内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 ケニアで反密猟サミット
2016-04-30 Sat 10:40
 ケニア中部のナニュキで、きのう(29日)から、野生動物の密猟と象牙密輸の防止をテーマに、アフリカ諸国の首脳級も参加する“反密猟サミット”が始まりました。会議はきょう(30日)まで2日間の日程で、きょうは密猟根絶に向けた取り組み強化をアピールするため、ケニア国内で保管されている象牙100トン以上が一斉焼却処分される予定だそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ケニア・ウガンダ・タンガニーカ・象(1954)

 これは、1954年にケニア・ウガンダ・タンガニーカで発行されたアフリカゾウの切手です。

 近代以前の東アフリカのインド洋沿岸部はザンジバルの支配下に置かれていましたが、1840年代以降、ザンジバルのスルターンの保護の下にヨーロッパ人宣教師がモンバサの海岸周辺から内陸に向かって入植するようになりました。

 1886年、ドイツがザンジバルに艦隊を派遣すると、ザンジバルからの支援要請を受けた英国も派兵。このため、フランスを交えた3国の協議の結果、東アフリカ南部(現在のタンザニアの大陸部分に相当する地域)をドイツ領東アフリカとし、北部(現在のケニアに相当する地域)を英領東アフリカとすることで決着が図られました。この時きめられた英領東アフリカの範囲は、タナ川の河口からモンバサを経てドイツ領東アフリカとの境界線までの150マイル(240キロメートル)の海岸線とその内陸部です。

 第一次大戦でドイツが敗れると、旧ドイツ領東アフリカは解体され、イギリス委任統治領タンガニーカとベルギー委任統治領のルワンダ=ウルンディに分割されます。

 その後、1927年、英国は東アフリカのウガンダ、ケニア、タンガニーカ、ザンジバルの4地域を包括する関税同盟を結成し、同盟の域内では共通通貨として東アフリカ・シリングの使用が開始されます。これに伴い、ザンジバルを除く大陸の3地域では郵便組織も共通となり、“ケニア・ウガンダ・タンガニーカ”表示の切手がこれら3地域で使用されました。

 その後、1961年にタンガニーカが、1962年にウガンダが、1963年にケニアが、それぞれ独立した後も、各国ごとの切手と並行して“ケニア・ウガンダ・タンガニーカ”表示の切手の発行は継続され、1964年にタンガニーカとザンジバルの統合によって現在のタンザニア国家が誕生すると、“ケニア・ウガンダ・タンザニア”に国名表示を変更した切手が1976年初まで発行されていました。

 さて、今回の反密猟サミットの開催にあたって、議長を務めるケニアのケニヤッタ大統領は「象たちを失うことは、わが国の遺産の重要な部分を失うことを意味する。われわれはそれを許さない。象が殺されているのを傍観することはできない」との基調演説を行いました。その主張はお説ごもっともで、反対すべき点は何もないのですが、そのアピールのために、象牙を焼却部分にするというのはどうなんでしょうかねぇ。むしろ、政府が象牙をきちんと管理して輸出し、その収益を野生動物の保護にまわという方が良いのではないかと、僕などは思ってしまうのですが…。


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 世界漫郵記:リオデジャネイロ③ 
2016-04-29 Fri 08:21
 『キュリオマガジン』2016年5月号が発行されました。僕の連載「郵便学者の世界漫郵記」は前回に続き、リオデジャネイロ(以下、リオ)篇の第3回目。今回はコルコヴァードの丘のキリスト像にフォーカスをあてました。その記事の中から、この1点をご紹介します。(以下、画像はクリックで拡大されます) 

      コルコヴァードのキリスト(1934・初版)

 これは、1934年のパチェッリ枢機卿(後のローマ教皇ピウス12世)のブラジル訪問に際してブラジルが発行した記念切手で、コルコヴァードのキリスト像を上空から見下ろすデザインとなっています。

 この時の記念切手は、同図案の色違いで、300レイスと700レイスがあるのですが、今回ご紹介の300レイス3つの版があって、初版がワイン・レッド、2版がチェリー・レッド、3版が朱色と微妙に刷色が異なっているので区別が可能です。上の画像はチェリー・レッドの初版ですが、ついでなので、2版と3版の切手の画像も下に貼っておきましょう。

      コルコヴァードのキリスト(1934・2版)  コルコヴァードのキリスト(1934・3版)

 この画像のうち、左が2版で右が3版です。同系統の色なので区別がしづらいかもしれませんが、初版・2版と違って、3版にはキリストの左肩の上の雲に筋が入っています。(下にその部分を拡大してみました。左が2版、右が3版です)

     キリスト1934年2版拡大  キリスト1934年3版拡大

 なお、コルコヴァードのキリスト像は、リオの、というよりもブラジルのシンボルとも言うべき存在ですから、幾度となく切手にも取り上げられていますが、今回ご紹介の切手はその最初の1枚となります。

 今回の『キュリオマガジン』の記事では、その主なものをご紹介しつつ、実際のキリスト像と見比べながら、僕自身が感じたこと、考えたことをいろいろ書いてみました。機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 また、2013年の国際切手展にあわせて現地取材をしたものの、その後、諸般の事情でお蔵入りになっていたリオデジャネイロ本を作る企画が、リオ五輪を前に急遽復活し、現在、その準備を進めています。書籍のタイトルや刊行日など、詳細につきましては、追々、このブログでもご案内いたしますので、よろしくお願いします。


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 最長独裁政権、さらに延長
2016-04-28 Thu 17:47
 今月25日に大統領選挙が行われたアフリアの赤道ギニアで、きょう(28日)、1979年以来、世界最長の政権を維持し続けているテオドロ・オビアン・ンゲマ(以下、ンゲマ)大統領の当選が正式に発表されます。というわけで、きょうはこの切手です。

      赤道ギニア・革命2周年(ンゲマ)

 これは、1981年に赤道ギニアが発行した“革命2周年”の記念切手で、当時のンゲマの肖像が取り上げられています。

 スペイン領赤道ギニアは、住民投票の結果、1968年10月12日、赤道ギニア共和国として独立し、急進左派のマシアス・ンゲマ(以下マシアス)が初代大統領に就任しました。

 マシアス政権は親ソ政権として、共産圏諸国に倣った閉鎖的・強権的な国家建設を進め、1970年には与党・労働国民統一党以外の政党を禁止。1972年7月にはみずから終身大統領を宣言し、独裁体制を固めます。また、アフリカ化政策を推進し、地名の変更(たとえば、フェルナンド・ポー島はビオコ島に改称されました)を進める一方、反政府勢力とみなした国民を容赦なく粛清。特に、ブビ人に対する迫害・虐殺政策は苛烈を極め、恐怖支配を逃れて国民の3分の1が国外へ亡命するなど、“アフリカのアウシュヴィッツ”と恐れられました。

 1979年に入るとマシアスは親族の粛清も開始したため、身の危険を感じた甥で陸軍中佐のンゲマは、同年8月3日、クーデターを敢行。ンゲマを最高軍事評議会議長(国家元首)とする軍事政権が樹立され、逮捕されたマシアスは、9月29日に処刑され、翌10月、ンゲマが大統領に就任し、現在まで続く超長期政権が開幕します。

 1982年の民政移管後もンゲマは大統領職に留任し、1987年、一党独裁の政権党として赤道ギニア民主党(以下PDGE)を結成。1989年、独立後初の大統領選挙で“信任”されました。

 これに対して、旧宗主国のスペインをはじめ西側諸国はンゲマ政権に民主化を要求したため、1991年11月、複数政党制を認めた新憲法が制定されたものの、大統領の独裁的な権限は温存されていたため野党勢力は反発。1996年2月の大統領選挙は、野党のボイコットにより、ンゲマが得票率99%で4選を果たしました。

 ンゲマ政権は、2002年12月に5選、2009年11月に6選を果たしていますが、過去の大統領選挙でのンゲマの得票率は、いずれも95%を超えており、選挙の公正性については疑問視されているものの、国内の政権批判は完全に封じ込められています。ちなみに、赤道ギニアには日刊紙を発行する新聞社は存在せず、テレビは国営放送のみ。唯一の民間ラジオもンゲマの息子が経営しており、メディアはこぞって、ンゲマのことを“全知全能の存在”と称賛し続けています。

 2011年には、1969年に発足したリビアのカダフィ政権が崩壊したため、この時点で、ンゲマ政権は、世襲の君主を除くと、世界最長となり、以来、現在に至るまで記録を更新中というわけです。

 その後、2012年には大統領の3選禁止(1期は7年)を定めた改正憲法が施行され、今回の大統領選挙実施となったわけですが、3選禁止の規定は、過去通算ということではなく、今回の選挙からの適用です。このため、今回の選挙で当選したンゲマは、理論上は、さらに2037年まで3期、大統領の地位を維持することが可能とされています。その場合、大統領の在任期間は58年間になりますが、これは、赤道ギニアの平均寿命、52.61歳を軽く超える数字です。なんだかなぁ。


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 世界の国々:レソト
2016-04-27 Wed 09:08
 ご報告が遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年4月27日号が先週発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はレソトの特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      レソト・ケープ切手使用

 これは、1911年、英領バストランド時代のモリジャで使用された英領ケープ植民地切手のオンピースです。

 18世紀末、金やダイヤモンドの鉱脈を狙ってアフリカ南部に到来した英国人は、すでにこの地に住んでいたオランダ系のアフリカーナー(ボーア人)と戦い、ナポレオン戦争中の1795年、ケープタウンを占領。1806年には、ケープ植民地全体を接収します。
 
 ナポレオン戦争後の1815年、ケープ植民地は正式にオランダから英国へ譲渡されました。これに伴い、英国人の移民が大量に流入したため、アフリカーナーは英国の圧迫を逃れて北東部の奥地へ大移動を開始し、先住アフリカ人諸民族と戦いながらトランスヴァール共和国やオレンジ自由国、ナタール共和国を建国しました。

 これに対して、現在の南アフリカ共和国北部に居住していた先住民のソト族は、アフリカーナーの進入に対抗するため、英国の保護を受けるようになり、1868年、その居住地域は英国の保護領として英領バストランドとなります。1871年、バストランドは英保護領から植民地となり、翌1872年、現在のレソトの首都であるマセル等に英国郵便局が設けられました。英領ケープ植民地の切手が持ち込まれて使用されるようになったのは、1876年頃のことです。

 その後、バストランドは 1884年には植民地から保護領にもどり、南アフリカ連邦が発足した1910年からは南ア連邦の切手が使用されることになりましたが、今回ご紹介のオンピースに見られるように、その後はしばらく英領ケープ植民地の使用も認められていました。

 なお、今回ご紹介のオンピースの消印にあるモリジャは、レソト西部、首都マセルの南約35kmの位置にある年で、1830年代に現在のレソト領内で最初にキリスト教の伝道が行われた地として知られています。

 さて、『世界の切手コレクション』4月27日号の「世界の国々」では、1966年の独立以降のレソト現代史についてまとめたコラムのほか、マロチ山脈南部の壁画洞窟、マロチ山脈のスキー場、恐竜のレソトサウルスの切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、僕が担当する「世界の国々」は、次回は本日(27日)発売の5月4号での国際連合の特集になります。こちらについては、5月4日以降、このブログでもご紹介する予定です。


 
 ★★★ アジア国際切手展<CHINA 2016>作品募集中! ★★★

 本年(2016年)12月2-6日、中華人民共和国広西チワン族自治区南寧市の南寧国際会展中心において、アジア国際切手展<CHINA 2016>(以下、南寧展)が開催されます。同展の日本コミッショナーは、不詳・内藤がお引き受けすることになりました。

