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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 世界の切手:南アフリカ
2018-02-28 Wed 18:36
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2月21日号が刊行されました。僕が担当しているメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回は南アフリカ(3回目)を取り上げました。その記事の中から、この切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      南ア・切手100年(1ペニー)

 これは、1953年に南アフリカ連邦で発行された“切手100年”の記念切手のうち、喜望峰の三角切手(1ペニー)を取り上げた1ペニー切手です。

 英本国で世界最初の切手が発行されたのは1840年のことでしたが、1847年には早くも、ケープ植民地で独自の切手発行が計画され、英海軍少佐でケープ植民地税関総監督のチャールズ・ミッチェルは、ロンドンのパーキンス&ベーコン社に切手製造コストの見積もりを出させています。しかし、この時は値段が折り合わず、切手の発注は見送られました。

 1852年、英本国の機構改革で、英領植民地の郵便機構が商務省の管轄になると、ケープ植民地でも独自の切手発行が再び課題として浮上。その際、当時のケープ植民地では識字率が低かったため、本国の切手と一目で区別できるように、三角形の切手が発行されることになりました。

 こうして、1853年9月1日に発行されたのが、いわゆる喜望峰の三角切手です。切手に描かれている“希望の女神”は三角形の切手に収まるよう、錨に腰を下ろして座っている姿で、ミッチェルのアイディアを元に、チャールズ・デイヴィッドソン・ベルが原画を制作しました。

 チャールズ・ベルは1813年10月22日、スコットランドの港町、クレイル生まれ。1830年、ケープ植民地に渡り、ケープ植民地政府の官僚だった叔父、ジョン・ベルの伝手で官職に就き、1834年にはアンドリュー・スミスの内陸探検に同行する絵師に任命されています。その後、1843年に測量局副長官、1848年に同長官に任じられ、当時の南部アフリカの風景や風俗、先住民についてのスケッチを数多く残しました。

 1851年、ベルは、ケープ総督ハリー・スミスの求めに応じて、第8次国境戦争に従軍した将兵に授与するメダルのデザインを作成。また、同年、画家としての彼の代表作となるファン・リーベックの喜望峰上陸場面を描く作品を発表しています。こうした実績を踏まえ、1852年、ケープ植民地としての最初の切手発行が企画されると、ベルはそのデザインを任されたのです。

 ベルのデザインした喜望峰の三角切手は、そのユニークな形状に加え、国家元首の肖像や紋章などの無味乾燥なデザインの切手が多かった当時においては画期的な出来栄えで、名品切手として広く知られています。なお、このあたりの事情については、拙著『喜望峰』も併せてご覧いただけると幸いです。

 さて、『世界の切手コレクション』2月21日号の「世界の国々」では、喜望峰の三角切手についての長文コラムのほか、ケープ半島、バルテロメウ・ディアス、ブームスラングスタンダード銀行芸術祭、現在の国旗の切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、「世界の国々」の僕の担当回ですが、今回の南アフリカの次は、本日(28日)発売の3月7日号でのベルギーの特集(4回目)になります。こちらについては、発行日の7日以降、このブログでもご紹介する予定です。

  
★★★ 世界切手展< THAILAND 2018>作品募集中! ★★★

 本年(2018年)11月28日から12月3日まで、タイ・バンコクのサイアム・パラゴンで世界切手展<THAILAND 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不肖・内藤がお引き受けすることになりました。

 現在、出品作品を3月12日(必着)で募集しておりますので、ご興味がおありの方は、ぜひ、こちらをご覧ください。ふるってのご応募を、お待ちしております。


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 阿蘇・中岳の規制、あす解除
2018-02-27 Tue 01:39
 熊本県阿蘇市や関係機関でつくる阿蘇火山防災会議協議会は、きのう(26日)、2014年8月いらいの阿蘇山・中岳の火口周辺への立ち入り規制を、あす午前10時半に解除すると決定しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      阿蘇中岳(1938年・4銭)

 これは、1939年8月15日に発行された阿蘇国立公園の切手のうち、中岳を取り上げた4銭切手です。

 切手の元になった写真は逓信省の鈴木登良吉が撮影しました。鈴木は、1938年11月から12月にかけて、大山瀬戸内海国立公園および阿蘇国立公園の切手の原画となる写真を撮影するために現地を訪れています。ちなみに、阿蘇国立公園の切手は、当初、1939年8月10日の発行予定でしたが、印刷中にグラヴィア印刷機が故障したため、実際の発行日は8月15日に延期されています。

 阿蘇山は、世界でも有数の大型カルデラと雄大な外輪山を持ち、“火の国”熊本県の象徴的な存在です。切手に取り上げられた中岳は、カルデラ内部にある阿蘇五岳のうち、中央部に位置する噴火口のある山で、標高1506メートル。火口は、東西約400メートル、南北約900メートルの範囲に、北から順に第1・第2・第3・第4火口が並んでいます。活動中の火口を容易にのぞくことができる世界的にみても珍しい火山として有名で、立ち入り規制が行われるまでは、年間約100万人の観光客が訪れていました。

 阿蘇といえば、2016年10月、中岳第1火口で1980年1月以来36年ぶりの爆発的噴火が起きたことが記憶に新しいところですが、その後、噴火は落ち着いたことから、翌2017年2月には警戒レベルが1に引き下げられていました。今回の規制解除で観光客が回復して、2016年4月に起きた熊本地震からの復興の弾みとなれば良いですね。

  
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 切手に見るソウルと韓国:平昌冬季五輪
2018-02-26 Mon 00:10
 『東洋経済日報』2月23日号が発行されました。月一で同紙に僕が連載している「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、平昌五輪会期中の掲載でしたので、五輪関係の切手をまとめてご紹介しましたが、その中から、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・平昌五輪(スタジアムほか)

 これは、昨年(2017年)11月1日、聖火の仁川到着に合わせて、大会マスコットの“スホラン”と各競技、競技場、エンブレムなどをデザインした切手シート(2種類あり、それぞれ330ウォン切手10枚の組み合わせ)の中から、開会式・閉会式の行われた平昌オリンピックスタジアムの切手とスホランを描く切手のペアです。

 大会マスコットのスホランは、四神の白虎をモチーフにしたキャラクターで、胸元には大会のロゴが描かれています。ちなみに、エンブレムは平昌をハングル表記した際の“ㅍ(ピウプ)”と“ㅊ(チウッ)”をモチーフにしたもので、方形のㅍには天と地の間で人々が一つになる広場の意味が込められており、ㅊは雪片や星の形に似ているとされています。また、スホランのネーミングは、“守護(スホ)”と“(ホンライ)”、開催地の江原道の民謡「旌善アリラン」の“ラン”を組み合わせたものだそうです。

 一方、平昌オリンピックスタジアムは、2015年12月から建設が進められ、2万8300平米の敷地に約1200億ウォンの事業費をかけて2017年9月に完成しました。観客席数は3万5000席。スタジアムの五角形は平昌五輪の5つの目標(文化・経済・情報通信技術・環境・平和)を象徴しており、大会終了後は、公演場として活用される予定となっています。

  
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 マススタート高木が金、カーリングが銅
2018-02-25 Sun 01:20
  現在開催中の平昌五輪は、16日目のきのう(24日)、スピードスケート女子マススタートで高木菜那が金、カーリング女子日本代表のLS北見が銅メダルを獲得しました。というわけで、きょうは、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      長野五輪・カーリング

 これは、1998年2月5日に発行された長野オリンピック冬季大会の記念切手のうち、カーリングを取り上げた1枚です。

 カーリングは15世紀の英スコットランドで底の平らな川石を氷の上に滑らせていたのがルーツとされています。氷上で石を使うカーリングの元となったゲームの記録は、1541年2月、グラスゴー近郊のレンフルシャーで行われたのが最古で、ピーテル・ブリューゲルの作品『雪中の狩人』(1565年)」の遠景には、すでに氷上でカーリングを楽しむ人々が描かれています。

 カーリングの現在の公式ルールは主にカナダで確立したもので、1807年、王立カーリングクラブが設立されました。1832年には米国でカーリングクラブが設立され、以後、19世紀末までにスイスやスウェーデンへと広まりました。

 わが国においては、1937年1月17日、山梨県山中湖湖上にてカーリング大会が開かれた記事があります。ただし、1969年、長野県蓼科湖にてゲームが行われ、1973年に第一回カーリング大会が開かれたものの、なかなか普及には至りませんでした。

 なお、カーリングは、1992年のアルベールビル五輪での公開競技としての実施を経て、1998年の長野五輪で正式種目として採用されましたが、じつは、1924年のシャモニー・モンブラン五輪で実施された記録があるため、長野五輪での採用は、長きにわたるブランクの後の復活ということになります。したがって、今回ご紹介の切手発行時、郵政の報道資料などでは、カーリングはオリンピックの正式種目として初めての実施と説明されていましたが、それは事実と異なります。

  
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 米大使館、5月にエルサレム移転
2018-02-24 Sat 11:32
 米当局は、昨日(23日)、現在テルアヴィヴに置かれている在イスラエル米国大使館をイスラエル建国70周年に当たる今年(2018年)5月14日にエルサレム・アルノナ地区にある領事館建物のに移転すると明らかにしました。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      イスラエル・西エルサレムカバー(1948)

 これは、第一次中東戦争中の1948年10月、イスラエル支配下の西エルサレムから米セントルイス宛のカバーです。左下のゴム印の日付は12月3日(?)となっており、戦時下ゆえ、米国到着まで2ヶ月を要しているのがわかります。

 第一次大戦後、パレスチナの地は英国の委任統治下に置かれ、エルサレムがその首府となりました。
 
 1947年11月29日、国連でパレスチナ分割決議が採択されると、パレスチナは事実上の内戦に突入し、1948年3月、シオニストたちはテルアヴィヴにパレスチナのユダヤ人居住区を統治する臨時政府“ユダヤ国民評議会”を樹立。新国家樹立に向けての具体的なスタートを切り、英国撤退の軍事的空白を利用して、1948年5月のイスラエル建国に向けて、準備を進めていきました。

 イスラエルの建国宣言を受けて勃発した第1次中東戦争の結果、1949年、エルサレムはイスラエルとヨルダンによって分割され、ユダヤ教・キリスト教・イスラムの三宗教の聖地がある旧市街=東エルサレムはヨルダンの支配下に、新市街の西エルサレムはイスラエルの支配下に入ります。今回ご紹介のカバーは、こうした状況の下、西エルサレムから差し出されたもので、イスラエル切手が貼られ、イスラエルの消印が押されていることから、西エルサレムがイスラエルの支配下に置かれていたことがわかります。

 第一次中東戦争の休戦を受けて、1950年、イスラエル議会はエルサレムを首都と宣言して、テルアヴィヴの首都機能を西エルサレムに移転。米国を含む13カ国が西エルサレムに大使館を設置するなど、国際社会も西エルサレムをイスラエルの首都として事実上認定していました。

 1967年の第三次中東戦争でイスラエルは東エルサレムを含むヨルダン川西岸地区を占領して東西エルサレムを再統合し、“統一エルサレム”を“(イスラエルの)不可分の永遠の首都”とします。ただし、岩のドームのある“神殿の丘(ハラム・シャリーフ)”は歴史的にワクフ(イスラムに独特の財産寄進制度)の対象とされていることから、ヨルダン宗教省が引き続きその管理を行い、その域内ではユダヤ教徒とキリスト教徒による宗教儀式は原則禁止という変則的な状況となります。

 さて、第三次中東戦争は、理由はどうあれ、イスラエル側の先制攻撃ではじまったことから、イスラエルによる占領地拡大の正統性については、アラブ諸国はもとより、社会主義諸国や中立諸国なども否定的で、同年11月22日の国連安保理はイスラエルの占領を無効とする安保理決議242を全会一致(中華民国、フランス、英国、米国、ソビエト連邦、アルゼンチン、ブラジル、ブルガリア、カナダ、デンマーク、エチオピア、インド、日本、マリ、ナイジェリア)で可決しました。

 ただし、同決議では撤退期限は定められず、経済制裁などの具体的なイスラエルへの対抗措置も行われなかったため、イスラエルは決議を無視し続け、1980年には、あらためて「統一エルサレムはイスラエルの永遠の首都である」との決議がイスラエル議会で採択されました。これに対して、1967年までエルサレムに大使館を置いていた各国も、イスラエルの東エルサレム併合に抗議してテルアヴィヴに大使館を移転しています。

