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ボース生誕67周年

 これは、1964年にインドが発行したスバース・チャンドラ・ボース生誕67周年の記念切手で、ボースの背後には、進撃するインド国民軍が描かれています。

 インド国民軍は、第二次世界大戦中の1942年、日本軍占領下のマレー半島で、白人支配からアジアを解放するとの大義名分の下、捕虜となったインド人兵士から志願者を募って、日本軍によって創設されました。当初、指揮官はモハン・シン大尉でしたが、1943年にインド国民会議派元議長のボースがドイツからドイツ潜水艦U180と伊号第二九潜水艦を乗り継いで来日し、インド国民軍はボースを国家主席とする自由インド仮政府(在シンガポール)の指揮下に入ります。

 さて、日本軍の内部では、ビルマから国境を越えてインドへ進攻しようというプランは戦争の早い段階から検討されていましたが、1943年11月の大東亜会議に出席したボースの要請や、首相の東条英機がこれを強く支持したこともあって、1944年3月8日、実行に移されました。

 作戦では、日本軍は、ボースのインド国民軍とともに、ビルマとの国境に近いインドの都市インパールを4月29日の天長節までに攻略することを目標としていましたが、その作戦計画は補給面を軽視するなど杜撰なものでした。このため、日本軍はいったん、インパール近郊のコヒマを占領したものの、ジャングル地帯での作戦は困難を極め、空陸からのイギリス軍の反攻が始まると前線は補給路を断たれて餓死者が大量に発生。最終的に、インパール作戦での日本側の損害は、戦死3万、戦傷4万2000を数え、ガダルカナルの4倍以上の被害を蒙った大惨敗となっています。そればかりか、ビルマでは日本軍の能力を見限ったアウンサンらが反ファシスト人民解放連盟を組織し、結果として日本軍がビルマを失陥する原因ともなりました。

 ところで、今回ご紹介の切手では、ボースの指揮下で進撃するインド国民軍の兵士たちの背後に戦車が描かれていますが、インド国民軍は基本的に歩兵部隊だけでしたので、これは日本陸軍の戦車第十四連隊のイメージではないかと僕は思っています。

 戦車第十四連隊は1939年11月10日に編成され、1941年7月には南部仏印進駐作戦に参加。大東亜戦争の開戦後は、仏印国境を通過してバンコクに移動し、マレー半島での戦闘に参加した後、1942年4月、北部ビルマに転戦し、ビルマ方面軍唯一の戦車部隊として活躍しました。

 インパール作戦時にも参加し、1944年5月にはインパール平地に侵入しましたが、当初参加した66両が4両にまで激減するほどの壊滅的な打撃を受けて後退。ついで、1945年2月のイラワジ河南岸の戦闘を経て、同年3月、マンダレー街道を後退してラングーンに向かうすべての車両を失っています。

 切手に描かれている戦車が第十四連隊のものだとすると、搭乗していた旧日本兵の方々の多くが帰らぬ人となっているでしょうから、その中には、今回の遺骨調査・収集により、ようやく祖国に帰れる人もあるのではないかと思います。

 今回の遺骨調査・収集は、昨年、ビルマ政府と対立していた少数民族武装勢力(16組織)との間で停戦合意が成立したことを受けてのことで、厚生労働省の職員3人からなる調査団は、あすから5日間、少数民族がすでに掘り出した遺骨の鑑定を行うとともに、現地の情報に基づいて遺骨の収集を進める予定だそうです。これをきっかけに、今後、本格的に遺骨の調査・収集が進み、遅ればせながら、英霊となられたすべての方々の御霊が祖国で安らかに眠っていただけるようになると良いですね。


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 竹島の日
2016-02-22 Mon 11:54
 きょう(22日)は“竹島の日”です。というわけで、ストレートにこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      竹島切手(5圜)

 これは、1954年に韓国が発行した竹島切手のうちの5ファン切手です。1954年の竹島切手は、2ファン、5ファン、10ファンの3種セットで発行されたのですが、これまで、僕のブログでは2ファンと10ファンの切手については紹介したことがあるものの、5ファン切手は紹介しそびれていたので、今回、取り上げました。

 朝鮮戦争の勃発後、連合諸国の対日講和条約が具体的に議論されるようになると、韓国政府は大韓民国臨時政府による対日宣戦布告を根拠として、戦勝国として講和条約に調印することを主張しましたが、国際社会からは全く相手にされませんでした。1945年以前の朝鮮半島は大日本帝国の正規の領土であり、大韓民国臨時政府は連合諸国から承認された存在ではなく、したがって、朝鮮人による抗日闘争はあったにせよ、韓国が国家として日本と戦った事実はないというのが国際社会の共通認識だったからです。当然のことながら、1951年9月、サンフランシスコで開催された講和会議にも、韓国が参加を許される余地は全くありませんでした。

 このため、講和条約調印後の1951年10月、あらためて日本と韓国との国交樹立に向けた予備会談がスタートしましたが、日本を反共の防波堤として育成することを企図していた米国は、韓国側の対日賠償請求を押さえ込もうとしていました。このため、新たな交渉材料を作り出す必要に迫られた李承晩政権は、1952年2月に国交正常化交渉(第1次会談)が開始される直前の1月18日、突如「大韓民国隣接海洋の主権に対する大統領の宣言」を発します。

 講和条約調印時、日本漁船の活動可能領域は、SCAPIN第1033号「日本の漁業及び捕鯨業に認可された区域に関する覚書」によって、北緯24度東経123度、赤道の東経135度、赤道の東経180度、北緯24度東経180度を結ぶ線内、すなわち“マッカーサー・ライン”の内側とされていました。これに対して、李の宣言は、国防と漁業資源の保全を理由として、韓国沖合の部分について、マッカーサー・ラインよりも日本寄りに“平和線”(日本側では“李承晩ライン”と呼ばれていました)を設定。これを領海として、水域内のすべての天然資源、水産物の利用権を主張したものでした。

 日本敗戦後の1946年1月29日、GHQは「若干の外郭地域の日本からの統治上及び行政上の分離に関する総司令部覚書」(以下「外郭地域分離覚書」)を発し、“日本”の範囲を「日本の四主要島(北海道、本州、九州及び四国)と約1000の隣接諸小島を含むものと定義される」と規定しました。

 この“隣接諸小島”には対馬も含まれていましたが、1949年1月7日、韓国政府は一方的に対馬の領有を宣言し、占領下で主権が制限されている日本に対して対馬の返還を要求。しかし、この要求は連合諸国から一蹴されています。

 ついで、講和会議直前の1951年7月19日、韓国政府は講和条約草案を起草中の米国政府に対して、①日本の在朝鮮半島資産の韓国政府および米軍政庁への移管、②竹島、波浪島を韓国領とすること、③マッカーサー・ラインの継続を要求する要望書を提出。ここで②の要求の根拠となったのが、「欝陵島、竹島及び済州島」は日本の“隣接諸小島”から除外するという「外郭地域分離覚書」の規定です。

 これに対して、8月10日、米国は、国務次官補ディーン・ラスク名義で、①の日本資産の移管についてのみ認め、それ以外の韓国政府の要求を明確に拒否する旨の文書(「ラスク書簡」)で回答。9月に講和条約が調印され、翌1952年4月28日の条約発効をもってマッカーサー・ラインも廃止されることになっていました。

 さて、李承晩ラインでは、「外郭地域分離覚書」の規定を根拠に、その内側に竹島(韓国名“独島”)を含めて領有権を主張しており、これが、いわゆる竹島問題の発端となります。

 当然のことながら、1905年の「内務大臣訓令」によって竹島を島根県隠岐島庁へ編入して以来、第二次大戦の終結まで一貫して竹島を領有していた日本側は、李承晩ラインの設定に猛反発。米国も韓国政府を非難しました。

 こうしたなかで、1952年2月、日韓国交正常化交渉(第1次会談)が始まりましたが、会談では、“戦勝国”として日本に対して賠償を要求する韓国と、植民地支配は国際法上合法として、逆に、韓国内で接収された旧日本資産の補償を主張する日本との間で議論が平行線をたどり、同年4月には早くも無期延期となります。

 その間にも、李承晩ラインを侵犯したとして韓国側に拿捕される日本漁船が続出。さらに、戦後、朝鮮戦争や済州島四・三事件の混乱を逃れて日本に密入国した韓国人の送還問題もあって、韓国との交渉再開は日本側にとって緊急の課題となっていました。

 このため、1953年4月、日韓交渉(第2次会談)が再開されたものの、同年6月、韓国側が朝鮮戦争の休戦成立に備える必要から中断。さらに、同年10月の第3次会談では、日本側代表の久保田貫一郎(外務省参与)が「日本としても朝鮮の鉄道や港を造ったり、農地を造成したりした」、「当時、日本が朝鮮に行かなかったら中国かロシアが入っていたかもしれない」などと発言したことから、日韓双方による非難の応酬となり、会談は決裂し、国交正常化交渉は1958年4月まで中断されてしまいます。

 日韓両国の対立を懸念した米国大統領のアイゼンハワーは、1954年7月、韓国に対して李承晩ラインの撤回など日本への宥和を求めたのですが、これは逆効果となり、態度を硬化させた韓国側は米国との交渉をも決裂させ、翌8月には対日経済断交措置を発動してしまうといったありさまでした。

 今回ご紹介の竹島切手は、こうした状況の中で、1954年9月、あらためて、竹島の領有権と李承晩ラインの正当性を主張するために発行されたものです。

 当時、日本側は、竹島切手の貼られた郵便物を韓国に返送することで対抗しようとしたものの、膨大な郵便物の中から竹島切手の張られたものだけを返送するというのは実務上きわめて困難で、実際には、この切手が貼られたまま日本国内で配達された郵便物も少なくありません。したがって、歴史書などに時々見られる「日本側は竹島切手の有効性を認めず、この切手が貼られた郵便物を韓国側に返戻した」という記述は事実と異なります。

 その後も現在にいたるまで、日本政府は竹島の領有権を主張しつづけていますが、韓国が警備隊を常駐させてこの島を実効支配しているのを黙認してきたのが現実です。

 竹島に限らず、領有権を巡って複数の国が争っている地域に関しては、あらゆる機会をとらえて、それが自国の領土であることを繰り返し訴え続けるというのが国際社会では常識です。その意味では、韓国が官民挙げて“独島”の領有権をアピールすることに余念がないのは、その主張の是非とは別の次元で、ある意味当然の行動でしかありません。