 現在、出品作品を6月12日(必着)で募集しておりますので、ご興味がおありの方は、ぜひ、こちらをご覧ください。ふるってのご応募を、待ちしております。

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 市松と石畳
2016-04-26 Tue 11:48
 2020年東京五輪・パラリンピックの大会組織委員会は、きのう(25日)、大会エンブレムについて、4案の候補作品の中から、市松模様をモチーフにした「組市松紋」を選出したことを発表しました。というわけで、市松模様にちなんで、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      春信・文読み

 これは、1969年10月1日に発行された「第16回万国郵便大会議」の記念切手のうち、鈴木春信の「中納言朝忠(文よみ)」を取り上げた50円切手で、右側の箒を持った女性が市松模様の帯を締めています。

 国際的な郵便交換の組織である万国郵便連合(UPU) は、原則として5年に1度、全加盟国政府の全権委員を集めて、万国郵便連合憲章をはじめとする郵便関係の条約改正について討議する会議を開催しています。これが、万国郵便大会議で、1874年の第1回会議(UPU創立会議)と1878年の第2回会議がパリで開催された後、各国の持ち回りで開催されてきました。1969年の第16回会議は、10月1日に昭和天皇ご臨席の下、国立競技場で開会式を行った後、11月14日までの45日間にわたり、東京のプリンスホテルを会場として討議が行われました。

 切手に取り上げられた鈴木春信の「中納言朝忠(文よみ)」は、オリジナルの錦絵では、小倉百人一首にも採録されている中納言朝忠の「逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし」の歌を上部に書き、その下に、なかなか会うことのかなわぬ恋人からの手紙を読む娘と、箒を持ったまま、掃除をする手を止めてそれを覗きこむ女性が描かれています。また、この構図は、中国の古典的な画題である“寒山拾得”で、寺男として箒を持つ拾得と、巻物を持つ寒山の組み合わせに見立てて美人画としたものです。

 さて、市松模様は2色のタイルを交互に並べたようなデザインで、日本古来の文様として、もともとは“石畳”と呼ばれていました。ところが、1741年、歌舞伎の初代佐野川市松が「心中万年草」の主人公・粂之介を演じた際、紺と白の“石畳”の衣装を着用して評判となり、以来、彼の名を取って市松模様と呼ばれるようになったとされています。ただし、その後も、市松模様を、明らかに古名の“石畳”のイメージで使っているケースもあるので(その代表格が「ビードロを吹く娘」)、市松という名称が完全に定着するまでにはそれなりの時間がかかったのではないかと思います。

 ちなみに、初代市松(1722-62)と春信(1725-70)は同時代の人物ですから、彼の時代には、模様の名前も石畳と市松が混在していたのではないかと思います。今回ご紹介の切手の「中納言朝忠(文よみ)」のような多色刷りの錦絵は、春信が“紅刷り絵”と呼ばれる単色から数色の版画技法を発展させて1765年に完成させたものですから、1741年の「心中万年草」上演以降に制作されたものです。したがって、箒を持った女性の帯の模様を“市松”と呼んでも間違いではないのでしょうが、彼女の“元ネタ”が寺男の拾得だったことを考えると、ここは“石畳”とする方が良いのかもしれません。


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 泰国郵便学(42)
2016-04-25 Mon 11:34
 ご報告が遅くなりましたが、財団法人・日本タイ協会発行の『タイ国情報』第50巻第2号ができあがりました。そこで、僕の連載「泰国郵便学」の中から、この切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      タイ・10月14日事件

 これは、1975年1月16日に発行された“10月14日事件”の記念切手です。

 1973年10月4日、民主化を要求する政治家、市民運動家、学生活動家、教職員を中心に“憲法要求100人委員会(以下、100人委員会)”結成。これに対して、6日、政府は、共産主義者が国家転覆を企てたとして100人委員会の11人を逮捕します。その後も逮捕者は増え、8日にはカイセーン・スックサイ元国会議員が逮捕され、タノーム・キッティカチョーン首相はカイセーンと一味は共産主義者に扇動され政府転覆計画を謀ったと断定し、彼らの無期限拘留を命じました。

 これをきっかけに、タノーム政権に対する抗議行動が一挙に拡大します。

 1963年以来のタノーム政権による開発独裁路線は、いわゆるヴェトナム戦争特需に支えられた経済成長を基盤としたものでした。このため、1973年3月29日にヴェトナム戦争に関するパリ和平協定が調印され、同年3月29日、米軍がヴェトナムから撤退すると、大きな打撃を受けることになります。加えて、国際市場では米価の低迷より輸出が落ち込み、タイ共産党のゲリラ活動やインドシナ諸国からの難民の流入に対応するため防衛費の過大な負担もあいまって、タイ経済は低迷しました。

 さらに、タノーム政権の副首相兼内務相であったプラパート・チャールサティエンは、自分の娘をタノームの息子、ナロン・キッティカチョーン(第11連隊長)に嫁がせており、タノーム政権下での人事の停滞もあって、国軍を私物化に対する不満が軍人たちの間にも蔓延していました。

 ところで、1972年12月15日に施行された「仏暦2515年統治憲章」は、第17条で“絶対権力”としての政権へ権力集中を規定していたましたが(カイセーン元議員の逮捕はこの条文がその根拠です)、その一方で、3年以内の憲法施行をも謳っており、1973年1月には憲法起草のための22人委員会も設置されていました。

 100人委員会は、こうした背景の下で憲法の早期制定と駐留米軍の早期撤退を求めたわけです。

 さて、100人委員会メンバーの逮捕に対する抗議活動は、10月8日にバンコク首都圏およびチェンマイ市の各大学で始まり、10日には全国に波及。12日には「市民連合は本日10月12日正午より24時間以内に逮捕された憲法要求100人委員会の運動家13名の釈放、民主政治を要求する。もし満足できる処置回答がこの時間内に政府から得られない場合に市民連合は思い切った行動に出るであろう」との最後通牒が発せられ、翌13日、タムマサート大学構内から民主記念塔へデモ行進が始まりました。デモ行進は当初から20万人が参加し、最終的には40万人を超える規模にまで拡大します。これは、タイの歴史において、空前の規模でした。

 ここにいたり、国王ラーマ9世が仲裁に乗り出し、逮捕者13人ら無条件解放と1974年10月に憲法を公布する(予定)ことが確認され、市民側は勝利宣言を発し、一連の抗議行動は公式には終了しました。

 ところが、デモ参加者の一部は抗議集会の続行を主張して、民主記念塔から王宮広場に移動。翌14日未明、彼らはチットラダー宮殿に向けてラーチャダムヌーン・ノーク通りの行進を開始しましたが、途中、国税庁などいくつかの政府機関を占拠したため、武装警察隊、次いで陸軍部隊が出動。デモ参加者の一部が国家行政査察庁を含む4つの政府建物や交番に放火するなど暴徒化するなかで、当局による鎮圧の過程で、77人が死亡、857人が負傷する流血の惨事となりました。

 これが、10月14日事件です。

 結局、国王の仲裁を仰ぎながら、流血の事態を招いた責任を取るかたちで、タノーム首相、プラパート副首相、ナロン大佐は国外への亡命を余儀なくされ、タノーム政権は崩壊。国王はタムマサート大学々長サンヤー・タムマサックを首相に指名し、サンヤーは「出来るだけ速やかに民主憲法を発布し、現在から6ヶ月以内に総選挙をすることになる」と演説しました。

 事件の成果として1974年10月7日に施行された「仏暦2517年タイ王国憲法」は、タノーム政権時代の反省から、議会による政府のコントロールを強化し、議院内閣制(首相は下院議員でなければならず、閣僚の半数以上は上院あるいは下院の議員でなければならない)を採用。議員の公務員兼職禁止、議員及び閣僚の資産公開、会計検査院の設置などを謳っていました。ただし、上院議員を任命する際に枢密院議長が副署するとの規定については国王の政治的関与とされる余地があるとして、1975年1月19日、国王の意向により、署名者を首相とするよう改正されています。(仏暦2518年改正タイ王国憲法)

 今回ご紹介の切手は、上記のような一連の民主化運動が一区切りしたことを受けて、1975年1月26日に4種セットで発行されたモノのうちの1枚です。

 さて、今回の「泰国郵便学」では、1973年10月14日事件をの話題を中心に、1973年10月に発行された古典文学の切手と、チェンマイのワット・スアンドークの切手もご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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 Erin go Bragh
2016-04-24 Sun 11:15
 1916年4月24日にアイルランドで起きたイースター蜂起から、今日でちょうど100周年です。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      アイルランド・イースター蜂起25年

 これは、1941年にアイルランドで発行された“イースター蜂起25周年”の記念切手です。

 1534年、イングランド王ヘンリー8世が国王至上法(首長令)を公布し、イングランド国教会がカトリックから独立しましたが、イングランドとウェールズ、後にはスコットランドがプロテスタントを受け入れたのに対して、アイルランドではカトリックの教義を守り続けました。このため、17世紀のクロムウェルによる植民地化以来、アイルランドでは、カトリックが多数を占めるアイルランド人に対する英国国教会の差別や弾圧が続きます。

 さらに、1801年、グレートブリテンおよびアイルランド連合王国が成立すると、アイルランドは国外植民地としての自主性も失い、完全に英国に併合され、同化政策が行われました。このため、19世紀に入ると、アイルランドでは英本国からの分離独立を求める民族運動が高揚しましたが、全島32州のうちプロテスタント住民が多数派を占める北部のアルスター6州では、独立に反対する声も少なくありませんでした。

 こうした背景の下、1912年、アイルランド自治法案が英国下院に提出され、1914年9月に成立します。しかし、第一次世界大戦の勃発によりアイルランドの自治が凍結されてしまいます。その過程で、1913年、アイルランドの独立に反対する北部6州でプロテスタント系武装組織としてアルスター義勇軍が結成されると、これに対抗して、独立派のアイルランド共和主義同盟(IRB)のパトリック・ピアーズらはカトリック系武装組織としてアイルランド義勇軍を組織します。

 こうした中で、IRBは、「イングランドの困難はアイルランドの機会である」との古い格言に基づき、大戦が終わる前に何らかの行動を起こすことを決定。アイルランド義勇軍にも参加していたパトリック・ピアースやジョセフ・プランケット、英外交官だったサー・ロジャー・ケースメントが中心となり、アイルランド市民軍を率いるジェームズコノリーを指揮官として武装蜂起の計画を進めました。

 彼らは、1916年4月23日のイースター当日の蜂起決行に向けて準備を進め、4月初、ピアースが「イースターの日曜日から3日間、ダブリン市内でパレードと演習を行なう」と新聞紙上で発表します。一般の義勇軍メンバーには知らされていませんでしたが、ピアースはパレードと演習に動員した兵力を、そのまま、対英叛乱に転用しようと考えたわけです。

 彼らは、敵の敵は味方というわけで、ドイツから2万5000丁のライフル銃と100万の弾薬を入手しましたが、計画は英政府に察知され、武器を積んでいた船は英側に拿捕されてしまいます。このため、いったんは蜂起の中止が決定されましたが、ピアースやコノリーは、アイルランド人の独立意識を覚醒するためには血を流すことが必要と考え、予定より1日遅れた4月24日のイースター・マンデーに、義勇軍1000、市民軍250での蜂起を敢行しました。これが、いわゆるイースター蜂起です。

 蜂起当日、叛乱側は、オコンネル通りにあったダブリン中央郵便局を占拠して本部とし、その玄関ポーチの会談から、臨時大統領に就任したピアースが「アイルランド共和国宣言」を読みあげます。しかし、当初、優勢であった叛乱軍でしたが、しだいに英国に圧倒され、28日には、叛乱軍1600人に対して英国軍は約2万人を動員して総攻撃を開始。このため、翌29日、叛乱側は無条件降伏を余儀なくされました。この間の死傷者数は3000人以上に上っています。

