内藤陽介 Yosuke NAITO
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 1962年以来の文民政権
2016-03-31 Thu 14:14
 ミャンマーで、きのう(30日)、与党・国民民主連盟(NLD)が擁立したティンチョー大統領の就任式が行われ、1962年のネ・ウィン将軍による軍事クーデター以来、54年ぶりに文民政権が発足しました。というわけで、きょうはこの切手です(画像はクリックで拡大されます)

      ビルマ・1962年革命10周年

 これは、ビルマ連邦時代の1972年に発行された“革命評議会10周年”の記念切手です。

 1948年の独立当初から、連邦からの独立を求める民族勢力(麻薬産業を背景とした北部シャン州と、独立志向の強いカレンなど南部諸州が中心)、中国での国共内戦に敗れた後、ビルマ北部に流入した国民党の残党、共産党勢力などが入り乱れて、政権は不安定な状態にありました。

 こうした中で、彼らとの武力闘争を経て次第に力を蓄えた国軍は、ネ・ウィン将軍の下、1962年3月2日、軍事クーデターを決行。ネ・ウィンは“ビルマ式社会主義”を掲げ、ビルマ社会主義計画党を結成。革命評議会議長に就任しました。今回ご紹介の切手は、このときの革命評議会成立から10周年になるのを記念して発行されたものです。

 その後、1974年にビルマ連邦社会主義共和国憲法が制定されると、ネ・ウィンは大統領に就任。1981年に大統領職をサン・ユに譲った後も、ビルマ社会主義計画党議長として国政に君臨しました。

 ネ・ウィンの時代、ビルマは外交面では厳正な中立政策を採り、ビルマ共産党や各地の少数民族民兵組織との内戦において、諸外国の介入を防ぐ一方、その鎖国主義的な政策の結果、ビルマ経済は停滞し、ビルマは世界の最貧国に転落します。

 このため、1988年8月には国民の不満が爆発した民主化要求デモが発生。ネ・ウィンはその責任を取るかたちで党議長を辞任しましたが、同年9月18日に政権を離反したソウ・マウン率いる軍部のクーデターにより、国家法秩序回復評議会(1997年11月、国家平和発展評議会に改組)が全権を掌握。以後、同国では2011年3月30日の民政移管まで軍事政権が続きました。

 なお、民政移管後の初代大統領に就任したテイン・セインは、中将の階級を持つ元軍人で、軍事政権下では2007年以降、首相を務めていたという経歴の持ち主であったため、純粋な文民出身の大統領としては、ティンチョー新大統領は、1964年のクーデターで失脚したウー・ヌ以来ということになるわけです。


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 世界の国々:ニジェール
2016-03-30 Wed 15:55
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年3月23日号が発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はニジェールの特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ニジェール・クンチェ

 これは、1975年に発行されたセイニ・クンチェの切手です。

 1974年、ニジェール南部のサヘル地帯で大旱魃が発生し、ニジェール経済は壊滅的な打撃を受けましたが、独立(1960年)以来のニジェール進歩党(PNN)政権は有効な対策を打てなかったばかりか、救援物資の横流しなどの不正が横行していました。このため、国民の反政府感情が高まるなか、1974年4月15日、国軍参謀総長のセイニ・クンチェがクーデターを起こします。

 クンチェは“最高軍事評議会”を樹立して自らその議長に就任。憲法を停止し、政党を禁止する一方で、PNN政権下で拘束されていた全政治犯を釈放しました。さらに、最高軍事評議会は援助食糧の配給を開始したため、国民生活は急速に改善されます。

 また、クンチェ政権は、北西部アイル山地西麓のアーリットとアクータでのウラン鉱山の開発に力を入れることで疲弊したニジェール経済の再建を進め、気象状況の改善もあって、1980年には食糧自給が達成されました。

 経済状況の好転を受けて、1981年には最高軍事評議会に文民が加わり、1983年には文民のママヌ・ウマルがクンチェにより首相に任命されたほか、翌1984年には憲法復活の準備段階として、国民憲章も発表されるなど、クンチェ政権は一定の成果を上げ、クンチェ本人も1987年11月に病死するまで、政権を維持し続けました。

 クンチェの死後、後継者となった参謀長のアリー・セブは、民政復帰を目指して、1989年1月、単一政党として社会発展国民運動(MNSD)を結成。同年9月には新憲法を施行し、12月には大統領選挙を行い、当選します。

 しかし、これに対して、複数政党制の導入を含む民主化の徹底を求める学生たちが、1990年2月9日、首都ニアメのケネディ橋で大規模なデモを敢行。これを警官が鎮圧し、死者が発生すると、学生・労働者による政府への抗議行動が全土に拡大します。さらに、混乱の中で、北部ではトゥアレグ人とニジェール政府軍との武力衝突も発生し、ニジェール情勢は不安定化していくことになりました。

 さて、『世界の切手コレクション』3月23日号の「世界の国々」では、今回ご紹介の切手を含むニジェール現代史の記事に加え、国名の由来となったニジェール川やザンデールの王宮の切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、僕が担当する「世界の国々」は、次回は4月13日発売の4月20号でのスリランカの特集(セイロン時代を含め2回目)になります。こちらについては、4月20日以降、このブログでもご紹介する予定です。


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 堅決反對美國重新武装日本
2016-03-29 Tue 14:54
 安全保障関連法が、きょう(29日)午前0時に施行されましたが、これに先立ち、きのう(28日)、中国外務省の洪磊報道官は定例記者会見で「アジアの近隣諸国がこの問題を注視してきた原因は歴史にある。日本が軍事・安全保障分野で慎重に行動し、隣国との相互信頼を深め、地域の安定に寄与する政策を実行するよう望む」などとわが国を牽制するコメントを発表しました。というわけで、いまも昔も変わらぬ、かの国の論調を示す資料として、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      日本再軍備反対標語・上海

 これは、1951年9月3日、上海で差し出された市内便で“堅決反對美國 重新武装日本”(「米帝国主義による日本の再武装に強く反対しよう」といった程度意味になりましょうか)のスローガン印が押されています。 
 
 さて、第二次大戦の終結以来、連合軍(実質的には米軍)の占領下に置かれていた日本では、当初、民主化と非軍事化の名の下に、旧大日本帝国の精神的・物理的な武装解除が進められました。しかし、1948年8月に朝鮮半島で両政府が成立し、翌1949年10月に中国大陸が共産化するなど、東西冷戦が東アジアでも本格化すると、米国は日本の占領方針を転換。日本を反響の防波堤として育成するため、民主化よりも経済復興を優先させるようになりました。

 1950年6月に勃発した朝鮮戦争は、こうした方向性を決定付け、開戦後、日本は米軍の兵站基地として重要な役割を担うことになります。そして、駐日米軍が朝鮮へと派遣されると、日本国内には防衛兵力、治安維持兵力が存在しなくなり、その軍事的空白を埋める必要が生じたため、1950年8月10日、警察予備隊令が創設されました。

 警察予備隊は、当初、軽装備の治安部隊に近いものとして構想されていましたが、朝鮮での戦争が長期化し、中国人民志願軍の参戦により戦争が米中代理戦争化すると、警察予備隊を重武装化するよう方針が転換されます。

 これに対して、警察予備隊の創設による日本の“再武装”は、ポツダム宣言や『日本国憲法』第9条に抵触するとして、まずはソ連が反発。日本国内でも左翼陣営がこれに同調し、反対闘争を展開。さらに、1951年9月、サンフランシスコ講和条約と同時に日米安保条約が調印され、講和条約の発効による日本の独立回復後も米軍の駐留が継続されることになると、共産主義諸国はこれに反発し、ソ連・チェコスロバキア・ポーランドの3ヵ国は条約の調印を拒否。日本国内でも、これに同調した“進歩的知識人”が(対共産主義諸国を含む)全面講和論を展開しました。

 今回ご紹介のカバーのスローガン印は、こうした状況の下で、上海の市内便に押されたものです。この時期、中国では、国民世論を誘導するため、この種のスローガン印がいろいろ使われましたが、そうした印は、中央で統一的に印を作成・支給したのではなく、各地の現場が独自に制作したため、地域ごとに文面などのヴァラエティがあります。

 なお、このあたりの事情については、拙著『朝鮮戦争』でもいろいろご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 ラホールでイースターにテロ
2016-03-28 Mon 13:54
 パキスタン東部ラホールのグルシャン・エ・イクバール公園の入口付近で、きのう(27日)、反政府勢力パキスタン・タリバーン運動(TTP)の分派組織が、イースターを祝っていたキリスト教徒たちをターゲットにした爆弾テロを起こし、この記事を書いている時点で、少なくとも71人が死亡、300人以上が負傷しました。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、負傷された方にはお見舞い申し上げます。というわけで、きょうは、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      パキスタン・ラホール復活大聖堂教会

 これは、1987年にパキスタンで発行された“ラホール復活大聖堂教会100周年”の記念切手で、同教会とその100周年記念塔が描かれています。ラホールのキリスト教会を取り上げた切手としては、今回ご紹介のモノのほか、カトリックの大聖堂を取り上げたものもあるのですが、イースターの時期ということで、こちらの“復活大聖堂”を選びました。

 ラホールにおけるキリスト教会の建築は、1595年にアクバル帝によって認められたのが最初です。続くジャハーンギール帝は、1614-24年、教会の閉鎖を命じます。ジャハーンギール帝末期には、協会の再開は認められたものの、次代のシャー・ジャハーン帝は、1632年、再度教会の閉鎖を命じました。

 その後、約2世紀の空白を経て、英領インド帝国時代の1877年、ラホール中心部、高等裁判所の向かい側に、イギリス人がパキスタン聖公会・カルヴァン主義合同教会を建立しました。これが、今回ご紹介の切手に取り上げられた復活大聖堂教会です。

 復活大聖堂教会は、ピンク色の砂岩を用いたネオ・ゴシック様式の建築で、ジョン・オルドリド・スコットが設計を担当。2本の塔は1898年に加えられました。また、当初は8つの鐘を備え付ける予定でしたが、実際の鐘の数は6つです。また、教会所有の宝物としては、1862年製のステンドグラスや、1935年に発掘された聖トマスの十字架などがあります。

 さて、パキスタンは人口の97%がムスリムで、“イスラム共和国”として、イスラムの理念にのっとった政治を行うことを憲法で公式に宣言しています。もちろん、パキスタンの現行憲法では「すべての国民はみずからの宗教を信仰し、実践し、広める権利を有する」との規定があるのですが、同時に、すべての法律はイスラムの理念と合致する(少なくともイスラムに反しない)ことが求められています。このため、キリスト教を含む少数派の宗教に対しては、個人としての礼拝と活動の自由は認められているものの、公の場での宣教活動に対してはさまざまな制約が加えられているのが実情です。また、就職や昇進などでは、キリスト教徒をはじめとする宗教マイノリティに対する明らかな差別待遇が横行しています。

 さらに、刑法には“冒瀆罪(イスラム侮辱罪)”として“イスラムの預言者ムハンマドやコーラン等に対するあらゆる侮辱・冒瀆”を罰する規定(最高刑は死刑もしくは終身刑)があります。しかし、どのような行為や発言が侮辱や冒瀆に該当するのか、明確な規定がないため、たとえば、賄賂を要求して断られた地方の警官や役人などが私怨を晴らすためにこの規定を悪用するケースが後を絶ちません。

 冒瀆罪で告発(冤罪事件を含む)されるのは、半数がムスリムでキリスト教徒は全体の13%程度とされていますが、人口比から考えると、キリスト教徒の告発率がきわめて高いのは明白で、告発されたキリスト教徒の家族や彼らが生活する村に対する“報復攻撃”(もちろん、違法行為で、刑事罰の対象になります)も蔓延しています。

 こうしたこともあって、パキスタン国内でも冒瀆罪の廃止を求める声は少なからずありますが、そうした主張をしたシャウハズ・バッティ大臣やサルマン・タシール元パンジャブ州知事などは暗殺されてしまいました。

