内藤陽介 Yosuke NAITO
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 『図書新聞』 3月15日号
2008-03-15 Sat 04:40
 ご報告が遅くなりましたが、先週8日に発行の書評専門紙『図書新聞』に、ヘレン・モーガン著(藤井留美・訳)の『世界最高額の切手「ブルー・モーリシャス」を探せ! コレクターが追い求める「幻の切手」の数奇な運命』 (光文社)についての僕の書評が掲載されました。というわけで、まずは、この切手を見ていただきましょう。(画像はクリックで拡大されます)

 ポストオフィス150年

 これは、1997年にモーリシャスが発行した切手発行150年の記念切手で、今回の書評のほんのテーマである有名なポストオフィス切手が取り上げられています。ホンモノのポストオフィス切手はウン千万という値段で到底、手の届く値段ではありませんが、こちらは4種セットでも300円でした。

 まぁ、モーリシャス切手については、僕がくどくど説明するよりも、ヘレン・モーガンの本を読んでもらうのが良いと思うので、今回は、以下、『図書新聞』の書評を転載します。(数字などは漢数字を算用数字に改めました)

 *****

 切手1枚1枚の軌跡を丹念に掘り起こした物語:単なる物欲だけでない収集家の心理
 
 インド洋に浮かぶ英領のモーリシャス島では、1847年、ヴィクトリア女王の肖像を描き“ポストオフィス(郵便局)”と表示された同島最初の穂切手が発行された。その数は1ペニーと2ペンスが500枚ずつ。そのほとんどが郵便に使われ、捨てられたという。翌1848年には、表示を“ポストペイド”(郵便料金支払済み)と改めた切手が発行されたこともあり、モーリシャスのポストオフィス切手はわずか1年の短命に終わった。書名の“ブルー・モーリシャス”とは、このポストオフィス切手のうち、藍色の2ペンス切手の愛称で、残存数の少なさもあって珍品切手の代表格とされている。

 オードリー・ヘップバーンの『シャレード』(1963年)は25万ドルの金を高価な切手に変えて隠すトリックが有名だが、ポストオフィス切手が貼られた封筒の1968年のオークションでの落札値は38万ドル。これだけの“紙の宝石”ともなると、当然のことながら、その残存する26枚(他に真贋の疑わしいものが1枚ある)をめぐって、さまざまな伝説が流布し、人間ドラマが展開されてきた。

 たとえば、1904年、イギリスのオークションでポストオフィス切手に1450ポンドの値がついたとき、ある男が皇太子(後のジョージ5世)に「どこかの馬鹿者が1枚の切手に1450ポンドも払ったそうです」と報告すると皇太子は「私がその馬鹿者だよ」と答えたという。また、ナチス崩壊のドサクサで帝国郵便博物館から持ち出されたポストオフィス切手の1枚が再び世に出てきたとき、東西ドイツの双方が所有権を主張して譲らず、米国政府の保管を経て統一後にようやく返還されることになった。

 本書は、そうしたポストオフィス切手1枚1枚の軌跡を丹念に掘り起こし、それに付随する物語を発掘した労作。切手の知識がなくても、単純にお宝物語として面白い。

 これに類する仕事としては、中国・清代の名品切手“紅印花小字1円”の未使用32枚(市価は1枚4-5000万円程度か)の軌跡を丹念にたどった研究が思いつくが、専門家以外の目に触れる機会はまずないだろう。その意味でも、本書のような本がひろく一般向けの書籍として刊行されたことは、日本のフィラテリー(切手・郵便史の収集・研究)にとって大いに喜ばしいことである。

 ただ、ひとつ補足しておくと、“紙の宝石”を求める収集家の心理的背景には、単なる物欲だけでなく、“コレクション”を作って切手展に出品したいという、知的生産活動・表現活動に対する欲求があることを強調しておきたい。この点を見落とすと、金井宏之(ポストオフィスに傾倒し、個人としては過去最高の6枚を所有した日本人)のエピソードも、単なる好事家の物語(それはそれで面白いが)に堕してしまう。