 蜂起の鎮圧当初、アイルランド人の中にも叛乱軍の無謀さを非難する声は少なくありませんでしたが、5月2日から始まった軍法会議で19人に対して死刑が宣告され、早くも翌3日からピアス、コノリーを含む叛乱指導部がキルメイナム刑務所やダブリン城で処刑されたことで、アイルランド人の愛国心と反英感情が一挙に高まり、独立運動が高揚。1918年の総選挙では独立派のシン・フェイン党が勝利し、1919年のアイルランド共和国の独立宣言を経て、アイルランド独立戦争が勃発します。この結果、1921年、独立派とイギリスは英愛条約を結び、南部26州(南アイルランド)は英国王を元首とする同君連合国家(ドミニオン)アイルランド自由国として分離することになりました。


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 ビール純粋令500年
2016-04-23 Sat 11:26
 1516年4月23日、バイエルン公ヴィルヘルム4世が「ビール純粋令」を発してから、今日でちょうど500年です。というわけで、きょうはストレートにこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ドイツ・ビール純粋令500年

 これは、ことし(2016年)4月7日にドイツで発行された“ビール純粋令500年”の記念切手で、グラスのビールを背景に麦とホップが描かれています。

 ビール純粋令は、1516年に、バイエルン公ヴィルヘルム4世が「ビールは大麦とホップと水の3つの原料以外を使用してはならない」と定めた法令で、現在でも有効な食品に関連する法律としては世界最古とされています。

 ビール純粋令の第一の目的は、パンを焼く小麦が不足がちだったため、ビール醸造に小麦を使わせないようにすることでしたが、バイエルンのビールの品質を北ドイツのアインベックビールに対抗できるものへと向上させるという狙いもありました。このため、純粋令に基づき、バイエルン領内では、偽物や不純な添加物の入ったビールを一掃すべく、厳しい品質検査が行われるようになりました。

 その後、1556年にビールの原料として“酵母”が加えられ、「大麦、ホップ、水、酵母」の4つがビールの主原料として定められ、現在にいたっています。

 1871年、プロイセン王ヴィルヘルム1世がドイツ皇帝に即位してドイツ帝国が統一された際には、バイエルンは統一の前提条件として、ドイツ全土へのビール純粋令の適用を要求。このため、ベルリン政府は、他の地方の醸造業者の反対を押し切って、1906年にはドイツ全土でビール純粋令を適用しています。

 ビール純粋令は、両大戦の期間も変わらずに適用されていましたが、旧東ドイツでは、原料不足のため、ビール純粋令の規定を満たしていない“ビール(もどき)”も醸造されました。さらに、EC(現EU)が発足すると、1987年、欧州裁判所は、ビール純粋令を保護主義を禁じたローマ条約に違反する非関税障壁と認定。このため、ビール純粋令は、ドイツ国内の醸造業者によるドイツ国内向けのビール醸造のみを対象とすることとなり、国外への輸出ビールや、国内への輸入ビールには適用されなくなりましたが、現在でも、ドイツ国内の醸造所の多くは、ビール純粋令の規定を守り続けているそうです。


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 リオ五輪の聖火採火
2016-04-22 Fri 11:21
 ことし8月に開幕するリオデジャネイロ(以下、リオ)五輪の開会式でともされる聖火の採火式が、きのう(21日)、ルセフ大統領欠席のまま、ギリシャのオリンピア遺跡で行われ、3ヶ月余にわたる聖火リレーが始まりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・フルミネンセ50年

 これは、1952年にブラジルで発行されたフルミネンセFC 50周年の記念切手で、“スポーツの栄光の象徴”として、五輪マークや聖火ランナーなどが描かれています。

 フルミネンセFC は、リオデジャネイロを本拠地とするプロサッカークラブチームで、スイス留学中にサッカーを覚えたオスカル・コックスが、帰国後の1902年7月21日に創設しました。クラブ名のフルミネンセは、リオ市以外のリオ州出身者の意味です。

 1906年にリオデジャネイロ州選手権が始まると初代チャンピオンに輝き、この年から1909年まで4連覇を果たすなど、当初は圧倒的な強さを誇っていました。ところが、1911年の州選手権で全勝優勝を果たした後、選手の待遇をめぐって内紛が発生。主力選手10名が退団し、当時はボート競技専門のクラブだったフラメンゴに入団してサッカークラブを立ち上げます。

 この結果、フルミネンセは1917年まで州選手権の優勝から遠ざかり、この間、1914年にフラメンゴが初優勝を果たします。その後、20世紀まではフルミネンセが最多優勝を誇り(28回。21世紀以降も含めると30回)、“世紀の王者”と呼ばれていましたが、21世紀以降はフラメンゴが圧倒的な強さを見せ、33回の最多優勝記録を保持しています。こうしたこともあって、フラメンゴとフルミネンセの対戦は“ナショナルダービー”として、大いに盛り上がります。

 さて、今回ご紹介の切手は、上述のようなフルミネンセFC の創立50周年を記念して発行されたものですが、切手の図案はサッカーとは無関係で、むしろ、五輪をイメージした内容になっているのが不思議な感じです。

 すなわち、(当時の)五輪がアマチュア精神を重視していたのに対して、サッカーの場合は、より高いレベルの競技を見せるには選手の生活の安定を図る職業化は不可欠であり、クラブチームから選りすぐったスター選手を国代表として集め、国対抗で戦わせるW杯を頂点とする構図になっています。したがって、プロのクラブチームであるフルミネンセと五輪の組み合わせは、あまり相性が良くないように思うのですが、切手の発行日(1952年7月21日)がヘルシンキ五輪(7月19日-8月3日)の会期中だったため、そのイメージでデザインを作ってしまったということなのかもしれません。まぁ、そのあたりのいい加減さが、良くも悪くもお国柄と言ってしまえばそれまでなのですが…。

 さて、今夏のリオ五輪を目前にして、大統領の弾劾決議が議会で承認されるなどの政治は混乱し、ジカ熱も蔓延、さらに、きのうは五輪の自転車競技で使われる道路に並行して1月に開通していた高架式の自転車専用道が数十メートルにわたって崩落するなど、ブラジルではなにかとお騒がせな話題が続いています。こうしたこともあって、急遽、2013年の国際切手展にあわせて現地取材をしたものの、その後、諸般の事情でお蔵入りになっていたリオデジャネイロ本を作る企画が復活し、現在、その準備を進めています。なお、書籍のタイトルや刊行日など、詳細につきましては、追々、このブログでもご案内して行きますので、よろしくお願いします。


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 チラデンチス記念日
2016-04-21 Thu 13:56
 きょう(21日)は、ブラジル独立運動の志士、チラデンチスことジョアキン・ジョゼ・ダ・シルバ・シャビエルが1792年4月21日に処刑されたことにちなみ、ブラジルではチラデンチス記念日の祝日です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・チラデンチス没後200年

 これは、1992年にブラジルで発行されたチラデンチス没後200年記念のシートです。

 宮殿の名称になっているチラデンチスは、tirar(抜く)・dentes(歯)、すなわち“歯を抜く(者)=歯医者”戸の意味ですが、これは、歯科医にして詩人で独立運動家だったジョアキン・ジョゼ・ダ・シルバ・シャビエルのニックネームです。

 チラデンチスは、1756年、ミナス・ジェライス地方のサンジョアンデルヘイ生まれました。本名はジョアキン・ジョゼ・ダ・シルバ・シャビエルで、チラデンチスというのは、彼の職業であった歯科医を意味するポルトガル語が、ニックネームとして定着したものです。

 チラデンチスの時代、ブラジルはポルトガルの支配下にありましたが、宗主国ポルトガルはブラジルの貿易を独占し、植民地のブラジルに対して過酷な税を課すなどの圧政を敷いていました。このため、金鉱を抱えるミナス・ジェライス地方では、本来は自分たちに還元されるべき富が収奪されることへの反発が強く、米国独立戦争の影響もあり、ポルトガルからの独立を求める動きが生まれます。

 こうした状況の下、1789年、ミナス・ジェライスのヴィラ・リーカで、チラデンチスらは独立のための武装蜂起を計画しましたが、革命を計画していた仲間の一人、ジョアキン・シルベーリョ・ドス・ヘイスの裏切りによって、蜂起は未遂に終わり、関係者は一網打尽に逮捕されてしまいます。いわゆる“ミナスの陰謀”です。

 裁判では、革命に関与したグループのうち、最も身分の低かったチラデンチスにすべての責任を押し付ける形で彼にのみ死刑判決が下され、1792年4月21日、チラデンチスはリオデジャネイロのサン・ドミンゴス刑場の絞首台で露と消えました。刑の執行直前、チラデンチスは絞首台の上から「自分は人間が求める自由のために死ぬ」と叫びましたが、このことはポルトガル当局をさらに激昂させることになり、処刑後の遺体は、見せしめのため、バラバラにされたうえでリオ・ミナス街道とビラ・リーカで晒しものにされています。
 
 その後、1822年にブラジルが独立すると、チラデンチスは“テロリスト”から一転して独立の義士として英雄になり、彼が囚われていた1牢獄の建物は1826年に国民議会の下院議事堂に転用されました。1926年には、この場所にはフランス様式とネオコロニアル様式を折衷した新たな下院の議事堂として、彼の名を冠したチラデンチス宮殿が建てられます。その後、1960年のブラジリア遷都に伴い新首都に現在の議事堂が建設されると、チラデンチス宮殿はリオデジャネイロ州の立法議会議事堂として使用されています。


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 世界の国々:スリランカ
2016-04-20 Wed 10:06
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年4月20日号が先週、発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はスリランカの特集(2回目)です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      スリランカ・プレマダーサ

 これは、スリランカ内戦時の1993年に暗殺されたラナシンハ・プレマダーサ大統領の追悼切手です。
 
 英領時代のセイロンでは、セイロン島の北部・東部を中心に居住し、総人口の2割ほどを占めていたタミル人(主にヒンドゥー教徒)が優遇されていましたが、1948年の独立後はその反動として、多数派のシンハラ人(主に仏教徒)が優遇され、タミル人は不満を募らせることになりました。

 こうした状況の下、1972年に発足したスリランカ自由党(SLFP)のシリマヴォ政権はシンハラ民族主義を掲げ、「仏教に至高の地位を与える」と規定した新憲法を制定して国名を“セイロン”から“スリランカ”に改称。これに対して、ヴェルピライ・プラバカランらはタミル人国家のスリランカからの分離独立を唱えて、武装組織の“タミルの新しいトラ (TNT)” を結成します。TNTは1975年にジャフナ市長を暗殺した後、より急進的な“タミル・イーラム解放のトラ (LTTE)”に改組されました。

 急進化するLTTEに対して、シンハラ人の反タミル感情も高揚し、1977年と1981年には大規模な反タミル暴動が発生します。

 こうした中で、1983年7月23日、LTTEの地雷攻撃によって政府軍兵士13人を殺害。これを機に同月25日、コロンボで大規模な反タミル暴動が発生し、スリランカは内戦に突入しました。

 当初、政府軍は劣勢でしたが、政府側は首都をコロンボからスリジャヤワルダナプラコッテへ遷都して徹底抗戦の姿勢を示し、LTTEは次第に北部地域に追い詰められていきます。

 これに対して、国内にタミル人を抱えるインドが介入し、LTTEの支配地域に支援物資を投下するとともに、1985年、LTTEに有利な条件での和平の調停に乗り出しました。

 当然のことながら、スリランカ政府はインドの介入に不快感を示しましたが、最終的にインドの調停を受け入れ、タミル人には武装解除と引き換えに自治権が与えられました。また、1987年7月以降、停戦監視のためにインド平和維持軍が派遣され、スリランカは和平を回復したかのように思われました。