 これに対して、パレスチナ側では、1988年11月15日、アルジェで開催されたパレスチナ国民評議会(PNC)で、PLOがテロを放棄し、イスラエルの存在を認めたうえで、東エルサレムを首都とする“パレスチナ国”の独立宣言が採択されています。そして、1994年に発足したパレスチナ自治政府も、“パレスチナ国家”の首都は東エルサレムであるとの主張を掲げています。

 一方、米国の二大政党である民主党と共和党が綱領でエルサレムをイスラエルの首都と認めており、1995年には連邦議会で大使館のエルサレム移転を認める法律も可決されています。ただし、歴代の政権は大使館のエルサレム移転は中東和平実現の障害になるとの観点から、同法の実施を半年ごとに延期するということで問題を先延ばしにしてきました。

 これに対して、昨年(2016年)の大統領選挙で、大使館のエルサレム移転を公約したドナルド・トランプが当選。トランプ大統領は、2017年6月には歴代政権の先例を踏襲して大使館の移転を半年延期しましたが、昨年12月、エルサレムをイスラエルの首都と認める声明を発表し、大使館の移転手続きを開始。その具体的なプランとして、今回、エルサレム・アルノナ地区にある領事館建物内を当面の移転先として、大使館を移すことを発表したというわけです。

 なお、エルサレムとその歴史については、拙著『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、お手にとってご覧いただけると幸いです。

  
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 野生馬、すでに絶滅していた
2018-02-23 Fri 15:04
 世界の野生種のウマは既に絶滅していたとする研究結果が、きのう(22日)付の米科学誌サイエンスに発表されました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      モンゴル・モウコノウマ

 これは、1986年、モンゴルが発行した“モウコノウマ”の切手です。

 モウコノウマは、これまで、シマウマ、ノロバを除いた唯一の現存する野生馬とされてきた馬で、頭胴長2.2-2.6m、体高1.2-1.4m、体重200-300kgほどで、鬣は直立しており、家畜馬のように倒れないのが特徴です。

 1867年以降、中央アジアで数次にわたる探検をおこなっていたロシアのニコライ・プルツェワルスキー大佐は、1879-80年、陸軍大臣、外務大臣、地理学協会の支援を受けて第3次遠征を行いました。その際、ザイサンで新種の馬の毛皮を入手し、欧米に紹介したことからモウコノウマの存在が広く知られるようになりました。なお、モウコノウマは1881年に正式に新種として登録されましたが、その際には、プルツェワルスキーの名を冠して“Equus ferus przewalskii(プルジェワリスキーウマ)”の学名がつけられています。

 さて、今回発表された研究では、まず、カザフスタン北部のボタイとクラスヌイヤールの2ヵ所の遺跡で発掘された歯と骨に基づき、ボタイ遺跡のウマ20頭と、ユーラシア大陸全域のウマ22頭のゲノムを解析。次いで、解析した古代のウマのゲノムと、すでに公開されている古代馬18頭と現生馬28頭のゲノムデータとを比較しています。その結果、モウコノウマは、約5500年前にカザフスタン北部ボタイの人々に飼われていた家畜馬の子孫であることが明らかになったそうです

 なお、モウコノウマは、純粋な野生下では、1966年にハンガリーの昆虫学者によって目撃されたのを最後に目撃情報が確認されなくなり、1968年頃に一度絶滅したと考えられていますが、欧米諸国の動物園に送られた個体から繁殖が進められ、再野生化が試みられた結果、モンゴルのフスタイ=ヌルー保護区では100頭以上に回復しています。

  
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 女子パシュートで金
2018-02-22 Thu 01:01
 【謹告】 本日(22日)16:05~  NHKラジオ第1放送で放送予定だった「切手でひも解く世界の歴史」は、国会中継のため、放送が休止となりました。あしからずご了承ください。なお、次回の「切手でひも解く世界の歴史」は、3月8日の予定です。 

 現在開催中の平昌五輪は、13日目のきのう(21日)、スピードスケート女子チーム・パシュート(team pursuit:団体追い抜き)で、日本チーム(高木菜那・高木美帆・佐藤綾乃・菊池彩花)が金メダルを獲得しました。同種目での日本チームのメダル獲得はヴァンンクーヴァー五輪銀以来、2大会ぶりです。というわけで、きょうは、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      カナダ・トリノ五輪(スケート)

 これは、2006年、カナダが発行したトリノ五輪の記念切手のうち、スピードスケートのチーム・パシュートが描かれた1枚です。切手に描かれた選手が女子選手かどうかは怪しいのですが、チーム・パシュートを題材にした切手は少ないので、ご容赦ください。

 チーム・パシュートは自転車競技のトラックレースやスピードスケートで行われる競技形態ですが、スピードスケートの場合は、3または4人で構成されるチームが、男子は400mリンクを8周(3,200m)、女子は6周(2,400m)でのタイムを競います。五輪競技としては、今回ご紹介の切手のトリノ五輪から正式採用されました。

 なお、今回の日本チーム優勝タイムは2分53秒89で五輪新記録となりましたが、今回と同じメンバー(決勝の走者は高木菜那・高木美帆・佐藤綾乃)で、2017年12月8日には米ソルトレイクシティで2分50秒87の世界記録を出しています。

  
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 ヴェネズエラが仮想通貨発行
2018-02-21 Wed 12:39
 経済が破綻状態にある南米のヴェネズエラが、昨日(20日)、独自の仮想通貨“ペトロ”を発行しました。同国政府によると、国家が仮想通貨を発行するのは世界初めてだそうです。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ヴェネズエラ銀行100年(500ボリヴァル紙幣)

 これは、1989年にヴェネズエラが発行した“ヴェネズエラ銀行100年”の記念切手のうち、1936年の500ボリヴァル紙幣を取り上げた切手です。

 ヴェネズエラの通貨は、独立当初は国名にちなむヴェネゾラノでしたが、1879年、シモン・ボリヴァルにちなむボリヴァルが導入されました。当時のヴェネズエラは銀本位制で、1ボリヴァルは純銀4.5グラムと等価で、導入時の新旧通貨の交換レートは5ボリヴァル=1ヴェネゾラノでした。

 その後、ヴェネズエラは1910年に金本位制に移行しますが、1930年には金本位制から離脱。1934年に1米ドル=3.914ボリヴァルの固定相場となりました。今回ご紹介の切手に取り上げられた500ボリヴァル紙幣はこの時期のものです。なお、1937年には1米ドル=3.18ボリヴァルにレートが変更されています。

 1980年代初頭までヴェネズエラ・ボリヴァルはカリブ海地域で最も安定した通貨でしたが、1983年2月18日の原油価格暴落を機に通貨危機が発生。以後、ヴェネズエラ・ボリヴァルは下落の一途をたどり、チャヴェス政権下の2003年2月5日には1米ドル=1600ボリヴァルにまで暴落しました。

 このため、2008年1月1日付で、1000分の1のデノミが実施され、“強いボリヴァル”を意味する新通貨、ボリヴァル・フェルテが導入されました。しかし、その後もヴェネズエラ通貨の下落に歯止めはかからず、2016年には、当時のヴェネズエラの最高額紙幣の100ボリヴァルは、公定レートでも米ドル換算で15セント、市中の実勢交換レートでは2セントにしかならないほどに下落したため、マドゥロ政権(2013年発足)は、12月11日、72時間以内に現行の100ボリヴァル紙幣を撤廃して硬貨に入れ替えるとともに、500、5000、2万ボリヴァルの新紙幣を発行すると突如発表。このため、100ボリヴァル紙幣が廃止される前に米ドルなどに交換すべく、ヴェネズエラ市民が国境を越えてコロンビアに殺到しました。

 ところが、新紙幣流通開始予定日の12月15日になっても新紙幣は市中には出回らなかったことにくわえ、同日、マドゥロ政権は「マフィアがヴェネズエラの通貨をコロンビアに移動させている」としてコロンビアとの国境を封鎖したことから混乱が拡大。結局、旧50および100ボリヴァル紙幣に代わる新硬貨は、当初予定より10日以上遅れた28日から市中での流通が始まったものの、新紙幣が本格的に流通するようになったのは年が明けた2017年1月16日のことでした。

 さらに、チャヴェス政権の反米路線を継承したマドゥロ政権は、野党を封じ込めるため、2017年5月1日、従来から存在する国会(国民議会)とは別に“制憲議会”の招集を発表。7月30日、内外の反対を押し切って制憲議会選挙を強行しました。8月4日に発足した制憲議会は、同月18日、国民議会から立法権を剥奪し、行使することを決定し、ヴェネズエラは事実上の一党独裁体制に移行しました。

 これに対して、米国は、米国民と米国企業に対し、ヴェネズエラ政府やベネズエラ国営石油会社(PDVSA)が新たに発行する債券の取引を禁止する経済制裁を発動。このため、マドゥロ政権は、従来にもまして対米批判を強めたほか、「米帝国主義制度を除去する」として、自国産原油の価格表示を米ドルから人民元に変更。その流れで、今回の仮想通貨“ペトロ”の導入に踏み切ったというわけです。

 今回発行される“ペトロ”は、その名の通り、世界最大とされるヴェネズエラの確認埋蔵原油を裏付けとしており、1ペトロの売り出し価格は原油1バレルに相当する約60ドル(約6500円)。計画通り総額1億ペトロを発行して売り切れば、調達額は60億ドル(約6500億円)規模に上る計算となります。

 ペトロの発行による外貨の調達について、米国は制裁違反に当たる恐れがあると警告しています。ただ、ヴェネズエラの原油生産は、近年、代金の不払いを理由に多くの関連企業が操業を停止して低迷を続けており、そもそも、ペトロの裏付けについてはかなり怪しげというのが実情で、ヴェネズエラ政府がもくろみ通りに資金を調達するのはかなり難しそうです。
 

★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” 次回は22日!★★

 2月22日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第16回が放送予定です。今回は、前日の21日が国際母語デーということで、この国際デーの由来となったバングラデシュとベンガル語についてお話する予定です。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。


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 スプートニクとガガーリンの闇(5)
2018-02-20 Tue 12:13
 ご報告が遅くなりましたが、先月25日、『本のメルマガ』第670号が配信されました。僕の連載「スプートニクとガガーリンの闇」は、今回は、1957年中にソ連で制作・発行されたスプートニク2号関連のマテリアルについて取り上げました。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ソ連・スプートニク2号(60コペイカ)

 これは、1957年にソ連が発行したスプートニク2号打ち上げの記念切手です。

 1957年10月4日、ソ連は人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功しましたが、当初、ソ連の最高権力者であったフルシチョフは人工衛星の打ち上げを単純に科学技術上の問題と考えており、そのことの持つ軍事的ないしは政治的な意味をほとんど理解していませんでした。ところが、全世界が大騒ぎになるのを見た彼は、ただちに、事態の重大さを認識します。

 10月10日、開発責任者のセルゲイ・パヴロヴィチ・コロリョフを呼び出したフルシチョフは、11月7日のロシア革命40周年記念日までの、もうひとつ、よりインパクトのある衛星を打ち上げるよう指示しました。

 1ヶ月以内に2発目の衛星を打ち上げるという無理難題に困惑したコロリョフは、とっさに、犬を載せたスプートニクを打ち上げることを提案します。

 第二次大戦後のロケット開発の文脈の中においては、1949年以降、犬を載せたロケットの打ち上げ実験が行われていました。実験動物としては、当初、犬と猿が候補とされていましたが、躾が容易で飢えにも強く、なおかつ、見栄えが良い(実験成功の暁には、大々的にそのことが報じられることが考慮されたため)などの理由から犬が採用となり、犬を載せるためのコンテナや生命維持装置などには制作実績があったからです。

 ただし、それらのロケットは高度80キロまでで、犬もパラシュートで回収されていました。これに対して、そもそも、大気圏再突入の技術が不十分であるがゆえに、長距離弾道ミサイルではなく、人工衛星を打ち上げざるを得なかった当時の技術力では、衛星に載せた犬を“回収”することは不可能でした。

 それでも、軌道上に打ち上げた衛星に何らかの動物を長時間滞在させ、さまざまなデータを取ることは、将来の有人宇宙飛行の布石として説得力のあるプランで、フルシチョフを大いに満足させました。実際、フルシチョフは、側近でロシア・ソヴィエト連邦社会主義共和国首相(翌1958年、ソ連第一副首相に昇格)のフロル・ロマノヴィチ・コズロフを担当者として直々に任命し、進捗状況を毎日報告させています。