 今回のテロ事件に対して、パキスタンのシャリフ首相は「卑劣なテロリストが女性子どもを標的にした」と強く非難しています。

 一方、ラホールでのテロ事件とほぼ時を同じくして、首都のイスラマバードでは、昨夜、サルマン・タシール元パンジャブ州知事暗殺事件の犯人に対する死刑が執行されたことに抗議し、イスラム法の厳格な施行を求める数万人の群衆が議会前を占拠して一部が暴徒化したため、シャリフ政権の要請で軍が出動。このほか、南部カラチでも地元記者協会の建物に群衆が乱入し、テレビ局の車やカメラを壊す事件が発生しました。

 “卑劣なテロリスト”がパキスタン国内を跋扈している背景には、テロ行為そのものを積極的には支持しなくとも、テロリストの煽動に対して、心情的には同調しかねないパキスタンの社会的土壌が根強くあることが浮き彫りになったかたちで、何とも暗澹たる思いにさせられますな。


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 イースター・ポスト
2016-03-27 Sun 16:51
 きょう(27日)はイースターです。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ヴォルテンベルク収容所切手(1942・イースター)

 これは、1942年4月5日、ヴォルテンベルク捕虜収容所で発行された“イースター・ポスト”用の切手です。

 1939年9月、ドイツ軍がポーランドを占領すると、42万人のポーランド軍兵士と2万人の将校が捕虜となり、その収容施設の確保が深刻な問題となりました。当初、捕虜たちはテント村を含め28カ所に分けて収容されていましたが、1942年以降、収容所はヴォルテンベルク(現ポーランド:ドビエグニエフ)、ノイブランデンブルク(ドイツ・メクレンブルク=フォアポンメルン州)、グロス・ボルン(現ポーランド:ボルネ・スリノヴォ)、ドッセル(ドイツ・ノルトライン=ヴェストファーレン州)、ムルナウ・アム・スタッフェルゼー(ドイツ・バイエルン州)の5ヵ所に集約されました。

 そうしたなかで、ヴォルテンベルク収容所では、1942年4月5-7日のイースター期間にあわせて、“イースター・ポスト”と称する実験的なローカル郵便が実施されます。

 イースター・ポストは、収容所内の捕虜同士がイースターのグリーティング・カードを有料で交換することを通じて、ポーランドの戦争未亡人・孤児のための募金を集めるという趣旨のもとに行われたもので、収容されている捕虜間の通信実験も兼ねていました。そして、その料金を徴収する手段として、4月5日、未亡人と孤児を描く“切手”が収容所内で製造されました。

 今回ご紹介の切手はそのうちの1枚で、ほかにも、同図案で赤、茶、灰緑、青など刷色の異なる切手が総計2万枚発行され、グリーティング・カード(こちらも収容所内で製造)の交換に用いられました。ちなみに、右上の“FWS”の表示は“未亡人・孤児基金”を意味するポーランド語“ Fundusz dla Wdów i Sierót”の頭文字で、切手上部の“Poczta obozowa”は“収容所郵便”を意味しています。

 この時のイースター・ポストがトラブルなく運営されたことを受けて、1942年5月7日以降、ヴォルテンベルク収容所内での日常的な通信手段として、ローカル郵便が正式に発足。その後、ノイブランデンブルク、グロス・ボルン、ムルナウ・アム・スタッフェルゼーの各収容所でも類似の制度が導入されました。ちなみに、ヴォルテンベルク収容所では、ソ連軍の接近に伴い、1945年1月28日に捕虜たちは西方に向けて移動させられますが、ローカル郵便は、その直前の1月25日まで扱われています。


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 北海道新幹線開業
2016-03-26 Sat 14:15
 北海道と本州をつなぐ北海道新幹線の新青森―新函館北斗間(149キロ。なお、新青森駅で東北新幹線と接続して直通運転)が、きょう(26日)、開業しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      SLシリーズ・D52

 これは、1975年2月25日に発行されたSLシリーズ第2集のうち、北海道・函館本線の七飯=大沼間を走行するD52(切手の元になった写真は宮沢孝一が撮影)を取り上げた切手の見本です。函館本線のこの区間は(函館側から)七飯=渡島大野=仁山=大沼の各駅がありますが、このうちの渡島大野は、今回の新幹線開業にあわせて新函館北斗に改称され、(現時点での)北海道側の新幹線の起点となりました。北海道新幹線の車窓からも、こんな感じの風景が見えるのでしょうかね。

 さて、切手に取り上げられたD52は、戦時中の1943年から使用が開始された貨物用テンダー式蒸気機関車です。戦局の悪化に伴い海上輸送が困難になったことをふまえ、長大列車を牽引するためのものとしてD51を改良して作られたもので、工程も簡略化され、鋼鉄資材の代わりに木やコンクリートの代用品を用いている箇所もあります。当初は492両が製造される計画でしたが、1943-46年の間に実際に製造されたのは285両です。

 戦後、D52は標準形に改造されて国鉄最高の1660馬力の蒸気機関車となり、東海道・山陽本線ならびに北海道の函館・室蘭本線に配置され、後に東北本線にも進出。1972年12月、函館・室蘭本線での使用をもって引退しました。

 D52から改良された機関車は数多くあり、1950年に製造されたD62は動輪の重量軽減を図り、元の使用線区より軌道の弱い路線に使用されました。また、1947-48年に製造されたC61、C62は、D51とD52のボイラーを使用したものです。


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 NZ 国旗は現状維持
2016-03-25 Fri 10:56
 ユニオンジャックをベースにした現行の国旗もしくはシルヴァー・ファーンをあしらった新デザインの国旗のどちらかを最終的に選ぶ国民投票が行われていたニュージーランドで、きのう(24日)、投票が締め切られ、現状維持が決まったとの暫定開票結果が発表されました。というわけで、きょうはニュージーランド国旗を描く切手の中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      国連軍感謝・ニュージーランド(国連マーク)

  これは、1951年に韓国が発行した国連軍参戦感謝の切手の1枚で、国連のマークを挟んで、ニュージーランドと韓国の国旗が並べて描かれています。ちなみに、この切手はニュージーランドの国名表記が、本来、LであるべきところがI になった“NEW ZEAIND”のヴァラエティというのがミソです。

  朝鮮戦争開戦4日後の1950年6月29日、ニュージーランド政府はトゥティラおよびプカキの2隻のフリゲート艦を朝鮮海域に派遣することを決定。これら2隻は7月3日にオークランドのデヴォンポート海軍基地を出発し、8月2日、日本の佐世保港で他の英連邦諸国の艦船と合流して、9月の仁川上陸作戦にも参加しました。その後も、戦争の全期間を通じて、ニュージーランド海軍は、常時、最低2隻のフリゲート艦を朝鮮海域に派遣しています。

 一方、地上軍に関しては、1950年7月26日、ニュージーランド政府は志願兵からなる戦闘部隊の派遣を決定して1044名を選抜。彼らは、翌1951年1月21日に釜山に上陸し、英連邦第27歩兵旅団に組み込まれて、漢江を遡上してきたニュージーランド海軍の兵力と連携して、同年4月22-25日の“加平(京畿道)の戦い”や10月3-8日の“(第1次)馬良山の戦い”などで共産側を38度線以北に押し戻すうえで重要な役割を果たしました。

 休戦協定の調印後もニュージーランド軍は朝鮮への駐留を続けましたが、1955年までには大半の兵力が帰国し、1957年には連絡将校1名を残して、完全に撤退しました。朝鮮戦争におけるニュージーランド軍の参戦人数は累計5000名を超え、33名が戦死、79名が負傷しています。

 なお、朝鮮戦争では、ニュージーランドをはじめ、国連軍に参加した各国については、拙著『朝鮮戦争』でも1章を設けてまとめております野で、機会がありましたら、是非、お手に取ってご覧いただけると幸いです。


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 真実と正義の日
2016-03-24 Thu 12:07
 きょう(24日)は、1976年3月24日、アルゼンチンでホルヘ・ラファエル・ビデラ将軍による軍事クーデターが発生したことにちなみ、1983年の民政移管までの軍事政権下での弾圧の犠牲者と追悼するため、アルゼンチンでは“真実と正義の日”となっています。ことしは、クーデターから40周年、2006年の記念日制定から10周年ということで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      アルゼンチン・民政復帰(1983)

 これは、1983年12月10日にアルゼンチンで発行された民政復帰の記念切手で、「統一と自由において』との国家の標語が入った1813年(独立戦争時)のコインが描かれています。

 1973年7月、前大統領が辞任したことを受け、大統領選挙に出馬して勝利を収めたフアン・ドミンゴ・ペロンは、同年10月、1955年にクーデターで失脚して以来の大統領職に復帰。副大統領には、エヴィータの死後に再婚したイザベラ・ペロンを指名しました。しかし、フアン本人は1年後の1974年7月に病死。副大統領であったイザベラが大統領に昇格します。

 しかし、イザベルは能力・経験ともに大統領の器ではなく、フアン・ペロンの強烈なカリスマによって維持されていたペロン党は分裂状態に陥ります。そうした中で、1973年10月にオイルショックが発生すると、アルゼンチン経済は300%を超えるインフレーションに見舞われ、経済は危機的な状況に陥りました。さらに、左翼過激派のテロも頻発し、政治的混乱が続く中で、1976年3月24日、ホルヘ・ラファエル・ビデラ将軍による軍事クーデターが発生し、イザベルは逮捕されました。
 
 ビデラらは軍事政権を“国家再編成プロセス”と命名し、 当初は、政治ならびに経済、社会的混乱が収まれば民政を復帰させるを公約していました。しかし、実際には国会機能は停止され、ビデラとその後のロベルト・ビオラとレオポルド・ガルチェリ、レイナルド・ビニョーネによる各政権は、左翼ゲリラ掃討を名目として、労働組合員を中心に多くの学生・市民を逮捕。これにより、1万3000人から3万人以上が行方不明となったほか、政権に批判的な人々に対する様々な弾圧が行われました。

 一方、軍事政権は市場原理を優先する経済開発を行ったことで、一時的に経済状況を改善したものの、対外債務が激増したことでインフレはさらに悪化。このため、起死回生の一手として、軍事政権は英国を相手にフォークランド戦争を起こしたものの敗北に終わり、政権の維持が不可能になります。

 この結果、1983年10月30日に総選挙が行われ、弁護士で急進市民同盟のラウル・アルフォンシンが当選。今回ご紹介の切手の発行日でもある12月10日にアルフォンシンが正式に大統領に就任したことで、民政復帰が実現しました。

 民政復帰直後のアルフォンソ政権は、国民融和の必要もあって、軍政下の犯罪を不問とする恩赦法を施行しましたが、2005年、アルゼンチン最高裁は同法に対して違憲の判決を下します。これを機に、2006年以降、国の祝祭日として“真実と正義の日”が設けられ、以後、元軍幹部らに対する有罪判決が相次いでいます。2011年12月には、大統領在任中の人権侵害の罪でビデラに終身刑の判決が下り、同じく元大統領のビニョーネも、2012年4月、56人を誘拐、拷問した罪を問われ、禁錮25年の有罪判決を受けています。

 ちなみに、米国のオバマ大統領は、昨日(23日)、現職の大統領としては約20年ぶりにアルゼンチンを公式訪問して中道右派のマクリ大統領と会談し、左派政権のもとで冷え込んだ両国の関係の改善を印象づけていますが、この日程は上記のような歴史的経緯を踏まえて設定されたものと考えて良いでしょう。


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 プリムの祭日
2016-03-23 Wed 18:43
 きょう(24日)は、ユダヤ暦では5776年アダル月14日、プリム(プーリームとも)の祝祭の日です。というわけで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      イスラエル・プリム(1976)