 一方、インドの介入による停戦に対しては、シンハラ人の間には不満も強く、一部の過激派はテロ活動を展開。その報復として、LTTEも武装闘争を再開します。

 これに対して、1988年5月、インド平和維持軍は5万5000の部隊をスリランカに派遣しましたが、スリランカ政府は自国がインドに併呑されるのではないかとの恐怖を抱き、1989年に大統領に当選したラナシンハ・プレマダーサは、インド軍を撤退させるためにLTTEとの交渉を再開して休戦を実現。同時にプレマダーサ政権はシンハラ人過激派のスリランカ人民解放戦線(JVP)への掃討作戦を展開し、JVPは武力闘争を放棄します。この結果、存在意義を失ったインド平和維持軍は1990年3月に撤退しました。

 しかし、インド軍の撤退を好機ととらえたLTTEはテロ活動を再開。1991年5月21日にはインドの元首相ラジーヴ・ガンディーを、1993年5月1日にはプレマダーサを暗殺します。

 プレマダーサの死後、大統領に当選したチャンドリカ・クマーラトゥンガはLTTEとの交渉を再開したものの決裂。このため、政府軍は大攻勢を展開して1995年にLTTEの拠点ジャフナを奪取しましたが、決定的な勝利を収めることはできず、LTTEはテロ活動を継続しました。

 2000年代に入ると、ノルウェーの調停により何度か断続的に停戦が成立したものの、LTTEは2001年7月24日にバンダラナイケ国際空港襲撃事件を起こすなど情勢は安定しませんでした。

 このため、2005年に大統領に就任したマヒンダ・ラージャパクサは、中国及びパキスタンの支援を受けて、2006年以降、LTTEの殲滅を目指して、彼らが拠点としていた北部の空爆を開始。最終的に2009年5月17日、LTTEは敗北宣言を出し、スリランカ政府はプラバカラン以下LTTE幹部の死亡を確認したうえで、同19日、内戦の終結を宣言しました。

 26年にも及んだ内戦により、スリランカ国内では28万人のタミル人が難民となりましたが、内戦終結後、彼らの帰還は順調に進展。2013年には95%の地域で地雷の撤去が完了したほか、かつてのLTTEの拠点である北部州でも無事に選挙が実施されるなど、治安は急速に回復しています。

 さて、『世界の切手コレクション』4月20日号の「世界の国々」では、今回ご紹介の切手を含むスリランカ内戦の記事に加え、世界的に有名な文化遺産のシギリヤ・レディ、セイロン・ティーの収穫、スリー・マハー菩提樹、タミル暦元日の行事“タイ・ポンガル”の切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、僕が担当する「世界の国々」は、次回は本日(20日)発売の4月27号でのヴァティカンの特集になります。こちらについては、4月27日以降、このブログでもご紹介する予定です。


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 捕虜・収容所協定25年
2016-04-19 Tue 10:28
 1991年4月18日に日ソ間で捕虜収容所問題の速やかな処理を目的に「捕虜収容所の収容者に関する政府間協定(捕虜・収容所協定)」が締結されてから25周年を迎えたのにあわせて、昨日(18日)、都内で記念集会が開かれました。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      シベリア抑留・タイプⅢ新潟宛(1949)  シベリア抑留・タイプⅢ(新潟宛・1949裏)

 これは、第二次大戦後、シベリアに抑留されていた日本人男性が差し出した葉書で、1949年2月5日にウラジオストクを経由し、日本到着後、3月31日にGHQの検閲を受け、新潟県の宛先まで届けられています。

 いわゆるシベリア抑留者と日本との通信に使われた専用往復葉書(捕虜郵便用の料金無料葉書)については、さまざまタイプがあることが知られていますが、これはそのうちのタイプ3と分類されているモノ(右下に“No87”の表示がある)の往片です。

 1945年8月9日、ソ連は、日ソ中立条約を一方的に破棄し、満洲北朝鮮、千島、樺太に侵攻。捕虜となった旧日本兵に対して、ソ連側は「トウキョウ、ダモイ」すなわち東京へ帰還(ダモイ)させると甘言を弄して彼らをシベリア鉄道の貨物列車に詰め込み、東はカムチャッカ半島のペトロパブロフスクから西はウクライナのクタイス、北は北極圏のノリリスクから南は中央アジア・ウズベキスタンのタシケントやフェルガナまで、およそ2000ヵ所にも及ぶ収容所へと移送しました。戦争が終わり、これで帰国できると信じていた旧日本兵の心理を逆手にとって、国家ぐるみで騙したのです。

 収容所では、十分な食糧も与えられないまま重労働を課せられ、過重なノルマを達成できなければ容赦なく食事を減らされました。また、医療・衛生環境もきわめて不十分でしたから、過酷な自然環境とあわせて、多くの犠牲者が出るのも当然でした。厚生労働省が把握しているだけでも約56万1000人の日本人が抑留され、6万人が亡くなったといわれています。

 また、ソ連当局による洗脳工作と恣意的な反ソ分子の摘発と拷問、密告の奨励など、抑留者たちは、肉体だけでなく、精神的にもきわめて過酷な環境に置かれ続けました。

 ソ連があらゆる国際法規を無視して(たとえば、対日参戦に際してソ連が署名していたポツダム宣言には、連合国の捕虜となった日本兵を本国へ早期帰還させることがはっきりと規定されています)日本人を抑留し、強制労働を課したのは、ドイツとの戦争で荒廃しきった自国の経済復興のため、奴隷同然の安価な労働力が必要だったためです。

 ソ連当局が“捕虜”に対して各自の家族に通信することを許可すると発表したのは、終戦後1年以上が経過した1946年9月のことで、同年10月20日付で、日本人抑留者に対して本国への通信を認めた「日本人軍事捕虜と日本、満洲、朝鮮に居住するその家族との交信規定についての訓令施行に関するソ連邦内務省指令第00939号」を発し、抑留者と祖国との通信が始まりました。ただし、これは抑留者全員に許可されたわけではなく、ソ連側の基準で“(労働などの)成績の良好な者”に限られていたといわれています。
 
 また、ソ連側の検閲基準では、反ソヴィエト的ないしは親ファシスト的と彼らが判断した内容の記述がある葉書は没収されたほか、①各収容所や特設病院、労働大隊に収容されているその他の軍事捕虜についての記述、②各収容所や特設病院、労働大隊に滞在時に病死したか事故死した軍事捕虜についての情報、③各収容所や特設病院、労働大隊、軍事捕虜が働いている企業の配置場所、④軍事捕虜が遂行している労働の性格、などを日本宛の葉書に書くことは「絶対に禁止」されており、必要に応じて“問題個所”を検閲担当者が抹消した後、日本宛に送られました。

 スターリン時代の粛清の嵐の中で、秘密警察により、多くのソ連国民が無実の罪を着せられて収容所に送られましたが、そうした人々もまた、収容所内の他人の消息を外部に伝えることが禁じられていました。シベリア抑留の捕虜郵便についても、この規定がそのまま踏襲されたとみてよさそうです。

 ちなみに、収容所送りとなったソ連国民が、外部に対して、収容所内の家族・友人の情報を外部に伝える場合には、「XX(人名)と同じ収容所にいる/病気で入院している」という直接的な表現ではなく、「XXと話をした/会った」という表現を用いることが行われていましたが、今回ご紹介の葉書でも、そうした表現が見られます。以下、その文面を書き起こしてみましょう。

 ソ同盟に来てから数回手紙を出したが一度も返事がないので消息を案じて居る。私はこちらに来てから三年余りになるが非常に元気で暮らして居るから安心して呉れ。
  哈爾濱組の植村、菊池其他数名の家族からは返信が来て居るから多分お前達も無事帰っていることを信じて居る。新聞其他に依れば終戦後の日本は相当困難なる状況を呈して居るとか。女手一つで生計も難しいだろうが之も試練、兎に角頑張って呉れ。
  新潟の方に起居していることと思うが子供の教育には特に意を用うる様頼む。暇があれば西市の方にも行って呉れ、同僚は続々帰国しつつある。私達の帰国も近い。楽しみに待ってて呉れ。御両親様によろしく。睦子に私は元気だと伝えてください。

 上記の文面のうち、「哈爾濱組の植村、菊池其他数名の家族からは返信が来て居るから…」と記した部分は、まさに、戦前の満洲で交流のあった知人が同じ収容所で抑留されていることを間接的に伝えるもので、彼らの置かれていた苦しい状況がしのばれます。

  なお、シベリア抑留者の郵便に関しては、拙著『ハバロフスク』でもその概要についてまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 ブラジル大統領弾劾、下院で承認
2016-04-18 Mon 15:18
 ブラジル下院(国民会議代議院)は、17日(日本時間18日)、財政悪化を隠すため、政府会計を不正に操作したとの理由で、ルセフ大統領を弾劾すべきとの決議を、下院通過に必要な3分の2を上回る367票の賛成をもって承認しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・国民会議

 これは、1972年12月4日にブラジルで発行されたブラジル国民会議の切手です。

 ブラジルの連邦議会は上院に相当する元老院(定数81)と連邦上院と下院の代議院(定数531)で構成されており、現在の議事堂は、1960年のブラジリア遷都にあわせて、1959年、ブラジリア中心部・プラーノピロット地区の先端部に建てられました。設計は、ニューヨークの国連本部ビルなどを手掛けたオスカー・ニーマイヤーです。

 議事堂は、正面から見ると、左側に半球を伏せた形の上院の議事堂、右側には反対に半球を上に開いた形の下院の議事堂があり、間に議会事務局が入っているツインタワーがあります。上院は保守的な性格の議会なので上に閉じた形、下院は人々の声をよく聞き新しいアイデアを出すべき議会なので上に開いた形というのがニーマイヤーの説明です。なお、これらお椀型の造形は、じつは建物の装飾で、実際に国会審議・採決が行われる議場は、ブラジリアの過酷な気候の影響を和らげるため、お椀の下の地下に造られています。

 画面の左側に描かれているのは、イタリア系ブラジル人彫刻家、ブルーノ・ジョルジによるカンダンゴ像です。

 カンダンゴ像とはブラジリアの三権広場の中央に建てられている2名の戦士像で、大きさは8m。都市建設にたずさわった無名の労働者たちを称えるために建てられたものですが、作者のジョルジは人権運動にも強く関わっていたことから、自由平等の思いを形にしたモノともいわれています。

 さて、今後の日程ですが、ルセフ大統領の弾劾審議は、5月上旬に上院で弾劾法廷設置を巡る投票が行われ、過半数が賛成すれば弾劾裁判開始が決定。その場合、ルセフ大統領は最大180日間の職務停止となり、大統領職はミシェル・テメル副大統領が代行しますので、8月5日に開幕のリオ五輪については、テメル副大統領が開会宣言を行うことになります。さらに、最終的に上院での弾劾裁判で54人が賛成すれば、ルセフ大統領は失職し、テメル大統領が昇格という段取りです。

 昨年スタートした2期目のルセフ政権は、深刻な不況に加え、大規模な汚職事件が発覚したこともあり、支持率は10%前後まで低迷。こうしたなかで、今年(2016年)3月18日、連立与党のブラジル共和党が連立を離脱すると、同党出身で五輪担当のジェオルジェ・イルトン大臣(スポーツ相)は連立を維持していた社会秩序共和党に移籍して大臣としての職務を続けていたものの、3月30日には辞任に追い込まれています。

 政治的混乱に加えて、ジカ熱の問題も解決のめどが立っていませんし(じっさい、男子ゴルフのフィジー代表で元世界ランキング1位のビジェイ・シンはジカ熱を理由に五輪出場を見送ることを明らかにしています)、関連の工事も遅れているということですし、本当にリオ五輪、今年8月に開催できるのかなぁ。