 さて、スプートニク2号の衛星本体は円錐形で、送信機のほか、犬を入れたコンテナと生命維持装置、血圧、心拍数、呼吸数、心電図などの記録装置、紫外線ならびにX線測定装置などを搭載していたため、スプートニク1号(質量83.6キロ)よりも大幅に重い質量は508キロとなりました。

 衛星に載せられる犬は、スペースの都合から、体重6キロ以下、体長は35センチを越えない雌犬(排泄の時に片足を上げない)のうち、実験結果の撮影のために体色は白もしくは明るいもの、ロシア原産の種であること、などの条件の下、航空医学アカデミーが手持ちの10匹の中から3匹を選び、最終的に、巻き毛の“クドリャフカ”という名の犬が選ばれました。

 クドリャフカは、もともと、医学研究目的に保護施設から航空医学アカデミーに送られた雑種犬でしたが、性格が大人しく、打ち上げまでの期間、毎日、数時間コンテナの中に入れられていても、ほとんどじっとしていて動きませんでした。また、コンテナの内部は立ったり座ったりできる程度のスペースがあり、食糧は高カロリーのゼリーが20日分、毎日一定量、自動的に供給される仕組みになっていました。

 ちなみに、この犬は“ライカ犬”という名前でも知られているが、これは、ソ連側が犬種を“ロシアン・ライカ”と発表したことによるものです。

 ロシア語の“ライカ”は“吠える”を意味する動詞の“лаять(ラヤート)”から派生した名詞で、もともとは、ロシア北部およびその周辺地域で伝統的に飼われてきた猟犬全般を指す語でした。このため、たとえば、シベリアン・ハスキーを“ヤクート・ライカ”、サモエドを“サモエド・ライカ”と呼ぶこともあります。国際畜犬連盟(FCI)が認定する“ライカ”犬としては、ロシアおよびシベリア原産の犬から作出されたラッソ・ヨーロピアン・ライカ、ウエスト・シベリアン・ライカ、イースト・シベリアン・ライカの3種がありますが、このほかにも、コーレル・ライカ、ツングース・ライカ等のように、実際に猟犬として使用されているものの、詳細がよくわからないものも少なくありません。

 さて、クドリャフカを乗せ、10日分の酸素と食糧と実験データを取るための各種の計測器を積み込んだスプートニク2号は、スプートニク1号の打ち上げから1ヵ月後の1957年11月3日、バイコヌール宇宙基地から打ち上げられ、今回ご紹介の記念切手も発行されました。

 ただし、このとき発行された記念切手には、打ち上げのハイライトともいうべき犬の姿はどこにも描かれておらず、代わりに、クレムリンを背景に描いています。こうしたところにも、衛星の打ち上げが革命40周年の記念事業であったという事情が如実に反映されています。もっとも、クドリャフカに関しては、切手のデザイナーには実験の詳細な内容など知らされていなかった可能性も否定はできません。

 なお、スプートニク2号からの地上への通信は11月10日に途絶え、機体そのものも打ち上げ162日後の1958年4月14日に大気圏に再突入し消滅しましたが、打ち上げ後4周目にしてすでに衛星からの信号では生体反応は確認できなかったそうです。これが正しければ、衛星はおよそ100分で地球を1周していましたので、6時間後にはすでにクドリャフカは死んでいたということになりますが、当時のソ連当局者は「ライカ犬は1週間程度生きていた」と発表しています。

 いずれにせよ、クドリャフカの宇宙飛行は国家のために片道燃料で死地に向かう“特攻”のようなものでしたから、英国動物愛護協会はライカの死に対して、ソ連に抗議。これに対して、ソ連側は、追悼のためとして、在りし日のライカの姿を描いたパッケージのタバコ“ライカ”を発売しました。

 なお、かつて、クドリャフカが訓練を受けた、モスクワのペトロフスキー公園の南西にある航空宇宙医学研究所には、スプートニク2号の打ち上げから40周年にあたる1997年、“ライカ”の記念碑が建てられています。


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 小平が金
2018-02-19 Mon 01:10
 現在開催中の平昌五輪は、10日目のきのう(18日)、スピードスケート女子500メートルの小平奈緒が36秒94の五輪新記録で金メダルを獲得しました。日本のスピードスケート界では1998年長野五輪男子500メートルの清水宏保以来、女子では初の金メダル獲得です。というわけで、きょうは、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ソ連・女子スピードスケート世界選手権(1959)

 これは、1959年2月、スヴェルドロフスク(現エカチェリンブルク)で開催されたスピードスケート女子世界選手権に際して開催国のソ連が発行した切手つき封筒です。スピード・スケートのユニフォームは基本的に男女同じですし、顔も半分はゴーグルで隠れてしまいますので、パッと見には選手が男性なのか女性なのか、なかなか区別しづらいのですが、今回ご紹介の切手つき封筒のイラストは、女性であることがわかりやすい一例ではないかと思います。

 スピードスケートの世界選手権大会は、1889年にアムステルダムで第1回大会が開催されて以来、毎年1回開催されています。女子選手に門戸が開かれたのは1936年の大会からですが、1995年までは、男女別会場での開催でした。ちなみに、今回ご紹介の切手つき封筒の1959年大会は、女子の大会はソ連のスヴェルドロフスクで開催されましたが、男子の大会の開催地はオスロです。

 1959年の大会開催地となったエカチェリンブルクはウラル山脈中部の東側(アジア側)斜面に位置する都市で、11世紀ごろからノヴゴロド共和国の商人が毛皮交易のために訪れていましたが、1721年、冶金工場と要塞が設けられ、エカチェリーナ1世にちなんでエカテリンブルクと命名。ロシア帝国時代のエカチェリンブルクはデミドフ家の投資によってロシア有数の金属工業の中心へと発展しました。また、ロシア革命の後、皇帝ニコライ2世とその家族はこの地に送られ、1918年7月17日に市内のイパチェフ館で銃殺された土地としても知られえています。

 1924年、 エカチェリンブルクは、ソヴィエト政権の初期に全ロシア中央執行委員会の議長を務めたヤーコフ・スヴェルドロフ(1919年没)にちなんで、スヴェルドロフスクと改名されました。また、1941年、いわゆる独ソ戦が始まると、モスクワやレニングラードなどヨーロッパ・ロシアの大都市から軍需工場や研究所、さらにはエルミタージュ美術館の所蔵品がこの地に疎開。1945年10月、独ソ戦の終結に伴い、美術品はレニングラードへ戻りましたが、工場や研究所の多くはそのまま残ったため、スヴェルドロフスクは軍需産業の一大中心地となりました。
 
 なお、ソ連崩壊後の1991年、都市としての名称は旧名のエカチェリンブルクに戻されましたが、州の名称は現在もソ連時代のスヴェルドロフスク州のままとなっています。
 

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 羽生が金、宇野が銀
2018-02-18 Sun 01:34
 現在開催中の平昌五輪は、9日目のきのう(17日)、フィギュアスケート男子シングルの羽生結弦が金、宇野昌磨が銀のワンツー・フィニッシュとなりました。羽生は前回ソチ五輪に続けての連覇で、この種目での連覇は1948-52年のサンモリッツ-オスロ大会のディック・バトン以来66年ぶり、冬季五輪での日本人選手の金銀独占は1972年の札幌五輪以来46年ぶりのことです。というわけで、きょうは、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      チェコ・札幌五輪(フィギュア)

 これは、1972年の札幌五輪に際してチェコスロヴァキアが発行した記念切手で、フィギュアスケートの男子選手が取り上げられています。

 フィギュアスケートの切手の女子選手を描くものが圧倒的に多く、男子選手が描かれている場合でも女子選手とのペアで描かれることが多いのですが、そうした中で、チェコスロヴァキアが男子選手の切手を発行したのは、当時の欧州を代表するスケーター、オンドレイ・ネペラの存在が大きかったのではないかと思います、

 オンドレイ・ネペラは、1951年1月22日、ブラチスラヴァ(現スロヴァキア)生まれ。1964年のインスブルック五輪に初出場した時には22位でしたが、1966-68年の欧州選手権では連続2位と急成長を遂げました。1968年のグルノーブル五輪こそ8位と不調でしたが、1969-73年までは欧州選手権5連覇を果たし、さらに、1971-73年には世界選手権で3連覇を達成。全盛期で迎えた札幌五輪では、下馬評通り、金メダルを獲得しました。これは、チェコスロヴァキアにとって、冬季五輪初の金メダルだったというだけでなく、ソ連のセルゲイ・チェトベルヒンを下しての勝利だったため、彼は一躍国民的な英雄になりました。

 引退後の1973年から13年間、ヨーロッパのアイスショーで活躍した後、西ドイツでコーチに転身。1984年のサライェヴォ五輪と1988年のカルガリー五輪で西ドイツ代表となったクラウディア・ライストナーを育てるなど、指導者としても実績を残しましたが、1989年2月、エイズによる合併症のため38歳の若さで亡くなりました。


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 世界の切手:ペルー
2018-02-17 Sat 01:59
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2月7日号が刊行されました。僕が担当しているメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はペルー(と一部セントルシア)を取り上げました。その記事の中から、この切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ペルー・マンコカパック

 これは、1898年に発行されたマンコ・カパックの1センタボ切手です。

 インカ・クスコ王国の伝説上の初代国王、マンコ・カパックは、太陽神インティの子にして、天の神パチャカマックの兄弟とされており、その名は“素晴らしき礎”の意味です。

 伝説によると、太陽神インティはマンコらに金の杖、タパク・ヤウリを与え、その杖が地面に沈む地に太陽の神殿を作るように指示。彼らは地下の洞窟を通ってクスコに行き、神殿を建設したとされています。カパックは西暦1200年前後の約40年間、クスコ王国を統治し、法の整備、人身御供の廃止、(インカの貴族を除き)兄弟姉妹婚の禁止などの政策を行いました。ただし、マンコ本人は姉妹のママ・オクリョを妻とし、彼女との間に生まれたロカは、第2代国王となりました。

 さて、『世界の切手コレクション』2月7日号の「世界の国々」では、PSNC切手を中心としたペルー初期の郵便事情についての長文コラムのほか、世界最初の記念切手ナスカの地上絵を取り上げた切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、「世界の国々」の僕の担当回ですが、今回のペルーの次は、14日に発売された2月21日号での南アフリカの特集になります。こちらについては、発行日の21日以降、このブログでもご紹介する予定です。


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 新年快樂 吉祥如意
2018-02-16 Fri 01:40
 きょう(16日)は旧正月・春節です。というわけで、戌年の正式なスタートですから、干支にちなんでこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      米軍・朝鮮戦争(清平里・1952)

 これは、1952年5月31日、朝鮮戦争に派遣された米兵が清平里から米国宛に差し出された軍事郵便で、“AIR MAIL FROM KOREA”の文言の下、ハチにお尻を刺されて走る犬のイラストが入った印が押されています。印の下部にある“HUBBA HUBBA”は、この場合は、「急いで、すぐに」を意味する米俗語で、朝鮮戦争期の米軍の軍事郵便では、今回ご紹介のような犬のイラストと組み合わせた印がしばしば使われました。

 今回ご紹介の郵便物の差出地、清平里はソウル(忘憂)=春川間を結ぶ京春線(韓国鉄道公社)の駅がある場所です。清平里を含む加平郡は、韓国・京畿道の北東部に位置しています。郡域は38度線を南北にまたがっているため、第二次大戦後、朝鮮半島が米ソによって南北に分割占領された際には、清平里を含む郡の大半は米軍政下に置かれたものの、一部はソ連の占領下に置かれました。その後、朝鮮戦争を経て、1953年7月27日の休戦協定の結果、 群全体が韓国領とされ、現在に至っています。

 なお、朝鮮戦争と切手・郵便の関係については、拙著『朝鮮戦争』でもいろいろご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取っていただけると幸いです。
 

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 平野・渡部・小平が銀、高木が銅
2018-02-15 Thu 01:45
 現在開催中の平昌五輪は、6日目のきのう(14日)、スノーボード男子ハーフパイプで平野歩夢が銀、ノルディック複合個人ノーマルヒルで渡部暁斗が銀、スピードスケート女子1000メートルで小平奈緒が銀、高木美帆が銅のメダルをそれぞれ獲得しました。というわけで、きょうは、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・スノーボード(2008)