 これは、1976年にイスラエルで発行されたプリムの切手3種を収めた小型シートです。

 『旧約聖書』「エステル記」によれば、紀元前538年、ユダヤ人はペルシャ帝国によってバビロン捕囚から解放されましたが、その後も、エルサレムに帰還せず、ペルシャ帝国の領内に残ったユダヤ人も少なからずいました。そうした中で、ユダヤ人のモルデガイは、養女のエステルを、彼女がユダヤ人であることを隠したまま、王妃としてペルシャのアハシュエロス王(クセルクセスとも)に嫁がせていました。

 その後、アハシュエロス王の宰相ハマンに対して、敬虔なユダヤ教徒であったモルデガイが敬礼を拒否する事件が発生。これに怒ったハマンは、モルデガイのみならず帝国内のユダヤ人を全員殺害するという勅書を送ります。なお、虐殺の日付は、くじ(プル)によってユダヤ暦のアダル月13日と決められました。

 このため、エステルは決死の覚悟で王に自分がユダヤ人であることを明かし、勅書の取り消しを求めます。これを受けて、王はハマンを処刑し、モルデカイは高官に取り立てられることになりました。

 このエピソードに倣い、ユダヤ人の間では、(毎年)アダル月14日を“ユダヤ人が敵をなくして安らぎを得た日”として、宴会を開いてその日を楽しみ、贈り物を交換することが習慣として定着し、現在に至っているというわけです。

 今回ご紹介の小型シートには、左から「エステル記」の一節とその内容に合わせたイラストが描かれた切手が収められています。物語としては、右→中→左の順で展開されており(やはり、ヘブライ語が右から左へ書くということを意識しているのでしょう)、その具体的な文言の日本語訳は以下の通りです。

 ・右の切手(「エステル記」第1章1-3節) アハシュエロス王が首都スサで、その国の位に座していたころ、 その治世の第3年に、彼はその大臣および侍臣たちのために酒宴を設けた。ペルシャとメデアの将軍および貴族ならびに諸州の大臣たちがその前にいた。

 ・中央の切手(同第2章16-17節) エステルがアハシュエロス王に召されて王宮へ行ったのは、その治世の第7年の10月、すなわちテベテの月であった。 王はすべての婦人にまさってエステルを愛したので、彼女はすべての処女にまさって王の前に恵みといつくしみとを得た。王はついに王妃の冠を彼女の頭にいただかせ、ワシテに代って王妃とした。

 ・左の切手(同第6章11節 ) そこでハマンは衣服と馬とを取り寄せ、モルデカイにその衣服を着せ、彼を馬に乗せて町の広場を通らせ、その前に呼ばわって、「王が栄誉を与えようと思う人にはこうするのだ」と言った。

 ちなみに、 プリムの宴会では、お祝いの表現として、「モルデカイに祝福あれ」と「ハマンに呪いあれ」の区別がつかなくなるまで泥酔することになっているのだとか。僕はユダヤ教徒はありませんが、二つのフレーズが区別がつかなくなるまで泥酔するのは得意なので、ぜひ、参加させてもらいたいですな。


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 ブリュッセルで連続テロ
2016-03-22 Tue 22:26
 ベルギーの首都、ブリュッセルの近郊にあるフラームス=ブラバント州ザベンテムのブリュッセル国際空港と市内中心部の地下鉄マールベーク駅で、22日朝(日本時間同日夕)、連続してテロとみられる爆発が起き、この記事を書いている時点で、空港では11人、地下鉄駅で15人が亡くなったほか、2カ所で130人以上が負傷しました。というわけで、きょうは、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ベルギー・サベナ40年

 これは、1963年にベルギーが発行したベルギー・サベナ航空40周年の記念切手で、今回の事件現場となったブリュッセル空港の上空を飛ぶサベナ航空機が描かれています。サベナ航空は、1923年、ベルギー本国とベルギー領コンゴとを結ぶ国営航空会社として設立されました。実際にブリュッセル=コンゴの間の運航が始まったのは1935年ですが、切手は会社設立から起算して発行されています。なお、サベナ航空は、経営の悪化により、2001年11月7日、全ての運航を停止。その後、同社の機材や路線の一部は、SNブリュッセル航空が引き継いだものの、2007年、同社はヴァージン・エキスプレスと合併し、現在はブリュッセル航空となっています。

 さて、ブリュッセルの空港は、当初、ブリュッセル首都圏北東端のハーレンに置かれていました。第二次大戦中の1940年、ベルギー全土を占領したナチス・ドイツは、ハーレンの空港が手狭だったため、ザベンテムとメルスブロークにまたがる600ヘクタールの土地を接収し、メルスブローク側に3本の滑走路を建設しました。

 1944年9月3日、ベルギーは連合国によって解放され、ドイツ軍が建設したメルスブロークの空港施設は英軍の管理を経て、ベルギーに引き渡されます。これを受けて、ベルギー当局は首都の空港機能をハーレンからメルスブロークに移すことを決定。新たな空港建物の建設と滑走路の拡張を経て、1948年7月20日、メルスブローク空港に国際空港が開港しました。

 しかし、1948年の新空港開港後も空港関連施設の建設が相次ぎ、メルスブローク空港も手狭になったため、ベルギー政府は、1956年4月、隣接するザベンテム側の敷地に新空港を建設することを決定。工事は1957年4月に始まり、翌1958年にブリュッセルで開催された万国博覧会にあわせて、同年7月5日に開港しました。これが、今回の事件現場となった現在のブリュッセル国際空港です。ちなみに、ブリュッセル万博の会期は1958年4月17日から9月19日まででしたので、ザベテンテムの国際空港は万博初日には間に合わなかったものの、なんとか、会期中には開港を間に合わせたという格好となりました。

 なお、ザベンテムでの空港開港に伴い、メルスブローク側の滑走路と空港施設は、ベルギー空軍の基地として利用されるようになり、現在に至っています。また、ザベンテムとメルスブロークは隣接していることから、この地域一帯の空港開発が始まったことをもって、現在のベルギー国際空港のルーツとする考え方もあり、その場合、ブリュッセル国際空港の開港をナチス占領時代の1940年とすることもあるようです。

 現在、事件の影響でブリュッセル国際空港は閉鎖されていおり、運航再開のめどは立っていないようです。あらためて、亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、負傷された方々には心よりお見舞い申し上げ、一日も早い運航再開をお祈りしております。


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 イエメンのユダヤ人、脱出
2016-03-21 Mon 23:14
 イスラエル当局は、きょう(21日)、内戦下のイエメンに残っていた最後のユダヤ人のうち19人をイスラエル国内へ移送したと明らかにしました。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      イスラエル・イエメンからの移住

 これは、2003年4月27日、イスラエルが発行した“イエメンからの移住”の切手です。

 近代以前のイエメンには、ソロモン王の時代以来、数多くのユダヤ教徒が生活していました。オスマン帝国支配下の1869年、スエズ運河が開通すると、イエメンから東地中海方面へのアクセスは飛躍的に容易となり、イエメンからパレスチナへの移住を希望する者が増加。1881年から1882年にかけて、200-300人のユダヤ人がサナアから集団でエルサレムおよびヤッファ近郊に移住しました。今回ご紹介の切手は、この時のイエメン系移民を題材としたものです。

 その後も、イエメンからパレスチナへの移民は断続的に行われていましたが、1947年に国連でパレスチナ分割決議が採択され、アラブ諸国でこれに対する反発が強まると、アデンでも反ユダヤ暴動が発生し、82人のユダヤ教徒が殺害されました。さらに、1948年に入り、ムスリムの少女2人が殺害されると、これに対する報復としてユダヤ教徒の資産が接収されます。

 一方、1948年に建国を宣言したイスラエル国家は、「全世界に離散したユダヤ人が“民族的郷土”のパレスチナに帰還し、ユダヤ人国家を建設する」というシオニズムを建国の理念としていました。そこで、こうしたイエメン在住のユダヤ教徒の窮状を救い、彼らをイスラエルに移住させるというプランが浮上し、“マジック・カーペット作戦”の名の下に、1949-50年、米英の航空機を利用し、380回に分けて、ザイド派のムタワッキル王国支配地域からの4万7000人、英保護領アデンからの1500人をアデン経由でイスラエルに脱出させました。

 その後も一部のユダヤ人はイエメン国内にとどまっていましたが、その数は1948年以前に比べると激減。今回、19人がイスラエルに脱出したことで、イエメンに残っているユダヤ人の数は約50人になったそうです。また、今回、脱出した人の中には、500-600年前のものと思われる『トーラー』を持っているラビも含まれていたことも報告されています。


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 HAPPY NAVRUZ!
2016-03-20 Sun 10:05
 今日(20日)は春分の日。日本ではお墓参りの日ですが、イランを中心にその文化的影響が及んでいる国や地域では、新年のお祭り・ノウルーズの日です。というわけで、今日はこんな切手を持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

      タジキスタン・ノールーズ

 これは、2002年にタジキスタンで発行された“ナヴルーズ(ノウルーズ)”のシートで、民族衣装で踊る女性と、リボンを結んだ小麦の束(ノウルーズの象徴)が描かれています。

 ノウルーズのアラビア文字表記はنوروز ですが、これをペルシャ語とみた場合、そのラテン文字への転写は、nowruz (カタカナ表記でノウルーズ)とするのが一般的です。ただし、タジキスタンの公用語であるタジク語では、今回ご紹介の切手に見られるように、Навруз(ラテン文字では“navruz”) と表記するのがスタンダードですので、記事のタイトルも av を使ってみました。

 ちなみに、タジク語は、もともとは中央アジアにおけるペルシャ語の一変種で、イランのペルシャ語やアフガニスタンのダリー語とは基本的に同一の言語です。

 ところが、1924年にソ連の支配下でウズベク・ソヴィエト社会主義共和国内にタジク・ソヴィエト社会主義自治共和国が成立し、1929年にウズベクからファジャンド一帯を編入してタジク・ソヴィエト社会主義共和国が形成されると、その過程で、新たな“国民統合”の象徴として、タジク人独自の“国語”が作られることになり、ペルシャ語の文章語にタジク人の使っていた口語表現が取り込まれ、イランのペルシャ語やアフガニスタンのダリー語とは異なる“タジク語”の存在が強調されるようになりました。その結果、1929年以降、それまでアラビア文字を使って表記されていたタジク語がラテン文字で表記されることになり、さらに、1940年にキリル文字による表記が導入されたことで、ロシア語の影響も受けた現代タジク語が成立していくことになります。

 さて、イスラム世界では預言者ムハンマドと信徒たちがメッカからメディナに移住し、イスラムの共同体を作った“ヒジュラ”のあった年を紀元とするヒジュラ暦が使われていますが、このヒジュラ暦は完全太陰暦で、かつての日本の旧暦のように閏月を入れて調整するということは行われていませんから、毎年、11日ずつ、太陽暦の日付とズレが生じます。 この点について、ムスリムたちは、信徒の義務であるラマダン月(ヒジュラ暦の9月)の断食が、毎年、少しずつ季節を移動していくことによって、地域ごとの断食の負担の格差が是正されるメリットがあると説明しています。たとえば、ラマダン月が真冬の時期に当たると、熱帯の国では比較的楽に断食が行えますが、寒冷地域の断食は非常に厳しいものがあります。逆に、ラマダン月が真夏にぶつかると、熱帯と寒冷地域では、その負担の重さは逆転します。

 したがって、全世界の信徒にとって、断食の負担の平準化を図るためには、ラマダン月が毎年季節を移動していくことはポジティブにとらえられており、それゆえ、ヒジュラ暦は調整なしの完全太陰暦なのだ、というロジックが導き出されることになります。

 とはいえ、いくら宗教的に重要な意味があるとはいえ、毎年、暦の日付と季節がずれていけば、農作業などでは不便も多く生じます。このため、イスラム世界の各地では、イスラム暦とは別に、太陽暦に連動した農事暦が用いられることも多く、イランの場合は、イスラム以前から使われていたイラン暦として春分を元日とした太陽暦も用いられています。