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 シリア独立70年
2016-04-17 Sun 15:51
 1946年4月17日にフランス軍がシリアから完全撤退し、シリア共和国の独立が達せられてから、きょうで70周年です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      シリア・独立記念日(1960)

 これは、UAE(シリア)時代の1960年に発行された撤退記念日(独立記念日)の記念切手で、1945年5月29日のフランスによるダマスカス攻撃の場面と、「我々は完全独立を要求する」の文言がデザインされています。なお、シリアの撤退記念日は4月17日ですが、この切手が実際に発行されたのは5月12日でした。

 現在のシリア国家に相当する地域は、第一次大戦後、フランスの委任統治下に置かれていましたが、1936年、フランス・シリア友好条約が結ばれ、3年後の完全独立が決められました。

 しかし、1939年9月に第二次大戦が勃発したことで独立は延期され、1940年6月のフランス降伏後、シリアはヴィシー政府の支配下に置かれます。これに対して、1941年6月、英国に支援された自由フランス軍がシリア・レバノンに進攻し、シリア・レバノンは自由フランスの支配地域となりました。

 自由フランスは、1941年9月27日にシリアの、同年11月26日にレバノンの、それぞれ“独立”を布告。このうち、レバノンに関しては、1943年にフランス軍が撤退して完全独立が達せられたものの、シリアに関しては英仏軍が駐留を継続し、完全独立は先延ばしにされました。

 このため、1945年5月8日にドイツが降伏して欧州大戦が終結すると、シリアでもフランス軍の撤退を求めて独立運動が本格化。これに対して、シリアの“独立”は、あくまでもフランス委任統治下での“自治”であると強弁していたフランスは、1945年5月29日、ダマスカスを空爆する(今回ご紹介の切手に描かれているのはこの場面です)とともに独立派の指導者を逮捕しました。

 時あたかも、シリア自治政府首相のファリス・フーリーは国連創設を決めるサンフランシスコ会議に出席しており、シリアの独立を連合諸国の首脳に訴えます。これに対して、英国がシリア独立を支持し、他の参加国もこれに同調したため、最終的に、フランスは武力による独立運動の鎮圧を断念。1946年4月17日、フランス軍がはシリアから完全に撤退し、シリア共和国は独立を達成しました。

 ところで、今回ご紹介の切手では「我々は完全独立を要求する」の文言の英文で、“N”の代わりに“И (N の鏡文字) ”が使われています。欧米などでは、デザイン上の理由から、ラテン文字を字形の似たキリル文字と置き換える“偽キリル文字”の手法がときどき用いられますが、これもその一例です。

 ただし、この切手が発行された当時は東西冷戦の真只中で、米国のイスラエル支援に対抗して、ソ連はイスラエルと敵対するエジプトやシリアを支援していましたから、シリアの切手に偽キリル文字が用いられたのも、支援国としてのソ連に対する敬意の表れと見ることも可能かもしれません。


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 続・熊本で大地震
2016-04-16 Sat 19:15
 おととい(14日)から、熊本県熊本地方、阿蘇地方、大分県で規模の大きな地震が相次いでいます。おとといの地震は“前震”で、きょう(16日)午前1時25分に発生したマグニチュード7.3の地震が本震と見られており、その後も、震度6強などの強い地震が断続的に発生し、震源は大分県にも拡大。一連の地震での死者は、この記事を書いている時点で計25人になりました。あらためて、亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災者の方には心よりお見舞い申し上げます。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      阿蘇・城山からの阿蘇五岳

 これは、1965年6月15日に発行された阿蘇国立公園の切手のうち、“城山からの阿蘇五岳”を取り上げた10円切手です。

 ここでいう“城山”とは、大分県湯布院の水分峠から阿蘇の一宮町を結ぶやまなみハイウェイ(県道11号)沿いの、阿蘇市からハイウェイに入ってすぐのところにある城山展望所のことです。展望所は標高748m の地点にあり、、眼下に一の宮町の町並みと、正面(南西方向)に阿蘇五岳が見えます。

 切手の画像を拡大していただくと、画面の手前にはハイウェイを走るバスが、奥の方に中岳から上がる噴煙が見えます。また、きょうの本震で、楼門(国の重要文化財)や拝殿が全壊した阿蘇神社は、地図を見ると、ハイウェイと阿蘇五岳の間の平地の手前の方に位置しているのですが、切手の印面では確認できません。

 さて、気象庁によると、今夜から明日(17日)朝にかけて、地震で大きな被害が出ている熊本県など九州北部で強風を伴った強い雨(局地的に1時間に50mm 以上)が予想されており、土砂災害への警戒を呼びかけているとのこと。ともかくも、これ以上、被害が拡大しないことを祈るばかりです。


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 熊本で大地震
2016-04-15 Fri 11:12
 熊本県熊本地方で、昨夜(14日午後9時26分ごろ)、マグニチュード6.5の地震が発生。15日午前9時現在、最大で震度6強を含む震度1以上の余震が120回にのぼっており、9人が死亡、少なくとも860人が負傷しました。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災者の方には心よりお見舞い申し上げます。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      熊本城(ふるさと・1989)

 これは、1989年9月29日に発行された“ふるさと切手(熊本県)”で、童画作家・宮沢晴子の描く熊本城が取り上げられています。

 大坂城、名古屋城と並んで日本三名城の一つとされる熊本城は、熊本市北区植木町の中心から南に伸びる舌状台地(京町台地)の尖端、茶臼山丘陵一帯に築かれた平山城で、約98万平方メートル(東京ドーム21個分)の敷地に、大小の天守閣、櫓49、櫓門18、城門29を備えています。

 熊本城のあった場所には、もともと、千葉城、隈本城がありましたが、これを取り込むかたちで、1601年、加藤清正が設計して築城着手し、1607年に完成したのが現在の熊本城の直接のルーツです。

 1632年、清正の子・加藤忠広が改易され、豊前小倉城主だった細川忠利が肥後54万石の領主となり熊本城に入城。以後、熊本城は細川氏の居城となり、幕末までに盛んに改築が行われました。明治維新後は新政府の熊本鎮台が置かれ、これに伴い、建物や石垣、曲輪の撤去や改変が行われますが、西南戦争で一部の建物を残して天守を含む御殿や櫓など主要な建物が焼失します。ただし、1945年7月1日の熊本大空襲では奇跡的に焼失を免れ、1955年、“熊本城跡”として国の特別史跡に指定されました。

 現在の城郭は、1960年の熊本国体開催と築城350年を期に、熊本市が一般からの寄付も募り1億8000万円の費用をかけ修復を行ったもので、天守は鉄筋コンクリート造りで、内部は熊本市立熊本博物館の分館として史料等が展示され、最上階は展望スペースとなっています。

 さて、熊本といえば、2007年にアークホテルで開催された“九州郵趣家”の集いに参加し、地元の方のご案内で熊本城の天守にも上ったことがあります。また、濃霧のため、当初乗るはずだった羽田行きの飛行機が飛ばず、空港近くのエアポートホテルで一泊し、振り替えてもらった飛行機でようやく翌日午後、羽田に戻ってきたのも、いまとなってはいい思い出です。それだけに、今回の地震で熊本空港のある益城郡が大きな被害を受け(空港そのものには、さいわい、大きな被害はなかったそうですが)、熊本城の天守閣の屋根瓦が落ちたり、石垣が崩れたりしているようすを報道で見聞すると、心が痛みます。一日も早く被災地の復旧・復興が進むことを切にお祈りしております。


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 仁和寺ブラック
2016-04-14 Thu 12:03
 世界遺産・仁和寺が運営する宿坊の元料理長の男性が、過酷な長時間労働で抑うつ状態になったとして、寺を相手取り損害賠償などを求めていた訴訟で、京都地裁は、原告の主張を認め、仁和寺に総額約4253万円の支払いを命じました。というわけで、きょうは仁和寺がらみでこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      応挙・深山大沢図

 これは、1979年の国際文通週間の切手で、仁和寺所蔵の「深山大沢図屏風」の一部が取り上げられています。「深山大沢図」は円山応挙による紙本淡彩、六曲一双の屏風絵で、「深山図」と「大沢図」から構成されています。切手に取り上げられているのは右隻の「深山図」の三扇目上部、杉の梢に停まるフクロウの部分です。

 作品は、水墨画に近い淡彩色の画面に、樹葉の微妙な明暗がいかにも山の冷気を感じさせ、フクロウの羽毛の描写も濡れているような感触を伝え、ことに瞳の描写に精彩があると言われています。

 切手では、そうした原画の持ち味を生かすため、明るい灰、うす黄茶、灰味赤紫、うす茶、黒の5色が用られました。すなわち、最初に“明るい灰”で前面にベタがけした上に、オリジナルの屏風の汚れやしみも忠実に再現するため“うす黄茶”と“灰味赤紫”が用いられました。“うす茶”はフクロウの部分を中心に、黒色は線の部分に用いられています。一見、単純な墨一色の作品と見られがちですが、よりリアルに墨跡を表現するために、さまざまな工夫がなされていたわけです。

 さて、今回の判決によると、原告の男性は2004年から仁和寺の宿泊施設“御室会館”の食堂に勤務し、翌2005年からは料理長として働いていましたが、2011年以降、時間外労働が月140時間を超えるのが常態化し、月約240時間に及ぶこともあったほか、2011年は356日出勤し、うち349日は連続して勤務していたそうです。この結果、男性は2012年に抑うつ神経症を発症し、同年から休業しており、提訴にいたったそうです。判決文の通りだとすると、仁和寺というのはとんでもないブラック企業だったということになります。

 仁和寺の法師といえば、『徒然草』では、鼎をかぶって踊っていたら頭から抜けなくなったり、石清水八幡宮に詣でたものの肝心の本宮をお参りせずに帰ってしまったりといった、おバカなエピソードが紹介されていることで知られています。もっとも『徒然草』のエピソードは、バカな奴だなぁと笑って済まされるものが多いのですが、今回の料理長に対する一件は全く笑えません。

 判決を受けて、仁和寺側は「主張が認められず残念。判決文を精査し、今後の対応を決めたい」とする談話を出しており、控訴する構えだそうですが、どうやら、“仁和寺の法師”が非常識なのは、いまも昔も変わりはないということなのでしょうな。


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 UAE成立以前の郵便と社会
2016-04-13 Wed 22:39
 日本アラブ首長国連邦協会の機関誌『UAE』第59号(2016年春号)が発行されました。同誌には僕も「UAE成立以前の郵便と社会(1964年まで)」と題する一文を寄稿していますので、きょうは、その記事の中から、こんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ドバイWWII検閲表  ドバイWWII検閲裏

 これは、第二次大戦中の1943年にドバイからボンベイ宛の航空便です。

 1939年9月に第二次大戦が勃発すると、ドバイならびにシャルジャの空港は連合国の軍用に供されて、米英軍機の中継地として用いられ、1940-45年の間に軍用機を含む飛行機墜落事故が5件起きています。しかし、ペルシャ湾岸は直接の戦場になったわけではありませんから、休戦協定諸国の一般住民が日常生活で“戦争”を強く意識することはほとんどなかったものと思われます。

 ただし、ドバイの郵便局は英領インド郵政の管轄下にあったことから、ドバイ発着の郵便物にも、英領インド域内共通の戦時統制が課せられていました。

 たとえば、今回ご紹介のカバーは、第二次大戦中の1943年10月、ドバイからボンベイ宛に差し出されたエアメールですが、宛名の上部に“English(Commercial)”との表示があります。

 第二次大戦中の英領では、域外宛の郵便物の一部を逓送途中で抜き取り、検閲官が開封してチェックしていましたが、検閲は文面に記載されている言語ごとに別の担当者が行っていたため、封筒の表面などには同封の手紙がどの言語で書かれているかを明記することが義務づけられていました。この郵便物の場合は、内容文が英語の商用文であることを示す“English(Commercial)”の表示と、宛名のインクや筆跡が異なっていることから、あるいは、郵便局の窓口で局員が差出人に中の手紙の言語を聞いてから記したのかもしれません。