 むしろ、そうした韓国側の主張に対して、多くの日本国民が竹島問題には無関心で、日本政府もほぼ無策のまま60年間を過ごしてきたということが、今日の事態を招いてしまったのだという現実を受け止め、真剣に反省することがまずは必要ではないでしょうか。

 なお、竹島問題と切手の関係については、拙著『朝鮮戦争』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 フィジーに猛烈なサイクロン  
2016-02-21 Sun 18:42
 南半球でこれまでに観測されたサイクロンとしては最大の“ウィンストン”が、きのうからきょうにかけて(20-21日)、フィジーの首都スバのあるビチレブ島を通過。これまでに5人の死亡が確認されたほか、広い範囲で浸水や家屋の倒壊などの被害が出ています。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災者の方には心よりお見舞い申し上げます。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      フィジー・ハリケーン募金(1972)

 これは、1972年10月のサイクロン・べべ(ハリケーン・べべとも)の被災者を救援するため、同年12月4日、フィジーで発行された寄附金加刷切手です。

 サイクロンとは、本来、台風を含む低気圧を指す一般的な用語ですが、日本語の台風に相当する現象としては、インド洋からオーストラリア、南太平洋にかけて発生するものを指す用語として用いられています。これに対して、ハリケーンは、北部大西洋、東部北太平洋(北半球の西経140度以東)、中部北太平洋(北半球の西経140-180度)および南東太平洋(南半球の東経160度以東)で発生するものを指しています。フィジーは地理的に東経174度と西経178度の間、南緯12度と22度の間に位置していますので、この地域で発生するのは基本的にはサイクロン ですが、この切手が示しているように、べべの場合はハリケーンと呼ばれることも多かったようです。

 さて、べべは、1972年10月16日、南太平洋上の西経172度付近で発生。10月21日から22日にかけて英領ギルバート・エリスを襲ったのち、10月24日にフィジーに上陸。大きな被害をもたらしたのち、10月28日に消滅しました。この間、瞬間最大風速57m、犠牲者総数は24名で、被害総額は2000万ドルでした。

 さて、南半球のサイクロンとしてはこれまで、2002年にソロモン諸島を直撃した“ゾーイ”と2006年にオーストラリアを襲った“モニカ”がともに瞬間最大風速79mで、史上最大の勢力とされていましたが、今回のウィンストンは、ビチレブ島上陸直前の数値で瞬間最大風速81.8mに達しており、史上最大となっています。その後、一部報道では、90mの瞬間最大風速が観測されたと伝えられており、これが事実だとすると、昨年(2015年)10月、観測史上最大の90mを記録したハリケーン“パトリシア”(メキシコ南西部に上陸)に並んだことになります。

 フィジー政府は住民の安全を確保するため、22日朝までの外出を禁止するとともに、今後も土砂崩れなどに警戒するよう呼びかけているほか、バイニマラマ首相が国民に「団結と助け合い」を呼び掛け、今後1カ月間にわたる非常事態を宣言して被害の全容の把握や復旧を急ぐことにしています。 おそらく、今回もべべの先例に倣って、フィジー政府は被災者救済のための寄附金つき切手を発行することになるのでしょうが、一日も早く復旧・復興が進むことを切にお祈りしております。


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 岩のドームの郵便学(38)
2016-02-20 Sat 10:51
  ご報告が大変遅くなりましたが、『本のメルマガ』598号が先月25日に配信となりました。僕の連載「岩のドームの郵便学」では、今回は、1980年代初頭のテュニジアについて取りあげました。その中から、この1枚をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      テュニジア・パレスチナ支援(1981)

 これは、1981年11月にテュニジアが発行した“パレスチナにおける自由の戦士と殉難者の遺家族の福祉のために”の寄附金つき切手です。

 フランス保護領時代の1934年、テュニジア独立運動の指導者であったハビーブ・ブルギーバはフランス当局によって逮捕され、砂漠の収容所に抑留されました。その後、第二次大戦が勃発し、フランスがドイツに降伏すると、獄中のブルギーバはドイツ軍によって釈放され、ドイツへの戦争協力を求められましたがこれを拒否。1943年にカイロに亡命して、北アフリカのフランス植民地解放を推進する国際運動を進めます。

 第二次大戦後の1949年、ブルギーバは一時帰国を許されましたが、1952年には再逮捕され、再び亡命して国外で独立運動を指導することになりました。

 その過程で、1952年6月、ブルギーバ側近のバヒ・ラドガムはテュニジア独立運動への支援を求めてイスラエル外務省の創設者の一人であるギディオン・ラファエルに接触。ブルギーバ本人も、独立後のテュニジアはイスラエル国家の解体を求めず、中東の平和促進のために努力するつもりだと述べるなど、パレスチナ問題に関しては、明らかに、他のアラブ諸国と一線を画していました。

 1956年3月20日、テュニジアは伝統的な地方君主であるベイを元首とする立憲君主国“テュニジア王国”として独立します。同月25日の選挙ではブルギーバの新憲政党を中心にして結成された民族戦線が圧勝し、ブルギーバは初代首相に就任。さらに、翌1957年、ブルギーバは王制を廃して自らテュニジア共和国初代大統領に就任しました。

 この時期は、1956年の第2次中東戦争(スエズ動乱)でエジプトが英仏のスエズ侵攻作戦を撃退したことで、ナセルと彼の唱道するアラブ民族主義の権威が絶頂期にあったこともあり、表面上は、ブルギーバのテュニジアもナセルに接近する姿勢を示していました。

 アラブ諸国の対イスラエル政策の基本は、“イスラエルを承認せず、イスラエルとは交渉せず、和平を結ばず”の三不政策であり、アラブの一員としてのテュニジアも、建前としては“反イスラエル”を掲げ、三不政策を順守していることになっていましたが、実際には、ブルギーバは秘かに駐仏イスラエル大使のヤアクーブ・ツールと接触しており、そのルートを通じて、テュニジアの財務大臣がイスラエルに対してテュニジア国内の大型農業開発への援助を極秘裏に要請するなど、テュニジアとイスラエルは実質的には良好な関係にあったといえます。

 ただし、一般のテュニジア国民の感情としては、アラブの同胞であるパレスチナを解放し、宿敵イスラエルを打倒すべきとする声が圧倒的多数でしたし、なにより、三不政策の“抜け穴”になっているという公然の秘密が問題視されて周辺アラブ諸国からの孤立を招くことは避けなければなりませんでしたから、テュニジアは1973年の第4次中東戦争にもごく少数の部隊を派遣しています。

 世俗主義的なリアリストであったブルギーバは、国家の近代化(西洋化)と国民の生活水準向上こそが政治の重要課題であり、それゆえ、イデオロギーとは無関係に、必要とあらば(イスラエルを含む)どの国・組織とでも手を結ぶ全方位外交を展開していました。北アフリカ諸国の中で、反西欧・反イスラエルのイデオロギーを鮮明に掲げていたリビアやアルジェリアは潤沢な石油資源があったため、そうした自己主張が可能でしたが、資源に乏しいテュニジアは、主に欧米人を対象とした観光収入に依存し、西側資本主義諸国との協力・援助が不可欠だったがゆえに、イスラエルに対しても現実的な姿勢を取らざるを得なかったのです。

 1979年のエジプト・イスラエル単独和平の結果、エジプトは“アラブの大義”に反したとしてアラブ連盟を追放されましたが、エジプトを批難したアラブ諸国の指導者たちも、1967年の第3次中東戦争での壊滅的な敗北の経験を考えれば、従来の三不政策が非現実的なものであることは十分に認識していました。さりとて、“アラブの大義”は国民統合のための重要なイデオロギーであったから、国民が納得できる大義名分のないまま、これを撤回してイスラエルに融和姿勢を取ることはリスクが大きすぎます。したがって、表面上は“アラブの大義”を掲げ続けるものの、実際にはイスラエルと水面下での接触をはかるというのが、現実的な対応となります。

 その場合、三不政策の“抜け穴”であったテュニジアの首都、テュニスは格好の場所であり、それゆえ、エジプト追放後のアラブ連盟本部の移転先として白羽の矢が立てられたのです。

 アラブ連盟の本部所在地となることは、ある意味で“アラブの盟主”となることでもありましたから、たとえばリビアのように、強固なアラブ民族主義を掲げるイデオロギー国家であれば、本部の移転の記念切手を大々的に発行したのでしょうが、全方位外交を旨とするテュニジアが連盟本部のテュニス移転そのものを記念する切手を発行することはありませんでした。

 一方、テュニジア国内では、1974年にブルギーバが終身大統領となり、権威主義的な独裁体制を構築していたが、そのことに対する国民の不満も次第に鬱積していきます。

 そのことを象徴するような事件が、1978年1月26日の“暗い木曜日”です。

 事件は、テュニジア労働者総同盟(UGTT)が組織したゼネストに対して、これを鎮圧するために動員された軍の発砲により130人余の死者が出たというもので、これを機に、UGTTは徹底的な弾圧を受けることになります。

 このため、政府に対する抗議活動の主力は、“イスラム志向運動(MTI)”を中心としたイスラム系諸団体へと移行。特に、1979年2月に遠くイランで発生したイスラム革命は、テュニジアのイスラム主義者たちにも大きな刺激を与え、彼らの運動は国際的なイスラム復興主義とも連動していくことになりました。

 こうした中で、1981年5月31日、MTI は25人の執行委員を選出したうえで、政党としての認可を申請しましたが、政府はこれを許可せず、MTIの反政府活動を告発し、彼らを批難するキャンペーンを展開。7月18日にはMTIの幹部および活動家60人を逮捕し、組織を抑え込みます。

 こうして、テュニジア国内の反政府活動は強引に抑え込まれましたが、国内の亀裂は深刻な状況であることが誰の目にも明らかになります。

 アラブ連盟本部のテュニス移転の記念切手さえ発行しなかったテュニジアが、1981年11月、突如、今回ご紹介の“パレスチナにおける自由の戦士と殉難者の遺家族の福祉のために”と題する3種セットの寄附金つき切手を発行したのも、アラブ連盟の本部所在地であることを活かして、国民統合の象徴として“アラブの大義”を強調する意図があったためと考えられます。

