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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 “ヤラの叫び”150年
2018-10-10 Wed 00:35
 キューバ第1次独立戦争(十年戦争)の発端となった事件、“ヤラの叫び”が、1868年10月10日に起きてから、150周年となりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      キューバ・セスペデス(1968)

 これは、“ヤラの叫び”から100周年になるのを記念して、キューバ革命政府が設定した“闘争の年(=1968年)”の記念切手のうち、ヤラの叫びと指導者のカルロス・マヌエル・デ・セスペデスを描いた1枚です。

 1820年年代、ラテンアメリカの植民地を失ったスペインは、フィリピン、プエルトリコなどとともに“最後の植民地”としてのキューバを維持しようとしていました。

 しかし、キューバ島内の地主たちの中には、権威主義的で旧態依然たるスペインの植民地政府とその腐敗・無能に不満を持つ者も多く、1867年、彼らはキューバ使節団の本国国会への派遣を求めましたが、スペイン側はこれを拒否。このため、1868年10月10日、急進派の中心人物で、キューバ島南東、オリエンテ州(現グランマ州)のヤラの地主で製糖工場を経営していたセスペデスは、自らの工場の奴隷を解放して147人の叛乱軍を組織し、スペインからの独立と奴隷の解放を宣言しました。これが、“ヤラの叫び”と呼ばれる事件で、1878年まで続く“十年戦争”の開幕を告げる狼煙となります。

 ヤラでの蜂起は数日間でほぼ鎮圧されましたが、叛乱軍は州内のバヤモに移動して要塞を構築。オリエンテ州を拠点にキューバ東部全体に勢力を拡大します。その後、バヤモは1869年1月12日に陥落しましたが、1月に入ると叛乱は中部カマグエイ州にも波及し、カマグエイ州で開催された議会は、4月10日に共和国憲法を発布し、12日にセスペデスをキューバ共和国の初代大統領に選出しました。

 その後、セスペデスは独裁を批判されて1873年10月27日に解任され、1874年2月27日、山中に潜伏していたところをスペイン軍に殺害されます。しかし、独立派の抵抗は続き、1878年2月10日に締結された停戦協定では、キューバ植民地の財務状況を改善するための諸改革が約束されたほか、スペイン国会へのキューバ代表権も認められました。ちなみに、10年にも及ぶ内戦では、双方の死者 20万、物的損失は7億ドルにも上っています。

 さて、現在制作中の拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』では、キューバ革命の歴史的背景として、19世紀の独立戦争の時代についても簡単にまとめています。諸般の事情で制作作業が予定よりも大幅に遅れており、心苦しい限りなのですが、正式な刊行日等、詳細が決まりましたら、このブログでも随時ご案内いたしますので、よろしくお願いします。

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 詳細につきましては、今後、このブログでも随時ご案内して参りますので、よろしくお願いします。

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