内藤陽介 Yosuke NAITO
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 世界の国々:タンザニア
2017-08-10 Thu 08:36
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2017年8月2日号が発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はタンザニアの特集(2回目)です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      タンザニア・キリマンジャロ(1965)

 これは、1965年にタンザニアが発行したキリマンジャロ山の切手です。

 アフリカ大陸最高峰のキリマンジャロは、タンザニア北東部に位置し、標高5895m、東西約50km、南北30kmに広がった成層火山です。西からシラ峰、キボ峰、マウエンジ峰から構成されており、中央のキボ峰のみが休火山で他の2峰は死火山です。

 地名の由来としては、一般に、スワヒリ語で“山”を意味する“キリマ”と、チャガ語で“白”を意味する“ンジャロ”の合成語で、“白く輝く山”の意味とされています。

 その名の通り、最高峰のキボ峰の山頂付近にはレブマン氷河をはじめ巨大な氷河が存在していましたが、近年の気候変動により、その規模は急激に縮小しており、国連環境計画は「2020年までに完全に消滅する可能性がある」と警告しています。

 さて、ケニア南部からタンザニア北部一帯の先住民、マサイ人の間では“神の家”を意味する“ンガジェンガ”と呼ばれていたキリマンジャロの存在が、西洋人にも知られるようになったのは、1840年代のことでした。

 1847年、ケニアの東海岸で布教をしていたドイツ人宣教師のヨハネス・レブマンは、頂上が銀でおおわれた高い山があることを聞いて内陸部に調査に向かい、翌1848年5月11日、チャガ人の土地で、山頂が白銀に覆われた高山を“発見”します。レブマンは、さっそく、この高山のことを報告しましたが、当時のヨーロッパの地理学者は熱帯に雪が存在するはずがないとの思い込みから、レブマンの報告を信じませんでした。

 その後、“熱帯の雪山”の存在が確認されると、ドイツ人将校のカール・クラウス・フォン・デア・デッケンと英国人地質学者リチャード・ソーントンが1861年には2500m地点まで、1862年には4280m地点まで到達します。

 列強によるアフリカ分割の過程で、キリマンジャロは英独の勢力圏の境界に位置するようになり、英国は山の北側に進出。しかし、ドイツ皇帝ヴィルヘルム1世は山全体をドイツ領とすることを要求。1885年のベルリン会議では、ドイツの要求が認められ、山の全体はヴィルヘルム1世の誕生日のプレゼントとして英国からドイツへと割譲され、ドイツ領東アフリカの領域が確定しました。

 第一次大戦でドイツが敗れると、旧ドイツ領東アフリカは解体され、英委任統治領タンガニーカとベルギー委任統治領のルワンダ=ウルンディに分割され、キリマンジャロは英領タンガニーカに組み込まれました。

 すでにドイツ領東アフリカ時代から、キリマンジャロ地域ではコーヒーのプランテーション栽培が始まっていましたが、英支配下の1921年、海岸のタンガ港から南麓のモシまで鉄道が開通。これにより、モシはコーヒーの集散地となり、1932年に設立された“キリマンジャロ原住民共同組合連合会”が品質管理を本格的に行うようになります。この結果、かつては粗悪品のイメージが強く、イエメンに運ばれて“モカ”にブレンドされていたこの地域のコーヒー豆は、“キリマンジャロ”として独自のブランドとなり、モシは急速に発展しました。

 1961年、タンガニーカが独立すると、キリマンジャロは新国家のシンボルとなり、キボ峰の山頂はスワヒリ語で“自由”を意味する“ウフル”と命名され、山頂には“ウフル・トーチ(自由の松明)”が灯されたほか、初代大統領ジュリウス・ニエレレによる独立宣言が刻まれたレリーフが設置されました。

 1964年、タンガニーカは対岸のザンジバルと連合し、タンガニーカ・ザンジバル連合共和国(現タンザニア連合共和国)が発足。新政権は、1967年にアルーシャ宣言を発して社会主義化を進め、“ウジャマー村”と呼ばれる協同農場を各地に設けました。しかし、キリマンジャロ地域のコーヒー農場は独立以前から外国人が経営している大規模プランテーションも多かったことから、農業集団化は強行されず、このため、1985年、ウジャマー村が惨憺たる失敗に終わり、大統領のニエレレが引退に追い込まれた際にも、経済失政のダメージは比較的軽微でした。

 この間、1971年にはアルーシャとモシの間にキリマンジャロ国際空港が開港。1973年には山域の一部、7万5575ヘクタールがキリマンジャロ国立公園に指定され、1987年にキリマンジャロ山域を含むキリマンジャロ国立公園が、ユネスコの世界遺産に登録されるなど、観光資源としての開発も進められています。ちなみに、少し古いデータですが、2013年、キリマンジャロ国立公園を訪れた観光客は5万3000人でした。

 さて、『世界の切手コレクション』8月2日号の「世界の国々」では、キリマンジャロについての長文コラムのほか、世界遺産・コンドアの岩絵、キリマンジャロ・コーヒー、ヴィクトリア湖、探検家・リヴィングストンとスタンリーの切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、「世界の国々」の僕の担当回ですが、今回のウルグアイの次は、きのう(9日)発売の8月17日号でのイタリアの特集になります。こちらについては、発行日の17日以降、このブログでもご紹介する予定です。 

      
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 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

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