 なお、この切手が発行された翌年の1982年9月、PLO本部はベイルートからアラブ連盟本部所在地としてのテュニスに移転。テュニスはパレスチナ解放運動の重要な拠点になりますが、テュニジア政府は、それを積極的に支援していたというよりも、国内の体制を脅かさない限りにおいて、彼らの活動を黙認するというスタンスでした。ちなみに、1993年のオスロ合意とパレスチナ自治政府の樹立について、テュニジア政府は、テュニジアが長年にわたりPLOとイスラエルの(秘密)交渉を仲介し続けてきたからこその成果であると主張しています。


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 破門されても平気
2016-02-19 Fri 15:26
 ローマ教皇フランシスコは、きのう(18日)、キューバ、メキシコ歴訪の帰路の特別機中で記者団の質問に答え、メキシコとの国境沿いに2500キロの壁を建設し、1100万人の不法移民を国外追放したいと表明した米国のドナルド・トランプ氏について、「どこにであれ、壁を作ることだけを考え、橋を作ろうとしない人物はキリスト教徒ではない」「そのようなことを言ったのであれば、その男性はキリスト教徒ではない」と応じました。世が世なら破門、ということでしょうな。というわけで、きょうはこんな切手を持ってきました、(画像はクリックで拡大されます)

      フランス・フィリップ4世

 これは、1968年にフランスが発行した歴史シリーズの1枚で、国王フィリップ4世による三部会召集が取り上げられています。

 1285年、病没した父フィリップ3世の後を継いで即位したフィリップ4世は、1294-99年のギュイエンヌ(アキテーヌ)の戦いでイングランド王エドワード1世と戦ったほか、1297年以降はフランドルにも勢力を伸ばそうとし、1302年の金拍車の戦い、1305年以降のモン=アン=ペヴェルの戦いなど、数多くの戦争を行いました。このため、膨大な戦費を調達すべく、フィリップ4世はフランスで初めて全国的課税を実施し、キリスト教会にも課税しましたが、この結果、教皇至上主義を掲げるローマ教皇ボニファティウス8世との激しく対立しました。

 その過程で、1302年、ボニファティウス8世が教皇回勅を発し、教皇の権威は他のあらゆる地上の権力に優越するとしてフィリップ4世に対し教皇の命に従うよう促したのに対して、フィリップ4世は国内の支持を得るために、聖職者・貴族・市民の3身分からなる議会の“三部会”をパリのノートルダム大聖堂に設け、国内の世論を背景として教皇に抵抗します。今回ご紹介の切手は、この場面を取り上げたものです。

 これに対して、ボニファティウス8世がフィリップ4世を破門すると、フィリップ4世も悪徳教皇弾劾の公会議を開くよう求めて、両者は決裂。1303年、フィリップ4世は、腹心のギヨーム・ド・ノガレに命じて、教皇を捕縛すべく、ローマ市南東方の教皇離宮所在地のアナーニを襲撃させます。ノガレらは教皇御座所に侵入し、ボニファティウス8世を“異端者”と面罵して暴行を加え、退位を迫りました。その後、ボニファティウス8世はナポリ王とシチリア王によって湧出され、捕縛こそのがれたものの、ローマで憤死。これを受けて、1305年、フィリップ4世は次の教皇にフランス出身のクレメンス5世を擁立し、1309年、ローマ教皇庁はフランス南東部のアヴィニョンに遷され、フランスの影響下に置かれることになりました。結果的に、、フィリップ4世は教皇から破門されてもなんともなかったどころか、フィリップ4世を破門した教皇ボニファティウス8世の方こそ返り討ちに遭って散々な思いをしたというわけですな。

 まぁ、何かとお騒がせのトランプ氏の場合、宗教的にはプロテスタントの長老派だそうですから、そもそも、教皇としても破門のしようがないと言ってしまえばそれまでですが、今回の一件に関しても、「宗教指導者が個人の信仰を疑問視するのはみっともない」、「(バチカンが過激派組織イスラム国ことダーイシュに攻撃されるようなことがあれば)トランプが大統領だったらこんなことは起こらなかったのにと、教皇が願い、祈ることになると断言できる」などと言いたい放題のトランプ氏を見ていると、いい加減、誰でも良いから、彼にお灸をすえてくれる人物が出てきてくれないものかと、切に願うのは僕だけではないでしょうな。


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 アンカラ城塞
2016-02-18 Thu 23:40
 トルコの首都アンカラの中心部で、きのう(17日)、トルコ軍のバスの車列を狙った爆発テロがあり、28人が死亡61人が負傷しました。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、負傷された方々には心よりお見舞い申し上げます。というわけで、きょうはアンカラにちなんで、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      トルコ・アンカラ城塞

 これは、1926年にトルコが発行したアンカラ城塞の切手です。

 アンカラ城塞は、古代ローマ帝国時代にガラテヤ人が岩山に築いた城塞がその起源とされています。城壁は二重の構造になっており、7世紀の東ローマ皇帝ヘラクレイオス1世の時代に築かれた内側の城壁を、9世紀の東ローマ皇帝ミカエル2世の時代に増築された外側の城壁が覆っている構造になっています。1073年、セルジューク朝はこの城塞を占領しましたが、1101年に十字軍がこれを奪還。その後、1227年にルーム・セルジューク朝が奪還し、以後、ムスリムによる支配が定着しました。なお、現在の城塞は、1832年、オスマン帝国のイブラヒーム・パシャの命により、修復されたものです。

 ちなみに、今回のテロ事件が発生したアンカラ中心部は、1923年に現在のトルコ共和国が成立した後、アンカラが正式に新国家の首都となったことを受けて、1932年以降、ドイツ人建築家のヘルマン・ヤンセンの案に基づいて建設された新市街(イェニシェヒル)で、切手に描かれた城塞がある旧市街(ウルス)はその北方になります。

 さて、今回のテロ事件について、トルコ政府は、シリアのクルド人民兵組織、人民防衛部隊(YPG)の戦闘員がトルコの反政府武装組織クルディスタン労働者党(PKK)の支援を得て実行したと発表し、すでに、事件に関与したとして14人を拘束しました。これに対して、YPG政治部門のクルド民主連合党(PYD)の指導者サリフ・ムスリム氏は、トルコ政府の主張を完全に否定し、「YPGはトルコを敵と思っていない」と反論していますが、トルコのダウトオール首相は「YPGはシリア・アサド政権の手先だ。アサド政権が今回の攻撃の直接的な責任を負う」と述べており、両者の主張は平行線をたどっています。

 いずれにせよ、アンカラといえば、昨年10月に中央駅で発生した大規模なテロ事件が記憶に新しいだけに、2度あることは…とならないことを願うばかりです。


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 世界の国々:パキスタン
2016-02-17 Wed 15:51
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年2月17日号が先週、発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はパキスタンの特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      パキスタン・民族衣装

 これは、1987年にパキスタンで発行されたユニセフの切手で、伝統的なシャルワール・カミーズ姿で子供を抱く母親が描かれています。

 パキスタンからアフガニスタンにかけての伝統的な民族衣装として知られるシャルワール(サルワールとも)・カミーズは、シャツに相当するカミーズとズボンに相当するシャルワ-ルを組み合わせたもので、女性の場合は、これに、ストールのドゥパターが加わります。ドゥパターは体型を隠すほか、ムスリム女性のたしなみとして髪を隠すためにも用いられていますが、今回ご紹介の切手をご覧いただくと、ドゥパター、カミーズ、シャルワールがそれぞれどのように着用されているかが良くわかります。

 さて、『世界の切手コレクション』2月17日号の「世界の国々」では、今回ご紹介の切手のほか、英領インド帝国からインドとパキスタンが分離独立するプロセスと、ベーナズィール・ブットー政権時代についてまとめた2本の長文コラムのほか、釈迦苦行像、パキスタン最高峰のK2峰、モヘンジョダロ遺跡、建国の父・ジンナー、1998年の核保有の切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、僕が担当する「世界の国々」は、次回は本日発売の2月24日号でのローデシアの特集になります。こちらについては、2月24日以降、このブログでもご紹介する予定です。


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 ポーランドの反ユダヤ主義
2016-02-16 Tue 21:30
 ポーランド政府は、きのう(15日)、同国内のオシフィエンチム(ドイツ語名アウシュヴィッツ)にあるナチス・ドイツの強制収容所跡について、ホロコーストの責任がポーランドにあるとの誤解を招く恐れがあるとして、メディアなどが“ポーランドの強制収容所”との表現を用いることを禁じ、違反した場合、最高で禁錮5年の刑を科す法案をまとめました。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ポーランド・ナルトヴィチ

 これは、1988年にポーランドが発行した第2共和国70周年の記念切手のうち、初代大統領ガブリエル・ナルトヴィチの肖像を取り上げた切手です。
 
 現在のポーランド国家は、国民の90%以上がポーランド人(カシュープ人やグラル人を含む)によって構成されており、事実上の単一民族国家となっていますが、これは、第二次世界大戦末期のポツダム会談の結果、領土全体が地理的に西側へ移動したことによるもので、第一次大戦後に第2共和国が発足した時点の民族構成では、ウクライナ人14・3%、ユダヤ人10・5%、ベラルーシ人3・9%、ドイツ人3・9%などと、少数民族が人口の約3割を占める多民族国家でした。

 1918年の第2共和国発足当初、ポーランドは、ロシア革命の混乱に乗じてかつてのポーランド・リトアニア共和国の版図を回復すべく、1919-21年、ソ連の前身であるボリシェヴィキ政権と戦い、東方に領土を獲得しましたが、その過程で、「ユダヤ人がボリシェヴィキ政権に協力的である」とか「ユダヤ商人が商品不足に乗じて投機を行い、巨利を得ている」などとの理由を掲げた反ユダヤ暴動が頻発し、多くのユダヤ人が犠牲になりました。各地の暴動そのものはいずれも短期間で収束しましたが、その後も、ポーランド人の間には反ユダヤ感情が根強く残ることになります。

