郵便学者・内藤陽介のブログ
 切手というモノを、ちょっと違った角度から眺めてみると、あなたの知的好奇心をくすぐる新たな発見がイロイロあるのです。そんな切手の面白さを綴っていこうと思っています。
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 源氏物語絵巻
 『源氏物語絵巻』の巻頭部分が見つかり、昨日(21日)から、名古屋市東区の蓬左文庫で公開が始まったそうです。今回公開されているのは、江戸時代の1655年に完成のものだそうですが、『源氏物語絵巻』といえば、平安時代後期、白河・鳥羽上皇の院政期(1120〜1140頃)に作られた“隆能源氏”でしょう。というわけで、今日はこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

 宿木

 これは、1964年の切手趣味週間切手で、『源氏物語絵巻』のうち「宿木」の場面が取り上げられています。切手に取り上げられた『源氏物語絵巻』は、かつては、作者は藤原隆能といわれていましたが、最近では、4人程度の宮中の画家と書家の分担作業によって作られたものと考えられています。

 絵巻の内容は、題名どおり、『源氏物語』54帖の各帖から1ないしは3場面を選んで絵画化し、対応する本文の1節を料紙に書写した詞書として添えられています。当初は、80〜90場面が10〜12巻くらいの絵巻に構成されていたようですが、現在では19段の画面と20段の詞書が徳川黎明会と五島美術館とに分蔵されているほかは、詞書の断簡8種、絵の断簡1種が伝えられているだけとなっています。

 切手に取り上げられた「宿木」の帖は、『源氏物語』の「宇治十帖」のひとつ(第49帖)で、光源氏の子供・孫である薫・匂宮と宇治の八宮の姫君たちの物語です。中君(八宮の姫君)は匂宮に愛され二條院に迎えられたものの、肝心の匂宮は夕霧左大臣の六君と結婚後、六の君に惹きつけられ、中君の許に通ってきません。次第に離れていく匂宮の心に悩む中君は宇治にいた頃を思い出し、薫と文を交わすようになります。これに対して、匂宮は薫と中君の関係を疑うという、複雑な人間関係が展開されています。

 切手に取り上げられている場面は、そういう状況の中で、秋の夕暮れ、中君をなぐさめるために琵琶を奏でる匂宮と几帳の端で脇息にもたれながら、その音色に聞き入っている中君の姿を描いたもので、原作では以下のように描写されています。

 かれがれなる前栽の中に、尾花の、物より殊に手をさし出て招くが、をかしく見ゆるに、まだ穂に出でさしたるも、露を貫きとむる玉の緒、はかなげにうち靡きたるなど、例の事なれど、夕風なほあはれなる頃なりかし。
 穂にいでぬもの思ふらししのすすき 招くたもとの露しげしくて
 なつかしきほどの御衣どもに、直衣ばかり着たまひて、琵琶を弾きゐ給へり。黄鐘調のかきあはせを、いとあはれにひきなし給へば、女君も心に入れ給へる事にて、物怨じもえい果て給はず、小さき御几張のつまより、脇息に寄りかかりて、ほのかにさし出で給へる、いと見まほしくらうたげなり。

 さて、今回の趣味週間切手は、オリンピック直前の切手ブームの中での発行であっただけに、発行以前から収集家の高い人気を呼び、東京中央局の切手普及課には通信での申込が殺到しています。

 このため、郵政省としても、当初の発行枚数は前年の趣味週間切手を大きく上回る1800万枚と予定していましたが、実際には1000万枚も多い2800万枚の発行となりました。

 また、切手ブームが加熱していく中で、鹿児島県串木野市では、串木野小学校の児童274名(生徒数の約1割)、同中学校の生徒383名(生徒数の約2割)が、新切手購入のため、切手発行日の4月20日に授業をサボって(または遅刻して)郵便局前に行列。なかには、午前4時40分から郵便局に並んでいた児童も現われる始末でした。

 こうした状況を“目にあまる”と考えた市の教育委員会は、ついに、翌4月21日付で、生徒・児童間の切手の売買・交換を禁止。さらに、この串木野市教育委員会の措置と前後して、『中部日本新聞(中日新聞)』が「狂っている収集熱」「少年犯罪が危険」などの脇見出しとともに報じたことから、おなじように、加熱する切手ブームを苦々しく思っていた愛知県豊田市の教育委員会は、4月28日付で、児童・生徒相互の切手売買は勿論、彼らが切手商から切手を購入することまでも禁止する通達を発したほどでした。

 なお、この時代の切手ブームのすさまじさについては、拙著『切手バブルの時代』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。(アマゾンでは古書としてとんでもない高値が付いていますが、発売元にはまだ在庫がありますので、定価でお求めになれます)

 もう一度切手を集めてみたくなったら 
 雑誌『郵趣』の2008年4月号は、大人になった元切手少年たちのための切手収集再入門の特集号です。発行元の日本郵趣協会にご請求いただければ、在庫がある限り、無料でサンプルをお送りしております。くわしくはこちらをクリックしてください。
この記事に対するコメント

よく調べられているので関心しました。
なかなか、絵巻中の和歌にまで触れている解説は少ないです。
【2008/06/04 21:19】 URL | JPSS3510 #- [ 編集]

 コメントありがとうございます
 JPSS3510様

 おほめ頂き光栄です。
 これからもよろしくお願いいたします。
【2008/06/05 23:18】 URL | 内藤陽介 #- [ 編集]


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プロフィール

 内藤陽介 (ないとう・ようすけ)

Author: 内藤陽介 (ないとう・ようすけ)
 1967年、東京都生。東京大学文学部卒業。郵便学者。日本文芸家協会会員。切手の博物館・副館長。切手などの郵便資料から、国家や地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し、研究・著作活動を続けている。
 主著:<解説・戦後記念切手>シリーズ(日本郵趣出版、現在、第6巻まで刊行)、『北朝鮮事典』、(竹内書店新社)、『外国切手に描かれた日本』(光文社新書)、『切手と戦争』(新潮新書)、『反米の世界史』(講談社現代新書)、『皇室切手』(平凡社)、『これが戦争だ!』(ちくま新書)、『満洲切手』(角川選書)、『香港歴史漫郵記』(大修館書店)、『タイ三都周郵記』(彩流社)ほか著書多数。最新作は『韓国現代史:切手でたどる60年』(福村出版)

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