 これは、2008年9月5日、エクストリーム・スポーツ・シリーズ第3集として韓国が発行したスノーボードの切手で、田型連刷の形式で、スノーボードの代表的な技を紹介しています。

 切手に取り上げられている技は、左上がカービング・ターン(板のサイド・カーブを利用した、雪面を“彫る=carving”ようなターン。ずれと減速が少ない)、右上がインディ・グラブ(後方の手で体の前方をつかむ)、左下がノーズ・グラブ(前方の手でノーズ=板の前方をつかむ)、右下がエア(ジャンプ全般。ハーフパイプではエアーターンと同意)です。

 なお、今回ご紹介の切手のシリーズ名となっているエクストリーム・スポーツとは、速さや高さ、危険さや華麗さなどの“過激な (extreme)”要素を持った、離れ業を特色とするスポーツの総称で、シリーズ第1集ではスケート・ボード、第2集ではインライン・スケート、第4集ではマウンテンバイクが取り上げられています。

 今回の五輪では、スノーボードとフリースタイルスキーの会場として普光フェニックスパークが使用されていますが、気象条件が安定せず、トラブルが相次いでいます。たとえば、11日に予定されていたスノーボード女子スロープスタイルの予選は強風のため中止になり、翌12日の決勝では全選手が出場することになったものの、競技時間を1時間以上遅らせたうえで、本来は3回行うはずだった演技を2回に短縮して行われています。それでも、12日の競技ではジャンプの際に空中であおられて着地に失敗して転倒する選手が続出しました。昨日の競技でも、やはり転倒者が相次ぎ、日本の戸塚優斗選手も2回目の途中で転倒して体を強打し、起き上がることができず、そり式の担架で運ばれました。その後の報道によると、検査の結果骨折は見られなかったそうで、まずは一安心というところなのでしょうが、あらためて、スノーボードが“エクストリーム・スポーツ”であることを思い知らされます。

 競技運営に関わる国際スキー連盟は、「われわれは選手が最高のパフォーマンスを出せる舞台を整えねばならないが、屋外競技では環境への適応力も(選手に)求められる」と主張しているそうですが、まずは、選手の安全を最優先にした運営をお願いしたいですね。


★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” ★★

 2月8日(木)に放送の「切手でひも解く世界の歴史」第15回は無事に終了しました。お聞きいただいた皆様、ありがとうございました。次回の放送は、2月22日(木)16:05~の予定です。引き続き、よろしくお願いいたします。
 
 なお、2月8日放送分につきましては、2月15日(木)19:00まで、こちらの“聴き逃し”サービスでお聴きいただけますので、ぜひご利用ください。


★★★ 世界切手展< THAILAND 2018>作品募集中! ★★★

 本年(2018年)11月28日から12月3日まで、タイ・バンコクのサイアム・パラゴンで世界切手展<THAILAND 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不肖・内藤がお引き受けすることになりました。

 現在、出品作品を3月12日(必着)で募集しておりますので、ご興味がおありの方は、ぜひ、こちらをご覧ください。ふるってのご応募を、お待ちしております。


★★ 内藤陽介の最新刊 『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』 ★★

      パレスチナ現代史・表紙 本体2500円+税

 【出版元より】
 中東100 年の混迷を読み解く! 
 世界遺産、エルサレムの“岩のドーム”に関連した郵便資料分析という独自の視点から、複雑な情勢をわかりやすく解説。郵便学者による待望の通史!

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 ふんどしの日
2018-02-14 Wed 02:38
 きょう(14日)は、2と14で“ふんどし”と読む語呂合わせから、日本ふんどし協会(2011年12月14日設立)が制定した“ふんどしの日”です。というわけで、昨年同様、“ふんどしの日”を祝して、この切手をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      広重・宮

 これは、2003年10月6日に発行された国際文通週間の切手のうち、歌川広重の『東海道五十三次』の「宮」を取り上げた1枚です。

 東海道最大の宿場、“宮”は江戸・日本橋から数えて41番目に位置しており、次の桑名とは東海道唯一の海路である七里の渡しで結ばれていました。“宮の宿”と呼ばれるのが一般的でしたが、熱田神宮の門前町でもあったことから“熱田宿”と呼ばれることもありました。現在の地名では、愛知県名古屋市熱田区となります。

 今回ご紹介の切手に取り上げられた広重の浮世絵は、毎年5月5日(旧暦)に行われていた熱田神宮の神事“馬の塔”で、生成りの褌に藍染めの半纏を着た一群と、藍色の褌に赤い有松絞の半纏を着た一群が、馬を走らせ競っているようすが描かれています。ちなみに、褌姿での外出が禁止されたのは、明治維新後の1872年12月、当時の東京府知事が違式註違条例を発令されてからのことで、日本の歴史全体の中では、ごく最近のことでしかありません。

 さて、相撲のまわしまで含めると、ふんどし姿の男性を描く切手はいろいろとあります。やはり日本男児たるもの、毎年2月14日には、そうした切手を毎年1枚ずつご紹介していこうかと思いますので、西洋由来のチョコレートではなく、熱田名物のひつまぶしでも食べながら、お付き合いください。


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 2月8日(木)に放送の「切手でひも解く世界の歴史」第15回は無事に終了しました。お聞きいただいた皆様、ありがとうございました。次回の放送は、2月22日(木)16:05~の予定です。引き続き、よろしくお願いいたします。
 
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 高木が銀、高梨と原が銅
2018-02-13 Tue 02:20
 現在開催中の平昌五輪は、4日目のきのう(12日)、スピードスケート女子1500mで高木美帆が銀、ノルディックスキー・ジャンプ女子ノーマルヒルの高梨沙羅とフリースタイルスキー男子モーグルの原大智がそれぞれ銅メダルを獲得しました。というわけで、きょうは、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・平昌五輪(2011)

 これは、2011年8月3日に韓国が発行した“第23回平昌冬季オリンピック誘致”の記念切手で、今回、ジャンプ競技が行われたアルペンシアスキージャンプセンターを背景に、スキーで滑走する選手が描かれています。銅メダルの高梨、原の両選手の競技にちなむモノということで持ってきました。(スピード・スケートの切手については、別途ご紹介することもあるでしょうから)

 平昌への冬季五輪招致は、2010年冬季五輪の開催地選考に立候補したのが最初です。この時は、2003年7月2日、プラハで開催された第115次国際オリンピック委員会総会において、第1回投票で平昌は51票を獲得して1位になったものの、2回目の投票では、ヴァンクーヴァーが56票を獲得して53票の平昌を下し、2010年冬季五輪の開催地に選ばれています

 そこで、平昌は冬季五輪の招致活動を継続し、2014年冬季五輪の開催地として本命視されていましたが、2007年7月4日にグアテマラの首都グアテマラシティで開かれた第119次IOC総会では、第1回投票で36票を獲得して第1位となったものの、第2回投票では、51票を獲得したソチが2014年大会の開催地となり、47票の平昌はまたしても逆転負けを喫しました。

 このため、3度目の挑戦となった2018年大会に関しては、李明博政権は、ヴァンクーヴァー五輪のフィギュアスケートで金メダルを獲得した金妍児を招致の顔としただけでなく、汚職などで服役中だった元IOC委員の李健熙を特赦で釈放してIOC委員に復帰させ、さらに、2011年7月6日にダーバンで開かれた第123次IOC総会の直前には大統領が自らアフリカ各国を歴訪して支持を取り付けるなどして、開催地として選ばれました。

 今回ご紹介の切手は、2011年7月、2018年の平昌五輪の開催決定を受けて、IOC総会から1ヶ月後の8月3日に発行されたものです。

 切手の背後に取り上げられているジャンプ台は、2009年にオープンした韓国唯一のスキージャンプ台で、スタート位置は標高800m超の位置にあり、むき出しの岩肌にラージヒル(125m)とノーマルヒル(98m)が並ぶ景観が特徴となっています。飛び出し部分の斜度は11度(ちなみに、長野五輪で使用された白馬のジャンプ台は10度台)で距離を伸ばしにくい設定となっているほか、一帯は風が強い日も多く(周辺には風力発電の施設もあります)、条件の差が大きいことでも知られています。

 今回の冬季五輪では、スキージャンプ、ノルディック複合(ジャンプ)、スノーボードビッグエア競技の会場となっており、ジャンプ着地地点になるアルペンシアスタジアムには、スキー博物館も併設されています。

 さて、このブログでは、毎回、五輪開催期間中の日本選手応援企画として、日本選手がメダルを獲得した場合には、その競技にちなんだマテリアルをいろいろとご紹介しています。今回の平昌五輪でも、その先例に従おうと思いますので、しばらくは内容的なバランスに偏りが生じるかもしれませんが、よろしくお付き合いください。
 

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 切手に見るソウルと韓国:李巌の『母犬図』 
2018-02-12 Mon 12:24
 ご報告が遅くなりましたが、 『東洋経済日報』1月26日号が発行されました。月一で同紙に僕が連載している「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、2018年最初の掲載ということで、干支にちなんで犬の切手の中からこの1枚をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・李巌『母犬図』(1970)

 これは、1970年10月30日に発行された“名画シリーズ”の切手うち、李巌の『母犬図』を取り上げた1枚です。名画シリーズには目打アリと無目打がありますが、今回は、無目打の切手を持ってきました。

 切手に取り上げられた『母犬図』の作者、李巌は、朝鮮王朝(李氏朝鮮)時代の燕山君5(1499)年生まれ。世宗(第4代朝鮮王)の第4子、臨瀛大君・李谷の曾孫で、字は静仲。朝鮮王朝宗室の出身として、正五品の杜城令の官職も与えられています。本貫は全羅北道全州で、これにちなんで、完山(全州の旧称で、現在は全州市南部の区名に残っています)と号しました。

 没年の記録はありませんが、『朝鮮王朝実録』の仁宗元(1545)年1月の条に、李巌が官命を受け、図画署の画員だった李上佐とともに、前年の1544年に崩御した中宗の肖像画の制作に参加したとの記録がありますので、少なくとも、1545年までは健在だったことが確認できます。

 日本では“完山静仲”の名で古くから知られており、狩野永納(1631-97)の『本朝画史』(1693年刊)では、李巌を室町時代の日本の画僧と誤解したうえで「完山、彩色狗子を善画す 宋の毛益に学ぶ 而して最も佳なり」と紹介しています。その後、幕末に朝岡興禎が著した『古画備考』では、『本朝画史』の誤りが修正され“朝鮮画人”と記載されました。

 李巌が範とした毛益は、中国・南宋の画家で、孝宗の乾道年間(1165-73)、画家として最高の位である画院待詔となりました。翎毛(小鳥や小動物)、花竹を得意とし、渲染(色のぼかし)の技法に優れ、鳥を描けば鳴き出して飛び立つばかりに真に迫っていたと伝えられています。李巌は毛益の画風を学び、犬の絵を得意としていました。

 現在、李巌の作であることが確実な絵は6点(うち2点は双幅のため、8幅)が伝えられており、その内訳は以下の通りです。

 ①双狗子図(日本・個人蔵)
 ②狗子図(日本・個人蔵、双幅)
 ③母犬図(韓国・国立中央博物館
 ④花鳥狗子図(韓国・湖巌美術館)
 ⑤花鳥猫犬図(北朝鮮・平壌美術館、双幅)
 ⑥花鳥双雁図(同上)

 このほか、作風から李巌の作品と考えられている無印の絵としては、以下の4点(5幅)がある。

 ①翎毛図(韓国・国立中央博物館)
 ②花鳥図(韓国・湖巌美術館)
 ③狗子図(日本・個人蔵)
 ④狗子図(米・フィラデルフィア美術館)

 今回ご紹介の切手に取り上げられた『母犬図』は、無邪気な雰囲気の犬を描いたもので、上述のように、ソウルの国立中央美術館の所蔵品。李巌の代表作として知られており、日本の俵屋宗達の犬図にも影響を与えたといわれています。

 ところで、李巌の『母犬図』に限らず、朝鮮の伝統絵画では、犬は木の下にいる姿で描かれるのが定番となっています。

 古来、朝鮮では、犬は悪鬼・妖怪などがもたらす禍を祓い、家庭の幸福を守る力があると信じられており、中国の吉林省集安県に残る高句麗時代の古墳、角抵塚の壁面には、墓を守るためと思しき犬が描かれています。