 じっさい、1922年、第2共和国の初代大統領に中道左派のガブリエル・ナルトヴィチ(今回ご紹介の切手の人物です)が当選すると、国民民主党等の右派は「ナルトヴィチはユダヤ人の票で当選した」とのネガティヴィ・キャンペーンを展開。同年12月16日、ナルトヴィチは民族主義過激派によって暗殺されています。また、こうした経緯もあって、ナルトヴィチ暗殺後の1923年5月に大統領となった中道右派のヴィンツェンティ・ヴィトスは「政府の構成員はポーランド人に限られる」として、大学等へのユダヤ人学生の入学制限など、ユダヤ系の権利を制限しました。

 このように、発足後まもない第2共和国は、短命政権が続き、経済的な失策も重なり、社会的にも混乱が続いましたが、1926年5月12日、ポーランド独立の英雄で建国時に国家主席を務めたピウスツキが“5月革命”のクーデターを起こして政権を掌握したことで、ようやく安定。ピウスツキは首相と国防省を兼任し、権威主義的な政権運営を行いましたが、かつてのポーランド・リトアニア共和国をモデルに、第2共和国を諸民族が融和する多民族国家として育成しようと考えており、反ユダヤ主義を含む過剰な民族主義には一貫して否定的で、これらを抑え込みました。

 ところが、1935年3月12日、ピウスツキが亡くなると、野党の国民民主党は、隣国ドイツのヒトラー政権(1933年発足)が経済政策で一定の成果を上げていたことに刺激を受け、「ユダヤ人から買うな」のスローガンを掲げて反ユダヤキャンペーンを展開。この反ユダヤ宣伝は、不況下の生活苦にあえぐポーランド人の一定の支持を集めたことから、次第にピウスツキ派もこれに同調するようになっていきます。

 また、1935年6月にはグロドノ(現ベラルーシ領フロドナ)で、1936年3月にはピシティクで、同年6月にはミンスク・マゾヴィエツキ(現リトアニア領テルシェイ)で、1937年5月にはブジェシチ(現ベラルーシ領ブレスト)で、ポグロム(流血を伴う反ユダヤ暴動が)も発生しています。

 こうした事態に対して、ポーランド政府は国内のユダヤ人口を減少させることが問題の解決になると考えるようになり、ユダヤ人の国外移住を奨励。この結果、ポーランド国籍のユダヤ人がドイツに多数居住するようになりました。そして、そうしたユダヤ系ポーランド国民のドイツからの帰還を望まなかったポーランド政府は、1938年10月6日、発行済みの全てのポーランド旅券につき検査済みの認印を必要とする新旅券法を布告し、ドイツをはじめ国外在住のポーランド系ユダヤ人の旅券と国籍を無効化しようとします。

 こうしたポーランドによるユダヤ人の国籍剥奪と帰国拒否は、結果的に、ホロコーストの本格的な幕開けとされる“水晶の夜”の悲劇の引き金となりました。その意味では、ポーランドにも“水晶の夜”の悲劇とその後のホロコーストに対して、全く責任がないとは言い切れないでしょう。

 なお、このあたりの事情については、拙著『アウシュヴィッツの手紙』でもいろいろご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。
 

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 鞆の浦景観訴訟終結
2016-02-15 Mon 15:58
 広島県福山市の景勝地、鞆の浦の埋め立てと架橋建設計画をめぐる訴訟の控訴審口頭弁論が、きょう(15日)、広島高裁で行われ、反対派住民らが訴えを取り下げました。すでに、架橋計画の撤回を表明していた広島県も、これを受けて、免許申請を取り下げる見通しで、鞆の浦の埋め立て計画は正式に中止となりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      鞆の浦

 これは、1939年4月20日に発行された「大山・瀬戸内海国立公園」の切手のうち、鞆の浦を取り上げた20銭切手です。

 大山国立公園と瀬戸内国立公園は、もともとは全く別の国立公園ですが、1936年2月1日に指定された大山国立公園は大山を中心に地域が限られたものであったため、単独で4種類のセットとして発行することが難しかったため、近隣の瀬戸内国立公園との組み合わせで4種セット(うち、大山国立公園は1種のみ)で発行されました。

 瀬戸内国立公園は、1934年3月16日、雲仙国立公園(現・雲仙天草国立公園)、霧島国立公園(現・霧島錦江湾国立公園)とともに、日本初の国立公園として指定されました。当初の区域は、小豆島の寒霞渓、香川県の屋島、岡山県の鷲羽山、広島県の鞆の浦・沼隈町周辺の備讃瀬戸を中心とした一帯に限られていましたが、その後、区域が拡張され、現在の区域は和歌山市から北九州市にまで及ぶ広大なものとなっています。

 切手に取り上げられた鞆の浦は、瀬戸内海のほぼ中央に位置し、平安時代から港町があったとされています。瀬戸内海の海流は、ほぼ中央に位置する鞆の浦沖を境に東西に干潮時と満潮時で潮流が逆転するため、かつて、瀬戸内海を横断しようとする人は鞆の浦で潮流が変わるのを待たなければなりませんでした。このため、鞆の浦は“潮待ちの港”として古くから知られ、万葉集にも「海人小船帆かも張れると見るまでに鞆の浦回に浪立てり見ゆ」の歌が収められているほか、円形の港湾を含む歴史的建築物が数多く残されています。今回ご紹介の切手は、1938年11月9日の午後、逓信省のスタッフであった鈴木登良吉が、鞆町から仙酔島を望む風景を撮影した写真が原画となっています。
 
 さて、広島県は1983年、交通混雑の解消などを目的に、江戸期の港湾施設の常夜灯などが残る“鞆港”の浜を約2ヘクタール埋め立て、港内を横断する長さ約180メートルの橋を架けるとともに、駐車場やフェリーの埠頭を造るとの計画を策定。これに対して、2007年、住民らが「景観が大きく損なわれる」として提訴し、2009年には一審・広島地裁が「鞆の浦の景観は住民の利益だけではなく、瀬戸内海の美観を構成し、文化的・歴史的価値を持つ『国民の財産というべき公益』」として、埋め立て免許を交付しないよう広島県知事に命じる住民側勝訴の判決を下しました。

 これに対して、判決後に就任した湯崎英彦知事は、2012年6月に計画の撤回を表明したものの、こんどは、福山市や推進派の住民からは反発の声が上がり、免許の申請は取り下げられないまま、控訴審の広島高裁は2015年5月、住民側の訴えと県側の免許申請を双方同時に取り下げることによる訴訟の終結案を提案。今回、計画の正式な中止になったというわけです。

 
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 ふんどしの日
2016-02-14 Sun 10:36
 きょう(14日)は、2と14で“ふんどし”と読む語呂合わせから、日本ふんどし協会(2011年12月14日設立)が制定した“ふんどしの日”です。というわけで、昨年同様、“ふんどしの日”を祝して、この切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      文通週間・草津

 これは、2007年9月28日に発行された国際文通週間の切手で、歌川広重の『東海道五拾三次』の「草津」が取り上げられています。

 草津宿は東海道と中山道が合流・分岐する重要な宿場であり、また、琵琶湖の交通の要所でした。画面後方に描かれた“うばが餅”を出す茶屋のところで、大津へ行く道は瀬田経由と矢橋経由に分かれており、“瀬田へ回ろか矢橋へ下ろか、ここが思案の姥ケ餅”との俗謡もありました。

 茶屋の前には籠の乗り場があり、広重の浮世絵でも、前曵き、後押しと横に肩代わりの人足がつく5人がかりの早駕篭や家型の大きな荷を担ぐ4人の人足がえがかれています。描かれている人足は、いずれも、上半身裸のふんどし姿で、当時としてはこれが当たり前の光景だったことがわかります。ちなみに、ふんどし姿での外出が禁止されたのは、、明治維新後の1872年12月、当時の東京府知事が違式註違条例を発令されてからのことで、日本の歴史全体の中では、ごく最近のことでしかありません。

 さて、相撲のまわしまで含めると、ふんどし姿の男性を描く切手はいろいろとあります。やはり日本男児たるもの、毎年2月14日には、そうした切手を毎年1枚ずつご紹介していこうかと思いますので、西洋由来のチョコレートではなく、うばが餅でも頬張りながら、お付き合いください。

 * 昨晩、アクセスカウンターが162万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。

 
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 教皇と総主教の会談
2016-02-13 Sat 11:02
 ローマ・カトリック教会の教皇フランシスコと、ロシア正教会のモスクワおよび全ロシア総主教キリルが、12日(現地時間。日本時間13日未明)、キューバの首都ハバナのホセ・マルティ国際空港で会談を行いました。キリスト教会が1054年に東西に分裂して以降、両トップが会談するのは今回が初めてのことです。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      キューバ・教皇訪問(2015)

 これは、昨年(2015年)、教皇フランシスコのキューバ訪問に際して、キューバが発行した記念切手で、教皇とラウル・カストロ国家評議会議長の肖像が取り上げられています。

 キューバはもとはスペインの植民地だったこともあり、現在でも、国民の多くはカトリックの信者です。しかし、革命を主導したフィデルが無神論者だったことに加え、キューバのカトリック教会がバティスタ政権と反革命派を支持していたこともあって、革命政権は司祭や尼僧ら約300人を国外追放した上、教会が所有していた学校を全て国有化するなどの弾圧政策を推進。これに対して、教皇ヨハネ23世はフィデルを破門するなどの対抗措置を講じ、両者の関係は長らく断絶していました。

 しかし、冷戦終結によりソ連などからの経済支援が断たれ、キューバが対外融和政策を展開するようになると、その一環として、1992年、フィデルの政権はキリスト教徒に対する融和制作を導入。はたして、教皇ヨハネ・パウロ2世は米国によるキューバへの通商停止に対して「不正で、倫理的に承諾しがたい」と非難を行い、バチカンとキューバの関係は劇的に改善します。そして、1996年11月、フィデルはヴァチカンを訪問して教皇に謁見。キューバの宗教弾圧政策は事実上、放棄されました。さらに、1998年の教皇のキューバ訪問を受けて、キューバ政府はクリスマスを再び休日とするなど、関係改善はさらに進みました。