 また、封筒の左側には、郵便物を開封・検閲した後に、検閲当局によって“OPENED BY EXAMINER(検査官によって開封された)”との表示のある紙テープで再度、封をした痕跡が残っています。テープの上には、“DHC/326”との紫印と、英国の王冠の下に“PAEESD(検閲済み) DHC/80”の表示が入った八角形の印が押されていますが、このうちDHCはこの郵便物が到着地のボンベイで開封・検閲されたことを示しています。また、DHCの後ろの数字は、担当者の個人番号です。

 なお、ドバイからインド宛の郵便物への検閲は、戦時統制の一環として行われていたため、第二次大戦の終結に伴い終了しました。

 さて、今回の記事では、20世紀初頭のドバイから差し出された英領インド切手貼りの郵便物から、両大戦を経て、英領インドが分離・独立した後のドバイでのパキスタン切手の使用例、続く東アラビア郵政庁時代の使用例休戦協定諸国用に発行された切手を経て、1964年にアブダビドバイが独自の切手を発行するまでの経緯についてまとめています。

 機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。


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 “黄金のアフガニスタン展”はじまる
2016-04-12 Tue 16:19
 きょう(12日)から、東京・上野の東京国立博物館・表慶館で、「黄金のアフガニスタン-守りぬかれたシルクロードの秘宝」が始まりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      アフガニスタン・マカラに乗る女性(1983)  アフガニスタン・マカラに乗る女性(実物)

 これは、1983年にアフガニスタンで発行された“世界観光の日”の記念切手で、カブールの国立博物館に展示されている“マカラに乗る女性像”3体が取り上げられています。今回の展覧会には、この3体のうち、右側の一体(切手の右側に実物の写真を貼っておきました)が展示されるようで、展覧会のサイトでもその写真が紹介されていました。

 マカラはインド神話に登場する怪魚で、象のような鼻、とぐろ巻く尾を持ち、ヴァルナ神の乗物とされています。水を操る力を持つため、マカラの棲むとされる場所が崇拝の対象とされたほか、今回ご紹介の切手にみられるように、マカラの上に立つ女性の姿によって、川神の表現とされることもありました。

 切手に取り上げられた3体の像は、いずれも、1-3世紀のクシャーン朝時代のベグラム遺跡から出土したものです。べグラムは首都カブールの北約70km、海抜1600mの高地にあり、クシャーン朝の夏の都でした。なお、切手の刷色からか、スコット・カタログなどでは黄金の像という説明が付けられていますが、べグラムは象牙で有名な場所で、切手の像も3体とも象牙製です。

 さて、1979年のソ連軍による軍事介入以来の混乱の中で、アフガニスタンの文化財も危機的な状況に置かれていました。

 親ソ政権時代末期の1988年には首都カブールの情勢もかなり悪化したため、アフガニスタン政府と国立博物館は文化財の破壊と略奪を防ぐべく、所蔵品を博物館外に移し、情勢が安定するまで秘匿しておくことを計画。これを受けて、1989年までに、特に重要とみなされた文化財が大統領府敷地内の情報省ならびに中央銀行の金庫に移されました。

 その後、ソ連軍撤退後の内戦を経て、1996年9月、州都カブールを含むアフガニスタンの8割以上を制圧したターリバーンは国内のすべての偶像の破壊を命じ、2001年にはバーミヤンの大仏も破壊しました。当然、多くの文化遺産が破壊され、博物館のスタッフにもさまざまな圧力がかかりましたが、彼らは秘密を一切口外せず、また、大統領府の建物も破壊されなかったため、(文字どおりの意味での)秘蔵の文化財は奇跡的に難を逃れています。

 その後、2001年、911テロ事件の首謀者、ウサマ・ビン・ラディンを匿っているとの理由で米国がアフガニスタンを空爆し、ターリバーン政権は崩壊。2003年、総選挙を経てハミド・カルザイ政権が発足すると、ようやく、アフガニスタン中央銀行は大統領府内に貴重な文化財を秘蔵していたことを公表しました。

 これを受けて、ナショナル ジオグラフィック協会の考古学者、フレデリック・ヒーバートら専門家がカブールに集まり、2004年以降、アフガニスタンの文化遺産復興を支援するため、再び日の目を見ることになった“秘宝”の国際巡回展を開催することが計画されました。こうして、2006年のフランス・ギメ国立東洋美術館での展覧会を皮切りに、ニューヨークのメトロポリタン美術館、大英博物館など、世界10か国を巡回して、今回、東京での展覧会開催になりました。

 今回の展覧会では、戦火を逃れた秘宝231件に加え、6月19日までの展覧会の終了後、アフガニスタンに返還されることとなった流出文化財15件が出品されるそうです。


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 野生のトラ、100年ぶりに増加
2016-04-11 Mon 23:20
 WWF(世界自然保護基金)は、きのう(10日)、野生のトラの個体数が100年ぶりに増加したことを発表しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      インド・ジム・コルベット生誕100年

 これは、1976年、インドが発行したジム・コルベット生誕100年の切手で、ベンガルトラが描かれています。

 切手に描かれたベンガルトラはトラの中でも最大級の体格を誇っており、成獣のオスは体長が約3m、体重は約25kg、メスは体長が約2m50cm、体重は約150kgに達します。インド・ネパールなど南アジアの針葉樹林や落葉樹林、湿地、乾燥した森林などに分布しており、メスとその子供以外は単独で生活します。

 20世紀初頭には、野生のベンガルトラは約10万頭が棲息していましたが、開発に伴う棲息地の自然環境の破壊に加え、毛皮や骨(漢方薬で用いられるため、高値で取引されます)を目的とした乱獲により激減し、現在ではワシントン条約の規制対象となっています。

 今回ご紹介の切手発行の名目となったジム・コルベットは、1875年、英領インド帝国のナイニタル(当時はアグラ・アウド連合州、現在はウッタラーカンド州)の生まれました。このため、当初、切手は1975年に発行すべく準備が進められており、切手にも額面数字の下に1975の表示がありますが、実際の切手発行は1976年1月24日にずれ込んでいます。

 さて、コルベットは若い頃、アグラ・アウド連合州政府の依頼を受けて、人間に危害を加えるトラを数多く駆除したことで名を馳せました。しかし、1920年代以降、みずからのカメラで野生のトラの撮影をするようになってから、インドの豊かな自然の価値を再認識し、トラ狩りで得た知識を活かして、野生動物の保護に取り組むようになります。そして、アグラ・アウド連合州猟獣保護協会ならびに全インド野生動物保護会議の設立に尽力したほか、デリー北東200km、サブヒマラヤ帯の標高400-1200mの丘陵地帯に、インド最初の国立公園として“ハイリー国立公園”を創設するうえで指導的な役割を果たしました。1947年にはインドを離れ、1955年、英領ケニアで亡くなりましたが、没後の1957年、インド政府は彼の功績をたたえて、ハイリー国立公園を“ジム・コルベット国立公園”と改称しました。

 さて、WWFによると、1910年から2010年までの100年間に、野生のトラは密猟と自然破壊が主な原因で97%減少。2010年の時点では3200頭にまで落ち込みましたが、インド、ロシア、ネパールなどでの保護活動が実を結び、直近のデータでは3890頭が観測されたというわけです。

 WWFは2022年の寅年までに個体数の倍増を目標としており、今後は、密猟と森林伐採が激しい東南アジアでの保護活動の強化が焦点になるとのこと。タイマレーにはトラの名品切手もあることですし、今後の成果に注目したいところですな。


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 中国がピレウス港を買収
2016-04-10 Sun 15:45
 中国政府の管理下にある国有企業で中国海運最大手の中国遠洋運輸集団(コスコ・グループ)は、きのう(8日)、ギリシャ最大の港で地中海の要衝、ピレウス港を管理するピレウス港湾公社(OLP)の株式の67%を2段階に分け、計3億6850万ユーロ(約450億円)で取得する契約を正式に調印しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ギリシャ・ピレウス港50年

 これは、1980年にギリシャが発行したPPA50年の記念切手で、同港でのコンテナ埠頭が描かれています。

 ピレウスはアテネの外港で、古代ギリシャ時代から水深の深い3つの港があり、紀元前493年にはアテナイの海軍基地が建設されました。軍事・商業の両面で重要な港湾都市であったために、紀元前5世紀のアテナイとスパルタの戦い以来、幾度となく破壊されましたが、395年、ゴート族によって破壊されたことで、ながらく停滞の時期に入ります。

 1832年、近代ギリシャが独立し、首都がアテネに置かれると、首都に近いピレウスは再び脚光を浴びることになり、港湾都市としての再開発が始まり、1869年のアテネ=ピレウス鉄道開通、1893年のコリントス運河完成を経て、1898年、第1埠頭が完成。1904年には港への電力提供が始まり、1906年には第2埠頭が完成して、5350隻・325万トンの船舶処理能力を持つ近代的な港湾としての体裁が整えられました。

 ピレウス港の管理・運営については、1911年、15人からなるピレウス港湾委員会が設立され、同委員会の下で港湾施設の拡充が行われていましたが、1930年、同委員会はOLPに改組され、以後、同公社がピレウス港の管理・運営を行っていました。今回ご紹介の切手はここから起算して発行されたものです。

  2010年以来、深刻な経済状況が続いているギリシャは、現在、EUとIMFの支援を受けて財政再建中ですが、ピレウス港などの国有資産の民営化が支援実行の条件とされています。当初、チプラス政権は民営化に反対していましたが、現在では民営化推進姿勢に転じており、今回のOLP売却はその象徴的な出来事となりました。

 一方、中国側としては、ピレウス港の買収は、いわゆる“新シルクロード構想”にとって不可欠の事業であり、将来的には、中国海軍が欧州に進出する際の拠点として同港を利用することも視野に入れているといわれています。報道によれば、中国の外交関係者は「中国企業がピレウス港をうまく運営できれば、ほかの港を買収する際の抵抗が少なくなる」と話しているそうですが、ちょっと不気味な話ですな。


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 “アルプス越え”のルートが判明
2016-04-09 Sat 09:25
 紀元前3世紀、カルタゴのハンニバル将軍による“アルプス越え”したルートを、北アイルランドのクイーンズ大学ベルファストなどの研究チームが、軍馬の糞の痕跡から特定したそうです。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      テュニジア・ハンニバル(1995)

 これは、1995年にテュニジアで発行されたハンニバルの肖像切手です。

 紀元前264-241年の第一次ポエニ戦争の結果、カルタゴはシチリア島をローマに割譲しました。その損失を補うため、カルタゴは、当時未開の地であったヒスパニア(イベリア半島)の征服と植民地化が進められ、紀元前226年、ローマとの間にエブロ川以北には進出しない旨の誓約が交わされました。

 紀元前221年、ヒスパニア開発に尽力したハスドルバルが暗殺され、その後継者となったハンニバルは、カルタゴの防衛のためには地中海の制海権を握るローマを屈服させねばならず、そのためには、イタリア本土を直接攻撃することが必要であると考え、アルプス山脈を越え、ローマの防備の薄い北方から侵攻するという作戦を立案。紀元前218年5月、カルタゴ・ノヴァ(現カルタヘナ)から海岸線沿いに南フランスを進み、5万の兵と37頭の象を率いてアルプス越えに挑みました。これが第二次ポエニ戦争の始まりです。

 このアルプス越えの具体的なルートについては、当時の記録が残されていなかったこともあり、これまで諸説がありましたが、今回の研究チームは、フランスとイタリアの国境付近にあるトラベルセッテ峠を調査し、軍馬の糞と思われる堆積物を大量に発見。その分析から、ハンニバルの時代のクロストリジウム属の微生物を確認し、ハンニバル軍が通過したことを明らかにしたというわけです。