 さらに、犬の意味でも用いられる“戌”の字が、“守る”という意味の“戍”と形が似ていること、さらに、韓国語の発音では、“戍”“守”“樹”がいずれも“ス”となることから、「泥棒に入られないようよく守る」という意味で「戌戍守樹」の語が使われるようになり、そこから、木の下に犬を描く画題が好まれるようになりました。朝鮮王朝時代には、木の下にいる犬の絵は泥棒除けになるとの俗信も広く信じられていたそうです。
 

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 建国記念の日
2018-02-11 Sun 11:08
 きょう(11日)は、建国記念の日です。というわけで、例年どおり、建国神話にちなんでこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      観光地百撰・日本平24円

 これは、“観光地百選”切手の第2集として、1951年4月2日に発行された「日本平」の切手のうち、日本平からの富士を取り上げた24円切手です。

 日本平は静岡県清水市の南方約5km、標高308mの“有度山”を中心とした一帯の丘陵地です。

 記紀神話によると、景行天皇の命を受けた日本武尊は、比比羅木之八尋矛を賜り、吉備臣の祖先である御鋤友耳建日子を伴とし東征に向かいました。東征に先立ち、伊勢を訪ねた日本武尊に対して、倭比売命(日本武尊の叔母で、斎宮の祖とされる女性)は神剣と袋を与え、「危急の時にはこれを開けなさい」と言いました。

 はたして、相模の国で、国造に荒ぶる神がいると欺かれた日本武尊は野中で火攻めに遭いましたが、叔母から貰った袋を開けると火打石が入っていたので、剣で草を刈り掃い、迎え火を点けて炎を退けて脱出。生還した日本武尊は国造らを全て斬り殺し、死体に火をつけ焼き(これが焼津の地名の由来とされています)、賊を平定しました。なお、この時の故事にちなみ、神剣は草薙の剣と命名されています。

 勝利の後、日本武尊は有度山の山頂に登り四方を見まわしたとされ、これが“日本平”の地名の由来となったとされています。

 観光地百選はもともと、毎日新聞社の企画で、10部門の観光地のベスト10を全国からの投票によって決めようというもので、各部門の1位となった10点が切手として取り上げられました。このうち、日本平は“平原”の部の第1位として切手に取り上げられました。

 切手の元になった写真は、国立公園切手で収集家にもなじみの深い岡田紅葉が撮影したもので、印刷庁の山田輝郎が原図の版下を作成しました。郵政省から印刷庁への発注は2月6日でしたが、刷色に関して試刷が何回かやり直された結果、校了は3月12日までずれ込んでいます。

 切手発行日の4月2日には静岡県庁で贈呈式が行われ、郵政大臣の代理から静岡県知事、清水市長、清水商工会議所会頭、静岡市長、静岡商工会議所会頭、安倍郡有土山村長に、それぞれ、特別封包の切手一シートが贈呈されました。

 さて、以前から繰り返し書いていることですが、天孫降臨神武東征などの建国神話は、それがそのまま歴史的事実であるとは考えられません。ただし、そういうレベルでいえば、『聖書』の記述にも歴史的事実としては認めがたい部分が多々あるわけで、欧米のキリスト教世界で(信じるか信じないかは別の問題として)『聖書』の物語をたしなみとして国民に教えているのであれば、わが国でも民族の物語=神話としての建国神話を日本人の大半が常識として共有しているのが本来の姿だと僕は思います。

 したがって、僕に言わせれば、歴史の授業ではなく、国語の授業でこそ、小学生のうちから徹底的に記紀神話を教え込むべきだと思うのですが、そういうことを言うと、左巻きの人たちは「戦前の皇国史観が大日本帝国の侵略戦争を支える役割を果たした」などと主張して反対するんでしょうな。困ったものです。


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 平昌五輪開会式の“人面鳥”
2018-02-10 Sat 02:53
 平昌五輪の開会式が、きのう(9日)、行われましたが、選手が入場行進する前の、韓国の歴史と文化をアピールするアトラクションの一場面として登場した“人面鳥”のインパクトが強すぎるとして、ネット上では話題になっています。(下の画像。以下、画像はクリックで拡大されます)

      平昌五輪開会式・人面鳥

 報道各社に配られた開会式のガイドブックによると、「人の顔をした鳥は高句麗時代(紀元前1世紀~7世紀)の壁画に描かれており、韓国の神話に出てくる不死鳥の元になった」とのことですが、そうした“人面鳥”を取り上げた高句麗時代の壁画を取り上げた切手としては、こんなモノがあります。

      韓国・高句麗シリーズ(2006・壁画)  

 これは、2006年7月3日に韓国が発行した高句麗シリーズ第2集の切手のうち、将軍塚古墳の壁画「海神と月神」を取り上げた1枚で、人面鳥身の2神が描かれています。

 古代の朝鮮では、天と地を自由に往来する鳥は霊的な存在とみなされており、高句麗の建国神話には、以下のような物語が伝えられています。すなわち、中国の河伯(黄河の水神)の娘、柳花夫人は、太白山の南を流れる優渤水にいたところ、夫余王の金蛙に捕えられ、幽閉されていたところ、日光を浴びて懐妊し、大きな卵を産みます。金蛙王はその卵を犬や豚の傍に捨てさせましたが、犬も豚もこれを食べず、路上へ捨てても牛馬はこれを避けなかったため、野原へ捨てさせると、鳥が集まってきて卵を抱いて守りました。そこで、王は卵を柳花に返し、その卵から生まれた朱蒙は、後に高句麗を建国し、東明王(在位前37-前19)となります。

 こうしたこともあって、高句麗古墳の壁画には、神仙が鳳凰や鶴に乗って天を飛ぶ姿が描かれているほか、将軍塚を含む集安県(中国吉林省)の壁画には、今回ご紹介の切手に見られるように、人面鳥身の神獣が描かれました。この神獣にはさまざまなヴァリエーションがあり、今回ご紹介の切手に取り上げられた壁画のようにペアで描かれる場合には、不老長寿を意味する千秋・萬歳の対にして、中国の伝説の医者の扁鵲(の霊力)を表現するケースが見られます。これに対して、開会式のパフォーマンスのように、単独の場合には、“句芒”をイメージしたものであることが多いようです。

 句芒は、中国古代の五帝の一人、少昊の子で、三皇の一人に挙げられる伏羲を補佐して東方を治めたとされています。『山海経』によれば、その姿は、人頭鳥身で、二頭の龍に乗っているとされています。また、五行思想によれば、東は木と春に通じるので、句芒は木を治め、春を治める神ともされています。今回の開会式に登場した“人面鳥”も、おそらく、この句芒を意識したものではないかと思います。

 ところで、今回ご紹介の切手の高句麗シリーズは、盧武鉉政権下で、歴史認識をめぐる中韓対立が先鋭化する中で発行された1枚です。
 
 ことの発端は、1996年、中国社会科学院が中国東北部(満洲)に関する歴史研究を重点研究課題とする方針を決定し、翌1997年から“東北工程”と題する大規模な歴史研究プロジェクトを開始したことにありました。

 東北工程の一環として、中国側は高句麗前期の都城と古墳を世遺産に推薦するとともに、「高句麗は歴代中国王朝と隷属の関係にあり、中原王朝の管轄にあった地方政権」として、高句麗を中国史の一部として扱う傾向を強めます。

 じつは、2002年以前の中国では、北京大学の歴史科でも、高句麗を朝鮮史として扱っている蔣非非、王小甫らの『中韓関係史』がテキストとして使用されており、中国も高句麗史を“朝鮮史”として認識するという姿勢を示していました。ところが、東北工程を経て、2004年7月1日、蘇州で開催された世界遺産委員会において、高句麗前期の都城と古墳が世界遺産に登録されると、翌日の中国各紙が、高句麗について「漢、の時代に中国東部の地方政権だった」、「歴代の中国王朝と隷属関係を結んだ地方政権であり、政治や文化など各分野で(中国の)中央王朝の強い影響を受けた」と報じたばかりか、中国外務省のホームページでも韓国の地理、歴史に関する記述から高句麗という言葉も削除されていたことが判明。高句麗を、朝鮮半島北部で部族集団を統合した最初の国家としている韓国側はこれに強く反発します。

 2000年代に入り、中国側が高句麗を中国史の一部として扱うようになった背景について、当時の韓国内では、北朝鮮国家崩壊の可能性が現実味を帯びてきた中で、中国が統一後の国境問題など領土問題を強固なものにするための布石を打ち始めたものとの見方が一般的で、そうしたことも、韓国側の反発をより強める結果になりました。

 結局、中国はこの問題での譲歩を余儀なくされ、2004年8月、中韓両国政府は「歴史解釈の問題が政治争点化することを阻む」ことで合意したものの、韓国世論の反発はなかなかおさまらず、2006年9月のASEM首脳会議では、盧武鉉大統領が中国の温家宝首相に対して「学術研究機関次元だとしても両国関係に否定的な影響を及ぼすことがあり得る」との抗議しています。

 韓国の高句麗シリーズは、このように、高句麗の歴史的な帰属をめぐる中韓の対立が先鋭化する中で、2005年から盧武鉉政権末期の2007年まで3年に渡って発行されたもので、ナショナリズムを前面に打ち出したものでした。ちなみに、盧武鉉政権は北朝鮮に対してきわめて宥和的な姿勢を取っており、竹島問題などでの反日姿勢と並行して、高句麗問題でも“朝鮮民族”としてのナショナリズムを強調することで、“同胞”としての北朝鮮への韓国世論の反発を和らげようという意図があったものと考えられます。

 現在の文在寅政権はかつての盧武鉉政権以上に親北姿勢を鮮明にしており、今回の五輪も、統一旗を掲げての南北合同チームの入場をはじめ、北朝鮮芸術団の公演などを行うなど、“南北宥和”のプロパガンダとして活用しています。高句麗の壁画に登場する人面鳥を開会式のアトラクションに登場させたのも、その一環であることは疑いようがありません。

 ちなみに、一部の日本のメディアでは、人面鳥が「韓国の神話に出てくる不死鳥の元になった」というガイドブックの記述を基に、「韓国で不死鳥は『平和な時代にしか現れない』とされていることもあり、『平和の祭典』をうたう五輪の開会式に起用されたと思われる」と説明していましたが、その“平和の祭典”という大義名分が、文在寅政権による理不尽な対北宥和政策の口実になってきたという点も見逃してはなりますまい。
 

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 リオのカーニヴァル
2018-02-09 Fri 10:18
 ことし(2018年)のリオデジャネイロ(以下、リオ)のカーニヴァルのメインパレードが、きょう(9日・現地時間)から14日まで行われます。というわけで、例年同様、カーニヴァル関連の切手の中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・カーニヴァル(2011)

 これは、2011年10月29日にブラジルがベルギーと共同発行した“ユーロパリア”の記念切手で、ブラジルの象徴として、リオのカーニヴァルが取り上げられています。

 切手の題材となったユーロパリアは、ベルギー王室の支援を受けて1969年から隔年開催されてきた文化祭典で、毎回、テーマ国を選んで、その国の美術、演劇、舞踊、文学、映画などを紹介しています。2011年はそのテーマ国にブラジルが選ばれたことから、今回ご紹介の切手が発行されたというわけです。

 西方キリスト教会では、四旬節(復活祭の46日=日曜日を除く40日前)から復活祭(イースター)前日までの期間は、イエス・キリストの受難を思って肉や卵などの食事制限を行うことから、その直前に肉に別れを告げる祭りが行われます。これが“謝肉祭”で、いわゆるカーニヴァルというカタカナの言葉は“carne vale(肉よさらば)”という表現に由来するものです。

 この断食の前の祝祭に、キリスト教伝来以前からのゲルマン人の春の到来を祝う祭りが融合し、街中を練り歩いたり、どんちゃん騒ぎをしたりする習慣になったと考えられています。

 この種の行事は、ポルトガル人入植者によってリオにももたらされましたが、リオのカーニヴァルの起源をどこに求めるかについては諸説があります。

 たとえば、1565年のリオデジャネイロ市の建設を記念して、1567年に人々が街を練り歩いたという記録が残されており、カーニヴァルの中心をパレードに求めるのなら、これが最古の例ともいえます。また、17世紀以降、遅くとも1723年までに、アゾレス諸島、マデイラ諸島、カーボ・ヴェルデからのポルトガル人移民が春祭りの“エントルード”を持ち込んだことをもって、リオのカーニヴァルの起源とされることも多いようです。