 この元日が、いわゆる“ノウルーズ”(直訳すると“新しい日”の意味)と呼ばれるもので、イランを中心に中央アジアの5共和国でも祝日になっているほか、トルコでもクルド人に対する宥和政策の一環として国民の休日になっていますが、イスラム圏全体に共通の行事ということではなく、アラブ世界ではほとんど無視されているよいようです。ちなみに、イスラム世界全体としては、イスラム教徒としての新年はヒジュラ暦のムハラッム月(第1月)1日に祝うのが主流ですが、こちらは上述のように年によって季節は一定していません。

 今回ご紹介の切手を発行したタジキスタンでは、かつてのソ連時代にはナヴルーズの行事も“迷信”として廃されていました。しかし、1991年の再独立後は復活して国の祝日となりました。ナヴルーズ当日、タジク人たちは互いに親戚を訪問し、古いものを捨てて大掃除を行うほか、地域によっては、イスラム以前のゾロアスター教時代の名残で、悪魔祓いのため火の周りで踊るローカルな風習も行われています。
 

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 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

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 切手に見るソウルと韓国:韓国・華厳寺
2016-03-19 Sat 14:38
 『東洋経済日報』3月11日号が発行されました。僕の月一連載「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、きょう(19日)から始まる山茱萸祭りにちなんで、祭りの行われる全羅南道・智異山麓の求禮郡にゆかりの深いこの切手をご紹介しました。

      韓国・華厳寺(1964年)

 これは、1964年に発行された観光シリーズのうち、智異山麓の名刹、華厳寺を取り上げた1枚です。

 伝承によれば、華厳寺は、百済時代の544年、縁起祖師が創建し、その名は『華厳経』に由来するといわれています。その後、643年に慈蔵律師が増築し、670年には、新羅における華厳宗の開祖とされる義湘祖師が丈六殿(現覚皇殿)を建て、『華厳経』を石に刻んで壁にめぐらしました。

 朝鮮王朝時代の仏教弾圧制作により、華厳寺も一時廃寺に追い込まれましたが、世宗の時代の1424年になって禅宗18寺の一つとして存続を許されることになります。その後、文禄・慶長の役の際に焼失しましたが、1630-36年、碧岩禅師によって再建されました。また、日本統治時代の1924年には、1911年に朝鮮総督府が指定した“朝鮮三十本山”に追加され、これにより、朝鮮三十本山が朝鮮三十一本山になったことでも知られています。

 華厳寺には、現存する木造建築物としては韓国最大規模のものであり、朝鮮王朝の粛宗(在位1674-1702)の時代、王を覚らせたとの意味で命名された“覚皇殿”をはじめ、国宝4点、宝物5点、天然記念物1点、地方文化財2点が保有されています。

 今回ご紹介の切手は、境内西北の高台から智異山を望むデザインで、右側には、供養石燈が見えます。

 供養石燈は、華厳寺を開山した縁起尊者が「偏袒右肩、右膝着地」の姿勢で頭に石燈をのせている形を表現しています。“偏袒右肩”は、相手に恭敬の意を表すため、右肩を肩脱ぎにし、左肩のみを覆って袈裟を着ることで、切手では見えませんが、実際の像では、左手には供養のための茶碗を持ち、その上に如意珠が置かれており、尊者が母親に茶を供養している姿が表現されています。

 その母親の像は、供養石燈の正面に置かれている四獅子三層石塔(国宝第35号)の中にあるが、こちらの石塔は、1978年に発行された石塔シリーズの切手(下の画像)に取り上げられています。

      韓国・華厳寺石塔

 四獅子三層石塔は、新羅時代の645年、慈蔵律師が縁起尊者の功徳と仏の教えを称えるため、中国の唐から持ち帰った73粒の仏舎利を奉安するために作った塔で、高さ5・5m。その由来から、仏舎利供養塔とも呼ばれており、佛國寺多寶塔と並んで、新羅石塔の傑作として国宝にも指定されています。

 石塔は、2層の基壇上部に3層塔身を置き、頂上に相輪部を載せたスタイルで、上層基壇には隅柱のかわりに蓮花臺の上で跪く雌雄2対の獅子が支柱として四つ角に配置されています。その中央に合掌した比丘尼の像を置き、この5体で舎利塔を支える構造になっていますが、この比丘尼こそ、縁起尊者の母親といわれています。

 四獅子三層石塔と供養石燈は、一対となって、出家の修行者には精進を、在家の信者にはには孝の精神を説くものです。したがって、本来は二つの塔は1枚の切手に収めるのが好ましいはずなのですが、1964年の切手の原画を制作した姜博は、単純にデザイン上の視点から、こういう構図にしたのでしょう。その結果、息子の像がある石燈のみを取り上げた切手が発行されてから、14年の月日を経て、ようやく母親の像がある石塔の切手が発行されることになったわけで、なにやら、“離散家族”の再会を連想させるようなところがありますな。
  

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 「大地の知恵」募金
2016-03-18 Fri 23:31
 ルーマニア政府は、きのう(17日)、ルーマニアを代表する彫刻家コンスタンティン・ブランクーシの最高傑作の一つと考えられている「大地の知恵(Cumintenia Pamantului:La Sagesse de la Terre)」を購入すべく、国民に対して募金を求めました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ルーマニア・ブランクーシ「大地の知恵」

 これは、1967年にルーマニアで発行されたブランクーシの作品を紹介した7種セットのうち、「大地の知恵」を取り上げた1枚です。

 コンスタンティン・ブランクーシは、1876年2月19日、ルーマニア南西部、オルテニア地方のゴルジュ県ホビツァ生まれ。クラヨヴァの美術工芸学校、ブカレストの国立美術学校を経て、パリ美術学校で彫刻を学びました。卒業後、ロダンの工房で数ヶ月働いた後、抽象化への転機となる作品『祈る人』を制作。以後、要素を極端に切り詰めたミニマルな作風の作品を発表し、高い評価を得ました。その作品は、後の現代彫刻、絵画、デザインなどへ、多大なる影響を与えたほか、朴訥な人柄で多くのアーティストとも親交があり、若き日のイサム・ノグチはパリでブランクーシの助手を務めていたことがあります。1957年、パリで没。

 切手に取り上げられた「大地の知恵」は1908年の作品で、石灰岩の左右シンメトリカルな女性の裸婦坐像です。高さは50cmほどで、1911年、ルーマニアのコレクターが購入しました。しかし、第二次大戦後に発足したルーマニア共産政権は、1957年、この作品を“国宝”として没収していました。

 1989年のルーマニア革命で共産主義政権が崩壊すると、元の所有者は「大地の知恵」の返還を求めてルーマニア政府を提訴。長期にわたる裁判の結果、2010年に作品は元の所有者の遺族らに返還されました。現在、作品はブカレストのコトロチェニ国立博物館で展示されています。

 その後、2014年になって、現所有者は2000万ユーロで作品を売却するとの意向を表明。ルーマニアの国内法では、ルーマニア政府は“国宝”と考えられる作品を優先的に購入する権利を有しているため、所有者側と政府との交渉が行われ、その結果、政府に対する売却価格は1100万ユーロとすることで合意が成立しました。

 しかし、ルーマニア政府が購入に回せる予算は500万ユーロしかないため、その不足分の600万ユーロを補うべく、今回、ルーマニア政府はルーマニア国民や民間企業などに対する呼び掛けたというわけです。収集家としては、どうせなら、その一環として「大地の知恵」を取り上げた寄附金つき切手南下も発行してほしいですねぇ。高額なモノを買うために計画された寄附金つき切手というと、僕などは、満洲国の不発行切手や仏領カメルーンでのスピット・ファイア加刷など、戦争がらみの事例しかとっさに浮かんでこないのですが、美術品・文化遺産の買い戻しのための寄附金つき切手というのが実現すれば、なかなかユニークな試みになるのではないかと思います。


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 アイルランドのソネット
2016-03-17 Thu 14:55
 きょう(17日)は、セント・パトリックス・デー(アイルランドにキリスト教を広めた聖パトリックの命日で、アイルランド最大の祝祭日)です。というわけで、切手の世界で最も有名なアイルランド人、ウィリアム・マルレディ(いわゆるマルレディ・カバーのデザイナー)にちなんで、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      マルレディ・ソネット

 これは、1986年、ウィリアム・マルレディの生誕200年を記念してアイルランドが発行した切手で、マルレディの代表作の一つ『ソネット』が取り上げられています。

 画題の“ソネット”は14行で構成されるヨーロッパの詩の形式ですが、切手に取り上げられた作品では、若い男が恋人に思いを告げる詩を贈り、その反応を待っている場面が描かれています。贈られた詩を読む女性の顔の雰囲気は、下の画像のマルレディ・カバーの右下の母親に、彼女の姿勢は左下の女性に何となく似ているように思えるのですが、いかがでしょうか。

      マルレディ・カバー

 さて、ウィリアム・マルレディは、1786年、アイルランド中西部エニスの貧しい家庭に生まれました。12歳から絵を描き始め、14歳で王立美術院(ロイヤル・アカデミー)に入学。田園に取材した作品を数多く残し、風景画家として画壇で確固たる地位を築き、アカデミーの会員になりました。油彩のみならず、銅版画やレタリングの技術にも習熟しており、たとえば、1807年に出版されたウィリアム・ロスコーの『ちょうちょうの舞踏会とバッタの宴会(The Butterfly’s Ball and the Grasshopper’s Feast)』には、若き日のマルレディの手になる挿絵が13枚収められています。同書の挿絵は、当時、大いに評判となり、1807年1年間で4万部を売るベストセラーとなりました。

 こうしたキャリアが見込まれて、マルレディは新たに発足する全国統一ペニー・ポストのため、1ペニーの郵便料金込みの封筒、マルレディ・カバーのデザインを制作しました。なお、マルレディ・カバーは、マルレディの原画をもとに、ジョン・トンプソンが原版を彫刻し、1840年4月14日以降、クロウエス父子会社が印刷しています。

 しかし、実際に売り出されたマルレディ・カバーのデザインは「詩的にすぎる」と不人気で、しかも、カバーの代金としては便料金に封筒代が上乗せされていたため、利用者の割高感も強く、売れ行きは芳しくありませんでした。
たとえば、当時、マルレディ・カバーを題材に作られた詩には、以下のようなものがあります。

 A set of those odd-looking envelope-things,
 (あのへんちくりんなデザインの封筒に描かれているものといえば)
 Where Britannia who seems to be crucified flings
 (まるで磔にされているみたいなブリタニアの)
 To her right and her left, funny people with wings
 (左右には、翼のついたおかしなやつがいて、)
 Amongst elephants, Quakers, and Catabaw kings,—
 (その周りにはクエーカー教徒と先住民カタボー族の酋長がいる)
 And a taper and wax, and small Queen’s-heads in packs,
 (蝋燭と封蝋で、小さな女王陛下のお顔を封に入れて)
 Which, when notes are too big you must stick on their backs
 (手紙の文章多すぎたなら、裏側に貼りつけなくちゃいけない)

 ちなみにこの詩で歌われているクエーカー教徒(正式名称はキリスト友会もしくはフレンド派)というのは、17世紀にイングランドで生まれたプロテスタントの一派で、教会の制度化・儀式化に反対し、人は神からの啓示を直接に受け得ると説き、米国ペンシルヴァニア州の名前の由来となったウィリアム・ペンの活動により、北米にも拡大しました。マルレディ・カバーの右半部に描かれているような帽子をかぶっているのが特徴で、絶対平和主義を唱えて兵役なども拒否する者が多かったことに加え、内なる光(聖霊)の語りかけに耳を傾けていると体が震え出すというのが他の宗派からは奇行に見えたこと、さらに、儀式や教義を否定することなどから、異端に近い存在として、ながらく迫害を受けていました。

 ちなみに、マルレディ本人はアイルランド出身の敬虔なカトリックの信徒ですから、彼の目から見れば“異端”にも近いクエーカー教徒をわざわざ封筒に描いたとは考えにくいのですが、クエーカー教徒のように見える人物が描かれていたということは、それ自体、当時の英国社会では揶揄の対象となったわけです。

