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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ボリビアの悪鬼
2019-02-03 Sun 01:47
 きょう(3日)は節分です。というわけで、例年どおり、“鬼”の切手の中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      日本人ボリビア移住100年

 これは、1999年6月3日に発行された“日本人ボリビア移住100周年”の記念切手で、チチカカ湖を背景に、ディアブラータ(悪鬼、ディアブロの踊り)が取り上げられています。ディアブラータは、ボリビアを征服したスペイン人が、先住民に対してキリスト教の“七つの大罪”を教えるため、アンデスの山の神を悪鬼に見立てて、キリスト教の大天使サン・ミゲル(聖ミカエル)と対峙させる芝居仕立ての踊りを見せたのが始まりとされています。

 その後、ディアブラータはさまざまな土着の要素なども取り込み、現在は、リオのカーニバル、ペルーのインティライミとならぶ南米産大祭の一つとされる“オルーロのカーニバル”を代表するパレードの踊りとなっています。カーニバルのディアブラータは、ルシファーやサタン、女鬼を先頭に、七つの大罪である傲慢、色欲、憤怒、暴食、嫉妬、強欲、怠惰の悪魔を模した行列が続き、大天使サン・ミゲルひきいる天使の集団とともに、踊りながらクロスや円に並ぶなどのマーチングを行い、最終的に、天使の一団が悪魔の一団を打ち破るというストーリーで進む構成となっています。

 さて、切手の題材となった“日本人のボリビア移住”ですが、日本からボリビアへの移住は、ブラジルなどへの移民と異なり、計画的に始まったものではありませんでした。

 すなわち、1899年2月、日本郵船会社の佐倉丸で横浜からペルーに向けて出航した日本人移民は、「ペルーの甘蔗耕地あるいは精糖工場で4年間働き、その報酬として1ヵ月2ポンド10シリン グ(約25円)に相当するペルー貨を支給される」との契約を移民斡旋会社と結んでいましたが、現地ではトラブルが絶えず、少なからぬ移民が逃亡しました。

 一方、当時のアマゾン地方は世界的なゴム需要もあって空前の好景気だったため、ペルーに嫌気がさした日系移民91人が、同年9月、アンデス山脈を越えて、ボリビア国内有数のゴム産地だったベニ県に再入植します。これがボリビアへの最初の日本人移民となりました。

 その後も、ゴム景気につられたペルーからの転入者は後を絶たず、ベニ県のゴムの集積地、リベラルタとその周辺には、ピーク時の1918年には約700人の日本人移民が居住するようになります。しかし、第一次大戦の終戦とともに、ゴム景気は終焉を迎え、リベラルタの日本人の多くは、ボリビア国外に出るか、国内に留まる場合にはラパス、トリニダなどに転住し、商業活動等に従事するようになっていきました。

 なお、2月25日に刊行予定の拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』では、そうしたボリビアの日系社会と、そこからゲバラのゲリラ闘争について加わった日系2世のエルネストことフレディ・マエムラについてもご紹介しております。すでにアマゾンなど一部のネット書店では予約販売も始まっておりますが、実物の見本が出来上がってきましたら、あらためて、このブログでもご報告いたしますので、よろしくお願いいたします。 


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 【出版元より】
 盟友フィデル・カストロのバティスタ政権下での登場の背景から、“エルネスト時代”の運命的な出会い、モーターサイクル・ダイアリーズの旅、カストロとの劇的な邂逅、キューバ革命の詳細と広島訪問を含めたゲバラの外遊、国連での伝説的な演説、最期までを郵便資料でたどる。冷戦期、世界各国でのゲバラ関連郵便資料を駆使することで、今まで知られて来なかったゲバラの全貌を明らかする。

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