 エントルードというのはポルトガルの春祭りのことで、人々は仮面をつけ、通りで水や泥、柑橘類を投げ合うもので、じっさい、19世紀前半までのブラジルの街頭でのカーニヴァルは、“灰色の水曜日(カーニヴェル後の水曜日、すなわち、この日から四旬節が始まる日)”までの3日間、かつらや仮面をつけて、液体を掛け合ったり、小麦粉やタピオカ粉を投げつけあったりするのが、庶民の間では一般的なスタイルでした。

 一方、春祭りの時期のパレードとしては、1786年、前年(1785年)のポルトガル王ドン・ジョアン6世の結婚を祝って山車が作られたほか、1808年にポルトガル王家がナポレオン戦争の戦禍を逃れてブラジルに遷移してきた際に、ブラジル在住のポルトガル人たちが仮面をかぶり、派手な衣装をつけ音楽を鳴らして町中を練り歩き歓迎したことが、記録に残されています。

 こうした経緯を経て、1840年代になると、地元新聞社が主導して、かつてのローマやヴェネツィアに倣って、街の中で仮装をつけ、コンフェッテ(紙吹雪)をかけあう“カーニバル・パレード”の復活キャンペーンが始まりましたが、この時点では、カーニヴァルの音楽はゆっくりとしたマーチの“マルシャ”が主流です。ちなみに、音楽としてのサンバは、公式には、1916年12月16日に楽曲として登録された「電話で(Pelo Telephone)」(ギタリストのドゥンガとジャーナリストのマウロ・ヂ・アルメイダの作品)が最初の1曲とされています。「電話で」は、翌1917年の大ヒット曲となり、当時の舞踏音楽の最高の名誉として、翌1918年のカーニヴァルのテーマ曲の一つとなりますが、これが、サンバとカーニヴァルの最初の接点となりました。

 ところで、20世紀初頭、サンバとカーニヴァルが結び付く以前のリオでは、カーニヴァルの音楽はマルシャが中心で、パレードには公式には中流以上の白人しか参加が認められておらず、黒人や貧しい地域の人々は、自分たちで独自のグループを作り、カーニヴァルに勝手に参加していました。

 この小さなグループは“ブロコ”と呼ばれていますが、そうしたブロコが合併して規模を拡大していき、1928年以降、“エスコーラ・ヂ・サンバ”と呼ばれる巨大組織が生まれていくことになります。

 エスコーラというのは、本来、“学校”の意味ですが、この場合は、1928年にイズマエル・シルヴァらが組織した最初の団体の近くに学校があったため、冗談で“エスコーラ・ジ・サンバ・デイシャ・ファラール(Escola de Samba Deixa Falar=「言わせておけ」サンバ学校)”と名乗ったことに由来するもので、サンバの技能訓練施設という意味ではありません。

 さらに、1930年からは、カーニヴァルのパレードにコンテスト制度が導入され、5つのエスコーラが参加。これが好評だったため、1932年からはリオの大手スポーツ紙「ムンド・スポルチーヴォ」が、翌1933年からは大手紙の「ウ・グローボ」が、それぞれコンテストのスポンサーとなったことで、メディアを通じて、“リオのカーニヴァル”の注目度もあがり、優れた演出、楽曲が次々に誕生。世界的なビッグ・イヴェントへと成長していく端緒となりました。

  なお、リオとカーニヴァル、サンバの関係については、拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』でもご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” ★★

 2月8日(木)に放送の「切手でひも解く世界の歴史」第15回は無事に終了しました。お聞きいただいた皆様、ありがとうございました。次回の放送は、2月22日(木)16:05~の予定です。引き続き、よろしくお願いいたします。
 
 なお、2月8日放送分につきましては、2月15日(木)19:00まで、こちらの“聴き逃し”サービスでお聴きいただけますので、ぜひご利用ください。


★★★ 世界切手展< THAILAND 2018>作品募集中! ★★★

 本年(2018年)11月28日から12月3日まで、タイ・バンコクのサイアム・パラゴンで世界切手展<THAILAND 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不肖・内藤がお引き受けすることになりました。

 現在、出品作品を3月12日(必着)で募集しておりますので、ご興味がおありの方は、ぜひ、こちらをご覧ください。ふるってのご応募を、お待ちしております。


★★ 内藤陽介の最新刊 『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』 ★★

      パレスチナ現代史・表紙 本体2500円+税

 【出版元より】
 中東100 年の混迷を読み解く! 
 世界遺産、エルサレムの“岩のドーム”に関連した郵便資料分析という独自の視点から、複雑な情勢をわかりやすく解説。郵便学者による待望の通史!

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

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 切手でひも解く世界の歴史(15)
2018-02-08 Thu 03:36
  本日(8日)16:05から、NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第15回が放送される予定です。(番組の詳細はこちらをご覧ください)。今回は、明日(9日)が平昌五輪の開会式ということで、この切手もご紹介しながら、、平昌のある江原道にちなみ、金剛山の切手についてお話する予定です。(画像はクリックで拡大されます)

      北朝鮮・金剛山(1950頃)

 これは、1950年頃に北朝鮮が発行した金剛山50チョン切手の田型です。

 北朝鮮最初の切手は、1946年3月12日に発行されたムクゲの20チョン切手と金剛山の50チョン切手ですが、このうちの50チョン切手にはさまざまなバラエティがあり、刷色違いだけでも黄緑・赤・紫の3種に大別(さらに細かいシェード違いもありますが)されます。このうち、紫色で無目打のものは、1950年頃に出現したと考えられています。 

 金剛山は、中朝国境の白頭山(中国側の呼称は長白山)とともに朝鮮を代表する名山とされており、その大半は、現在の行政区域でいうと、軍事境界線(北緯38度線)近くの北朝鮮の江原道の東海岸に位置しています。ちなみに、江原道は、もともと、朝鮮王朝(李氏朝鮮)の時代の行政区画として朝鮮半島中東部に設置された“朝鮮八道”の一つでしたが、第二次大戦後、その範囲は南北に分割されました。ただし、江原道の名前の由来になった江陵と原州は、いずれも、韓国領内にあります。

 金剛山一帯は、最高峰の昆盧峰(1639メートル)をはじめ、1万2000もの峰からなるダイナミックな渓谷地帯で、その範囲は東西40キロ、南北60キロにも及んでおり、その範囲を一番広くとった場合には、南端の一部が韓国領内にまたがることになります。また、毘盧峰がある中央連峰の西側が内金剛、東側が外金剛、東端の海岸部が海金剛と呼ばれています。

 花崗岩が長い年月をかけて風化・浸食された奇岩の数々は、古来より多くの伝説の舞台となるなど、朝鮮民族にとっては単なる景勝地にとどまらず、民族の象徴ともいうべき存在となってきました。旧朝鮮王朝時代は交通の便が悪く、訪れる人も少なかったのですが、日本統治時代に金剛山電気鉄道ならびに朝鮮総督府鉄道・東海北部線が開通し、一大観光地となりました。

 さて、金剛山は、日本統治時代の1939年、当時の7銭切手の図案に“日本有数の名山”として取り上げられています。この7銭切手は濃い青緑色の精巧な凹版印刷で製造されており、戦前日本の国力のピークを示すものでした。

 その後、いわゆる太平洋戦争の時代を通じて日本切手の品質も大いに劣化していますが、終戦前後、最も品質が劣化したとされる普通切手でさえも、今回ご紹介した北朝鮮の切手に比べればかなりましな出来ばえです。

 終戦直後、旧満州に進駐したソ連軍が日本人の資産を大量に接収していったことは広く知られていますが、それと同様に、北朝鮮の場合も、旧満州ほどではなかったにせよ、機械や施設、食料などがソ連軍によって大量に奪取されていきました。この結果、ソ連による北朝鮮の“解放”は、北朝鮮経済、特に一般民需に大きな打撃を与えることになりました。北朝鮮の粗悪な金剛山切手には、そうした当時の状況が反映されているわけです。

 ちなみに、金剛山の萬物相は1949年には発足後まもない韓国の20ウォン切手にも取り上げられています。北朝鮮領内にある金剛山を、韓国があえて通常切手の図案として取り上げたのは、自分たちこそが朝鮮半島を代表する唯一の正統政府であることを、切手を通じて内外に示すためです。ただし、韓国の切手は、日本時代の切手には及ばないものの、北朝鮮の切手に比べると印刷物としては上質です。

 現在でも、しばしば、1960年代までは韓国よりも北朝鮮の方が豊かだったとの記述が歴史の本などでは見かけられます。たしかに、北朝鮮の発表した公式の統計データがすべて正しいとすれば、国家全体のGDPレベルにおいては北朝鮮が韓国を凌駕していたということになるのかもしれません。しかし、GDPがどれほど大きかろうと、富の再分配が適正に行われなければ、国民の日常生活は決して豊かにはならないのです。

 一般国民が日常生活で使用する切手(や郵便物に使われす紙類)の品質は、時として、そうした公式の統計数字には表れない国民生活の実態をあぶり出す資料として、重要な意味を持っていると言えましょう。

 なお、このあたりの事情については、拙著『朝鮮戦争』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。


★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” 次回は8日!★★

 2月8日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第15回が放送予定です。今回は、平昌五輪の開幕前日ということで、平昌のある江原道にちなみ、金剛山の切手についてお話する予定です。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。


★★★ 世界切手展< THAILAND 2018>作品募集中! ★★★

 本年(2018年)11月28日から12月3日まで、タイ・バンコクのサイアム・パラゴンで世界切手展<THAILAND 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不肖・内藤がお引き受けすることになりました。

 現在、出品作品を3月12日(必着)で募集しておりますので、ご興味がおありの方は、ぜひ、こちらをご覧ください。ふるってのご応募を、待ちしております。


★★ 内藤陽介の最新刊 『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』 ★★

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 世界切手展< THAILAND 2018>のご案内
2018-02-07 Wed 11:34
      タイ・ラーマ10世誕生日(2017)

 本年(2018年)11月28日から12月3日まで、新国王陛下御即位の祝賀行事の一環として、タイ・バンコクのサイアム・パラゴン(2013年の世界切手展<Thailand 2013>と同じ会場)でFIP(国際郵趣連盟)認定の世界切手展<THAILAND 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不肖・内藤がお引き受けすることになりましたので、本ブログにて、同展の特別規則のうち、出品に関する事項を抜粋し、その概要をお知らせいたします。

 規則の正式な文言などは、必ず、同展ウェブサイトに掲載の特別規則の原文でご確認ください。出品に必要な書類の用紙も同サイトからダウンロード可能です。なお、印刷・製本された状態のブルテン等は現時点では制作されていません。

 なお、今後の同展に関する連絡は、原則として全て電子メールにて行います。電子メールをお使いになれない方で関係書類をご希望の方は、データをプリントアウトしてお送りいたしますので、実費として500円(送料込・切手代用不可)をコミッショナー宛、ご送金ください。

1.開催時期 
 2018年11月28日-12月3日(6日間)

2.会場
 サイアム・パラゴン5階 ロイヤル・パラゴンホール1-3

3.出品申込と結果の通知
 出品申込に際しては、所定の書式(主催者ウェブサイトでダウンロードできます)に必要事項を記載の上、作品の内容を説明するページ(タイトルないしはプランのリーフ。英文)のコピーを添えてコミッショナー宛にお送りください。郵送だけではなく、電子メールでのご送付も受け付けます。なお、連絡先は文末に記載しております。
 現地組織委員会への提出期限が2018年3月15日ですので、国内の受付〆切は3月12日(コミッショナー必着)とします。(なるべく、3月以降に到着するようにお送りいただけると助かります)ご出品の可否は、2018年5月30日までにコミッショナーに告知されることになっています