 なお、マルレディ・カバーの評判が散々なものであったことは、かえって、皮肉屋の英国人たちのインスピレーションを掻き立て、さまざまなパロディ封筒が作られ、郵便に使用されることになりました。

 このあたりの事情については、拙著『英国郵便史 ペニー・ブラック物語』でもいろいろご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。 


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 世界の国々:ケイマン諸島
2016-03-16 Wed 11:26
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年3月16日号が先週、発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はケイマン諸島の特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ケイマン諸島・立法議会設立100年

 これは、1932年に発行された“ケイマン諸島立法議会設立100年”の記念切手で、ケイマン諸島のシンボルともいうべきウミガメの上に、議会設立時の英国王ウィリアム4世と、切手発行時の国王ジョージ5世を並べて描いています。

  ケイマン諸島は、1503年、コロンブスの第4回航海の途上で“発見”されましたが、16世紀までは完全な無人島で人間が定住していた形跡はありません。

 1655年、オリバー・クロムウェル率いる英海軍は、当時、スペイン領だったジャマイカを占領。これを受けて、1658年、ジャマイカ駐留の英海軍の兵士であったウォルターとボーデンの2名がグランド・ケイマン島に最初の定住を試みました。その後の彼らの去就については定かではありませんが、1700年にはボーデンの孫アイザックがグランド・ケイマン島で生まれたとの記録が残されてます。また、1661年から1671年にかけて、ジャマイカからリトル・ケイマン島とケイマン・ブラック島に移住する者もありましたが、彼らはスペイン人の襲撃を受けたため、島を離れざるを得なくなりました。

 1670年にジャマイカがマドリード条約で正式に英領となると、ケイマン諸島は英領ジャマイカの管轄下に組み込まれます。

 ジャマイカの属領として英国の支配が始まった頃のケイマン諸島の中心は、グランド・ケイマン島南部の“サウス・サイド”で、1773年、ロンドンからこの地を訪れたジョージ・ゴールドは、島全体の人口400人のうち、200人ほどがここに集中しており、住民の多くがアイザックの子孫を自称してボーデン姓を名乗っていたことから、この集落が“ボーデン・タウン”の名前で呼ばれるようになっていたと報告しています。

 住民の自治が始まったのは1831年のことで、同年12月、立法議会の設立を求めて英国系の島民による最初の代議員選挙が行われました。ジャマイカ総督は、この選挙結果を認めたうえで、総督の任命する8人と地元選出の10人(後に27人に拡大)から構成される立法議会の設置をケイマン諸島に承認。今回ご紹介の切手は、ここから起算して100周年になるのを記念して発行されたものです。なお、1898以降は、それまでジャマイカ総督の直轄化に置かれていたケイマン諸島の行政を担当する役職として、ケイマン諸島担当の弁務官が任命されています。

 1959年、英領西インド連邦が創設されると、ケイマン諸島はジャマイカの属領ではなくなり、ケイマン諸島行政府の長として執政官が任じられるようになりました。同時に、ジャマイカとは別に、独自の成文憲法が制定され、ケイマン諸島の女性には初めて参政権が認められています。ただし、実質的には、ケイマン諸島の行政はジャマイカが管轄する状況がその後も続きました。

 その後、1962年にジャマイカが独立すると、行政上、ケイマン諸島はジャマイカから完全に分離され、英国の海外領土となり、現在に至っています。

 さて、『世界の切手コレクション』3月16日号の「世界の国々」では、今回ご紹介の切手のほか、ケイマン諸島として最初の切手やケイマン諸島のシンボルともいうべきウミガメの切手、海賊・黒髭の切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、僕が担当する「世界の国々」は、次回は本日発売の3月23日号でのニジェールの特集になります。こちらについては、3月23日以降、このブログでもご紹介する予定です。


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 “空飛ぶ巻物”と税
2016-03-15 Tue 11:05
 所得税の確定申告は今日(15日)までですが、皆さんは無事に済まされましたか?手回し良く2月中に済ませたという方も多いのでしょうが、僕は今年もまた〆切ギリギリ、先ほどようやく書類を提出したところです。というわけで、というわけで、毎年恒例“TAX”ネタの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      イスラエル・空飛ぶ巻物(1948)

 これは、1948年9月26日、建国後間もないイスラエルで発行されたユダヤ暦5709年新年を寿ぐ切手で、古代ユダ王国の時代、王への税として納められる油ないしワインの壺に使われた“空飛ぶ巻物”の封印が描かれています。
 
 “空飛ぶ巻物”というと、『旧約聖書』「ゼカリヤ書」第5章で、ユダヤの預言者ゼカリヤが、神の啓示を示す幻として、十戒と、それに違反した場合の罰が記されたと思しき巻物が飛んでいるのを見たとの記述があります。ただし、ゼカリヤは、紀元前6世紀後半、バビロン捕囚(紀元前 597-538年)から帰還してエルサレムでの神殿の再建に取り組んだ人物ですが、“空飛ぶ巻物”のモチーフそのものは、バビロン捕囚以前の古代ユダ王国(紀元前586年に完全滅亡)の時代の詩にも取り上げられています。

 ちなみに、『出エジプト記』第30章には、神がモーセに対して「すべて数に入る者は聖所のシケルで、半シケルを払わなければならない。1シケルは20ゲラであって、おのおの半シケルを主にささげ物としなければならない。」と命じたとの記述があります。シケ(シェケル)というのは、もともとは小麦180粒の質量に相当する度量衡の単位とそれに基づく通貨単位で、時代によってばらつきはありますが、『出エジプト記』では約10グラムと推定されています。ただし、歴史的事実としては、古代のユダヤ社会において貨幣が定着するのはバビロン捕囚以降のことで、古代ユダ王国時代の税は物納だったため、今回ご紹介の切手に描かれたような封印が使われていたわけです。

 さて、インターネット放送「チャンネルくらら」で毎週水曜日に配信中の僕の番組、『ユダヤと世界史』は、昨年4月の配信開始から間もなく1年を迎えます。当初の予定では、番組を10-15回程度配信したところで、その内容をまとめた書籍を昨年秋ごろには出す予定でいたのですが、実際に作業を始めてみると、あまりにもテーマが巨大すぎて、番組の回数は膨らんでしまい、書籍に関しても、どこからどう手を付けたらよいやら、途方に暮れているというのが正直なところです。なんとか、年内には『ユダヤと世界史』の書籍を刊行し、来年の確定申告の時期には、「昨年刊行の拙著の内容に関連して…」というかたちで、ユダヤないしはイスラエル関連の“TAX”ネタの記事を書けるよう頑張りたいと思っておりますので、今しばらくのご猶予をただけると幸いです。
 

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 チャウシェスクの豪邸、初の一般公開
2016-03-14 Mon 11:28
 共産主義体制下のルーマニアの独裁者で、1989年に処刑されたニコラエ・チャウシェスク元大統領の豪邸が、おととい(12日)、政権崩壊から約26年を経て初めて一般公開されたそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ルーマニア・チャウシェスク夫妻(1989)

 これは、1989年5月1日、チャウシェスク政権末期のルーマニアで発行された“反ファシスト行進50年”の小型シートで、切手部分には、当時のルーマニア国旗とデモ隊を背景に、若き日のチャウシャスク夫妻の肖像が描かれています。
 
 ニコラエ・チャウシェスクは、1918年、ルーマニア南部、オルト県スコルニチェシュティ村の農家に生まれ、11歳のとき、工場で働くために首都のブカレストに移住しました。1932年、当時は非合法組織であったルーマニア共産党に入党し、以後、その活動ゆえに何度か逮捕され、1936年、“反ファシスト活動”の罪で2年、さらに裁判中の法廷侮辱罪で6か月を加重した懲役と罰金2000レウ、出所後1年間は両親との生活を義務付ける判決を受け、ドフタナ刑務所に収監されました。

 後に妻となるエレナとは、1939年に出会い、同年8月、2人そろってブカレストで大規模なデモを組織しました。今回ご紹介の切手の“反ファシスト行進”とは、おそらく、このデモのことを指しているのではないかと思いますが、切手そのものはメーデーに合わせての発行です。

 この時の活動により、チャウシェスクは再び逮捕され、1940年7月、ブカレスト近郊のジラヴァ刑務所に送られましたが、1943年にはトゥルグ・ジウの強制収容所に移送されます。この移送先で、後にルーマニア共産党書記長となるゲオルゲ・ゲオルギュ=デジと親交を結びました。

 第二次世界大戦後、ソ連占領の下でルーマニア国王が退位し、共産主義政権が成立すると、チャウシェスクは、党書記長にして国家評議会議長(国家元首)だったデジの側近として頭角を現し、デジの死後、共産党の書記長に就任します。

 当時のルーマニアは産油国という立場のゆえにソ連とも一定の距離を維持する独自外交を行っていました。特に、1968年のいわゆる“プラハの春”に際して、ソ連を中核とするワルシャワ条約機構軍がチェコスロヴァキアに侵攻した際、チャウシェスクはこれに加担せずソ連を非難し、国民の喝采を浴びました。以後、“ソ連の脅威”を煽ることで国内の団結を図ることが独裁政権の基本スタイルとなりました。

 その一方で、1970年代初頭からチャウシェスクは次第に独裁の度合いを強め、国民に対して個人崇拝を強制するようになっていきます。そのきっかけとなったのは、1971年の中国・北朝鮮歴訪で、かの地で毛沢東ないしは金日成に対する異常な個人崇拝やマスゲームなどを目にしたチャウシェスクは、自国でもこれと同じことを行うべく、帰国後の同年7月、“ルーマニア文化大革命”を発動。秘密警察(セクリタテア)を動員した思想・文化の統制を強めていきました。1974年の大統領制導入もこうした文脈に沿って行われたもので、当然、初代大統領にはチャウシェスク本人が就任しています。

 チャウシェスクの推進した経済政策は、石油に依存する非効率なもので、極端な重工業至上主義によって建てられた各種の大規模コンビナートを運営していくためには、国内産の原油だけでは足りず、輸入燃料も必要であったことなどから、1977年以降、ルーマニアは石油の輸入国に転落し、対外債務も雪だるま式に膨らんでいきます。さらに1970年代末の農業の不作でルーマニア経済は深刻な状況に陥りましたが、個人崇拝の魔力に魅せられたチャウシェスク政権は、1984年に黒海=ドナウ運河が完成すると、北朝鮮にならった大規模な首都改造事業に乗り出し、国庫を濫費していきます。

 その一方で、1985年には電力非常事態宣言を発し、街灯を半減させ、テレビ放送は一日二時間に制限するという極端な“節電”を実行したほか、対外債務返済のための強引な“飢餓輸出”政策を遂行。国民生活は大きく圧迫され、国民は不満を鬱積させましたが、チャウシェスク政権は秘密警察を動員してそれを強引に抑え込んでいました。

 こうした状況の下で、ベルリンの壁崩壊に始まる東欧民主化の波がルーマニアにも到来し、1989年12月17日にティミショアラ事件が発生すると、チャウシェスクは、22日に全土に戒厳令を発し、軍に治安回復を命じましたが、軍は命令を拒否し、かえって装甲車で大統領官邸のあるブカレストの共和国広場に押し寄せます。このため、チャウシェスク夫妻は党本部からヘリコプターで脱出し、リビアへの亡命を企図。しかし、翌23日、チャウシェスク夫妻はルーマニア南部のトゥルゴビシュティで革命政府の救国戦線に逮捕され、25日、6万人の大量虐殺と10億ドルの不正蓄財などの罪で起訴。軍事裁判で銃殺刑の判決が下り、即日処刑されました。

