郵便学者・内藤陽介のブログ
 切手というモノを、ちょっと違った角度から眺めてみると、あなたの知的好奇心をくすぐる新たな発見がイロイロあるのです。そんな切手の面白さを綴っていこうと思っています。
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 人口学的侵略の名残り
 1965年の第2次印パ戦争以来、運航が中断されていたインドのコルコタ(カルカッタ)とバングラデシュのダッカを結ぶ旅客列車の運行が、昨日(14日)、43年ぶりに再開されたそうです。というわけで、今日はこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 インド・難民救済加刷

 これは、1971年12月にインドで発行された難民救済の加刷切手です。

 1947年に英領インド帝国が解体された際、現在のバングラデシュに相当する地域は東パキスタンとして、現在のパキスタンに相当する西パキスタンとともに“パキスタン”を構成していました。“パキスタン”の政治的な実権を握っていたのは西パキスタンで、東パキスタンで生産されるジュートによってもたらされる外貨は、西パキスタン地域に優先的に支出される状況が続いていました。また、1970年の集中豪雨によって東パキスタン国土のほとんどが水没、17万人に上る死者が出たにもかかわらず、パキスタン政府の西パキスタン偏重政策は変わらず、東パキスタン住民の不満は高まります。

 このため、1970年の総選挙では、東パキスタンを地盤とした政党・アワミ連盟が“バングラ民族主義”を掲げて大躍進。東パキスタンの分離・独立運動は一挙に高揚することになりました。

 この動きに目をつけたインドは、パキスタンを弱体化させるために、東パキスタンの独立運動を支援。パキスタン軍が東パキスタンの独立運動を阻止すべく武力での征圧を開始し、東パキスタン難民がインドに流入するようになると、インドはこれを“人口学的侵略”としてパキスタンに侵攻。パキスタン軍はわずか2週間で降伏し、東パキスタンは1971年12月、バングラデシュとして独立します。

 こうした状況の下で、インドでは1971年11月15日から1973年3月31日まで、インド政府はバングラデシュ地域から流入する難民の救援資金を集めるため、葉書・新聞・盲人用郵便・軍事郵便・カシミール地域からの郵便などを除く郵便物に対して郵便料金とは別に5パイサの課金をすることを決定。そのための強制貼付切手を1971年12月1日に発行しました。ただし、当初は全インドの需要を満たす正刷切手を供給することができなかったため、家族計画キャンペーンの切手に“Regugee Relief”の文字を加刷したものが追加的に発行されています。

 ところで、今回ご紹介の切手については、僕はカタログの図版を見間違えて当初、“全インド共通”のものと書いてしまったのですが、これは誤りで、バンガロールで発行の地方加刷です。お詫びして訂正いたします。なお、この点については、黒崎卓先生から丁寧な解説を頂きましたので、そのまま、以下に転載しておきたいと思います。

 ブログで紹介されている切手は、インド政府が地方に有する印刷所(官報などを印刷するオフィス)において凸版やオフセットなどで加刷したLocal Typographed Provisionalsと呼ばれる一群の臨時切手の1つで、バンガロールの印刷所で加刷したものです。6箇所ないし7箇所で作成され、加刷文字にはいくつかのパターンがあって、全部共通ではありません。発行日は定かでありませんのでギボンズのCommonwealthなどは発行日を載せず、インドの専門カタログでは救済税開始の11月15日を採用しています。同じ11月15日には、ISPによる凸版加刷の臨時切手が発行され、これを、ISP所在地にちなみNasik Provisionalと呼びます。このほかに各地の郵便局が思い思いにゴム印などを押した臨時切手がありLocal Provisionalsと呼ばれています。ポイントは、全インド共通に使われたのは、正刷切手とNasik Provisionalの2種類だけ。地方で使われたものにLocal Typographed ProvisionalsとLocal Provisionalsがあって、前者は6種類ないし7種類、後者は星の数ほど種類があるということになります。
 (転載はここまでです。黒崎先生、ありがとうございました)