 さて、過酷な行軍により、イタリアに到着した際のカルタゴ軍の兵力は2万6000名と象3頭にまで激減していましたが、カルタゴ軍がイタリア北部に出現したことはローマに大きな衝撃を与え、以後、カルタゴ軍はイタリア半島各地でローマ軍を撃破しました。

 しかし、カルタゴ本国の無策から、ローマはハンニバルの拠点であったイベリア半島を攻略。さらに、勢いに乗ったローマ軍は、北アフリカへ逆侵攻し、カルタゴ本国での敗戦に狼狽した政府はハンニバルを本国に召還し、紀元前202年のザマの戦いで、カルタゴは敗北しました。

 第二次ポエニ戦争後、カルタゴはローマから懲罰として巨額の賠償金(ローマはカルタゴがこれを拒否したら、カルタゴに宣戦布告し、カルタゴを滅亡させようと考えていました)を課せられましたが、ハンニバルは経費節減による行政改革を徹底して賠償金返済を完遂し、政治指導者としても並々ならぬ力量を発揮します。

 しかし、国内の権力闘争から反ハンニバル派が「ハンニバルはシリアと内通している」とローマへ訴えたことで、ハンニバルはカルタゴを脱出し、シリアへと亡命を余儀なくされます。その後、彼は、シリア軍を率いてローマと対峙したものの、結局は敗北。クレタ島、そして黒海沿岸のビテュニア王国へと亡命した後、服毒自殺しました。

 ちなみに、切手に取り上げられているハンニバルの肖像は、1704年にフランスの彫刻家セバスティアン・スロッツが制作した大理石の彫刻がもとになっています。スロッツの作品は高さ2.5m で、ハンニバルが紀元前216年のカンネーの戦いで葬ったローマ貴族の指輪を数えている場面を表現したもので、ルーヴル美術館のピュジェの中庭に、ニコラ・クストゥーの彫刻“ユリウス・カエサル”と対になって飾られています。


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 花まつり
2016-04-08 Fri 18:35
 きょう(8日)は、お釈迦様の誕生を祝う“花まつり”の日です。というわけで、恒例のお釈迦様ネタの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ラオス・ワットセーンの仏像

 これは、2003年のバンコク世界切手展に際してラオスが発行した記念切手で、ルアン・パバーンにあるワット・セーンの釈迦牟尼仏立像が取り上げられています。ちなみに、実際の仏像と像を収める祠はこんな感じでした。

      ワット・セーン祠  ワット・セーン仏像

 ワット・セーンはワット・セーン・スーク・ハラムともいい、ルアンパバーンのサッカリン通りにあり、1718年に建立されました。寺名の“セーン”はラオ語で10万の意味ですが、これは、建立に際してキン・キッサラート王によりメコン川から取られた10万個の石が用いられたことによるという説が有力ですが、ほかにも、建立に際して10万キップの寄付があったからとか、本堂の壁面の装飾の蓮が10万あるためという説もあります。仏陀入滅2500年の記念事業として1957年に大修理が行われ、現在の姿になりました。

 切手に取り上げられた仏像は巨大な立像ですが、釈迦の身体的特徴とされる三十二相のうち、正立手摩膝相(直立したとき手先が膝に触れるほど長く、哀れみの思いが深く大きいことを意味しています)、足下安平立相(扁平足。足の裏が凹凸がなく平らで、地面を歩くとき足裏と地面とが密着しており、慈悲の平等を意味しています)などが強調された造形となっています。

 なお、拙著『切手が伝える仏像』では、今回ご紹介の切手を含め、世界のさまざまな仏像切手をご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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 小さな世界のお菓子たち:キャンディの切手
2016-04-07 Thu 08:43
 ご報告が遅くなりましたが、大手製菓メーカー(株)ロッテの季刊広報誌『Shall we Lotte(シャル ウィ ロッテ)』の第31号(2016年春号)ができあがりました。僕の連載「小さな世界のお菓子たち」では、今回は、こんな切手を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

      セントヘレナ・キャンディ

 これは、1998年にセントヘレナが発行したクリスマス切手のうち、伝統的な工芸品に盛り付けられたキャンディとクルミを取り上げた1枚です。

 欧州での戦争に敗れた皇帝ナポレオンが、流刑地として晩年を過ごしたセントヘレナ島は、南大西洋に浮かぶ面積122平方キロの火山島で、最も近い陸地となるアフリカ大陸西岸まで2700キロメートル(ほぼ北海道=沖縄間に相当)も離れています。

 この島は、1502年5月、ポルトガルの航海家ジョアン・ダ・ノーヴァによって発見され、1834年4月、英国の王領直轄地となりました。1853年には米国ペリー艦隊が日本への航海の途中で石炭を補給するために帰港するなど、大西洋とインド洋を結ぶ中継基地として繁栄しましたが、1869年にスエズ運河が開通すると、交通量は激減しました。

 行政上は、2009年9月以降、同じく南大西洋上のアセンション島トリスタン・ダ・クーニャとともに、“英海外領土セントヘレナ・アセンションおよびトリスタン・ダ・クーニャ”を構成していますが、現在でも、1856年以来の“セントヘレナ”単独名義の切手が発行され続けています。

 セントヘレナ島の人口は約4200人。その大半は、セントヘレナ人(英国系白人とアフリカ系などの混血)で、宗教的には英国国教会が主流です。そうしたこともあって、毎年、クリスマス切手が発行されています。

 1998年のクリスマス切手は、島の工芸品を取り上げた4種セットで発行されましたが、そのうち今回ご紹介の20ペンス切手には、島の伝統的なろくろ工芸で作られた木の器にキャンディとクルミが山と盛られたようすが描かれています。

 セントヘレナ島にはコーヒー以外には輸出産業はなく、自給自足の小規模農業や漁業、手工業が細々とおこなわれていますが、それだけで島民の生活を支えるのは不可能なため、食料をはじめ多くの生活物資は英本国ないしは南アフリカからの輸入に頼らざるをえません。

 さらに、2016年5月に島で最初の空港が開港し、ヨハネスブルク(南アフリカ)との間で週1便の旅客機の運行が始まる予定とされていますが、この記事を書いている時点では、島外からの定期的な交通は、ケープタウン(南アフリカ)からの船便が年12便、アセンション島からの船便が年14便あるだけです。このため、品物が入荷すると、外国人向けのホテルやレストランなどが高値で品物を買い占めてしまうこともあって、島民は慢性的なモノ不足に悩まされています。

 こうした状況ですから、器に入りきらないほどのキャンディとクルミ(どちらも島内では生産されておらず、輸入品です)の切手は、それだけで、クリスマスならではの華やいだ雰囲気のイメージを表現したことになるのでしょう。切手の主役は、表向きは木の器ですが、デザイン上は、脇役であるはずのキャンディが完全に主役を食ってしまった格好です。

 * けさ、アクセスカウンターが164万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。


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 近代五輪120年
2016-04-06 Wed 10:39
 1896年4月6日、ギリシャの首都・アテネで第1回近代五輪大会が開催されてから、きょうでちょうど120年です。というわけで、きょうはストレートにこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ギリシャ・アテネ五輪(1896-60レプタ)

 これは、1896年にアテネで開かれた第1回近代五輪の開催に際してギリシャが発行した記念切手12種のうち、戦車競技を描く60レプタ切手です。切手は、大会の開催資金を捻出するために発行され、その収益はじっさいに会場建設費の一部に充てられています。ただし、売上げは期待されたほどではなく、高額切手の多くは半数以上が売れ残ったため、そのうちの5種は後に改値加刷を施して再発行されました。

 1896年アテネ五輪の記念切手は、いずれも、フランス政府印刷局によって印刷され、12種のデザインの内訳は、レスリング(1及び2レプタ)、ミュロンの“円盤投げ”(5および10レプタ)、アテナイの女神を描く花瓶(20および40レプタ)、戦車競技(25および60レプタ)、アクロポリスの丘と競技場(1ドラクマ)、プラクシテレスの“ヘルメス”(2ドラクマ)、パエオニウスの“勝利の女神”(5ドラクマ)、アクロポリスとパルテノン神殿(10ドラクマ)となっています。このうち、レスリングと円盤投げは第1回のアテネ大会以来、前回のロンドン大会まで欠かさず実施されてきましたが、今回ご紹介の切手に取り上げられた戦車競技は近代五輪では行われたことがありません。(当たり前か)

 古代五輪の戦車競技には、2頭立て(シノリス)と4頭立て(テトリッポス)の2種目がありましたが、切手に描かれているのはテトリッポスのほうです。オリンピアの丘の真下の川沿いに設けられた競技場では、長さ約549m の両端に急な折り返し点の標柱があるコースを12周するレースが行われました。折り返し地点での衝突・転覆事故が多く、危険な競技でしたが、それゆえ、多くの観客は熱狂したところは、現在のモーター・スポーツにも通じるところがあるともいわれています。


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 “世界一貧しい大統領”来日
2016-04-05 Tue 10:43
 質素な暮らしぶりから、「世界で一番貧しい大統領」として注目を集めた南米ウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領が、きょう(5日)、来日します。というわけで、きょうは、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ウルグアイ・日本外交関係90年

 これは、2011年にウルグアイで発行された“日本・ウルグアイ外交関係開設90周年”の記念切手です。

 わが国とウルグアイの外交関係は1921年9月24日に樹立され、同日付で、在アルゼンチン公使がウルグアイ兼任となりました。その後、1940年5月10日に両国間の通商航海条約が締結されましたが、日米開戦後の1942年1月25日、両国は断交し、同年2月22日、わが国に宣戦を布告しました。戦後の国交回復は、1952年12月2日のことです。

 2001年には、日本との国交80年を記念して首都のモンテビデオに日本庭園を造り、9月24日(国交汁地記念日)の開園記念式典に紀宮清子内親王殿下(当時)が、日本の皇族として初めてウルグアイをご訪問の予定でした。ちなみに、今回ご紹介の切手のタブに取り上げられている石灯籠は、この日本庭園に置かれているものです。

 実際には、式典直前の9月11日に米国での同時多発テロが発生したため、アメリカ大陸という“危険地帯”への殿下のご訪問は延期されてしまいます。ただし、殿下の肖像を取り上げた記念切手はそのまま発行され、24日の式典当日は殿下のメッセージを現地の日本大使が代読しています。ちなみに、2003年11月、殿下のウルグアイご訪問は実現されましたが、このときは殿下の肖像切手は発行されていません。

 その後、2008年9月には、日本人ウルグアイ移住100周年記念式典に際し日本人の皇族としては2人目となる高円宮妃殿下のウルグアイご訪問があり、2011年の外交関係樹立90周年に際しては、今回ご紹介の記念切手の発行を含む様々な記念行事が行われました。

 さて、今回ご紹介の外交関係樹立90周年はムヒカ政権時代(2010-15年)の発行です。日本滞在中の前大統領のスケジュールは分刻みなのでしょうが、せっかくなら、ちょうど桜の時期でもありますので、姫路城の近くまで足を運んで、在任中に発行された切手と同じ風景をご覧いただきたいですね。


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 100年ぶりの神武天皇式年祭
2016-04-04 Mon 09:23
 きのう(3日)、1916年いらい100年ぶりとなる神武天皇式年祭が奈良県橿原市の神武天皇陵で行われました。というわけで、きょうは神武天皇がらみで、こんなモノを持ってきました(画像はクリックで拡大されます)

      愛国葉書・台北消

 これは、1937年に発行された“愛国葉書”で、印面には神武東征の神話に登場する金鵄が描かれています。今回ご紹介のマテリアルについては、日本統治下の台北で使用された「航空日本の建設は愛國切手で」との宣伝標語印が押されているのがミソです。