 さらに、2013年3月、当時の教皇、ベネディクト16世がキューバを訪問したのを機に、水面下でヴァティカンの仲介によるキューバと米国の関係改善に向けた交渉が進み、2015年4月には、1956年以来59年ぶりに米・キューバ首脳会談が実現。同年7月には両国の国交回復が実現しました。

 このように、ヴァティカンは米国とキューバの交渉を仲介し、国交回復を後押ししてきた経緯があることから、米・キューバ国交回復後の2015年9月の教皇のキューバ訪問に際しては、今度は、教皇からキューバ側に対して、キリル総主教との会談に向けての協力が要請され、今回、ホセ・マルティ国際空港での歴史的な会談につながったというわけです。

 なお、今回の会談では、“イスラム国”ことダーイシュの勢力拡大により迫害を受けている中東のキリスト教徒の保護が最大の議題と報じられています。

 ただ、会談の日付が、ウクライナ紛争の停戦合意が結ばれてから1周年の2月12日に設定されていることは、もう少し注目されても良いかもしれません。

 もともと、歴史的にウクライナ正教会とウクライナ東方カトリック教会の対立は東西教会の最大の懸案事項のひとつとなっていましたが、2005年、ウクライナ東方カトリック教会が2005年に拠点をリビウからキエフに移したことに対して、正教会側はカトリックの“東方進出”として猛反発していたという経緯があります。また、ウクライナの正教会は、モスクワ総主教庁からの自立を主張するキエフ総主教庁とモスクワ総主教庁に分裂しており、そこに2014年以来のウクライナ紛争が絡んで、複雑な様相を呈しています。

 こうした中で、教皇フランシスコは、西側諸国がロシアによるウクライナ紛争への介入を非難するなかで、一貫して、ロシアへの批判を避けており、プーチン政権に宥和的な姿勢を示していることから、今回の教皇と総主教の会談は国際的な孤立を深めるプーチン政権にとって、事態打開のための好材料になるのは確実です。

 これに対して、プーチン包囲網を緩めるつもりのないEUは、昨年2月にウクライナ停戦合意を仲介した功績に応えるとして、“欧州最後の独裁者”と言われるベラルーシのルカシェンコ大統領に対する資産凍結・渡航禁止の制裁を解除して、ルカシェンコのEU接近を促し、ロシアを牽制する意図を明確にするなど、敏感に反応しています。

 いずれにせよ、今回の教皇と総主教の会談は、東西教会の合同問題を実質的に棚上げしたうえで、国際情勢に対処するために行われたものであり、それゆえ、今後、その“成果”がどういうかたちで表面化してくるのか、注目しておきたいところです。

 
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 スティール・パン
2016-02-12 Fri 18:19
 トリニダード・トバゴの首都ポートオブスペインで、現地時間の10日、日本人女性の遺体が見つかった事件で、昨日(11日)、遺体は札幌出身のスティール・パン奏者、長木谷麻美さんであることが確認されました。謹んでご冥福をお祈りしつつ、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      トリニダード・スティールパン
 
 これは、1968年にトリニダード・トバゴで発行されたカーニヴァルの切手のうち、スティール・パンを演奏するスティール・バンドを取り上げた1枚です。

 1797年に英領となったトリニダード島ならびに1802年に英領となったトバゴ島では、19世紀を通じて、プランテーションの労働力として連れてこられたアフリカ系の奴隷とその子孫(以下、黒人)が劣悪な環境に置かれていました。彼らは、カーニヴァルの時期になると、祭りの高揚した雰囲気の中で暴動を起こすことが多かったため、1880年、植民地当局は暴動を防止するためとして、金属の棒を用いるパーカッション音楽を全面的に禁止します。

 このため、黒人たちは竹の棒を叩いて音を出すタンブー・バンブーを使用するようになりましたが、1937年、植民地当局はこれも禁止してしまいます。
 
 こうした中、1939年、ウインストン・スプリー・サイモンがぼろぼろになったドラム缶を直そうとしていた際、叩く場所によって音が違っていることに偶然気付き、現在のスティールパンの元となる楽器“ピンポン”を作り出したと言われています。

 その後、スティール・パンはトリニダード・トバゴのカーニヴァルに欠かせない楽器として定着。1962年の独立後、トリニダード・トバゴ政府は先進国への移民を奨励したことで、移民たちによりスティール・パンが諸外国にも知られるようになったほか、多くのスティール・バンドが北中米を中心に演奏ツアーを行ったことで、世界的に有名になりました。広く世界中にその存在が知られるようになりました。わが国では、1980年に郷ひろみの「セクシー・ユー」で使用されたことで、一般にその存在が認知されるようになったといわれています。

 なお、現在、スティール・パンは、“20世紀に発明された、最後にして最大のアコースティック楽器”と呼ばれており、1992年には、トリニダード・トバゴ政府により、同国の“国民楽器”として正式に認定されています。
 
 
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 建国記念の日
2016-02-11 Thu 10:11
 きょう(11日)は建国記念の日です。というわけで、ストレートにこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      橿原神宮

 これは、1940年11月10日に発行された「紀元2600年」の記念切手のうち、橿原神宮を描く20銭切手です。

 橿原神宮は、神武天皇とその皇后(媛蹈鞴五十鈴媛命)を祭神とする神社で、神武天皇の皇居であった畝傍橿原宮があったといわれる畝傍山(奈良県)のふもとにあります。ただし、切手に描かれた社は古代からこの地に存在していたわけではなく、1890年、紀元2550年の記念事業の一環として、京都御所内の内侍所と神嘉殿を移築して創建されたものです。したがって、歴史的な文化財というよりも、多くの宗教美術・建築などと同様に、記紀神話の世界観を可視化するための建造物とみるのが妥当でしょう。

 さて、以前の記事にも書きましたが、天孫降臨や神武東征などの記紀神話は、それがそのまま歴史的事実であるとは考えられません。ただし、そういうレベルでいえば、『聖書』の記述にも歴史的事実としては認めがたい部分が多々あるわけで、欧米のキリスト教世界で(信じるか信じないかは別の問題として)『聖書』の物語をたしなみとして国民に教えているのであれば、わが国でも民族の物語=神話としての記紀神話を日本人の大半が常識として共有しているのが本来の姿だと僕は思います。

 したがって、僕に言わせれば、歴史の授業ではなく、国語の授業でこそ、小学生のうちから徹底的に記紀神話を教え込むべきだと思うのですが、そういうことを言うと、左巻きの人たちは「戦前の皇国史観が大日本帝国の侵略戦争を支える役割を果たした」などと主張して反対するんでしょうな。困ったものです。

 
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 世界の国々:アンティグア・バーブーダ
2016-02-10 Wed 08:55
 ご報告が遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年2月3日号が発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はアンティグア・バーブーダの特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      バーブーダ加刷

 これは、1922年に発行された“バーブーダ加刷”切手です。

 現在のアンティグア・バーブーダ国家を構成するアンティグア島とバーブーダ島は、いずれも、1493年、クリストファー・コロンブスの第2次航海で“発見”されました。

 このうち、バーブーダ島は、1680年、イギリスのクリストファー・コドリントンとジョン・コドリントンが上陸して以来、コドリントン家の私有財産としてプランテーションが経営されていましたが、1834年、アンティグア島を含む全英領で奴隷が廃止されると、次第に経済は衰退。1860年にはコドリントン家によるバーブーダ島の経営が終焉を迎え、同島はイギリス政府によって併合され、アンティグア島と一括して英領植民地の“アンティグア”が成立します。これを受けて、1862年7月1日には“アンティグア”として最初の切手が発行されると、バーブーダ島でもこの切手が使われるようになりました。

 その後、1890年、アンティグアを含む英領リーワード諸島として共通の切手(以下、共通切手)が発行されると、英領アンティグアとしての独自の切手の発行は一時的に停止されましたが、1903年、共通切手と別に各植民地で独自の切手を発行することが認められ、英領アンティグア切手が復活。以後、1956年まで、バーブーダ島を含む英領アンティグアでは、アンティグア切手と共通切手が併用される事態が続きます。
 
 ところで、アンティグア島に比べて人口が少ないバーブーダ島では、アンティグア切手と共通切手で島内の郵便需要を賄うことは十分に可能で、独自の切手を発行する必要性はありませんでした。ところが、1922年、突如、リーワード諸共通切手に“BARBUDA”の文字を加刷した切手が発行されました。今回ご紹介の切手はその一例です。

 加刷切手が発行された理由は明らかにされませんでしたが、外貨獲得の手段として、海外の切手収集家向けに輸出するためのものであったと推測されています。ただし、共通切手への加刷はこの1回のみで、その後は、1968年まで、バーブーダ島でもアンティグア切手と共通切手が併用される時代が続きました。

  さて、『世界の切手コレクション』2月3日号の「世界の国々」では、今回ご紹介の切手のほか、英領アンティグアの郵便史についての概説コラムのほか、ナポレオン戦争時の史跡であるマルテロー・タワーや20世紀を代表するクリケット選手の一人、アイザック・ヴィヴィアン・アレクサンダー・リチャーズ、バーブーダ島とアンティグア島を結ぶフェリーの切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、僕が担当する「世界の国々」は、次回は本日発売の2月17日号でのパキスタンの特集になります。こちらについては、2月17日以降、このブログでもご紹介する予定です。

 
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 春節深夜の香港で騒乱
2016-02-09 Tue 15:24
 春節のきのう(8日)深夜、香港の繁華街、旺角で香港警察による屋台の取り締まりをきっかけに、これに反発する市民と“本土派(中国大陸から来る中国人を排除して自分たちの“本土”である香港を守ろうと訴えている民主派グループ)”が合流して数百人規模の騒乱が発生。警官隊はデモ隊への催涙ガスに加え、空に向けて2発の威嚇発砲を行いました。香港のデモで警官隊の発砲は極めて異例のことで、9日朝までにデモ参加者ら24人の身柄が拘束され、44人が負傷しました。というわけで、きょうは香港警察がらみでこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      香港・警察ラベルカバー  香港・警察ラベルカバー(裏)

 これは、1967年6月15日、九龍から米国宛の書留便で、香港の警察官を描く“国際観光年”の宣伝ラベルが貼られているのがミソです。ラベルの製作者としては、警察官のラベルによって香港の治安が良いことをアピールしようとしたのでしょうが、このカバーが差し出された時期の香港は、“六七暴動”と呼ばれる大規模な左派騒乱の最中にありましたから、何とも皮肉な組み合わせともいえそうです。