 なお、チャウシェスクとその時代については、拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』でも解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 アウシュヴィッツから世界最高齢に
2016-03-13 Sun 12:24
 英国のギネスワールドレコーズは、11日、ポーランド・ウッチ出身で、アウシュヴィッツを生き延びた112歳のイスラエル人男性、イスラエル・クリスタルさん(1903年9月15日、ポーランド生まれ。ハイファ在住)が世界最高齢の男性であると正式に認定しました。クリスタルさんに関しては、今年1月、それまで世界最高齢の男性とされていた名古屋市の小出保太郎さんが亡くなったことに伴い、世界最高齢の男性になった可能性があることがわかっていましたが、確認作業に時間がかかっていました。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      アウシュヴィッツからリッツマンシュタット宛(1943年)

 これは、1943年3月14日差出(消印は同25日) アウシュヴィッツ収容所から、クリスタルさんの出身地、リッツマンシュタットのゲットー宛に差し出されたレターシートで、差出時のアウシュヴィッツ収容所のみならず、到着時のリッツマンシュタットでもゲシュタポの検閲を受けたことを示す印が宛名の真上に押されています。

 リッツマンシュタットはポーランド語名ウッチ。ポーランド中央部の都市で、第一次大戦以前はロシア帝国の支配下に置かれていましたが、第一次大戦中の1915-18年のドイツ占領時代を経て、大戦後はポーランド第2共和国に編入されました。第二次大戦が勃発すると、1939年9月8日に占領され、ドイツ語名のリッツマンシュタットに改称されましたが、これは、第一次大戦中、この地を占領したドイツ軍の歩兵大将カール・リッツマンにちなむ命名です。

 1940年4月に設定されたリッツマンシュタットのゲットーには、もともと市内在住だった6万余のユダヤ人に加え、周辺からも約10万人のユダヤ人が移送され、5000人のロマを含む16万人以上が有刺鉄線の鉄条網に囲まれた空間に押し込められました。ゲットーには監視塔と検問所も置かれ、出入りは厳しく制限されており、ドイツによりユダヤ人評議会議長に任命されたモルデハイ・ハイム・ルムコフスキの下、統制経済が行われていました。事実上、外界から隔離された環境の中で、当初から食糧・医薬品は慢性的に不足しており、飢餓と疫病(結核、赤痢、チフスなど)が蔓延していましたが、1941年末にドイツ本国のみならずオーストリア・ルクセンブルク・ベーメン・メーレン保護領などから2万5000人のユダヤ人が移送されてきたため、事態はさらに悪化しています。

 ちなみに、今回世界最高齢となったクリスタルさんは、第二次大戦後、この地で稼業のお菓子屋さんで働いていましたが、ドイツの占領下でゲットーに送られ、1943年に、家族とともにアウシュヴィッツに移送されました。

 さて、今回ご紹介のレターシートには、以下のような内容の文面が記されています。

 ①長い間、あなた(名宛人)の所在が分からなかったが、ようやく分かったので連絡した、②自分は健康である、③(アウシュヴィッツでは)月に1回、小包を受け取ることができるので皆にそのことを知らせてほしい、④通常、月給は40マルクだが、自分は55マルクである、⑤(そのお金で)焼き菓子、ナッツ、乾物などを(収容所内の売店で)購入して食べている、⑥あなたの様子を知らせてほしい。

 この文面を読む限り、差出人はリッツマンシュタットのゲットーが飢餓と疫病の蔓延する悲惨な状況にあるとは思っておらず、むしろ、名宛人の環境はアウシュヴィッツよりもはるかにましだと考え、自分に食糧など差し入れの小包を送ることが可能だと思っていたようにも受け取れます。また、収容者が収容所内で購入できる品目が具体的に挙げられているのも興味深いところです。

  なお、アウシュヴィッツの収容者が差し出した郵便物と、そこからみえてくる収容所内の生活については、拙著『アウシュヴィッツの手紙』でもいろいろご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。
 

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 米領ヴァージン諸島
2016-03-12 Sat 15:14
 米領ヴァージン諸島で、10日、米大統領選の候補者指名に向けた共和党の党員集会が開かれたものの、党員の多くが“中立”に投票し、いずれの候補者も代議員を獲得できなかったそうです。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      セントトーマス・C51

 これは、現在の米領ヴァージン諸島の中心、セント・トーマス島の英国局で使用された英本国の切手で、同島での使用を示す“C51”の印が押されています。

 西インド諸島のプエルトリコの東に位置するヴァージン諸島は、かつては、スペイン、デンマーク、フランス、英国が分割して領有していましたが、このうち、最も西側のビエケス島やクレブラ島などは、当初はスペイン領でしたが、1898年の米西戦争によって米領となり、現在はプエルト・リコの一部となっています。一方、最も東側のトルトラ島とヴァージン・ゴルダ島などは現在も英領のままです。

 これに対して、中間地域のセント・トーマス島とセント・ジョン島は、1666年にデンマークが領有権を獲得。さらに、残るセント・クロイ島に関しても、もともとはフランス領でしたが、1733年にデンマークが買収し、先の2島を中心とした地域と併せて、デンマーク領西インド諸島 が成立しました。

 デンマーク領西インド諸島の中心となったセント・トーマス島は、1851年から1885年にかけて、スペイン領ヴァージン諸島との交易の中心となっていました。郵便に関しては、1856年以降、デンマーク領西インド名義の正刷切手が使用されましたが、これと並行して、1867年から1879年までは、英国局も設けられ、英本国の切手が持ち込まれ、今回ご紹介の切手のように、“C51”の番号が入った抹消印が使用されています。

 その後、第一次世界大戦中の1917年、米国はパナマ運河をドイツ軍から防衛するため、デンマークからデンマーク領西インド諸島を 2500 万ドルで購入。これが、現在の米領ヴァージン諸島のルーツとなりました。

 ただし、米領ヴァージン諸島は、行政的には、“非法人地域”の扱いとされているため、市町村に相当する基礎自治体は存在せず、したがって、住民には、米国の市民権が与えられ、本土への渡航や本土での就職は自由であるものの、大統領および連邦議会議員の選挙権は認められていない(ただし、連邦下院に、投票権のない代表を 1 名参加させる権利は認められています)などの制約があります。
 
 今回、米領ヴァージン諸島の共和党・党員集会では、いずれの候補者も代議員を獲得できなかったため、7月の党大会で誰を支持するかは9人の代議員の判断に委ねられるとのことですが、どちらにせよ、島の人々は11月の本選挙では投票できないわけで、なんだか気の毒な感じもしますな。
 

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 東日本大震災から5年
2016-03-11 Fri 14:30
 2011年3月11日の東日本大震災から、今日でちょうど5年です。あらためて、大震災でお亡くなりになった方々やご遺族に心よりお悔やみ申し上げるとともに、すべての被災者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      クック諸島・東日本大震災救援

 これは、2011年にクック諸島で発行された東日本大震災救援キャンペーンの小型シートです。

 クック諸島は、南太平洋ポリネシアに点在する15の主要な島から構成されており、1973年のニュージーランドとの共同宣言により、ニュージーランドとの自由連合による“自治国”となりました。この結果、クック諸島政府は、独自の憲法や議会を持ち、内政権のみならず外交権も有するものの、外交や防衛などの権限をニュージーランドに委ねるという形態をとっています。ただし、ニュージーランドとクック諸島の両政府の関係は対等ですから、ニュージーランドがクック諸島の内政に干渉することはできず、結果的に、面倒なことだけニュージーランドが引き受けるということになりますな。

 現在、クック諸島の“国民”は全員がニュージーランドの国籍も持ち、ニュージーランドのパスポートを使って“ニュージーランド国民”としてニュージーランドに出稼ぎに行く人も少なくありません。また、クック諸島政府に対してはニュージーランドから多額の補助金が支出されています。このため、財政難のニュージーランドとしては、いい加減にクック諸島には完全独立してもらいたいというのが本音なのですが、クック諸島政府は耳を貸そうとはしません。

 こうしたこともあって、クック諸島を独立国として認めるかどうかは国によって議論が分かれており、ニュージーランドとの国交があれば、“自治国”政府との交渉にも不便はないとの理由で、あえて国交を樹立していない国も少なくありません。ちなみに、わが国とクック諸島との正式な国交が樹立されたのは、東日本大震災直後の2011年3月25日のことで、翌2012年に沖縄県名護市で開催の第6回太平洋・島サミットでは、その“ご祝儀”の意味も込めて、クック諸島は開催国の日本とともに共同議長国を務めています。

 今回ご紹介の切手も、そうした対日関係の深化を踏まえて発行されたもので、切手の売り上げの20%は被災者救済のため、日本赤十字社に寄付することが明示されているほか、QRコードを読み込むと、関連の動画等が見られるようになっています。

 郵便料金前納の証紙という切手の本質からすると、切手の売上は、会計上、“収入”として処理するのは不適切(図書券やビール券などと同じく、販売された切手が郵便に使用されるまでは“前借”の状態で、実際に使用されて初めて、郵政サイドの“収入”になるというのが正しい処理です)なわけですが、そもそも、クック諸島の場合、切手は自国民が郵便に使用するためのものというよりも、海外に輸出する商品としての色彩が強いので、これで問題ないのでしょう。

 ちなみに、クック諸島政府は、2010年8月、ニューヨークに本拠を置く切手発行エージェント、PCI (Philatelic Collector Inc)に政府の切手発行権を売却。2011年3月以降、同社は年間10件程度の記念切手を発行し、販売権を独占する代わりに、ライセンス料をクック諸島政府に収める構造になっています。
 

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 台北の陸軍記念日
2016-03-10 Thu 15:40
 1945年に昭和の戦争で日本が負けるまで、1905年3月10日、日露戦争の奉天会戦で日本軍が勝利し、奉天(現在の瀋陽)を占領したのを記念して、翌1906年以降、毎年3月10日は陸軍記念日でした。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      台北・陸軍記念日特印

 これは、1935年、日本統治時代の台湾・台北で使用された“日露戦役三十周年陸軍記念日”の特印で、奉天城をバックに、星型の陸軍徽章と円形の日露戦争従軍記章が並べて描かれています。この特印は、1935年3月10-13日、台湾でも日本内地と同図案のモノが使用されました。

 日露戦争時の台湾総督・児玉源太郎は、1898年の総督着任以来、1906年に亡くなるまで総督としての地位を維持し続けましたが、実際には、日本政府・軍の要職を兼任することが多かったため、台湾には不在のことが多く、台湾統治の実務の相当部分は、台湾総督府民政局長(後に民政長官に改称)の後藤新平が取り仕切っていました。

 すなわち、 1900年12月-1902年3月には陸軍大臣を兼任。さらに、1903年7月には、台湾総督のまま、内務大臣(9月まで)、文部大臣(9月まで)を兼任しており、同年10月、対露戦の計画を立案していた陸軍参謀本部次長の田村怡与造が急死すると、参謀総長・大山巌から特に請われ、降格人事でありながら内務大臣を辞して参謀本部次長に就任。さらに、日露戦争のため新たに満州軍が編成されると、その総参謀長を務め、遼陽会戦、沙河会戦、黒溝台会戦、奉天会戦などで総司令の大山巌を補佐しました。また、奉天会戦で日本軍が勝利すると、(台湾ではなく)東京へ戻り戦争終結の方法を探るよう具申。これにより、日露講和の準備が始められることとなりました。さらに、日露戦争後は、陸軍参謀総長に就任したほか、南満洲鉄道株式会社創立委員長も兼務しています。

 一方、総督不在の台湾では、日露開戦を控えた1904年1月5日、基隆と澎湖島の要塞海正面堡塁砲台の射撃準備が発令され、月内に準備が完了。さらに、2月10日に宣戦布告の詔勅が発せられた後は基隆・澎湖島港湾に水雷が沈設されました。その後、1904年末、ロシアのバルチック艦隊が日本に向けて航海しているとの情報が報じられるようになると、台湾でも緊張が高まり、奉天会戦後の1905年4月13日には澎湖島で、5月12日には台湾本島で戒厳令が布かれました。しかし、実際には、5月27日の日本海海戦でバルチック艦隊が事実上壊滅したことから、台湾における戦争の脅威はなくなり、9月5日の講和条約調印よりも2カ月近く前の7月7日、戒厳令は解除されています。
 
