内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 ブラジル移民100年
2008-04-28 Mon 11:07
 1908年4月28日にブラジル移民第一陣を乗せた笠戸丸が神戸港を出港してから今日でちょうど100年。ということで、今日はこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 ブラジル移住50年

 これは、1958年6月18日に発行された「ブラジル移住50年」の記念切手です。切手発行日の6月18日は、日本人移民第一号を乗せた笠戸丸がブラジルのサントスに到着した記念日で、、1958年のこの日には、東京・日比谷公会堂で、ブラジル移住50年祭典委員会主催(外務省・駐日ブラジル大使館・東京都後援)の記念祝賀大会が開催されたほか、ブラジルでも、同日から9月30日まで、各地で記念のイベントが行われ、三笠宮夫妻がこれに参加しました。

 今回ご紹介の切手は、こうした記念事業の一環として、「半世紀にわたるブラジル在住日系人の労苦をねぎらうとともに、国民の海外発展の意欲を昂揚させる(当時は、まだブラジルへを含む中南米諸国への日本人の移住が奨励されていた)」ためのものとして企画されました。

 デザインの制作の方針としては、両国の国旗(日本切手に外国の国旗が入るのは、1942年の満洲国建国10年についで2度目)、地図、笠戸丸などを取り上げることとなり、デザイナーの久野実と渡辺三郎の2人が下図の制作を担当しました。その結果、移民家族のシルエットと南米地図を描いた渡辺の作品の、移民家族を笠戸丸に入れ替えたものを正式の原画とすることが決定されています。なお、笠戸丸にとって変わられることになった移民家族のシルエットの一部は、南米地図と組み合わせて、切手発行にあわせて用いられた特印のデザインに転用されました。

 切手に描かれた笠戸丸は、1900年にイギリスで建造されたもので、もとはカザン(KAZAN)の名で呼ばれていたロシア・バルチック艦隊の病院船でした。それが、1905年の日本海海戦で日本側に捕獲されて笠戸丸と改名され、南米航路で用いられていたものです。ブラジルへの第1回移民に用いられた際には、海軍省の所属で東洋汽船による依託運航が行われていましたが、1912年3月、大阪商船に払い下げられています。大阪商船は、主として笠戸丸を神戸~門司~基隆航路に利用していましたが、1930年に大阪の船主に売却。以後、笠戸丸は船主を転々としつつ、漁業工船として北洋で操業します。第2次大戦時には日本水産所属の蟹工船として用いられていましたが、敗戦直前の1945年8月9日、ソ連軍の空爆によって沈められました。

 なお、この切手の詳細については、拙著『ビードロ・写楽の時代』でもご説明しています。同書は現在、版元品切れですが、アマゾンなどでは結構な高値で売りに出されているようです。なんとか重版してもらいたいのですが…。

 もういちど切手を集めてみたくなったら
 雑誌『郵趣』の2008年4月号は、もう一度切手を集めてみようかなと思った大人のための切手収集の再入門特集ですが、在庫がある限り、ご希望の方に無料でサンプルをお送りしております。くわしくはこちらをクリックしてください。
スポンサーサイト

別窓 | 日本:昭和・1952~1960 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<< 昭和記念公園 | 郵便学者・内藤陽介のブログ |  ドイツ航空のあけぼの>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/