 1966年5月、共産党支配下の中国大陸でプロレタリアート文化大革命(以下、文革)が正式に発動されます。これを受けて、同年9月、文革指導部は華僑への宣伝を担当する“文化宣伝隊”を設立。香港もその工作対象とされました。

 はたして、10月に北京で開かれた国慶節祝賀会には、香港の代表が招待され、他地域の華僑の代表者とともに熱烈な歓迎を受けたほか、11月には香港左派の代表が“孫中山誕生100周年記念式典”に参加し、帰国後、紅衛兵運動を盛んに賞賛するようになります。

 現在の視点から見れば、文革の本質は権力闘争でしかなく、その主張も荒唐無稽なものですが、当時の香港には、大陸から渡ってきた左派の煽動を受け入れるだけの素地があったことも事実です。

 すなわち、1950年代以降、香港経済が目覚しい高度成長を遂げている一方で、それを支えてきた難民労働者は極端な低賃金・長時間労働を強いられているという現実がありました。そうした彼らには、既存の秩序を根本的に否定し、社会の極端な平準化を要求する文革派の主張は、一定の説得力を持って受け止められる面もあったのです。

 こうした状況の下で1967年1月4日、香港における左派系市民の後ろ盾となっていた中国共産党広東省委員会第一書記の陶鋳が失脚します。

 陶鋳は1926年に中国共産党に入党した古参の党員で、中華人共和国の成立後は広東省委第一書記、中央政治局常務委員、書記常務所書記、国務院副総理、中央宣伝部部長などを歴任。中央政治局内では、毛沢東、林彪、周恩来に次ぐ序列第4位の大物でしたが、文革が発動されると、陶鋳は失脚した陸定一に代わって中央宣伝部部長に就任。江青ら文革四人組に対しては批判的な立場をとり、文革の行き過ぎにブレーキをかけようとしていました。このため、紅衛兵によって“中国最大の保皇派”と宣告され、陳伯達、康生、江青等からの批判を受けて事実上失脚したのです。

 “広東王”とも呼ばれ、広東省から香港・マカオにいたるまで強い影響力を持っていた陶鋳が失脚したことで、香港の左派系市民は、陶鋳の目指していた穏健路線を放棄し、急進路線をとらざるを得なくなります。もちろん、極左路線の信奉者は、この事態を歓迎しました。

 かくして、1967年早々から、海運会社やタクシー会社、繊維工場やセメント工場などで労働争議が頻発。社会的な緊張が高まり、同年4月に入ると、啓徳空港の北側、新蒲崗のホンコンフラワーの工場でも文革派の煽動によってストライキが発生しました。

 ストライキに突入したホンコンフラワーの工場では、文革派の煽動もあって、労働者たちが毛沢東語録を振りかざして工場を取り囲み、工場は操業停止に追い込まれました。そこで、5月6日、商品を運び出そうとする経営側が労働側と衝突すると、警官隊が労働側を強制排除。労働側に多数の負傷者が出たほか、24名が逮捕される騒ぎとなりました。

 この事件に対して、親大陸系の左派市民は労働者を支持し、大規模な反英デモを行います。デモ隊は、これまた毛沢東語録を振りかざし、香港総督官邸の周囲には抗議の大字報(壁新聞)が貼りだされるなど、大陸の紅衛兵運動と全く同じパターンが展開され、背後にいかなる勢力があるのか、誰の目にも明らかとなりました。

 さらに、5月12日には、“香港・九龍各業種労働者迫害反対闘争委員会”が成立し、香港政庁に弾圧停止・逮捕者釈放・当局の謝罪などの四項目の要求を突きつけます。15日には英国を非難し、闘争委員会とほぼ同内容の五項目を要求する中国外交部の声明も発表されました。

 これに対して、英当局は5月22日から反撃に出て、香港政庁によるデモ隊鎮圧によって166名が逮捕され、多くの死傷者が発生。さらに、翌23日、香港政庁はデモの許可制・総督への請願の郵送制・大字報の禁止などを定めた緊急法令を発し、断固として暴動を鎮圧する姿勢を示しました。さらに、26日にはシンガポールから英海軍の空母が来航し、大規模な軍事演習も行われ、暴動に参加していた左派市民を威嚇しています。

 もっとも、共産党系労組の幹部や一部の極左教員(教員の中に極端な左翼思想に走る者が一定の割合で発生するのはどこの国でも一緒のようですな)こそ英国の香港支配を転覆しようと本気で考えていた節があったものの、暴動に参加していた左派市民たちの多くは、あまりにも拡大した社会的な不平等への不満をぶつけているだけで、体制そのものを転覆しようとは考えていっませんでした。

 じっさい、暴動で一番激しい攻撃を受けたのは、今回ご紹介のラベルに描かれているような中国系の警察官でした。彼らには「お前たちも中国人じゃないのか」と罵声が浴びせられ、塩酸や尿の入ったガラス瓶または火炎瓶を投げつけられたほか、警官隊に向けられたアジ演説のスピーカーは「英国人はそう長くはここに留まっていられないだろう。彼らが本国に帰るとき、お前たちを連れて帰ってくれるとでも思っているのか」とがなっていました。

 一方、北京政府は「英帝国主義の挑発に断固反対する」との声明を発していましたが、本音では、香港の“現状維持”を放棄するメリットは何もないことを十分に承知していました。もちろん、江青らは香港奪還を主張したものの、それが毛沢東の支持を得ることはなく、中国は英国が中国に敵対する政策を取らず、軍事的に利用しない(中国は米軍が香港に寄港することを恐れていました)方針を堅持していることを確認すると、それ以上、香港に対して干渉することはなくなります。

 かくして、香港の左派系市民は中国からも見捨てられ、“左派騒乱”と呼ばれた暴動は八月には実質的に終息。裏切られた革命の後遺症として、香港左派の地下党員の士気は沈滞し、中国系の国貨公司や中国系商店の売上げも激減することになりました。

 なお、このあたりの事情については、拙著『香港歴史漫郵記』でも詳しく取り上げておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 春節愉快 萬事如意
2016-02-08 Mon 09:40
 きょう(8日)は旧正月・春節です。というわけで、申年の正式なスタートですから、昨年刊行の拙著『英国郵便史 ペニー・ブラック物語』にちなんで、猿を描いた英国切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      英国・クモザル(2011)

 これは、2011年の“ヨーロッパ切手”の1枚として発行されたクモザルの切手です。なお、切手には額面数字の代わりに“1st”と入っていますが、これはファースト・クラス(優先配達:日本の速達に近い制度)の郵便料金相当を意味していて、料金が値上げされても、永久にファースト・クラスの郵便に使えることを意味しています。

 “ヨーロッパ切手”は、欧州各国から統一テーマに沿って発行される切手で、1956年に“欧州石炭鉄鋼共同体”の加盟6ヵ国が同一図案で発行したのが最初です。今回ご紹介の切手は、2011年のテーマ“森林”にちなみ、アマゾンの熱帯雨林の保護を訴える1枚として発行されました。

 切手に取り上げられたクモザルは、手足が長く、5本目の手足として発達した尾を使って自在に動き回る姿がクモを連想させたことが、名前の由来です。メキシコ南部、中央アメリカからアマゾン流域のほぼ全体、さらにアンデス東麓にわたって広範に分布していますが、近年の森林開発などによって生息数が減少しているため、種類によっては、国際自然保護連合の絶滅危惧種IB類(EN)に指定されています。今回ご紹介の切手に、アマゾンの自然破壊の象徴として、クモザルが取り上げられたのも、こうした事情を踏まえたものです。

 さて、ことしは8月にリオ五輪が開催されます。2013年11月、リオデジャネイロで開催の世界切手展<Brasiliana 2013>に参加した際には、翌2014年のサッカーW杯の時期に合わせてリオの本を作るつもりで現地でもいろいろ取材してきたのですが、結局、実現しませんでした。

 ブラジルといえば、1840年の英国のペニー・ブラック以来、国としては世界で2番目(州などを入れると4番目)の切手として“牛の目”を発行した国でもありますし、昨年は『ペニー・ブラック物語』も出したのですから、なんとか、リオ五輪という千載一遇のチャンスに合わせて、お蔵入りしたままのリオデジャネイロの本を世に出したいなぁ…と思っています。


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 北朝鮮がミサイル発射
2016-02-07 Sun 12:18
 北朝鮮が、きょう(7日)午前9時31分頃、平安北道東倉里のミサイル発射場から、事実上の長距離弾道ミサイル(北朝鮮側の主張では宇宙ロケット)を沖縄県方向に向けて発射しました。北朝鮮がこの種の飛翔体を発射するのは、2012年12月以来のことです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      北朝鮮・銀河3号

 これは、前回、2012年12月のミサイル発射に際して北朝鮮が発行した記念切手で、“銀河3号”ロケットによる人工衛星光明星3-2打ち上げの光景が描かれています。切手の下には、北朝鮮当局の公式見解である「(衛星)運搬ロケット銀河3号は、主体101(2012)年12月12日9時49分46秒に打ち上げられ、発射から9分27秒後の9時59分13秒、光明星3-2を軌道に投入することに成功した」という趣旨の説明文が印刷されているほか、その右側には、“衛星の軌道投入”までの軌跡が地図とともに示されています。

 光明星3-2以前の北朝鮮による人工衛星打ち上げは、いずれも、軌道投入に失敗していますが、光明星3-2に関しては、NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)によって、衛星の機体とそれに付随するスペースデブリの計4物体が衛星軌道に到達し、人工衛星となったことが確認されています。この結果、北朝鮮は人工衛星自力打ち上げ能力を有する10番目の国にして、人工衛星を保有する75番目の国・組織になりました。

 ちなみに、“飛翔体”としての広義のミサイルには、いわゆるロケット(狭義には“飛翔体”の推進体を指す)も含まれますが、一般にはロケットの先端部に爆発物を搭載した軍事目的の“飛翔体”をミサイルと呼び、先端部に人工衛星などが搭載されていれば宇宙ロケットと呼ばれます。したがって、宇宙ロケットとミサイルは本質的に同一の技術なわけで、北朝鮮側の主張するように、人工衛星を打ち上げるための平和目的のロケットだから周辺諸国への脅威にはならないという説明はなんら説得力を持ちません。