 * けさ、アクセスカウンターが163万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。


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 切手歳時記:花粉症の生みの親
2016-03-09 Wed 09:56
 公益財団法人・通信文化協会の雑誌『通信文化』2016年3月号ができあがりました。今回はスギ花粉症の時期に合わせて、僕の連載「切手歳時記」も、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      植林(産業図案)

 これは、1949年5月10日に発行された産業図案切手・植林の20円切手です。

 人類が花粉症に悩まされるようになったのは古代エジプト文明の時代にさかのぼるともいわれていますが、日本で患者が激増したのは1960年代以降のことです。ちなみに、日本におけるスギ花粉症についての最初の報告となる論文「栃木県日光地方におけるスギ花粉症 Japanese Cedar Pollinosis の発見」を斉藤洋三博士が発表したのは1963年のことでした。

 この時期、日本でスギ花粉症が急増した原因としては、一般に、農水省が推奨してきた大規模スギ植林が挙げられています。

 第二次大戦後、増大するばかりの木材需要を賄うために、農水省は林業の拡大と造林に力を注ぎましたが、その一環として、1948年には、「荒れた国土を平和な緑で」のスローガンの下、全国緑化運動が大々的に展開され、そのためのキャンペーン切手も発行されています。さらに、1949年には、当時の重要産業で働く人々を題材とした普通切手、“産業図案切手”の一枚として、今回ご紹介の植林切手も発行されました。

 林業を拡大しようという農水省の政策自体は、当時の社会情勢に照らして大いに理のあることだったわけですが、その際、成長率が高く、建材としての価値が高いスギやヒノキの植林が大々的に奨励されたため、十数年を経て、スギ花粉の飛散量も爆発的に増加。ちょうどそのタイミングで、わが国は経済大国となり、木材についても、国内で調達するよりも、外国からの質が良くて安い輸入品が優先されるようになり、大量に植えたスギの伐採や間伐もしだいに停滞していきました。そうなると、スギは減らず、花粉だけがどんどん増えていく結果になります。

 今回ご紹介の切手をよく見てみると、植えられている苗木は明らかに針葉樹ですから、十中八九、スギかヒノキではないかと思います。

 切手の中で実際に植林作業に汗を流している男たちは、自分たちの植えたスギやヒノキが豊かな日本を作り、子や孫の幸せにつながると固く信じていたのでしょうし、すくなくとも、現在の僕たちが、毎年、花粉症に悩むことになるとは夢にも思わなかったにちがいありません。

 歴史の皮肉を感じさせる切手を一枚挙げろと言われたら、毎年この時期、花粉症に悩まされている僕の脳裏には、先の大戦中に発行された戦意高揚のプロパガンダ切手よりも、まずは、この植林の切手が浮かんでくるのです。

 ちなみに、いまでこそ、いろいろと良い薬もありますし、さまざまな対策も知られるようになりましたが、そうではなかった昭和の時代の花粉症は本当につらいものでした。僕自身、鼻水がひどいときには、一日にティッシュペーパーを一箱使い切ってしまうほどで(若い男が“ティッシュペーパーを大量に使う”というと妙な誤解を招きかねないのですが、僕の場合、用途は、あくまでも鼻をかむためだったことはあらためて強調しておきます)、その結果、鼻の下も赤くはれ上がってしまって、とても髭を剃れるような状態ではありませんでした。

 幸い、大学生になると、1月末か2月の初めに学年末の試験が終わると4月までは学校に行く必要はなくなりましたので、2年生になる前の春先は、そのまま髭を剃らずにいました。新年度になっても、最初の頃は花粉症が収まりませんから、そのまま学校に行くと、友人たちから「なかなか髭が似合うじゃないか」と誉めてくれました。まぁ、お世辞だったのでしょうが、くどくどと事情を説明するのも億劫でしたし、そのまま30年近く、口髭が定着して現在に至るという次第でございます。


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 女性収容所からの葉書
2016-03-08 Tue 09:17
 きょう(8日)は国際女性デーです。というわけで、例年どおり、拙著の中から女性ネタということで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      アウシュヴィッツ・女性収容所

 これは、ビルケナウの女性収容所から差し出された葉書で、タイプ3と呼ばれるフォーマットが使用されています。タイプ3は、収容所の銘が“F.K.L.Auschwitz”となっていますが、この“F.K.L.”は、女性収容所を意味する“Frauen Konzentrationslager”の略号です。

 第二次大戦が始まった時点で、ドイツの強制収容所のうち、主として女性収容者を拘束していたのは、ベルリンの北方約80キロ、メクレンブルク州のラーフェンスブリュック収容所でした。

 同収容所は、1938年末からザクセンハウゼン収容所の収容者を動員して建設が開始され、1939年5月13日、最初の収容者としてドイツ人女性860人、オーストリア人女性7人が移送されてきました。その後、9月の開戦を経て、同年末の時点で収容者数は1168人となりましたが、さらに戦線が拡大していったことで収容者の数も増加の一途をたどり、最終的には、総計23ヵ国12万3000人の女性がラーフェンスブリュック収容所に登録されました。

 このように、ラーフェンスブリュック収容所のキャパシティが限界に迫っていったことに加え、戦時下での労働力不足が深刻になっていたという状況もあり、当初は、“労働力にならない”として無条件に抹殺の対象となっていたユダヤ人女性に対しても、男性同様の“選別”の結果、強制労働が課されることになります。

 かくして、1942年3月26日、ラーフェンスブリュックから99人の“犯罪者と反社会分子”の女性(非ユダヤ人)がアウシュヴィッツに移送され、ひとまず、第1収容所1号棟から10号棟に入れられました。そして、同年8月初旬、ビルケナウの第2収容所内のBIa区域に30棟の収容棟が完成すると、最初に到着した99人を囚人頭として、1万3000人の女性がそこに移送されます。その後、1943年7月以降、ビルケナウではBIb区域が女性の収容区域となりました。

 ビルケナウの女性収容者は、収容所内の事務作業のほか、麦・野菜の栽培などの農作業や魚の養殖、家畜の飼育などを主として担当しましたが、屋外での作業は過酷で、働けなくなったと見なされた収容者は収容所内25号棟のガス室で殺されました。また、妊娠が判明するとフェノール注射で殺されたほか、人体実験の材料とされることもありました。

 今回ご紹介の葉書は、裏面の書き込みによると、1943年8月14日に差し出されたものですが、残念ながら消印は押されていません。なお、葉書の左側に印刷されている注意書等は、文字のフォントも含めてタイプ2の葉書と同じなので、両者はほぼ同時期に作成したのではないかと推測できます。

 なお、アウシュヴィッツの収容者が差し出した郵便物と、そこからみえてくる収容所内の生活については、拙著『アウシュヴィッツの手紙』でもいろいろご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 BMW 100年
2016-03-07 Mon 14:53
 1916年3月7日、グスタフ・オットーが、ドイツの自動車メーカー、BMWの前身となる航空機エンジンメーカー、バイエリッシェ・フルークツォイク・ヴェルケ株式会社(BFW AG、バイエルン航空機製造)を創立してから、今日でちょうど100年です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ドイツ・BMW507

 これは、昨年(2015年)、ドイツが発行したクラシック・カーの切手で、幻の名車と言われるBMW507が取り上げられています。

 1916年に創業したバイエリッシェ・フルークツォイク・ヴェルケ株式会社は、翌1917年、社名をBMWに変更し、最初の航空機エンジン“タイプIIIa”を生産しました。同年、ドイツの帝国特許事務所に登録された同社のエンブレムは、回転するプロペラをモチーフに、バイエルンの白い雲と青い空をイメージしているとされています。

 第一次大戦後、敗戦国となったドイツでは、航空機の製造が禁止されたため、BMWはバイエルン航空機製造会社(BFW)と合併してモーターサイクルメーカーに転身。1923年に初のオートバイを製造し、1928年に自動車の製造にも着手しました。

 ちなみに、ナチス政権下では、同社は航空機エンジンの製造を再開しましたが、1945年の敗戦後、大戦中の航空機やロケットの生産を理由に3年間の操業停止処分を受けています。また、ソ連の占領下に置かれたアイゼナハ工場は、ソ連に接収され、東ドイツ国営企業のVEBアイゼナハとなっています。

 自動車の製造が再開されたのは1951年のことで、今回ご紹介の切手に取り上げられた507は、1956年から1959年まで製造されました。

 507は、ライバルのダイムラー・ベンツ社が1954年に発売を開始した高級スポーツカー、メルセデス・ベンツ300SLを意識して開発された車種で、コンセプトとしては、優雅で美しい姿に300SL並みの性能ながら安価なモデルを目指していました。結果的に、開発費がかさんで300SL並みの高価格車となってしまったため、販売台数が伸びず、わずか252 台で生産は打ち切られてしまったため、幻の名車と呼ばれています。


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 ハッピーヴァレーで不発弾処理
2016-03-06 Sun 13:38
 香港の競馬で有名なハッピーヴァレー地区で旧日本軍の不発弾(手投げ弾6個と迫撃砲弾2個)がみつかり、昨日(5日)、香港警察の爆発物処理班が処理しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      香港・ハッピーヴァレー(1999)

 これは、1999年に香港で発行されたハッピーヴァレー競馬場(跑馬地賽馬場)の2ドル切手(普通切手)です。

 南京条約の調印を受けて、英国の香港駐屯軍は、1842年、銅鑼灣西側、湾仔の間の谷地に駐屯地を設けました。しかし、この地はもともと沼地で、マラリアの流行で多くの死者が出たため、1845年までに駐屯軍は現在の金鐘駅の近く、香港公園の場所に移転しました。これに伴い、旧駐屯地は縁起直しの意味を込めて“ハッピーヴァレー”と改称され、その一部が墓地となったほか、競馬場も設けられました。1866年3月5日付の『ロンドン絵入り新聞』には、墓地と競馬場が併存するハッピーヴァレーの風景として、下のようなイラストが掲載されています。

      ハッピー・ヴァレー(1866)

 当初、ハッピーヴァレーでのレースは春節の時期に限って開催されていましたが、1884年に香港ジョッキークラブが設立され、以後、夏季を除く常時開催となりました。

 ただし、第二次大戦以前の競馬は、支配者である英国人の贅沢な遊びであって、一般の華人の娯楽という雰囲気ではありませんでした。これに対して、1941年末に香港を占領した日本軍は、競馬を一般市民の娯楽として大衆化することで、それまで香港在住の英国人が占めていた優越的な地位を目に見えるかたちで否定しようとします。

 こうした政策的な意図もあって、1941年12月の日英開戦とともに中断されていた香港の競馬は、早くも翌1942年4月25日には再開。開催スケジュールは毎週土曜日ないしは日曜日で午後から11レース前後が行われました。

 ちなみに、占領以前は、高温多湿の香港の気候を考慮して、夏季のレースはありませんでしたが、占領下では通年開催となり、その結果として、レース途中で倒れる競走馬も激増したそうです。この点について、華人医師の李樹芬が占領当局の衛生局長に「夏場も休ませないのはいささか残忍ではないか」と意見を具申したところ、衛生局長は「わが皇軍は炎暑の夏であろうと、日曜日であろうと変わることなく戦場で日夜奮戦している。ましてや畜生などはいうまでもないではないか」と応じたのだとか。

 結局、競走馬への負担を無視してレースは行われましたが、入場券・馬券ともに占領以前に比べて大幅に値下げされたため、競馬は庶民の娯楽として定着・普及。1942年秋の大レースでは馬券の売上げは12万枚にも達しました。

 このあたりの事情については、拙著『香港歴史漫郵記』でもいろいろご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。
 

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 ブラジル前大統領、事情聴取
2016-03-05 Sat 11:24
 ブラジル連邦警察は、きのう(4日)、収賄と資金洗浄(マネーロンダリング)をめぐる捜査で、ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ(以下、ルーラ)前大統領の身柄を一時拘束し、事情聴取しました。事情聴取は約3時間で終わり、その後、前大統領は釈放されたそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・ルーラ大統領