3.出品クラス
 競争出品
― Class 1:FIPチャンピオン・クラス (2008-2017年の10年間にFIP展において3回以上LG受賞の作品)
― Class 2:国別伝統  A)タイ B) タイを除くアジア、オセアニア、アフリカ C)ヨーロッパ、D)南北アメリカ
― Class 3:郵便史 A)タイ B) タイを除くアジア、オセアニア、アフリカ C)ヨーロッパ、D)南北アメリカ
― Class 4:ステーショナリー
― Class 5:航空郵趣
― Class 6:宇宙郵趣
― Class 7:テーマティク A)自然 B)文化 C)科学技術
 *出品申込書には作品がA-Cのどのサブクラスに該当するかを記入してください。
― Class 8:マキシマフィリー
― Class 9:収入印紙
― Class 10:ユース A)2018年1月1日時点で10歳から15歳 B)同16歳から18歳 C)同19歳から21歳
― Class 11:文献 A)2013年1月1日以降に出版された書籍 B)2016年1月1日以降発行の雑誌 C)2016年1月1日以降に出版されたカタログ
 *文献の出品には、通常の出品申込書に加え、文献専用の申込書(主催者ウェブサイトでダウンロードできます)も提出してください
― Class 12ワン・フレーム(1フレーム出品)
  出品申込書には、以下のA-Hのどのサブクラスに該当するか、ご記入ください。
  A)国別伝統 B)郵便史 C)ポスタル・ステーショナリー D)航空郵趣 E)宇宙郵趣 F)テーマティク G)マキシマフィリー H)印紙
 *ワン・フレーム出品には賞状のみでメダルは授与されません。また、過去に国際切手展で受賞したマルチ・フレームの作品からの抜粋展示は認められません。
― Class 13 現代郵趣
 現代郵趣の最高水準の作品を展示して、この分野の収集を促進するとともに、郵政当局に対して1980年以降(1980年から現在まで)に発行されたマテリアルを収集・研究しているフィラテリストが相当数存在していることを示すためのクラスで、(A)国別伝統、(B)郵便史、(C)ステーショナリーの各分野での出品が可能です。
 出品作品には、審査の結果、しかるべきランクの授賞メダルが授与され、そのデータはFIAPの公式記録にも掲載されます。なお、採点の結果、60点以下の場合はメダルではなく参加証が授与されます。
 出品作品への割当フレーム数は5フレームで、他部門への出品と重複しての出品も可能です。
― Class 14 オープン

 *以前の出品作品のタイトルを変更して出品する場合は、必ず、以前のタイトルを出品申込書に記載してください。

4.リーフのサイズとフレームの割当数
 ・ フレームの大きさは97cm×120cmとなる予定です。1フレーム16リーフ構成の場合、1リーフの大きさは23cm×29cm以内としてください。
 ・ 黒色ないしは濃色のリーフは受け付けません。
 ・ 鑑定書が必要なマテリアルについては、リーフの右下に©と表示したうえで、鑑定書の実物を保護ラップに入れてリーフの裏側に添付してください。
 ・ フレームの割当数
 8フレーム :チャンピオン・クラスならびに一般競争出品のうち、過去にFIP展/FIAP展で大金銀賞以上を受賞した作品
 5フレーム :初出品もしくは過去のFIP展/FIAP展で金銀賞以下を受賞した作品
 ユース部門 :1-3フレーム (10.A)/2-4フレーム (10.B)/3-5フレーム (10.C)
 ワン・フレーム:1フレーム
 現代郵趣:5フレーム

5.出品料
 ・ ユース、文献、1フレームを除く各部門の出品料は1フレーム80米ドル
 ・ ユースの出品料は無料
 ・ 文献の出品料は1件につき90米ドル
 ・ 1フレーム部門の出品料は1件につき100米ドル

6.作品の搬入と返却
 ・作品搬入はコミッショナーが行うことになっております。したがって、コミッショナーと同行の上、ご本人が作品を搬入される場合を除き、コミッショナーが作品をお預かりすることになりますが、その場合は、全日本郵趣連合の規定によるコミッショナーによる運搬費用(1フレームにつき4000円)をご負担いただくほか、別途、指定の条件をご承諾いただくことが前提となります。そのほか、なお、コミッショナーとの作品の受け渡しに関する詳細等については、内藤までお問い合わせください。
 ・ 文献出品は2018年10月31 日必着で、各タイトルにつき2部ずつ、後述の組織委員会宛に送付してください。
 ・ 〆切を過ぎて到着した作品は審査の対象外となります。作品未着の場合、出品料は返金されません。
 ・ 出品物は取り外し可能な保護カバーをつけ、各リーフの表面左下に展示順の番号を記してください。また、出品物は組織委員会の支給する指定の封筒に入れて搬入してください。

7.関係連絡先
・組織委員会 The Organizing Committee of THAILAND 2018
 PAT 2nd Floor Operation Building, Samsen Nai Post Office
 1553 Phahholyothin Road, Phayathai,
 Bangkok 10400, THAILAND
 Tel: 662 278 1034
 Fax: 662 278 1034
・日本コミッショナー 
 内藤陽介(ないとう・ようすけ)
 ご連絡は本ブログ右側、プロフィール下のメールフォームをご利用ください。

 ちなみに、本日の記事の冒頭に掲げた切手は、昨年の国王陛下のお誕生日に際して発行された記念切手です。今回の切手展が、国王陛下の御即位祝賀行事の一環として行われるということなので、御即位後の陛下の肖像切手をご紹介しました。

 1人でも多くの皆様のお申込み・お問い合わせを心よりお待ちしております。
 

★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” 次回は8日!★★

 2月8日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第15回が放送予定です。今回は、平昌五輪の開幕前日ということで、平昌のある江原道にちなみ、金剛山の切手についてお話する予定です。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。


★★ 内藤陽介の最新刊 『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』 ★★

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 【出版元より】
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 世界遺産、エルサレムの“岩のドーム”に関連した郵便資料分析という独自の視点から、複雑な情勢をわかりやすく解説。郵便学者による待望の通史!

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 モルディヴで非常事態宣言
2018-02-06 Tue 11:36
 インド洋の島国、モルディヴのアブドゥラ・ヤミーン大統領は、きのう(5日)夜、国内情勢の混乱を理由に、15日間の非常事態を宣言しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      モルディヴ・人民議会50年

 これは、1981年にモルディヴが発行した国民議会50周年の記念切手で、議会開設時のスルターン、ムハンマド・シャムスディーン3世の肖像が取り上げられています。

 ムハンマド・シャムスディーン3世は、1879年10月20日、英保護国時代のスルターン、イブラヒーム・ヌーラディーンの子として生まれました。1893年、14歳の時に、父親が崩御すると、後継スルターン位をめぐる宮廷の内紛が発生し、その中で一時的にスルターンとして即位したものの、ごく短期間で譲位を余儀なくされています。1902年、無血クーデターでスルターンのムハンマド・イマードディーンが退位すると、政権に復帰します。

 スルターンとしてのムハンマド・シャムスディーン3世は、開明的な君主として、近代化政策を展開し、1909年には彼の治世下でモルディヴ最初の切手も発行されました。

 また、近代化政策の最大の目玉として、1931年3月9日、制憲議会を招集(今回ご紹介の切手は、ここから起算して50周年になるのを記念して発行されました)し、翌1932年12月22日、最初の憲法を制定しました。しかし、こうした“欧化政策”は保守派の反発を買い、1934年のクーデターで身柄を拘束され、退位を強制されました。

 1965年、モルディヴはスルターンを元首とする君主国(モルディブ・スルターン国)として独立しますが、これに伴い、新憲法が制定され、これに伴い、現在の制度に直接つながる国民議会が設置されました。

 当時の国民議会は定数50人で、選挙で選ばれる42人(その内訳は首都マレと20の環礁で21選挙区を構成し、1選挙区から2人選出)と大統領が任命する8人の議員で構成されていました。また、国民議会の権限としては、① 憲法の改正、②イスラムの教義に矛盾しないあらゆる法律案の採択、または法律の改正・廃止、③行政権の監督、応答責任を有する行政権の保証、④年度予算・補正予算の承認、⑤法律に従った独立機関に関する決定、⑥公的重要性をもつ案件に関する国民投票の実施、などが挙げられており、イスラムの教義に矛盾する法律を可決してはならないとされています。

 2008年の憲法改正に伴う現行制度では、大統領による任命枠が廃止されるとともに、定数が77に拡大され、全議員を直接選挙で選出する単純小選挙区制が導入されました。

 さて、モルディヴでは、議会選挙とは別に、大統領も国民の直接選挙によって選ばれることから、両選挙の結果はリンクせず、大統領と議会内多数派との不一致が起こりやすくなっています。

 じっさい、2008年の大統領選では、モルディブ民主党のモハメド・ナシードが決選投票で勝利したものの、1回目の投票では現職のマウムーン・アブドル・ガユームに大差を付けられての2位だったこともあり、ナシードとモルディヴ民主党が単独で議会内の主導権を握ることは当初から困難な状況にありました。さらに、翌2009年の国民議会選挙では、ガユームの影響力が強い野党のモルディブ人民党が第1党となり、モルディヴ民主党は第2党となったことから、大統領と議会の“ねじれ”が深刻となり、正常は不安定化。2012年初、ナシード政権は退陣に追い込まれました。

 その後、2013年の大統領選挙で、ガユームの異母弟でモルディブ進歩党のアブドゥラ・ヤミーンが当選。ヤミーン政権は、発足当初からナシードら野党有力者を相次いで逮捕するなど、強権的な手法で反対派を抑え込んできました。また、そうした強権姿勢に対する国民の不満を抑え込むため、経済的利益を確保するとして中国への傾斜を急速に強め、2015年には、それまで土地の賃借しか認められていなかった外国人に土地所有を認める憲法修正案を可決しました。外国人の土地所有に関しては、投資額は事業計画1件につき最低10億ドルで、土地の70%は、その投資により埋め立てた場所でなければならないという条件がつけられており、モルディヴにこれだけ大規模な投資を行う国は(少なくとも現状では)中国以外には考えられないことから、このときの憲法修正は、モルディヴを中国の植民地とするものとして、国内でも強い反発を招きました。

 こうした背景の下、モルディブ最高裁は今月1日、ヤミーン政権が摘発した政治犯9人について「政治的動機に基づく逮捕だ」などとして釈放を命じたほか、政界を追放された国会議員12人の復権も合わせて求めましたが、12人の野党議員が復帰すれば与党が過半数を割り込む可能性もあることから、政府は「国家の安全と公益を侵害するものだ」などとして、判決に応じていません。

 当然のことながら、野党は政府批判を強めており、大統領の辞任を要求し、首都マレなどで、抗議活動を展開しています。また、国連や米国も最高裁判決の尊重を求めているものの、ヤミーン政権はこれに応じる様子はなく、今回の非常事態宣言になったというわけです。


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 2月8日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第15回が放送予定です。今回は、平昌五輪の開幕前日ということで、平昌のある江原道にちなみ、金剛山の切手についてお話する予定です。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。


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 名護市長に渡具知武豊氏
2018-02-05 Mon 11:07
 きのう(4日)、投開票が行われた沖縄県の名護市長選は、新人で元市議の渡具知武豊氏(自民、公明、維新推薦)が、現職の稲嶺進氏(民進、共産、自由、社民推薦、立憲支持)を破って初当選しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      第8回九州各県対抗陸上大会(名護灣)

 これは、1960年11月6日、米施政権下の沖縄で発行された“第8回九州各県対抗陸上大会”の記念切手のうち、名護湾と聖火を描く3セント切手です。

 今回ご紹介の切手の題材となった陸上大会は、1960年11月6-7日の両日、1958年に完成したばかりの名護町(当時)営陸上競技場で行われました。ちなみに、現在の名護市は、復帰直前の1970年8月、名護町・羽地村・久志村・屋部村・屋我地村の5町村が合併して誕生したもので、切手発行の時点では、米軍普天間飛行場の移転が予定されている大浦湾に面した辺野古(沖縄本島東岸)は久志村に属していました。切手に描かれた名護湾は、大浦湾とは反対側、沖縄本島の西岸にありますが、市役所をはじめ名護市の中心はこちらになります。

 今回の名護市長選では、米軍基地の移設問題が最大の争点とされていましたが、選挙戦で渡具知氏は「基地問題にこだわり過ぎ、経済を停滞させた」と稲嶺市政を批判し、学校給食費の無償化や観光振興などを中心に訴えて、当選を果たしました。これに対して、稲嶺氏は「残念ながら、辺野古移設の問題がなかなか争点となりえなかった」と話したそうですが、そもそも、そうした姿勢が「基地問題にこだわり過ぎ」として名護市民の支持を失った現実を理解しない、ないしは、認めようとしない時点で、負けるべくして負けたと言ってよいでしょう。

 ところで、今回ご紹介の切手の題材となった陸上大会は、米施政権下の沖縄において、公式の場で初めて日章旗が掲揚されたイベントとしても知られています。

 すなわち、1945年、米軍に占領され、日本の施政権下から切り離された沖縄では、当初、日章旗の掲揚が全権的に禁止されていました。

 しかし、1950年に朝鮮戦争が勃発し、1952年には対日講和条約が発効したことを受けて、米国は沖縄において分割統治のプロパガンダを展開して日本本土との離間を図るよりも、米国=沖縄=日本は一つのラインとして緊密に結びついていることを強調する方向に政策を転換。それに伴い、1952年には「個人の家屋や政治的な意味をもたない私的な会合における日本国旗の掲揚」が許されました。