 こうしたこともあって、北朝鮮が開発・製造する“ロケット”は、弾道ミサイル・核開発計画と表裏一体の存在であるというのが国際社会の一致した見方ですから、銀河3号に関しても、国際連合安全保障理事会決議1718と決議1874で発射の中止が強く要求されていました。こうした決議を無視しての発射だっただけに、日本、米国、韓国、国際連合安全保障理事会議長国のモロッコなどは、発射後すぐに、銀河3号ロケットの打ち上げは国連決議違反との立場を表明。2013年1月23日、北朝鮮に対する追加制裁を明記した決議2087が全会一致で採択されています。

 今回の発射に関しても、9時45分頃、日本の南約2000kmの太平洋に落下したことをふまえ、日本政府は10時15分ごろから首相官邸で国家安全保障会議(NSC)閣僚会合を開き、今後の対応を協議。安倍首相は「繰り返し自制を求めてきたにも関わらず、ミサイル発射を強行したことは断じて容認できない。明白な国連決議違反だ。国際社会と連携して毅然きぜんとして対応する。国民の安全と安心を確保することを万全を期していく」と述べています。また、米韓両国も北朝鮮を非難し、日本の国連代表部は、国連安全保障理事会で対応を協議する緊急会合の開催を要請。おそらく、前回同様、国連の場でも、北朝鮮に対する追加制裁が決議されることになるでしょう。

 その一方で、北朝鮮側も今回の発射の成果を大々的にアピールしていくのでしょうが、はたして、前回同様、記念切手が発行されるか否かは現時点では不明です。実際に記念切手が発行され、その実物を入手することができたら、いずれこのブログでもご紹介したいと考えております。


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 台湾南部で大地震
2016-02-06 Sat 15:32
 きょう(6日)未明、台湾南部の高雄市美濃(台南の南東43km 付近)でマグニチュード6.4の地震が発生。現地時間の午前10時40分までに5人の死亡が確認され、8棟のビルが倒壊した台南だけで一時16万8000世帯が停電、40万世帯が断水するなどの大きな被害が出ています。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災者の方には心よりお見舞い申し上げます。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      台南・風景印

 これは、日本統治時代の台湾・台南で使われた風景印のオンピースです。台南の風景印は1932年1月1日から使用が開始され、この地の名所である赤崁楼が描かれています。

 17世紀に入り、東アジアに進出したオランダは澎湖を拠点に明朝と対立していましたが、1624年に両者の間で講和が成立。これを受けて、オランダは澎湖から撤退する代償として、台湾南部での商館および砲台の築城が認められ、現在の台南の基礎が築かれました。その中心になったのは一鯤鯓沙洲(現安平)のゼーランディア城(熱蘭遮城、現・安平古堡)であり、この城塞の東側には台湾街(現・延平街一帯)と普羅民遮街(現・民権路)が建設され、街区が整えられていきます。

 しかし、オランダ人は漢族移民や平埔族に対して過酷な統治をおこなったため、1652年、反オランダ暴動の郭懷一事件が発生します。事件そのものはすぐに鎮圧されましたが、オランダ川は事件の再発を防止するために普羅民遮街の北方に、周囲約141m、城壁の高さ10.5mのプロヴィンティア城(普羅民遮城)を建設しました。この城塞の現地名が赤崁楼(オランダ人が建築したことにちなみ“紅毛楼”とも)です。

 その後、1661年に鄭成功によりオランダ人が台湾から駆逐されると、普羅民遮城は東都承天府と改められ、台湾全島の最高行政機関となりました。しかし、鄭成功が1662年に亡くなると、後を継いだ鄭経は1664年に承天府を廃止。赤崁楼は火薬貯蔵庫として用いられるようになります。

 さらに、鄭政権の崩壊後、1721年に朱一貴が清朝に対して反乱を起こすと、赤崁楼の鉄製門額が武器鋳造の材料とされたほか、その後も人為的な破壊や台風・地震などの自然災害により、赤崁楼は大いに荒廃しましたが、19世紀後半になり、ようやく、かつての大士殿、海神廟、蓬壷書院、文昌閣、五子祠などが赤崁楼の跡地に再建されました。

 1895年に始まる日本統治時代には、当初、海神廟と文昌閣、五子祠は病院や医学生の宿舎として利用されていましたが、1921年、台湾総督府により大士殿の解体修復が行なわれた際、敷地内からオランダ時代の堡門や砲台跡が発掘されたことで、歴史館が設置されました。これが、現在の台南市立歴史博物館のルーツです。

 さて、台湾といえば、2011年の東日本大震災の際に、いちはやく篤い支援の手を差し伸べてくれたことは記憶に新しいところです。また、個人的にも、今回の地震で大きな被害が伝えられている台南と高雄には、僕も2008年のアジア切手展にあわせて行ったことがあり、風景印に描かれた赤崁楼も拝んできただけでなく、高雄で開催の切手展に出品したこともありますので、一日も早く被災地の復旧・復興が進むことを切にお祈りしております。


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 リオのカーニヴァル
2016-02-05 Fri 12:05
 ことしのリオデジャネイロ(以下、リオ)のカーニヴァルのメインパレードが、きょう(5日・現地時間)から8日まで、行われます。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・カーニヴァル(1970)

 これは、1970年2月5日にブラジルで発行された“リオのカーニヴァル”の切手です。

 西方キリスト教会では、四旬節(復活祭の46日=日曜日を除く40日前)から復活祭前日までの期間は、イエス・キリストの受難を思って肉や卵などの食事制限を行うことから、その直前に肉に別れを告げる祭りが行われます。これが謝肉祭で、いわゆるカーニヴァルは“carne vale(肉よさらば)”という表現に由来するものです。

 リオのカーニヴァルの起源は定かではないのですが、1567年のリオ市の建設を記念して、人々が街を練り歩いたことが記録に残っているほか、1786年にはドン・ジョン王の結婚を祝って山車が作られた記録もあります。また、1808年、ナポレオン戦争の影響でポルトガル王家がブラジルに逃れてきた際に、ブラジル在住のポルトガル人たちが仮面をかぶり派手な衣装をつけ音楽を鳴らして町中を練り歩き歓迎したことをもって、カーニヴァルの原型になったとする説もあります。

 いずれにせよ、19世紀前半までのブラジルの街頭でのカーニヴァルは、“灰色の水曜日(カーニバル後の水曜日でこの日から四旬節が始まる日”までの3日間、かつらや仮面をつけて、悪臭を放つ水をかけたり、小麦粉やタピオカ粉をお互いに投げつけあったりあったりする庶民のお祭りでしたが、1840年代、新聞社により、昔のローマやヴェニスのように、街の中で仮装をつけ、コンフェッテ(紙吹雪)をかけあう、エレガントなカーニバル・パレードの復活キャンペーンが始まり、それが、現在のカーニバルの原型となりました。

 1900年代になると、大規模なコーラスバンドを従え、仮装した集団のハンショが登場しましたが、経費のかかるハンショは、世界恐慌の影響で、次第に維持が困難になります。このため、ハンショから優秀な人材を選抜して、現在のサンバ・カーニヴァルの音楽が誕生しました。

 パレードにコンテスト制度が導入されたのは1930年のことで、この時の参加は5つのサンバ学校でした。1933年にはリオの大手新聞社グローボと、ムンド・エスポルチボがコンテストのスポンサーになったことで、注目度もあがり、優れた演出、楽曲が次々に誕生し発展。1935年にはリオ市長のペドロ・エルネストが、コンテスト上位4位のサンバ学校への賞金の支給を開始。あわせて、出し物にテーマやナショナルイベントを選択させるようにしたことで、民族的なテーマを持った出し物が登場するようになります。

 その後、パレードに参加するサンバ学校が増えたため、学校をランク付けして、ランクごとに演じる場所を変えるシステムが導入され、1958年にはグループ別に順位をつけ、グループ内の最下位と下のグループの最上位が入れかわるといった現在のコンテスト形式が確立しました。

 なお、現在、サンバ・カーニヴァルの会場となっている“サンボドローム”は、1984年、オスカー・ニーマイヤーの設計で、マルケス・デ・サブカイ通りに建設されました。


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 切手歳時記:梅にウグイス
2016-02-04 Thu 11:50
 公益財団法人・通信文化協会の雑誌『通信文化』2016年2月号ができあがりました。今回は立春(今日ですな)の時期に合わせて、僕の連載「切手歳時記」も、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      鳥切手・うぐいす

 これは、1964年2月10日に発行された鳥切手の“うぐいす”です。

 ウグイスといえば我々の感覚では“ホーホケキョ”と鳴くものと相場が決まっていますが、万葉の人々はその鳴き声を“ウーウグピ”と聞いていたようです。

 もともと、大和言葉では、鳥の名前には鳴き声にスをつけるという命名法があり(その典型的な例がカラス)、ウグイスの名前も、そのルールに従って、万葉仮名では“宇具比須”と書かれていました。ちなみに、当時の“比”の字の発音は、ピとビの中間のような音で、それが後にウグヒス、さらにウグイスとなったのだといわれています。

  一方、漢字の鶯は、中国語では、日本語でいうウグイスとは全く別種の鳥である“コウライウグイス”を意味していますが、この鳥は日本には棲息していませんでした。

 このため、中国大陸ではありふれた鳥である“鶯”は漢詩にもしばしば登場するものの、そのままでは日本語には訳しようがありません。

 そこで、杜牧の『江南春』冒頭の一節「千里鶯啼いて緑紅に映ず」を持ち出すまでもなく、“鶯”が春の訪れを告げる鳥として漢詩に詠まれていることをふまえ、当時の日本人は“鶯”をあえて自分たちにとって馴染みのある“ウグイス”と訳しました。これが、ウグイスを鶯と書くようになった始まりで、万葉集の時代には、宇具比須と鶯の表記が混在しています。

 ところで、ウグイスと言えばやはり梅を思い浮かべる人も多いとおもわれます。ただし、しばしば誤解されがちなことですが、梅にウグイスの組み合わせは、春の訪れを告げる鳥と花を組み合わせた吉祥のシンボルともいうべきもので、天然自然の現象としてウグイスが梅の木を好むということではありません。