 これは、2011年、ルーラ大統領の退任時に発行された大統領顕彰切手です。

 ルーラは、1945年、ペルナンブーコ州の貧しい農家に生まれました。1956年、サンパウロに移り、小学校に通ったものの、4年生で中退します。その後、靴磨き、洗濯屋の店員、製鉄所の工員として働きながら、小学校の課程を修了。19歳の時、プレス工として勤務していた自動車工場で起きた事故で、指を失ったことから労働組合に加入しました。

 1975年、サンパウロ州サン・ベルナルド・ド・カンポおよびヂアデマの鉄鋼労働者組合の委員長になり、1980年、冶金労働者のストライキを組織。当時のブラジルは軍事独裁政権下にあり、労働運動は厳しく制限されていたため、ルーラらのストライキは国家治安維持法(現在は廃止)違反に問われ、ルーラも逮捕、投獄されています。なお、地方軍事法廷の判決は懲役3年6ヶ月でしたが、高等軍事法廷はこれを棄却し、釈放されました。

 1980年2月10日、ルーラは反軍事政権を掲げる労働者党を創立し、党首に就任。1982年には、ルーラ自身もサンパウロ州知事選に出馬しましたが、落選しています。

 1984年、労働者党は、翌1985年に予定されていた次期大統領選挙で国民の直接投票を要求する運動を展開。この運動は、1985年の選挙には間に合いませんでしたが、1989年の大統領選挙では29年ぶりの直接投票による大統領選挙を実現します。

 労働党の党首としてのルーラは、1989年以来、1994年、1998年の大統領選挙にも連続出馬しましたが、いずれも決選投票で敗退。 2002年の選挙で、ブラジル民主主義史上最大の得票数5240万票を獲得して、彼岸の初当選を果たし、2003年1月1日付で大統領に就任しました。大統領就任演説で、ルーラが語った「大学の学位がないと何度も非難されてきたこの私が、生まれて初めて免状を手にします。それがわが国の大統領という称号です。」との一言は、多くのブラジル国民に感銘を与えました。

 ルーラ政権は、“飢餓ゼロ計画”を掲げて貧困層への支援に積極的に取り組み、2003年10月、学童基金・食糧補助・ガス助成金・食糧カードの4大公的扶助制度を統合した家族手当制度、“ボルサ・ファミーリア”を創設。月間所得が50レアル以下(16歳以下の通学中の子供がいる場合は100レアル以下)の貧困世帯に対し1ヶ月50レアル、通学中の子供1人につき15レアルの家族手当を支給するようにしたほか、最低賃金の引き上げや貧困層を対象にした大衆レストランの設置などの社会政策を実施しました。

 その一方で、公務員年金改革による財政支出の削減などを行い、前政権の財政健全化路線を踏襲。この結果、財政の黒字転換を達成してインフレを抑制し、任期中の2009年には、ブラジルは IMFに対する純債権国にするなどの成果をあげました。なお、大統領在任中、ルーラは2005年5月(公式実務訪問)と2008年7月(北海道洞爺湖サミットと併催のエネルギー安全保障と気候変動に関する主要経済国会合に出席)の2回、来日しています。

 ブラジル憲法では大統領の三選は禁止されているため、ルーラは2011年1月1日の任期満了をもって退任します。ルーラの後継となった現大統領のジルマ・ルセフは、ルーラ政権の官房長官でした。

 今回の警察によるルーラの事情聴取は、国営石油会社ペトロブラスの幹部らが、ルーラ政権下の2004年以降、建設会社などと金額を水増しした請負契約を結ぶ見返りに賄賂を受け取り、その一部が政界に流れたとされる疑獄事件の一環として行われたもので、すでに、ルーラ政権時代の元官房長官や有力与党議員らが逮捕されているほか、今月3日には、事件に絡んでクニャ下院議長の起訴が承認されています。また、警察当局は「前大統領は党首であっただけでなく、ペトロブラスの重役任命の最終的な責任者でもあり、汚職の恩恵を受けた主な人物だ」とする声明を発表しました。

 現在、ブラジルは数十年ぶりという経済低迷にあえいでおり、ルセフ現政権の支持率は10%台に低迷していますが、それだけに、引退後も国民の高い人気を誇り、大統領の“後ろ盾”ともなっていたルーラの事情聴取は、現政権にとって大きな打撃となることは確実です。

 それにしても、そもそも、五輪関連施設の建設が予定よりも大幅に遅れていることへの懸念が強まっている中で、蚊が媒介するジカ熱の感染も拡大、さらに、前大統領も巻き込んでの政界汚職が加わるとなっては、本当に今年夏のリオデジャネイロ五輪は予定通り開催できるのかと不安に思ってしまいますな。ちなみに、2009年にリオ五輪の開催が決まった際の記者会見で、感極まったルーラが男泣きに泣いたのは有名なエピソードですが、五輪が開催できずに再び男泣き…なんてことにはならないようにしてほしいものです。


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 世界の国々:インドネシア
2016-03-04 Fri 21:52
 ご報告が遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年3月2日号が先週、発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はインドネシアの特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      インドネシア・ブサキ寺院

 これは、1998年に発行された観光宣伝切手で、バリ島のブサキ寺院が取り上げられています。

 インドネシアはムスリム国家ですが、バリ島は、バリ土着の信仰と仏教やヒンドゥーが習合した“バリ・ヒンドゥー”の信者が住民の90%を占めています。今回ご紹介の切手に取り上げられたブサキ寺院は、バリ・ヒンドゥーの総本山で、島の最高峰、アグン山の中腹にあり、破壊神シヴァ、繁栄神ヴィシュヌ、創造神ブラフマのヒンドゥー三大神を祀る3寺院を中心に30以上の寺院群から構成されています。もとは8世紀に建立されたものですが、その長らく荒廃の時代を経て、オランダ統治時代に復興されました。今回ご紹介の切手は、シートの切手部分に現在の寺院の遠景を描く切手を収め、余白には、霊獣バロンが描かれています。

 さて、『世界の切手コレクション』3月2日号の「世界の国々」では、今回ご紹介の切手のほか、インドネシア独立戦争に関するマテリアルやボロブドゥール寺院の切手、影絵芝居のワヤン・クリムラピ山スマトラ沖地震コモドオオトカゲの切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、僕が担当する「世界の国々」は、1週お休みをいただいて、次回は3月9日発売の3月16日号でのケイマン諸島の特集になります。こちらについては、3月16日以降、このブログでもご紹介する予定です。

  
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 NZで国旗選択の国民投票
2016-03-03 Thu 15:49
 ニュージーランドで、きょう(3日)から、国旗変更の是非を問う国民投票が始まりました。有権者は、先住民マオリゆかりの銀羊歯(シルバー・ファーン)を描いた新国旗案と、ユニオンジャックをベースにした現国旗のどちらが国旗としてふさわしいかを選び、郵送で投票。24日の締め切り後、集計結果が公表されるそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ニュージーランド・シルバー・ファーン

 これは、2010年にニュージーランドで発行された“オール・ブラックス(ラグビーのニュージーランド代表)”の切手で、オール・ブラックスのユニフォームのアクセントとなっているシルバー・ファーンが取り上げられています。

 シルバー・ファーンは、ニュージーランドに多く自生している羊歯の一種で、葉の裏側が銀色に光るため、この名があります。

 かつて、マオリの戦士たちは、夜間の戦いに際して、シルバー・ファーンの葉裏の性質を利用して、裏面を上に、葉先の尖った方を進むべき方向に向けて、地面に置いて道しるべとしていました。そして、しんがりの戦士は、自分が通る際に、シルバー・ファーンを裏返し、光らない表面を上にすることで、敵の追跡を防ぎました。

 こうしたことから、シルバー・ファーンは、マオリの伝統では“前進”の象徴とされており、1925年以来、オール・ブラックスのユニフォームにデザインされるようになりました。

 さて、ニュージーランドの現在の国旗は、青地の左上にユニオンジャックを配し、白く縁取られた4つの赤い星からなる南十字星をあらわしたデザインで、1869年に導入され、1902年、議会で正式に制定されました。隣国オーストラリアの国旗は右側の星が5つ(とユニオンジャックの下に大きな星が1つ)あるほか、星の形も五芒星(☆)ではなく、7州を意味する7つの頂点を持つ形になっていますが、両者は酷似しており、しばしば、混同されてきました。

 そうした実際上の不便に加え、ニュージーランド国内には、現職のキー首相をはじめ、「現在の国旗は英植民地時代の名残」として国旗の変更を主張する人々も少なからず存在しています。

 ただし、国民投票に先立って行われた世論調査では6割前後が現国旗を支持しており、新デザインへの変更を主導してきたキー首相は劣勢とみられているのだとか。まぁ、どちらの結果に転んでも、個人的には、今回の投票用紙がどのような封筒で送られたのか、そしてその実物が入手可能なのかどうか、ということの方に関心が向いてしまうのですがね。

 
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 モロッコ独立60年
2016-03-02 Wed 12:56
 1956年3月2日にフランス保護領だったモロッコがフランスと独立協定を調印し、正式に独立してから、今日でちょうど60年です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      モロッコ・独立1周年

 これは、1957年3月2日にモロッコで発行された独立1周年の記念切手で、モロッコのスルターン、ムハンマド5世の肖像が取り上げられています。

 切手に取り上げられたムハンマド5世は、1909年、スルターン、ユースフ・ベン・ハサンの末子として生まれ、1927年、父の崩御によりスルターンとして即位しました。

 第二次世界大戦中の1940年、フランスがドイツに降伏すると、当初、モロッコはヴィシー政権の支配下に置かれましたが、1942年に連合軍がモロッコに上陸し、自由フランスがモロッコを奪還。その後、1943年1月にはカサブランカでチャーチルとルーズヴェルトの首脳会談が開催されたほか、同年6月にはルーズヴェルトとムハンマド5世が会談。ムハンマド5世は、ルーズヴェルトに対してモロッコ独立運動への理解を求めました。

 これを機に、1930年代以来の独立運動が活発化。このため、大戦後の1947年、フランス第四共和政は妥協策として共同主権案を提示しましたが、事態は沈静化しなかったため、1953年8月20日、フランス当局は独立派のシンボルとなっていたムハンマド5世を廃位してコルシカに追放。後継スルターンには、ムハン5世の親戚で親仏派のムハンマド・ベン・アーラファを擁立しました。しかし、このことはモロッコ人の憤激を買い、モロッコ各地で反仏武装闘争が本格化。このため、フランスはムハンマド5世をモロッコからより遠ざけるため、1954年にはマダガスカルに追放しましたが、そうした対応は、モロッコ人の反仏感情をさらに刺激することになりました。

 結局、1954年にはディエン・ビエン・フーの戦いでフランスが敗北し、仏領インドシナが解体されたこともあって、フランスはモロッコ問題でも譲歩を余儀なくされ、1955年10月30日、フランスはムハンマド5世の復位を認め、ムハンマド・ベン・アーラファは退位。11月16日に帰国したムハンマド5世は、2日後の18日、“モロッコの将来”について演説し、モロッコ独立の方針を明らかにしました。

 その後、フランスとの交渉を経て、1956年3月2日、独立協定が調印され、モロッコは独立を回復します。今回ご紹介の切手は、ここから起算して1周年になるのを記念して発行されたものです。

 その後、ムハンマド5世は前年(1955年)の帰国直後、“モロッコの将来”について演説してから1周年にあたる1956年11月18日に正式な“独立宣言”を発しました。現在のモロッコ政府は、この日付を“独立記念日”として採用しています。

 ちなみに、独立時のモロッコの君主の称号は“スルターン”でしたが、1957年8月14日に王制が宣言されてムハンマド5世は“モロッコ国王”となり、切手の国名表示も、今回ご紹介の切手にみられるような“モロッコ”から“モロッコ王国”に変更されました。

 
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