内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ベルギーのムスリムと“寛容”
2017-04-21 Fri 16:56
 パリのシャンゼリゼ通りで、現地時間20日午後9時ごろ(日本時間21日午前4時ごろ)、警官が銃撃され、1人が死亡、2人が重軽傷を負う事件があり、実行犯はその場で射殺されました。過激派組織ダーイシュ(自称“イスラム国”。IS)傘下の通信社AMAQは、射殺された実行犯はダーイシュの戦闘員でベルギー人(ベルギー出身)のアブー・ユーセフ・ベルギージーであると報じています。というわけで、今日はこんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ベルギー・寛容(2016)

 これは、2016年にベルギーで発行された“(多宗教間の)寛容”の切手で、ベルギーの主要宗教であるユダヤ教、カトリック、イスラムの各宗教指導者(左からラビのアルベール・ギギ、アントワープ司教のジョアン・ボニ、ヘントのイマームのハリド・ベンハッドゥ)が伝統的な装束に身を包み、互いに手を携えた写真と、その下に「誰もが平等で、誰もが異なっている」との文言が入っています。

 異なる宗教に対する寛容性をアピールするための切手を発行しようという企画は、2014年5月にブリュッセルで発生したユダヤ博物館襲撃事件(死者4名)の後に持ち上がり、2015年11月、Bポスト(ベルギー郵政)が、2016年に“寛容”と題する切手を発行する計画を発表。3人の宗教指導者に対して、彼らが一緒に並んだ切手を発行したいとのオファーがなされ、3人がこれを快諾したことを受けて、フラマン語圏出身の女性写真家のリーヴァ・ブランカートが、切手の原画写真を撮影しました。ちなみに、中央にカトリックのボニ司教が立っているのは、ベルギー国内では3宗教のうち、カトリックの人口が最も多いためです。

 切手に登場したギギは、イスラエル紙のインタビューに答えて「この切手が示そうとしているのは、ベルギーでは、何が起ころうと、人々がどのようなニュースを聞こうと、それぞれの宗教の関係は良好だということだ。この写真で、我々は共に手を取り、連帯して、共に働いていることを示している」と述べています。ちなみに、ギギはインタビュー時には70歳で、30年以上にもわたってベルギーでチーフ・ラビとして活動してきた人物です。

 現在、ベルギーにおけるユダヤ教徒はブリュッセルとアントワープを中心に4万人いるとされていますが、近年、ガザ地区をめぐるイスラエルの強硬姿勢に抗議するというかたちをとって、彼らに対する圧力が強まっています。また、ベルギー国内のムスリム人口は70-90万人とされており、その大半はモロッコ出身者もしくはその子孫です。その背景には、1960年代、安価な労働力として、ベルギーが国策としてモロッコおよびトルコからの移民を大々的に受け入れたという事情があり、現在、ブリュッセルではムスリムが人口の25%以上となっているほか、アントワープとシャルルロワにも相当数のムスリムが生活しています。

 この切手が企画されるようになったきっかけは、ユダヤ博物館に対する襲撃事件でしたが、実際に切手が発行されたのは、昨年3月のブリュッセルでの連続テロ事件の後のことでしたから、圧倒的多数の善良なムスリム市民への不当な差別や攻撃を抑え、ムスリムと非ムスリムの共存を訴えるものとして、この切手を受け止める人も多かったのではないかと思われます。

 その一方で、ベルギー経済の停滞もあって、移民2世・3世のムスリムは実質的な就職差別にさらされることも少なからずあり、彼らの不満は鬱積しています。

 また、ベルギーでは、国内のフランデレンとワロンの対立から、総選挙後に連邦政府に長期間の政治的空白が生じることが常態化しており、たとえば、2010年の総選挙では連立交渉がうまくいかず、政治空白が540日も続いたほか、2014年5月の総選挙後も新政権発足までに4ヵ月半かかっています。

 こうした政治的空白は、かつては、地方政府の自治権が強いため、それによってカバーされる面もあったのですが、欧州統合を優先し、連邦政府が国民の生命・財産を守るという意識に乏しい(ように見える)という隙を突くかたちで、テロリストが流入したり、あるいは、現状に不満を持つベルギー人ムスリムの若者が“ホームグロウン・テロリスト”になるという構図が生まれることになりました。特に、ブリュッセル西郊のモレンベーク地区(9万の人口のうち、8割がムスリムとされる)は、2015年のパリ同時多発テロ事件でもテロリストの出撃拠点となっており、ダーイシュへの戦闘員供給地ないしはテロの温床として、その悪名をとどろかせているほどです。

 今回のパリでの襲撃事件は、AMAQの報道が事実だとすれば、またしても、テロの背景には“ベルギー”があったということになります。もちろん、ベルギー国内に居住するムスリムの圧倒的多数は善良な市民でしょうから、彼らに対するいわれなき差別や攻撃があってはならないのは当然で、その意味で、今回ご紹介の切手に見られるような“寛容”の精神は非常に重要なわけですが、そのためにも、十分な治安・テロリスト対策により国民の生命・財産がきちんと保存されなければならないことは言うまでもありません。要は、両者のバランスということなのですが、だとすれば、この切手と並行して、“反テロ”を訴えて、インパクトのある切手が発行されても良いような気がします。


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 4月27日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第2回目が放送予定です。今回は、23日のフランス大統領選挙の第1回投票と5月7日の決選投票の間の放送ということで、フランスの初代大統領と切手についてのお話をする予定です。みなさま、よろしくお願いします。番組の詳細はこちらをご覧ください。


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