 1913年に創立された帝国飛行協会は、軍事とは別の民間航空の分野の発展に尽力した団体で、1930年代には募金を集めて民間飛行場の献納運動を展開していました。彼らの献納した飛行場は“愛国飛行場”と呼ばれ、旭川や釧路、桐生、高松などがその代表的なものです。

 当時、航空政策を管轄していた逓信省は、この運動に協力するため、1937年、寄付金つきの“愛国切手”3種と今回ご紹介の愛国葉書を発行しました。なお、当初は4月29日の天長節(天皇誕生日)にあわせての発行が予定されていましたが、3月31日に衆議院が解散され、4月30日に総選挙が行われたため、実際の発行は6月1日までずれ込んでいます。


 愛国葉書には、額面2銭に対して3銭の寄付金をつけられており、我国最初の寄付金付葉書です。印面に金鵄が描かれたのは、航空というキーワードに引っ掛けて、最も“愛国”にふさわしい題材と判断されたからと思われます。

 『日本書紀』には、即位2年前の戊午年12月丙申の日(12月4日)、東征途上の神武天皇が大和の豪族・長髄彦と戦った際、金色のトビが天皇の弓の先に止まり、その光に目がくらんだ長髄彦の軍を天皇側が討伐したとの記述があります。ここから、金色のトビである金鵄は神武天皇の勝利を象徴する重要なシンボルとなり、それにちなんで、軍人に対する栄誉として金鵄勲章が制定されたことは周知のとおりです。

  さて、常々申し上げていることですが、天孫降臨や神武東征などの記紀神話は、それがそのまま歴史的事実であるとは考えられません。ただし、そういうレベルでいえば、『聖書』の記述にも歴史的事実としては認めがたい部分が多々あるわけで、欧米のキリスト教世界で(信じるか信じないかは別の問題として)『聖書』の物語をたしなみとして国民に教えているのであれば、わが国でも民族の物語としての記紀神話を国民の大半が常識として共有しているのが本来の姿だと僕は思います。

 したがって、僕に言わせれば、歴史の授業ではなく、国語の授業でこそ、小学生のうちから徹底的に記紀神話を教え込むべきだと思うのですが、そういうことを言うと、左巻きの人たちは「戦前の皇国史観が大日本帝国の侵略戦争を支える役割を果たした」などと主張して反対するんでしょうな。困ったものです。


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 ナゴルノ・カラバフで紛争再燃
2016-04-03 Sun 10:02
 アゼルバイジャンとアルメニアの係争地、ナゴルノ・カラバフで、きのう(2日)未明、両国軍の戦闘が再発し、アゼルバイジャン政府は自国の兵士12人が死亡したと発表、一方、アルメニア側は18人が死亡したと発表。両国は、相手が攻撃を始めたとして互いに非難しています。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ナゴルノ・カラバフ自治州加刷

 これは、ソ連崩壊後の1991年、ナゴルノ・カラバフ自治州で暫定的に発行された加刷切手です。
 
 アゼルバイジャン西部のナゴルノ・カラバフの地域は、第一次大戦まで帝政ロシアの支配下に置かれていました。

 1917年のロシア革命を経て、1918年5月、アルメニアとアゼルバイジャンが相次いで独立を宣言します。その際、ムスリム国家アゼルバイジャンの領域内にありながら、キリスト教徒のアルメニア人が多数居住している“飛び地”のナゴルノ・カラバフをめぐりアルメニアとアゼルバイジャンは激しく対立しましたが、1920年には赤軍の進駐により両国はいずれも崩壊。翌1921年、ロシア革命政府はナゴルノ・カラバフを“自治州”としてアゼルバイジャンに帰属させました。

 1922年末に成立したソ連においては、アゼルバイジャンとアルメニアはともに連邦を構成する社会主義共和国となったため、ナゴルノ・カラバフ問題もとりあえず棚上げとなります。しかし、1985年以降、ゴルバチョフの下でソ連のペレストロイカ改革が進むと、ナゴルノ・カラバフのアルメニア人は自治州のアルメニアへの編入を請願。ゴルバチョフはこれを拒否しましたが、1988年2月、自治州政府は公式にアルメニアへの移管を要請。さらに、2月22日、ナゴルノ・カラバフのアスケランで起きたアゼルバイジャン人青年の殺害事件を機に、対立は一挙に暴力化します。6月15日には、アルメニア共和国最高会議がナゴルノ・カラバフ自治州の自国への移管を決議すると、翌16日にはアゼルバイジャン共和国最高会議がこれを否認する決議を採択し、ソ連の枠内での内戦に発展しました。

 1991年には、ソ連が崩壊し、アルメニアとアゼルバイジャンは再独立。これに伴い、ナゴルノ・カラバフ紛争は内戦から国際紛争になり、1992年1月6日には“ナゴルノ・カラバフ共和国”の独立が宣言されました。今回ご紹介の切手は、こうした状況の中で、ソ連時代の切手に、ナゴルノ・カラバフの多数派住民の言語であるアルメニア語での暫定的な加刷を施して発行されたものです。

 さて、国際社会はナゴルノ・カラバフ共和国を承認しませんでしたが、戦況はアルメニア有利に展開され、1994年5月12日には停戦が成立。ナゴルノ・カラバフ共和国は事実上、アゼルバイジャンの統制が及ばない“独立国”となりました。さらに、アルメニア側は、ナゴルノ・カラバフとアルメニア本国を連結する形で旧自治州の領域を越えてアゼルバイジャンの領土を占領し、実行支配を続けており、停戦合意後も、小規模な衝突が散発的に続いていました。

 南カフカースの親露国アルメニアと、カスピ海沿岸の産油国でトルコ(NATO加盟国)との友好関係にあるアゼルバイジャンの対立は、最悪の場合、ロシアとNATO との関係に重要な影響が生じる可能性も否定できません。今後も、情勢をフォローしつつ、このブログでも、折に触れて、関連のマテリアルをご紹介していきたいと思います。


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 世界漫郵記:リオデジャネイロ②
2016-04-02 Sat 15:26
 『キュリオマガジン』2016年4月号が発行されました。僕の連載「郵便学者の世界漫郵記」は前回に続き、リオデジャネイロ(以下、リオ)篇の第2回目。今回はロープウェイで実際にポン・ヂ・アスーカルに上ってみたという話です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(以下、画像はクリックで拡大されます)  

      ポン・ヂ・アスーカル絵葉書(ロープウェイ)  ポン・ヂ・アスーカル絵葉書(ロープウェイ裏面)

 これは、1918年にリオから英国宛の絵葉書で、当時のポン・ヂ・アスーカルのロープウェイが取り上げられています。

 ポン・ヂ・アスーカルにロープウェイを建設する計画は、1908年に開催されたリオ国際博覧会で、パヴィリオン建設に従事していたエンジニアのアウグスト・フェレイラ・ラモスが発案しました。

 スペインのウリア山で世界最初のロープウェイが開通したのは1907年のことで、翌1908年にはスイスのヴェターホルンには2番目のロープウェイが開通していましたが、南米最初となるポン・ヂ・アスーカルのロープウェイ計画は、当初、地元では無謀な試みとみられていました。

 しかし、ラモスは世間の嘲笑をものともせず、同志を募って1909年にポン・ヂ・アスーカル索道会社を設立。ケーブルの敷設工事を開始します。

 工事は、まず、ウルカの丘とポン・ヂ・アスーカルの麓にパイロット・ケーブルを運び、その後、別のチームが中間地点のウルカの丘とポン・ヂ・アスーカルの頂上からロープを投げ落としてパイロット・ケーブルとつなぎ、山頂に設置した手動の巻き上げ機で引き上げてケーブルを設置するという方法で進められました。また、山頂の駅舎や展望スペースを作るための基礎工事は、岩盤を1.5m 削って行われています。

 こうして、1912年、麓のヴェルメーリョからウルカの丘までの528m のロープウェイが完成し、10月27日に運行を開始。さらに、翌1913年1月18日にはウルカの丘からポン・ヂ・アスーカル山頂までの750m が全通し、それまで、多くのリオ市民にとって遠くから仰ぎ見るしかなかったポン・ヂ・アスーカルの頂上に、この日だけで449人がゴンドラに乗って降り立ちました。

 今回ご紹介の絵葉書に取り上げられているのは、ウルカの丘からポン・ヂ・アスーカルの頂上に向けてロープウェイが上っていく光景で、写真に写っているゴンドラはドイツ製の22人乗り(現在のゴンドラはイタリア製で65人乗り)です。ゴンドラの実物は、現在、ウルカの丘に展示されています。(下の画像)

      ポン・ヂ・アスーカルのロープウェイ初代ゴンドラ

 ただし、今回ご紹介の絵葉書に取り上げられているゴンドラの車体は濃色で、黄色ではないようです。あるいは、色違いの車両がいくつか運行していたということなのかもしれません。

 さて、今回の記事では、郵趣関連のマテリアルと併せて、ポン・ヂ・アスーカルの展望台で見た絶景や美女の写真もご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、雑誌の実物をお手にとってご覧いただけると幸いです。
 

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 ザハ・ハディド、亡くなる
2016-04-01 Fri 11:30
  2012年ロンドン五輪の水泳会場などの独創的な設計で知られるイラク出身の建築家、ザハ・ハディドさん(以下、敬称略)が、昨日(31日)、心臓発作のため亡くなりました。享年65。というわけで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます) 

      スペイン・サラゴサ2008

 これは、2008年、スペインが発行したサラゴサ国際博覧会(Expo Zaragoza 2008)の記念切手で、画面の手前には、ザハ・ハディドの設計によるパヴィリオン・ブリッジ(ブリッジ・パヴィリオンとも)が見えます。

 パヴィリオン・ブリッジは、2008年6月14日から9月14日までスペイン・サラゴサで、「水と持続可能な開発」をテーマに開催された“サラゴサ国際博覧会”のために設計されたもので、文字どおり、会場を流れるエブロ川にかかる橋に展示パヴィリオンを合体させた構造物です。全長260mの橋は、川の中州にある橋脚(これ1本で全体を支えるため、基礎の深さは72.5 mあります)までは1本の屋根つきの橋ですが、そこから先の博覧会場までは複数のパヴィリオンが並んでいます。設計上のコンセプトは“胸骨体”を意味するグラジオラスで、それは、中央のスパインから肋骨のように左右に延びる構造として表現されています。なお、このパヴィリオンでは、万博のテーマである水に関する展示が行われました。

 さて、ザハ・ハディドは、1950年、イラクの首都バグダッド生まれ。父親はリベラル派の政治家で、幼少期にシュメールの遺跡を見たことが建築に関心を持つきっかけになったそうです。レバノンにあるベイルート・アメリカン大学で数学を専攻し、1972年、ロンドン建築協会の会員になり、1979年に独立して事務所を開設しました。

 2004年に女性として初めてプリツカー建築賞を受賞したのに続き、英建築界で最大の栄誉とされる英王立建築家協会(RIBA)スターリング賞を2度受賞。2016年にはRIBAの金メダルを受賞しました。代表作としては、今回ご紹介の切手のパヴィリオン・ブリッジのほか、ドイツのビトラ消防署(1993年)、アゼルバイジャンのヘイダル・アリエフセンター(2013年)、北京の銀河SOHO(2012年)などがあります。

 ザハ・ハディドというと、2020年東京五輪・パラリンピックのメイン会場となる新国立競技場の当初案もデザインしたものの、その後、総事業費の高騰が理由で白紙撤回されたことが記憶に新しいところですが、そうしたトラブルによるストレスも、今回の心臓発作の引き金の一つになったのではないかと思うと、日本人としては心が痛むところです。謹んでご冥福をお祈りします。


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