 さて、上述のように、インドがバングラデシュの独立を支援したのは、あくまでも、パキスタン(旧西パキスタン)を弱体化させることが目的でしたから、独立後のバングラデシュから大量の難民や不法入国者が流入してくることに対しては、これを何とかして阻止したいというのがインドの本音でした。このため、インド側はバングラデシュとの国境の往来には非常に慎重で、長らく鉄道が再開されなかったのもそのためです。

 今回の鉄道再開は、近年、インド経済が急成長を遂げる中で貿易拡大への期待が高まったことや、最大の仮想敵国である中国の躍進に対抗するため周辺諸国との関係改善が必要になってきたことなどの事情があると思われます。ただ、インドとバングラデシュの間の経済格差が埋まらない限り、“人口学的侵略” も収まらないでしょうから、そのあたり、インドとしても頭の痛いところでしょうな。

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この記事に対するコメント
インド難民救済加刷切手
内藤陽介さま バングラデシュ独立戦争の際のインド難民救済加刷切手の紹介、私の収集分野でもあり、大変うれしく拝見しました。切手の説明に不正確なところがあると思います。71年11月15日から救済税が課せられましたが、その日に正刷切手は間に合わず、正刷切手の発行が12月1日なったというのは正しいです。インド証券印刷局(ISP)印刷の正刷切手を貼ったカバーを私のHPで紹介してあります:
http://homepage3.nifty.com/~mariamma/tak-p4.htm
ブログで紹介されている切手は、インド政府が地方に有する印刷所(官報などを印刷するオフィス)において凸版やオフセットなどで加刷したLocal Typographed Provisionalsと呼ばれる一群の臨時切手の1つで、バンガロールの印刷所で加刷したものです。6箇所ないし7箇所で作成され、加刷文字にはいくつかのパターンがあって、全部共通ではありません。発行日は定かでありませんのでギボンズのCommonwealthなどは発行日を載せず、インドの専門カタログでは救済税開始の11月15日を採用しています。同じ11月15日には、ISPによる凸版加刷の臨時切手が発行され、これを、ISP所在地にちなみNasik Provisionalと呼びます。このほかに各地の郵便局が思い思いにゴム印などを押した臨時切手がありLocal Provisionalsと呼ばれています。ポイントは、全インド共通に使われたのは、正刷切手とNasik Provisionalの2種類だけ。地方で使われたものにLocal Typographed ProvisionalsとLocal Provisionalsがあって、前者は6種類ないし7種類、後者は星の数ほど種類があるということになります。ですので、「12月15日に全インド共通バージョン」で発行されたのが内藤さんのブログで紹介の切手だ、というのは誤解だと思います。もし私が知らない新たな情報があるのでしたら、教えていただけると、大変うれしいです。
黒崎
【2008/04/17 10:20】 URL | 黒崎卓 #- [ 編集]

 コメントありがとうございます
 黒崎卓先生

 コメントありがとうございます。ご指摘の通り、単純に僕がカタログの図版を見間違えました。本文はすでに訂正しております。

 ご教示ありがとうございました、今後とも、ご指導のほど、よろしくお願いいたします。
【2008/04/17 22:09】 URL | 内藤陽介 #- [ 編集]


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プロフィール

内藤陽介 (ないとう・ようすけ)

Author:内藤陽介 (ないとう・ようすけ)
 1967年、東京都生。東京大学文学部卒業。郵便学者。日本文芸家協会会員。切手の博物館・副館長。切手などの郵便資料から、国家や地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し、研究・著作活動を続けている。
 主著:<解説・戦後記念切手>シリーズ(日本郵趣出版、現在、第6巻まで刊行)、『北朝鮮事典』、(竹内書店新社)、『外国切手に描かれた日本』(光文社新書)、『切手と戦争』(新潮新書)、『反米の世界史』(講談社現代新書)、『皇室切手』(平凡社)、『これが戦争だ!』(ちくま新書)、『満洲切手』(角川選書)、『香港歴史漫郵記』(大修館書店)、『タイ三都周郵記』(彩流社)ほか著書多数。最新作は『韓国現代史:切手でたどる60年』(福村出版)

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