 すでに万葉集の中には、「梅の花咲ける岡辺に家居れば乏しくもあらず鴬の声」のように、梅とウグイスを組み合わせたものもあり、両者の組み合わせが古くから日本人に親しまれてきたことがわかるのですが、季節の風流譚としては、僕は、『大鏡』に記されている“鶯宿梅”のエピソードを挙げたいですね。

 村上帝の御世(946-67)、帝が愛でておられた清涼殿前の梅が枯れたことがありました。臣下の者たちが八方手をつくして新たな梅を探したところ、西の京のとある家の庭で立派な紅梅を見つけたので、これを掘り起こして御所に運ぶことにしました。すると、作業をしていた者たちに、家主からの言伝として、梅の木の献上にあたっては短冊をひとつ枝に結びつけてほしいという要望がありました。

 御所に運び込まれた紅梅を一目見るなりお気に召した帝は、すぐに枝の短冊に気づかれ、中を開いたところ、「勅なればいともかしこし 鶯の 宿はと問はばいかに答へむ(勅命とあれば畏れ多いことで、謹んでお受けいたしますが、毎春この木に訪れる鶯が、私の宿はどうしたのかと尋ねたら、どうに答えたらよいのでしょう)」との歌が書かれていました。

 この歌に深く感じ入った帝が改めて、紅梅の元の持ち主を問うと、紀貫之の娘、紀内侍が父の形見として梅を大切に育てていたことがわかったため、帝は自らの行為を深く恥じ、この木を鶯宿梅と名付けて紀内侍に返した伝えられています。

 その後、紀貫之の邸宅跡には、応永25(1418)年正月、将軍・足利義満により相国寺の塔頭として林光院が建立され、鶯宿梅は林光院のシンボルとなりました。その幹は何度か枯れてしまいましたが、そのたびに、接ぎ木によって受け継がれています。

 現在、鶯宿梅の花は36枚の花弁を有しており、つぼみの間は真紅、開花後は淡紅に変じ、最後に純白へと移りゆく変化が楽しめます。そこへ実際にウグイスが飛んできて、今回ご紹介の切手のような光景が拝める確率は、おそらく、宝くじ以下でしょうが、そうであればこそ、この組み合わせのありがたみもいや増すというものですな。


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 鬼の前で踊る
2016-02-03 Wed 14:51
 きょう(3日)は節分です。というわけで、例年どおり、鬼の登場する切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      こぶとりじいさん・踊

 これは、1974年9月9日に発行された昔話シリーズ第5集「こぶとりじいさん」のうち、鬼、妖怪の前で踊る善良な“じいさん”を描いた“踊”の切手です。

 昔話シリーズの「こぶとりじいさん」の原画は日本画家の片岡球子 が担当しましたが、片岡は、今日伝えられている物語のさまざまなバージョンのなかから、岩手県和賀郡黒沢尻町に伝わるものに独自の解釈を付け加えて、原画を作成しました。このうち、今回ご紹介の「踊」は、報道資料によると、「恐ろしい妖怪、鬼の奏でる曲に貧しい爺さんは心を動かし、生命の危険も顧みず座の中心に躍り出て、貧しい爺さんの純朴さ、内面の豊かさが表現された場面」を表現したものだそうです。

 昔話シリーズの「こぶとりじいさん」は、片岡の独特の画風が賛否両論を巻き起こしたことに加え、八幡様にお参りする2人を描いた1枚が政教分離原則に反するとして切手の発売停止を求める者が出てきたほか、今回ご紹介の切手についても、踊っている“じいさん”の左足の指の並びが通常とは逆ではないかとの物言いが一部からつくなど、何かと話題となった切手です。まぁ、それだけ切手が世間の耳目を集めていた時代だったということなのでしょうが…。

 ちなみに、僕のパソコンでは、“こぶとりじいさん”と入力すると、最初に出てくる変換は“小太り爺さん”です。明らかに、僕自身の体型を見透かされているようで、一寸鬱々たる気分になりますが、ここは、「この切手の“じいさん”のように、一生懸命踊っていれば、お腹周りの“こぶ”も少しは軽くなるかもしれないよ」という天の声だと思って、現実を甘受するしかありますまい。


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 アイオワから朝鮮の戦場へ
2016-02-02 Tue 21:58
 米大統領選での民主、共和両党指名候補争いの初戦となるアイオワ州の党員集会が、現地時間の1日夜(日本時間2日午前)、行われ、大統領選挙が本格的にスタートしました。というわけで、手持ちのマテリアルの中から、アイオワ州の消印が伊されたカバーをご紹介します。

      アイオワ発大邱転送カバー

 これは、1950年7月21日、アイオワ州バーリントンから広島県の江田島(軍事郵便局:APO354 のアドレスから特定できます)に駐留していた米軍兵士宛に差し出された郵便物です。その後、朝鮮戦争の勃発に伴い、名宛人が“国連軍”の一員として韓国に派遣されたため、この郵便物も、彼の移動に伴い、横浜(APO503)を経て、大邱(APO25)に転送されています。

 1950年6月25日、朝鮮人民軍の奇襲攻撃によって朝鮮戦争が勃発すると、国連安全保障理事会は、開戦翌日の6月25日午後2時(国連本部のあるニューヨーク時間。韓国時間では26日午前2時)、北朝鮮の南侵を侵略行為と規定し、北朝鮮に対して38度線以北への撤兵を要求しました。しかし、朝鮮人民軍はこの安保理決議を無視してさらに南侵を続け、6月28日にはソウルを占領します。

 このため、米国大統領・トルーマンは、極東海空軍に対して、38度線以南の朝鮮人民軍への攻撃を指令。国連安保理も、「北朝鮮の侵攻を撃退するため、加盟国は韓国が必要とする軍事援助を与える」との決議を採択して、米国の軍事介入を追認しました。朝鮮人民軍がさらに南下を続けると、7月7日、国連安保理は“国連軍”の創設を決議し、その司令官の任命をトルーマンに委任。これを受けて、翌8日、日本占領の司令官として東京に駐在していたマッカーサーが司令官に就任しました。

 これら一連の決議は、ソ連が欠席した安保理(当時のソ連は、中華人民共和国を“中国”として国連への代表権を与えるように主張し、それが否決されたことに抗議して安保理への出席を拒否していました)で採択されたことにくわえ、“国連軍”の派兵も、厳密には、国連憲章の定める手続きに則ったものでもありませんでした。

 すなわち、国際連合憲章の第7章は、平和に対する脅威に際して、軍事的強制措置をとることができると定められていますが、その兵力は、あらかじめ安保理と特別協定を結んでいる加盟国が、安保理の要請を受けて提供することになっています。しかし、朝鮮戦争の時の事例も含めて、これまで、国連と兵力提供協定を結んでいる国はありませんので、国連憲章に基づき、安保理が指揮するという、厳密な意味での“国連軍”が組織されたことはこれまで一度もないということになります。したがって、朝鮮戦争への派遣部隊も、参加国の自由意思に基づく“多国籍軍”というのが正確な言い方です。

 ただし、北朝鮮の侵略を阻止するための派兵に際して、国連は、国連軍司令部の設置や国連旗の使用を許可しているだけでなく、当時の国連加盟59ヵ国のうち、“国連軍”の派遣に賛成したのは52ヵ国と圧倒的多数を占めていました。また、米国以外にも計15ヵ国(このほか、病院船のみ派遣のデンマークや当時は国連未加盟で赤十字のみ派遣したイタリアなどの国もあります)が兵員を派遣しています。

 こうしたことから、国連旗の下に朝鮮に派遣された多国籍軍は、当時の国際世論を反映した、事実上の“国連軍”とみなしても問題はないといえましょう。
 
 なお、このあたりの事情については、拙著『朝鮮戦争』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 3000人のタヒチアンダンス
2016-02-01 Mon 12:16
 仏領ポリネシア・タヒチ島のパパラで、現地時間の30日、2980人が一斉にタヒチ伝統のダンス“オリタヒチ”を披露し、一度に踊った人数で世界記録に挑戦しました。ちなみに、現在の世界記録は、メキシコでの1539人です。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      仏領ポリネシア・タヒチダンス(1977)

 これは、1977年に仏領ポリネシアで発行されたオリタヒチの切手です。

 近代以前のポリネシアでは文字の文化がなかったため、人々はコミュニケーションや民族の歴史を記録(記憶)・伝承するための手段としてダンスが重要視されていました。古典的なタヒチの伝統舞踊としては、元々は戦士など、男たちの踊りだったと推測されているオテア、踊り手が手で歴史を語るアパリマ、男女が輪になって踊り、同じフレーズを合唱するヒヴィナウ、男女が輪の中で掛け声に合わせて踊るパオアなどがあります。ちなみに、アパリマのアパは「話」、リマは「手」を意味するタヒチ語で、直訳すると“手話”の意味になりますが、このことは、タヒチにおけるダンスの意味づけを端的に示しているといえましょう。

 しかし、1797年、 ロンドン伝道協会の宣教師がタヒチに上陸。以後、キリスト教が島内に次第に浸透していきます。さらに、1842年、タヒチがフランスの保護領となると、キリスト教宣教師の圧力によって、タヒチの伝統舞踊は官能的で反道徳的であるとの理由から公の場で踊ることを禁じられました。

 その後も、タヒチの人々は、フランス当局の目を盗んで密かに伝統文化を継承していましたが、1895年以降、“オリラア・タヒチ”の名の下、女性は肌を見せない長いドレスを、男性は長袖に長ズボンを履くなどの条件の下、タヒチのダンスはフランス革命の記念イベントの一部として認められるようになります。タパやモレなどの伝統衣裳を身につけての舞踊が全面的に解禁されたのは、20世紀以降のことです。

 その後、1950年代に入ると、女性舞踏家のモウアが伝統文化の継承を目的として、ダンス集団“ヘイヴァ”を結成。これ以降、伝統舞踊を公の場で披露する機会が飛躍的に増え、文化としての伝統舞踊は完全に復活。1984年以降、毎年7月には、“ヘイヴァ・イ・タヒチ”という大規模なダンスのお祭りが行われるようになりました。


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