 フィラテリーの世界では、ほぼA4台の台紙に切手などの実物を貼り込み、その周囲に研究成果などを書き込んだもの(リーフ)を一定数集めて構成・展示することが、成果発表の形式として重要視されている。全国規模の競争展覧会では、出品された展示作品は、専門家による審査の結果、出品者の獲得した点数(100点満点)に応じて、金、金銀、銀などの各賞によって格付けされる。そして、国内で金銀賞を獲得した展示作品は、切手のオリンピックともいうべき国際切手展への出品資格が与えられ、さらに世界を相手に上位入賞を目指すことになる。

 さて、作品は、展示されている切手の希少性はもとより、展示作品の構成・展開の論理的な明快さ、展示されている切手や郵便物についての独自の研究、さらには、作品全体の美観など、さまざまな角度から採点される。切手展に出品されるコレクションとは、単なるモノの集積ではなく、切手を素材として行われる知的生産活動・表現活動の成果だからだ。したがって、いくら高価な切手を羅列しようとも、それだけで高評価を得る可能性はほぼない。

 日本では“コレクション”というと、すぐに分量や金銭的価値を話題にする傾向があるが、それは欧米語で言う“アキュムレーション(蓄積)”への関心であって、コレクションの本質ではない、。ファッションの世界でいうパリ・コレクションやミラノ・コレクションが、登場する服やモデルの数とか服地の値段に重きを置いていないことを考えてみれば、容易にご理解いただけるだろう。

 金井が作り上げたモーリシャスのコレクションも、こうした関門を潜り抜け、1970年のロンドン国際切手展で全部門最高の大賞(Grand Award)を受賞したものだ。したがって、金井のモーリシャス切手への情熱の源に、国際切手展で大賞を獲得したいという強い意志があったことを見落とすと、彼のコレクションつくりも単なる物欲の結果としてしか理解されなくなってしまうだろう。その結果、フィラテリーの知的かつクリエイティヴな面が捨象され、切手収集は所詮、好事家が物欲にまかせてやる手遊びに過ぎないとの世間一般の印象が補強されてしまうとしたら、きわめて残念なことだ。

 もちろん、展覧会の話を別にしても、珍品切手の系譜を追い求めるのは物語として十分に楽しいし、本書がその点で十分に成功していることは言を俟たない。ただ、そこにもう一歩踏み込んで“コレクション”にかける収集家の情熱や展覧会をめぐる人間模様なども加味すれば、より深みのある作品に仕上がったであろうことは容易に想像がつく。

 今後、本書をきっかけにして、たとえば、一般に世界最高額の切手とされることの多い“英領ギアナの1セント”や、殺人事件の原因となったハワイの宣教師切手、エラーモノとして有名な米国の“宙返りジェニー”などについても、本書同様、丹念に一枚ずつの軌跡をたどり、物語を掘り起こす仕事が出てくるかもしれないが、その際には、本書から抜け落ちた視点をもカバーした、もう一回りスケールの大きな作品が生まれることを期待したい。

 (以上・文中敬称略)

 *お知らせ 
 12日に台湾から帰国後、愛用のノート・パソコンのHDに不具合が生じ、現在、僕が普段使っているメール・アドレス(y-naitoで始まるものです)にお送りいただいても、メールを読むことができなくなってしまいました。データは9割がた復旧できたのですが、パソコンの機械については、とりあえず家族共用のパソコンで急場をしのいでいるものの、近々、新しい機械を買わざるを得ない状況です。

 つきましては、新しいパソコンを買ってメール環境を復旧させるまでの間、皆様にはいろいろとご迷惑をおかけいたしますが、あしからずご了承ください。

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この記事のコメント
#1365 「シャレード」
「シャレード」の映画に出てくる切手は、スウェーデンの4キスリングバンコ、ハワイ宣教師3セント(ハワイアンブルー)、とモルダビアの牛82パラレですが、その原作の翻訳版(ハヤカワ文庫NV220、1980年)では、モルダビアの牛でなく、英領ギアナ3ペニーとなっていますが、どうしてこのような違いが生じているのでしょうか?
2009-02-02 Mon 10:11 | URL | shibuya #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
 shibuya様

 不勉強で原作は読んでいませんでした。今度チェックしてみます。

 ただ、個人的な推測ですが、映画の場合は見た目の印象もありますからねぇ。英領ギアナの一見パッとしないものよりは、キリングスバンコやら宣教師切手の方が見栄えがするという監督の考えもあったのかもしれませんね。
2009-02-04 Wed 23:09 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
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