 しかし、その後も公の場での日章旗掲揚は禁じられていたため、1958年5月に東京で開催された第3回アジア競技大会の際には、フィリピンで採火された聖火が沖縄でもリレーされたものの、聖火が通過する沿道は“公共の場”として日章旗の掲揚紙読められませんでした。

 このため、1960年7月、池田勇人内閣の外務大臣に就任した小坂善太郎は、沖縄の学校において日章旗の自由な掲揚を許可するよう米国側に働きかけましたが、琉球列島高等弁務官のドナルド・ブースは、「我々は琉球を、日本とのパートナーシップや信頼において統治しているのではない」「どのような国旗も、絶対の政治的シンボルとして、すべての人々に強い国民的感情を正当なものとして呼び起こさせる」などの理由から、小坂の要請を却下。ただし、11月に名護で開催される陸上大会に関しては、日本選手も多数参加することから、あくまでも“例外”としてして日章旗の掲揚が認められます。この実績を踏まえ、翌1961年、“住民の祝祭日”制度が導入されたのを機に、ようやく、法定の祝祭日に限って公共建物にも日章旗の掲揚が認められるようになりました。

 * 昨晩、アクセスカウンターが188万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。  
 

★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” 次回は8日!★★

 2月8日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第15回が放送予定です。今回は、平昌五輪の開幕前日ということで、平昌のある江原道にちなみ、金剛山の切手についてお話する予定です。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。


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 スリランカ独立記念日
2018-02-04 Sun 16:18
 きょう(4日)はスリランカの独立記念日です。ことしは、1948年の独立から70周年の節目の年でもありますので、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      セイロン・スリランカ混貼

 これは、1974年2月22日、スリランカ南東部のヒングラーナから米国宛のカバーで、スリランカ表示の切手とセイロン表示の切手が混貼となっています。

 スリランカの旧称であり、同国の主要部分を占める島の名前でもある“セイロン”は、紀元前5世紀、古代スリランカ最初の王とされるウィジャヤが獅子(シンハ)と人間との間に生まれた子であるとの伝説から、その子孫をシンハラ(獅子の子孫)、彼が収めた島の名をシンハ・ディーパ(獅子の島)と呼んだことに由来するとされています。

 その後、この地を訪れたムスリム商人はシンハ・ディーパをセレンディープを訛り、さらに、16世紀に来島したポルトガル人がセイラーン、英国人がセイロンと呼ぶようになりました。

 1825年に始まる英領時代、セイロンの人口構成は、約74%がシンハラ人(主として仏教徒)、約13%が英領時代以前からのスリランカ・タミル人(主としてヒンドゥー教徒)、約5%が英領時代に来島したインド・タミル人(同)という構成で、植民地当局は、分割統治の一環として、少数派のタミル人を優遇していました。

 これに対して、シンハラ人の間には、アナガーリカ・ダルマパーラによる仏教改革運動を契機に、印欧語であるシンハラ語に誇りを持ち、仏教を復興することで、民族の独立を回復しようとするシンハラ仏教ナショナリズムが広がり、タミル人との溝が深まります。

 独立に先立ち、タミル人は、独立後も一定の権利が擁護されるよう求めたものの、これは認められず、1947年の議会選挙の際には純然たる1人1票制が採用され、シンハラ人が多数派を獲得。独立後の1948年にはセイロン市民権法によりインド・タミル人は公民権を、翌1949年の“国会選挙法”により選挙権を剥奪されてしまいます。

 独立後の経済的低迷が続く中で、1956年に発足したスリランカ自由党のソロモン・バンダラナイケ政権は国民の不満をそらすべく“シンハラ・オンリー政策”を掲げ、シンハラ語を公用語とし、仏教を国教にしようとしました。しかし、タミル人の反発は強く、各地で暴動が発生。妥協を迫られたバンダラナイケは地方行政にタミル語の使用を認める法案を成立させましたが、1959年、政権の“弱腰”を批判する仏教僧により暗殺されてしまいます。

 その後、1960年の選挙ではバンダラナイケ未亡人のシリマヴォを擁したスリランカ自由党が勝利し、彼女が首相に就任。シリマヴォは夫の遺志を継承するとして、キリスト教系の学校や米英系の企業を国有化したため、両国からの資金援助は打ち切られ、スリランカ経済は低迷。このため、スリランカ自由党は1965年の選挙で敗北し、いったん下野しましたが、1970年の総選挙で政権に返り咲きます。

 シンハラ優遇措置に対するタミル人の反発や、毛沢東主義を掲げる極左組織のスリランカ人民解放戦線の武装蜂起(1971年)などの混乱が続く中、1972年、シリマヴォ政権は新憲法を制定して国名を“セイロン”から、セイロン島の古名である“ランカ(島)”にシンハラ語で“高貴な”を意味する接頭辞の“スリ”をつけた”スリランカ”に改称するとともに、仏教に特別な位置を与え、国は仏教を保護する義務があることを憲法に明記しました。

 これを不満とするタミル人の一部は、インドのタミル・ナドゥ州及びスリランカのタミル人居住区から成る統一タミル人国家の創設を主張し、1976年以降、武装闘争を展開。スリランカは2009年まで続く内戦の時代に突入することになります。


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 チェコの赤鬼
2018-02-03 Sat 11:31
 きょう(3日)は節分です。というわけで、例年どおり、鬼に関連する切手の中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      チェコ・赤鬼

 これは、1981年7月2日にチェコスロヴァキアが発行したアマテュア人形劇団フェスティバルの記念切手で、左側に赤鬼の姿をした悪魔のあやつり人形が描かれています。ちなみに、チェコでは、毎年12月6日の“聖ミクラーシュの日(聖ニコラスの日に相当)”前日の5日、悪魔(に扮した人)が子供たちの家を周り、“よい子”にしていたかどうかを尋ね、「はい」と返事をして歌を歌えた子にはキャンディーなどのお菓子を配り、「いいえ」と答えた子どもには、ジャガイモや石炭が与えられるという風習があります。

 第一次大戦以前、チェコとスロヴァキアの地はハプスブルク帝国の支配下に置かれていましたが、ハプスブルク帝国は公の場でのチェコ語の使用を禁じていました。ただし、例外として、庶民の娯楽である人形劇だけはチェコ語での上演が認められていたため、チェコ人にとっての人形劇は、単なる娯楽ではなく、母国語を絶やさぬための“文化の命綱”として、また、公には許されぬ体制批判の手段として、重要な意味を持っていました。

 チェコの人形劇は、19世紀前半には名手コペツキーが出現し、1930年以降、スクパ率いるプロの人形劇団の活動により芸術として完成。現在、プラハだけでも数十軒の人形劇場があるなど、伝統文化として定着しています。

 さて、ことし(2018年)は1918年のチェコスロヴァキア独立ならびにミュシャがデザインしたプラハ城切手発行から100周年、1993年のチェコ・スロヴァキア分離から25周年にあたっており、8月にはプラハで世界切手展も予定されています。これにあわせて、7月20-22日に東京・錦糸町のすみだ産業会館で開催予定の全日本切手展2018でも、プラハ城切手の特別展示を行う予定です。同展の詳細につきましては、今後、このブログでもご案内していきますので、よろしくお願いします。


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 7ケタ郵便番号20年
2018-02-02 Fri 10:37
 1998年2月2日に郵便番号が7ケタになってから、今日でちょうど20年です。というわけで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      年賀はがき(平成10年用)

 これは、平成10(1998)年用の年賀はがきです。宛名の郵便番号欄は5ケタですが、差出人の郵便番号欄は、同年2月から導入される7ケタの番号を記載するようになっています。

 1968年に導入されたわが国の郵便番号制度では、東京を起点(1)として、当時の輸送手段の主力であった鉄道路線に沿って、東京-門司線方面の都府県には上1ケタに1、2、4、5、6、7、8を、東京-青森線方面の都道県には上1ケタに1、3、9、0を割り当てたうえで、全国を97に分けた地域番号が割り振られました。上から3ケタ目の数字は、比較的大きな規模の集配局の配達担当区域を示すもので、必要に応じて、直接配達を行う小規模の集配局の担当区域に対して2桁の小番号が与えられるという仕組みになっていました。

 その後、住所の数字や宛名まで読み取り可能な機械が導入されたことにあわせて、町域(町名から“X丁目”等を除いた部分)や大型ビルの階層までも個別の郵便番号で指定できるようになったことから、番号が細分化されて7ケタになりました。新番号は、原則として、旧番号が5ケタの場合は新番号の上5ケタはそれを、旧番号が3桁の場合は新番号の上3桁はそれを踏襲したうえで、下2ケタに新たな番号を割り当てています。なお、3ケタから7ケタへの変更の場合、上から4ケタ目と5ケタ目は原則として00とするものの、必要に応じて、80~84、88、08~09、11の中から、既存5ケタ番号で使われていないものから選ぶものとされました。

 また、郵便番号5ケタ時代にも、特に郵便物の配送が多い事業者には地域番号とは別に、その事業者独自の番号(その番号を書けば住所は不要となります)が与えられていましたが、郵便番号の7ケタ化により、その数は約500から約2000にまで急増しています。


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 テト攻勢50周年で式典
2018-02-01 Thu 17:49
 ヴェトナム戦争中の1968年1月末に行われたテト攻勢から50周年ということで、昨日(31日)、ヴェトナム・ホーチミン(旧サイゴン)市で記念式典が行われました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      北ヴェトナム・テト攻勢での勝利

 これは、1969年7月に北ヴェトナム(ヴェトナム民主共和国)が発行した“テト攻勢の勝利”を宣伝する切手です。

 “テト”は漢字では“節”と書き、旧正月を意味するヴェトナム語の“節元旦(テト・グエン・ダン)”の冒頭にある語として、テトのみでも旧正月の意で用いられます。

 ヴェトナム戦争下の南北ヴェトナムでは、1967年までは、テト休暇の期間中は暗黙のうちに休戦期間とする慣例がありました。その隙を突くかたちで、北ヴェトナムと南ヴェトナム解放民族戦線(いわゆるヴェトコン)は周到な準備の後、19681月30日未明、6万人以上の兵力を動員し、南ヴェトナム全土で一斉に蜂起。首都サイゴンでは市街戦が展開され、共産側の特攻隊が米国大使館を一時的に占拠しました。

 純粋に軍事的な面からいうと、米軍と南ヴェトナム軍はすぐに共産側に占拠された各地の拠点を奪還したほか、解放戦線側がテト攻勢により一週間で4万人もの死者を出したのに対して、米軍・南ヴェトナム軍の軍事的な被害は最小限に留まっており、解放戦線側は決して勝利を得たとは言いがたいのが実情です。ちなみに、赤いナポレオンと称された北ヴェトナム軍総司令官、ヴォー・グエン・ザップは、軍事的には成功の見込みが少ないとして、テト攻勢には最後まで反対の立場を取っていました。

 また、解放戦線の占領地域では、南ヴェトナム政府の関係者(とみなされた人々)が“路上裁判”で次々に処刑されており、南ヴェトナム国民の解放戦線に対する恐怖と不信感は抜きがたいものとなりました。

 しかし、米国大使館の占拠をテレビで報道させるなど、共産側は自らの“勝利”を世界に印象付けることに成功したことで、政治的には大きな収穫を得ます。

 じっさい、テト攻勢で米国が“敗北”したというイメージが流布したことで、米国の威信は大きく傷つき、米本土ではヴェトナム反戦運動が高揚。1968年3月にはロンドン自由市場で金が暴騰し、米国はこれに金売りで対抗したことから、1967年末の時点で121億ドルだった米国の金準備高は、1968年3月には107億ドルにまで急落し、第二次大戦後の金・ドル本位制による国際通貨体制も大きく揺らぐことになります。そして、同年3月31日のテレビ演説で、リンドン・ジョンソン大統領は、これまでのヴェトナム政策を劇的に転換し、北ヴェトナムへの北爆を部分的に停止(完全停止は10月)して無条件で北ヴェトナムとの対話を呼びかけるとともに、次期大統領選挙への不出馬を表明せざるを得なくなりました。


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